(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005868
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】DNA修復促進装置および方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240110BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240110BHJP
A61N 5/06 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/00 A
A61N5/06 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022106286
(22)【出願日】2022-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】保科 宏道
(72)【発明者】
【氏名】上野 佑也
(72)【発明者】
【氏名】原田 昌彦
(72)【発明者】
【氏名】山崎 祥他
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4C082
【Fターム(参考)】
4B029AA27
4B029BB01
4B029DG10
4B063QA20
4B063QQ05
4B063QR90
4B063QS40
4C082PA10
4C082PC10
4C082PJ01
(57)【要約】
【課題】非侵襲的にDNA修復を促進可能な技術を提供する。
【解決手段】本開示のDNA修復方法は、細胞にテラヘルツ光を照射し、前記照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、ことを特徴とする。テラヘルツ光は、連続光であることが好ましく、その周波数は0.15THz以上1THz以下であることが好ましく、0.2THz以上0.5THz以下であることが好ましく、パワー密度は150mW/cm
2以上300mW/cm
2以下であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞にテラヘルツ光を照射し、前記照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、ことを特徴とするDNA修復促進方法。
【請求項2】
前記細胞は生細胞である、
請求項1に記載のDNA修復促進方法。
【請求項3】
前記テラヘルツ光は連続光である、
請求項1に記載のDNA修復促進方法。
【請求項4】
前記テラヘルツ光の周波数は、0.15THz以上1THz以下である、
請求項1に記載のDNA修復促進方法。
【請求項5】
前記テラヘルツ光の周波数は、0.2THz以上0.5THz以下である、
請求項1に記載のDNA修復促進方法。
【請求項6】
前記テラヘルツ光のパワー密度は、150mW/cm2以上300mW/cm2以下である、
請求項1に記載のDNA修復促進方法。
【請求項7】
細胞にテラヘルツ光を照射する光照射部を備え、
前記テラヘルツ光の照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、
ことを特徴とするDNA修復促進装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNAの修復を促進する技術に関連する。
【背景技術】
【0002】
細胞にはDNA修復を行う機構が備わっており、様々な原因により発生したDNA分子の損傷を修復することができる。DNA修復を促進することは、ガン化や老化の抑制のために重要である。
【0003】
DNA修復を促進する手法として、細胞を抗生物質の一つであるEnoxacinで処理することにより、DNA損傷誘導性RNAの生合成を活性化する方法がある(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Ubaldo Gioia, Sofia Francia, Matteo Cabrini, Silvia Brambillasca, Flavia Michelini, Corey W Jones-Weinert, Fabrizio d'Adda di Fagagna, Pharmacological boost of DNA damage response and repair by enhanced biogenesis of DNA damage response RNAs, Scientific Reports 9, 6460 (2019) PMID: 31015566, PMCID: PMC6478851, DOI: 10.1038/s41598-019-42892-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1の手法は侵襲的であり、Enoxacinを細胞内に取り込ませる必要があった。また、いったん生細胞に取り込ませたEnoxacinの効果を制御すること(例えば、能動的に除去するなどの処理)はできなかった。
【0006】
上記事情を鑑み、本発明は、非侵襲的にDNA修復を促進可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様は、細胞にテラヘルツ光を照射し、前記照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、ことを特徴とするDNA修復促進方法である。
【0008】
本発明の第2の態様は、細胞にテラヘルツ光を照射する光照射部を備え、前記テラヘルツ光の照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、ことを特徴とするDNA修復促進装置である。
【0009】
本発明の手法は、テラヘルツ光を照射するだけで損傷修復を促進できる非侵襲的な手法であり、将来的な生命現象の光制御技術開発のための重要な基盤技術となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、化学物質などを細胞に取り込ませることなく、非侵襲的にDNA修復を促進できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】DNA修復実験におけるγH2AXの蛍光顕微鏡画像。
【
図3】DNA修復実験におけるDAPI蛍光強度に対するγH2AX蛍光強度の統計値(コントロール実験で得られた値を1として規格化)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下では、図面を参照しながら、この発明を実施するための形態を説明するが、本発明はこれに限定されない。以下で説明する各実施形態の構成要素は、適宜組み合わせることができる。
【0013】
[1.装置構成]
図1は、本実施形態に係るDNA修復促進装置1の概要を示す図である。DNA修復促進装置1は、テラヘルツ光源11、ホーンアンテナ12、プラスチックレンズ13、小型インキュベータ14、フィルムボトムディッシュ15、顕微鏡16を含む。DNA修復促進装置1は、小型インキュベータ14内の培養細胞17に対して、テラヘルツ光源11からテラヘルツ光を照射することによって、培養細胞17のDNAの損傷修復を促進させる。
【0014】
テラヘルツ光源11は、IMPATTダイオードを使用して連続光を発生させる。テラヘルツ光源11から発生したテラヘルツ光は、ホーンアンテナ12(4mm×4mm)を介して出力され、プラスチックレンズ13によって集光されて、培養細胞(生細胞)17に照射される。テラヘルツ光源11および光学系(ホーンアンテナ12およびプラスチックレンズ13)が本発明の光照射部に相当する。
【0015】
上記の構成は一例に過ぎず、細胞にテラヘルツ光を照射できる構成であれば任意の構成が採用可能である。また、顕微鏡16は、テラヘルツ光照射による修復促進の効果を観察するために使用しており、必須の構成ではない。
【0016】
[2.実験手法]
試料となる培養細胞17は、ヒトがん細胞(HeLa細胞)であり、ポリオレフィン製のフィルムボトムディッシュ15中で培養される。フィルムボトムディッシュ15はポリオレフィン製であり、テラヘルツ光はポリオレフィンを透過するため、ディッシュ底部に張り付いた培養細胞17に効果的に照射できる。また、フィルムボトムディッシュ15は、小型インキュベータ14に設置され、37℃に保たれ、CO2および水蒸気を含んだ空気を環流させる。
【0017】
DNA損傷は培養細胞17へブレオマイシンを投与することで誘起し、誘起されたDNA損傷はDNA損傷マーカであるγH2AX(リン酸化ヒストンH2AX)の蛍光強度によって観測する。
【0018】
具体的には、実験は下記の工程を含む。
1.細胞(HeLa細胞)17を1時間培養する
2.細胞17をブレオマイシン(7.5μM)で1時間処理し、DNA損傷を誘起する
3.ブレオマイシン洗浄後に、細胞17を1時間培養し、損傷を回復させる。
【0019】
各工程後に試料を固定して、γH2AX量をγH2AX抗体の蛍光強度によって観測する。また、DNAをDAPIで染色してDNA総量を見積もり、蛍光顕微鏡画像から総DNAに対する損傷DNA量を求める。
【0020】
本実験は、テラヘルツ光の照射条件が異なる以下の4つの条件で行って、その結果を比較した。
(a)テラヘルツ光非照射
(b)テラヘルツ光照射(周波数0.10THz、パワー密度200mW/cm2)
(c)テラヘルツ光照射(周波数0.28THz、パワー密度250mW/cm2)
(d)テラヘルツ光非照射かつ培養温度上昇(42℃)
【0021】
[3.実験結果]
図2は、各条件(a)~(d)についての各工程1~3(図中ではローマ数字で示している)後のγH2AXの蛍光顕微鏡画像の例を示す。白線が細胞核であり、核内のγH2AXの蛍光が観測されている。
【0022】
条件(a)controlでは、ブレオマイシン投与(工程2)によってDNA損傷が誘起さ
れ、γH2AXの蛍光強度が上昇するが、その後の培養(工程3)によって損傷が修復され、γH2AXの蛍光強度が弱くなる。
【0023】
条件(b)0.10THz, 200mW/cm2は、条件(a)controlと同様の傾向が見られる。
【0024】
一方、条件(c)0.28THz, 250mW/cm2では工程2および工程3での蛍光強度が弱く、DNA損傷が明確に減少していることが分かった。
【0025】
反対に、条件(d)42℃への温度上昇では、蛍光強度が増加しており、DNA損傷が増えていることが分かった。
【0026】
図3は、DAPI蛍光強度に対するγH2AX蛍光強度を、観測した全細胞についてプロットした結果である。DAPI蛍光強度に対するγH2AX蛍光強度は、DNA総量に対する損傷DNA量、すなわち相対的な損傷DNA量を表している。本実験では、各測定において64個以上の細胞を観測して統計を取っている。なお、グラフの縦軸はコントロール実験(条件(a))の値を1として規格化している。
【0027】
図2の結果と同様に、(a)の0.10THzの照射実験では、非照射実験との有意の差は見
られなかったが、条件(b)の0.28THzの照射実験では、ブレオマイシン作用時(工程2
)およびその後の培養時(工程3)にDNA損傷が有意に減少していることが分かる。一方、(c)の温度上昇実験では、全ての過程においてDNA損傷が増加していることが分かる。
【0028】
[4.結論]
本実験によって、周波数0.28THz、パワー密度250mW/cm2のテラヘルツ連続光を照射すると、ブレオマイシンによる細胞核内のDNA損傷の修復が誘起されることが分かった。テラヘルツ光の照射によって細胞の温度は数℃上昇するが、温度を上昇させるだけでテラヘルツ光を照射しなかった実験では反対の傾向の結果が得られている。したがって、テラヘルツ光が細胞内の分子に直接作用した結果、DNAの損傷修復が誘起されることが分かる。
【0029】
本手法は、テラヘルツ光を照射するだけで非侵襲的にDNA損傷修復機能を促進させることができ、将来的な生命現象の光制御技術開発のための重要な基盤技術となる可能性を示している。
【0030】
(その他の実施形態)
本発明は、細胞にテラヘルツ光を照射し、前記照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、ことを特徴とするDNA修復促進方法と捉えることができる。また、本発明は、細胞にテラヘルツ光を照射し、前記照射により前記細胞のDNAの損傷修復を促進する、ことを特徴とするDNA修復促進方法とも捉えられる。
【0031】
また、上記の説明は本発明の一実施例を示したものであり、本発明は上記には限定されない。
【0032】
例えば、テラヘルツ光源はIMPATTダイオードに限られず、Gunnダイオードやジャイロトロンなどを光源として採用してもよい。また、テラヘルツ光を試料(細胞)に照射するための光学系も特に限定されない。
【0033】
使用可能なテラヘルツ光は、上記で説明した周波数やパワー密度のものに限られない。例えは、テラヘルツ光の周波数は、0.15THz以上1THz以下であればよく、0.2THz以上0.5THz以下であることがより好ましいと考えられる。また、パワー密度は、150mW/cm2以上300mW/cm2以下であれば好ましいと考えられる。
【符号の説明】
【0034】
1:細胞質分裂阻害装置
11:テラヘルツ光源 12:ホーンアンテナ 13:プラスチックレンズ
14:小型インキュベータ 15:フィルムボトムディッシュ
16:顕微鏡 17:培養細胞(HeLa細胞)