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特開2024-58796自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058796
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240422BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240422BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166121
(22)【出願日】2022-10-17
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】浦島 裕史
(72)【発明者】
【氏名】林 隆史
(72)【発明者】
【氏名】大村 圭一
(57)【要約】
【課題】自然電位が貴な電位(高電位)と卑な電位(低電位)との間で変動を繰り返す、自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼を提供する。
【解決手段】質量%にて、C:0.018%超0.30%以下、Si:0.01~4.00%、Mn:0.01~3.00%,P:0.001~0.05%、S:0.0001~0.01%、Cr:9~23%、Ni:0.001%以上2.0%未満、Cu:0.001~1.5%、Mo:0.001~1.5%、Sn:0.001~0.300、Al:0.03%超4.00%以下、N:0.001~0.100%、O:0.0001~0.01%を含有し、さらに質量%にて、Zr:0.001~0.1%、V:0.001~0.2%、W:0.001~0.1%、Ta:0.001~0.1%、Hf:0.001~0.1%の1種または2種以上を含有するステンレス鋼。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
C:0.018%超0.300%以下、Si:0.01~4.00%、Mn:0.01~3.00%,P:0.001%~0.05%、S:0.0001~0.01%、Cr:9~23%、Ni:0.001%以上2.0%未満、Cu:0.001~1.5%、Mo:0.001~1.5%、Sn:0.001~0.300%、Al:0.03%超4.00%以下、N:0.001~0.100%、O:0.0001~0.01%を含有し、
さらに質量%にて、Zr:0.001~0.1%、V:0.001~0.6%、W:0.001~0.1%、Ta:0.001~0.1%、Hf:0.001~0.1%の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成ることを特徴とする自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼。
【請求項2】
前記ステンレス鋼が、フェライト系ステンレス鋼またはマルテンサイト系ステンレス鋼であることを特徴とする請求項1に記載の自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然淡水・汽水を貯蔵もしくは輸送する製品や河口堰、水門などの、直接自然淡水・汽水と接する環境で優れた耐孔あき性を有する、自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、貯蔵用タンク類、輸送用ラインパイプ類、水路、河口堰、水門など、自然水に直接接触する部材は、塩濃度や温度条件によって種々のステンレス鋼が使用されている。特に塩化物イオン濃度が20000ppm程度の海水環境中ではCr量が25%を超える高Crステンレス鋼が使用されている。これに対し、一般の塩化物イオン濃度が200ppmを下回る塩濃度が低い淡水(河川水・湖水)ではSUS304鋼やSUS316L鋼などのオーステナイト系ステンレス鋼が使用されている。さらに、200~20000ppmの淡水と海水が混ざる汽水環境では濃度によって種々の鋼種が選択して使用されている。ただし、オーステナイト系ステンレス鋼は高価なNiを多量に添加しているため非常に高価である。
【0003】
特許文献1では水路の部材として波型鋼板製水路部材にフェライト系ステンレス鋼が使用されている。耐食性は赤錆発生面積率で評価されている。従来材の亜鉛めっき材に替えてステンレス鋼を用いることにより、赤さびの発生が低減し、ライフサイクルコストが低減できるとしている。
【0004】
種々の環境の液中で使用されるステンレス鋼においては、平坦な部位に比較して隙間部において腐食が進行しやすいことが知られている(隙間腐食)。また、液中に浸漬したステンレス鋼の自然電位が貴化する(高電位化する)ほど孔食が発生、成長しやすくなることが知られている。
【0005】
自然水中では、微生物を含んでいるため、ステンレス鋼の表面にはバイオフィルムが形成され、生物の代謝物の作用によって金属の自然電位が貴な電位にシフトするといわれている。特許文献2では微生物の堆積によって自然電位が貴な電位にシフトすることを確認した上で、貴な電位であっても隙間腐食が発生しにくい耐隙間腐食性を示す材料として、Vを添加したステンレス鋼が好適であることを開示している。
【0006】
以上のように、直接自然淡水・汽水と接する環境で使用される、ステンレス鋼を用いた部材については、隙間部があると隙間腐食が発生することが知られているため、極力隙間部を形成しないような形状として設計される。そのため、部品と部品とのつなぎ目など構造上の隙間部はわずかである。
【0007】
ステンレス鋼部材の平坦な部分(平面部)については、上述のように隙間部に比較すると腐食は発生しづらい。微生物の堆積によって金属とバイオフィルムとの間の隙間部に隙間腐食が発生しやすくなることも考えられる(特許文献2)が、実運用されている個所では流れがあり、微生物のような軽い物質は流され、隙間を形成し続けることはまれである。
【0008】
以上のように、隙間部に対して、平面部では接する水の入れ替わりもあり、隙間部より腐食しにくい環境であるものの、隙間部に対して平面部の面積割合は圧倒的に大きいため、平面部で生じるステンレス鋼特有の孔食の進展が全漏水量を左右すると言える。
【0009】
なお、上述のとおり、自然電位が貴化するほど孔食が発生、成長しやすくなるため、コントロールされた環境よりも耐食性の高い材料の適用が必要とされている。ただし、ライフライン等漏水が許されない厳格な箇所以外は、漏水が生じた場合にもそのまま使用され、一定期間ののちに補修をすることで運用されている。
【0010】
また、従来知られている材料は、一般的な40年間のトータル費用でLCCを算出していることから製品寿命を40年程度に設定していると考えられる。従って、直近の50年以上の長寿命化のニーズを満足するものではない。
【0011】
また、一般的にステンレス鋼は水位線近傍に孔食が発生しやすいことが知られている。当該部では地表に対して鋼材が垂直に位置していることが特徴であり、孔あきには水平方向の孔食の進展が重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2018-162594号公報
【特許文献2】特開2001-254149号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
著者らは様々な角度に設置した試験片を用いた検討の結果、孔食は水平方向よりも重力に沿った鉛直方向に進展しやすいことを知見した。具体的には直径0.1~1mm程度の孔食の内部には腐食によって生じた金属イオンや塩化物イオンが蓄積されアノライトと呼ばれる低pHの腐食性の高い液体となる。このアノライトが重力の影響を大きく受け、下方向に溜まりやすく、鉛直方向に腐食は進展すると推定した。したがって、地表に対して垂直に位置している鋼材よりも水平に位置している鋼材の方が板厚方向に腐食が進展し、穴が開きやすいと考えた。
【0014】
後述のように、環境の自然電位は貴な電位(高電位)と卑な電位(低電位)との間で絶えず変動していることが分かった。これに対し、いずれの公知文献においても実際のような自然電位の変動を模擬した試験を実施できているとは言えず、最適な成分設計ができているとは言えない。
【0015】
本発明は、自然電位が貴な電位(高電位)と卑な電位(低電位)との間で変動を繰り返す、自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼に関するものであって、鋼材の使用設備の運用を長期にわたって確保することを可能とする、ステンレス鋼(特にフェライトおよびマルテンサイト系ステンレス鋼)を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
発明者らは上述の観点から、まず対象となる部位を決定した。
50年以上の寿命を確保する目的で、耐食性の劣化を引き起こす溶接部を減らし、嵌合やボルトナットやねじのような部品を使うような機械的な締結構造とすることを念頭におく。前述のとおり、隙間部に対して平面部の面積割合は圧倒的に大きいため、平面部で生じるステンレス鋼特有の孔食の進展が全漏水量を左右すると言える。また同じ平面部でも、上述のとおり、地表に対して垂直に位置している鋼材よりも水平に位置している鋼材の方が板厚方向に腐食が進展し、穴が開きやすい。そこで、液中に平面を水平に載置したときの、孔食の発生を抑制することを検討した。
【0017】
まず、材料がさらされる環境である河川にて、スーパーステンレス鋼をモニタリングの電極として用いて孔食促進度の指標となる自然電位測定を行った。電極の腐食による測定ノイズの可能性を除外する目的で耐食性の非常に高いスーパーステンレス鋼を適用した。その結果、環境の自然電位は絶えず変動していることが分かった。さらに、同時にフェライト系ステンレス鋼の腐食挙動をモニタリングすると、高い自然電位の環境にさらされて試験片に孔食が生じても、環境の自然電位の低下ののちに、再不働態化が生じて孔食の進展が停止する挙動が見られ、断続的に孔食が進展していることが分かった。このことから過去に評価されたような孔食の発生挙動だけでなく、再不働態化ののちに孔食が発生しにくいことが耐孔あき性に大きな影響を及ぼすことを知見した。環境を模擬した実験室の試験により再不働態化ののちに孔食が発生しにくく、水平方向への孔食進展を抑制する効果のある添加元素を調査した。
【0018】
ステンレス鋼の成分としては、溶接を使用しない前提でNb、Tiを無添加とした。また同様に低コストを志向しCr含有量を23%未満、高価なNiの添加量が少ないフェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼とすることを基本のコンセプトとして材料の開発に着手した。
【0019】
その結果、ステンレス鋼中にZr、V、W、Ta、Hfの1種以上を含有すると、再不動態化を促進し、再度の孔食の発生を抑制する効果があり、微量の添加でも極めて良好な水平方向の耐孔あき性が確保できることを見出し、適切な添加量の特定に至り本発明を完成したものである。
【0020】
本発明の要旨とするところは以下の通りである。
[1]質量%にて、
C:0.018%超0.30%以下、Si:0.01~4.00%、Mn:0.01~3.00%,P:0.001%~0.05%、S:0.0001~0.01%、Cr:9~23%、Ni:0.001%以上2.0%未満、Cu:0.001~1.5%、Mo:0.001~1.5%、Sn:0.001~0.300%、Al:0.03%超4.00%以下、N:0.001~0.100%、O:0.0001~0.01%を含有し、
さらに質量%にて、Zr:0.001~0.1%、V:0.001~0.6%、W:0.001~0.1%、Ta:0.001~0.1%、Hf:0.001~0.1%の1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成ることを特徴とする自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼。
[2]前記ステンレス鋼が、フェライト系ステンレス鋼またはマルテンサイト系ステンレス鋼であることを特徴とする[1]に記載の自然淡水・汽水環境での耐孔あき性に優れたステンレス鋼。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、自然淡水・汽水での水平方向の耐孔あき性を大幅に改善することが可能となり、過剰な合金成分を添加することなく使用できる自然淡水・汽水環境用フェライト系ステンレス鋼を提供することができ、産業上極めて高い価値を有する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、自然淡水・汽水環境に適用可能なフェライト系ステンレス鋼を提供するものであるが、塩化物イオン濃度は干満による影響を考慮し、最大2000ppmの自然淡水を想定している。また、本発明のフェライト系ステンレス鋼は、上記の環境において鋼板を成型加工した形態で用いられる。
【0023】
発明者らはまず、1年間以上各地の河川および湖水で浸漬を行ったステンレス鋼の自然電位を測定し、自然電位が絶えず変動することとその変動範囲を明確にした。
【0024】
その結果、鋼種により差はあるものの、ステンレス鋼の自然電位は概ね0~0.6Vvs.SSE(以後、Vと記載)程度の範囲で変動することを知見した。
【0025】
次いで、本発明者らは種々のステンレス鋼の自然水模擬環境中の孔食の進展度評価を実施した。評価にはより厳しい汽水環境を模擬するようにした。塩化物イオンを約2000ppm含む溶液(低電位液)と、低電位液に0.5%となるよう過酸化水素水を添加した溶液(高電位液)を用意した。過酸化水素水には電位を貴化する効果がある。高電位液は環境の自然電位が貴な状況を模擬し、低電位液は環境の自然電位が卑な状況を模擬した溶液である。鋼種によって差はあるものの低電位液は0V程度、高電位液は0.3~0.6V程度の自然電位を示し、自然淡水・汽水環境の模擬として妥当である。
【0026】
試験片は30x50x1mmで#400湿式研磨仕上げとした。ステンレス鋼の成分としては、Nb、Tiを無添加とし、また低コストを志向しCr含有量を19%未満、高価なNiの添加量が少ない成分組成とした。
【0027】
まず工程1として30℃に調温した高電位液に、試験片の最も広い面(評価面)が水平上向きになるように液中に8時間撹拌させずに静置し、孔食の発生を促した。その後未使用の低電位液で洗浄した。さらに乾燥させることなく工程2として30℃に調温した未使用の低電位液に工程1と同様に評価面が上になるように16時間静置し、工程1で発生した孔食の停止を促した。その後、再び未使用の低電位液で洗浄した。最後に工程3として、30℃に調温した高電位液に工程1と同様に試験片の評価面が上になるように静置し96時間浸漬し、再度の孔食の発生を促した。その後、洗浄、さびの除去後に孔食深さを測定した。
【0028】
測定は光学顕微鏡を用いて焦点深度法にて実施した。測定された孔食の深さのうち各サンプルの表面方向からの深さの最大値を特性値として整理し、孔食抑制効果のある元素とその添加量を決定した。
【0029】
結果は後述の実施例に示す。実施例から明らかなように、ステンレス鋼中にV、W、Zr、Ta、Hfの1種以上を添加することにより、浸漬液とステンレス鋼との自然電位が高電位-低電位-高電位と繰り返した場合の孔食の発生を抑制できることが判明した。
【0030】
上記のような手法を用いて、模擬自然淡水中で適用可能なステンレスを開発するに至った。
【0031】
以下に本発明の構成要件の限定理由を述べる。成分組成について、%は特に断らない限り質量%を意味する。
【0032】
V、W、Zr、Ta、Hfは、水と反応し不働態化を阻害するアノライトに溶解しにくく、バリア性の高い酸化物や水酸化物の皮膜を形成することで、再度の孔食発生を抑制する元素と考えており、本発明の根幹をなすものである。特に、自然電位の貴化で孔食が発生し、自然電位の卑化で孔食が停止したのちに、再度自然電位が貴化したときに孔食が発生しにくくなるため、孔食の進展速度は大幅に低減する。
Vは0.001%を超える添加でその効果を発揮する。一方、多量の添加はコスト増加をもたらすため、上限は0.6%とした。より良好な耐孔あき性を得るためには、0.004~0.01%の添加が好ましい。さらに好ましい範囲は0.05~0.1%である。
また、W、Zr、Ta、Hfは、0.001%以上の添加でその効果を発揮する。より好ましい下限としては、Wは0.003%、Zrは0.007%、Taは0.002%、Hfは0.003%である。一方、多量の添加はコスト増加をもたらすため、上限は0.1%とした。より良好な耐孔あき性を得るためには、それぞれ0.01%以上の添加が好ましい。
【0033】
Cは、ステンレス鋼の耐孔あき性に有害であり、低いほど好ましいが、精錬コストを考慮して下限を0.018%超とした。また、0.300%を超えると孔食の発生頻度を大幅に促進させるため、0.300%を上限とした。
【0034】
Siは、耐孔あき性に影響を及ぼさない範囲で熱間圧延可能な通常のステンレス鋼の成分範囲として、その添加量を4.00%以下とした。また、Si量が0.01%未満では製造コストが高くなることから、下限を0.01%とした。
【0035】
Mnは、固溶強化元素であり、多量の添加は耐食性を劣化させる。このため添加量を3.00%以下とした。また、Mn量が0.01%未満では製造コストが高くなることから、0.01%以上とした。
【0036】
Pは、孔食の発生頻度および熱間加工性の観点から少ないことが望ましいが、0.001%未満では製造コストが高くなることから0.001%以上とした。一方、0.05%を超えると熱間加工性が極端に劣化するため、0.05%以下を上限とする。
【0037】
Sは、多量に添加した場合、介在物として生成して耐食性を低下させ、0.01%を超えるとそれが顕著となるため、添加量を0.01%以下とした。0.0001%未満では製造コストが高くなることから、0.0001%以上とした。
【0038】
Crは、ステンレス鋼の基本成分である。9.0%未満であると耐食性が低下するため、9.0%以上の添加とした。Cr量が多いほど孔食の発生頻度および再不導体化能は向上するが、23.0%を超える場合には自然淡水中においては効果が飽和するため、上限を23.0%とした。
【0039】
Ni,Cu,Moは、耐孔あき性をさらに向上させる元素であり、淡水でも特に塩化物イオン濃度が高い場合や長期間メンテナンスが出来ない用途で有効である。そこで本発明においては、Ni,Cu,Moをいずれも添加する。それぞれ0.001%以上添加することにより効果が現れる。より好ましい下限としては、Niは0.010%、Cuは0.060%、Moは0.002%である。さらに好ましい下限としては、Niは0.055%、Cuは0.115%、Moは0.015%である。しかし、加工性を考慮すると上限はNiが2.0%未満、Cu、Moが1.5%である。
【0040】
Snは、耐食性の向上に有効な元素であり、0.001%以上の添加で安定して発現するため下限を0.001%とする。一方、過度の添加は自然淡水中においては効果が飽和するため、上限を0.30%とする。なお、Cuとの相互作用により硬化し、成型性に悪影響を及ぼすため、望ましくは0.01~0.15%である。
【0041】
Alは、脱酸剤として使用されるため、不可避的に0.03%超残存する。従ってこれを下限とした。多量に添加すると製造性を著しく劣化させるため、4.00%を上限とした。
【0042】
Nは、加工性を重視する場合には低い方が好ましいため、下限は精錬コストを考慮して0.001%とした。フェライト系ステンレス鋼でのNの多量添加は、Cr窒化物の析出により耐食性を劣化させるため、上限を0.100%とした。
【0043】
Oは、主に酸化物として存在しており、多量に残存すると製造時の表面キズの原因となるため、上限を0.01%とした。Oは低い方が好ましく低減コストを考慮して下限を0.0001%とした。
【0044】
以上が本発明における必須元素であり、残部はFe及び不可避的不純物である。
【0045】
また、用途として貯蔵用タンク類、輸送用ラインパイプ類、機械的に加工された鋼板をつなぎ合わせた開水路やパイプ状水路などがあげられる。
【0046】
本発明のステンレス鋼は、フェライト系ステンレス鋼またはマルテンサイト系ステンレス鋼であると好ましい。フェライト系ステンレス鋼であれば加工性に優れるため複雑な形状の成型加工に適し、またはマルテンサイト系ステンレス鋼であれば耐力が高く加工が難しいが、製品の剛性を高める効果が期待できるためである。熱処理温度をオーステナイトが生成しない温度域とすれば、フェライト系ステンレス鋼となり、熱処理温度をフェライトが生成しない温度域とすればマルテンサイト系ステンレス鋼となる。熱処理温度で何が生成するかは合金組成で決定される。
【実施例0047】
以下に実施例に基づいて本発明をさらに説明する。表1、表2は本発明鋼ならびに比較鋼の化学組成を示すもので、それぞれ電気炉真空溶解法によって溶解、鋳造し、鋼塊を作製した。これら鋼塊を5mm厚まで熱間圧延し、その後、冷間圧延及び焼鈍の組み合わせによって1.0mm厚の鋼板を作製した。鋼板から30x50x1mmの試験片を採取した。前述のような模擬自然水中で合計120時間の浸漬試験を行い、試験後の孔食深さ調査することで耐孔食性を調査した。
【0048】
低電位液として、塩化物イオンを約2000ppm含む溶液を用いた。高電位液として、低電位液に0.5%となるよう過酸化水素水を添加した溶液を用意した。過酸化水素水には電位を貴化する効果がある。高電位液は環境の自然電位が貴な状況を模擬し、低電位液は環境の自然電位が卑な状況を模擬した溶液である。鋼種によって差はあるものの低電位液は0V程度、高電位液は0.3~0.6V程度の自然電位を示し、自然淡水・汽水環境の模擬として妥当である。
【0049】
工程1として30℃に調温した高電位液に、試験片の最も広い面(評価面)が水平上向きになるように液中に8時間撹拌させずに静置した。その後未使用の低電位液で洗浄した。さらに乾燥させることなく工程2として30℃に調温した未使用の低電位液に工程1と同様に評価面が上になるように16時間静置した。その後、再び未使用の低電位液で洗浄した。最後に工程3として、30℃に調温した高電位液に工程1と同様に試験片の評価面が上になるように静置し96時間浸漬した。その後、洗浄、さびの除去後に孔食深さを測定した。
【0050】
測定は光学顕微鏡を用いて焦点深度法にて実施した。測定された孔食の深さのうち各サンプルの表面方向からの深さの最大値を特性値として整理した。
【0051】
耐孔あき性の評価は、以下に示した基準で3段階の評点にて行い、表1、2の「試験結果」に表示した。
1:孔食深さ0.1mm未満
2:孔食深さ0.1mm以上0.5mm未満
3:孔食深さ0.5mm以上
評点1は、非常に高い耐孔あき性であり、定期的メンテナンスフリーでの使用が可能である。評点2は良好な耐孔あき性を有し、実際の使用に耐えられるレベルである。評点3は使用中に孔あきに至る鋼種であり想定する寿命を満足することはできない。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
表1、表2に結果を示す。本発明範囲から外れる成分組成に下線を付している。
【0055】
表1、表2に示すように、No.1~38の本発明例では、評点1、2であり実用に耐えうる鋼種であることが分かる。
【0056】
これに対して、表2に示すように、No.A~Jの比較例ではいずれも評点3であり実用を満足しないレベルであった。
比較例のNo.JはV、W、Zr、Ta、Hfをいずれも含有しておらず、試験結果が評点3と不良であった。
比較例のNo.A、B、G、Iは、それぞれC、S、N、Mnが高め外れであり、試験結果が評点3と不良であった。
比較例のNo.C、D,E、F、HはそれぞれNi、Cr、Cu、Mo、Snが低め外れであり、試験結果が評点3と不良であった。
【0057】
以上のように、本発明鋼が比較鋼に比べて極めて優れた耐孔あき性を有することがわかる。