(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024058887
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】プラズマローゲン産生促進用培地、プラズマローゲン含有組成物の製造方法及びプラズマローゲンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 9/00 20060101AFI20240422BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20240422BHJP
C12P 7/6427 20220101ALI20240422BHJP
【FI】
C12P9/00
C12N1/20 A
C12P7/6427
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166287
(22)【出願日】2022-10-17
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】599035339
【氏名又は名称】株式会社 レオロジー機能食品研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100133592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】藤野 武彦
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 志郎
(72)【発明者】
【氏名】土居 克実
(72)【発明者】
【氏名】本庄 雅則
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD88
4B064AE63
4B064CA02
4B064CC03
4B064CD09
4B064DA01
4B065AA01X
4B065BB16
4B065BC03
4B065CA13
4B065CA14
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】乳酸菌におけるプラズマローゲンの産生を促進することができるプラズマローゲン産生促進用培地、プラズマローゲン含有組成物の製造方法及びプラズマローゲンの製造方法を提供する。
【解決手段】プラズマローゲン産生促進用培地は、炭素源であるラクトースを含み、乳酸菌の培養に使用される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源であるラクトースを含み、
乳酸菌の培養に使用される、
プラズマローゲン産生促進用培地。
【請求項2】
乳酸菌湿重量あたりの前記乳酸菌によるプラズマローゲン産生量が、前記ラクトースを含まない培地で培養した場合と比較して、少なくとも1.5倍である、
請求項1に記載のプラズマローゲン産生促進用培地。
【請求項3】
前記ラクトースとして、1000mLあたり3.0~10.0gのラクトース一水和物を含む、
請求項1又は2に記載のプラズマローゲン産生促進用培地。
【請求項4】
前記乳酸菌は、受領番号がNITE AP-03759であるEnterococcus faecalis K4株である、
請求項1又は2に記載のプラズマローゲン産生促進用培地。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のプラズマローゲン産生促進用培地で前記乳酸菌を培養する培養ステップを含む、
プラズマローゲン含有組成物の製造方法。
【請求項6】
前記乳酸菌を処理して乳酸菌処理物を得る処理ステップをさらに含む、
請求項5に記載のプラズマローゲン含有組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のプラズマローゲン産生促進用培地で前記乳酸菌を培養する培養ステップと、
前記乳酸菌からプラズマローゲンを得る取得ステップと、
を含む、
プラズマローゲンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマローゲン産生促進用培地、プラズマローゲン含有組成物の製造方法及びプラズマローゲンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマローゲンは、抗酸化作用を有するリン脂質の一種で、グリセロリン脂質の一つである。プラズマローゲンは哺乳動物の全ての組織に存在し、人体のリン脂質の約18%を占める。特に、プラズマローゲンは、脳神経、心筋、骨格筋、白血球及び精子に多いことが知られている。
【0003】
プラズマローゲンの多くは、ドコサヘキサエン酸及びアラキドン酸等の多価不飽和脂肪酸と結合しているため、多価不飽和脂肪酸の貯蔵、及びこれら多価不飽和脂肪酸から産生されるプロスタグランジン及びロイコトリエン等の細胞間シグナルの2次メッセンジャーの放出等に関与する。さらにプラズマローゲンは、細胞融合及びイオン移送等に関与している。プラズマローゲンのビニルエーテル結合(アルケニル結合)が特に酸化ストレスに敏感であるため、プラズマローゲンは細胞の抗酸化機能も果たしている。
【0004】
さらに、プラズマローゲンは神経新生の促進作用、リポポリサッカロイド(LPS)による神経炎症の抑制作用、及び脳内アミロイドβ(Aβ)タンパクの蓄積の抑制作用等を有することが知られている。例えば、特許文献1には、プラズマローゲンを含む抗中枢神経系炎症剤が開示されている。
【0005】
プラズマローゲンは、認知症、パーキンソン病、うつ病及び統合失調症等の脳神経病の他、糖尿病、メタボリックシンドローム、虚血性心疾患、感染症及び免疫異常において減少していることが知られている。例えば、非特許文献1において、アルツハイマー病の脳でエタノールアミン型プラズマローゲンが前頭葉と海馬とで非常に有意に減少していることが報告された。さらに非特許文献2では、アルツハイマー病患者の血清でプラズマローゲンが減少していることが報告されている。非特許文献3では、虚血性心疾患の患者群において、コリン型プラズマローゲンが正常コントロール群に比べて減少していることが報告されている。
【0006】
減少しているプラズマローゲンを外的に補充することにより、それら疾患の予防及び改善効果が期待できると考えられる。したがって、今後、疾患の予防及び治療、あるいは健康維持のためにプラズマローゲンの需要が高まることが予想される。
【0007】
プラズマローゲンは、非脊椎動物及び脊椎動物には広く存在しているが、真菌及び植物細胞では確認されていない。細菌では、例えば非特許文献4に開示されたエンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)及び特許文献2に開示されたビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)等のいくつかの偏性嫌気性菌によるプラズマローゲンの合成が報告されているが、通性嫌気性細菌及び好気性細菌にはプラズマローゲンは見られない(非特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2012/039472号
【特許文献2】国際公開第2021/024872号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Z. Guan et al, Decrease and Structural Modifications of Phosphatidylethanolamine Plasmalogen in the Brain with Alzheimer Disease, J Neuropathol Exp Neurol, 58 (7), 740-747, 1999
【非特許文献2】D. B. Goodenowe et al, Peripheral ethanolamine plasmalogen deficiency: a logical causative factor in Alzheimer's disease and dementia, J Lipid Res, 48, 2485-2498, 2007
【非特許文献3】真田竹生ら, 虚血性心疾患における血清Plasmalogenの動態, 動脈硬化, 11, 535-539, 1983
【非特許文献4】David R Jackson et al, Plasmalogen Biosynthesis by Anaerobic Bacteria: Identification of a Two-Gene Operon Responsible for Plasmalogen Production in Clostridium perfringens, ACS Chemical Biology, 11, 12, 3421-3430, 2021
【非特許文献5】Howard Goldfine, The appearance, disappearance and reappearance of plasmalogens in evolution, Progress in Lipid Research, 49, 4, 493-498, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
細菌によってプラズマローゲンを生合成できれば、細菌の培養によって容易にプラズマローゲンを得ることができる。さらに、細菌におけるプラズマローゲン産生量を増加させることができれば、安価に大量のプラズマローゲンを得ることができる。
【0011】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、乳酸菌におけるプラズマローゲンの産生を促進することができるプラズマローゲン産生促進用培地、プラズマローゲン含有組成物の製造方法及びプラズマローゲンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、乳酸菌の培養に使用する培地の炭素源をラクトースとすることでプラズマローゲンの産生量が大きく増加することを見いだし、本発明を完成させた。
【0013】
本発明の第1の観点に係るプラズマローゲン産生促進用培地は、
炭素源であるラクトースを含み、
乳酸菌の培養に使用される。
【0014】
この場合、乳酸菌湿重量あたりの前記乳酸菌によるプラズマローゲン産生量が、前記ラクトースを含まない培地で培養した場合と比較して、少なくとも1.5倍である、
こととしてもよい。
【0015】
また、前記ラクトースとして、1000mLあたり3.0~10.0gのラクトース一水和物を含む、
こととしてもよい。
【0016】
また、前記乳酸菌は、受領番号がNITE AP-03759であるEnterococcus faecalis K4株である、
こととしてもよい。
【0017】
本発明の第2の観点に係るプラズマローゲン含有組成物の製造方法は、
上記本発明の第1の観点に係るプラズマローゲン産生促進用培地で前記乳酸菌を培養する培養ステップを含む。
【0018】
この場合、前記乳酸菌を処理して乳酸菌処理物を得る処理ステップをさらに含む、
こととしてもよい。
【0019】
本発明の第3の観点に係るプラズマローゲンの製造方法は、
上記本発明の第1の観点に係るプラズマローゲン産生促進用培地で前記乳酸菌を培養する培養ステップと、
前記乳酸菌からプラズマローゲンを得る取得ステップと、
を含む。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、乳酸菌におけるプラズマローゲンの産生を促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】(A)は実施例1におけるMRS培地又はM17培地で培養した乳酸菌のプラズマローゲン由来アルデヒド量を示す図である。(B)は実施例1におけるTYG培地又はM17培地で培養した乳酸菌のプラズマローゲン由来アルデヒド量を示す図である。
【
図2】実施例2におけるプラズマローゲン由来アルデヒド量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る実施の形態について図面を参照して説明する。なお、本発明は下記の実施の形態及び図面によって限定されるものではない。なお、下記の実施の形態において、“有する”、“含む”又は“含有する”といった表現は、“からなる”又は“から構成される”という意味も包含する。
【0023】
(実施の形態1)
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地は、炭素源であるラクトースを含み、乳酸菌の培養に使用される。
【0024】
ラクトースは、ガラクトース及びグルコースからなる二糖である。ラクトースは、本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地中に単体として含まれていてもよいし、水和物又は他の形態として含まれていてもよい。ラクトースが当該培地中にラクトース一水和物として含まれている場合、培地1000mLあたり1.0~15.0g、好ましくは3.0~10.0g、さらに好ましくは4.5~5.5gのラクトース一水和物が含まれていてもよい。
【0025】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地に含まれる窒素源は、特に限定されないが、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、動物または植物由来の抽出物等であり、例えば、ペプトン、酵母抽出物、カゼイン、肉抽出物等の公知の乳酸菌用基本培地に含まれる窒素源等が挙げられる。基本培地は、例えば、GYP培地、食品グレード培地、MRS培地、BCP培地、M17培地、又はTYG培地等が挙げられる。
【0026】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地は、ラクトース及び窒素源以外に、塩類、脂質及びミネラル等の任意の他の成分をさらに含有してもよい。また、ラクトースの他に、別の糖等の炭素源をさらに含有してもよい。プラズマローゲン産生促進用培地に含み得る他の成分は、具体的には、酢酸ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸鉄、グルコース、グルコン酸、及びオレイン酸エステル等の公知の乳酸菌用基本培地に含まれる成分等が挙げられる。
【0027】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地は、乳酸菌の増殖及びプラズマローゲンの産生を阻害しない限り、任意の他の成分を含有し得る。また、当該培地が静置培養用の培地である場合には、寒天等を加えて固めてもよい。
【0028】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地の一例は、培地1000mLあたり、トリプトン10g、酵母抽出物5g、NaCl5g、ラクトース一水和物5gを含む培地である。
【0029】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地の別の例は、培地1000mLあたり、カゼイン膵臓消化物5.0g、大豆ペプトン5.0g、牛肉抽出物5.0g、酵母抽出物2.5g、アスコルビン酸0.5g、硫酸マグネシウム0.25g、β-グリセロリン酸二ナトリウム19.0g、ラクトース一水和物5.0gを含む培地である。
【0030】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養される乳酸菌は、プラズマローゲンを産生するものであれば特に限定されないが、例えば、エンテロコッカス属(Enterococcus)、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、リューコノストック属(Leuconostoc)、ラクトコッカス属(Lactococcus)及びペディオコッカス属(Pediococcus)の乳酸菌等が挙げられる。より具体的にはEnterococcus faecalis、Lactbacillus brevis、Lactobacillus plantarum、Lactobacillus sakei、Lactbacillus gasseri、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus buchneri、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus delburvecki、Lactobacillus casei、Lactobacillus crispatus、Lactobacillus curvatus、Lactobacillus halivaticus、Lactobacillus pentosus、Lactobacilus paracasei、Lactobacillus rhamnosus、Lactobacillus salivarius、Lactobacillus sporogenes、Lactobacillus fructivorans、Lactobacillus hilgardii、Lactobacillus reuteri、Lactobacillus fermentum、Leuconostoc citrium、Leuconostoc mesenteroides、Leuconostoc oenos、Enterococ cusfaecalis、Enterococ cusfaecium、Lactococcus lactis、Lactococcus cremoris、Pediococcus acidilactici、Pediococcus pentosaceus等が挙げられる。特に好ましくは、乳酸菌は、受領番号がNITE AP-03759であるEnterococcus faecalis K4株である。本株は、2022年10月11日(受領日)に、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、NITE AP-03759(受領番号)として寄託されている。乳酸菌は、上記したものの1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0031】
乳酸菌は、好気条件又は嫌気条件で培養することでプラズマローゲンを産生する。好気条件とは、雰囲気中に酸素が含まれる状態をいう。好気条件には微好気条件も含まれる。好気条件とは、微生物の嫌気条件での培養に使用する試薬及び装置を使わずに培養することである。嫌気条件とは、雰囲気中に実質的に酸素が含まれない状態で培養することである。
【0032】
乳酸菌の培養は、本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地を用いて、乳酸菌に適した培養条件で行う。例えば、本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地又は公知の乳酸菌用培地を用いて前培養した乳酸菌を、本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地に加えて、乳酸菌に適したpH、温度、通気及び時間等の条件で、静置培養又は振とう培養等の公知の培養方法により培養する。
【0033】
乳酸菌の培養条件の一例として、乳酸菌を本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地1~100mLに植菌して25~40℃、27~35℃又は28~32℃で一晩前培養し、次いで前培養した乳酸菌を、本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地に添加し、25~40℃、27~35℃又は28~32℃で、12時間~5日間、静置培養又は振とう培養する等を挙げることができる。
【0034】
プラズマローゲンは、グリセロール骨格のsn-1位にビニルエーテル結合を有し、sn-2位にエステル結合を有することで特徴づけられるグリセロリン脂質に特有のサブクラスに属する。本実施の形態におけるプラズマローゲンは、一般にプラズマローゲンに分類されるグリセロリン脂質であれば特に制限されない。プラズマローゲンとして、例えば、エタノールアミン型プラズマローゲン(Pls)、コリン型プラズマローゲン(PlsCho)、イノシトール型プラズマローゲン及びセリン型プラズマローゲン等を挙げることができる。なお、Plsはグリセロール骨格のsn-3位におけるリンに結合する酸素原子に-CH2CH22NH2が結合した構造を有する。PlsChoはグリセロール骨格のsn-3位におけるリンに結合する酸素原子に-CH2CH2N(CH3)3が結合した構造を有する。本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養された乳酸菌が産生するプラズマローゲンは、sn-1位の酸素原子に結合する炭素鎖を構成する炭素数が多様で、哺乳類が有するプラズマローゲンに加え、当該炭素数が哺乳類では見られない炭素数であるプラズマローゲンも含有する。
【0035】
本実施の形態に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養された乳酸菌は、下記実施例に示されるように、ラクトースを含有しない培地で培養した場合と比較して、大量のプラズマローゲンを産生することができる。具体的には、乳酸菌湿重量あたりのプラズマローゲン産生量が、ラクトースを含有しない培地で培養した場合と比較して、1.5倍以上、好ましくは2.0倍以上、さらに好ましくは2.5倍以上となる。
【0036】
(実施の形態2)
本実施の形態では、プラズマローゲン含有組成物の製造方法が提供される。プラズマローゲン含有組成物は、上記実施の形態1に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養された乳酸菌の菌体又はその処理物を含む。本実施の形態に係る製造方法は、上記実施の形態1に係るプラズマローゲン産生促進用培地で乳酸菌を培養する培養ステップを含む。菌体は培養後の培養液の遠心分離による沈殿として得ることができる。
【0037】
本実施の形態に係るプラズマローゲン含有組成物の製造方法は、菌体の処理物を得る処理ステップをさらに含んでもよい。処理ステップでは、培養ステップで培養した乳酸菌の菌体に対し、抽出又は破砕等の処理を行い、処理物を得る。当該ステップで得られる菌体の処理物は、例えば、凍結乾燥させた菌体、アセトンで乾燥させた菌体、菌体に対して溶媒抽出処理を施した抽出物及び菌体又は乾燥菌体を超音波等で破砕した破砕物等、菌体に何らかの処理を加えて得られる菌体、菌体由来の、又は菌体の一部を含む組成物である。溶媒抽出に用いる溶媒としては、水、有機溶媒及びこれらの混合物を用いることができる。有機溶媒としては、エーテル、クロロホルム、ベンゼン、ヘキサン、メタノール、エタノール、イソプロパノール及びこれらの混合溶液等が例示される。抽出溶媒を用いて抽出された抽出物は、液状のまま、又は濃縮若しくは希釈して、液状、ゲル状あるいはペースト状の形態で用いることができる。さらに、これを乾燥した乾燥物として用いることができる。乾燥は、噴霧乾燥、凍結乾燥、減圧乾燥及び流動乾燥等の公知の方法で行うことができる。
【0038】
本実施の形態に係るプラズマローゲン含有組成物の製造方法により製造されたプラズマローゲン含有組成物は、上記実施の形態1に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養された乳酸菌により産生されたプラズマローゲンを含有する。したがって、プラズマローゲン含有組成物は、生体におけるプラズマローゲンを外的に補充するのに有用である。例えば、プラズマローゲン含有組成物は、プラズマローゲンが減少している疾患の治療及び予防に使用される。当該疾患としては、例えば、炎症性疾患、中枢神経系炎症疾患、認知症、パーキンソン病、うつ病、統合失調症、糖尿病、メタボリックシンドローム、虚血性心疾患、感染症及び免疫異常等が挙げられる。
【0039】
別の実施の形態では、プラズマローゲン含有組成物の製造方法により製造されたプラズマローゲン含有組成物は、上記に例示したプラズマローゲンが減少している疾患の治療薬又は予防薬として使用される。また、他の実施の形態では、プラズマローゲン含有組成物は、上記に例示したプラズマローゲンが減少している疾患の治療薬又は予防薬として使用される。また、別の実施の形態では、上記実施の形態1に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養された乳酸菌の菌体又はその処理物を含む、プラズマローゲンが減少している疾患の治療用経口組成物が提供される。当該経口組成物としては、具体的には、サプリメント、食品組成物、飲食品、機能性食品及び食品添加剤が挙げられる。
【0040】
なお、別の実施の形態では、上記実施の形態1に係るプラズマローゲン産生促進用培地で培養された乳酸菌を使用したプラズマローゲンの製造方法が提供される。プラズマローゲンの製造方法は、培養ステップと、取得ステップと、を含む。培養ステップでは、上述のように、上記実施の形態1に係るプラズマローゲン産生促進用培地で乳酸菌を培養する。取得ステップでは、当該乳酸菌の菌体からプラズマローゲンを得る。取得ステップでは、上記のように溶媒抽出及び超音波等を介した破砕等で菌体を処理することでプラズマローゲンを得ることができる。取得ステップで得たプラズマローゲンを、公知の方法で精製、あるいはプラズマローゲンを単離してもよいし、精製したプラズマローゲンを濃縮してもよい。
【実施例0041】
(実施例1.培地の違いによるプラズマローゲン産生量の比較)
[乳酸菌の培養]
通性嫌気性の乳酸菌であるEnterococcus faecalis K4株(受領番号:NITE AP-03759)(以下、「K4」ともいう)を、MRS培地、TYG培地、又はM17培地の3種類の培地で培養した。それぞれの培地の組成は以下のとおりである。
MRS培地:MRS Broth(Solabia Biokar Diagnostics社製、(ペプトン20.0g、酵母抽出物5.0g、グルコース20.0g、Tween80 1.08g、リン酸二カリウム2.0g、酢酸ナトリウム5.0g、クエン酸アンモニウム2.0g、硫酸マグネシウム0.2g、硫酸マンガン0.05g)/1000mL)、pH6.4±0.2
TYG培地:(トリプトン10.0g、酵母抽出物5.0g、グルコース10.0g、NaCl5.0g)/1000mL、pH7.0
M17培地:M17 Broth(ベクトン・ディッキンソン社製、(カゼイン膵臓消化物5.0g、大豆ペプトン5.0g、牛肉抽出物5.0g、酵母抽出物2.5g、アスコルビン酸0.5g、硫酸マグネシウム0.25g、β-グリセロリン酸二ナトリウム19.0g)/1000mL)、ラクトース一水和物5.0g/1000mL、pH6.9±0.2
【0042】
前培養として、K4の単一コロニーを寒天培地から10mLの各液体培地へ接種し、30℃で16~24時間静置培養した。次いで、この培養液を、10~35mLの各液体培地に3%植菌して30℃で16~36時間静置培養した。
【0043】
[菌体からの脂質抽出及びリン脂質の検出]
培養後の培養液を遠心分離し、菌体を回収した。菌体に生理食塩水を加えて混和し、遠心分離後、上清を取り除くことで菌体を洗浄した。菌体にさらに生理食塩水を加えて再洗浄した。上清を取り除き、使用するまで-30℃で保管した。
【0044】
解凍した菌体の総重量を測定した。1mLの水を菌体に添加して混和後、3.75mLのクロロホルム/メタノール(1:2、v/v)を添加して混和した。10分間超音波処理し、室温に30分間置いた。1.25mLのクロロホルムを加え、次いで1.25mLの水を加えた。遠心分離後、クロロホルム層をガラス管に移し、残った水層を2mLのクロロホルムで再抽出した。合わせたクロロホルム層を窒素ガス下で乾燥し、ヘキサン/イソプロパノール(3:2、v/v)に、菌体濃度が120mg/mLとなるように再懸濁し、0.45μmフィルターで濾過した。菌体懸濁液10μLを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に注入し、蒸発光散乱器(ELSD)で検出した。
【0045】
脂質標準試料として、ホスファチジルコリン(25mg、クロロホルムに5mg/mL、A-29B、SRL社製)を窒素ガスで乾固し、イソプロパノール/クロロホルム(2:1、v/v)を1mL加えて混和した。試料を超音波で溶解して-30℃に脂質ストックとして保管した。脂質ストックをHIP(ヘキサン/イソプロパノール(3:2、v/v))で系列希釈し、脂質標準液を調製した。脂質標準液を0.45μmのフィルターを通した後、10μLをHPLC用のサンプルとした。
【0046】
HPLCの条件は次の通りである。
カラム:Lichrosphere DIOL(250×3mm、5μm、メルク社製)
移動相A:0.08%トリエチルアミンを含むヘキサン/イソプロパノール/酢酸(82:17:1)
移動相B:0.08%トリエチルアミンを含むイソプロパノール/水/酢酸(85:14:1)
流量:0.8mL/分
カラム温度:50℃
グラジエント:
0分 移動相A 96% 移動相B 4%
21分 移動相A 63% 移動相B 37%
25分 移動相A 15% 移動相B 85%
26分 移動相A 15% 移動相B 85%
29分 移動相A 96% 移動相B 4%
34分 移動相A 96% 移動相B 4%
【0047】
ELSDの条件は次の通りである。
エバポレータ温度:60℃
ネブライザー温度:30℃
窒素ガス流量:1.00 SLM
【0048】
濃度の異なる脂質標準液についてもHPLC-ELSDで検出した。各濃度のピーク面積で検量線を作成し、大腸菌から得られた保持時間10~20分のリン脂質に相当するピークの面積比からリン脂質量を算出した。
【0049】
[酸加水分解処理によるプラズマローゲンの変化]
上述のように菌体からクロロホルム/メタノールで抽出し、窒素ガスで乾燥させた脂質に0.5mLの2,4-ジニトロフェニルヒドラジン-塩酸塩溶液(DNPH-HCl溶液、東京化成工業社製)を添加し混和した。超音波処理により乳化させた後、室温に30分置き、酸加水分解された脂質に0.5mLの超純水を添加して混和後、1.9mLのクロロホルム/メタノール(1:2、v/v)を添加して混和した。室温に10分間置き、0.625mLのクロロホルムを加えて混和した。続いて0.625mLの水を加えて混和した。室温にて3000rpmで遠心分離後、クロロホルム層をガラス管に移し窒素ガス下で乾燥した。乾燥させた脂質をアセトニトリル100μLに再懸濁した後、0.45μmのフィルターを通した。10μLをHPLC用のサンプルとして、HPLCに注入し、波長356nmのUV(紫外線)で検出した。
【0050】
標準として使用したアルデヒド標準溶液について以下のように調製した。テトラデカノール(C14H28O、東京化成工業社製、T2696)、ヘキサデカノール(C16H32O、東京化成工業社製、H1296)、ヘプタデカノール(C17H34O、東京化成工業社製、H1295)及びオクタデカノール(C18H36O、東京化成工業社製、O0368)を別々のスピッツに取り、アセトニトリルで1mg/mLとした。調製した1mg/mLの溶液200μL(C14H28Oのみ100μL、200μL及び400μL)を別々のスピッツに取り、窒素ガスで乾固した試料にDNPH-HCl溶液を0.5mL加えて混和した。超音波でエマルジョン化させ、試料を30分間室温に置いた。超純水0.5mLとクロロホルム/メタノール(1:2、v/v)1.9mLとを試料に加え、ボルテックス混和した。室温に10分間置き、クロロホルム0.625mLを加え、ボルテックスで混和した。試料に超純水0.625mL加え、ボルテックスで混和した。試料を5分間、室温で遠心(3000rpm)した。下層を別のスピッツに移し、窒素ガスで乾固し、これをアセトニトリル2mLに溶解してストックアルデヒド標準液として-30℃に保管した。
【0051】
C14H28Oのストックアルデヒド標準液を各濃度120μL取り、0.45μmフィルターで濾過し、10μLをHPLCに注入した。4種のアルデヒドを混合した混合アルデヒド標準溶液を調製するために、4種類のストックアルデヒド標準液を各30μLずつ取り混和した。得られた混合アルデヒド標準溶液を0.45μmフィルターで濾過し、10μLをHPLCに注入した。
【0052】
HPLCの条件は次の通りである。
カラム:XBridge BEA C18(3.0×150、2.5μm、Wate
rs社製)
カラム温度:40℃
移動相A:アセトニトリル
移動相B:水
流量:0.3mL/分
カラム温度:40℃
グラジエント:
0分 移動相A 30% 移動相B 70%
25分 移動相A 100% 移動相B 0%
40分 移動相A 100% 移動相B 0%
40.1分 移動相A 30% 移動相B 70%
50分 移動相A 30% 移動相B 70%
【0053】
アルデヒドの算出はリン脂質と同様に面積比で算出した。
【0054】
(結果)
MRS培地で培養したK4と、M17培地で培養したK4の湿重量当たりのプラズマローゲン由来アルデヒドの相対量を
図1(A)に、TYG培地で培養したK4と、M17培地で培養したK4の湿重量当たりのプラズマローゲン由来アルデヒドの相対量を
図1(B)に示す。いずれの培地で培養した場合もプラズマローゲン由来アルデヒドが検出された。MRS培地又はTYG培地で培養した場合と比較して、M17培地で培養した場合に多くのアルデヒドが検出され、MRS培地と比較すると約3倍、TYG培地と比較すると約2.6倍であった。M17培地を用いることで、K4のプラズマローゲン産生量を増加させることができることが示された。
【0055】
(実施例2.プラズマローゲンの産生を促進する培地組成の探索)
実施例1において、M17培地で培養したK4においてプラズマローゲンの産生量が増加した要因を探索するために、TYG培地の炭素源をグルコース(10.0g/1000mL)からラクトース一水和物(5.0g/1000mL)に変更したTYL培地を以下のように調製した。
TYL培地:(トリプトン10.0g、酵母抽出物5.0g、NaCl5.0g、ラクトース一水和物5.0g)/1000mL
【0056】
前培養として、K4のグリセロールストックから各培地10mLへ菌体を接種し、30℃で一晩(~16時間)静置培養した。次いで、この培養液を、90mLの各培地へ3%植菌して30℃で23~25時間静置培養した。
【0057】
実施例1に記載された手順にしたがって、菌体からの脂質抽出、酸加水分解処理、及びアルデヒドの検出を行い、TYG培地で培養したK4と、TYL培地で培養したK4のプラズマローゲン産生量を比較した。
【0058】
(結果)
TYG培地で培養したK4と、TYL培地で培養したK4の湿重量当たりのプラズマローゲン由来アルデヒドの相対量を
図2に示す。TYL培地では、TYG培地で培養した場合の約2.7倍のプラズマローゲン由来アルデヒドが検出された。このことから、TYL培地に含まれるラクトースが、TYG培地に含まれるグルコースよりもプラズマローゲンの産生を促進することが示された。