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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057510
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】紐状構造物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240417BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240417BHJP
   C12Q 1/70 20060101ALI20240417BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20240417BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240417BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALN20240417BHJP
   C12N 5/074 20100101ALN20240417BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12N5/10
C12Q1/70
C12Q1/6851 Z
G01N33/15 Z
C12N5/0735
C12N5/074
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164308
(22)【出願日】2022-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】593006630
【氏名又は名称】学校法人立命館
(74)【代理人】
【識別番号】100203253
【弁理士】
【氏名又は名称】村岡 皓一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100179039
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 洋介
(72)【発明者】
【氏名】高田 達之
(72)【発明者】
【氏名】西江 友美
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA06
4B063QA08
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ10
4B063QQ28
4B063QQ52
4B063QQ62
4B063QR08
4B063QR35
4B063QR42
4B063QR79
4B063QS25
4B063QS34
4B063QS36
4B065BB23
(57)【要約】
【課題】TEKT1発現細胞を同定および製造し、該TEKT1発現細胞を用いた、繊毛運動のメカニズムと調整、および紐状構造の形成の研究へ貢献すること、並びに該TEKT1発現細胞に感染するウイルス、特にコロナウイルス科に属するウイルスの感染メカニズムの研究および医薬品開発のための有用なツールを提供すること。
【解決手段】多能性幹細胞を少なくとも5週間浮遊培養する工程を含む、TEKT1を発現する細胞を含む紐状構造物の製造方法。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞を少なくとも5週間浮遊培養する工程を含む、TEKT1を発現する細胞を含む紐状構造物の製造方法。
【請求項2】
請求項1で得られた紐状構造物から、TEKT1を発現する細胞を単離する工程を含む、繊毛細胞の製造方法。
【請求項3】
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞または胚性幹細胞である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
多能性幹細胞が繊毛病患者に由来する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
多能性幹細胞が、TEKT1遺伝子のプロモーターに制御可能に連結された蛍光タンパク質遺伝子を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
請求項2~5のいずれか1項に記載の方法で得られた繊毛細胞。
【請求項7】
以下の特徴(A)~(F)を有する細胞または紐状構造物。
(A)多能性幹細胞由来である
(B)9+2構造の繊毛を有する
(C)9+0構造の繊毛を有する
(D)TEKT1を発現する
(E)ビメンチンを発現する
(F)ACE2を発現する
【請求項8】
さらに以下の特徴(G)~(I)の少なくともいずれか1つの特徴を有する、請求項7に記載の細胞または紐状構造物。
(G)繊毛特異的遺伝子を発現する
(H)繊毛にアセチル化チューブリンが存在する
(I)繊毛にARL13bタンパク質が存在する
【請求項9】
請求項6~8のいずれか1項に記載の細胞を凝集させる工程を含む、紐状構造物の製造方法。
【請求項10】
請求項1、3~5および9のいずれか1項に記載の方法で得られた紐状構造物。
【請求項11】
(i)被験物質の存在下または非存在下で、請求項7、8および10のいずれか1項に記載の紐状構造物または請求項6~8のいずれか1項に記載の細胞とウイルスとを接触させ、培養する工程、
(ii)該構造体または細胞への該ウイルスの感染の程度を評価する工程、および
(iii)工程(ii)において、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下においてウイルスの感染の程度が低いと評価された場合に、該被験物質をコロナウイルスの治療または予防薬の候補物質として選別する工程
を含む、ウイルス感染症の治療または予防薬のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記ウイルスがコロナウイルス科に属するウイルスである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
(I)被験物質の存在下または非存在下で、請求項7、8および10のいずれか1項に記載の紐状構造物または請求項6~8のいずれか1項に記載の細胞を培養する工程、
(II)該構造体または細胞の繊毛の機能を評価する工程、および
(III)工程(II)において、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下において繊毛の機能が高いと評価された場合に、該被験物質を繊毛症の治療または予防薬の候補物質として選別する工程
を含む、繊毛症の治療または予防薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紐状構造物の製造方法に関する。より詳細には、多能性幹細胞を浮遊培養する工程を含む、TEKT1を発現する細胞を含む紐状構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊毛および鞭毛は、2つの主要なサブグループに分類される微小管ベースのオルガネラである。1つ目は一次繊毛であり、発生の間重要なシグナル伝達経路を調節する。2つ目は運動性繊毛であり、流体置換(fluid displacement)のために(卵管細胞、気管支上皮細胞)、または細胞運動を媒介するために(精子)高度に専門化した細胞上に存在する。一次繊毛の構造は、9対の周辺末梢微小管のダブレットである9+0構造で構成されている。一方で、大部分の運動性繊毛および鞭毛は、中心に1対の微小管と追加の軸索外の9対の微小管を有する9+2構造を含む。これらの繊毛は、真核生物において重要な生物学的機能を有することが知られている。例えば、一次繊毛は、さまざまな細胞シグナル伝達の感知および調節において重要な役割を果たし、運動性繊毛は、脳室上皮、気管、および胚結節などのさまざまな組織における流体の協調的な動きを媒介する。これらの繊毛の機能不全は、発達障害および繊毛症と呼ばれる複数の疾患に関連している。
【0003】
テクチン(Tektin)は、チューブリンと会合して繊毛及び鞭毛における軸索微小管、基底小体、及び中心小体を形成するフィラメント形成タンパク質である。テクチンは真核生物全体で進化的に保存されており、タンパク質のファミリーを構成し、ヘテロ/ホモ二量体を形成して微小管を安定化する。哺乳動物では、少なくとも5つのテクチンが同定されており、精巣、脳、網膜及び繊毛細胞を含むその他の組織での発現が報告されている(非特許文献1)。最初の哺乳動物のテクチンであるTektin1(TEKT1)は、マウス精巣のcDNAからクローニングされた。TEKT1タンパク質は、精母細胞及び精子細胞などの一倍体細胞で発現し、円形精子細胞の中心体に局在しており、このことから、TEKT1が雄の生殖細胞発生中の鞭毛形成に関与していることが示唆される。
【0004】
以前の研究において、分化の間、性核型に関係なく、ES細胞が精母細胞マーカーと卵母細胞マーカー、ならびにTEKT1を発現することも報告されている(非特許文献2、3)。また、TEKT1は、ヒトおよびカニクイザルのES細胞から精子への分化をモニターするための減数分裂マーカーとして使用されている(非特許文献2、4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Amos, L.A., Genome Biology. 9(7):229 (2008)
【非特許文献2】Clark, A.T., et al., Human Molecular Genetics. 13(7):727-739 (2004)
【非特許文献3】Shah, S.M., et al., Reproduction, Fertility, and Development. 29(4):679-693 (2017)
【非特許文献4】Yamauchi, K., et al., PLoS ONE. 4(4):e5338 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来技術のin vitroでのES細胞から精子への分化方法において、TEKT1発現細胞は同定されておらず、精子へと本当に分化したかどうかは定かではない。従って、本発明は、TEKT1発現細胞を同定および製造し、該TEKT1発現細胞を用いた、繊毛運動のメカニズムと調整、および紐状構造の形成の研究へ貢献すること、並びに該TEKT1発現細胞に感染するウイルス、特にコロナウイルス科に属するウイルスの感染メカニズムの研究および医薬品開発のための有用なツールを提供することなどを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、TEKT1発現細胞を同定するために、まず、カニクイザル(Macaca fascicularis)由来のTEKT1プロモーターの制御下で蛍光タンパク質を発現するコンストラクトの設計を行った。蛍光タンパク質として、Venusを選択し、TEKT1プロモーターとして、TEKT1遺伝子の5’上流領域(-4643~-952 nt(3692 bp);イントロン2の一部、エクソン3およびイントロン3の一部を含む領域)を選択した。しかしながら、このコンストラクトではVenusの発現が認められず、プロモーター領域にVenusの発現に必要なシスエレメントが含まれていないためであると結論付けた。そこで、上記プロモーター領域を、イントロン2の一部、エクソン3、イントロン3およびエクソン4の翻訳開始コドンの直前を含む3077 bpの領域(-3077~-1 nt)に置換したところ、Venusの発現が認められた。よって、イントロン3、およびエクソン4の5'-UTR(-951~-1 nt)にTEKT1の発現に必要な重要なシスエレメントが含まれていることが示唆された。本発明者らは、上記のように構築したコンストラクトをES細胞に導入することで、TEKT1プロモーターの制御下でVenusを発現するES細胞株を樹立することに成功した。
【0008】
次に、上記ES細胞株を浮遊培養により培養することで胚様体(EB)を形成させ、さらにそのまま浮遊培養を続けた(即ち、自発的に分化誘導させた)ところ、浮遊培養による分化誘導の5週目にEBの表面でVenusの発現が認められ、Venus強度はその後EBの周辺で紐状構造の形成に付随して徐々に増加し、分化誘導の8週目で運動性繊毛がEBの表面で観察されることを見出した。また、Venus陽性細胞では、運動性繊毛の特徴であるTEKT1~5、微小管の9+2構造に加えて、繊毛マーカーの発現が確認された。これらの結果から、TEKT1発現細胞が多繊毛の上皮様細胞であり、該細胞は、多能性幹細胞からの自発的な分化中に紐状構造を形成することが示された。さらに、興味深いことに、これらの繊毛は非常に活発な運動性を持ち、繊毛を有するVenus陽性細胞の中には、単一細胞への解離後も運動性を保持しているものもあった。本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりのものである。
[1-1]
多能性幹細胞を少なくとも5週間浮遊培養する工程を含む、TEKT1を発現する細胞を含む紐状構造物の製造方法。
[1-2]
さらに紐状構造物を単離する工程をさらに含む、[1-1]に記載の方法。
[2]
[1-1]または[1-2]で得られた紐状構造物から、TEKT1を発現する細胞を単離する工程を含む、繊毛細胞の製造方法。
[3-1]
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞または胚性幹細胞である、[1-1]~[2]のいずれか1つに記載の方法。
[3-2]
多能性幹細胞が霊長類由来の細胞である、[1-1]~[3-1]のいずれか1つに記載の方法。
[4]
多能性幹細胞が繊毛病患者に由来する、[1-1]~[3-2]のいずれか1つに記載の方法。
[5]
多能性幹細胞が、TEKT1遺伝子のプロモーターに制御可能に連結された蛍光タンパク質遺伝子を有する、[1-1]~[4]のいずれか1つに記載の方法。
[6]
[2]~[5]のいずれか1つに記載の方法で得られた繊毛細胞。
[7]
以下の特徴(A)~(F)を有する細胞または紐状構造物。
(A)多能性幹細胞由来である
(B)9+2構造の繊毛を有する
(C)9+0構造の繊毛を有する
(D)TEKT1を発現する
(E)ビメンチンを発現する
(F)ACE2を発現する
[8-1]
さらに以下の特徴(G)~(I)の少なくともいずれか1つの特徴を有する、[7]に記載の細胞または紐状構造物。
(G)繊毛特異的遺伝子を発現する
(H)繊毛にアセチル化チューブリンが存在する
(I)繊毛にARL13bタンパク質が存在する
[8-2]
さらに以下の特徴(J)~(L)の少なくともいずれか1つの特徴を有する、[7]または[8-1]に記載の細胞または紐状構造物。
(J)分泌小胞を有する
(K)微絨毛を有する
(L)円柱状の形状である、または円柱状の細胞を有する
[9]
[6]~[8-2]のいずれか1つに記載の細胞を凝集させる工程を含む、紐状構造物の製造方法。
[10]
[1-1]、[1-2]、[3-1]~[5]および[9]のいずれか1つに記載の方法で得られた紐状構造物。
[11]
(i)被験物質の存在下または非存在下で、[7]~[8-2]および[10]のいずれか1つに記載の紐状構造物または[6]~[8-2]のいずれか1つに記載の細胞とウイルスとを接触させ、培養する工程、
(ii)該構造体または細胞への該ウイルスの感染の程度を評価する工程、および
(iii)工程(ii)において、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下においてウイルスの感染の程度が低いと評価された場合に、該被験物質をコロナウイルスの治療または予防薬の候補物質として選別する工程
を含む、ウイルス感染症の治療または予防薬のスクリーニング方法。
[12-1]
前記ウイルスがコロナウイルス科に属するウイルスである、[11]に記載の方法。
[12-2]
前記コロナウイルス科に属するウイルスが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)または中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)である、[12-1]に記載の方法。
[13]
(I)被験物質の存在下または非存在下で、[7]~[8-2]および[10]のいずれか1つに記載の紐状構造物または[6]~[8-2]のいずれか1つに記載の細胞を培養する工程、
(II)該構造体または細胞の繊毛の機能を評価する工程、および
(III)工程(II)において、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下において繊毛の機能が高いと評価された場合に、該被験物質を繊毛症の治療または予防薬の候補物質として選別する工程
を含む、繊毛症の治療または予防薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、霊長類の多能性幹細胞から、単純な分化誘方法により、繊毛細胞および紐状の構造体を半永久的に供給可能となる。これらの細胞や構造体は、SARS-CoV、MERS-CoV、COVID-19などの新興ウイルス研究、感染・増殖メカニズムの研究に用いることが可能であり、また、新興ウイルスの治療薬の開発にも非常に有用であり得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】分化中のTEKT1、OCT4、およびNanogの発現。カニクイザルES細胞株(A)およびiPS細胞株(B)の分化中のTEKT1および多能性マーカー遺伝子(OCT4およびNANOG)の定量的RT-PCR分析の経時変化。0日目(Day 0)は、未分化ES細胞の発現を表す。相対発現は、β-アクチンで正規化した後、ES細胞の発現(0日目)によって正規化した。TEKT1の発現は、ES細胞では0日目では検出されなかった。Skin:新生仔皮膚から樹立、FCF14 HCF4、HCF29:胎仔肝臓から樹立(2N=42、XX)。
図2】サル組織におけるTEKTINおよび繊毛マーカーの発現。カニクイザル組織を定量的RT-PCRに供し、TEKTINおよび繊毛マーカー遺伝子(ARL13bおよびFOXJ1)の発現を分析した。各遺伝子の相対発現は、比較CT(threshold cycle)法を用いてβ-アクチンに対して正規化した。サンプルは3回実行し、結果を平均値±SEMとして表した。
図3】TEKT1-Venus ES細胞の分化中のVenusの発現。(A)TEKT1-Venus EBのVenus発現の経時変化。細胞の画像は、ES細胞分化の4、5、6、7、および8週目で取得した。蛍光画像(上段)および明視野画像(下段)を示す。スケールバー、50 μm。(B)8週間分化したTEKT1-Venus陽性EBの断面をヘマトキシリン-エオジン(HE)染色した。蛍光画像(左パネル)およびHE染色画像(右パネル)を示す。スケールバー、50 μm。
図4】Venus発現細胞の特徴付け。(A)解離したVenus陽性細胞の多繊毛(multicilia)。明視野画像(左)および蛍光画像(右)を示す。下のパネルは、上の画像(白い正方形)の高倍率画像を示す。矢印は繊毛を示す。スケールバー、10 μm。(B)Venus陽性細胞における繊毛マーカーの発現。Venus陽性のTEKT1-Venus細胞を、繊毛マーカーであるアセチル化チューブリン(上のパネル)、およびARL13b(下のパネル)で免疫染色した。スケールバー、10 μm。(C)Venus陽性細胞のTEM。分化の8週目のVenus陽性細胞の多繊毛(左上)および繊毛の横断面(右上)。9+2構造を有する繊毛(上段中央)および9+0構造を有する繊毛(上段右)が認められた。下のパネルは、電子透過性分泌小胞(白い矢印)および多くの微絨毛を有する円柱状細胞(黒い矢印)を示す。スケールバー、500 nm (左上)、100 nm (右上)、2 μm (下)。
図5】Venus陰性および陽性細胞におけるTEKTINの発現。Venus陰性および陽性細胞を選別し、TEKTINおよび繊毛マーカー遺伝子(ARL13bおよびFOXJ1)を定量的RT-PCRで分析した。各遺伝子の相対発現を、比較Ct法を用いてβ-アクチンに対して正規化した。サンプルは3回実行し、結果は平均値±SEMとして表した。
図6】TEKT1-Venus細胞におけるビメンチンおよびACE2の発現。(A)Venus陽性EBの凍結切片をビメンチン抗体で免疫染色した。Venus陽性領域(矢印)は、紐状構造を示す。(B)Venus陰性および陽性細胞におけるACE2の発現。ACE2の発現は、Venus陰性および陽性細胞における定量的RT-PCRによって分析した。(C)TEKT1-Venus導入遺伝子の構造。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.紐状構造物および繊毛細胞の製造方法
本発明は、多能性幹細胞から、TEKT1を発現する細胞(以下、「TEKT1陽性細胞」と称することがある。)を含む紐状構造物(leash-like structure)を製造する方法を提供する。具体的には、かかる方法は、多能性幹細胞を少なくとも5週間浮遊培養する工程を含む(以下、「本発明の紐状構造物の製法」と称することがある)。また、本発明の製法により得られた紐状構造物(以下、「本発明の構造物」と称することがある。)から、TEKT1陽性細胞を単離(「選別」とも換言できる)することもできる。このように単離されたTEKT1陽性細胞の中には、繊毛構造を有する細胞(即ち、繊毛細胞)が含まれる。よって、別の態様において、本発明の構造物から、TEKT1陽性細胞を単離する工程を含む、繊毛細胞の製造方法(以下、「本発明の繊毛細胞の製法」ともいう)も提供される。本発明の繊毛細胞の製法により得られる繊毛細胞を、「本発明の細胞」と称することがある。以下では、本発明の紐状構造物の製法と本発明の繊毛細胞の製法とを包含するものとして、「本発明の製法」との用語を用いることがある。
【0013】
本明細書において、「紐状構造物」または「紐状構造」とは、折れ曲がった紐状構造を有し、長さは多様である構造物を意味する。紐状構造物の一例を図6Aに示す(矢印で示される構造物)。また、本発明の構造物は、典型的には、直径30 μm~150 μm、好ましくは直径50 μm~100 μmであり、一態様において、直径50μm程度である。また、本発明の構造物は、複数の運動性繊毛を有する上皮様細胞(即ち、本発明の細胞)を含む、あるいはこれらの細胞からなる。よって、紐状構造物および本発明の構造物は、「上皮組織様構造体」とも言い換えることができる。また、本発明の構造物は、細胞質に分泌小胞を有し、細胞外に微絨毛を有する円柱状細胞を含んでいてもよい。本発明の構造物は、内部は中空ではなく、また繊毛が外側を向いた構造体であり、ACE2を発現し、細胞膜近辺にビメンチンが存在する。さらに、本発明の構造物は、繊毛特異的遺伝子を発現する。本発明の構造物は、通常、細胞凝集塊(例えば、胚様体(EB))の一部を形成しているが、自体公知の方法により、細胞凝集塊から紐状構造物を単離することもできる。かかる単離方法としては、例えば、顕微鏡下で、形状や蛍光を指標に、細胞凝集塊に物理的に(例:メス、ハサミ、27ゲージ(G)~21Gの注射針等を用いて)切り込みをいれ、所望の構造体(通常は、構造体以外の領域も含む)を切り出すこと、および/またはピペット等を用いて該構造体を吸入することなどにより行うことができる。よって、一態様において、本発明の製法には、紐状構造物を単離する工程をさらに含む。本明細書において、「単離」とは、目的とする細胞や構造物以外の因子を除去(完全な除去までは要さない)する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。
【0014】
下述の実施例で示される通り、一態様において、本発明の構造物から得られる繊毛細胞(一態様において、単離された繊毛細胞)は、運動性繊毛の特徴である9+2構造の繊毛を有し、回転運動能を有する。また、一次繊毛の特徴である9+0構造の繊毛を有し、ならびにビメンチンおよびACE2(アンジオテンシン変換酵素II)を発現する。よって、本発明の細胞は、以下の特徴(A)~(F)を有する。
(A)多能性幹細胞由来である
(B)9+2構造の繊毛を有する
(C)9+0構造の繊毛を有する
(D)TEKT1を発現する
(E)ビメンチンを発現する
(F)ACE2(アンジオテンシン変換酵素II)を発現する
【0015】
また、本発明の細胞は、さらに以下の特徴(G)~(I)の少なくともいずれか1つの(例:2つ、3つ)特徴を有してもよい。
(G)繊毛特異的遺伝子を発現する
(H)繊毛にアセチル化チューブリンが存在する
(I)繊毛にARL13bタンパク質が存在する
【0016】
さらに、分泌小胞を有する円柱状細胞から、繊毛細胞が誘導され得るため、本発明の細胞は、さらに以下の特徴(J)~(L)の少なくともいずれか1つの(例:2つ、3つ)特徴を有してもよい。
(J)分泌小胞を有する
(K)微絨毛を有する
(L)円柱状の形状である
【0017】
本発明の構造物(一態様において、単離された紐状構造物)は、本発明の細胞を含むため、以下の特徴(A’)~(F’)を有する。
(A’)多能性幹細胞由来である
(B’)9+2構造の繊毛を有する
(C’)9+0構造の繊毛を有する
(D’)TEKT1を発現する
(E’)ビメンチンを発現する
(F’)ACE2を発現する
【0018】
また、本発明の構造物は、さらに以下の特徴(G’)~(I’)の少なくともいずれか1つの(例:2つ、3つ)特徴を有してもよい。
(G’)繊毛特異的遺伝子を発現する
(H’)繊毛にアセチル化チューブリンが存在する
(I’)繊毛にARL13bタンパク質が存在する
【0019】
さらに、本発明の構造物は、分泌小胞を有する円柱状細胞を含み得るため、本発明の構造物は、さらに以下の特徴(J’)~(L’)の少なくともいずれか1つの(例:2つ、3つ)特徴を有してもよい。
(J’)分泌小胞を有する
(K’)微絨毛を有する
(L’)円柱状の細胞を有する
【0020】
本明細書において、「繊毛特異的遺伝子」とは、主として繊毛細胞で発現し、繊毛の形成、維持および機能に関与する遺伝子群を意味する。本発明の構造物または細胞が発現するTEKT1以外の繊毛特異的遺伝子としては、例えば、TEKT2、TEKT3、TEKT4、TEKT5、FOXJ1、ARL13bが挙げられ、本発明の構造物または細胞は、これらの遺伝子の内の少なくとも1つ(例:2つ、3つ、4つ、5つ)発現していることが好ましく、これらの遺伝子の全て発現していることがより好ましい。
【0021】
TEKT1は、テクチン(Tektin)ファミリーに属するタンパク質(以下、「テクチン」と略記する)である。テクチンは、チューブリンと会合して繊毛及び鞭毛における軸索微小管、基底小体、及び中心小体を形成するフィラメント形成タンパク質であり、真核生物全体で進化的に保存されている。テクチンとして、TEKT1~5の5種類が知られている。
【0022】
本明細書において、遺伝子を「発現する」または「陽性」とは、特に断らない限り、少なくとも「遺伝子にコードされたmRNAの産生」を含む意味で用いられるが、好ましくは、さらに「mRNAにコードされたタンパク質の産生」を含む意味で用いられる。したがって、遺伝子にコードされたmRNAの産生が少なくとも実施例に記載の方法(定量RT-PCR)で検出された場合には、遺伝子が発現する(発現している)といえる。一方で、遺伝子にコードされたmRNAの産生が実施例に記載の方法(定量RT-PCR)で検出されない(即ち、検出限界未満)場合、あるいはバックグラウンドレベルの場合には、遺伝子が発現していないあるいは陰性といえる。
【0023】
本明細書において、特に断りのない限り、「細胞」には、「細胞集団」が含まれるものとする。細胞集団は、1種類の細胞から構成されていてもよく、2種類以上の細胞から構成されていてもよい。
【0024】
「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」とは、生体の種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のどの系統の細胞にも分化し得る能力を有する幹細胞を指す。本発明に用いる多能性幹細胞としては、例えば、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)、胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(nuclear transfer Embryonic stem cell:ntES細胞)、多能性生殖幹細胞(multipotent germline stem cell)(「mGS細胞」)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)が挙げられるが、好ましくはiPS細胞またはES細胞である。上記多能性幹細胞がES細胞またはヒト胚に由来する任意の細胞である場合、その細胞は胚を破壊して作製された細胞であっても、胚を破壊することなく作製された細胞であってもよいが、好ましくは、胚を破壊することなく作製された細胞である。
【0025】
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman(1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A. Thomson et al.(1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al.(1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848; J.A. Thomson et al.(1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall(1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。あるいは、ES細胞は、胚盤胞期以前の卵割期の胚の単一割球のみを用いて樹立することもできるし(Chung Y. et al. (2008), Cell Stem Cell 2: 113-117)、発生停止した胚を用いて樹立することもできる(Zhang X. et al. (2006), Stem Cells 24: 2669-2676.)。
【0026】
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(Wakayama T. et al.(2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al.(2005), Biol. Reprod., 72:932-936; Byrne J. et al.(2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(Cibelli J.B. et al.(1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008), 実験医学, 26巻, 5号(増刊), 47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0027】
本発明で用いるES細胞株としては、マウスES細胞であれば、例えば、inGenious targeting laboratory社、理研(理化学研究所)等が樹立した各種マウスES細胞株が利用可能であり、ヒトES細胞株であれば、例えば、ウィスコンシン大学、NIH、理研、京都大学、国立成育医療研究センターおよびCellartis社などが樹立した各種ヒトES細胞株が利用可能である。具体的には、例えば、ヒトES細胞株としては、ESI Bio社が分譲するCHB-1~CHB-12株、RUES1株、RUES2株、HUES1~HUES28株等、WiCell Researchが分譲するH1株、H9株等、理研が分譲するKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SSES1株、SSES2株、SSES3株などが挙げられる。また、カニクイザル由来のCMK6株、CMK9株なども用いることができる。
【0028】
iPS細胞は、哺乳動物体細胞または未分化幹細胞に、特定の因子(核初期化因子)を導入して再プログラミングすることにより得られる細胞である。現在、iPS細胞にはさまざまなものがあり、山中らにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、樹立されたiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入して樹立されたヒト細胞由来のiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、上記4因子導入後、Nanogの発現を指標として選別し、樹立したNanog-iPSC(Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、c-Mycを含まない方法で作製されたiPSC(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)、ウイルスフリー法で6因子を導入して樹立されたiPSC(Okita K et al. Nat. Methods 2011 May;8(5):409-12, Okita K et al. Stem Cells. 31(3):458-66.)等も用いることができる。また、Thomsonらにより作製されたOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を導入して樹立された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Daleyらにより作製された人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、桜田らにより作製された人工多能性幹細胞(特開2008-307007号)等も用いることができる。
このほか、公開されているすべての論文(例えば、Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574;、Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650;Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは特許(例えば、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852)に記載されている当該分野で公知の人工多能性幹細胞のいずれも用いることができる。
【0029】
人工多能性幹細胞株としては、NIH、理研、京都大学等が樹立した各種iPSC株が利用可能である。例えば、ヒトiPSC株であれば、理研のHiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株等、京都大学の253G1株、253G4株、1201C1株、1205D1株、1210B2株、1383D2株、1383D6株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、1231A3株、FfI-01s04株等が挙げられる。また、カニクイザル由来のFCF14株、HCF4株、HCF29株なども用いることができる。
【0030】
mGS細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(Kanatsu-Shinohara M. et al.(2003)Biol. Reprod., 69:612-616; Shinohara K. et al.(2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、生殖幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008), 実験医学, 26巻, 5号(増刊), 41~46頁, 羊土社(東京、日本))。
【0031】
EG細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞である。LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立し得る(Matsui Y. et al.(1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al.(1992), Nature, 359:550-551)。
【0032】
多能性幹細胞の由来種も特に限定されず、例えば、ラット、マウス、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、カニクイザル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類などの細胞であってよい。好ましい由来種は、ヒトである。
【0033】
また、多能性幹細胞は、繊毛病(ciliopathy)患者由来の細胞であることも好ましい。繊毛病患者由来の細胞は、該疾患の病態を反映する膵疾患モデルとして用いることができるため、例えば、繊毛病の治療または予防薬のスクリーニングなどに適している。かかる繊毛病は、一次繊毛に関する遺伝子の異常に起因するものであっても、運動性繊毛に関する遺伝子の異常に起因するものであってもよい。繊毛病としては、例えば、アルストレーム症候(原因遺伝子:ALMS1)、ジューヌ症候群、バルデー・ビードル症候群(原因遺伝子:BBS1、BBS2、ARL6、BBS4、BBS5、MKKS、BBS7、TTC8、BBS9、BBS10、TRIM32、BBS12)、エリス・ヴァン・クレベルド症候群(原因遺伝子:EVC、EVC2)、ジュベール症候群(原因遺伝子:INPP5E、TMEM216、AHI1、NPHP1、CEP290、TMEM67、RPGRIP1L、ARL13B、CC2D2A、BRCC3)、レーバー先天性黒内障(原因遺伝子:GUCY2D、RPE65)、マキュージック・カウフマン症候群(原因遺伝子:MKKS)、メッケル・グルーバー症候群(原因遺伝子:MKS1、TMEM67、TMEM216、CEP290、RPGRIP1L、CC2D2A)、ネフロン癆(原因遺伝子:NPHP1、INVS、NPHP3、NPHP4、IQCB1、CEP290、GLIS2、RPGRIP1L)、口顔指症候群1型(原因遺伝子:OFD1)、多発性嚢胞腎(常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)、常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD))(原因遺伝子:PKD1、PKD2、PKHD1)、原発性毛様体ジスキネジア(原因遺伝子:DNAI1、DNAH5、TXNDC3、DNAH11、DNAI2、KTU、RSPH4A、RSPH9、LRRC50)、シニア・ローケン症候群(原因遺伝子:NPHP1、NPHP4、IQCB1、CEP290、SDCCAG8)、センセンブレナー症候群(原因遺伝子:IFT122)、短肋骨多指症候群(原因遺伝子:DYNC2H1)などが挙げられる。
【0034】
分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤を培養開始時から培地に添加することが好ましい。ROCK阻害剤は、培養開始から胚様体が形成されるまで添加することで十分であるが、例えば15日間以下、好ましくは10日間以下、より好ましくは6日間以下、さらにより好ましくは4日間以下(例:4日間、3日間またはそれ以下)添加する。本発明で用いるROCK阻害剤としては、例えば、Y-27632((+)-(R)-trans-4-(1-aminoethyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexanecarboxamide dihydrochloride)(例、Ishizaki et al., Mol. Pharmacol. 57, 976-983 (2000);Narumiya et al., Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)参照)、ファスジル/HA1077(例、Uenata et al., Nature 389: 990-994 (1997)参照)、SR3677(例、Feng Y et al., J Med Chem. 51: 6642-6645(2008)参照)、GSK269962(例、Stavenger RA et al., J Med Chem. 50: 2-5 (2007)またはWO2005/037197参照)、GSK429286A、H1152(例、Sasaki et al., Pharmacol. Ther. 93: 225-232 (2002)参照)、Wf-536(例、Nakajima et al., Cancer Chemother Pharmacol. 52(4): 319-324 (2003)参照)、チアゾビビンおよびそれらの塩または誘導体などが挙げられる。他のROCK阻害剤としては、ROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、およびそれらの発現ベクターなども挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の公知の低分子化合物およびその塩または誘導体も使用できる(例えば、米国特許出願公開第2005/0209261号、同第2005/0192304号、同第2004/0014755号、同第2004/0002508号、同第2004/0002507号、同第2003/0125344号、同第2003/0087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。中でも、Y-27632が好ましい。本発明の製法において、ROCK阻害剤は、1種のみ用いてもよく、2種以上用いてもよい。
【0035】
ROCK阻害剤としてY-27632またはその塩(例:Y-27632二塩酸塩等)を用いる場合の培地中の濃度は、通常1 μM以上(例:5 μM、10 μM、15 μM、20 μM、25 μM、30 μM、35 μM、40 μM、45 μM、50 μMまたはそれ以上)であり、500 μM以下(400 μM、300 μM、200 μM、150 μM、100 μMまたはそれ以下)である。また、Y-27632を用いる場合の培地中の濃度は、典型的には0.1 μM~200 μM、好ましくは0.5 μM~100μM、より好ましく2 μM~50 μMである。一態様において、10 μMである。ROCK阻害剤の濃度を添加する期間内で変動させてもよく、例えば期間の後半で濃度を半減させることができる。
【0036】
本明細書において、「浮遊培養」とは、細胞または細胞の凝集体が培養液に浮遊して存在する状態を維持する条件で行われる培養、すなわち細胞または細胞の凝集体と培養容器(または該容器に固定された細胞外マトリックスまたはフィーダー細胞)との間に強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)を作らせない条件での培養を意味する。多能性幹細胞の浮遊培養を開始する前に、多能性幹細胞を、細胞剥離溶液(例えば、コラゲナーゼIVおよび/またはトリプシンを含む溶液など)を用いてフィーダー層から剥離する工程などを行ってもよい。
【0037】
浮遊培養を行う際に用いられる培養容器は、特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養容器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、またはローラーボトルが挙げられる。これらの培養容器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養容器としては、培養容器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例:細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないものなどを使用できる。
【0038】
また、多能性幹細胞を浮遊培養する工程において、各種分化誘導因子(例えば、内胚葉細胞への分化誘導に用いられるアクチビンA、GSK-3阻害剤(例:CHIR99021等)、中胚葉細胞への分化誘導に用いられるBMP4、VEGF、外肺葉細胞への分化に用いられるALK阻害剤(例:LDN-193189、SB431542等)、TGF-β阻害剤(例:A-83-01等)、AMPK阻害剤(例:Dorsomorphin等)など)が用いられてもよい。しかしながら、下述の実施例で示される通り、これら特定の分化誘導因子を用いずに浮遊培養を行った場合でも(即ち、自発的な分化により)、本発明の構造物が形成され得る。よって、浮遊培養において、例えば費用面から、分化誘導因子を用いないことが好ましい。
【0039】
本発明に用いる基礎培地としては、例えば、RPMI-1640培地、EagleのMEM培地、ダルベッコ改変MEM培地、Glasgow’s MEM培地、α-MEM培地、199培地、IMDM培地、DMEM培地、Hybridoma Serum free培地、Chemically Defined Hybridoma Serum Free培地、Ham’s Medium F-12、Ham’s Medium F-10、Ham’s Medium F12K、ATCC-CRCM30、DM-160、DM-201、BME、Fischer、McCoy’s 5A、Leibovitz’s L-15、RITC80-7、MCDB105、MCDB107、MCDB131、MCDB153、MCDB201、NCTC109、NCTC135、Waymouth’s MB752/1、CMRL-1066、Williams’ medium E、Brinster’s BMOC-3 Medium、E8 Medium(以上サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、ReproFF2、Primate ES Cell Medium、ReproStem(以上リプロセル株式会社)、ProculAD(ロート製薬株式会社)、MSCBM-CD、MSCGM-CD(以上Lonza社)、EX-CELL302培地(SAFC社)またはEX-CELL-CD-CHO(SAFC社)、ReproMedTM iPSC Medium(リプロセル株式会社)、Cellartis MSC Xeno-Free Culture Medium(タカラバイオ株式会社)、TESR-E8(株式会社べリタス)、StemFit(登録商標)AK02N、AK03N(味の素株式会社)およびこれらの混合物などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
また、培地には、必要に応じて細胞の生存または増殖に必要な生理活性物質および栄養因子などを添加できる。これらの添加物は、培地に予め添加されていてもよく、細胞培養中に添加されてもよい。培養中に添加する方法は、1溶液または2種以上の混合溶液などいかなる形態によってでもよく、連続的または断続的な添加であってもよい。
【0041】
生理活性物質としては、インシュリン、IGF-1、トランスフェリン、アルブミン、補酵素Q10、各種サイトカイン(インターロイキン類(IL-2、IL-7、IL-15等)、幹細胞因子(SCF)、アクチビン等)、各種ホルモン、各種増殖因子(白血病抑制因子(LIF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、TGF-β等)などが挙げられる。
栄養因子としては、糖、アミノ酸、ビタミン、加水分解物または脂質などが挙げられる。
糖としては、グルコース、マンノースまたはフルクトースなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。
アミノ酸としては、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシンまたはL-バリンなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。
ビタミンとしては、d-ビオチン、d-パントテン酸、コリン、葉酸、myo-イノシトール、ナイアシンアミド、ピロドキサール、リボフラビン、チアミン、シアノコバラミンまたはDL-α―トコフェロールなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。
加水分解物としては、大豆、小麦、米、えんどう豆、とうもろこし、綿実、酵母抽出物などを加水分解したものが挙げられる。
脂質としては、コレステロール、リノール酸またはリノレイン酸などが挙げられる。
【0042】
さらに、培地には、カナマイシン、ストレプトマイシン、ペニシリンまたはハイグロマイシンなどの抗生物質を必要に応じて添加してもよい。シアル酸等の酸性物質を培地に添加する場合には、培地のpHを細胞の成育に適した中性域であるpH5~9、好ましくはpH6~8に調整することが望ましい。
【0043】
本発明の培地は、血清(例えば、ウシ胎児血清(FBS)、ヒト血清、ウマ血清)含有培地であっても無血清培地であってもよい。異種動物由来成分の混入防止の観点からは血清を含有しないか、培養される細胞と同種動物由来の血清が用いられることが好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整または未精製の血清を含まない培地を意味する。無血清培地は、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)を含有していてもよい。
【0044】
本発明の培地は、血清と同様に、血清代替物についてもこれを含んでいても含んでいなくともよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、脂質リッチアルブミンおよび組換えアルブミン等のアルブミン代替物、植物デンプン、デキストラン、タンパク質加水分解物、トランスフェリンまたは他の鉄輸送体、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオグリセロールあるいはこれらの均等物などが挙げられる。血清代替物の具体例として、例えば、国際公開第98/30679号記載の方法により調製されるものや、市販のknockout Serum Replacement[KSR](Life Technologies社)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社)およびGlutamax(Life Technologies社)などが挙げられる。また、生体由来因子としては、多血小板血漿(PRP)、ヒト間葉系幹細胞の培養上清成分などが挙げられる。
【0045】
本発明の製法の培養期間は、目的の構造体または細胞が得られる期間である限り特に限定されないが、典型的には、5週間以上(例:6週間、7週間、8週間、9週間、10週間、11週間、12週間またはそれ以上)である。上限についても特に限定されないが、例えば、20週間、19週間、18週間、17週間、16週間、15週間などが挙げられる。また、一態様において、培養期間は、35日間~84日間であるが、これを超えて培養してもよい。
【0046】
細胞の培養密度は、細胞が増殖できる限り特に限定されない。典型的には1.0×101~1.0×106細胞/cm2、好ましくは1.0×102~1.0×105細胞/cm2、より好ましくは1.0×103~1.0×104細胞/cm2である。
【0047】
また培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
【0048】
紐状構造物を含む細胞凝集塊やそこから単離された紐状構造物を、自体公知の方法により単一細胞に解離することもでき、このように解離された単一細胞から、TEKT1陽性細胞を選別することで、繊毛細胞を製造することができる。単一細胞への解離は、例えば、酵素処理により行うことできる。酵素処理は、例えば、トリプシン(典型的には、EDTAと組み合わせて用いる)、TrypLE (Invitrogen)、コラゲナーゼ(コラゲナーゼ タイプI~VII)、メタロプロテアーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、ディスパーゼ、デオキシリボヌクレアーゼなどの酵素やこれらの混合物を用いて行うことができる。酵素処理の条件(温度、時間等)は、用いる酵素等により適宜設定し得る。また、当該酵素処理を促進させるために、当該処理前に、細胞凝集塊を物理的に細断するか、あるいは細胞凝集塊に物理的に切れ込みを入れる工程を行ってもよい。酵素処理は、繰り返し行ってもよい。
【0049】
細胞集団からのTEKT1陽性細胞の単離は、例えば、以下の方法により行うことができる。TEKT1遺伝子のプロモーターに制御可能に連結された蛍光タンパク質遺伝子(以下、「TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子」と称することがある)を有する多能性幹細胞を用いて、本発明の製法を行い、該蛍光タンパク質の発現をTEKT1の発現の指標として用いて、細胞集団から蛍光タンパク質陽性(即ち、TEKT1陽性細胞)を単離することができる。かかる蛍光タンパク質陽性細胞を単離する方法としては、例えば、フローサイトメトリーを用いた方法(例:蛍光活性化セルソーティング(FACS)等)などが挙げられる。
【0050】
本発明で用いるTEKT1プロモーターは、該プロモーターに制御可能に連結された蛍光タンパク質遺伝子が発現できる限り特に限定されない。下述の実施例で示される通り、カニクイザルTEKT1イントロン3、およびエクソン4の5'-UTR(-951~-1 nt)にTEKT1の発現に必要な重要なシスエレメントが含まれていることが示唆された。従って、TEKT1プロモーターは、カニクイザルTEKT1の-951~-1 ntの領域に相同する領域の全部または一部の領域からなる、または該領域が含まれていることが好ましい。
【0051】
TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子を有する多能性幹細胞は、TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子を有するコンストラクトを作製し、該コンストラクトを細胞にインジェクションし、該遺伝子発現カセットが染色体に組み込まれた細胞を、蛍光タンパク質の発現を指標に選別することなどにより作製することができる。また、TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子を有するコンストラクトがエピソーマルベクターなどの自律複製するものである場合には、TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子は、染色体には組み込まれずに独立して細胞内に存在することとなる。
【0052】
あるいは、TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子を有する多能性幹細胞は、ゲノム編集等を用いた相同組み換えにより、蛍光タンパク質遺伝子を、一方の又は両方の染色体(アリル)上の内在性のTEKT1遺伝子のプロモーターの下流にノックインすることで作製することもできる。相同組み換えを利用する場合には、典型的には、ドナーDNAを用いるが、かかるドナーDNAには、5’ホモロジーアームと3’ホモロジーアームのとの間の領域(以下、「挿入予定領域」ともいう。)に少なくとも蛍光タンパク質遺伝子が含まれる。挿入予定領域は、染色体上のTEKT1遺伝子のプロモーターの下流に挿入してもよく、該プロモーターの下流の領域(例えば、TEKT1をコードする領域やその一部の領域等)と置換してもよい。また、蛍光タンパク質とTEKT1との融合タンパク質が発現するようにしてもよく、さらに、IRES(internal ribosome entry site)や2A(例:T2A、P2A、E2A、F2A)コード配列を挿入予定領域に含めることで、蛍光タンパク質と、TEKT1とを同時に発現させることもできる。
【0053】
前記ゲノム編集としては、例えば、ジンクフィンガーDNA結合ドメインと非特異的なDNA切断ドメインとを連結した、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)を用いる方法(特許第4968498号公報)、DNA結合モジュールである転写活性化因子様(TAL)エフェクターと、DNAエンドヌクレアーゼとを連結したTALEN(TALエフェクターヌクレアーゼ)を用いる方法(特表2013-513389号公報)、あるいは、DNA配列CRISPR(Clustered Regularly interspaced short palindromic repeats)と、CRISPRとともに重要な働きを持つヌクレアーゼCasタンパク質ファミリーとを組み合わせたCRISPR-Cas9システムを利用する方法(特表2010-519929号公報)などが挙げられる。さらに、ゲノム編集等により、TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子を、特定の遺伝子座にノックインしてもよい。かかる特定の遺伝子座としては、ヒトPPP1R2C遺伝子座などのオープンクロマチン構造のため、挿入された遺伝子の発現抑制を受けにくい遺伝子座などが挙げられる。
【0054】
TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子や挿入予定領域には、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイト、IRES、2Aコード配列などの制御配列を含むことができ、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列などを含むことができる。また、TEKT1-蛍光タンパク質遺伝子や挿入予定領域には、細胞への導入後、特定の遺伝子や配列を切除するため、それらの前後にLoxP配列又はFRT配列を有してもよい。
【0055】
蛍光タンパク質としては、例えば、Sirius、TagBFP、EBFP等の青色蛍光タンパク質、mTurquoise、TagCFP、AmCyan、mTFP1、MidoriishiCyan、CFP等のシアン蛍光タンパク質、TurboGFP、AcGFP、TagGFP、Azami-Green(例:hmAG1等)、ZsGreen、EmGFP、EGFP、GFP2、HyPer等の緑色蛍光タンパク質、TagYFP、EYFP、Venus、YFP、PhiYFP、PhiYFP-m、TurboYFP、ZsYellow、mBanana等の黄色蛍光タンパク質、KusabiraOrange(例:hmKO2等)、mOrange等の橙色蛍光タンパク質、TurboRFP、DsRed-Express、DsRed2、TagRFP、DsRed-Monomer、AsRed2、mStrawberry等の赤色蛍光タンパク質、TurboFP602、mRFP1、JRed、KillerRed、mCherry、HcRed、KeimaRed(例:hdKeimaRed等)、mRasberry、mPlum等の近赤外蛍光タンパク質が挙げられるが、これらに限定されない。
【0056】
また、本発明の細胞は、培養器に播種し浮遊培養することで、再凝集させて紐状構造物を再構築することもできる。従って、さらに別に態様において、本発明の細胞を浮遊培養して細胞を凝集させる工程を含む、TEKT1を発現する細胞を含む紐状構造物の製造方法も提供される。上記浮遊培養で用いる基礎培地、培養条件、培養方法、培地への添加物、培養器の具体例などは、本発明の製法で記載した内容が援用される。また、かかる方法により製造された(再構築)紐状構造物(以下、「本発明の再構築構造体」と称することがある。)は、典型的には、本発明の構造物と同様の特徴を有し得る。
【0057】
2.本発明の構造物および細胞の用途
本発明の構造物および細胞は、繊毛運動のメカニズムと調整、および紐状構造の形成の研究に役立つモデルとなり得る。また、本発明の構造体および細胞は、運動性繊毛だけでなく9+0構造の一次繊毛を有するため、一次繊毛の形成、機能メカニズム研究にも利用できる。本発明の構造物および細胞は、アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)を発現し、またビメンチンを強く発現する。ビメンチンは、SARS-CoVやSARS-CoV-2(COVID-19)などのコロナウイルス科に属するいくつかのウイルスの重要な受容体であるACE2と関連する共受容体として作用することが報告されている(Li, Z., et al., BMJ Open Respiratory Research. 7(1):e000623 (2020)、Lalioti, V., et al., Scientific Reports. 12(1): 7063 (2022)、Ahn, J. H., et al., The Journal of Clinical Investigation, 131(13): e148517 (2021))。したがって、本発明の構造物および細胞は、ビメンチンおよび/またはACE2を介して細胞に感染するウイルス、特にコロナウイルス科に属するウイルスの感染メカニズムの研究および医薬品開発のための有用なツールとなり得る。
【0058】
よって、本発明の別の態様において、
(i)被験物質の存在下または非存在下で、本発明の構造物または細胞とウイルスとを接触させ、培養する工程、
(ii)該構造体または細胞への該ウイルスの感染の程度を評価する工程、および
(iii)工程(ii)において、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下においてウイルスの感染の程度が低いと評価された場合に、該被験物質をコロナウイルスの治療または予防薬の候補物質として選別する工程、
を含む、ウイルス感染症の治療または予防薬のスクリーニング方法(以下、「本発明のスクリーニング方法」と称することがある。)が提供される。
【0059】
本発明の方法における対象のウイルスは、ビメンチン、ACE2などの細胞表面の受容体を介して本発明の構造物または細胞に対する感染能を有するものであれば限定されない。かかるウイルスとして、ビメンチンが細胞へのウイルスの接着および侵入に関与するデングウイルス、エンテロウイルス、日本脳炎ウイルス、豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス(PRRSV)、ササゲモザイクウイルス、チャンディプラウイルスや、ビメンチンが細胞質へのウイルスのリボヌクレオ蛋白の放出に必要とされるA型インフルエンザウイルス(IAV)などが挙げられる。また、対象のウイルスとして、コロナウイルス科に属するウイルス(以下、「コロナウイルス」と称することがある。)も好ましく、中でも、ACE2またはACE2とその共受容体であるビメンチンとの複合体を介して細胞に感染するサルベコウイルス亜属に属するウイルスが好ましく、特に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)が好ましい。また、ビメンチンを介して細胞に感染する中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)もまた好ましい。
【0060】
細胞がコロナウイルスなどのウイルスに感染し、細胞内でウイルスが増殖を始めると、細胞の外観に特徴的な変化(即ち、細胞変性)が現れる。この現象は細胞変性効果(CPE)と呼ばれ、ウイルスが細胞内で増殖していることを示す指標となる。CPEとして、例えば、多数の細胞が融合した合胞体の形成、培養容器底面からの剥離などが挙げられる。これらの現象を顕微鏡観察、免疫染色などの手法により分析することで、ウイルスの感染の程度を評価することができる。従って、本発明のスクリーニング方法の工程(ii)の一態様は、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下において細胞変性の程度が低い場合に、該被験物質をウイルス感染症の治療または予防薬の候補物質として選別する工程である。
【0061】
また、例えばウイルスのスパイクタンパク質やエンベロープなどと細胞のビメンチンおよび/またはACE2との結合を阻害できる物質であれば、ウイルス感染症の治療または予防薬となり得る。かかる物質の存在下においては、非存在下の場合と比較して培養上清のウイルスの量が多く検出されることになるため、培養上清中のウイルスの量がウイルスの感染の程度の指標となる。従って、本発明のスクリーニング方法の工程(ii)の別の一態様は、培養上清中のウイルスの量を測定する工程である。
【0062】
あるいは、本発明のスクリーニング方法の工程(ii)は、ウイルスと接触させた本発明の構造物または細胞から、ウイルスを単離し、該ウイルスの量を比較することにより行うこともできる。この場合には、被験物質の存在下において、非存在下の場合と比較して構造体または細胞内のウイルス量が少ない場合に、該被験物質はウイルス感染症の治療または予防薬となり得る。
【0063】
ウイルスの量は、例えば、ウイルスのゲノムRNAを用いて、競合PCRやリアルタイムPCRなどの定量的PCR法を行うことで、測定することができる。あるいは、ウイルス由来のペプチド(例えば、スパイクタンパク質など)を特異的に認識する抗体を用いて、免疫学的測定法(例:CLEIA、ELISA、FIA、RIA、ウェスタンブロット等)によって行うこともできる。また、市販のウイルスの定量用キットを用いてもよい。
【0064】
さらに、本発明の構造物および細胞は、一次繊毛および運動性繊毛を有するため、繊毛病の治療または予防薬のスクリーニングや、繊毛病の病態メカニズムの解明にも用いることができる。よって、本発明のさらに別の態様において、
(I)被験物質の存在下または非存在下で、本発明の構造物または細胞を培養する工程、
(II)該構造体または細胞の繊毛の機能を評価する工程、および
(III)工程(II)において、被験物質の非存在下と比較して、候補物質の存在下において繊毛の機能が高いと評価された場合に、該被験物質を繊毛症の治療または予防薬の候補物質として選別する工程
を含む、繊毛症の治療または予防薬のスクリーニング方法も提供される。特に断らない限り、該スクリーニング方法も、「本発明のスクリーニング方法」に包含されるものとする。上記スクリーニング方法で用いる細胞または構造物は、繊毛病の病態を反映し得る繊毛病患者由来の細胞または該細胞を含む構造物であることが好ましい。
【0065】
上記工程(II)における本発明の構造体または細胞の繊毛の機能としては、例えば、繊毛の形成機能、維持機能、繊毛運動、繊毛逆転反応、センサー(例:ケモセンサー、メカノセンサー等)機能などが挙げられる。これらの機能は、光学顕微鏡または電子顕微鏡での観察、RT-PCR、免疫染色などによる繊毛特異的遺伝子の発現の検出または測定、細胞の回転運動の観察などの自体公知の方法により評価することができる。また、「繊毛の機能が高い」には、被験物質の非存在下では認められない機能が、被験物質の存在下においては認められる場合も包含されるものとする。
【0066】
特に断らない限り、ウイルス感染症または繊毛症の治療または予防薬には、該疾患を治療でき、かつ予防できる医薬も包含される。また、「治療薬」には、ウイルス感染症または繊毛症の根治治療を目的とする医薬だけでなく、例えば、これらの疾患の進行抑制を目的とする医薬、症状の軽減(例えば、生活、仕事の支障がない症状軽微(minimal manifestations MM)への改善)を目的する、または後遺症を軽減する医薬も含まれるものとする。
【0067】
本発明に用いる被験物質は、例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、微生物発酵産物、海洋生物由来の抽出物、植物抽出物、精製タンパク質又は粗タンパク質、ペプチド、非ペプチド化合物、合成低分子化合物、及び天然化合物が例示される。
【0068】
本発明に用いる被験物質はまた、(1)生物学的ライブラリー、(2)デコンヴォルーションを用いる合成ライブラリー法、(3)「1ビーズ1化合物(one-bead one-compound)」ライブラリー法、及び(4)アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する合成ライブラリー法を含む当技術分野で公知のコンビナトリアルライブラリー法における多くのアプローチのいずれかを使用して得ることができる。アフィニティクロマトグラフィー選別を使用する生物学的ライブラリー法はペプチドライブラリーに限定されるが、その他の4つのアプローチはペプチド、非ペプチドオリゴマー、又は化合物の低分子化合物ライブラリーに適用できる(Lam(1997)Anticancer Drug Des. 12:145-67)。低分子化合物ライブラリーの合成方法の例は、当技術分野において見出され得る(DeWitt et al.(1993)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:6909-13; Erb et al.(1994)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 91:11422-6; Zuckermann et al.(1994)J. Med. Chem. 37:2678-85; Cho et al.(1993)Science 261:1303-5; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2059; Carell et al.(1994)Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 33:2061; Gallop et al.(1994)J. Med. Chem. 37:1233-51)。化合物ライブラリーは、溶液(Houghten(1992)Bio/Techniques 13:412-21を参照のこと)又はビーズ(Lam(1991)Nature 354:82-4)、チップ(Fodor(1993)Nature 364:555-6)、細菌(米国特許第5,223,409号)、胞子(米国特許第5,571,698号、同第5,403,484号、及び同第5,223,409号)、プラスミド(Cull et al.(1992)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89:1865-9)若しくはファージ(Scott and Smith(1990)Science 249:386-90; Devlin(1990)Science 249:404-6; Cwirla et al.(1990)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:6378-82; Felici(1991)J. Mol. Biol. 222:301-10; 米国特許出願第2002103360号)として作製され得る。
【0069】
あるいは、本発明の構造物および細胞は、ウイルスの増殖にも用いることができる。よって、さらに別の態様において、本発明の構造物または細胞とウイルスとを接触させる工程を含む、ウイルスの製造(「増殖」とも換言できる)方法(以下、「ウイルスの製法」と称することがある。)が提供される。本発明の構造物または細胞とウイルスとの接触は、典型的には、本発明の構造物または細胞を培養している培地中に、ウイルスを添加することにより行うことができる。
【0070】
本発明のスクリーニング方法およびウイルスの製法における細胞の培養条件や培養方法、培地への添加物、培養器の具体例などは、上記「1.紐状構造物および繊毛細胞の製造方法」で記載した内容が援用される。
【0071】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例0072】
<材料および方法>
(カニクイザルES細胞およびiPS細胞の培養)
カニクイザルから樹立された、継代数20~30の非ヒト霊長類のES細胞(CMK6: 2N=42, XY, CMK9: 2N=42, XX)およびiPS細胞株(Skin: 新生仔皮膚由来; FCF14, HCF4, HCF29:胎仔肝臓由来, 2N=42, XX)(Shimozawa, N., et al., Differentiation. 85(4-5):131-139 (2013); Suemori, H., et al., Developmental Dynamics. 222(2):273-279 (2001))を、37℃の空気中5% CO2の加湿雰囲気下で、ゼラチンコーティングされた組織培養用のプラスチックディッシュ(AGC Techno Glass)内の、マイトマイシンC(5 μg/ml、37℃で2時間)で不活性化したマウス胚線維芽細胞(MEF)上で維持した。培地は、20% (v/v) KnockOut Serum Replacement (10828-028、Thermo Fisher Scientific)、2 mM L-グルタミン、1 mM ピルビン酸ナトリウム、1% (v/v) MEM 非必須アミノ酸溶液(Thermo Fisher Scientific)、1% (v/v) ペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液、および0.1 mM β-メルカプトエタノールを添加したDMEM/Ham's F-12であった。細胞を3~4日ごとに継代し、新鮮なフィーダーに再播種した。
【0073】
(胚様体(EB)形成を介したインビトロでの分化)
既報(Kurosawa, H., Journal of Bioscience and Bioengineering 103(5):389-398 (2007); 非特許文献4)の手順に従い、カニクイザルES細胞の自発的な分化を、懸濁培養(suspension culture)においてEBを形成することによって誘導した。簡潔に説明すれば、0.1% (w/v) コラゲナーゼ(Type IV、Thermo Fisher Scientific)で処理することにより、ES細胞コロニーをフィーダー層から分離し、37℃の空気中5% CO2の加湿雰囲気下で、60 mmの表面処理されていない細菌グレードのディッシュ(AGC Techno Glass)で、10 μM Y-27632 (和光純薬工業)を添加した培地中で培養した。培地は3日ごとに交換した。
【0074】
(定量的リアルタイムPCR)
製造元の説明書に従って、illustra RNAspin Mini Isolation Kit (GE Healthcare)を使用して、7、14、21、および28日目に未分化ES細胞およびEBから全RNAを抽出した。カニクイザル(5~21齢)の組織を筑波霊長類研究センターより入手し、Illustra RNAspin Mini Isolation Kit(GEヘルスケア)を用いてRNA抽出を行った。製造元の説明書に従って、500 ngの全RNAを用いて、PrimeScript RT試薬キット(タカラバイオ)で逆転写を行い、Thermal Cycler Dice Real-Time System(タカラバイオ)で、SYBR Premix Ex Taq(タカラバイオ)を用いて定量PCRを実施した。遺伝子の相対量は、比較CT法を用いてβ-アクチンに対して正規化した(Ponchel, F., et al., BMC Biotechnology. 3:18 (2003))。サンプルは3回実行し、結果を平均値±SEMとして表した。プライマーセットを表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
(TEKT1-Venusレポーター遺伝子を有するES細胞株の樹立)
TEKT1発現細胞を同定するために、本発明者らは、TEKT1-Venusレポーター遺伝子(Nagai, T., et al., Nature Biotechnology. 20(1):87-90. (2002))を有するCMK6細胞株を樹立した。TEKT1-Venus発現ベクターは、pEGFP-1(Clontech)のCMVプロモーターおよびEGFP配列を、カニクイザルES細胞から分離されたゲノム(-3077~-1 ntにマッピングされた、イントロン2の一部、エクソン3、イントロン3およびエクソン4の翻訳開始コドンの直前を含む3077 bpの断片)から増幅されたTEKT1プロモーター配列およびVenusにそれぞれ置換することによって構築した。
【0077】
安定した形質移入体を得るために、製造元の説明書に従って、抗生物質不含培地を含むゼラチンでコーティングされた60 mm培養皿にCMK6細胞を播種し、FuGENE HD transfect reagent(Promega)を使用してトランスフェクトした。トランスフェクションの48時間後、細胞を選択培地(20 μg/mlのG418を添加した培地)で培養し、培地を毎日交換した。10日後、G418耐性コロニーを分離し、ゼラチンでコーティングした24ウェル培養プレートで独立して増殖させた。ベクターの組み込みは、EB形成後のVenus発現によって確認した。強い(bright)Venusの発現を示した、クローンCMK6-TEKT1-Venus #11を選択し、さらなる実験に使用した。
【0078】
(CMK6-TEKT1-Venus由来EBの顕微鏡観察)
CMK6-TEKT1-Venus細胞を培養し、EB形成によって分化させた。倒立蛍光顕微鏡(Olympus IX70)下でEBの形態とVenusの発現を観察した。Venus蛍光の検出(約8週間の培養)に続いて、EBを回収し、光学および透過型電子顕微鏡(TEM)観察のために次のように処理した。
【0079】
(免疫染色)
細胞およびEBの凍結切片(7 μm)を4% パラホルムアルデヒドを用いて4℃で30分間固定し、アセチル化チューブリン(T6793、SigmaAldrich)、ARL13b(17711-1-AP、Santa Cruz)およびビメンチン(クローン V9、Dako)に対する一次抗体と反応させた。次いで、二次抗体(Cy3がコンジュゲートしたヤギ抗ウサギIgGまたはAlexa Fluor 568がコンジュゲートしたヤギ抗マウスIgG)とインキュベートした。核をDAPIで対比染色した。共焦点顕微鏡(Olympus FLUOVIEW FV1000)を用いて蛍光画像を得た。
【0080】
(ヘマトキシリン-エオジン染色)
EBを4%パラホルムアルデヒド溶液中で、一晩4℃で固定し、凍結切片(厚さ6 μm)を調製した。Venusの発現をモニタリングした後、これらの切片をマイヤーヘマトキシリン溶液および0.5% エオシンアルコール溶液で染色した。染色切片を正立顕微鏡(Nikon Eclipse E200)で観察した。
【0081】
(透過型電子顕微鏡(TEM))
TEM観察のために、EBを回収し、既報(Narita, K., et al., Traffic. 11(2):287-301 (2010))のように繊毛観察のために処理した。簡潔に説明すれば、サンプルを、2% パラホルムアルデヒド、2.5% (w/v) グルタルアルデヒド、および2% (w/v) タンニン酸を添加した0.1 M カコジル酸緩衝液(pH7.4)中で、室温で1時間固定した。10% スクロースを含む0.1 M カコジル酸緩衝液で洗浄した後、EBを1% (w/v) 四酸化オスミウムで、氷上で30分間後固定し、続いて蒸留水で十分に洗浄した。次いで、固定したEBを、30 % (v/v) エタノール中の1% (w/v) 酢酸ウラニルと共にインキュベートした。得られたサンプルをエタノールで脱水し、プロピレンオキシドに転写し、Epok 812 (OKEN)に包埋し、80~100 nmの超薄切片をウルトラミクロトーム(LKB 2088 Ultratone、LKB-Produkter)で切断した。切片をフォルムバール/カーボンでコーティングされたシングルスロットグリッド上にマウントし、クエン酸鉛と酢酸ウラニルで染色し、80 kVの動作電圧でTEM(日立ハイテクフィールディングH-7500)下で観察した。
【0082】
(セルソーティング)
1.32 mM EDTAを含む0.125%トリプシンで処理することにより、単一細胞懸濁液をVenus発現EBから調製した。得られた単一細胞を倒立蛍光顕微鏡下で観察し、顕微鏡(Olympus IX70、Keyence Bz-9000)を使用して動画を撮影した。単一細胞が回転運動することが観察された。次いで、FACSAria III(BD Biosciences)を使用して、Venus蛍光に基づいて細胞を選別した。Venus陽性および陰性細胞を選別し、表1に示すプライマーを使用して定量的RT-PCRに供した。
【0083】
実施例1:分化中のTEKT1発現のアップレギュレーション
TEKT1および多能性マーカー(OCT4およびNANOG)の発現を、ESおよびiPS細胞から分化誘導後0、7、14、21および28日目に、定量的RT-PCRによって調べた(図1A、B)。TEKT1の発現は、未分化のES細胞およびiPS細胞では検出されなかったが、その後アップレギュレーションされ、28日目に最大に達した。一方、OCT4およびNANOGの発現は分化が進むにつれて低下した。試験したすべてのES/iPS細胞株は、性染色体(XYまたはXX)と由来に関係なく、分化の間同様のTEKT1発現の時間経過を示した。カニクイザルの繊毛上皮(肺、気管、卵管、および精巣)を含むいくつかの組織におけるTEKT1発現を調べたところ、精巣はすべてのTEKTIN(TEKT1~5)を発現しているのに対し、卵管と気管は主にTEKT1を発現していることが判明した(図2)。
【0084】
実施例2:レポーター導入遺伝子TEKT1-Venusを用いたTEKT1発現細胞の同定
TEKT1発現細胞を同定するために、TEKT1プロモーター(-3077~-1 nt)制御下でVenus(Nagai, T., et al., Nature Biotechnology. 20(1):87-90. (2002))を発現する導入遺伝子(TEKT1-Venus)を構築し、CMK6 ES細胞株にトランスフェクトした。樹立した細胞株であるCMK6TEKT1-Venusを、胚様体(EB)形成を介した分化実験に使用した(図3A)。Venus陽性細胞は、分化の4週目頃に出現し、培養5週目までEBの表面に分布していた。培養6週目に、Venus陽性細胞は自己組織化を開始し、EBの周辺で紐状構造を形成した。紐状構造を組織化学的に調べるために、EBの凍結切片を調製し、ヘマトキシリンとエオシンで染色し、顕微鏡下で調べた(図3B)。Venus陽性細胞は集合し、EBの縁に固い紐状構造を形成しているように見えた。このVenus陽性細胞の紐状構造の形成は、精細管と類似性を有し得るが、Venus陽性の紐状構造物の直径が50 μmであるのに対し、精細管の直径は200 μm(Johnson, L., et al., Journal of Andrology, 7(5):316-322 (1986))である。さらに、Venus陽性の紐状構造物の内部は中空ではなく、繊毛は紐状構造の外側を向いていた。
【0085】
実施例3:Venus陽性細胞の表面上の運動性多繊毛
CMK6-TEKT1-Venus細胞の分化開始後8週目で、紐状構造を形成しているVenus陽性細胞の表面に運動性繊毛を観察した。多繊毛は解離したVenus陽性細胞で検出され(図4A)、アセチル化チューブリンおよびARL13bなどの繊毛マーカータンパク質の発現が観察された(図4B)。解離した細胞をVenus陽性細胞と陰性細胞に分類し、繊毛マーカー遺伝子の発現を比較した。定量的RT-PCRにより、TEKTファミリー(TEKT1、2、3、4、5)、FOXJ1、およびARL13bが主にVenus陽性細胞で発現していることが示された(図5)。これらの繊毛のより詳細な構造を分析するために、EBの断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で調べた。TEM観察下では、繊毛は典型的な9+2パターン、すなわち微小管の中央のペアおよび周辺の9つの微小管ダブレット、の軸糸繊維(axonemal fiber)を有していた(図4C)。これらの繊毛は、長さが約 0.5~10 μm、直径が250~300 nmのさまざまな長さを示した(図4A)。典型的な繊毛上皮に似た、分泌小胞と微絨毛を有する円柱細胞も観察された(図4C)。
【0086】
実施例4:ビメンチンとACE2(angiotensin converting enzyme2)の発現
分化誘導後(8週)作製されたVenus陽性の紐状構造において、SARS-CoV、SARS-CoV-2(COVID-19)のレセプターとして知られるACE2、およびACE2のコレセプターとして報告されている細胞表面のビメンチン発現が観察された(図6)。特にビメンチン発現は強いことが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明によれば、多能性幹細胞を用いて、単純な分化方法でSARS-CoV、MERS-CoV、SARS-CoV-2などの新興ウイルス研究、感染・増殖メカニズム、治療薬の開発に有用と考えられる繊毛細胞、および紐状構造体が半永久的に供給可能となり、特に医学および薬学分野において非常に重要である。例えば、本発明により得られる紐状構造物または細胞は、9+2構造の運動性繊毛だけでなく、9+0構造の一次繊毛も有することから、運動性のある繊毛だけでなく一次繊毛の形成、機能メカニズム研究にも利用できる。また、繊毛病(ciliopathy)の患者からiPS細胞を樹立し、本発明の手法を用いれば、繊毛病の病態メカニズムや治療薬の開発にも有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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