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特開2024-5914エンジン診断方法及びエンジン診断装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024005914
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】エンジン診断方法及びエンジン診断装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20240110BHJP
【FI】
F02D45/00 364A
F02D45/00 345
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022106381
(22)【出願日】2022-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中澤 智
(72)【発明者】
【氏名】松崎 伊生
【テーマコード(参考)】
3G384
【Fターム(参考)】
3G384BA02
3G384CA25
3G384DA27
3G384DA42
3G384EB13
3G384EB18
3G384EC01
3G384ED02
3G384ED11
3G384EE31
3G384FA01Z
3G384FA06Z
3G384FA15Z
3G384FA28Z
3G384FA37Z
3G384FA54B
3G384FA54Z
3G384FA55Z
3G384FA56Z
3G384FA58Z
(57)【要約】
【課題】エンジンの運転状態に依らずに、エンジントルクの状態に対する診断精度を確保する。
【解決手段】
エンジン1の指令トルクTtrgに対して実際に出力されるエンジントルクTの応答特性に応じた補正量で補正することで補正指令トルクTtrg2を演算し、補正指令トルクTtrg2に基づいて定まる診断用トルクTdiaとトルク推定値Tactを比較することにより、エンジントルクTの状態を診断するエンジン診断方法を提供する。特に、このエンジン診断方法では、エンジン1の運転状態を参照して上記補正量を調節する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの指令トルクに対して実際に出力されるエンジントルクの応答特性に応じた補正量で補正することで補正指令トルクを演算し、
前記補正指令トルクに基づいて定まる診断用トルクとトルク推定値を比較することにより、前記エンジントルクの状態を診断するエンジン診断方法であって、
前記エンジンの運転状態を参照して前記補正量を調節する、
エンジン診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載のエンジン診断方法であって、
前記エンジンの運転状態は、前記エンジントルク、前記エンジントルクの変化量、及びエンジン回転数を含み、
前記指令トルクに対して、前記応答特性を示唆するフィルタパラメータにより規定されるフィルタを施して前記補正指令トルクを演算し、
前記フィルタパラメータを、前記エンジントルク、前記エンジントルクの変化量、及び前記エンジン回転数の少なくとも何れかに応じた可変値とすることで前記補正量を調節する、
エンジン診断方法。
【請求項3】
請求項2に記載のエンジン診断方法であって、
前記フィルタパラメータとして、
前記エンジントルクの増加時における前記応答特性に応じて定めた第1フィルタパラメータと、前記エンジントルクの減少時における前記応答特性に応じて定めた第2フィルタパラメータと、を設定し、
前記エンジントルクの変化量を参照して、現在の状態が前記エンジントルクの増加時であるか減少時であるかを判定し、
前記エンジントルクの増加時には、前記第1フィルタパラメータにより規定されるフィルタを施して前記補正指令トルクを演算し、
前記エンジントルクの減少時には、前記第2フィルタパラメータにより規定されるフィルタを施して前記補正指令トルクを演算する、
エンジン診断方法。
【請求項4】
請求項3に記載のエンジン診断方法であって、
前記フィルタパラメータは、前記指令トルクの変化に応じて前記エンジントルクの応答が始まるまでの時間を示唆するむだ時間と、前記エンジントルクの応答が開始した以降の前記指令トルクへの追従性の高さを示唆する一次遅れ係数と、を含み、
前記第1フィルタパラメータにおける前記むだ時間及び前記一次遅れ係数と、前記第2フィルタパラメータにおける前記むだ時間及び前記一次遅れ係数と、を個別に設定する、
エンジン診断方法。
【請求項5】
請求項4に記載のエンジン診断方法であって、
前記第1フィルタパラメータにおける前記むだ時間を、前記エンジン回転数が高いほど及び/又は前記エンジントルクが小さいほど大きく設定し、
前記第1フィルタパラメータにおける前記一次遅れ係数を、前記エンジン回転数が高いほど及び/又は前記エンジントルクが小さいほど小さく設定する、
エンジン診断方法。
【請求項6】
請求項4又は5に記載のエンジン診断方法であって、
前記第2フィルタパラメータにおける前記むだ時間を、前記エンジン回転数が高いほど及び/又は前記エンジントルクが小さいほど小さく設定し、
前記第2フィルタパラメータにおける前記一次遅れ係数を、前記エンジン回転数が高いほど及び/又は前記エンジントルクが小さいほど大きく設定する、
エンジン診断方法。
【請求項7】
エンジンの指令トルクに対して実際に出力されるエンジントルクの応答特性に応じた補正量で補正することで補正指令トルクを演算し、
前記補正指令トルクに基づいて定まる診断用トルクとトルク推定値を比較することにより、前記エンジントルクの状態を診断するエンジン診断装置であって、
前記エンジンの運転状態を参照して前記補正量を調節する、
エンジン診断装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン診断方法及びエンジン診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、車両に搭載されたエンジンの目標トルクとトルク推定値との差を監視し、当該差が一定以上となると過剰なトルクが出力されている状態(異常トルク状態)と判断してエンジンが異常と診断する方法が開示されている。特に、この特許文献1の方法では、運転者のアクセル開度及びエンジン回転数から定めた目標トルクに所定のフィルタを施して補正し、当該補正後の目標トルクとトルク推定値の差を監視することでエンジントルクの状態を診断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2018-105305号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、目標トルクに対して実際に出力されるエンジントルクの応答特性(追従性能)は、エンジントルクの大きさやエンジン回転数等のエンジンの運転状態に応じて変化する。このため、特許文献1に記載された方法のように、目標トルクに対して一律にフィルタを施すことで演算される補正後の目標トルクでは、エンジンの運転状態によっては現実のエンジントルクの挙動に対してずれを生じる。その結果、当該補正後の目標トルクとトルク推定値の差に基づくトルク状態の診断精度を十分に確保することができないという問題がある。
【0005】
したがって、本発明は、エンジンの運転状態に依らずに、エンジントルクの状態に対する診断精度を確保することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様によれば、エンジンの指令トルクに対して実際に出力されるエンジントルクの応答特性に応じた補正量で補正することで補正指令トルクを演算し、補正指令トルクに基づいて定まる診断用トルクとトルク推定値を比較することにより、エンジントルクの状態を診断するが提供される。そして、このエンジン診断方法では、エンジンの運転状態を参照して補正量を調節する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、エンジンの運転状態に依らずに、エンジントルクの状態に対する診断精度を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るエンジン診断方法を適用するエンジンの全体構成図である。
図2図2は、エンジン制御の流れを概略的に示すフローチャートである。
図3図3は、異常トルク判定処理の詳細を示すフローチャートである。
図4図4は、電子制御ユニットにおける、診断用トルク演算のための構成を説明するブロック図である。
図5図5は、エンジン回転数に応じて規定されるむだ時間及び一次遅れ係数のマップである。
図6図6は、診断用トルク演算の全体的な処理の流れを表すフローチャートである。
図7図7は、エンジントルクに応じて規定されるむだ時間及び一次遅れ係数のマップである。
図8図8は、本実施形態の制御による作用効果を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照しながら本発明の各実施形態によるエンジン制御方法について説明する。
【0010】
[エンジンの全体構成]
図1は、本実施形態に係るエンジン診断方法を適用するエンジン1の全体構成図である。なお、本実施形態では、エンジン1が走行駆動源として車両に搭載されることを想定して説明を行う。
【0011】
本実施形態において、エンジン1は、直噴エンジンであり、筒内に燃料を直接噴射可能に構成されている。エンジン1は、直噴エンジンに限らず、吸気通路4の吸気ポート4aに燃料を噴射するポート噴射エンジンであっても良い。図1は、便宜上1つの気筒のみを示すが、気筒数が1つに限定されず、複数であっても良い。
【0012】
エンジン1は、シリンダブロック1A及びシリンダヘッド1Bによりその本体が形成され、シリンダブロック1A及びシリンダヘッド1Bにより包囲された空間としてシリンダまたは気筒が形成される。
【0013】
シリンダブロック1Aには、ピストン2が気筒中心軸Axに沿って上下に往復移動可能に挿入され、ピストン2は、コネクティングロッド3を介して図示しないクランクシャフトに連結されている。ピストン2の往復運動がコネクティングロッド3を通じてクランクシャフトに伝達され、クランクシャフトの回転運動に変換される。ピストン2の冠面21には、キャビティが形成されている。このキャビティにより、吸気通路4のポート部(吸気ポート4a)を通じて筒内に吸入された空気の円滑な流れがピストン2の冠面21により阻害されるのを抑制しつつ、燃料噴射弁6により噴射された燃料をこのキャビティの壁面により案内し、点火プラグ7に向かわせることができる。
【0014】
シリンダヘッド1Bには、ペントルーフ型の燃焼室Chを画定する下面が形成されている。シリンダヘッド1Bの下面とピストン2の冠面21とにより包囲される空間として燃焼室Chが形成される。シリンダヘッド1Bには、燃焼室Chとエンジン1の外部とを連通する通路として、気筒中心軸Axの一側に一対の吸気通路4が、他側に一対の排気通路5が形成されている。そして、吸気通路4のポート部(吸気ポート)4aには吸気弁8が配置され、排気通路5のポート部(排気ポート)5aには排気弁9が配置されている。エンジン1の外部から吸気通路4に取り込まれた空気が吸気弁8の開期間中に筒内に吸入され、燃焼後の排気が排気弁9の開期間中に排気通路5に排出される。
【0015】
吸気通路4には、電制スロットル装置41が設置されており、電制スロットル装置41
により、吸気通路4を介して筒内に吸入される空気の流量が制御される。電制スロットル装置41は、弁体としてバタフライ弁を有し、その回転軸がアクチュエータ(以下「スロットルアクチュエータ」という)301に連結され、スロットルアクチュエータ301により、弁体の回転位置(以下「スロットル開度」という)が制御される。
【0016】
シリンダヘッド1Bには、さらに、吸気ポート4a及び排気ポート5aの間で、気筒中心軸Axに沿って点火プラグ7が設置され、気筒中心軸Axの一側において、一対の吸気ポート4a、4aの間に燃料噴射弁6が配置されている。燃料噴射弁6は、図示しない燃料タンクに通じる燃料アキュムレータ(高圧燃料配管)302から燃料が供給され、筒内に燃料を直接噴射するように構成及び配置されている。
【0017】
排気通路5には、図示しない触媒コンバータが介装され、触媒コンバータには、排気浄化用の触媒が収容されている。本実施形態において、排気浄化装置は、三元触媒であり、排気通路5に排出された燃焼後の排気は、排気浄化触媒により窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)及び炭化水素(HC)といった有害成分が浄化された後、大気中へ放出される。
【0018】
[エンジンの制御システム構成]
エンジン1の運転は、電子制御ユニット50により制御される。電子制御ユニット50は、中央演算装置(CPU)、RAM及びROM等の各種記憶装置、入出力インターフェース等を備えたマイクロコンピュータからなる。電子制御ユニット50には、アクセルセンサ201、回転速度センサ202及び冷却水温度センサ203の検出信号が入力されるほか、エアフローメータ204、スロットルセンサ205、燃焼圧力センサ206及び図示しない空燃比センサ等の検出信号が入力される。
【0019】
アクセルセンサ201は、運転者によるアクセルペダルの操作量(以下「アクセル操作量APO」という)を検出する。アクセル操作量APOは、エンジン1に対して要求される負荷の指標となるものである。回転速度センサ202は、エンジン1の回転速度を検出する。回転速度センサ202として、クランク角センサを採用することが可能であり、クランク角センサにより単位クランク角毎に出力される信号(単位クランク角信号)または基準クランク角毎に出力される信号(基準クランク角信号)を単位時間当たりの回転数(例えば、1分当たりの回転数であり、以下、「エンジン回転数N」という)に換算することで、回転速度を検出する。冷却水温度センサ203は、エンジン冷却水の温度を検出する。エンジン冷却水の温度に代えて、エンジン潤滑油の温度を採用してもよい。
【0020】
エアフローメータ204は、吸気通路4の導入部に設置され、エンジン1に吸入される空気の流量(吸入空気量)を検出する。本実施形態において、エアフローメータ204は、熱線流量計により構成される。スロットルセンサ205は、電制スロットル装置41の弁体の回転位置(スロットル開度)を検出する。本実施形態において、スロットルセンサ205は、ポテンショメータにより構成され、電制スロットル装置41に組み付けられる。燃焼圧力センサ206は、高圧燃料配管302に設置され、燃料噴射弁6に供給される燃料の圧力を検出する。空燃比センサは、排気通路5に設置され、排気の空燃比を検出する。
【0021】
電子制御ユニット50は、エンジン1の負荷、回転速度及び冷却水温度等の運転状態に応じて目標トルク等、各種運転制御量が割り付けられたマップデータを保持する記憶装置を有する。そして、エンジン1の実際の運転時において、エンジン1の運転状態をもとに記憶装置のマップデータを参照し、燃料噴射量、燃料噴射時期及び点火時期等を設定する。
【0022】
次に、電子制御ユニット50が実行する制御の内容について、フローチャートを参照して説明する。
【0023】
図2は、本実施形態に係るエンジン制御の基本ルーチンの流れを概略的に示すフローチャートである。電子制御ユニット50は、図2に示す制御ルーチンを、所定時間毎に実行する。
【0024】
S101では、エンジン1の運転状態を示すパラメータとして、アクセル操作量APO、エンジン回転数N、冷却水温度Tw及び燃料圧力Pf等を読み込む。
【0025】
S102では、異常トルク判定の結果として、後述する異常判定フラグFtrqを読み込み、その値が0であればS103へ進み、1であればS107へ進む。異常判定フラグFtrqは、エンジン1を搭載した車両の製造工場からの出荷または整備工場からの納車の時点で0に設定されており、図3に示す異常トルク判定処理により、エンジン1が実際に生じさせているトルクの推定値(以下、「トルク推定値Tact」と称する)と診断用トルクTdiaとの比較の結果に応じて0又は1に設定される。なお、異常判定フラグFtrqは、0から1に変更された場合にエンジン1の停止後も1に保持され、整備工場での必要な修理を終えた時点で0に書き換えられる。
【0026】
S103では、アクセル操作量APO及びエンジン回転数Nに基づいて、指令トルクTtrgを演算する。ここで、指令トルクTtrgは、運転者による加速要求(アクセル操作量APO)に基づいて定められる、エンジン1が生じさせるトルク(以下、単に「エンジントルクT」とも称する)に対する指令値である。なお、指令トルクTtrgの演算は、アクセル操作量APO及びエンジン回転数Nに応じて指令トルクTtrgを割り付けたマップデータを参照することにより実行する。
【0027】
S104では、指令トルクTtrgに応じた吸入空気量の目標値(目標吸入空気量Qa_t)を演算する。目標吸入空気量Qa_tは、指令トルクTtrgが増大するほど大きな値に設定される。
【0028】
S105では、目標吸入空気量Qa_t及びエンジン回転数Nをもとにスロットル開度の目標値(目標スロットル開度TVO_t)を演算する。目標スロットル開度TVO_tの演算は、目標吸入空気量Qa_tに応じた目標スロットル開度TVO_tをエンジン回転数N毎に割り付けたマップデータを参照することにより実行する。電子制御ユニット50は、目標スロットル開度TVO_tに応じた駆動信号を設定し、電制スロットル装置41に出力する。
【0029】
S106では、目標吸入空気量Qa_tに応じた燃料噴射量の目標値(目標燃料噴射量Qf_t)を演算する。目標燃料噴射量Qf_tは、目標吸入空気量Qa_tが増大するほど大きな値に設定される。このようにして求められた目標燃料噴射量Qf_tに対し、冷却水温度Tw等に応じた補正が施され、最終的な目標燃料噴射量Qf_tが算出される。電子制御ユニット50は、目標燃料噴射量Qf_t及び燃料圧力Pfに応じた駆動信号を設定し、燃料噴射弁6に出力する。本実施形態では、目標燃料噴射量Qf_tを目標吸入空気量Qa_tに対する当量に設定するが、エンジン1の運転領域に応じて目標空燃比を切り換える場合は、目標燃料噴射量Qf_tの演算に際して目標空燃比を考慮することができる。
【0030】
S107及びS108では、アクセル操作量APO又は指令トルクTtrgに基づくエンジン制御を禁止し、エンジン1の作動を制限する。換言すれば、エンジントルクTを、アクセル操作量APOに応じた指令トルクTtrgよりも小さな値に制限する。
【0031】
S107では、電制スロットル装置41のスロットル開度TVOを、アクセル操作量APOに応じた目標スロットル開度TVO_tよりも小さな制限スロットル開度TVO_eに設定する。本実施形態において、制限スロットル開度TVO_eは、当該車両の整備工場へ向かう低速走行または退避走行を許容するのに足りるだけの固定値または演算値である。電子制御ユニット50は、電制スロットル装置41に対して制限指令信号を出力する。そして、電制スロットル装置41は、電子制御ユニット50からの制限指令信号を受け、スロットルアクチュエータ301により、弁体を制限スロットル開度TVO_eに相当する回転位置に駆動する。ここで、「制限指令信号」は、エンジン1の作動を制限するために生成される「制御信号」に相当する。
【0032】
S108では、燃料噴射量Qfを、アクセル操作量APOに応じた目標燃料噴射量Qf_tよりも少ない制限燃料噴射量Qf_eに設定し、当該車両の所定車速(例えば時速30km)を超える車速での走行を禁止する。
【0033】
本実施形態において、S102に示す判定ステップで異常判定フラグFtrqが1と判定された場合は、S107及び108に示す処理によりエンジン1の作動を制限する一方、異常トルク判定処理(トルク推定値Tactの演算を含む)を停止し、異常判定フラグFtrqを1に維持する。
【0034】
以下では、S102に示す異常トルク判定処理の詳細について説明する。
【0035】
図3は、異常トルク判定処理の詳細を示すフローチャートである。なお、電子制御ユニット50は、図3に示す制御ルーチンを、所定時間毎に実行する。
【0036】
S201では、エンジン1の運転状態を示すパラメータとして、吸入空気量Qa、エンジン回転数N、及びS103で演算した指令トルクTtrg等を読み込む。
【0037】
S202では、吸入空気量Qa及びその他の必要なパラメータに基づいてトルク推定値Tactを演算する。
【0038】
S203では、指令トルクTtrg及びエンジン回転数Nに基づいて、エンジン1の異常状態を監視するための診断用トルクTdiaを演算する。以下、診断用トルクTdiaの演算の詳細について説明する。
【0039】
図4は、診断用トルクTdiaの演算のための構成を説明するブロック図である。
【0040】
図示のように、電子制御ユニット50は、トルク変化判定部52と、フィルタ処理部54と、診断トルク演算部56と、を有する。
【0041】
トルク変化判定部52は、指令トルクTtrg及び当該指令トルクTtrgの前回値(以下、「前回指令トルクTtrg_pr」とも称する)を入力とし、現在の状態がトルク増加時、トルク減少時、及び定常時のいずれに該当するかを判定する。ここで、本実施形態のトルク増加時とは、エンジントルクTが現実に増加している過程にある状況を意味する。また、トルク減少時とは、エンジントルクTが現実に減少している過程にある状況を意味する。さらに、定常時とは、少なくとも前回から今回の制御区間に亘ってエンジントルクTが変化せずに維持されている状況を意味する。
【0042】
より具体的に、トルク変化判定部52は、指令トルクTtrgから前回指令トルクTtrg_prを減算して得られるトルク変化量δTが正の値であるときにトルク増加時と判断し、負であるときにトルク減少時と判断し、0であるときに定常時と判断する。さらに、トルク変化判定部52は、当該判定結果を示す信号(以下、「トルク状態信号Stc」とも称する)をフィルタ処理部54に出力する。
【0043】
フィルタ処理部54は、トルク変化判定部52で生成されたトルク状態信号Stc、エンジン回転数N、及び前回指令トルクTtrg_prを参照して、指令トルクTtrgをフィルタ処理して補正することで補正指令トルクTtrg2を求める。
【0044】
より具体的に、本実施形態のフィルタ処理部54は、むだ時間処理部60と、一次応答遅れ処理部70と、を有する。
【0045】
むだ時間処理部60は、トルク状態信号Stcを参照して、指令トルクTtrg及びエンジン回転数Nからむだ時間付与指令トルクTtrg1を演算する。特に、むだ時間処理部60は、トルク増加時、トルク減少時、及び定常時において個別に設定された演算アルゴリズムにしたがいエンジン回転数Nからむだ時間Lを定め、指令トルクTtrgに当該むだ時間Lを付加することでむだ時間付与指令トルクTtrg1を定める。なお、本実施形態におけるむだ時間Lとは、指令トルクTtrgの変化に応じてエンジントルクTの応答が始まるまでの時間を示唆するフィルタパラメータを意味する。すなわち、むだ時間Lは、指令トルクTtrgの変化が生じてから当該変化に起因して実際にエンジントルクTの変化が開始されるまでのタイムラグ(デットタイム)を示唆する制御パラメータであり、トルク応答性能に相関するエンジン制御系の定常的特性(各アクチュエータの動作遅れやセンサ類の検出遅れなど)を考慮して定められる。特に、本実施形態のむだ時間Lは、このエンジン制御系の定常的特性に基づいて定まる基本値をベースとして、後述するエンジン1の運転状態に応じた適切な調節(補正)が行われることで、エンジン1の運転状態に応じた可変値として定められる。
【0046】
より具体的に、本実施形態のむだ時間処理部60は、増加時むだ時間設定部62と、減少時むだ時間設定部64と、むだ時間選択部66と、演算部68と、を有している。
【0047】
増加時むだ時間設定部62は、予め定められたトルク増加時用の回転数-むだ時間マップを参照して、エンジン回転数Nからむだ時間L(以下、「増加時むだ時間L」とも称する)を定める。一方、減少時むだ時間設定部64は、予め定められたトルク減少時用の回転数-むだ時間マップを参照して、エンジン回転数Nからむだ時間L(以下、「減少時むだ時間L」とも称する)を定める。
【0048】
図5(a)には、回転数-むだ時間マップの一例を示す。図示のように、本実施形態の回転数-むだ時間マップは、トルク増加時用の回転数-むだ時間マップ(実線で示す)とトルク減少時用の回転数-むだ時間マップ(破線で示す)により構成されている。特に、これら両マップでは、エンジン回転数Nの増減方向に対して、むだ時間Lの増減方向が相互に逆の傾向をとるように定められている。
【0049】
より具体的に、トルク増加時用の回転数-むだ時間マップにより規定される増加時むだ時間Lは、エンジン回転数Nが高くなるほど大きい値をとるように設定される。一方、トルク減少時用のむだ時間マップで規定される減少時むだ時間Lは、エンジン回転数Nが高くなるほど小さい値をとるように設定される。このように、トルク増加時とトルク減少時において、エンジン回転数Nの増減方向に対してむだ時間Lの増減方向を反転させている理由は以下の通りである。
【0050】
一般的に、トルク増加時には、同一のエンジントルクTに対してエンジン回転数Nが高いほど、シリンダ内の空気密度を高くすることが要求される。このため、エンジン回転数Nの増加に伴い要求される吸気量が多くなる。したがって、トルク増加時にはエンジン回転数Nの増加に応じてエンジントルクTの応答がより遅れる。この点を考慮して、本実施形態では、エンジン回転数Nが高いほど高い値をとる増加時むだ時間Lを定める。一方、トルク減少時には、同一のエンジントルクTに対してエンジン回転数Nが高いほど、吸気速度が高くなる。したがって、トルク減少時にはトルク増加時にはエンジン回転数Nの増加に応じてトルクの応答がより遅れる。この点を考慮して、本実施形態では、エンジン回転数Nが高いほど低い値をとる減少時むだ時間Lを定める。
【0051】
そして、増加時むだ時間設定部62及び減少時むだ時間設定部64は、それぞれが定めた増加時むだ時間L及び減少時むだ時間Lをむだ時間選択部66に出力する。
【0052】
むだ時間選択部66は、トルク状態信号Stcを参照して、増加時むだ時間L及び減少時むだ時間Lの何れかを、以降の演算に用いるむだ時間Lとして演算部68に出力する。より具体的に、むだ時間選択部66は、トルク状態信号Stcがトルク増加時を示す場合に、増加時むだ時間Lをむだ時間Lとして出力する。また、むだ時間選択部66は、トルク状態信号Stcがトルク減少時を示す場合に、減少時むだ時間Lをむだ時間Lとして出力する。なお、むだ時間選択部66は、トルク状態信号Stcが定常時を示す場合には、むだ時間Lの前回値をそのまま、今回の制御周期におけるむだ時間Lとして出力する。
【0053】
演算部68は、指令トルクTtrgに、むだ時間選択部66から出力されたむだ時間Lを加算してむだ時間付与指令トルクTtrg1を求める。
【0054】
次に、一次応答遅れ処理部70について説明する。一次応答遅れ処理部70は、トルク状態信号Stcを参照して、むだ時間処理部60で演算された時間付与指令トルクTtrg1、前回指令トルクTtrg_pr、及びエンジン回転数Nから補正指令トルクTtrg2を演算する。特に、一次応答遅れ処理部70は、トルク増加時、トルク減少時、及び定常時において個別に設定された演算アルゴリズムにしたがいエンジン回転数Nから一次遅れ係数Kを定め、当該一次遅れ係数K及び前回指令トルクTtrg_prを用いてむだ時間付与指令トルクTtrg1を対して所定の補正演算を施すことで補正指令トルクTtrg2を定める。ここで、本実施形態における一次遅れ係数Kとは、指令トルクTtrgの変化に対するエンジントルクTの追従性の高さを示唆するフィルタパラメータを意味する。すなわち、一次遅れ係数Kは、指令トルクTtrgの変化に起因したエンジントルクTの変化が開始されてから、当該エンジントルクTが指令トルクTtrgに到達する速さを示唆する制御パラメータである。なお、一次遅れ係数Kは、トルク応答性能に相関するエンジン制御系の特性(各アクチュエータの動作遅れやセンサ類の検出遅れなど)に応じて定められる。特に、本実施形態の一次遅れ係数Kは、このエンジン制御系の定常的特性に基づいて定まる基本値をベースとして、後述するエンジン1の運転状態に応じた適切な調節(補正)が行われることで、エンジン1の運転状態に応じた可変値として定められる。
【0055】
特に、本実施形態の一次応答遅れ処理部70は、増加時遅れ係数設定部72と、減少時遅れ係数設定部74と、係数選択部76と、演算部78と、を有している。
【0056】
増加時遅れ係数設定部72は、予め定められたトルク増加時用の回転数-遅れ係数マップを参照して、エンジン回転数Nから一次遅れ係数K(以下、「増加時遅れ係数K」とも称する)を定める。一方、減少時遅れ係数設定部74は、予め定められたトルク減少時用の回転数-遅れ係数マップを参照して、エンジン回転数Nから一次遅れ係数K(以下、「減少時遅れ係数K」とも称する)を定める。
【0057】
図5(b)には、回転数-遅れ係数マップの一例を示す。図示のように、本実施形態の回転数-遅れ係数マップは、トルク増加時用の遅れ係数マップ(実線で示す)とトルク減少時用の遅れ係数マップ(破線で示す)により構成されている。特に、これら両マップでは、エンジン回転数Nの増減方向に対して、一次遅れ係数Kの増減方向が相互に逆の傾向をとるように定められている。
【0058】
より具体的に、トルク増加時用の回転数-遅れ係数マップで規定される増加時遅れ係数Kは、エンジン回転数Nが高くなるほど小さい値をとるように設定される。一方、トルク減少時用の回転数-遅れ係数マップで規定される減少時遅れ係数Kは、エンジン回転数Nが高くなるほど大きい値をとるように設定される。
【0059】
このように、トルク増加時とトルク減少時において、エンジン回転数Nの増減方向に対して一次遅れ係数Kの増減方向を反転させている理由は、上述したエンジン回転数Nの増減方向に対してむだ時間Lの増減方向を反転させている理由と同様である。
【0060】
すなわち、トルク増加時用の回転数-遅れ係数マップでは、エンジン回転数Nの増加に伴いエンジントルクTの応答がより遅れることを考慮して、エンジン回転数Nが高いほど低い値となる増加時遅れ係数Kを定める。一方、トルク減少時用の回転数-遅れ係数マップでは、エンジン回転数Nの増加に伴いエンジントルクTの応答がより早くなることを考慮して、エンジン回転数Nが高いほど高い値となる減少時遅れ係数Kを定める。
【0061】
そして、増加時遅れ係数設定部72及び減少時遅れ係数設定部74は、それぞれが定めた増加時遅れ係数K及び減少時遅れ係数Kを係数選択部76に出力する。
【0062】
係数選択部76は、トルク状態信号Stcを参照して、増加時遅れ係数K及び減少時遅れ係数Kの何れかを、以降の演算に用いる一次遅れ係数Kとして演算部78に出力する。より具体的に、係数選択部76は、トルク状態信号Stcがトルク増加時を示す場合に、増加時遅れ係数Kを一次遅れ係数Kとして出力する。また、係数選択部76は、トルク状態信号Stcがトルク減少時を示す場合に、減少時遅れ係数Kを一次遅れ係数Kとして出力する。なお、係数選択部76は、トルク状態信号Stcが定常時を示す場合には、一次遅れ係数Kの前回値をそのまま、今回の制御周期における一次遅れ係数Kとして出力する。
【0063】
演算部78は、むだ時間付与指令トルクTtrg1に一次遅れ係数Kを乗じて得られる値に対して、一次遅れ係数Kの符号を反転させて「1」を加算し前回指令トルクTtrg_prを乗じた値を加算することで補正指令トルクTtrg2を求める。
【0064】
なお、上述したむだ時間処理部60及び一次応答遅れ処理部70による指令トルクTtrgから補正指令トルクTtrg2を求める演算は、次式(1)により表すことができる。
【0065】
【数1】
【0066】
図4に戻り、診断トルク演算部56は、補正指令トルクTtrg2に所定の閾値ΔTを加算して診断用トルクTdiaを演算する。ここで、本実施形態の診断用トルクTdiaは、指令トルクTtrgとの関係からトルク状態が正常と判断できる許容トルク範囲の上限値として定められる。したがって、閾値ΔTは、当該上限値と補正指令トルクTtrg2の差として適切な値(特にエンジン1の運転状態に依らない固定値)に定められる。なお、上記補正指令トルクTtrg2そのものを許容トルク範囲の上限値とする構成を採用しても良い。すなわち、閾値ΔTを0に設定して、診断用トルクTdiaを補正指令トルクTtrg2と同一値とする構成を採用しても良い。
【0067】
図6には、上述した診断用トルクTdiaの演算における全体的な処理の流れを表すフローチャートを示す。図示のように、本実施形態に係る診断用トルクTdiaの演算では、トルク増加時(S2031のYes)には、増加時むだ時間L及び増加時遅れ係数Kを用いて指令トルクTtrgをフィルタ処理して補正指令トルクTtrg2を演算し(S2033及びS2036)、当該補正指令トルクTtrg2から診断用トルクTdiaを求める(S2037)。
【0068】
一方、トルク減少時(S2031のNo且つS2032のYes)には、減少時むだ時間L及び減少時遅れ係数Kを用いて指令トルクTtrgをフィルタ処理して補正指令トルクTtrg2を演算し(S2034及びS2036)、当該補正指令トルクTtrg2から診断用トルクTdiaを求める(S2037)。
【0069】
さらに、定常時(S2031のNo且つS2032のNo)には、むだ時間L及び一次遅れ係数Kを前回値に保持して補正指令トルクTtrg2を演算し(S2035及びS2036)、当該補正指令トルクTtrg2から診断用トルクTdiaを求める(S2037)。なお、定常時においては、前回指令トルクTtrg_prと今回の指令トルクTtrgが一致するため、フィルタ処理部54によるフィルタ処理を経ても、指令トルクTtrgは実質的に補正されることなくそのまま診断トルク演算部56に出力される。このため、上述した演算ロジックであれば、実質的に指令トルクTtrgに対する補正を要しない定常時においても、当該補正の演算ロジックを採用しない場合と同様に適切に診断用トルクTdiaを求めることができる。
【0070】
図3に戻り、S203の処理において診断用トルクTdiaを求めると、S204の処理を実行する。S204では、トルク推定値Tactが診断用トルクTdia以下であるか否かを判定する。トルク推定値Tactが診断用トルクTdia以下である場合は、S205へ進み、診断用トルクTdiaを上回る場合はS206へ進む。
【0071】
S205では、エンジントルクTが診断用トルクTdia以下に抑えられており、エンジン制御が正常に実施されているとして、異常判定フラグFtrqを0に設定する。
【0072】
一方、S206では、エンジントルクTが過度に大きく、エンジン制御に何らかの不具合が生じたものとして、異常判定フラグFtrqを1に設定する。なお、異常状態の誤検出をより確実に防止する観点から、トルク推定値Tactが診断用トルクTdiaを超える判断を複数回行った場合に異常判定フラグFtrqを1に設定し、そうでない場合には異常判定フラグFtrqを0に維持する構成を採用しても良い。
【0073】
以上説明した本実施形態のエンジン診断方法によれば、エンジン1の運転状態を示す指令トルクTtrgの変化量及びエンジン回転数Nの高低に応じて適切に定められたフィルタパラメータを用いたフィルタ処理により指令トルクTtrgを補正して、当該補正後の指令トルクTtrg(補正指令トルクTtrg2)から診断用トルクTdiaを定めることができる。
【0074】
なお、本実施形態では、トルク増加時及びトルク減少時のそれぞれにおいて個別に定めたマップを参照して、エンジン回転数Nからフィルタパラメータ(むだ時間L及び一次遅れ係数K)を求める例を説明した。しかしながら、エンジン1の運転状態を参照して適切なフィルタパラメータを定めるための演算ロジックは上記の例に限られない。例えば、以下で説明するように、トルク増加時及びトルク減少時のそれぞれにおいて、エンジン回転数Nとフィルタパラメータの関係を規定するマップに代えて又はこれとともに、エンジントルクTとフィルタパラメータの関係を規定するマップを準備し、エンジントルクTを示唆する制御パラメータ(具体的には、指令トルクTtrg又はトルク推定値Tact)からフィルタパラメータを求める構成を採用しても良い。
【0075】
図7に、エンジントルクTとフィルタパラメータ(むだ時間L及び一次遅れ係数K)の関係を規定するマップの一例を示す。特に、図7(a)に示すように、トルク増加時用のマップ(実線で示す)とトルク減少時用のマップ(破線で示す)を個別に設定したトルク-むだ時間マップを採用しても良い。また、図7(b)に示すように、トルク増加時用のマップ(実線で示す)とトルク減少時用のマップ(破線で示す)を個別に設定したトルク-遅れ係数マップを採用しても良い。
【0076】
さらに、本実施形態では、現在の状態がトルク増加時及びトルク減少時のいずれであるかを推定するためにトルク変化量δT(=Ttrg-Ttrg_pr)が正及び負のいずれであるかを判定し、当該トルク増加時及びトルク減少時のそれぞれに個別に定められたマップを用いてエンジン1の運転状態(エンジン回転数N又はエンジントルクT)からフィルタパラメータを定める例を説明した。しかしながら、これに限られず、トルク変化量δTの大きさを参照して、エンジン1の運転状態とフィルタパラメータの関係を定めるマップを調節する構成を採用しても良い。例えば、図5(a)に示すトルク増加時用の回転数-むだ時間マップに対して、トルク変化量δT(>0)が大きくなるほど(トルク増加率が高くなるほど)、エンジン回転数Nに対するむだ時間L(増加時むだ時間L)が大きい値をとるように(図に示す実線グラフの傾きがより大きくなるように)定めても良い。また、図5(a)に示すトルク減少時用の回転数-むだ時間マップに対して、トルク変化量δT(<0)が小さくなるほど(トルク減少率が高くなるほど)、エンジン回転数Nに対するむだ時間L(減少時むだ時間L)が小さい値をとるように(図に示す破線グラフの傾きがより小さくなるように)定めても良い。また、回転数-遅れ係数マップについても、同様の観点でトルク変化量δTに応じた調節を行っても良い。これにより、エンジン1の運転状態の変化度合も考慮した上で、適切なフィルタパラメータを定めることができる。
【0077】
[タイムチャートによる説明]
図8は、異常トルク判定に関する電子制御ユニット50の動作を示す説明図である。特に、図8(a)は実施例(上記実施形態)のエンジン診断方法による制御結果を示し、図8(b)は比較例のエンジン診断方法による制御結果を示している。なお、比較例としては、実施例に対して、フィルタパラメータであるむだ時間L及び一次遅れ係数Kをエンジン1の運転状態に依存しない固定値としている点で異なり、その他の点については共通するエンジン診断方法を想定する。
【0078】
先ず、図8(b)に示す比較例の制御では、トルク増加時(時刻t1~時刻t2)において、指令トルクTtrgをフィルタリング処理して得られる補正指令トルクTtrg2は、現実に出力されるエンジントルクT(≒トルク推定値Tact)のプロフィールに沿って指令トルクTtrgに対して遅れて変化する。したがって、この補正指令トルクTtrg2に閾値ΔTを加算して得られる診断用トルクTdiaも、概ね、トルク推定値Tactのプロフィールに沿って変化する。このため、エンジントルクTの異常判断(トルク推定値Tactが診断用トルクTdiaを超えるという判断)も適切に行われる。
【0079】
一方で、トルク減少時(時刻t3~t4)において、比較例の制御ではトルク増加時と同じ値のむだ時間L及び一次遅れ係数Kが規定されたフィルタを用いて補正指令トルクTtrg2が演算される。しかしながら、トルク減少時ではトルク増加時とはエンジン制御系におけるトルク応答特性が異なる。このため、トルク増加時と同じフィルタを用いて定められた補正指令トルクTtrg2から得られる診断用トルクTdiaは、現実に出力されるエンジントルクT(トルク推定値Tact)に対して、指令トルクTtrgの変化に対する応答挙動にずれが生じる。より詳細には、図8(b)の2点鎖線グラフ、実線グラフ、及び点線グラフで表すように、指令トルクTtrgの減少に対して、トルク推定値Tactに比べて診断用トルクTdiaがより早く減少してしまうことで、診断用トルクTdiaがトルク推定値Tactを下回る区間が生じる。その結果、当該区間において、トルク推定値Tactが診断用トルクTdiaを上回ったことが検出されて(図3のS204のNo)、誤った異常トルク判断につながる可能性がある。
【0080】
これに対して、図8(a)に示す実施例の制御では、トルク増加時及びトルク減少時において、それぞれのシーンにおけるトルク応答特性の違いを考慮して個別にフィルタパラメータ(むだ時間L及び一次遅れ係数K)を調節したフィルタを採用している。このため、当該フィルタを用いて演算された補正指令トルクTtrg2から得られる診断用トルクTdiaは、トルク増加時及びトルク減少時のいずれのシーンにおいても、指令トルクTtrgの変化に対する応答挙動をトルク推定値Tactのそれにより近づけることができる。このため、上記の誤った異常トルク判断の発生を抑制することができる。すなわち、エンジン1の運転状態(トルク増加時なのかトルク減少時なのか)に依存することなくエンジン1の診断精度を維持することができる。
【0081】
[作用効果の説明]
以下、本実施形態により得られる作用効果をまとめて説明する。
【0082】
本実施形態では、エンジン1の指令トルクTtrgに対して実際に出力されるエンジントルクTの応答特性に応じた補正量で補正することで補正指令トルクTtrg2を演算し、当該補正指令トルクTtrg2に基づいて定まる診断用トルクTdiaとトルク推定値Tactを比較することにより、エンジントルクTの状態を診断するエンジン診断方法が提供される。このエンジン診断方法では、エンジン1の運転状態を参照して上記補正量を調節する。
【0083】
これにより、エンジン1の運転状態の変化に応じたエンジントルクTの応答特性の違いを加味した上で指令トルクTtrgから診断用トルクTdiaを定めることができる。すなわち、診断用トルクTdiaの演算に、エンジン1の運転状態に応じた上記応答特性の変化の影響をより確実に反映させることができる。このため、エンジン1の運転状態に依らずに、エンジントルクTの状態に対する診断精度を確保することができる。
【0084】
特に、本実施形態では、エンジン1の運転状態は、エンジントルクT、エンジントルクTの変化量(トルク変化量δT)、及びエンジン回転数Nを含む。そして、指令トルクTtrgに対して、上記応答特性を示唆するフィルタパラメータ(L,K)により規定されるフィルタを施して補正指令トルクTtrg2を演算する。さらに、フィルタパラメータ(L,K)を、エンジントルクT、トルク変化量δT、及びエンジン回転数Nの少なくとも何れかに応じた可変値とすることで上記補正量を調節する。
【0085】
これにより、指令トルクTtrgから補正指令トルクTtrg2を求めるための演算をフィルタ処理により実行することができる。その上で、指令トルクTtrgに対する上記補正量の調節を行うための具体的な演算ロジックを、エンジン1の運転状態を示唆する各パラメータに応じてフィルタパラメータを可変にするという簡素な手法により実現することができる。
【0086】
さらに、本実施形態では、フィルタパラメータ(L,K)として、エンジントルクTの増加時における応答特性に応じて定めた第1フィルタパラメータ(L,K)と、エンジントルクTの減少時における応答特性に応じて定めた第2フィルタパラメータ(L,K)と、を設定する(図4の増加時むだ時間設定部62、減少時むだ時間設定部64、増加時遅れ係数設定部72、及び減少時遅れ係数設定部74)。
【0087】
また、トルク変化量δTを参照して、現在の状態がエンジントルクTの増加時(トルク増加時)であるか減少時(トルク減少時)であるかを判定する(トルク変化判定部52)。そして、トルク増加時(図6のS2031のYes)には、第1フィルタパラメータ(L,K)により規定されるフィルタを施して補正指令トルクTtrg2を演算する(S2033及びS2036)。一方で、トルク減少時(S2031のNo)には、第2フィルタパラメータ(L,K)により規定されるフィルタを施して補正指令トルクTtrg2を演算する(S2034及びS2036)。
【0088】
これにより、エンジントルクTの応答特性が相互に異なるトルク増加時及びトルク減少時のそれぞれにおいて、当該応答特性の違いを考慮して個別にフィルタを定めることができる。したがって、トルク増加時及びトルク減少時のいずれのシーンにおいても、指令トルクTtrgの変化に対する実際のエンジントルクTの応答挙動により合致した診断用トルクTdia(補正指令トルクTtrg2)を定めるためのより具体的な演算ロジックが実現される。
【0089】
特に、本実施形態のエンジン診断方法であれば、上述した車両の走行駆動源として搭載されるエンジン1に適用する場合において、トルク増加時として典型的な車両の加速シーン、及びトルク減少時として典型的な車両の減速シーンのいずれであっても、エンジン1の診断精度を確保することができる。より詳細には、車両の走行駆動源として使用されるエンジン1では、ドライバのアクセル操作に応じた車両に対する加減速要求など、当該エンジン1の作動中において頻繁にエンジントルクTを変化させることが想定される。これに対して、上記エンジン診断方法で採用される演算ロジックであれば、このように頻繁にエンジントルクTを変化させるシーンにおいても、エンジントルクTの状態に対する診断精度を確保することができる。
【0090】
さらに、本実施形態では、フィルタパラメータ(L,K)は、指令トルクTtrgの変化に応じてエンジントルクTの応答が始まるまでの時間を示唆するむだ時間Lと、エンジントルクTの応答が開始した以降の指令トルクTtrgへの追従性の高さを示唆する一次遅れ係数Kと、を含む。そして、第1フィルタパラメータ(L,K)におけるむだ時間L(増加時むだ時間L)及び一次遅れ係数K(増加時遅れ係数K)と、第2フィルタパラメータ(L,K)におけるむだ時間L(減少時むだ時間L)及び一次遅れ係数K(減少時遅れ係数K)と、を個別に設定する。
【0091】
これにより、トルク増加時及びトルク減少時のそれぞれにおけるエンジントルクTの応答特性の違いが反映されたフィルタパラメータ(L,K)を定めるための、より具体的な演算ロジックが実現される。
【0092】
特に、本実施形態では、第1フィルタパラメータにおける増加時むだ時間Lを、エンジン回転数Nが高いほど及び/又はエンジントルクTが小さいほど大きく設定する(図5(a)の実線グラフ及び図7(a)の実線グラフ参照)。また、第1フィルタパラメータにおける増加時遅れ係数Kを、エンジン回転数Nが高いほど及び/又はエンジントルクTが小さいほど小さく設定する(図5(a)の破線グラフ及び図7(a)の破線グラフ参照)。
【0093】
これにより、トルク増加時におけるエンジン回転数N又はエンジントルクTの大小に応じたエンジン制御系のトルク応答特性の違いをより適切に反映させた第1フィルタパラメータ(L,K)を定めるための、より具体的な演算ロジックが実現される。
【0094】
また、本実施形態では、第2フィルタパラメータにおける減少時むだ時間Lを、エンジン回転数Nが高いほど及び/又はエンジントルクTが小さいほど小さく設定する(図5(b)の実線グラフ及び図7(b)の実線グラフ参照)。また、第2フィルタパラメータ(L,K)における減少時遅れ係数Kを、エンジン回転数Nが高いほど及び/又はエンジントルクTが小さいほど大きく設定する(図5(b)の破線グラフ及び図7(b)の破線グラフ参照)。
【0095】
これにより、トルク減少時におけるエンジン回転数N又はエンジントルクTの大小に応じたエンジン制御系のトルク応答特性の違いをより適切に反映させた第2フィルタパラメータ(L,K)を定めるための、より具体的な演算ロジックが実現される。
【0096】
さらに、本実施形態では、上記エンジン診断方法の実行に適したエンジン診断装置として機能する電子制御ユニット50が提供される。この電子制御ユニット50は、エンジン1の指令トルクTtrgに対して実際に出力されるエンジントルクの応答特性に応じた補正量で補正することで補正指令トルクTtrg2を演算し、当該補正指令トルクTtrg2に基づいて定まる診断用トルクTdiaとトルク推定値Tactを比較することにより、エンジントルクTの状態を診断する。特に、電子制御ユニット50は、エンジン1の運転状態を参照して上記補正量を調節する。
【0097】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記各実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0098】
例えば、上記実施形態では、車両に走行駆動源として搭載されるエンジン1に対して、エンジン診断方法を適用する例を説明した。しかしながら、これに限られず、エンジン1が他の用途に適用される際に、本発明に係るエンジン診断方法を適用しても良い。例えば、エンジン1が電動車両における発電機の駆動装置としてのみに用いられる場合(走行駆動源として機能しない場合)であって所定の要求発電電力に応じて指令トルクTtrgを変化させる際に、当該指令トルクTtrgから診断用トルクTdia(補正指令トルクTtrg2)を定めるための補正量(特に上記のフィルタパラメータ)を、エンジン1の運転状態に応じて可変とする構成を採用しても良い。さらに、車載以外にも、エンジン1の作動中に一定頻度で運転状態を変化させることが要求される用途において、本発明に係るエンジン診断方法を適用しても良い。
【0099】
さらに、フィルタパラメータはむだ時間L及び一次遅れ係数Kに限られない。すなわち、フィルタパラメータとしては、これら以外にも、用いるべきフィルタの種類に応じて、エンジントルクTの応答特性を示唆し得る任意のパラメータを採用することができる。また、エンジン1の運転状態に基づいた指令トルクTtrgから補正指令トルクTtrg2の演算における具体的な態様は、フィルタ処理に限られず、同様の機能を実現し得る任意の演算ロジックを採用しても良い。例えば、予め想定されるエンジン1の運転状態と、当該運転状態に対して適切な補正量と、の関係を実験的に調べてマップ化しておき、当該マップを参照して指令トルクTtrgから補正指令トルクTtrg2を演算する構成を採用しても良い。
【符号の説明】
【0100】
1 エンジン、50 電子制御ユニット、52 トルク変化判定部、54 フィルタ処理部、60 むだ時間処理部、62 増加時むだ時間設定部、64 減少時むだ時間設定部、66 むだ時間選択部、68 演算部、70 一次応答遅れ処理部、72 増加時遅れ係数設定部、74 減少時遅れ係数設定部、76 係数選択部、78 演算部、80 診断トルク演算部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8