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特開2024-5899統計モデル構築装置、方法及びプログラム、並びに溶鋼中りん濃度推定装置、方法及びプログラム
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  • 特開-統計モデル構築装置、方法及びプログラム、並びに溶鋼中りん濃度推定装置、方法及びプログラム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005899
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】統計モデル構築装置、方法及びプログラム、並びに溶鋼中りん濃度推定装置、方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   C21C 5/30 20060101AFI20240110BHJP
   C21C 5/46 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
C21C5/30 Z
C21C5/46 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022106342
(22)【出願日】2022-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】太田 宣子
(72)【発明者】
【氏名】門脇 良
【テーマコード(参考)】
4K070
【Fターム(参考)】
4K070AB06
4K070AC02
4K070BA07
4K070BB02
4K070BD13
(57)【要約】
【課題】吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数を精度良く推定可能な統計モデルを構築することができる統計モデル構築装置等を提供する。
【解決手段】本発明に係る統計モデル構築装置は、転炉11の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部331と、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部333と、を備える。前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記統計モデル構築部は、前記データ収集部で収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、
前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と、を備え、
前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、
前記統計モデル構築部は、前記データ収集部で収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する、
統計モデル構築装置。
【請求項2】
前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位である、
請求項1に記載の統計モデル構築装置。
【請求項3】
前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位と、前記転炉に投入された副原料から発生した発生酸素量原単位との和である、
請求項1に記載の統計モデル構築装置。
【請求項4】
転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、
前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定するりん濃度推定部と、を備え、
前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、
前記りん濃度推定部は、前記データ収集部で収集された新たな吹錬処理に関する操業データと、前記統計モデルとを用いて、前記新たな吹錬処理における前記脱りん速度定数の推定値を算出し、前記新たな吹錬処理前の前記転炉の溶銑中りん濃度と、算出した前記脱りん速度定数の推定値と、前記新たな吹錬処理において前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位とに基づき、前記新たな吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定する、
溶鋼中りん濃度推定装置。
【請求項5】
前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位である、
請求項4に記載の溶鋼中りん濃度推定装置。
【請求項6】
前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位と、前記転炉に投入された副原料から発生した発生酸素量原単位との和である、
請求項4に記載の溶鋼中りん濃度推定装置。
【請求項7】
転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集ステップと、
前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築ステップと、を有し、
前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、
前記統計モデル構築ステップでは、前記データ収集ステップで収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する、
統計モデル構築方法。
【請求項8】
転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集ステップと、
前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定するりん濃度推定ステップと、を有し、
前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、
前記りん濃度推定ステップでは、前記データ収集ステップで収集された新たな吹錬処理に関する操業データと、前記統計モデルとを用いて、前記新たな吹錬処理における前記脱りん速度定数の推定値を算出し、前記新たな吹錬処理前の前記転炉の溶銑中りん濃度と、算出した前記脱りん速度定数の推定値と、前記新たな吹錬処理において前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位とに基づき、前記新たな吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定する、
溶鋼中りん濃度推定方法。
【請求項9】
転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、
前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と、してコンピュータを機能させるための統計モデル構築プログラムであって、
前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、
前記統計モデル構築部は、前記データ収集部で収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する、
統計モデル構築プログラム。
【請求項10】
転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、
前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定するりん濃度推定部と、してコンピュータを機能させるための溶鋼中りん濃度推定プログラムであって、
前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、
前記りん濃度推定部は、前記データ収集部で収集された新たな吹錬処理に関する操業データと、前記統計モデルとを用いて、前記新たな吹錬処理における前記脱りん速度定数の推定値を算出し、前記新たな吹錬処理前の前記転炉の溶銑中りん濃度と、算出した前記脱りん速度定数の推定値と、前記新たな吹錬処理において前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位とに基づき、前記新たな吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定する、
溶鋼中りん濃度推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転炉の吹錬処理における統計モデル構築装置、方法及びプログラム、並びに転炉の吹錬処理における溶鋼中りん濃度推定装置、方法及びプログラムに関する。特に、本発明は、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数を精度良く推定可能な統計モデルを構築することができる統計モデル構築装置、方法及びプログラム、並びに、この統計モデルを用いて吹錬処理中の転炉の溶鋼中りん濃度を精度良く推定することができる、溶鋼中りん濃度推定装置、方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
転炉の吹錬処理において、吹錬処理終了時(吹き止め時)の溶鋼中成分の制御、特に、溶鋼中りん濃度の制御は、鋼の品質管理上、重要である。溶鋼中りん濃度を制御するために、例えば、上吹きランスの高さ、上吹き酸素流量、底吹きガス流量、並びに生石灰や焼結鉱などの副原料の投入タイミング及び投入量などが操作量として用いられている。これらの操作量は、目標とする溶鋼中りん濃度である目標溶鋼中りん濃度、溶銑データ及び過去の吹錬処理に関する操業データに基づいて作成された基準など、吹錬処理開始前に得られる情報に基づいて決定されることが多い。
【0003】
しかしながら、吹錬処理開始前に得られる情報のみに基づいて操作量を決定した場合、吹錬処理終了時の溶鋼中りん濃度のばらつきが大きくなるという問題があった。このため、吹錬処理中に得られる情報も含んだ操業データを用いて、溶鋼中りん濃度を吹錬処理中に精度良く逐次推定できるようにすれば、吹錬処理中に目標溶鋼中りん濃度に到達するための追加操作を行うことによって、吹錬処理終了時の溶鋼中りん濃度のばらつきを抑制できると考えられる。
【0004】
溶鋼中りん濃度を吹錬処理中に逐次推定する技術として、例えば、特許文献1に記載の技術が提案されている。特許文献1には、吹錬処理中の溶鋼中りん濃度の推移に一次反応式を仮定し、その一次反応式の比例定数である脱りん速度定数を、吹錬処理中に得られる情報も含んだ当該吹錬処理に関する操業データを用いて、重回帰式で表される統計モデルによって推定し、この推定された脱りん速度定数を用いて、当該吹錬処理中の溶鋼中りん濃度を推定する技術が記載されている。さらに、特許文献1には、推定された溶鋼中りん濃度と、目標溶鋼中りん濃度とを比較し、その比較結果に基づいて操作量を変更することにより、溶鋼中りん濃度を制御する技術も記載されている。
【0005】
ここで、化学反応の一次反応は、反応物の濃度に比例して、反応物の濃度の単位時間当たりの変化量が決まる反応を意味し、その比例定数を速度定数という。転炉の吹錬処理における脱りん反応は一次反応ではないものの、その推移の形状が一次反応に似ていることから、特許文献1に記載の技術では、溶鋼中りん濃度の単位時間当たりの変化量を一次反応式に当てはめることで、吹錬処理中の溶鋼中りん濃度の推移を推定している。具体的には、特許文献1に記載の技術では、一次反応式における時間(反応時間)として、吹錬処理開始からの経過時間を用いており、脱りん速度定数はこの経過時間を用いて構築された統計モデル(重回帰式)によって推定され、吹錬処理中の溶鋼中りん濃度はこの経過時間を用いて構築された統計モデルを用いて(この統計モデルを用いて推定された脱りん速度定数を用いて)推定される。
【0006】
しかしながら、吹錬処理の途中で排滓などを行うために一時的に吹錬処理を停止(すなわち、転炉への酸素の供給を一時的に停止)したり、何らかの操業トラブルで一時的に吹錬処理を停止したりするといった、吹錬処理を行っていない時間である非吹錬時間を含む操業を行う場合がある。このような場合に、吹錬処理毎に非吹錬時間の長さがばらつくため、吹錬処理開始からの経過時間を反応時間として用いる特許文献1に記載の技術では、脱りん速度定数の推定誤差、ひいては溶鋼中りん濃度の推定誤差が大きくなってしまうおそれがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-23696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数を精度良く推定可能な統計モデルを構築することができる統計モデル構築装置、方法及びプログラム、並びに、この統計モデルを用いて吹錬処理中の転炉の溶鋼中りん濃度を精度良く推定することができる、溶鋼中りん濃度推定装置、方法及びプログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するには、例えば、吹錬処理開始からの経過時間に代えて、非吹錬時間を除外した転炉への酸素供給時間(送酸時間)を一次反応式の反応時間として用いることも考えられる。しかしながら、脱りんは、転炉内の酸素源を用いて溶鋼中のりんが酸化され、スラグ中に取り込まれる反応であるため、酸素供給時間が同じであっても、上吹きランス等からの単位時間当たりの吹き込み酸素量や、単位時間当たりの副原料(酸素含有副原料)の投入量が異なれば、脱りん量が異なることになるため、脱りん速度定数、ひいては溶鋼中りん濃度を精度良く推定することは難しいと考えられる。
【0010】
そこで、本発明者らは鋭意検討した結果、吹錬処理開始からの経過時間に代えて、転炉に供給された累積酸素供給量原単位(溶鋼の単位重量当たりの酸素供給量の累積値)を一次反応式の反応時間として用いることで、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数、ひいては溶鋼中りん濃度を精度良く推定できることを見出した。
【0011】
本発明は、本発明者らの上記の知見に基づき完成したものである。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と、を備え、前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記統計モデル構築部は、前記データ収集部で収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する、統計モデル構築装置を提供する。
【0012】
本発明に係る統計モデル構築装置によれば、脱りん速度定数が、転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義される。換言すれば、転炉の吹錬処理における脱りん反応を一次反応と仮定すると共に、通常の一次反応のように溶鋼中りん濃度の単位時間当たりの変化量が溶鋼中りん濃度に比例するのではなく、累積酸素供給量原単位に対する溶鋼中りん濃度の変化量が溶鋼中りん濃度に比例すると仮定し、この比例定数を脱りん速度定数と定義する。このため、この定義に従って構築された統計モデルを用いれば、本発明者らが知見したように、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数を精度良く推定可能である。
なお、「操業データを説明変数とし」とは、収集された操業データの全てのデータ項目を説明変数とする場合に限らず、その一部のデータ項目を説明変数とする場合を含む概念である。
また、「累積酸素供給量原単位」とは、吹錬処理開始からの溶鋼の単位重量当たりの酸素供給量の累積値を意味する。
【0013】
本発明に係る統計モデル構築装置において、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、例えば、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位である。
なお、「累積吹き込み酸素量原単位」とは、吹錬処理開始から吹き込まれた溶鋼の単位重量当たりの酸素量の累積値を意味し、例えば、上吹きランスから吹き込まれた酸素量の累積値や、羽口から吹き込まれた酸素量の累積値や、上吹きランス及び羽口の双方から吹き込まれた酸素量の累積値を転炉内の溶鋼の重量で除算した値に相当する。
【0014】
好ましくは、本発明に係る統計モデル構築装置において、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位と、前記転炉に投入された副原料から発生した発生酸素量原単位との和である。
上記の好ましい構成によれば、転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位に加えて、転炉に投入された副原料から発生した発生酸素量原単位をも考慮することで、脱りん速度定数をより一層精度良く推定可能である。
なお、「副原料から発生した発生酸素量原単位」とは、副原料(酸素含有副原料)から発生した溶鋼の単位重量当たりの酸素量を意味し、例えば、副原料の投入量(投入重量)と、副原料の単位重量当たりの含有酸素量(含有酸素体積)との積を転炉内の溶鋼の重量で除算することによって算出可能である。
【0015】
また、前記課題を解決するため、本発明は、転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定するりん濃度推定部と、を備え、前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記りん濃度推定部は、前記データ収集部で収集された新たな吹錬処理に関する操業データと、前記統計モデルとを用いて、前記新たな吹錬処理における前記脱りん速度定数の推定値を算出し、前記新たな吹錬処理前の前記転炉の溶銑中りん濃度と、算出した前記脱りん速度定数の推定値と、前記新たな吹錬処理において前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位とに基づき、前記新たな吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定する、溶鋼中りん濃度推定装置としても提供される。
【0016】
本発明に係る溶鋼中りん濃度推定装置によれば、脱りん速度定数が、転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義される。このため、この定義に従って構築された統計モデルを用いれば、本発明者らが知見したように、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数の推定値を精度良く算出可能であり、ひいては溶鋼中りん濃度を精度良く推定可能である。
【0017】
本発明に係る溶鋼中りん濃度推定装置において、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、例えば、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位である。
【0018】
好ましくは、本発明に係る溶鋼中りん濃度推定装置において、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位は、前記転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位と、前記転炉に投入された副原料から発生した発生酸素量原単位との和である。
【0019】
また、前記課題を解決するため、本発明は、転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集ステップと、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築ステップと、を有し、前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記統計モデル構築ステップでは、前記データ収集ステップで収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する、統計モデル構築方法としても提供される。
【0020】
また、前記課題を解決するため、本発明は、転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集ステップと、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定するりん濃度推定ステップと、を有し、前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記りん濃度推定ステップでは、前記データ収集ステップで収集された新たな吹錬処理に関する操業データと、前記統計モデルとを用いて、前記新たな吹錬処理における前記脱りん速度定数の推定値を算出し、前記新たな吹錬処理前の前記転炉の溶銑中りん濃度と、算出した前記脱りん速度定数の推定値と、前記新たな吹錬処理において前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位とに基づき、前記新たな吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定する、溶鋼中りん濃度推定方法としても提供される。
【0021】
また、前記課題を解決するため、本発明は、転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを構築する統計モデル構築部と、してコンピュータを機能させるための統計モデル構築プログラムであって、前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記統計モデル構築部は、前記データ収集部で収集された過去の吹錬処理に関する操業データを用いて前記統計モデルを構築する、統計モデル構築プログラムとしても提供される。
【0022】
さらに、前記課題を解決するため、本発明は、転炉の吹錬処理に関する操業データを収集するデータ収集部と、前記操業データを説明変数とし、前記吹錬処理における脱りん速度定数を目的変数とする統計モデルを用いて、前記吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定するりん濃度推定部と、してコンピュータを機能させるための溶鋼中りん濃度推定プログラムであって、前記脱りん速度定数は、前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位に対する前記転炉の溶鋼中りん濃度の変化量が前記転炉の溶鋼中りん濃度に比例すると仮定した場合の比例定数として定義され、前記りん濃度推定部は、前記データ収集部で収集された新たな吹錬処理に関する操業データと、前記統計モデルとを用いて、前記新たな吹錬処理における前記脱りん速度定数の推定値を算出し、前記新たな吹錬処理前の前記転炉の溶銑中りん濃度と、算出した前記脱りん速度定数の推定値と、前記新たな吹錬処理において前記転炉に供給された累積酸素供給量原単位とに基づき、前記新たな吹錬処理中の前記転炉の溶鋼中りん濃度を推定する、溶鋼中りん濃度推定プログラムとしても提供される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、脱りん速度定数を精度良く推定可能な統計モデルを構築することができる。また、この統計モデルを用いて吹錬処理中の転炉の溶鋼中りん濃度を精度良く推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の第1実施形態に係る統計モデル構築装置及び溶鋼中りん濃度推定装置を備えた精錬設備の概略構成を模式的に示す図である。
図2図1に示す操業データ321の一例を示す図である。
図3】本発明の第1実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法の概略工程を示すフローチャートである。
図4図3に示すステップST6の具体的手順を示すフローチャートである。
図5】本発明の第2実施形態に係る統計モデル構築装置及び溶鋼中りん濃度推定装置を備えた精錬設備の概略構成を模式的に示す図である。
図6図5に示す副原料銘柄別情報323の一例を示す図である。
図7】本発明の実施例及び比較例に係る溶鋼中りん濃度推定方法によって推定した推定値と実績値との関係を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の実施形態(第1実施形態及び第2実施形態)について説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の構成や機能を有する構成要素については、同一の符号を付して、その説明を適宜省略する。
【0026】
<溶鋼中りん濃度の推定原理>
最初に、本実施形態において、吹錬処理中の転炉の溶鋼中りん濃度を推定する原理について説明する。
前述の特許文献1等に記載された従来技術では、吹錬処理中の転炉の溶鋼中りん濃度(以下、[P][%]とも表記する)の時間変化d[P]/dtが、下記の式(1)に示す一次反応式で表されると仮定している。すなわち、溶鋼中りん濃度[P]の単位時間当たりの変化量d[P]/dtが溶鋼中りん濃度[P]に比例すると仮定している。式(1)において、k[sec-1]は、比例定数である脱りん速度定数である。式(1)より、吹錬処理開始からt[sec]経過後の[P]は、下記の式(2)で表される。式(2)において、[P]ini[%]は[P]の初期値(すなわち、吹錬処理前の転炉の溶銑中りん濃度)である。
【数1】
【0027】
したがって、正確な脱りん速度定数kが得られれば、上記の式(2)に基づいて、吹錬処理開始からt[sec]経過後における溶鋼中りん濃度[P][%]を高精度に推定することができる。ただし、一般に、脱りん速度定数kは全ての吹錬処理で同一の値ではなく、吹錬処理に関する操業データの違いによって変動すると考えられる。そのため、例えば、特許文献1に開示されているように、溶鋼中りん濃度の推定対象となる吹錬処理に関する操業データを用いて、脱りん速度定数kを吹錬処理毎に推定する。なお、脱りん速度定数kの実績値は、吹錬処理終了後(正確には、吹錬処理終了時の溶鋼成分判明後)に、上記の式(2)を変形した下記の式(3)の右辺にそれぞれ値を代入することによって算出される。ここで、式(3)において、[P]ini[%]には、吹錬処理前の溶銑中りん濃度を、[P]end[%]には、吹錬処理終了時の溶鋼中りん濃度を、tend[sec]には、吹錬処理開始から吹錬処理終了までの間の経過時間を代入する。[P]iniや[P]endは、例えば、吹錬処理前の溶銑や吹錬処理終了後の溶鋼から採取したサンプルを分析することによって得ることができる。
【数2】
【0028】
脱りん速度定数kを吹錬処理毎に推定するために、吹錬処理に関する操業データを説明変数とし、脱りん速度定数kを目的変数とする統計モデルを構築する。この統計モデルは、様々な統計的手法により適宜構築可能であるが、例えば、下記の式(4)に示す重回帰式で表すことができる。
そして、溶鋼中りん濃度の推定対象となる吹錬処理に関する操業データを説明変数X(i=1,2,・・・,M)として式(4)に代入することにより、吹錬処理毎に異なる脱りん速度定数kが推定され、この推定された脱りん速度定数kを上記の式(2)に適用することにより、当該吹錬処理中の溶鋼中りん濃度を推定することができる。
下記の式(4)で脱りん速度定数kを推定するためのパラメータである回帰係数a(i=0,1,・・・,M)は、公知の重回帰分析手法によって得られる。例えば、上記の式(3)で得られた過去の吹錬処理における脱りん速度定数kの実績値と、その吹錬処理に関する操業データである説明変数Xとを吹錬処理毎に対応付けた、統計モデル構築用の学習データを用いることで、回帰係数aを決定することができる。
【数3】
【0029】
以上のように、特許文献1等に記載された従来技術によれば、式(4)に示す統計モデルによって脱りん速度定数kを推定し、この推定された脱りん速度定数kを式(2)に適用することにより、吹錬処理中の溶鋼中りん濃度を推定することができる。
しかしながら、前述のように、吹錬処理の途中で一時的に吹錬処理を停止する操業を行う場合、吹錬処理毎に非吹錬時間の長さがばらつくため、特許文献1等に記載された従来技術では、脱りん速度定数kの推定誤差、ひいては溶鋼中りん濃度の推定誤差が大きくなってしまうおそれがあった。
上記の問題を解決するには、式(1)~式(3)における吹錬処理開始からの経過時間t、tendに代えて、非吹錬時間を除外した転炉への酸素供給時間を用いることも考えられる。しかしながら、前述のように、脱りんは、転炉内の酸素源を用いて溶鋼中のりんが酸化され、スラグ中に取り込まれる反応であるため、酸素供給時間が同じであっても、上吹きランス等からの単位時間当たりの吹き込み酸素量や、単位時間当たりの副原料(酸素含有副原料)の投入量が異なれば、脱りん量が異なることになるため、脱りん速度定数k、ひいては溶鋼中りん濃度を精度良く推定することは難しいと考えられる。
【0030】
そこで、本実施形態では、吹錬処理開始からの経過時間t、tendに代えて、累積酸素供給量原単位を用いる。具体的には、式(1)~式(3)に代えて、以下の式(5)~式(7)を用いる。換言すれば、累積酸素供給量原単位に対する溶鋼中りん濃度[P]の変化量が溶鋼中りん濃度[P]に比例すると仮定し、脱りん速度定数kをその比例定数として定義する。
【数4】
【0031】
上記の式(5)及び式(6)において、Oは吹錬処理開始からの累積酸素供給量原単位[Nm/ton](溶鋼1ton当たりの酸素供給量の累積値)であり、上記の式(7)において、O2endは吹錬処理開始から吹錬処理終了までの累積酸素供給量原単位[Nm/ton]である。
脱りん速度定数kの実績値[(Nm/ton)-1]は、吹錬処理終了後に、上記の式(7)の右辺にそれぞれ値を代入することによって算出される。そして、特許文献1等に記載された従来技術と同様に、過去の吹錬処理における脱りん速度定数kの実績値を目的変数とする学習データを用いることで、前述の式(4)に示す統計モデルを構築する。
そして、溶鋼中りん濃度の推定対象となる新たな吹錬処理に対しては、構築された式(4)に示す統計モデルの説明変数Xとして、当該吹錬処理で得られた操業データを代入することで、脱りん速度定数kの推定値を算出し、当該吹錬処理前の溶銑中りん濃度[P]iniと、算出した脱りん速度定数kの推定値と、当該吹錬処理において供給された累積酸素供給量原単位Oとを上記の式(6)の右辺に代入することで、当該吹錬処理中の溶鋼中りん濃度を推定することができる。
【0032】
以上のように、本実施形態では、吹錬処理開始からの経過時間tに代えて、転炉に供給された累積酸素供給量原単位Oを用いることで、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数k、ひいては溶鋼中りん濃度を精度良く推定できる。
【0033】
累積酸素供給量原単位Oとしては、例えば、転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位を用いることができる。「累積吹き込み酸素量原単位」とは、下記の式(8)に示すように、吹錬処理開始から吹き込まれた溶鋼の単位重量当たりの酸素量の累積値を意味し、例えば、上吹きランスから吹き込まれた酸素量の累積値や、羽口から吹き込まれた酸素量の累積値や、上吹きランス及び羽口の双方から吹き込まれた酸素量の累積値を、転炉内の溶鋼の重量で除算した値に相当する。
【数5】
上記の式(8)において、VO2は吹錬処理開始から吹き込まれた酸素量の累積値(累積吹き込み酸素量)[Nm]であり、Wstは溶鋼(溶銑)の重量[ton]である。ここで、溶鋼(溶銑)の重量は、溶銑の重量のみで算出しても良いが、スクラップや冷銑などの投入があり、その投入量の実績値がある場合には、転炉に装入された主原料(精錬を実施する対象)の合計値を溶鋼の重量として算出することが好ましい。本実施形態では、主原料の合計値を溶鋼の重量として算出している。
【0034】
また、より好ましくは、累積酸素供給量原単位Oとして、下記の式(9)に示すように、転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位と、転炉に投入された副原料(酸素含有副原料)から発生した発生酸素量原単位との和を用いることができる。「副原料から発生した発生酸素量原単位」とは、副原料から発生した溶鋼の単位重量当たりの酸素量を意味する。
【数6】
上記の式(9)において、VO2は式(8)と同様に吹錬処理開始から吹き込まれた酸素量の累積値[Nm]であり、Wstは式(8)と同様に溶鋼(溶銑)の重量[ton]である。VauO2は副原料から発生した発生酸素量[Nm]である。
【0035】
副原料から発生した発生酸素量VauO2は、例えば、下記の式(10)に示すように、副原料の投入量(投入重量)Wau[ton]と、副原料の単位重量当たりの含有酸素量(含有酸素体積)O2au[Nm/ton]との積によって算出可能である。
【数7】
なお、上記の式(10)は、複数の銘柄の副原料を投入する場合を表したものであり、銘柄毎のWauとO2auとの積の全銘柄についての総和が、副原料から発生した発生酸素量VauO2として算出される。ただし、本発明はこれに限るものではなく、単一銘柄の副原料を投入する場合には、当該銘柄についてのWauとO2auとの積を発生酸素量VauO2として算出すればよい。
【0036】
<第1実施形態>
本発明の第1実施形態は、前述の累積酸素供給量原単位Oとして、転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位を用いる形態である。すなわち、前述の式(8)に従って累積酸素供給量原単位Oを算出する形態である。
図1は、本発明の第1実施形態に係る統計モデル構築装置及び溶鋼中りん濃度推定装置を備えた精錬設備の概略構成を模式的に示す図である。
図1に示すように、第1実施形態の精錬設備100は、転炉設備10と、計測制御装置20と、演算装置30と、を備える。第1実施形態において、演算装置30は、本発明に係る統計モデル構築装置及び溶鋼中りん濃度推定装置としても機能する。演算装置30は、転炉の吹錬処理の操業を繰り返しながら、吹錬処理に関する操業データを蓄積して、統計モデルを構築する。また、演算装置30は、統計モデルが構築されて利用可能になった後には、統計モデルを用いて、吹錬処理中の溶鋼中りん濃度を推定し、さらに必要に応じて吹錬処理終了後に得られた操業データを用いて統計モデルを更新する。以下、精錬設備100の各構成要素について、具体的に説明する。
【0037】
転炉設備10は、転炉11と、上吹きランス12と、煙道13と、羽口14と、投入シュート15を有する投入装置と、を具備する。転炉設備10では、転炉11の炉口から挿入された上吹きランス12が、転炉11内の溶銑MSに酸素ガスG1を吹き込む。吹錬処理で起こる脱炭反応では、溶銑MS内の炭素が酸素ガスG1と反応することによって、COガス又はCOガスが生成され、これらのガスは煙道13を経由して排出される。吹錬処理を経た溶銑MSは、溶鋼MIとして次工程に送られる。また、吹錬処理では、溶銑MS内のりん及びケイ素も、酸素ガスG1、又はスラグSLに含まれる副原料と反応し、スラグSL中に取り込まれて安定化する。一方、羽口14からは、窒素ガスやアルゴンガスなどの底吹きガスG2が吹き込まれて溶銑MSを攪拌し、上記の反応を促進する。投入装置の投入シュート15からは、スラグSLを構成する生石灰や石灰石、及び溶銑MSに酸素を供給するための焼結鉱など、酸素含有副原料を含む副原料AMを転炉11内に投入する。なお、副原料AMが粉体である場合には、上吹きランス12を用いて酸素ガスG1と共に吹き込むことも可能である。
【0038】
計測制御装置20は、転炉設備10における精錬処理に関する各種の計測及び精錬処理の制御を実行する。
具体的には、計測制御装置20は、計測系として、サブランス21と、排ガス分析計22と、排ガス流量計23と、スラグレベル計28と、を具備する。サブランス21は、上吹きランス12と共に転炉11の炉口から挿入され、先端に設けられた測定装置を吹錬処理中の所定のタイミングで溶鋼MIに浸漬させることによって、溶鋼MIの成分分析用のサンプルを採取したり、溶鋼MIの炭素濃度や温度を測定したりする。このようなサブランス21を用いた測定を、以下の説明では、サブランス測定ともいう。排ガス分析計22は、煙道13を経由して排出されるガスの成分を分析する。具体的には、排ガス分析計22は、排ガスに含まれるCO、CO及びOの濃度(各成分の濃度を排ガス成分濃度と称する)を測定する。一方、排ガス流量計23は、煙道13を経由して排出されるガスの流量(排ガス流量と称する)を測定する。スラグレベル計28は、転炉11内のスラグSLのレベルを、転炉11の炉口から非接触式で測定する。上記のサブランス測定の結果、並びに排ガス分析計22、排ガス流量計23及びスラグレベル計28の測定結果は、演算装置30に送信(具体的には、後述の通信部31に送信)される。
【0039】
一方、計測制御装置20は、制御系として、ランス駆動装置24と、酸素供給装置25と、底吹きガス供給装置26と、投入制御装置27と、を具備する。ランス駆動装置24は、上吹きランス12を上下方向に駆動する。これによって、上吹きランス12の高さ(すなわち、転炉11内で酸素ガスG1が供給される位置の溶銑MSからの距離)を調節することができる。酸素供給装置25は、上吹きランス12に酸素ガスG1を供給する。吹込み酸素流量、すなわち供給される酸素ガスG1の単位時間あたりの流量は調節可能である。底吹きガス供給装置26は、羽口14に底吹きガスG2を供給する。供給される底吹きガスG2の流量も調節可能である。投入制御装置27は、投入装置の投入シュート15からの副原料AMの投入を制御する。具体的には、投入制御装置27は、副原料AMの投入タイミング及び投入量を制御する。上記のランス駆動装置24、酸素供給装置25、底吹きガス供給装置26及び投入制御装置27の動作は、演算装置30とは別個に制御可能であってもよいし、図1に示すように、演算装置30からの(具体的には、後述の通信部31から送信された)制御信号に従って制御可能であってもよい。
【0040】
演算装置30は、通信部31と、記憶部32と、演算部33と、入出力部34と、を具備し、例えば、コンピュータによって構成される。通信部31は、計測制御装置20の各構成要素と有線又は無線で通信する各種の通信装置であり、計測制御装置20で得られた測定結果を受信すると共に、計測制御装置20に制御信号を送信する。通信部31は、計測制御装置20と異なる外部装置と通信可能であってもよい。
【0041】
記憶部32は、各種のデータを格納することが可能なストレージである。第1実施形態の記憶部32には、転炉11の吹錬処理に関する操業データ321及びパラメータ322が格納される。
図2は、操業データ321の一例を示す図である。図2に示す例では、操業データ321は、吹錬処理毎に決められるチャージ番号(CHNO)をキーとして、同じチャージ番号の吹錬処理に関する各種の操業データが同一の行に格納されていくものである。操業データ321の中には、サブランス測定結果や吹錬処理終了時の成分分析結果が格納される分析実績データ3211が含まれる。なお、図2に示す例のCHNO=00XXのレコードのように、溶鋼中りん濃度の推定対象となる新たな吹錬処理については、既に収集されたデータのみが記憶部32に格納され、その時点で未測定又は分析結果未判明の分析実績データ3211は格納されていない。
【0042】
前述のように、第1実施形態では、式(8)に従って累積酸素供給量原単位Oを算出する。このため、操業データ321としては、式(8)に従って累積酸素供給量原単位Oを算出するためのデータ項目も格納されることになる。
具体的には、操業データ321の中には、式(8)に示す吹錬処理開始から吹き込まれた酸素量の累積値(累積吹き込み酸素量)VO2[Nm]として、上吹きランス12や羽口14から吹き込まれた酸素量の合計累積値が格納される。合計累積値は、吹き込まれた酸素量の計測値(例えば、酸素供給装置25や底吹きガス供給装置26が酸素量を計測するセンサを具備する場合、そのセンサの計測値)があればその値を用い、計測値が無ければ酸素供給装置25及び底吹ガス供給装置26の指示値を用いて、データ収集部331が計算可能である。また、操業データ321の中には、式(8)に示す溶鋼(溶銑)の重量Wst[ton]として、データ収集部331によって計算された、転炉11に装入された主原料(精錬を実施する対象)の重量の合計値(主原料総重量)が格納される。主原料は、例えば、溶銑、スクラップ、冷銑などである。
【0043】
一方、パラメータ322は、吹錬処理毎に(チャージ番号毎に)整理された操業データ321とは別に記憶部32に格納される。パラメータ322としては、後述のように、統計モデル構築部333によって推定された統計モデルのパラメータ(前述の式(4)に示す回帰係数a)が格納される。
【0044】
演算部33は、例えば、CPU(Central Processing Unit)など一又はそれ以上の数のハードウェアプロセッサ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)など一又はそれ以上の数のメモリーを具備し、メモリー(例えば、記憶部32)に格納される一又はそれ以上の数のプログラムが一又はそれ以上の数のハードウェアプロセッサにより実行されることで各種の演算を実行する。演算部33は、格納されたプログラムに従って動作することにより、データ収集部331、データ前処理部332、統計モデル構築部333及びりん濃度推定部334として機能する。なお、演算部33は、PLC(Programmable Logic Controller)であってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの専用のハードウェアによって実現してもよい。以下、演算部33によって実現される各部の機能について説明する。
【0045】
データ収集部331は、記憶部32に格納される操業データ321を収集する。具体的には、例えば、吹錬処理開始前に判明する溶銑重量等のデータは、吹錬処理開始前に外部装置(図1には図示せず)に格納された転炉吹錬データベースから通信部31を介してデータ収集部331で取得され、データ収集部331によって操業データ321の当該吹錬処理(CHNO)の行の該当項目内に格納される。吹錬処理開始以降には、計測制御装置20が具備する計測系の各種装置によって取得されたデータが、通信部31を介してデータ収集部331で取得され、データ収集部331によって操業データ321の当該吹錬処理(CHNO)の行の該当項目内に格納される。操業データ321中の分析実績データ3211は、サブランス測定結果及び吹錬処理終了時の成分分析結果が判明後、外部装置に格納された転炉吹錬データベースから通信部31を介してデータ収集部331で取得され、データ収集部331によって操業データ321の当該吹錬処理(CHNO)の行の該当項目内に格納される。
データ前処理部332は、上記の操業データ321の前処理を実施する。例えば、データ前処理部332は、吹錬処理開始から吹錬処理終了までに定周期でデータ収集部331によって取得されたデータを、平均計算したり、累積計算したり、様々な数値処理を行い、データ収集部331がデータ前処理部332による前処理を経たデータを操業データ321の当該吹錬処理(CHNO)行の該当項目内に格納する。また、データ前処理部332は、データの正規化処理を実行してもよい。なお、以下の説明では、データ前処理部332による前処理を経たデータについても操業データ321として扱うが、記憶部32には前処理されていないこれらのデータと前処理を経たデータとが別に格納されていてもよい。
【0046】
統計モデル構築部333は、操業データを説明変数とし、脱りん速度定数kを目的変数とする統計モデル(前述の式(4)に示す重回帰式で表された統計モデル)を構築する。具体的には、統計モデル構築部333は、記憶部32に格納された過去の吹錬処理に関する操業データ321から抽出されたデータ項目を説明変数とし、脱りん速度定数kの実績値を目的変数とする学習データを用いて、統計モデルのパラメータ(回帰係数a)を推定する。なお、別途言及されない限り、統計モデルの構築に用いられる学習データは、データ前処理部332による前処理を経た、過去の蓄積された操業データ321である。
統計モデル構築部333は、学習データに含まれる吹錬処理前の溶銑中りん濃度[P]ini、学習データに含まれる分析実績データ3211の吹錬終了時の溶鋼中りん濃度[P]end、及び学習データに含まれる吹錬処理開始から吹錬処理終了までの累積吹き込み酸素量VO2を学習データに含まれる主原料総重量Wstで除算した値である累積酸素供給量原単位O2endを、前述の式(7)の右辺に代入して、過去の吹錬処理における脱りん速度定数kの実績値を算出する。さらに、統計モデル構築部333は、同じ吹錬処理に関する学習データに含まれるデータ項目から説明変数Xを抽出し、先に算出した脱りん速度定数kの実績値を目的変数として、公知の重回帰分析手法により、統計モデルのパラメータaを推定し、推定したパラメータaをパラメータ322として記憶部32に格納する。なお、第1実施形態では、統計モデルの構築方法として重回帰分析手法を採用しているが、操業データ321から抽出されたデータ項目を説明変数Xとし、脱りん速度定数kを目的変数としていれば、公知の機械学習手法を用いて統計モデルを構築することも可能である。
【0047】
りん濃度推定部334は、溶鋼中りん濃度の推定対象となる新たな吹錬処理に関する操業データ321と、統計モデル構築部333によって構築された統計モデルとを用いて、新たな吹錬処理における脱りん速度定数kの推定値を算出する。具体的には、りん濃度推定部334は、新たな吹錬処理に関する操業データ321から抽出された説明変数Xと、パラメータ322として記憶部32に格納されているパラメータaとを、統計モデル(すなわち、式(4)に示す重回帰式)に代入することによって、新たな吹錬処理における脱りん速度定数kの推定値を算出する。
さらに、りん濃度推定部334は、新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる新たな吹錬処理前の溶銑中りん濃度[P]iniと、算出した脱りん速度定数kの推定値と、新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる吹錬処理開始から現時点までの累積吹き込み酸素量VO2を新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる主原料総重量Wstで除算した値である累積酸素供給量原単位Oとを、前述の式(6)に代入して、現時点(すなわち、吹錬処理中の任意の時点)での溶鋼中りん濃度[P]を推定する。例えば、説明変数Xがサブランス測定によって取得されるデータ項目を含む場合、りん濃度推定部334は、新たな吹錬処理におけるサブランス測定以降に溶鋼中りん濃度[P]の推定を開始し、新たな吹錬処理終了までの間に所定の周期で溶鋼中りん濃度[P]を推定することができる。
【0048】
入出力部34は、例えば、ディスプレイやプリンタなどの出力装置と、キーボード、マウス、タッチパネルなどの入力装置と、を具備する。出力装置は、例えば、りん濃度推定部334によって算出された、吹錬処理中の任意の時点における溶鋼中りん濃度[P]の推定値を出力する。入力装置は、例えば、記憶部32に格納されるデータを追加又は修正するための操作入力を取得することができる。
【0049】
図3は、以上に説明した精錬設備100を用いた、本発明の第1実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法の概略工程を示すフローチャートである。図3に示す例では、統計モデルを構築する処理と、構築された統計モデルを用いて溶鋼中りん濃度を推定する処理とを、一連の処理として図示しているが、これに限定されるものではなく、それぞれを別のタイミングで実行してもよい。例えば、統計モデルを構築する処理に関わるステップST1、ST4~ST7の処理と、溶鋼中りん濃度を推定する処理に関わるステップST1~ST3の処理とを、それぞれ別のタイミングで実行してもよい。
【0050】
図3に示すように、第1実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法では、まず、新たな吹錬処理に関するデータをデータ収集部331が収集し、操業データ321として記憶部32に格納する(図3のステップST1)。具体的には、データ収集部331は、例えば、吹錬処理開始前には、溶銑重量等のデータを取得し、吹錬中には、累積吹き込み酸素量、副原料の投入量、排ガス成分濃度、排ガス流量等を取得する。これらのデータ取得の際、データ前処理部332がデータの前処理を実行し、この前処理を経たデータをデータ収集部331が操業データ321として格納する。
第1実施形態では、収集された新たな吹錬処理に関する操業データ321のうち、統計モデルで使用する説明変数Xのデータが揃った時点で、統計モデルを用いた脱りん速度定数kの推定及び溶鋼中りん濃度[P]の推定が可能になる。すでに統計モデルが構築されて利用可能である場合(図3のステップST2で「YES」の場合)には、パラメータ322として記憶部32に格納された統計モデルのパラメータaと説明変数Xのデータとを用いて、りん濃度推定部334が、推定対象となる新たな吹錬処理についての溶鋼中りん濃度[P]を推定する(図3のステップST3)。なお、溶鋼中りん濃度[P]の推定結果は、例えば、入出力部34に含まれるディスプレイやプリンタなどの出力装置によって出力されてもよい。また、りん濃度推定部334は、例えば、統計モデルで使用する説明変数Xのデータが揃った後の所定のタイミングで1回だけ溶鋼中りん濃度[P]を推定してもよいし、所定の周期で溶鋼中りん濃度[P]の推定を繰り返してもよい。
一方、統計モデルが利用可能でない場合(図3のステップST2で「NO」の場合)には、上記のような溶鋼中りん濃度[P]の推定は実行されない。
【0051】
吹錬処理が終了した後、データ収集部331が分析実績データ3211を収集する(図3のステップST4)。例えば、まだ統計モデルが構築されていないが、すでに十分な数の過去の吹錬処理に関する操業データ321が記憶部32に蓄積されている場合(図3のステップST2で「NO」、ステップST5で「YES」の場合)、統計モデル構築のための処理が実行される。この場合、統計モデル構築部333は、蓄積された過去の吹錬処理に関する操業データ321に基づいて、図4を参照して後述する手順で統計モデルを構築し(図3のステップST6)、推定された統計モデルのパラメータaをパラメータ322として記憶部32に格納する(図3のステップST7)。
【0052】
一方、まだ統計モデルが構築されておらず、十分な数の過去の吹錬処理に関する操業データ321も記憶部32に蓄積されていない場合(図3のステップST2で「NO」、ステップST5でも「NO」の場合)には、統計モデル構築のための処理が実行されず、操業データ321の蓄積のみが実行される。また、統計モデルが構築されて利用可能になった後は、溶鋼中りん濃度[P]を推定して吹錬処理を実行することが可能になるため、統計モデル構築のための処理は実行されなくてもよい(図3のステップST2で「YES」、ステップST5で「NO」の場合)。また、例えば、溶鋼中りん濃度[P]を推定して実行される吹錬処理が所定の回数繰り返されるなどの所定の条件が満たされた場合(図3のステップST2で「YES」、ステップST5でも「YES」の場合)、新たな吹錬処理に関する操業データ321を、過去の操業データ321と共に、又は過去の吹錬処理に関する操業データ321に代えて用いて、新たな統計モデルを構築し(図3のステップST6)、パラメータ322を更新してもよい(図3のステップST7)。
【0053】
図4は、図3に示すステップST6の具体的手順を示すフローチャートである。図4に示す処理は、統計モデル構築部333によって実行される。この処理では、まず、蓄積された過去の吹錬処理に関する操業データ321から、吹錬処理前の溶銑中りん濃度[P]ini及び吹錬終了時の溶鋼中りん濃度[P]endを抽出し、吹錬処理開始から吹錬処理終了までの累積吹き込み酸素量VO2を主原料総重量Wstで除算した値である累積酸素供給量原単位O2endを算出し、これらを前述の式(7)の右辺に代入して、過去の吹錬処理における脱りん速度定数kの実績値を算出する(図4のステップST61)。
次に、蓄積された操業データ321を任意の割合で統計モデル構築用の学習データと評価データとに分割し(図4のステップST62)、必要に応じて前処理部332における前処理を実行した上で、前述の式(4)に示す統計モデルの説明変数Xを決定する(図4のステップST63)。
操業データ321から、どのデータ項目を説明変数Xとして用いるのかは、例えば、操業知見に基づいて決定したり、Lasso等の機械学習手法を用いて決定することができる。そして、統計モデル構築部333は、学習データに含まれる説明変数Xと、学習データから算出される目的変数である脱りん速度定数kの実績値とを用いて、統計モデルを構築する(図4のステップST64)。
【0054】
最後に、統計モデル構築部333は、評価データに含まれる説明変数Xと、評価データから算出される目的変数である脱りん速度定数kの実績値とを用いて、構築した統計モデルの精度を評価する(図4のステップST65)。具体的には、統計モデル構築部333は、例えば、評価データに含まれる説明変数Xを式(4)に代入することにより推定される脱りん速度定数kと、評価データから算出される脱りん速度定数kの実績値とを比較し、両者の誤差(標準偏差や二乗平均平方根誤差など)を算出する。算出された誤差が予め定めた許容範囲内にある場合には、ステップST64で構築された統計モデルが溶鋼中りん濃度[P]を推定するために用いる統計モデルとして確定する。一方、算出された誤差が予め定めた許容範囲内にない場合には、例えば、統計モデルの構築に用いる操業データ321を変更したり、前と同じ操業データ321を用いるものの学習データと評価データとの分割(図4のステップST62)をやり直したりした上で、統計モデルを構築し直す(図4のステップST64)ことが考えられる。
ステップST64の処理により算出された統計モデルのパラメータaは、図3においてステップST7として示したように、パラメータ322として記憶部32に格納される。
なお、脱りん速度定数の推定、ひいては溶鋼中りん濃度の推定を確実に精度良く行う上では、図4に示す例のように、蓄積された操業データ321を学習データと評価データとに分割し(図4のステップST62)、学習データを用いて統計モデルを構築し(図4のステップST64)、評価データを用いて構築した統計モデルの精度を評価する(図4のステップST65)ことが好ましい。しかしながら、本発明はこれに限るものではなく、蓄積された操業データ321から学習データのみを作成し、この学習データを用いた統計モデルの構築のみを実行することも可能である。すなわち、図4に示すステップST62及びステップST65を省略することも可能である。
【0055】
以上に説明したように、本発明の第1実施形態によれば、脱りん速度定数kが、転炉11に供給された累積酸素供給量原単位O(式(8)に従って算出される累積吹き込み酸素量原単位)に対する転炉11の溶鋼中りん濃度[P]の変化量d[P]/dOが転炉11の溶鋼中りん濃度[P]に比例すると仮定した場合の比例定数として定義される。そして、この定義に従って構築された統計モデルを用いることで、吹錬処理の途中で吹錬処理を停止する場合であっても、脱りん速度定数kの推定値を精度良く算出可能であり、ひいては溶鋼中りん濃度[P]を精度良く推定可能である。
【0056】
<第2実施形態>
本発明の第2実施形態は、前述の累積酸素供給量原単位Oとして、転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位と、転炉に投入された副原料(酸素含有副原料)から発生した発生酸素量原単位との和を用いる形態である。すなわち、前述の式(9)に従って累積酸素供給量原単位Oを算出する形態である。
第1実施形態では、前述のように、累積酸素供給量原単位Oとして、転炉に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位V02/Wstを用いるが、転炉の吹錬処理では、酸素含有副原料を投入することがあり、副原料から発生した酸素によっても脱りんが進行することが考えられる。このため、累積吹き込み酸素量が同じであっても、副原料から発生した酸素量が異なれば、脱りん量が異なると考えられ、第1実施形態のように、累積酸素供給量原単位Oとして、累積吹き込み酸素量原単位V02/Wstのみを用いて脱りん速度定数k及び溶鋼中りん濃度[P]を推定すると、推定精度が低下するおそれがある。そこで、第2実施形態では、累積吹き込み酸素量原単位V02/Wstのみならず、副原料から発生した発生酸素量原単位も考慮することで、脱りん速度定数k及び溶鋼中りん濃度[P]をより一層精度良く推定可能としている。
【0057】
図5は、本発明の第2実施形態に係る統計モデル構築装置及び溶鋼中りん濃度推定装置を備えた精錬設備の概略構成を模式的に示す図である。
図5に示すように、第2実施形態の精錬設備100Aは、第1実施形態の精錬設備100と同様に、転炉設備10と、計測制御装置20と、演算装置30Aと、を備える。第2実施形態の演算装置30Aも、第1実施形態の演算装置30と同様に、通信部31と、記憶部32Aと、演算部33Aと、入出力部34と、を具備し、例えば、コンピュータによって構成される。
第2実施形態の精錬設備100Aは、記憶部32Aに、操業データ321及びパラメータ322に加えて、副原料銘柄別情報323が格納されている点が、第1実施形態の精錬設備100と異なる。また、これに伴い、演算部33Aが実行する演算内容が、第1実施形態の演算部33と異なる部分を有する点でも、第1実施形態の精錬設備100と異なる。
以下、第2実施形態の精錬設備100Aについて、主として第1実施形態の精錬設備100と異なる点を説明し、同じ点については適宜説明を省略する。
【0058】
図6は、副原料銘柄別情報323の一例を示す図である。図6に示す例では、副原料銘柄別情報323は、副原料AMの銘柄名をキーとして、同じ銘柄の副原料AMの単位重量当たりの含有酸素量(含有酸素体積)O2au[Nm/ton]などの情報が同一の行に格納されている。
【0059】
前述のように、第2実施形態では、式(9)に従って累積酸素供給量原単位Oを算出する。すなわち、第2実施形態では、第1実施形態と異なり、累積酸素供給量原単位Oを算出するに際し、副原料AMから発生した発生酸素量VauO2を考慮する。
副原料AMから発生した発生酸素量VauO2の算出には、前述の式(10)に示すように、副原料AMの銘柄毎の投入量(投入重量)Wauと、副原料AMの銘柄毎の単位重量当たりの含有酸素量(含有酸素体積)O2auとを用いる。副原料AMの銘柄毎の投入量Wauは、投入シュート15から転炉11に投入された副原料AMの銘柄毎の投入量の合計値がデータ収集部331によって計算され、操業データ321の中に格納される。前述の図2に示す例では、ある銘柄の副原料Aの投入量Wau(WauA)と、これとは別の銘柄の副原料Bの投入量Wau(WauB)とが格納されている状態を示している。副原料AMの銘柄毎の投入量Wauは、投入量の計測値(例えば、投入制御装置27が投入量を計測するセンサを具備する場合、そのセンサの計測値)があればその値を用い、計測値が無ければ投入制御装置27の指示値を用いて、データ収集部331が計算可能である。副原料AMの銘柄毎の単位重量当たりの含有酸素量O2auは、外部装置(図5には図示せず)に格納された転炉吹錬データベースから通信部31を介してデータ収集部331で取得され、データ収集部331によって副原料銘柄別情報323における副原料AMの各銘柄の行の該当項目内に格納される。
【0060】
第2実施形態の統計モデル構築部333は、第1実施形態の統計モデル構築部333と同様に、記憶部32Aに格納された過去の吹錬処理に関する操業データ321から抽出されたデータ項目を説明変数とし、脱りん速度定数kの実績値を目的変数とする学習データを用いて、統計モデルのパラメータ(回帰係数a)を推定する。
第2実施形態の統計モデル構築部333は、第1実施形態の統計モデル構築部333と同様に、式(7)に従って脱りん速度定数kの実績値を算出するものの、第1実施形態の統計モデル構築部333と異なり、式(7)に示す累積酸素供給量原単位O2endを式(9)を用いて算出する。すなわち、第2実施形態の統計モデル構築部333は、式(7)に示す累積酸素供給量原単位O2endとして、学習データに含まれる吹錬処理開始から吹錬処理終了までの累積吹き込み酸素量VO2と、吹錬処理開始から吹錬処理終了までの副原料AMから発生した発生酸素量Vauo2(学習データに含まれる吹錬処理開始から吹錬処理終了までの副原料AMの銘柄毎の投入量Wauと副原料銘柄別情報323に含まれる副原料AMの銘柄毎の単位重量当たりの含有酸素量O2auとの積の全銘柄についての総和)との和を、学習データに含まれる主原料総重量Wstで除算した値を代入して、脱りん速度定数kの実績値を算出する。
【0061】
第2実施形態のりん濃度推定部334は、第1実施形態の統計モデル構築部333と同様に、溶鋼中りん濃度の推定対象となる新たな吹錬処理に関する操業データ321から抽出された説明変数Xと、パラメータ322として記憶部32Aに格納されているパラメータaとを、統計モデル(すなわち、式(4)に示す重回帰式)に代入することによって、新たな吹錬処理における脱りん速度定数kの推定値を算出する。そして、第2実施形態のりん濃度推定部334は、第1実施形態のりん濃度推定部334と同様に、新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる新たな吹錬処理前の溶銑中りん濃度[P]iniと、算出した脱りん速度定数kの推定値と、新たな吹錬処理に関する累積酸素供給量原単位Oとを、式(6)に代入して、現時点(すなわち、吹錬処理中の任意の時点)での溶鋼中りん濃度[P]を推定する。
ただし、第2実施形態のりん濃度推定部334は、第1実施形態のりん濃度推定部334と異なり、式(6)に示す累積酸素供給量原単位Oを式(9)を用いて算出する。すなわち、第2実施形態のりん濃度推定部334は、式(6)に示す累積酸素供給量原単位Oとして、新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる吹錬処理開始から現時点までの累積吹き込み酸素量VO2と、新たな吹錬処理の吹錬処理開始から現時点までの副原料AMから発生した発生酸素量Vauo2(新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる吹錬処理開始から現時点までの副原料AMの銘柄毎の投入量Wauと副原料銘柄別情報323に含まれる副原料AMの銘柄毎の単位重量当たりの含有酸素量O2auとの積の全銘柄についての総和)との和を、新たな吹錬処理に関する操業データ321に含まれる主原料総重量Wstで除算した値を代入して、現時点での溶鋼中りん濃度[P]を推定する。
【0062】
以上に説明した精錬設備100Aを用いた第2実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法は、図3図4を参照して説明した第1実施形態に係る溶鋼中りん濃度推定方法と、累積酸素供給量原単位O(O2end)の算出方法が異なるだけであって、他の手順は同様であるため、ここではその詳細な説明を省略する。
【0063】
本発明の第2実施形態によれば、転炉11に吹き込まれた累積吹き込み酸素量原単位V02/Wstに加えて、転炉11に投入された副原料AMから発生した発生酸素量原単位VauO2/Wstをも考慮することで、脱りん速度定数kをより一層精度良く推定可能であり、ひいては溶鋼中りん濃度[P]をより一層精度良く推定可能である。
【0064】
なお、以上に説明した第1実施形態及び第2実施形態では、いずれも、単一の演算部33、33Aが、統計モデル構築部333及びりん濃度推定部334の双方を具備する構成(換言すれば、単一の演算部33、33Aが、本発明に係る統計モデル構築装置及び溶鋼中りん濃度推定装置として機能し、統計モデルの構築と溶鋼中りん濃度の推定の双方を実行する構成)について説明したが、本発明はこれに限るものではない。例えば、単一の演算部が、統計モデル構築部333及びりん濃度推定部334のうち、統計モデル構築部333のみを具備し、この統計モデル構築部333で構築した統計モデルを、りん濃度推定部334のみを具備する他の単一の演算部で利用して溶鋼中りん濃度を推定する態様を採用することも可能である。換言すれば、本発明に係る統計モデル構築装置と溶鋼中りん濃度推定装置とを別個に設ける態様を採用することも可能である。
【実施例0065】
以下、本発明の実施例及び比較例に係る溶鋼中りん濃度推定方法の推定精度を評価した結果の一例について説明する。
比較例に係る溶鋼中りん濃度推定方法は、特許文献1等に記載された従来の推定方法であり、前述の式(1)~式(4)を用いて、溶鋼中りん濃度を推定する方法である。実施例1に係る溶鋼中りん濃度推定方法は、第1実施形態で説明した推定方法であり、前述の式(4)~式(8)を用いて、溶鋼中りん濃度を推定する方法である。実施例2に係る溶鋼中りん濃度推定方法は、第2実施形態で説明した推定方法であり、前述の式(4)~式(7)、式(9)及び式(10)を用いて、溶鋼中りん濃度を推定する方法である。
上記の比較例、実施例1、2に係る推定方法をそれぞれ用いて、吹錬処理終了時の溶鋼中りん濃度を推定し、各推定値を、吹錬処理終了後の溶鋼から採取したサンプルを分析することによって得られた実績値と比較することで、推定精度を評価した。
【0066】
図7は、本発明の実施例及び比較例に係る溶鋼中りん濃度推定方法によって推定した推定値と実績値との関係を示す散布図である。図7(a)は比較例についての推定値と実績値との関係を、図7(b)は実施例1についての推定値と実績値との関係を、図7(c)は実施例2についての推定値と実績値との関係を示す。また、表1は、図7に示す結果から算出した誤差σ(標準偏差)及び二乗平均平方根誤差(RMSE)を示す。
図7及び表1に示す結果は、3640回の吹錬処理分の操業データを学習データとして用い、1564回の吹錬処理分の操業データを評価データとして用いた結果である(したがって、図7に示す散布図には、1564回の吹錬処理分のデータがプロットされている)。
【表1】
【0067】
図7及び表1に示すように、実施例1、2の双方が比較例よりも推定精度が高くなっており、実施例2の推定精度が最も高いことが分かる。このように、本発明に係る推定方法によれば、転炉の溶鋼中りん濃度を精度良く推定可能である。
【符号の説明】
【0068】
10・・・転炉設備
11・・・転炉
20・・・計測制御装置
30,30A・・・演算装置
33,33A・・・演算部
100,100A・・・精錬設備
331・・・データ収集部
333・・・統計モデル構築部
334・・・りん濃度推定部
MI・・・溶鋼
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7