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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058816
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池用負極材料
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/38 20060101AFI20240422BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240422BHJP
   C01B 33/02 20060101ALI20240422BHJP
   C01B 33/06 20060101ALI20240422BHJP
【FI】
H01M4/38 Z
H01M4/36 A
C01B33/02 Z
C01B33/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166154
(22)【出願日】2022-10-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・令和4年9月27日にウェブサイトにて公開の日本化学会秋季事業 第12回 CSJ化学フェスタ2022の予稿集(発表番号P5-102) ・令和4年10月13日にウェブサイトにて公開の日本化学会秋季事業 第12回 CSJ化学フェスタ2022のグラフィカルアブストラクト(発表番号P5-102)
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 優太
(72)【発明者】
【氏名】坂口 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】道見 康弘
(72)【発明者】
【氏名】薄井 洋行
【テーマコード(参考)】
4G072
5H050
【Fターム(参考)】
4G072AA01
4G072AA20
4G072BB05
4G072DD03
4G072DD04
4G072GG02
4G072JJ09
4G072MM26
4G072MM28
4G072MM38
4G072MM40
4G072TT01
4G072UU30
5H050AA07
5H050AA08
5H050BA16
5H050BA17
5H050CB11
5H050HA01
5H050HA02
5H050HA05
(57)【要約】
【課題】高容量と高いサイクル特性を両立することができるリチウムイオン電池用負極材料を提供する。
【解決手段】Si相と、少なくとも1種のSi化合物相と、を含み、Si化合物相は、Si、A元素、B元素、C元素の化合物よりなり、A元素は、Crであり、B元素は、VおよびNbより選択され、C元素は、Mo,Ta,W,Fe,Ni,Zr,Nbより選択される、リチウムイオン電池用負極材料とする。ただし、B元素がNbであるとき、C元素はNb以外より選択される。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si相と、少なくとも1種のSi化合物相と、を含み、
前記Si化合物相は、Si、A元素、B元素、C元素の化合物よりなり、
前記A元素は、Crであり、
前記B元素は、VおよびNbより選択され、
前記C元素は、Mo,Ta,W,Fe,Ni,Zr,Nbより選択される、リチウムイオン電池用負極材料。
ただし、前記B元素がNbであるとき、前記C元素はNb以外より選択される。
【請求項2】
前記A元素、前記B元素、前記C元素はそれぞれ、単独でSiと化合物を形成していない、請求項1に記載のリチウムイオン電池用負極材料。
【請求項3】
それぞれ原子数比で、
前記A元素、前記B元素、前記C元素の合計に占める前記A元素の割合が、0.3以上0.7以下であり、
前記B元素と前記C元素の合計に占める前記B元素の割合が、0.4以上0.6以下である、請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン電池用負極材料。
【請求項4】
前記リチウムイオン電池用負極材料中で前記Si相が占める割合を示すSi相量が、20質量%以上80質量%以下である、請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン電池用負極材料。
【請求項5】
前記リチウムイオン電池用負極材料はさらに、Sn,Al,In,Biより選択される少なくとも1種の添加元素を、Siと化合物を形成することなく、前記リチウムイオン電池用負極材料全体の10質量%以下の量で含有する、請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン電池用負極材料。
【請求項6】
前記Si相の平均粒径が、500nm以下である、請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン電池用負極材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池用負極材料に関し、さらに詳しくは、Si相と、Si化合物相とを含有するリチウムイオン電池用負極材料に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)等の電動自動車や、スマートフォンやノートパソコン等のモバイル機器には、リチウムイオン電池(リチウムイオン二次電池)が搭載されることが多く、電動自動車の普及やモバイル機器の高性能化に伴い、リチウムイオン二次電池の高エネルギー密度化が求められている。リチウムイオン二次電池の負極材料としては、従来一般にはグラファイトが用いられてきた。しかし、グラファイトは理論容量が低いため、グラファイトを負極材料の主成分として用いて、負極の高容量化を達成するのには限界がある。そこで、グラファイトよりも高い理論容量を示す材料の1つとして、Siが負極材料として用いられるようになっている。
【0003】
リチウムイオン電池において、負極は、充電時にリチウムイオンを吸蔵し、放電時にそのリチウムイオンを放出する。Siを負極材料として用いると、上記のように高エネルギー密度化を図れる反面、リチウムイオンの吸蔵・放出時に、著しい膨張と収縮を伴うため、充電・放電のサイクルを繰り返すに従って、電極の崩壊が進行しやすくなる。電極の崩壊が起こると、負極において導電経路が徐々に失われ、リチウムイオン電池の特性が悪化する。
【0004】
リチウムイオン電池の負極材料において、リチウムイオンの吸蔵・放出に伴う電極の崩壊を抑制し、充電・放電のサイクルの繰り返しを経た際の電池特性(サイクル特性)を向上させる方法の1つとして、Siを他の金属元素と合金化させる方法が用いられている。この場合には、Si相に周りを取り囲まれて、Si化合物(シリサイド)の相が形成され、リチウムイオンの吸蔵によってSi相が膨張した際に、膨張応力をSi化合物相が緩和することで、Si相の割れや崩壊が抑制される。例えば、特許文献1に、SiからなるSi主要相と、SiとSi以外の一種以上の元素からなる化合物相を有し、化合物相が、SiとCr、あるいはSiとCrとTiからなる相を含んでなる負極材料が開示されている。また、発明者らの発明による特許文献2に、Si相とSi化合物相とを有する負極材料が開示されている。特許文献2では、Si化合物相が、Si-Cr-VまたはSi-Cr-Nb三元系シリサイドより構成される形態を、主に扱っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-62660号公報
【特許文献2】特開2021-22438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、リチウムイオン電池用の負極材料において、Siを主材料として用いることで、高容量化を図ることができ、さらに、Siの合金化により、Si相とSi化合物相を共存させることで、サイクル特性の向上を図ることができる。しかし、発明者らは、Si化合物相の組成を検討することで、Si化合物相によるサイクル特性向上の効果をさらに高められる可能性があるとの知見を得た。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、高エネルギー密度と高いサイクル特性を両立することができるリチウムイオン電池用負極材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明のリチウムイオン電池用負極材料は、以下の構成を有する。
[1]本発明にかかるリチウムイオン電池用負極材料は、Si相と、少なくとも1種のSi化合物相と、を含み、前記Si化合物相は、Si、A元素、B元素、C元素の化合物よりなり、前記A元素は、Crであり、前記B元素は、VおよびNbより選択され、前記C元素は、Mo,Ta,W,Fe,Ni,Zr,Nbより選択される。ただし、前記B元素がNbであるとき、前記C元素はNb以外より選択される。
【0009】
[2]上記[1]の態様において、前記A元素、前記B元素、前記C元素はそれぞれ、単独でSiと化合物を形成していないとよい。
【0010】
[3]上記[1]または[2]の態様において、それぞれ原子数比で、前記A元素、前記B元素、前記C元素の合計に占める前記A元素の割合が、0.3以上0.7以下であり、前記B元素と前記C元素の合計に占める前記B元素の割合が、0.4以上0.6以下であるとよい。
【0011】
[4]上記[1]から[3]のいずれか1つの態様において、前記リチウムイオン電池用負極材料中で前記Si相が占める割合を示すSi相量が、20質量%以上80質量%以下であるとよい。
【0012】
[5]上記[1]から[4]のいずれか1つの態様において、前記リチウムイオン電池用負極材料はさらに、Sn,Al,In,Biより選択される少なくとも1種の添加元素を、Siと化合物を形成することなく、前記リチウムイオン電池用負極材料全体の10質量%以下の量で含有するとよい。
【0013】
[6]上記[1]から[5]のいずれか1つの態様において、前記Si相の平均粒径が、500nm以下であるとよい。
【発明の効果】
【0014】
上記[1]の構成を有する本発明にかかるリチウムイオン電池用負極材料は、Si相と、Si化合物相とを含んでおり、Si化合物相が、Si-A-B-Cの四元系化合物より構成されている。リチウムイオン電池用負極材料は、この組成を有することにより、高い初期放電容量を示すとともに、充電・放電を繰り返した際の容量維持率が高くなり、高容量と高いサイクル特性を両立するものとなる。後に実施例に示すように、Si化合物相が四元系化合物より構成されることで、二元系化合物や三元系化合物より構成される場合と比較して、さらに高いサイクル特性向上効果が得られる。
【0015】
上記[2]の態様においては、A元素、B元素、C元素がそれぞれ、単独でSiと化合物を形成していない。後に説明するように、X線回折による分析からも、A元素、B元素、C元素は、Si-A、Si-B、Si-Cの各化合物を形成することなく、Si-A-B-Cの四元系化合物を形成することが確認されている。これにより、四元系Si化合物相によるサイクル特性向上の効果が高く得られる。
【0016】
上記[3]の態様においては、A元素、B元素、C元素の合計に占めるA元素の割合が0.3以上0.7以下となり、B元素とC元素の合計に占めるB元素の割合が0.4以上0.6以下となっている。Siと四元系化合物を形成するA,B,Cの3種の元素が、このような割合でバランス良く含有されることにより、四元系化合物より構成されるSi化合物相によるサイクル特性向上の効果が、特に高くなる。
【0017】
上記[4]の態様においては、Si相量が、20質量%以上80質量%以下となっている。この場合には、リチウムイオン電池用負極材料がSi相を十分に含むことによる容量向上の効果と、化合物相を十分に含むことによるサイクル特性向上の効果が、ともに高く得られる。Si相量は、リチウムイオン電池用負極材料を構成するSiの全量から、A,B,C元素と化合物を形成するSiの量を差し引いたものとして得ることができる。
【0018】
上記[5]の態様においては、リチウムイオン電池用負極材料がさらに、Sn,Al,In,Biより選択される少なくとも1種の添加元素を、Si化合物を形成することなく、リチウムイオン電池用負極材料全体の10質量%以下の量で含有する。リチウムイオン電池用負極材料が上記添加元素を含有することで、リチウムイオン電池用負極材料中でのリチウムイオンの拡散性が高められ、容量向上に高い効果が得られる。添加元素の含有量を10質量%以下に抑えておくことで、サイクル特性向上の効果も高く維持される。
【0019】
上記[6]の態様においては、Si相の平均粒径が500nm以下となっている。この場合には、リチウムイオンの吸蔵・放出に伴うSi相の膨張・収縮の影響を抑えて、特に高いサイクル特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施形態にかかるリチウムイオン電池用負極材料の構造を示す模式図である。
図2】実施例1にかかる負極材料を観察した走査電子顕微鏡像である。
図3】Si化合物相の組成が異なる場合について、X線回折の分析結果を比較する図である。(a)が全体図、(b)が部分拡大図である。
図4】Si化合物相の組成が異なる場合について、サイクル特性を比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態にかかるリチウムイオン電池用負極材料について、詳細に説明する。本明細書においては、特記しないかぎり、化合物における各元素の含有割合は、原子数比によって示す。また、ある材料にある成分が含有されない形態には、その成分の他に、不可避的不純物が含有される場合も含むものとする。
【0022】
[リチウムイオン電池用負極材料の構成]
本開示の一実施形態にかかるリチウムイオン電池用負極材料(以下、単に負極材料と称する場合がある)の構造を、図1に模式的に示す。負極材料1は、Si相2と、Si化合物相3とを含んでいる。Si相2は、不可避的不純物を除いてSi単体よりなる相である。Si化合物相3は、後に説明する四元系Si化合物よりなる相である。Si相2とSi化合物相3の空間分布は特に限定されるものではないが、典型的には、図1に示すとおり、負極材料1の内部において、粒子状のSi化合物相3の周りをSi相2が取り囲んでいる。つまり、負極材料1の粒子において、Si化合物相3を島とし、Si相2を海とする海島構造が形成されている。
【0023】
(Si化合物相の組成)
Si化合物相は、Si、A元素、B元素、C元素の化合物より構成されている。つまり、Si化合物相は、Si-A-B-Cの四元系化合物、詳細には四元系シリサイドより構成されている。ここで、A元素、B元素、C元素の元素種は、以下のとおりである。
・A元素:Cr
・B元素:VおよびNbより選択される元素。
・C元素:Mo,Ta,W,Fe,Ni,Zr,Nbより選択される元素。ただし、B元素がNbであるときは、C元素はNb以外より選択される。
【0024】
本実施形態にかかる負極材料に含まれるSi化合物相は、上記のとおり、Si-A-B-Cの四元系シリサイドより構成される。詳細には、0<x<1、0<y<1として、Si化合物相は、A1-x-ySiの組成を有するシリサイドより構成される。本実施形態にかかる負極材料は、Si、A元素、B元素、C元素の少なくとも1種よりなる化学種として、Si相を構成するSi単体の他は、不可避的不純物を除いて、上記四元系シリサイドのみを含むことが好ましい。特に、負極材料は、A元素、B元素、C元素がそれぞれ単独でSiとの間で形成する化合物、つまりSi-A、Si-B、Si-Cの各二元系化合物を含まないことが好ましい。後の実施例に示すように、SiとA,B,C元素を含む合金溶湯の急冷によって負極材料を形成する場合には、それら二元系化合物は、X線回折(XRD)による検出限界以上の量では形成されない。A,B,C元素のうち2種とSiよりなる三元系化合物や、Siを含まずにA,B,C元素の少なくとも2種よりなる合金も形成されない。また、本実施形態にかかる負極材料は、少なくとも1種のSi化合物相を含むことができ、各Si化合物相は、B元素およびC元素をそれぞれ1種ずつ含む四元系化合物として構成されるが、B元素および/またはC元素の種類が異なる2種以上のSi化合物相が、互いに共存するものであってもよい。
【0025】
本実施形態にかかる負極材料は、リチウムイオンの吸蔵と放出を可逆的に繰り返すことができ、リチウムイオン電池(リチウムイオン二次電池)用の負極活物質として機能する。負極材料がSi相を含有することで、リチウムイオン電池を構成した際に、高容量を示すものとなり、高い初期放電容量を与える。Si相は、リチウムイオンの吸蔵・放出時に、膨張・収縮を起こすが、本実施形態にかかる負極材料においては、Si化合物相がSi相と共存していることで、Si相が膨張する際の膨張応力をSi化合物相が緩和することができる。その結果として、リチウムイオンの吸蔵・放出に伴うSi相の膨張・収縮による亀裂の発生や電極の崩壊が抑制される。そのため、充電・放電を繰り返しても、負極材料が高い活性を維持し、サイクル特性、つまり充電・放電のサイクルの繰り返しを経た際の電池特性(容量等)の高いものとなる。このように、本実施形態にかかる負極材料は、高容量と高サイクル特性を両立するものとなる。
【0026】
特に、本実施形態にかかる負極材料においては、Si化合物相が、四元系シリサイドより構成されており、二元系シリサイドや三元系シリサイドより構成される場合よりも、Si化合物相の存在によるサイクル特性向上の効果が高くなる。これは、A元素、B元素、C元素のそれぞれが、シリサイドにおいて発揮する機能が、四元系シリサイドの形成によって、複合的に発揮されるためであると推測される。本実施形態においては、A元素としてのCrと組み合わせるB元素およびC元素として、上に列挙したものが選択されていることにより、A,B,Cの3種の元素が、Siとともに、四元系シリサイドを安定に形成するものとなる。A,B,Cの3種の元素のそれぞれのシリサイド、つまりSi-A,Si-B,Si-Cの各化合物は、同一の結晶構造をとるとともに、A元素、B元素、C元素の間で、原子半径の差が小さくなっているためである。後に比較例として示すように、B元素および/またはC元素の代わりに、B元素およびC元素として列挙した以外の金属元素を用いる場合には、必ずしも、四元系シリサイドが安定に形成されず、また、四元系シリサイドが形成されたとしても、多くの場合、負極材料のサイクル特性の向上に有効に機能するものとはならない。
【0027】
B元素およびC元素はそれぞれ、上記で列挙した元素のいずれであってもかまわないが、B元素は、Vである形態が特に好ましい。また、C元素は、Mo,Ta,Wのいずれか、中でもMoである形態が特に好ましい。
【0028】
Si化合物相を構成する四元系化合物において、原子数比で、A,B,C元素の合計に占めるA元素の割合(各元素の含有量をA,B,Cで表記した場合に、A/(A+B+C))、つまりA1-x-ySiの組成におけるxは、0.3以上0.7以下であることが好ましい。さらには、0.4以上0.7以下であるとよい。また、原子数比で、B,C元素の合計に占めるB元素の割合(B/(B+C))、つまり上記組成におけるy/(1-x)は、0.4以上0.6以下であることが好ましい。すると、四元系化合物にA,B,C元素の3種がバランスよく含有されることで、Si化合物相によるサイクル特性向上の効果が高くなる。
【0029】
(Si化合物相の組成以外の特徴)
本実施形態にかかる負極材料において、Si相とSi化合物相の含有割合は、特に限定されるものではない。しかし、Si相が多く含有されるほど、負極材料の初期放電容量が高くなり、高容量化に高い効果が得られる一方、Si化合物相が多く含有されるほど、充電・放電を繰り返した際の容量維持率が高くなり、サイクル特性の向上に高い効果が得られる。ここで、負極材料全体においてSi相が占める量の割合を、Si相量とする。負極材料において、Si相量が、20質量%以上、さらには30質量%以上であれば、高容量化に高い効果が得られる。一方、Si相量が、80質量%以下、さらには50質量%以下であれば、サイクル特性の向上に高い効果が得られる。Si相量は、負極材料における全Siの含有量から、A,B,C元素とシリサイドを構成するSiの量を差し引いたものとして、算出することができる。
【0030】
負極材料において、Si相およびSi化合物相の具体的な分布は特に限定されるものではないが、Si相が粒径の小さい粒子を形成しているほど、リチウムイオンの吸蔵・放出に伴うSi相の膨張・収縮が抑えられ、高いサイクル特性が得られやすくなる。この観点から、Si相は、500nm以下、さらには100nm以下の平均粒径(d50)を有していることが好ましい。なお、本明細書において、「粒径」とは、電子顕微鏡観察下で負極材料粉末を構成する各相の面積を測定し、同じ面積を有する円に換算したときの直径、即ち円相当直径をいう。また、「平均粒径」とは、粒子断面SEM画像(5000倍)から粒子100個について粒径を解析した平均値をいう。
【0031】
負極材料は、不可避的不純物を除いて、SiとA,B,C元素のみを含有し、Si相とSi化合物相のみから構成されても、Si相およびSi化合物相によってもたらされる特性を著しく損なわない限りにおいて、SiおよびA,B,C元素以外の元素を含有しても、いずれでもよい。その種の元素として、Sn,Al,In,Biより選択される少なくとも1種の添加元素を挙げることができる。これらの添加元素は、Siと化合物を形成しない。つまり、シリサイドには取り込まれない。典型的には、上記添加元素よりなる独立した相が、Si化合物相とともに、Si相中に海島状に分散した構造をとる。シリサイドよりなるSi化合物相は、リチウムイオンに対する吸蔵性が高くないため、リチウムイオンがSi化合物相中を拡散してSi相に達するのが難しい場合があるが、上記添加元素を負極材料に添加することで、負極材料におけるリチウムイオンの拡散性を高めることができる。その結果として、負極材料において、Si相の利用率が高められ、高容量化に高い効果を示す。特に、添加元素としてSnを含有させることが好ましい。ただし、添加元素を多量に添加すると、Si化合物相によるサイクル特性向上の効果が得られにくくなるため、添加元素の含有量は、負極材料全体の20質量%以下、さらには10質量%以下に抑えておくことが好ましい。添加元素は、少量であっても添加による効果を発揮するため、添加量の下限は特に設けられないが、負極材料全体の0.1質量%以上添加すれば、高い添加効果を得ることができる。なお、複数種の添加元素が添加される場合には、全添加元素の合計量をもって、添加元素の含有量とする。負極材料において、上記添加元素は、A,B,C元素のいずれか1種または2種以上、あるいはSiおよびA,B,C元素以外に負極材料に含有された金属元素と、合金を形成していてもよい。ただし、負極材料は、A,B,C元素以外に、シリサイドを形成しうる金属元素は含有しないことが好ましい。
【0032】
負極材料全体の形状は、特に限定されないが、図1に示すとおり、Si相2とSi化合物相3とを含む粒子が集合した粉末として、負極材料1が構成されていることが好ましい。粉末は、適当な分散媒中に分散されていてもよい。負極材料1の粒子径としては、平均粒径(d50)で、1μm以上20μm以下の範囲を好適に例示することができる。すると、負極材料1より構成した電極において、充電・放電の繰り返しによる崩壊を抑制し、高いサイクル特性を得ることができる。
【0033】
[負極材料の製造方法]
本実施形態にかかる負極材料は、合金溶湯の急冷によって、好適に製造することができる。つまり、所定の割合で、Si、A元素、B元素、C元素、さらに必要に応じてそれら以外の金属元素を含有する合金溶湯を、原料金属の溶解によって製造し、その合金溶湯を急冷すればよい。急冷には、ロール急冷法、アトマイズ法等を好適に用いることができる。特に、冷却速度が速い点で、ロール急冷法を用いることが好ましい。各成分を含有する合金溶湯を急冷することで、図1に示すように、Si相2が、SiとA,B,C元素よりなるSi化合物相3を取り囲んだ構造の負極材料1が得られる。
【0034】
合金溶湯の急冷によって得た生成物に対して、必要に応じて、所望の粒径および粒度分布を有する負極材料が得られるように、粉砕および/または分級を実施することが好ましい。粉砕は、ボールミル、乳鉢等、公知の粉砕手段によって行えばよい。分級は、ふるい等、公知の分級手段によって行えばよい。合金溶湯の急冷を、ロール急冷法によって行う場合には、箔状やリボン状の生成物が得られるため、通常は、粉末状の負極材料を得るために、粉砕を行うことが必要となる。
【0035】
[負極材料の使用形態]
本実施形態にかかる負極材料は、負極活物質として、リチウムイオン電池の負極を構成するのに用いられる。負極およびリチウムイオン電池としては、特許文献2に記載されているのと同様の構成を、好適に適用することができる。以下、簡単にそれらの構成について記載する。
【0036】
負極材料は、バインダ中に分散され、所定の電極形状に成形されて、負極を構成する。例えば、負極材料をバインダに分散させた材料が、導電性材料よりなる集電体の表面に導電膜の形で形成されて、負極を構成する。バインダには、負極材料に加えて、必要に応じて、導電助剤や骨材を添加すればよい。バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)樹脂、ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ポリアクリル酸などを例示することができる。導電助材としては、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、ファーネスブラック等のカーボンブラック、黒鉛、カーボンナノチューブ、フラーレンなどを例示することができる。骨材としては、黒鉛、アルミナ、カルシア、ジルコニア、活性炭などを例示することができる。集電体としては、Cu、Ni、Fe、およびそれらの金属の合金などを例示することができる。集電体は、箔状または板状であるとよい。
【0037】
負極を製造するには、例えば、適当な溶剤に溶解したバインダ中に、負極材料と、必要に応じて導電助剤や骨材等の添加成分を添加してスラリー状にし、そのスラリーを集電体の表面に塗工すればよい。そして、乾燥により溶剤を除去し、さらに必要に応じて、圧密化や熱処理を施せばよい。
【0038】
製造された負極は、リチウムイオン電池を構成する。正極、電解液、セパレータ等、負極以外の電池の構成要素は特に限定されるものではなく、従来よりリチウムイオン電池に用いられている構成を適用すればよい。
【実施例0039】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。ここでは、種々の組成を有する負極材料について、特性を比較した。
【0040】
[試料の作製]
試料として、実施例1~21および比較例1~13にかかる負極材料を準備した。また、特性評価用に、それらの負極材料を用いてリチウムイオン電池を作製した。
【0041】
(1)負極材料の作製
下の表1に示す合金組成となるように、原料金属を溶解し、合金溶湯を準備した。得られた合金溶湯を、ロール急冷法によって急冷し、合金リボンを得た。そして、得られた合金リボンを乳鉢にて粉砕した。さらに、得られた粉末をふるいにて分級することで、粒径25μm以上の粒子を除去し、粉末状の負極材料を得た。実施例18,19については、乳鉢での粉砕の後にさらに、遊星型ボールミルを用いた微粉砕を行って、Si相の粒径が小さくなった負極材料を得た。
【0042】
(2)リチウムイオン電池の作製
上記で得られた粉末状の負極材料を、導電助剤としてのケッチェンブラック、およびバインダとしてのポリイミドとともに、溶剤としてのN-メチル-2-ピロリドン(NMP)と混合し、スラリーを作製した。混合には、撹拌脱泡機を用いた。ここで、各材料の混合比は、負極材料80質量%、導電助剤5質量%、バインダ15質量%とした。得られたスラリーを、集電体としてのSUS 316L箔(厚さ20μm)の表面に、ドクターブレード法にて、厚さ50μmで塗工した。得られた塗工体を、赤外線ゴールドイメージ炉で70℃にて30分間乾燥させたうえで、φ11mmの円形に打ち抜いた。さらに、300℃にて1時間の熱処理を行った。これにより、試験極を得た。
【0043】
次に、上記で作製した試験極を用いて、コイン型(CR2032型)のリチウムイオン電池を作製した。この際、対極として、φ12mmに打ち抜いたLi箔を用いた。また、電解液として、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)との等量混合溶媒に、LiPFを1mol/lの濃度で溶解させ、非水電解液を調製した。試験極を正極缶に収容するとともに、対極を負極缶に収容し、試験極と対極との間に、ポリオレフィン系微多孔膜のセパレータを配置した。次いで、各缶内に上記非水電解液を注入し、負極缶と正極缶とを加締め固定した。なお、試験極はリチウムイオン電池では負極となるべきものであるが、対極をLi箔としたときにはLi箔が負極となり、試験極が正極となる。
【0044】
[評価方法]
(1)負極材料の評価
各実施例および比較例にかかる粉末状の負極材料について、走査電子顕微鏡(SEM)による組織観察を行った。これにより、負極材料における相の分布を確認した。また、SEM像において、Si相のサイズを評価した。この際、粒子断面SEM画像(5000倍)から円相当直径としてSi相の粒径を評価し、100個のSi相についてその粒径の平均値を算出した。なお、SEMで測定が困難な、粒径1μm未満のSi相については、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて観察を行い、TEM像に基づいて、同様にSi相のサイズを評価した。
【0045】
さらに、粉末状の各負極材料について、X線回折(XRD)による分析を行った。XRD測定は、Co Kα線を用い、θ-2θ法により、2θが120°~20°の範囲で行った。XRD分析結果より、各負極材料中に存在する構成相を同定し、表1の目標構成相どおりの相構成が得られていることを確認した。
【0046】
(2)充放電試験
各実施例および比較例にかかる負極材料を用いて形成したコイン型電池を用いて、充放電試験を行った。この際、電流値0.2mAの定電流充放電を1サイクル分実施し、この放電容量を初期放電容量Cとした。2サイクル目以降は、1/5Cレートで充放電試験を実施した。この放電時に使用した容量(単位:mAh)を負極材料量(単位:g)で割った値を放電容量(単位:mAh/g)とした。なお、Cレートとは、電極を(充)放電するのに要する電気量Cを1時間で(充)放電する電流値を1Cとしたものであり、5Cならば12分で、1/5Cならば5時間で(充)放電することとなる。
【0047】
上記の充放電試験によって得られた初期放電容量Cの値により、負極材料が与える容量の大小を評価することができる。初期放電容量が1500mAh/g以上であれば「A」、900mAh/g以上1500mAh/g未満であれば「B」と評価することができる。一方、初期放電容量が500mAh/g以上900mAh/g未満であれば「C」、500mAh/g未満であれば「D」と評価される。AまたはBの評価が得られた場合には、十分に高容量であるとみなすことができる。
【0048】
さらに、上記充放電サイクルを50回行うことにより、サイクル特性の評価を行った。ここでは、得られた各放電容量から容量維持率(50サイクル後の放電容量/初期放電容量×100)を求めた。ここで、容量維持率が85%以上であれば「A」、70%以上85%未満であれば「B」と評価することができる。一方、容量維持率が50%以上70%未満であれば「C」、50%未満であれば「D」と評価される。AまたはBのいずれかの評価が得られた場合には、サイクル特性が十分に高いとみなすことができる。さらに、一部の試料については、2サイクル目以降、SOC(State of Charge)の上限を800mAh/gに規制したサイクル試験も、合わせて実施し、各サイクルにおける放電容量を記録した。
【0049】
[評価結果]
実施例1~21および比較例1~13について、下の表1に、目標構成相とともに、負極材料の成分組成を示す。また、表2に、目標構成相、およびそこから計算されるA元素割合(A/(A+B+C);x)、B元素割合(B/(B+C);y/(1-x))、Si相量とともに、評価試験によって得られたSi相サイズ、初期放電容量、容量維持率を示す。なお、Si相サイズについては、Si相が海島構造の海状に広がって分布しており、SEM像より粒径を評価すると1μm以上となる場合については、「-」と表記した。
【0050】
ここで、各実施例について、目標構成相は、A,B,C元素の含有割合を原子数比で、x,y,1-x-yとし、Si相とSi化合物相の合計に占めるSi相の割合をX質量%とした場合に、X[Si]-(100-X)[Si(A1-x-y)]と表記している。さらに、負極材料が添加元素DをY質量%含有する場合については、目標構成相を、(100-Y){X[Si]-(100-X)[Si(A1-x-y)]}-Y[D]と表記している。各比較例についても、同様に、元素記号の後に表記した数値は、元素組成比を原子数比で示し、物質種の前に表記した数値は、物質種の含有割合を、質量%を単位として示している。表2にSi相量として示した値は、負極材料を構成するSi全体の含有量(表1に示される実際のSiの含有量)から、A,B,C元素とシリサイドを構成するSiの量、つまりA,B,C元素の合計の原子数の2倍にあたるSiの質量を差し引いた値として算出したものである。負極材料がSi相とSi化合物相のみよりなる場合には、この計算によって求められるSi相量は、目標構成相においてSi相とSi化合物相の合計に占めるSi相の質量割合(X質量%)に一致している。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
さらに、代表例として、実施例1について、図2に、負極材料の粒子の内部を観察したSEM像を示す。さらに、Si化合物相が、CrSiなる二元系の組成を有する比較例1、(Cr0.6Mo0.4)Siなる三元系の組成を有する比較例10、(Cr0.60.2Mo0.2)Siなる四元系の組成を有する実施例1、(Cr0.30.3Mo0.4)Siなる四元系の組成を有する実施例1’(表1,2は含まれないが、V含有量を変更して、実施例1と同様に作製した)について、図3にXRD分析結果を示す。(a)が全体図、(b)が部分拡大図である。また、代表例として、上記のうち実施例1および比較例1,10について、図4に、2サイクル目以降のSOCの上限を800mAh/gに規制したサイクル試験の結果を示す。
【0054】
(1)Si化合物相の四元化の影響
最初に、Si化合物相を四元化した際の負極材料の構造および特性への影響について、評価結果を検討する。
【0055】
まず、図2のSEM像を見ると、負極材料の粒子の内部において、明るく観察される相と、暗く観察される相の2種の相が生成していることが確認される。X線元素分析(EDX)の結果によると、暗く観察されている相がSi相、明るく観察されている相がSi合金相(シリサイド相)となっている。このSEM像より、図1に模式的に示したとおり、Si化合物相をSi相が取り囲んだ海島構造が形成されていることが確認される。SEM像の掲載は省略するが、他の実施例の負極材料ついても同様の構造が形成されていることが確認された。
【0056】
次に、図3に示した4種の試料のXRD評価結果を見る。Si化合物相が四元系の組成を有する実施例1,1’の2つの試料の評価結果においては、Si相に対応する純Siのピークに加えて、複数のピークが出現している。それら複数のピークは、Si化合物相に由来するものである。そして、それら四元系のSi化合物相に由来するピークは、Si化合物相が二元系の組成を有する場合(比較例1)とも、三元系の組成を有する場合(比較例10)とも異なる固有の位置に出現している。また、それらのピークは、二元系化合物であるCrSi,MoSi,VSi図3(b)中にマーカーにて表示)とは異なる位置に出現している。つまり、四元系のSi化合物相には、二元系シリサイドであるCrSi,MoSi,VSi、および三元系シリサイドである(Cr0.6Mo0.4)Siは形成されていないことが分かり、Si,Cr,Mo,Vを全て含んだ四元系シリサイドが形成されていることが示唆される。
【0057】
さらに、四元系Si化合物相におけるCr,V,Siの含有比率の異なる実施例1と実施例1’の間で、XRD分析結果を比較すると、各ピークの位置が、両試料で異なっている。具体的には、40°から50°あたりの位置に出現している図3(b)で最も高強度のピークをはじめとして、各ピークが、V含有量の多い実施例1’の方で、低角側にシフトしている。このことは、元素含有比率の変化に伴って、結晶格子定数が変化していることを示している。このことも、各Si化合物相において、複数の二元系シリサイドや三元系シリサイドの混合物ではない四元系シリサイドが形成されていることを支持している。元素含有比率が変化することで、その四元系シリサイドの結晶格子定数が変化しているものと解釈される。
【0058】
このように、図3のXRD分析結果から、Si,Cr,V,Moの4種の元素を含む負極材料において、Si相に加えて、Si,Cr,V,Moを含む四元系シリサイドよりなるSi化合物相が形成されていることが示される。掲載を省略した他の実施例についても、同様に、四元系シリサイドの形成を示すXRD分析結果が得られている。これらより、Siに加え、所定のA元素、B元素、C元素を含む負極材料において、Si相に加えて、Si,A元素,B元素,C元素を含む四元系シリサイドよりなるSi化合物相が形成されていることが確認される。
【0059】
次に、図4に示した、3種の試料に対するサイクル特性の評価結果について検討する。これによると、Si化合物相が二元系シリサイドのCrSiよりなる比較例1においては、40サイクルの手前で、放電容量の低下が始まっているのに対し、Si化合物相が三元系シリサイドの(Cr0.6Mo0.4)Siよりなる比較例10においては、放電容量の低下が、50サイクル程度まで起こっておらず、サイクル特性の向上が見られる。そして、Si化合物相が四元系シリサイドの(Cr0.60.2Mo0.2)Siよりなる実施例1においては、放電容量の低下が、60サイクル程度まで起こっておらず、サイクル特性がさらに向上している。このことから、Si化合物相を四元系シリサイドより構成することにより、二元系シリサイドや三元系シリサイドより構成する場合と比較して、サイクル特性の向上に高い効果が得られることが分かる。
【0060】
(2)負極材料の成分組成と特性の関係
次に、表1,2に基づき、多様な成分組成を有する負極材料について、成分組成と、リチウムイオン電池における特性との関係を検討する。
【0061】
まず、Si化合物相が二元系シリサイドより構成されている比較例1~8においては、Dと評価される低い容量維持率しか得られていない。三元系シリサイドよりなるSi化合物相を含んでいる比較例9,10においては、容量維持率が、二元系の場合よりは改善されてはいるものの、依然、Cと評価される低いものとなっている。これらに対し、実施例1~21はいずれも、四元系シリサイドよりなるSi化合物相を有しており、AまたはBと評価される大きな初期放電容量とともに、AまたはBと評価される高い容量維持率が得られている。この対比から、図4で見られたのと同様に、負極材料のSi化合物相を四元系シリサイドより構成することで、二元系や三元系のシリサイドである場合よりも、サイクル特性の向上に高い効果が得られることが分かる。
【0062】
比較例11~13では、負極材料が、Siに加えて3種類の金属を含有する四元系の組成を有してはいるが、C元素を含有するものではなく、代わりに、A,B,C元素のいずれにも該当しない元素であるCo,Mn,Mgをそれぞれ含んでいる。SEM観察およびXRD分析の結果によると、これらの試料においては、Si相と、Si,Cr,Vを含む三元系シリサイドよりなるSi化合物相に加えて、それぞれCo,Mn,Mgのシリサイド(二元系シリサイド)の相が形成されている。四元系シリサイドは形成されていない。そのことと対応して、比較例11~13では、四元系シリサイドを含む各実施例のようなサイクル特性向上効果は得られず、容量維持率が、三元系シリサイドを含む比較例9,10と同程度の低値に留まっている。
【0063】
次に、実施例を相互に比較する。実施例1,2,5,6,7は、B元素およびC元素の種類が相互に異なっている。しかし、いずれについても、Bと評価される高放電容量および高容量維持率が得られている。このことから、B元素およびC元素として使用される各元素はいずれも、高放電容量と高サイクル特性の両立に効果を示すことが確認される。B元素がV、C元素がMoである実施例1において、容量維持率が最も高くなっている。
【0064】
実施例1,3,10,11の間、また実施例2,4の間では、A元素割合が異なっている。それらの実施例のいずれにおいても、Bと評価される高放電容量および高容量維持率が得られているが、実施例1,3また実施例2,4において、実施例10,11よりも容量維持率の値が大きくなっている。A元素割合が0.3以上0.7以下の場合に、サイクル特性向上の効果が特に高くなると言える。実施例1,8,9の間では、B元素割合が異なっている。それらの実施例のいずれにおいても、Bと評価される高放電容量および高容量維持率が得られているが、実施例1において、実施例8,9よりも容量維持率の値が大きくなっている。B元素割合が0.4以上0.6以下の場合に、サイクル特性向上の効果が特に高くなると言える。
【0065】
実施例1,12,13の間では、Si相量が異なっている。いずれの実施例においても、Si相量が20質量%80質量%以下の範囲にあり、B評価以上の高放電容量および高容量維持率が得られている。しかし、Si相量が多い実施例12,13では、特に初期放電容量が大きくなっている。一方で、Si相量が比較的少ない実施例1では、特に高い容量維持率が得られている。
【0066】
実施例14~17はそれぞれ、実施例1の負極材料に対して、添加元素としてのSn,Al,In,Biを添加したものとなっている。それら添加元素の含有量は、負極材料全体のうち5質量%となっている。これら実施例14~17では、SEM観察およびXRD分析より、添加元素はSiと化合物を形成することなく、独立した相を形成していることが確認されている。これら実施例14~17では、実施例1よりも初期放電容量が大きくなっている。容量維持率についても、実施例1に近い高値が得られている。つまり、Sn,Al,In,Biの各添加元素は、負極材料のサイクル特性を大きく損なうことなく、高容量化に高い効果を示す。さらに、実施例20,21では、それぞれ、添加元素としてのSn,Alの含有量を、負極材料全体の15質量%に増やしている。これらの実施例においては、実施例14~17よりもさらに初期放電容量が増大しているが、容量維持率は小さくなっている。このことから、サイクル特性向上の効果を高く維持する観点からは、添加元素の含有量は10質量%以下に抑えておくことが好ましいと言える。
【0067】
実施例18,19は、それぞれ実施例1,14と比較して、Si相サイズが小さくなっている。これら実施例18,19では、実施例1,14よりも高く、Aと評価される容量維持率が得られている。Si相サイズを500nm以下としておけば、サイクル特性向上に特に高い効果が得られる。
【0068】
以上、本発明の実施形態について説明した。本発明は、これらの実施形態に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 (リチウムイオン電池用)負極材料
2 Si相
3 Si化合物相
図1
図2
図3
図4