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特開2024-59499薬物の脳内濃度の予測方法、薬物投与補助プログラム、薬物投与補助装置、及び薬物投与補助システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059499
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】薬物の脳内濃度の予測方法、薬物投与補助プログラム、薬物投与補助装置、及び薬物投与補助システム
(51)【国際特許分類】
   G16H 20/00 20180101AFI20240423BHJP
   G16H 10/40 20180101ALI20240423BHJP
   A61M 5/168 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
G16H20/00
G16H10/40
A61M5/168 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167194
(22)【出願日】2022-10-18
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】荒川 芳輝
(72)【発明者】
【氏名】米澤 淳
(72)【発明者】
【氏名】溝田 敏幸
【テーマコード(参考)】
4C066
5L099
【Fターム(参考)】
4C066BB01
4C066CC01
4C066QQ24
4C066QQ44
4C066QQ78
4C066QQ82
4C066QQ92
5L099AA22
5L099AA25
(57)【要約】
【課題】本発明は、薬物の脳内濃度をより正しく予測できる新たなPK/PDモデルを提供することである。
【解決手段】静注により患者に持続的に投与する薬物の脳内濃度の予測方法であり;中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する工程を含む方法によれば、薬物の脳内濃度をより正しく予測できる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
静注により患者に持続的に投与する薬物の脳内濃度の予測方法であり、
中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、
前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記脳内濃度が、下記式により導出される、請求項1に記載の方法:
【数1】
式中、
1eは前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数、
pは定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数、
centralは前記中央コンパートメントの前記薬物の血漿中濃度、
e0’は前記脳コンパートメントからの消失速度定数、及び
brainは前記脳コンパートメントの前記薬物の前記脳内濃度を表す。
【請求項3】
前記k1eが、前記中央コンパートメントと前記脳コンパートメントとのコンパートメント間クリアランスQ4を前記中央コンパートメントの容積V1で除して算出される値であり、
前記ke0’が前記k1eと同じ値である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記Kpが1.1~1.5である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記k1eが0.008~0.03である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記k1eと前記Kpとの積が、0.01~0.04である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記薬物が中枢神経系作用薬である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
静注により患者に持続的に投与する薬物の投与を補助するための補助装置であり、
前記薬物の脳内濃度の予測値を計算するための予測部を含み、
前記予測部が、中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する、補助装置。
【請求項9】
前記予測値及び/又は前記薬物の目標濃度を表示処理する表示処理部をさらに含む、請求項8に記載の補助装置。
【請求項10】
前記予測値及び前記薬物の目標濃度に基づいて、前記薬物の投与量を計算する計算部をさらに含む、請求項8に記載の補助装置。
【請求項11】
薬物の投与量を前記投与量に制御する投与器制御部をさらに含む、請求項10に記載の補助装置。
【請求項12】
請求項8に記載の補助装置と、前記薬物を前記患者に投与する投与器とを含む、薬物投与補助システム。
【請求項13】
静注により患者に持続的に投与する薬物の投与を補助するための薬物投与補助プログラムであり、
コンピュータを、
中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する予測部として機能させるための、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物の脳内濃度の予測方法、薬物投与補助プログラム、薬物投与補助装置、及び薬物投与補助システムに関する。
【背景技術】
【0002】
静注麻酔薬は、薬物動態及び薬力学(PK/PD)モデルでプログラムされた目標制御注入(Target Control Infusion:TCI)法を利用して、周術期の麻酔深度及び覚醒の調節に用いられている。TCI法では、目標とする効果部位濃度まで麻酔濃度を素早く上昇させ、その濃度を維持する。具体的には、プロポフォールがこのようなTCI法を利用して効果部位濃度を意識した投与の制御が行われている。
【0003】
多くの薬物の薬物動態はマルチコンパートメントモデルで表される。マルチコンパートメントモデルは、薬物を生体に投与した後の動態を速度論的に解析するための算術的モデルであり、薬物が注入される中央コンパートメント(通常は血中)と、薬物が再分布するいくつかの末梢コンパートメント、及び薬物が効果を発揮する効果部位(効果コンパートメント)で構成されており、これらに加えて薬物の代謝による消失が加味されている。
【0004】
プロポフォールの薬物動態は、中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント(筋肉、内部器官等の血流が豊富なコンパートメント)、及び低速平衡化コンパートメント(脂肪組織、骨等の血流が乏しいコンパートメント)を含む3コンパートメントモデル、具体的にはMarshモデル(非特許文献1)及びSchniderモデル(非特許文献2、3)で表されることが多い。
【0005】
Marshモデルは、小児のデータから構築されたオリジナルのPK/PDモデルである(非特許文献1)が、効果部位平衡速度定数(ke0)は、別の研究に基づいて後から追加された(非特許文献4)ものである。パラメータke0は、プロポフォールに対する脳波反応から推定されている(非特許文献5)。このようなPK/PDモデルについては、これまで数多くの検証がなされてきたが、それらの検証は、もっぱら、効果部位濃度と平衡化した血漿中濃度を測定することに基づいて行われてきた(非特許文献1~3、5~10)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Marsh B, White M, Morton N, Kenny GNC. Pharmacokinetic model driven infusion of propofol in children. Br J Anaesth 1991; 67: 41-8.
【非特許文献2】Schnider TW, Minto CF, Gambus PL, et al. The influence of method of administration and covariates on the pharmacokinetics of propofol in adult volunteers. Anesthesiology 1998; 88: 1170-82.
【非特許文献3】Schnider TW, Minto CF, Shafer SL, et al. The influence of age on propofol pharmacodynamics. Anesthesiology 1999; 90: 1502-16.
【非特許文献4】Struys MMRF, De Smet T, Glen JIB, Vereecke HEM, Absalom AR, Schnider TW. The history of target-controlled infusion. Anesth Analg 2016; 122: 56-69.
【非特許文献5】Wakeling HG, Zimmerman JB, Howell S, Glass PS. Targeting effect compartment or central compartment concentration of propofol: what predicts loss of consciousness? Anesthesiology 1999; 90: 92-7.
【非特許文献6】Kazama T, Ikeda K, Morita K, et al. Comparison of the effect-site keos of propofol for blood pressure and EEG bispectral index in elderly and younger patients. Anesthesiology 1999; 90: 1517-27.
【非特許文献7】Van Hese L, Theys T, Absalom AR, et al. Comparison of predicted and real propofol and remifentanil concentrations in plasma and brain tissue during target-controlled infusion: a prospective observational study. Anaesthesia 2020; 75: 1626-34.
【非特許文献8】Park JH, Choi SM, Park JH, et al. Population pharmacokinetic analysis of propofol in underweight patients under general anaesthesia. Br. J. Anaesth 2018; 121: 559-66.
【非特許文献9】Sahinovic MM, Eleveld DJ, Miyabe-Nishiwaki T, Struys MMRF, Absalom AR. Pharmacokinetics and pharmacodynamics of propofol: changes in patients with frontal brain tumours. Br. J. Anaesth 2017; 118: 901-9.
【非特許文献10】Lee YH, Choi GH, Jung KW, et al. Predictive performance of the modified Marsh and Schnider models for propofol in underweight patients undergoing general anaesthesia using target-controlled infusion. Br. J. Anaesth 2017; 118: 883-91.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、現在のPK/PDモデルでは、効果部位予測(つまり脳内濃度)の精度について評価されていない点に着眼した。そして、本発明者が、覚醒下開頭手術を受けた患者のプロポフォールの血漿中濃度および脳内濃度を同時に測定したところ、血漿中濃度の測定値とMarshモデル及びSchniderモデルによる予測値との間には有意な正の相関があった一方で、プロポフォールの脳内濃度の実測値が、Marshモデル及びSchniderモデルによる予測値や血漿中濃度の実測値よりも高いことが明らかになった。つまり、この結果は、MarshモデルやSchniderモデルで予測される作用部位の濃度が、実際の脳内濃度を反映していなかったことを示すものであった。しかしながら、Marshモデル及びSchniderモデルで用いられている脳内分布速度定数はk1eのみであるため、予測される作用部位濃度が血漿中濃度より高くなることはありえない。つまり、本発明者は、Marshモデル及びSchniderモデルが、本質的に、脳内濃度を正しく反映できない構造的欠陥を有しているという課題に直面した。
【0008】
そこで、本発明の目的は、薬物の脳内濃度をより正しく予測できる新たなPK/PDモデルを構築し提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、定常状態の脳内濃度だけでなく、逐次脳内濃度のデータも考慮した結果、MarshモデルやSchniderモデルの3コンパートメントモデルをベースに、さらに、脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと定常状態での血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数をKpとを組み合わせて改変したマルチコンパートメントモデルを構築し、この実測濃度に基づく新しい動的モデルによって、薬物の脳内濃度をより正確に予測することができることを見出した。本発明は、この知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 静注により患者に持続的に投与する薬物の脳内濃度の予測方法であり、
中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、
前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する工程を含む、方法。
項2. 前記脳内濃度が、下記式により導出される、項1に記載の方法:
【数1】
式中、
1eは前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数、
pは定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数、
centralは前記中央コンパートメントの前記薬物の血漿中濃度、
e0’は前記脳コンパートメントからの消失速度定数、及び
brainは前記脳コンパートメントの前記薬物の前記脳内濃度を表す。
項3. 前記k1eが、前記中央コンパートメントと前記脳コンパートメントとのコンパートメント間クリアランスQ4を前記中央コンパートメントの容積V1で除して算出される値であり、
前記ke0’が前記k1eと同じ値である、項2に記載の方法。
項4. 前記Kpが1.1~1.5である、項1~3のいずれかに記載の方法。
項5. 前記k1eが0.008~0.03である、項1~4のいずれかに記載の方法。
項6. 前記k1e前記Kp値との積が、0.01~0.04である、項1~5のいずれかに記載の方法。
項7. 前記薬物が中枢神経系作用薬からなる群より選択される、項1~6のいずれかに記載の方法。
項8. 静注により患者に持続的に投与する薬物の投与を補助するための補助装置であり、
前記薬物の脳内濃度の予測値を計算するための予測部を含み、
前記予測部が、中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する、補助装置。
項9. 前記予測値及び/又は前記薬物の目標濃度を表示処理する表示処理部をさらに含む、項8に記載の補助装置。
項10. 前記予測値及び前記薬物の目標濃度に基づいて、前記薬物の投与量を計算する計算部をさらに含む、項8又は9に記載の補助装置。
項11. 薬物の投与量を前記投与量に制御する投与器制御部をさらに含む、項10に記載の補助装置。
項12. 項8~11のいずれかに記載の補助装置と、前記薬物を前記患者に投与する投与器とを含む、薬物投与補助システム。
項13. 静注により患者に持続的に投与する薬物の投与を補助するための薬物投与補助プログラムであり、
コンピュータを、
中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する予測部として機能させるための、プログラム。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、薬物の脳内濃度をより正しく予測できる新たなPK/PDモデルが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の薬物の脳内濃度の予測方法で用いられる改変マルチコンパートメントモデルを示す。
図2】本発明の薬物投与補助装置の一実施形態のブロック図を示す。
図3】本発明の薬物投与補助システムの一実施形態の動作を説明するためのフローチャートである。
図4】点滴終了後のプロポフォールの血漿中濃度(A)、脳内濃度(B)及びKp値(C)を示す。プロポフォール濃度は57人全員の患者において測定された。各患者について、血漿および脳サンプル(5-30mg)を最大5時点(プロポフォール投与直前、投与停止後5、15、25、75分)で採取する。Kp値は、脳内濃度と血漿濃度の比である。細線は各患者のデータ、太線は平均値を示す。
図5】血漿中および脳内プロポフォール濃度の測定値と予測値の相関性を示す。57人の患者からの157の血漿中濃度及び112の脳内濃度を示す。すべてのポイントにおける血漿中濃度及び脳内濃度の測定値の相関を示す(A)。Marshモデル(B)及びSchniderモデル(C)に基づく予測濃度と、血漿中及び脳内濃度の測定値を示している。実線は回帰直線を表す。
図6】本発明のモデルにおけるプロポフォールの適合度プロットを示す。測定濃度 対 母集団予測値(PRED)及び測定濃度 対 個人予測値(IPRED)を、それぞれ(A)及び(B)に示す。PRED 対 条件付き重み付き残差(CWRES)及びプロポフォール投与停止後の時間 対 条件付き重み付き残差(CWRES)を、それぞれ(C)及び(D)に示す。空白の円はモデル構築集団の患者のデータである。29人の患者の106の血漿中濃度及び80の脳内濃度を示している。実線は回帰直線を表す。
図7】検証集団におけるプロポフォールの濃度の測定値と予測値の比較を示す。本発明のモデルによって予測された濃度に対する測定値を示している。空白の円は検証集団の患者のデータである。28人の患者の51の血漿中濃度及び32の脳内濃度を示している。実線は回帰直線を表す。
図8】プロポフォールの血漿および脳内予測値を用いたPrediction-corrected visual predictive check(pcVPC)プロットを示す。丸は測定された濃度を表す。実線は、測定濃度の5、50、95パーセンタイルを表す。破線は、本発明のモデルに基づく予測濃度の5、50、95%値を示す。網掛け部分は、95、50、5パーセンタイルに対するシミュレーションに基づく95%信頼区間を示している。
図9】ある症例におけるMarshモデル(A)、Schniderモデル(B)、本発明のモデル(C)によるプロポフォールの濃度の予測値を示す。検証集団の1人の患者のMarshモデル(A),Schniderモデル(B),新モデル(C)に基づく血漿中および脳内濃度の予測値を示している。点線と破線はそれぞれ予測された血漿中濃度と脳内濃度を表す。実線は実際のプロポフォール投与速度(mg/h)を表す。
図10】Marshモデル又はSchniderとして知られている従来の3コンパートメントモデルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.薬物の脳内濃度の予測方法
本発明の薬物の脳内濃度の予測方法は、静注により患者に持続的に投与する薬物の脳内濃度の予測方法であり、所定の改変マルチコンパートメントモデルを用い、脳内濃度の予測値を導出する工程を含むことを特徴とする。
【0014】
改変マルチコンパートメントモデル
本発明で用いられる改変マルチコンパートメントモデルは、3コンパートメントモデルをベースとし、さらに脳コンパートメントが付加されているものである。当該改変マルチコンパートメントモデルの概略図を図1に示す。
【0015】
ベースとなる3コンパートメントモデルは、中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含んで構成されるものであり、図10の概略図に示される、Marshモデル又はSchniderとして知られているモデルで用いられている3コンパートメントモデルを指す。
【0016】
図1及び図10において、
Iは、中央コンパートメントを表し、
IIは、迅速平衡化コンパートメントを表し、
IIIは、低速平衡化コンパートメントを表し、
IV(図10)は、効果コンパートメントを表し、
V(図1)は、脳コンパートメントを表し、
centralは、中央コンパートメントの薬物の血漿中濃度を表し、
RDは、迅速平衡化コンパートメントの薬物の(筋肉、内部器官等の血流が豊富な組織中の)濃度を表し、
SDは、低速平衡化コンパートメントの薬物の(脂肪組織、骨等の血流が乏しい組織中の)濃度を表し、
brain図1)は、脳コンパートメントの薬物の脳内濃度を表し、
e図10)は、効果コンパートメントの薬物の脳内濃度を表し、
V1は、中央コンパートメントの容積を表し、
V2は、迅速平衡化コンパートメントの容積を表し、
V3は、低速平衡化コンパートメントの容積を表し、
Doseは、静注により患者に持続的に投与する薬物を表し、
12は、容積V2の方向への容積V1の分布を表す消失定数を表し、
21は、容積V1の方向への容積V2の分布を表す消失定数を表し、
13は、容積V3の方向への容積V1の分布を表す消失定数を表し、
31は、容積V1の方向への容積V3の分布を表す消失定数を表し、
10は、身体からの薬物の消失定数を表し、
1e図1)は、中央コンパートメントから脳コンパートメントへの分配速度定数を表し、
p図1)は、定常状態での薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数を表し、
e0’(図1)は、脳コンパートメントからの消失速度定数を表し、
1e図10)は、中央コンパートメントから効果コンパートメントへの分配速度定数を表し、
e0は(図10)、血漿と効果部位との間の濃度勾配の各単位時間における比例変化を表す。
【0017】
つまり、図10で表される従来の3コンパートメントモデルが、速度定数k1eのみが考慮されて、効果コンパートメントで脳内濃度が予測されることに対し、図1で表される改変コンパートメントモデルは、速度定数k1eに加えて、定常状態での薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpが考慮されて、脳コンパートメントで脳内濃度が予測される点で、モデル構成が改変されている。図10で表される従来の3コンパートメントモデルによれば、必然的に、血漿中濃度と脳内濃度とがどの時間帯でもほとんど同じ値となることに対し、図1で表される改変コンパートメントモデルによれば、当該分配係数Kpが包含されることで、血漿中濃度の変化に遅れて脳内濃度が変化する(中央コンパートメントから脳コンパートメントへの薬物移行が逐次的である)という実際の薬物動態をより正確に反映するため、従来の3コンパートメントモデルよりも、改変コンパートメントモデルによる脳内濃度の予測性が向上する。
【0018】
図1の改変コンパートメントモデルに基づくと、薬物は以下のような動向をたどる。薬物は静脈内注入後に、循環により中央コンパートメントIに急速に達した後、中央コンパートメントIから、迅速平衡化コンパートメントII(筋肉、内部器官等の血流が豊富なコンパートメント)、及び低速平衡化コンパートメントIII(脂肪組織、骨等の血流が乏しいコンパートメント)への組織特有の再分布(定数k12、k13)が起こり、またその逆(定数k21、k31)も起こる。中央コンパートメントIに達した薬物は、タイムラグをもって脳コンパートメントVに達する。この薬物動向を反映するパラメータが、中央コンパートメントIから脳コンパートメントVへの分配速度定数k1eと、定常状態での薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積「k1e*Kp」である。なお、定常状態とは、各コンパートメント間で平衡に達している状態をいう。さらに、身体は、特定の消失速度(定数k10)で中央コンパートメントIから薬物を消失させる。
【0019】
本発明の予測方法においては、上記積「k1e*Kp」に基づいて脳内濃度の予測値を導出する。脳内濃度の具体的な導出方法としては、下記式による導出方法が挙げられる。
【数2】
式中、
1eは、中央コンパートメントIから脳コンパートメントVへの分配速度定数、
pは定常状態での薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数、
centralは中央コンパートメントIの薬物の血漿中濃度、
e0’は脳コンパートメントVからの消失速度定数、及び
brainは脳コンパートメントVの薬物の脳内濃度を表す。
【0020】
1eは、中央コンパートメントIと脳コンパートメントVとのコンパートメント間クリアランスQ4を中央コンパートメントIの容積V1で除して算出することができる。また、ke0’はk1eと同じ値として設定できる。さらに、脳組織の密度は例えば0.95~1
.05g/mLの間で設定できる。
【0021】
本発明の予測方法においては、k1e及びKpを除く各パラメータの具体的な値については、従来の3コンパートメントモデルで用いられる値を当てはめて用いることができる。また、Ccentralは、従来の3コンパートメントモデルと同様の方法で、中央コンパートメントI、迅速平衡化コンパートメントII、及び低速平衡化コンパートメントIIIそれぞれの容積と、各々のコンパートメントに関連する各種パラメータ等を用いて導出することができる。
【0022】
一方、本発明の予測方法においては、Kpの具体的な値については、例えば1.1~1.5、好ましくは1.1~1.4、より好ましくは1.2~1.35、さらに好ましくは1.28~1.32が挙げられる。本発明の予測方法におけるk1eの具体的な値としては、例えば0.008~0.03、好ましくは0.01~0.02、より好ましくは0.012~0.016が挙げられる。「k1e*Kp」の具体的な値としては、例えば0.01~0.04、好ましくは0.012~0.03、より好ましくは0.014~0.025、さらに好ましくは0.016~0.02が挙げられる。
【0023】
薬物
本発明の予測方法が適用される薬物としては、静注により患者に持続的に投与する薬物であれば特に限定されない。本発明の予測方法に用いられる改変マルチコンパートメントモデルが脳コンパートメントを含んで構成されていることから、脳を効果部位とする薬物が用いられる。また、本発明の予測方法が、従来の3コンパートメントモデルをベースにした改変マルチコンパートメントモデルを用いることから、効果部位の組織内濃度が、血漿濃度の上昇に対応して徐々に上昇する傾向のある脂溶性薬物が典型的に用いられる。薬物の具体例としては、中枢神経系作用薬が挙げられ、より具体的には、麻酔薬、抗てんかん薬、睡眠薬、鎮痛薬等が挙げられる。
【0024】
麻酔薬の具体例としては、プロポフォール(ディプリバン)、ミダゾラム(ドルミカム)、レミマゾラム(アネレム)、レミフェンタニル(アルチバ)、フェンタニル等が挙げられ、これら麻酔薬は、1種を単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。これらの麻酔薬の中でも、好ましくはプロポフォールが挙げられる。
【0025】
抗てんかん薬の具体例としては、フェニトイン、ペランパネル、レベチラセタム、ラコサミド等が挙げられる。
【0026】
患者
本発明の予測方法が適用される患者については、脳を有する動物である限りにおいて特に限定されないため、例えば脊椎動物が挙げられ、好ましくは哺乳動物が挙げられ、さらに好ましくは、ヒト、ウマ、ウシ、サル、ブタ、イヌ、ネコ、ウサギ、キツネ、タヌキ、フェネック、フェレット、ハムスター、モルモット、ラット、マウス、リス等が挙げられ、特に好ましくはヒトが挙げられる。
【0027】
2.薬物投与補助装置
本発明の薬物投与補助装置は、静注により患者に持続的に投与する薬物の投与を補助するための補助装置であり、前記薬物の脳内濃度の予測値を計算するための予測部を含み、前記予測部が、中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出するものである。
【0028】
本発明の薬物投与補助装置の一実施形態(薬物投与補助装置1)の構成を表すブロック図を、図2に示す。薬物投与補助装置1は、薬物の脳内濃度の予測値を計算するための予測部として、脳内濃度予測部101を含む。図2に示す脳内濃度予測部101以外は、本発明の薬物投与補助装置の任意構成部であり、本発明の薬物投与補助装置では、これらの任意構成部の1つ又は複数が、適宜、脳内濃度予測部101と組み合わせられてよい。以下、薬物投与補助装置1について詳述する。
【0029】
薬物投与補助装置1は、CPU等から構成され、各部を制御するとともに、各種のプログラムを実行する制御部10と、HDD及びフラッシュメモリ等の記憶媒体から構成され情報を記憶する記憶部11と、操作内容に応じて制御部10に対して操作信号を出力する操作部12と、画像及び/又は文字等により情報を表示する表示部13と、外部装置と通信する通信部14とを備える。
【0030】
制御部10は、薬物投与プログラム110を実行することで、少なくとも脳内濃度予測部101として、図2においてはさらに血漿中濃度予測部100、投与量計算部102、投与器制御部103、及び表示処理部104として機能する。
【0031】
血漿中濃度予測部100は、好ましくは薬物投与補助プログラム110の実行により、血漿中濃度予測用設定値112から薬物の血漿中濃度の予測値を導出し、導出された血漿中濃度予測値を、時刻とともに血漿中濃度予測値データセット114に記録する。
【0032】
脳内濃度予測部101は、薬物投与補助プログラム110の実行により、脳内濃度予測用設定値113及び血漿中濃度予測値データセット114からの血漿中濃度予測値から薬物の脳内濃度の予測値を導出し、導出された脳内濃度予測値を、時刻とともに脳内濃度予測値データセット115に記録する。
【0033】
投与量計算部102は、目標濃度設定値111及び脳内濃度予測値データセット115からの脳内濃度予測値に基づいて、投与量を算出し、時刻とともに投与量データセット116に記録する。なお、投与量は、通常、薬物の流量として算出される。
【0034】
投与器制御部103は、薬物投与補助装置1外部の投与器からの薬物の投与量を、投与量データセット116からの投与量に制御するよう、通信部14に伝える。
【0035】
表示処理部104は、目標濃度設定値111及び/又は脳内濃度予測値データセット115からの脳内濃度予測値、並びに/若しくは投与量データセット116からの投与量を、リアルタイムに又はさらに履歴を含めて、表示部13に表示処理する。表示方法としては、数値、グラフ、色、及びそれらの組み合わせによるもの等が挙げられる。
【0036】
記憶部11は、制御部10を、少なくとも上述した脳内濃度予測部101として、図2においてはさらに投与量計算部102、投与器制御部103、及び表示処理部104として動作させる薬物投与補助プログラム110、目標濃度設定値111、脳内濃度予測用設定値113、脳内濃度予測値データセット115、投与量データセット116等を記憶する。
【0037】
薬物投与補助プログラム110は、上記「1.薬物の脳内濃度の予測方法」に記載の予測方法を少なくとも実行させるためのプログラムである。
【0038】
目標濃度設定値111は、患者の体重、年齢等に応じて医者が設定する薬物の濃度であり、具体的には、薬物の脳内濃度である。
【0039】
血漿中濃度予測用設定値112は、好ましくは薬物投与補助プログラム110の実行において血漿中濃度の予測のために用いられる各種パラメータ等の値であり、具体的には、上記「1.薬物の脳内濃度の予測方法」の「改変マルチコンパートメントモデル」で述べた、k1e、Kp及びke0’以外の各種パラメータ等の値が挙げられる。なお、血漿中濃度
予測用設定値112は、その少なくとも一部が脳内濃度予測用設定値113と共通しうる。
【0040】
脳内濃度予測用設定値113は、薬物投与補助プログラム110の実行において脳内濃度予測のために用いられる各種パラメータ等の値であり、具体的には、上記「1.薬物の脳内濃度の予測方法」の「改変マルチコンパートメントモデル」で述べた、下記式を実行するために用いられる各種パラメータ等の値である。なお、当該値のうち、Ccentralは、血漿中濃度予測値データセット114に記録された血漿中濃度予測値と共通している。
【数3】
【0041】
血漿中濃度予測値データセット114は、血漿中濃度予測部100により導出された予測値が、時刻に紐付けられたものである。
【0042】
脳内濃度予測値データセット115は、脳内濃度予測部101により導出された予測値が、時刻に紐付けられたものである。
【0043】
投与量データセット116は、投与量計算部102により算出された投与量が、時刻に紐付けられたものである。
【0044】
3.薬物投与補助システム
本発明の薬物投与補助システムは、薬物投与補助装置と、薬物を患者に投与する投与器とを含む。投与器は、薬物静注するためのポンプ、好ましくはシリンジポンプを備えることができる。薬物投与補助装置については、上記「2.薬物投与補助装置」で詳述した通りである。投与器は、上記「2.薬物投与補助装置」で述べた投与器制御部103の制御内容を、通信部14を通じて操作される。また、薬物については、上記「1.薬物の脳内濃度の予測方法」で詳述した通りである。また、本発明の薬物投与補助システムには、さらに、人工呼吸器及び生体モニター等の、薬物投与時に用いられ得る各種機器が含まれていてもよい。
【0045】
本発明の薬物投与補助システムの一実施形態の動作を説明するためのフローチャートを図3に示す。
【0046】
本発明の薬物投与補助システムの一実施形態においては、まず、薬物投与補助装置を作動させ、通信部(図2の14)を通じて投与器により薬剤投与が開始(S1)される。薬物投与補助装置の血漿中濃度予測部(図2の100)にて薬物の血漿中濃度Ccentralの予測値が導出され(S2)、さらに、薬物投与補助装置の脳内濃度予測部(図2の101)にて、分配速度定数k1e、分配係数Kp、脳コンパートメントからの消失速度定数ke0’、薬物の血漿中濃度Ccentralの予測値に基づいて薬物の脳内濃度Cbrainの予測値を
導出する(S3)。薬物投与補助装置の投与量計算部(図2の102)にて、目標濃度設定値及び薬物の脳内濃度Cbrainの予測値に基づいて投与量を導出し(S4)、S4による投与量が投与継続を肯定するもの(導出された投与量がゼロ超)である場合は、薬物投与補助装置の投与器制御部(図2の103)にて当該投与量での投与を継続するよう通信部(図2の14)を通じて投与器を制御し、再びS2に戻る。S4による投与量が投与継続を否定するもの(導出された投与量がゼロ)である場合は、薬物投与補助装置の投与器制御部(図2の103)にて投与を停止するよう通信部(図2の14)を通じて投与器を制御し(S6)、薬剤投与を終了する。
【0047】
4.薬物投与補助プログラム
本発明の薬物投与補助プログラムは、上記「1.薬物の脳内濃度の予測方法」をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【0048】
つまり、本発明の薬物投与補助プログラムは、静注により患者に持続的に投与する薬物の投与を補助するための薬物投与補助プログラムであり、
コンピュータを、
中央コンパートメント、迅速平衡化コンパートメント、及び低速平衡化コンパートメントを含む3コンパートメントモデルに、さらに脳コンパートメントが付加されたマルチコンパートメントモデルを用い、前記中央コンパートメントから前記脳コンパートメントへの分配速度定数k1eと、定常状態での前記薬物の血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数Kpとの積に基づいて、脳内濃度の予測値を導出する予測部として機能させるためのプログラムである。
【0049】
本発明の薬物投与補助プログラムは、上記「2.薬物投与補助装置」で述べた薬物投与補助装置を動作させるために用いることができる。図2で示した実施形態では、薬物投与補助装置1の制御部10を構成する各部分の動作を、記憶部11にインストールされた薬物投与補助プログラム110で実現しているが、ASIC等のハードウエアによって実現してもよい。本発明の薬物投与補助プログラムは、CD‐ROM等の記録媒体に記憶された状態で提供されてもよいし、インターネットを介して配信することで提供されてもよいし、クラウド上で動作するプログラムであってもよい。
【実施例0050】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0051】
方法
研究設計および対象患者
2019年5月から2022年6月の間に京都大学医学部附属病院で覚醒下開頭手術を受ける神経膠腫の患者29名及びその他疾患(てんかん、海綿状血管腫、結核腫)の患者28名を募集した。各患者について、プロポフォール投与直前と、覚醒を誘発するためのプロポフォール投与停止後5分、15分、25分、及び75分との最大5時点において、血漿及び脳サンプル(5~30mg)を採取した。脳腫瘍周辺の葉切除部やアンキャッピングマージンなどは、術前の磁気共鳴画像(MRI)で正常な脳信号を示したものを正常脳サンプルとして使用した。
【0052】
各患者の以下のデータを収集した:診断名,性別,年齢,プロポフォール投与量,投与およびサンプリング時刻,体重,身長,肥満度(BMI),アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST),アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT),総ビリルビン,アルブミン値,クレアチニンクリアランス(Ccr)などの臨床検査データ。Ccrは血清クレアチニンを用いてCockcroft-Gault方程式で算出した。また、脳腫瘍とてんかん病変に関するデータも収集した。
【0053】
サンプルの調製
血漿及び脳サンプルは、測定まで-80℃で保存した。脳サンプルは重量を測定し、20倍の生理食塩水を加え、ホモジナイズした。血漿及びホモジナイズ液を試料として使用した。
【0054】
プロポフォールの、0.5、1、3、5、7、10、15、20、25及び30mg/mLに相当する検量線ポイントが得られるよう、プールした血漿に適量の標準溶液を添加し、検量線を作成した。次に、試料50μLと酢酸を含むアセトニトリル(酢酸の最終濃度:0.1v/v%)150μLとをボルテックスした後、遠心分離を行った。遠心分離後に得られた上清を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供した。Prominence HPLCシステム(島津製作所,日本,京都)を用いて定量分析を行った。クロマトグラフィー分離は、40℃に維持したChemco Pak Liquid Chromatography Column (150mm×4.6mmI.D.)(Chemco Plus Scientific Co., Ltd.,日本,大阪)で行った。移動相は、酢酸を含む水(35:0.1、体積比)(移動相A)とアセトニトリル(移動相B)とから構成されていた。流速は1.0mL/分に維持された。検出波長は励起光276nm、蛍光310nm、分析時間は15分、注入量は2μLであった。全データの定量分析には,LC solution ソフトウェア(島津製作所)を使用した。
【0055】
母集団薬物動態(PPK)モデリング
母集団薬物動態(PPK)解析は,非線形混合効果モデリングプログラムNONMEM version 7.5.0(ICON, Ellicott City, MD)を用い、相互作用を伴う一次条件推定法(FOCE)を用いて行った。構造的PKモデルには、3コンパートメントモデル及び効果コンパートメントモデルを使用した。個体間変動には指数誤差モデルを使用した。個体内変動については、比例誤差モデル、加算誤差モデル、混合(比例・加算)誤差モデルを用いて、血清中濃度または脳内濃度の個体内残留変動を比較検討した。
【0056】
また、脳コンパートメントのPKパラメータも推定した。脳コンパートメントにおける薬物の分布を表し微分方程式系は以下の通りである。
【数4】
式中、k1eは中央コンパートメントから脳コンパートメントへの分配速度定数、Kpは定常状態でのプロポフォールの血漿中濃度に対する脳内濃度の比に相当する分配係数、Ccentralは中央コンパートメントのプロポフォールの血漿中濃度、ke0’は脳コンパート
メントからの消失速度定数、Cbrainは脳コンパートメントのプロポフォール脳内濃度を表すものとした。ここで、k1e値は、中央コンパートメントと脳コンパートメントのコンパートメント間クリアランス(Q4)を中央コンパートメントの容積(V1)で除して算出し、ke0’値はk1eと同じ値とし、脳組織の密度は1g/mLと仮定した。
【0057】
身長、体重、BMI、AST、ALT等の連続共変量の影響を評価するために、以下の式で共変量解析を行った。
【数5】
式中、θ1は推定する平均パラメータ、θ2は共変量が寄与する因子である。COVは各患者の値、COVmedianは臨床データの中央値である。
【0058】
性別の影響を評価するために、共変量解析は以下の式を用いて行った。
【数6】
式中、ここで、sexは女性を1、男性を0とし、θ3はsexに寄与する因子である。
【0059】
各共変量のQ4への影響は、変数増加法により、基本モデルと共変量を含むモデルとの目的関数値(OBJ)の差によって評価された。これは、後で変数減少法で確認した。変数増加法では、p値が0.05以下(カイ二乗分布を仮定した1の自由度でΔOBJ>3.84)を、変数減少法では、p値が0.005以下(カイ二乗分布を仮定した1の自由度でΔOBJ>7.88)を、統計的に有意とみなした。個々の予測PKパラメータおよび濃度は、FOCE法における経験的ベイズ推定を用いて求めた。
【0060】
モデルの評価
モデル適合性を評価するために、以下の診断プロット:測定濃度 対 母集団予測値(PRED)又は個別予測値(IPRED)、条件付き重み付け残差(CWRES) 対 PRED、若しくはモデル誤特定に対応する偏りを識別するためのプロポフォール停止後時間を使用した。最終モデルによって予測される中央傾向と観測データの変動性を評価するために、予測補正視覚的予測検査(pcVPC)を行った。元のデータセットを用いて、NONMEMのランダムリサンプリングにより1000回繰り返したデータセットを作成した。シミュレーション濃度の中央値と90%予測区間(PI)は、観測濃度に対してプロットされた。最終的なモデルパラメータ推定値の精度は、漸近的標準誤差とノンパラメトリックブートストラップを用いて評価された。ブートストラップは、オリジナルデータセットの29人の被験者からランダムにサンプリング(置換あり)した500個の複製を使用して実施された。モデルパラメータは、NONMEMを用いて各ブートストラップ複製について推定された。
【0061】
さらに、構築したモデルの妥当性を、モデル構築に使用しなかった検証データを用いて評価した。端的には、検証コホートの各患者について、プロポフォールの血漿中濃度及び脳内濃度をシミュレートし、観測された濃度と比較した.さらに、各患者の最初のサンプリング血漿又は脳内濃度を用いて平均予測誤差(MPE)及び二乗平均平方根誤差(RMSE)を算出し、以下のように予測の偏りおよび精度を推定した。
【数7】
式中、OBSiは、i番目の患者に対するプロポフォールの観測濃度、PREDiは観測データに対応するPRED値である。Nは患者の数である。
【0062】
結果
患者の特徴
29名の患者からの106の血漿濃度サンプル及び80の脳内濃度サンプルが、モデル構築解析に用いられた。患者の特徴を表1にまとめた。表中、各値は、数値又は中央値(範囲)を表す。P値は、連続値については Mann-Whitney 検定、カテゴリー値については Fisher’s exact 検定を用いてそれぞれ求めた。神経膠
腫以外の患者(その他)は、てんかん、海綿状血管腫、結核腫と診断された。 BMI,body mass index;AST,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ;ALT,アラニンアミノトランスフェラーゼ;ALB,アルブミン;T-Bil,総ビリルビン;Ccr,クレアチニンクリアランス。
【0063】
28人の患者の51の血漿濃度サンプルと32の脳内濃度サンプルがモデルの検証に使用された。診断名は、53例が神経膠腫、4例がその他であった。モデル構築データでは、19例(65.5%)、10例(34.5%)が、それぞれ成人(13歳~59歳)、高齢者(60歳以上)であった。患者の特徴にグループ間の有意差はなかった。
【0064】
【表1】
【0065】
プロポフォールの血漿中濃度及び脳内濃度の実測値及び予測値
プロポフォール投与中止後の57名の血漿中濃度および脳内濃度の測定値を図4に示す。血漿中濃度及び脳内濃度は、時間の経過とともに徐々に低下した。また、血漿中濃度に対する脳内濃度の比であるKp値は増加する傾向にあった。
【0066】
57名の患者におけるプロポフォールの実測濃度と予測濃度との関係を図5に示す。脳内濃度測定値は血漿中濃度測定値よりも高い値を示した。血漿中濃度の実測値とMarshモデル及びSchniderモデルに基づく予測値との間には良好な相関があった。しかし、脳内濃度については予測濃度と実測濃度との相関は低く、実測値が予測値より高かった。
【0067】
母集団薬物動態(PPK)のモデリング
構築したモデル構造を図1に示す。図5に示すように、プロポフォールの血漿中濃度はMarshモデルで正確に予測されたため、k10、k12、k13、k21、k31、V1の平均値はMarshモデルで使用されている平均パラメータ値で固定し(Fixed)、脳コンパートメントに関わるパラメータと個体内及び個体間変動とが推定された。残差変動については、血漿中濃度では比例誤差モデル、脳内濃度では付加誤差モデルがより良いモデル適合を示した。脳内プロポフォールの予測濃度については、Kp値に対するk1e値の比を含めることにより、モデル適合性が向上した。
【0068】
プロポフォールPPKパラメータの最終推定値と95%CIを表2に示す(RSE:relative standard error(相対標準誤差),Shrinkage:モデルの正確性と個人の情報量に関する指標)。検討したすべての共変量のうち、共変量を追加することによるモデルの予測性の向上は見いだせなかった。なお、Marshモデルにおけるk1eは0.260、Schniderモデルにおけるk1eは0.456である。
【0069】
【表2】
【0070】
モデルの評価
本発明のモデルの適合度プロットを図6に示す。モデルの予測濃度とPRED及びIPREDの実測濃度のプロットは同一線上に位置しており、両者間に良好な一致があることが明らかになった。さらに、CWRESはPREDとプロポフォール中止後の時間に対してゼロ付近で均等に分布していた。このことは、本発明のモデルが適切に偏り無く、変動を適切に表現していることを示している。
【0071】
検証集団における実測濃度と本発明のモデルによる予測濃度の比較を図7に示す。図7は、回帰線が予測値=実測値の直線に近似していることを示している。検証データにおけるプロポフォールの血漿中濃度及び脳内濃度のMPE値を、本発明のモデルを用いた場合及びMarshモデルを用いた場合で対比した結果を表3に示す。表3に示される通り、本発明のモデルの方が予測性に優れていることが示された。
【0072】
【表3】
【0073】
pcVPCプロット(図8)は、プロポフォールの血漿中濃度および脳内濃度がモデルでシミュレーションした濃度とよく一致することを示していた。また,ブートストラップ複製値と最終的なパラメータ推定値の中央値は近似しており、最終的なパラメータが適切に推定されていることが示された(表1)。これらブートストラップ統計及びpcVPCプロットは、本発明のモデルの正確な性能を裏付けている。
【0074】
さらに、1人の患者のデータを用いて、Marshモデル、Schniderモデル、及び本発明のモデルによるプロポフォールの予測濃度を図9に示した。図9に示す通り、Marshモデル、Schniderモデルでは血漿中濃度と脳内濃度とがどの時間帯でもほとんど同じ値となるが、本発明のモデルによれば、血漿中濃度の変化に遅れて脳内濃度が変化する(中央コンパートメントから脳コンパートメントへの薬物移行が逐次的である)という実際の薬物動態をより正確に反映していることが確認できた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10