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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024059822
(43)【公開日】2024-05-01
(54)【発明の名称】光吸収性組成物及び光学フィルタ
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/22 20060101AFI20240423BHJP
【FI】
G02B5/22
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024026307
(22)【出願日】2024-02-26
(62)【分割の表示】P 2021514246の分割
【原出願日】2020-04-17
(31)【優先権主張番号】P 2019079028
(32)【優先日】2019-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004008
【氏名又は名称】日本板硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004314
【氏名又は名称】弁理士法人青藍国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】新毛 勝秀
(72)【発明者】
【氏名】蔡 雷
(72)【発明者】
【氏名】高柳 良浩
(72)【発明者】
【氏名】増田 一瞳
(57)【要約】      (修正有)
【課題】光学フィルタにおける光吸収層に所望の柔軟性を付与する観点から有利な光吸収性組成物を提供する。
【解決手段】本発明に係る光吸収性組成物は、光吸収剤と、硬化性樹脂と、アルコキシシランとを含有している。アルコキシシランは、ジアルコキシシランを含んでいる。光吸収性組成物のアルコキシシランは、ジアルコキシシランを含んでいるので、光吸収層においてシロキサン結合を有する強固な骨格を形成しつつ、ジアルコキシシランが有する有機官能基により光吸収層に所望の柔軟性が付与されやすい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光吸収剤と、
硬化性樹脂と、
アルコキシシランと、を含有し、
前記アルコキシシランは、ジアルコキシシランを含む、
光吸収性組成物。
【請求項2】
前記ジアルコキシシランは、ケイ素原子に結合している、1~6個の炭素原子を有する炭化水素基又は前記炭化水素基における少なくとも1つの水素原子がハロゲン原子に置換されているハロゲン化炭化水素基を有する、請求項1に記載の光吸収性組成物。
【請求項3】
前記アルコキシシランは、テトラアルコキシシラン及びトリアルコキシシランの少なくとも1つをさらに含む、請求項1又は2に記載の光吸収性組成物。
【請求項4】
前記アルコキシシランは、テトラアルコキシシラン及びトリアルコキシシランをさらに含む、請求項1又は2に記載の光吸収性組成物。
【請求項5】
前記アルコキシシランにおける前記ジアルコキシシランの含有量は、前記アルコキシシランを完全加水分解縮合物に換算して、質量基準で15~48%である、請求項1~4のいずれか1項に記載の光吸収性組成物。
【請求項6】
前記アルコキシシランにおける前記ジアルコキシシランの含有量は、前記アルコキシシランを完全加水分解縮合物に換算して、質量基準で15~20%である、請求項5に記載の光吸収性組成物。
【請求項7】
前記光吸収剤は、下記式(a)で表されるホスホン酸と銅イオンとによって形成されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の光吸収性組成物。
【化1】
[式中、R11は、アルキル基、アリール基、ニトロアリール基、ヒドロキシアリール基、又はアリール基における少なくとも1つの水素原子がハロゲン原子に置換されているハロゲン化アリール基である。]
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の光吸収性組成物の硬化物によって形成された光吸収層を備えた、光学フィルタ。
【請求項9】
光吸収剤及びアルコキシシランの加水分解縮合物を含有する光吸収層を備え、
ナノインデンターを用いて前記光吸収層の一方の主面をナノインデンテーション法(連続剛性測定法)に従って測定したとき、ヤング率の平均値が2.00GPa以下であり、かつ、硬度の平均値が0.06GPa以下である、
光学フィルタ。
【請求項10】
前記アルコキシシランは、ジアルコキシシランを含む、請求項9に記載の光学フィルタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光吸収性組成物及び光学フィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
CCD(Charge Coupled Device)又はCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)等の固体撮像素子を用いた撮像装置において、良好な色再現性を有する画像を得るために様々な光学フィルタが固体撮像素子の前面に配置されている。一般的に、固体撮像素子は紫外線領域から赤外線領域に至る広い波長範囲で分光感度を有する。一方、人間の視感度は可視光の領域にのみに存在する。このため、撮像装置における固体撮像素子の分光感度を人間の視感度に近づけるために、固体撮像素子の前面に赤外線又は紫外線の一部の光を遮蔽する光学フィルタを配置する技術が知られている。
【0003】
従来、そのような光学フィルタとしては、誘電体多層膜による光反射を利用して赤外線又は紫外線を遮蔽するものが一般的であった。一方、近年、光吸収剤を含有する膜を備えた光学フィルタが注目されている。光吸収剤を含有する膜を備えた光学フィルタの透過率特性は入射角の影響を受けにくいので、撮像装置において光学フィルタに斜めに光が入射する場合でも色味の変化が少ない良好な画像を得ることができる。また、光反射膜を用いない光吸収型光学フィルタは光反射膜による多重反射を原因とするゴーストやフレアの発生を抑制することができるため、逆光状態や夜景の撮影において良好な画像を得やすい。加えて、光吸収剤を含有する膜を備えた光学フィルタは、撮像装置の小型化及び薄型化の点でも有利である。
【0004】
例えば、特許文献1には、赤外線及び紫外線を吸収可能なUV‐IR吸収層を備えた光学フィルタが記載されている。UV‐IR吸収層は、ホスホン酸と銅イオンとによって形成されたUV‐IR吸収剤を含んでいる。また、特許文献2には、有機色素含有層と、ホスホン酸銅含有層とを備えた赤外線カットフィルタが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6232161号公報
【特許文献2】特許第6281023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2に記載の技術は、光学フィルタにおける光吸収層に所望の柔軟性を付与する観点から再検討の余地を有している。そこで、本発明は、光学フィルタにおける光吸収層に所望の柔軟性を付与する観点から有利な光吸収性組成物を提供する。また、本発明は、所望の柔軟性を有する光吸収層を備えた光学フィルタを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、
光吸収剤と、
硬化性樹脂と、
アルコキシシランと、を含有し、
前記アルコキシシランは、ジアルコキシシランを含む、
光吸収性組成物を提供する。
【0008】
また、本発明は、上記の光吸収性組成物の硬化物によって形成された光吸収層を備えた、光学フィルタを提供する。
【0009】
また、本発明は、
光吸収剤及びアルコキシシランの加水分解縮合物を含有する光吸収層を備え、
ナノインデンターを用いて前記光吸収層の一方の主面をナノインデンテーション法(連続剛性測定法)に従って測定したとき、ヤング率の平均値が2.00GPa以下であり、かつ、硬度の平均値が0.06GPa以下である、
光学フィルタを提供する。
【発明の効果】
【0010】
上記の光吸収性組成物は、光学フィルタにおける光吸収層に所望の柔軟性を付与する観点から有利である。また、上記の光学フィルタの光吸収層は、所望の柔軟性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明に係る光学フィルタの一例を示す断面図である。
図2図2は、本発明に係る光学フィルタの別の一例を示す断面図である。
図3図3は、実施例1に係る光学フィルタの透過率スペクトルである。
図4図4は、実施例2に係る光学フィルタの透過率スペクトルである。
図5図5は、実施例3に係る光学フィルタの透過率スペクトルである。
図6図6は、比較例1に係る光学フィルタの透過率スペクトルである。
図7図7は、耐湿試験前後の実施例1に係る光学フィルタの透過率スペクトルである。
図8図8は、耐湿試験前後の実施例2に係る光学フィルタの透過率スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
光吸収層を備えた光学フィルタとして、光吸収層単体で構成されたタイプの光学フィルタと、ガラス又は樹脂等の基材に光吸収層が形成されたタイプの光学フィルタとが考えられる。前者のタイプの光学フィルタの場合、光吸収層の性状が、硬質である、又は、ガラスのように硬度が高いと、光吸収層の柔軟性が低くなりやすく、例えば、光学フィルタを曲げたり、機械的に変形させようとすると、光吸収層が割れたりシワが生じたりしてしまう。樹脂など柔軟性を備える基材に光吸収層が形成された後者のタイプの光学フィルタの場合、光学フィルタを同様に変形させようとしたときも、光吸収層が割れたりシワが生じたりするおそれがある。このため、これらの光学フィルタの取扱いには細心の注意が必要である。
【0013】
製造工程において、大面積で形成された光学フィルタを切断してチップを作製する場合、大型のスライサーなどのガラス切断用の設備が必要である。加えて、光学フィルタの切断時にガラス材料の性質に伴う問題であるクラック又はチッピングについて検討が必要な場合がある。また、固体撮像素子等のセンサーの上に光学フィルタを配置して接着しようとするときに光学フィルタが硬質であると、光学フィルタの固有の反り(平坦性のムラ)によって光学フィルタを配置して接着することが困難になる場合がある。このような加工をしやすくするためには、光吸収層の柔軟性を高めることが有利である。
【0014】
そこで、本発明者らは、光吸収層に所望の柔軟性を付与する観点から有利な技術について日夜検討を重ね、本発明に係る光吸収性組成物及び光学フィルタを案出した。
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明は、本発明の一例に関するものであり、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0016】
本発明に係る光吸収性組成物は、光吸収剤と、硬化性樹脂と、アルコキシシランとを含有している。加えて、アルコキシシランは、ジアルコキシシランを含んでいる。
【0017】
光吸収性組成物を用いて光吸収層を形成するときに、アルコキシシランの加水分解により、シラノール基が生成される。生成されたシラノール基を有するアルコキシシラン由来の化合物がさらに反応して縮重合することにより、シロキサン結合(-Si-O-Si-)を有する強固な骨格が形成される。その骨格を有する物質において有機成分(有機官能基)が少ないと、形成される光吸収層が所望の柔軟性を有しにくい。この場合、光吸収層において局所的に強い圧力がかかったときにシロキサン結合を有する骨格が容易に断裂する。しかし、光吸収性組成物のアルコキシシランは、ジアルコキシシランを含んでいるので、光吸収層においてシロキサン結合を有する強固な骨格を形成しつつ、ジアルコキシシランが有する有機官能基により光吸収層に所望の柔軟性が付与されやすい。このため、例えば、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層を切断するときに、クラック及びチッピングが発生しにくい。また、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層を曲げても光吸収層が割れにくい。
【0018】
例えば、CCD及びCMOS等の固体撮像素子又は光学部品上に光吸収性組成物を塗布して、撮像素子又は光学部品と一体となった光学フィルタを提供することが考えられる。撮像素子又は光学部品と一体になった光学フィルタが所定のヒートサイクルの環境に置かれると、熱膨張及び熱収縮が発生する可能性がある。光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層は、所望の柔軟性を有しやすく熱膨張及び熱収縮に追従して変形しやすい。このため、光吸収層の破損及び損傷が抑制されやすい。
【0019】
さらに、柔軟性の高い光学フィルタは、平坦面を持つフィルタとして作製された後に、光学系に組み込まれるときにカーブした配置面に沿って曲げられ、曲面を形成することが可能である。光学フィルタの主面を曲面にすることにより、センサーの複雑な配置を前提とする特殊な撮像装置の設計にも対応できる。
【0020】
ジアルコキシシランは、特定のジアルコキシシランに限定されない。ジアルコキシシランは、例えば、ケイ素原子に結合している、1~6個の炭素原子を有する炭化水素基を有する。アルコキシシランは、ケイ素原子に結合している、1~6個の炭素原子を有する炭化水素基における少なくとも1つの水素原子がハロゲン原子に置換されているハロゲン化炭化水素基を有していてもよい。この場合、さらに、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層に所望の柔軟性が付与されやすい。
【0021】
ジアルコキシシランは、例えば、下記式(b)で表されるアルコキシシランであってもよい。この場合、より確実に、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層に所望の柔軟性が付与されやすい。
(R22-Si-(OR32 (b)
[式中、R2は、それぞれ独立に1~6個の炭素原子を有するアルキル基であり、R3は、それぞれ独立に1~8個の炭素原子を有するアルキル基である。]
【0022】
ジアルコキシシランは、例えば、ジメチルジエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、又は3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシランであってもよい。
【0023】
光吸収性組成物において、アルコキシシランは、テトラアルコキシシラン及びトリアルコキシシランの少なくとも1つをさらに含んでいてもよい。これにより、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層においてシロキサン結合によって緻密な構造が形成されやすい。
【0024】
光吸収性組成物において、アルコキシシランは、テトラアルコキシシラン及びトリアルコキシシランをさらに含んでいてもよい。これにより、より確実に、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層においてシロキサン結合によって緻密な構造が形成されやすい。
【0025】
光吸収性組成物において、テトラアルコキシシラン及びトリアルコキシシランの少なくとも1つは、特定のアルコキシシランに限定されない。例えば、光吸収性組成物において、アルコキシシランは、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、n-プロピルトリエトキシシラン、n-プロピルトリメトキシシラン、ヘキシルトリエトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、トリフルオロプロピルトリエトキシシラン、トリフルオロプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、及び3-イソシアネートプロピルトリメトキシシランからなる群より選ばれる少なくとも1つである。
【0026】
アルコキシシランにおけるジアルコキシシランの含有量は、特定の値に限定されない。アルコキシシランにおけるジアルコキシシランの含有量は、例えば、アルコキシシランを完全加水分解縮合物に換算して、質量基準で15~48%である。これにより、より確実に、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層に所望の柔軟性が付与されやすい。
【0027】
アルコキシシランにおけるジアルコキシシランの含有量は、望ましくは、アルコキシシランを完全加水分解縮合物に換算して、質量基準で15~20%である。これにより、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層が高い耐湿性を発揮しやすい。なぜなら、シロキサン結合によって緻密な構造が形成され、高湿環境において光吸収剤が凝集しにくいからである。
【0028】
光吸収剤は、所定の波長の光を吸収できる限り、特定の光吸収剤に限定されない。光吸収剤は、例えば、下記式(a)で表されるホスホン酸と銅イオンとによって形成されていてもよい。
【化1】
[式中、R11は、アルキル基、アリール基、ニトロアリール基、ヒドロキシアリール基、又はアリール基における少なくとも1つの水素原子がハロゲン原子に置換されているハロゲン化アリール基である。]
【0029】
光吸収性組成物において、例えば、式(a)で表されるホスホン酸が銅イオンに配位することによって光吸収剤が形成されている。また、例えば、光吸収性組成物において光吸収剤を少なくとも含む微粒子が形成されている。この場合、アルコキシシランの働きにより、微粒子同士が凝集することなく光吸収性組成物において分散している。この微粒子の平均粒子径は、例えば5nm~200nmである。微粒子の平均粒子径が5nm以上であれば、微粒子の微細化のために特別な工程を要さず、光吸収剤を少なくとも含む微粒子の構造が壊れる可能性が小さい。また、光吸収性組成物において微粒子が良好に分散する。また、微粒子の平均粒子径が200nm以下であると、ミー散乱による影響を低減でき、光学フィルタにおいて可視光の透過率を向上させることができ、撮像装置で撮影された画像のコントラスト及びヘイズなどの特性の低下を抑制できる。微粒子の平均粒子径は、望ましくは100nm以下である。この場合、レイリー散乱による影響が低減されるので、光吸収性組成物を用いて作製された光学フィルタにおいて可視光に対する透明性が高まる。また、微粒子の平均粒子径は、より望ましくは75nm以下である。この場合、光吸収性組成物を用いて作製された光学フィルタの可視光に対する透明性がとりわけ高い。なお、微粒子の平均粒子径は、動的光散乱法によって測定できる。
【0030】
光吸収剤の分散剤として、リン酸エステルが用いられることがある。このため、光吸収性組成物は、リン酸エステルを含有していてもよい。一方、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層において、アルコキシシランに由来する化合物は、リン酸エステルに比べて光吸収層に対し高い耐湿性を付与しつつ光吸収剤を適切に分散させうる。このため、光吸収性組成物におけるアルコキシシランの含有により、リン酸エステルの使用量を低減できる。光吸収層の形成において、光吸収剤の周囲に存在するアルコキシシランがジアルコキシシランと反応することにより、光吸収層が均質で高い緻密性を有しやすい。なお、光吸収性組成物は、リン酸エステルを含有していなくてもよい。
【0031】
リン酸エステルは、例えば、ポリオキシアルキル基を有するリン酸エステルである。ポリオキシアルキル基を有するリン酸エステルは、特定のリン酸エステルに限定されない。ポリオキシアルキル基を有するリン酸エステルは、例えば、プライサーフA208N:ポリオキシエチレンアルキル(C12、C13)エーテルリン酸エステル、プライサーフA208F:ポリオキシエチレンアルキル(C8)エーテルリン酸エステル、プライサーフA208B:ポリオキシエチレンラウリルエーテルリン酸エステル、プライサーフA219B:ポリオキシエチレンラウリルエーテルリン酸エステル、プライサーフAL:ポリオキシエチレンスチレン化フェニルエーテルリン酸エステル、プライサーフA212C:ポリオキシエチレントリデシルエーテルリン酸エステル、又はプライサーフA215C:ポリオキシエチレントリデシルエーテルリン酸エステルである。これらはいずれも第一工業製薬社製の製品である。また、リン酸エステルは、例えば、NIKKOL DDP-2:ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステル、NIKKOL DDP-4:ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステル、又はNIKKOL DDP-6:ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステルであってもよい。これらは、いずれも日光ケミカルズ社製の製品である。
【0032】
光吸収性組成物において、硬化性樹脂は、特定の樹脂に限定されない。硬化性樹脂は、例えば、シリコーン樹脂である。シリコーン樹脂は、その構造内にシロキサン結合を有する化合物である。この場合、アルコキシシランの加水分解縮重合物もシロキサン結合を有するので、光吸収性組成物を用いて形成された光吸収層において、アルコキシシランの加水分解縮重合物と、硬化性樹脂との相性が良い。
【0033】
樹脂は、望ましくはフェニル基等のアリール基を含んでいるシリコーン樹脂である。光学フィルタに含まれる樹脂が硬い(リジッドである)と、その樹脂を含む層の厚みが増すにつれて、光学フィルタの製造工程中に硬化収縮によりクラックが生じやすい。樹脂がアリール基を含むシリコーン樹脂であると、光吸収性組成物によって形成される層が良好な耐クラック性を有しやすい。また、アリール基を含むシリコーン樹脂は、式(a)で表されるホスホン酸と高い相溶性を有し、光吸収剤を凝集させにくい。マトリクス樹脂として使用されるシリコーン樹脂の具体例としては、KR-255、KR-300、KR-2621-1、KR-211、KR-311、KR-216、KR-212、KR-251、及びKR-5230を挙げることができる。これらはいずれも信越化学工業社製のシリコーン樹脂である。
【0034】
光吸収剤が上記のホスホン酸と銅イオンとによって形成されている場合を例に、光吸収性組成物の調製方法の一例を説明する。
【0035】
例えば、光吸収性組成物が、式(a)においてR11がアリール基、ニトロアリール基、ヒドロキシアリール基、又はハロゲン化アリール基である、ホスホン酸(アリール系ホスホン酸)を含有している場合、以下のようにしてD液が調製される。酢酸銅一水和物などの銅塩をテトラヒドロフラン(THF)などの所定の溶媒に添加して撹拌し、銅塩の溶液であるA液を調製する。次に、アリール系ホスホン酸をTHFなどの所定の溶媒に加えて撹拌し、B液を調製する。式(a)で表されるホスホン酸として複数種類のアリール系ホスホン酸を用いる場合、各アリール系ホスホン酸をTHFなどの所定の溶媒に加えたうえで撹拌してアリール系ホスホン酸の種類ごとに調製した複数の予備液を混合してB液を調製してもよい。例えば、B液の調製においてアルコキシシランが加えられる。A液を撹拌しながら、A液にB液を加えて所定時間撹拌する。次に、この溶液にトルエンなどの所定の溶媒を加えて撹拌し、C液を得る。次に、C液を加温しながら所定時間脱溶媒処理を行って、D液を得る。これにより、THFなどの溶媒及び酢酸(沸点:約118℃)などの銅塩の解離により発生する成分が除去され、式(a)で表されるホスホン酸と銅イオンとによって光吸収剤が生成される。C液を加温する温度は、銅塩から解離した除去されるべき成分の沸点に基づいて定められている。なお、脱溶媒処理においては、C液を得るために用いたトルエン(沸点:約110℃)などの溶媒も揮発する。この溶媒は、光吸収性組成物においてある程度残留していることが望ましいので、この観点から溶媒の添加量及び脱溶媒処理の時間が定められているとよい。なお、C液を得るためにトルエンに代えてo‐キシレン(沸点:約144℃)を用いることもできる。この場合、o‐キシレンの沸点はトルエンの沸点よりも高いので、添加量をトルエンの添加量の4分の1程度に低減できる。
【0036】
光吸収性組成物が、式(a)においてR11がアルキル基であるホスホン酸(アルキル系ホスホン酸)を含有している場合、例えば、以下のようにしてH液がさらに調製される。まず、酢酸銅一水和物などの銅塩をテトラヒドロフラン(THF)などの所定の溶媒に添加して撹拌し、銅塩の溶液であるE液を得る。また、アルキル系ホスホン酸をTHFなどの所定の溶媒に加えて撹拌し、F液を調製する。アルキル系ホスホン酸として複数種類のホスホン酸を用いる場合、各アルキル系ホスホン酸をTHFなどの所定の溶媒に加えたうえで撹拌してアルキル系ホスホン酸の種類ごとに調製した複数の予備液を混合してF液を調製してもよい。例えば、F液の調製においてアルコキシシランがさらに加えられる。E液を撹拌しながら、E液にF液を加えて所定時間撹拌する。次に、この溶液にトルエンなどの所定の溶媒を加えて撹拌し、G液を得る。次に、G液を加温しながら所定時間脱溶媒処理を行って、H液を得る。これにより、THFなどの溶媒及び酢酸などの銅塩の解離により発生する成分が除去される。G液を加温する温度はC液と同様に決定され、G液を得るための溶媒もC液と同様に決定される。
【0037】
例えば、D液とH液とを所定の割合で混合しつつアルコキシシランを添加し、必要に応じて、シリコーン樹脂等の硬化性樹脂を添加することによって、光吸収性組成物を調製できる。この場合、ジアルコキシシランは、D液とH液との混合の後に添加されてもよい。
【0038】
図1に示す通り、光学フィルタ1aは、光吸収層10を備えている。光吸収層10は、光吸収剤及びアルコキシシランの加水分解縮合物を含有している。光吸収層10はその性状が柔軟であることを特徴としており、例えば、ナノインデンターを用いて光吸収層10の一方の主面10aをナノインデンテーション法(連続剛性測定法)に従って測定したとき、ヤング率の平均値は、2.00GPa以下である。ヤング率の平均値は、例えば、0.10~2.00GPaであってもよい。さらに、硬度の平均値は、0.06GPa以下である。硬度の平均値は0.005~0.06GPaであってもよい。このように、光吸収層10は、アルコキシシランの加水分解縮合物によりシロキサン結合を有する骨格を含みつつ、所望の柔軟性を有する。ナノインデンテーション法(連続剛性測定法)の詳細については、国際公開第2019/044758号公報及び特開2015-174270号公報を参照できる。
【0039】
光吸収層10に含有されているアルコキシシランの加水分解縮合物は、例えば、ジアルコキシシランの加水分解縮合物を含む。これにより、光吸収層10が所望の柔軟性を有する。
【0040】
別の観点から、光吸収層10は、例えば、上記の光吸収性組成物の硬化物によって形成されていてもよい。この場合、光吸収層10が所望の柔軟性を有しやすい。
【0041】
光学フィルタ1aの環境を温度85℃及び相対湿度85%で1000時間保つ耐湿試験を行ったとき、光学フィルタ1aは、例えば、以下の条件を満たす。この場合、光学フィルタ1aが良好な耐湿性を示す。なお、各パラメータに関し、「変化量」とは、耐湿試験前後のパラメータの値の差の絶対値を意味する。「平均透過率の変化量」とは、所定の波長の範囲において、耐湿試験前の透過率の平均値と耐湿試験後の透過率の平均値との差の絶対値を表す。「最大透過率の変化量」とは、所定の波長範囲において、耐湿試験前の透過率の最大値と耐湿試験後の透過率の最大値との差の絶対値を表す。また、百分率で表現された透過率に関するパラメータの変化量の単位を「ポイント」と表す。
(i)波長450~600nmにおける平均透過率の変化量ΔT450-600が3ポイント以下である。ΔT450-600は、望ましくは1ポイント以下であり、より望ましくは0.5ポイント以下である。
(ii)UVカットオフ波長の変化量Δλuvcは5nm以下であり、かつ、IRカットオフ波長の変化量Δλircは5nm以下である。なお、UVカットオフ波長は、波長350nm~450nmの範囲において透過率が50%になる波長である。IRカットオフ波長は、波長600nm~800nmの範囲において透過率が50%になる波長である。
(iii)IRカットオフ波長からUVカットオフ波長を差し引いた値の変化量Δλirc-uvcは、10nm以下である。
(iv)波長300~350nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax300-350は1ポイント以下である。ΔTmax300-350は、望ましくは0.5ポイント以下である。
(v)波長300~360nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax300-360は1ポイント以下である。ΔTmax300-360は、望ましくは0.5ポイント以下である。
(vi)波長700~750nmにおける平均透過率の変化量ΔTAVE700-750は3ポイント以下である。ΔTAVE700-750は、望ましくは1ポイント以下である。
(vii)波長750~1080nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax750-1080は3ポイント以下である。ΔTmax750-1080は、望ましくは1ポイント以下である。
(viii)波長800~950nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax800-950、波長800~1000nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax800-1000、波長800~1050nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax800-1050、波長800~1100nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax800-1100、波長800~1150nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax800-1150、及び波長800~1200nmにおける最大透過率の変化量ΔTmax800-1200のそれぞれは、3ポイント以下である。ΔTmax800-950、ΔTmax800-1000、ΔTmax800-1050、ΔTmax800-1100、ΔTmax800-1150、及びΔTmax800-1200のそれぞれは、望ましくは1ポイント以下である。
【0042】
図1に示す通り、光学フィルタ1aは、例えば、光吸収層10単体で構成されている。この場合、光学フィルタ1aは、例えば、撮像素子又は光学部品とは別体で使用されている。光学フィルタ1aは、撮像素子及び光学部品に対して接合されていてもよい。一方、上記の光吸収性組成物を撮像素子又は光学部品に塗布して、光吸収性組成物を硬化させることによって、光学フィルタ1aが構成されていてもよい。
【0043】
光学フィルタ1aは、例えば、基板上に形成された光吸収層10を基板から剥離することによって作製できる。この場合、基板の材料は、ガラスであってもよく、樹脂であってもよく、金属であってもよい。基板の表面には、フッ素含有化合物を用いたコーティング等の表面処理が施されていてもよい。
【0044】
光学フィルタ1aは、例えば、図2に示す光学フィルタ1bのように変更されてもよい。光学フィルタ1bは、特に説明する場合を除き、光学フィルタ1aと同様に構成されている。光学フィルタ1aの構成要素と同一又は対応する光学フィルタ1bの構成要素には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。光学フィルタ1aに関する説明は技術的に矛盾しない限り光学フィルタ1bにも当てはまる。
【0045】
図2に示す通り、光学フィルタ1bは、光吸収層10と、透明誘電体基板20とを備えている。光吸収層10は、透明誘電体基板20の一方の主面と平行に形成されている。光吸収層10は、例えば、透明誘電体基板20の一方の主面に接触していてもよい。この場合、例えば、透明誘電体基板20の一方の主面に上記の光吸収性組成物を塗布して光吸収性組成物を硬化させることによって光吸収層10が形成される。
【0046】
透明誘電体基板20の種類は、特定の種類に限定されない。透明誘電体基板20は、赤外線領域に吸収能を有していてもよい。透明誘電体基板20は、例えば波長350nm~900nmにおいて90%以上の平均分光透過率を有していてもよい。透明誘電体基板20の材料は、特定の材料に制限されないが、例えば、所定のガラス又は樹脂である。透明誘電体基板20の材料がガラスである場合、透明誘電体基板20は、例えば、ソーダ石灰ガラス及びホウケイ酸ガラスなどのケイ酸塩ガラスでできた透明なガラス又は赤外線カットガラスである。赤外線カットガラスは、例えば、CuOを含むリン酸塩ガラス又はフツリン酸塩ガラスである。
【0047】
透明誘電体基板20の材料が樹脂である場合、その樹脂は、例えば、ノルボルネン系樹脂等の環状オレフィン系樹脂、ポリアリレート系樹脂、アクリル樹脂、変性アクリル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリカーボネート樹脂、又はシリコーン樹脂である。
【0048】
光学フィルタ1a及び1bのそれぞれは、赤外線反射膜等の他の機能膜をさらに備えるように変更されてもよい。
【実施例0049】
実施例により、本発明をより詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0050】
<実施例1>
(アリール系ホスホン酸銅の調整)
酢酸銅一水和物4.500gとテトラヒドロフラン(THF)240gとを混合して、3時間撹拌し酢酸銅溶液を得た。次に、得られた酢酸銅溶液に、リン酸エステル化合物であるプライサーフA208N(第一工業製薬社製)を1.646g加えて30分間撹拌し、A液を得た。フェニルホスホン酸0.706gにTHF40gを加えて30分間撹拌し、B-1液を得た。4‐ブロモフェニルホスホン酸4.230gにTHF40gを加えて30分間撹拌し、B-2液を得た。次に、B-1液とB-2液とを混ぜて1分間撹拌し、メチルトリエトキシシラン(MTES)(信越化学工業社製、製品名:KBE-13)8.664gと、テトラエトキシシラン(TEOS)(キシダ化学社製 特級)2.830gとをこの混合液に加えて、さらに1分間撹拌し、B液を得た。A液を撹拌しながらA液にB液を加え、室温で1分間撹拌した。次に、この溶液にトルエン140gを加えた後、室温で1分間撹拌し、C液を得た。このC液をフラスコに入れてオイルバス(東京理化器械社製、型式:OSB-2100)で加温しながら、ロータリーエバポレータ(東京理化器械社製、型式:N-1110SF)によって、脱溶媒処理を行った。オイルバスの設定温度は、105℃に調整した。その後、フラスコの中から脱溶媒処理後の実施例1に係るD液を取り出した。脱溶媒処理において溶媒を完全に除去してしまわずに、粘度がある程度低くなるように脱溶媒処理を実施した。このようにしてアリール系ホスホン酸銅(UV‐IR吸収剤)の分散液であるD液を得た。
【0051】
(アルキル系ホスホン酸銅の作製)
酢酸銅一水和物4.500gと、THF240gとを混合して3時間撹拌し酢酸銅溶液を得た。次に、得られた酢酸銅溶液に、リン酸エステル化合物であるプライサーフA208Nを2.572g加えて30分間撹拌し、E液を得た。また、n‐ブチルホスホン酸2.886gにTHF40gを加えて30分間撹拌し、F液を得た。E液を撹拌しながらE液にF液を加え、室温で1分間撹拌した。次に、この溶液にトルエン100gを加えた後、室温で1分間撹拌し、G液を得た。このG液をフラスコに入れてオイルバスで加温しながら、ロータリーエバポレータによって、脱溶媒処理を行った。オイルバスの設定温度は、105℃に調整した。その後、フラスコの中から脱溶媒処理後の実施例1に係るH液を取り出した。脱溶媒処理において溶媒を完全に除去してしまわずに、H液の粘度がある程度低くなるように脱溶媒処理を実施した。このようにしてブチルホスホン酸銅(IR吸収剤)の分散液であるH液を得た。
【0052】
(光吸収性組成物の調製)
D液にシリコーン樹脂(信越化学工業社製、製品名:KR-300)を12.57g添加し、30分間撹拌して、I液を得た。H液全量の40質量%に相当する量をI液に加えてさらにそこにアルコキシシランであるメチルトリエトキシシラン(MTES)(信越化学工業社製、製品名:KBE-13)10.840g、テトラエトキシシラン(TEOS)(キシダ化学社製 特級)5.660g、ジメチルジエトキシシラン(DMDES)(信越化学工業社製、製品名:KBE-22)4.896gを加えて30分間撹拌を行い、実施例1に係る光吸収性組成物を得た。アルコキシシランに関してその完全加水分解縮合物が得られると仮定したとき、アルコキシシランの完全加水分解縮合物において、質量基準で、MTES由来シラン化合物の含有量が60.0%であり、TEOS由来シラン化合物の含有量が20.0%であり、DMDES由来シラン化合物の含有量が20.0%となるように、実施例1に係る光吸収性組成物を調製した。なお、MTESの添加量に対する、アルコキシシランの完全加水分解縮合物に存在するMTES由来のシラン化合物(固形分)の量の比は、質量基準で37.64%であり、TEOSの添加量に対する、アルコキシシランの完全加水分解縮合物に存在するTEOS由来のシラン化合物(固形分)の量の比は、質量基準で28.84%であり、DMDESの添加量に対する、アルコキシシランの完全加水分解縮合物に存在するDMDES由来のシラン化合物(固形分)の量の比は、質量基準で50.01%であるとの前提で計算を行った。実施例2及び3並びに比較例1でも同様の前提で計算を行った。D液の調製及び光吸収性組成物の調製において添加したアルコキシシランの添加量の関係を表2に示す。
【0053】
(光学フィルタの作製)
表面防汚コーティング剤(ダイキン工業社製、製品名:オプツールDSX、有効成分の濃度:20質量%)0.1gと、ハイドロフルオロエーテル含有液(3M社製、製品名:ノベック7100)19.9gとを混合し、5分間撹拌して、フッ素処理剤(有効成分の濃度:0.1質量%)を調製した。このフッ素処理剤を、直径200mm、厚み0.7mmの円形ホウケイ酸ガラス(SCHOTT社製、製品名:D263 T eco)にかけ流して塗布した。その後、そのガラス基板を室温で24時間放置してフッ素処理剤の塗膜を乾燥させ、その後、ノベック7100を含んだ無塵布で軽くガラス表面を拭きあげて余分なフッ素処理剤を取り除いた。このようにしてフッ素処理基板を作製した。
【0054】
実施例1に係る光吸収性組成物を、フッ素処理基板上にディスペンサで塗布した。このとき、ステンレス製の型枠(内部寸法:約100mm平方)を用いて塗膜が十分な厚みを保つことができるように塗布した。光吸収性組成物が塗布された基板を所定時間静置し、光吸収性組成物の成分の反応を十分に進めた後、基板を室温から緩やかに加熱して溶媒をゆっくり蒸発させながら、光吸収性組成物を硬化させた。この加熱における最大到達温度を85℃に調節した。さらに、温度85℃及び相対湿度85%の環境下で基板を2時間程度置いてアルコキシシランの加水分解反応を促進させ、光吸収膜を得た。このようにして得られた光吸収膜について、その端部を持ち上げて基板から引き剥がし、平面視で約100mm平方のサイズを有する実施例1に係る光学フィルタを得た。
【0055】
(光学フィルタの切断)
直径28mmの円形刃を有するロータリーカッター(オルファ社製)を用いて、実施例1に係る光学フィルタを短冊状に切断した。具体的には、光学フィルタの一辺に平行であり、かつ、20mm間隔で位置する4本の直線に沿って、光学フィルタに約30Nの荷重を加えて、光学フィルタを切断した。金属顕微鏡を用いて、得られた短冊状のサンプルを50倍の倍率で観察した。その結果、サンプルの切断面の周辺に割裂又は破断等の破損は生じておらず、実施例1に係る光学フィルタは、良好に切断されていることが確かめられた。
【0056】
<実施例2>
実施例1と同様にして、アリール系ホスホン酸銅(UV‐IR吸収剤)の分散液であるD液及びブチルホスホン酸銅(IR吸収剤)の分散液であるH液を得た。次に、D液にシリコーン樹脂(信越化学工業社製、製品名:KR-300)を12.57g添加し、30分間撹拌して、I液を得た。H液全量の40質量%に相当する量をI液に加えてさらにそこにアルコキシシランであるメチルトリエトキシシラン(MTES)(信越化学工業社製、製品名:KBE-13)5.420g、テトラエトキシシラン(TEOS)(キシダ化学社製 特級)2.830g、ジメチルジエトキシシラン(DMDES)(信越化学工業社製、製品名:KBE-22)2.448gを加えて30分間撹拌を行い、実施例2に係る光吸収性組成物を得た。アルコキシシランに関してその完全加水分解縮合物が得られると仮定したとき、アルコキシシランの完全加水分解縮合物において、質量基準で、MTES由来シラン化合物の含有量が65.0%であり、TEOS由来シラン化合物の含有量が20.0%であり、DMDES由来シラン化合物の含有量が15.0%となるように実施例2に係る光吸収性組成物を調製した。
【0057】
実施例1に係る光吸収性組成物に代えて、実施例2に係る光吸収性組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして、実施例2に係る光学フィルタを作製した。加えて、実施例2に係る光学フィルタを実施例1に係る光学フィルタと同様に短冊状に切断した。金属顕微鏡を用いて、得られた短冊状のサンプルを50倍の倍率で観察した。その結果、サンプルの切断面の周辺に割裂又は破断等の破損は生じておらず、実施例2に係る光学フィルタは、良好に切断されていることが確かめられた。
【0058】
<実施例3>
実施例1と同様にして、アリール系ホスホン酸銅(UV‐IR吸収剤)の分散液であるD液及びブチルホスホン酸銅(IR吸収剤)の分散液であるH液を得た。次に、D液にシリコーン樹脂(信越化学工業社製、製品名:KR-300)を12.57g添加し、30分間撹拌して、I液を得た。H液全量の40質量%に相当する量をI液に加えてさらにそこにアルコキシシランであるジメチルジエトキシシラン(DMDES)(信越化学工業社製、製品名:KBE-22)7.344gを加えて30分間撹拌を行い、実施例3に係る光吸収性組成物を得た。実施例3に係る光吸収性組成物の調製において、I液とH液との混合液には、メチルトリエトキシシラン(MTES)及びテトラエトキシシラン(TEOS)は加えなかった。アルコキシシランに関してその完全加水分解縮合物が得られると仮定したとき、アルコキシシランの完全加水分解縮合物において、質量基準で、MTES由来シラン化合物の含有量が42.1%であり、TEOS由来シラン化合物の含有量が10.5%であり、DMDES由来シラン化合物の含有量が47.4%となるように実施例3に係る光吸収性組成物を調製した。
【0059】
実施例1に係る光吸収性組成物に代えて、実施例3に係る光吸収性組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして、実施例3に係る光学フィルタを作製した。加えて、実施例3に係る光学フィルタを実施例1に係る光学フィルタと同様に短冊状に切断した。金属顕微鏡を用いて、得られた短冊状のサンプルを50倍の倍率で観察した。その結果、サンプルの切断面の周辺に割裂又は破断等の破損は生じておらず、実施例3に係る光学フィルタは、良好に切断されていることが確かめられた。
【0060】
<比較例1>
実施例1と同様にして、アリール系ホスホン酸銅(UV‐IR吸収剤)の分散液であるD液及びブチルホスホン酸銅(IR吸収剤)の分散液であるH液を得た。次に、D液にシリコーン樹脂(信越化学工業社製、製品名:KR-300)を12.57g添加し、30分間撹拌して、I液を得た。H液全量の40質量%に相当する量をI液に加えてさらに30分間撹拌を行い、比較例1に係る光吸収性組成物を得た。比較例1に係る光吸収性組成物の調製において、I液とH液との混合液には、アルコキシシランを加えなかった。
【0061】
実施例1に係る光吸収性組成物に代えて、比較例1に係る光吸収性組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして、比較例1に係る光学フィルタを作製した。加えて、比較例1に係る光学フィルタを実施例1に係る光学フィルタと同様に短冊状に切断しようと試みた。しかし、光学フィルタの一辺に平行であり、かつ、20mm間隔で位置する4本の直線の周囲に多数のクラックが生じ、比較例1に係る光学フィルタを良好に切断することはできず、短冊状のサンプルは得られなかった。
【0062】
<透過率スペクトル測定>
紫外可視近赤外分光光度計(日本分光社製、製品名:V-670)を用いて、各光学フィルタの0°の入射角における透過率スペクトルを測定した。実施例1、実施例2、実施例3、及び比較例1に係る光学フィルタの透過率スペクトルをそれぞれ図3図4図5、及び図6に示す。また、図3~6から読み取った透過率に関する特性を表1に示す。
【0063】
<厚み測定>
レーザー変位計(キーエンス社製、製品名:LK-H008)を用いて、光学フィルタの表面との距離を測定することによって、光学フィルタの厚みを測定した、結果を表1に示す。
【0064】
<ヤング率及び硬さ>
ナノインデンター(MTSシステムズ社製、製品名:Nano Indenter XP)を用いて、光学フィルタの表面をナノインデンテーション法(連続剛性測定法)に従って測定した。圧子として、ダイヤモンド製三角錐圧子を用い、約23℃の室温及び大気中において測定を行った。この測定により得られた、硬さ-押し込み深さ線図における、5~10μmの押し込み深さの範囲における硬さの値を平均して、各光学フィルタの表面の硬さの平均値を決定した。また、この測定により得られた、ヤング率-押し込み深さ線図における、5~10μmの押し込み深さの範囲におけるヤング率の値を平均して、各光学フィルタのヤング率の平均値を決定した。なお。光学フィルタの主成分がシリコーン樹脂であることを踏まえて、光学フィルタのポアソン比を0.4と定めた。結果を表3に示す。実施例においてヤング率の平均値は0.87~1.6GPaであり、硬さの平均値は0.020~0.048GPaであった。一方、比較例においてはヤング率の平均値は2.6GPaであり、硬さは0.11GPaであり、柔軟性に劣ることが明らかになった。
【0065】
<ヘイズの測定>
ヘイズメーター(村上色彩技術研究所社製、製品名:HM-65L2)を用いて、日本産業規格JIS K 7136に準拠して、実施例1~3に係る光学フィルタ及び比較例1に係る光学フィルタのヘイズを測定した。結果を表3に示す。
【0066】
<耐湿試験>
温度85℃及び相対湿度85%に設定された恒温恒湿器(東京理化器械社製、KCL-2000A)の内部で実施例1~3に係る光学フィルタを1000時間保管し、耐湿試験を実施した。紫外可視近赤外分光光度計(日本分光社製、製品名:V-670)を用いて、耐湿試験後の実施例1及び2に係る光学フィルタの0°の入射角における透過率スペクトルを測定した。結果を図7及び8に示す。図7及び8において、実線は、耐湿試験前の光学フィルタの透過率スペクトルを示し、破線は、耐湿試験後の光学フィルタの透過率スペクトルを示す。これらの透過率スペクトルから読み取った各パラメータの値を表4に示す。なお、耐湿試験後の実施例3に係る光学フィルタは白濁しており、光を全く透過させなかった。
【0067】
表3に示す通り、実施例1~3に係る光学フィルタは、比較例1に係る光学フィルタに比べて、柔軟性が高いことが示唆された。また、表4に示す通り、実施例1及び2に係る光学フィルタは、上記の(i)~(viii)の条件を満たしており、良好な耐湿性を有することが示唆された。
【0068】
本発明の実施形態に係る光学フィルタの光吸収膜において、ヤング率が小さく柔軟性が高い。そのため、平坦な基板上に光吸収膜を作製した後に、基板から剥離した光吸収膜を、レンズ、湾曲性フィルタ、樹脂性の柔軟性の高いフィルタ、又はその他の光学素子など、任意の曲面や柔軟性の高い平面を備える別の基材の表面に沿わせながら、積層させることによって、その曲面上に均一な厚みで光吸収膜を積層することができ、光吸収性機能を備える光学素子や光学フィルタを形成できる。
【0069】
また、近年のスマートフォンなどの携帯型通信機器においては、有機ELを用いたディスプレイをはじめとした柔軟性の高い基材が用いられることが多くなっている。本発明の実施形態に係る光吸収膜は、基材として、このような柔軟性のあるディスプレイやパネルに対しても、追従性を発揮するため、これらの分野への適用も容易である。
【0070】
一般的なスピンコート又はディップコートといった塗布方法では、曲面上に均一な厚みの膜を形成するのは非常に精密な制御が必要となり困難である。一方で、上記の手法によれば、比較的容易に、均一の厚みで曲面上に光吸収膜を形成できるので、非常に有効である。
【0071】
光吸収膜と曲面の貼り合わせには接着剤を使用してもよい。仮焼成した後の膜を基材の曲面等に沿わせながら積層して、その後加熱処理、もしくは加熱及び加湿処理を実施してもよい。後者の場合は、仮焼成温度は望ましくは60℃以下であり、最終の加熱及び加湿の温度は望ましくは80℃以上である。
【0072】
また、光吸収膜を作製する基板としては、ガラス繊維、炭素繊維、又はセルロースナノファイバーなどを材料とする線材が表面に(例えば、格子状に)形成された基板を用いてもよい。この場合、光吸収膜を基板上に形成した後に、線材とともに剥がすことによって、線材が内部又は表面に形成された光吸収膜を得ることができる。このような線材は、適度な機械的な剛性を光吸収膜に付与するので、柔軟性と剛性とを備える光吸収膜を作製できる。
【0073】
さらに、平坦な基板上に塗膜を形成した後、基板を変形させながら加熱、又は、加熱及び加湿処理を実施することにより、最終的な基板の形状に合わせた特殊な面状態(例えばレンズ状)に光吸収膜を形成してもよい。求められる基板の形状に合わせて光吸収膜を変形又は硬化させることにより、様々な表面状態(平面又は曲面)の光吸収フィルタを作製できる。
【0074】
本発明の実施形態である光吸収膜は、耐衝撃性にも優れる。そのため、使用する環境の制限を受けにくいというメリットを有する。本発明の実施形態である光吸収膜は、例えば、長時間の振動、強い衝撃にさらされるウェアラブル装置、特にウェアラブルカメラ又はアクションカムに内蔵されるカメラモジュール、光学センサー、又は各種光学系の一部に有効に使用できる。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
【表3】
【0078】
【表4】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8