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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059771
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】細胞のリプログラミング方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240423BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20240423BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/074
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024024228
(22)【出願日】2024-02-21
(62)【分割の表示】P 2021556199の分割
【原出願日】2020-11-12
(31)【優先権主張番号】P 2019206270
(32)【優先日】2019-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】522191255
【氏名又は名称】島崎 猛夫
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【弁理士】
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】島崎 猛夫
(72)【発明者】
【氏名】山本 聡子
(72)【発明者】
【氏名】友杉 直久
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、遺伝子導入なしに、体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する方法に関する。
【解決手段】前記方法は、(a)体細胞を、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で培養する工程、及び(b)工程(a)で培養した細胞を、OCT3/4転写刺激因子を含む培地で培養することにより、リプログラムされた細胞を作製する工程、を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子導入なしに、非ヒト哺乳動物の線維芽細胞からリプログラミングされた細胞である多能性(multipotent)幹細胞を作製する方法であって:
(a)非ヒト哺乳動物の線維芽細胞を、LIF、CCL2、及びIL-6を含まず、2-メルカプトエタノールを含む培地で培養することで、多能性幹細胞の前駆体を得る工程、
及び
(b)工程(a)で得られた前記多能性幹細胞の前駆体を、OCT3/4転写刺激因子を含む培地で培養することにより、リプログラムされた細胞である多能性幹細胞を作製する工程であって、前記OCT3/4転写刺激因子が、LIF、CCL2、及びIL-6からなる群より選ばれるいずれか1又は2以上である工程、を含む方法。
【請求項2】
工程(b)におけるOCT3/4転写刺激因子が、LIFを含む、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(a)の培地が、0.1μM~2mMの2-メルカプトエタノールを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
工程(b)の培地が、さらにCCL2を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
工程(b)の培地が、さらにACTH、bFGF、及びGSK3β阻害剤から選ばれる1又は2以上を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
工程(b)の培地が、2-メルカプトエタノールを含まない、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
体細胞から目的とする細胞を製造する方法であって:
(i)請求項1~6のいずれか1項に記載の方法により非ヒト哺乳動物の線維芽細胞からリプログラミングされた細胞である多能性幹細胞を作製する工程、及び
(ii)前記多能性幹細胞を目的とする細胞に分化誘導する工程、
を含む、方法。
【請求項8】
細胞製剤の製造方法であって:
(i)請求項1~6のいずれか1項に記載の方法により非ヒト哺乳動物の線維芽細胞からリプログラミングされた細胞である多能性幹細胞を作製する工程、
(ii)前記多能性幹細胞を目的とする細胞に分化誘導し、分化誘導後の細胞を得る工程、及び
(iii)前記分化誘導後の細胞と薬理学的に許容しうる担体を含む細胞製剤を調製する工程、
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願:
本出願は、日本特許出願2019-206270(2019年11月14日出願)に基づく優先権を主張しており、この内容は本明細書に参照として取り込まれる。
技術分野:
本発明は、細胞をリプログラミングする方法に関し、より詳細には、外部からの遺伝子導入を行わずに、化学物質を用いることによって細胞をリプログラミングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1981年にマウス胚から胚性幹細胞(ES細胞)が樹立されてから(非特許文献1)、今日に至るまでES細胞は組織再生研究の一材料として広く用いられている。ES細胞のような多能性幹細胞は分化多能性を有することを特徴としており、この性質を利用すれば種々の組織を再生させることができると考えられている。具体的には、パーキンソン病などの神経変性疾患、脊髄損傷、脳梗塞、糖尿病、肝硬変、心筋症などのこれまで根治の困難であった疾患の治療に期待が持たれている。
【0003】
しかしながら、ES細胞或いはES細胞から再生した組織の移植は、他家移植であるがゆえに臓器移植と同様に移植後の拒絶反応を惹起してしまうという問題がある。また、ES細胞の樹立には受精卵ないし受精卵より発生が進んだ胚盤胞までの段階の初期胚が必要となり、特にヒトの場合では、ヒトの受精卵を材料として用いることで生命の萌芽を滅失してしまうことから、倫理的見地からの問題点も指摘されている。
【0004】
一方、2006年に、体細胞に4つの遺伝子(Oct3/4遺伝子、Sox遺伝子、c-Myc遺伝子およびKlf遺伝子)を導入することにより多能性幹細胞を樹立するという、画期的な人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製技術が山中らにより報告された(非特許文献2)。iPS細胞では、体細胞を利用することから自家移植が可能となり、また倫理的に問題視される胚破壊も必要としないことからES細胞での問題点が解消されている。そのため、このiPS細胞により劇的に再生医療技術が進歩したのは周知の事実である。2007年にはヒトiPS細胞の樹立にも成功しており(非特許文献3、4)、iPS細胞に関してはこれまでに多数の報告がなされている。
【0005】
現在では、iPS細胞の樹立方法に関して発見当初よりも飛躍的に進歩している状況が窺える。最初に報告されてから初期の段階で遺伝子導入に用いられていたレトロウイルスは、体細胞ゲノムへの挿入変異による発癌可能性が問題視されたが、現在ではRNAウイルスであるセンダイウイルスをはじめとして、エピソーマルベクターや合成mRNAによる方法等体細胞ゲノムに変異を導入しない方法が開発されている(非特許文献5~8)。また、導入する遺伝子の種類についても、Oct3/4遺伝子およびSox遺伝子以外の遺伝子は不要とする方法の開発など、種々改善されてきている(非特許文献9)。
【0006】
iPS細胞の他には、Muse細胞と呼ばれる多能性(multipotent/pluripotent)幹細胞が報告されている(特許文献1)。Muse細胞は、骨髄や皮膚などの生体組織に存在する腫瘍性を持たない多能性幹細胞であり、SSEA-3(stage specific embryonic antigen-3)陽性であることを特徴としている。Muse細胞については、肝細胞、筋肉、神経、グリア細胞、皮膚色素細胞(メラノサイト)、表皮、血管などへの三胚葉すべてにわたる多様な細胞への分化がこれまでに報告されている。このように、再生医療における多能性幹細胞の関心は高く、多能性幹細胞の作製については更なる技術の確立が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2012/133948号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Martin GR, Proc Natl Acad Sci U S A. 1981 Dec;78(12):7634-8.
【非特許文献2】Takahashi K et al., Cell. 2006 Aug 25;126(4):663-76.
【非特許文献3】Takahashi K et al., Cell. 2007 Nov 30;131(5):861-72.
【非特許文献4】Yu J et al., Science. 2007 Dec 21;318(5858):1917-20.
【非特許文献5】Okita K et al., Nat Methods. 2011 May;8(5):409-12.
【非特許文献6】Agu CA et al., Stem Cell Reports. 2015 Oct 13;5(4):660-71.
【非特許文献7】Warren L et al., Cell Stem Cell. 2010 Nov 5;7(5):618-30.
【非特許文献8】Yakubov E et al., Biochem Biophys Res Commun. 2010 Mar 26;394(1):189-93.
【非特許文献9】Shi Y et al., Cell Stem Cell. 2008 Jun 5;2(6):525-8.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
多能性(multipotent/pluripotent)幹細胞を作製する上で、体細胞を原料とし、人工的な遺伝子操作を行わないことは臨床応用の観点から極めて重要である。遺伝子改変の可能性、費用的側面、作製効率および作製期間等についてこれまで改善されてきてはいるが、更なる改善は今後も求められる課題である。その上で、本発明では多能性幹細胞の作製技術の一環として、細胞をリプログラミングする方法を提供することを目的とし、より具体的には、外部からの人工的遺伝子の導入操作を行わずに細胞をリプログラミングする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、DNA機能障害物質であるヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(例えば、2-メルカプトエタノール)を含有する培地で体細胞を培養した後、OCT3/4の転写刺激因子(例えば、LIF、CCL2、及びIL-6)を含む培地で培養すると、当該体細胞においてリプログラミングが行われることを見出した。かかる知見に基づき、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、好ましくは以下に記載するような態様により行われるが、これに限定されるものではない。
[1]遺伝子導入なしに、体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する方法であって:
(a)体細胞を、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で培養する工程、及び
(b)工程(a)で培養した細胞を、OCT3/4転写刺激因子を含む培地で培養することにより、リプログラムされた細胞を作製する工程、を含む方法。
[2]OCT3/4転写刺激因子が、LIF、CCL2、及びIL-6からなる群より選ばれるいずれか1又は2以上である、[1]に記載の方法。
[3]ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が、2-メルカプトエタノールである、[1]または[2]に記載の方法。
[4]遺伝子導入なしに、体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する方法であって:
(a)体細胞を、2-メルカプトエタノールを含む培地で培養する工程、及び
(b)工程(a)で培養した細胞を、LIFを含む培地で培養することにより、リプログラムされた細胞を作製する工程、を含む方法。
好ましくは、工程(a)の培養期間は3日間以上、より好ましくは3~7日間であり、工程(b)の培養期間は好ましくは3日間以上、より好ましくは3~9日間であり、スフェロイド形成が確認されるまで細胞培養を行うことが望ましい。
[5]工程(a)の培地が、10μM~0.2mM、好ましくは10μM~100μM、より好ましくは10μM~50μMの2-メルカプトエタノールを含む、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]工程(b)の培地が、さらにLIFを含む、[4]又は[5]に記載の方法。
好ましくは、工程(b)の培地は、LIFを1~100ng/mL、力価としては100-5000units/ml)含む。
[7]工程(b)の培地が、さらにACTH、bFGF、及びGSK3β阻害剤から選ばれる1又は2以上を含む、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]工程(a)の培地が、OCT3/4転写刺激因子を含まない、[1]~[7]のいずれかにに記載の方法。好ましくは、工程(a)の培地は、サイトカイン及びホルモンを含まない。
[9]リプログラミングされた細胞が、三胚葉に分化可能な多能性(multipotent)幹細胞である、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。前記多能性幹細胞は、pluripotentであり得る。
[10]体細胞が線維芽細胞、好ましくは皮膚線維芽細胞である、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。工程(a)においては、前記線維芽細胞の形態変化が確認されるまで細胞培養を行うことが好ましい。
[11]体細胞がヒト線維芽細胞、好ましくはヒト皮膚線維芽細胞である、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。行う、[9]又は[10]に記載の方法。
[12]以下の試薬A及び試薬Bを含む、体細胞をリプログラミングするためのキット:
試薬A)2-メルカプトエタノールを含まない培地を構成するための試薬、
試薬B)LIF、CCL2、及びIL-6を含む培地を構成するための試薬。
試薬A及び試薬Bは、培地と成分が別々に包装され用時調製されてもよいし、培地に各成分が含有された状態であってもよい。また、試薬Aで構成される培地は、OCT3/4転写刺激因子(LIF、CCL2、IL-6)を含まない。
[13]試薬Bが、さらにACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤から選ばれる1以上を構成要素として含む、[12]に記載のキット。
[14]体細胞から目的とする細胞を製造する方法であって:
(i)[1]~[11]のいずれかに記載の方法により体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する工程、及び
(ii)リプログラミングされた細胞を目的とする細胞に分化誘導する工程、を含む方法。
[15]細胞製剤の製造方法であって:
(i)[1]~[11]のいずれかに記載の方法により体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する工程、
(ii)リプログラミングされた細胞を目的とする細胞に分化誘導する工程、及び
(iii)分化誘導した細胞と薬理学的に許容しうる担体を含む、細胞製剤を調製する工程、を含む方法。
[16][14]に記載の方法により、体細胞から誘導された細胞。
[17][15]に記載の方法により調製された細胞と薬理学的に許容しうる担体を含む細胞製剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、外部からの人工的遺伝子の導入操作を行わずに細胞をリプログラミングする方法を提供することができる。本発明により提供される方法は、多能性(multipotent/pluripotent)幹細胞の作製に利用することができる。本発明の方法では、外部からの人工的な遺伝子の導入を必要としないことから、免疫原性の問題や発癌性リスク等の体細胞に影響を及ぼす危険性を極めて低く抑えることができる。また、本発明の方法によれば、細胞の培養時にHDAC阻害剤を利用するのみでよいため、簡便かつ安定的に細胞のリプログラミングを行うことができ、さらに、細胞のリプログラミングや多能性幹細胞の作製について、その実施費用を低く抑えることができる。これらの観点から、本発明の方法を利用することにより、多能性幹細胞の研究がより容易になり、今後の組織再生技術の研究開発に大きな貢献をもたらすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、ヒト皮膚線維芽細胞の培養後の細胞の形態を示す図である。図1Aは、ヒト皮膚線維芽細胞の培養後の通常の状態(細胞密度小)の形態を示す。また、図1Bは、ヒト皮膚線維芽細胞の培養後で細胞密度が高い状態を示す図である。
図2図2は、ヒト皮膚線維芽細胞の培養後に形成されたスフェロイドを示す図である。図2Aは、ヒト皮膚線維芽細胞の培養後に形成されたスフェロイドを弱拡大した写真であり、図2Bは、スフェロイドをより拡大した写真である。
図3図3は、培養後の細胞のアルカリホスファターゼ反応を示す図である。
図4図4は、Nanog、Klf4、Oct4、及びSox2の未分化マーカーの発現を調べたPCR実験の結果を示す図である。Nanog、Klf4、Oct4、及びSox2の予定サイズは、それぞれ406pb、396bp、143bp、及び150bpである。レーン1は、2-メルカプトエタノールでの処理を行っていないヒト皮膚線維芽細胞サンプル、レーン2は、2-メルカプトエタノールで処理を行うことなく、工程(a)を行ったインキュベーターで培養したヒト皮膚線維芽細胞サンプル、レーン3は、ヒト皮膚線維芽細胞に2-メルカプトエタノールでの処理を行いリプログラミングさせたサンプル、レーン4は、RNAの代わりに水を加えた陰性対照サンプルをそれぞれ示す。
図5図5は、脂肪細胞に分化した結果を示す図である。図5Aは、脂肪細胞へ分化させた後の拡大写真であり、図5Bは、分化後の脂肪細胞を蛍光染色した写真である。
図6図6は、神経細胞に分化した結果を示す図である。図6A~Cは、神経細胞へ分化させた後の写真であり、図6Dは、分化後の神経細胞を、抗体(抗neurofilament抗体)を用いて免疫染色した写真である。
図7図7は、肝細胞に分化した結果を示す図である。図7Aは、分化させた後の肝細胞がPAS染色されていることを示し、図7Bは、分化させた肝細胞がアルブミンを産生していることを示している。
図8図8は、分化後の肝細胞に関する結果を示す図である。図8Aは、分化後の肝細胞においてICG(インドシアニングリーン)の取り込みが行われていることを示している。図8Bは、分化後の肝細胞が胆管様構造を呈し、ICGが胆管様構造内に集積していることを示している。図8Cは、ICG取り込みの1時間後の写真であり、図8Dは、20時間後にICGがほぼ消失したことを示している。
図9図9は、軟骨細胞に分化した結果を示す図である。図9Aは、分化させた軟骨細胞の写真である。図9Bは、分化させた軟骨細胞のHE染色写真である。図9Cは、図9Bの拡大写真である。図9Dは、分化後の軟骨細胞をアルシアンブルー染色した後の写真である。
図10図10は、分化後の軟骨細胞に関する結果を示す図である。図10Aは、分化後の軟骨細胞を拡大した写真であり、図10Bは、ヒト関節唇の線維軟骨を示す写真である。図10A図10Bは、分化後の軟骨細胞とヒト関節唇の線維軟骨とが互いに病理学的に類似した形態であることを示している。図10Cは、分化後の軟骨細胞において一部骨化していることを示している。図10Dは、ヒト骨頭の骨組織の写真である。図10C図10Dは、分化後の軟骨細胞の骨化部分がヒトの骨組織と病理学的に類似した形態であることを示している。
図11図11は、分化後の軟骨細胞とヒトの臨床検体における軟骨細胞とを、各種抗体や薬液で染色した結果を示す図である。分化後の軟骨細胞は、その生物学的特徴から、ヒト臨床検体において線維軟骨に酷似している。
図12図12、分化後の骨芽細胞をアルカリフォスファターゼ染色を行った結果を示す図である。図12Aはコントロール(皮膚線維芽細胞)、図12Bはリプログラミング後の細胞を骨芽細胞に分化誘導した細胞を示す。分化誘導した細胞はアルカリフォスファターゼ陽性である。
図13図13は、2-メルカプトエタノールを含むD-MEM培地での培養後、LIF/CCL2を含む培地で培養したヒト皮膚線維芽細胞の培養後の細胞の形態を示す図である。図12Aは通常の線維芽細胞、図12Bは、LIFのみ、図12CはLIF+CCL2(10ng/mL)、図12DはLIF+CCL2(100ng/mL)を使用した場合の線維芽細胞を示す。
図14図14は脂肪細胞への分化誘導を示す。図14Aは2-メルカプトエタノールを含むD-MEM培地で7日間培養後の細胞、図14Bは、LIF+CCL2(10ng/mL)を含む培地で7日間培養後の細胞、図14C及びDは脂肪細胞への分化誘導後25日目の細胞(それぞれ4倍、20倍)を示す。
図15図15は脂肪細胞への分化誘導を示す。図15Aは2-メルカプトエタノールを含むD-MEM培地で7日間培養後の細胞、図15Bは、LIF+CCL2(100ng/mL)を含む培地で7日間培養後の細胞、図15C及びDは脂肪細胞への分化誘導後25日目の細胞(それぞれ4倍、20倍)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一つの態様は、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(例えば、2-メルカプトエタノール)を含有する培地で細胞を培養する工程と、OCT3/4転写刺激因子(例えば、LIF、CCL2、及びIL-6)を含む培地で培養する工程を含む、細胞をリプログラミングする方法である。
【0015】
本明細書においてリプログラミングとは、分化した細胞を再び多能性(multipotent/pluripotent)幹細胞に戻すことを指し、細胞のリプログラミングは、細胞の初期化とも称される。生物学的には、リプログラミングは、DNAメチル化などのエピジェネティックな標識の消去又は再構成を意味する。初期化因子を体細胞に導入するiPS細胞作成技術などが細胞のリプログラミングの代表例である。本発明では、遺伝子導入を行うことなく、DNA障害物質であるHDAC阻害剤を使用して、リプログラミングを行う。なお、本明細書では、DNA機能障害物質(HDAC阻害剤)を含有する培地で細胞を培養する工程を、以下、工程(a)と称する。
【0016】
<DNA機能障害物質>
DNA機能障害物質とは、DNA(デオキシリボ核酸)に結合することやDNAに直接あるいは間接に作用することで、DNAの持つ機能であるDNA合成、DNA転写(RNA合成)、及びDNA複製のいずれかを障害することのできる物質を意味する。
【0017】
<ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤>
本発明では、DNA機能障害物質としてヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を使用する。ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC:Histone Deacetylase)は、クロマチン構造において主要な構成因子であるヒストンの脱アセチル化を行う酵素である。HDAC阻害剤は、このHDACを阻害することにより、遺伝子の転写を制御する。より詳細に言えば、分化状態の細胞では、ヒストンは凝集した状態で存在するが、HDAC阻害剤は凝集したクロマチン構造を弛緩させることにより、停止されている初期化関連遺伝子の転写を、転写開始可能な状態にする。
【0018】
本発明において用いられるHDAC阻害剤としては、例えば、2-メルカプトエタノール、エチレンオキシド、酪酸、アピシジン、バルプロ酸、トリコスタチンA、ボリノスタット等が挙げられる。
【0019】
2-メルカプトエタノールは、構造式HS-CH-CH-OHで表される化合物であり、β-メルカプトエタノール又はチオグリコールとも称される。2-メルカプトエタノールのCAS登録番号は60-24-2である。2-メルカプトエタノールは、硫化水素とエチレンオキシドとを反応させて合成することができ、好ましくは工業的に製造された市販品を用いることができる。例えば、富士フイルム和光純薬の試薬や製品を利用することができる。
【0020】
エチレンオキシドは、分子式COで表される化合物であり、エポキシエタン、オキシラン、オキサシクロプロパン、酸化エチレン、エチレンオキサイドとも呼ばれ、EOと略称される。また、エチレンオキシドのCAS登録番号は75-21-8である。エチレンオキシドは、エチレンと酸素とを反応させて合成することができ、好ましくは工業的に製造された市販品を用いることができる。例えば、三菱化学、昭和電工ガスプロダクツ、太陽日酸等の製品を利用することができる。エチレンオキシドを用いる場合、細胞の培地に含有させてもよいが、細胞の培養器具(培養容器等)にエチレンオキシドガスを吹き付けて用いることが好ましい。
【0021】
本発明では、前述の2-メルカプトエタノール、エチレンオキシドのみならず、他のHDAC阻害剤もこれらの化合物と同様に使用することができるが、2-メルカプトエタノールを使用することが好ましい。
【0022】
<細胞>
本発明の方法において培養される細胞は、体細胞であることが好ましい。本発明における体細胞は、分化が進行した細胞であれば特に限定されず、生殖細胞以外の任意の細胞又はその細胞集団が使用可能である。その種類としては、例えば、線維芽細胞、脂肪細胞、神経細胞、筋肉細胞(心筋細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞等)、皮膚細胞、上皮細胞、内皮細胞、血液細胞(好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球等)、肝細胞、腎細胞、肺細胞、膵細胞、毛母細胞(皮膚毛母細胞、体毛毛母細胞等)、口腔細胞(口腔粘膜細胞等)等の既に分化した細胞や、造血幹細胞、間葉系幹細胞、神経幹細胞、脂肪由来幹細胞等の体性幹細胞、或いは各種前駆細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。本発明では、入手する細胞の容易性の観点から、線維芽細胞(より好ましくは、皮膚線維芽細胞)、口腔細胞、及び毛母細胞が好ましく、線維芽細胞がより好ましく、皮膚線維芽細胞がとくに好ましい。
【0023】
体細胞は、哺乳類、鳥類等の動物より採取することができる。哺乳類(哺乳動物)としては、例えば、ヒト、サル、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン等の霊長類、マウス、ラット等の齧歯類、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、ウマ等が挙げられ、鳥類としては、例えば、ニワトリ、アヒル等が挙げられるが、いずれもこれらに限定されない。体細胞は、胎児期の体細胞であってもよく、或いは成熟した体細胞であってもよい。また、体細胞は、初代培養細胞であってもよいし、継代細胞であってもよい。得られたリプログラムされた細胞又はこれが分化した細胞若しくは組織を移植する場合には、その移植対象となる動物から採取した体細胞(即ち、自己の体細胞)又は当該動物と同種の動物から採取した体細胞を用いるのが好ましい。また、その移植が疾病の治療に関与する場合は、当該疾病に関与する組織の体細胞であることが好ましい。
【0024】
<細胞の培養>
本発明は、HDAC阻害剤を含有する培地で細胞を培養する工程を含み、少なくとも当該工程を行うことによって、細胞をリプログラミングすることができる。当該細胞は、HDAC阻害剤を含有する培地に接した状態で培養されればよく、好ましくは、HDAC阻害剤を含有する培地の中で培養される。
【0025】
培地におけるHDAC阻害剤の含有量は、特に限定されないが、例えば、培養を開始してから1週間後の細胞数の割合が、HDAC阻害剤を含有させずに1週間培養した場合(HDAC阻害剤を含有しないこと以外は同一の条件で1週間培養した場合)の細胞数に対して70%以上(好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上)となる量として表すことができる。また、培養を開始してから1週間後の細胞の一部が、細胞の集合様の形態(スフェロイド)を示す量として表すこともできる。当該含有量は、HDAC阻害剤の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができるが、例えば0.01μM~50mM、好ましくは0.1μM~10mM、より好ましくは0.5μM~7mM、さらに好ましくは1μM~5mMである。
【0026】
HDAC阻害剤が2-メルカプトエタノールである場合は、培地中のその含有量は、例えば0.1μM~10mM、好ましくは0.1μM~2mM、より好ましくは0.1μM~5mM、より好ましくは10μM~3mMである。細胞への影響を考えると、リプログラミングが可能な限度で、2-メルカプトエタノールの量は少ない方が好ましい。このような観点から、2-メルカプトエタノールは10μM~0.2mMでもよく、10μM~100μM、10μM~50μMでもよい。なお、幹細胞の培養に通常使用される2-メルカプトエタノールの濃度は100μMであるから、本発明のリプログラミングはそれよりもはるかに少ない濃度の2-メルカプトエタノールで実施可能と言える。
【0027】
後述するように、本発明においては、2-メルカプトエタノールなどのHDAC阻害剤を作用させた後に、OCT3/4転写刺激因子(LIF、CCL2、IL-6など)を作用させるという順序が細胞のリプログラミングに重要である。したがって、工程(a)の培地はOCT3/4転写刺激因子を含まない。好ましくは、工程(a)の培地は、ACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤などのサイトカインやホルモンをいずれも含まない。
【0028】
<OCT3/4転写刺激因子>
OCT3/4転写刺激因子とは、OCT3/4の転写を刺激し、活性化する因子であり、例えば、LIF(白血病阻害因子)、CCL2(ケモカイン(CCモチーフ)リガンド2)、IL-6(インターロイキン6)を挙げることができる。なかでも、LIFを使用することが好ましく、LIFとCCL2を使用することがより好ましい。
【0029】
本発明では、HDAC阻害剤によりクロマチン構造を弛緩させ、次いで、OCT3/4転写刺激因子を作用させることにより、OCT3/4の転写を活性化させ、OCT3/4を中心としたタンパク質の働きにより、細胞を未分化状態に移行させる。
【0030】
本発明の方法(工程(a))において、細胞を培養する条件は特に限定されるものではない。例えば、培養温度は30~40℃とすることができ、好ましくは35~39℃であり、より好ましくは36~38℃である。また、CO濃度は、例えば1~10%であり、好ましくは1.5~8%、より好ましくは2~5%である。
【0031】
工程(a)における細胞の培養期間も、特に限定されず、使用する細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができる。本発明における細胞の培養期間は、例えば1日以上であり、具体的な培養期間としては1~10日間が挙げられる。好ましい培養期間も、特に限定されるわけではないが、例えば2~9日間であり、好ましくは3日以上、より好ましくは3~7日間である。
【0032】
細胞培養に利用する培地組成も、使用する細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができ、特に限定されない。例えば、その基本培地としては、特に限定されないが、イーグル培地(BM、MEM、DMEM等)、McCoy培地(McCoy5A、McCoy7A等)、Ham培地(F10、F12等)、199培地、RPMI1640培地、NCTC培地(NCTC109、NCTC135等)等を用いることができる。また、各種基本培地は必要に応じて混合して使用することもできる。
【0033】
上記の基本培地には、血清(ウシ胎児血清、ヒト血清等)、血清代替物(KSR、B27サプルメント等)、アミノ酸(アラニン、アルギニン、シスチン、ヒスチジン等)、ビタミン(ビタミンB7、ビタミンB12等)、抗生物質(アンホテリシンB、カナマイシン等)、接着因子(コラーゲンI型、ゼラチン、フィブロネクチン等)、脂肪酸(オレイン酸、アラキドン酸、リノレン酸等)、アデニン、グアノシン、ヒポキサンチン、チミジン、コレステロール等の細胞の維持に通常必要とされる添加物を加えることもできる。
【0034】
本発明では、上記の工程(a)の培養を行うことによって、その結果として細胞の形態変化が見られることがある。ここで、本明細書において細胞の形態変化とは、培養後の細胞集団の外観が培養開始時点の状態から変化することを意味する。例えば、図1Bの写真に示されるように、培養後の細胞が周囲から凝集し始めるような状態が観察され得る。かかる状態の細胞の形態変化を確認した後で、上記の培養工程を停止することができる。
【0035】
<OCT3/4転写刺激因子存在下での培養>
本発明の方法は、上記の培養工程に次いで、OCT3/4転写刺激因子、例えば、LIF、CCL2、及びIL-6からなる群より選択される一以上を含有する培地で細胞を培養する工程(以下、本明細書では工程(b)と称する)をさらに含む。
【0036】
工程(b)で用いられる培地には、LIFなどのOCT3/4転写刺激因子のほかに、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)、及びGSK3β阻害剤のいずれか一以上が含まれていてもよい。本発明では、LIF又はLIFとCCL2に、ACTH及びbFGFを組み合わせて用いることが好ましく、LIF又はLIFとCCL2に、ACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤を組み合わせて用いることが最も好ましい。
【0037】
本発明においてGSK3β阻害剤とは、GSK3β(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β)に対して阻害活性を有する物質を意味する。GSK3β阻害剤としては、例えば、AR-A014418(N-(4-メトキシベンジル)-N’-(5-ニトロ-1,3-チアゾール-2-イル)尿素)、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-ジクロロフェニル)-5-(5-メチル-1H-イミダゾール-2-イル)-2-ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]-3-ピリジンカルボニトリル)、CHIR98014(N-6-[2-[[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(1H-imidazol-1-yl)-2-pyrimidinyl]amino]ethyl]-3-nitro-2,6-pyridinediamine)、SB415286(3-[(3-クロロ-4-ヒドロキシフェニル)-アミノ]-4-(2-ニトロフェニル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、SB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、BIO(6-bromoindirubin-3-oxime)、及びバルプロ酸などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
OCT3/4転写刺激因子(LIF、CCL2、IL-6など)、ACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤が由来する動物は特に限定されず、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ等のいずれの動物由来のOCT3/4転写刺激因子、ACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤も使用可能である。また、OCT3/4転写刺激因子、ACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤はいずれも組換え体であってよい。これらはいずれも市販の試薬を用いることができる。本発明において用いられるOCT3/4転写刺激因子、ACTH、bFGF及びGSK3β阻害剤は、いずれもヒト由来の素材が好ましく、また組換え体であることが好ましい。
【0039】
工程(b)における培地中のOCT3/4転写刺激因子(LIF、CCL2、IL-6など)、ACTH、bFGF、及びGSK3β阻害剤の含有量は、特に制限されず、使用する細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができる。
【0040】
LIFの培地中の含有量は、特に限定されないが、例えば0.01~5000ng/mL、好ましくは0.1~1000ng/mL、より好ましくは1~100ng/mLである。また、特に限定されるわけではないが、LIFの培地中の含有量は、マウスES細胞株(D3株)を用いた細胞増殖促進アッセイにおいて、最大増殖度の50%の増殖度を与える量の1/20を1unitとした場合、例えば10~10000units/ml、好ましくは50~8000units/ml、より好ましくは100~5000units/mlである。なお、富士フイルム和光純薬(製品番号129-05601)のLIFを用いる場合は、培地の量に対して500~2000倍希釈の量とすることができる。
【0041】
CCL2の培地中の含有量は、特に限定されないが、例えば0.1~5000ng/mL、好ましくは1~1000ng/mL、より好ましくは10~500ng/mL、10~400ng/mL、10~300ng/mL、50~500ng/mL、50~400ng/mL、50~300ng/mLである。
【0042】
ACTHの培地中の含有量は、特に限定されないが、例えば0.1~200μmol/L、好ましくは1~100μmol/L、より好ましくは5~50μmol/Lである。
【0043】
bFGFの培地中の含有量は、特に限定されないが、例えば0.01~5nmol/L、好ましくは0.05~3nmol/L、より好ましくは0.1~1nmol/Lである。
【0044】
GSK3β阻害剤の培地中の含有量は、特に限定されないが、例えば0.1~50μM、好ましくは0.5~30μM、より好ましくは1~10μMである。
【0045】
工程(b)での細胞培養に利用する培地組成も、使用する細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができる。基本的に、培地はリプログラムされた細胞を維持可能な培地であれば、特に限定されない。例えば、その基本培地としては、特に限定されないが、イーグル培地(BM、MEM、DMEM等)、McCoy培地(McCoy5A、McCoy7A等)、Ham培地(F10、F12等)、199培地、RPMI1640培地、NCTC培地(NCTC109、NCTC135等)、幹細胞用培地等を用いることができる。また、各種基本培地は必要に応じて混合して使用することもできる。
【0046】
上記の基本培地には、OCT3/4転写刺激因子(LIF、CCL2、IL-6など)、ACTH、bFGF、及びGSK3β阻害剤の他に、血清(ウシ胎児血清、ヒト血清等)、血清代替物(KSR等)、アミノ酸(アラニン、アルギニン、シスチン、ヒスチジン等)、ビタミン(ビタミンB7、ビタミンB12等)、抗生物質(アンホテリシンB、カナマイシン等)、接着因子(コラーゲンI型、ゼラチン、フィブロネクチン等)、増殖因子(EGF、PDGF、TGF-α等)、サイトカイン(IL-2、IL-3、IL-4、IL-5、IL-6等)、ホルモン(インスリン、グルカゴン、プロゲステロン等)、脂肪酸(オレイン酸、アラキドン酸、リノレン酸等)、アデニン、グアノシン、ヒポキサンチン、チミジン、コレステロール等、幹細胞の維持に好ましい添加物を加えることもできる。
【0047】
また、工程(b)では、既に幹細胞用培地として調製済みの培地を利用することもできる。例えば、和光純薬工業のStemSure(登録商標) hPSC培地Δ、コージンバイオのADSC-4培地、リプロセルのStemFit、ステムセルテクノロジーズのTeSRシリーズ等が利用できるが、特にこれらに限定されない。市販の幹細胞用培地は、OCT3/4転写刺激因子、ACTH、bFGF、又はGSK3β阻害剤を含むものであってもよい。なお、工程(b)においては、工程(a)から必ずしも培地を変更する必要はなく、工程(a)で使用した培地をそのまま使用して、当該培地にLIF、ACTH、bFGF、及びGSK3β阻害剤からなる群より選択される一以上を含有させて工程(b)を行うこともできる。
【0048】
工程(b)において、細胞を培養する条件は特に限定されるものではない。例えば、培養温度は30~40℃とすることができ、好ましくは35~39℃であり、より好ましくは36~38℃である。また、CO濃度は、例えば1~10%であり、好ましくは1.5~8%、より好ましくは2~5%である。
【0049】
工程(b)における細胞の培養期間も、特に限定されず、使用する体細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができる。工程(b)における細胞の培養期間は、例えば1日以上であり、具体的な培養期間としては1~10日間が挙げられる。好ましい培養期間も、特に限定されるわけではないが、例えば2~10日間であり、好ましくは3日以上、より好ましくは3~9日間である。
【0050】
本発明では、工程(b)の培養を行うことによって、その結果として細胞の更なる形態変化が見られることがある。例えば、図2に示されるように、培養後の細胞が凝集して細胞集合体を形成する状態が観察され得る。かかる細胞集合体は、細胞塊(スフェロイド)と称することもできる。このような状態の細胞の形態変化を確認した後で、工程(b)の培養を停止することができる。
【0051】
本発明においては、上述した通り、工程(a)に続いて工程(b)を行うことが好ましい態様である。特定の理論に拘束されるわけではないが、DNAそのもの、或いはDNAが有する機能(例えば、DNA複製やRNA合成など。なお、これには間接的な作用であるRNAが有する機能(具体的には、RNAから蛋白質を合成する一連の機能)も含まれる。)を障害する薬剤を「きっかけを作る薬剤」(細胞に対してリプログラミングの入力を与える薬剤)とし、リプログラムされた細胞の維持に用いられる薬剤(例えば、LIFやACTHなど)を「初期化の進行に必要な薬剤」とした場合、「きっかけを作る薬剤」と「初期化の進行に必要な薬剤」とは同時に細胞に対して付与するよりも、「きっかけを作る薬剤」の後に「初期化の進行に必要な薬剤」を細胞に対して付与するという順序が重要であると考えられる。なお、「きっかけを作る薬剤」の使用濃度は、細胞の生存に影響を与えない程度の濃度である。
【0052】
<細胞の継代>
本発明では、工程(a)及び工程(b)の培養において、細胞を継代することができる。細胞の継代操作は、特に限定されず、使用する細胞の種類や培養条件等に応じて適宜行うことができる。例えば、顕微鏡観察等により細胞がコンフルエントな状態にあることが確認できれば、培養容器から培地を取り除き、PBS(-)等の緩衝液を培養容器に加えて細胞表面を洗浄し、それからトリプシン等のタンパク質分解酵素を当該容器に加えて細胞を回収することができる。回収された細胞は新たな培地の中に添加され、一連の作業を通じて細胞の継代を行うことができる。
【0053】
細胞の継代を行う回数は、1~10回とすることができるが、特にこれに限定されず、使用する体細胞の種類や培養条件等に応じて適宜設定することができる。特に限定されないが、本発明では、細胞継代の回数は1~5回が好ましく、1~3回がより好ましく、1又は2回がさらに好ましく、1回が最も好ましい。
【0054】
本発明は、遺伝子導入なしに、体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する方法であって:(a)体細胞を、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を含む培地で培養する工程、(b)工程(a)で培養した細胞を、OCT3/4転写刺激因子を含む培地で培養することにより、リプログラムされた細胞を作製する工程、を含む。
【0055】
リプログラミングされた細胞は、三胚葉に分化可能な多能性(multipotent)幹細胞である。前記多能性幹細胞は、pluripotentであり得る。
【0056】
<多能性(multipotent/pluripotent)幹細胞>
本明細書において多能性(multipotent)幹細胞とは、未分化状態を維持した状態で分裂して増殖する自己複製能と、複数の系統の細胞へと分化できる能力を有する細胞を意味する。好ましくは、本発明の多能性幹細胞は、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に属する細胞系列に分化できる分化多能性を有する。
【0057】
本明細書において多能性(pluripotent)幹細胞とは、未分化状態を維持した状態で分裂して増殖する自己複製能と、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に属する細胞系列全てに分化できる分化多能性とを有する細胞を意味する。多能性幹細胞は、テラトーマ形成能やキメラ形成能を有する。
【0058】
「multipotent」と「pluripotent」は、必ずしも明確に区別されてはいない。本明細書では、テラトーマ形成能(腫瘍形成性)を有する可能性が低いことから、本発明のリプログラムされた細胞を「multipotent」と記載するが、一般に使用される意味において、当該細胞が「pluripotent」であることを排除するものではない。
【0059】
本発明の方法により得られた細胞が未分化性の高い細胞であることの確認は、当業者に公知の方法を用いて適宜行うことができる。確認方法の一つとしては、例えば、アルカリホスファターゼ活性を調べることが挙げられる。アルカリホスファターゼ活性は、市販のアルカリホスファターゼ染色用キット等を利用して適宜調べることができる。
【0060】
多能性(multipotent/pluripotent)幹細胞であることは、例えば、多能性幹細胞のマーカー遺伝子として、Nanog、Klf4、Oct4、Sox2、c-Myc、Lin28、TRA-1-60、SSEA(SSEA-4、SSEA-1等)等の発現を確認して、多能性幹細胞であると判別することができる。マーカー遺伝子の発現は、RT-PCR等の当業者に公知の方法を用いて確認することができ、タンパク質レベルでの確認であれば、各種マーカーに特異的な抗体やFACS等、自体公知のデバイスや方法を用いて行うことができる。
【0061】
分化多能性(multipotent/pluripotent)の確認は、内胚葉、中胚葉、及び外胚葉の三胚葉への分化を調べることによって行うこともできる。三胚葉への分化は、各胚葉のマーカーを調べることによって確認することができる。例えば、内胚葉マーカーとしては、Sox17、CXCR4、HNF-3β、FoxA2、AFP、GATA-4、PDX-1、Nkx2.1等が挙げられ、中胚葉マーカーとしては、MSX1、α-SMA、Obt2、Brachyury等が挙げられ、外胚葉マーカーとしては、Pax6、MAP2、Nestin、Otx2、TP63、SOX2等が挙げられる。各種マーカーの確認は、多能性幹細胞のマーカーの確認と同様に当業者に公知の方法を用いて行うことができる。
【0062】
テラトーマ形成能は、例えば、マウスの皮下に細胞を注入してテラトーマを形成させ、その分化組織を解析することにより評価することができる。テラトーマには、内胚葉、中胚葉、及び外胚葉の三胚葉に由来する分化組織が含まれる。キメラ形成能は、例えば、細胞を胚盤胞に注入し、当該胚盤胞からキメラ動物が形成されるかどうかを調べることによって確認できる。テラトーマ形成能及びキメラ形成能はいずれも当業者に公知の方法を用いて調べることができる。
【0063】
分化能は、当業者に公知の分化誘導法を用いてin vitroで調べることができる。各種細胞への分化は、市販の分化誘導用キット等を用いて行ってもよい。
【0064】
<細胞の製造方法>
本発明はまた、別の態様として、上述した方法により得られる多能性幹細胞を利用した細胞の製造方法を提供する。具体的には、本発明は、下記の工程(i)及び(ii):
(i)上述した方法により体細胞からリプログラミングされた細胞を作製する工程、
(ii)リプログラミングされた細胞を目的とする細胞に分化誘導する工程、
を含む、細胞の製造方法を提供する。
【0065】
工程(i)は、上記の工程(a)、又はこれに工程(b)を組み合わせて行うことができる。また、工程(ii)における細胞の分化誘導は、目的とする細胞の種類に応じて当業者に公知の方法を用いて適宜行うことができる。
【0066】
本発明の製造方法により得られる細胞は、特に限定されないが、例えば、脂肪細胞、神経細胞、筋肉細胞(心筋細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞等)、皮膚細胞、上皮細胞、内皮細胞、血液細胞(好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球等)、肝細胞、腎細胞、肺細胞、膵細胞、乳房細胞、毛髪細胞等が挙げられる。
【0067】
<キット及び組成物>
本発明は、別の態様として、HDAC阻害剤を含有する培地を含む、細胞をリプログラミングするためのキットを提供する。また、本発明は、更なる別の態様として、HDAC阻害剤を含有する培地を含む、細胞をリプログラミングするための組成物を提供する。HDAC阻害剤及びこれを含有する培地は、上述した本発明の方法における工程(a)で示した通りである。
【0068】
本発明のキットは、例えば、以下の2つの試薬から構成される:
試薬A)2-メルカプトエタノールを含まない培地を構成するための試薬、
試薬B)LIFを含む培地を構成するための試薬。
試薬A及び試薬Bは、培地と成分が別々に包装され用時調製されてもよいし、培地に各成分が含有された状態であってもよい。また、試薬Aで構成される培地は、OCT3/4転写刺激因子として、CCL2及び/又はIL-6をさらに含んでいてもよい。
【0069】
試薬Bは、LIF、CCL2、及びIL-6のほかに、ACTH、bFGF、及びGSK3β阻害剤からなる群より選択される一以上を含むことができる。試薬A及び試薬Bで使用される培地は、上述した本発明の方法における工程(a)及び(b)で示した通りである。
【0070】
<医薬組成物、化粧料組成物>
本発明は、本発明の方法によりリプログラミングされた細胞又はその細胞集団を提供することができる。本発明の細胞は、特に限定されるわけではないが、例えば、HDAC阻害剤を利用して得られることから、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycなどに関して外来性の遺伝子導入を含まないことが特徴の一つとして挙げられる。また、本発明の方法によりリプログラミングされた細胞の細胞集団(細胞凝集物)は、特に限定されるわけではないが、例えば、後述の実施例(図2B)に示されるように、細胞集団の境界が不明瞭で内部が不均一であることが形態的な特徴の一つとして挙げられる。
【0071】
本発明の方法によりリプログラミングされた細胞、当該細胞の分化細胞(本発明の方法によりリプログラミングされた細胞が分化した細胞)、或いは、当該細胞の抽出成分若しくは分泌成分(本発明の方法によりリプログラミングされた細胞より抽出した成分もしくは当該細胞が分泌する成分)は、医薬組成物又は化粧料組成物の有効成分として使用することができる。すなわち、本発明は、別の態様として、上述した本発明の方法によりリプログラミングされた細胞、当該細胞の分化細胞、又は当該細胞の抽出成分若しくは分泌成分を含む医薬組成物又は化粧料組成物を提供する。また、本発明は、別の態様として、上述した本発明の方法によりリプログラミングされた細胞、当該細胞の分化細胞、又は当該細胞の抽出成分若しくは分泌成分を配合する工程を含む、医薬組成物又は化粧料組成物の製造方法を提供する。
【0072】
本発明の方法によりリプログラミングされた細胞より抽出した成分もしくは当該細胞が分泌する成分としては、特に限定されないが、例えば、miRNA、DNA、又はRNAなどの遺伝子関連物質、タンパク質、サイトカイン、細胞外小胞(エクソソームを含む)、細胞外小胞に含まれるmiRNA,DNA,RNA、タンパク質などが挙げられる。これらは1種類のみであってもよいし、2種類以上の組み合わせであってもよい。
【0073】
医薬組成物の用途としては、特に限定されないが、例えば、嗅覚障害、脳梗塞、糖尿病、神経障害、癌、肝臓疾患等の治療が挙げられ、本発明の方法によりリプログラミングされた細胞を用いる場合は、当該細胞それ自体、又は当該細胞が分化した細胞を細胞移植用として利用することができる。
【0074】
本発明の医薬組成物又は化粧料組成物は、その形態に応じて、薬理学的に許容し得る担体を含有することができる。薬理学的に許容し得る担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、乳化剤、緊張化剤(等張化剤)、緩衝剤、溶解補助剤、防腐剤、安定化剤、抗酸化剤、着色剤、凝固剤、又はコーティング剤等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0075】
本発明はまた、上述した用途について、上記の疾患のうちいずれかを治療する方法、および、上記の疾患のうちのいずれかを治療するための使用を、別の態様として提供することができる。ずなわち、本発明は、別の態様として、上述した本発明の方法によりリプログラミングされた細胞、当該細胞の分化細胞、又は当該細胞の抽出成分若しくは分泌成分を使用する、上記の疾患のうちいずれかを治療する方法を提供する。また、本発明は、別の態様として、上記の疾患のうちいずれかを治療するための、上述した本発明の方法によりリプログラミングされた細胞、当該細胞の分化細胞、又は当該細胞の抽出成分若しくは分泌成分の使用を提供する。
【実施例0076】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
実施例1
【0077】
1.体細胞のリプログラミング
正常ヒト皮膚線維芽細胞(成人)(タカラバイオ)をスフェロイドプレートに播種し、24~48時間後に、2-メルカプトエタノールを1/100000希釈(142μM)して加えたD-MEM(Low Glucose)培地に培地交換を行った。それから、3~4日後に、前記と同じD-MEM培地に再度培地交換を行った。
【0078】
上記の通りヒト皮膚線維芽細胞を1週間培養した後、細胞の形態が変化したことを確認した(図1)。細胞の形態変化を確認してから、ADSC-4(コージンバイオ)にLIF(wako、1:1000で使用)、ACTH(wako、10μmol/L)、bFGF(wako、0.34nmol/L)、及びAR-A014418(メルク、3μM)を加えた培地に培地交換を行った。それから、3~4日後に、前記と同じ培地に再度培地交換を行った。
【0079】
上記の通りLIF等を含むADSC-4培地で1週間細胞培養を行ったところ、細胞がさらに凝集してスフェロイドが形成された(図2)。
【0080】
2.アルカリホスファターゼ反応
上記の培養により最終的に得られた細胞のアルカリホスファターゼ反応を調べた。アルカリホスファターゼの染色には、Alkaline Phosphatase Live Stain(Invitrogen)を用いて、キットに付属の取扱説明書に従って行った。具体的には、キットに付属の染色液(AP Live Stain)をD-MEM中に500倍希釈となるように添加した培地で、細胞を30分間培養した。その後、培地を交換し、洗浄を5分×2回行った。洗浄後、GFP filterを用いた蛍光顕微鏡にて観察し、染色の有無を判定したところ、染色が見られた(図3)。
【0081】
3.各種条件検討
(1)2-メルカプトエタノール濃度
上記項目1及び2と同様の処理をして、2-メルカプトエタノールの濃度を検討した。具体的には、2-メルカプトエタノールの濃度を0.142μM、1.42μM、14.2μM、142μM、1.42mM、14.2mM、及び142mMに設定する以外は上記項目1及び2と同一の操作を行った。その結果、2-メルカプトエタノールが0.142μM~1.42mMの濃度では細胞のスフェロイド形成とアルカリホスファターゼ染色が観察され、2-メルカプトエタノールが14.2μM~1.42mMの濃度ではアルカリホスファターゼ染色が特に強く見られた。なお、2-メルカプトエタノールが14.2mM以上の場合は、細胞の死滅が観察された。
【0082】
(2)使用培地
上記項目1と同様にして、2-メルカプトエタノール(142μM)を含有するD-MEM培地での培養を行った後、当該培地にLIF(wako、1:1000で使用)、ACTH(wako、10μmol/L)、bFGF(wako、0.34nmol/L)、及びAR-A014418(メルク、3μM)を添加して、さらに1週間細胞培養を行った。その結果、細胞のスフェロイド形成とアルカリホスファターゼ染色との両方が観察された。また、上記項目1の通り2-メルカプトエタノール(142μM)を含有するD-MEM培地での培養のみを行ったところ、細胞のスフェロイド形成と弱いアルカリホスファターゼ染色とが観察されたが、ADSC-4培地にLIF(wako、1:1000で使用)、ACTH(wako、10μmol/L)、bFGF(wako、0.34nmol/L)、及びAR-A014418(メルク、3μM)を加えた培地での培養のみでは細胞のスフェロイド形成及びアルカリホスファターゼ染色の両方とも観察されなかった。
【0083】
(3)LIF及びACTHの因子
上記項目1において、ADSC-4培地に(i)LIFのみ、(ii)ACTHのみ、又は(iii)LIFとACTHのみを添加して培養を行ったところ、いずれの条件でも細胞のスフェロイド形成とアルカリホスファターゼ染色とが観察された。(i)及び(iii)の条件では、特にアルカリホスファターゼ染色が強く観察された。
【0084】
4.未分化マーカーの発現
未分化マーカーとして、Nanog、Klf4、Oct4、及びSox2について、遺伝子発現がされているかどうかを調べた。細胞からのRNAの回収には、RNeasy Mini Kit(QIAGEN)を用いて行った。また、上記の各種未分化マーカーについて、Cell. 2007 Nov 30;131(5):861-72に記載の方法を用いてPCRを行った。
【0085】
その結果、目標とするバンドサイズ(Nanog:406bp、Klf4:396bp、Oct4:143bp、Sox2:150bp)の付近で、試験した培養細胞についてNanog、Klf4、Oct4、及びSox2の全てのバンドが確認できた(図4)。なお、ネガティブコントロールではバンドが出ないことも確認できた。
【0086】
5.脂肪細胞への分化誘導
上記項目1で得られた細胞について、市販の細胞分化キットを用いて、脂肪細胞への分化誘導試験を行った。試験に用いたキットは、Mesenchymal Stem Cell Adipogenic Differentiation Medium 2(PromoCell、製品コードC-28016)とした。細胞の培養溶液をキット付属の培養溶液に交換して、その後はキットに付属の取扱説明書に従って細胞培養を行った。
【0087】
分化誘導を行った細胞で観察された脂肪滴について、LipiDye(Funakoshi)を用いて染色を行った。キットに付属の取扱説明書に従い実施し、ライブセルイメージングを行った。具体的には、キットに付属の染色液をD-MEM中に終濃度1μMとなるように添加した培地で、細胞を2時間培養した。その後、培地を交換し、洗浄を5分×2回行った。洗浄後、GFP filterを用いた蛍光顕微鏡にて観察し、染色の有無を判定したところ、染色が見られた(図5)。
【0088】
6.神経細胞への分化誘導
上記項目1で得られた細胞について、市販の細胞分化キットを用いて、神経細胞への分化誘導試験を行った。試験に用いたキットは、Mesenchymal Stem Cell Neurogenic Differentiation Medium(PromoCell、製品コードC-28015)とした。細胞の培養溶液をキット付属の培養溶液に交換して、その後はキットに付属の取扱説明書に従って細胞培養を行った。
【0089】
分化誘導を行った細胞について、神経細胞に対する抗体である抗neurofilament抗体(abcam、ab7255、Anti-68kDa Neurofilament/NF-L antibody [DA2])を用いて免疫染色を行った(図6)。
【0090】
7.肝細胞への分化誘導
上記項目1で得られた細胞について、肝細胞への分化誘導試験を行った。細胞はScientific Reports (2015) 5: 16169に記載の方法に従い、0.8μM hexachlorophene/D-MEM培地にて培養を行った。
【0091】
分化誘導を行った細胞について、PAS染色法、Western Blotting法、インドシアニングリーン試験を行い、肝細胞の性質についての確認を行った。PAS染色は、市販のPAS染色キット(武藤化学)を用いて、キットに付属の取扱説明書に従って行った。Western Blottingでは、CellLytic M(Sigma Aldrich)を用いて、細胞溶解液の調製を製品に付属の取扱説明書に従って行った。調製した細胞溶解液を、Laemmliの方法に従い、ドデシル硫酸ナトリウムーポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った後、セミドライ法によりPVDF膜へ転写し、ウエスタンブロット解析を行った。検出1次抗体としては、抗Albuminウサギポリクロナール抗体(4929:Cell Signaling Technology)、抗β-Actinマウスモノクローナル抗体(A5441:Sigma Aldrich)を用いた。2次抗体としては、検出1次抗体作製動物由来のIgGに対するHRP標識抗体を使用した。シグナル検出には、ルミノ・イメージング装置LAS4000(富士フイルム)を使用した。インドシアニングリーン試験については、Cloning Stem Cells(2007) Spring;9(1):51-62に記載の方法に準じて行い、染色を開始してから1時間後と20時間後に観察を行った(図8)。
【0092】
8.軟骨細胞への分化誘導
上記項目1で得られた細胞について、市販の細胞分化キットを用いて、軟骨細胞への分化誘導試験を行った。試験に用いたキットは、Mesenchymal Stem Cell Chondrogenic Differentiation Medium(PromoCell、製品コードC-28012)とした。細胞の培養溶液をキット付属の培養溶液に交換して、その後はキットに付属の取扱説明書に従って細胞培養を行った。
【0093】
分化誘導を行った細胞について、HE染色、アルシアンブルー染色、免疫染色(S-100抗体、GFAP抗体、CD34抗体、SMA抗体、Vimentin抗体)を行い、細胞内で発現しているタンパク質について評価した(図11)。ランダムに選択したヒト臨床検体における線維軟骨及び硝子軟骨と比較検討したところ、線維軟骨と類似のタンパク質発現を認め、分化誘導により得られた軟骨細胞は、線維軟骨と類似していることが明らかとなった。
【0094】
9.骨芽細胞への分化誘導
上記項目1にしたがい、2-メルカプトエタノールを含むD-MEM培地で培養後、LIF、ACTH、bFGFを含むADSC-4培地で培養した細胞について、市販の骨芽細胞分化培地を用いて、軟骨細胞への分化誘導試験を行った。試験に用いた培地は、Mesenchymal Stem Cell Osteogenic Differentiation Medium(PromoCell、製品コードC-28013)である。
【0095】
分化誘導後の細胞に対しアルカリフォスファターゼ染色を行い、アルカリフォスファターゼ陽性であることを確認した(図12)。
実施例2
1.CCL2による効果
LIFにCCL2を添加し、リプログラミングに与える影響を検証した。実施例1にしたがい、正常ヒト皮膚線維芽細胞(成人)(タカラバイオ)を2-メルカプトエタノール(142μM)を含むD-MEM培地で、3~4日で培地効果をしながら、7日間培養した。次いで、ADSC-4培地に(i)LIFのみ、(ii)LIF+CCL2(10ng/mL)、又は(iii)LIF+CCL2(100ng/mL)を添加した培地でさらに7日間培養した。なお、LIFは1:1000で使用した。
【0096】
(i)~(iii)の培養後の細胞において形態の変化(紡錘形の形態からやや突起部分がへこんで少し丸みを帯びたような形態になる)が確認された(図13)。とくに、CCL2の添加により細胞集簇が顕著となり、細胞同士の輪郭が明確化し、細胞接着の乖離が認められた(図13D)。
【0097】
2.脂肪細胞へ分化誘導
上記(ii)LIF+CCL2(10ng/mL)及び(iii)LIFとCCL2(10ng/mL)を含む培地で培養した細胞に対し、実施例1の項目5にしたがい、市販の細胞分化キットを用いて、脂肪細胞への分化誘導試験を行った。
【0098】
分化誘導後25日目の細胞について、LipiDye(Funakoshi)を用いて染色を行った(図14及び15)。いずれの細胞でも脂肪滴が確認されたが、(ii)に比べて、(iii)の細胞のほうが、脂肪滴の形成数及び大きさの増加が認められた。
【0099】
さらに、2-メルカプトエタノールの存在下で培養する期間(工程A)と、LIFの存在下で培養する期間(工程B)について、工程Aと工程Bの間に、培地のみで培養する期間を設けた場合を含めて、脂肪細胞への分化誘導の違いを検討した。
工程A(3-9日)→培地のみで培養期間(0-14日)→工程B(3-9日)→脂肪分化誘導 (14日)
【0100】
まず、工程Aと工程Bをそれぞれ3日間、培地での培養期間を0日、3日、7日、10日とした。
・工程A 3日→工程B 3日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
・工程A 3日→培地3日→工程B 3日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
・工程A 3日→培地7日→工程B 3日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
・工程A 3日→培地10日→工程B 3日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
培地での培養期間が0日、3日、7日の場合、分化誘導後、14日では脂肪滴は小さいが多数の脂肪滴ができ、21日後には脂肪滴が大きくなり、数も増えた。培地での培地期間が10日では、分化誘導後、14日では脂肪滴はかなり少なかった。
【0101】
培地での培養期間を0日とし、工程A及び工程Bの培養期間を変化させた。
・工程A 5日、工程B 7日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
・工程A 7日、工程B 7日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
・工程A 9日、工程B 7日からの分化誘導で、脂肪滴ができた。
・分化誘導後14日では、密度が小さいほうが脂肪滴が多いように見えるが、約21日後には密度に関係なく脂肪滴が大きくなり、数も増えた。
【0102】
以上の結果より、工程A及び工程Bの培養期間はそれぞれ3日あれば十分であることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明により提供される細胞のリプログラミング方法は、組織再生技術の研究開発に有用であり、再生医療の分野、例えば、再生医療用臓器の作製等に利用することができる。また、細胞を別の臓器に変化させることが可能であるため、例えば、ヒトの医療以外の分野では、牛の皮膚細胞を筋肉細胞に変化させて人の食料とすることができる。
【0104】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図15