(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059016
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】磁気ディスク用アルミニウム合金板、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク及び磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレート
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20240422BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20240422BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20240422BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20240422BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240422BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/00 N
C22F1/047
C22F1/04 A
C22F1/00 623
C22F1/00 661D
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691A
C22F1/00 692A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166486
(22)【出願日】2022-10-17
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉崎 宥章
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 雄二
(57)【要約】
【課題】めっき性が優れているとともに、磁性膜のスパッタ時に熱歪みによる変形を抑制することができる磁気ディスク用アルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】磁気ディスク用アルミニウム合金板は、Mg:0.1質量%以上7.0質量%以下、及びNi:1.0質量%以上5.0質量%以下、を含有し、Fe:0.3質量%以下、Mn:0.3質量%以下、Si:0.10質量%以下、であり、残部がAl及び不純物からなる。また、線膨張係数が26.0×10-6(1/℃)以下であり、アルミニウム合金板表面における、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度が5×104(個/mm2)以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg:0.1質量%以上7.0質量%以下、及び
Ni:1.0質量%以上5.0質量%以下、を含有し、
Fe:0.3質量%以下、
Mn:0.3質量%以下、
Si:0.10質量%以下、であり、
残部がAl及び不純物からなる磁気ディスク用アルミニウム合金板であって、
線膨張係数が26.0×10-6(1/℃)以下であり、
アルミニウム合金板表面における、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度が5×104(個/mm2)以下であることを特徴とする、磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項2】
さらに、Be:3質量ppm以上100質量ppm以下、を含有することを特徴とする、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項3】
さらに、Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項4】
さらに、Be:3質量ppm以上100質量ppm以下、及び
Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下、を含有することを特徴とする、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項5】
さらに、Cu:0.5質量%以下及びZn:0.5質量%以下のうち、少なくとも一方を含有することを特徴とする、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項6】
さらに、Cu:0.5質量%以下及びZn:0.5質量%以下のうち、少なくとも一方を含有することを特徴とする、請求項2に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項7】
さらに、Cu:0.5質量%以下及びZn:0.5質量%以下のうち、少なくとも一方を含有することを特徴とする、請求項3に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項8】
さらに、Cu:0.5質量%以下及びZn:0.5質量%以下のうち、少なくとも一方を含有することを特徴とする、請求項4に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項9】
ヤング率が70GPa以上であることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項10】
請求項9に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板からなることを特徴とする、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク。
【請求項11】
請求項10に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクからなることを特徴とする、磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気ディスク用アルミニウム合金板、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク及び磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートに関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータ等の記録媒体として使用される磁気ディスクは、非磁性の基板に磁性膜を形成することによって製造される。具体的に、磁気ディスクの製造方法としては、まず、アルミニウム合金を鋳造し、必要に応じて圧延面を面削後、均熱処理及び圧延を施してアルミニウム合金板とした後に、円環状(ドーナツ状)に打ち抜き、更に矯正焼鈍することにより、ブランクを製造する。次に、ブランクの内外周の端面を切削後、ブランクの表裏面を研削するグラインド加工を実施し、酸化皮膜を除去するとともに、メッキ前の基板の表面の粗度を低減させることにより、サブストレートを得る。その後、サブストレートに無電解Ni-Pメッキを施す。ただし、このNi-Pメッキ膜にはメッキ欠陥が生じているため、メッキ欠陥を除去するため、またNi-Pメッキ膜を平滑にするために、Ni-Pメッキ膜の表面を研磨(ポリッシュ)する。その後、Ni-Pメッキ膜上に磁性膜がスパッタリングにより形成されることにより、アルミニウム合金基板から磁気ディスクが製造される。
【0003】
ところで、近時、情報のデジタル化やインターネットの普及に伴い大量のデジタルデータが取り扱われることから、データセンターを中心にハードディスクドライブ(HDD:Hard Disk Drive)の大容量化が求められている。そして、HDDの大容量化を実現するため、HDD一台あたりの磁気ディスクの搭載枚数を増やすことを目的として、磁気ディスクの薄肉化が検討されている。
【0004】
一方、磁気ディスクを薄肉化すると、磁気ディスクの回転駆動時において、特に回転速度が速くなるほど、微細な振動の発生確率が高くなるという問題点が発生する。この振動の発生を抑制する方法としては、例えばサブストレートの剛性を向上させる方法が挙げられる。
【0005】
そこで、例えば特許文献1には、剛性、及び表面に形成した無電解Ni-Pめっき膜の平滑性に優れたる磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク及び磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートが提案されている。上記特許文献1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクは、Mg:3.00質量%以下、Si:1.00質量%以下であり、Fe、Mn及びNiのうち少なくとも1種を含有すると共に、それぞれの含有量及び合計含有量が規定されており、Cr、Ti、Zrうち少なくとも1種を含有すると共に、それぞれの含有量及び合計含有量が規定されている。また、表面に占める金属間化合物の面積率が5~40%かつ単体SiおよびMg-Si系金属間化合物の面積率の合計が1%以下である。
【0006】
また、特許文献2には、剛性を向上させることにより発生する研削性の悪化を抑制しつつ、良好な剛性を有する磁気ディスク用アルミニウム合金板が提案されている。上記特許文献2に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板は、Mg:0.1~7.0質量%、Fe、Mn及びNiの少なくとも1種以上の合計:0.3~2.5質量%、Ni:1.3質量%以下に規定されている。また、表面における、最長径が10μm超の金属間化合物の個数密度が60個/mm2以下であり、かつ、最長径が3~10μmの金属間化合物の個数密度が600個/mm2以上である。
【0007】
さらに、特許文献3には、板厚を薄くしても、外部から受ける衝撃により生じるパーティクルの発生を抑制することができる磁気ディスク用基板が開示されている。上記特許文献3に記載の磁気ディスク用基板として、基板の直径及び板厚が規定されており、基板としては、例えば、ヤング率Eが90GPa以上の非晶質のガラスで構成されているガラス基板を用いることができる。そして、線膨張係数を特定の値以下に規定することにより、熱膨張を抑えることができ、基板を固定して把持する際に、把持部分周りの基板の熱歪みを抑えることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第6684139号公報
【特許文献2】特開2021-93234号公報
【特許文献3】特開2022-10156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクは、ヤング率を向上させるためにFeやMnを添加しているが、FeとMnを添加することによって化合物が粗大化し、めっき性が悪化するという問題点がある。また、上記特許文献2には、化合物個数密度を規定して研削性とヤング率とを両立することができる磁気ディスク用アルミニウム合金板について記載されているが、熱による歪みの低減について考慮されていない。さらに、特許文献3においては、ガラス基板に対して線膨張係数を規定し、熱歪みを抑制しているが、アルミニウム合金板等に対して熱歪みを抑制できる要件については確立されていない。
【0010】
特に、近時の薄肉化に対する要求に伴って、磁性膜のスパッタ時に生じる熱歪みによる変形を防止するための技術について、要求がより一層高くなっている。
【0011】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであって、めっき性が優れているとともに、磁性膜のスパッタ時に熱歪みによる変形を抑制することができる磁気ディスク用アルミニウム合金板、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク及び磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的は、本発明に係る下記(1)の磁気ディスク用アルミニウム合金板により達成される。
【0013】
(1) Mg:0.1質量%以上7.0質量%以下、及び
Ni:1.0質量%以上5.0質量%以下、を含有し、
Fe:0.3質量%以下、
Mn:0.3質量%以下、
Si:0.10質量%以下、であり、
残部がAl及び不純物からなる磁気ディスク用アルミニウム合金板であって、
線膨張係数が26.0×10-6(1/℃)以下であり、
アルミニウム合金板表面における、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度が5×104(個/mm2)以下であることを特徴とする、磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【0014】
また、本発明の磁気ディスク用アルミニウム合金板は、下記(2)~(5)であることが好ましい。
【0015】
(2) さらに、Be:3質量ppm以上100質量ppm以下、を含有することを特徴とする、(1)に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【0016】
(3) さらに、Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下、を含有することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【0017】
(4) さらに、Cu:0.5質量%以下及びZn:0.5質量%以下のうち、少なくとも一方を含有することを特徴とする、(1)~(3)のいずれか1つに記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【0018】
(5) ヤング率が70GPa以上であることを特徴とする、(1)~(4)のいずれか1つに記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【0019】
また、上記の目的は、本発明に係る下記(6)の磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクにより達成される。
【0020】
(6) (1)~(5)のいずれか1つに記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板からなることを特徴とする、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク。
【0021】
また、上記の目的は、本発明に係る下記(7)の磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートにより達成される。
【0022】
(7) (6)に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクからなることを特徴とする、磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレート。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板によれば、この合金板を素材板とした場合に、めっき性が優れた磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク、及び、磁性膜のスパッタ時に熱歪みによる変形が抑制された磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートを得ることができる。
【0024】
また、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクによれば、優れためっき性を得ることができるとともに、このブランクを材料とした場合に、磁性膜のスパッタ時に熱歪みによる変形が抑制された磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートを得ることができる。
【0025】
さらに、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートによれば、優れためっき性を有するアルミニウム合金ブランクにより形成されるため、磁気ディスクとしての特性を向上させることができるとともに、変形が抑制された磁気ディスクを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明の実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク及び磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートの化学組成、並びにその特定の物性についての数値限定理由について詳細に説明する。
なお、本明細書において、磁気ディスク用アルミニウム合金板、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク、磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートのそれぞれを、単に、「アルミニウム合金板」、「ブランク」、「サブストレート」ということがある。
【0027】
[磁気ディスク用アルミニウム合金板]
本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板は、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクを製造するための素材板である。まず、アルミニウム合金板の組成及び数値限定理由について説明する。なお、後述するブランク及びサブストレートの合金組成は、合金板の組成と同一である。
【0028】
(Mg:0.1質量%以上7.0質量%以下)
Mgは、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板における必須の構成元素であり、良好な耐衝撃性を得るためにアルミニウム合金板に含有される。アルミニウム合金板中のMg含有量が0.1質量%未満であると、上記効果を得ることができない。したがって、Mg含有量は0.1質量%以上とし、1.0質量%以上とすることが好ましく、1.3質量%以上とすることがより好ましく、1.7質量%以上とすることがさらに好ましく、2.0質量%以上とすることが特に好ましい。
一方、アルミニウム合金板中のMg含有量が7.0質量%を超えると、剛性が低下する。したがって、Mg含有量は7.0質量%以下とし、6.5質量%以下とすることが好ましく、6.0質量%以下とすることがより好ましく、5.5質量%以下とすることがさらに好ましく、4.0質量%以下とすることが特に好ましい。
【0029】
(Ni:1.0質量%以上5.0質量%以下)
Niは、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板における必須の構成元素であり、良好な剛性や線膨張係数を得るためにアルミニウム合金板に含有される。アルミニウム合金板中のNi含有量が1.0質量%未満であると、上記効果を得ることができない。したがって、Ni含有量は1.0質量%以上とし、1.4質量%以上とすることが好ましく、1.6質量%以上とすることがより好ましく、1.8質量%以上とすることがさらに好ましく、2.0質量%以上とすることが特に好ましい。
一方、アルミニウム合金板中のNi含有量が5.0質量%を超えると、金属間化合物の粗大化に起因して金属間化合物の個数密度が大きくなり、めっき性が低下するおそれがある。したがって、Ni含有量は5.0質量%以下とし、4.7質量%以下とすることが好ましく、4.4質量%以下とすることがより好ましく、4.1質量%以下とすることがさらに好ましい。また、Ni含有量は3.8質量%以下とすることがさらに好ましく、3.5質量%以下とすることが特に好ましい。
【0030】
(Fe:0.3質量%以下)
Feは、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板において、地金中から不純物として混入される元素である。アルミニウム合金板中のFe含有量が0.3質量%を超えると、金属間化合物の粗大化に起因して、金属間化合物の個数密度が大きくなり、めっき性が低下するおそれがある。したがって、Fe含有量は0.3質量%以下とし、0.25質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましく、0.15質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0031】
(Mn:0.3質量%以下)
Mnは、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板において、地金中から不純物として混入される可能性がある元素である。アルミニウム合金板中のMn含有量が0.3質量%を超えると、金属間化合物の粗大化に起因して、金属間化合物の個数密度が大きくなり、めっき性が低下するおそれがある。したがって、Mn含有量は0.3質量%以下とし、0.25質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましく、0.15質量%以下とすることがさらに好ましい。また、Mn含有量は0.10質量%以下とすることがより好ましく、0.05%質量以下とすることがさらに好ましく、0.01%質量以下とすることが特に好ましい。
【0032】
(Si:0.10質量%以下)
Siは、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板において、地金中から不純物として混入される元素であり、単体Siの形でアルミニウム合金板中に存在する場合や、Al-Fe-Si系金属間化合物などを形成する場合がある。アルミニウム合金板中のSi含有量が0.10質量%を超えると、単体Siに起因してめっき平滑性が低下するおそれがある。このため、単体Si等の生成を抑制する観点から、アルミニウム合金板中のSi含有量は低減することが好ましく、0質量%、すなわち含有されていなくてもよい。したがって、Si含有量は0.10質量%以下とし、0.05質量%以下とすることが好ましく、0.03質量%以下とすることがより好ましく、0.02質量%以下とすることがさらに好ましく、0.01質量%以下とすることが特に好ましい。
ただし、Si含有量を低減するためには、Al地金及び中間合金地金等の高純度の原料を使用する必要があり、その結果、原料コストが高くなる。したがって、Si含有量は0.004質量%以上であってもよい。
【0033】
(Be:3質量ppm以上100質量ppm以下)
Beは、鋳造時に酸化皮膜を形成し、Mg酸化物の形成を抑制する効果を有する元素である。また、Beは、アルミニウム合金板の熱間圧延性、及び成形性を向上させる効果を有し、さらに、矯正焼鈍での酸化抑制によるブランク同士の密着を弱くでき、その後の剥離での外力による平坦度劣化を抑制できる効果を有する元素でもある。このため、アルミニウム合金板中にBeを含有させると、サブストレートや磁気ディスクの平坦度を優れたものとすることができる。
【0034】
本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板において、Beは必須の成分ではないが、アルミニウム合金板中のBe含有量が3質量ppm以上であると、Beによる上記効果を十分に得ることができる。したがって、アルミニウム合金板中にBeを含有させる場合に、Be含有量は3質量ppm以上とすることが好ましく、4質量ppm以上とすることがより好ましい。また、Be含有量が100質量ppm以下であると、Beを含む化合物が粗大になることを防止することができるとともに、耳割れの発生を防止し、圧延性の低下を抑制することができる。したがって、Be含有量は100質量ppm以下とすることが好ましく、Beを含む化合物の粗大化を抑制する観点から、20質量ppm以下とすることがより好ましく、10質量ppm以下とすることがさらに好ましい。
【0035】
(Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下)
Crは結晶粒を微細化する効果を有する元素であり、初晶を微細化して金属間化合物を均一に分布させる効果を有し、強度や耐力の向上に寄与する元素である。本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板において、Crは必須の成分ではないが、アルミニウム合金板中のCr含有量が0.01質量%以上であると、Crによる上記効果を十分に得ることができる。したがって、アルミニウム合金板中にCrを含有させる場合に、Cr含有量は0.01質量%以上とすることが好ましく、0.05質量%とすることがより好ましく、0.1質量%以上とすることがさらに好ましく、0.15質量%以上とすることが特に好ましい。
また、Cr含有量が1.0質量%以下であると、めっき平滑性の低下を防止することができる。したがって、Cr含有量は1.0質量%以下とすることが好ましく、0.8質量%以下とすることがより好ましく、0.5質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0036】
(Cu:0.5質量%以下、Zn:0.5質量%以下)
Cu及びZnは、状態図上の固液共存領域を広くし、鋳造時の湯漏れの発生頻度の低減に寄与する元素である。また、Cu及びZnは、ジンケート処理において亜鉛を均一に析出させる効果を有する成分でもあり、めっき平滑性の向上にも寄与する。本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板において、Cu及びZnは必須の成分ではなく、0質量%であってもよいが、アルミニウム合金板中には、Cu及びZnの少なくとも一方が以下の範囲で含有されていることが好ましい。
【0037】
すなわち、Cu含有量が0.005質量%以上であると、Cuによる上記効果を十分に得ることができる。したがって、アルミニウム合金板中にCuを含有させる場合に、Cu含有量は0.005質量%以上とすることが好ましく、0.01質量%以上とすることがより好ましい。一方、Cu含有量が0.5質量%以下であると、めっき平滑性の低下を抑制することができるとともに、表面に形成される無電解Ni-Pめっき膜の平滑性の低下も抑制することができる。したがって、Cu含有量は0.5質量%以下とすることが好ましく、0.1質量%以下とすることがより好ましく、0.05質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0038】
また、Zn含有量が0.1質量%以上であると、Znによる上記効果を十分に得ることができる。したがって、アルミニウム合金板中にZnを含有させる場合に、Zn含有量は0.1質量%以上とすることが好ましく、0.2質量%以上とすることがより好ましい。一方、Zn含有量が0.5質量%以下であると、Cuの場合と同様に、めっき平滑性の低下を抑制することができるとともに、表面に形成される無電解Ni-Pめっき膜の平滑性の低下も抑制することができる。したがって、Zn含有量は0.5質量%以下とすることが好ましく、0.4質量%以下とすることがより好ましく、0.35質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0039】
(残部:Al及び不純物)
本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板の残部は、Al及び不純物からなる。すなわち、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板は、鋳塊製造時の溶解原料の選択によって、上記以外の元素を不純物として含み得る。不純物元素として、具体的には、Ti、Zr、V、B、Na、K、Ca、Pb、P、Sn、Sr、Ag、Bi、Inなどが挙げられる。これらの元素のうち、Ti、Zr、Vは、それぞれ0.10質量%以下、B、Na、K、Ca、Pb、P、Sn、Sr、Ag、Bi、Inは、それぞれ0.05質量%以下とすることが好ましい。これらの元素は、この範囲内であれば、不可避的不純物として含有される場合だけではなく、意図的にこれらの元素を含むスクラップの配合率を高めるなど、積極的に添加された場合であっても、本実施形態の効果を妨げない。
【0040】
不純物元素として示した各元素が不可避的に含有される場合(つまり、不可避的不純物である場合)、各元素の含有量は、それぞれ0.005質量%以下であるとともに、上記不純物元素の合計は0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0041】
また、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板に、上記のFe、Mn、Si、Be、Cr、Cu、Znが含有されず、不可避的不純物としてアルミニウム合金板に含有される場合に、不可避的不純物としてのFe、Mn、Si、Cr、Cuの含有量は、それぞれ0.005質量%以下であることが好ましく、Beは3質量ppm未満、Znは0.01質量%以下であることが好ましい。
【0042】
(線膨張係数:26.0×10-6(1/℃)以下)
本発明者らは、磁気ディスクの基板としてアルミニウム合金板を使用した場合に、熱歪みによる変形を防止できる条件について、種々検討を行った。その結果、アルミニウム合金板において、線膨張係数を適切に規定することが効果的であることを見出した。線膨張係数は、温度が1℃上昇した場合に、物質がどのくらい膨張するかを表した値であり、例えば、100℃から300℃まで物質の温度を上昇させた場合の熱膨張の差を測定し、温度差で除することにより求められる。線膨張係数を所定の値以下に低い値で制御することにより、磁性膜のスパッタ時に熱歪みによる変形を抑制することができると推定される。
【0043】
アルミニウム合金板の線膨張係数が、26.0×10-6(1/℃)を超えると、熱歪みによる変形が発生するおそれがある。したがって、アルミニウム合金板の線膨張係数は、26.0×10-6(1/℃)以下とし、25.7×10-6(1/℃)以下とすることが好ましい。一方、アルミニウム合金板の線膨張係数の下限は特に設けないが、アルミニウム合金板の線膨張係数が小さくなりすぎると、このアルミニウム合金板を使用して製造された磁気ディスクの使用時に、HDDの内部の温度が上昇すると、スピンドルの膨張に磁気ディスクの膨張が追従できず、磁気ディスクが変形するおそれがある。
なお、アルミニウム合金板の線膨張係数は、主にアルミニウム合金板中のNi含有量を、本実施形態において規定する範囲内に制御することにより、調整することができる。
【0044】
(最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度:5×104(個/mm2)以下)
アルミニウム合金板の表面において、所定のサイズ以上の金属間化合物の個数密度が多いと、サブストレートを製造する際の切削や研削などの鏡面加工時に、金属間化合物のブランクの表面からの脱落や、金属間化合物の酸エッチング処理による溶解等により、ピットが形成されることがある。このようにして形成されたピットは、めっき処理によって形成されるめっき膜の表面の平滑性を低下させるおそれがある。したがって、アルミニウム合金板の表面における、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度は、5×104(個/mm2)以下とする。また、上記金属間化合物の個数密度は少ないほど好ましく、例えば4×104(個/mm2)以下とすることが好ましい。
【0045】
金属間化合物の最大長とは、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)の反射電子組成像(COMPO像:compositional image)等で観察した際に認識される金属間化合物において、最も離れた2点間の距離をいう。アルミニウム合金板表面において、最大長が0.33μm未満である金属間化合物が存在しても、ピットを形成する可能性が低く、めっき性が低下するおそれがない。すなわち、金属間化合物の絶対最大長が小さいほど、粗大晶の脱落に伴うめっき欠陥の発生リスクを低減できる。したがって、本実施形態においては、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度を規定するものとする。
【0046】
アルミニウム合金板の表面において観察される金属間化合物としては、例えば、Mg-Si系金属間化合物、Al-Fe系金属間化合物、Al-Mn系金属間化合物、Al-Ni系金属間化合物、Al-Fe-Mn系金属間化合物、Al-Fe-Ni系金属間化合物、Al-Mn-Ni系金属間化合物、Al-Fe-Mn-Ni系金属間化合物等が挙げられる。また、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板がCrを含有する場合に、Al-Cr系金属間化合物や、上記Al-Fe系金属間化合物の一部を置換したAl-Fe-Cr系金属間化合物、Al-Mn系金属間化合物の一部を置換したAl-Mn-Cr系金属間化合物等が観察の対象となる。さらに、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板が、Cu及びZnの少なくとも一方を本発明で規定する含有量で含有する場合に、Al-Cu系金属間化合物、Al-Zn系金属間化合物等も観察の対象となる。さらにまた、本実施形態においては、単体Siも金属間化合物と同様に扱うものとする。
【0047】
なお、上記所定の金属間化合物の最大長は、Mg、Ni、Fe、Mn、Si、Cr、Cu及びZnの含有量を変化させることにより、調整することができる。そして、上記元素の含有量を、本実施形態において規定する含有量の範囲内とすることにより、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度を、所定の値以下に制御することができる。
【0048】
(ヤング率:70GPa以上)
本実施形態においては、ヤング率を用いることにより、アルミニウム合金板の剛性を判断する指標とすることができる。アルミニウム合金板のヤング率が70GPa以上であると、磁気ディスクを薄肉化した場合であっても、磁気ディスクをHDD内で回転駆動させる際に、振動の発生を抑制することができ、臨界的意義を有する。したがって、アルミニウム合金板のヤング率は、70GPa以上とすることが好ましく、71.0GPa以上とすることがより好ましく、72.0GPaとすることがさらに好ましい。一方、ヤング率の上限は特に規定しないが、通常、80GPa以下である。
なお、本明細書において、ヤング率とは、JIS Z 2280:1993に規定される金属材料の高温ヤング率試験方法に準拠して、大気雰囲気下、室温で、自由共振法により測定される値とする。
【0049】
<磁気ディスク用アルミニウム合金板の製造方法>
次に、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金板の製造方法の一例を説明する。
本実施形態に係るアルミニウム合金板は、磁気ディスク用のアルミニウム合金板を製造する一般的な条件の製造方法および設備によって製造することができる。例えば、原料を溶解して、所定の化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を、半連続鋳造法等によりアルミニウム合金鋳塊に鋳造する鋳造工程と、鋳造されたアルミニウム合金鋳塊を面削し、均質化熱処理を施す均質化熱処理工程と、均質化熱処理を施されたアルミニウム合金鋳塊を熱間圧延して、熱間圧延板を得る熱間圧延工程と、熱間圧延板を冷間圧延する冷間圧延工程と、をこの順に含む製造方法によって、アルミニウム合金板を製造することができる。なお、前記の半連続鋳造法でなく、薄板連続鋳造法を採用する場合は面削工程を省略してもよい。また、必要に応じて、冷間圧延工程の前または冷間圧延工程の途中に中間焼鈍を行ってもよい。
以下、アルミニウム合金板を製造する各工程について詳細に説明する。
【0050】
(鋳造工程)
鋳造工程では、700~800℃で原料を溶解し、アルミニウム合金の溶湯とする。これを公知の半連続鋳造法(DC鋳造法:Direct Chill Casting)によって、アルミニウム合金鋳塊に鋳造する。
【0051】
(均質化熱処理工程)
均質化熱処理工程では、鋳造されたアルミニウム合金鋳塊を面削し、均質化熱処理を施す。面削量は、例えば、2~40mm/片面で行うことができる。均質化熱処理は、例えば、400~600℃の温度で、4~48時間保持することで実施することができる。
【0052】
(熱間圧延工程)
熱間圧延工程では、均質化熱処理が施されたアルミニウム合金鋳塊を熱間圧延して、熱間圧延板を得る。熱間圧延の開始温度は、例えば490℃以上とすることができる。また、熱間圧延の終了温度を300~350℃とすることができる。また、熱間圧延して得る熱間圧延板の板厚を、例えば、3mm以下とすることができる。
【0053】
(冷間圧延工程)
冷間圧延工程では、得られた熱間圧延板を冷間圧延して冷間圧延板を得る。冷間圧延板の板厚を、例えば、0.35~0.75mmとすることが好ましい。
かかる工程を順に経ることで、本実施形態に係るアルミニウム合金板を得ることができる。
【0054】
[磁気ディスク用アルミニウム合金ブランク]
本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクは、上記合金板から製造されるものであり、ブランクの化学組成は、上記アルミニウム合金板から変化せず、同様の組成となる。
また、ブランクの線膨張係数、ブランクの表面における所定のサイズ以上の金属間化合物の個数密度及びヤング率や、研削性等の各特性値は、アルミニウム合金板についての各特性値と同等となる。そのため、アルミニウム合金板に対して測定した特性値は、ブランクの特性値と同様であると見做すことができる。また反対に、ブランクに対して測定した特性値は、アルミニウム合金板の特性値と同様であると見做すこともできる。
【0055】
<磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクの製造方法>
さらに、本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクの製造方法の一例を説明する。
本実施形態に係るアルミニウム合金ブランクは、磁気ディスク用のアルミニウム合金ブランクを製造する一般的な条件の製造方法および設備によって製造することができる。例えば、冷間圧延工程後に得られたアルミニウム合金板を円環状に打ち抜く打ち抜き工程と、打ち抜き工程で得られた円環状の基板に、例えば、荷重をかけながら焼鈍して平坦化する矯正焼鈍を施す矯正焼鈍工程とを、この順にさらに経ることにより、ブランクを製造することができる。
以下、アルミニウム合金ブランクを製造する各工程について詳細に説明する。
【0056】
(打ち抜き工程)
打ち抜き工程では、アルミニウム合金板を必要に応じて調質した後、例えば、内径24mm、外径96mmの3.5インチHDD用の基板、又は、内径19mm、外径66mmの2.5インチHDD用の基板等に適用できるように、円環状に打ち抜き処理を施す。
【0057】
(矯正焼鈍工程)
矯正焼鈍工程では、円環状の基板を、例えば、高い平坦度を有するスペーサで挟んで積み付け、基板に荷重をかけながら焼鈍して平坦化することが好ましい。焼鈍温度は、250~500℃とし、保持時間は、例えば、3~10時間程度とすることができる。
矯正焼鈍における昇温速度は、例えば、平均80℃/時間程度とすることができ、最速でも150℃/時間以下とすることが好ましい。降温は、例えば、焼鈍炉の扉を開放して降温(冷却)することができる。
【0058】
矯正焼鈍の昇温については、段階的な昇温を実施しても本実施形態の効果を損なうことはない。例えば、特許第5815153号公報の段落0068及び0069に記載されているように、特定の温度域の昇温速度を所定速度又は所定速度以上とするとともに当該特定の温度域以外は別の昇温速度とするように、複数の昇温速度で昇温、すなわち段階的な昇温を実施してもよい。
なお、本実施形態では、矯正焼鈍の焼鈍温度について、上記した一般的な焼鈍温度の範囲の中でも、250~400℃を実用温度域とする場合を想定している。
かかる工程を順に経ることで、本実施形態に係るブランクを得ることができる。
【0059】
[磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレート]
本実施形態に係る磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートは、上記ブランクから製造されるものであり、サブストレートの化学組成は、上記ブランクから変化せず、同様の組成となる。
また、サブストレートの線膨張係数、サブストレートの表面における所定のサイズ以上の金属間化合物の個数密度及びヤング率や、研削性等の各特性値は、アルミニウム合金板やブランクについての各特性値と同等となる。そのため、アルミニウム合金板やブランクに対して測定した特性値は、サブストレートの特性値と同様であると見做すことができる。また反対に、サブストレートに対して測定した特性値は、アルミニウム合金板やブランクの特性値と同様であると見做すこともできる。
【0060】
<磁気ディスク用アルミニウム合金サブストレートの製造方法>
本実施形態に係るサブストレートは、磁気ディスク用のアルミニウム合金サブストレートを製造する一般的な条件の製造方法および設備によって製造することができる。具体的には、ブランクの端面を切削する切削加工(端面加工)と、ブランクの表面(主面)を研削する研削加工(鏡面加工)と、を施すことにより、サブストレートを製造することができる。
【0061】
なお、本実施形態に係るアルミニウム合金板、ブランク及びサブストレートは、それぞれ上記方法により得ることができるが、各工程に悪影響を与えない範囲において、各工程の間又はその前後に、他の工程を経てもよい。
【0062】
<磁気ディスクの製造方法>
上記サブストレートを用いて、磁気ディスクを製造することができる。磁気ディスクは、磁気ディスクを製造する一般的な条件の製造方法および設備によって製造される。例えば、サブストレートの表面を酸エッチング処理、ジンケート処理を施し、無電解Ni-Pめっき膜を形成した後、無電解Ni-Pめっき膜の表面を研磨する。次いで、サブストレートの表面に、下地層、磁性膜、保護膜などを形成することにより、磁気ディスクを製造することができる。
【実施例0063】
以下に実施例を挙げて本実施形態を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0064】
種々の化学組成を有するアルミニウム合金溶湯を用いて、磁気ディスク用合金ブランクを作製し、得られたブランクについて、表面における金属間化合物の個数密度及びヤング率を測定した。また、ブランク又はその製造過程で得られる熱間圧延板について、線膨張係数を測定した。以下、ブランクの製造条件、及び各試験材の物性の測定方法等について、具体的に説明する。
【0065】
<磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクの作製>
原料を溶解し、種々の化学組成となるように成分を調整したアルミニウム合金の溶湯を使用して、アルミニウム合金鋳塊であるスラブを作製した。得られたスラブに対して、その厚さ方向に直交する両面を面削し、500~550℃の温度範囲内で、保持時間を2~18時間とした均質化熱処理を施した。
【0066】
次に、熱間圧延処理を施し、熱間圧延板を得た。試験材No.1~3は、熱間圧延板の厚さを3.0mmとし、試験材No.4は、その厚さを2.3mmとした。その後、冷間圧延処理を施し、アルミニウム合金板を得た。試験材No.1~3は、アルミニウム合金板の厚さを0.6mmとし、試験材No.4は、その厚さを0.7mmとした。
【0067】
その後、得られたアルミニウム合金板を、3.5インチサイズ(外径約95mm、内径約25mm)の基板となるように円環状に打ち抜いた。その後、円環状の基板に荷重をかけながら焼鈍して平坦化する矯正焼鈍を行うことにより、磁気ディスク用アルミニウム合金ブランクを作製した。矯正焼鈍は、各々260~350℃の温度範囲内で、3~6時間保持することによって行った。
【0068】
なお、試験材No.1~4において、均質化熱処理及び矯正焼鈍の条件や圧延率が相違したものがあるが、上記範囲内であれば、線膨張係数、特定サイズの金属間化合物の個数密度及びヤング率は、条件によって影響を受けない。
【0069】
<物性の測定>
(線膨張係数)
線膨張係数は、熱機械分析装置(NETZSCH製 TMA402F1(全膨張方式))を用いて、熱機械分析(TMA:Thermomechanical Analysis)により測定した。測定条件としては、荷重を5gf、昇温速度を5℃/分とし、測定温度領域を室温から300℃とした。測定安定性等を考慮して、線膨張係数は、25℃以上300℃以下の平均線膨張係数として求めた。なお、試験材No.1~3については、得られたブランクより、5mm×19mm×0.55mmの測定用試験片を採取して、引張法にて測定した。また、試験材No.4については、熱間圧延板より、4mm×18mm×2.3mmの測定用試験片を採取し、圧縮法にて測定した。なお、いずれの測定方法においても測定結果は同一である。
【0070】
線膨張係数が26.0×10-6(1/℃)以下であれば、熱歪みによる変形の抑制効果を有すると判断することができる。また、線膨張係数が25.7×10-6(1/℃)以下であれば、変形の抑制効果がより一層優れていると判断することができる。
【0071】
(最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度)
ブランクの表面をダイヤモンドバイトで切削して鏡面とし、この面をFE-SEM(日本電子株式会社製JSM-7001F、内蔵している粒子解析ソフトEX-35110、粒子解析ソフトウェアVer.3.84:リリースノートに記載のVer.情報、加速電圧15kV)を用いて、2000倍の倍率で、108視野、観察面積0.29mm2として撮影し、COMPO像なる組成像を得た。閾値を灰色のマトリックス部に設定して、マトリックス部、すなわち母相よりも白く写っている部分を金属間化合物とみなし、それらの最大長を測定した。金属間化合物の最大長とは、金属間化合物粒子の輪郭線上の任意の2点間の距離のうち、最大値を意味する。そして、最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数を上記粒子解析ソフトウェアによりカウントし、単位面積当たりの個数密度を算出した。
【0072】
なお、上記特定のサイズの金属間化合物の個数密度が5×104(個/mm2)以下であれば、優れためっき性を有し、めっき膜の表面の平滑性を低下させることができると判断することができる。また、上記個数密度が4×104(個/mm2)以下であれば、めっき性がより一層優れていると判断することができる。
【0073】
(ヤング率)
ヤング率は、JIS Z 2280:1993(金属材料の高温ヤング率試験方法)に準拠して、圧延平行方向を長手方向とする60mm×10mmの試験材を作製し、この試験材を用いて測定を行った。測定は、試験装置として、日本テクノプラス社製JE-RT型を用いて、大気雰囲気下、室温にて自由共振法により行った。
【0074】
なお、ヤング率が70GPa以上であれば、剛性が優れていると判断することができる。また、ヤング率が71.0GPa以上であれば、剛性がより一層優れていると判断することができる。
【0075】
使用したアルミニウム合金の化学組成、及び各物性の測定結果を下記表1に示す。Mnの欄において、「0.0」とは、Mnを積極的に添加しておらず、材料からの混入のみでMn含有量が0.05未満であったことを表し、小数点以下第2位を四捨五入した結果である。また、Beの欄において、「-」とは、Beを積極的に添加していないため、測定を実施していないが、材料からの混入を考慮すると1質量ppm未満であると推定される。さらに、Znの欄において、「0.00」とは、Znを積極的に添加しておらず、材料からの混入のみでZn含有量が0.005未満であったことを表す。なお、表1に示す化学組成は、各元素の含有量を所定の位で四捨五入したものであるため、全ての元素の含有量の合計が100質量%を超える場合がある。
【0076】
【0077】
上記表1に示すように、発明例である試験材No.1及び2は、使用したアルミニウム合金の組成が本発明で規定する範囲内であるため、線膨張係数及び最大長が0.33μm以上である金属間化合物の個数密度も本発明で規定する範囲内となっている。したがって、熱歪みによる変形を抑制することができるとともに、優れためっき性を得ることができると判断することができる。また、ヤング率も本発明で規定する範囲内であったため、優れた剛性を有するものであると判断することができる。
【0078】
これに対して、比較例である試験材No.3は、アルミニウム合金中のNi含有量が本発明で規定する範囲の下限未満であるとともに、Fe含有量が本発明で規定する範囲の上限を超えている。このため、線膨張係数及び金属間化合物の個数密度を、本発明で規定する範囲内とすることができなかった。したがって、熱歪みによる変形を抑制することができず、めっき性も不良であると判断することができる。
【0079】
また、比較例である試験材No.4は、アルミニウム合金中のFe含有量及びMn含有量が本発明で規定する範囲の上限を超えている。このため、金属間化合物の個数密度を本発明で規定する範囲内とすることができなかった。したがって、めっき性が不良であると判断することができる。