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特開2024-59507機能軸推定装置,その方法,手術具姿勢調整装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059507
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】機能軸推定装置,その方法,手術具姿勢調整装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 17/15 20060101AFI20240423BHJP
【FI】
A61B17/15
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167217
(22)【出願日】2022-10-18
(71)【出願人】
【識別番号】591267855
【氏名又は名称】埼玉県
(71)【出願人】
【識別番号】510183475
【氏名又は名称】アルスロデザイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090413
【弁理士】
【氏名又は名称】梶原 康稔
(72)【発明者】
【氏名】半田 隆志
(72)【発明者】
【氏名】鬼頭 縁
【テーマコード(参考)】
4C160
【Fターム(参考)】
4C160LL01
4C160LL12
4C160LL27
4C160LL70
(57)【要約】
【課題】 簡略化された装置構成でありながら、術中で簡便に機能軸を推定することができる非侵襲の機能軸推定方法及びその装置を提供する。
【解決手段】 骨切ガイド器具100に三軸慣性センサ200を取り付けるとともに、患者の膝を動かしてセンサ座標系(Xs,Ys,Zs)の各軸周りの角度を検知し、その結果から機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)との差を演算することとしたので、簡便な構成でありながら、患者の機能軸の方向を良好に推定することができる。これにより、骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の方向が機能軸に対して良好に所望の方向となり、人工膝関節の埋入手術における大腿骨遠位端の切除を、機能軸に対して所望の角度で行うことができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の大腿骨における機能軸の方向を推定するための機能軸推定装置であって、
大腿骨遠位端に取り付けられる慣性センサ,
この慣性センサを取り付けた患者の膝を動かしたときの前記慣性センサの出力から、前記機能軸の方向を推定する演算手段,
を備えたことを特徴とする機能軸推定装置。
【請求項2】
前記大腿骨骨頭中心において、軸Xmの方向が機能軸を表す機能軸座標系の各軸をXm,Ym,Zmとし、
前記慣性センサのセンサ座標系の各軸をXs,Ys,Zsとしたとき、
前記慣性センサを、内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面となるように位置決めすることで、前記軸Ym,Ysが同一平面上となるようにしたことを特徴とする請求項1記載の機能軸推定装置。
【請求項3】
前記演算手段は、前記慣性センサから出力される軸Xs周りのロール角と、軸Ys周りのピッチ角の角度差から、前記軸Xm・Xsの角度差を演算することを特徴とする請求項2記載の機能軸推定装置。
【請求項4】
患者の膝を動かしたときに、前記慣性センサが鉛直方向に正確に移動したかどうかを判断するセンサ位置判断手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の機能軸推定装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の機能軸推定装置を備えており、
該機能軸推定装置によって推定された機能軸の方向に対して所望の角度となるように、手術具の姿勢を調整する調整手段を備えたことを特徴とする手術具姿勢調整装置。
【請求項6】
前記手術具が、人工膝関節の埋入手術において大腿骨遠位端を切断する骨切ブロックであることを特徴とする請求項5記載の手術具姿勢調整装置。
【請求項7】
前記大腿骨の皮質骨表面及び顆間窩にそれぞれ当接して位置決めする位置決め手段を備えており、
前記調整手段は、前記慣性センサ及び骨切ブロックを、前記位置決め手段に対して変位可能に保持したことを特徴とする請求項6記載の手術具姿勢調整装置。
【請求項8】
患者の大腿骨における機能軸の方向を推定する機能軸推定方法であって、
大腿骨遠位端に慣性センサを取り付けるとともに、この慣性センサを取り付けた患者の膝を動かしたときの前記慣性センサの出力から、前記機能軸の方向を推定することを特徴とする機能軸推定方法。
【請求項9】
前記大腿骨骨頭中心に、軸Xmの方向が機能軸を表す機能軸座標系の各軸をXm,Ym,Zmとし、前記慣性センサのセンサ座標系の各軸をXs,Ys,Zsとしたとき、
前記慣性センサを、内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面となるように位置決めすることで、前記軸Ym,Ysが同一平面上となるようにしたことを特徴とする請求項8記載の機能軸推定方法。
【請求項10】
前記慣性センサから出力される軸Xs周りのロール角と、軸Ys周りのピッチ角の角度差から、前記軸Xm・Xsの角度差を演算することを特徴とする請求項9記載の機能軸推定方法。
【請求項11】
前記慣性センサにセンサ位置判断手段を設け、これによって、患者の膝を動かしたときの慣性センサの鉛直方向の位置が正確かどうかを判断することを特徴とする請求項8記載の機能軸推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工膝関節の埋入手術などにおいて患者の大腿骨における機能軸の方向を推定するための機能軸推定装置,その方法,手術具姿勢調整装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人工膝関節置換術は、変形性膝関節症や関節リウマチなどにより変形した膝関節の損傷面を切断して、人工膝関節を埋入する手術で、高齢化社会の進展に伴って手術件数も増加傾向にある。人工膝関節置換術を行う際には、患者の膝患部に対する人工膝関節の埋入位置や埋入角度が、術前の手術計画(術前計画)において決定されるが、この決定に当たっては、例えば患者の股関節にある大腿骨頭中心と膝関節の中心を結ぶ機能軸が基準となる。これは、機能軸上に患者の荷重がかかることで、荷重が均等に分散されるためである。従って、人工膝関節置換術では、術式にもよるが、一般には機能軸に対して垂直な面で骨を切り、そこに人工関節を埋入することになる。術前計画通りに人工膝関節を患者の膝に埋入すると、人工膝関節が機能軸に垂直となり、荷重が均等に分散されるようになって、人工膝関節の破損や緩み、及びその周辺の骨の摩耗が生じにくくなり、痛みの再発も防止されるようになる。
【0003】
しかしながら、人工膝関節置換術の実際の手術中において、患者の体表面上で機能軸を推定することは難しく、術前計画により決定した機能軸に対する人工膝関節の埋入角度と、術後の埋入角度に差が生じることがある。そこで、術中に機能軸を推定するためのナビゲーションシステムが開発されているが、侵襲性,高価かつ大型,操作が煩雑等の課題があり、広く普及するには至っていない。
【0004】
これに対し、本出願人は、下記特許文献1の「関節置換術用手術具」を提案している。これは、患者の骨盤に皮膚上から設置する骨盤アタッチメントを使用し、この骨盤アタッチメントによって機能軸を示すようにしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-192873号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した特許文献1の手術具も非常に優れているが、機能軸をワイヤーによって示すようになっており、より安価かつ小型で、簡便に機能軸を推定する手法があれば好都合である。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたもので、より簡略化された装置構成でありながら、術中で簡便に機能軸を推定することができる機能軸推定装置,その方法,手術具姿勢調整装置を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の機能軸推定装置は、患者の大腿骨における機能軸の方向を推定するための機能軸推定装置であって、大腿骨遠位端に取り付けられる慣性センサ,この慣性センサを取り付けた患者の膝を動かしたときの前記慣性センサの出力から、前記機能軸の方向を推定する演算手段,を備えたことを特徴とする。主要な形態の一つは、前記大腿骨骨頭中心に、軸Xmの方向が機能軸を表す機能軸座標系の各軸をXm,Ym,Zmとし、前記慣性センサのセンサ座標系の各軸をXs,Ys,Zsとしたとき、前記慣性センサを、内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面となるように位置決めすることで、前記軸Ym,Ysが同一平面上となるようにしたことを特徴とする。他の形態によれば、前記演算手段は、前記慣性センサから出力される軸Xs周りのロール角と、軸Ys周りのピッチ角の角度差から、前記軸Xm・Xsの角度差を演算することを特徴とする。主要な形態の一つによれば、患者の膝を動かしたときに、前記慣性センサが鉛直方向に正確に移動したかどうかを判断するセンサ位置判断手段を備えたことを特徴とする。
【0009】
本発明の手術具姿勢調整装置は、前記いずれかの機能軸推定装置を備えており、該機能軸推定装置によって推定された機能軸の方向に対して所望の角度となるように、手術具の姿勢を調整する調整手段を備えたことを特徴とする。主要な形態の一つによれば、前記手術具が、人工膝関節の埋入手術において大腿骨遠位端を切断する骨切ブロックであることを特徴とする。あるいは、前記大腿骨の皮質骨表面及び顆間窩にそれぞれ当接して位置決めする位置決め手段を備えており、前記調整手段は、前記慣性センサ及び骨切ブロックを、前記位置決め手段に対して変位可能に保持したことを特徴とする。
【0010】
本発明の機能軸推定方法は、患者の大腿骨における機能軸の方向を推定する機能軸推定方法であって、大腿骨遠位端に慣性センサを取り付けるとともに、この慣性センサを取り付けた患者の膝を動かしたときの前記慣性センサの出力から、前記機能軸の方向を推定することを特徴とする。主要な形態の一つによれば、前記大腿骨骨頭中心に、軸Xmの方向が機能軸を表す機能軸座標系の各軸をXm,Ym,Zmとし、前記慣性センサのセンサ座標系の各軸をXs,Ys,Zsとしたとき、前記慣性センサを、内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面となるように位置決めすることで、前記軸Ym,Ysが同一平面上となるようにしたことを特徴とする。更には、前記慣性センサから出力される軸Xs周りのロール角と、軸Ys周りのピッチ角の角度差から、前記軸Xm・Xsの角度差を演算することを特徴とする。主要な形態の一つによれば、前記慣性センサにセンサ位置判断手段を設け、これによって、患者の膝を動かしたときの慣性センサの鉛直方向の位置が正確かどうかを判断することを特徴とする。本発明の前記及び他の目的,特徴,利点は、以下の詳細な説明及び添付図面から明瞭になろう。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、大腿骨遠位端に慣性センサを取り付けるとともに、この慣性センサを取り付けた患者の膝を動かしたときの前記慣性センサの出力から、前記機能軸の方向を推定することとしたので、簡便な構成でありながら、患者の機能軸の方向を良好に推定することができ、更には、機能軸に対して所望の角度となるように骨切ブロックの姿勢を調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施例1の骨切ガイド器具を示す図である。
図2】機能軸座標系の軸Xmとセンサ座標系の軸Xsとが一致している状態を示す図である。
図3】機能軸座標系の軸Xmとセンサ座標系の軸Xsとが一致していない状態を示す図である。
図4】前記実施例1における骨切ブロックの調整量の演算手法を示す図である。
図5】本発明の実施例2の主要部を示す図である。
図6】前記実施例2における基本的な作用を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態を、実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例0014】
図1には、本発明を適用した骨切ガイド器具の一実施例が示されている。同図において、骨切ガイド器具100は、骨切ブロック110を大腿骨TBの遠位端DFに固定する際の位置決めを行うためのもので、三軸慣性センサ200を備えている。三軸慣性センサ200は、センサ座標系の各軸Xs,Ys,Zs周りの回転角度であるロール(Roll)角,ピッチ(Pitch)角,ヨー(Yaw)角をそれぞれ検出する機能を備えており、テーブル120上に設置されている。三軸慣性センサ200としては、各種の公知のものを使用してよいが、例えば、多摩川精機株式会社製「TAG250」を使用する。三軸慣性センサ200から出力される検知信号は、演算部210に入力されており、演算結果が表示部212に表示されるようになっている。
【0015】
術者は、図1に示すように、三軸慣性センサ200を固定した骨切ガイド器具100を、患者の膝の大腿骨TBの皮質骨表面PSに、骨切ガイド器具100の支柱162の基部166を当接させるとともに、大腿骨TBの顆間窩IFにL字テーブル170を当接させ、バー188で顆間窩に固定して用いる。骨切ガイド器具100の本体であるL字テーブル170の主柱112の内部には、ヨー回りに回転する円筒形の軸があり、この回転軸に、曲折した腕130とシリンダ180およびピッチ角目盛174が接合されている。すなわち、L字状に曲折した腕130,主柱112内の回転軸,シリンダ180,ピッチ角目盛174は、全体としてクランク形状となるように、一体に構成されている。シリンダ180およびピッチ角目盛174は、同一面上に接合されている。この主柱112内部の回転軸の構造によって、シリンダ180を通じてバー188により骨切ガイド器具100を大腿骨に固定した後にも、主柱112と一体のL字テーブル170をヨー回りに回転し、ヨー角度の位置補正が可能になっている。
【0016】
L字テーブル170には、平面にヨー角目盛172が設けられており、これと直交する方向に、ピッチ角目盛174が設けられている。L字テーブル170上には、大腿骨TBの顆間窩IFに当接して位置決めされるシリンダ180が位置しており、針182がヨー角目盛172方向に延びている。シリンダ180には、L字テーブル170を挟んでつまみ184が設けられている。このつまみ184を緩めることで、シリンダ180の針182がヨー角目盛172上を移動し、これによってヨー角が分かるようになっている。シリンダ180は、その中心のピン186を引き抜くことで、バー188がピッチメモリ174内部の長孔にガイドされて、本体L字テーブル170のピッチ角方向への角度補正が可能になっている。
【0017】
腕130の水平部分には、スライダ140が設けられており、つまみ142を緩めることでスライド可能となっている。また、腕130には、スライド位置を示す目盛136が設けられている。スライダ140には、前記腕130の延設方向と直交する方向に、弧状のスライド枠150が設けられており、これにはロール角目盛152が付されている。スライド枠150には、つまみ160が挿通しており、このつまみ160は支柱162に螺合している。支柱162は、つまみ164を回すことで伸縮可能となっており、支柱162の基部166は、大腿骨TBの皮質骨表面PSに当接して位置決めされている。つまみ160の軸中心は、ロール角回転軸であるXs方向となっており、ロール角の変化が、スライド枠150のロール角目盛152によってわかるようになっている。そして、主柱112の側面に設けられたレールに沿ってスライダ114が上下方向にスライド可能に設けられている。スライダ114には、上述した骨切ブロック110が着脱自在に取り付けられている。
【0018】
以上の骨切ガイド器具100の構造によれば、
a,つまみ164を緩めて支柱162を伸縮させると、主柱112がピッチ方向に回転し、ピッチ角の変化がピッチ角目盛174で分かる。
b,つまみ160を緩めてスライド枠150をスライドさせると、主柱112がロール方向に回転し、ロール角の変化がロール角目盛152で分かる。
c,つまみ184を緩めてシリンダ180を移動させると、主柱112がヨー方向に回転し、ヨー角の変化がヨー角目盛172で分かる。
d,骨切ブロック110と三軸慣性センサ200は、主柱112に取り付けられている。従って、前記a~cにより、主柱112がロール,ピッチ,ヨーの各方向に回転すると、同様に、骨切ブロック110と三軸慣性センサ200も回転することになる。なお、本実施例では、後述するように、機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)の軸Ymと、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)の軸Ysが常に同一平面上にあるという前提であるため、つまみ160を緩めて、主柱112を動かすことはない。
【0019】
三軸慣性センサ200の端面202は、骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の形成方向と一致しており、センサ座標系の軸Xsと直交する面(軸Ys方向の面)と一致している。従って、センサ座標系の軸Xsが後述する機能軸座標系の軸Xmと一致したときは、三軸慣性センサ200の端面202及び骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の形成方向が、軸Xmに垂直となり、機能軸と垂直に骨を切断できるようになっている。以上のように、主柱112は、大腿骨TBの皮質骨表面PS及び顆間窩IFにそれぞれ当接して変位可能に位置決めされており、この主柱112に骨切ブロック110及び三軸慣性センサ200を取り付けることで、骨切ブロック110及び三軸慣性センサ200を大腿骨遠位端に対して姿勢調整可能に保持している。
【0020】
次に、本実施例では、図2図3に示すように、上述したセンサ座標系(Xs,Ys,Zs)に対して、機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)を定義する。
Xm:機能軸と一致する軸,
Ym:手術を行う術者(医師)が触知できる点である、大腿骨TBの遠位端の内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面にあり、かつ前記Xmと直交する軸,
Zm:前記Xm,Ymと直交する軸,
【0021】
このように、センサ座標系(Xs,Ys,Zs),機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)を定義したとき、「機能軸を推定する」ということは、機能軸座標系の軸Xmに、センサ座標系の軸Xsを一致させることであると考えることができる。
【0022】
次に、本実施例における機能軸に対する骨切ガイド器具100の調整方法について説明する。術者は、図1に示すように、三軸慣性センサ200を固定した骨切ガイド器具100を、患者の膝に装着する。具体的には、患者の膝の大腿骨TBの皮質骨表面PSに、骨切ガイド器具100の支柱162の基部166を当接させるとともに、大腿骨TBの顆間窩IFにL字テーブル170を当接させる。このとき、術者は、顆間窩IFの内側顆と外側顆に触知し、内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面となるように、L字テーブル170を当接させる。このようにすることで、主柱112が患者の膝に位置決めして取り付けられ、骨切ブロック110と三軸慣性センサ200も位置決めされる。内側顆と外側顆を結ぶ直線と同一平面となるように位置決めすることで、機能軸座標系の軸Ymが、センサ座標系の軸Ysとが、常に同一平面上となる。
【0023】
この状態で、術者がセンサ座標系の軸Xsが機能軸座標系の軸Xmの方向と一致させることは、目視では困難であり、両者の方向には多少のズレが生ずる。また、このセンサ設置時点で、キャリブレーションを行うことで、三軸慣性センサ200は、自身をいずれの方向にも傾いていない状態、すなわちロール角,ピッチ角,ヨー角のいずれもがゼロであると認識する。
【0024】
次に、術者は、患者の膝を持ち上げて回転させる。人の膝は、大腿骨骨頭FHの中心を支点として動く。従って、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)と機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)との一致・不一致にかかわらず、膝に固定された三軸慣性センサ200は、大腿骨骨頭FHの中心を支点として変位することになる。
【0025】
ここで、図2(A)に示すように、
a,機能軸座標系の軸Xmとセンサ座標系の軸Xsとが一致し、
b,機能軸座標系の軸Ymとセンサ座標系の軸Ysとが同一平面上にある,
場合において、術者が膝を動かしたとする。前記条件aの軸Xmと軸Xsが一致していることから、軸Xs周りのロール角は変化しない。また、前記条件bの軸Ymと軸Ysが同一平面上にあることから、軸Ys周りのピッチ角も変化しない。一方、患者の膝は、機能軸を中心として回転するので、軸Zmの回転と同様に、軸Zs周りのヨー角が生ずる。
【0026】
すなわち、座標軸Zmの周りに膝を回転させたとすると、同図(B)に示すように、ロール角,ピッチ角,及びヨー角の変化が観測される。同図(B)の横軸は、膝を動かした角度である。同図によれば、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)のうち、
a,軸Xs周りのロール角,軸Ys周りのピッチ角は、まったく変化しない。
b,軸Zs周りのヨー角は、機能軸座標系の軸Zm周りの回転角度と同一の変化となる。
【0027】
これに対し、図3(A)に示すように、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)と機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)とが一致していない場合において、座標軸Zmの周りに膝を回転させたとすると、例えば同図(B)に一例を示すように、ロール角,ピッチ角,ヨー角の変化が観測される。なお、この場合でも、機能軸座標系の軸Ymとセンサ座標系の軸Ysとは同一平面上にある。
【0028】
図2(B)及び図3(B)のグラフを比較すると、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)と機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)との一致,不一致によって角度変化に差が生じている。してみると、その差からセンサ座標系の軸Xsと機能軸座標系の軸Xmとの角度差を知ることができる。この演算は演算部210で行われ、結果が表示部212に表示される。
【0029】
演算の手法を具体的に示すと、まず、膝を回転させたときの三軸慣性センサ200におけるロール角,ピッチ角,ヨー角の変化を観測する。膝は、大腿骨骨頭FHの中心を支点として動くので、
a,膝を横に動かした場合、機能軸座標系の軸Zm周りに回転する。
b,膝を縦方向に動かした場合、機能軸座標系の軸Ym周りに回転する。
ここで、例えば、膝を横に動かしたときの角度を分度器などで実測するとともに、そのときの三軸慣性センサ200の出力を得てグラフ化すると、図4(A)に示すようになる(前記図3(B)に対応)。このグラフを、上述した図2(B)のグラフと比較すると、図4(A)ではロール角とピッチ角の間に角度差RPがあるのに対し、図2(B)では角度差RPは生じていない。
【0030】
一方、前記膝を横に動かしたときの三軸慣性センサ200の出力から、軸Ys周りの軸Xm・Xsの角度差と、同図(A)の横軸のZm角=60度における角度差RPとの関係を計測すると、図4(B)に示すような結果が得られる。このグラフを参照すると、
a,軸Xmと軸Xsとが一致しているときは、角度差RPは「0」である。上述した図2の場合が該当する。
b,ロール角とピッチ角の間の角度差RPは、軸Ys周りの軸Xm・Xs間の角度差に比例している。
【0031】
軸Zs周りの軸Xm・Xsの角度差についても同様である。してみると、図4(A)の三軸慣性センサ200の出力から角度差RPを求め、これを図4(B)のグラフの縦軸に当てはめると、横軸から軸Xm・Xsの角度差を知ることができる。例えば、図4(A)の横軸のZm角=60度におけるRP角度差は15度であり、図4(B)において縦軸のRP角度差15度は、横軸の軸Xm・Xsの角度差10度が該当するという具合である。軸Zs周りの軸Xm・Xsの角度差についても同様である。このような演算が演算部210で行われ、演算結果である軸Xm・Xsの角度差が表示部212に表示される。
【0032】
術者は、この表示を見ながら、骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の方向が機能軸Xmと垂直の方向となるように、つまみ164,184を緩めて、主柱112に取り付けた骨切ブロック110及び三軸慣性センサ200の姿勢を調整する。なお、上述したように、本実施例では、機能軸座標系の軸Ymとセンサ座標系の軸Ysとが同一平面上にあることから、つまみ160を動かさない。
【0033】
以上の点を、術者の立場から説明すると、まず、術者は、膝を持ち上げ、横方向に動かす。そして、この場合の三軸慣性センサ200の出力から、演算部210は、軸Ys周りにおける軸Xm・Xsの角度差を演算し(前記図4(B)参照)、その結果が表示部212に表示される。術者は、表示された角度差の数値に基づいて、つまみ164によりYs周り(ピッチ方向)の三軸慣性センサ200の姿勢調整,すなわち骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の方向の調整を行う。
【0034】
次に、術者は、患者の膝を持ち上げ、今度は縦方向に動かす。そして、この場合の三軸慣性センサ200の出力から、演算部210は、軸Zs周りにおける軸Xm・Xsの角度差を演算し、その結果が表示部212に表示される。術者は、表示された角度差の数値に基づいて、つまみ184により軸Zs周り(ヨー方向)の三軸慣性センサ200の姿勢調整,すなわち骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の方向の調整を行う。
【0035】
なお、上述したように、術者は、内側顆と外側顆は触知可能である。このため、術者は、術中において、内側顆と外側顆を結んだ線である機能軸座標系の軸Ymと、センサ座標系の軸Ysを同一面とさせることが可能である。これにより、本実施例では、軸Xs周りの調整は行われない。
【0036】
以上のような姿勢調整後、術者は、骨切ブロック110を大腿骨遠位端にピンにより固定する。そして、図1に示した骨切ガイド器具100を取り外し、骨切ブロック110の鋸挿入スリット116に鋸を挿入し、大腿骨遠位端を切除する。
【0037】
以上のように、本実施例によれば、骨切ガイド器具100に三軸慣性センサ200を取り付けるとともに、患者の膝を動かしてセンサ座標系(Xs,Ys,Zs)の各軸周りの角度変化を検知し、その結果から機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)との差を演算することとしたので、簡便な構成でありながら、患者の機能軸の方向を良好に推定することができる。これにより、骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の方向が機能軸に対して良好に垂直の方向となるように調整でき、人工膝関節の埋入手術における大腿骨遠位端の切除を機能軸に対して垂直に行うことができる。
【実施例0038】
次に、図5及び図6を参照しながら、本発明の実施例2について説明する。なお、上述した実施例1に相当する構成要素には、同一の符号を用いることとする。上述したように、本発明では慣性センサを使用している。慣性センサは、通常磁気センサを内蔵しており、磁気センサは、近くに磁性体があると,誤差が大きくなる。本発明の骨切ガイド器具を使用する場合でも、手術機器に磁性体が使用されており、その影響が慣性センサにも及ぶようになる。そこで、本発明の主要な形態では、磁気センサが内蔵されていない慣性センサを使用する。これにより、磁性体からの慣性センサへの影響を避けることができるが、一方で、水平面上の絶対的な方向を定めることができなくなるため、そのままでは、慣性センサが鉛直方向に持ち上げられたかどうかを判断することができない。このため、本実施例では、鉛直方向(センサ座標系のZs方向に対応)に三軸慣性センサ200を移動させたときに、正確に慣性センサが鉛直方向に持ち上げられたかどうかを判断するための手段を設けている。なお、三軸慣性センサ200には、三軸加速度センサが内蔵されており、重力加速度を検知することができる。このため、水平方向への三軸慣性センサ200の移動は正確に行われる。
【0039】
図5(A)には、本実施例の骨切ガイド器具500の主要部が示されており、前記実施例と同様に、三軸慣性センサ200を備えている。三軸慣性センサ200は、前記実施例とは異なる構成のテーブル520上に設置されている。他の骨切ブロック110などの構成は、上述した実施例1と同様である。
【0040】
詳述すると、テーブル520は、上述した主柱112に取り付けられる固定部530を備えており、この固定部530から後方(図の右側)に腕540,542が延設されている。これら腕540,542の先端側にはヒンジ550が設けられており、このヒンジ550に、回動テーブル560が回動可能に設けられている。前記ヒンジ550は、前記腕540,542の先端に設けられた回動軸552と、前記回動テーブル560の裏側に設けられた一対の軸受け554によって構成されており、回動軸552が軸受け554を貫通している。これにより、回動テーブル560は、回動軸552を中心として回動可能となっている。回動テーブル560には、上述した三軸慣性センサ200が取り付けられており、従って、三軸慣性センサ200も回動可能となる。
【0041】
ここで、理解を容易にするため、前記ヒンジ550の回動軸552の軸方向,すなわち回動テーブル560の回動中心は、上述したセンサ座標系Ysの方向と一致しているものとする。その場合、回動テーブル560を回動軸552を中心に回動すると、センサ座標系Zs方向における三軸慣性センサ200の向きが変動することになる。
【0042】
同図(B),(C)には、回動時の様子が示されている。同図(B)は、ヒンジ550による回動が行われていない状態を示しており、三軸慣性センサ200は、テーブル520上に位置している。この水平方向を向いたセンサ位置を、計測開始時の位置とする。この状態は、上述した実施例1と同じである。同図(C)は、三軸慣性センサ200がヒンジ550の回動軸552を中心に、角度Δθ回動した状態を示している。
【0043】
次に、図6も参照しながら、本実施例の作用を説明する。同図は、位置PAにある三軸慣性センサ200を、位置PBまで移動させる様子を示している。位置PAの三軸慣性センサ200は、ちょうど水平方向(センサ座標系Ysの方向)を向いているものとする。上述したように、術者は、患者の膝を持ち上げて回転させる。人の膝は、大腿骨骨頭FHの中心を支点として動くので、三軸慣性センサ200は、大腿骨骨頭FHの中心を支点として変位する。この場合において、鉛直方向(センサ座標系Zsの方向)に着目すると、三軸慣性センサ200は、位置PAから矢印F6Aの方向に回動し、位置PBとなる。ここで、上記の通り、術者は、患者の膝を鉛直方向(機能軸座標系Ym周り)に持ち上げる必要があるが、本実施例で使用する三軸慣性センサ200は水平面上の絶対的な方向を定めることができないため、本当に鉛直方向に持ち上げられたかどうかを判断することができない。すなわち、膝は、機能軸座標系Ym周りにのみ回転させる必要があるのだが、機能軸座標系Zm周りにも回転されてしまっている可能性を否定できない。なお、機能軸座標系Xm周りについては、三軸慣性センサ200内の三軸加速度センサの出力値を確認することにより、機能軸座標系Xm周りの回転の有無を判断することができるので、問題とはならない。
【0044】
そこで、同図に示すように、位置PBにおいて、三軸慣性センサ200の姿勢を修正し、回動テーブル560の三軸慣性センサ200を、回動軸552を中心に回動して、水平方向を向くように調整する。そして、調整後の位置PCにおける三軸慣性センサ200の出力値と、位置PAにおける三軸慣性センサ200の出力値を比較し、これが同一であった場合は、正しく鉛直方向に持ち上げられたと判断することができる。一方、同一ではなかった場合は、機能軸座標系Zm周りにも回転されてしまっていることを意味するため、術者は、三軸慣性センサ200を水平に保ったまま機能軸座標系Zm周りの回転を修正する方向に(三軸慣性センサ200の出力値が、位置PAにおける三軸慣性センサ200の出力値と同一になるように)、三軸慣性センサ200を移動させる。これにより、位置PAの姿勢を保ったまま、鉛直方向に変位した状態となる。矢印F6A方向の回動角度と、矢印F6B方向の回動角度は一致するので、この角度から、鉛直方向に膝を回転させた角度を割り出すことができる。他の動作は、前記実施例と同様である。
【0045】
なお、三軸慣性センサ200が、上記のように、センサ座標系Zs軸周りに回転していない場合は、矢印F6Aと矢印F6Bの回転角度は一致する。しかし、三軸慣性センサ200が、センサ座標系Zs軸周りに回転している場合、矢印F6Aと矢印F6Bの回転角度は一致しない。
【0046】
以上のように、本実施例によれば、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)と機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)との差を演算するにあたって、三軸慣性センサ200が鉛直方向に正確に移動したかどうかを判断ないし評価することができるので、より正確に患者の機能軸の方向を推定することができる。その結果、三軸慣性センサ200が、正確に鉛直方向に移動したと判断されたときは、上述した実施例1の方法によって患者の機能軸の方向が推定される。一方、正確に移動したと判断されなかったときは、図2に矢印F6Pで示すように、膝を左右方向(水平方向)に動かすと同時に、図6に矢印F6Qで示すように上下方向(鉛直方向)に動かすことによって、三軸慣性センサ200が正確に鉛直方向に移動した位置を見つけ出す。
【0047】
<他の実施例> なお、本発明は、上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加えることができる。例えば、以下のものも含まれる。
(1)前記実施例で示した骨切ガイド器具100の構成は一例であり、骨切ブロック110の姿勢を調整できる構造であれば、どのようなものであってもよい。
(2)前記実施例で示した調整方法も一例であり、センサ座標系(Xs,Ys,Zs)と機能軸座標系(Xm,Ym,Zm)とが一致する場合と一致しない場合における三軸慣性センサ200の出力の相違を利用して機能軸に対するずれを調整する手法であれば、いずれであってもよい。例えば、術者が、図3(B)ないし図4(A)に示したグラフを参照しながら、骨切ガイド器具100の姿勢を調整するといった方法でもよい。
(3)前記実施例では、骨切ブロック110の鋸挿入スリット116の方向が機能軸に対して垂直の方向となり、人工膝関節の埋入手術における大腿骨遠位端の切除を機能軸に対して、垂直に行う場合を想定したが、術式によっては機能軸に対して所望の角度だけ変位した方向で大腿骨遠位端の切除を行うことがあるが、このような場合にも、本発明は、適用可能である。
【0048】
(4)前記実施例で示した三軸慣性センサも一例であり、同様の機能を有するものであれば、どのようなものを使用してもよい。例えば、スマートホンに内蔵されている三軸慣性センサを使用することも可能である。
(5)図4に示したセンサ座標系の軸Xsと機能軸座標系の軸Xmとの角度差を求める手法は一例であり、演算の手法は適宜変更してよい。
(6)前記実施例は、本発明の機能軸推定装置を、人工膝関節の埋入手術において大腿骨遠位端を切断する骨切ブロックの姿勢調整に適用したものであるが、骨切ブロック以外の各種の手術具の姿勢調整に適用してよい。
(7)前記実施例2で示した三軸慣性センサ200が鉛直方向に正確に移動したかどうかを判断するセンサ位置判断手段の構成は一例であり、同様の機能を奏するように設計変更可能である。
(8)前記実施例は、本発明を人体の人工膝関節置換術に適用した例であるが、例えば、人型ロボットの四肢角度推定や、多関節アームを有する重機のアーム角度推定にも適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、大腿骨遠位端に慣性センサを取り付けるとともに、この慣性センサを取り付けた患者の膝を動かしたときの前記慣性センサの出力から、前記機能軸の方向を推定することとしたので、簡便な構成でありながら、患者の機能軸の方向を良好に推定することができ、更には、機能軸に対して所望の角度となるように骨切ブロックの姿勢を調整することができるので、人工膝関節の埋入手術に好適である。
【符号の説明】
【0050】
100:骨切ガイド器具
110:骨切ブロック
112:主柱
114:スライダ
116:鋸挿入スリット
120:テーブル
130:腕
136:目盛
142:つまみ
150:スライド枠
152:ロール角目盛
160,164:つまみ
162:支柱
166:基部
170:L字テーブル
172:ヨー角目盛
174:ピッチ角目盛
180:シリンダ
182:針
184:つまみ
186:ピン
188:バー
200:三軸慣性センサ
202:端面
210:演算部
212:表示部
500:骨切ガイド器具
520:テーブル
530:固定部
540,542:腕
550:ヒンジ
552:回動軸
560:回動テーブル
DF:遠位端
FH:大腿骨骨頭
IF:顆間窩
PS:皮質骨表面
RP:角度差
TB:大腿骨
Xm,Ym,Zm:機能軸座標系
Xs,Ys,Zs:センサ座標系
図1
図2
図3
図4
図5
図6