(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059517
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】ウイルス量を調整する方法、ウイルス感染症を治療又は予防する方法、ウイルス量を推定する方法、及び対象のウイルス感染症の予後を予測する方法、並びにこれらの方法のための組成物及びシステム
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20240423BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240423BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20240423BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20240423BHJP
A61P 31/20 20060101ALI20240423BHJP
A61P 31/22 20060101ALI20240423BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20240423BHJP
A61K 31/198 20060101ALI20240423BHJP
【FI】
A61K45/00
G01N33/68
A61P31/12
A61P31/14
A61P31/20
A61P31/22
A61P31/16
A61K31/198
【審査請求】未請求
【請求項の数】28
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167239
(22)【出願日】2022-10-18
(71)【出願人】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(71)【出願人】
【識別番号】320003264
【氏名又は名称】KAGAMI株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】木村 友則
(72)【発明者】
【氏名】木村 志保子
(72)【発明者】
【氏名】保富 康宏
(72)【発明者】
【氏名】浅賀 正充
(72)【発明者】
【氏名】浦野 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】内海 大知
(72)【発明者】
【氏名】三田 真史
【テーマコード(参考)】
2G045
4C084
4C206
【Fターム(参考)】
2G045CA26
2G045CB30
2G045DA35
2G045FB06
4C084AA17
4C084ZB331
4C206FA53
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZB33
(57)【要約】
【課題】対象内のウイルス量を調整する手段を提供する。
【解決手段】対象のD-アミノ酸に関する指標を調整するための成分を対象に投与することを含む方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象内のウイルス量を調整するための方法であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を制御するための成分を前記対象に投与することを含む方法。
【請求項2】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標を制御するための成分が、D-アミノ酸である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、請求項1~3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、請求項1~4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
ウイルス感染により変動した前記対象のD-アミノ酸に関する指標を制御することにより、前記対象のウイルス感染を治療又は予防することを更に含む、請求項1~5の何れか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標のウイルス感染による変動が、血液中のD-アミノ酸量の低下を示す変動である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標の制御が、ウイルス感染により低下した血液中のD-アミノ酸の補充である、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
対象内のウイルス量を推定するための方法であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象内のウイルス量についての判定を行うことを含む方法。
【請求項10】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が低下していること、又は所定閾値以下であることを示した場合に、前記対象内のウイルス量が増加していると判定する、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量の低下が停止し、又は上昇していることを示した場合に、前記対象内のウイルス量の増加が停止し、又は減少していると判定する、請求項9又は10の何れか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記対象内のウイルス量についての判定結果に基づいて、前記対象のウイルス感染症の予後を予測することを更に含む、請求項9~11の何れか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が減少していること、又は所定閾値以下であることを示した場合に、前記対象の予後がウイルス感染症の悪化又は重症化であると判定する、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量の低下が停止し、又は上昇していることを示した場合に、前記対象の予後がウイルス感染症の改善であると判定する、請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が基準範囲内に復帰したことを示した場合に、前記対象内のウイルス量が治癒レベルまで減少したと判定する、請求項12~14の何れか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が基準範囲内に復帰したことを示した場合に、前記対象の予後がウイルス感染症の治癒であると判定する、請求項12~15の何れか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、請求項9~16の何れか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、請求項9~17の何れか一項に記載の方法。
【請求項19】
前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、請求項9~18の何れか一項に記載の方法。
【請求項20】
対象内のウイルス量を調整するための組成物であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を調整するための成分を含む組成物。
【請求項21】
前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、請求項20に記載の組成物。
【請求項22】
前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標を調整するための成分が、D-アミノ酸である、請求項20又は21に記載の組成物。
【請求項23】
前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、請求項20~22の何れか一項に記載の組成物。
【請求項24】
前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、請求項20~23の何れか一項に記載の組成物。
【請求項25】
ウイルス感染により変動する前記対象のD-アミノ酸に関する指標を調整することにより、前記対象のウイルス感染を治療又は予防するための、請求項20~24の何れか一項に記載の組成物。
【請求項26】
前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標のウイルス感染による変動が、血液中のD-アミノ酸量の減少を示す変動である、請求項25に記載の組成物。
【請求項27】
前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標の調整が、ウイルス感染により減少した血液中のD-アミノ酸の補充である、請求項25又は26に記載の組成物。
【請求項28】
請求項9~19の何れか一項に記載の方法を実施するためのシステムであって、
前記システムは、入力部と、分析測定部と、記憶部と、データ処理部と、出力部とを含み、
前記入力部は、対象からの情報を入力し、
前記分析測定部は、前記入力部から入力された対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得し、
前記記憶部は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定値を記憶し、
前記データ処理部は、前記分析測定部で取得された対象の前記指標を、前記記憶部に記憶された前記判定値に基づいて処理することにより、対象内のウイルス量、及び/又は、対象のウイルス感染症の予後についての判定を実施し、
前記出力部は、前記データ処理部による判定の結果を、対象内のウイルス量、及び/又は、対象のウイルス感染症の予後に関する情報として出力する
ように構成される、システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象内のウイルス量を調整するための方法、対象のウイルス感染症を治療又は予防するための方法、対象内のウイルス量を推定する方法、及び対象のウイルス感染症の予後を予測する方法、並びにこれらの方法のための組成物及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス等の病原体(病原性微生物)が様々な感染経路を通して宿主の細胞・組織・臓器に定着・侵入・増殖することを感染という。宿主に侵入した病原体は多くの場合、生体防御機構によって感染できずに宿主から排除されるが、感染が成立し発熱等の何らかの症状や徴候が現れた(発症した)状態を感染症という。コロナウイルスやインフルエンザウイルス等のウイルスによる感染及びそれにより生じる感染症は、パンデミックにより医療・経済に対する脅威を引き起こす恐れがある。宿主におけるウイルスの存在やその量の検出においては、遺伝子検査(PCR法等)、免疫学的検査(抗原検出法等)、抗体・抗原検査等が実用化されている。また、ウイルス感染症の重症化リスクを予測するバイオマーカーとしては、尿中肝型脂肪酸結合タンパク質(L-FABP)(特許文献1)が提案されている。
【0003】
近年、キラルアミノ酸を識別して分析する技術の高性能化により、哺乳類をはじめとする生体において、微量なD-アミノ酸とL-アミノ酸を識別した定量的な研究が進展した。これにより、従来は技術的限界ゆえに総アミノ酸(D-アミノ酸+L-アミノ酸)、又は便宜的にL-アミノ酸として取り扱われてきた、一部のD-アミノ酸の存在や機能が明らかになってきている。哺乳類の腸内においては、ビブリオ属細菌に対しD-アミノ酸酸化酵素(DAO)のD-アミノ酸代謝によって宿主の腸管免疫が調整されることが示されている(非特許文献1)。また、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染し、抗レトロウイルス治療を受けたヒトの血中のD-アスパラギン、D-セリン、D-アラニン、及びD-プロリンの%D値({D-アミノ酸/(D-アミノ酸+L-アミノ酸)}×100)が、対象の年齢及び腎機能マーカー(eGFR)には相関するものの、HIV感染による変動は観察されなかったことが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6933834号公報
【特許文献2】特許第6868878号公報
【特許文献3】特許第6993654号公報
【特許文献4】国際公開第2020/196436号
【特許文献5】国際公開第2013/140785号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sasabe J, Miyoshi Y, Rakoff-Nahoum S, Zhang T, Mita M, Davis BM, Hamase K, Waldor MK. Interplay between microbial D-amino acids and host D-amino acid oxidase modifies murine mucosal defence and gut microbiota. Nat Microbiol. 2016 Jul 25;1(10):16125. doi: 10.1038/nmicrobiol.2016.125.
【非特許文献2】Yap SH, Lee CS, Furusho A, Ishii C, Shaharudin S, Zulhaimi NS, Kamarulzaman A, Kamaruzzaman SB, Mita M, Leong KH, Hamase K, Rajasuriar R. Plasma D-amino acids are associated with markers of immune activation and organ dysfunction in people with HIV. AIDS. 2022 Jun 1;36(7):911-921. doi: 10.1097/QAD.0000000000003207.
【非特許文献3】Kawamura M, Hesaka A, Taniguchi A, Nakazawa S, Abe T, Hirata M, Sakate R, Horio M, Takahara S, Nonomura N, Isaka Y, Imamura R, Kimura T. Measurement of glomerular filtration rate using endogenous D-serine clearance in living kidney transplant donors and recipients. EClinicalMedicine. 2021 Dec 5;43:101223. doi: 10.1016/j.eclinm.2021.101223.
【非特許文献4】Hesaka A, Yasuda K, Sakai S, Yonishi H, Namba-Hamano T, Takahashi A, Mizui M, Hamase K, Matsui R, Mita M, Horio M, Isaka Y, Kimura T. Dynamics of D-serine reflected the recovery course of a patient with rapidly progressive glomerulonephritis. CEN Case Rep. 2019 Nov;8(4):297-300. doi: 10.1007/s13730-019-00411-6.
【非特許文献5】Sasabe J, Miyoshi Y, Suzuki M, Mita M, Konno R, Matsuoka M, Hamase K, Aiso S. D-amino acid oxidase controls motoneuron degeneration through D-serine. Proc Natl Acad Sci U S A. 2012 Jan 10;109(2):627-32. doi: 10.1073/pnas.1114639109.
【非特許文献6】Miyoshi Y, Konno R, Sasabe J, Ueno K, Tojo Y, Mita M, Aiso S, Hamase K. Alteration of intrinsic amounts of D-serine in the mice lacking serine racemase and D-amino acid oxidase. Amino Acids. 2012 Nov;43(5):1919-31. doi: 10.1007/s00726-012-1398-4.
【非特許文献7】Hesaka A, Tsukamoto Y, Nada S, Kawamura M, Ichimaru N, Sakai S, Nakane M, Mita M, Okuzaki D, Okada M, Isaka Y, Kimura T. D-Serine mediates cellular proliferation for kidney remodeling. Kidney360. 2021 Aug 16;2(10):1611-1624. doi: 10.34067/KID.0000832021.
【非特許文献8】Wiriyasermkul P, Moriyama S, Tanaka Y, Kongpracha P, Nakamae N, Suzuki M, Kimura T, Mita M, Sasabe J, Nagamori S. D-Serine, an emerging biomarker of kidney diseases, is a hidden substrate of sodium-coupled monocarboxylate transporters. bioRxiv. 2020. doi: 10.1101/2020.08.10.244822.
【非特許文献9】Asaka MN, Utsumi D, Kamada H, Nagata S, Nakachi Y, Yamaguchi T, Kawaoka Y, Kuba K, Yasutomi Y. Highly susceptible SARS-CoV-2 model in CAG promoter-driven hACE2-transgenic mice. JCI Insight. 2021 Oct 8;6(19):e152529. doi: 10.1172/jci.insight.152529.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
通常の生命活動において生体内のD-アミノ酸のバランスは一定の範囲に制御されている。ウイルス感染症或いは対象のウイルス量の変化を伴うD-アミノ酸のバランスの変調(variation)がある場合は健康を害するリスクが増大するため、それを補正・調整することが必要である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ウイルスに感染した対象の血中のキラルアミノ酸(D-アミノ酸とL-アミノ酸に識別されたアミノ酸)を網羅的且つ高精度に定量し解析したところ、ウイルスに感染した対象において、血液中のD-アミノ酸量が変動(低下・上昇)するという現象を発見し、その変動が対象のウイルス量やウイルス感染症の症状及び病態と関連することを見出した。更に、対象の体内のD-アミノ酸量を人為的に変動させた場合に、その効果及び機構について鋭意研究を行った結果、体内のD-アミノ酸量を制御することによって対象のウイルス量を調整することでウイルス感染症の悪化を抑制、予後を改善させる技術を開発し、上記課題の解決法を提供する本発明の完成に至った。
【0008】
即ち、本発明の主旨は例えば以下に関する。
[項1]対象内のウイルス量を調整するための方法であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を制御するための成分を前記対象に投与することを含む方法。
[項2]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、項1に記載の方法。
[項3]前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標を制御するための成分が、D-アミノ酸である、項1又は2に記載の方法。
[項4]前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、項1~3の何れか一項に記載の方法。
[項5]前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、項1~4の何れか一項に記載の方法。
[項6]ウイルス感染により変動した前記対象のD-アミノ酸に関する指標を制御することにより、前記対象のウイルス感染を治療又は予防することを更に含む、項1~5の何れか一項に記載の方法。
[項7]前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標のウイルス感染による変動が、血液中のD-アミノ酸量の低下を示す変動である、項6に記載の方法。
[項8]前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標の制御が、ウイルス感染により低下した血液中のD-アミノ酸の補充である、項6又は7に記載の方法。
[項9]対象内のウイルス量を推定するための方法であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象内のウイルス量についての判定を行うことを含む方法。
[項10]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が低下していること、又は所定閾値以下であることを示した場合に、前記対象内のウイルス量が増加していると判定する、項9に記載の方法。
[項11]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量の低下が停止し、又は上昇していることを示した場合に、前記対象内のウイルス量の増加が停止し、又は減少していると判定する、項9又は10の何れか一項に記載の方法。
[項12]前記対象内のウイルス量についての判定結果に基づいて、前記対象のウイルス感染症の予後を予測することを更に含む、項9~11の何れか一項に記載の方法。
[項13]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が低下していること、又は所定閾値以下であることを示した場合に、前記対象の予後がウイルス感染症の悪化又は重症化であると判定する、項12に記載の方法。
[項14]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量の低下が停止し、又は上昇していることを示した場合に、前記対象の予後がウイルス感染症の改善であると判定する、項12又は13に記載の方法。
[項15]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が基準範囲内以上に復帰したことを示した場合に、前記対象内のウイルス量が治癒レベルまで減少したと判定する、項12~14の何れか一項に記載の方法。
[項16]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸量が基準範囲内に復帰したことを示した場合に、前記対象の予後がウイルス感染症の治癒であると判定する、項12~15の何れか一項に記載の方法。
[項17]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、項9~16の何れか一項に記載の方法。
[項18]前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、項9~17の何れか一項に記載の方法。
[項19]前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、項9~18の何れか一項に記載の方法。
[項20]対象内のウイルス量を調整するための組成物であって、
前記対象のD-アミノ酸に関する指標を調整するための成分を含む組成物。
[項21]前記D-アミノ酸に関する指標が、血液中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式である、項20に記載の組成物。
[項22]前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標を制御するための成分が、D-アミノ酸である、項20又は21に記載の組成物。
[項23]前記D-アミノ酸が、D-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギンからなる群から選択される1又は2以上のD-アミノ酸である、項20~22の何れか一項に記載の組成物。
[項24]前記ウイルスが、オルソミクソウイルス、コロナウイルス、パラミクソウイルス、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、ピコルナウイルス、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス、ヘパドナウイルス、及びポックスウイルスから選択される科に属するウイルスである、項20~23の何れか一項に記載の組成物。
[項25]ウイルス感染により変動する前記対象のD-アミノ酸に関する指標を制御することにより、前記対象のウイルス感染を治療又は予防するための、項20~24の何れか一項に記載の組成物。
[項26]前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標のウイルス感染による変動が、血液中のD-アミノ酸量の低下を示す変動である、項25に記載の組成物。
[項27]前記対象の前記D-アミノ酸に関する指標の調整が、ウイルス感染により低下した血液中のD-アミノ酸の補充である、項25又は26に記載の組成物。
[項28]項9~19の何れか一項に記載の方法を実施するためのシステムであって、
前記システムは、入力部と、分析測定部と、記憶部と、データ処理部と、出力部とを含み、
前記入力部は、対象からの情報を入力し、
前記分析測定部は、前記入力部から入力された対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得し、
前記記憶部は、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症に関する判定値を記憶し、
前記データ処理部は、前記分析測定部で取得された対象の前記指標を、前記記憶部に記憶された前記判定値に基づいて処理することにより、対象内のウイルス量、及び/又は、対象のウイルス感染症の予後についての判定を実施し、
前記出力部は、前記データ処理部による判定の結果を、対象内のウイルス量、及び/又は、対象のウイルス感染症の予後に関する情報として出力する
ように構成される、システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、ウイルス感染により変動する、若しくは将来変動する可能性のある対象のD-アミノ酸に関する指標を制御することにより、対象内のウイルス量を調整しウイルス感染症を効率的に治療又は予防することが可能となる。
【0010】
また、本発明の一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて判定を行うことにより、対象内のウイルス量の効率的な推定、及び対象のウイルス感染症の効率的な予後予測を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスへのD-アラニン投与実験プロトコールを示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与についての体重変化率を示すグラフである。
【
図3】
図3Aは、実施例1におけるMock、IAV、IAV+D-Ala各群のD-Ala投与後5日目の肺組織のウイルスプラーク定量アッセイの結果を示すグラフである。
図3Bは、実施例1におけるIAV+D-Ala群のBD-Alaとウイルス量の相関を解析したグラフである。
【
図4】
図4は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与についての生存率曲線である。
【
図5】
図5は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与についての体重と血中D-アミノ酸量の関連を示したグラフである。
【
図6-1】
図6-1は、実施例1におけるMock(-)、IAV(+)各群の感染後48~72時間におけるBD-Ala、BD-Ser、BD-Asn、及びBD-Proを示すグラフである。
【
図6-2】
図6-2は、実施例1におけるMock(-)、IAV(+)各群の感染後48~72時間におけるB%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Asn、及びB%D-Proを示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスの体重変化率を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスのD-セリン、D-アラニン投与についての生存率曲線である。
【
図9】
図9は、実施例1におけるインフルエンザウイルス感染モデルマウスのD-セリン、D-アラニン投与についての体重変化率を示すグラフである。
【
図10】
図10は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウス実験プロトコールを示す模式図である。
【
図11-1】
図11-1は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスのBD-Ala、BD-Ser、BD-Pro、及びBD-Asnの経時変化を示すグラフである。
【
図11-2】
図11-2は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスのB%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Pro、及びB%D-Asnの経時変化を示すグラフである。
【
図12】
図12は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与実験スケジュールを示す模式図である。
【
図13】
図13は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウス群へのD-アラニン投与についての投与量と体重変化率を示すグラフである。
【
図14】
図14は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与についての生存率曲線である。
【
図15-1】
図15-1は、実施例2におけるSCV(Vehicle)及びSCV+D-Ala各群についてのBD-Ala、BD-Ser、BD-Asn、及びBD-Proの経時変化を示すグラフである。
【
図15-2】
図15-2は、実施例2におけるSCV(Vehicle)及びSCV+D-Ala各群についてのB%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Asn、及びB%D-Proの経時変化を示すグラフである。
【
図16-1】
図16-1は、実施例2におけるSCV+D-Ala群において体重維持率90%(体重減少率10%)を基準に分類した2群(-:体重を90%以上に維持した群、+:体重が10%以上減少した群)についてのBD-Ala、BD-Ser、BD-Asn、及びBD-Proを示すグラフである。
【
図16-2】
図16-2は、実施例2におけるSCV+D-Ala群において体重維持率90%(体重減少率10%)を基準に分類した2群(-:体重を90%以上に維持した群、+:体重が10%以上減少した群)についてのB%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Asn、及びB%D-Proを示すグラフである。
【
図17】
図17は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与についての経時的な体重変化率を示すグラフである。
【
図18】
図18は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスのD-アラニン投与についての体重減少及び死亡を複合エンドポイントとした生存率曲線である。
【
図19】
図19は、実施例2におけるコロナウイルス感染モデルマウスの血中D-アラニン量について分類した生存率曲線である。
【
図20】
図20は、本発明のシステムの構成の一例を模式的に示すブロック図である。
【
図21】
図21は、本発明のシステムによる処理(本発明の方法)の一例を模式的に示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0013】
なお、本明細書で引用されている特許文献(特許出願公開公報、特許公報等)及び非特許文献は、その全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0014】
また、以下の記載では、後述の「本発明の第1の方法」、「本発明の第2の方法」、及び「本発明の第3の方法」を総称して、適宜「本発明の方法」という場合がある。
【0015】
[定義]
本明細書において、アミノ酸及びその残基は、当業者に周知の三文字略称で表す場合がある。本明細書において使用する主な略称を以下の表に示す。
【表1】
【0016】
・D-アミノ酸・L-アミノ酸
本明細書において「D-アミノ酸」(適宜「D体」と略称する。)及び「L-アミノ酸」(適宜「L体」と略称する。)とは、IUPAC命名法のD/L表記法に基づくアミノ酸の立体異性体を意味する。D体とL体とは鏡像異性体の関係にある。生体内のタンパク質構成アミノ酸はその大部分がL体であることが知られている。なお、グリシンにはD体とL体の異性体が存在しないが、本明細書では別途明記しない限り、グリシンは便宜的にD体として扱うものとする。
【0017】
本明細書において、D-アミノ酸の具体例としては、限定されるものではないが、グリシン、D-アラニン、D-ヒスチジン、D-イソロイシン、D-アロ-イソロイシン、D-ロイシン、D-リシン、D-メチオニン、D-フェニルアラニン、D-スレオニン、D-アロ-スレオニン、D-トリプトファン、D-バリン、D-アルギニン、D-システイン、D-グルタミン、D-プロリン、D-チロシン、D-アスパラギン酸、D-アスパラギン、D-グルタミン酸、及びD-セリンが挙げられる。中でも、中性脂肪族アミノ酸、エネルギー代謝や糖代謝経路に関連する糖原性アミノ酸、血液中に比較的多く存在するD-プロリン、D-セリン、D-アラニン、及びD-アスパラギン等が好ましい。これらのD-アミノ酸は、何れか1種類を単独で用いてもよく、何れか2種以上を任意の組み合わせで用いてもよい。
【0018】
なお、生物試料に含まれるD-システインは、生体外では酸化されてD-シスチンへと変化する。このため、D-システインの代わりにD-シスチンに関する指標(例えば量)を測定することで、生物試料に含まれるD-システインに関する指標(例えば量)を算出することができる。
【0019】
・D-アミノ酸に関する指標
本明細書において「D-アミノ酸に関する指標」とは、生体から取得される任意の指標であって、D-アミノ酸と何らかの関連を有する指標を意味する(なお、対象から得られたD-アミノ酸に関する指標の測定値や検査値を、単に「D-アミノ酸の検査値」等と略称する場合もある。)。D-アミノ酸に関する指標の例としては、血中のD-アミノ酸に関する測定値又はその補正値若しくは補正式が挙げられる。
【0020】
血中のD-アミノ酸に関する指標の測定値の例としては、血中D-アミノ酸量が挙げられる。本明細書において「血中D-アミノ酸量」とは、特定の血液量中に含まれるD-アミノ酸量を意味する。血中D-アミノ酸量は、濃度で表されてもよい。血中D-アミノ酸量は、採取された血液において、遠心分離、沈降分離、或いは分析のための前処理が行われた試料における量として測定される。従って、血中D-アミノ酸量は、採取された全血、血清、血漿等の血液に由来する血液試料におけるD-アミノ酸量として測定され得る。一例として、HPLCを用いた分析の場合、所定量の血液に含まれるD-アミノ酸量は、クロマトグラムで表され、ピークの高さ・面積・形状について標準品との比較やキャリブレーションによる解析によって定量することができる。
【0021】
D-アミノ酸量に関する測定値の補正値若しくは補正式としては、D-アミノ酸量を補正処理して得られる任意の値又は式が挙げられる。具体例としては、D-アミノ酸量の補正D/L比、特定のアミノ酸中のD-アミノ酸比率を表す%D({D-アミノ酸/(D-アミノ酸+L-アミノ酸)}×100)、D-アミノ酸クリアランス、D-アミノ酸排泄率(非特許文献3、4)、更にはD-アミノ酸量を説明変数とし、目的に応じて補正された式や値、及び予め設定された式等により算出された値等が挙げられる。
【0022】
D-アミノ酸量の補正値の別の例としては、生理的変動要因、例えば年齢、性別、BMI等の要因によりD-アミノ酸量を調整した値が挙げられる。また、D-アミノ酸の動態が腎臓の働きの影響を受ける場合には、D-アミノ酸量の補正値として、腎機能の指標によりD-アミノ酸量を調整した値を用いてもよい。斯かる腎機能の指標としては、限定を意図するものではないが、クレアチニン、シスタチンC、イヌリンクリアランス、クレアチニンクリアランス、尿蛋白、尿中アルブミン、β2-MG、α1-MG、NAG、L-FABP、NGAL、糸球体濾過量、推算糸球体濾過量(eGFR)、D-アミノ酸による腎機能測定値及び推定式(特許文献2、3、4)等から1又は2以上を選択して用いることができる。具体例として、血中D-アミノ酸量と血中クレアチニン量との比(血中D-アミノ酸量/血中クレアチニン量)を求める補正等が挙げられる。更に、神経変性疾患(ALS等)、自己免疫疾患(多発性硬化症等)、代謝性疾患(糖尿病等)等で体内のD-アミノ酸が変動していることが知られていることから(特許文献5、非特許文献5)、それぞれの疾患の変動要因やマーカーでD-アミノ酸量を補正することも可能である。
【0023】
D-アミノ酸に関する指標の別の例として、対象の血中D-アミノ酸量を、対象の生体内物質(例えばL-アミノ酸)に関する指標で補正した値又は式を用いてもよい。ここで、補正に用いられる対象の生体内物質としては、限定されるものではないが、例えば対象の血中L-アミノ酸量や、総アミノ酸量等が挙げられる。
【0024】
なお、D-アミノ酸に関する指標として、D-アミノ酸量を他の検査値等により補正した値を用いる場合は、D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づくウイルス量及び/又はウイルス感染症の症状及び病態の判定基準や判定・解析手法を、D-アミノ酸量に対する補正内容に応じて適宜設定・変更することができる。一例として、D-アミノ酸量を逆数(例えば[1/D-アミノ酸量])や乗数として補正した値をD-アミノ酸に関する指標として用いる場合は、血中D-アミノ酸量の変動(例えば低下又は上昇)に基づき設定された判定基準について、逆数(例えば、血中D-アミノ酸量の低下は値の増加を、上昇は値の減少を示す)や対数として用いることができる。
【0025】
なお、本発明の方法においては、D-アミノ酸に関する指標(例えば血中D-アミノ酸量、補正D/L比、%D({D-アミノ酸/(D-アミノ酸+L-アミノ酸)}×100)、D-アミノ酸クリアランス、D-アミノ酸排泄率等のうち、何れか一種を単独で用いてもよく、何れか任意の二種以上を組み合わせて用いてもよい。後者の場合、D-アミノ酸に関する指標を複数同時に組み合わせたパネル検査に供してもよい。
【0026】
また、本発明の方法において、対象のD-アミノ酸に関する指標を測定するための検体は、単一の検査で取得された1又は2以上の検体であってもよく、複数の検査で取得された2以上の検体であってもよい。また、複数の検体を使用する場合は、同一の時点で取得された検体であってもよく、複数の異なる時点で取得された検体であってもよい。これらの検体の形態は、後述する種々の態様に応じて適宜選択すればよい。
【0027】
血液等の試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量は、任意の方法によって測定することができ、例えばキラルカラムクロマトグラフィー法や、酵素法を用いた測定、更にはアミノ酸の光学異性体を識別するモノクローナル抗体を用いる免疫学的手法によって定量することができる。試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量は、当業者に周知ないかなる方法を用いて実施しても構わない。例としては、以下のクロマトグラフィー法や酵素法(Y. Nagata et al., Clinical Science, 73 (1987), 105. Analytical Biochemistry, 150 (1985), 238., A. D'Aniello et al., Comparative Biochemistry and Physiology Part B, 66 (1980), 319. Journal of Neurochemistry, 29 (1977), 1053., A. Berneman et al., Journal of Microbial & Biochemical Technology, 2 (2010), 139., W. G. Gutheil et al., Analytical Biochemistry, 287 (2000), 196., G. Molla et al., Methods in Molecular Biology, 794 (2012), 273., T. Ito et al., Analytical Biochemistry, 371 (2007), 167等)、抗体法(T. Ohgusu et al., Analytical Biochemistry, 357 (2006), 15等 )、ガスクロマトグラフィー(GC)(H. Hasegawa et al., Journal of Mass Spectrometry, 46 (2011), 502., M. C. Waldhier et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 394 (2009), 695., A. Hashimoto, T. Nishikawa et al., FEBS Letters, 296 (1992), 33., H. Bruckner and A. Schieber, Biomedical Chromatography, 15 (2001), 166. , M. Junge et al., Chirality, 19 (2007), 228., M. C. Waldhier et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 4537等)、キャピラリー電気泳動法(CE)(H. Miao et al., Analytical Chemistry, 77 (2005), 7190., D. L. Kirschner et al., Analytical Chemistry, 79 (2007), 736., F. Kitagawa, K. Otsuka, Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3078., G. Thorsen and J. Bergquist, Journal of Chromatography B, 745 (2000), 389等)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)(N. Nimura and T. Kinoshita, Journal of Chromatography, 352 (1986), 169., A. Hashimoto et al., Journal of Chromatography, 582 (1992), 41., H. Bruckner et al., Journal of Chromatography A, 666 (1994), 259., N. Nimura et al., Analytical Biochemistry, 315 (2003), 262., C. Muller et al., Journal of Chromatography A, 1324 (2014), 109., S. Einarsson et al., Analytical Chemistry, 59 (1987), 1191., E. Okuma and H. Abe, Journal of Chromatography B, 660 (1994), 243., Y. Gogami et al., Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3259., Y. Nagata et al., Journal of Chromatography, 575 (1992), 147., S. A. Fuchs et al., Clinical Chemistry, 54 (2008), 1443., D. Gordes et al., Amino Acids, 40 (2011), 553., D. Jin et al., Analytical Biochemistry, 269 (1999), 124., J. Z. Min et al., Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3220., T. Sakamoto et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 408 (2016), 517., W. F. Visser et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 7130., Y. Xing et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 408 (2016), 141., K. Imai et al., Biomedical Chromatography, 9 (1995), 106., T. Fukushima et al., Biomedical Chromatography, 9 (1995), 10., R. J. Reischl et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 8379., R. J. Reischl and W. Lindner, Journal of Chromatography A, 1269 (2012), 262., S. Karakawa et al., Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis, 115 (2015), 123., Hamase K, et al.,Chromatography 39 (2018) 147-152 等)が挙げられる。
【0028】
本発明における光学異性体の分離分析系は、複数の分離分析を組み合わせてもよい。具体例として、光学異性体を有する成分を含む試料を、移動相としての第一の液体と共に、固定相としての第一のカラム充填剤に通じて、前記試料の前記成分を分離するステップ、前記試料の前記成分の各々をマルチループユニットにおいて個別に保持するステップ、前記マルチループユニットにおいて個別に保持された前記試料の前記成分の各々を、移動相としての第二の液体と共に、固定相としての光学活性中心を有する第二のカラム充填剤に流路を通じて供給し、前記試料の成分の各々に含まれる前記光学異性体を分割するステップ、及び前記試料の成分の各々に含まれる前記光学異性体を検出するステップを含むことを特徴とする光学異性体の分析方法を用いることにより、試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量を測定することができる(特許第4291628号公報)。HPLC分析では、予めo-フタルアルデヒド(OPA)や4-フルオロ-7-ニトロ-2,1,3-ベンゾキサジアゾール(NBD-F)のような蛍光試薬でD-及びL-アミノ酸を誘導体化したり、N-tert-ブチルオキシカルボニル-L-システイン(Boc-L-Cys)等を用いてジアステレオマー化する場合がある(浜瀬健司及び財津潔、分析化学、53巻、677~690(2004))。代替的には、アミノ酸の光学異性体を識別するモノクローナル抗体、例えばD-アミノ酸又はL-アミノ酸等に特異的に結合するモノクローナル抗体を用いる免疫学的手法によって、試料中のD-アミノ酸量及び/又はL-アミノ酸量を測定することができる。また、D-アミノ酸及びL-アミノ酸の合計量を指標とする場合、D-アミノ酸及びL-アミノ酸を分離して分析する必要はなく、D-アミノ酸及びL-アミノ酸を区別せずにアミノ酸を分析することもできる。その場合も酵素法、抗体法、GC、CE、HPLCで分離及び定量することができる。
【0029】
なお、本明細書において、D-アミノ酸、L-アミノ酸、クレアチニン、タンパク質等の生体分子や薬剤の量は、単なる質量、重量、物質量(mol)のみならず、組織・細胞・器官・分子ユニット単位や体積・重量当たりの質量、重量、物質量(mol)、血液や尿のような液体中の質量、重量、物質量(mol)、濃度、比重、及び密度等、計測され得る任意の物理量で表現される。
【0030】
・ウイルス及びウイルス感染症
本明細書において「ウイルス」とは、遺伝情報を担う核酸とこれを覆うタンパク質の殻とをその最少構成要素とする微小な感染性構造体で、他生物の細胞を利用して自己を複製させるものをいう。本発明が適用可能なウイルスは、ヒトに感染する限り特に限定されず、何れのウイルスであってもよいが、感染により宿主生物に感染症を呈するウイルスが挙げられる。
【0031】
ウイルスの例としては、特に限定されるものではないが、オルソミクソウイルス(A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルス等)、コロナウイルス(SARSコロナウイルス(SARS-CoV)、MERSコロナウイルス(MERS-CoV)、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2))等、パラミクソウイルス(麻疹ウイルス、ムンプスウイルス等)、ラブドウイルス、アレナウイルス、ブニヤウイルス、フィロウイルス、レトロウイルス(ヒト免疫不全ウイルス(HIV)等)、トガウイルス、フラビウイルス(C型肝炎ウイルス(HCV)等)、ピコルナウイルス(ライノウイルスA~C型等)、アストロウイルス、カリシウイルス、レオウイルス、パルボウイルス、アデノウイルス(ヒトアデノウイルスA~G型等)、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、ヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)、単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)等)、ヘパドナウイルス(B型肝炎ウイルス(HBV)等)、ポックスウイルス(痘そうウイルス、牛痘ウイルス、サル痘ウイルス、ラクダ痘ウイルス等)等の各科に属するウイルスが挙げられる。
【0032】
本明細書において「感染」とは、ウイルス等の病原体が様々な感染経路を通して宿主の細胞・組織・臓器に吸着・定着・侵入・増殖した状態をいい、顕性感染、不顕性感染、及び持続感染(潜伏感染)を含む。本明細書において「感染症」とは感染が成立して何らかの症状や徴候が現れる状態(例えば、インフルエンザでは発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、関節痛等、COVID-19では肺炎等)をいう。対象のウイルス量は採取された検体(咽頭分泌物、痰・気道分泌物、尿、膣分泌物、糞便、血液、髄液、組織、細胞、臓器等)の検査(生化学検査、血清学検査、内分泌検査、微生物学検査、ウイルス学検査、培養検査、顕微鏡検査、遺伝子検査(PCR法、ハイブリダイゼーション等)、免疫学的検査(抗原・抗体検出法)、病理学検査等)、画像検査(内視鏡検査、造影剤検査、超音波検査、CT検査、MRI検査等)等の手法によって測定することができ、単なる質量、重量、物質量、数量のみならず、組織・細胞・器官・分子ユニット・培養コロニー・プラーク単位や体積・重量当たりの質量、重量、物質量、数量、体積、面積、血液や尿のような液体中の質量、重量、物質量、数量、濃度、比重、及び密度等、計測され得る任意の物理量で表現される。また、任意の基準との比較により、多い、少ない、増加、減少等のように定性的に表されることもある。
【0033】
ウイルス感染症の例としては、特に限定されるものではないが、風邪症候群、インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、その他のウイルス性肺炎、水痘、帯状疱疹、麻疹、口唇ヘルペス、性器ヘルペス、B型肝炎、C型肝炎、天然痘、サル痘等が挙げられる。
【0034】
・対象
本明細書において「対象」とは、限定されるものではないが、例えば脊椎動物が挙げられる。脊椎動物としては、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、及び魚類が挙げられる。哺乳類としては、ヒトの他、マウス、ラット、モルモット、サル、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ラクダ、ヤギ、イヌ、ネコ等の非ヒト哺乳類が挙げられる。鳥類としては、例えばニワトリ等が挙げられる。中でも対象としてはヒト又は非ヒト哺乳類が好ましく、特にヒトが好ましい。また、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症細胞の移植や遺伝子改変や薬剤(DNA、RNA、各種ワクチン等)によりウイルス感染及び/又はウイルス感染症を誘発させた各種動物を、対象として用いてもよい。更には、所定のウイルス感染症モデルとなる各種動物の個体、細胞、組織、オルガノイド等を、対象として用いてもよい。
【0035】
・判定基準
本発明の第2及び第3の方法では、後述するように、対象のD-アミノ酸に関する指標を、所定の判定基準と比較することにより、対象の体内のウイルス量の推定や、対象のウイルス感染症の予後予測等についての判定を行う。
【0036】
本明細書において「判定基準」とは、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象の体内のウイルス量の推定や、対象のウイルス感染症の予後予測についての判定を行うための任意の基準を意味する。例としては、限定されるものではないが、単一の数値からなる所定の基準値(適宜「判定基準値」という。判定値、臨床判断値ということもある。)や、上限値及び下限値によって定められる所定の基準範囲(適宜「判定基準範囲」という。)が挙げられる。即ち、本明細書において「判定基準」とは、「基準値」及び「基準範囲」を包含する用語である。基準値(臨床判断値)、基準範囲は、対象基準個体や対象基準集団の解析により予め設定され得る。基準個体は健常状態の対象、基準集団は健常状態の対象の集団が用いられ得る。
【0037】
対象のD-アミノ酸に関する指標を所定の判定基準と比較する方法は特に限定されない。判定基準として判定基準値を用いる場合には、例えば、判定基準値をD-アミノ酸に関する指標の上限値として用い、対象のD-アミノ酸に関する指標が、当該判定基準値と同値以上となるか否か、或いは当該判定基準値を上回るか否か、等を基準として判定を行うことができる。或いは、判定基準値をD-アミノ酸に関する指標の下限値として用い、対象のD-アミノ酸に関する指標が、当該判定基準値と同値以下となるか否か、或いは当該判定基準値を下回るか否か、等を基準として判定を行うことができる。一方、判定基準として判定基準範囲を用いる場合には、例えば、対象のD-アミノ酸に関する指標が、当該判定基準範囲内に収まっているか、当該判定基準範囲を上回るか、それとも当該判定基準範囲を下回るか、等を基準として判定を行うことができる。或いは、対象のD-アミノ酸に関する指標が経時的に、当該判定基準範囲外から当該判定基準範囲内に変動するか、当該判定基準範囲内から当該判定基準範囲外に変動するか、当該判定基準範囲外に持続的に存在するか、或いは当該判定基準範囲内に持続的に存在するか、等を基準として判定を行うことができる。
【0038】
本発明の方法では、判定基準として、単一の判定基準値又は判定基準範囲を使用してもよく、複数の判定基準値又は判定基準範囲を併用してもよく、1又は2以上の判定基準値と1又は2以上の判定基準範囲とを併用してもよい。
【0039】
[対象のD-アミノ酸に関する指標を制御することによるウイルス量の調整、ウイルス感染を治療又は予防する方法(本発明の第1の方法)]
本発明の一側面は、対象内のウイルス量を調整するための方法であって、前記対象のD-アミノ酸に関する指標を制御するための成分(以下適宜「D-アミノ酸量の制御剤」という場合がある。)を前記対象に投与することを含む方法に関する。対象内のウイルス量と対象のD-アミノ酸に関する指標の間に存在する相関性を利用し、D-アミノ酸量の制御剤を用いて対象のD-アミノ酸に関する指標を制御することで、対象内のウイルス量を調整する。一態様として、D-アミノ酸量の制御剤であるD-アラニン、D-セリンを対象に投与することによって、D-アミノ酸に関する指標の一つである血中D-アミノ酸量を上昇させ、対象の肺臓内のウイルス量を減少させることができる。制御及び調整とは、対象のD-アミノ酸に関する指標について目的や所定の値、及び健常状態の対象又は対象集団から予め設定された基準範囲に向けて変動させること、或いは対象内のウイルス量について目的や所定の値、及び健常状態の対象又は対象集団から予め設定された基準範囲に向けて変動させることを含む。対象のD-アミノ酸に関する指標のリアルタイムモニタリングはD-アミノ酸量の制御剤の種類や投与量、投与タイミングの効率的な設定を可能とするため、D-アミノ酸に関する指標の精密な制御に有効であり、対象内のウイルス量の調整における精度向上に寄与する。
【0040】
D-アミノ酸量の制御剤として用いられるD-アミノ酸の種類は、所定のD-アミノ酸に関する指標を制御し得る限り任意のもので良いが、中性脂肪族アミノ酸やエネルギー代謝、糖代謝経路に関連する糖原性アミノ酸が好ましく1種類を単独で用いてもよく、複数種類のアミノ酸を組合わせて用いてもよい。
【0041】
対象内のウイルス量の増加と関連して、対象が発熱、頭痛、咽頭痛、筋肉痛、全身倦怠感、悪寒、消化器症状(下痢等)、咳嗽、呼吸困難、体重変化、死亡等の症状及び病態を呈したり、これらの症状及び病態が増悪する場合があるが、臨床において定量的及び/又は定性的に判定できるこれらの検査値や症状及び病態の変動を以て対象内のウイルス量の調整について評価してもよい。具体例として、ウイルス感染症において発熱又は体重減少が継続する場合は、対象内のウイルス量が維持及び/又は増加していると評価することができ、D-アミノ酸量の制御剤の投与により、発熱又は体重減少が抑制された場合は、ウイルス量が減少していると評価することができる。更に、対象内のウイルス量、D-アミノ酸に関する指標、関連する臨床検査値、症状及び病態からなるパラメータについて目的変数及び/又は説明変数とする相関、回帰式等を用いてそれぞれの値を算出、推定、評価してもよい。対象内のウイルス量の調整がウイルス感染症の治療及び/又は予防に当たる場合、対象内のウイルス量を減少させること、及び/又は増加させないこと、及び/又は増加率を抑制することについて、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症の発症前は予防、発症後は治療ということができる。
【0042】
本発明の第1の方法は、ウイルス感染症の治療又は予防に関して、対象内のウイルス量とD-アミノ酸に関する指標(例えば血中D-アミノ酸量)が相関することに着目し、それらを制御及び調整するための成分を対象に投与するという、全く新しいアプローチを提供するものである。即ち、対象におけるD-アミノ酸に関する指標を任意の手段で制御することで、前記対象内のウイルス量を調整することを可能とする。
【0043】
対象のD-アミノ酸に関する指標を制御するための成分(D-アミノ酸量の制御剤)としては、制限されるものではないが、例えば外部からのD-アミノ酸の投与や、食品中へのD-アミノ酸の添加、或いは抜去、培地中へのD-アミノ酸の添加、或いは抜去により、細胞・組織・臓器内外、及び体液中のD-アミノ酸量を増減させることができる薬剤や食品のような組成物であってもよい。例えば、D-アミノ酸を含む水溶液を飲用することにより、血液や細胞・組織中のD-アミノ酸濃度を上昇させることができ(非特許文献6)、D-アミノ酸を抜去した食品の摂取により、血液中のD-アミノ酸濃度を低下させることができる。例えば、D-セリンは経口・静脈注射投与で腎臓を指向すること(非特許文献7)を利用して腎臓におけるD-セリン量を制御するという手段も用いられ得る。また、任意のD-アミノ酸の投与により代謝系を変化させることで、別のD-アミノ酸量を制御してもよい。具体例として、対象にD-アラニンを投与することにより前記対象の血中D-セリン量を増加させることができる。ここで用いるD-アミノ酸は、対象のD-アミノ酸量を増減させ得る限り、D-アミノ酸の修飾体又は誘導体、或いはそれらの薬学的に許容される塩を含有してもよいし、薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤を含んでいてもよく、プロドラッグの形態をとってもよい。更に加えて対象のウイルス感染症治療剤等を含んでもよい。本発明における薬剤は、その投与経路に適した剤形を選択し製剤化することができる。経口投与に用いる場合、錠剤、カプセル剤、液剤、粉末剤、顆粒剤、咀嚼剤等、非経口投与の場合、注射剤、粉末剤、輸液製剤などの剤形が設計され得る。また、これらの製剤は医薬用に用いられる種々の補助剤、即ち、担体や他の助剤、例えば、安定化剤、防腐剤、無痛化剤、味剤、矯味剤、香料、乳化剤、充填剤、pH調整剤などが含まれてもよく、本発明における薬剤(組成物)の効果を損なわない範囲で配合することができる。薬剤、及び原料としてのD-アミノ酸の光学純度は50%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましいが、効果を示す範囲においては任意の光学純度を選択することができ、限定されるものではない。但し、有効成分としてD-アミノ酸に関する指標を制御可能なD-アミノ酸量が設計されたものでなくてはならない。
【0044】
対象のD-アミノ酸に関する指標を制御するための成分(D-アミノ酸量の制御剤)は、任意の生理機構を利用して標的となるD-アミノ酸量を制御するものであってもよい。一態様として、D-アミノ酸の吸収、輸送、分布、代謝(合成・分解)、排泄、作用等に関連するタンパク質、例えば、酵素(D-アミノ酸酸化酵素(DAO)、D-アスパラギン酸酸化酵素(DDO)、セリン異性化酵素(SRR)等)や輸送体、受容体(N-メチル-D-アスパラギン酸型グルタミン酸受容体(NMDAR)等)の発現(促進、抑制等)・活性(作動、阻害、刺激等)によって標的のD-アミノ酸量の制御が可能となる。DAO阻害薬はD-アミノ酸の酸化を抑制することで、作用部位でのD-アミノ酸量を増加させ、D-アミノ酸輸送体の阻害剤・活性剤は輸送元・輸送先のD-アミノ酸量を増減させる。酵素や輸送体等のタンパク質に作用する薬剤は、直接的に効果を得るものでなくてもよく、例えば、基質やアゴニスト・アンタゴニストの競争的反応、スキャフォールド共有による作用等により、間接的にD-アミノ酸量や作用量を変化させるものでもよい。限定を意図するものではないが、非特許文献8には、D-アミノ酸輸送体タンパク質として、脳や腎臓に発現するSMCTファミリー、ASCTファミリー等が作動/阻害薬によってD-アミノ酸の局在量を変化させることが開示されている。これらの輸送体は共輸送物質(例えば、ナトリウムイオン)やスキャフォールドを通じた協調・競合等の影響を受けるため、例えばナトリウム/グルコース共輸送体(例えば、SGLT2)阻害薬等でもD-アミノ酸の輸送活性は制御され得る。また、特許文献4には、アンジオテンシン2受容体拮抗薬(ARB)が、血液中D-アミノ酸量を変化させることが開示されている。例えば、ウイルス感染症治療薬等の投与前後の培地・細胞・組織・体液中のD-アミノ酸量を計測、効果を評価することにより、D-アミノ酸に関する指標(D-アミノ酸量等)を制御し得る薬剤及び候補をスクリーニングすることが可能である。その場合、作用部位の体液、細胞、組織中のD-アミノ酸量を測定することで効果を評価することができる。
【0045】
D-アミノ酸量の制御剤の投与においては、対象の任意の検体についてのD-アミノ酸に関する指標(例えば血中D-アミノ酸量)及び/又はウイルス量及び/又は感染症に関する検査値や症状及び病態を一時的又は経時的にモニタリングすることにより、有効性を確認したり、投与の継続や中止、或いは投与量や投与タイミングを決定してもよい。
【0046】
本発明が適用されることで、任意の生理機構を利用して対象の生体中のD-アミノ酸量を変動させることでD-アミノ酸に関する指標を制御し、その結果、対象内のウイルス量が調整され、ウイルス感染症の症状及び病態を制御することができる。一態様として、D-アミノ酸の吸収、輸送、分布、代謝(合成及び/又は分解)、排泄、又は作用等に関連するタンパク質や、D-アミノ酸の輸送体又は受容体の発現(促進、抑制等)及び/又は活性(作動、阻害、刺激等)を制御することによって生体中のD-アミノ酸量を変動させ、ウイルス量を調整することが可能となる。
【0047】
従って、本発明に用いられ得るD-アミノ酸量の制御剤は、D-アミノ酸の吸収、輸送、分布、代謝又は排泄に関連するタンパク質の遺伝子発現を直接的又は間接的に促進するものであってもよく、例えば、当該タンパク質又はそれを発現するベクターであってもよく、当該タンパク質の発現を促進するカスケードの上流の活性を促進する因子又はそれを発現するベクターであってもよい。
【0048】
また、例えば、本発明に用いられ得るD-アミノ酸量の制御剤は、D-アミノ酸の吸収、輸送、分布、代謝又は排泄に関連するタンパク質の遺伝子発現を直接的又は間接的に抑制するものであってもよく、例えば、低分子化合物、アプタマー、抗体、抗体フラグメント、並びに、アンチセンスRNA又はDNA分子、RNAi誘導性核酸、マイクロRNA(miRNA)、リボザイム、ゲノム編集核酸及びそれらの発現ベクターから選択されるものであってもよい。
【0049】
[対象の体内のウイルス量を推定する方法(本発明の第2の方法)]
本発明の一側面は、対象の体内のウイルス量を推定する方法であって、前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象の体内のウイルス量についての判定を行うことを含む方法(適宜「本発明の第2の方法」と略称する。)に関する。
【0050】
対象内のウイルス量と前記対象のD-アミノ酸に関する指標の相関性を利用し、D-アミノ酸に関する指標の検査値から、対象のウイルス量を推定及び判定することができ、これをウイルス量の検査ともいう。具体例として、血中D-アミノ酸量(D-アミノ酸に関する指標)が上昇している場合は対象のウイルス量が減少、血中D-アミノ酸量が低下している場合は対象のウイルス量が増加しているものと推定及び判定することができる。D-アミノ酸に関する指標について、ウイルス量及びウイルス感染症に関する任意の判定基準値(臨床判断値)、判定基準範囲を設定することで、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値から、対象内のウイルス量及びウイルス感染症について推定及び判定してもよい。D-アミノ酸に関する指標とウイルス量が相関することから、任意の対象及び対象集団についてのD-アミノ酸に関する指標を説明変数とし、前記任意の対象及び対象集団のウイルス量を目的変数とする回帰分析によって、以下の式(I):
Y=a1・X1+a2・X2+・・・+an・Xn+b ・・・(I)
[式中、
a1~anは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
X1~Xnは、前記回帰分析により選択されたD-アミノ酸に関する指標の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
が予め得られる。
一態様において、上記式(I)を用いることにより、評価対象内のウイルス量を推定及び判定又は検査することができる。
【0051】
本明細書において、「回帰分析」とは、説明変数(「独立変数」ともいう。)と目的変数(「従属変数」ともいう。)の関係を示す式を、統計的手法によって推計する手法であり、例えば、最小二乗法、移動平均法及びカーネルを用いた回帰等で解く手法である。回帰分析は周知の技法であり、本発明においては、任意の回帰分析を採用し得る。本発明の回帰分析で用いられる回帰は、線形回帰であってもよく、非線形回帰(例えば、n次多項式回帰分析)であってもよい。また、本発明で用いられる回帰は、単回帰であってもよく、重回帰であってもよい。本発明において、任意の対象又は対象集団から得られたD-アミノ酸に関する指標(例えば、D、L-アミノ酸量や、必要に応じ、加えてクレアチニン量等により補正されたもの)を説明変数とし、対象内のウイルス量を目的変数とする回帰分析により、値Yを求める式が得られる。適用される回帰分析によっては、1次関数、2次関数、3次関数・・・・又はn次関数(nは自然数)となる累乗の変数として表され得る。
【0052】
利用する式(I)の回帰分析に用いるウイルス量と任意のD-アミノ酸に関する指標については、相関係数R≧0.5となるデータであることが好ましく、より好ましくは相関係数R≧0.6、更に好ましくは相関係数R≧0.7、最も好ましくは相関係数R≧0.8となるデータである。
【0053】
[対象のウイルス感染症の予後を予測する方法(本発明の第3の方法)]
本発明の一側面は、対象のウイルス感染症の予後を予測する方法であって、前記対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、前記対象のウイルス感染症の予後についての判定を行うことを含む方法(適宜「本発明の第3の方法」と略称する。)に関する。
【0054】
本明細書において「予後の予測」とは、疾患や治療について、その後の経過や見通しを予測、推定することをいう。予後の予測を表す際には、時間・日・週・月・年等の単位を用いてもよく、カプランマイヤー解析が代表的な予後予測ツールとして用いられ得る。予後には、臓器等の機能予後(肺炎、腎不全等)、死亡推定の生命予後や、発熱、頭痛、咽頭痛、筋肉痛、全身倦怠感、悪寒、消化器症状(下痢等)、咳嗽、呼吸困難、体重、ウイルス量、再発等の症状及び病態の予後があり、それぞれの評価項目の変数(パラメータ)や単位で定量的、或いは定性的(例えば、悪化、重症化、改善等)に表すことができ、予後の予測は治療手段の選択において重要な情報となる。一態様において、対象のD-アミノ酸に関する指標と、予後についての情報を備えたウイルス感染症を有する対象又は対象集団の血中D-アミノ酸量から決定された判定基準値(臨床判断値)や判定基準範囲とを比較することにより、前記対象におけるウイルス感染症の予後についての情報を提供することができる。
【0055】
一態様によれば、本発明の方法により、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、ウイルス感染症の治療手段の選択を補助するための情報を提供することができる。ウイルス感染や治療に対する対象内のウイルス量やウイルス感染症の応答や変化に関連して、対象の血中D-アミノ酸量と対象内のウイルス量が相関することを利用し、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値を、予め設定された予後の判定基準(基準範囲又は臨床判断値)と比較することによって、薬物療法、酸素療法(経鼻カニュラ、HFNC、CPAP、NPPV等、呼吸不全)、外科的治療、人工呼吸管理(人工呼吸器等)、ECMO(extracorporeal membrane oxygenation)、血液浄化療法(透析、血漿交換、アフェレシス等)、血栓症対策、腎障害対策、対症療法(解熱、鎮咳等)、食事療法等から最適な手段を選択したり、或いはその優先度の決定について補助する。治療段階においても対象のD-アミノ酸に関する指標をリアルタイムにモニタリングすることによって予後を予測することで、次段階の治療手段の選択を補助するための情報を提供することができる。更にパンデミックやバイオテロ時にはD-アミノ酸に関する指標による予後の予測や判定に基づいて、対象の医療・治療の優先度を決定して選別するトリアージや、警戒期、パンデミック期、移行期それぞれのパンデミックフェーズにおけるリスクアセスメントに利用することができる。薬物療法に主に用いられる抗ウイルス薬は、ウイルスの宿主細胞への吸着・侵入阻害、細胞内での脱殻阻害・核酸合成阻害・タンパク質合成阻害、細胞外への放出阻害等の効果を示す薬剤であり、酸素療法や人工呼吸器の使用、ECMOは、重症化した対象に用いられる。
【0056】
また、一態様によれば、本発明の方法により、対象のD-アミノ酸に関する指標による予後の予測や判定に基づいて、ウイルス感染症の治療手段として最適な抗ウイルス薬等の薬剤を選択したり、或いはその優先度の決定について補助するための情報を提供することができる。具体例として、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、予め所定の薬剤の効果や副作用、副反応に関する判定基準(基準範囲又は臨床判断値)を設定し、対象の検査値と比較することにより、薬剤投与の可否を検討することができる。また、一態様によれば、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、薬剤投与後の効果や副作用、副反応を予測、判定したり、投与の継続や中止、或いは投与量や投与タイミングの決定について補助するための情報を提供することができる。更には、対象のD-アミノ酸に関する指標を用いて、対象におけるD-アミノ酸に関する指標の値を調整する手段のスクリーニング及び/又は手段の決定について補助するための情報を提供することができる。
【0057】
ウイルス感染症の治療手段として使用可能な薬剤の具体例としては、限定されるものではないが、以下が例示される。ウイルス感染症治療薬として、ノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル、ペラミビル、ラニナミビル等)、M2蛋白阻害薬(アマンタジン等)、RNAポリメラーゼ阻害薬(ファビピラビル、モルヌピラビル等)、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(バロキサビル、マルボキシル等)、抗ヘルペスウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル、アメナメビル等)、抗サイトメガロウイルス薬(ガンシクロビル、ホスカルネット、バルガンシクロビル等)、抗B型肝炎ウイルス薬(エンテカビル、テノホビル、ラミブジン、アデホビル等)、抗C型肝炎ウイルス薬(ソホスブビル、リバビリン、レジバスビル等)、ヌクレオシド系逆転写阻害薬(テノホビル、エムトリシタビン等)、非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬(リルピピリン、エファビレンツ等)、インテグラーゼ阻害薬(エルビテグラビル、ドルテグラビル等)、プロテアーゼ阻害薬(ダルナビル、リトナビル等)、CCR5阻害薬(マラビロク等)抗菌薬、漢方薬(葛根湯、小青竜湯、麻黄湯等)、アセトアミノフェン、NSAIDs、抗ヒスタミン薬、免疫抑制薬(ステロイド、バリシチニブ等)、中和抗体薬(レムデシビル、カシリビマブ、イムデビマブ、ソトロビマブ等)、ヤヌスキナーゼ阻害薬(バリシチニブ)、RNA合成酵素阻害薬(レムデシビル)、生理活性ペプチド(アドレノメデュリン等)、GM-CSF製剤(サルグラモスチム等)、抗凝固薬(ヘパリン等)、抗寄生虫薬(イベルメクチン等)、ヒト化抗ヒトIL-6受容体モノクローナル抗体(トシリズマブ、サリルマブ等)、セリンプロテアーゼ阻害薬(ナファモスタット等)、ワクチン(DNAワクチン、RNAワクチン、弱毒化ワクチン、アデノウイルスベクターワクチン等)、経口補液、輸液、輸血、等が用いられ得る。
【0058】
・その他
本発明の方法は、以上の他にも種々の情報の提供に利用することができる。例えば、一態様によれば、本発明の方法は、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値に基づき行われた、前述のウイルス量や予後に関する情報や判定結果に基づいて、ウイルス感染及び/又はウイルス感染症のスクリーニングやその病態の診断に関する情報を提供することもできる。また、一態様によれば、本発明の方法は、対象のD-アミノ酸に関する指標の検査値に基づき行われた、ウイルス量や予後に関する情報や判定結果に基づいて、薬剤開発における効果・副作用・副反応のスクリーニングや治験の判定、代替的なエンドポイント等に関する情報を提供することもできる。前記複数の情報は、目的に応じて個別に提供されてもよく、同時に提供されてもよい。
【0059】
[ウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後に関する情報を提供するシステム(本発明のシステム)]
本発明の一側面は、本発明の第2の方法及び/又は本発明の第3の方法を実施することにより、対象のウイルス感染症の予後予測及び/又は対象の体内のウイルス量の推定及び/又は判定を行うためのシステム(適宜「本発明のシステム」と略称する。)に関する。
【0060】
図20は、本発明のシステムの構成の一例を模式的に示すブロック図である。但し、
図20に示す構成はあくまでも一例であり、本発明のシステムの構成はこれに何ら限定されるものではない。
図20に示すシステム10は、記憶部11と、入力部12と、分析測定部13と、データ処理部14と、出力部15とを含む。記憶部11は、ウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後に関する判定基準を含む種々の情報を記憶するように構成される。入力部12は、対象からの情報を含む種々の情報を入力できるように構成される。分析測定部13は、対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得する等、種々の分析測定を実施できるように構成される。データ処理部14は、対象のD-アミノ酸に関する指標を前記判定基準に基づいて処理することにより、対象のウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後についての判定を実施する等、種々の演算処理を実施できるように構成される。出力部15は、ウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後に関する情報を含む種々の情報を出力できるように構成される。
【0061】
具体的に、記憶部11は、例えばRAM、ROM、フラッシュメモリ等のメモリ装置、ハードディスクドライブ等の固定ディスク装置や、フレキシブルディスク、光ディスク等の可搬用の記憶装置等により構成される。記憶部11は、入力部12から入力されたデータ及び指示、分析測定部13で測定したデータ、データ処理部14で行った演算処理結果等の他、試料分析システム10を実現する情報処理装置の各種処理に用いられるコンピュータプログラムやデータベース等、種々の情報を記憶するように構成される。コンピュータプログラムは、例えばCD-ROM、DVD-ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体や、インターネットを介してインストールされてもよい。コンピュータプログラムは、公知のセットアッププログラム等を用いて記憶部11にインストールされる。
【0062】
入力部12は、試料分析システム10の外部とのインターフェイスであり、キーボード、マウス等の操作部も含む。これにより、入力部12は、分析測定部13で測定したデータや、データ処理部14で行う演算処理の指示等を入力することができる。また、入力部12は、例えば分析測定部13が外部にある場合、操作部とは別に、測定したデータ等をネットワークや記憶媒体を介して入力することができるインターフェイス部を含んでもよい。
【0063】
分析測定部13は、対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得するように構成される。例えば、分析測定部13は、対象の血液試料から少なくともD-アミノ酸量を測定できるように構成することができる。従って、分析測定部13は、アミノ酸のD体及びL体の分離及び測定を可能にする構成を有してもよい。アミノ酸は1種類ずつ分析する構成であってもよいが、一部又は全ての種類のアミノ酸についてまとめて分析する構成であってもよい。分析測定部13は、以下のものに限定されることを意図するものではないが、例えば試料導入部、光学分割カラム、検出部を備えたキラルクロマトグラフィーシステム、好ましくは高速液体クロマトグラフィーシステムであってもよい。特定のアミノ酸量のみを検出する観点では、酵素法や免疫学的手法による定量を実施してもよい。分析測定部13は、検査値の評価システムとは別に構成されていてもよく、測定したデータ等をネットワークや記憶媒体を用いて入力部12を介して入力してもよい。
【0064】
データ処理部14は、分析測定部13により測定されたD-アミノ酸に関する指標を、前記記憶部に記憶された判定基準と比較することで、対象のウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後についての情報の選択ができる。D-アミノ酸に関する指標は、対象の生体内物質の量(例えば、D-アミノ酸量、又は検査の指標)で補正した式又は値であってもよく、生理的変動要因、例えば、年齢、性別、BMI等で補正した式又は値であってもよい。データ処理部14は、記憶部に記憶しているプログラムに従って、分析測定部13で測定され、記憶部11に記憶されたデータに対して、各種の演算処理を実行する。演算処理は、データ処理部に含まれるCPUにより行われる。このCPUは、分析測定部13、入力部12、記憶部11、及び出力部15を制御する機能モジュールを含み、各種の制御を行うことができる。これらの各部は、それぞれ独立した集積回路、マイクロプロセッサ、ソフトウェア等で構成されてもよい。
【0065】
出力部15は、データ処理部で演算処理を行った結果である、対象のウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後についての情報を出力するように構成さる。出力部15は、演算処理の結果を直接表示する液晶ディスプレイ等の表示装置、プリンタ等の出力手段であってもよいし、外部記憶装置への出力又はネットワークを介して出力するためのインターフェイス部であってもよい。
【0066】
図21は、本発明のシステムによる処理(本発明の方法)の一例を模式的に示すフローチャートである。但し、
図21に示す処理はあくまでも一例であり、本発明のシステムによる処理はこれに何ら限定されるものではない。まず、ウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後に関する判定基準を入力部12から読み込んで記憶部11に記憶する(ステップS1)。次に、対象のD-アミノ酸に関する情報を入力部12から読み込んで記憶部11に記憶する(ステップS2)。続いて、分析測定部13において、記憶部11に記憶された対象からの情報を分析測定することにより、対象のD-アミノ酸に関する指標を取得する(ステップS3)。次にデータ処理部14において、分析測定部13で取得された対象のD-アミノ酸に関する指標を、記憶部11に記憶された判定基準に基づいて処理することにより、対象のウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後についての判定を実施する(ステップS4)。続いて、データ処理部14による対象のウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後についての判定結果を、対象のウイルス量及び/又はウイルス感染症の予後に関する情報として記憶部11に記憶、出力部15から出力する(ステップS5)。
【0067】
[その他]
以上、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明したが、本発明はこれらの実施の形態に限定されるものではなく、当業者であれば上記の説明から他の様々な発明概念を導き出すことが可能であるところ、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0068】
例えば、汎用の情報処理装置を用いて本発明のシステムを実現し、本発明の方法を実施するためのコンピュータープログラム(適宜「本発明のプログラム」という。)を提供することも可能である。具体的に、本発明のプログラムは、汎用の情報処理装置にインストールして実行することにより、当該情報処理装置及びそれに接続された入出力インターフェースや分析装置等の外部機器を、例えば
図20に示す、記憶部11と、入力部12と、分析測定部13と、データ処理部14と、出力部15とを含む試料分析システム10として機能させることが可能なコンピューターインストラクションを含むプログラムとして構成することができる。斯かる本発明のプログラムは、当業者には周知のコンピュータープログラミングの知識により実現可能である。斯かる本発明のプログラム、及び、当該プログラムを含むCD-ROM等の記録媒体も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0069】
本発明は、対象に於けるD-アミノ酸に関する指標の検査値を、所定の判定基準(基準範囲又は臨床判断値)と比較することにより実施可能であることから、医師による判断を要することなく、臨床検査・健康診断・データ処理業者等の医師以外の者や、分析・解析システム、及び分析・解析プログラムにより実施可能であり、惹いてはいわゆる医療行為等には該当しない。即ち、対象のD-アミノ酸に関する指標に基づく、対象のウイルス感染及び/又はウイルス感染症の検出及び/又は病期分類についての判定結果として提供することから、医師による診断・治療等の医療行為を代替するものではなく、その診断・治療等の精度向上や効率化を実現する予備方法又は補助方法として、極めて高い技術的有用性を有する。
【実施例0070】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。当業者は本明細書の記載に基づいて容易に本発明に修飾・変更を加えることが可能であるところ、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれるものとする。
【0071】
実施例において、記号の意味は下記の通りである。
D-AA:D-アミノ酸
L-AA:L-アミノ酸
BD-AA:血液(血清又は血漿)中D-アミノ酸濃度(nmol/mL or μM)
BL-AA:血液(血清又は血漿)中L-アミノ酸濃度(nmol/mL or μM)
B%D-AA:(BD-AA/BD-AA+BL-AA)×100(%)
Mock:非感染マウス群(対照群)
IAV:インフルエンザウイルス(インフルエンザAウイルス)感染マウス群
SCV:コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染マウス群
+D-AA:D-アミノ酸投与群
【0072】
なお、何れの実験も、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の動物委員会によって承認され、日本の動物保護管理法のガイドラインに従って実施された。
【0073】
[実施例1:インフルエンザモデルマウス試験]
図1は、実施例1におけるIAV、MockへのD-AA投与(+D-AA)実験プロトコールを示す模式図である。特定病原体管理施設で飼育したC57BL6マウス(SLC、東京、日本)を用い、短期間でマウス体内のウイルス量を増加させるために、H1N1インフルエンザA/プエルトリコ/8/34(PR8型インフルエンザウイルス株(ATCC、マナサス、米国)のTCID50(組織培養感染量中央値(Median tissue culture infectious dose)、50%感染量)の50倍量を含む10Lの水を、麻酔をかけた4週齢の個体に経鼻投与して感染させた。感染後に所定のスケジュールにて各群の個体を体重測定及び血液採取し、血漿中のキラルアミノ酸(D-アミノ酸とL-アミノ酸)を2D-HPLCで定量分析した。
【0074】
図2は、実施例1におけるMock、Mock+D-Ala、IAV、IAV+D-Ala各群(n=3~10)の体重変化率を示すグラフである。グラフ中の数値は各時点で体重を測定したマウスの個体数である。ウイルス感染したマウスは体重が減少したが、IAV+D-Ala群は体重減少率が抑制されており(*P<0.05)、D-Ala(D-アミノ酸量の制御剤)の投与がウイルス感染及びウイルス量の増加に対して抵抗及び保護することを示している。
【0075】
図3Aは、実施例1におけるMock、IAV、IAV+D-Ala各群(n=3~7)のD-Ala投与後5日目の肺組織のウイルスプラーク定量アッセイの結果を示すグラフである。ウイルスが感染した体内のウイルス量は増加しているが、IAV+D-Ala群のウイルス量の増加はIAV群と比較して抑制されており、D-Ala(D-アミノ酸量の制御剤)の投与によりBD-Ala(D-アミノ酸に関する指標)を制御することで、体内のウイルス量が調整された。
【0076】
図3Bは、実施例1におけるIAV+D-Ala群のBD-Alaとウイルス量の相関を解析したグラフである。BD-Alaとウイルス量は負の相関を有し、対象のBD-Alaを上昇或いは高位に制御することによってウイルス量を減少させ、又は対象のBD-Alaを低下或いは低位に制御することによってウイルス量を増加させることができる。これらのデータより得られた回帰式:Y(ウイルス量)=-96.5[BD-Ala]+9110において、相関係数R=0.627であり、BD-Alaを測定し回帰式に代入することで体内のウイルス量を推定又は決定することができる。
【0077】
図4は、実施例1におけるMock、Mock+D-Ala、IAV、IAV+D-Ala各群(n=3~10)について、死亡をエンドポイントとするカプラン-マイヤー解析による生存率曲線を示している。体内のウイルス量の増加を伴う重症化はインフルエンザウイルス感染マウスの生存率を低下させたが、D-Ala投与により死亡率は抑制されており、D-アミノ酸量の制御剤によりマウスの血中D-アミノ酸量を制御し、体内のウイルス量を調整することで生命予後を変化させることができた。また、体内のD-Ala量が上昇した場合に予後が改善することが予測でき、適宜D-アミノ酸量の制御剤の選択や投与量、投与タイミングを決定することができる。。
【0078】
図5は、実施例1におけるIAV+D-Ala群(n=9)について、体重維持率80%(体重減少率20%)を基準に分類した2群(-:体重を80%以上に維持した群、+:体重が20%以上減少した群)のBD-Ala、BD-Asn、BD-Pro、BD-Serを示したグラフである。-群は+群よりもBD-AAを高位に維持しており、D-Ala(D-アミノ酸量の制御剤)の投与により血中D-アミノ酸量を制御することで、ウイルス量の増加に伴う症状である体重変化が調整された。また、体重減少の程度によりBD-AAを推定することができる。
【0079】
図6-1及び
図6-2は、実施例1におけるMock(-)、IAV(+)各群の感染後48~72時間におけるD-アミノ酸に関する指標を示すグラフである。具体的に、
図6-1は、BD-Ala、BD-Ser、BD-Asn、及びBD-Proを示すグラフであり、
図6-2は、B%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Asn、及びB%D-Proを示すグラフである。D-アミノ酸に関する指標であるBD-AA、B%D-AAは、IAV(+)群の体内のウイルス量の増加に伴い、基準個体群であるMock(-)群と比較して低下している。ウイルス感染症によりD-アミノ酸に関する指標は変動し得ることから、その指標を制御することを目的に、BD-AAを適宜モニタリングすることが有用であることが分かる。
【0080】
図7は、実施例1におけるMock(-)、IAV(+)各群の感染後の体重変化率(%)を示すグラフである。
図6、
図7のデータから、体内のウイルス量の増加、ウイルス感染症の症状(体重減少)、D-アミノ酸に関する指標(BD-AA)が関連していることが分かる。
【0081】
図8は、実施例1におけるIAV(Vehicle)、IAV+D-Ser、IAV+D-Ala各群において、死亡をエンドポイントとするカプラン-マイヤー解析による生存率曲線である。体内のウイルス量の増加を伴う重症化はインフルエンザウイルス感染マウスの生存率を低下させたが、D-Ser、D-Ala投与が死亡率を抑制したことから、D-アミノ酸量の制御剤により体内のウイルス量が調整され生命予後が変化することが示された。また、体内のD-Ser量及びD-Ala量を上昇させた場合に予後が改善することを予測することができる。
【0082】
図9は、実施例1におけるIAV(Vehicle)、IAV+D-Ser、IAV+D-Ala各群の体重変化率を示すグラフである。ウイルス感染した各群の体重は減少したが、IAV+D-Ser、IAV+D-Ala群は体重減少率が抑制されており、D-アミノ酸量の制御剤であるD-Ser又はD-Alaの投与がウイルス感染及びウイルス量の増加に対して抵抗及び保護したことを示している。
【0083】
[実施例2:COVID-19モデルマウス試験]
図10は、実施例2におけるコロナウイルス感染マウス実験プロトコールを示す模式図である。国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所で開発された、SARS-CoV-2に感受性の高いCAG-hACE2マウスを用い、SARS-CoV-2のTCID50の2×10
2~10
4に当たる量を、麻酔をかけた8~12週齢の個体に気管支感染させコロナウイルス感染症モデルマウスを作成した(非特許文献9)。
【0084】
図11-1及び
図11-2は、実施例2におけるSCV群のD-アミノ酸に関する指標を示すグラフである。具体的に、
図11-1は、BD-Ala、BD-Ser、BD-Pro、及びBD-Asnの経時変化を示すグラフであり、
図11-2は、B%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Pro、及びB%D-Asnの経時変化を示すグラフである。SARS-CoV-2感染直後は、何れのBD-AA、B%D-AAとも体内からのD-AAの供給による上昇が認められるが、ウイルス量の増加による重症化に伴い低下し、D-AAの供給が健常状態と比較して不足していることが示された。これらのように、ウイルス感染症によりD-アミノ酸に関する指標は変動し得ることから、その指標を制御することを目的に、BD-AA、B%D-AAを適宜モニタリングすることが有用であることが分かる。
【0085】
図12は、実施例2におけるコロナウイルス感染マウスへのD-Ala投与実験スケジュールを示す模式図である。8~12週齢の雌雄CAG-hACE2マウスに、実験の2日前から1日2回、所定用量のD-Alaの腹腔内投与を開始した。その後、SARS-CoV-2を呼吸器経由でマウスに感染させた。
【0086】
図13は、実施例2におけるSCV(Saline)、SCV+D-Ala(投与量0.04g、0.2g、及び1g/kg体重)各群の体重変化率を示すグラフである。SCV+D-Ala各群はSCV群と比較してウイルス増加による症状である体重減少を抑制していることが分かる。
【0087】
図14は、実施例2におけるSCV(Vehicle)、SCV+D-Ala各群について、死亡をエンドポイントとするカプラン-マイヤー解析による生存率曲線である。体内のウイルス量の増加を伴う重症化はコロナウイルス感染マウスの生存率を低下させるが、D-Ala投与により死亡率は抑制された。D-アミノ酸量の制御剤によりマウス体内のD-アミノ酸量を制御することで、ウイルス量が調整され生命予後が変化することが示された。また、体内のD-Ala量を上昇させた場合に、予後が改善することを予測することができる。
【0088】
図15-1及び
図15-2は、実施例2におけるSCV(Vehicle)及びSCV+D-Ala各群についてのD-アミノ酸に関する指標を示すグラフである。具体的に、
図15-1は、BD-Ala、BD-Ser、BD-Asn、及びBD-Proの経時変化を示すグラフであり、
図15-2は、B%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Asn、及びB%D-Proの経時変化を示すグラフである。D-Ala(D-アミノ酸量の制御剤)の投与により、各BD-AA、B%D-AAの上昇が認められ、D-アミノ酸に関する指標である各BD-AA、B%D-AAを制御できることが分かる。
【0089】
図16-1及び
図16-2は、実施例2におけるSCV+D-Ala群において体重維持率90%(体重減少率10%)を基準に分類した2群(-:体重を90%以上に維持した群、+:体重が10%以上減少した群)についてのD-アミノ酸に関する指標を示すグラフである。具体的に、
図16-1は、BD-Ala、BD-Ser、BD-Asn、及びBD-Proを示すグラフであり、
図16-2は、B%D-Ala、B%D-Ser、B%D-Asn、及びB%D-Proを示すグラフである。-群は+群よりもBD-AA及びB%Dを高位に維持しており、D-アミノ酸量の制御剤により血中D-アミノ酸量を制御することで、ウイルス量の増加に伴う体重変化が調整されることが示されている。また、体重減少の程度によりBD-AA及びB%Dを推定することができる。
【0090】
図17は、実施例2におけるSCV(Vehicle)、SCV+D-Ala各群について経時的な体重変化率を示すグラフである。SCV+D-Ala群は、SCV(Vehicle)と比較して体重減少率が小さく、D-Ala(D-アミノ酸量の制御剤)の投与によりウイルス感染症の症状が緩和されたことが分かる。
【0091】
図18は、実施例2におけるSCV(Vehicle)、SCV+D-Ala各群について、体重減少及び死亡を複合エンドポイントとするカプラン-マイヤー解析による生存率曲線である。体内のウイルス量の増加による重症化はコロナウイルス感染マウスの生存率を低下させるが、D-Ala投与により体重減少及び死亡率は抑制されており、D-アミノ酸量の制御剤により、体内のウイルス量が調整され予後が変化することが示された。また、体内のD-Ala量が上昇した場合に予後が改善することを予測することができる。
【0092】
図19は、実施例2におけるSCV+D-Ala群についてBD-Alaが高位(≧4.72μM)及び低位(<4.72μM)に分類した各群の、死亡をエンドポイントするカプランマイヤー解析による生存率曲線である。体内のBD-Alaについて、予後の判定基準値を4.72μMと設定した場合、BD-Ala高位群は低位群と比較して予後が良好であることを予測することができる。
【0093】
実施例2において上述した全ての生存率曲線からは、D-Ala(D-アミノ酸量の制御剤)の投与がウイルス感染症の症状軽減に関して予防効果があったことが示されている。