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特開2024-60124流体センサ、流路及びその製造方法並びに流体センサ製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060124
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】流体センサ、流路及びその製造方法並びに流体センサ製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01L 11/02 20060101AFI20240424BHJP
   B81B 3/00 20060101ALI20240424BHJP
   B81C 1/00 20060101ALI20240424BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20240424BHJP
   G01N 9/26 20060101ALN20240424BHJP
【FI】
G01L11/02
B81B3/00
B81C1/00
G01N37/00 101
G01N9/26 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167263
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】柴 弘太
(72)【発明者】
【氏名】吉川 元起
(72)【発明者】
【氏名】佐光 貞樹
【テーマコード(参考)】
2F055
3C081
【Fターム(参考)】
2F055AA39
2F055BB20
2F055CC14
2F055DD19
2F055EE31
2F055FF49
2F055GG49
3C081AA11
3C081AA17
3C081BA23
3C081BA42
3C081CA02
3C081CA32
3C081CA40
3C081CA45
3C081DA06
3C081DA10
3C081DA43
3C081EA03
(57)【要約】
【課題】流体の圧力を検出する可動部分を有していない簡単な構造のデバイスを提供する。
【解決手段】流路の壁の一部を柔軟な材料で構成するとともに当該柔軟な材料でできた壁の表面の剛性を内部よりも高くしておく。これにより、流路内に圧力が印加されると柔軟な材料の壁が変形し、当該変形によりその剛性が高い表面部分に周期的なしわが発生する。このしわが構造色を発現することで、流路内の圧力を検出することができる。
【選択図】図2B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
与えられた流体が印加する内圧により少なくとも一部が変形する材料で構成された壁で囲まれた流路を有し、
前記壁の前記流路側と前記流路とは反対側の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に前記変形により周期的なしわが形成され、
前記しわにより前記少なくとも一方の表面の少なくとも一部に構造色が発現する、
流体センサ。
【請求項2】
前記壁の前記少なくとも一方の表面は前記壁の内部よりも剛性の高い表面領域を有し、
前記しわは前記少なくとも一方の表面の前記剛性の高い領域の少なくとも一部が前記変形によって圧縮されることにより形成される、請求項1に記載の流体センサ。
【請求項3】
前記流路の壁の一部は前記流路の壁の残余の部分よりも剛性の低い材料で構成され、
前記剛性の高い表面領域は前記流路の壁のうちの残余の部分よりも剛性の低い材料で構成されている部分の流路の少なくとも一方の表面上に存在する、
請求項2に記載の流体センサ。
【請求項4】
前記剛性の低い材料はポリジメチルシロキサンである、請求項3に記載の流体センサ。
【請求項5】
前記流路の壁の前記残余の部分を構成する材料はシリコンを含有する材料であり、
前記ポリジメチルシロキサンで構成された第1の部材の表面の第1の接着領域と前記シリコンを含有する材料で構成された第2の部材の表面であって前記第1の部材の前記表面の前記第1の部分に対応する第2の接着領域とが接着されており、
前記接着されている前記第1及び第2の接着領域とで囲まれておりそれ自身は接着されていない領域が前記流路として使用される、
請求項3または4に記載の流体センサ。
【請求項6】
前記シリコンを含有する材料はガラスまたはシリコンである、請求項5に記載の流体センサ。
【請求項7】
前記剛性の高い表面領域は前記ポリジメチルシロキサン表面をArプラズマ処理することにより形成される、請求項5または6に記載の流体センサ。
【請求項8】
前記ポリジメチルシロキサンで構成された第1の部材の前記第1の接着領域と前記シリコンを含有する材料で構成された第2の部材の前記第2の接着領域の両者または前記第1の接着領域のみがOプラズマ処理されている、請求項5から7の何れかに記載の流体センサ。
【請求項9】
前記第1の部材の表面であって前記第1の接着領域を含む表面及び前記第2の部材であって前記第2の接着領域を含む表面は平坦面である、請求項5から8の何れかに記載の流体センサ。
【請求項10】
前記流路の一端近傍及び他端近傍にそれぞれ開口を設け、前記流体は前記2つの開口の間を流れる、請求項1から9の何れかに記載の流体センサ。
【請求項11】
前記流体による内圧が前記流路の壁の表面に印加されていない状態では前記流路が閉じられており、前記流体による内圧が印加されると前記流路の壁のうちの前記変形する材料で構成された部分が変形するにより前記流路が開く、請求項1から10の何れかに記載の流体センサ。
【請求項12】
ポリジメチルシロキサンで構成された部材の表面の一部の領域をArプラズマで処理し、
前記部材の表面の残余の領域の少なくとも一部をOプラズマで処理し、
前記部材の前記Oプラズマで処理した領域をシリコンを含有する基板に接着することにより、前記Arプラズマで処理した領域を流路とする、
与えられた流体が印加する内圧により表面の少なくとも一部に構造色が発現する流体センサの製造方法。
【請求項13】
前記部材の前記Oプラズマで処理した領域をシリコンを含有する前記基板に接着する過程は前記部材の前記領域を前記基板の表面に接触させることにより行われる、請求項12に記載の流体センサの製造方法。
【請求項14】
前記Arプラズマによる処理及び前記Oプラズマによる処理は透過-遮蔽の関係が互いに逆になっているマスクを使用して行われる、請求項13に記載の流体センサの製造方法。
【請求項15】
前記Arプラズマによる処理は前記流路とされる領域にArプラズマを透過するマスクを使用するとともに、
前記マスク上の前記Arプラズマを透過すべき領域の一部に細線状の部材を有することにより、前記細線状の部材の下に位置する前記部材の領域を前記Arプラズマの照射から保護する
請求項12または13に記載の流路を製造する方法。
【請求項16】
与えられた流体が印加する内圧により少なくとも一部が変形する材料で構成された壁で囲まれた流路であって、
前記壁の前記流路側と前記流路と反対側の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に前記変形により周期的なしわが形成され、
前記しわにより前記少なくとも一方の表面の少なくとも一部に構造色が発現する、
流路。
【請求項17】
前記壁の前記少なくとも一方の表面は前記壁の内部よりも剛性の高い表面領域を有し、
前記しわは前記少なくとも一方の表面の前記剛性の高い領域の少なくとも一部が前記変形によって圧縮されることにより形成される、請求項16に記載の流路。
【請求項18】
前記流路の壁の一部は前記流路の壁の残余の部分よりも剛性の低い材料で構成され、
前記剛性の高い表面領域は前記流路の壁のうちの残余の部分よりも剛性の低い材料で構成されている部分の流路の少なくとも一方の表面上に存在する、
請求項17に記載の流路。
【請求項19】
ポリジメチルシロキサンで構成された部材の表面の一部の領域をArプラズマで処理し、
前記部材の表面の残余の領域の少なくとも一部をOプラズマで処理し、
前記部材の前記Oプラズマで処理した領域をシリコンを含有する基板に接着することにより、前記Arプラズマで処理した領域を流路とする、
内圧の印加により表面の少なくとも一部に構造色が発現する流路の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は測定対象の流体を流す流路の内圧による流路壁の変形に伴って流路壁に発現する構造色から流路内を流れる流体の圧力等を測定する流体センサに関する。本発明はまた、流路内を流れる流体の内圧による流路壁の変形に伴って流路壁に構造色を発現させるように構成された流路及びその製造方法に関する。本発明は更にそのような流路を利用した上記流体センサの製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
ガス流の測定は流体関連分野の中心的な課題である。ガス流の測定のための多くの方法が存在するが、それらは典型的には専用の、高度に構築された装置を使用するものである。これとは対照的に、小型で低価格の装置あるいは素子(以下これらをデバイスと称する)を使用して流体の簡単な測定ができるようにする方法は、はるかに少数しか存在していない。このようなデバイスが与えられれば、流体の流れ測定の応用及び用途を大きく広げることになるであろう。
【0003】
多様な解決策のあるものでは、流体の流れの測定はしばしば所与の流量をもたらすために必要とされる圧力を求めることに帰着される。これは圧力計を使用することにより達成されるが、そのためにはしばしばその設定と読み取りの両面で面倒なものである。典型的な圧力計は圧力により引き起こされるひずみを測定することにより動作する。従って圧力測定という課題はひずみの測定に帰着される。ひずみ測定を行うには、広範な市販のひずみ計に加えて、いくつかの触覚センサが使用可能である。
【0004】
さらには、多くの先進的な応用では圧力の、従ってひずみの二次元測定が求められる。この目的で、ディジタル画像相関(digital image correlation)及びそれに関連する技術が使用可能である。これらの技術により、ひずみが流路全体にわたってどのように分布しているかを可視化することができる。これらの技術は強力であって充分に開発されているが、その測定は大型かつ高価な装置構成に依存している。例えば、ポリジメチルシロキサン(polydimethylsiloxane、PDMS)からなる微小流路を刺激応答着色(stimuli-responsive coloration)と組み合わせたものが圧力検知のために開発されている。フォトニック結晶格子、レンズ、干渉、染色溶液(dyed solutions)、圧力感応顔料などの、色変化を検出するための多様な手段が提案されている。しかしながら、このような機能を有する微小流路を作製するためには清浄な環境中で特別な設備を使用して多くのステップを行う必要があり、ひずみの測定には典型的にははるかに精緻な装置が必要となる。また、特許文献1には微粒子を規則的な間隔で分散させた透明材料の膜を利用したひずみ測定が開示されている。ここでは微粒子分散膜がひずみにより伸縮することで上記間隔が変化し、それに伴い構造色も変化することを利用して、大面積にわたるひずみの分布を構造色の分布から検出する。特許文献1のひずみ測定ではそのような測定に適した微粒子分散膜を作製する必要があるのだが、そのようなひずみ測定用のデバイスを実現することは容易ではない。また、このような構造では本質的にひずみの有無にかかわらず構造色が出現しているので、構造色の変化はこのような常時出現している構造色の色相が変化するという形態のものとなる。構造色変化を検出するための検出器あるいはその他の検出条件によっては、構造色の現れ方として、ひずみがない場合には構造色が出現せず、ひずみが大きくなるにつれて構造色の波長だけでなくその濃淡も変化したり、あるいは構造色の有無が変化したりする形態の方が望ましい場合もあるので、そのような検出のための条件に対応できるひずみ測定のための素子構造が提供できれば好都合である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、大いに単純化された構造を有し、また簡単に製造できる流路であって、当該流路中を流れる流体の圧力によって流路壁の構造色が変化する流路及びそのような流路を製造する方法を与えることにある。また、そのような流路を使用することで単純な構造を有する流体センサ及びその製造方法を与えることにもある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面によれば、与えられた流体が印加する内圧により少なくとも一部が変形する材料で構成された壁で囲まれた流路を有し、前記壁の前記流路側と前記流路とは反対側の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に前記変形により周期的なしわが形成され、前記しわにより前記少なくとも一方の表面の少なくとも一部に構造色が発現する、流体センサが与えられる。
ここで、前記壁の前記少なくとも一方の表面は前記壁の内部よりも剛性の高い表面領域を有し、
前記しわは前記少なくとも一方の表面の前記剛性の高い領域の少なくとも一部が前記変形によって圧縮されることにより形成されてよい。
また、前記流路の壁の一部は前記流路の壁の残余の部分よりも剛性の低い材料で構成され、前記剛性の高い表面領域は前記流路の壁のうちの残余の部分よりも剛性の低い材料で構成されている部分の流路の前記少なくとも一方の表面上に存在してよい。
また、前記剛性の低い材料はポリジメチルシロキサンであってよい。
また、前記流路の壁の前記残余の部分を構成する材料はシリコンを含有する材料であり、前記ポリジメチルシロキサンで構成された第1の部材の表面の第1の接着領域と前記シリコンを含有する材料で構成された第2の部材の表面であって前記第1の部材の前記表面の前記第1の部分に対応する第2の接着領域とが接着されており、前記接着されている前記第1及び第2の接着領域とで囲まれておりそれ自身は接着されていない領域が前記流路として使用されてよい。
また、前記シリコンを含有する材料はガラスまたはシリコンであってよい。
また、前記剛性の高い表面領域は前記ポリジメチルシロキサン表面をアルゴン(Ar)プラズマ処理することにより形成されてよい。
また、前記ポリジメチルシロキサンで構成された第1の部材の前記第1の接着領域と前記シリコンを含有する材料で構成された第2の部材の前記第2の接着領域の両者または前記第1の接着領域のみが酸素(O)プラズマ処理されてよい。
また、前記第1の部材の表面であって前記第1の接着領域を含む表面及び前記第2の部材であって前記第2の接着領域を含む表面は平坦面であってよい。
また、前記流路の一端近傍及び他端近傍にそれぞれ開口を設け、前記流体は前記2つの開口の間を流れてよい。
また、前記流体による内圧が前記流路の壁の表面に印加されていない状態では前記流路が閉じられており、前記流体による内圧が印加されると前記流路の壁のうちの前記変形する材料で構成された部分が変形するにより前記流路が開いてよい。
本発明の他の側面によれば、ポリジメチルシロキサンで構成された部材の表面の一部の領域をArプラズマで処理し、前記部材の表面の残余の領域の少なくとも一部をOプラズマで処理し、前記部材の前記Oプラズマで処理した領域をシリコンを含有する基板に接着することにより、前記Arプラズマで処理した領域を流路とする、与えられた流体が印加する内圧により表面の少なくとも一部に構造色が発現する流体センサの製造方法が与えられる。
ここで、前記部材の前記Oプラズマで処理した領域をシリコンを含有する前記基板に接着する過程は前記部材の前記領域を前記基板の表面に接触させることにより行われてよい。
また、前記Arプラズマによる処理及び前記Oプラズマによる処理は透過-遮蔽の関係が互いに逆になっているマスクを使用して行われてよい。
また、前記Arプラズマによる処理は前記流路とされる領域にArプラズマを透過するマスクを使用するとともに、前記マスク上の前記Arプラズマを透過すべき領域の一部に細線状の部材を有することにより、前記細線状の部材の下に位置する前記部材の領域を前記Arプラズマの照射から保護してよい。
本発明の更に他の側面によれば、与えられた流体が印加する内圧により少なくとも一部が変形する材料で構成された壁で囲まれた流路であって、前記壁の前記流路側と前記流路と反対側の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に前記変形により周期的なしわが形成され、前記しわにより前記少なくとも一方の表面の少なくとも一部に構造色が発現する、流路が与えられる。
ここで、前記壁の前記少なくとも一方の表面は前記壁の内部よりも剛性の高い表面領域を有し、前記しわは前記少なくとも一方の表面の前記剛性の高い領域の少なくとも一部が前記変形によって圧縮されることにより形成されてよい。
また、前記流路の壁の一部は前記流路の壁の残余の部分よりも剛性の低い材料で構成され、前記剛性の高い表面領域は前記流路の壁のうちの残余の部分よりも剛性の低い材料で構成されている部分の流路の前記少なくとも一方の表面上に存在してよい。
本発明の更に他の側面によれば、ポリジメチルシロキサンで構成された部材の表面の一部の領域をArプラズマで処理し、前記部材の表面の残余の領域の少なくとも一部をOプラズマで処理し、前記部材の前記Oプラズマで処理した領域をシリコンを含有する基板に接着することにより、前記Arプラズマで処理した領域を流路とする、内圧の印加により表面の少なくとも一部に構造色が発現する流路の製造方法が与えられる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、単純化された構造であるにもかかわらず、その壁面が流路内の流体圧力により敏感に応答して構造色を発現する流路が提供されるため、流体センサ等に好適に応用することができる。また、この構造色を発現する波長オーダーの微細サイズの構造は流路への圧力印加による流路壁の変形が引き起こす流路壁面上の周期的なしわ、換言すれば変形により自発的に形成される微細構造であるため、このような微細構造自体は製造過程で積極的に作り込む必要がないという点で、容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施例のデバイスに、(a)ガス流を流していない場合の、また(b)窒素ガス流を流量10mL/分で流している間のデバイス全体の写真、及びデバイス全体写真のほぼ中央付近に描いた小円近傍のArプラズマ処理/未処理境界近傍領域のうちのArプラズマ処理された領域及びArプラズマ処理されていない領域のそれぞれの拡大写真、更に拡大写真中のArプラズマ処理された領域及びArプラズマ処理されていない領域の正方形で描かれた領域のぞれぞれの大倍率拡大写真を示す。
図2A】本発明の一実施例のPDMS製のデバイスの製造過程を示す概略図。ステップごとに上面図と側面図の両方を示す。
図2B】本発明の一実施例のデバイスにおいて、窒素(N)の流量をそれぞれ0mL/分、5mL/分、10mL/分、20mL/分、50mL/分、100mL/分、200mL/分、300mL/分及び400mL/分として撮影されたデバイスの写真である。また、赤(R)、緑(G)及び青(B)(R、G及びBはそれぞれ濃灰色、灰色及び淡灰色で示す)の強度プロファイルも対応する写真の右側に示す。強度プロファイルのグラフにはさらに、R、G、Bを平均した強度(つまり三色分解前の光の強度)のグラフを黒で縁取りした線で示す。これらのプロファイルは、撮影されたデバイスの写真を流量が0mL/分の場合の写真中に示された横方向に延びる白抜きの破線に沿って切断した切断線上に現れるこれら各色の強度を示す。
図2C】本発明の一実施例のデバイスの有限要素シミュレーション結果であり、上から下へそれぞれ流量50mL/分、100mL/分及び400mL/分の窒素ガスによりPDMSスラブの内壁上にy方向(流れに直交する方向)に引き起こされた応力を示す。ここで、シミュレーションの対象とした形状は図2Bのデバイスの形状と同じであるが、ここではシミュレーションを助けるため、上側のPDMSと底部のガラスとの間の空き空間(高さ50μm)を仮定した。
図2D】本発明の一実施例のデバイスにおいて、10mL/分のN流の下で形成されたしわのレーザー顕微鏡像。この像は流れの経路の中央で記録した。
図2E】R、G、B及び三色分解していない光(図中ではGrayと表記。他の図でも同様)のそれぞれについての流路に沿った平均強度(デバイス中の流路に沿った強度を流路上の位置について平均して得られる強度を意味する。以下同様)を流量の関数としてプロットしたグラフ。これらの値は図2Bに示された強度を平均して得られたものである。
図3A】本発明の一実施例であるPDMS製のデバイスを修正したものである第2のデバイスを製造するために使用されるマスクの概略図。
図3B】第2のデバイスにそれぞれ流量0mL/分、5mL/分、10mL/分、20mL/分、50mL/分、100mL/分、200mL/分、300mL/分及び400mL/分でNを流した際に撮影した写真。さらに、R,G及びBについての強度プロファイルをそれぞれ対応する写真の右隣に示す。これらのプロファイルは、撮影された第2のデバイスの写真を流量が0mL/分の場合の写真中に示された横方向に延びる白抜きの破線に沿って切断した切断線上に現れるこれら各色の強度を示す。
図3C】R、G、B及びこれら3色を平均した値(図中ではGrayと表記)のそれぞれについての流路に沿った平均強度を流量の関数としてプロットしたグラフ。これらの値は図3Bに示された強度を位置について平均して得られたものである。
図3D】10mL/分のN流の下で第2のデバイスに形成されたしわのレーザー顕微鏡像。この像は流れの経路の中央部であって、流量が0mL/分の写真中央付近に灰色の正方形で示された部分で撮影した。
図3E】第2のデバイスにおけるPDMSの変位を流量の関数としてプロットしたグラフ。この変位は、流れの経路の中央部であって流量が0mL/分の写真中央付近に灰色の正方形で示された部分で記録した。
図3F】第2のデバイスの感度の安定性を示す繰り返し測定結果のグラフであり、500mL/分で測定した三色分解していない光(gray)の正規化された強度を測定回数の関数として表す。
図4】各種の照明条件の下で撮影した本発明の一実施例のデバイスの写真。ここで、Nガスを400mL/分で流した。
図5A】圧縮の下で形成される湾曲した表面上でのしわの評価のために使用する、3次元プリントされた型の斜視図。
図5B】圧縮の下で形成される湾曲した表面上でのしわの評価に当たってPDMSスラブをどのようにして型に接着するかを示す概念的な断面図。
図5C】圧縮の下で形成される湾曲した表面上でのしわの評価のために各種の曲率半径を有する型を使用して0.8%、1.3%及び2.5%のひずみが与えられた状況下で撮影されたPDMSの像。さらに、各像の右側に当該像中に描かれた縦方向に延びる破線に沿って記録したひずみの大きさのプロファイルも示す。左側に示す3つの像及び対応するひずみの大きさのプロファイルのデータ並びに右側に示す3つの像及び対応するひずみの大きさのプロファイルのデータは、互いに異なるマスクを使用してプラズマ処理された2つのPDMSスラブから得られたものである。ここで左側のものは線なしのマスクを、右側のものは線ありのマスクを使用した。
図5D】圧縮の下で形成される湾曲した表面上でのしわの波長(上側)及び振幅プロファイル(下側)をひずみの関数としてプロットしたグラフ。これらの値は図5Cに示すひずみの大きさのプロファイルから得られたものである。また、点線で示された曲線は式(1)及び式(2)で示される解析モデルに従ってプロットしたものである。
図5E】PDMSの応力-ひずみの関係を示すグラフ。誤差バーは全て標準偏差を表している。
図6A】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づくシミュレーションを行うにあたって使用したPDMSスラブの断面モデルを示す図。上側は当該モデルの3次元直交座標系を示し、下側は当該モデルの構成及び基板への固定による動きの制約状況を示す。ここで、下側の断面図に示されるように、一様に分布した力がPDMSの自由表面(両端の基板へ固定されている部分の間にある表面)上に印加される。
図6B】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づいて行ったシミュレーションで得られた変位を印加された力の関数として白抜きの小円としてプロットしたグラフ。また、図3Eに示すところの実験的に得られた変位に基づいた点も8個の中実な小円としてプロットした。
図6C】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づいて行ったシミュレーションで得られたひずみをシミュレーションで得られた変位の関数として白抜きの小円としてプロットしたグラフ。図3Eに示されたところの実験的に得られた変位に基づいた点も8個の中実な小円としてプロットした。
図6D】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づいて行ったシミュレーションで得られたPDMS上の変位をPDMSの断面形状の上に濃淡によりマッピングした図。図示された結果はそれぞれ上から流量5mL/分、10mL/分、20mL/分、50mL/分、100mL/分、200mL/分、300mL/分及び400mL/分のN流れの下で期待されるところのシミュレーションで得られた変位を示す。
図6E】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づいて行ったシミュレーションで得られたPDMS上の応力テンソルをPDMSの断面形状の上に濃淡によりマッピングした図。図示された結果はそれぞれ上から流量5mL/分、10mL/分、20mL/分、50mL/分、100mL/分、200mL/分、300mL/分及び400mL/分のN流れの下で期待されるところのシミュレーションで得られた応力テンソルを示す。
図6F】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づいて行ったシミュレーションにより得られたPDMSの底表面についてのプロファイルを示すグラフ。グラフの横軸はPDMSの固定端からの距離、縦軸は変位であり、グラフ中に示す8本の曲線は図6D及び図6Eの8通りのN流量にそれぞれ対応する。
図6G】ひずみと変位との関係を有限要素解析について使用した有限要素法に基づいて行ったシミュレーションにより得られたPDMSの底表面に沿ったひずみ(実線)及び応力テンソル(破線)のプロファイルを示す図。
図6H】上述した有限要素法に基づくシミュレーションの結果であるひずみを応力テンソルの関数として白抜きの小円でプロットしたグラフ。また、シミュレーションで得られた図6C中の応力の値に基づいて8つの中実な小円もプロットした。これらの応力の値は図3Eに示すところの実験的に得られた変位に対応する。
図7】2つの異なるやり方で形成されたしわの比較のための顕微鏡写真。左側はN流を10mL/分で流して形成されたしわ、右側は湾曲した型を使用して圧縮することで形成されたしわである。
図8】各種の曲率を有する型を使用し、ひずみ率0.8%、1.3%及び2.5%の下で撮影されたPDMSスラブの像。それぞれの像について、像中で縦方向に延びる3本の破線に沿って記録された3つの振幅プロファイルを対応する像の右側に示す。6枚の像及び対応する振幅プロファイル中、左側の3枚分は線なしのマスク(図中最上部左側に示す)を使用してArプラズマ処理したPDMSスラブから、また右側の3枚分は線付きのマスク(図中最上部右側に示す)を使用してArプラズマ処理したPDMSから、それぞれ得られた像及び振幅プロファイルである。
図9】波長(上側)と振幅(下側)とをひずみの関数として対比するグラフ。図示した4つのグラフ中、左側の2つは線なしのマスク(図中最上部左側に示す)を使用してプラズマ処理したPDMSスラブから、また右側の2つは線付きのマスク(図中最上部右側に示す)を使用してArプラズマ処理したPDMSから、それぞれ得られたデータを示す。図8中の各像に対応付けられた3つの振幅プロファイルを使用して本図の棒グラフを作成した。1つのグラフ毎に同じひずみに対して左、中央及び右の3本のバーが描かれているが、これらはそれぞれ図8中の左、中央及び右に配置された対応する3つの振幅プロファイルのデータを使用して作製したものである。
図10A】修正版のマスクを用いて作製した本発明の別の態様のデバイスにおいて、He、Ne、N、Ar、CO及びXeの異なるガスの流量400mL/分の流れの下での当該デバイスを撮影した写真。なお、一番上に示す写真はガスを何も流していない状態(つまり流量0mL/分)での写真である。さらに、R、G、B及び三色分解していない光(それぞれ濃灰色、灰色、淡灰色、黒で縁取りした淡灰色で示す)についての強度プロファイルをそれぞれの写真の右側に示す。これらの強度プロファイルは、0mL/分の場合の写真のみで示されている横方向の白い破線に沿って対応する写真上で強度を測定した結果である。
図10B】修正版のマスクを用いて作製した本発明の別の態様のデバイスを使用して各種のガスを測定した結果において、(b)R、G、B及び三色分解していない光についての流路に沿った平均強度(それぞれ四角形、丸、上向き三角形及び黒で縁取りされた下向き三角形で示す)を表1中に示す各種のガスの密度(左側)及び粘度(右側)の関数としてプロットしたグラフ。
図10C】修正版のマスクを用いて作製した本発明の別の態様のデバイスを使用して各種のガスを測定した結果において、変位を密度(左側)及び粘度(右側)の関数としてプロットしたグラフ。
図10D】修正版のマスクを用いて作製した本発明の別の態様のデバイスを使用して各種のガスを測定した結果において、圧力降下を密度(左側)及び粘度(右側)の関数としてプロットしたグラフ。正方形及び円はそれぞれ実験データ及び計算された値を示す。
図10E】修正版のマスクを用いて作製した本発明の別の態様のデバイスを使用して各種のガスを測定した結果において、変位を圧力降下の関数としてプロットしたグラフ。破線は線形フィッティングの結果を示す。
図11】修正版のマスクを用いて作製した本発明の別の態様のデバイスを使用して各種のガスを測定した結果において、左側のグラフは灰色についての流路に沿った平均強度を、中央のグラフは圧力降下を、及び右側のグラフは変位をそれぞれ密度の関数としてプロットしたもの。
図12】Nガス流を400mL/分で流しているときの本発明の一実施例のPDMS製のデバイスを側方から撮影した写真。
図13図10Dと同じ条件で測定及び計算した圧力降下を密度の関数としてプロットしたグラフ。正方形及び円(中抜き及び中実)はそれぞれ実験データ及び計算値を表す。ただし、中抜き及び中実の円で示す計算値はそれぞれ粘度損失項あり及びなしのベルヌーイの方程式を使って計算したものである。
図14A】本発明において、流れにより図形表示を行うデバイスの実施例で表示される図形例として使用した本願出願人のロゴマークを示す図。
図14B図14Aに示すロゴマーク(ただし、文字「NIMS」を除く図形部分)を表示するための一実施例のデバイスの構造を概念的に示す図。ロゴマークと同じ形状である濃色部分がArプラズマ処理された領域である。
図14C図14Bに概念的に示す実施例のデバイスにNガス流を10mL/分で流している際の写真。
図15】測定対象流体として液体を使用できるデバイスの構造の例を概念的に示す図。
図16図15に概念的に構造を示すデバイスの上面の応力テンソルを有限要素法に基づいて行ったシミュレーションで計算した結果を当該デバイスの(a)斜視図及び(b)上面図に濃淡によりマッピングした図。
図17図15に構造を概念的に示すデバイスを作製してそこにNガスを流量100mL/分で流した場合((a))、及び液体状態の水を1mL/分で流した場合((b))にそれぞれ発現する構造色をデバイスの上から撮影した写真。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の一実施例によれば、流路中のガス等の流体の流れにより流路壁に引き起こされたひずみにより流路壁に現れる構造色を用いて当該流れを可視化することによって流体の流れを測定する。このような測定を行うデバイスは、例えばPDMS製の板状部材(以下PDMSスラブと称する)を2種類のプラズマ、すなわちアルゴン(Ar)プラズマ及び酸素(O)プラズマで処理することで実現される。ここで、Oプラズマは典型的には、デバイスにカバー(以下、基板とも呼ぶ)を接着する際にPDMSとガラスのような基板との間に共有結合を引き起こすために使用される。すなわち、Oプラズマ処理によりPDMSの表面にラジカルや反応性の側鎖が生成され、これがガラスなどの基板表面との間に共有結合などの安定な結合を形成することによって接着がなされる。このような結合の形成はPDMSと基板とを相互に押し付けるだけで、反応を促進するための薬剤等を使用しなくても進行する。基板表面にもOプラズマ処理を施せば、これによるラジカルや反応性の側鎖がその表面に多数生成されることにより、PDMSと基板表面との間の接着が更に強力、確実になり、保管中あるいは使用中に剥離が起こりにくくなる点で好ましい。
【0010】
ここで、PDMSと基板とを接着する際の操作について説明すれば、Oプラズマ処理後、PDMSスラブと基板とを重ねて加圧するなどの簡単な操作でよい。以下の実施例で作製したデバイスでは重ね合わせた状態で、手で10秒程度押し付けるという操作を行った。押しつけ操作中あるいはその後に昇温状態に維持することで、接着を更に強力、確実にすることができる。実施例では押しつけ操作後、65℃の温度に設定したオーブン内で数分間加熱処理した。
【0011】
なお、ここでPDMSに接着される基板の材料として上ではガラス(以下の実施例では具体的にはソーダ石灰ガラス製の基板を使用)を例に挙げたが、使用可能な材料はこれに限定されるものではなく、Oプラズマ処理したPDMSと上述した結合の形成により接着する材料であればよい。基板表面側のOプラズマ処理の要否や処理時間等の各種の処理条件は、作製しようとしているデバイスの使用条件に対して十分な接着強度、接着の確実性等が得られるように適宜定めることができる。これは基板表面の材料に何を使用するかによっても影響を受ける。例えば、基板材料としてガラスの代わりにシリコンを使用してもよいが、その場合、ガラスと同等な接着を行うためには基板としてガラスを使用する場合に比べてPDMS表面あるいはPDMS表面と基板表面に強いOプラズマ処理を行うことが求められる。
【0012】
これとは対照的に、Arプラズマは共有結合はほとんど引き起こさないが、その代わりにPDMS表面を改質して、当該表面により剛性が高いガラス状の被覆を形成する。この高剛性層と柔軟性の高い基板(PDMSスラブ表面の高剛性層の下層(内部)にあり高剛性層が載っているという意味でPDMS基板と言うことができる層)との間の弾力性の段差により、PDMSスラブを変形させた際に秩序のあるしわ状構造(well-ordered wrinkle structure)がその表面に現れる。このように引き起こされたしわの繰り返し波長(以下、単に波長とも言う)は数μmの範囲であるので、変形されたPDMSスラブの上に角度依存の構造色(structural color)が観察される。
【0013】
流れを測定するデバイスを作製するために、マスクを使用することでPDMSスラブを局所的にArプラズマで処理し、次いでこのマスクとは透過-遮蔽の関係が逆になっているという意味で反転されているマスクを使用して、PDMSスラブの残りの部分をOプラズマで処理する。これにより、PDMSスラブ表面はArプラズマ処理された部分を除いてはガラスなどの基板と共有結合することができる。ここでArプラズマ処理された領域は化学的に結合されていない状態のままとなる。この構造により、ガスなどの流体は当該Arプラズマ処理されていない領域とガラスなどの基板との間だけを流れることができるようになる。基板上にPDMSスラブの表面を上述のようにして接着させると、接着の際の力の印加状況や基板及びPDMSスラブのそり・表面の凹凸の大きさなどにもよるが、化学的な結合が起こっていないために接着されていない領域同士もそれらの間には空隙はほとんどあるいは全く存在せず、そのため流路が閉じている状態となる場合がある。このように流体が流れていない場合にも、断面積がゼロよりも大きな流路が形成されるような構造(例えば基板表面に流路となる溝等を形成しておく等の構造)を持っていないという意味でもって形成された流路を持たない構成により、流体の流れによるPDMSの変形が最大化される。この変形は当該変形により引き起こされたしわパターンの構造色を可視化することにより測定できる。
【0014】
デバイスに流体を流していない場合と流している場合のデバイス全体を撮影した写真及びその際の当該デバイス内壁の上面(PDMSスラブ表面)の部分拡大写真、更に部分拡大図の一部領域をさらに拡大した大倍率拡大写真を図1に示す。内壁面のうちのプラズマ処理された領域の大倍率の拡大写真を見ると、流体が流れていない際には現れていないしわが流体を流している間には(つまり圧力の印加による変形で流路が形成されている間は)出現することがはっきり判る。これに対して、内壁面のうちのプラズマ処理されていない領域では流体を流している間も比較的不規則なしわがわずかに出現しているだけである。また、デバイスを上から撮影した写真を見ても、Arプラズマ処理されていてはっきりしたしわが認められる部分は明瞭な発色が認められるのに対して、Arプラズマ処理されておらずわずかなしわしか発生していない部分は発色がほとんど認められない。これにより、流れているガスなどの流体の圧力を測定する簡単かつ小型の手段が与えられる。このようなPDMSデバイスにより、ガスなどの流体の流れを色の変化を定量することによって測定できることが示される。これに加えて、当該色はガスなどの流体の密度及び粘度に依存することについても示す。また、この技術によりロゴマークなどの特定のパターンを表示できることも明らかにする。
【0015】
あるいは測定対象の流体は必ずしも流れている必要はなく、静止流体の圧力変化を測定することも可能である。そのような流体圧力センサの構造としては、原理的には、測定対象の流体の圧力あるいはそれ以外の任意の力により変形することでここまでに詳細に説明したしわが生成・消滅し、あるいはしわの高さなどが変化するという意味で動的であるしわを有する表面を持っていればよい。より具体的に例示すれば、上述したところの流れている流体用のセンサと同一構造でもよいし、あるいは測定対象の流体を収容する容器の壁表面の一部をそのような動的なしわを有する構造としてもよい。あるいは、そのような容器やあるいは通常の容器よりもかなり大きいという意味で開かれた空間に連通することにより、そこと圧力が同じであるセンサチャンバーの壁に動的なしわが形成されるようにしてもよい。
【0016】
上述のデバイスの製造に当たっての基本的な原理は、PDMSをガスプラズマによって処理することにより、PDMSと当該PDMSを載せる基板との間に流路を形成することである。PDMS微小流路デバイスの表面全般を、当該技術分野でよく行われるようにOプラズマに暴露する。これにより、PDMSとガラス等の基板との間の界面の反応性を高くしてガラス基板への接着性を向上させる。この方法は微小流体デバイスの密閉性を向上するために広く採用されている(非特許文献1)。Oプラズマ処理のもう一つの結果として、PDMSの表面上に薄くて剛性の高い層が形成されることが挙げられる(非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5)。当該層の剛性はPDMSの剛性よりも大幅に高い(非特許文献6)。PDMS表面をArプラズマで処理しても、当該表面に非常に剛性が高くまた薄い層が形成されるようになるが(非特許文献7、非特許文献8)、それに付随して接着性表面が形成されることはない。従って、Arプラズマ処理された表面はガラスなどの基板から簡単に剥離でき、Oプラズマ処理された表面と同じ態様で基板に張り付く(接着される)ことはない。本発明ではこの性質を利用し、ガラスなどの基板に結合する接着性領域及びガラスなどに結合しないがPDMSのバルクよりも剛性が大幅に高い領域により、PDMS表面にパターン形成を行う。
【0017】
薄くて高剛性のPDMSの層が剛性の大幅に低い領域の上にあることはまた他の有益な特徴をもたらす。この特徴はPDMSを圧縮した際に観察できる。薄くて高剛性の層は圧縮に対してバルクPDMSよりもはるかに強く抵抗するので、当該薄くて高剛性の層は座屈遷移(buckling transition)を受けるが、これによりその表面にほぼ周期的なしわが形成される(非特許文献9)。これらのしわはほぼ1μmの間隔を有するが、これは光の波長に相当する。これにより、このしわ構造は回折格子構造を形成して、簡単に検出可能な特定波長の光の回折をもたらす。さらに、これらのしわの間隔と振幅(つまりしわの深さ及び/または高さ)の両者はPDMSの圧縮度、言い換えればPDMSに印加されているひずみに非常に敏感である。これにより、PDMS上のひずみを測定する簡単だが高感度の手段が与えられる。このひずみがガスなどの流体の流れにより引き起こされたものである場合には、これは当該流れを検出する高感度の手段となる。
【0018】
なお、上記圧縮について補足すれば、流路壁が流路内の流体による内圧によって変形した場合には、流路壁の少なくとも一部分の曲率が変化する。より具体的に言えば、流路壁のうちで固い方のガラス部分はほとんど変形しないが、ガラスに比べて剛性の低いPDMS側は変形する。一般に薄板状部材を湾曲させていくと、湾曲の外側部分は伸びようとしてこの部材のこの部分の表面には張力がかかるが、内側の表面は逆に圧縮される傾向にある。従って上記の流路でもその内側の表面には圧縮応力が印加されるので、上に述べたほぼ周期的なしわが形成される。このような周期的なしわによって起こる特定波長の光の回折が構造色を発現させる。
【0019】
流れの下での圧縮により引き起こされるしわ形成及びその結果の色変化を実現するためには、図2Aに示すように、ポジマスク及びネガマスクを使用してOプラズマ及びArプラズマの局所的な処理によってPDMSに異なる接着性を有する複数の領域を作製することができる。Arプラズマ処理された部分は、PDMS全体をガラスなどの基板に接着した後であっても剥離させることができるので、ガスなどの流体を注入することでArプラズマ処理されたPDMSを変形させて、Arプラズマ処理された領域とガラスなどの基板との間に一時的な隙間が形成される。重要なことは、このような構造は、流路を予め形成しておかない場合に、ガスなどの流体の流れによるPDMSの変形が最大化される点である。このアイディアを実現するため、図2Aの左端に示すように、PDMSスラブ(例えば2.5mm厚)の中央部を濃灰色で示すポジマスク(図2A左端の上面図の中央部以外を覆っている濃灰色部)を介してArプラズマに暴露する。Arプラズマ処理後、図2Aの左から2番目に示すように、PDMSスラブを引き伸ばす(例えば約20%のひずみを数秒間与える)ことにより、PDMS表面のArプラズマ処理で形成された薄くて高剛性の層に、制御された態様で意図的にひび割れを形成する。この過程は再現性のある構造を形成するために有用である。それは、当該引延ばし処理を行うことで、製造過程のどこかで予期しない折り曲げや引延ばしにより制御されないひび割れの形成が防止されるからである。Oプラズマ処理されたPDMSの場合と同様、Arプラズマ処理されたPDMSは、それを引き延ばした際に鮮やかな角度依存色を示す。次に、図2Aの左から3番目に示すように、ネガマスクを使用してArプラズマ処理された領域を覆った状態で、PDMSスラブの残された表面をOプラズマに露出する。次にPDMSスラブをガラスなどの基板に接着することでデバイス製造が完了する。
【0020】
このデバイスの機能を試験するため、窒素(N)ガスを流量400mL/分でデバイスへ注入したところ、図2Bに示すように、Arプラズマ処理された領域中に構造色が予期されたとおりに観察された。有限要素解析(FEA)を使用したシミュレーションにより、この構造色が現れた領域は、図2Cに示すようにガス流の圧力がかかったことによりPDMSスラブの内壁側が圧縮を受ける領域と重なり合うことが判った。これはしわの形成を引き起こし、これにより構造色を出現させる原因は圧縮であることを示唆している。このことは、構造色のプロファイルが流れに直角な方向に対して対称的に変化しており、FEAにより求められた圧縮プロファイルと非常によく一致していることによっても裏付けられる。しわが存在することは、流れの存在下のデバイスを顕微鏡で観察することにより確認される。図2Dに示すように、このしわは流れの方向に沿った向きであってしわの波長(しわ間の繰り返し周期)はほぼ2~3μmであると見積もられる。なお、斜めになった割れ目もいくつか観察されるが、これは流れの方向及び流れに直角な方向という2つの方向に沿った変形の結果として形成されたものであると考えられる。このような割れ目の形成は回避できないが、割れ目が一旦形成された後ではその個数が大きく変化することはない。従って、このような斜めの割れ目が存在していても測定及び解析は再現可能に実行できる。ガス流がどのように構造色と関連しているかを調べるため、流量を5mL/分~400mL/分の範囲で変化させることによりその色の変化を観察した。色は5mL/分という低流量でも観察可能であるが、流量を増大させるにつれて明るくなっていった。さらに定量的な解析を行うため、流量毎に赤(R)、緑(G)及び青(B)の強度の値を観察された像から抽出して、図2Bの流量毎の構造色を示すデバイス写真のうちで対応するものの右側にこれらをプロットしたグラフをそれぞれ配置した。さらに、R,G,Bを平均した強度(これら3つの色に分解する前の可視領域全体の強度)も当該グラフ中にプロットした。図2Eに示すように、R,G及びBのそれぞれについての流路に沿った平均強度(図2Bに示すデバイス写真に示された流路全体にわたる平均強度)は流量が増大するにつれて明らかに大きくなった。この結果は、流量が大きいほどPDMSスラブの変形が大きくなり、これによりしわの振幅、つまりその起伏の大きさが大きくなって色変化も大きくなることを示している。この観察結果は図2Cに示すFEAシミュレーションにより確認される。
【0021】
欠陥を導入することでしわの規則性及びデバイスの感度を向上させることができる。ここで、「欠陥」とは、流路内壁面のうちの周期的なしわが形成される領域の剛性が一様に高められているのではなく、一般的に言えば当該領域の一部の剛性が周囲とは異なっていることを意味し、以下で参照する実施例で言えばこの一部の領域は細線状の形状である。このような一部の領域の剛性は、例えばその下にある流路内壁のバルク部分の剛性(つまり剛性を高める処理を行う前の剛性)と実質的に同じでよいし、あるいはArプラズマ照射のやり方やその際に使用するマスクのサイズや構造にもよるが、バルク部分の剛性と上記周囲の剛性との間の剛性であってもよい。従って、この「欠陥」は「剛性の不連続性」と言うこともできる。
【0022】
この欠陥の作用は以下のように考えられる。しわが形成される領域の剛性が一様であった場合、どこかでしわに不規則性が現れた場合にその不規則性(非周期性)が遠方まで伝搬する可能性がある。このような伝搬を防止あるいは軽減するため、剛性の一様性についての欠陥を領域内に設ける。より具体的に言えば、例えばしわが形成される領域内に意図しない構造/剛性の不規則性が存在する等の原因によって、その近傍に形成されるしわに不規則性が現れたとしてもそれが遠方に伝搬しないようにするため、領域上のところどころに低剛性の「防火壁」、すなわち細線状の低剛性領域を形成しておく。このような低剛性の「防火壁」まで不規則なしわ(つまりその微小な変形)が伝搬してきてもそれを吸収して、そこから先への不規則性の伝搬を阻止することができる。逆に、周囲よりも高剛性の「防火壁」を設けることで、当該細線状の「防火壁」の一方にできたしわによる微小変形に「防火壁」が応答しないことで、不規則性の伝搬を隣接領域間で遮断することも考えられる。また、上述したような細線状の欠陥領域内にはしわの形成が起こらないため、ひずみが一定という前提で領域全体を見るとしわ形成が起こる面積は減少するが、このことも欠陥の作用に寄与している可能性がある。
【0023】
このような欠陥を導入するという目的のため、デバイス製造の際に使用するポジマスクを修正版のマスクに交換することができる。この修正版マスクには例えば、図3Aに示すような、等間隔で配置され、流れの方向に沿っている、幅がほぼ0.6mmの3本の細線が設けられている。これらの細線の下の領域はArプラズマ露出に対して保護されると考えられるが、このことは図1に示すところのプラズマ処理された領域とプラズマ処理されなかった領域との境界を観察することにより確認できる。これにより当該保護された領域に一層規則的に間隔が開けられたしわができるようにしてさらに明確な構造色がもたらされるように機能する欠陥として働く。この修正版マスクを使用したデバイス(以下、第2のデバイスとも称し、修正版でない方のマスクを使用して製造したデバイスを第1のデバイスとも称する)では、図3B及び図3Cに示すように、図2B及び図2Eに特性を示した修正版マスクを使用していない第1のデバイスに比べてさらに強度の高い構造色が現れることを確認した。さらに、図3D図2Dと比較すれば見て取ることができるように、第2のデバイスでは密度及び規則性がさらに高いしわが形成される。規則性及び構造色が向上・強化されているにもかかわらず、第2のデバイスは第1のデバイスと同じ傾向を示す。この傾向とは、流量が増加するにつれて構造色がさらに明るくなるということである。ここで、当該傾向は、図3Bにも示すように数mL/分から数百mL/分という広い流量範囲に渡って変化させて測定することで確認したものである。この色の変化の流量依存性は、図3Eに示すように、PDMSの変位に相関している。
【0024】
ここにおいて、上記変位は、先ず流れのない場合の像を撮影し、次に何通りかの流量の下でピントが合った像を得るために高さをどれだけ調節する必要があるかを測定することにより見積もることができる。この変位は流量に対して単調だが非線形に増加する関数となるのではあるが、本測定の感度は、その線形性を仮定するとともに400mL/分における測定での変位を使うことで、単位流量当たり大まかには1μmであると計算される。これは本発明に係るデバイスを記述する感度の普遍的な形態である。構造色に基づくCCDを使用した光学的な検出に加えて他の解析手法も採用すれば、その性能を向上させることも可能である。低倍率では、図4に示すように、照明条件を変えることにより、鮮やかな色及びその階調が観察される。これとは対照的に、このような線を使用せずに作製したデバイスは、図2Bに示すように、色がやや薄い色プロファイルを示す。これらの結果から、上述した線の導入により、限定された領域中でしわが一層稠密になり、構造色を増強して高感度測定ができるようにするのに役立つことが確認される。
【0025】
本発明に係るデバイスでは、感度に加えて、安定性や測定誤差などの他の重要な特性も良好である。これら特性の測定に当たっては同じデバイスを使用してN流を10秒毎に少なくとも50回断続した。すなわち、Nガスを10秒間流しその後10秒間Nガスの供給を止めるというサイクルを50回繰り返し、この測定中、10サイクル毎に測定データを収集した。その結果、図3Fに示すように、このようなサイクルを多数回繰り返した後でも規格化された強度に大きな変化は見られない。これらの測定に当たっては、流量を500mL/分に設定したが、この流量は上述したところの他の実験で使用した流量に比べても大きい。ここでの測定誤差は1%という低いものであると見積もられ、これは繰り返し使用するためのデバイスとしての十分な安定性及び信頼性があることを示している。
【0026】
本発明のデバイスにおけるしわの形成をさらに詳しく説明するため、図5A及び図5Bに示す湾曲した表面を有するPDMSの型を作製した。このPDMSの型の湾曲形状は流路を通る流れで引き起こされる圧力による変形されるところの微小流路の上壁を模擬するように設計されている。なお、微小流路内に流体を流した際の管壁の変形については非特許文献10に解析が示されているので、上記湾曲形状などの詳細は当該文献を参照されたい。この型の湾曲断面はガス流により本発明のデバイスに形成されるしわを再現するにあたって、従ってどれだけの曲げひずみが生成されるかを見積もるにあたって有効なはずである。この目的のため、流れによって引き起こされる変位は、図6Aに示すように両端が固定されたPDMSスラブの一方の面に一様な負荷を印加することことで近似的に再現されると仮定して、FEAシミュレーションを実行した。このシミュレーションの結果を図6B図6Hに示す。シミュレーション結果に基づいて、PDMSの曲げひずみはほぼ1%~4%の範囲であると見積もられた。これにより、それぞれ0.5%、1.3%及び2.5%の等価曲げひずみ(equivalent bending strain)を引き起こすところの互いに異なる曲率を有する3つの型を作製した。Arプラズマ処理されたPDMSをこれらの湾曲した型に装着することで、曲げひずみが0.8%という低い値においてしわが形成されることが観察された。これらのしわの波長は、図5C及び図7に示すような、N流を10mL/分で流した際に観察されたもの(約0.8%のひずみ)と同じであった。波長は約2.8μmとほぼ一定であり、ひずみが増大するにつれてわずかに減少したが、振幅は図5Dに示すように、曲げひずみの関数として単調に増加した。しわは図8及び図9に示すように、複数個所(3ヶ所)に現れるものが互いに一致した。湾曲した表面上に形成されるひずみの波長λ及び振幅Aは以下のように計算される。
【0027】
【数1】
【0028】
ここで、λは以下のように定義される。
【0029】
【数2】
【0030】
また、εはひずみ、E及びEはそれぞれPDMSスラブ表面部分であってArプラズマ処理により形成された最上部薄膜及び当該薄膜の下にあるPDMSバルク部分のヤング率、νはPDMSのポアソン比、並びにtは上側の薄膜の厚さである。ここにおいて、E=0.4GPa及びt=23nmであると仮定した。これらの値は同様なプラズマ出力、圧力及び時間のOプラズマ処理されたPDMSについて定めた。上述した値の定め方を採用した理由は、Arプラズマ処理を行ったPDMSについての上記値を詳細に検討した結果が入手できなかったが、Oプラズマ処理を行ったとしても、同様な処理条件下ではこれらの値は大きく異なることはないと予想されるからである。νについては典型的な値である0.499を使用した。また、図5Eに示すように、Esの値を実験的に0.13MPaと定めた。解析解は細線なしマスクを使用してプラズマ処理したPDMSについて得られた実験的な結果とよく一致した。一般に、ひずみが増大するにつれて振幅が増大するが、しわの波長の方は図5Dに示すように、ひずみにかかわらず約1.9μmとほぼ一定である。図9に示されている波長2.8μmと1.9μmとの違いは2つのデバイスを使用して流れの存在下で観測された値そのものである。
【0031】
色の変化は、例えば20℃におけるガスの密度及び粘度のような他の要因の影響も受ける。そのような要因の測定結果への影響を評価するため、3本の平行な線を用いて作製したデバイスにおける6種類の不活性のガス、つまりヘリウム(He)、ネオン(Ne)、窒素(N)、アルゴン(Ar)、二酸化炭素(CO)及びキセノン(Xe)、を400mL/分と言う固定された流量で流した際の色変化を測定した。これら6種類のガスの密度及び粘度を表1に示す。これら6種類のガスの間の色の強さ及びパターンの違いはあまり目立つものではないが、とりわけ図10Aに示されたHeとXeとの間の違いのように、認識可能な違いがある。これらの結果を定量化するため、各々の結果のRGBの各々の強度の流路に沿った平均を計算した。これらの平均値データは小さいが、それにもかかわらず図10Bに示すように、粘度と密度の両方に対する認識可能な依存性を示す。本デバイスの応答を更によく定量化するため、6種類のガスの各々について流路の中間におけるPDMSの変位を測定した。変位の依存性は強度の依存性と同様であったが、図10Cに示すような密度及び粘度の場合よりも顕著な変化を示した。興味深いことに、ガスの流入口と流出口との間で測定された圧力の違いである圧力降下Δpも、図10Dに示すように、不連続的な変化を含めて類似した傾向を示す。重要なことは、RGB上で平均化した色の強度(図10B)は、ガス間の細かな違いを含めて濃度と粘度の両者とほぼ同じ傾向を示すが、全変動量はかなり小さくなっている。詳細な比較を図11に示す。変化が小さくなっているのは本デバイスの強い非線形応答によるものであると考えられ、また図3C及び図3Eからよく判るように、強度及び変位は流量が大きいところで横ばい状態になる。これらの測定の全てについて、測定値が充分飽和する範囲である大きな流量において実行したが、それらの変化は減少した。
【0032】
【表1】
【0033】
圧力降下がガスの性質に依存することを説明するため、式(4)として以下に示す定常、不均一、非圧縮性の粘性流についての修正されたベルヌーイの式を使用する。
【0034】
【数3】
【0035】
ここで、pは圧力を、ρは密度を、vは速度を、gは重力加速度を、zは基準とした水平面からの高さ(elevation)であり、またwμは粘度μによって消散されたエネルギーを示し、流体力学的抵抗及び流量の関数として与えられる。添え字1及び2はそれぞれ流入口及び流出口を表す。上記修正されたベルヌーイの式は、レイノルズ数及びマッハ数がそれぞれ流れが乱流の場合及び圧縮性の場合の値よりも十分に小さい場合に成立する。また、図12に示すように、流路の変形は流れが流入口から流出口へ至るまでの間に小さくなっていくので、本デバイス中の流れは一定ではない。Δp=p-pであり、重力の効果は無視できるので、式(4)は以下に示す式(5)のように変形できる。
【0036】
【数4】
【0037】
ここで、粘度損失項wμは以下のように表される。
【0038】
【数5】
【0039】
ここで、Qは流量を、lは流路の長さを、wは流路の幅を、またhは流路の高さ(つまり上下方向の流路幅)を示す。式(6)に示すところのwμを表す数式中のいくつかの特定の定数の値は流路中のΔpを見積もるために使用される放物断面に由来する(詳細は非特許文献11を参照されたい)。また、流入口及び流出口におけるPDMSのz方向の変位をそれぞれh及びhで表す。これらの値としては、図10Cに示される結果及びhはhの数分の1になることを示している図12に基づいて、とりあえずそれぞれ500μm及び100μmを使用する。速度v及びvを計算するため、流路の断面形状は三角形であるとの単純化された仮定を置き、またh=(h+h)/2と仮定する。注目すべきことに、この計算により、図10Dに示されるように、一見してランダムにばらつく変化まで含めて実験データをほぼ正確に再現できた。これと対照的に、wμなしのベルヌーイの方程式を使用してこれらの値を計算した場合には、図13に示すような実験結果と大きく異なるところのΔpと密度との間の線形な関係を表す計算結果が得られた。これらの結果を見ることにより、データのこのようなランダムな挙動は、表1に列挙したように互いに独立に変化する2つのガス固有のパラメータである密度及び粘度損失に依存するところの各ガスの運動エネルギー及び粘性損失の総和を反映していることがわかる。また、Δpは図10Eに示されるように、変位に線形に依存することも判る。従って、ガスの特性、PDMSの変位及び色変化相互の関係から、本発明のデバイスの色パターンに基づいてガスの物理的な特性を判定することができる。
【0040】
何らかのガスをArプラズマ処理された領域を通して流すことにより色変化が起こることから、この技術は流れの存在下で任意のパターンを表示するのに用いることもできる。この概念を実証するため、図14Aに示す本願出願人のロゴマークと同じ形状を有するマスクを使用して、図14Bにその構造を概念的に示すデバイスを作製した。Nガス流を本デバイスに10mL/分で流すと、このガス流はPDMSの本ロゴマークとほとんど同一な形状の部分を変形させて、図14Cに示すように鮮やかな色を発現させる。
【0041】
ガスの各種のパラメータに対する色強度の依存性は、所望の流量を達成するために必要とされる圧力変化及び変形量により、従って設定された流量を達成するために必要とされる圧力に対応して得られる色変化により定められる。この依存性は非線形であって非常に複雑であるが、そのパターンは実際十分な細目を有しており、機械学習のような先進的な解析技術を使用していろいろなガスやそれらの性質を判別することができる。ガスの解析及びガス間の判別は、本発明にかかる機器を密度あるいは粘度を判定できる機器と組み合わせることで、小型の装置であっても実現することができる。
【0042】
[結論]
本願発明では、もちろんこれに限定されるものではないが、例えばガラススライドと表面がArプラズマ及びOプラズマによって局所的に処理されたPDMSスラブとからなるデバイスを使用してガスの流れを測定することができる。ここでArプラズマを使用することで、可視範囲の光学透過率がひずみに応答して変化するPDMS表面を得る。構造色の形態でのこの光学的変化は、ひずみのもとでPDMSの表面上にはっきりしたしわが形成されることによる。Oプラズマ処理されたPDMSとは異なり、Arプラズマ処理されたPDMSはガラス表面には付着しない。したがって、マスクを使用することにより、表面の一部分だけがArプラズマ処理されているが残りの部分はOプラズマ処理されているPDMSスラブが得られる。このようにして、予め形成された流路を持っていないがArプラズマ処理された領域とガラス表面との間だけにガスを流すことができるPDMSデバイスが作製される。ガス流はPDMSを変形させるため、この変形がHe、Ne、N、Ar、CO及びXe等の使用されるガスの流量、粘度及び密度に相関する色変化をもたらす。ここで、本願ではこの非常に簡潔なデバイスを使用してガス測定の実現可能性を示すことを意図している。PDMSの厚さ及びそのヤング率を含む多くのファクターへの依存性を明らかにすれば、これらのファクターを調節することにより広い範囲に渡る流れのパラメータをより正確に測定できるようになる。また、本発明はロゴマークなどの任意のパターンを流れにより表示することにも応用することができる。このパターンはガスのいくつかのパラメータの因果関係を反映するところの複雑な色の階調を示すので、機械学習に基づく解析を行うことで、ニオイのような多様なガス混合物の判別が可能となる。本発明にかかるガス測定及び解析方法は流れの検知や表示等の広範な科学的応用のみならず、芸術及び娯楽の分野にも貢献するであろう。
【0043】
なお、本発明に係るデバイスを「流路なしのデバイス」などと表現することがあるが、厳密に言えばガスを流していない場合に流路が何もない(消失する)わけではなく、流路の断面積がゼロになる(つまり、流路はいつも存在するのであるが、ガス圧がゼロの場合には流路が閉じている)ということである。この状態でガスを本デバイスに注入することでPDMSがそのガス圧で変形することでPDMSが基板から浮き上がり、断面積がゼロよりも大きな流路がそこに形成される、すなわち流路が開くのである。あるいは、上記ガス圧がゼロの場合でも流路の断面積がゼロよりも大きくなるようにデバイスを構成することもできる。ガス圧がゼロの場合に流路断面積がゼロになるように本デバイスを構成すると、そのようなデバイスに注入するガスの圧力がある程度大きくならないとPDMSが充分に変形せず、流路断面積がゼロのままとなる可能性があるので、デバイスの各種構造パラメータによってはガスの圧力が非常に低い場合に動作しない恐れがあるからである。
【0044】
また、基板の材料としてガラス(具体的にはソーダ石灰ガラス)を使用する旨記載したが、それ以外の材料であっても使用可能である。本願発明者が実際に作製したデバイスではPDMSスラブの表面のOプラズマ処理させた領域と接着させたいガラス表面の領域もOプラズマ処理し、これによりOプラズマ処理された両表面にラジカルや反応性の側鎖などを生成させる。その後、両表面を接触させることによりこれらラジカルや反応性の側鎖同士の反応により接着が達成される。従って、基板材料としては上記の反応が起こるものであればガラスの代わりに使用できる。これに限定するものではないが、例えばシリコン製の基板でも使用可能であることを確認済みである。あるいは少なくとも表面がシリコン含有材料を有する基板でもよい。ただし、ガラスは安価でしかも多様な仕様の製品が容易に入手可能である点では、本発明に係るデバイスの基板材料として好適である。
【0045】
上述したPDMSスラブと基板との接触の際には、上述したように特に反応を促進させるための薬品などは不要であり、単にPDMSスラブと基板とが接触するように軽く抑える程度で充分である。なお、必須ではないが、上記接触後、ある程度の時間高温状態(例えば65℃で数分間)に保持することで、一層強固に接着させることもできる。また、確実に接着されるのであれば、PDMSスラブ表面だけをOプラズマ処理し、そのような処理を行っていない基板と接触させる(また、必要に応じてその後の熱処理を行う)ことで接着を実現してもよい。
【0046】
なお、PDMSスラブと基板との接着にあたってはArプラズマ処理が必須と言うわけではなく、本発明のデバイスの構造や材料に適合する任意の接着方法・手段を使用できる。Arプラズマ処理とは別の接着方法・手段を使用する場合には、基板としてガラス(あるいはシリコン等)ではなく、そのような方法・手段に適合する任意の材料の基板を使用してよい。
【0047】
また、本願では流路の内圧により変形することで構造色が発現する流路壁の材料としてPDMSを使用したが、一般的にはPDMS以外の材料を使用してもよい。そのような流路壁に求められる条件は以下のとおりである:
・流路壁のうちで構造色を発現する領域である流路壁の少なくとも一部の内表面部分の剛性が流路壁の当該内表面部分よりも内部にあって当該内表面に隣接する部分の剛性よりも大きいこと。
・流路内に測定対象の流体を流した場合に流路の内圧により少なくとも流路壁のうちの上述の構造色を発現すべき領域が変形すること。
・上述の変形により、剛性の大きな上述の流路内表面部分に周期性を有するしわが形成され、当該周期的に配置されたしわに基づく光の回折により検出可能な構造色が発現すること。
【0048】
従って、本願では流路の内圧によりしわが形成される流路壁の材料としてPDMSを使用すると説明しているが、上記条件を満たす材料であればPDMSに限られるものではない。また、流路内壁部分をArプラズマ処理により硬化させることで剛性の高い表面領域を形成したが、他の放射線、薬品処理その他の方法・手段によって流路壁材料の内壁部分を硬化させてもよいし、あるいは内壁部分に流路壁とは別の内壁表面用材料を被覆するようにしてもよい。また、壁の表面が上述した性質を有する部材を他の材料からなる基板上に取り付けるという2種類の部材からなる流路構造も必ずしも必然的なものではなく、たとえば単一の部材で流路を形成してもよい。ただし、本願において実施例として実際に作製したデバイス構造、すなわちガラス基板上に表面の一部をArプラズマ処理により硬化させたPDMSスラブをOプラズマによる表面活性化を利用して接着するという構造・製造方法は、他の種類の流体デバイスに適するものとしてすでに実証され確立されているものであるため、このデバイス構造や製造方法を採用すれば、本発明のデバイスを容易に作製でき、しかも信頼性のあるデバイスを実現できる点で有利である。
【0049】
なお、本願では本発明に係るデバイスはもっぱらガス測定に使用するものとして説明したが、その原理を考えると、先にも触れたように任意の流体に適用できることは明らかである。ただし、液体などのガスに比べて密度が非常に高い流体の測定を行おうとしても、ガス測定の場合と比較して構造色が発現しにくいという問題がある。これを具体的に説明すれば、構造色を発現するためには周期的なしわの表面での光の反射により干渉が起こる必要がある。構造色が明確に発現するためには十分な大きさの上記反射が起こる必要がある。ところが、しわが形成される流路内壁は流路内壁材料と測定対象の流体との界面であるので、そのような充分な反射が起こるためには流路内壁材料の屈折率(PDMSを使用した場合には約1.412、なお、ガラスの場合には1.4~2.0程度)と流体の屈折率とが大きく異なることが求められる。ガスの屈折率は真空の屈折率とほとんど同じ(1.0に非常に近い値)であるから、屈折率についての上記要請は任意のガスに対して満たされる。一方、液体を与えた場合には一般に屈折率の差がガスの場合に比べて非常に小さくなるため(水の屈折率は約1.3334、エタノールの場合は約1.3618)、多くの場合には目視により容易に認識可能な構造色を得ることは困難である。もちろん、測定対象流体が液体の場合であってもその屈折率が流路内壁の表面部分の屈折率と大きく異なる場合には目視で判る程度の構造色が発現するから、そのような場合には本発明を容易に適用することができる。また、両者の屈折率が完全に一致しない限り弱いながらも構造色が発現しているので、そのような弱い構造色を検出できる画像処理その他の測定手段を使用すれば本発明を使用した測定が可能となる。
【0050】
更に、デバイスの構造に多少変形を加えれば、上述したような、測定対象液体としわが形成される流路壁との間で屈折率が近くなることによる問題を根本的に解決することができる。測定対象の流体を液体とした場合に構造色が現れにくいという問題を引き起こす直接の原因は、しわが形成される流路壁の屈折率が、流路壁のそれと近い測定対象流体(この場合には液体)と接触することである。したがって、流路壁のうちの測定対象の流体が接触しない部分にしわが形成されるようにすればよい。もちろん、流体と接触する部分にも併せてしわが形成されても良い。
【0051】
具体的には、上で説明した本発明にかかるデバイスでは流路壁の一部分を構成する部材(例えばPDMSスラブ)のうちの流路内部を向いた表面(内壁面)の剛性をこの部材の内部よりも高くしておく。流路に流体を流すことにより流路が変形することで内壁面の一部が圧縮されると、表面だけが高剛性の部分にしわが形成され、これによりそこに構造色が発現する。しかし、流路に流体を流すことで流路壁が変形した際に圧縮される表面領域は内壁面だけではない。例えば、図6Eに示すところの、基板と当該基板上に周囲が接着されたPDMSスラブ(図6Eでは流路に直交する平面による断面図なので、図上では左右端だけが接着されている)とで形成された流路に流体を流した場合のPDMSスラブの各部分の応力分布(FEAの結果を図示したもの)を参照されたい。ここで、色が濃いほど大きな圧縮応力が印加されていることを示す。図6Eでは流路の内壁面(中央にある湾曲部の内側面、すなわち下向きの面)の色が濃くなっていることで、この面に大きな圧縮応力が印加されていることが判る。したがって、上の説明では流路の内壁面側にArプラズマ処理することで圧縮応力が印加されたときにそこにしわが形成され、構造色を発現させる。しかし、図6Eを見ると、PDMSスラブの裏面(流路の外壁面、図では上側の面)にも濃色部分が現れている。より具体的にはPDMSスラブの湾曲部の両端部、つまりPDMSスラブが基板に接着されている部分と接着されていない部分との境界近傍の領域が周囲に比べて濃色になっている。換言すれば、流路外壁面中の流路の両側近傍領域に、図6Eにおける断面に沿った方向の大きな圧縮応力が印加されていることが判る。なお、表面のうちでも周囲に比べて特に大きな圧縮が起こる部分を以下では圧縮領域と呼ぶことがある。
【0052】
このような流路の両側近傍領域に対応する流路外壁面にも大きな圧縮応力が印加されることを、図15に概念的に示す。図15では上で具体的に示したデバイス構造の例であるところの、剛性の高い基板上にPDMSのスラブを接着したものが示されている。ここで、PDMSスラブの表裏両面のうちの、図では下側の面(下面)は、基板に接着する部分はOプラズマで処理され、また流路の内壁面となる部分はArプラズマで処理されている。さらに、PDMSスラブの反対側の面(上面)は流路の内壁面と同じくArプラズマ処理することにより、上面のうちで圧縮が起こった領域には流路の内壁面と同じくしわが形成されるようにしておく。
【0053】
このようなデバイスの上面、すなわちPDMSスラブのうちの流路外壁面上の応力テンソルを有限要素法に基づいて行ったシミュレーションで計算した結果を図16に示す。この図では、当該デバイスの斜視図((a))及び上面図((b))に濃淡によりマッピングした。図16ではデバイスの左側の流入口から流体を送り込み、右側にある流出口へ向けて流す。流入口及び流出口は、(a)の斜視図から判るように、PDMSスラブの上面に設けられた円形の開口部から下へ向かって伸びる管状部を介して、それぞれ流路の始端及び末端近傍に接続されている。図16の(b)に示す上面図では、流入口及び流出口はそれぞれ図中の左右端近傍にある白抜きの小円で表されている。また、流路は流入口及び流出口のみを介して外部に接続されている。流入口及び流出口の構造及び位置については、図2Aも参照されたい。なお、同図で流路幅(断面積)が流入口に接続されている部分から流出口に接続されている部分へ向かって小さくなっているのは、流入口から流体を送り込む際の圧力が流路内で大きく低下しないように、流路の出口側を絞るためである。このような先細流路は、特に流量が小さな流れでも流路内の圧力を相対的に高くすることができる。これにより、例えば低流量の場合でも流路壁の変形が大きくなることで構造色が明瞭に発現するようになる。
【0054】
このように構成されたデバイスに流体を流し込むと、図15の下側に示すように、PDMSスラブと基板との間の接着されていない部分に流体が入り込むことでPDMSがドーム状に変形し、流路が形成される。この変形により、すでに説明したように流路の内壁の一部(図では中央付近)が圧縮されることでそこに周期的なしわが形成される。ところが、図6Eを参照してすでに説明し、また図15に示すように、このような圧縮による周期的なしわの形成は、PDMSスラブの反対側の面(上面)でも起こる。このような圧縮領域は図15に示すように、流路の両側近傍に形成される。したがって、流路に流す流体が気体の場合には流路の内壁面と外壁面の両方に形成されるしわにより構造色が両方の面に発現する。一方、水等の液体を流路に流した場合、すでに説明したように液体と接触している内壁面では構造色はほとんど発現しない。しかし、流路の外壁面側では内壁面と同じようにArプラズマ処理により表面の剛性が内部よりも高くなっているため、特に流路の両側近傍の圧縮領域では同様に周期的なしわが形成される。したがって、流路の外表面が他の部材に密着していたり、あるいは液体や固体によるコーティングがなされていたりしない露出状態である限り、流路内の流体が気体であろうと液体であろうと、そこに構造色が発現する。
【0055】
なお、以上の説明から明らかなように、流路の外壁面全体あるいは少なくとも外壁面のうちの顕著な圧縮が起こる圧縮領域に圧縮による周期的なしわが形成されるようにしておけば、流路内壁面側の圧縮領域おいて周期的なしわが形成される構造の有無にかかわらず、流路の変形による構造色を発現させることが可能である。ただし、例えば流路内壁側で発現する構造色の方が発色の強度が大きいなどの事情があれば、流路の外壁面と内壁面の両方に周期的なしわが形成されるようにしてもよい。
【実施例0056】
以下では本発明の実施例を詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的な範囲は特許請求の範囲により定められるものであることを注意しておく。
【0057】
以下で具体的に説明し、また図2Aに示した方法を用いて、ガラス基板とPDMSとからなる2種類の流体センサを作製した。以下では当該2種類の流体センサをそれぞれ第1及び第2のデバイスと称する。
【0058】
このようにして作製された第1のデバイスの内壁をNガスを流している場合及び流していない場合について顕微鏡で観察した。その結果を図1に示す。また、第1のデバイスにガスを流していない場合及び5mL/分~400mL/分の各種の流量でNガスを流している場合に発現する構造色を観測した。これらの写真及びガスの流れに沿った位置についてのR、G、B及び三色分解前の光の強度プロファイルを図2Bに示す。これらから判るように、この第1のデバイスにガスを流していない場合には第1のデバイスを構成するPDMSスラブは流路の内圧による変形を受けないために構造色はほとんど現れないが、ガスを流すと流路に内圧が印加されるためにPDMSスラブが変形し、その結果、構造色が現れる。図2B及び流路に沿った各流量に対するR、G、B及び三色分解していない光の平均強度プロファイルを示す図2Eから明らかなように、この構造色は流量変化、つまり内圧変化に応答して変化することが確認された。
【0059】
第1のデバイス内の流路の低剛性側部材であるPDMSスラブの変形量が流量の増大に従って増大することを確認するため、その詳細を図6A図6Hに示すFEAシミュレーションを行った。その結果を図2Cに示す。このシミュレーションでは直接的には流路のPDMSスラブ側の内壁面が各種の流量に対して受ける流れに直交する方向の応力を求めたが、この応力により当然内壁面に変形が引き起こされる。
【0060】
上述した内壁面の変形によりそこに周期的なしわが発生することを確認するため、第1のデバイスにNガスを10mL/分の流量で流しながらレーザー顕微鏡により観察した。その顕微鏡像を図2Dに示す。
【0061】
本発明に係るデバイスの外観の例として、実施例である第1のデバイスに400mL/分でNガスを流している場合の写真を図12に示す。
【0062】
流路内壁のうちのArプラズマ処理により剛性を高められたPDMS表面に上述した欠陥を導入することによる効果を確認するため、Arプラズマ処理に使用するマスクを図3Aに示す細線入りマスクに変更する以外は最初の実施例である第1のデバイスと同一の処理を行うことで、本発明の別実施例である第2のデバイスを作製した。最初の実施例と同じく、このようにして作製された第2のデバイスに各種の流量のNガスを流した場合の写真及びその光の強度プロファイルを図3B(最初の実施例の図2Bに対応)に、また流路に沿った各流量に対するR、G、B及び三色分解していない光の平均強度プロファイルを示す図3C(最初の実施例の図2Eに対応)に示す。これらの図からも判るように、細線入りマスクを使用した本実施例の方が流量の変化に対して構造色がより敏感に変化することが判る。また、最初の実施例である第1のデバイスにおいて形成されたしわをレーザー顕微鏡で観測した結果を示す図2Dを本実施例である第2のデバイスについて第1のデバイスと同様な条件で観測した結果を示す図3Dと比較することにより、細線入りマスクを使用した第2のデバイスの方がより規則的なしわが形成されることが確認できる。
【0063】
また、本実施例についての流路内壁のPDMSで構成された部分の変位と流量との関係を測定した結果を図3Eに示す。この結果を図3Cに示す流量と構造色の強度との関係と比較することで、流路内壁の変位と構造色の強度とが強く相関することが確認できた。さらに、図3Fに示すように、大流量(500mL/分)の実験を50回繰り返した場合でも構造色強度が変化しないことが確認できたことから、本発明に係るデバイスの動作が充分安定したものであることが判った。
【0064】
更に、本実施例の第2のデバイスに6種類のガス、すなわちHe、Ne、N、Ar、CO及びXeを流した場合の構造色を比較した。それぞれのガスを流している際の第2のデバイスに現れる構造色及び流路上の各位置における構造色の強度のプロファイルを図10Aに示す。図10B及び図10Cにこれらの実験におけるガスの濃度及び粘度と構造色の平均強度を、図10Dにガスの密度及び粘度の計算値及び実験値と流路の流入-流出口間の圧力降下との関係を、及び図10Eに圧力降下と変位との関係を示す。図11には第2のデバイスを使用して各種のガスを測定した結果において、左側のグラフは三色分解していない構造色の流路に沿った平均強度、圧力降下及び変位をそれぞれ密度の関数として示す。これらの結果は上述の理論解析で使用し、またその解釈を与えているので、詳細は当該説明を参照されたい。
【0065】
さらに、第3のデバイスとして、測定対象の流体が液体であっても明瞭な構造色が発現するように、第1のデバイスと同様の構造であるが、PDMSスラブの流路外壁面側にArプラズマ処理を追加で行ったデバイスを作製した。ただし、第3のデバイスでは、第1のデバイスとは異なり、上で説明したところの流入口から流出口へ向かって細くなっていく流路を採用した。このデバイスに気体及び液体をそれぞれ流した場合に発現する構造色を観測した。
【0066】
図17(a)に、第3のデバイスに窒素ガスを流した場合に発現した構造色の写真を、また図17(b)に、同じデバイスに液体状態の水を流した場合に発現した構造色の写真を示す。図17(a)では写真のほぼ下半分に流路が写っているが、図17(b)では逆に写真のほぼ上半分に流路が写っている。また、流体はいずれも右から左へ向かって流れている。ここで気体を流している図17(a)では流路内壁の中央部付近の圧縮領域に発現した構造色が流路中央部(写真の下寄りの部分(写真中で「N」と記載されている箇所の右側から横方向に伸びる、周囲よりも明るく見えるやや幅広の帯状部分)に、また流路外壁の流路の両側近傍の圧縮領域のうちの視界に入った一方の圧縮領域に発現した構造色(写真の中央に多少右上がりだが横方向に伸びるやや幅広の帯状部分が当該構造色)の両者が見える。これに対して、液体を流している図17(b)では、流路の内壁面の流路中央部には構造色は発現せず(流路中央部に対応する画面上部には横方向に暗い帯状部が広がっている)、流路の外壁面のうちの流路の両側近傍の圧縮領域での構造色の発現(画面中央部やや下寄りに、横方向に伸びる明るい帯状部が現れている)だけが確認できる。
【0067】
[PDMSの作製]
PDMS基材及び硬化剤を含む薬剤一式(Dow Corning社のSylgard 184)を使用してPDMSスラブを作製した。重量比30:1の基材及び硬化剤からなる液体のPDMS混合物を脱気してペトリ皿に注いだ。これを65℃で一晩硬化させた後、このPDMSを後ほど行う実験のために小片に切り分けた。
【0068】
[プラズマ処理]
Dieter electronic GmbH + Co.から購入した低圧プラズマシステム(Femto, version B)を使用した。ひずみによりしわが引き起こされるPDMSを得るためのプラズマ源としてArを使用した。また、ガラス表面に付着するための活性表面を生成するための他のプラズマ源としてOを使用した。プラズマを照射する領域は三次元プリントされたマスクを使用することにより制御される。マスクを付けたPDMS片をプラズマチャンバーに収容して、プラズマ電力、圧力、及び処理時間をそれぞれ100W、0.6mbar及び1分としてプラズマ処理した。
【0069】
[デバイス作製]
PDMSスラブ(20mm×50mm×2.5mm)を使用して流路なしのデバイスを作製した。その手順は図2Aに示した。流入口及び流出口を作るため、2つの孔(直径1.5mm)をArプラズマに露出される領域の両端に穿孔した。長方形の開口(25mm×10mm)を有するマスクを使用して、後ほどOプラズマに露出される領域を覆った。Arプラズマ処理のすぐ後にこのPDMSスラブを20%のひずみ率で数秒間引き伸ばした。PDMSスラブをOプラズマに露出する時、ネガマスクを使用してArプラズマ処理された領域を覆った。ガラス基板もプラズマチャンバーに収容して、Oプラズマによってその表面を活性化した。このプラズマ処理の条件は35W、0.6mbar及び20秒間とした。このように2種類のプラズマ処理を施したPDMSをガラス基板に接着した。このようにして作製したデバイスをオーブンに入れて65℃で数分間加熱し、境界部の付着が確実になされるようにした。
【0070】
[型を使用した圧縮の下での表面の撮影]
Arプラズマ処理したPDMS(20mm×50mm×2.5mm)を、図5Bに示すように、三次元プリントされた型の表面に接着した。ひずみを制御するため、5m-1、10m-1及び20m-1という異なる曲率を有する3つの型を作製した。これらの曲率の値はそれぞれ0.8%、1.3%及び2.5%のひずみに対応する。ひずみが与えられたこれらのPDMS試料は3D表面プロファイラ(株式会社キーエンスのVK-X3000)を使用してレーザー共焦点モード(laser confocal mode)で観察した。
【0071】
[ガス測定]
He、Ne、N、Ar、CO及びXeを使用し、流れをマスフローコントローラ(MFC)(株式会社堀場製作所のSEC-N112MGM)により制御した。MFCを制御するプログラムはLabVIEW(NI Corporation)を使用して設計した。ガス流を流入口から5mL/分、10mL/分、20mL/分、50mL/分、100mL/分、200mL/分、300mL/分及び400mL/分を含む各種の流量で注入した。漏れがないことを確認するため、流量を容積式流量計(volumetric flowmeter)(Restek CorporationのProFLOW 6000電子流量計)を使用して流出口で測定した。色解析のため、このデバイスを立体顕微鏡(Leica MicrosystemsのLeica S9i)を使用して流れの存在下で観察した。流れにより引き起こされたデバイスの色変化はソフトウエアImageJ(バージョン1.53k)を使用して解析した。
【0072】
[FEAシミュレーション]
各種のガス流条件下でのPDMSの変形をFEAソフトウエアCOMSOL Multiphysics 5.6aを使用して時間依存問題(time-dependent problem)としてモデル化した。隙間なしで接触している界面が内部のガス流によって剥がれて開くことをモデル化することは困難であるため、ガス流の注入によりPDMSが膨れ上がることで流路ができる現象を、400mL/分のN流の下での高さ50μmの狭い流路の変形であるとし、界面には接触力(contact force)が存在しないと仮定してモデル化した。このPDMS流路は幅が10mm、長さが2.5mm及び上部壁(PDMSスラブ)の厚さが25mmであった。なお、上記寸法は、図16等に示したところの、測定対象の流体が液体であっても明瞭な構造色が発現するように構成した第3のデバイスについてのFEAシミュレーションでは異なる値を採用した。また、隙間なしで接触している流路が液体の流入で開くことをモデル化するのも同様に困難であることから、ここでは当初の流路の高さを500μmであるとしてモデル化を行った。当該数値モデルについてのこれ以上の詳細は非特許文献10を参照されたい。当該非特許文献においてはより小さな流路の変形を計算して、それを実験により検証している。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上詳細に説明したように、本発明によれば、小型で単純な構造であるとともに製造も容易な流体センサ等の各種の用途に適用できるデバイスを提供できるので、産業上大いに利用することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0074】
【特許文献1】特開2006-242819
【非特許文献】
【0075】
【非特許文献1】J. M. K. Ng, I. Gitlin, A. D. Stroock, G. M. Whitesides, Electrophoresis 2002, 23, 3461.
【非特許文献2】K. L. Mills, X. Zhu, S. Takayama, M. D. Thouless, J. Mater. Res. 2008, 23, 37.
【非特許文献3】D. Lee, N. Triantafyllidis, J. R. Barber, M. D. Thouless, J. Mech. Phys. Solids 2008, 56, 858.
【非特許文献4】E. P. Chan, A. J. Crosby, Soft Matter 2006, 2, 324.
【非特許文献5】H. Hillborg, J. F. Ankner, U. W. Gedde, G. D. Smith, H. K. Yasuda, K. Wikstroem, Polymer 2000, 41, 6851.
【非特許文献6】M. J. Owen, P. J. Smith, J. Adhes. Sci. Technol. 1994, 8, 1063.
【非特許文献7】J. Bacharouche, P. Kunemann, P. Fioux, M.-F. Vallat, J. Lalevee, J. Hemmerle, V. Roucoules, Appl. Surf. Sci. 2013, 270, 64.
【非特許文献8】J. Bacharouche, H. Haidara, P. Kunemann, M.-F. Vallat, V. Roucoules, Sens. Actuators, A 2013, 197, 25.
【非特許文献9】A. L. Volynskii, S. Bazhenov, O. V. Lebedeva, N. F. Bakeev, J. Mater. Sci. 2000, 35, 547.
【非特許文献10】T. Gervais, J. El-Ali, A. Guenther, K. F. Jensen, Lab Chip 2006, 6, 500.
【非特許文献11】H. Bruus, Lab Chip 2011, 11, 3742.
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図6A
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図6H
図7
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図9
図10A
図10B
図10C
図10D
図10E
図11
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図14A
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図14C
図15
図16
図17