(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058473
(43)【公開日】2024-04-25
(54)【発明の名称】筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤、線維症治療用医薬組成物、並びに、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7028 20060101AFI20240418BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240418BHJP
A61K 31/795 20060101ALI20240418BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20240418BHJP
【FI】
A61K31/7028
A61P43/00 105
A61K31/795
C12N5/077
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022165869
(22)【出願日】2022-10-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日:2022年10月3日、刊行物:GLYCOBIOLOGY,cwac067,https://doi.org/10.1093/glycob/cwac067
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000108454
【氏名又は名称】ソマール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】伊勢 裕彦
(72)【発明者】
【氏名】松尾 早織
【テーマコード(参考)】
4B065
4C086
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BD29
4B065BD32
4B065BD35
4B065CA44
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA05
4C086FA04
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB21
(57)【要約】
【課題】筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することで線維化を抑制し、且つ、正常な線維芽細胞に復帰させることが可能な筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤を提供する。
【解決手段】筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤は、一般式(I)で表される化合物を含む。なお、一般式(I)中、n11は2以上10以下の整数である。R
11は炭素数1以上18以下のアルキル基である。
[化1]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物を含む、筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
【化1】
(一般式(I)中、n11は2以上10以下の整数である。R
11は炭素数1以上18以下のアルキル基である。)
【請求項2】
前記化合物の重量平均分子量Mwが1000以上8000以下である、請求項1に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
【請求項3】
前記化合物の数平均分子量Mnが500以上7000以下である、請求項1又は2に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
【請求項4】
前記化合物において、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比Mw/Mnが1.0以上2.5以下である、請求項1又は2に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤を有効成分として含有する、線維症治療用医薬組成物。
【請求項6】
線維症が、筋線維芽細胞及び活性化された星細胞からなる線維症である、請求項5に記載の線維症治療用医薬組成物。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤を筋線維芽細胞に結合させることを含む、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤、線維症治療用医薬組成物、並びに、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
組織の線維化は、繰り返される傷害に伴う慢性炎症によって引き起こされる。慢性炎症は、線維芽細胞や星状細胞を変化させ、組織を筋線維芽細胞に維持し、星状細胞を活性化させる。この活性化により、これらの細胞の増強とコラーゲン等の細胞外マトリックスの豊富な産生が促進される。このようにして生じた組織線維化、癌、自己免疫等の慢性炎症性疾患は、断続的且つ反復的な組織傷害による継続的な炎症によって引き起こされる。繰り返される組織傷害によって引き起こされる重篤な組織傷害は、死にゆく細胞から放出される大量の細胞片の発生をもたらす。損傷細胞や死滅細胞から放出される細胞残屑に含まれる細胞内分子の中には、炎症細胞に組織の損傷を認識させる役割を果たすものがあり、損傷関連分子パターン(DAMPs)と呼ばれている(非特許文献1)。DAMPsは、危険信号として、組織の損傷や感染等の有害な状況から宿主組織を守るために炎症反応を誘導する。High-mobility group box 1(HMGB1)、熱ショックタンパク質(HSP)、アデノシン三リン酸(ATP)等は、細胞内で明確に定義された機能を有しているが、これらの分子が死にかけた細胞から漏れ出た後、細胞外空間でDAMPとして作用する。重度の組織損傷後の豊富なDAMPsの存在は、炎症性サイトカイン及び線維形成促進サイトカインを分泌する免疫細胞のリクルートと活性化を誘発する(非特許文献2)。最終的に、これらのサイトカインは、星状細胞や線維芽細胞の活性化星状細胞や筋線維芽細胞へのトランス分化を誘導し、組織のリモデリングの際に過形成や線維化を促進する(非特許文献3)。このように組織の線維化は、繰り返される傷害に伴う慢性炎症によって引き起こされる。慢性炎症では、豊富なコラーゲンの沈着とともに実質細胞が排出されることで、最終的に線維化組織の機能不全が引き起こされる。
【0003】
組織の線維化から回復するためには、筋線維芽細胞や活性化星状細胞を選択的に標的とし、各細胞の活性化を抑制する必要がある。例えば、SERPINE2に暴露されたヒト肺線維芽細胞におけるコラーゲン1A1及び/又はα-平滑筋アクチン(αSMA)の発現レベルを阻害するために、ヒと肺線維芽細胞にSERPINE2のアンタゴニストを投与する方法(特許文献1)が提案されている。また、慢性炎症や線維化部位を標的とする治療薬としては、例えば、特手のアミノ酸配列からなるポリペプチド、又は特定のアミノ酸配列と85%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなり、COL1A1、COL1A2、及びαSMAからなる群より選択される少なくとも1種を含有する、線維症治療薬(特許文献2)が提案されている。また、発明者らは、これまでに、O結合型N-アセチルグルコサミン化タンパク質様物質を用いて疾患部又はその付近でGDF15の発現を増加させ、効果的に抗炎症作用や増殖抑制する方法(特許文献3)を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2012-509941号公報
【特許文献2】特開2022-066026号公報
【特許文献3】国際公開第2021/095828号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Bianchi ME., “DAMPs, PAMPs and alarmins: all we need to know about danger.”, J Leukoc Biol., Vol. 81, Issue 1, pp. 1-5, 2007. doi: 10.1189/jlb.0306164. Epub 2006 Oct 10. PMID: 17032697.
【非特許文献2】Bolourani, S., “The interplay of DAMPs, TLR4, and proinflammatory cytokines in pulmonary fibrosis.”, J. Mol. Med. (Berl)., Vol. 99, Issue 10, pp. 1373-1384, 2021.
【非特許文献3】An, P. et al., “Hepatocyte mitochondria-derived danger signals directly activate hepatic stellate cells and drive progression of liver fibrosis.”, Nat. Commun., Vol. 11, Article No. 2362, 2020.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のような知見はあるものの、筋線維芽細胞や活性化星細胞、さらには線維化組織に効率的に治療剤を届け、しかも筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することにより線維化を抑制し、且つ正常な線維芽細胞に復帰させることが可能な抗線維化剤はこれまでに知られていない。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することで線維化を抑制し、且つ、正常な線維芽細胞に復帰させることが可能な筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤及びこれを含有する線維症治療用医薬組成物を提供する。また、前記筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤を用いた、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定のN-アセチルグルコサミンを構成単位とする化合物が筋線維芽細胞や活性化星状細胞を標的とし、これらの細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現を抑制することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) 下記一般式(I)で表される化合物を含む、筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
【0010】
【0011】
(一般式(I)中、n11は2以上10以下の整数である。R11は炭素数1以上18以下のアルキル基である。)
【0012】
(2) 前記化合物の重量平均分子量Mwが1000以上8000以下である、(1)に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
(3) 前記化合物の数平均分子量Mnが500以上7000以下である、(1)又は(2)に記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
(4) 前記化合物において、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比Mw/Mnが1.0以上2.5以下である、(1)~(3)のいずれか一つに記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤。
(5) (1)~(4)のいずれか一つに記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤を有効成分として含有する、線維症治療用医薬組成物。
(6) 線維症が、筋線維芽細胞及び活性化された星細胞からなる線維症である、(5)に記載の線維症治療用医薬組成物。
(7) (1)~(4)のいずれか一つに記載の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤を筋線維芽細胞に結合させることを含む、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法。
【発明の効果】
【0013】
上記態様の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤、並びに、線維症治療用医薬組成物によれば、筋線維芽細胞や活性化星細胞を不活性化することで線維化を抑制し、且つ、正常な線維芽細胞に復帰させることができる。また、上記態様の方法によれば、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1における化合物(I-1)処理及び未処理のヒト線維芽細胞(NHDF)間での遺伝子発現の差を示す散布図である。
【
図2】実施例1における化合物(I-1)処理及び未処理のヒトNHDFでの増殖に関連する遺伝子発現のヒートマップである。
【
図3】実施例1における化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞を添加したヒトNHDF及びTGFβ刺激ヒトNHDF(筋線維芽細胞)の細胞生存率を示すグラフである。
【
図4】実施例2における化合物(I-1)で処理したヒトNHDF及びTGFβ刺激ヒトNHDF(筋線維芽細胞)でのαSMA、Col1a2、p53、p21及びβ-アクチンの発現を示すウェスタンブロットである。
【
図5A】実施例2におけるビメンチンノックダウンヒトNHDF及びヒトNHDFのビメンチンの発現を示すウェスタンブロットである。
【
図5B】実施例2における化合物(I-1)で処理したビメンチンノックダウンヒトNHDF及びヒトNHDFのαSMA及びcol1a2の発現を示すウェスタンブロットである。
【
図6】実施例2における化合物(I-1)で処理したヒト筋線維芽細胞でのTyr705 STAT3のリン酸化を示すウェスタンブロットである。
【
図7】実施例3におけるGlcNAc、AC-GlcNAcモノマー、化合物(I-1)、又は化合物(I’-2)を添加したヒト筋線維芽細胞でのαSMA及びcol1a2の発現を示すウェスタンブロットである。
【
図8A】実施例4における化合物(I-1)処理及び未処理のヒト筋線維芽細胞間での遺伝子発現の差を示す散布図である。
【
図8B】実施例4における死んだHeLa細胞処理及び未処理のヒト筋線維芽細胞間での遺伝子発現の差を示す散布図である。
【
図9】実施例4における化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞での遺伝子発現に関するベン図(上)及び著しく発現が変化した遺伝子のリスト(下)である。
【
図10A】実施例4における化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞での増殖に関連する遺伝子発現のヒートマップである。
【
図10B】実施例4における化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞での細胞周期に関連する遺伝子発現のヒートマップである。
【
図11】実施例4における化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞の細胞生存率を示すグラフである。
【
図12】実施例4における死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞での炎症に関連する遺伝子発現のヒートマップである。
【
図13】実施例4における化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞での各種タンパク質の発現を示すウェスタンブロットである。
【
図14】実施例4における100μM PUGNAc及び10mM グルコサミンを添加又は未添加の死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞での各種タンパク質の発現を示すウェスタンブロットである。
【
図15】実施例4における100μM PUGNAc及び10mM グルコサミンを添加又は未添加の死んだHeLa細胞で処理したヒト筋線維芽細胞でのMMP1の発現を示すウェスタンブロットである。
【
図16】実施例4における死んだHeLa細胞由来の細胞片から漏出したO-GlcNAc修飾タンパク質又は化合物(I-1)と細胞表面ビメンチンとの相互作用に基づくシグナル伝達を示す概略図である。
【
図17】実施例5におけるフルオレセインイソチオシアネート(FITC)で標識した化合物(I-1)を静脈内投与した正常マウス及び四塩化炭素処理マウスの心臓、肝臓、腎臓、脾臓、及び肺でのFITC標識化合物(I-1)の蓄積量を示すグラフである。
【
図18】実施例5におけるFITC標識化合物(I-1)を投与した四塩化炭素処理マウスの肝臓の凍結切片での核染色(DAPI)の結果、FITC標識化合物(I-1)の蓄積、及びデスミン免疫染色の結果を示す蛍光像である。
【
図19】実施例5におけるFITC標識化合物(I-1)又はPBSを投与した四塩化炭素処理マウスの肝臓の凍結切片でのαSMA、MMP13、ANGPTL4、HMOX1、及びSOD2の免疫染色像である。
【
図20】実施例5におけるマウスへの四塩化炭素及び化合物(I-1)の投与スケジュールを示す図である。
【
図21】実施例5における化合物(I-1)又はPBSを投与した四塩化炭素処理マウスの肝切片でのシリウスレッド染色及びαSMA染色の結果を示す顕微鏡像である。
【
図22】
図21のシリウスレッド染色の陽性領域を定量化したグラフである。
【
図23】
図21のαSMA染色の陽性領域を定量化したグラフである。
【
図24】実施例5における化合物(I-1)又はPBSを投与した四塩化炭素処理マウスの肝臓でのcol1a2、αSMA及びGAPDHの発現を示すウェスタンブロットである。
【
図25】
図24のcol1a2の発現量を定量化したグラフである。
【
図26】
図24のαSMAの発現量を定量化したグラフである。
【
図27A】比較例1におけるFITCで標識した化合物(I’-3)を投与した正常マウスの心臓、肝臓、腎臓、脾臓、及び肺でのFITC標識化合物(I’-3)の蓄積量を示すグラフである。
【
図27B】比較例1における化合物(I’-3)を投与した四塩化炭素処理マウスの心臓、肝臓、腎臓、脾臓、及び肺でのFITC標識化合物(I’-3)の蓄積量を示すグラフである。
【
図28】比較例2における化合物(I’-1)又はPBSを投与した四塩化炭素処理マウス及び正常マウスでのコラーゲンの蓄積量を示すグラフである。
【
図29】比較例2における化合物(I’-1)又はPBSを投与した四塩化炭素処理マウス及び正常マウスの肝切片でのシリウスレッド染色の結果を示す顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
≪筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤≫
本実施形態の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤(以下、単に「本実施形態の発現抑制剤」と称する場合がある)は、下記一般式(I)で表される化合物(以下、「化合物(I)」と称する場合がある)を含む。
【0016】
【0017】
一般式(I)中、n11は2以上10以下の整数である。R11は炭素数1以上18以下のアルキル基である。
【0018】
本実施形態の発現抑制剤によれば、後述する実施例に示すように、化合物(I)が細胞表面のビメンチンに結合及び作用することで、筋線維芽細胞におけるα-平滑筋アクチン(αSMA)及びコラーゲンの発現を抑制することができる。その結果、筋線維芽細胞及び星細胞を不活性化して、組織の線維化を抑制し、正常な線維芽細胞に復帰させることができる。
【0019】
次いで、本実施形態の発現抑制剤に含まれる化合物(I)について詳述する。
【0020】
<化合物(I)>
化合物(I)は、N-アセチルグルコサミン単位と、アクリル酸2-カルボキシエチル単位とを有し、末端に炭素数1以上18以下のアルキル基を有するポリマーである。化合物(I)は末端にアルキル基を有することで、化合物(I)同士が会合しやすくなり、化合物(I)の血中滞留性を向上することができる。これにより、化合物(I)のビメンチン及びデスミンとの結合性を向上することができ、これら細胞表面分子に比較的長い期間に亘って持続的に作用することで、筋線維芽細胞におけるα-平滑筋アクチン(αSMA)及びコラーゲンの発現を効果的に抑制することができる。
【0021】
[n11]
一般式(I)中、n11は、2以上10以下の整数であり、好ましくは3以上10以下の整数であり、より好ましくは5以上10以下の整数であり、さらに好ましくは10である。n11は、化合物(I)中のN-アセチルグルコサミン基の価数を示す。n11が上記下限値以上であることで、単位面積当たりのN-アセチルグルコサミン量を良好なものとすることができ、ビメンチンとの結合性を向上することができる。一方で、n11が上記上限値以下であることで、後述する実施例に示すように、αSMA及びコラーゲンの発現を抑制することができる。
【0022】
[R11]
一般式(I)中、R11は炭素数1以上18以下のアルキル基であり、好ましくは炭素数6以上18以下のアルキル基である。アルキル基としては、直鎖状であってもよく、分岐鎖状であってもよいが、直鎖状であることがより好ましい。このようなアルキル基としては、例えば、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、n-ウンデシル基、n-ドデシル基、n-トリデシル基、n-テトラデシル基、n-ペンタデシル基、n-ヘキサデシル基、n-ヘプタデシル基、n-オクタデシル基等が挙げられるが、これらに限定されない。中でも、R11はn-ドデシル基であることが好ましい。
【0023】
好ましい化合物(I)としては、例えば、以下の式(I-1)で表される化合物(以下、「化合物(I-1)」と称する場合がある)等が挙げられる。なお、化合物(I-1)は好ましい化合物(I)の一例に過ぎず、好ましい化合物(I)はこれに限定されない。
【0024】
【0025】
<化合物(I)の製造方法>
化合物(I)の製造方法は特に限定はなく、ラジカル重合やリビングラジカル重合、連鎖移動剤(RAFT剤)を用いた可逆的付加-開裂連鎖移動型重合法(RAFT重合法)等を用いることができる。中でも、化合物(I)の分子量の制御、及び、化合物(I)の末端へのアルキル基の導入し易さの点から、RAFT重合法を用いることが好ましい。
【0026】
重合方法の具体例としては、まず、N-アセチルグルコサミンとアクリル酸2-カルボキシエチルをモル比で1:1の割合で混合し、DMT-MM、DMSO又は水等の溶液中で縮合反応させて、AC-GlcNAcモノマーを調製する。次いで、RAFT重合法によりpoly(N-ethylacrylic acid-0-2-acetamide-2-deoxy-β-D-glucopyranosylamine)(以下、「AC-GlcNAcポリマー」という)を得ることができる。
【0027】
RAFT重合法に用いられるRAFT剤としては、例えば、2-(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)-2-メチルプロパン酸(DTMPA)等を用いることができる。また、RAFT重合法に用いられるラジカル重合開始剤としては、例えば、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)等を用いることができる。
【0028】
このようにして得た化合物(I)は、細胞との作用性を向上させるために、RAFT重合法由来のアルキル基を除去しないことが重要である。
【0029】
<化合物(I)の物性>
[重量平均分子量(Mw)]
化合物(I)の重量平均分子量(Mw)は、細胞への作用を向上させる点から、1,000以上8,000以下であることが好ましく、重合による化合物(I)の収率性を向上させる点から、1,500以上7,500以下であることがより好ましく、αSMA及びコラーゲンの発現を抑制する点から、2,000以上6,000以下であることがさらに好ましい。
【0030】
[数平均分子量(Mn)]
化合物(I)の数平均分子量(Mn)は、細胞への作用を向上させる点から、500以上7,000以下であることが好ましく、重合による化合物(I)の収率性を向上させる点から、1,000以上6,500以下であることがより好ましく、αSMA及びコラーゲンの発現を抑制する点から、1,500以上6,000以下であることがさらに好ましい。
【0031】
[重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比Mw/Mn]
重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比Mw/Mnは1.0以上2.5以下が好ましく、αSMA及びコラーゲンの発現を抑制し、且つ、MMP1、ANGPTL4、HMOX1及びSOD2の発現を向上させる点から、1.2以上2.2以下がより好ましい。Mw/Mnが上記範囲であることで、細胞培養材料表面にN-アセチルグルコサミンを多く存在させることができ、細胞表面のビメンチンやデスミンをより多く捉えることができるようになる。
【0032】
なお、重量平均分子量Mw及び数平均分子量Mnは、例えば、プルランを分子量の標準曲線として用いたゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によって測定することができる。Mw/Mnは、GPCにより測定された重量平均分子量Mw及び数平均分子量Mnから算出される。
【0033】
≪線維症治療用医薬組成物≫
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、上述した発現抑制剤を有効成分として含有する。
【0034】
なお、ここでいう「有効成分として含有する」とは、治療的に有効量の上述した発現抑制剤、すなわち、化合物(I)を含有することを意味する。
【0035】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、ヒ卜又はその他の哺乳動物、例えば、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル等に、経口的或いは非経口的に投与することができる。非経口投与としては、例えば、静脈投与、皮下投与、経皮投与、経肺投与、経粘膜投与、直腸投与等が挙げられる。
【0036】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、化合物(I)を経口又は非経口投与に通常用いられる薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、崩壊補助剤、滑沢剤、湿潤剤等や、添加剤等と混合し、所望の形態に製剤化することにより調製することができる。本実施形態の線維症治療用医薬組成物の剤形としては、例えば、頼粒剤、散剤、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、バッカル剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、クリーム剤、軟膏剤、点眼剤、注射剤、点滴剤、点鼻剤、貼付剤、坐剤等が挙げられる。
【0037】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物中の化合物(I)の含有量はαSMA及びコラーゲンの発現を抑制し、線維化の改善が得られれば特に限定はないが、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは1質量%以上、さらに好ましくは10質量%以上である。
【0038】
<線維症>
本明細書における「線維症」とは、薬物等の化学的刺激、過度の圧負荷、炎症反応等のストレスにより組織実質細胞の脱落や組織の機能低下が起こり、それを補う過程で生じた過剰な線維芽細胞の遊走増殖、及び、その後の細胞外マトリックスタンパク質の合成沈着による組織の機能障害を伴った硬直化を意味し、誘発刺激の別や発症部位は特に限定されない。このように繰り返される組織傷害によって引き起こされ重度の組織損傷となった後、炎症性サイトカイン及び線維形成促進サイトカインを分泌する免疫細胞のリクルートと活性化を誘発し、最終的にこれらのサイトカインは、星状細胞や線維芽細胞の活性化星状細胞や筋線維芽細胞へのトランス分化を誘導し、組織のリモデリングの際に過形成や線維化が促進される。このような組織線維化疾患としては、例えば肺、腸脱、腎臓、心臓、肝臓等の内臓組織の線維症が挙げられる。
【0039】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物が対象とする線維症には、抗腫瘍剤、抗生物質、抗菌剤、抗不整脈剤、消炎剤、抗リウマチ剤、インターフェロン又は小柴胡湯等の薬剤の投与により引き起こされる組織線維化疾患、並びに、慢性腎炎、間質性心筋炎及び間質性腸脱炎等の疾患に伴う組織線維化疾患も含まれる。具体的には、ブレオマイシン投与の副作用で生じる肺の線維症や、間質性肺炎の際又はその後に生じる肺線維症;間質性腸脱炎の際に生じる腸脱の線維症や腸脱頚部硬化症;遺伝子異常等によって生じる腎線維症、及び腎不全(腎硬化症);心筋梗塞後のリモデリングによって生じる心内膜線維症;肝細胞の損傷によって生じる肝線維症、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、それに伴う門脈圧元進症及び肝硬変;過剰な組織修復によって生じるケロイド、その他、硬化性腹膜炎、前立腺肥大症、強皮症、子宮平滑筋腫、後腹膜線維症、及び骨髄線維症等を例示することができる。
【0040】
本実施形態の線維症治療用医薬組成物は、STAT3のリン酸化を抑制することでαSMAやコラーゲンの発現量を低下させ、MMP1、HMOX1及びANGPTL4の発現を上昇させ、筋線維芽細胞や活性化星細胞を正常な線維芽細胞や星細胞に修復、線維化を改善するものである。従って、筋線維芽細胞や活性化星細胞からなる線維症、例えば肝臓の場合、活性化した星細胞が筋線維芽様細胞に形質転換し、細胞外基質を産生することによって線維化が進行する。しかしながら、本実施形態の線維症治療用医薬組成物を用いることで肝線維化を改善させ、肝機能の改善と肝癌発生を抑制することが可能となる。同様に膵線維化等に対して用いることも可能である。
【0041】
≪その他実施形態≫
一実施形態において、本発明は、上述した発現抑制剤、すなわち、化合物(I)の有効量を、治療を必要とする患者又は患畜に投与することを含む、線維症の治療方法を提供する。ここで、化合物(I)としては、上記「筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤」において説明されたものと同様のものを用いることができる。また、適用対象となる線維症としては、上記「線維症治療用医薬組成物」において説明されたものと同様のものが挙げられる。
【0042】
また、一実施形態において、本発明は、上述した発現抑制剤を線維化組織及び細胞に結合させることを含む、線維症の治療方法を提供する。
【0043】
結合の方法は特に限定されないが、線維化組織及び細胞に直接上述した発現抑制剤を添加する、又は製剤化した上述した発現抑制剤を経口的に或いは非経口的に投与し、化合物(I)を患部及びその付近に到達させる方法等が挙げられる。
【0044】
また、一実施形態において、本発明は、上述した発現抑制剤を製造するための、化合物(I)の使用を提供する。ここで、化合物(I)としては、上記「筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤」において説明されたものと同様のものを用いることができる。
【0045】
≪in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法≫
本実施形態の方法は、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制する方法であって、上述した発現抑制剤を筋線維芽細胞に結合させることを含む。
【0046】
本実施形態の方法によれば、in vitroで筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの産生を抑制することができる。
【0047】
発現抑制剤としては、上記「筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤」において説明されたものと同様のものを用いることができる。
【0048】
筋線維芽細胞は、例えば、予め線維芽細胞をTGF-βで刺激することで、線維芽細胞から分化誘導させることができる。
【0049】
結合の方法は特に限定されないが、例えば、培地に化合物(I)を添加して筋線維芽細胞を培養する方法等が挙げられる。
【0050】
培地中の化合物(I)の濃度は、例えば、1μM以上100μM以下とすることができ、好ましくは10μM以上50μM以下である。
【0051】
化合物(I)存在下での筋線維芽細胞の培養は、温度が、通常、30℃以上40℃以下、好ましくは37℃程度(37±2℃)、二酸化炭素含有割合が、通常、3体積%以上15体積%以下、好ましくは5体積%程度(5±2体積%)の環境下で行う。
【0052】
化合物(I)存在下での筋線維芽細胞の培養期間は、通常、24時間以上、好ましくは24時間以上48時間以下である。
【実施例0053】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
<材料及び方法>
[筋線維芽細胞の準備]
マイクロプラズマ汚染がないことを確認した成人の皮膚から分離した初代培養ヒト皮膚線維芽細胞(タカラバイオ株式会社製)を、2mM L-グルタミン(富士フイルム和光純薬株式会社製)を添加したHFDM-1(+)培地(細胞科学技術研究所製)で、37℃、5v/v%CO2加湿インキュベーター内で培養した。続いてこの培地中に10ng/mLのTGF-βを添加し筋線維芽細胞を得た。この筋線維芽細胞を得るためのヒト皮膚線維芽細胞は3~6継代で維持された細胞を用いた。
【0055】
[HeLa細胞の調整]
HeLa細胞は理研BRCから入手し、5v/v%CO2加湿インキュベーターにて37℃で、5v/v%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ改変イーグル培地にて培養した。
【0056】
[死んだHeLa細胞の細胞片の調製]
低張溶液(10mM Hepes、10mM KCl、及び0.5mM EDTA)で懸濁したHeLa細胞をマイクロチップ超音波処理装置(BRANSON Sonifier 250、Emerson Electric社製)を用いて、50%のデューティーサイクルで10秒間(冷却期間:0.5秒)処理して、死んだHeLa細胞の細胞片を調製した。
【0057】
[マイコプラズマ汚染の有無の確認]
使用するヒト皮膚線維芽細胞及びHeLa細胞がマイコプラズマで汚染されていないことをMycoplasma Detection Kit for Endpoint PCR, OneStep, VendorGeM(Minerva Biolabs Gmbh製)を用いて確認した。
【0058】
<化合物の製造>
[製造例1]
(化合物(I-1)の製造)
5gのGlcNAcを50mLの水に溶解し、NH4CO3を飽和させるまで加えた。ナスフラスコで攪拌し、30~35℃で4~5日間、蓋を開けた開放系でインキュベーションし、NH4CO3の沈澱がなくなったら適宜加えた。TLCでGlcNAc-NH2の合成を確認した。4~5日後、水を反応液に加えエバポレーター(30℃)を行うことで、余分なNH4CO3を取り除いた。なお、この操作は匂いがしなくなるまで、何度も繰り返し行った。エバポレーター後、凍結乾燥を行った。次にGlcNAc-NH2(4.5mol:約1g)をDMSO(10mL)に溶解して、2-carboxyethyl acrylate(4.5mmol)を加えた。溶解後に、DMT-MM(6.8mmol)を加えて18時間、室温(25℃程度)でインキュベーションを行った。インキュベーション後、反応物を200~300mLのクロロホルムに滴下した。沈澱物が得られるので、桐山ロートで回収した。回収した沈澱物をメタノールで溶解させ、不溶物を桐山ロートで取り除き、メタノールで溶解したものを回収した。エバポレーターを行い、メタノールを除去した。メタノールを除去した固形物を水で溶解し、その後、分取型HPLC(水/アセトニトリル)で精製を行い、AC-GlcNAcモノマー(分子量346)を得た。
【0059】
次いで、AC-GlcNAcモノマー(分子量346)50mgを1mLのマイクロチューブに量り取り、250μLのジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して、溶液(1)を調製した。
【0060】
RAFT剤(2-(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)-2-メチルプロパン酸(DTMPA)、シグマ社製)を約5.26mg(AC-GlcNAcモノマーの1/10モル当量)を1mLのマイクロチューブに量り取り、200μLに溶解して、溶液(2)を調製した。
【0061】
さらにアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)1mg(AC-GlcNAcモノマーに対して2質量%)をマイクロチューブに量り取り、AIBN 1mgがDMSO50μLに溶解するようにDMSOを加えて、溶液(3)を調製した。
【0062】
溶液(1)250μLに溶液(2)200μLを混合した後、溶液(3)50μLを混合し、脱気後(凍結融解脱気を三回程度繰り返した)、65℃で約18時間インキュベーションを行ない重合した。重合後、イソプロパノール(IPA)で重合物を沈澱させ、遠心分離後回収して水に溶解し、透析(MW100-500)を約1日行い、未反応のモノマーを除いた。透析後、凍結乾燥し、下記式(I-1)で表される化合物(化合物(I-1))を得た。
【0063】
【0064】
化合物(I-1)の重量平均分子量は4000、数平均分子量は3100、Mw/Mnは1.3、N-アセチルグルコサミン基の個数は10であった。
【0065】
これら各平均分子量はGel Permeation Chromatography(GPC)装置(製品名:LC-9110G NEXT、日本分析工業(株)社製)を用いて、次の条件で測定した。カラムは、JAIGEL-GS510を用いて、溶離液は200mM硝酸ナトリウム/アセ卜二トリル=80/20(容量比)で行った。流量は1mL/min、検出器はRI検出器、カラム温度は40℃で行った。分子量の標準曲線はプルランで実施した。以降の化合物についても同様の方法を用いて、各平均分子量を測定した。
【0066】
[比較製造例1]
(化合物(I’-1)の製造)
化合物(I-1)10mgを1mLマイクロチューブに量り取り、水100μLに溶解した。還元剤として水素化ほう素ナトリウム1mgを1mLマイクロチューブに量り取り、水100μLに還元剤1mgが溶解するように水を加えた。これら各溶液100μLを混合し、末端をチオール化後、IPAに滴下し、沈殿(反応物)を回収した。次いで、水に1~3M酢酸ナトリウムを加え。pH7~8になるように調整した溶媒100μLを準備し、これに反応物を溶解した。反応物と等量のモル数のマレイミドを、pHを調整した溶媒100μLに溶解し、前記反応物を溶解した溶液とこの溶液とを混合し、1~2時間放置した。この溶液をIPAに滴下し、沈殿を回収後、反応物を水に溶解し、凍結乾燥を行い、下記式(I’-1)で表される化合物(化合物(I’-1))を得た。
【0067】
【0068】
化合物(I’-1)の重量平均分子量は4000、数平均分子量は3100、Mw/Mnは1.3、N-アセチルグルコサミン基の個数は10であった。
【0069】
[比較製造例2]
(化合物(I’-2)の製造)
化合物(I-1)の製造方法において、RAFT剤の配合割合を約0.73mg(AC-GlcNAcモノマーの1/72モル当量)とした以外は全て化合物(I-1)と同様にして、下記式(I’-2)で表される化合物(化合物(I’-2))を作製した。
【0070】
【0071】
化合物(I’-2)の重量平均分子量は25000、数平均分子量は13000、Mw/Mnは1.9、N-アセチルグルコサミン基の個数は72であった。
【0072】
[比較製造例3]
(化合物(I’-3)の製造)
化合物(I-1)の製造方法において、RAFT剤の配合割合を約0.88mg(AC-GlcNAcモノマーの1/60モル当量)とした以外は全て化合物(I-1)と同様にして、下記式(I’-3)で表される化合物(化合物(I’-3))を作製した。
【0073】
【0074】
化合物(I’-3)の重量平均分子量は21000、数平均分子量は11500、Mw/Mnは1.8、N-アセチルグルコサミン基の個数は60であった。
【0075】
[実施例1]
(化合物(I-1)のヒ卜線維芽細胞に対する影響)
化合物(I-1)のヒ卜線維芽細胞(NHDF)に対する影響を、DNAマイクロアレイを用いて確認した。
【0076】
まず、NHDFに50μg/mLの化合物(I-1)を添加し、24時間インキュベーションを行った。インキュベーション後、mRNAを回収しDNAマイクロアレイを実施し、化合物(I-1)の遺伝子発現変化を確認した。DNAマイクロアレイは、Agilent Technologies社のマイクロアレイシステムを使用し実施した。その結果を
図1に示す。なお、DNAマイクロアレイ解析は、化合物(I-1)で処理したNHDF対NHDFの発現、並びに、Zスコア>2.0及び<-2.0における約1000遺伝子の発現変化をそれぞれ示す。さらに増殖と細胞周期に関する遺伝子発現レベルについてヒートマップ解析を実施した。その結果を
図2に示す。
【0077】
図1の結果から、化合物(I-1)を添加したNHDFにおいて、化合物(I-1)がバキュロウイルスIAP repeat-containing protein 5(BIRC5;survivin)等の細胞周期進行に関連する遺伝子発現の低下と、サイクリン依存性キナーゼ阻害剤1A(CDKN1A;p21)等の細胞周期停止に関連する遺伝子発現の上昇させていることが分かった。
【0078】
また、
図2の結果から、化合物(I-1)がNHDFの増殖が著しく抑制させていることが分かった。
【0079】
さらに、
図2の結果から、培養による細胞数の違いについて、次の条件で実験を行った。
【0080】
50μg/mL、100μg/mL、又は250μg/mLの化合物(I-1)をNHDFとTGF-β刺激NHDFに添加し、3日後の細胞生存率を求めた。比較のため死んだHeLa細胞(2.5×10
4細胞及び5×10
4細胞)も化合物(I-1)と同様にして添加した。細胞数はCellCounting Kit-8(富士フイルム和光社製)を用いて算出し、細胞生存率を推定した。データは平均±S.D.、n=6、常法型ANOVAとした。結果を
図3に示す。
【0081】
図3の結果から、化合物(I-1)を3日間添加することにより、NHDF、及びTGF-β刺激NHDFにおいて、細胞生存率が低下していた。このことから、化合物(I-1)はNHDFの細胞周期進行を抑制させることができることが分かった。
【0082】
これら結果から化合物(I-1)は細胞増殖性を抑制する効果があることが分かった。
【0083】
[実施例2]
(化合物(I-1)のヒ卜筋線維芽細胞に対する影響1)
予め準備した筋線維芽細胞に化合物(I-1)を50μg/mL添加し、24時間及び48時間経過後の筋線維芽細胞におけるαSMAとコラーゲン(colla2)、p53、p21及びβ-actinの発現をウェスタンブロッティングにより観察した。その結果を
図4に示す。なお、比較対照としてTGF-βで刺激をせず、且つ、化合物(I-1)を添加していないヒト皮膚線維芽細胞、TGF-βで刺激をせず、且つ、化合物(I-1)を添加したヒト皮膚線維芽細胞、及び、化合物(I-1)を添加していない筋線維芽細胞も準備した。
【0084】
図4の結果から、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞において、24時間、及び48時間ともにαSMAとコラーゲンのダウンレギュレーションと、p53及びp21のアップレギュレーションが確認された。このp53の発現上昇はp38MAPKのリン酸化によって制御されているものと考えられる。また、化合物(I-1)による遺伝子発現の変化は死んだHeLa細胞の細胞片によるものと同様であることから、αSMAとコラーゲン(col1a2)のダウンレギュレーションには、N-アセチルグルコサミンとの相互作用が必須であることが分かった。
【0085】
さらに化合物(I-1)によるダウンレギュレーションについて、ビメンチンsiRNAを導入したビメンチンノックダウンNHDFを用いて、
図4と同様にして実験した。48時間後の結果を
図5A及び
図5Bに示す。
【0086】
図5A及び
図5Bの結果から、ビメンチンノックダウンNHDFに化合物(I-1)を添加してもαSMAとコラーゲンのダウンレギュレーションの発生がみられなかった。このことから、αSMAとコラーゲンのダウンレギュレーションは化合物(I-1)と細胞表面のビメンチンの相互作用によって起こっていることが分かった。
【0087】
ここでαSMAとコラーゲンの発現はsignal transducer and activator of transcription 3(STAT3)によって制御されることから、化合物(I-1)によるSTAT3のTyr705のリン酸化について、確認した。
【0088】
具体的には、予め準備した筋線維芽細胞に化合物(I-1)を50μg/mL添加し、24時間及び48時間経過後の筋線維芽細胞におけるSTAT3とphospho-Tyr705 STAT3の発現をウェスタンブロッティングにより観察した。その結果を
図6に示す。なお、比較対照としてTGF-βで刺激をせず、且つ、化合物(I-1)を添加していないヒト皮膚線維芽細胞、TGF-βで刺激をせず、且つ、化合物(I-1)を添加したヒト皮膚線維芽細胞、及び、化合物(I-1)を添加していない筋線維芽細胞も準備した。
【0089】
図6の結果から、筋線維芽細胞はSTAT3のTyr705のリン酸化が増加しているが、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞ではSTAT3のTyr705のリン酸化が抑制されていた。化合物(I-1)がこのリン酸化を抑制することで、αSMAとコラーゲンの発現量低下が誘導されたものと推察された。
【0090】
[実施例3]
(N-アセチルグルコサミン基の価数のヒ卜筋線維芽細胞に対する影響)
予め準備した筋線維芽細胞に、化合物(I’-2)250μg/mL若しくは50μg/mL、化合物(I-1)50μg/mL、化合物(I-1)の製造の過程で得られるAC-GlcNAcモノマー(分子量346)50μg/mL、又は、化合物(I-1)の製造時に使用したGlcNAc 50μg/mLをそれぞれ添加し、48時間経過後の筋線維芽細胞におけるαSMAとコラーゲン(colla2)及びβ-actinの発現をウェスタンブロッティングにより観察した。その結果を
図7に示す。
【0091】
図7の結果から、AC-GlcNAcモノマーやGlcNAc単糖、及び化合物(I’-2)ではαSMA及びコラーゲンの発現を低下させることができていないこと、さらにはGlcNAcの価数を挙げても効果が増強されることがないことが示された。このことから、抗線維化効果を発揮するのに好ましいGlcNAc価数は約10であり、GlcNAc10量体程度が好ましいことが分かった。
【0092】
[実施例4]
(化合物(I-1)のヒ卜筋線維芽細胞に対する影響2)
化合物(I-1)及び参考として死んだHeLa細胞の細胞片を添加したヒ卜筋線維芽細胞における種々の遺伝子の発現を、DNAマイクロアレイを用いて確認した。
【0093】
筋線維芽細胞に50μg/mLの化合物(I-1)を添加し、48時間インキュベーションを行った。また、筋線維芽細胞に5×10
4cells/10μLの死んだHeLa細胞の細胞片を添加し、同様に、48時間インキュベーションを行った。各々インキュベーション後、mRNAを回収し、DNAマイクロアレイを実施し、化合物(I-1)及び死んだHeLa細胞の細胞片による遺伝子発現の変化を確認した。DNAマイクロアレイは、Agilent Technologies社のマイクロアレイシステムを使用し、実施した。なお、DNAマイクロアレイ解析は、筋線維芽細胞と化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞の細胞片で処理した筋線維芽細胞との間の遺伝子発現>1.5倍及び<0.66倍の変化、並びに、Zスコア>2及び<-2に基づき実施した。この結果について化合物(I-1)の結果を
図8Aに、死んだHeLa細胞の細胞片の結果を
図8Bに、各筋線維芽細胞における遺伝子発現に関するベン図及び著しく発現が変化した遺伝子のリストを
図9に示す。
【0094】
図8A及び
図8Bの結果から、死んだHeLa細胞からの細胞片を添加した筋線維芽細胞対筋線維芽細胞、及び化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞対筋線維芽細胞では、前者が1455の遺伝子、後者が1249の遺伝子が差次的に発現していることが分かった。
【0095】
さらに、
図9の結果から、筋線維芽細胞間で共通の遺伝子発現があることが分かった。
【0096】
DAVID Bioinformatics Resources 6.8によるKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) パスウェイ解析により、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞では細胞周期パスウェイ(P=4.3E-15)が低下しているが、死んだHeLa細胞からの細胞片を添加した筋線維芽細胞では関節リウマチ経路(P=2.6E-5)が増加していた。化合物(I-1)及び死んだHeLa細胞からの細胞片を添加した筋線維芽細胞に共通する遺伝子発現は細胞周期経路のダウンレギュレーション(P=4.3E-7)であり、これらのパスウェイ解析から死んだHeLa細胞からの細胞片は様々な炎症性遺伝子を活性化し、化合物(I-1)は多くの増殖関連遺伝子をダウンレギュレートすることを確認した。
【0097】
また、マイクロアレイデータに基づくヒートマップ解析の結果を
図10に示す。
【0098】
図10の結果から、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞及び死んだHeLa細胞の細胞片を添加した筋線維芽細胞における細胞周期及び増殖関連遺伝子のダウンレギュレーション、並びに、細胞周期停止遺伝子のアップレギュレーションが確認された。これらのことは、
図11において、化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞の細胞片の添加後3日目における筋線維芽細胞の細胞生存率において有意な減少を示していることからも分かった。炎症性遺伝子発現のヒートマップ解析は、死んだHeLa細胞の細胞片を添加した筋線維芽細胞において、炎症の活性化を示した(
図12)。
【0099】
さらに、以下に示す表1~表3の結果から、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞及び死んだHeLa細胞の細胞片を添加した筋線維芽細胞において著しく発現が変動した遺伝子があることが分かった。これは、DAMPは細胞片に含まれるためであり、2つの間で最も有意にアップレギュレートされた遺伝子はマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP1)及びスーパーオキシドジムスターゼ2(SOD2)であり、ダウンレギュレートされた遺伝子はcol1a1、ACTG2及びトランスジェリン(TAGLN)であった。それに加え、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞において顕著にアップレギュレートされた遺伝子はヘムオキシゲナーゼ1(HMOX1)、アンジオポエチン様4(ANGPTL4)、及び分泌型リンタンパク質1(SPP1:オステオポンチン)であり、ダウンレギュレートされた遺伝子はcol1a2、BIRC5及びトロンボスポンジ1(THBS1)であった。また、死んだHeLa細胞の細胞片を添加した筋線維芽細胞において顕著にアップレギュレートされた遺伝子は、CXCL1、CXCL6、及びインターロイキンー1(IL-1)で、ダウンレギュレートされた遺伝子はカドヘリン15(CDH15)であった。
【0100】
【0101】
【0102】
【0103】
また、筋線維芽細胞に化合物(I-1)又は死んだHeLa細胞の細胞片を添加し48時間経過後のANGPTL4とTHBS1の状態をウェスタンブロットにより観察した。その結果を
図13に示す。
【0104】
図13では前記マイクロアレイの結果と同様、ANGPTL4とTHBS1とがダウンレギュレートされていることが確認できた。さらに、化合物(I-1)を添加した筋線維芽細胞においてはαSMA,コラーゲン、THBS1がダウンレギュレートされ、マトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP1)、スーパーオキシドジムスターゼ2(SOD2)、ヘムオキシゲナーゼ1(HMOX1)、リポ蛋白リパーゼはアンジオポエチン様4(ANGPTL4)、分泌型リンタンパク質1(SPP1:オステオポンチン)、特にSOD2、ANGPTL4及びMMP1がアップレギュレートされることが分かった。
【0105】
次いで、筋線維芽細胞に、100μM PUGNAcと10mMグルコサミンで処理した死んだHeLa細胞の細胞片を添加し48時間経過後の各遺伝子の発現状態をウェスタンブロットにより観察した。その結果を
図14及び
図15に示す。
【0106】
図14及び
図15の結果から、死んだHeLa細胞の細胞片の添加によるcol1a2及びTHBS1のダウンレギュレーション、並びに、SOD2、ANGPTL4、MMP1のアップレギュレーションは、細胞片を0.5×10
5cell及び1×10
5cell加えることにより増強した。また、さらにこれら細胞片を100μM PUGNAcと10mMグルコサミンで処理することで、O-GlcNAc修飾が増強することがわかった。このことから、これらの分子の発現は、細胞片に含まれるO-GlcANc修飾タンパク質によって制御されていることがわかった。
【0107】
前記MMP1は線維組織に沈着したコラーゲンを分解し、ANGPTL4は創傷治癒において創傷治癒を促進しcol1a2を減少させる等、抗線維化、抗炎症作用を持つ遺伝子と考えられている。SOD2とHMOX1は、様々な酸化ストレスに対して保護作用を発揮する。これらの遺伝子の発現が上昇することで、抗酸化作用による線維化の緩和が期待される。
【0108】
図16に遺伝子発現の相関図を示す。THBS1は、潜在性TGF-βを活性化型TGF-βに変換する役割を担っており、線維化の進行に関与している。したがって、THBS1のダウンレギュレーションは、TGF-βの活性化を抑制することにより、進行を抑制する。細胞片からのO-GlcNAc修飾タンパク質及び化合物(I-1)と細胞表面のビメンチンとの相互作用は、p38MAPK経路に続いてp53の発現を活性化し、p53の誘導によってSTAT3のリン酸化を阻害する。また、MMP1、SOD2、ANGPTL4、HMOX1の発現誘導はp38MAPK経路で制御されており、col1a1、co1a2、αSMA、BIRC5、THBS1、TAGLNの誘導はSTAT3経路で制御されている。このことから、これらの遺伝子発現の変化は、これらの相互作用によって誘導され、抗線維化作用をもたらすことが期待される。さらに、これらの遺伝子発現変化は、死んだHeLa細胞の細胞片と化合物(I-1)との間で共通していたことから、死んだ細胞から漏れたO-GlcNAc修飾タンパク質によって誘導されることが分かった。
【0109】
[実施例5]
(四塩化炭素投与マウスに対する化合物(I-1)による治療効果)
5週齢の雄性ICRマウスに、オリーブオイルで希釈した20v/v%四塩化塩素(CCl
4)溶液を5mL/kg体重で週2回、8週間腹腔内投与して肝線維化モデルマウスを作製した。この肝線維化モデルマウスと正常マウスに、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)で標識した化合物(I-1)を400μg/mL静脈内注射した。注射後48時間に、25v/v%イソフルラン麻酔下で頸椎脱臼により犠牲にしたこれらのマウスから、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、及び肺組織を分離した。各組織をRIPA緩衝液(50mM Tris-HCl(pH7.4)、150mM NaCl、1w/v% deoxycholate sodium、0.1v/v%SDS、1v/v% Triton X―100、5mM EDTA及びプロテアーゼ阻害剤カクテル(ナカライテスク社製))で均質に溶解させた。ライセートをマイクロチップソニケーター(BRANSON Sonifier 250;Emerson Electric社製)を用いて50%のデューティーサイクルで30秒間超音波処理した。超音波処理物を4℃で15分間20,000×gで遠心分離して不溶解物を除去した。そのときの上清(100μL)を平底の96ウェルブラックプレートに分注し、マイクロプレートリーダー(Infinite 200PRO M Plex;Nano QuantPlate、テカングループ社製)を用いて溶液の蛍光強度を測定した。その結果を
図17に示す。
【0110】
図17の結果から、四塩化炭素を投与していない正常マウス体内での化合物(I-1)の生体内分布としては腎臓が最も多く、次いで肝臓に多く集積していた。一方、四塩化炭素投与マウスでは、化合物(I-1)の蓄積量は肝臓が最も多く、次いで腎臓、肺の順であった。
【0111】
さらに、四塩化炭素投与マウスの線維化肝臓で増大した活性化星状細胞にFITC標識化合物(I-1)が蓄積しているかを確認した。具体的には、まず、上清のタンパク質濃度を、Protein Assay Bicinchoninate Kit(ナカライテスク社製)を用いて、メーカーの説明書に従って測定し、四塩化炭素で8週間処理したマウスの肝臓の凍結切片における化合物(I-1)の蛍光強度を観察した。肝組織は4v/v%パラホルムアルデヒド含有PBSで2日間固定し、20w/v%スクロース含有PBSに浸漬させた。肝組織をTissue-Tek(登録商標) OCT compound(サクラファインテックジャパン社製)に埋め込み、クライオスタット(CryoStarTM NX70;Thermo Fisher Scientific社製)を用いて12μm厚の凍結切片を作製した。切片を免疫組織染色用ブロッキング剤(Blocking One Histo;ナカライテクス社製)で10分間ブロッキングし、ウサギ抗デスミン抗体(1:50希釈;16520-1-AP;Proteintech社製)を用いて、4℃で一晩インキュベートした。次いで二次抗体としてCF555標識ウサギ抗IgG(H+L)(1:500希釈;20038;Biotium社製)を用いて、2時間、室温(25℃程度)でインキュベートした。
【0112】
免疫染色後,肝切片の自家蛍光を消光するため、製造元の指示に従ってTrueBlack(登録商標) Lipofuscin Autofluorescence Quencher(Biotium社製)で処理した。これらの肝切片をFluoro-KEEPER Antifade Reagent Non-Hardening Type with DAPI(ナカライテスク社製)で包埋した。これらの肝切片の画像は、蛍光顕微鏡(BZ-X710;株式会社キーエンス社製)を用いて撮影することで行った。結果を
図18に示す。
【0113】
図18の結果から、化合物(I-1)がデスミン発現領域に集積していることが分かった。ここで約5000Daの化合物は腎排泄によって容易に除去されることが知られており、化合物(I-1)の重量平均分子量(Mw)が4000であることから、化合物(I-1)は正常マウスの腎臓に蓄積されたと推測される。しかし、
図18の結果は、化合物(I-1)が四塩化炭素投与マウスの線維化肝臓において細胞表面のデスミンを介して活性化星状細胞に選択的に相互作用していることを示唆した。これらの結果から、血中の化合物(I-1)は重量平均分子量が低いため腎排泄により容易に除去されるが、線維化肝の活性化星状細胞を選択的に標的としていることが分かった。
【0114】
次に、線維化肝臓を有する四塩化炭素投与マウスに化合物(I-1)を投与した際のMMP13、ANGPTL4、HMOX1、SOD2等の抗線維化タンパク質の発現が誘導されるか否かについて確認した。
【0115】
具体的には、前述の方法に従って、肝組織の12μm厚の凍結切片を調製した。凍結切片を0.1v/v%H
2O
2含有メタノールを用いて30分間不活性化し、2.5v/v%ウマ血清含有PBSを用いて20分間、室温(25℃程度)でブロッキングした。ブロッキング後、これらの凍結切片を、ウサギ抗αSMA抗体(1:100希釈;14395-1-AP;Proteintech社製)、ウサギ抗MMP13(1:100希釈;18165-1-AP;Proteintech社製)、ウサギ抗ANGPTL4抗体(1:100倍希釈;18374-1-AP;Proteintech社製)、ウサギ抗HMOX1抗体(1:100倍希釈;10701-1-AP;Proteintech社製)、又はウサギ抗SOD2抗体(1:100倍希釈;GTX116093;GeneTex社製)を用いて、4℃で一晩、インキュベーションした。インキュベーション後、凍結切片をImmPRESS(登録商標) Horse Anti-Rabbit IgG Polymer Kit(Vector Laboratories社製)を用いて反応時間30分間でインキュベートした。次いでPeroxidase Stain DAB Kit and Metal Enhancer for DAB Stain(ナカライテクス社製)を用いて5分間反応させた。肝臓のコラーゲン沈着を検出するために、これらの凍結切片に対するシリウスレッド染色を、Picro-Sirius Red Staining Kit(ScyTek Laboratories社製)を用いて行った。これらの凍結切片をPBSで1回洗浄し、150mM NaClを含むPicro-Sirius Red溶液に1時間浸漬した。1時間後、凍結切片を0.5v/v%グリセロール酢酸溶液で2回洗浄した。染色した凍結切片を明視野顕微鏡(ZEISS Primovert;Carl Zeiss社製)で観察し、HDMI(登録商標)カメラTureChrome II(池田理化社製)を用いて画像を撮影した。結果を
図19に示す。
【0116】
図19の結果から、静脈内投与48時間後の肝切片では、MMP13(マウスはMMP1の代替としてMMP13を発現)、ANGPTL4、HMOX1及びSOD2の発現が観察された。化合物(I-1)を投与した四塩化炭素投与マウスでは、線維化した肝臓でαSMAが高発現しているグリッソン嚢でこれらのタンパク質が顕著に発現していた。また、PBSを投与した四塩化炭素投与マウスでは、MMP13とANGPTL4の弱い発現が認められたが、HMOX1とSOD2の発現は見られなかった。これらの結果から線維化肝臓の活性化星状細胞が、化合物(I-1)と相互作用することにより、これらのタンパク質を発現していることを分かった。
【0117】
このように四塩化炭素投与マウスに化合物(I-1)を投与することで活性化星状細胞のMMP13、ANGPTL4、HMOX1、SOD2が誘導され、肝線維化が改善することがわかった。これらの結果から、化合物(I-1)による筋線維芽細胞や活性化星状細胞からのこれらの抗線維化因子の誘導が、肺線維症や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)等、種々の組織の線維化を緩和できることが推察される。また、肝臓におけるHMOX1、SOD2、AGPTL4のアップレギュレーションは、NASHを緩和し、中でもANGPTL4は、活性化された肝星細胞における低密度リポタンパク質による遊離コレステロールの蓄積を抑制することにより、NASHを改善する。さらに、ANGPTL4は、瘢痕関連コラーゲン産生を抑制することにより、過形成や線維化を伴う過度の創傷治癒を抑制すること、及びANGPTL4が肺線維症を進行させるということが知られている。よって、化合物(I-1)は、HMOX1やMMP1等、他の因子の発現を誘導することにより肺線維症を改善することができると推察される。動脈硬化、自己免疫疾患、癌等の多くの慢性炎症性疾患は、筋線維芽細胞の拡大がこれらの炎症性疾患を悪化させることが原因である。そのため、化合物(I-1)によって筋線維芽細胞を不活性化することで、それらの治療にも化合物(I-1)を使用できる可能性がある。
【0118】
次に、化合物(I-1)を投与することによる線維化肝臓の改善について検討した。四塩化炭素で肝線維化を誘導したモデルマウスを週2回、5週間調製した。化合物(I-1)(400μg/body)又はPBSを1週間に2回、1週間にわたってマウスに投与した。その時の四塩化炭素と化合物(I-1)及びPBSの投与スケジュールを
図20に示す。
図20に示すスケジュールで、正常マウス、四塩化炭素投与マウスにPBSを投与したマウス、四塩化炭素投与マウスに化合物(I-1)を投与したマウスを調製した。最終の四塩化炭素投与から1週間後、各マウスの肝臓凍結切片からランダムに選んだ10~40枚の画像から、αSMA免疫染色及びシリウスレッド染色陽性領域をImageJ2 ver.2.3.0/1.53fで数値化した。さらに、200μLのPBSで希釈した化合物(I-1)300μg、又はコントロールとして200μLのPBSのみを、それぞれ、最終の四塩化炭素投与から1週間後(四塩化炭素投与開始から5週間後)に、週2回、1週間、四塩化炭素で処理したマウスに静脈内注射した。化合物(I-1)の最終投与から3日後、これらから肝臓を分離し、Sirius-Red染色を行った。その結果を
図21、
図22及び
図23に示す。
【0119】
PBSを投与した四塩化炭素投与マウスの肝切片では、コラーゲンの沈着とαSMAの発現が強く検出された。一方、化合物(I-1)を投与した四塩化炭素投与マウスの肝切片ではαSMA及びコラーゲンの発現は共に減少していることが分かった。これは
図21~23の結果からも明らかであった。シリウスレッド染色においては、シリウスレッド陽性の領域は、PBS投与の四塩化炭素投与マウスに比べて、化合物(I-1)投与の四塩化炭素投与マウスでは半分以下の値であった(
図22)。αSMA免疫染色の結果においては、αSMA陽性の領域は、PBS投与の四塩化炭素投与マウスに比べて、化合物(I-1)投与の四塩化炭素投与マウスでは5分の1程度の値となった(
図23)。
【0120】
次いで、これらの肝組織をRIPA緩衝液でホモジナイズして溶解液を調製し、ウェスタンブロッティングにより、これら肝組織におけるコラーゲン沈着量及びαSMA発現量を確認した。その結果を
図24、
図25及び
図26に示す。
【0121】
図24~26の結果から、化合物(I-1)を投与した四塩化炭素投与マウスではcol1a2及びαSMAの発現が減少していた。これらの結果から化合物(I-1)がαSMAの発現及びコラーゲン沈着を減少させることにより、肝線維症の改善を促進させたことが推察される。
【0122】
[比較例1]
(四塩化炭素投与マウスに対する化合物(I’-3)の投与)
実施例5において、線維化肝における重量平均分子量が異なる化合物の蓄積効率を確認した。具体的には、化合物(I-1)を化合物(I’-3)(GlcNAc数:60、Mw:21000、Mn:11500)に変更した以外は全て実施例5と同様にして四塩化炭素投与マウスに対する抗線維化効果を評価した。この結果を
図27A及び
図27Bに示す。
【0123】
図27A及び
図27Bの結果から、脾臓と肝臓に化合物(I’-3)が顕著に蓄積していることが分かった。化合物(I’-3)の蓄積量は脾臓で最も多かった。これは、化合物(I’-3)の重量平均分子量が高い(21000である)ため、これらのポリマーは脾臓と肝臓の網状内皮系に非特異的に捕捉されたことによるものであると推察された。
【0124】
このことから、化合物(I’-3)は化合物(I-1)に比べて腎排泄性が低いため、抗線維化剤として使用するのに適さないものであると考えられる。
【0125】
[比較例2]
(四塩化炭素投与マウスに対する化合物(I’-1)の投与)
実施例5において、化合物(I-1)を化合物(I’-1)に変更した以外は全て実施例5と同様にして四塩化炭素投与マウスの肝臓へのコラーゲンの蓄積を評価した。
【0126】
具体的には、実施例5と同様の方法にて準備した四塩化炭素で肝線維化を誘導したモデルマウスに、化合物(I’-1)(400μg/body)又はPBSを1週間に2回、1週間に亘ってマウスに投与し、最終の四塩化炭素投与から1週間後、これらの肝臓のコラーゲン蓄積量と沈着状態をシリウスレッド染色により評価した。コラーゲンの蓄積量は50μg/mLのヒドロキシプロリンとモデルマウスの肝臓の各20μLを透明平底96wellマイクロプレートの別々のウェルに入れた。また、別途Reagent A 8μLとOxidation buffer 90μLを混合した。次いで、この混合液90μLを各ウェルに加え、プレートをタップして混合し、室温(25℃程度)下で10分間インキュベートした。インキュベート後、Reagent B 90μLを全てのウェルに加え、ピペッティングにより濁りを均一にし、37℃で90分間インキュベートした。その後、560nmの吸光度を測定した。その結果を
図28に示す。また、実施例5と同様にして肝臓のコラーゲン沈着を検出するために、凍結切片に対するシリウスレッド染色を実施した。その結果を
図29に示す。
【0127】
図28及び
図29の結果から、化合物(I’-1)を投与されたモデルマウスはPBSを投与されたマウスよりもコラーゲンの蓄積量が多いことがわかった。このことから化合物(I’-1)を投与してもαSMAやコラーゲンの発現の低下することがなく、モデルマウスの線維化を改善することができないものと推察された。
本実施形態の筋線維芽細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現抑制剤、並びに、線維症治療用医薬組成物は、筋線維芽細胞や活性化星細胞のα-平滑筋アクチン及びコラーゲンの発現を抑制し、組織の修復に利用することができる。