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特開2024-58472抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058472
(43)【公開日】2024-04-25
(54)【発明の名称】抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/12 20150101AFI20240418BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20240418BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20240418BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20240418BHJP
【FI】
A61K35/12
A61P11/00
A61P1/16
C12P21/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022165868
(22)【出願日】2022-10-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り GLYCOBIOLOGY,cwac067,https://doi.org/10.1093/glycob/cwac067,SOCIETY for Glycobiology
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000108454
【氏名又は名称】ソマール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】伊勢 裕彦
(72)【発明者】
【氏名】松尾 早織
【テーマコード(参考)】
4B064
4C087
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA10
4B064CC30
4B064CE08
4B064DA01
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB33
4C087CA04
4C087CA17
4C087NA14
4C087ZA59
4C087ZA75
(57)【要約】
【課題】筋線維芽細胞や活性化星細胞、さらには線維化組織に効率的に治療剤を届け、しかも筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することにより線維化の悪化を抑制し、かつ正常な線維芽細胞に復帰させることが可能な抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化成分の製造方法および抗線維化方法を提供する。
【解決手段】ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞より抽出された抗線維化成分を含有する抗線維化剤であって、前記抗線維化成分は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む、抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞より抽出された抗線維化成分を含有する抗線維化剤であって、
前記抗線維化成分は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む、抗線維化剤。
【請求項2】
前記抗線維化成分は、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞を、低張溶液で懸濁し、前記懸濁した哺乳動物由来細胞を粉砕して得られたものである、請求項1に記載の抗線維化剤。
【請求項3】
前記哺乳動物由来細胞がHeLa細胞である、請求項1または2に記載の抗線維化剤。
【請求項4】
請求項1または2に記載の抗線維化剤を有効成分として含有する、線維症治療用医薬組成物。
【請求項5】
哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、
前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程と、
を含み、前記抗線維化成分を含有する抗線維化剤を製造する、抗線維化剤の製造方法。
【請求項6】
哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、
前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程と、
前記抗線維化成分を、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合させて、α-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する工程を含む、抗線維化方法。
【請求項7】
前記抗線維化成分を抽出する工程は、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞を、低張溶液で懸濁し、前記懸濁した哺乳動物由来細胞を粉砕して、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する、請求項6に記載の抗線維化方法。
【請求項8】
前記哺乳動物由来細胞がHeLa細胞である、請求項6または7に記載の抗線維化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、抗線維化剤および抗線維化の方法に関する。詳細には、肺線維症や肝線維症等各種線維症に対する治療薬または予防薬等に用いる抗線維化剤、それを含む線維症治療用医薬組成物、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に生体内において組織の線維化は、繰り返される傷害に伴う慢性炎症によって引き起こされる。慢性炎症は、線維芽細胞や星状細胞を変化させ、組織を筋線維芽細胞に維持し、星状細胞を活性化させる。この活性化により、これらの細胞の増強とコラーゲンなどの細胞外マトリックスの豊富な産生が促進される。このようにして生じた組織線維化、癌、自己免疫などの慢性炎症性疾患は、断続的かつ反復的な組織傷害による継続的な炎症によって引き起こされる。
【0003】
繰り返される組織傷害によって引き起こされる重篤な組織傷害は、死にゆく細胞から放出される大量の細胞片の発生をもたらす。損傷細胞や死滅細胞から放出される細胞残屑に含まれる細胞内分子の中には、炎症細胞に組織の損傷を認識させる役割を果たすものがあり、損傷関連分子パターン(DAMPs)と呼ばれている(非特許文献1)。
DAMPsは、危険信号として、組織の損傷や感染などの有害な状況から宿主組織を守るために炎症反応を誘導する。High-mobility group box 1(HMGB1)、熱ショックタンパク質(HSP)、アデノシン三リン酸(ATP)などは、細胞内で明確に定義された機能を有しているが、これらの分子はまた、死にかけた細胞から漏れ出た後、細胞外空間でDAMPsとしても作用する。
【0004】
重度の組織損傷後の豊富なDAMPsの存在は、炎症性サイトカインおよび線維形成促進サイトカインを分泌する免疫細胞のリクルートと活性化を誘発する(非特許文献2)。
最終的に、これらのサイトカインは、星状細胞や線維芽細胞の活性化星状細胞や筋線維芽細胞へのトランス分化を誘導し、組織のリモデリングの際に過形成や線維化を促進する(非特許文献3)。このように組織の線維化は、繰り返される傷害に伴う慢性炎症によって引き起こされる。慢性炎症に伴う組織線維化などによる、豊富なコラーゲンの沈着とともに実質細胞が排出されることで、最終的に線維化した組織の機能不全が引き起こされる。
【0005】
生物組織が、線維化の状態から回復するためには、筋線維芽細胞や活性化星状細胞を選択的に標的とし、各細胞の活性化を抑制する必要がある。
こうした作用を用いて、線維化の進行を阻害する手段として、例えば、SERPINE2に暴露されたヒト肺線維芽細胞におけるコラーゲン1A1及び/またはα-平滑筋アクチンの発現レベルを阻害するために、ヒト肺線維芽細胞にSERPINE2のアンタゴニストを投与する方法(特許文献1)が知られている。
また、慢性炎症や線維化部位を標的とする治療方法、治療薬として、例えば、特手のアミノ配列からなるポリペプチド、又は特定のアミノ酸配列と85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、COL1A1、COL1A2、及びαSMAからなる群より選択される少なくとも1種を含有する、線維症治療薬(特許文献2)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2012-509941号公報
【特許文献2】特開2022-66026号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Bianchi ME. DAMPs, PAMPs and alarmins: all we need to know about danger. J Leukoc Biol. 81(1), 1-5 (2007)
【非特許文献2】Bolourani, S., Brenner, M. & Wang, P. The interplay of DAMPs, TLR4, and proinflammatory cytokines in pulmonary fibrosis. J. Mol. Med. (Berl). 99, 1373-1384 (2021).
【非特許文献3】An, P. et al. Hepatocyte mitochondria-derived danger signals directly activate hepatic stellate cells and drive progression of liver fibrosis. Nat. Commun. 11, 2362 (2020).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のような知見はあるものの、線維化に関連する細胞群により効率的に治療剤を届け、さらに、筋線維芽細胞や活性化星細胞のような重度の線維化にかかわる細胞を特異的に標的とし、有効に線維化を抑制する手段については、さらに強く望まれている。
【0009】
本発明は上記のような事情を鑑みてなされたものであり、筋線維芽細胞や活性化星細胞、さらには線維化組織に効率的に治療剤を届け、しかも筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することにより線維化の悪化を抑制し、かつ正常な線維芽細胞に復帰させることが可能な抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意研究の結果、特定のN-アセチルグルコサミンを構成単位とする共重合体が筋線維芽細胞や活性化星状細胞を標的とし、これらの細胞の活性化を抑制することを見出し、本発明を完成するにいたった。
【0011】
すなわち、上記の課題を解決するため、本発明は以下の態様を有する。
[1]ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞より抽出された抗線維化成分を含有する抗線維化剤であって、前記抗線維化成分は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む、抗線維化剤。
【0012】
[2]前記抗線維化成分は、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞を、低張溶液で懸濁し、前記懸濁した哺乳動物由来細胞を粉砕して得られたものである、[1]に記載の抗線維化剤。
【0013】
[3]前記哺乳動物由来細胞がHeLa細胞である、[1]または[2]に記載の抗線維化剤。
【0014】
[4][1]~[3]に記載の抗線維化剤を有効成分として含有する、線維症治療用医薬組成物。
【0015】
[5]哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程と、を含み、前記抗線維化成分を含有する抗線維化剤を製造する、抗線維化剤の製造方法。
【0016】
[6]哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程と、前記抗線維化成分を、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合させて、α-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する工程を含む、抗線維化方法。
【0017】
[7]前記抗線維化成分を抽出する工程は、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞を、低張溶液で懸濁し、前記懸濁した哺乳動物由来細胞を粉砕して、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する、[6]に記載の抗線維化方法。
【0018】
[8]前記哺乳動物由来細胞がHeLa細胞である、[6]または[7]に記載の抗線維化方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、筋線維芽細胞や活性化星細胞、さらには線維化組織に効率的に治療剤を届け、しかも筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することにより線維化の悪化を抑制し、かつ正常な線維芽細胞に復帰させることが可能な抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポットに侵入した細胞の数を示すグラフ図である。
図2】実施例1におけるOGTまたはネガティブコントロールsiRNAをトランスフェクトしたHeLa細胞におけるOGTおよびO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質のタンパク質発現レベルを示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図3】実施例1におけるOGTまたはネガティブコントロールsiRNAをトランスフェクトしたO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポットに侵入した細胞の数を示すグラフ図である。
図4】実施例1におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片及びPBSを含むアガローススポット下でのタイムラプスイメージング解析における細胞の軌跡を示す写真図(a)、(b)およびグラフ図(c)、(d)である。
図5】実施例2におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加したNHDF(線維芽細胞)のタンパク質発現およびリン酸化レベルを示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図6】実施例2における筋線維芽細胞に細胞片を添加後のタンパク質発現を示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図7】実施例2におけるOGTまたはネガティブコントロールsiRNAをトランスフェクトした前記細胞片の添加後のNHDFのαSMAおよびcol1a2発現レベルを示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図8】実施例2におけるビメンチンおよびネガティブコントロールsiRNAトランスフェクトNHDFのビメンチン発現レベルを示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図9】実施例2におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞からの細胞破片を添加した後の、ビメンチンおよびネガティブコントロールsiRNAトランスフェクトNHDF(線維芽細胞)のαSMAおよびcol1a2発現レベルを示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図10】実施例2におけるPUGNAcとグルコサミンの処理による、HeLa細胞でのO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質発現レベルに示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図11】実施例2における筋線維芽細胞にO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片、PUGNAcおよびグルコサミンを添加したTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)のタンパク質の発現を示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図12】実施例3におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片で処理したTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)との間の遺伝子発現についてDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現差のある遺伝子の散布図を示したグラフ図である。
図13】実施例3におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片で処理したTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)の増殖遺伝子に関連する遺伝子発現のヒートマップを示す図である。
図14】実施例3におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片の添加後のTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)の細胞生存率を示すグラフ図である。
図15】実施例3におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片で処理したTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)の炎症に関連する遺伝子発現のヒートマップを示す図である。
図16】実施例3における筋線維芽細胞にO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片、PUGNAcおよびグルコサミンを添加したTGFβ刺激NHDFのMMP1の発現を示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図17】実施例3におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質と細胞表面ビメンチンとの相互作用に基づくシグナル伝達の概略図である。
図18】実施例4における四塩化炭素で処理した肝線維症マウスモデルにおけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質とデスミンとの相互作用について、in situ PLA法により検出した図である。
図19】実施例4における四塩化炭素処置およびマウスIgGまたはマウスモノクローナル抗O-GlcNAc抗体の投与のスケジュールを示す概略図である。
図20】実施例4における線維性肝臓凍結切片のシリウスレッド染色およびαSMA免疫染色を示す写真図である。
図21】実施例4における正常および線維性肝臓におけるコラーゲン(col1a2)およびαSMAのタンパク質発現レベルを示すウェスタンブロットの結果を示す写真図である。
図22】実施例4における、図21のマウスIgG処理された正常マウス、抗O-GlcNAc抗体処理された正常マウス、マウスIgG処理された四塩化炭素処理マウス及び抗O-GlcNAc抗体処理された四塩化炭素処理マウスの各マウスのコラーゲン(col1a2)とαSMAの発現量を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る抗線維化剤、抗線維化剤の製造方法および抗線維化方法について、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0022】
(抗線維化剤)
本実施形態の抗線維化剤は、ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞より抽出された抗線維化成分を含有する抗線維化剤であって、前記抗線維化成分は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む。
【0023】
本実施形態で用いる哺乳動物由来細胞としては、使用される細胞には特に制限はなく、ES細胞、iPS細胞もしくは間葉系幹細胞などの幹細胞、外分泌上皮細胞もしくはホルモン分泌細胞などの内胚葉に由来する内胚葉系細胞、肝臓細胞、脂肪細胞、腎臓細胞、肝臓もしくは膵臓星細胞など中胚葉に由来する中胚葉系細胞、または、外皮系細胞もしくは神経細胞など外胚葉に由来する外胚葉系細胞などから選択することができる。
【0024】
本実施形態においては、哺乳動物由来細胞として、細胞の入手性の面から、例えばiPS細胞、間葉系幹細胞、HeLa細胞またはHepG2細胞などのセルラインを用いるのが好ましい。また、HeLa細胞を用いることがより好ましい。
【0025】
抗線維化成分は、ネクローシスさせた前記哺乳動物由来細胞から抽出される。まず、細胞のネクローシスについて説明する。ネクローシスは細胞死の原因となる外的要因により細胞破裂することが特徴である。細胞死の原因となる外的要因としては、例えば、極端な物理的な温度や圧力、化学的ストレス、または浸透圧ショックなどが挙げられる。本実施形態では、ネクローシスは、偶発的な外的要因により発生もの以外、例えばデスレセプターリガンドとリガンドとの結合のような外因性刺激や微生物由来の核酸などによる内因性刺激のいずれかによって誘導され、偶発的な外的要因の場合はカスパーゼ活性には関係なく発生するネクローシスとは異なり、カスパーゼ活性によって阻害されるプログラムされたネクローシスであるネクロプトーシスなども含まれる。このプログラムされたネクローシスにはさらには、パイロトーシス、フェロトーシス、またはネトーシスなども含まれる。
【0026】
本実施形態において、前記哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる具体的な方法としては、例えば、対象となる細胞を低張溶液に懸濁後に破砕する方法が挙げられる。
ここで、低張溶液としては、細胞の細胞質よりも溶質濃度または浸透圧が低い溶液を指す。溶質濃度としては使用する哺乳動物由来細胞の種類により決まってくるが、例えば、浸透圧で0~100mOsm/L、好ましくは50mOsm/L以下の水溶液などを用いることができる。低張溶液に含有される電解質としては、Hepesや各種の塩などを用いることができる。一般に細胞は細胞質よりも浸透圧の低い低張溶液において前記した浸透圧ショックによる収縮、破損を起こし、ネクローシスを生じる。
細胞の破砕には、超音波処理、物理的(機械的)な粉砕手段などを適宜用いることができる。
また、その他の方法として、細胞を凍結と融解を数回繰り返して死細胞を破砕するなども挙げられる。
【0027】
抗線維化成分を抽出する手段としては、前記ネクローシスの操作によって細胞の成分の抽出がある程度行われた場合、その成分をそのまま抗線維化成分として用いてもよい。例えば、ネクローシスの操作において前記したように細胞の粉砕を行った場合、細胞の粉砕により得られた成分を、そのまま抽出された抗線維化成分としてもよい。
また、ネクローシスの操作に加えて、抗線維化成分を抽出する操作をさらに行ってもよい。例えば、前記操作に加えて、さらに細胞の粉砕、破砕の操作を行ってもよい。また、ネクローシスや前記粉砕等の操作の後に、さらにその成分の一部を分離して抗線維化成分としてもよい。
本実施形態においては、前記の操作によってネクローシスされた哺乳動物由来細胞の成分をそのまま抗線維化成分とすることが好ましい。
【0028】
本実施形態において、抗線維化成分は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む。O-結合型β-N-アセチルグルコサミンと、タンパク質が結合した物質を指し、タンパク質部分の構造は特に限定されない。すなわち、前記哺乳動物由来細胞をネクローシスさせた成分に含まれている、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質が広く含まれる。
【0029】
O-結合型β-N-アセチルグルコサミンの修飾化合物は、線維化が進んだ組織に対して、その線維化の進行または関連する化合物の増殖を抑制する作用が得られる。具体的には、O-結合型β-N-アセチルグルコサミンの修飾化合物は、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合し、α-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する。
【0030】
本実施形態において、抗線維化成分は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質の他の成分を含んでいてもよい。具体的には、哺乳動物由来細胞をネクローシスさせた成分に含まれている他の成分を含んでいてもよい。
【0031】
(線維症治療用医薬組成物)
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、上述した抗線維化剤を有効成分として含有する。なお、ここでいう有効成分として含有するとは、治療的に有効量の上述した発現抑制剤、すなわち、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含有することを意味する。
【0032】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物の治療の対象となる線維症とは、薬物等の化学的刺激、過度の圧負荷、炎症反応等のストレスにより組織実質細胞の脱落や組織の機能低下が起こり、それを補う過程で生じた過剰な線維芽細胞の遊走増殖、およびその後の細胞外マトリックス蛋白質の合成沈着による組織の機能障害を伴った硬直化などを意味し、誘発刺激の別や発症部位は特に限定されない。
このような組織線維化疾患としては、例えば腸などの消化器、肺、腎臓、心臓、または肝臓等の内臓組織の線維症が挙げられる。本実施形態が治療の対象とする線維症には、抗腫虜剤、抗生物質、抗菌剤、抗不整脈剤、消炎剤、抗リウマチ剤、インターフェロンもしくは小柴胡湯などの薬剤の投与により引き起こされる組織線維化疾患、または、慢性腎炎、間質性心筋炎もしくは間質性腸脱炎などの疾患に伴う組織線維化疾患も含まれる。
【0033】
前記線維症としてさらに具体的には、ブレオマイシン投与の副作用で生じる肺の線維症や、間質性肺炎の際またはその後に生じる肺線維症;間質性腸脱炎の際に生じる腸脱の線維症や腸脱頚部硬化症;遺伝子異常等によって生じる腎線維症、および腎不全(腎硬化症);心筋梗塞後のリモデリングによって生じる心内膜線維症;肝細胞の損傷によって生じる肝線維症、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、それに伴う門脈圧元進症及び肝硬変;過剰な組織修復によって生じるケロイド、その他、硬化性腹膜炎、前立腺肥大症、強皮症、子宮平滑筋腫、後腹膜線維症、および骨髄線維症等を例示することができる。
【0034】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、STAT3のリン酸化を抑制することでαSMAやコラーゲンの発現量を低下させ、MMP1及びANGPTL4の発現を上昇させ、筋線維芽細胞や活性化星細胞を正常な線維芽細胞や星細胞に修復、線維化を改善するものである。したがって筋線維芽細胞や活性化星細胞からなる線維症、例えば肝臓の場合、活性化した星細胞が筋線維芽様細胞に形質転換し、細胞外基質を産生することによって線維化が進行するが、本発明の抗線維化剤を用いることで肝線維化を改善させ、肝機能の改善と肝癌発生を抑制することが可能となる。同様に、本実施形態の線維症治療用医薬組成物は抗線維化などに対して用いることも可能である。
【0035】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、ヒ卜またはその他の哺乳動物に経口的、または非経口的に投与することができる。哺乳動物としては、例えば、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、またはサルなどが挙げられる。非経口的投与としては、静脈投与、皮下投与、経皮投与、経肺投与、経粘膜投与、または直腸投与などを行うことができる。
【0036】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物を製造するには、まず、上述した抗線維化成分を、経口または非経口投与に通常用いられる薬学的に許容される担体や添加剤などと混合する。担体としては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、崩壊補助剤、滑沢剤、または湿潤剤などを用いることができる。ついで、混合した成分を所望の形態に製剤化することにより調製することができる。製剤化は、頼粒剤、散剤、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、バッカル剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、クリーム剤、軟膏剤、点眼剤、注射剤、点滴剤、点鼻剤、貼付剤、または坐剤などの形態に製剤化することができる。
線維症治療用医薬組成物中における抗線維化成分の含有量は、αSMA及びコラーゲンの発現を抑制し線維化の改善が得られれば特に限定はないが、好ましくは0.1%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは10%以上である。
【0037】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、線維症の治療薬、予防薬、および抑制薬(再発防止薬など)等に用いることができる。これらの場合、治療薬、予防薬、または抑制薬として従来知られる他の成分の含有、調剤などを行うことができる。
【0038】
(抗線維化剤の製造方法)
本実施形態の抗線維化剤の製造方法は、哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程とを含み、抗線維化成分を含有する抗線維化剤を製造する。
【0039】
哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程、および、ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から抗線維化成分を抽出する工程は、上述したものから選択してもよい。抗線維化成分を含有する抗線維化剤を製造する際には、上述の抗線維化成分を用い、または上述した他の成分を添加してもよい。
【0040】
(抗線維化方法)
本実施形態の抗線維化方法は、哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程と、前記抗線維化成分を、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合させて、α-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する工程を含む。
【0041】
哺乳動物由来細胞をネクローシスさせる工程と、前記ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程は、上述の抗線維化成分を製造する工程を適宜用いることができる。
例えば抗線維化成分を得る工程は、ネクローシスさせた哺乳動物由来細胞を、低張溶液で懸濁し、前記懸濁した哺乳動物由来細胞を粉砕して、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を抽出する工程を用いてもよい。また、哺乳動物由来細胞はHeLa細胞を用いてもよい。
【0042】
本実施形態の抗線維化方法では、抗線維化成分を、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合させて、α-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する。
α-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する工程は、in vitroでもin vivoであってもよい。すなわち、抗線維化成分を筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合させる工程において、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞は、in vitroで、培養中などのこれらの細胞に直接結合させてもよく、in vivoで、生体内のこれらの細胞に結合させてもよい。
培養中などの細胞に直接結合させる方法としては、例えば、培養液に対して抗線維化成分、または抗線維化成分を含有する抗線維化剤を添加する方法をとることができる。
生体内の細胞に結合させる方法としては、抗線維化成分、抗線維化剤または線維症治療用医薬組成物を生体に投与する方法をとることができる。
【0043】
抗線維化成分を細胞に添加する量としては、抗線維化成分の有効量や、対象の細胞や生物によって異なり、適宜調整して使用してよい。
例えば、抗線維化成分を細胞に直接結合させる方法として、培養液に対して抗線維化成分を投与する方法をとる場合で、前記ネクローシスさせた細胞を懸濁させたO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片懸濁液を投与する場合、液体培地に対しては、1~20×10cells/mLとなるよう添加してもよい。プレートの液体培地中で培養中の細胞に対しては、例えば24ウェルプレートの1ウェルあたり、1~10×10cellsとなるよう添加してもよい。
【0044】
O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を含む抗線維化成分を、筋線維芽細胞又は活性化した星細胞に結合させることで、これらの細胞においてα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制し、細胞およびそれを含む組織の線維化を抑制することができる。
【0045】
(その他の実施形態)
その他の実施形態において、上述した抗線維化成分、抗線維化剤または線維症治療用医薬組成物の有効量を、治療を必要とする患者又は患畜に投与することを含む、線維症の治療方法であってもよい。
本発明の線維症の治療方法は、上述の抗線維化方法を用いることができ、特に、生体内の細胞に結合させる方法を用いてもよい。結合の方法は特に限定されないが、線維化組織に含まれる細胞に直接、前記抗線維化剤を添加する、製剤化した抗線維化剤を経口的にあるいは非経口的に投与し、共重合体が患部及びその付近に到達させるなどの方法等が挙げられる。
【0046】
その他の実施形態において、上述した抗線維化剤を製造するための、抗線維化成分の使用であってもよい。
その他の実施形態において、上述した線維症治療用医薬組成物を製造するための、抗線維化成分の使用であってもよい。
その他の実施形態において、上述した線維症治療用医薬組成物を製造するための、抗線維化剤の使用であってもよい。
【実施例0047】
以下、実施例を示す。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0048】
(筋線維芽細胞の準備)
マイクロプラズマ汚染がないことを確認した成人の皮膚から分離した初代培養ヒト皮膚線維芽細胞(タカラバイオ株式会社製)を、2mM L-グルタミン(富士フイルム和光純薬株式会社製)を添加したHFDM-1(+)培地(細胞科学技術研究所製)で、37℃、5%CO加湿インキュベーター内で培養した。続いてこの培地中に10ng/mLのTGF-βを添加し筋線維芽細胞を得た。この筋線維芽細胞を得るためのヒト皮膚線維芽細胞は3~6継代で維持された細胞を用いた。
なお、以下、NHDFは線維芽細胞を示すが、TGF-β刺激をしていないNHDFは線維化細胞、TGF-β刺激NHDFは筋線維化細胞に相当する。
【0049】
(マイコプラズマ汚染の有無の確認)
マイコプラズマ汚染の有無の確認は、使用するヒト皮膚線維芽細胞及びHeLa細胞がマイコプラズマで汚染されていないことをMycoplasma Detection Kit for Endpoint PCR, OneStep, VendorGeM (Minerva Biolabs Gmbh製)を用いて確認した。
【0050】
(HeLa細胞の調製)
HeLa細胞は、理研BRCから入手し、5%CO加湿インキュベーターで37℃で5%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ改変イーグル培地にて培養した。
【0051】
(O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質の調整)
調製したHeLa細胞を低張溶液(10mM Hepes、10mM KCl、および0.5mM EDTA)で懸濁後、HeLa細胞をマイクロチップ超音波処理装置(BRANSON Sonifier 250、Emerson Electric社製)50%のデューティ サイクルで10秒間粉砕、その後0.5秒間冷却し、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片(本実施形態における抗線維化成分にあたる)を調製した。
【0052】
[実施例1]
O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含有するアガロースと、この細胞片を含有せずPBSを含有するアガロースとを用いて、アガローススポットアッセイを行った。具体的には低融点アガロース(Lonza Group Ltd社製)をPBSに1%で煮沸溶解させた。約40℃に冷却した加熱アガロース溶液を、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片懸濁液(4または10×10cells/mL)、またはPBSと1:1の割合で混合した。次に、35mmディッシュのカバーガラス(24mm×24mm)上に、前記細胞片またはPBSを含む10μLの0.5%アガロース溶液を4点均等にスポットし、4℃で5分間冷却して固化させた。次に、NHDF(線維芽細胞)(2または5×10細胞)を懸濁したHFDM-1(+)培地0.5mLを、アガローススポットがスポットされたこれらのカバーガラス上にのみマウントした。約4時間後、10ng/mLのTGFβ1(Peprotech社製)を補充したHFDM-1(+)培地を2mL、培養皿に加えた。
【0053】
この培養皿に培地を加えてから約24時間後、位相差顕微鏡を用いて、各アガローススポット下に侵入しているNHDF(線維芽細胞)の総数を手動でカウントした。値は、3回以上の独立した実験の平均値と標準偏差に基づいて決定した。浸潤したNHDF(線維芽細胞)の総数が異なるため、スポット下に最も浸潤した細胞の総数を100%として表示した。スポット下への細胞浸潤のタイムラプスイメージングは、30分間隔で50時間行った。また、細胞追跡解析は、画像解析ソフトImageJ2 ver.2.3.0/Fiji with MTrackJ pluginsを用いて行った。
【0054】
なお、OGT ノックダウン HeLa 細胞は、製品名Silencer(R)Select 検証済みOGT-siRNA(ID:s16095)をHeLa細胞に入れ、Lipofectamine RNAiMAX(Thermo Fisher Scientific社製)を使用した。各陰性対照細胞は、製品名Silencer(R)Select Negative Control No.1 siRNA(陰性siRNA)をLipofectamine RNAiMAX(Thermo Fisher Scientific社製)で各細胞にトランスフェクトすることによって作成したものを使用した。
【0055】
図1は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポットに侵入した細胞の数(n=4、平均±SD、スチューデントのt検定)を示すグラフである。
図1の結果からO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポット下では、侵入した線維芽細胞の数がPBSを含むアガローススポットに比べ約4倍であることが分かる。
【0056】
この結果から、細胞片中のO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質が線維芽細胞の化学誘引物質として働くと仮定した。そこで、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン転移酵素(OGT)をOGT-siRNAでダウンレギュレートすることにより、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質の発現が減少したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞の細胞片(5×10cells/10μL)を用意し、この細胞片のOGTおよびO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質のタンパク質発現レベルのウェスタンブロッティングにより観察した。
図2は、OGTまたはネガティブコントロールsiRNAをトランスフェクトしたHeLa細胞におけるOGTおよびO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質のタンパク質発現レベルを示すウェスタンブロットの結果を示すゲルの写真図である。
【0057】
さらにこの細胞片を含むアガローススポットに向かう細胞の移動を同様に確認した。
図3は、OGTまたはネガティブコントロールsiRNAをトランスフェクトしたO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポットに侵入した細胞の数(n=12、平均±SD、スチューデントのt検定)を示すグラフである。
【0058】
これらの結果から、OGT-siRNAでダウンレギュレートしたHeLa細胞のOGTおよびO-GlcNAc修飾タンパク質のタンパク質発現レベルはであることが分かる。また、この細胞片に対する線維芽細胞の細胞移動は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片と比較して、50%減少していることが分かる。このことからO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質のGlcNAc部位は、化学誘引物質としての機能に必須であると推察された。
【0059】
さらに、アガローススポット下での細胞移動の方向選択性と走化性を解析するために、タイムラプスイメージングにより観察した。
図4は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片及びPBSを含むアガローススポット下での50時間のタイムラプスイメージング解析における細胞の軌跡を示す。すなわち、図4(a)はPBS、図4(b)はO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポットのそれぞれ写真図である。図4(c)は図4(a)の、図4(d)は図4(b)の各細胞の軌跡(x、y位置)をグラフ化した図である。
【0060】
アガローススポットの端にある10~24個の細胞をランダムに選び、50時間追跡したところ、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を含むアガローススポット下の細胞軌道はスポット中心に向かっていたのに対し、PBSを含むアガローススポット下のものはスポット端付近のみに見られていることが分かる。
【0061】
[実施例2]
前述したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片をNHDF(線維芽細胞)に添加し、NHDFの細胞表面のビメンチン(vimentin)などのタンパク質の可溶性画分中での状態を観察した。
図5は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片(2×10細胞)を添加してから0~180分後のNHDFのさまざまなタンパク質発現およびリン酸化レベルを示すウェスタンブロットである。
この結果から、ビメンチンが可溶性画分中で増加していることが分かる。また、これらの添加から約60分後では、糸状ビメンチンのSer38のリン酸化が観察される。これらの結果から、約10分後にビメンチンと相互作用することにより、細胞表面へのリクルートが促進され、この相互作用により糸状ビメンチンのSer38のリン酸化が起こることが示唆された。
ビメンチンのSer38のリン酸化はAktによって行われ、リン酸化によってビメンチンフィラメントの解離が誘導されることが知られているが、本発明においてもO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質を添加してから10~30分後に、Ser473のAktのリン酸化が観察されている。また、Thr180/Tyr182 p38MAPKのリン酸化とp53の発現は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加後10~30分、30~60分に観察されている。これらの結果は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片がNHDFs(線維芽細胞)において同様のシグナル伝達過程を誘導することを示している。
【0062】
上記の結果より、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片に含まれるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質は、細胞表面のビメンチンと相互作用し、この相互作用によってこれらのシグナル伝達が起こることは明らかである。そこでO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質と細胞表面のビメンチン、リン酸化Akt、p38MAPKとの相互作用を確認するために、phosphatidylinositol 3-kinase(PI3K)/Akt経路に着目し、NHDFにPI3K阻害剤(BKM120)およびAKT阻害剤(AZD-5363)を添加してAkt、p38MAPKおよびビメンチンのリン酸化調節を検討した。
O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片がTGFβ刺激NHDF(所謂筋線維芽細胞)の活性化に影響を与えるかどうかを調べるために、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片(2×10個)を加えてから24時間と48時間のTGFβ刺激NHDFにおけるαSMA、コラーゲン(col1a2)、p53、p21の発現を調査した。
図6は、前記の筋線維芽細胞に細胞片を添加後のタンパク質発現を示すウェスタンブロットである。なお、コントロールは線維芽細胞の培養時にTGF-βを添加しないもの及びTGF-β刺激のみ行ったもの(筋線維芽細胞)である。
図の結果から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加すると、TGF刺激NHDF(筋線維芽細胞)におけるαSMAとコラーゲン(col1a2)の発現が減少し、p53とp21の発現が増加していることが分かる。
【0063】
さらに、これらの遺伝子の変化の有無を確認するために、OGT-siRNAでO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質の発現を抑制したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞(2×10細胞)の細胞片を添加して、TGF刺激NHDF(筋線維芽細胞)におけるαSMAとコラーゲン(col1a2)の発現を確認した。
図7は、OGTまたはネガティブコントロールsiRNAをトランスフェクトした前記細胞片の添加後のNHDFのαSMAおよびcol1a2発現レベルを示すウェスタンブロットである。
図より、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質の発現が抑制された細胞片を添加しても、αSMAとコラーゲン(col1a2)の発現は減少していなことが分かる。
【0064】
さらに、ビメンチンsiRNAをトランスフェクションしてビメンチンノックダウンNHDFs(線維芽細胞)を作製した。
図8は、48時間でのビメンチンおよびネガティブコントロールsiRNAトランスフェクトNHDFのビメンチン発現レベルを示すウェスタンブロットである。
【0065】
このビメンチンノックダウンNHDFにおけるαSMAとコラーゲン(col1a2)の発現をO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞の細胞片の添加により調べた。
図9は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞(2×10細胞)からの細胞破片を添加した後の、ビメンチンおよびネガティブコントロールsiRNAトランスフェクトNHDF(線維芽細胞)のαSMAおよびcol1a2発現レベルを示すウェスタンブロットである。
図によると、ビメンチンノックダウンNHDFにおけるαSMAとコラーゲン(col1a2)の発現は減少していた。このとき、αSMAとコラーゲン(col1a2)のダウンレギュレーションはαSMAとコラーゲン(col1a2)のO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片によるダウンレギュレーションは、TGF刺激したビメンチンノックダウンNHDFs(筋線維芽細胞)では弱まったが、ネガティブコントロールsiRNAを導入したTGFβ刺激したNHDFs(筋線維芽細胞)ではこのダウンレギュレーションが観察された。
【0066】
さらに、様々な細胞におけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾は、100μM PUGNAcと10mM グルコサミンで処理することにより促進されることが報告されている。
そこで、100μM PUGNAcと10mM グルコサミンで24時間処理したHeLa細胞で、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾の促進を観察した。100μM PUGNAcと10mMグルコサミンで処理したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞(0.5×10細胞、および1×10細胞)からの細胞破片をTGF刺激NHDFs(筋線維芽細胞)に48時間加えた。
図10は、前記のPUGNAcとグルコサミンの処理による、HeLa細胞でのO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質発現レベルに示すウェスタンブロットである。
【0067】
また、予め用意した筋線維芽細胞にO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片、100μM PUGNAcおよび10mM グルコサミンを添加したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加し48時間後のTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)のタンパク質の発現を調査した。
図11は、前記のPUGNAcとグルコサミンの処理による、筋線維芽細胞での様々なタンパク質発現レベルを示すウェスタンブロットである。なお、コントロールはTGF-β刺激をしていないNHDF(線維芽細胞)及びTGF-βで刺激のみしたNHDF(筋線維芽細胞)である。
これらの図より、PUGNAcとグルコサミン処理の細胞片を加えた場合のTGF刺激NHDFs(筋線維芽細胞)におけるαSMAとコラーゲン(col1a2)のダウンレギュレーションは、未処理のO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を加えたTGF刺激NHDFs(筋線維芽細胞)で得られたものより大きいという結果が得られた。
【0068】
O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾が増強された細胞片は、TGF刺激NHDFsのダウンレギュレーションを強く誘導することが示された。これらの結果から、HeLa死細胞から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質とビメンチンとの相互作用が、TGFβ刺激NHDFs(筋線維芽細胞)におけるαSMAとコラーゲン(col1a2)のダウンレギュレーションを誘導していることが分かる。
【0069】
[実施例3]
O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を予め用意した筋線維芽細胞において、種々の遺伝子の発現をDNAマイクロアレイを用いて確認した。
筋線維芽細胞に5×10cells/10μLのO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加し、48時間インキュベーションを行ない、インキュベーション後、mRNAを回収しDNAマイクロアレイを実施し、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片による遺伝子発現変化を確認した。DNAマイクロアレイは、Agilent Technologies社のマイクロアレイシステムを使用し実施した。
図12は、前述のO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片で48時間処理したTGFβ刺激 NHDF(筋線維芽細胞)との間の遺伝子発現について、DNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現差のある遺伝子の散布図を示したグラフ図である。
なお、DNAマイクロアレイ解析は、筋線維芽細胞と死んだHeLa細胞の細胞片で処理した筋線維芽細胞との間の遺伝子発現の>1.5及び<0.66倍の変化、ならびにZスコア>2および<-2に基づき実施した。
【0070】
図より、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加した筋線維芽細胞対筋線維芽細胞は、1455遺伝子が差次的に発現していることが分かる。
DAVID Bioinformatics Resources 6.8によるKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes(KEGG)パスウェイ解析によると、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片を添加した筋線維芽細胞では関節リウマチ経路(P=2.6E-5)が増加している。この細胞破片を添加した筋線維芽細胞の遺伝子発現は細胞周期経路のダウンレギュレーション(P=4.3E-7)が確認できた。これらのパスウェイ解析からO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片は様々な炎症性遺伝子を活性化することを確認した。
【0071】
図13は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片で48時間処理したTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)の増殖遺伝子に関連する遺伝子発現のヒートマップを示すグラフ図である。図中1はTGF-βで刺激された線維芽細胞、2はTGF-βで刺激された線維芽細胞に細胞片を添加し48時間経過後を示す。
図の結果より、マイクロアレイデータに基づくヒートマップ解析によりこの細胞破片を添加した筋線維芽細胞における細胞周期および増殖遺伝子のダウンレギュレーション、および細胞周期停止遺伝子のアップレギュレーションしていることがわかる。
【0072】
また、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片の添加後における細胞生存率の評価を行った。
細胞生存率は線維芽細胞およびTGFβ刺激NHDF(筋線維維芽細胞)を、HFDM-1(+)培地中の24ウェルプレートで80%コンフルエントになるまで培養し、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片(2.5または5×10細胞)と共に、3日間インキュベーションし、3日後にこれらの細胞の生存率をCell Counting Kit-8(FUJIFILM Wako社製)を用いてで評価した。
図14は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片の添加後3日目におけるTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)の細胞生存率を示すグラフである。なお、コントロールは死んだO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片も添加しないものである。
図の結果は、上述の細胞片を添加後、3日目における筋線維芽細胞の細胞生存率において有意な減少を示している。
【0073】
また、炎症性遺伝子発現のヒートマップ解析を行い、この細胞片を添加した筋線維芽細胞において、炎症の活性化を検討した。
図15は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片で48時間処理したTGFβ刺激NHDF(筋線維芽細胞)の炎症に関連する遺伝子発現のヒートマップである。
この結果から、この細胞片を添加した筋線維芽細胞において著しく変動した遺伝子発現があることが分かる。これはDAMPが細胞片に含まれるためである。2つの間で最も有意にアップレギュレートされた遺伝子はマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP1)とスーパーオキシドジムスターゼ2(SOD2)である。ダウンレギュレートされた遺伝子はコラーゲン(col1a1)、ACTG2及びトランスジェリン(TAGLN)であることが分かる。
また、この細胞片を添加した筋線維芽細胞においてはCXCL1、CXCL6、インターロイキンー1(IL-1)が顕著にアップレギュレートした遺伝子であり、カドヘリン15(CDH15)がダウンレギュレートした遺伝子である。
筋線維芽細胞にこの細胞片を添加し48時間経過のANGPTL4とTHBS1の状態をウェスタンブロットにより観察した結果は、前述の図11に示している。前記マイクロアレイの結果と同様、ANGPTL4とTHBS1とがダウンレギュレートされていることが確認できる。
【0074】
また、予め用意した筋線維芽細胞にO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片、100μM PUGNAcおよび10mM グルコサミンを添加し、48時間後のTGFβ刺激NHDFのMMP1の発現を検討した。
図16は、前記した筋線維芽細胞にO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片、PUGNAcおよびグルコサミンを添加したTGFβ刺激NHDFのMMP1の発現を示すウェスタンブロットを示す写真図である。
この図の結果、および前述の図11の結果から、この細胞片の添加によるcol1a2とTHBS1のダウンレギュレーション、およびSOD2,ANGPTL4、MMP1のアップレギュレーションは、細胞片を0.5×10cell及び1×10cell加えることにより、100μM PUGNAcと10mMグルコサミンで処理するとO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾が増強することがわかる。
【0075】
これらの結果から、これらの分子の発現は、細胞片に含まれるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質によって制御されていることがわかる。
前記MMP1は線維組織に沈着したコラーゲンを分解し、ANGPTL4は創傷治癒において創傷治癒を促進しコラーゲン(col1a2)を減少させるなど、抗線維化、抗炎症作用を持つ遺伝子と考えられている。SOD2は、様々な酸化ストレスに対して保護作用を発揮する。これらの遺伝子の発現が上昇することで、抗酸化作用による線維化の緩和が期待される。
【0076】
図17に、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質と細胞表面ビメンチンとの相互作用に基づくシグナル伝達の概略図を示す。
THBS1は、潜在性TGF-βを活性化型TGF-βに変換する役割を担っており、線維化の進行に関与している。したがって、THBS1のダウンレギュレーションは、TGF-βの活性化を抑制することにより、進行を抑制する。この細胞片からのO-GlcNAc修飾タンパク質と細胞表面のビメンチンとの相互作用は、p38MAPK経路に続いてp53の発現を活性化し、p53の誘導によってSTAT3のリン酸化を阻害する。また、MMP1、SOD2、およびANGPTL4の発現誘導はp38MAPK経路で制御されており、コラーゲン(col1a1)、コラーゲン(col1a2)、αSMA、BIRC5、THBS1、TAGLNの誘導はSTAT3経路で制御されている。
このことから、これらの遺伝子発現の変化は、これらの相互作用によって誘導され、抗線維化作用をもたらすことが期待される。さらに、これらの遺伝子発現変化は、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞含有細胞片由来のO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質によって誘導されることが分かる。
【0077】
[実施例4]
四塩化炭素(CCl)投与マウスの線維化肝臓において、肝細胞などの傷害細胞から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質が、活性化星状細胞の細胞表面デスミンと相互作用するかどうかを調べた。
in situ proximate ligation assay(in situ PLA)を用いてマウス肝臓切片でこれらの相互作用を評価した。具体的には、正常マウスおよび四塩化炭素で8週間処理したマウスの凍結切片のin situ PLAキット(商品名Duolink(R)PLA,Sigma-Aldrich社製)を使用し、四塩化炭素投与マウスの肝臓から四塩化炭素投与の最終注射の3日後に肝結晶片を調製した。肝臓凍結切片を前記in situ PLAキットのブロッキング液で37℃、30分間ブロッキングした。内因性マウスIgGのブロッキングは、肝臓凍結切片を0.1mg/mL goat F(ab) anti-mouse IgG H&L(製品名ab6668、Abcam plc.社製)と共に室温で1時間インキュベートすることにより行った。
【0078】
これらの肝臓凍結切片を、ウサギ抗デスミン抗体(1:50希釈;製品名16520-1-AP;Proteintech社製)およびマウスモノクローナル抗O-GlcNAc抗体(RL2、1:50希釈;製品名NB300-524;Novus Biologicals社製)とともに4℃、一晩インキュベートした。ネガティブコントロールとして、肝臓の凍結切片を抗デスミン抗体(1:50希釈;製品名16520-1-AP;Proteintech社製)のみとインキュベートした。
デスミンとO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質との相互作用は、Duolink(R) In Situ Detection Reagents Orange Kit(Sigma-Aldrich社製)を用いて検出した。
肝臓切片の自家蛍光を消光するために,肝臓凍結切片をTrueBlack(R) Lipofuscin Autofluorescence Quencher(Biotium社製)を用いて処理した.これらの肝臓凍結切片をFluoro-KEEPER Antifade Reagent Non-Hardening Type with DAPI(ナカライテスク株式会社製)に包埋し、蛍光画像は蛍光顕微鏡BZ-X710(キーエンス社製)を用いて撮影した。
【0079】
図18は、四塩化炭素で処理した肝線維症マウスモデルにおけるO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質とデスミンとの相互作用について、四塩化炭素で8週間処理したマウスの線維性肝臓における損傷細胞からのO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質とデスミンとの相互作用を肝臓凍結切片の in situ PLA法により検出したものである。図18(a)は四塩化炭素(CCl)処理マウスモデルの抗デスミン抗体およびO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質抗体、図18(b)はネガティブコントロールとして四塩化炭素(CCl)処理マウスモデルの抗デスミン抗体のみ(上段)およびノーマル(非処理)マウスの抗デスミン抗体およびO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質抗体の検出を示す。
【0080】
図に示すように、in situ PLAで検出された陽性領域は、四塩化処理マウス肝臓で観察されたが、正常肝臓では観察されなかった。これらの結果は、損傷した細胞から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質が、線維化肝臓の活性化星状細胞の細胞表面デスミンと相互作用することを示している。デスミンはO-GlcNAcで修飾されているため、抗デスミン抗体と抗O-GlcNAc抗体を用いたin situ PLAではO-GlcNAc修飾されたデスミンを検出することが可能である。しかし、正常肝ではin situ PLAの陽性領域は検出されなかった。従って、四塩化炭素処理したマウス肝臓の陽性領域は、傷害を受けた細胞から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質と細胞表面のデスミンが相互作用していることが分かる。
【0081】
さらに、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質の効果を確認するために、四塩化炭素処理マウスに抗O-GlcNAc抗体を投与してO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質と細胞表面のデスミンとの相互作用を阻害し、コラーゲン(col1a2)およびαSMAの発現から肝線維化の増悪を確認した。
図19は、四塩化炭素処置およびマウスIgGまたはマウスモノクローナル抗O-GlcNAc抗体の投与のスケジュールを示す模式図である。
図20は、線維性肝臓凍結切片のシリウスレッド染色およびαSMA免疫染色の結果を示す写真図である。
図21は、正常および線維性肝臓におけるコラーゲン(col1a2)およびαSMAのタンパク質発現レベルを示すウェスタンブロットの図である。なお、(正常[マウスIgG]および[抗O-GlcNAc抗体]ではn=2、四塩化炭素処理マウスではn=6[マウスIgG]および[抗O-GlcNAc抗体]で;行った。通常の一元配置分散分析、平均±SD。)
図22は、上述のマウスIgG処理された正常マウス、抗O-GlcNAc抗体処理された正常マウス、マウスIgG処理された四塩化炭素処理マウス及び抗O-GlcNAc抗体処理された四塩化炭素処理マウスの各マウスのコラーゲン(col1a2)とαSMAの発現量を示すグラフ図である。
【0082】
これらの肝臓のコラーゲンとαSMAの発現を、ウェスタンブロット解析、シリウスレッド染色、αSMA免疫組織化学で観察した結果より、抗O-GlcNAc-抗体を注射した四塩化炭素処理マウスにおけるコラーゲン(col1a2)およびαSMAの発現は、マウスIgGを注射したマウスにおける発現よりも高いことが分かる。抗O-GlcNAc抗体を用いてO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片からO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質をブロックすると肝線維化を悪化させることが分かる。
これらの結果から、O-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質含有細胞片から漏出したO-結合型β-N-アセチルグルコサミン修飾タンパク質は、内因性の自然回復系として線維化を改善する可能性があることが推察される。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の抗線維化剤、線維症治療用医薬組成物、抗線維化成分の製造方法および抗線維化方法によれば、筋線維芽細胞や活性化星細胞、さらには線維化組織に効率的に治療剤を届け、しかも筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することにより線維化の悪化を抑制し、かつ正常な線維芽細胞に復帰させることができる。
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