(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059047
(43)【公開日】2024-04-30
(54)【発明の名称】スチールピストン
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240422BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20240422BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240422BHJP
F02F 3/00 20060101ALI20240422BHJP
C21D 8/00 20060101ALN20240422BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20240422BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/14
C22C38/60
F02F3/00 G
F02F3/00 R
F02F3/00 302Z
C21D8/00 A
C21D9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022166558
(22)【出願日】2022-10-17
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 敦
(72)【発明者】
【氏名】松井 直樹
(72)【発明者】
【氏名】加田 修
(72)【発明者】
【氏名】梅原 美百合
(72)【発明者】
【氏名】小林 由起子
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 照久
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA34
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA39
4K032BA00
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB01
4K032CB02
4K032CD01
4K032CD03
4K032CF02
4K032CF03
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA14
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】高温環境で長時間使用した場合であっても、優れた高温強度が得られる、スチールピストンを提供する。
【解決手段】本開示のスチールピストンの上部は、化学組成が、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.01~0.30%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.10~0.80%、Mo:0.80~2.50%、V:0.01~0.30%、Ti:0.010~0.049%、Al:0.005~0.100%、N:0.020%以下、及び、O:0.0050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×10
22個/m
3以上であり、MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率R
Moが60原子%以上である。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチールピストンであって、
少なくともトップランドを含むピストン上部と、
前記ピストン上部の下方に配置されているピストン下部と、を備え、
前記ピストン上部は、
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.10~0.80%、
Mo:0.80~2.50%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.010~0.049%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
前記ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、
前記MC型炭化物において、前記MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である、
スチールピストン。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【請求項2】
スチールピストンであって、
少なくともトップランドを含むピストン上部と、
前記ピストン上部の下方に配置されているピストン下部と、を備え、
前記ピストン上部は、
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.10~0.80%、
Mo:0.80~2.50%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.010~0.049%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
さらに、第1群~第3群からなる群から選択される1種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
前記ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、
前記MC型炭化物において、前記MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である、
スチールピストン。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、及び、
B:0.0100%以下、からなる群から選択される1種以上
[第2群]
Nb:0.100%以下、及び、
Zr:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
[第3群]
Sn:0.100%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
Bi:0.300%以下、及び、
Te:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【請求項3】
請求項2に記載のスチールピストンであって、
前記第1群を含有する、
スチールピストン。
【請求項4】
請求項2に記載のスチールピストンであって、
前記第2群を含有する、
スチールピストン。
【請求項5】
請求項2に記載のスチールピストンであって、
前記第3群を含有する、
スチールピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ピストンに関し、さらに詳しくは、エンジン等に利用されるスチールピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジン等に代表されるエンジンは、ピストンを含む。ピストンは、エンジンのシリンダ内に収納され、シリンダ内を往復移動する。ピストンは、エンジン動作中の燃焼過程において、高温の熱に曝される。
【0003】
従前のピストンの多くは、アルミニウムを鋳造して製造されている。しかしながら近年、エンジンの燃焼効率のさらなる向上が求められている。アルミ鋳造品のピストンでは、使用中の表面温度が240~330℃程度である。
【0004】
最近では、さらに高い燃焼温度域においてピストンを使用して、燃焼効率を高める検討がされている。そのため、使用中のピストンの上部の表面温度が400℃以上、さらには500℃以上となっても、高い強度を有するピストンが求められている。このような要望に応えるために、鋼材を用いて製造されるスチールピストンが提案され始めている。スチールピストンは例えば、特許文献1に提案されている。スチールピストンはアルミ鋳造品のピストンと比較して、素材の融点が高い。そのため、スチールピストンはアルミ鋳造品のピストンと比較して、より高い燃焼温度域でも使用することができる。
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
最近では、燃焼効率のさらなる向上が求められており、使用中のピストンの上部の表面温度が500℃よりもさらに高まることが予想される。ところで、ピストンは上述の高温環境で長時間使用される。したがって、高温環境で長時間使用した場合であっても、優れた高温強度が得られることが求められる。
【0007】
本開示の目的は、高温環境で長時間使用した場合であっても、優れた高温強度が得られる、スチールピストンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本実施形態のスチールピストンは、
少なくともトップランドを含むピストン上部と、
前記ピストン上部の下方に配置されているピストン下部と、を備え、
前記ピストン上部は、
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.10~0.80%、
Mo:0.80~2.50%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.010~0.049%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
前記ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、
前記MC型炭化物において、前記MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0009】
本実施形態のスチールピストンは、
少なくともトップランドを含むピストン上部と、
前記ピストン上部の下方に配置されているピストン下部と、を備え、
前記ピストン上部は、
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.10~0.80%、
Mo:0.80~2.50%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.010~0.049%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
さらに、第1群~第3群からなる群から選択される1種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
前記ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、
前記MC型炭化物において、前記MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、及び、
B:0.0100%以下、からなる群から選択される1種以上
[第2群]
Nb:0.100%以下、及び、
Zr:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
[第3群]
Sn:0.100%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
Bi:0.300%以下、及び、
Te:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【発明の効果】
【0010】
本実施形態のスチールピストンでは、高温環境で長時間使用した場合であっても、優れた高温強度が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本実施形態によるスチールピストンの断面図であって、スチールピストンの中心軸を含む面で切断した場合の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは初めに、使用中の表面温度が500℃よりも高くなるような場合であっても、十分な高温強度が得られるスチールピストンのピストン上部を構成する化学組成を検討した。その結果、本発明者らは、V、Ti及びMoを含有して鋼材中にこれらの元素のMC型炭化物を生成することを考えた。これらの元素のMC型炭化物は、セメンタイト等の他の炭化物よりも微細に析出する。そのため、これらの元素のMC型炭化物は、析出強化を発現し、高温環境において優れた高温強度を維持すると考えられる。
以上の知見に基づいてさらに検討した結果、ピストン上部を構成する鋼材の化学組成が、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.01~0.30%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.10~0.80%、Mo:0.80~2.50%、V:0.01~0.30%、Ti:0.010~0.049%、Al:0.005~0.100%、N:0.020%以下、O:0.0050%以下、Cu:0~0.40%、Ni:0~0.40%、B:0~0.0100%、Nb:0~0.100%、Zr:0~0.300%、Sn:0~0.100%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Bi:0~0.300%、及び、Te:0~0.300%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成であれば、500℃を超える高温環境で長時間使用しても、優れた高温強度が得られる可能性があると考えた。
【0013】
しかしながら、上述の化学組成を有する鋼材で構成されるピストン上部であっても、500℃を超える高温環境において長時間使用した場合に十分な高温強度が得られない場合があった。そこで、本発明者らはさらに検討を行った。
ここで、本発明者らは、MC型炭化物の個数密度NDと、MC型炭化物中のMo含有量比率RMoに注目した。MC型炭化物の個数密度NDが十分に多ければ、析出強化により、高温環境で長時間使用しても、優れた高温強度が維持される。さらに、MC型炭化物中のMo含有量は、高温環境で長時間使用したときのMC型炭化物の粗大化を抑制する。MC型炭化物は粗大化すると高温環境での強化に寄与できなくなる。したがって、MC型炭化物中のMo含有量比率RMoを高めることにより、高温環境で長時間使用した場合のMC型炭化物の粗粒化を抑制できると考えられる。
以上の知見に基づいて、本発明者らはさらに検討を行った。その結果、上述の化学組成において、式(1)を満たし、MC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上であれば、500℃を超える高温環境で長時間使用した場合であっても、優れた高温強度を維持できることを見出した。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0014】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるスチールピストンは、次の構成を有する。
【0015】
[1]
スチールピストンであって、
少なくともトップランドを含むピストン上部と、
前記ピストン上部の下方に配置されているピストン下部と、を備え、
前記ピストン上部は、
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.10~0.80%、
Mo:0.80~2.50%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.010~0.049%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
前記ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、
前記MC型炭化物において、前記MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である、
スチールピストン。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0016】
[2]
スチールピストンであって、
少なくともトップランドを含むピストン上部と、
前記ピストン上部の下方に配置されているピストン下部と、を備え、
前記ピストン上部は、
化学組成が、質量%で、
C:0.30~0.50%、
Si:0.01~0.30%、
Mn:0.10~1.50%、
P:0.030%以下、
S:0.030%以下、
Cr:0.10~0.80%、
Mo:0.80~2.50%、
V:0.01~0.30%、
Ti:0.010~0.049%、
Al:0.005~0.100%、
N:0.020%以下、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
さらに、第1群~第3群からなる群から選択される1種以上を含有し、残部はFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
前記ピストン上部におけるMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であり、
前記MC型炭化物において、前記MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である、
スチールピストン。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、及び、
B:0.0100%以下、からなる群から選択される1種以上
[第2群]
Nb:0.100%以下、及び、
Zr:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
[第3群]
Sn:0.100%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
Bi:0.300%以下、及び、
Te:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0017】
[3]
[2]に記載のスチールピストンであって、
前記第1群を含有する、
スチールピストン。
【0018】
[4]
[2]又は[3]に記載のスチールピストンであって、
前記第2群を含有する、
スチールピストン。
【0019】
[5]
[2]~[4]のいずれか1項に記載のスチールピストンであって、
前記第3群を含有する、
スチールピストン。
【0020】
以下、本実施形態によるスチールピストンについて詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0021】
[スチールピストンの構成]
図1は、本実施形態によるスチールピストン1の断面図であって、スチールピストン1の中心軸を含む面で切断した場合の断面図である。
【0022】
図1を参照して、本実施形態のスチールピストン1は、円柱形状を有する。スチールピストン1は、ピストン上部10と、ピストン下部11とを備える。
ピストン上部10は、スチールピストン1の上部であって、鋼材で構成される。ピストン上部10は、少なくともクラウン部13のトップランド16を含む。
【0023】
ピストン下部11は、ピストン上部10の下方に配置されている。ピストン下部11は、ピストン上部10と一体的に形成されていてもよいし、ピストン上部10とは別体であってもよい。ピストン下部11がピストン上部10と別体である場合、ピストン下部11はピストン上部10と接合される。
図1中の符号30は、ピストン下部11がピストン上部10と別体であって、ピストン上部10と接合された場合の接合面である。この場合、ピストン下部11は、ピストン上部10と摩擦接合、レーザー接合、又は、拡散接合されている。
【0024】
ピストン下部11は、少なくともスカート部14と、ピストンピン穴15とを含む。スカート部14は、クラウン部13の下方に配置されており、スカート部14の上端は、クラウン部13の下端とつながっている。
【0025】
一対のピストンピン穴15は、スカート部14に形成されており、図示しないピストンピンが挿入可能である。一対のピストンピン穴15の間には、隙間40が形成されている。隙間40には、図示しないコネクティングロッドの小端部が配置される。コネクティングロッドの小端部の穴と、一対のピストンピン穴とは、同軸に配置される。コネクティングロッドの小端部に形成された穴と、一対のピストンピン穴15とにピストンピンが挿入され、スチールピストンとコネクティングロッドとが連結される。
【0026】
図1では、ピストン上部10の下面と、ピストン下部11の上面とにより、空洞50が形成されている。空洞50には例えば冷却媒体が循環して、使用中のスチールピストン1を冷却する。なお、
図1では、スチールピストン1は空洞50を含むが、空洞50の形状は
図1に示す形状に限定されない。また、スチールピストン1は空洞50を含まなくてもよい。つまり、ピストン上部10の下面とピストン下部11の上面との間に空洞50が形成されなくてもよい。
【0027】
図1では、スチールピストン1のクラウン部13は、トップランド16と、複数のランド17及び18と、複数のリング溝19~21とを含む。トップランド16は、スチールピストン1の最上端の頂上面161を含む。ランド17はクラウン部13の周面であって、トップランド16の下方に配置され、トップランド16とランド17との間にはリング溝19が形成されている。ランド18はクラウン部13の周面であって、ランド17の下方に配置され、ランド17とランド18との間にはリング溝20が形成されている。ランド18の下方にはスカート部14が形成され、ランド18とスカート部14との間には、リング溝21が形成されている。各リング溝19~21には、図示しないピストンリングを配置することができる。
【0028】
図1では、ピストン上部10は、クラウン部13全部を含んでおらず、クラウン部13のうち、トップランド16、ランド17、及びランド18の上部を含んでいる。しかしながら、ピストン上部10の構成はこれに限定されない。高温環境使用用途のピストンでは、トップランド16の表面温度が最も高くなる。したがって、ピストン上部10は、少なくともクラウン部13のトップランド16を含んでいれば足りる。つまり、ピストン上部10は、クラウン部13のトップランド16を含み、ランド17より下方の部分を含んでいなくてもよい。この場合、スチールピストン1のうち、ランド17及びランド17よりも下方の部分がピストン下部11となる。
【0029】
ピストン上部10はクラウン部13全部を含んでもよい。この場合、スカート部14がピストン下部11となる。
図1では、クラウン部13は、トップランド16と、複数のランド17及び18と、複数のリング溝19~21とを含む。しかしながら、クラウン部13は、トップランド16と、1つのランド17と、1つのリング溝19とで構成されていてもよい。
【0030】
[スチールピストン1の特徴]
本実施形態のスチールピストン1は、次の特徴を満たす。
(特徴1)
ピストン上部10の化学組成は、質量%で、C:0.30~0.50%、Si:0.01~0.30%、Mn:0.10~1.50%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.10~0.80%、Mo:0.80~2.50%、V:0.01~0.30%、Ti:0.010~0.049%、Al:0.005~0.100%、N:0.020%以下、O:0.0050%以下、Cu:0~0.40%、Ni:0~0.40%、B:0~0.0100%、Nb:0~0.100%、Zr:0~0.300%、Sn:0~0.100%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Bi:0~0.300%、及び、Te:0~0.300%、を含有し、残部はFe及び不純物からなる。
(特徴2)
ピストン上部10の化学組成はさらに、式(1)を満たす。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
(特徴3)
ピストン上部10におけるMC型炭化物の個数密度NDは2.0×1022個/m3以上である。
(特徴4)
MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である。
以下、特徴1~特徴4について説明する。
【0031】
[(特徴1)ピストン上部10の化学組成について]
ピストン上部10は、鋼材からなる。具体的には、ピストン上部10の化学組成は、次の元素を含有する。
【0032】
C:0.30~0.50%
炭素(C)は、鋼材の強度を高める。C含有量が0.30%未満であれば、この効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.50%を超えれば、鋼材の被削性が低下する。
したがって、C含有量は0.30~0.50%である。
C含有量の好ましい下限は0.31%であり、さらに好ましくは0.32%であり、さらに好ましくは0.33%であり、さらに好ましくは0.34%である。
C含有量の好ましい上限は0.48%であり、さらに好ましくは0.46%であり、さらに好ましくは0.44%であり、さらに好ましくは0.42%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0033】
Si:0.01~0.30%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、フェライトの強度を高める。Si含有量が0.01%未満であれば、これらの効果が十分に得られない。一方、Si含有量が0.30%を超えれば、鋼材の被削性が低下する。
したがって、Si含有量は0.01~0.30%である。
Si含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.10%である。
Si含有量の好ましい上限は0.25%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.18%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0034】
Mn:0.10~1.50%
マンガン(Mn)は、鋼材の焼入れ性を高め、かつ、固溶強化により鋼材の強度を高める。Mn含有量が0.10%未満であれば、これらの効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.50%を超えれば、鋼材の被削性が低下する。
したがって、Mn含有量は0.10~1.50%である。
Mn含有量の好ましい下限は0.12%であり、さらに好ましくは0.14%であり、さらに好ましくは0.16%であり、さらに好ましくは0.18%である。
Mn含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.35%であり、さらに好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.25%である。
【0035】
P:0.030%以下
燐(P)は不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量は0%超である。P含有量が0.030%を超えれば、Pが粒界に偏析して鋼材の強度が低下する。
したがって、P含有量は0.030%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、P含有量を過剰に低減するためには製造コストがかかる。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
P含有量の好ましい上限は0.029%であり、さらに好ましくは0.028%であり、さらに好ましくは0.027%であり、さらに好ましくは0.025%である。
【0036】
S:0.030%以下
硫黄(S)は不可避に含有される。つまり、S含有量は0%超である。
Sは、Mnと結合してMn硫化物を形成して、鋼材の被削性を高める。Sが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、S含有量が0.030%を超えれば、粗大なMn硫化物が生成したり、過剰にMn硫化物が生成したりする。この場合、高温強度が低下する。
したがって、S含有量は0.030%以下である。
S含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.009%である。
S含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.025%であり、さらに好ましくは0.023%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.018%であり、さらに好ましくは0.015%である。
【0037】
Cr:0.10~0.80%
クロム(Cr)は、鋼材の強度を高める。Cr含有量が0.10%未満であれば、この効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が0.80%を超えれば、Cr炭化物が生成して、高温強度が低下する。Cr含有量が0.80%を超えればさらに、鋼材の被削性が低下する。
したがって、Cr含有量は0.10~0.80%である。
Cr含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.30%である。
Cr含有量の好ましい上限は0.75%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.65%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0038】
Mo:0.80~2.50%
モリブデン(Mo)は、V及びTiとともにMC型炭化物を形成する。Moを含有するMC型炭化物は、500℃を超える高温環境で長時間使用する場合であっても、粗大になりにくい。そのため、エンジン動作状態で長時間使用するスチールピストン1のように、高温環境で長時間使用しても、高い高温強度を維持することができる。Mo含有量が0.80%未満であれば、この効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が2.50%を超えれば、鋼材の強度が過剰に高くなり、靱性が低下する。
したがって、Mo含有量は0.80~2.50%である。
Mo含有量の好ましい下限は0.85%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.95%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは1.01%であり、さらに好ましくは1.05%である。
Mo含有量の好ましい上限は2.48%であり、さらに好ましくは2.42%であり、さらに好ましくは2.38%であり、さらに好ましくは2.34%であり、さらに好ましくは1.30%である。
【0039】
V:0.01~0.30%
バナジウム(V)は、Mo及びTiとともにMC型炭化物を形成し、スチールピストン1を高温環境で長時間使用しても、高い高温強度を維持する。V含有量が0.01%未満であれば、この効果が十分に得られない。一方、V含有量が0.30%を超えれば、鋼材の強度が過剰に高くなりすぎ、靱性が低下する。
したがって、V含有量は0.01~0.30%である。
V含有量の好ましい下限は0.07%であり、さらに好ましくは0.09%であり、さらに好ましくは0.11%であり、さらに好ましくは0.13%である。
V含有量の好ましい上限は0.28%であり、さらに好ましくは0.26%であり、さらに好ましくは0.24%であり、さらに好ましくは0.22%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0040】
Ti:0.010~0.049%
チタン(Ti)は、Mo及びVとともにMC型炭化物を形成し、スチールピストン1を高温環境で長時間使用しても、高い高温強度を維持する。Ti含有量が0.010%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が0.049%を超えれば、スチールピストン中に粗大なTi析出物が残存する。この場合、スチールピストンの高温強度がかえって低下する。
したがって、Ti含有量は0.010~0.049%である。
Ti含有量の好ましい下限は0.015%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.025%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.048%であり、さらに好ましくは0.046%であり、さらに好ましくは0.044%である。
【0041】
Al:0.005~0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満であれば、この効果が得られない。一方、Al含有量が0.100%を超えれば、酸化物(介在物)が過剰に生成して、HAZを含むスチールピストンの高温強度が低下する。
したがって、Al含有量は0.005~0.100%である。
Al含有量の好ましい下限は0.007%であり、さらに好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.012%であり、さらに好ましくは0.014%である。
Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0042】
N:0.020%以下
窒素(N)は不可避に含有される不純物である。つまり、N含有量は0%超である。N含有量が0.020%を超えれば、鋼材の熱間加工性が低下する。
したがって、N含有量は0.020%以下である。
N含有量の好ましい上限は0.019%であり、さらに好ましくは0.018%であり、さらに好ましくは0.017%であり、さらに好ましくは0.016%である。
N含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、N含有量を過剰に低減するためには製造コストがかかる。したがって、工業生産を考慮した場合、N含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%である。
【0043】
O:0.0050%以下
酸素(O)は不可避に含有される不純物である。つまり、O含有量は0%超である。O含有量が0.0050%を超えれば、酸化物が過剰に生成して、スチールピストンの高温強度が低下する。
したがって、O含有量は0.0050%以下である。
O含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
O含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、O含有量を過剰に低減するためには製造コストがかかる。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
【0044】
本実施形態のピストン上部10の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、ピストン上部10を構成する鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、意図的に鋼材に含有されたものではない元素を意味する。
【0045】
[任意元素(Optional Elements)について]
本実施形態のピストン上部10の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、次の第1群~第3群からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
[第1群]
Cu:0.40%以下、
Ni:0.40%以下、及び、
B:0.0100%以下、からなる群から選択される1種以上
[第2群]
Nb:0.100%以下、及び、
Zr:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
[第3群]
Sn:0.100%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
Bi:0.300%以下、及び、
Te:0.300%以下、からなる群から選択される1種以上
これらの元素はいずれも任意元素である。以下、第1群~第3群の任意元素について説明する。
【0046】
[(第1群:Cu、Ni及びB)]
ピストン上部10の化学組成は、Feの一部に代えて、Cu、Ni及びBからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材の強度を高める。
【0047】
Cu:0.40%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.40%を超えれば、鋼材の熱間加工性が低下する。
したがって、Cu含有量は、0~0.40%であり、含有される場合、0.40%以下である。
Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Cu含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.36%であり、さらに好ましくは0.34%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0048】
Ni:0.40%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.40%を超えれば、その効果が飽和し、さらに、原料コストが高くなる。
したがって、Ni含有量は0~0.40%であり、含有される場合、0.40%以下である。
Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.36%であり、さらに好ましくは0.34%であり、さらに好ましくは0.32%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0049】
B:0.0100%以下
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、Bは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0100%を超えれば、多量の窒化物の偏析が促進され、鋼材の割れにつながる可能性がある。
したがって、B含有量は0~0.0100%であり、含有される場合、0.0100%以下である。
B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
B含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0050】
[(第2群:Nb及びZr)]
ピストン上部10の化学組成は、Feの一部に代えて、Nb及びZrからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材中に微細な析出物を生成し、鋼材の強度を高める。
【0051】
Nb:0.100%以下
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは鋼材中に炭化物、窒化物又は炭窒化物(以下、炭窒化物等という)を生成して、鋼材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.100%を超えれば、鋼材の強度が高くなりすぎて、鋼材の被削性が低下する。
したがって、Nb含有量は0~0.100%であり、含有される場合、0.100%以下である。
Nb含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.020%である。
Nb含有量の好ましい上限は0.095%であり、さらに好ましくは0.090%であり、さらに好ましくは0.085%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0052】
Zr:0.300%以下
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは鋼材中に窒化物を生成して、鋼材の強度を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が0.300%を超えれば、Zrは粗大な窒化物を形成する。粗大な窒化物は鋼材の熱間加工性を低下する。
したがって、Zr含有量は0~0.300%であり、含有される場合、0.300%以下である。
Zr含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Zr含有量の好ましい上限は0.250%であり、さらに好ましくは0.200%であり、さらに好ましくは0.150%である。
【0053】
[(第3群:Sn、Ca、Mg、Bi及びTe)]
ピストン上部10の化学組成は、Feの一部に代えて、Sn、Ca、Mg、Bi及びTeからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼材の被削性を高める。
【0054】
Sn:0.100%以下
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sn含有量は0%であってもよい。含有される場合、Snは鋼材の被削性を高める。Snが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Sn含有量が0.100%を超えれば、その効果が飽和し、さらに、原料コストが高くなる。
したがって、Sn含有量は0~0.100%であり、含有される場合、0.100%以下である。
Sn含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
Sn含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0055】
Ca:0.0100%以下
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは鋼材の被削性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が0.0100%を超えれば、粗大酸化物が生成する。粗大酸化物は、鋼材の高温強度を低下する。
したがって、Ca含有量は0~0.0100%であり、含有される場合、0.0100%以下である。
Ca含有量の好ましい下限は0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
Ca含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%である。
【0056】
Mg:0.0100%以下
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは鋼材の被削性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が0.0100%を超えれば、粗大酸化物が生成する。粗大酸化物は、鋼材の高温強度を低下する。
したがって、Mg含有量は0~0.0100%であり、含有される場合、0.0100%以下である。
Mg含有量の好ましい下限は0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
Mg含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%である。
【0057】
Bi:0.300%以下
ビスマス(Bi)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Bi含有量は0%であってもよい。含有される場合、Biは鋼材の被削性を高める。Biが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Bi含有量が0.300%を超えれば、鋼材の熱間加工性が低下する。
したがって、Bi含有量は0~0.300%であり、含有される場合、0.300%以下である。
Bi含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Bi含有量の好ましい上限は0.250%であり、さらに好ましくは0.200%であり、さらに好ましくは0.150%である。
【0058】
Te:0.300%以下
テルル(Te)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Te含有量は0%であってもよい。含有される場合、Teは鋼材の被削性を高める。Teが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Te含有量が0.300%を超えれば、鋼材の熱間加工性が低下する。
したがって、Te含有量は0~0.300%であり、含有される場合、0.300%以下である。
Te含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。
Te含有量の好ましい上限は0.250%であり、さらに好ましくは0.200%であり、さらに好ましくは0.150%である。
【0059】
[ピストン上部10の化学組成の測定方法]
本実施形態のピストン上部10を構成する鋼材の化学組成は、JIS G0321:2017に準拠した周知の成分分析法で測定できる。具体的には、ドリルを用いて、鋼材の表面から1mm深さ以上の内部から、切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。O含有量については、周知の不活性ガス溶融-赤外線吸収法を用いて求める。
【0060】
なお、各元素含有量は、本実施形態で規定された有効数字に基づいて、測定された数値の端数を四捨五入して、本実施形態で規定された各元素含有量の最小桁までの数値とする。例えば、本実施形態の鋼材のC含有量は小数第二位までの数値で規定される。したがって、C含有量は、測定された数値の小数第三位を四捨五入して得られた小数第二位までの数値とする。本実施形態の鋼材のC含有量以外の他の元素含有量も同様に、測定された値に対して、本実施形態で規定された最小桁までの数値の端数を四捨五入して得られた値を、当該元素含有量とする。なお、四捨五入とは、端数が5未満であれば切り捨て、端数が5以上であれば切り上げることを意味する。
【0061】
[(特徴2)式(1)について]
本実施形態のスチールピストン1のピストン上部10を構成する鋼材の化学組成ではさらに、式(1)を満たす。
Mo/(Mo+V+Ti)≧0.89 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0062】
ここで、F1を次のとおり定義する。F1は式(1)の左辺である。
F1=Mo/(Mo+V+Ti)
F1は、長時間使用後の高温強度を維持するためのMC型炭化物が特徴4を満たすための要件の一つである。F1が0.89以上であれば、MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうち、Mo含有量の比率RMoが60原子%以上となる。
【0063】
F1の好ましい下限は0.90であり、さらに好ましくは0.91であり、さらに好ましくは0.92であり、さらに好ましくは0.93である。
F1の上限は特に限定されない。しかしながら、ピストン上部10の化学組成が特徴1を満たす場合、F1の上限は0.99である。
【0064】
[(特徴3)MC型炭化物の個数密度NDについて]
本実施形態のスチールピストン1ではさらに、ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上である。ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度NDが2.0×1022個/m3以上であれば、MC型炭化物が十分に多く生成している。そのため、高温環境で長時間使用しても、高い高温強度が維持される。
【0065】
MC型炭化物の個数密度NDの好ましい下限は、2.2×1022個/m3であり、さらに好ましくは2.4×1022個/m3であり、さらに好ましくは2.6×1022個/m3である。
MC型炭化物の個数密度NDの上限は特に限定されない。しかしながら、ピストン上部10の化学組成が特徴1及び特徴2を満たす場合、MC型炭化物の個数密度NDの上限は例えば、200.0×1022個/m3であり、好ましくは100.0×1022個/m3である。
【0066】
[MC型炭化物の個数密度NDの測定方法]
ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度は走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いて、次の方法で測定できる。
初めに、STEM用薄膜試料を次の方法で作製する。ピストン上部10の直径をD(mm)とする。ピストン上部10のうち、外周面から径方向にD/4深さ位置を含み、ピストン上部10の上面から軸方向に2mm深さ以上の位置から、円板を採取する。円板の厚さは約2mmとする。円板の厚さ方向は、ピストン上部10の軸方向に平行とする。円板の表面(円形状の表面)は、ピストン上部10の軸方向に垂直な面と平行とする。エメリー紙を用いて、円板の両側(表面、裏面)を研磨する。このとき、円板の表面が裏面と平行になるように、研磨する。円板の表面及び裏面の一方を観察面と定義する。観察面をさらに鏡面研磨する。鏡面研磨した観察面をさらに、コロイダルシリカを砥粒に用いて研磨する。
【0067】
MC型炭化物は母相(Fe)に対して特定の結晶方位関係を有する。具体的には、MC型炭化物は、母相の{100}面に沿って延びた、板状の粒子である。そこで、研磨後の観察面に対して電子ビーム後方散乱回折(EBSD)を実施して、母相の結晶方位を特定する。そして、特定された母相の結晶方位に基づいて、薄膜の観察面の垂直方向(観察方向)が母相の<001>結晶方位となるように、円板に対して集束イオンビーム加工(FIB加工)を実施して、STEM用薄膜試料を作製する。
【0068】
FIB加工によるSTEM用薄膜試料の作製は、周知の方法で実施すればよい。例えば、加速電圧30kVのガリウム(Ga)イオンビームを用いたリフトアウト法により、STEM用薄膜試料を作製する。
【0069】
加速電圧30kVのイオンビームにより作製されたSTEM用薄膜試料の表層には、転位ループやアモルファスが存在し、数nmのMC型炭化物の観察には適さない。そこで、1kV以下の低加速電圧のイオンビームを用いて、STEM用薄膜試料の表面を研磨する。以上の製造工程により、厚さが100nm以下のSTEM用薄膜試料を作製する。
【0070】
作製された薄膜試料をSTEMの光学系で観察する。具体的には、STEM用薄膜試料中の母相のマルテンサイトの<001>結晶方位の晶帯軸入射となるように、STEM用薄膜試料を傾斜する。観察倍率を32万倍とし、加速電圧を300kVとする。検出器を公知の高角環状暗視野(HAADF)の条件、公知の低角環状暗視野(LAADF)、及び公知の明視野(BF)の条件で設定して、任意の10箇所の観察視野を観察する。各観察視野において、これらの観察条件で画像を作製する。各観察視野で生成した画像のうち、MC型炭化物を最も明瞭に認識できる画像を採用する。
【0071】
各観察視野の面積は280nm×280nmとする。全ての観察視野において、電子エネルギー損失分光法(EELS)のLog-ratio法によりSTEM薄膜の厚さを測定する。
【0072】
各観察視野で採用した画像において、析出物はコントラストにより特定できる。そこで、特定された析出物のうち、最大長さが2nm以上の析出物を特定する。ここで、STEMでの観察における「最大長さ」とは、析出物と母相との界面の任意の2点を選択し、その2点を結ぶ線分全体が当該析出物内に含まれる場合の、最大の線分長さを意味する。最大長さが2nm未満の析出物は、認定が極めて困難である。そこで、本実施形態では、最大長さが2nm以上の析出物を特定する。
【0073】
最大長さが2nm以上の析出物のうち、MC型炭化物を、次の方法で特定する。最大長さが2nm以上の析出物に対して、電子ビームを照射して、電子回折図形を得る。MC型炭化物と、他の析出物とは、電子回折図形が異なる。そこで、得られた電子回折図形に基づいて、特定された析出物の中から、MC型炭化物を特定する。
【0074】
上述の方法により全ての観察視野で特定されたMC型炭化物の総個数と、全ての観察視野と厚さから算出する総体積とに基づいて、MC型炭化物の個数密度(個/m3)を求める。
【0075】
なお、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である場合、STEMでの観察において析出物の電子回折図形を得た結果、最大長さが10nm以下の析出物はほぼMC型炭化物であり、MC型炭化物以外の他の析出物はほとんど存在しなかった。そして、M2C型炭化物やセメンタイト等のMC型炭化物以外の他の析出物の最大長さは、いずれも10nmを大きく超えた。したがって、上述のMC型炭化物の特定方法として、電子回折図形に代えて、最大長さが10nm以下(つまり、最大長さが2~10nm)の析出物をMC型炭化物と特定してもよい。
【0076】
[(特徴4)MC型炭化物中のMo含有量比率RMoについて]
本実施形態のスチールピストン1ではさらに、ピストン上部10のMC型炭化物において、MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上である。
【0077】
ここで、「MC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが60原子%以上」とは、MC型炭化物に含有されるFeを除く金属元素の総含有量を100原子%とした場合の、Feを除く金属元素の総含有量に対する、MC型炭化物に含有されるMo含有量の比率(原子%)を意味する。
【0078】
MC型炭化物中のMo含有量比率RMoが高い場合、スチールピストン1を、500℃を超える高温環境で長時間使用しても、MC型炭化物がオストワルド成長しにくく、微細なまま維持される。そのため、高温環境で長時間使用しても、優れた高温強度を維持することができる。
【0079】
MC型炭化物中のMo含有量比率RMoの好ましい下限は原子%で62%であり、さらに好ましくは64%であり、さらに好ましくは66%である。
【0080】
[Mo含有量比率RMoの測定方法]
MC型炭化物中のMo比率は、次の方法で求めることができる。ピストン上部10の直径をD(mm)とする。ピストン上部10のうち、外周面から径方向にD/4深さ位置を含み、ピストン上部10の上面から軸方向に表面から1mm深さ以上の内部から、サンプルを切り出す。切り出されたサンプルに対して、周知の集束イオンビーム加工を実施して、先端の曲率半径が50nm程度の針状試験片を作製する。
【0081】
針状試験片に対して、三次元アトムプローブ分析を実施する。三次元アトムプローブ分析により、以下の方法により、針状試験片中のMC型炭化物を特定する。三次元アトムプローブ分析では、針状試験片中に存在する析出物を三次元的に検出できる。
【0082】
三次元アトムプローブ測定では、レーザー波長(λ)を355nmとし、レーザーパワーを30pJとし、針状試験片の温度を50Kとする。三次元アトムプローブ測定に用いる装置は特に限定されない。三次元アトムプローブ測定装置は例えば、アメテック株式会社製の商品名LEAP4000XHRである。
【0083】
取得した測定データの再構築により三次元原子マップを得る。具体的には、装置の検出効率を用い、鉄(Fe)の測定において{110}原子面の間隔が0.2nmとなるように調節することにより、測定データを再構築して三次元原子マップを得る。
【0084】
三次元原子マップにおいて、針状試験片のうち、三次元アトムプローブ分析された領域は、ボクセルと呼ばれる微小立方体に区画されている。ボクセルの一辺は1.0nmとする。ボクセル内の元素濃度(原子%)は、ボクセル内に含まれる当該元素の原子個数を、ボクセル内の全元素の原子個数で除した値で定義される。
【0085】
各ボクセルでのC濃度、Mo濃度、V濃度及びTi濃度の合計を、特定元素濃度(原子%)と定義する。特定元素濃度が20%となるボクセルをつなぐ等濃度面を作製する。等濃度面で囲まれる領域内は、特定元素濃度が高い。等濃度面で囲まれた領域を、析出物と認定する。
【0086】
認定された析出物のうち、最大長さが10nm以下の析出物を特定する。ここで、三次元的に検出された析出物の表面(つまり、析出物と鋼材母相との界面)の任意の2点を結ぶ線分のうち、線分全体が当該析出物に含まれる線分を、「特定線分」と定義する。そして、当該析出物の特定線分の最大長さを、当該析出物の最大長さと定義する。最大長さが10nm以下の析出物を、MC型炭化物と特定する。
【0087】
化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内である場合、ピストン上部10中の析出物のうち、最大長さが10nm以下の析出物はほぼMC型炭化物であり、MC型炭化物以外の他の析出物はほとんど存在しない。M2C型炭化物やセメンタイト等のMC型炭化物以外の他の析出物の最大長さは、いずれも10nmを大きく超える。以下、この点について説明する。
【0088】
本実施形態のスチールピストン1のピストン上部10の表面から1mm深さ以上の内部からサンプルを採取して、厚さ50nmの薄膜試料を作製した。作製した薄膜試料を透過型電子顕微鏡(Transmission Election Microscope:TEM)で観察して、コントラストにより析出物を特定した。特定された析出物の最大長さを求めた。さらに、特定された析出物に対して結晶構造解析を実施して、析出物の結晶構造を判定し、析出物の種類を特定した。その結果、本実施形態の化学組成を有するピストン上部10では、最大長さが10nm以下の析出物はほぼMC型炭化物であり、他の析出物はほとんど存在しなかった。MC型炭化物以外の他の析出物(M2C型炭化物やセメンタイト等)の最大長さは10nmを大きく超えた。
【0089】
以上の結果から、三次元アトムプローブ分析で得られた三次元原子マップにおける析出物のうち、最大長さが10nm以下の析出物は、MC型炭化物であると特定する。
【0090】
特定された複数のMC型炭化物のうち、任意の20個のMC型炭化物を選択する。そして、選択された各MC型炭化物中のFeを除く金属元素の総原子数と、Moの原子数とを求める。そして、Feを除く金属元素の総原子数に対するMoの原子数の比率を、Mo含有量比率(原子%)とする。金属元素とは、単体が金属を形成する元素である。したがって、Si、B、P、S、C、N、Oは金属元素には含まれない。
【0091】
選択された20個の各MC型炭化物で求めたMo含有量比率の算術平均値を、ピストン上部10のMC型炭化物中のFeを除く金属元素のうちのMo含有量比率RMo(原子%)と定義する。
【0092】
[ピストン上部10のミクロ組織]
本実施形態のピストン上部10のミクロ組織は、面積率で90%以上の硬質相を含む。ここでいうピストン上部10のミクロ組織とは、後述する製造工程において、焼入れ及び焼戻しが施されて製造されたピストン上部10のミクロ組織を意味する。また、硬質相は、マルテンサイト及び/又はベイナイトからなる。ピストン上部10のミクロ組織に硬質相以外の他の相が含まれる場合、ピストン上部10のミクロ組織において、硬質相以外の残部は、残留オーステナイト、フェライト、パーライトからなる群から選択される1種以上からなる。好ましくは、ミクロ組織は、面積率で90%以上の硬質相を含有し、残部は残留オーステナイトからなる。なお、ピストン上部10の降伏強度は、ミクロ組織と相関する。
【0093】
[ピストン上部10の硬質相の面積率の測定方法]
ピストン上部10の硬質相の面積率は、次の方法で求めることができる。ピストン上部10の最上端の頂上面161から深さ5mm位置を含むサンプルを採取する。サンプルの表面のうち、ピストン上部10の軸方向に平行であり、頂上面161から深さ5mm位置を含む面を観察面と定義する。サンプルの観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨された観察面に対して、2%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)を用いてエッチングを行う。エッチングされた観察面のうち、超上面161から深さ5mm位置近傍の任意の5箇所の観察視野(100μm×100μm)を、500倍の光学顕微鏡で観察する。
観察視野において、硬質相(ベイナイト及び/又はマルテンサイト)と他の相(初析フェライト、パーライト等)とは、コントラストにより容易に区別できる。フェライトは白色の領域として観察される。パーライトはラメラ組織を有する相として観察される。硬質相はフェライトよりも明度の低い領域として観察される。5つの観察視野での硬質相の総面積と、5つの観察視野の総面積とに基づいて、硬質相の面積率(%)を求める。
【0094】
[ピストン下部11について]
ピストン下部11は、鋼材で構成されてもよいし、鋼材以外の他の金属材で構成されていてもよい。エンジン動作中において、燃焼室に対向しているのはピストン上部10である。そのため、ピストン上部10には、上述のとおり高い高温強度が求められる。一方、ピストン下部11は燃焼室と対向しない。そのため、ピストン下部11には、ピストン上部10ほどの高い高温強度は要求されない。そのため、ピストン下部11は、鋼材又は鋼材以外の他の金属材で構成されてもよい。
【0095】
好ましくは、ピストン下部11は、アルミニウム合金材及び鋼材のいずれかで構成される。アルミニウム合金材は例えば、Al-Cu系合金、Al-Si系合金、Al-Cu-Mg-Ni系合金、及び、Al-Si-Cu-Mg-Ni系合金、からなる群から選択される1種以上である。アルミ合金材は、展伸材であっても、鋳物材であってもよい。
【0096】
ピストン下部11が鋼材で構成される場合、その鋼材は、ピストン上部10を構成する鋼材と同じであってもよいし、異なる鋼材であってもよい。なお、ピストン下部11はピストン上部10と一体的に形成されていてもよい。この場合、ピストン下部11は、ピストン上部10と同じ鋼材で構成される。
【0097】
[スチールピストン1の効果について]
以上のとおり、本実施形態のスチールピストン1は、特徴1~特徴4を満たす。そのため、本実施形態のスチールピストン1では、高温環境で長時間使用しても、優れた高温強度を維持することができる。具体的には、本実施形態のスチールピストン1では、600℃で1000時間保持した後、600℃での降伏強度が380MPa以上となる。
【0098】
[製造方法]
本実施形態によるスチールピストン1の製造方法の一例を説明する。本実施形態の特徴1~特徴4を満たすスチールピストン1は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態によるスチールピストン1の製造方法の好ましい一例である。
【0099】
本実施形態のスチールピストン1の製造方法は、次の工程を含む。
(工程1)素材準備工程
(工程2)据え込み鍛造工程
(工程3)焼入れ及び焼戻し工程
(工程4)接合工程
(工程5)機械加工工程
以下、各工程について説明する。
【0100】
[(工程1)素材準備工程]
素材準備工程では、スチールピストン1の素材を準備する。ピストン上部10及びピストン下部11が一体である場合、素材は鋼材とする。ピストン上部10とピストン下部11とが別体である場合、ピストン上部10の素材を鋼材とし、ピストン下部11の素材は鋼材以外の金属材としてもよいし、ピストン上部10と同じ素材としてもよい。
【0101】
スチールピストン1の素材又はピストン上部10の素材とする鋼材を製造する場合、例えば、次の方法で製造する。初めに、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、特徴1及び特徴2を満たす溶鋼を周知の製鋼方法により製造する。製造された溶鋼を用いて、連続鋳造法又は造塊法により、鋳造材(ブルーム、インゴット、又は、ビレット)を製造する。鋳造材に対して周知の熱間加工を実施して、鋼材を製造する。熱間加工は例えば、熱間圧延、熱間鍛造等である。以上の製造工程により、ピストン上部10の素材となる鋼材を製造する。
【0102】
[(工程2)据え込み鍛造工程]
素材準備工程で準備された鋼材に対して、熱間での据え込み鍛造を実施して、スチールピストン1又はピストン上部10の中間品を製造する。スチールピストン1又はピストン上部10の素材の直径は、ピストン上部10の直径よりも小さい。そこで、素材である鋼材に対して熱間での据え込み鍛造を実施して、少なくともピストン上部10を含む中間品を製造する。熱間での据え込み鍛造では、次の条件1~条件4を満たす。
(条件1)熱間での据え込み鍛造開始直前の鋼材温度T1を1000℃以上とする。
(条件2)据え込み率eを30~55%とする。
(条件3)据え込み鍛造後450℃に至るまでの平均冷却速度CR1をFA1(℃/秒)以上とする。
FA1=-5.68×10-2×T1+0.20×e+7.32×10
ここで、式中のT1には鋼材温度T1(℃)が代入され、eには据え込み率(%)が代入される。
(条件4)450~400℃での平均冷却速度CR2をFA2(℃/秒)以下とする。
FA2=-1.20×10-3×T1+4.20×10-3×e+1.85
ここで、式中のT1には鋼材温度T1(℃)が代入され、eには据え込み率(%)が代入される。
以下、条件1~条件4について説明する。
【0103】
[(条件1)鋼材温度T1について]
熱間での据え込み鍛造開始直前の鋼材温度T1が1000℃未満であれば、据え込み鍛造工程後の中間品において、Moが十分に固溶しない。この場合、ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度NDが十分に得られない。したがって、鋼材温度T1は1000℃以上とする。鋼材温度T1の上限は特に限定されないが、通常の設備能力等を考慮すると、例えば1300℃である。
【0104】
[(条件2)据え込み率eについて]
据え込み率eは次の式で求めることができる。
据え込み率e=(1-Ds2/Df2)×100
ここで、式中のDsには、据え込み鍛造前の素材のうち、ピストン上部10に相当する部分での直径(mm)が代入される。Dfには、据え込み鍛造後の中間品のピストン上部10に相当する部分の直径(mm)が代入される。
据え込み率eが30%未満であれば、鋼材中のMo偏析が十分に解消されない。この場合、ピストン上部10でのMC型炭化物のMo含有量比率RMoが十分に得られない。一方、据え込み率eが55%を超えれば、鋼材に付与される歪量が過剰に多くなる。この場合、ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度NDが十分に得られない。据え込み率eが30~55%であれば、据え込み鍛造により適切な歪が鋼材に付与される。そのため、ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度ND及びMo含有量比率RMoが適切な範囲となる。
【0105】
[(条件3)平均冷却速度CR1について]
熱間での据え込み鍛造後、2段階の冷却を実施する。具体的には、据え込み鍛造後鋼材温度が450℃に至るまでの期間での平均冷却速度CR1をFA1(℃/秒)以上とする。
FA1=-5.68×10-2×T1+0.20×e+7.32×10
ここで、式中のT1には鋼材温度T1(℃)が代入され、eには据え込み率(%)が代入される。
平均冷却速度CR1がFA1未満であれば、据え込み鍛造工程後の中間品において、Moが十分に固溶しない。この場合、ピストン上部10でのMC型炭化物の個数密度NDが十分に得られない。したがって、平均冷却速度CR1をFA1(℃/秒)以上とする。
【0106】
[(条件4)平均冷却速度CR2について]
さらに、鋼材温度が450~400℃の期間での平均冷却速度CR2をFA2以下とする。
FA2=-1.20×10-3×T1+4.20×10-3×e+1.85
ここで、式中のT1には鋼材温度T1(℃)が代入され、eには据え込み率(%)が代入される。
平均冷却速度CR2がFA2よりも速ければ、据え込み鍛造工程後の中間品において、Moが過剰に固溶する。この場合、ピストン上部10でのMC型炭化物を構成するFeを除く金属元素のうちのMo含有量の比率RMoが十分に得られない。したがって、平均冷却速度CR2をFA2(℃/秒)以下とする。
【0107】
[(工程3)焼入れ及び焼戻し工程]
据え込み鍛造後の中間材のうち、ピストン上部10を構成する鋼材からなる中間材に対して、焼入れ及び焼戻しを実施する。
【0108】
[焼入れ]
焼入れは周知の方法で実施される。焼入れ温度及び焼入れ温度での保持時間は特に限定されない。焼入れ温度は例えば、840~970℃である。焼入れ温度での保持時間は例えば、15分~360分(6時間)である。保持時間経過後の中間品を急冷する。具体的には、中間品に対して水冷又は油冷を実施する。
【0109】
[焼戻し]
焼入れ後の中間品に対して、焼戻しを実施する。焼戻しでは、焼戻し温度T2を600~680℃とする。また、焼戻し温度T2での保持時間t2を0.5~6.0時間とする。焼戻しではさらに、次の条件5を満たす。
(条件5)下記の式で定義されるFBを3500以上とする。
FB=T2×t2×[Mo]/[V]
ここで、FB中のT2には、焼戻し温度T2(℃)が代入される。t2には、焼戻し温度T2での保持時間t2(時間)が代入される。[Mo]には、鋼材中のMo含有量(質量%)が代入される。[V]には、鋼材中のV含有量(質量%)が代入される。
以下、条件5について説明する。
【0110】
[(条件5)FBについて]
FBは、MC型炭化物中のMo含有量比率RMoに関するパラメータである。FBが3500未満であれば、MC型炭化物にMoが十分に含まれない。そのため、ピストン上部10中のMC型炭化物のMo含有量比率RMoが60原子%未満となる。したがって、FBは3500以上である。なお、FBの上限は特に限定されない。しかしながら、FBが高すぎればスチールピストン1の高温強度が低下する。したがって、FBの上限は例えば、155000である。
【0111】
FBの好ましい下限は4000であり、さらに好ましくは5000であり、さらに好ましくは6000であり、さらに好ましくは7000であり、さらに好ましくは8000であり、さらに好ましくは10000である。FBの好ましい上限は100000であり、さらに好ましくは80000であり、さらに好ましくは60000であり、さらに好ましくは50000である。
【0112】
[(工程4)接合工程]
接合工程は任意の工程であり、実施しなくてもよい。ピストン上部10とピストン下部11とが別体で製造されている場合、接合工程を実施する。したがって、ピストン上部10とピストン下部11とが一体で形成されている場合、接合工程は実施しなくてもよい。
接合工程を実施する場合、摩擦接合、レーザー接合、又は拡散接合等により、ピストン上部10とピストン下部11とを接合する。
【0113】
[(工程5)機械加工工程]
焼入れ及び焼戻し工程後の中間品、又は、接合工程後の中間品に対して、切削等の機械加工を実施して、最終製品であるスチールピストン1を製造する。以上の製造工程により、本実施形態のスチールピストン1を製造できる。
【実施例0114】
スチールピストンのピストン上部を模擬したピストン上部模擬品を製造して、高温強度を調査した。具体的には、表1-1及び表1-2の化学組成を有する鋼材を準備した。
【0115】
【0116】
【0117】
各試験番号の鋼材を、次の方法により製造した。各試験番号の溶鋼を用いて、連続鋳造法によりブルームを製造した。製造されたブルームに対して、熱間加工を実施した。具体的には、ブルームに対して分塊圧延を実施して、ビレットを製造した。分塊圧延前のブルームの加熱温度は、1000~1200℃であった。分塊圧延後、仕上げ圧延を実施して、鋼材(丸棒)を製造した。仕上げ圧延時のビレットの加熱温度は1000~1200℃であった。以上の製造工程により、ピストン上部模擬品の素材となる、直径100mmの鋼材(丸棒)を製造した。
【0118】
鋼材に対して据え込み鍛造を実施して、中間品を製造した。据え込み鍛造工程での据え込み鍛造開始直前の鋼材温度T1(℃)、据え込み率e(%)、平均冷却速度CR1(℃/秒)、平均冷却速度CR2(℃/秒)は、表2に示すとおりであった。
【0119】
【0120】
据え込み鍛造工程後の中間品に対して、焼入れ及び焼戻し工程を実施した。焼入れ工程では、各試験番号ともに、焼入れ温度を920℃とし、焼入れ温度での保持時間を60分(1時間)とした。保持時間経過後の中間品を水冷した。焼戻し工程での焼戻し温度T2(℃)、焼戻し温度T2での保持時間t2(時間)及びFBは表2に示すとおりであった。以上の工程により、ピストン上部模擬品を製造した。なお、ピストン上部模擬品の硬質相の面積率を[ピストン上部10の硬質相の面積率の測定方法]に記載の方法に基づいて求めた。このとき、ピストン上部模擬品の端面(据え込み鍛造時に金型が接触した面)を頂上面161とみなしてサンプルを採取した。その結果、全ての試験番号において、ピストン上部模擬品の硬質相の面積率が90%以上であった。
【0121】
[評価試験]
各試験番号のピストン上部模擬品に対して、次の評価試験を実施した。
(試験1)MC型炭化物個数密度ND測定試験
(試験2)MC型炭化物中のMo含有量比率RMo測定試験
(試験3)高温強度評価試験
以下、各試験について説明する。
【0122】
[(試験1)MC型炭化物個数密度ND測定試験]
上述の[MC型炭化物の個数密度NDの測定方法]に記載の方法に準拠して、各試験番号のピストン上部模擬品のMC型炭化物の個数密度ND(個/m3)を求めた。得られたMC型炭化物の個数密度NDを表3に示す。
【0123】
【0124】
[(試験2)MC型炭化物中のMo含有量比率RMo測定試験]
上述の[Mo含有量比率RMoの測定方法]に記載の方法に準拠して、各試験番号のピストン上部模擬品のMC型炭化物中のMo含有量比率RMo(原子%)を求めた。得られたMo含有量比率RMoを表3に示す。
【0125】
[(試験3)高温強度評価試験]
スチールピストン1の長時間使用を想定して、各試験番号のピストン上部模擬品に対して、600℃で1000時間保持する熱処理を実施した。
熱処理を実施した後のピストン上部模擬品の外周面からD/4深さ位置から、ピストン上部模擬品の軸方向に延びる丸棒引張試験片を採取した。JIS G0567:2020に準拠したつば付き棒状試験片に相当する丸棒引張試験片の長さは78mmとした。採取した丸棒引張試験片を用いて、JIS G0567:2020に準拠して、600℃の大気中で引張試験を実施して、降伏強度(MPa)を得た。得られた600℃での降伏強度を表3に示す。
【0126】
[試験結果]
表1-1、表1-2、表2及び表3に試験結果を示す。
【0127】
試験番号1~29では、特徴1~特徴4を満たした。そのため、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa以上であり、高温環境で長時間使用した場合であっても、優れた高温強度が得られた。
【0128】
試験番号30及び31では、F1が式(1)を満たさなかった。そのため、Mo含有量比率RMoが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0129】
試験番号32及び33では、条件1を満たさなかった。そのため、MC型炭化物個数密度NDが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0130】
試験番号34及び35では、条件2の据え込み率eが低すぎた。そのため、Mo含有量比率RMoが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0131】
試験番号36及び37では、条件2の据え込み率eが高すぎた。そのため、MC型炭化物個数密度NDが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0132】
試験番号38及び39では、条件3を満たさなかった。そのため、MC型炭化物個数密度NDが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0133】
試験番号40及び41では、条件4を満たさなかった。そのため、Mo含有量比率RMoが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0134】
試験番号42及び43では、条件5を満たさなかった。そのため、そのため、Mo含有量比率RMoが低かった。その結果、600℃で1000時間保持した後の600℃での降伏強度が380MPa未満となった。
【0135】
以上、本発明の実施形態を説明した。しかしながら、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変更して実施することができる。