(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024057732
(43)【公開日】2024-04-25
(54)【発明の名称】匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 5/02 20060101AFI20240418BHJP
G01N 27/12 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
G01N5/02 A
G01N27/12 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164586
(22)【出願日】2022-10-13
(71)【出願人】
【識別番号】715010521
【氏名又は名称】株式会社アロマビット
(74)【代理人】
【識別番号】100123559
【弁理士】
【氏名又は名称】梶 俊和
(74)【代理人】
【識別番号】100177437
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 英子
(72)【発明者】
【氏名】水田 巽
(72)【発明者】
【氏名】前野 権一
(72)【発明者】
【氏名】寺田 絵里加
(72)【発明者】
【氏名】橋詰 賢一
【テーマコード(参考)】
2G046
【Fターム(参考)】
2G046BA09
2G046BB02
2G046BB04
2G046DC18
2G046EA02
2G046EA04
2G046FA01
2G046FB02
(57)【要約】
【課題】均一性、均質性を向上させた吸着膜を安定して得ることができる匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置を提供すること。
【解決手段】匂い物質を吸着する吸着膜112と、匂い物質が吸着膜112へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部114と、を備える匂いセンサ100を製造する製造方法であって、検出部114は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、検出部114の表面をコーティング剤溶液153により被覆し被覆溶液膜を形成する被覆工程と、被覆溶液膜を乾燥させて被覆膜を形成する第1乾燥工程と、被覆膜上に膜材溶液113により吸着溶液膜を形成する膜形成工程と、吸着溶液膜を乾燥させて吸着膜112を形成する第2乾燥工程と、を備える。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
匂い物質を吸着する吸着膜と、前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、を備える匂いセンサを製造する製造方法であって、
前記検出部は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の表面を被覆材の溶液により被覆し被覆溶液膜を形成する被覆工程と、
前記被覆溶液膜を乾燥させて被覆膜を形成する第1乾燥工程と、
前記被覆膜上に吸着膜材の溶液により吸着溶液膜を形成する膜形成工程と、
前記吸着溶液膜を乾燥させて前記吸着膜を形成する第2乾燥工程と、
を備える、匂いセンサの製造方法。
【請求項2】
前記膜形成工程において、前記被覆膜は前記吸着溶液膜に溶解する、請求項1に記載の匂いセンサの製造方法。
【請求項3】
前記第2乾燥工程において、前記被覆膜は前記吸着膜に相溶する、請求項1に記載の匂いセンサの製造方法。
【請求項4】
前記被覆膜は、高分子材料を含む、請求項2又は請求項3に記載の匂いセンサの製造方法。
【請求項5】
前記吸着膜は、前記吸着状態を変化させる添加剤を含む、請求項1から請求項3のうちのいずれか1項に記載の匂いセンサの製造方法。
【請求項6】
前記吸着状態の変化が、前記吸着膜の電気的特性の変化である、請求項1から請求項3のうちのいずれか1項に記載の匂いセンサの製造方法。
【請求項7】
匂い物質を吸着する吸着膜と、
前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、
を備える匂いセンサであって、
前記検出部は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の上に、被覆材が溶解された前記吸着膜が形成された、匂いセンサ。
【請求項8】
匂い物質を吸着する吸着膜と、
前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、
を備える匂いセンサであって、
前記検出部は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の上に、被覆材が相溶した前記吸着膜が形成された、匂いセンサ。
【請求項9】
前記吸着膜は、前記吸着状態を変化させる添加剤を含む、請求項7又は請求項8に記載の匂いセンサ。
【請求項10】
前記吸着状態の変化が、前記吸着膜の電気的特性の変化である、請求項7又は請求項8に記載の匂いセンサ。
【請求項11】
請求項7又は請求項8に記載の匂いセンサと、
前記匂いセンサの検出結果に基づく解析を行う解析部と、
を備え、
前記匂いセンサは、センサ素子を複数有し、
前記吸着膜は、前記センサ素子の上に形成され、
前記解析部は、それぞれの前記センサ素子により検出した前記匂い物質の吸着量の違いに基づいて、前記匂い物質が接近してきた方向を解析する、匂いデータ解析装置。
【請求項12】
複数の前記匂いセンサを有し、
複数の前記匂いセンサは、配列を変更することが可能である、請求項11に記載の匂いデータ解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、匂い強度の計測や、匂い種類の特定のために、匂いセンサを用いてガスに含まれる匂い物質の検出が行われている。匂いセンサは、例えば、匂い物質を吸着する吸着膜と、匂い物質が吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態(吸着特性)の変化を検出する検出部と、を有している(例えば、特許文献1参照)。吸着膜は、基板上に実装された検出部の表面に膜材の溶液(以下、膜材溶液という。)を滴下又は塗布等し、乾燥することにより成膜される。匂いセンサに搭載される吸着膜の均一性は、ばらつきが小さく再現性が高い応答を得るために極めて重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2017/085939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、膜材溶液が検出部である半導体素子の表面ではじかれてしまう等、均一、均質な吸着膜を再現性良く成膜することは難しい場合が多い。このため、検出部の表面状態の制御、例えば、検出部の表面への膜の定着性や膜材溶液の濡れ性等を制御することが求められ、匂いセンサにおいては、均一性、均質性を向上させた吸着膜を安定して得る方法が求められる。
【0005】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、均一性、均質性を向上させた吸着膜を安定して得ることができる匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置を提供することを例示的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の例示的側面としての匂いセンサの製造方法は、以下の構成を有する。
【0007】
匂い物質を吸着する吸着膜と、前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、を備える匂いセンサを製造する製造方法であって、
前記検出部は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の表面を被覆材の溶液により被覆し被覆溶液膜を形成する被覆工程と、
前記被覆溶液膜を乾燥させて被覆膜を形成する第1乾燥工程と、
前記被覆膜上に吸着膜材の溶液により吸着溶液膜を形成する膜形成工程と、
前記吸着溶液膜を乾燥させて前記吸着膜を形成する第2乾燥工程と、
を備える、匂いセンサの製造方法。
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の例示的側面としての匂いセンサは、以下の構成を有する。
【0009】
匂い物質を吸着する吸着膜と、
前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、
を備える匂いセンサであって、
前記検出部は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の上に、被覆材が溶解された前記吸着膜が形成された、匂いセンサ。
【0010】
本発明の更に他の例示的側面としての匂いセンサは、以下の構成を有する。
【0011】
匂い物質を吸着する吸着膜と、
前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、
を備える匂いセンサであって、
前記検出部は、金属酸化物又は窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の上に、被覆材が相溶した前記吸着膜が形成された、匂いセンサ。
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の例示的側面としての匂いデータ解析装置は、以下の構成を有する。
【0013】
上記の匂いセンサと、
前記匂いセンサの検出結果に基づく解析を行う解析部と、
を備え、
前記匂いセンサは、センサ素子を複数有し、
前記吸着膜は、前記センサ素子の上に形成され、
前記解析部は、それぞれの前記センサ素子により検出した前記匂い物質の吸着量の違いに基づいて、前記匂い物質が接近してきた方向を解析する、匂いデータ解析装置。
【0014】
本発明の更なる目的又はその他の特徴は、以下添付図面を参照して説明される好ましい実施の形態によって明らかにされるであろう。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、均一性、均質性を向上させた吸着膜を安定して得ることができる匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態1の匂いセンサの概略構成を示す模式図で、(a)は匂いセンサの上面図、(b)は(a)のA-A線における矢視断面図
【
図2】実施形態1の匂いセンサの概略構成を示す模式図で、(a)は匂いセンサの上面図、(b)は(a)のB-B線における断面図
【
図3】実施形態1の匂いデータ解析装置の概略構成を示す模式図
【
図4】(a)~(h)は実施形態1の匂いセンサの製造方法を示す図
【
図5】(a)~(d)は実施形態1との比較のための、従来の匂いセンサの製造方法を示す図
【
図6】(A-a)(B-a)は実施例の匂いセンサの製造方法で吸着膜を成膜したCMOSチップの表面を示す図、(A-b)(B-b)は比較例の匂いセンサの製造方法で吸着膜を成膜したCMOSチップの表面を示す図、(C-a)は(B-a)のC-C線における断面模式図、(C-b)は(B-b)のD-D線における断面模式図
【
図7】実施形態2の匂いセンサユニットの概略構成を示す図
【発明を実施するための形態】
【0017】
[実施形態1]
以下、本発明の実施形態1について、図面を参照しながら詳しく説明する。なお、以下の説明において、「匂い物質」とは、広義では吸着膜に吸着可能な物質を意味する。したがって、「匂い物質」には、一般的に匂いの原因物質とされていない物質、匂い物質として認知されていない物質又は未知の匂い物質も含まれる。また、「匂い物質」には、個々の匂い物質だけではなく、「複数の匂い物質の集合体」も含まれる。
【0018】
<匂いセンサ>
図1は、実施形態1の匂いセンサ100を示す図であり、(a)は匂いセンサ100の上面図、(b)は(a)のA-A線における矢視断面図である。実施形態1の匂いセンサ100は、複数のセンサ素子110、基板120を有している。センサ素子110は、吸着膜112、検出部114、電極116を有している。
【0019】
図1の匂いセンサ100は、例えば9つのセンサ素子110a~110iを有している。具体的には、センサ素子110aは吸着膜112a、検出部114a、電極116aを有し、センサ素子110bは吸着膜112b、検出部114b、電極116bを有し、・・・、センサ素子110iは吸着膜112i、検出部114i、電極116iを有している。なお、センサ素子(吸着膜、検出部、電極)を特定しない場合、符号の添え字a~i(後述するj~lも含む。)を省略する。吸着膜112は、匂い物質を吸着する膜であり、詳細は後述する。
【0020】
検出部114は、匂い物質が吸着膜112へ吸着することに起因する吸着状態(吸着特性ともいう。)の変化を検出する。なお、「匂い物質の吸着膜112への吸着」というとき、吸着膜112の表面への匂い物質の吸着だけでなく、吸着膜112の内部への匂い物質の吸収も含む。ここで、匂い物質が吸着膜112へ吸着したことに起因する吸着状態の変化とは、匂い物質による力学的特性、光学的特性又は電気的特性の変化を含む。検出部114は、吸着膜112の吸着状態の変化を、例えば、信号として出力する。すなわち、検出部114は、信号変換部(トランスデューサー)としても機能する。
【0021】
「力学的特性の変化」には、例えば、水晶振動子(QCM)における共振周波数の変化、表面弾性波の速度変化、圧電素子における膜の膨張・収縮、又はたわみの変化等が含まれる。「光学的特性の変化」には、吸収波長の変化、吸光度の変化、蛍光・発光特性の変化、表面プラズモン共鳴(SPR)素子等における屈折率の変化等を含む。「電気的特性の変化」には、例えば、電荷結合素子やCMOS等における電気伝導度、抵抗値、誘電率、電気化学的インピーダンス等の特性変化、酸化物半導体センサにおける酸化還元電位の変化、電界効果トランジスタ(FET)センサにおけるゲート電圧、インピーダンス、バンドギャップ等の変化が含まれる。
【0022】
検出部114に用いられる素子としては、例えば、次のような素子(センサ)が挙げられる。すなわち、水晶振動子センサ(QCM)、表面弾性波センサ、電界効果トランジスタ(FET)センサ、電荷結合素子センサ、MOS電界効果トランジスタセンサ、金属酸化物半導体センサ、有機導電性ポリマーセンサ、電気化学的センサ等である。検出部114に用いられる素子は、特にこれらに限定されず、匂いセンサ100の使用の目的等に応じて、種々の素子を適宜用いることができる。実施形態1では、検出部114に金属酸化物又は窒化物の半導体素子、例えば、CMOSを用いる。
【0023】
「匂い物質の吸着膜112への吸着状態」には、例えば、「匂い物質の吸着膜112への吸着量」も含む。匂い物質の吸着膜112への吸着量の増減によって、吸着膜112の力学的特性、光学的特性又は電気的特性が変化し、検出部114は、その変化量を検出することで、匂い物質の吸着膜112への吸着状態を検出する。
【0024】
電極116は、所定の導電性材料で形成することができる。所定の導電性材料としては、例えば、無機材料や有機材料を用いることができる。無機材料には、例えば、金、銀、白金、クロム、チタン、アルミニウム、ニッケル、ニッケル系合金、シリコン等を含む。有機材料には、例えば、ポリピロール、ポリアニリン、カーボン、カーボンナノチューブ、グラフェン等のカーボンナノ材料等を含む。
【0025】
基板120は、例えば平板状で面120aと面120bを有し、一方の面120aにセンサ素子110が実装され、他方の面120bに電極116が実装される(
図1(b)参照)。基板120は、例えば、シリコン基板、水晶結晶からなる基板、プリント配線基板、セラミック基板、樹脂基板等を用いることができる。また、基板120は、インターポーザ基板等の多層配線基板であってもよい。
【0026】
<センサ素子>
図1(a)に示す匂いセンサ100は、3行×3列に配列された9つのセンサ素子110a~110iを有しているが、センサ素子110の個数や配列(配置)はこれに限定されない。また、
図1に示すセンサ素子110は、検出部114と吸着膜112とが1対1に対応してセンサ素子110を構成しているが、これに限定されない。
図2は、検出部114と吸着膜112との他の対応を示す図であり、(a)は匂いセンサ100の上面図、(b)は(a)のB-B線における断面図である。
【0027】
図2に示すように、3つの検出部114a、検出部114d、検出部114gに1つの吸着膜112jが対応して、3つのセンサ素子110a、110d、110gを構成してもよい。また、2つの検出部114b、検出部114cに1つの吸着膜112kが対応して、2つのセンサ素子110b、110cを構成してもよい。さらに、4つの検出部114e、検出部114f、検出部114h、検出部114iに1つの吸着膜112lが対応して、4つのセンサ素子110e、110f、110h、110iを構成してもよい。すなわち、n個の検出部114の上に1つの吸着膜112が設けられてn個のセンサ素子110を構成してもよい。ここで、nは1以上の整数である。さらに、1つ以上のセンサ素子110が、検出部114の上に吸着膜112を形成されずに、リファレンス用のセンサ素子110として用いられてもよい。
【0028】
<匂いデータ解析装置>
図3は、実施形態1の匂いデータ解析装置200の概略構成を示す模式図である。匂いデータ解析装置200は、上述した匂いセンサ100と解析部220とを有している。
【0029】
解析部220は、匂いセンサ100から出力された匂いデータF1を解析するためのものである。解析部220は、主として演算処理装置(CPU)220aを有して構成されており、記憶装置(メモリ)220bを有してもよい。メモリ220bは、解析部220と別体で外部に設けられてもよい。解析部220は、データの入出力ポート220cも有する。入出力ポート220cは、匂いセンサ100からの匂いデータF1を受信する機能と、CPU220aによる演算処理が行われた結果として演算済みデータRを制御部(不図示)に送信する機能を有する。なお、制御部(不図示)は、匂いデータ解析装置200が有線又は無線で公知の通信手段により接続された、例えばパーソナルコンピューター等の外部機器の制御部であってもよい。
【0030】
メモリ220b内には、匂いデータF1を解析するための解析プログラムPが格納されている。この解析プログラムPは、コンピュータとしての解析部220、すなわち解析部220の主要構成部としてのCPU220aに対し、公知の演算処理を実行させることにより、匂いデータF1の解析を実現させる。なお、
図3のデータ解析装置200は、1つの匂いセンサ100を有しているが、複数の匂いセンサ100を有していてもよい。
【0031】
<吸着膜>
以下の説明において、吸着膜112の材料を吸着膜材という。吸着膜材の溶液により形成された溶液の膜を吸着溶液膜という。吸着膜112は、吸着溶液膜が乾燥されたものである。なお、吸着膜材の溶液を膜材溶液ともいう。
【0032】
吸着膜112は、吸着溶液膜を乾燥させることにより成膜される。膜材溶液は、溶質と溶媒とを含む。膜材溶液の溶媒は、例えば、N-メチル-2-ピロリドン(N-methylpyrrolidone)(以下、NMPという)等を用いることができる。また、膜材溶液の溶質は、例えば、π電子共役高分子を用いることができる。π電子共役高分子としては、特に限定されないが、ポリピロール及びその誘導体、ポリアニリン及びその誘導体、ポリチオフェン及びその誘導体、ポリアセチレン及びその誘導体、ポリアズレン及びその誘導体等の、π電子共役高分子を骨格とする高分子が好ましい。さらに、吸着膜112は、イオン導電性材料を含んでいてもよい。例えば、吸着膜112は、非導電性の樹脂と、その樹脂と相溶するイオン液体との混合物を含んでいてもよい。
【0033】
吸着膜112には、さらに添加剤(ドーパント)を添加してもよい。添加剤は1種類に限定されず、複数種類の添加剤が吸着膜112に添加されてもよい。添加剤の種類や添加量によって、吸着膜112の匂い物質に対する吸着状態を変化させることができる。
【0034】
添加剤には、例えば、無機イオンを含む。無機イオンは、例えば、塩素イオン、塩素酸化物イオン、臭素イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、及びホウ酸イオンからなる群から選択されてよい。添加剤は、有機酸アニオンを含む。有機酸アニオンは、アルキルスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、及びカルボン酸からなる群から選択されてよい。添加剤は、例えば、高分子酸アニオンを含む。高分子酸アニオンは、ポリアクリル酸又はポリスチレンスルホン酸を含む。添加剤は、塩を含む。
【0035】
<コーティング剤>
以下の説明において、検出部114の上に被覆膜を形成するコーティング剤の材料を被覆材という。被覆材の溶液により形成された溶液の膜を被覆溶液膜という。被覆膜は、被覆溶液膜が乾燥されたものである。なお、被覆材の溶液をコーティング剤溶液ともいう。
【0036】
従来、ドロップキャスト法等で膜材溶液を滴下し吸着膜112を成膜する成膜工程では、用いる材料によっては検出部114の表面の性質に影響され、安定した成膜が困難であった。ここで、表面の性質とは、検出部114の表面への吸着膜112の材質的な親和性や、膜材溶液の濡れ性を含む。また、吸着膜112の親和性とは、吸着膜112の検出部114表面(基板120表面)への付着しやすさ、または剥がれにくさの度合いのことをいう。膜材溶液の濡れ性とは、検出部114である半導体素子表面に対する膜材溶液の濡れ広がり易さをいう。このため、従来は、均一、均質な吸着膜112の成膜が困難であった。実施形態1では、後述する匂いセンサ100の製造方法において、コーティング剤を用いることで従来の課題を解決する。
【0037】
コーティング剤溶液は、吸着膜112が成膜される前に、基板120の面120aに実装された検出部114の表面に塗布される。なお、コーティング剤溶液が検出部114の上に塗布される際、検出部114が実装されていない部分、すなわち基板120の面120a自体にも塗布される場合もあり、以下、総称して「検出部114への塗布」という。
【0038】
検出部114へのコーティング(被覆)は、コーティング剤溶液を乾燥させることにより実現される。ここで、コーティング剤溶液は、溶質と溶媒とを含む。コーティング剤溶液の溶媒は、例えば、N-メチル-2-ピロリドン(N-methylpyrrolidone)(以下、NMPという)等を用いることができる。また、コーティング剤溶液の溶質は、例えば、高分子材料等を用いることができる。なお、乾燥させる前のものはコーティング剤溶液であり、乾燥させた後のものは被覆膜であるコーティング剤であるが、乾燥前後で区別することなく総称してコーティング剤ともいう。
【0039】
コーティング剤は、膜材溶液を滴下又は塗布する際に、再度、膜材溶液に溶解する。すなわち、コーティング剤が膜材溶液の溶質となる。これにより、コーティング剤が絶縁膜となることなく、かつ、均一、均質な吸着膜112が成膜される。
【0040】
実施形態1では、コーティング剤には、非導電性材料、例えば樹脂を用いる。このため、コーティング剤が検出部114の表面に被覆膜として存在していると、絶縁膜として機能してしまい導電経路が遮断され、検出部114が吸着膜112の電気的特性の変化を検出することができない。しかし、コーティング剤が膜材溶液に溶解することで、導電経路が遮断されることもない。なお、コーティング剤に導電性材料が用いられてもよく、この場合、被覆膜は絶縁膜とはならないため、溶解しなくてもよい。
【0041】
また、コーティング剤が膜材溶液に溶解することに限定されず、吸着膜112が成膜された際に、コーティング剤が絶縁膜となって導電経路を遮断することがないような状態となっていればよい。例えば、コーティング剤は、膜材溶液が乾燥した、言い換えれば、膜材溶液の溶媒が揮発した後に、吸着膜112に相溶してもよい。すなわち、吸着膜112とコーティング剤とが分子レベルで混ざり合ってもよい。
【0042】
また、コーティング剤は、コーティングする量(以下、コーティング量という。)を調整する(変更する)ことで、吸着膜112の定着性や膜材溶液の濡れ性を制御することが可能となる。吸着膜112の定着性は、コーティング量0.05~1g/Lの範囲で、コーティング剤が多いほど向上する。膜材溶液の濡れ性は、コーティング量0.05~1g/Lの範囲で、コーティング剤が多いほど向上する。これは、半導体表面とコーティング剤の占有率が変わり、膜材溶液または膜材の表面との親和性を調整できるためである。一定以上のコーティング量からは、表面がコーティング剤で完全に覆われることとなり、定着性・濡れ性はそれ以上変わらない。
【0043】
一般的な半導体では、表面処理を行う際、高い反応性を有するシランカップリング剤等の試薬が用いられており、検出部114の表面状態は、表面処理に用いられる試薬ごとにその性質が決定されてしまう。しかし、コーティング剤を用い、コーティング量を調整することで、半導体の表面処理時に用いられる試薬によらず、均一、均質な吸着膜112を成膜することができる。
【0044】
また、検出部114の表面状態(定着性、濡れ性)は、コーティング量(例えば、重量)による制御に限定されず、コーティング剤の濃度、厚さ、絶対量等により制御されてもよい。さらに、検出部114の表面状態は、コーティング剤が塗布等されて拡がり被覆膜となったときの、被覆膜の面積に対する、乾燥後のコーティング剤の溶質(例えば、樹脂)の面積の割合(比率)等により制御されてもよい。
【0045】
コーティング剤により形成される被覆膜は、非常に薄い(微量である)ほど好ましく、実施形態1においては、「非常に薄い(微量である)」ことが特徴である。コーティング剤の厚みは、厚すぎない方がよく、また、検出部114の表面は、コーティング剤で一様に覆われているよりも、コーティング剤で覆われている部分と覆われていない部分とが混在している方が、濡れ性を制御することができる。これは、検出部114の表面が完全にコーティング剤で覆われてしまうと、吸着膜112の吸着特性がコーティング剤の性質で決まってしまうからである。コーティング剤重量は、膜材の量の200分の1から20分の1の範囲内が好ましい。
【0046】
なお、濡れ性は、コーティング剤に用いられる溶質、例えば樹脂の性質に依存するが、汎用樹脂であれば、濡れ性にさほどの差は出ない。また、濡れ性は、化学的作用よりも、樹脂による検出部114の表面の面積(表面積)の占有率によって変化する。例えば、樹脂(コーティング剤)による検出部114の占有率が大きくなるほど濡れ性が向上する。ここで、占有率と相関のある物理量としては、例えば、検出部114の単位面積当たりに滴下されるコーティング剤の量等が挙げられる。例えば、検出部114の表面の単位面積(1cm2)当たり、コーティング剤の重量0.5~5μg等である。
【0047】
コーティング剤には、導電性材料又は非導電性材料が用いられる。コーティング剤には、例えば非導電性の高分子材料が用いられる。高分子材料は、例えば、樹脂であり、樹脂は、汎用樹脂を含む。汎用樹脂は、例えば、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、シクロオレフィンポリマー(COP)等である。
【0048】
<実施形態1の匂いセンサの製造方法>
図4は、実施形態1の匂いセンサ100の製造方法を示す図である。一方、
図5は、実施形態1との比較のための、従来の匂いセンサの製造方法を示す図である。なお、
図4、
図5における基板120、コーティング剤溶液153、膜材溶液113等の厚みや、高分子材料153aの大きさは、実際の厚みや大きさを示すものではなく、模式図として表したものである。実施形態1のコーティング剤溶液153は、溶媒153bに高分子材料153aが溶け込んだ溶液である。また、吸着膜112の成膜には、膜材溶液113が用いられる。
【0049】
匂いセンサ100の製造方法は、被覆工程、第1乾燥工程、膜形成工程、第2乾燥工程、を備える。被覆工程は、検出部114の表面を被覆材の溶液であるコーティング剤溶液153により被覆し被覆溶液膜を形成する工程である。第1乾燥工程は、被覆溶液膜を乾燥させて被覆膜を形成する工程である。膜形成工程は、被覆膜上に吸着膜材の溶液である膜材溶液113により吸着溶液膜を形成する工程である。第2乾燥工程は、吸着溶液膜を乾燥させて吸着膜112を形成する工程である。なお、匂いセンサ100の製造方法は、膜材溶液を調整する調整工程や、添加剤を添加する添加工程を備えていてもよい。
【0050】
被覆工程では、
図4(a)に示すような検出部114が実装された基板120の面120aをコーティング剤溶液153により被覆する。ここで、基板120には、例えば、金属酸化物の半導体素子を用いた検出部114が実装されているが、図示を省略する。なお、匂いセンサ100の製造方法は、被覆工程の前に、基板120(検出部114)の表面を洗浄する洗浄工程を備えていてもよい。洗浄工程では、例えばUV/O
3処理等、公知の洗浄処理を実施する洗浄方法が用いられてよい。
【0051】
被覆工程において、コーティング剤溶液153は、例えば、マイクロディスペンサ等を用いて基板120(検出部114)の表面に滴下される(滴下工程)。なお、被覆工程において、コーティング剤溶液153は、例えば、インクジェットにより基板120(検出部114)の表面に塗布されてもよい(塗布工程)。これにより、
図4(b)に示すように、基板120(検出部114)の表面にコーティング剤溶液153が塗布(被覆)され、被覆溶液膜(菱形格子模様のハッチングで示す。)が形成される。なお、被覆工程における被覆材の溶液は、膜形成工程における吸着膜材の溶液中の溶質の量の500分の1から20分の1の範囲内である。
【0052】
第1乾燥工程では、
図4(c)に示すように、所定の条件下でコーティング剤溶液153の溶媒が揮発することにより乾燥される。これにより、
図4(d)に示すように、基板120(検出部114)の表面は、高分子材料153aの薄い膜(被覆膜)で覆われる。ここで膜の薄さは、この後に載せる吸着膜112への匂い応答に及ぼす影響を低減させるために薄いほどよい。薄い膜の厚さは、例えば、吸着膜112の厚さの200分の1~20分の1の範囲が好ましい。
【0053】
基板120(検出部114)の表面が、高分子材料153aによって覆われる(被覆される)ことで、膜材溶液113が直接、基板120(検出部114)の表面に触れることを避けることができる。第1乾燥工程においては、例えば、気圧1atm、温度25℃、湿度50%の環境下で被覆溶液膜を乾燥させる。なお、気圧、温度、湿度はこれらの値に限定されない。
【0054】
膜形成工程において、膜材溶液113は、例えば、マイクロディスペンサ等を用いて高分子材料153aで覆われた基板120(検出部114)の表面に滴下される(滴下工程)。なお、膜形成工程において、膜材溶液113は、例えば、インクジェットにより高分子材料153aで覆われた基板120(検出部114)の表面に塗布されてもよい(塗布工程)。これにより、
図4(e)に示すように、基板120(検出部114)の表面に膜材溶液113が塗布され、吸着溶液膜(碁盤格子模様のハッチングで示す。)が形成される。
【0055】
ここで、
図4(f)に示すように、基板120(検出部114)の表面を覆っていた高分子材料153aが、膜材溶液113中に溶解する。すなわち、膜材溶液113は、高分子材料153aが溶け込んだ溶液となる。
【0056】
第2乾燥工程では、
図4(g)に示すように、所定の条件下で高分子材料153aが溶解した膜材溶液113の溶媒が揮発することにより乾燥され、吸着膜112が形成される。すなわち、
図4の一連の工程によって、
図4(h)に示すように、吸着膜112が成膜される(右下がり斜め線のハッチングで示す。)。これにより、コーティング剤溶液153の溶質であった高分子材料153aが吸着膜112に含まれることとなる。第2乾燥工程においては、例えば、気圧1atm、温度25℃、湿度50%の環境下で膜材溶液113を乾燥させる。なお、気圧、温度、湿度はこれらの値に限定されない。
【0057】
以上のことから、実施形態1の匂いセンサ100の製造方法では、被覆工程において基板120(検出部114)の表面をコーティング剤で被覆することにより、膜材溶液113を直接基板120(検出部114)の表面に塗布することを避けることができる。また、選択されたコーティング剤やコーティング量等に応じて検出部114の表面状態を制御することができ、均一、均質な吸着膜112を成膜することができる。
【0058】
なお、上述した匂いセンサ100の製造方法において、コーティング剤、具体的には高分子材料153aは、
図4(f)に示したように膜形成工程において膜材溶液113に溶解したがこれに限定されない。
図4(e)の状態で
図4(g)の第2乾燥工程を経て成膜された吸着膜112に、高分子材料153aが相溶してもよい。
【0059】
吸着膜112に添加剤を添加する場合には、匂いセンサ100の製造方法の調整工程は、膜材溶液113に添加剤を添加する添加工程を有する。ここで、100重量部の膜材溶液に対して、添加剤は、例えば0.1重量部を添加する。添加剤は、0.1重量部から0.4重量部の範囲で添加することが好ましい。なお、匂いセンサ100の製造方法は、膜形成工程の後に添加工程を備えていてもよく、膜形成工程において検出部114の表面に形成された高分子材料153aの膜に添加剤が添加されてもよい。
【0060】
<従来の匂いセンサの製造方法>
図5は、実施形態1との比較のために、従来の匂いセンサの製造方法を示す図である。
図5(a)に示す
図4(a)と同様の基板120(検出部114)の表面に、膜材溶液113が滴下又は塗布され、
図4(b)に示す吸着溶液膜が形成される(膜形成工程)。その後、
図5(c)に示すように、膜材溶液113の溶媒が揮発することにより乾燥される(乾燥工程)。その結果、
図5(d)に示すように、基板120(検出部114)の表面に吸着膜1112が成膜される(膜形成工程)。
【0061】
ここで、従来の匂いセンサの製造方法では、実施形態1のような被覆工程がないため、膜材溶液113は基板120(検出部114)の表面に直に接することとなる。このとき、基板との親和性の低い膜材溶液を用いた場合、膜材の親和性の低さは膜材溶液が基板から弾かれる方向に働く。その結果、
図5(d)に示すような、吸着膜1112のムラ、すなわち、検出部114の表面に吸着膜112が成膜されない部分Spが生じてしまう。このため、匂いセンサ100としての検出精度が低下してしまう。
【0062】
<実施例>
上述した実施形態1の匂いセンサ100の製造方法を実施するにあたり、検出部114が搭載された基板120として、CMOSセンサのチップ(以下、CMOSチップという。)を用いた。また、CMOSチップに対してUV/O3処理を行った(洗浄工程)。
【0063】
コーティング剤溶液153は、高分子材料153aとしてポリ塩化ビニル(以下、PVCという。)を用い、溶媒153bとしてNMPを用いた。ここで、コーティング剤溶液153は、PVCの0.05g/LのNMP溶液とした。
【0064】
洗浄処理を施したCMOSチップに、上述のNMP溶液を2mL(ミリリットル)滴下した(被覆工程)。その後、100℃で乾燥した(第1乾燥工程)。高分子材料153aによりコーティングされたCMOSチップに、樹脂を溶質とするNMP溶液を膜材溶液113として塗布した(膜形成工程)。膜材溶液113は、樹脂の20g/Lの溶液とした。その後、NMP溶液を50℃で乾燥させた(第2乾燥工程)。
【0065】
<比較例>
上述した従来の匂いセンサの製造方法を実施するにあたり、検出部114が搭載された基板120として、実施例と同様に、CMOSセンサのチップ(以下、CMOSチップという。)を用いた。CMOSチップに、実施例と同様の、樹脂を溶質とするNMP溶液を膜材溶液113として塗布した(膜形成工程)。その後、NMP溶液を50℃で乾燥させた(乾燥工程)。比較例では、被覆工程は実施しなかった。
【0066】
<実施例の結果と比較例の結果との比較>
図6(A-a)(B-a)は実施例の匂いセンサ100の製造方法で吸着膜112を成膜したCMOSチップの表面を示す図、(A-b)(B-b)は比較例の匂いセンサの製造方法で吸着膜1112を成膜したCMOSチップの表面を示す図である。なお、
図6(A-a)、(A-b)は撮影画像を示し、
図6(B-a)、(B-b)は、
図6(A-a)、(A-b)は撮影画像を模式図として示したものである。
図6(C-a)は
図6(B-a)のC-C線における断面模式図、
図6(C-b)は
図6(B-b)のD-D線における断面模式図である。また、
図6のCMOSチップ中の構造は、各画素を示しており、中央部に黒く見えている4行×4列の画素は匂いセンサとして機能している有効画素である。
【0067】
図6(A-b)、(B-b)に示す比較例では、成膜された吸着膜1112に定着性、濡れ性の低下がみられた。すなわち、比較例では、膜材溶液113が拡がらず、ムラが発生し、吸着膜1112が成膜されなかった部分が多くみられた。また、
図6(C-b)の断面図に示すように、有効画素部分において、吸着膜1112の厚みが不均一となっていることがわかる。具体的には、有効画素のうち端部にある画素(左端、右端の画素)では、有効画素のうち中央にある画素に対して、吸着膜1112の厚みが厚くなってしまっている。
【0068】
一方、
図6(A-a)、(B-a)に示す実施例では、成膜された吸着膜112の定着性、濡れ性が向上した。また、
図6(C-a)の断面図に示すように、有効画素部分において、均一、均質な吸着膜112が形成されていることがわかる。すなわち、実施例では、膜材溶液113が一様に拡がり、ムラのない安定した、均一、均質な吸着膜112が成膜された。すなわち、実施形態1の匂いセンサ100の製造方法における被覆工程(コーティング剤によるコーティング処理)の有無で、明らかな成膜性の改善が認められた。なお、膜材溶液113に他の材料を用いた場合でも、成膜された吸着膜112は、均一、均質なものが得られた。
【0069】
以上、実施形態1によれば、均一性、均質性を向上させた吸着膜を安定して得ることができる匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置を提供することができる。
【0070】
[実施形態2]
以下、実施形態2に係る匂いセンサについて説明する。
【0071】
<匂いセンサの構成>
匂いセンサにおいては、基部の表面に特有の匂い物質を吸着する吸着膜が形成されている。その吸着膜は、例えば導電性高分子膜等の膜材料に添加剤が添加されることにより形成される。
【0072】
基部としては、水晶振動子センサ(QCM)を用いることもできる。他にも、例えばCMOSセンサ、表面弾性波センサ、電界効果トランジスタ(FET)、電荷結合素子センサ、MOS電界効果トランジスタ、金属酸化物半導体センサ、有機導電性ポリマーセンサ、電気化学的センサ、圧電素子センサ、SPRセンサ等を基部として用いることができる。また、基部に用いるものによって、匂いデータF1を構成する物理量として、周波数、電位、質量、光や音の波長・強度、抵抗値、電流値等が考えられる。
【0073】
吸着膜を構成する膜材料としては、例えば、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン等の導電性高分子を適用することができる。なお、膜材料には、イオン液体、汎用樹脂、可塑剤、塩等を用いることもできる。また、電極には、金、銀、白金、クロム、チタン、アルミニウム、ニッケル、ニッケル系合金、シリコン等の無機材料を適用することができる。他にも、カーボン、カーボンナノチューブ、グラフェン等のナノカーボン材料等を適用することができる。
【0074】
添加剤としては、例えば、無機イオン、有機酸アニオン、高分子酸アニオンを適用することができる。無機イオンとしては、例えば、塩化物イオン、塩素酸化物イオン、臭化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、及びホウ酸イオン等が考えられる。有機酸アニオンとしては、例えば、アルキルスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、カルボン酸等が考えられる。高分子酸アニオンとしては、例えば、アルキルスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、カルボン酸等の有機酸アニオン、ポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸等の高分子酸アニオンが考えられる。添加剤としては、他にもシクロデキストリンやクラウンエーテル誘導体のようなホスト材料、アルキルアミンやアリールアミン、含窒素複素環化合物等の有機塩基材料、尿素誘導体、チオ尿素誘導体等の水素結合性材料等が考えられる。他にも、実施形態1で挙げた各種イオン液体も添加剤になりうる。
【0075】
<匂いセンサの配列>
匂いセンサは、1つ又は複数の基部の表面に複数の吸着膜を配列して使用する事が可能である。この場合において、例えば、異なる匂い物質ごとに特有の吸着特性を有する各々異なる複数の吸着膜を一列に配列することができる。また、複数の吸着膜を複数個ずつ縦横に配列し平面状に整列配置することもできる。
【0076】
どの吸着特性を有する吸着膜をどの順序で配列したかの情報を暗号化キー又はパスコードとして利用することで種々の場面におけるセキュリティを高めることができる。この匂いセンサ又はそれを含むシステム全体を、匂いを利用したセキュリティシステムとして利用することができる。
【0077】
<匂いデータベースの秘匿化処理>
図7は、実施形態2に係る匂いセンサユニット1010の概略構成である。匂いセンサユニット1010は、5個の匂いセンサ1010a~1010eを有している。匂いセンサ1010a~1010eは、基部1002として、例えば水晶振動子センサ(QCM)を用いている。この実施形態2では、5個の匂いセンサ1010a~1010eが順に一列に配列されている。5個の基部1002の表面には、吸着膜1004a~1004eが各々形成されていて、吸着膜1004a~1004eは各々匂いセンサ1010a~1010eに対応している。吸着膜1004a~1004eは、それぞれ導電性高分子膜1005に添加剤1006a~1006eが添加されて形成されている。添加剤1006a~1006eの各々の特性の違いにより、吸着膜1004a~1004eは各々異なる匂い物質を吸着する吸着特性を発揮する。
【0078】
この匂いセンサ1010で例えば、3種類のガスGa、Gb、Gcの匂いを検出し、データベースDB1に格納する場合を想定する。ガスGa、Gb、Gcを匂いセンサ1010a~1010eで検出したときの検出結果は、例えば以下であるとする。()内の数値は、それぞれ匂いセンサ1010a~1010eの出力値である。
ガスGa:(0,5,10,5,0)
ガスGb:(2,4,6,8,10)
ガスGc:(10,8,6,4,2)
【0079】
この出力値をそのまま匂いデータベースDBに格納すると、仮にその匂いデータベースDB内の情報が盗用されると、ガスGa~Gcの匂いセンサ1010a~1010eによる検出結果が盗用者に容易に露呈してしまう。しかしながら、例えば、5個の匂いセンサ1010a~1010eの出力値の配列順序を変更し、配列順序を変更した状態で、匂いセンサ1010a~1010eからの出力値を匂いデータベースDBに格納する。そして、その変更順序の情報を暗号化キーとして匂いデータベースDBと別管理すれば、仮にデータベースDB内の情報が盗用されても、盗用者は、ガスGa~Gcの匂いセンサ1010a~1010eによる検出結果を容易に把握することができない。
【0080】
例えば、5個の匂いセンサ1010a~1010eの出力値の配列順序を(1,3,5,2,4)とすると、匂いデータベースDB内に格納される各ガスGa~Gcの検出結果は、以下の通りとなる。
ガスGa:(0,10,0,5,5)
ガスGb:(2,6,10,4,8)
ガスGc:(10,6,2,8,4)
【0081】
暗号化キーがなければ、ガスGa~Gcの匂いセンサ1010a~1010eによる検出結果をセンサ順序の通りに再現することができない。ここで、暗号化キー(1,3,5,2,4)を用いれば、匂いデータベースDB内のガスGa~Gcの検出結果を匂いセンサ1010a~1010eの順序通りに復号することができる。この方策により、匂いデータベースDB内に格納された匂いデータのセキュリティを向上させることができる。
【0082】
また、例えば、匂いデータベースDB内に格納する匂いデータを検出するための匂いセンサユニット内のセンサ配列の順序と、ユーザに販売する匂いセンサユニット内のセンサ配列の順序を変更し、その変更内容を暗号化キーとすることもできる。また、匂いセンサユニットを複数個生産する場合において、ユニットごと、又は複数ロットごとにユニット内のセンサ配列を変更し、その変更内容を暗号化キーとして管理することにより、匂いデータの秘匿管理性の向上により一層貢献することができる。
【0083】
<匂いを利用した入退室管理>
図7に示す匂いセンサユニット1010を用いることで、例えば、匂いを利用した入退室管理を実現することもできる。入退室の施錠解錠は特定の匂いを有するガスを利用して行う。ここで、その入退室に利用する匂いを「匂い鍵」と言うこととする。匂い鍵は、例えば特定の香水でもよいし、個人の体臭であってもよい。部屋のドアの施錠解錠を制御する入退室制御システムに匂いセンサユニット1010を連携させれば、匂い鍵によってドアの解錠を実現することができる。
【0084】
ここで、例えば、匂い鍵だけでは解錠できず、それに加えて、匂いセンサユニット1010内のセンサ配列情報をパスワードとして入力してようやく解錠が可能となるように構成することができる。例えば、ドアを解錠可能な検出結果が(2,4,6,8,10)であり、その情報が入退室制御システム内又はクラウド内のデータベース等に格納されている。匂いセンサユニット1010による匂い鍵の検出結果が、(2,6,10,4,8)であると、ドアを解錠することができない。しかしながら、匂いセンサユニット1010内のセンサ配列情報(1,3,5,2,4)を入力されると、(2,6,10,4,8)との検出結果が(2,4,6,8,10)に変換される。変換後の検出結果とデータベース等に格納された検出結果とが照合され、一致すればドアの解錠が可能となる。
【0085】
<産業上の利用可能性>
なお、上記の実施形態にて説明した匂いセンサやその匂いセンサで検出された匂いデータの解析方法を用いれば、複数の異なる匂い物質を含有するガス中に含まれる当該匂い物質を迅速かつ高精度に特定することができる。演算処理装置への負荷を軽減することもできる。ある特定のガスと他のガスとの匂いを弁別する場合においても、迅速かつ高精度に両者の弁別が可能となる。また、検出したガスに含有される匂い物質を、その検出された匂いデータとデータベース等に格納された匂いデータとを照合することにより特定する場合においても、迅速かつ高精度に照合が可能となる。なお、実施形態2の匂いセンサ1010a~1010eは、実施形態1の匂いセンサ100に置き換えることも可能である。
【0086】
以上、実施形態2によれば、均一性、均質性を向上させた吸着膜を安定して得ることができる匂いセンサの製造方法、匂いセンサ及び匂いデータ解析装置を提供することができる。
【0087】
以上、本発明の好ましい実施の形態を説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、その要旨の範囲内で様々な変形や変更が可能である。例えば、本発明は以下の趣旨を含むものとする。
【0088】
[趣旨1]
匂い物質を吸着する吸着膜と、前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、を備える匂いセンサを製造する製造方法であって、
前記検出部は、金属酸化物または窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の表面を被覆材の溶液により被覆し被覆溶液膜を形成する被覆工程と、
前記被覆溶液膜を乾燥させて被覆膜を形成する第1乾燥工程と、
前記被覆膜上に吸着膜材の溶液により吸着溶液膜を形成する膜形成工程と、
前記吸着溶液膜を乾燥させて前記吸着膜を形成する第2乾燥工程と、
を備える、匂いセンサの製造方法。
【0089】
[趣旨2]
前記膜形成工程において、前記被覆膜は前記吸着溶液膜に溶解してもよい。
【0090】
[趣旨3]
前記第2乾燥工程において、前記被覆膜は前記吸着膜に相溶してもよい。
【0091】
[趣旨4]
前記被覆膜は、高分子材料を含んでもよい。
【0092】
[趣旨5]
前記吸着膜は、前記吸着状態を変化させる添加剤を含んでもよい。
【0093】
[趣旨6]
前記吸着状態の変化が、前記吸着膜の電気的特性の変化であってもよい。
【0094】
[趣旨7]
匂い物質を吸着する吸着膜と、
前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、
を備える匂いセンサであって、
前記検出部は、金属酸化物または窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の上に、被覆材が溶解された前記吸着膜が形成された、匂いセンサ。
【0095】
[趣旨8]
匂い物質を吸着する吸着膜と、
前記匂い物質が前記吸着膜へ吸着することに起因する吸着状態の変化を検出する検出部と、
を備える匂いセンサであって、
前記検出部は、金属酸化物または窒化物の半導体素子を有し、
前記検出部の上に、被覆材が相溶した前記吸着膜が形成された、匂いセンサ。
【0096】
[趣旨9]
前記吸着膜は、前記吸着状態を変化させる添加剤を含んでもよい。
【0097】
[趣旨10]
前記吸着状態の変化が、前記吸着膜の電気的特性の変化であってもよい。
【0098】
[趣旨11]
上記の匂いセンサと、
前記匂いセンサの検出結果に基づく解析を行う解析部と、
を備え、
前記匂いセンサは、センサ素子を複数有し、
前記吸着膜は、前記センサ素子の上に形成され、
前記解析部は、それぞれの前記センサ素子により検出した前記匂い物質の吸着量の違いに基づいて、前記匂い物質が接近してきた方向を解析する、匂いデータ解析装置。
【0099】
[趣旨12]
複数の前記匂いセンサを有し、
複数の前記匂いセンサは、配列を変更することが可能であってもよい。
【符号の説明】
【0100】
100 匂いセンサ
110、110a~110i センサ素子
112、112a~112l 吸着膜
113 膜材溶液
114、114a~114i 検出部
116、116a~116i 電極
120 基板
120a、120b 面
153 コーティング剤溶液
153a 高分子材料
153b 溶媒
200 データ解析装置
220 解析部
220b 記憶装置(メモリ)
220c 入出力ポート
1002 基部
1004a~1004e 吸着膜
1005 導電性高分子膜
1006a~1006e 添加剤
1010 匂いセンサユニット
1010a~1010e 匂いセンサ
1112 吸着膜
F1 データ
Ga~Gc ガス
P 解析プログラム
R 演算済みデータ
Sp 部分