(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057539
(43)【公開日】2024-04-24
(54)【発明の名称】コンクリート構造物の塩分除去方法
(51)【国際特許分類】
C04B 41/72 20060101AFI20240417BHJP
C04B 41/65 20060101ALI20240417BHJP
E04G 23/02 20060101ALI20240417BHJP
C23F 11/00 20060101ALI20240417BHJP
【FI】
C04B41/72
C04B41/65
E04G23/02 A
C23F11/00 H
C23F11/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164355
(22)【出願日】2022-10-12
(71)【出願人】
【識別番号】591211917
【氏名又は名称】川田建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107375
【弁理士】
【氏名又は名称】武田 明広
(72)【発明者】
【氏名】北野 勇一
(72)【発明者】
【氏名】陳内 真央
【テーマコード(参考)】
2E176
4G028
4K062
【Fターム(参考)】
2E176AA01
2E176BB03
4G028DA02
4G028DB14
4G028GA01
4K062AA01
4K062BA08
4K062CA04
4K062CA05
4K062FA08
4K062GA08
(57)【要約】
【課題】省労力、省エネルギー、低コストで実施できるほか、環境への負担を低減でき、かつ、十分な塩分除去効果を期待することができるコンクリート構造物の塩分除去方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るコンクリート構造物の塩分除去方法は、アルカリ金属塩の水溶液をコンクリートの表面に接触させて静置し、コンクリート内部に浸透させて、コンクリート内部の塩化物イオンをコンクリートの外部へ移動させることを特徴とする。この方法は、コンクリート内部の湿度が95%以下の状態で実施することができ、また、アルカリ金属塩の濃度が0.3~3.0mol/Lであるアルカリ金属塩の水溶液を使用することができる。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属塩の水溶液をコンクリートの表面に接触させて静置し、コンクリート内部に浸透させて、コンクリート内部の塩化物イオンをコンクリートの外部へ移動させることを特徴とする、コンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項2】
コンクリート内部の湿度が95%以下の状態で、アルカリ金属塩の水溶液をコンクリートの表面に接触させることを特徴とする、請求項1に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項3】
アルカリ金属塩の濃度が0.3~3.0mol/Lであるアルカリ金属塩の水溶液を使用することを特徴とする、請求項2に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項4】
溶質として、亜硝酸リチウムと亜硝酸カリウムを、モル比1:1~1:3の範囲で溶解させたアルカリ金属塩の水溶液を使用することを特徴とする、請求項1又は2に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【請求項5】
アルカリ金属塩の水溶液中の陽イオン及び陰イオンのうち、移動度がリチウムイオンよりも大きいイオンを、コンクリートの内部に、5000mg/kg以上浸透させることを特徴とする、請求項1に記載のコンクリート構造物の塩分除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩害を受けたコンクリート構造物において、塩害による損傷(鋼材の腐食等)が顕在化する前に、躯体内の塩化物イオン濃度を低減させる方法(塩分除去方法)に関し、特に、省労力、省エネルギー、低コストで実施でき、かつ、環境への負担を軽減できるコンクリート構造物の塩分除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩害等によってコンクリート構造物の躯体内に塩化物イオン(Cl-)が一定量以上侵入してしまった場合、鋼材(内部に埋没されている鉄筋、PC鋼材等)の表面に形成されている緻密な不動態被膜が破壊されて、鋼材が腐食してしまう危険性が高くなる。躯体内において鋼材が腐食すると、鋼材の体積が腐食部で数倍に膨張し、鋼材に沿ったコンクリートのひび割れを引き起こすおそれがある。ひび割れが生じると、酸素と水の供給が容易となり、腐食が加速度的に進行し、その結果、コンクリートが?落したり、鋼材断面積の減少による部材耐力の低下に至る場合がある。
【0003】
塩害等によってコンクリート構造物の躯体内に塩化物イオンが侵入してしまった場合の対応策の一つとして、躯体内の塩化物イオン濃度を低減させる方法(コンクリート構造物の塩分除去方法)が実施されている。コンクリート構造物の塩分除去方法としては、種々の方法が提案されており、例えば、コンクリート構造物の外側表面に電極(陽極)を設置し、躯体内の鋼材を陰極として直線電流を通電し、電気泳動の原理によってコンクリート中に侵入した塩化物イオンを、コンクリートの外部へ移動させるという方法(電気泳動を利用した電気化学的脱塩方法)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-199596号公報
【特許文献2】特開2018-124286号公報
【特許文献3】特開2009-126728号公報
【特許文献4】特開2000-303700号公報
【特許文献5】特開平7-89773号公報
【特許文献6】特開2021-059927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電気泳動を利用した電気化学的脱塩方法は、設備が大掛かりとなるため、準備作業及び撤収作業において相当の労力と時間を要するほか、大量の電気エネルギーを消費することになり、施工コストも高額となってしまうという問題がある。また、陰極として使用する内部の鋼材へアクセスするための削孔作業等が必要となり、コンクリート構造物に負担を与えてしまう可能性がある。
【0006】
本発明は、上記のような従来技術における課題を解決しようとするものであって、省労力、省エネルギー、低コストで実施できるほか、環境への負担を低減でき、かつ、十分な塩分除去効果を期待することができるコンクリート構造物の塩分除去方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るコンクリート構造物の塩分除去方法は、アルカリ金属塩の水溶液をコンクリートの表面に接触させて静置し、コンクリート内部に浸透させて、コンクリート内部の塩化物イオンをコンクリートの外部へ移動させることを特徴とする。尚、この方法は、コンクリート内部の湿度が95%以下の状態で実施することができる。また、アルカリ金属塩の濃度が0.3~3.0mol/Lであるアルカリ金属塩の水溶液を使用することができる。
【0008】
また、溶質として、亜硝酸リチウムと亜硝酸カリウムを、モル比1:1~1:3の範囲で溶解させたアルカリ金属塩の水溶液を使用することができ、アルカリ金属塩の水溶液中の陽イオン及び陰イオンのうち、移動度がリチウムイオンよりも大きいイオンを、コンクリートの内部に、5000mg/kg以上浸透させることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るコンクリート構造物の塩分除去方法は、極めて簡易に施工でき、省労力、省エネルギー、低コストで実施できるほか、環境への負担を低減でき、かつ、十分な塩分除去効果を期待することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施例1の実験で使用した容器1、試験体2等の説明図である。
【
図2】
図2は、実施例1の実験で得られた、複数種類のアルカリ金属塩の水溶液における塩分除去効果割合の計算結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実施例2の実験で得られた、複数種類のアルカリ金属塩の水溶液における濃度別の塩分除去効果割合の計算結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例3の実験で使用した容器1、試験体2等の説明図である。
【
図5】
図5は、実施例3の実験で使用した試験体2から試料を採取する方法の説明図である。
【
図6】
図6は、実施例3の実験で得られた、亜硝酸リチウム水溶液における濃度別の塩分除去効果割合の計算結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例3の実験で得られた、亜硝酸リチウム水溶液における濃度別の塩分除去効果割合の計算結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例4の実験で得られた、炭酸カリウム水溶液における塩分除去効果割合の計算結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、実施例4の実験で得た試験体D2-1等に浸透したイオン濃度の分析結果を示すグラフである。
【
図10】
図10は、本発明の一実施形態の説明図であって、貯水槽12を使用して、水溶液3をコンクリート構造物11の表面に接触させる方法の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る「コンクリート構造物の塩分除去方法」は、コンクリート構造物の躯体内の塩化物イオン濃度を低減させる方法であって、アルカリ金属塩の水溶液をコンクリートの表面に接触させて静置し、コンクリート内部に浸透させて、コンクリート内部の塩化物イオンをコンクリートの外部へ移動させることを特徴とするものである。
【0012】
水溶液をコンクリートの表面に接触させる具体的な方法としては、保水性材料を使用する方法や、貯水槽を使用する方法等を採用することができる。保水性材料を使用する場合、例えば、保水性を有する繊維状物質(パルプ、布、又は、不織布等)をシート状に成形したもの(保水性シート)、或いは、保水性を有する有機高分子材料(ポリアクリル酸系の吸水性高分子材料)を、通水性を有する袋内に収容してシート状に成形したもの(保水性シート)に水溶液を含浸させ、これをコンクリートの表面に貼り付けてもよいし、保水性を有する多孔質材料(ゼオライト、シラスバルーン、又は、発泡ビーズ等)をボード状(板状)に成形したもの(保水性ボード)に水溶液を含浸させ、これをコンクリートの表面に密着させるようにしてもよい。また、保水性を有する多孔質材料、又は、保水性を有する有機高分子材料を、コンクリートの表面に吹き付けて付着させ、保水性材料による保水層を形成し、この保水層に水溶液を含ませるようにしてもよい。
【0013】
尚、保水性材料としては、なるべく保水性が高いもの(水溶液を1000g/m2以上保水できるもの)を使用することが好ましい。例えば、厚さ6mm、吸水量5000g/m2程度のものを2枚重ねた状態で使用した場合、十分な保水性を得ることができる。
【0014】
一方、貯水槽を使用する場合、例えば
図10に示すように、コンクリート構造物11の表面を覆うように貯水槽12を設置し、水溶液3を貯水槽12内に貯留することによって、コンクリートの表面に接触させる。
【0015】
また、保水性材料及び貯水槽に対しては、乾燥対策を行うことが好ましい。例えば、コンクリートの表面に貼り付けた保水性シート、或いは、保水性ボード、又は、コンクリートの表面に吹き付けて形成した保水層、又は、貯水槽の外側を覆うように、気密性が高い(透気度が低い)プラスチック製のフィルムや、金属製又は合成樹脂製のカバー等(乾燥防止手段)を取り付ける。尚、乾燥防止手段は、貼り付けた保水性シート等の周囲のコンクリートの表面に対して密着できるように構成することが必要である。
【0016】
また、保水性材料に含ませ、或いは、貯水槽内に貯留する水溶液の溶質としては、亜硝酸リチウム(LiNO2)、硝酸リチウム(LiNO3)、亜硝酸ナトリウム(NaNO2)、亜硝酸カリウム(KNO2)、炭酸カリウム(K2CO3)等のアルカリ金属塩を用いる。尚、水溶液の濃度は0.3~3.0mol/L、或いは、3.0~6.0mol/Lとする。
【0017】
水溶液を保水性材料に含ませる場合、当然のことながら、保水性材料としては、上記化合物と接触することによって変質せず、保水性能が低下しないものを使用する。
【0018】
水溶液をコンクリートの表面に接触させる期間は、対象となるコンクリート構造物における塩害の程度(侵入した塩化物イオンの多寡)に応じて適宜決定することができる。更に、保水性材料、及び、水溶液は、定期的に(例えば、3週間毎に)新しいものと交換することが好ましい。
【0019】
具体的には、水溶液をコンクリートの表面に接触させる保水性材料として、保水性シート、又は、保水性ボードを使用した(コンクリート表面に貼り付けた)場合には、それらをコンクリート表面から剥がして除去し、水溶液を新たに含浸させた新しい保水性シート、又は、保水性ボードと交換する。また、多孔質材料等の保水性材料を吹き付けることによって、コンクリート表面に保水層を形成した場合には、この保水層を剥がして除去し、保水性材料の吹きつけを再度行って保水層を新たに形成し、水溶液を新たに含ませる。また、貯水槽を使用した場合には、内部に貯留した水溶液3(
図10参照)を、新しいものと交換する。
【0020】
また、上述の塩分除去処理が終了した後、コンクリートの表面に対して塗装を施すことが好ましく、この場合、塩分の再侵入による劣化を好適に回避することができる。
【0021】
以下、本発明に係る方法の効果等に関し、発明者らが行った各種の実験の結果を、実施例1~4として説明する。
【実施例0022】
複数種類のアルカリ金属塩の水溶液を対象として、各水溶液の塩分除去効果を確認するための実験を行った。この実験では、塩化物イオンを一定量含有させた試験体(モルタル塊)を製作し、それらの試験体を、水溶液の中に一定期間浸漬し、その後、各水溶液を採取し、各水溶液中の塩化物イオン濃度を測定し、分析を行った。
【0023】
試験体は、水セメント比(w/c)を40%とし、セメントと砂を約1:1.75の割合で混合したモルタルに、塩化ナトリウム10kg/m3を練り混ぜて、20mm角の立方体形状に成型して製作した。尚、試験体は、内部の塩化物イオン濃度が、モルタル換算値(粗骨材を除く容積0.6m3/m3と仮定)で2.86kg/m3となるように調整した。
【0024】
具体的には、
図1に示すように、容器1に水溶液3(300ml)を収容し、試験体2を、全体が水溶液3中に没するように吊り下げ、容器1の上部をプラスチックパラフィンフィルムで覆って密封し、直射日光が当たらない室内にて4日間浸漬した。尚、試験体2を浸漬した容器1は、マグネチックスターラー4の上に載置し、容器1内で撹拌子5を一定速度で回転させて、浸漬開始から終了まで継続的に各水溶液3を撹拌した。
【0025】
ところで、特許文献6(特開2021-059927号公報)には、対象となるコンクリートの内部を湿度98%以上の湿潤状態とした後で、吸湿性を有する水溶液をコンクリートに接触させることを特徴とするコンクリート構造物の塩分除去方法が開示されており、例えば、水1500g/m2以上を1日以上保水できる手段を用いてコンクリートの外側表面から水を与えることにより、コンクリートの内部を湿度98%以上の湿潤状態とできる、と説明されているが、本実施例の実験では、製作した試験体をそのままの状態で(外側から水を与えることなく、内部の湿度が95%以下の状態で)、水溶液3の中に浸漬した。
【0026】
試験体2を浸漬する水溶液3として、濃度6.0mol/Lの亜硝酸リチウム水溶液、硝酸リチウム水溶液、亜硝酸ナトリウム水溶液、及び、亜硝酸カリウム水溶液等(溶媒:精製水)を使用した。実験で使用した水溶液の詳細を下表に示す。尚、比較例として精製水を用意し、同様の浸漬処理を行った。
【0027】
【0028】
シリーズIは、亜硝酸リチウムをベースに陽イオン(Li+)と陰イオン(NO2
-)のいずれかを変化させた(陽イオン:Li+→K+又はNa+、陰イオン:NO2
-→NO3
-)一成分水溶液、シリーズIIは、亜硝酸リチウムと亜硝酸カリウムを組み合わせた(モル比1:1、及び、1:3)二成分水溶液、シリーズIIIは、亜硝酸リチウムと硝酸リチウムを組み合わせた(モル比1:1、及び、1:3)二成分水溶液である。
【0029】
浸漬終了後に、各容器から水溶液及び精製水をそれぞれ採取し、塩化物イオン電極を用いて、各水溶液(I-1~III-4)及び精製水(比較例)中の塩化物イオン濃度を測定した。そして、各水溶液(I-1~III-4)中の塩化物イオン濃度の測定値を、精製水中の塩化物イオン濃度の測定値で除して、精製水に対する塩分除去効果の向上割合を計算した。その結果を
図2に示す。
【0030】
図2のグラフに示す通り、実験で使用したいずれの水溶液についても、その塩分除去効果は、精製水の1.4倍以上となった。また、シリーズI~IIIの水溶液の中でも、亜硝酸リチウムと亜硝酸カリウムを組み合わせたシリーズII(水溶液II-1、II-2)の水溶液については、塩分除去効果が精製水の3.0倍以上となった。
【0031】
上記実験結果により、アルカリ金属塩の水溶液をコンクリートの表面に接触させ、内部に浸透させることにより、コンクリート内部の塩化物イオンの移動を促進できることが確認された。また、各イオンの絶対移動度は、リチウムイオン(Li+)<ナトリウムイオン(Na+)<硝酸イオン(NO3
-)(≒亜硝酸イオン(NO2
-))<カリウムイオン(K+)であり、上記実験結果より、移動度が大きいイオンを含むアルカリ金属塩の水溶液を使用することによって、より効果的にコンクリート内部の塩化物イオンの移動を促進できることが確認された。
濃度を四段階(0.1;0.3;1.0;3.0mol/L)に変化させた4種類のアルカリ金属塩の水溶液(亜硝酸リチウム水溶液、硝酸リチウム水溶液、亜硝酸ナトリウム水溶液、及び、亜硝酸カリウム水溶液)を用意し、濃度別の塩分除去効果を確認するための実験を行った。本実施例においても、実施例1の試験体と同じ条件で製作した試験体を、実施例1と同じ条件で(外側から水を与えることなく、内部の湿度が95%以下の状態で)浸漬した。但し、本実施例においては、水溶液のpHを12以上に維持するため、溶媒を石灰水(水酸化カルシウム水溶液)とした。尚、比較例として、石灰水に対しても試験体の浸漬処理を行った。
尚、アルカリ金属塩の水溶液は、濃度が小さくなるにつれて、平衡相対湿度の値が大きくなると予想される。そこで、本実施例の実験に用いた水溶液の平衡相対湿度を測定したところ、濃度1.47mol/L(8wt%)の亜硝酸リチウム水溶液の平衡相対湿度は98%、濃度1.52mol/L(10wt%)の亜硝酸ナトリウムの平衡相対湿度は95%であった。従って、平衡相対湿度が95%以上であるアルカリ金属塩の水溶液を用いた場合でも、塩化物イオンの移動を促進できることが確認された。