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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059023
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】鋼摺動部品及び鋼摺動部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/58 20060101AFI20240422BHJP
   C21D 7/08 20060101ALI20240422BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20240422BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20240422BHJP
   F16C 19/26 20060101ALI20240422BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20240422BHJP
   F16C 33/34 20060101ALI20240422BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240422BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20240422BHJP
【FI】
F16C33/58
C21D7/08 A
C21D9/40 A
F16C19/06
F16C19/26
F16C33/64
F16C33/34
C22C38/00 301Z
C22C38/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166498
(22)【出願日】2022-10-17
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】天野 良則
(72)【発明者】
【氏名】間曽 利治
【テーマコード(参考)】
3J701
4K042
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA12
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA10
3J701BA70
3J701DA01
3J701FA01
3J701FA38
3J701GA11
3J701XB01
3J701XB03
3J701XB31
3J701XB33
3J701XE01
3J701XE03
3J701XE12
3J701XE30
4K042AA22
4K042AA23
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA14
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DD03
4K042DE02
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】摩擦係数を低減可能な鋼摺動部品を提供する。
【解決手段】本実施形態の鋼摺動部品(10)は、中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状であり、摺動面を有し、摺動面の試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、中心軸を含む鋼摺動部品(10)の断面のうち、摺動面を含み摺動面から深さ10μm、幅50μmの最表層矩形域において、摺動面と平行な方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である特定集合組織領域を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状である鋼摺動部品であって、
摺動面を有し、
試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、
前記中心軸を含む前記鋼摺動部品の断面のうち、前記摺動面を含み前記摺動面から深さ10μm、幅50μmの最表層矩形域において、前記摺動面と平行な方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である特定集合組織領域を含む、
鋼摺動部品。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼摺動部品であって、
前記鋼摺動部品は軸受の外輪、内輪、軌道盤、及びころのいずれかである、
鋼摺動部品。
【請求項3】
請求項1に記載の鋼摺動部品であって、
前記{203}結晶方位の面積率が10.0%以上である、
鋼摺動部品。
【請求項4】
請求項1に記載の鋼摺動部品であって、
前記{203}結晶方位の面積率が12.5%以上である、
鋼摺動部品。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の鋼摺動部品の製造方法であって、
中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状であり、試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、前記最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%であり、JIS B 0601:2013に準拠した前記摺動面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、前記最表層矩形域のKAM値が0.40°以上である中間品を準備する、中間品準備工程と、
前記中間品を前記中心軸周りに回転させて、前記中間品の前記摺動面に、前記中間品よりも硬い圧下工具を8.5~15.0GPaの圧力で押し当てながら、前記圧下工具を前記摺動面上で前記中間品の回転方向に対して垂直な方向に相対的に摺動させて、前記摺動面を含む表層を塑性変形させ、前記特定集合組織領域を形成する、最表層結晶方位調整工程とを備える、
鋼摺動部品の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の鋼摺動部品の製造方法であって、
前記中間品準備工程は、
鋼材を加工する加工工程と、
加工された前記鋼材に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、前記中間品の試験力1kNでのビッカース硬さを500HV以上とし、かつ、前記最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする調質工程とを含む、
鋼摺動部品の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の鋼摺動部品の製造方法であって、
前記中間品準備工程はさらに、
前記調質工程後の前記中間品の前記摺動面を機械加工して、JIS B 0601:2013に準拠した前記摺動面の算術平均粗さRaを0.05~2.00μmとし、かつ、前記摺動面の前記最表層矩形域のKAM値を0.40°以上とする表層調整工程を含む、
鋼摺動部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼摺動部品及び鋼摺動部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受の外輪、内輪、軌道盤及びころに代表される摺動部品は、例えば、自動車のトランスミッションの部品として利用される。これらの部品の多くは、鋼からなる。以降の説明において、鋼からなる摺動部品を「鋼摺動部品」という。
【0003】
上述の用途に用いられる鋼摺動部品には、高い疲労強度が求められる。これらの鋼摺動部品の疲労強度を高める手段として、調質処理(焼入れ及び焼戻し)が知られている。
【0004】
調質処理された鋼摺動部品は、マルテンサイト組織となる。マルテンサイト組織により、鋼部品の表層の硬さが高まる。そのため、鋼摺動部品の疲労強度が高まる。調質処理により疲労強度を高めた鋼摺動部品は、例えば、特開2013-112861号公報(特許文献1)に提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-112861号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、最近、自動車の燃費のさらなる向上が求められている。トランスミッションでのエネルギー損失を抑制できれば、燃費のさらなる向上が実現できる。トランスミッションでのエネルギー損失のうちの一つに、動力伝達の摩擦損失がある。この摩擦損失を低減できれば、エネルギー損失を低減できる。
【0007】
動力伝達の摩擦損失を低減するためには、動力伝達に関与する鋼摺動部品の摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を低減することが有効である。ここで、静止摩擦係数とは、鋼摺動部品が回転等の動作を開始するときに、その動作を妨げるように作用する摩擦力に比例する係数である。動摩擦係数とは、鋼摺動部品が回転中に、その動作を妨げるように作用する摩擦力に比例する係数である。摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を抑えることができれば、静止摩擦力及び動摩擦力が抑えられる。その結果、動力伝達の摩擦損失を低減できる。
【0008】
本開示の目的は、摩擦係数を低減可能な鋼摺動部品及び鋼摺動部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示による鋼摺動部品は、次の構成を有する。
【0010】
中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状である鋼摺動部品であって、
摺動面を有し、
試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、
前記中心軸を含む前記鋼摺動部品の断面のうち、前記摺動面を含み前記摺動面から深さ10μm、幅50μmの最表層矩形域において、前記摺動面と平行な方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である特定集合組織領域を含む、
鋼摺動部品。
【0011】
本開示による鋼摺動部品の製造方法は、次の工程を含む。
【0012】
上述の鋼摺動部品の製造方法であって、
中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状であり、試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、前記最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%であり、JIS B 0601:2013に準拠した前記摺動面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、前記最表層矩形域のKAM値が0.40°以上である中間品を準備する、中間品準備工程と、
前記中間品を前記中心軸周りに回転させて、前記中間品の前記摺動面に、前記中間品よりも硬い圧下工具を8.5~15.0GPaの圧力で押し当てながら、前記圧下工具を前記摺動面上で前記中間品の回転方向に対して垂直な方向に相対的に摺動させて、前記摺動面を含む表層を塑性変形させ、前記特定集合組織領域を形成する、最表層結晶方位調整工程とを備える、
鋼摺動部品の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示による鋼摺動部品では、摩擦係数の低減が可能である。本開示による鋼摺動部品の製造方法は、上述の鋼摺動部品を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施形態の鋼摺動部品の中心軸を含む断面図である。
図2図2は、図1に示す領域50の拡大図である。
図3図3は、図2に示す最表層矩形域での方位マッピングの一例を示す図である。
図4A図4Aは、鋼摺動部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率と、静止摩擦係数との関係を示す図である。
図4B図4Bは、鋼摺動部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率と、動摩擦係数との関係を示す図である。
図5図5は、表層塑性加工を実施するための装置(表層塑性加工装置)の模式図である。
図6図6は、ブロックオンリング試験の模式図である。
図7図7は、ブロックオンリング試験での2回目以降の回転試験で得られた摩擦係数のグラフの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、鋼摺動部品の摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を低減できる手段を検討した。初めに、本発明者らは、鋼摺動部品に対して調質処理を実施して、鋼摺動部品の硬さを高めれば、摩擦係数が抑制されると考えた。
【0016】
しかしながら、鋼摺動部品の硬さを高めただけでは、摩擦係数を十分に低減することができなかった。そこで、本発明者らは、摩擦係数を低減するために、他の手段を検討した。
【0017】
調質処理された鋼摺動部品において、表面が他の部品と接触して動作する場合を想定する。ここで、他の部品と接触して、他の部品に対して相対的に摺動する面を「摺動面」と定義する。
【0018】
本発明者らは、鋼摺動部品の摺動面の表層での結晶方位の配向性が、摩擦係数に影響を与えるのではないかと考えた。そこで、本発明者らは、摺動面の表層での結晶方位の配向性と、摩擦係数との関係について調査及び検討を行った。
【0019】
本発明者らは、複数種類の鋼摺動部品を製造して、各鋼摺動部品の中心軸を含む断面での表層において、摺動面と平行な方向の結晶方位解析を実施して方位マッピングを作成した。さらに、これらの鋼摺動部品の摩擦係数を求め、方位マッピングと摩擦係数との関係を調査した。その結果、本発明者らは、表層において、{203}結晶方位の面積率が高いほど、摩擦係数が抑制されることを見出した。そして、さらなる検討の結果、表層において、{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であれば、摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を十分に抑制できることを初めて見出した。
【0020】
本実施形態の鋼摺動部品は、上述の技術思想に基づいて完成したものであり、次の構成を有する。
【0021】
[1]
中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状である鋼摺動部品であって、
摺動面を有し、
試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、
前記中心軸を含む前記鋼摺動部品の断面のうち、前記摺動面を含み前記摺動面から深さ10μm、幅50μmの最表層矩形域において、前記摺動面と平行な方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である特定集合組織領域を含む、
鋼摺動部品。
【0022】
[2]
[1]に記載の鋼摺動部品であって、
前記鋼摺動部品は軸受の外輪、内輪、軌道盤、及びころのいずれかである、
鋼摺動部品。
【0023】
[3]
[1]に記載の鋼摺動部品であって、
前記{203}結晶方位の面積率が10.0%以上である、
鋼摺動部品。
【0024】
[4]
[1]に記載の鋼摺動部品であって、
前記{203}結晶方位の面積率が12.5%以上である、
鋼摺動部品。
【0025】
[5]
[1]~[4]のいずれか1項に記載の鋼摺動部品の製造方法であって、
中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状であり、試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、前記最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%であり、JIS B 0601:2013に準拠した前記摺動面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、前記最表層矩形域のKAM値が0.40°以上である中間品を準備する、中間品準備工程と、
前記中間品を前記中心軸周りに回転させて、前記中間品の前記摺動面に、前記中間品よりも硬い圧下工具を8.5~15.0GPaの圧力で押し当てながら、前記圧下工具を前記摺動面上で前記中間品の回転方向に対して垂直な方向に相対的に摺動させて、前記摺動面を含む表層を塑性変形させ、前記特定集合組織領域を形成する、最表層結晶方位調整工程とを備える、
鋼摺動部品の製造方法。
【0026】
[6]
[5]に記載の鋼摺動部品の製造方法であって、
前記中間品準備工程は、
鋼材を加工する加工工程と、
加工された前記鋼材に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、前記中間品の試験力1kNでのビッカース硬さを500HV以上とし、かつ、前記最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする調質工程とを含む、
鋼摺動部品の製造方法。
【0027】
[7]
[6]に記載の鋼摺動部品の製造方法であって、
前記中間品準備工程はさらに、
前記調質工程後の前記中間品の前記摺動面を機械加工して、JIS B 0601:2013に準拠した前記摺動面の算術平均粗さRaを0.05~2.00μmとし、かつ、前記摺動面の前記最表層矩形域のKAM値を0.40°以上とする表層調整工程を含む、
鋼摺動部品の製造方法。
【0028】
以下、本実施形態による鋼摺動部品について詳述する。
【0029】
[鋼摺動部品の構成]
図1は、本実施形態の鋼摺動部品の中心軸を含む断面図である。図1(A)は玉軸受の断面図である。図1(B)はスラスト玉軸受の断面図である。図1(C)はころ軸受の断面図である。図1(D)はスラストころ軸受の断面図である。
【0030】
図1(A)の玉軸受は、外輪10Aと、内輪10Bと、複数の玉BRとを備える。外輪10Aは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SAを有する。内輪10Bは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SBを有する。軌道面10SA及び10SBは、複数の玉BRと接触して玉BRと相対的に摺動する面である。
玉軸受において、外輪10Aは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SAは摺動面10Sに相当する。同様に、内輪10Bは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SBは摺動面10Sに相当する。
【0031】
図1(B)のスラスト玉軸受は、軌道盤10Cと、軌道盤10Dと、複数の玉BRとを備える。軌道盤10Cは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SCを有する。軌道盤10Dは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SDを有する。軌道面10SC及び10SDは、複数の玉BRと接触して玉BRと相対的に摺動する面である。
スラスト玉軸受において、軌道盤10Cは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SCは摺動面10Sに相当する。軌道盤10Dは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SDは摺動面10Sに相当する。
【0032】
図1(C)のころ軸受は、外輪10Aと、内輪10Bと、複数のころ10BRとを備える。外輪10Aは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SAを有する。内輪10Bは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SBを有する。軌道面10SA及び10SBは、複数のころ10BRと接触してころ10BRと相対的に摺動する面である。
【0033】
ころ10BRは、針状ころでもよいし、円筒ころでもよいし、円錐ころでもよい。ころ10BRは、中心軸に垂直な断面が円形状であり、外周面10SBRは、軌道面10SA及び10SBと相対的に摺動する面である。
【0034】
ころ軸受において、外輪10Aは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SAは摺動面10Sに相当する。同様に、内輪10Bは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SBは摺動面10Sに相当する。さらに、ころ10BRは鋼摺動部品10に相当し、ころ10の軸周りの外周面である表面10SBRは、摺動面10Sに相当する。
【0035】
図1(D)のスラストころ軸受は、軌道盤10Cと、軌道盤10Dと、複数のころ10BRとを備える。軌道盤10Cは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SCを有する。軌道盤10Dは、中心軸に垂直な断面が円環形状であり、軌道面10SDを有する。軌道面10SC及び10SDは、複数のころ10BRと接触してころ10BRと相対的に摺動する面である。
ころ10BRは、針状ころでもよいし、円筒ころでもよいし、円錐ころでもよい。ころ10BRは、中心軸に垂直な断面が円形状であり、外周面10SBRは、軌道面10SA及び10SBと相対的に摺動する面である。
【0036】
スラストころ軸受において、軌道盤10Cは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SCは摺動面10Sに相当する。軌道盤10Dは鋼摺動部品10に相当し、軌道面10SDは摺動面10Sに相当する。さらに、ころ10BRは鋼摺動部品10に相当し、ころ10の軸周りの外周面である表面10SBRは、摺動面10Sに相当する。
【0037】
以上のとおり、軸受の外輪10A、内輪10B、軌道盤10C及び10D、ころ10BRはいずれも、鋼摺動部品10に相当する。鋼摺動部品10は、中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状であり、摺動面10Sを有する。
【0038】
[鋼摺動部品10のビッカース硬さについて]
鋼摺動部品10は、調質処理が施されている。したがって、鋼摺動部品10の試験力1kNでのビッカース硬さは500HV以上である。鋼摺動部品10のビッカース硬さが500HV以上である場合、鋼摺動部品10のミクロ組織はマルテンサイトを主体とする組織であることを意味する。
【0039】
[ビッカース硬さの測定方法]
鋼摺動部品10のビッカース硬さは、次の方法で求める。
鋼摺動部品10の中心軸を含む断面で切断する。この断面において、鋼摺動部品10を径方向に4分割する。分割した各領域の径方向の中心位置で、JIS Z 2244:2020に準拠して、試験力1kNでのビッカース硬さを測定する。
鋼摺動部品10では、測定された4つの中心位置の全てにおいて、ビッカース硬さが500HV以上である。
【0040】
[鋼摺動部品10の化学組成]
鋼摺動部品10は、鋼からなる。鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は特に限定されない。より具体的には、鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は、調質処理を実施した場合にマルテンサイトが主たる組織となる化学組成であり、このような化学組成は周知である。鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は例えば、90.0%以上のFeを含有する。鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は例えば、90.0%以上のFeと、0.70~1.20%のCと、0.10~2.00%のSiと、0.10~2.00%のMnとを含有する。
【0041】
さらに好ましくは、本実施形態の鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は、C:0.70~1.20%、Si:0.10~2.00%、Mn:0.10~2.00%、P:0.030%未満、S:0.030%未満、Ni:0~2.00%、Cr:0.40~2.00%、Mo:0~0.50%、Cu:0~0.50%、V:0~0.200%、Nb:0~0.100%、Ti:0~0.200%、B:0~0.0050%、Ca:0~0.0050%、Al:0.001~0.100%、N:0.0250%以下、及び、O:0.0050%以下、を含有し、残部はFe及び不純物からなる。
【0042】
本実施形態の鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は例えば、JIS G4805:2019に規定のSUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5のいずれかを満たしてもよい。本実施形態の鋼摺動部品10を構成する鋼の化学組成は上述のとおり、公知のものでよい。
【0043】
[鋼摺動部品10の化学組成の測定方法]
本実施形態の鋼摺動部品10の化学組成は、周知の成分分析法で測定できる。具体的には、ドリル等の切削工具を用いて、鋼摺動部品10から切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法により求める。
【0044】
[特定集合組織領域について]
本実施形態の鋼摺動部品10は、摺動面10Sを含む表層に特定集合組織領域を含む。特定集合組織領域は、次のとおり定義される。
【0045】
図2(A)は、図1(A)の鋼摺動部品10(10A)の領域50の拡大図である。図2(B)は、図1(A)の鋼摺動部品10(10B)及び図1(C)の鋼摺動部品10(10BR)の領域50の拡大図である。図2(C)は、図1(B)の鋼摺動部品10(10C)及び図1(D)の鋼摺動部品10(10BR)の領域50の拡大図である。図2(D)は、図1(B)の鋼摺動部品10(10D)の領域50の拡大図である。
図1(A)~(D)及び図2(A)~(D)を参照して、鋼摺動部品10の中心軸を含む断面CSのうち、摺動面10Sを含み、かつ、摺動面10Sから深さDが10μmであり、幅Wが50μmの矩形状の任意の領域を、「最表層矩形域」20と定義する。
【0046】
最表層矩形域20において、摺動面10Sと平行方向の結晶方位解析を実施して、最表層矩形域20での方位マッピングを得る。図3は、最表層矩形域20での方位マッピングの一例を示す図である。図3を参照して、最表層矩形域20中の黒色の領域は、{203}結晶方位の領域である。
【0047】
得られた方位マッピングにおいて、{203}結晶方位の面積率を求める。最表層矩形域20での{203}結晶方位の面積率が7.0%以上であれば、その最表層矩形域20を「特定集合組織領域」と定義する。
【0048】
図4Aは、鋼摺動部品10の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率と、静止摩擦係数との関係を示す図である。図4Bは、鋼摺動部品10の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率と、動摩擦係数との関係を示す図である。図4A及び図4Bは、後述のブロックオンリング試験により得られた摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)を用いて作成した。
【0049】
図4A及び図4Bを参照して、鋼摺動部品10の中心軸を含む断面CSの最表層矩形域20での摺動面10Sに平行な方向の結晶方位解析により得られた{203}結晶方位の面積率が7.0%となるまでの間は、{203}結晶方位面積の面積率が増加しても、摩擦係数(静止摩擦係数、動摩擦係数)にそれほど変化が見られない。一方、{203}結晶方位の面積率が7.0%以上となった場合、{203}結晶方位の面積率が増加するに伴い、摩擦係数(静止摩擦係数、動摩擦係数)が顕著に低下する。つまり、図4A及び図4Bのグラフは、{203}結晶方位の面積率が7.0%近傍で、変曲点を有する。
【0050】
したがって、鋼摺動部品10の中心軸を含む断面CSのうち、最表層矩形域20での摺動面10Sに平行な方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率が7.0%以上である特定集合組織領域では、摩擦係数を十分に抑制することができる。つまり、鋼摺動部品10の表層が特定集合組織領域を含む場合、鋼摺動部品10の摩擦係数は十分に抑制される。
【0051】
特定集合組織領域での{203}結晶方位の面積率の好ましい下限は10.0%であり、さらに好ましくは12.5%であり、さらに好ましくは15.0%であり、さらに好ましくは20.0%であり、さらに好ましくは25.0%である。特定集合組織領域の{203}結晶方位の面積率の上限は特に限定されない。特定集合組織領域の{203}結晶方位の面積率の上限は例えば、80.0%であり、さらに好ましくは70.0%であり、さらに好ましくは65.0%であり、さらに好ましくは60.0%であり、さらに好ましくは50.0%であり、さらに好ましくは40.0%であり、さらに好ましくは35.0%である。
【0052】
[最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率の測定方法]
鋼摺動部品10の中心軸を含む断面CSでの最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率は、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron Back Scatter Diffraction)を用いて、次の方法により求める。
【0053】
図1及び図2に示すとおり、鋼摺動部品10の中心軸を含む断面CSを有し、最表層矩形域20を含む試験片を採取する。試験片のサイズは、最表層矩形域20を含んでいれば、特に限定されない。
【0054】
最表層矩形域20を含む断面CSを、観察面と定義する。観察面に対して鏡面研磨を実施する。鏡面研磨された観察面のうち、任意の最表層矩形域20(摺動面10Sを含み、摺動面10Sからの深さが10μm、幅Wが50μmの矩形領域)を選択する。選択された最表層矩形域20に対して、EBSD測定を実施する。EBSD測定では、加速電圧を15kVとし、照射電流を25nAとし、照射間隔を0.04μmとする。電子線の入射方向は、観察面に対して、観察面の法線方向から70度傾斜させた方向とする。EBSD測定により、最表層矩形域20内の各測定点の位置に関する情報(以下、位置情報という)と、測定点での結晶方位に関する情報(以下、方位情報という)とが得られる。得られた位置情報及び方位情報に基づいて、方位マッピングを作成する。作成された方位マッピングにおいて、{203}結晶方位の領域を特定する。このとき、許容方位差を10°とする。また、信頼性指数(Confidence Index:CI値)が0.1よりも大きいデータを採用する。
【0055】
方位マッピングでは、図3に示すとおり、特定の結晶方位を区別することが可能である。そこで、得られた方位マッピングを用いて、観察面(断面CS)において、摺動面10Sと平行な方向に{203}結晶方位が向いている領域の面積率を求める。具体的には、最表層矩形域20において、CI値が0.1よりも大きい領域の面積に対する、摺動面10Sと平行方向の結晶方位解析により得られた{203}結晶方位の領域の面積の比率を、{203}結晶方位の面積率(%)と定義する。以上の方法により、最表層矩形域20の{203}結晶方位を示す領域の面積率を測定できる。方位マッピングは例えば、周知の解析ソフトウェア(OIM DATA Collection/Analysis Ver.7.3.1:株式会社TSLソリューションズ製)を用いてコンピュータに実行させることが可能である。
【0056】
以上の構成を有する鋼摺動部品10では、摩擦係数(静止摩擦係数及び動摩擦係数)が低い。そのため、鋼摺動部品10が使用されるエンジンやパワートレイン等の動力源での摩擦損失を低減でき、燃費の向上に寄与することができる。
【0057】
なお、本実施形態の鋼摺動部品10は、摺動面10S全体に特定集合組織領域を含んでいてもよいし、摺動面10Sの一部に特定集合組織領域を含んでもよい。つまり、鋼摺動部品10は、摺動面10Sの少なくとも一部に特定集合組織領域を含む。
【0058】
[鋼摺動部品10の製造方法]
本実施形態による鋼摺動部品10の製造方法の一例を説明する。以降に説明する鋼摺動部品10の製造方法は、本実施形態による鋼摺動部品10を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有する鋼摺動部品10は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態による鋼摺動部品10の製造方法の好ましい一例である。
【0059】
本実施形態の鋼摺動部品10の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(1)中間品準備工程
(2)最表層結晶方位調整工程
以下、各工程について説明する。
【0060】
[(1)中間品準備工程]
中間品準備工程では、鋼摺動部品10の素材である中間品を準備する。中間品は、中心軸に垂直な断面が円形状又は円環形状である。中間品は、最終製品に近い形状を有する。中間品は第三者から提供されたものでもよい。また、中間品を製造して準備してもよい。
【0061】
準備する中間品はさらに、次の構成(A)~(D)を有する。
(A)試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上である。
(B)最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%である。
(C)JIS B 0601:2013に準拠した摺動面10Sの算術平均粗さRaが0.05~2.00μmである。
(D)最表層矩形域のKAM(Kernel Average Misorientation)値が0.40°以上である。
以下、構成(A)~構成(D)について説明する。
【0062】
[(A)中間品のビッカース硬さについて]
鋼摺動部品10の素材である中間品では、鋼摺動部品10と同じく、試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上である。中間品のビッカース硬さが500HV以上である場合、鋼摺動部品10のミクロ組織はマルテンサイトを主体とする組織であることを意味する。
【0063】
[(B)最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率について]
中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率は、鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率に影響を与える。残留オーステナイトの体積率が10.0%未満、又は、40.0%を超えれば、次工程の最表層結晶方位調整工程を実施しても、鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。したがって、中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする。この場合、最表層結晶方位調整工程を実施することにより、鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とすることができる。
【0064】
[(C)中間品の摺動面の算術平均粗さRaについて]
中間品の表面のうち、鋼摺動部品10の摺動面10Sに相当する表面(以下、摺動面という)の表面粗さは、後述の最表層結晶方位調整工程での鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率に影響する。中間品の摺動面の算術平均粗さRaが0.05μm未満であれば、最表層結晶方位調整工程後の鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。したがって、中間品の摺動面の算術平均粗さRaを0.05μm以上とする。
【0065】
一方、中間品の摺動面の表面粗さが過剰に粗くなれば、最表層結晶方位調整工程後の鋼摺動部品10の表面に割れが発生する場合がある。したがって、中間品の摺動面の算術平均粗さRaを2.00μm以下とする。
【0066】
[(D)中間品の最表層矩形域のKAM値について]
中間品の最表層矩形域のKAM値も、鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率に影響する。ここで、KAM値とは、測定点での結晶方位の周囲からのずれを示す指標である。KAM値が大きい測定点では、その測定点の周囲との結晶方位の差が大きい。この場合、その測定点では、ひずみが大きいことを意味する。一方、KAM値が小さい測定点では、その測定点の周囲との結晶方位の差が小さい。そのため、その測定点では、ひずみが小さいことを意味する。本実施形態では、KAM値は各測定点で得られた算術平均値とする。そのため、KAM値は、中間品を構成する鋼材のひずみの程度を意味する。
【0067】
上述のとおり、KAM値も鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率に影響を与える。具体的には、KAM値が0.40°未満であれば、最表層結晶方位調整工程を実施しても、鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。したがって、中間品の最表層矩形域のKAM値を0.40°以上とする。この場合、最表層結晶方位調整工程を実施することにより、鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率を7.0%以上とすることができる。
【0068】
以上の構成を有する中間品は、例えば、次の製造工程で製造される。
(11)加工工程
(12)調質工程
(13)表層調整工程
以下、各工程について説明する。
【0069】
[(11)加工工程]
加工工程では、鋼部品の素材となる鋼材を加工して、鋼材を、最終製品(鋼部品)の形状に近い形状とする。
【0070】
鋼材の加工方法は周知の方法でよい。例えば、鋼材を熱間加工して、鋼材を所定形状にしてもよい。熱間加工方法は例えば、熱間鍛造、熱間圧延等である。鋼材を冷間加工して、鋼材を所定形状にしてもよい。冷間加工方法は例えば、冷間鍛造、冷間引抜等である。鋼材を切削加工して、鋼材を所定形状にしてもよい。鋼材を熱間加工又は冷間加工した後、さらに切削加工を実施して、鋼材を所定形状にしてもよい。
【0071】
[(12)調質工程]
調質工程では、加工された鋼材に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、中間品のビッカース硬さを500HV以上とし、かつ、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%とする。以下、焼入れ及び焼戻しについて説明する。
【0072】
[焼入れ]
焼入れでは、鋼材をAc3変態点以上の焼入れ温度に加熱して保持した後、急冷する。焼入れ処理における冷却方法は、油冷又は水冷である。具体的には、冷却媒体である油又は水を収納した冷却浴に、焼入れ温度に保持された鋼材を浸漬して急冷する。冷却媒体である油又は水の温度は、例えば、室温~200℃である。また、必要に応じて、サブゼロ処理を実施してもよい。焼入れ温度及び焼入れ温度での保持時間を適宜制御して、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%に調整する。
【0073】
[焼戻し]
焼戻しは、焼入れ後に実施される。焼戻しでは、焼入れ後の鋼材に対して、周知の焼戻しを実施する。焼戻し温度は例えば、100~200℃である。焼戻し温度での保持時間は例えば、90~150分である。
【0074】
上述の調質処理(焼入れ及び焼戻し)の条件を適宜調整して、中間品のビッカース硬さを500HV以上とし、かつ、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を10.0~40.0%に調整できる。
【0075】
[(13)表層調整工程]
表層調整工程では、調質工程後の鋼材の摺動面を機械加工して、中間品の摺動面の表面粗さを所定の粗さに調整し、かつ、摺動面を含む表層に所定のひずみを導入する。ここで、機械加工とは、研削加工及び/又は切削加工である。
【0076】
具体的には、機械加工での切り込み量と送り速度とを適宜調整することにより、中間品の摺動面の算術平均粗さを0.05~2.00μmに調整する。算術平均粗さRaの好ましい下限は0.10μmであり、さらに好ましくは0.15μmであり、さらに好ましくは0.20μmであり、さらに好ましくは0.25μmである。算術平均粗さRaの好ましい上限は、1.50μmである。
【0077】
表層調整工程ではさらに、中間品の最表層矩形域のKAM値を0.40°以上とする。機械加工での周速と送り速度とを適宜調整することにより、鋼材の最表層矩形域のKAM値を0.40°以上とする。KAM値の好ましい下限は0.45°であり、さらに好ましくは0.50°であり、さらに好ましくは0.60°である。上限は特に限定されない。表層調整工程で得られるKAM値の最大値は例えば、2.00°程度である。
【0078】
以上の工程により、試験力1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%であり、摺動面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、最表層矩形域のKAM値が0.40°以上である中間品を準備する。
【0079】
[ビッカース硬さ、残留オーステナイトの体積率、算術平均粗さRa、及びKAM値の測定方法]
中間品のビッカース硬さ、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率、摺動面の算術平均粗さRa、及び、最表層矩形域のKAM値は、次の方法で測定できる。
【0080】
[中間品のビッカース硬さの測定方法]
中間品のビッカース硬さの測定方法は、鋼摺動部品10のビッカース硬さの測定方法と同じである。具体的には、中間品を中間品の中心軸を含む断面で切断する。この断面において、中間品を径方向に4分割する。分割した各領域の径方向の中心位置で、JIS Z 2244:2020に準拠して、試験力1kNでのビッカース硬さを測定する。
中間品では、測定された4つの中心位置の全てにおいて、ビッカース硬さが500HV以上である。つまり、得られた4つのビッカース硬さの最低値が500HV以上である。
【0081】
[最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率の測定方法]
中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を、X線回折法により求める。具体的には、中間品から、最表層矩形域を含むサンプルを採取する。サンプルの摺動面に対してX線回折を実施して、bcc構造の(211)面と、fcc構造の(220)面の回折ピークの積分強度比を得る。得られた回折強度比に基づいて、残留オーステナイトの体積率(%)を求める。光源にはCr管球を使用する。光源の電圧は40kV、電流値は40mAとする。
【0082】
[摺動面の算術平均粗さRaの測定方法]
中間品の摺動面の算術平均粗さRaを、JIS B 0601:2013に規定された測定方法に準拠して測定する。具体的には、中間品の摺動面において、任意の10箇所を測定箇所とする。測定箇所において、摺動方向の法線方向に延びる評価長さで、算術平均粗さRaを測定する。基準長さ(カットオフ波長)は、算術平均粗さRaが0.02~0.10μmの場合は0.25mmとし、算術平均粗さRaが0.10超~2.00μmの場合は0.80mmとする。さらに、評価長さは、基準長さ(カットオフ波長)の5倍とする。算術平均粗さRaの測定は、触針式の粗さ計を用いて行い、測定速度は、0.2mm/secとする。求めた10個の算術平均粗さRaのうち、最大の算術平均粗さRa、2番目に大きい算術平均粗さRa、最小の算術平均粗さRa、及び、2番目に小さい算術平均粗さRaを除いた、6個の算術平均粗さRaの算術平均値を、算術平均粗さRa(μm)と定義する。
【0083】
[最表層矩形域のKAM値の測定方法]
中間品の最表層矩形域のKAM値を、次の方法で測定する。具体的には、図1及び図2に示すとおり、鋼摺動部品10の中心軸を含む断面CSの最表層矩形域20に相当する領域(以下、単に最表層矩形域という)を含む試験片を中間品から採取する。試験片のサイズは、最表層矩形域を含んでいれば、特に限定されない。
【0084】
試験片の表面うち、最表層矩形域を含む断面CSに相当する表面を、観察面と定義する。観察面に対して鏡面研磨を実施する。鏡面研磨された観察面のうち、任意の最表層矩形域(摺動面を含み、摺動面から径方向に深さDが10μm、幅Wが50μmの矩形領域)を選択する。選択された最表層矩形域に対して、EBSD測定を実施する。EBSD測定では、加速電圧を15kVとし、照射電流を25nAとし、照射間隔を0.04μmとする。電子線の入射方向は、観察面に対して、観察面の法線方向から70度傾斜させた方向とする。EBSD測定により、最表層矩形域内の各測定点の位置に関する情報(以下、位置情報という)と、測定点での結晶方位に関する情報(以下、方位情報という)とが得られる。得られた位置情報及び方位情報に基づいて、KAM値を求める。なお、信頼性指数(Confidence Index:CI値)が0.1よりも大きいデータを採用する。
【0085】
KAM値は、上述のとおりに定義される。具体的には、最表層矩形域を、正六角形のピクセル単位に区切る。ピクセルは、上述の測定点に相当する。任意の1つの正六角形のピクセルを中心ピクセルとして選定する。選定された中心ピクセルと、中心ピクセルの外側に隣接して配置された6つのピクセルにおいて、各ピクセル間の方位差を求める。得られた方位差の平均値を求め、その平均値を中心ピクセル(測定点)のKAM値と定義する。このとき、KAM値の最大方位差を5.0°と定義し、後述する平均値の計算には、5.0°以下のデータを採用する。最表層矩形域の全てのピクセルについて、同様の方法を用いて、KAM値を求める。
【0086】
観察視野中の各ピクセルのKAM値を算出した後、各ピクセルのKAM値の算術平均値を求める。得られた値を、鋼材の最表層矩形域のKAM値と定義する。
【0087】
なお、KAM値を求めるためのEBSD解析プログラムは、周知のプログラムを用いればよい。例えば、TSLソリューションズ製のOIM DATA Collection/Analysis Ver.7.3.1を用いてもよい。
【0088】
[(2)最表層結晶方位調整工程]
最表層結晶方位調整工程では、試験力が1kNでのビッカース硬さが500HV以上であり、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が10.0~40.0%であり、JIS B 0601:2013に準拠した摺動面の算術平均粗さRaが0.05~2.00μmであり、最表層矩形域でのKAM値が0.40°以上である中間品の最表層領域において、観察面における摺動面と平行方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率を高める。
【0089】
具体的には、中間品の摺動面に、中間品よりも硬い圧下工具を8.5~15.0GPaで押し当てる。さらに、8.5~15.0GPaで押し当てながら、圧下工具を摺動面上で中間品の回転方向に対して垂直な方向に相対的に摺動させて、摺動面を含む表層を塑性変形させる。以上の工程により、最表層領域に特定集合組織領域を形成する。以下、この点について説明する。
【0090】
図5は、表層塑性加工を実施するための装置(表層塑性加工装置)の模式図である。図5(A)は、一例として、鋼摺動部品10がころである場合の、表面塑性加工装置の模式図である。図5(A)を参照して、表層塑性加工装置30は、支持治具31と、圧下工具32とを備える。圧下工具32は半球状の形状を有する。圧下工具32の凸部が中間品100の摺動面100Sに接触するように、圧下工具32を配置する。支持治具31は、下端に圧下工具32を固定して、圧下工具32を支持する。圧下工具32は、中間品100よりも硬い材質からなる。圧下工具32は例えば、超硬工具であり、例えば、ダイヤモンドチップである。
【0091】
表層塑性加工装置30を用いた表層塑性加工は次のとおり実施される。初めに、中間品100を中心軸周りに回転させる。そして、表層塑性加工装置30の圧下工具32を、中間品100の摺動面100Sに圧力P1で押し当てる。圧下工具32を圧力P1で押し当てながら、圧下工具32を、摺動面100S上で、中間品100の回転方向に垂直な方向に摺動させて、摺動面100Sの表層を塑性変形させる。
【0092】
具体的には、図5(A)では、圧下工具32を押し当てたまま、中間品100を、中間品100の中心軸周りに回転させる。このとき、中間品100を中心軸周りに回転させながら、圧下工具32を、摺動面100S上で、中間品100の回転方向に垂直な方向M(ここでは、中心軸に沿った方向)に相対的に移動させる。これにより、圧下工具32は、圧力P1で摺動面100Sに押し当てられながら、摺動面100S上を摺動する。これにより、中間品100の摺動面100Sの表層が塑性変形する。このとき、表層において、塑性変形に起因した結晶方位回転が発生する。
【0093】
表層塑性加工装置30を用いた表層塑性加工では、圧下工具32を8.5~15.0GPaの圧力P1で中間品100の摺動面100Sに押し当てる。
【0094】
圧力P1が8.5GPa未満であれば、最終製品である鋼摺動部品10の最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率が7.0%未満となる。一方、圧力P1が15.0GPaを超えれば、鋼摺動部品10の摺動面10Sに割れが発生してしまう。したがって、圧力P1を8.5~15.0GPaとする。
【0095】
中間品100に対して上述の圧力P1で表層塑性加工を実施すれば、鋼摺動部品10の摺動面10Sと平行な方向での{203}結晶方位の集積度が高まる。その結果、最表層矩形域20での{203}結晶方位の面積率が7.0%以上となる。
【0096】
なお、図5(A)は鋼摺動部品10がころである場合について説明したが、鋼摺動部品10が外輪、内輪、軌道盤であっても、図5(A)と同様の方法で最表層結晶方位調整工程を実施すればよい。例えば、鋼摺動部品10が内輪である場合、図5(B)に示すとおり、中心軸に垂直な断面が円環形状の中間品100を、中心軸周りに回転させる。そして、中間品100の外周面に相当する摺動面100Sに、中間品100よりも硬い圧下工具32を8.5~15.0GPaの圧力で押し当てながら、圧下工具32を摺動面100S上で中間品100の回転方向に対して垂直な方向M(ここでは、中心軸に沿った方向)に相対的に摺動させて、摺動面100Sを含む表層を塑性変形させ、特定集合組織領域を形成する。
【0097】
例えば、鋼摺動部品10が外輪である場合、図5(C)に示すとおり、中心軸に垂直な断面が円環形状の中間品100を、中心軸周りに回転させる。そして、中間品100の内周面に相当する摺動面100Sに、中間品100よりも硬い圧下工具32を8.5~15.0GPaの圧力で押し当てながら、圧下工具32を摺動面100S上で中間品100の回転方向に対して垂直な方向M(ここでは、中心軸に沿った方向)に相対的に摺動させて、摺動面100Sを含む表層を塑性変形させ、特定集合組織領域を形成する。
【0098】
例えば、鋼摺動部品10が軌道盤である場合、図5(D)に示すとおり、中心軸に垂直な断面が円環形状の中間品100を、中心軸周りに回転させる。そして、中間品100の中心軸に垂直な表面に相当する摺動面100Sに、中間品100よりも硬い圧下工具32を8.5~15.0GPaの圧力で押し当てながら、圧下工具32を摺動面100S上で中間品100の回転方向に対して垂直な方向M(ここでは、中間品の径方向)に相対的に摺動させて、摺動面100Sを含む表層を塑性変形させ、特定集合組織領域を形成する。
【0099】
以上の製造方法により、本実施形態の鋼摺動部品10は製造される。上記の製造方法は本実施形態の鋼摺動部品10の製造方法の一例である。したがって、鋼摺動部品10が上述の構成を有すれば、本実施形態の鋼摺動部品10は、他の製造方法により製造されてもよい。
【実施例0100】
以下、実施例により本実施形態の鋼摺動部品10の一態様の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の鋼摺動部品10の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の鋼摺動部品10はこの一条件例に限定されない。
【0101】
表1に示す化学組成を有する鋼材(丸棒)を準備した。
【0102】
【表1】
【0103】
【表2】
【0104】
各試験番号の鋼材に対して、調質工程(焼入れ及び焼戻し)を実施して、ビッカース硬さ及び最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率を調整した。調質工程後の鋼材に対して、表層調整工程を実施した。具体的には、鋼材の摺動面に対して、機械加工を実施して、摺動面の表面粗さ及びKAM値を調整した。以上の工程により、各試験番号の中間品(丸棒)を製造した。なお、中間品の外周面を摺動面とした。
【0105】
[表層調整工程後の各試験番号の中間品のビッカース硬さ、残留オーステナイトの体積率、摺動面の算術平均粗さRa、KAM値の測定試験]
表層調整工程後の各試験番号の中間品のビッカース硬さ、残留オーステナイトの体積率、摺動面の算術平均粗さRa、及びKAM値を次の方法で求めた。
【0106】
[中間品のビッカース硬さ]
上述の[中間品のビッカース硬さの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の中間品の試験力1kNでのビッカース硬さ(HV)を求めた。その結果、いずれの試験番号においても、ビッカース硬さの最低値は500HV以上であった。
【0107】
[中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率]
上述の[最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率(%)を求めた。得られた残留オーステナイト量の体積率を表2中の「残留オーステナイト体積率(体積%)」欄に示す。
【0108】
[中間品の摺動面の算術平均粗さRa]
上述の[摺動面の算術平均粗さRaの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の中間品の摺動面の算術平均粗さRa(μm)を求めた。なお、接触式の粗さ計として、株式会社ミツトヨ製の表面粗さ測定機(商品名:サーフテストSJ-301)を用いた。得られた算術平均粗さRa(μm)を表2の「Ra(μm)」欄に示す。
【0109】
[中間品の最表層矩形域のKAM値]
上述の[最表層矩形域のKAM値の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の中間品の最表層矩形域のKAM値を求めた。KAM値を求めるためのEBSD解析プログラムは、株式会社TSLソリューションズ製のOIM Data Collection/Analysis Ver.7.3.1を用いた。得られたKAM値を表2中の「KAM(°)」欄に示す。
【0110】
表層調整工程後の中間品に対して、最表層結晶方位調整工程を実施した。具体的には、図5に示す表層塑性加工装置30を用いて、各試験番号の中間品の摺動面(外周面)に対して、表層塑性加工を実施した。圧下工具32として、ダイヤモンドチップを用いた。表層塑性加工時の圧力P1は、表2の「P1(GPa)」欄に記載のとおりであった。以上の製造工程により、各試験番号の摺動部品(丸棒)を製造した。
【0111】
[評価試験]
各試験番号の鋼部品に対して、次の評価試験を実施した。
【0112】
[最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率測定試験]
上述の[最表層矩形域20の{203}結晶方位の面積率の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の鋼摺動部品(丸棒)の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率(%)を求めた。なお、方位マッピングは、株式会社TSLソリューションズ製のOIM Data Collection/Analysis Ver.7.3.1を用いてコンピュータに実行させて作成した。得られた{203}結晶方位の面積率(%)を表2中の「{203}面積率(%)」欄に示す。
【0113】
[最大静止摩擦係数測定試験]
各試験番号の鋼摺動部品に対して、ブロックオンリング試験を実施して、最大静止摩擦係数を求めた。
【0114】
図6は、ブロックオンリング試験の模式図である。図6を参照して、ブロックオンリング試験機200は、潤滑油202を貯めた浴槽201と、リング試験片203とを備えた。潤滑油202として、100℃における動粘度が5.4mm/sの市販のエンジンオイルを使用した。
【0115】
各試験番号の鋼摺動部品からリング試験片203を作成した。リング試験片203の外径D0は、鋼摺動部品の外径と同じ34.99mmであった。リング試験片203の幅W0は8.74mmであった。リング試験片203の外周面は、各試験番号の鋼摺動部品の摺動面に相当した。
【0116】
ブロック試験片300の材質は、SAEO1とした。ブロック試験片300の表面のうち、リング試験片203の周面と対向する表面(対向面という)は長さ15.75mm×幅6.35mmであった。
【0117】
図6に示すとおり、リング試験片203の下部を浴槽201中の潤滑油202内に漬けた。そして、リング試験片203の上方にブロック試験片300を配置した。このとき、ブロック試験片300の対向面の長手方向が、リング試験片203の周方向となるように、ブロック試験片300を配置した。
【0118】
以上の準備をした後、次の工程1~工程4を10回繰り返した。
工程1:
ブロック試験片300の上方から下方に向かって100Nの圧力Pで、ブロック試験片
300をリング試験片203の周面に押し付けた。
工程2:
潤滑油202を、ブロック試験片300の対向面と、リング試験片203の周面との間から排出させるため、工程1の状態で30秒保持した。
工程3:
すべり速度0.1m/秒(55rpm)で、リング試験片203の回転を開始し、その後、30秒回転させた。
工程4:
30秒回転させた後、圧力Pを除荷した。その後、リング試験片203の回転を停止した。
【0119】
工程1~工程4の実施中において、ブロック試験片300に加わる力Fを、ロードセルで測定した。そして、次の式により摩擦係数μ(-)を求めた。
F=μP
得られた摩擦係数μと試験時間との関係とを求めた。図7は、2回目以降の回転試験の摩擦係数のグラフの一例を示す図である。図7のグラフの横軸は時間、縦軸は摩擦係数である。図7を参照して、リング回転時の摩擦係数のピーク(図中の丸領域内)を、静止摩擦係数と定義した。2回目~10回目の試験で得られた静止摩擦係数の算術平均値を、各試験番号の静止摩擦係数(-)と定義した。得られた静止摩擦係数を表2中の「静止摩擦係数(-)」欄に示す。
【0120】
なお、1回目の試験では、潤滑油がリング試験片203に十分に馴染んでいないため、1回目の試験で得られた静止摩擦係数は、2回目~10回目の試験で得られた静止摩擦係数よりも顕著に大きかった。そのため、1回目の試験で得られた静止摩擦係数は対象から除外した。
【0121】
[動摩擦係数測定試験]
各試験番号の鋼部品に対して、静止摩擦係数測定試験と同様のブロックオンリング試験を実施して、動摩擦係数を求めた。
【0122】
図6に示すブロックオンリング試験において、潤滑油202の動粘度、リング試験片203の外径D0、及びリング試験片203の幅W0、ブロック試験片300の材質、ブロック試験片300の表面のうちリング試験片203の周面と対向する対向面のサイズは、いずれも、静止摩擦係数測定試験と同じであった。
【0123】
図6に示すとおり、リング試験片203の下部を浴槽201中の潤滑油202内に漬けた。そして、リング試験片203の上方にブロック試験片300を配置した。このとき、ブロック試験片300の対向面の長手方向が、リング試験片203の周方向となるように、ブロック試験片300を配置した。
【0124】
以上の準備をした後、次の工程1~工程3を行った。
工程1:
すべり速度1.0m/秒(550rpm)で、リング試験片203の回転を開始した。
工程2:
ブロック試験片300の上方から下方に向かって300Nの圧力Pで、ブロック試験片
300をリング試験片203の周面に押し付けた。
工程3:
2100秒回転させた後、圧力Pを除荷した。その後、リング試験片203の回転を停止した。
【0125】
工程1~工程3の実施中において、ブロック試験片300に加わる力Fを、ロードセルで測定した。そして、次の式により摩擦係数μ(-)を求めた。
F=μP
2100秒間の回転中に得られた摩擦係数μのうち、1500秒~2000秒における算術平均値を、各試験番号の動摩擦係数(-)と定義した。得られた動摩擦係数を表2中の「動摩擦係数(-)」欄に示す。
【0126】
[試験結果]
試験番号1~20は、最表層結晶方位調整工程前の中間品のビッカース硬さ、最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率、摺動面の算術平均粗さRa、及び、最表層矩形域のKAM値が適切であった。さらに、最表層結晶方位調整工程での圧力P1が適切であった。そのため、製造された鋼摺動部品の中心軸を含む断面のうち、摺動面を含み摺動面から深さが10μm、幅50μmの最表層矩形域での摺動面と平行な方向の結晶方位解析により得られる{203}結晶方位の面積率は、7.0%以上であった。その結果、静止摩擦係数が0.163以下と低く、動摩擦係数も0.076以下と低かった。
【0127】
試験番号21及び22では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が低すぎた。そのため、鋼摺動部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数が0.163よりも高く、動摩擦係数も0.076よりも高かった。
【0128】
試験番号23及び24では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の最表層矩形域の残留オーステナイトの体積率が高すぎた。そのため、鋼摺動部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数が0.163よりも高く、動摩擦係数も0.076よりも高かった。
【0129】
試験番号25及び26では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の摺動面の算術平均粗さRaが低すぎた。そのため、鋼摺動部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数が0.163よりも高く、動摩擦係数も0.076よりも高かった。
【0130】
試験番号27及び28では、最表層結晶方位調整工程前の中間品の最表層矩形域のKAM値が低すぎた。そのため、鋼摺動部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数が0.163よりも高く、動摩擦係数も0.076よりも高かった。
【0131】
試験番号29及び30では、最表層結晶方位調整工程での圧力P1が低すぎた。そのため、鋼部品の最表層矩形域での{203}結晶方位の面積率は、7.0%未満であった。そのため、静止摩擦係数が0.163よりも高く、動摩擦係数も0.076よりも高かった。
【0132】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7