(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058048
(43)【公開日】2024-04-25
(54)【発明の名称】二酸化バナジウム薄膜の製造方法及び二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液
(51)【国際特許分類】
C01G 31/02 20060101AFI20240418BHJP
C01G 31/00 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
C01G31/02
C01G31/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022165164
(22)【出願日】2022-10-14
(71)【出願人】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(71)【出願人】
【識別番号】000143411
【氏名又は名称】株式会社高純度化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】和田 英男
(72)【発明者】
【氏名】小池 一歩
(72)【発明者】
【氏名】扶川 泰斗
(72)【発明者】
【氏名】河原 正美
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA02
4G048AA03
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD02
4G048AD06
4G048AE08
(57)【要約】
【課題】500℃以下の焼成温度で化学量論組成を有する二酸化バナジウム薄膜を形成することができ、汎用ガラスなどの低融点材料に成膜可能な二酸化バナジウム薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】二酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と、前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と、前記工程2に続いて、水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下に、450~650℃で本焼成を行う工程3とを有する二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と
前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と
前記工程2に続いて、水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下に、450~650℃で本焼成を行う工程3とを有する二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記工程3において、混合ガスが水素及び窒素の混合物であり、かつ、該混合ガスの圧力が0.5~2気圧である、請求項1に記載の二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記工程3において、水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下に、450~500℃で本焼成を行う、請求項1に記載の二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記工程1において、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液中に、さらにニオブ、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、ハフニウム及びクロムからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属カチオン種を添加し、
前記金属カチオン種の含有量が、二酸化バナジウム前駆体に対して、原子換算で1~3mol%である、請求項1~3のいずれか一項に記載の二酸化バナジウム薄膜の製造方法。
【請求項5】
二酸化バナジウム前駆体と、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤と、ニオブ、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、ハフニウム及びクロムからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属カチオン種とからなり、
前記金属カチオン種の含有量が、前記二酸化バナジウム前駆体に対してチタン原子換算で0.1~3mol%である、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機金属分解(MOD)法により、二酸化バナジウム(VO2)薄膜を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化バナジウム(VO2)は68℃付近で単斜晶系から正方晶への絶縁体-金属相転移を生じ、電気的・光学的特性が大きく変化する。68℃付近の相転移を境に電気的に高い抵抗温度係数(TCR)を示すことを利用して、ボロメータ型赤外線センサや、温度によって透過率や反射率等の光学特性が可逆的に変化するスマートウィンドウ材料への応用が注目されている。
【0003】
このような二酸化バナジウム薄膜の形成方法には、スパッタリング法、化学気相成長(CVD)法、ゾル-ゲル法及び有機金属分解(MOD)法などが知られている。MOD法を利用した薄膜形成技術は、スパッタリング法やCVD法とは異なり、有機金属溶剤を塗布し、大気圧下で焼成して薄膜を形成できる簡便な方法であり、大型の真空装置を必要としないことから、広く普及している。例えば、特許文献1には、MOD法により、二酸化バナジウム薄膜、又はチタン等の異種元素をドープした二酸化バナジウム薄膜の高純度品を簡便に量産する方法として、二酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と、前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と、前記工程2に続いて、0.2~2気圧で不活性ガス雰囲気下に550~750℃で本焼成を行う工程3とを有する二酸化バナジウム薄膜の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のMOD法による二酸化バナジウム薄膜の製造方法では、アルゴン、窒素、ヘリウム又はこれらの混合物である不活性ガス雰囲気中で0.2~2気圧で焼成温度550℃以上にして焼成しなければ、化学量論組成を有する二酸化バナジウム薄膜が得られなかった。このため、汎用ガラスのように耐熱温度の低い基板への成膜には制限があった。
本発明は、従来よりも低い焼成温度で化学量論組成を有する二酸化バナジウム薄膜を製造することができ、汎用ガラスなどの低融点材料に成膜することが可能な二酸化バナジウム薄膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の二酸化バナジウム薄膜の製造方法は、二酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と、前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と、前記工程2に続いて、水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下に、450~650℃で本焼成を行う工程3とを有することを特徴とする。
【0007】
前記工程3において、混合ガスは水素及び窒素の混合物であり、かつ、該混合ガスの圧力が0.5~2気圧であることが好ましい。
前記工程3において、水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下に、450~500℃で本焼成を行うことが好ましい。
前記工程1において、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液中に、さらにニオブ、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、ハフニウム及びクロムからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属カチオン種を添加し、前記金属カチオン種の含有量は、二酸化バナジウム前駆体に対して、原子換算で1~3mol%であることが好ましい。
【0008】
本発明の二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液は、二酸化バナジウム前駆体と、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤と、ニオブ、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、ハフニウム及びクロムからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属カチオン種とを含有し、前記金属カチオン種の含有量が、二酸化バナジウム前駆体に対してチタン原子換算で0.1~3mol%であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、二酸化バナジウム薄膜形成用の原料溶液に金属カチオン種を添加し、かつ、水素及び窒素の混合ガス雰囲気中、0.5~1.5気圧で450~580℃で焼成することにより、化学量論組成を有する二酸化バナジウム薄膜を製造することができる。このため、二酸化バナジウム薄膜を汎用ガラスなどの低融点材料に成膜することが可能となる。
本発明に係る二酸化バナジウム薄膜を調光ガラスに応用することで、環境温度に応じて、断熱性や紫外線遮断などの性能を持つ多機能ガラスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、有機金属分解(MOD)法による二酸化バナジウム(VO
2)薄膜の成膜プロセスを示す。
【
図2】
図2は、本焼成温度を400℃、450℃、500℃、550℃及び580℃をとした場合に、c面サファイア基板上に形成したVO
2薄膜の粉末X線回折(XRD)により得られる回折パターンを示す。
【
図3】
図3は、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液(Nb不添加)に対して、本焼成温度を450℃、500℃、550℃及び580℃とした場合に、c面サファイア基板上に形成したVO
2薄膜のX線光電子分光(XPS)分析結果を示す。
【
図4】
図4は、本焼成温度を450℃とした場合に、c面サファイア基板上に形成したVO
2薄膜(Nb不添加)のサーモクロミック特性を示す。
図4aは相転移前(30℃)及び相転移後(90℃)の透過率変化を示し、
図4bは、
図4aのグラフにおいて、波長1600nm時の相転移温度が約65℃であることを示す。
【
図5】
図5は、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液(Nb不添加)に対して、本焼成温度を450℃、500℃、550℃及び580℃とした場合に、ガラス基板上に形成したVO
2薄膜の粉末X線回折(XRD)により得られる回折パターンを示す。
【
図6】
図6は、Nbを0mol%、1mol%、2mol%及び3mol%添加し、本焼成温度を450℃とした場合に、ガラス基板上に形成したVO
2薄膜の粉末X線回折(XRD)により得られる回折パターンを示す。
【
図7】
図7は、Nbを0mol%、1mol%、2mol%及び3mol%の範囲で添加した場合のX線光電子分光(XPS)分析結果であり、ガラス基板上のVO
2薄膜に含まれるバナジウム(V)及び酸素(O)の化学エネルギー状態(
図7a)と、ニオブ(Nb)の化学エネルギー状態(
図7b)とを示す。
【
図8】
図8は、本焼成温度が450℃である場合に、ガラス基板上に形成したVO
2薄膜のサーモクロミック特性を示す。
図8aは相転移前(30℃)及び相転移後(80℃)の透過率変化を示し、
図8bは、
図8aのグラフにおいて、波長1600nm時の相転移温度が約68℃であることを示す。
【
図9】
図9は、金属カチオン種としてNbを0mol%、1mol%、2mol%及び3mol%の範囲で添加した場合のX線光電子分光(XPS)分析結果であり、r面(1-102)サファイア基板上のVO
2薄膜に含まれるバナジウム(V)及び酸素(O)の化学エネルギー状態(
図9a)と、ニオブ(Nb)の化学エネルギー状態(
図9b)とを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の二酸化バナジウム薄膜の製造方法は、有機金属分解法(MOD)であって、二酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤、及び、溶剤を添加して二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を調製する工程1と、前記二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う工程2と、前記工程2に続いて、水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下に、450~650℃で本焼成を行う工程3とを有する。
【0012】
図1は、本発明の二酸化バナジウム薄膜の製造方法の一実施形態を示している。工程1の前にまずは研磨加工後の基板に付着しているワックス、研磨剤、自然酸化膜、又は、研削屑等の異物などのパーティクルを洗浄する。洗浄方法は、有機洗浄や、酸アルカリ洗浄(例えば、RCA洗浄法)など、一般的な半導体基板の洗浄法を用いることができる。洗浄は通常、薬液を使用するウェット式で行われるが、Arエアロゾルやオゾンなどの非液体で洗浄するドライ式で行うこともある。ウェット式の洗浄で使用する代表的な薬液の1つは、アンモニア-過酸化水素水混合液であり、当該薬液を基板で洗浄して、基板に付着した有機成分などを分解・除去する。薬液での洗浄は1~3回繰り返してもよい。
【0013】
工程1では、二酸化バナジウム前駆体に、炭素数2~10のカルボン酸及び炭素数5~11のβ-ジケトンからなる群より選択される少なくとも一種の安定化剤と、溶剤とを添加して、二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液(以下単に「原料溶液」ともいう。)を調製する。
【0014】
二酸化バナジウム前駆体用原料としては、化学量論組成を有する二酸化バナジウム薄膜を形成できるものであれば、特に制限なく種々のバナジウム化合物を用いることができるが扱い易く、かつ、入手も容易なバナジウムアルコキシドが用いられる。
バナジウムアルコキシドの例としては、トリイソプロポキシバナジル(VO(O-n-C3H7)3)及びトリn-ブトキシバナジル(VO(O-n-C4H9)3)などが挙げられる。
【0015】
安定化剤には、炭素数2~10のカルボン酸又は炭素数5~11のβ-ジケトンが用いられる。
前記炭素数2~10のカルボン酸には、直鎖又は分岐の炭化水素系のカルボン酸が用いられる。直鎖のカルボン酸としては、例えば、酢酸、プロパン酸、酪酸、ペンタン酸、カプロン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸及びデカン酸等のモノカルボン酸;エタン二酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ヘプタン二酸、オクタン二酸及びノナン二酸等のジカルボン酸;1,2,3-プロパントリカルボン酸、1,3,5-シクロヘキサントリカルボン酸及び1,3,5-ベンゼントリカルボン酸等のトリカルボン酸;エチレンテトラカルボン酸及び1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸等のテトラカルボン酸等が挙げられる。分岐のカルボン酸としては、例えば、オクチル酸、イソノナン酸、4-エチルオクタン酸及びイソカプロン酸等が挙げられる。これらのうち、オクタン酸が好ましい。
【0016】
炭素数5~11のβ-ジケトンは、アセチルアセトン、トリフルオロアセチルアセトン、ヘキサフルオロアセチルアセトン、ベンゾイルアセトン、及びジピバロイルメタン等である。これらのうち、アセチルアセトンが好ましい。
これらは、単独で用いてもよいし、二種以上を併用してもよい。
前記安定化剤の添加量は、二酸化バナジウム前駆体に対して、通常は0.5~1.5倍モルにそれぞれ金属の価数をかけた量であり、好ましくは0.5~1倍モルである。
【0017】
溶剤には、例えば、アセトン、イソブタノール、イソプロパノール、イソペンタノール、エタノール、ジエチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、オクタン、o-ジクロロベンゼン、キシレン、クレゾール、クロロベンゼン、酢酸イソブチル、酢酸イソプロピル、酢酸イソペンチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸プロピル、酢酸ペンチル、酢酸メチル、シクロヘキサノール、シクロヘキサノン、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、1,1,1-トリクロロエタン、テレピン油、トルエン、ヘキサン、ヘプタン、2-ブタノール、ミネラルスピリット、メタノール、メチルエチルケトン、メチルシクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノン及びメチルブチルケトン等の有機溶剤が用いられる。これらのうち、工業的入手し易さ、溶解性、沸点、蒸気圧等の理由から、イソプロパノール、ブタノール、エチレングリコールモノメチルエーテル及び酢酸ブチル等が好ましい。
【0018】
さらに、原料溶液にはニオブ、タンタル、モリブデン、ジルコニウム、ハフニウム及びクロムからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属カチオン種を添加してもよい。前記金属カチオン種を原料溶液に共存させると、得られるVO2薄膜の相転移(サーモクロミック)温度を変化させることができる。また、金属カチオン種の共存により、VO2薄膜のサーモクロミック性の経時劣化を抑制する効果もある。
前記金属カチオン種の含有量は、二酸化バナジウム前駆体に対して、原子換算で1~3mol%とするのが好ましく、1~5mol%がより好ましい。
【0019】
工程2では、工程1で得られた二酸化バナジウム薄膜形成用原料溶液を基材上に塗布して膜を形成し、不活性雰囲気下に250~350℃で仮焼成を行う。
二酸化バナジウム薄膜を形成する基材には、高温でも熱変形しない特性を有する材質、具体的には、汎用ガラス、単結晶アルミナ(Al2O3)、シリコン、及び酸化チタン(IV)などの材質を用いることが好ましい。本発明では、ガラス基板、ならびに一般的な半導体基板であるr面サファイア(r-Al2O3)基板およびc面サファイア(c-Al2O3)基板が用いられる。なお、単結晶サファイアのc面(0001)及びr面(1-102)は、化合物半導体エピタキシャル基板として好適な軸面方位である。
【0020】
工程2では、洗浄後の基材に原料溶液を塗布する。塗布法は、特に限定されないが、均一な厚さの塗膜を形成する観点から、スピンコーティング法を用いることが好ましい。このとき、膜を塗布した基材の回転数を2000~6000rpm/30秒とする。その後、不活性雰囲気下に250~350℃で膜の仮焼成を行う。スピンコーティングした後、120℃で2分間乾燥させ、再びスピンコーティングする操作を1~2回繰り返し行う。
【0021】
不活性雰囲気としては、例えば、ヘリウム及びアルゴンなどの希ガスならびに窒素が用いられる。酸素ガスと比較して著しく反応性の乏しい二酸化炭素を用いることもできる。これらのうち、アルゴンまたはアルゴンより不活性度が低いが安価な窒素がよく用いられる。
【0022】
仮焼成は、例えば、抵抗型電気炉及び赤外線加熱炉のような公知の熱処理装置を用いて行う。
図1では、原料溶液を塗布した基材を赤外線加熱炉内の炭化ケイ素やカーボン製のサセプタに載せて、窒素雰囲気下に大気圧(1気圧)、300~350℃で仮焼成を行う。仮焼成は、20~30℃/分の昇温速度において15分間で300~350℃まで昇温する。赤外線加熱炉内では、赤外線による輻射伝熱及び熱風による強制対流熱伝熱により基材を加熱する。
【0023】
図1に示すように、工程1の前の基板を洗浄して有機成分などを分解・除去する工程から工程2の仮焼成までの工程を1~3回繰り返してもよい。
【0024】
工程3では、工程2に続いて、窒素-水素混合ガス雰囲気下に、大気圧、450~650℃で本焼成を行う。
図1では、本焼成は、30~50℃/分の昇温速度で15分間で550~600℃まで昇温している。
【0025】
窒素-水素混合ガスにおける窒素及び水素の割合は、窒素99~70%及び水素1~30%である。本発明では、市販の窒素95%及び水素5%の混合ガスが用いられる。なお、窒素-水素混合ガスの他に、アルゴン-水素混合ガスもしくはヘリウム-水素混合ガス、又は、窒素-アルゴン-ヘリウム-水素からなる混合ガスであっても同等の効果を有する。
窒素-水素混合ガスの圧力は、0.5~2気圧、例えば、大気圧で行うことが好ましい。
【0026】
本焼成の温度は450~650℃、好ましくは450~600℃、より好ましくは450~550℃である。つまり、本発明に係る製造方法では、コップや窓ガラスなどに通常使用される低融点ガラスが変形し始める500℃以下の温度で本焼成を行うことができる。よって、低融点ガラスの表面に化学量論組成を有する二酸化バナジウム薄膜を形成することができる。
【0027】
図2及び5は、それぞれ、c面サファイア基板及びガラス基板上で400℃、450℃、500℃、550℃、580℃で本焼成を行った場合のVO
2薄膜のX線回折(XRD)パターンを示している。いずれも温度においても、VO
2結晶構造に特有の回折角の位置及び強度が現われており、400~580℃の範囲で所望のVO
2薄膜が形成される。
図6は、Nbを0mol%、1mol%、2mol%、3mol%添加し、ガラス基板上で450℃で本焼成を行った場合のVO
2薄膜のXRDパターンを示している。Nbを不添加(0mol%)の場合と1~3mol%の範囲で添加した場合とで、XRDパターンのピーク位置が一致しており、原料溶液に金属カチオン種を添加しても所望のVO
2薄膜が形成されることがわかる。
【0028】
図3は、Nbを添加しない場合のc面サファイア基板上のVO
2薄膜のO1s,V2pのXPSスペクトルを示している。多結晶VO
2微粒子が成長して、Nbが徐々にVサイトで置換される。V2p
3/2ピークは、2つの構造を有しており、V
4+とV
5+の混合原子価状態があることを示している。得られるVO
2薄膜は、その表面にモスアイ構造と呼ばれる微細な凹凸を有し、光の反射を抑える効果を有する。
図7は、Nbを0~3mol%の範囲で添加し、本焼成を450℃とした場合のVO
2薄膜のXPS分析結果であり、ガラス基板上のVO
2薄膜に含まれるバナジウム(V)及び酸素(O)の化学エネルギー状態(
図7a)と、ニオブ(Nb)の化学エネルギー状態(
図7b)とを示す。Nbの添加量が増加するに従って、ほぼ定量的にNbがVサイトで置換されることがわかる(
図7b)。
【0029】
c面サファイア基板上のVO
2薄膜の30℃と90℃での透過測定を行うと、絶縁体相である30℃に比べて、金属相である80℃では、近赤外光域全域(780~2500nm)に渡って透過率が低下する(
図4a)。相転移温度後の可視光領域(400~800nm)での平均透過率は50.3%、近赤外線光領域(800~2400nm)での相転移温度前後の最大調光率は48.1%である。この測定結果は、本発明に係るVO
2薄膜を用いた赤外線スマートウィンドウは、最高レベルの調光性を有することを示している。
波長1600nmでの30℃と80℃とのVO
2薄膜の透過率の差(調光幅)は約30%である(
図4b)。このことは、VO
2薄膜は、高い可視光透過率と良好なサーモクロミック特性とを有することを示している。
【0030】
なお、NbやTa等の金属カチオン種を添加し、Vサイトが置換されると、VO2の相転移現象の変化に効果的な役割を果たす。例えば、Nbを添加する場合は61~39℃、Taを添加する場合は57~47℃の範囲で相転移温度を調節することができる。金属カチオン種の添加量を調節することで、赤外光遮断ガラスや電気メモリ等への応用可能性がある。
【実施例0031】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
〔二酸化バナジウム薄膜の評価〕
(1)粉末X線回折
X線回折装置(製品名 SmartLab、(株)リガク製)を用いて、基板上のVO2薄膜にX線を照射し、結晶面に現れる回折現象を測定した。
【0032】
(2)X線光電子分光分析
光電子分光分析装置(製品名 PHI 5000 VersaProbe 2、アルバック・ファイ(株)製)を用いて、基板上のVO2薄膜にX線を照射し、薄膜表面から数nmに存在する元素の組成及び化学結合状態を分析した。
【0033】
(3)可視光線透過率
光透過率測定器(製品名 UV3600Plus、(株)島津製作所製)を用いて、基板上のVO2薄膜の相転移前(30℃)及び相転移後(80℃又は90℃)での透過率を波長300~2400nmの範囲で測定し、サーモクロミック特性を評価した。
【0034】
〔二酸化バナジウム薄膜の製造〕
[実施例1]
まず、一般的な半導体基板の洗浄法を用いて、研磨加工後のc面サファイア(c-Al2O3)基板に付着しているワックス、研磨剤、研削屑等の異物を除去した。具体的には、サファイア基板をトルエン、アセトン又はプロパノール薬液で洗浄する操作を1~3回繰り返した。
トリn-ブトキシバナジル(VO(O-n-C4H9)3)と、酢酸n-ブチルと、ニオブ前駆体として、ペンタn-ブトキシニオブ(Nb(O-n-C4H9)5)を0mol%(不添加)、1mol%、2mol%、又は3mol%添加し、V濃度が2%の原料溶液を調製した。
【0035】
洗浄後のc面サファイア基板を2000~6000rpm/30秒で回転させながら、原料溶液をスピンコーティング法により塗布した。120℃のホットプレート上で乾燥させた後、窒素下に250~350℃で15分間、仮焼成を行った。
仮焼成後の基板を赤外線加熱炉内のサセプタに載せて、大気圧で、窒素-水素混合ガス(窒素/水素=95:5)雰囲気下に400℃、450℃、500℃、550℃又は580℃で本焼成を行って、VO2膜を結晶化させた。
【0036】
得られたVO
2薄膜のXRDパターンを
図2に示す。
XPS分析の結果より、V2p
3/2ピークはV
4+とV
5+の混合原子価状態があることを示していた(
図3)。
c面サファイア基板上のVO
2薄膜の30℃と90℃での透過率測定の結果、絶縁体相である30℃に比べて、金属相となった相転移後の90℃では、近赤外光域全域(780~2500nm)に渡って透過率が低下していた(
図4a)。相転移温度後の可視光領域(400~800nm)での平均透過率は50.3%、近赤外線光領域(800~2400nm)での相転移温度前後の最大調光率は48.1%であった。この結果は、VO
2薄膜を用いた赤外線スマートウィンドウに好適な調光性である。
【0037】
太陽光スペクトルの一部である波長1600nmでの30℃と90℃との透過率の差(調光幅)は約30%であった(
図4b)。本発明の製法で得られるVO
2薄膜は、高い可視光透過率と良好なサーモクロミック特性とを示すことがわかった。
【0038】
[実施例2]
実施例1において、c面サファイア基板の代わりにガラス基板(厚さ0.5mm)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、VO
2膜を結晶化させた。
得られたVO
2薄膜のXRDパターンを
図5及び6に示す。
図5より、本焼成温度が450~580℃の範囲では、VO
2薄膜の化学量論組成に影響がなく、
図6より、Nbの添加量が0~3mol%の範囲では、VO
2薄膜の化学量論組成に影響がなく、同質のVO
2薄膜が形成された。
【0039】
Nbを0mol%、1mol%、2mol%及び3mol%添加した場合のO1s,V2pのXPSスペクトルの分析結果によると、V
4+とV
5+の混合原子価状態があり(
図7a)、Nbの添加量の増加に比例して、ほぼ定量的にVサイトで置換されていた(
図7b)。
ガラス基板上のVO
2薄膜の30℃と80℃での透過率測定の結果、絶縁体相である30℃に比べて、金属相となった相転移後の90℃では、近赤外光域全域(780~2500nm)に渡って透過率が低下していた(
図8a)。相転移温度後の可視光領域(400~800nm)での平均透過率は52.9%、近赤外線光領域(800~2400nm)での相転移温度前後の最大調光率は50.0%であった。この測定結果は、VO
2薄膜を用いた赤外線スマートウィンドウに好適な調光性である。
【0040】
太陽光スペクトルの一部である波長1600nmでの30℃と80℃との透過率の差(調光幅)は約35%であった(
図8b)。このVO
2薄膜は、高い可視光透過率と良好なサーモクロミック特性とを示すことがわかる。
【0041】
[実施例3]
実施例1において、c面サファイア基板の代わりにr面サファイア(r-Al
2O
3)基板を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、VO
2膜を結晶化させた。
Nbを0mol%、1mol%、2mol%及び3mol%添加した場合のO1s,V2p-XPSの分析結果によると、V
4+とV
5+の混合原子価状態があり(
図9a)、Nbの添加量の増加に比例して、ほぼ定量的にVサイトで置換されていた(
図9b)。
本発明におけるMOD法を用いた二酸化バナジウム薄膜の製造方法は、二酸化バナジウムの汎用ガラスへの低温成膜を可能とした。大面積化及び量産化ができれば、建築構造物の窓材、次世代自動車のフロントガラス、赤外線遮蔽材料及び光スイッチングデバイスなどに応用可能である。