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特開2024-60152土壌微生物叢改良剤、土壌微生物叢改良剤の調製方法、及び土壌微生物叢の改良方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060152
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】土壌微生物叢改良剤、土壌微生物叢改良剤の調製方法、及び土壌微生物叢の改良方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20240424BHJP
   C09K 17/02 20060101ALI20240424BHJP
   C09K 17/50 20060101ALI20240424BHJP
   C09K 17/32 20060101ALI20240424BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
C12N1/00 P
C09K17/02 H
C09K17/50 H
C09K17/32 H
A01G7/00 605Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167316
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】503303466
【氏名又は名称】学校法人関西文理総合学園
(71)【出願人】
【識別番号】399025125
【氏名又は名称】島本微生物工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】神波 誠治
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 慎
(72)【発明者】
【氏名】黒木 要
(72)【発明者】
【氏名】島本 光久
【テーマコード(参考)】
4B065
4H026
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065BA22
4B065BC41
4B065CA49
4B065CA54
4H026AA01
4H026AA07
4H026AA08
4H026AA10
4H026AB03
(57)【要約】
【課題】本発明は、土壌微生物叢の改良剤、及び、土壌微生物叢の改良方法を提供することを課題とする。
【解決手段】対象の土壌の微生物叢を、所望の目的に適するように改良するための微生物叢改良剤であって、(1)対象の土壌、及び/又はそれら対象の近郊の土壌から得た、土壌を改良するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢と、(2)前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、(3)前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる滅菌又は無菌化処理した担体と、の混合物を含む、土壌微生物叢改良剤により課題を解決する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の土壌の微生物叢を、所望の目的に適するように改良するための微生物叢改良剤であって、
(1)対象の土壌、及び/又はそれら対象の近郊の土壌から得た、土壌を改良するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢と、
(2)前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、
(3)前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる滅菌又は無菌化処理した担体と、
の混合物を含む、土壌微生物叢改良剤。
【請求項2】
前記目的微生物、又は目的微生物叢は、前記対象の土壌の初期微生物叢の解析を行い、解析結果を、所望の土壌に含まれる微生物叢について得られた微生物リストと照合することで決定される、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項3】
(いただいた請求項3の一部)
前記目的微生物、又は目的微生物叢は、前記目的微生物、又は目的微生物叢を前記対象の土壌の初期微生物叢から分離及び濃縮した微生物含有組成物として添加される、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項4】
前記目的微生物は、目的微生物叢を構成する微生物群の少なくとも一部は、農作物に対する病害菌の抑制機能を有する、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項5】
前記資化物質は、有機肥料;有機肥料の発酵物;タンパク質、アミノ酸、糖類、リン脂質、及び脂肪よりなる群から選択される少なくとも一種の有機肥料の構成成分を含む、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項6】
前記担体は、バイオ炭、及びバーミキュライトよりなる群から選択される少なくとも一種の多孔質体;ベントナイト、及びゼオライトよりなる群から選択される少なくとも一種の吸着体;及び山土、泥岩、及び頁岩よりなる群から選択される少なくとも一種の鉱物から選択される、一種、又は複数種を含む、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項7】
前記バイオ炭は、未利用植物系バイオマスを原料とした成形炭であり、表面に平均孔径10μm以上の細孔が複数存在する、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項8】
前記混合物において、
式1:(資化物質の質量)/(目的微生物又は目的微生物叢の質量)で表される質量比は0.1より大きく、且つ、式2:(担体の質量)/(目的微生物及び又は目的微生物叢、及び資化物質の合計質量)で表される質量比は0.1より大きい、請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
【請求項9】
(a)対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌から採取した土壌試料について初期微生物叢の解析を行うことと、
(b)上記(a)において得られた解析結果を、所望の土壌に含まれる微生物叢について得られた微生物リストと照合し、対象土壌の改良を達成するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢を決定することと、
(c)初期微生物叢から、上記(b)において決定された目的微生物、又は目的微生物叢を取得し、目的微生物、又は目的微生物叢を含む微生物含有組成物を調製することと、
(d)上記(c)において調製された微生物含有組成物と、前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる担体との混合物を含む、土壌微生物叢改良剤を調製することと、
を含む、土壌微生物叢改良剤を調製する方法。
【請求項10】
上記(c)において、前記微生物含有組成物は、対象の土壌から採取した初期微生物叢を孔寸法が異なる複数種のメンブレンフィルターを用いて前記目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮した濃縮物を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記メンブレンフィルターは、1枚のメンブレンフィルター面内に周期的に均一な孔が形成されている金属薄膜製フィルターである、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
上記(c)において、前記微生物含有組成物は、対象土壌から採取した初期微生物叢を孔寸法が異なる複数種以上のメンブレンフィルターを用いて前記目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮し、
濃縮した前記目的微生物、又は目的微生物叢に資化物質を与えることで馴致し、その馴致物を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
上記(c)において、前記微生物含有組成物は、対象土壌から採取した初期菌叢に資化物質を与えることで馴致することにより、目的微生物、又は目的微生物叢が初期菌叢よりも高い存在割合となった馴致物を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項14】
請求項1に記載の土壌微生物叢改良剤を改良対象の土壌に施用することを含む、土壌微生物叢の改良方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌微生物叢改良剤、土壌微生物叢改良剤の調製方法、及び土壌微生物叢の改良方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の慣行農地から有機農地への転換は、有機JAS規格 に準拠した肥培管理を行うことによって為されていた。一般的な方法としては、米糠、鶏糞、油粕などの有機肥料、又は、それらと納豆菌や乳酸菌などの発酵菌を混合して発酵させたボカシ肥と呼ばれる肥料を施肥して、土作りが行われていた。あるいは、それら発酵肥料に、肥料の効き方や保肥効果の調整用として、山土や籾殻などが混合される場合もあった。
【0003】
また、土作りに必要となる土壌評価は、一般的に、農作物生育に必要となる無機成分(硝酸態窒素、アンモニア態窒素、リン酸、加里、石灰、苦土等)やpH、EC(電気伝導度)などの化学指標の評価が行われていた。
また、農地の土壌改良、あるいは、ボカシ肥の製造用という目的で、乳酸菌、納豆菌、麹、酵母等の微生物製剤が販売されていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の農地転換方法は、有機JAS規格に準拠したボカシ肥等の有機肥料を施肥し続け、農地が有機農業に適したように変わるのを待つというものであり、肥料選択など農家の経験や勘に基づく肥培管理に頼ったものであった。そのため、慣行農地から有機農地への農地転換には長期間(数年程度)を要することが問題になっていた。その間、生産量低下に伴う収入減や土作りコストの増大が生じ、農家負担が大きくなることから、慣行農業から有機農業への転換を妨げる要因になっていた。そのため、日本の有機農地の割合は、全農地の0.5%程度(平成30年度)にとどまっていた。
【0005】
また、土作りに必要となる土壌評価では、農地の土壌微生物叢が評価されることは殆どなかった。それら微生物叢はブラックボックスとして考慮されず、土壌微生物叢による有機肥料分解の結果である無機成分や化学指標の評価しか行われてこなかった。そのため、土作りは、施肥して、その結果(無機成分評価)を見るという試行錯誤的なものとなり、農地転換に数年を要する原因になっていた。
【0006】
また、微生物製剤には主に食品加工で用いられる発酵菌が使われ、それらは有機肥料をより小さな分子(タンパク質やアミノ酸等)に分解する目的で選択されたものであるが、それらが農地に播種された後、農地に定着するかまでは考慮されていなかった。一般的に、外部から土壌に細菌等の微生物を導入する場合、気候や土質や過去の農産物育成履歴などの環境要因が導入する細菌に適しているとは限らないこと、ニッチ(生態的地位)や先住効果等で説明されるように導入する細菌は既に土壌に存在している菌叢の影響を受け定着しないリスクがあること等を考慮する必要があり、それらが考慮されていない従来の微生物製剤では、それら発酵菌を農地に定着させることは困難であった。
【0007】
本発明は、土壌微生物叢の改良剤、及び、土壌微生物叢の改良方法を提供することを課題とする。また、土壌の微生物叢の制御を行い、有機肥料分解や病害菌抑制に適するように土壌を改良する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の態様を含む。
項1.
対象の土壌の微生物叢を、所望の目的に適するように改良するための微生物叢改良剤であって、
(1)対象の土壌、及び/又はそれら対象の近郊の土壌から得た、土壌を改良するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢と、
(2)前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、
(3)前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる滅菌又は無菌化処理した担体と、
の混合物を含む、土壌微生物叢改良剤。
項2.
前記目的微生物、又は目的微生物叢は、前記対象の土壌の初期微生物叢の解析を行い、解析結果を、所望の土壌に含まれる微生物叢について得られた微生物リストと照合することで決定される、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項3.(いただいた項3の一部)
前記目的微生物、又は目的微生物叢は、前記目的微生物、又は目的微生物叢を前記対象の土壌の初期微生物叢から分離及び濃縮した微生物含有組成物として添加される、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項4.
前記目的微生物は、目的微生物叢を構成する微生物群の少なくとも一部は、農作物に対する病害菌の抑制機能を有する、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項5.
前記資化物質は、有機肥料;有機肥料の発酵物;タンパク質、アミノ酸、糖類、リン脂質、及び脂肪よりなる群から選択される少なくとも一種の有機肥料の構成成分を含む、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項6.
前記担体は、バイオ炭、及びバーミキュライトよりなる群から選択される少なくとも一種の多孔質体;ベントナイト、及びゼオライトよりなる群から選択される少なくとも一種の吸着体;及び山土、泥岩、及び頁岩よりなる群から選択される少なくとも一種の鉱物から選択される、一種、又は複数種を含む、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項7.
前記バイオ炭は、未利用植物系バイオマスを原料とした成形炭であり、表面に平均孔径10μm以上の細孔が複数存在する、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項8.
前記混合物において、
式1:(資化物質の質量)/(目的微生物又は目的微生物叢の質量)で表される質量比は0.1より大きく、且つ、式2:(担体の質量)/(目的微生物及び又は目的微生物叢、及び資化物質の合計質量)で表される質量比は0.1より大きい、項1に記載の土壌微生物叢改良剤。
項9.
(a)対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌から採取した土壌試料について初期微生物叢の解析を行うことと、
(b)上記(a)において得られた解析結果を、所望の土壌に含まれる微生物叢について得られた微生物リストと照合し、対象土壌の改良を達成するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢を決定することと、
(c)初期微生物叢から、上記(b)において決定された目的微生物、又は目的微生物叢を取得し、目的微生物、又は目的微生物叢を含む微生物含有組成物を調製することと、
(d)上記(c)において調製された微生物含有組成物と、前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる担体との混合物を含む、土壌微生物叢改良剤を調製することと、
を含む、土壌微生物叢改良剤を調製する方法。
項10.
上記(c)において、前記微生物含有組成物は、対象の土壌から採取した初期微生物叢を孔寸法が異なる複数種のメンブレンフィルターを用いて前記目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮した濃縮物を含む、項9に記載の方法。
項11.
前記メンブレンフィルターは、1枚のメンブレンフィルター面内に周期的に均一な孔が形成されている金属薄膜製フィルターである、項9に記載の方法。
項12.
上記(c)において、前記微生物含有組成物は、対象土壌から採取した初期微生物叢を孔寸法が異なる複数種以上のメンブレンフィルターを用いて前記目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮し、
濃縮した前記目的微生物、又は目的微生物叢に資化物質を与えることで馴致し、その馴致物を含む、項9に記載の方法。
項13.
上記(c)において、前記微生物含有組成物は、対象土壌から採取した初期菌叢に資化物質を与えることで馴致することにより、目的微生物、又は目的微生物叢が初期菌叢よりも高い存在割合となった馴致物を含む、項8に記載の方法。
項14.
項1に記載の土壌微生物叢改良剤を改良対象の土壌に施用することを含む、土壌微生物叢の改良方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来はブラックボックスとして顧みられることが殆どなかった土壌の微生物叢の制御を行い、有機肥料分解や病害菌抑制に適するように改良することができる。また、従来の経験や勘に基づく試行錯誤的な土作りを改善し、慣行農地から有機農地への農地転換に要する期間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】土壌の微生物叢の改良方法の概要を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
はじめに、図1を用いて、本発明の概要を説明する。
【0012】
上図に、本発明の概要を示す。概要図では、ステップ(1)~(6)を行って、改良対象の土壌の微生物叢を改良する方法を示している。ステップ(1)において、顧客農地から土壌微生物叢(初期微生物叢)を回収する。ステップ(2)において、遺伝子解析による微生物叢解析等により顧客農地に不足している微生物(目的微生物)、又は微生物叢(目的微生物叢)を特定する。ここで、目的微生物叢には複数種の微生物を含む。ステップ(3)において、初期微生物叢からフィルター分画技術を用いて目的微生物、又は目的微生物叢を分画し、濃縮し、回収する。ステップ(4)において、ステップ(1)において取得した初期微生物叢、又はステップ(3)において回収した、目的微生物、又は目的微生物叢に適切な選択圧を加え目的微生物、又は目的微生物叢を増加させる。ステップ(5)において、増加した目的微生物、又は目的微生物叢を含む微生物含有組成物(図1では馴致物)と、目的微生物、又は目的微生物叢の資化物質、目的微生物のニッチ確保を目的とした担体、を混合した土壌微生物叢改良剤を調製する。ステップ(6)において、調製した顧客農地に土壌微生物叢改良剤を施用する。
このような原理により、顧客土壌に不足する目的微生物、又は目的微生物叢を補い、また定着させ、土壌微生物叢の改良を達成する。
また、本発明の土壌微生物叢改良剤は、従来のボカシ肥やそれに用いられる微生物製剤とは表1に示す点で異なっている。
【0013】
【表1】
【0014】
表1に示したように、従来のボカシ肥やそれに用いられる微生物製剤は、有機肥料を土壌微生物が分解しやすいように予め部分分解するための手段で、有機肥料の加工技術といえる。対して、本発明は顧客農地の微生物叢を改良するための技術といえる。両者は、設計思想や目的、及び、それらに基づく材料構成が大きく異なっている。また、本発明は、目的微生物を農地に定着させる際に問題となる課題(環境と播種される微生物のミスマッチ)に対して、顧客農地、乃至、顧客農地近郊の土壌から得た初期微生物叢の中から目的微生物(既にその農地に存在していた微生物)を得る方法を用いている。これは、有機JAS 規格第4条に定められている肥培管理の方法のうち、当該圃場若しくはその周辺に生息する生物(微生物など)の機能を活用した方法(有機物の分解、物質循環など)のみによる土壌の改善と維持増進、に完全に対応した方法と言える。また、もう一つの課題(ニッチや先住効果により既に存在している微生物叢の影響を受け定着しない)に対しては、目的微生物の住処となる担体を予め用意することで対策している。これら課題の解決は、従来のボカシ肥やそれに用いられる微生物製剤では想定されておらず、本発明のみが有する機能・特徴となる。
【0015】
1.土壌微生物叢改良剤、及び土壌微生物叢改良剤の調製方法
本発明のある実施形態は、土壌微生物叢改良剤、及び土壌微生物叢改良剤の調製方法に関する。
土壌微生物叢改良剤は、対象の土壌の微生物叢を、所望の目的に適するように改良するために使用される。
【0016】
土壌微生物叢改良剤は、(1)対象の土壌、及び/又はそれら対象の近郊の土壌から得た、土壌を改良するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢と、(2)前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、(3)前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる担体と、の混合物を含む。
【0017】
また、土壌微生物叢改良剤は、下記方法により調製される。
前記方法は、
(a)対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌から採取した土壌試料について初期微生物叢の解析を行うことと、
(b)上記(a)において得られた解析結果を、所望の土壌に含まれる微生物叢について得られた微生物リストと照合し、対象土壌の改良を達成するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢を決定することと、
(c)初期微生物叢から、上記(b)において決定された目的微生物、又は目的微生物叢を取得し、目的微生物、又は目的微生物叢を含む微生物含有組成物を調製することと、
(d)上記(c)において調製された微生物含有組成物と、前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる担体とを含む、土壌微生物叢改良剤を調製することと、
を含む。
【0018】
(1)ステップ(a)
ステップ(a)では、改良対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌から採取した土壌試料について微生物叢の解析を行う。
改良対象の土壌は、微生物叢を改良することを望む土壌、若しくは土壌改良の必要性を検討している土壌である。土壌として、例えば、農地、有機物汚染土壌等であり得る。
農地とは、田、畑を意図する。畑には、野菜、花等を作付けする畑、樹園地、牧草地を含む。樹園地は、果樹、桑、茶を含む。
【0019】
有機物汚染土壌は、工場跡地や廃棄物処理場等を含み得る。
【0020】
土壌改良には、非農地の有機土壌化、慣行農地の有機土壌化、有機物汚染土壌の微生物導入による浄化(バイオオーグメンテーション)等を含む。
【0021】
微生物として、例えば、細菌、古細菌等の原核細胞生物;真菌(酵母及び糸状菌)、藻類等の真核細胞生物を含み得る。真核細胞生物として、例えば、18Sではスーパーグループ分類であるOpisthokontaやSAR(リザリア)、門分類として子嚢菌、担子菌、酵母様菌、鞭毛菌類、不完全菌類等を含む。
【0022】
好ましくは、微生物は、又は微生物叢を構成する微生物群の少なくとも一部は、農作物に対する病害菌の抑制機能を有することが好ましい。
【0023】
病原菌として、例えば、細菌では、青枯れ病(Ralstonia属solanacearum種)やそうか病(Streptomyces属scabies種)など、真菌類等で、立ち枯病(Pythium属)、疫病(Phytophthora属)、萎黄病等(Fusarium属)等を挙げることができる。
【0024】
土壌試料は、改良対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌から、30g~400g程度採取することが好ましい。好ましくは、90g~200g程度である。
近郊とは、例えば、対象土壌から、1km~100km圏内程度を意図する。
【0025】
次に土壌試料から、初期微生物叢の解析を行うため、土壌試料からDNAを抽出する。抽出方法は、公知である。例えば、DNA抽出キット(Nicleospin Soil、タカラバイオ) 、Extrap Soil DNA Kit Plus Ver.2(フナコシ)、ISOSPIN Soil DNA(日本ジーン)等を使用することができる。
【0026】
続いて、抽出したDNAを用いて、対象土壌に含まれる微生物叢を解析する。微生物が原核細胞生物である場合、例えば16SrRNA領域の遺伝子配列の解析を行うことにより、微生物叢を構成する原核細胞生物の種類を同定することができる。微生物が真核細胞生物である場合、例えば18SrRNA領域の遺伝子配列の解析を行うことにより、微生物叢を構成する真核細胞生物の種類を同定することができる。
【0027】
rRNA領域の遺伝子配列の解析は、例えば、はじめに、rRNA領域を増幅するプライマーを用いて、ゲノムDNA上のrRNA領域をPCRにより増幅し第1の増幅産物を得る。次に第1の増幅産物を次世代シーケンサー用のインデックス付加プライマーを使用してPCRにより増幅し、第2の増幅産物を得る。次に第2の増幅産物について次世代シーケンサーによりシーケンシングを行い得られた各リードを参照配列(例えば、Greengene:Lawrence Berkeley National Laboratory (LBNL))にマッピングすることにより、土壌試料に含まれる初期微生物叢を構成する個々の微生物を特定することができる。また、この時初期微生物叢における個々の微生物の存在割合も特定できる。土壌試料に含まれる初期微生物叢の構成及びその存在割合が、解析結果となる
【0028】
(2)ステップ(b)
ステップ(b)では、上記ステップ(a)において得られた解析結果を、所望の土壌に含まれる微生物叢を構成する微生物リストと照合し、対象土壌の改良を達成するために必要な目的微生物、又は目的微生物叢を決定する。
所望の土壌とは、例えば、有機農法を成功させている土壌、目的菌に分解させようとしている有機肥料を長年使い続けている農地等である。
【0029】
所望の土壌に含まれる微生物叢を構成する微生物リストは、対象土壌に替えて、所望の土壌から、土壌試料を回収し、上記ステップ(a)と同様の方法にしたがって、所望の土壌から採取した土壌試料に含まれる微生物叢を構成する個々の微生物を特定する。また、この時微生物叢における個々の微生物の存在割合も特定できる。所望の土壌試料に含まれる微生物叢の構成及びその存在割合が、微生物リストとなる。また、微生物リストから常在菌を除くため、近郊の非農地(例えば、農地に隣接する農道などの土壌)等から土壌試料を回収し、上記ステップ(a)と同様の方法にしたがって、所望の土壌から採取した土壌試料に含まれる微生物叢を構成する個々の微生物を特定し、これらを所望の土壌の微生物リストから除いてもよい。
【0030】
最後に、上記ステップ(a)において得られた解析結果を微生物リストと照合し、改良対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌において不足している微生物を目的微生物として、また不足している微生物叢を目的微生物叢として決定する。
【0031】
(3)ステップ(c)
ステップ(c)では、対象土壌の初期微生物叢から、上記(b)において決定された目的微生物、又は目的微生物叢を取得し、目的微生物、又は目的微生物叢を含む微生物含有組成物を調製する。
【0032】
ステップ(c)のある態様(態様C1)では、前記微生物含有組成物は、対象の土壌から採取した初期微生物叢を孔寸法が異なる複数種のメンブレンフィルターを用いて目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮した濃縮物を含む。
前記メンブレンフィルターは、1枚のメンブレンフィルターに均一な孔が形成されている金属薄膜製フィルターであることが好ましい。
メンブレンフィルターの孔の形状は、略正方形、正方形、略円形、円形等であり得る。
メンブレンフィルターは、エレクトロフォーミング(電鋳)法により製造することができる。
【0033】
孔寸法が異なるメンブレンフィルターとして、例えば、フィルター構造(孔ピッチ、孔寸法、膜厚)が精密制御された金属メッシュデバイス(株式会社村田製作所製)や絶対寸法フィルター(株式会社オプトニクス精密製)を用いることができる。
【0034】
孔寸法が異なるメンブレンフィルターは、上流に配置されるメンブレンフィルターの孔寸法よりも、下流に配置されるメンブレンフィルターの孔寸法が小さくなる。孔寸法としては、0.5~300μmの範囲内を挙げることができる。好ましくは、孔寸法が1、2、3、4.5、7、10μmのメンブレンフィルターを組み合わせることができる。より好ましくは、第1のメンブレンフィルターの孔寸法は4.5μm、第2のメンブレンフィルターの孔寸法は7μmの組み合わせを使用することができる。
【0035】
孔寸法が異なるメンブレンフィルターを孔寸法が上流から下流にしたがって小さくなるように設置し、そこに初期微生物叢の懸濁液を通過させることにより、微生物を大きさに応じて選択的に分画し、目的微生物、又は目的微生物叢をトラップしたメンブレンフィルターを回収することにより、目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮した濃縮物を得ることができる。
【0036】
ステップ(c)のある態様(態様C2)では、前記微生物含有組成物は、対象土壌から採取した初期菌叢に資化物質を与えることで馴致することにより、目的微生物、又は目的微生物叢が初期菌叢よりも高い存在割合となった馴致物を含む。この場合、採取した初期微生物叢からの目的微生物、又は目的微生物叢の選択を、馴致条件により行う。
【0037】
馴致とは、選択圧をかけながら、目的微生物、又は目的微生物叢を増殖させることである。馴致条件は、選択圧であり、選択圧として、培養液の組成(純水、又は緩衝液)、培養温度(18℃~40℃)、培養時の酸素量(曝気条件0.5~4L/min)、資化物質の種類や施用量、初期の細菌濃度、頁岩等の無菌担体の添加量を挙げることができる。培養液の組成は、馴致液の組成に該当する。また、培養液を用いた馴致に替えて、土壌培養を行い馴致を行ってもよい。
馴致は、例えば、3日~14日程度行うことが好ましい。
【0038】
初期微生物叢よりも高い存在割合とは、初期微生物叢に含まれる目的微生物、又は目的微生物叢の存在割合よりも、馴致後の馴致物内の目的微生物、又は目的微生物叢の存在割合が、20倍以上、好ましくは100倍以上高いことを意図する。あるいは、馴致物内の目的微生物、又は目的微生物叢の存在割合が、5%以上、好ましくは25%以上となった時に、初期微生物叢よりも高い存在割合となったといえる。
【0039】
ステップ(c)のある態様(態様C3)では、前記微生物含有組成物は、対象土壌から採取した初期微生物叢を孔寸法が異なる複数種以上のメンブレンフィルターを用いて前記目的微生物、又は目的微生物叢を選択的に濃縮し、濃縮した前記目的微生物、又は目的微生物叢に資化物質を与えることで馴致し、その馴致物を含む。
【0040】
本態様は態様C1と態様C2を組み合わせた態様である。ここで、態様C3において、態様C1と態様C2を行う順番は、逆であってもよい。
ステップ(c)において、馴致液は資化物質を含む。
【0041】
資化物質として、米糠、鶏糞、油粕、骨粉、魚・肉粉、草木灰、茶かす、稲藁、籾殻、麦ふすま、牛糞、コンポスト(生ゴミ発酵肥料)等の有機肥料;前記有機肥料の発酵物;タンパク質、アミノ酸、糖類、リン脂質、及び脂肪よりなる群から選択される少なくとも一種の有機肥料の構成成分を含む。
【0042】
(4)ステップ(d)
ステップ(d)では、上記(c)において調製された微生物含有組成物と、前記目的微生物、又は目的微生物叢の生存、及び/又は増殖に必要となる有機物を含む資化物質と、前記目的微生物、又は目的微生物叢が対象土壌中で生態的地位を得るために用いられる担体との混合物を含む、土壌微生物叢改良剤を調製する。
資化物質は、上記ステップ(c)において説明したとおりである。
【0043】
担体として、例えば、バイオ炭、及びバーミキュライトよりなる群から選択される少なくとも一種の多孔質体;ベントナイト、及びゼオライトよりなる群から選択される少なくとも一種の吸着体;及び山土、泥岩、及び頁岩よりなる群から選択される少なくとも一種の鉱物から選択される、一種、又は複数種を挙げることができる。担体は、
【0044】
バイオ炭は、河川等で発生する刈草、湖で繁茂する水草、稲藁や籾殻など未利用植物系バイオマスを原料とした炭材である。より具体的には、バイオ炭は、上記原料を粉末化して焼成することで粉末状のバイオ炭を、又は上記原料の粉末をペレット状に成形して焼成することで得られる成形炭である。好ましくは、後者である。成形炭の表面には平均孔径10μm以上の細孔が複数存在する。目的微生物又は目的微生物叢の担持能(あるいは吸着能)を高めるために、前者は比表面積の増大、後者は細菌が収まる程度の細孔の形成を利用する。炭表面上に見える窪みや亀裂のような空隙を細孔と定義している。しかし、細孔の形状は円にならないため、炭表面での空隙面積を円面積に換算して円換算直径とする。細孔の孔径の上限は制限されないが、成形炭の構造(強度)を維持するという観点で考えれば、成形体の大きさの1/10程度以下とすることが好ましい。
【0045】
担体の平均粒子径は、10μm~10mm程度である。より具体的には、粉末状のバイオ炭の場合の平均粒子径は10μm~700μm程度である。ペレット状のバイオ炭の場合平均粒子径は3mm~10mm程度である。バーミキュライト、ベントナイト、ゼオライト、山土、泥岩、及び頁岩の場合、平均粒子径は、300μm~8mmである。
【0046】
混合物において、式1:(資化物質の質量)/(目的微生物又は目的微生物叢の質量)で表される質量比は0.1より大きく、且つ、式2:(担体の質量)/(目的微生物及び又は目的微生物叢、及び資化物質の合計質量)で表される質量比は0.1より大きい。
混合物は、土壌微生物叢改良剤1L中に4.5g以上添加することができる。混合物は、土壌微生物叢改良剤1L中に50g以内、30g以内、18g以内で添加することができる。
(5)変形例
本実施形態では、ステップ(a)の前に、対象の土壌、及び/又は対象の土壌の近郊土壌から土壌試料を採取することを含んでもよい。土壌の採取は、5点法などで定められた方法で行うことができる。また、解析前の土壌試料の前処理として、篩通し(小石、虫、植物残渣の除去)等を行ってもよい。
【0047】
2.土壌微生物叢の改良方法
本発明のある実施形態は、上記1.において調製した土壌微生物叢改良剤を施用した土壌微生物叢の改良方法に関する。
【0048】
土壌微生物叢改良剤は、1反(約998m)当たり、微生物叢質量換算で10kg~50kg程度施用することが好ましい。改良開始時に1回、好ましくは、1ヶ月経過毎に追肥を1~2回繰り返すのが好ましい。また、作付けの1ヶ月前(改良剤施用1回の場合)~3か月前(同3回の場合)に施用するのが好ましい。
【実施例0049】
(実施例1) 目的菌(タンパク、アミノ酸分解菌)を土壌培養し、菌叢改良剤の混合比を変えて施用
面積が約1反(992m2)の慣行農地Aの土壌菌叢の改良試験を行った。
慣行農地A内の異なる5か所の表層から5~30cm程度にある土壌を各100g採取し、混合して土壌サンプルを得た。土壌サンプルに滅菌済PBSを加えて約1Lにメスアップし、ハンドシャイクと超音波分散を繰り返すことで土壌懸濁液を作製し、遠心分離機(5702R、エッペンドルフ)を用いて加速度500Gの遠心分離で土壌を沈殿させた後、上澄み液を回収して初期菌叢分析用サンプル液(土壌細菌懸濁液)を得た。DNA抽出キット(Nicleospin Soil、タカラバイオ)を用いて分析用サンプル液からDNAを抽出し、16SrRNA V3-V4領域用のプライマー(外注合成品)とPCR用試薬(2xKAPAHiFiHotStartReadyMix、日本ジェネティクス)、さらに、NGS装置(Miseq、イルミナ)用のインデックス付加プライマー(Nextera XT Index Kit v2 Set A、イルミナ)とPCR試薬を用いて、抽出したDNAに対して2段階のPCR増幅を行い、遺伝子配列解析用のサンプルを得た。そのサンプルを用いて、NGS装置により配列解析を行い、データベース(Greengene)と照合することで、慣行農地Aの細菌・古細菌の系統組成分布(菌叢)を得た。
【0050】
慣行農地Aの周辺(同一県内)にある有機農地6か所(露地3か所、ハウス3か所)について、農地内の異なる5か所の表層から5~30cm程度にある土壌を各1kg採取し、混合して計5kgの土壌サンプル6種を得た。これら土壌に対し、資化物質として、タンパク質(牛血清アルブミン、富士フィルム和光純薬)10gを加えて混合した後、植木鉢に入れ、ハウス内(温度25℃)にて、水分管理、雑草管理を行いながら、約1ヶ月静置した。静置前後の土壌ついて、前記と同様に16SrRNAのV3-V4領域の遺伝子配列解析を行い、細菌・古細菌の系統組成分布(菌叢)を求め、前後で含有率増加が著しい細菌をタンパク質分解関連菌として、目的菌選定用の比較対象とした。
【0051】
得られた慣行農地Aの菌叢について、上記で得られたタンパク質分解関連菌の含有率を調べた結果、Lysobacter属、Kaistobacter属、Rhodanobacter属、Dyella属等が、周辺有機農地より少なくなっていることがわかり、これら細菌属を目的菌とした。
【表2】
【0052】
再度、慣行農地A内の異なる5か所の表層から5~30cm程度にある土壌を各1kg採取し、混合して目的菌培養用の土壌サンプルを得た。この土壌サンプル5kgに対し、資化物質として、タンパク質(牛血清アルブミン、富士フィルム和光純薬)10gを加えて混合した後、植木鉢に入れ、ハウス内(温度25℃)にて、水分管理、雑草管理を行いながら、約1ヶ月静置した。静置後の土壌(目的菌培養後土壌)について、前記と同様に細菌・古細菌の系統組成分布(菌叢)の解析を行い、初期菌叢と比較することで、目的菌の菌叢中の含有率が表2のように増加していることを確認した。
【0053】
分析後の約5kgの目的菌培養後土壌に超純水を加えて約10Lにメスアップし、ハンドシャイクと超音波分散を繰り返すことで土壌懸濁液を作製し、加速度500Gの遠心分離で土壌を沈殿させた後、上澄み液を回収した。さらに、得られた上澄み液を加速度3000Gで90分の遠心分離を行い、液中の土壌細菌を分離した後、上澄みを廃棄して、新たに超純水を加え、液量を約1Lに調整することで、目的菌を大量に含む菌叢溶液を得た。得られた菌叢溶液について、試薬(LL100-1-2、LL100-2、AP-10104、東洋ビーネット)を用いてATPアッセイ法により細菌数濃度測定を行い、約1.5×109個/mLであること、さらに、細菌1個の質量を1pgと仮定することで、約1.5mg/mLの質量濃度になっていることがわかった。これら菌叢溶液100mLに担体(琵琶湖湖底で採取された頁岩を滅菌したもの)と資化物質(牛血清アルブミン)を表3のように混合し、土壌菌叢改良剤試作品NO.1~7を作製した。
【表3】
【0054】
慣行農地A内の異なる5か所の表層から5~30cm程度にある土壌を各1kg程度採取・混合して約5kgとした土壌サンプルを植木鉢に入れたものを計8個用意し、各植木鉢に表3のNo.1~7の改良剤全量を各1種入れて混合した。残り1個の植木鉢は改良剤を入れないものとした(以下、NO.8とする)。ハウス内(温度25℃)にて、水分管理、雑草管理を行いながら、2週間静置した。後静置後、有機肥料として、鶏糞と魚粉を1:1で混合して作製した発酵肥料を各植木鉢に10g加えて混合し、さらに1ヶ月静置した。各植木鉢について、(a)初期、(b)菌叢改良剤を加えて2週間静置後(No.8は改良剤無し)、(c)有機肥料を加えて1ヶ月静置後の土壌について、菌叢評価を行い、目的菌の含有率変化を確認した。結果を表4に示す。これらの結果から、菌叢改良剤を施用したNo.1~No.7の植木鉢のうち、No.2、3、4、6、7で目的菌の含有率増加が顕著であることがわかった。
【表4】
【0055】
有機肥料施肥後1ヶ月が経過した各植木鉢に小松菜を播種し、約1.5カ月後に収穫した小松菜の品質として、葉長(cm)、総ビタミン量(mg/100g)、遊離グルタミン量(mg/100g)、糖度の評価を行った。結果を表5に示す。なお、表では、比較しやすいように測定値を各評価項目の最大値で規格化した。これらの結果から、目的菌の含有率増加が顕著であったNo.2、3、4、6、7の植木鉢で栽培した小松菜において、品質が優れた小松菜が得られていることがわかった。
【0056】
なお、本実施例では、土壌菌叢として、細菌・古細菌に注目した実施例を示したが、遺伝子解析として、18S rRNA領域の解析を行い、真核生物に注目しても同様に実施することが可能である。また、改良剤の資化物質をタンパク質成分を含有する一般的な発酵有機肥料とすれば、目的菌の施肥後の定着が保障されたぼかし肥として利用することも可能である。
【表5】
【0057】
(実施例2)目的菌をフィルター分画し、分画菌叢を馴致した濃縮液で菌叢改良剤を作製
面積が約1反(992 m2)の耕作放棄地B(慣行農業を廃業して5年程度経過した土地)の土壌菌叢の改良試験を行った。農地内の異なる5か所の表層から5~30cm程度にある土壌を各100g採取し、混合して計500gの土壌サンプルを得た。さらに、この土壌サンプルを用いて、実施例1と同様の方法で、耕作放棄地Bの細菌・古細菌の系統組成分布(菌叢)を得た。
【0058】
前記と同様も方法で、耕作放棄地Bの周辺にある有機農業農地6か所の土壌から、アミノ酸分解関連菌を実験的に求め、目的菌選定用の比較対象とした。得られた慣行農地Aの菌叢について、上記で得られたアミノ酸分解関連菌の含有率を調べた結果、Lysinibacillus属、Brevibacillus属、Arthrobacter属、Streptomyces属等が周辺有機農地より少なくなっていることがわかり、これら細菌属を目的菌とした。
【0059】
再度、耕作放棄地B内の異なる5か所の表層から5~30cm程度にある土壌を各100g採取し、混合して滅菌済PBSを加えて約1Lにメスアップし、ハンドシャイクと超音波分散を繰り返すことで土壌懸濁液を作製し、加速度500Gの遠心分離で土壌を沈殿させた後、上澄み液を回収して、目的菌分画用の初期菌叢サンプル液300mLを得た。このサンプル液全量をシリンジポンプ(YSP-201, YMC)とPP製ディスポーザルシリンジ(50mL、テルモ)を用いて、面積25mmφ、孔寸法10μmのナイロンネットフィルター(NY1002500、ミルポア)に通液し、微小土壌粒子や真核生物等の不純物を濾過した。さらに、ナイロンネットフィルターを透過したサンプル液約300mLをシリンジポンプとPP製ディスポーザルシリンジを用いて、面積6mmφ、孔寸法4.5μm、乃至、7μmの均一な孔が形成されている金属薄膜製フィルター(MMD、村田製作所)に通液し、サンプル液中の菌叢を分画し、目的菌の濃縮回収を行った。なお、フィルターの目詰まりを考慮して、サンプル液は100mLずつを計3枚のフィルターに分けて通液した。分画後のフィルター1枚を15mLの遠沈管に1枚入れ、滅菌済PBSを10mL加え、ボルテックスミキサーにより撹拌して、フィルター上に分離されていた菌叢をPBS中に分散させた(3枚のMMDで計3本作製した)。菌叢が分散されたPBS10mLの3本分を容量200mLの滅菌済三角フラスコに入れ、さらに滅菌済PBSで175mLにメスアップして、馴致前菌叢溶液とした。実施例1と同様の方法で、ATPアッセイ法による菌量測定を行うことで、約1.0×108個/mLの細菌数濃度、さらに、細菌1個の質量を1pgと仮定することで、約0.1mg/mLの細菌質量叢度になっていることがわかった。
【0060】
クリーンベンチ内に曝気用のエアポンプ(e-air 9000FB、GEX)と空気をフラスコ内に導くための内径4mmφのPTFE製滅菌済チューブと前記三角フラスコを設置し、空気中の微生物除去用に面積50mmφ、孔寸法0.45μmのPTFE製メンブレンフィルター(millex-FA、ミルポア)を介して、三角フラスコ内の細菌溶液に流量0.5L/minで清浄空気を送り、フラスコ中の細菌溶液を曝気した。さらに、曝気した細菌溶液に、資化物質として濃度5mg/mLのアミノ酸(L(+)-アルギニン、富士フィルム和光純薬)溶液を1mL/日の割合で加え、また、乾燥で失われた水分を、超純水の追加で補うことで、計10日間の馴致を行うことで、馴致後菌叢溶液を得た。
【表6】
【0061】
表6に、実施例1と同様の方法でもとめた耕作放棄地Bの土壌菌叢(初期菌叢)、フィルターで分画された菌叢(馴致前溶液菌叢)、馴致後溶液菌叢における目的菌の含有率を比較した結果を示す。これらの結果から、分画、及び、馴致にとって、目的菌の含有率が高くなることがわかった。
【0062】
馴致後の菌叢溶液について、ATPアッセイ法により菌量測定を行い、約0.9×109個/mL、さらに、細菌1個の質量を1 pgと仮定することで、約0.9 mg/mLの細菌叢度になっていることがわかった。これら馴致後菌叢溶液100 mLに、資化物質としてアミノ酸(アルギニン)を90 mg、担体として以下の方法で作製したバイオ炭を180 mg添加し、土壌菌叢改良剤試作品を作製した。
【0063】
バイオ炭製造用の未利用植物系バイオマスとして、琵琶湖に繁殖する水草を使用した。刈り取り後の水草をミキサーにより租粉砕し、得られた水草懸濁液を吸引濾過することで水分の除去を行った。得られた水草ケーキを恒温機(ヤマト科学、DY600)で約60℃の温度で約1日の乾燥を行い、乾燥ケーキを得た。得られた乾燥ケーキを乾式ミル(IKA、M20)により粉砕して、水草乾燥粉末を得た。得られた乾燥粉末を油圧プレス機(ラボネクト、LP100)により圧力約10tで、直径10 mmφ、厚み約2 mmのペレット状に成形した。得られたペレットを自作管状炉(電気炉)により、還元雰囲気下で約850℃の焼成を行い、バイオ炭ペレットを得た。得られたバイオ炭ペレットについて、表面のSEM写真を撮影し、画像処理(Image-J、フリーソフト)によって表面孔径の平均孔径を算出した結果、約20μmとなっていることが確認された。
【0064】
耕作放棄地Bの異なる5か所の表層から5~30 cm程度にある土壌を各1kg程度採取・混合して約5kgとした土壌サンプルを植木鉢に入れたものを2個用意し、1個は菌叢改良剤全量を入れて混合したもの、1個は改良剤を入れないものとした。ハウス内(温度25℃)にて、水分管理、雑草管理を行いながら2週間静置した。静置後、有機肥料として、米糠と大豆油粕1:1で混合して作製した発酵肥料を各植木鉢に10g加えて混合し、さらに1ヶ月静置した。(a)初期、(b)菌叢改良剤を加えて2週間静置後、(c)有機肥料を加えて1ヶ月静置後の土壌について、菌叢評価を行い、目的菌の含有率変化を確認した。結果を表7に示す。これらの結果から、菌叢改良剤を使用した植木鉢の方で、目的菌の顕著な増加が確認された。
【表7】
【0065】
有機肥料施肥後1ヶ月が経過した植木鉢2種(菌叢改良剤有り、無し)について、小松菜を播種し、約1.5カ月後に収穫して小松菜の品質評価を行った。結果を表8に示す。これらの結果から、土壌菌叢改良剤を施用した植木鉢で栽培した小松菜で、各種品質に優れた小松菜が得られていることがわかった。
【表8】
【0066】
(実施例3)資化物質比較
資化物質を麦ふすま、米糠、骨紛、でんぷん、グルコースにした場合の土壌菌叢改良を行った。それぞれの目的菌を前記のように有機農地の土壌実験より求め、物質順に、Pandoraea属、Chryseobacterium属、Aquicella属、Chthoniobacter属、Acidovorax属とし、それらが有機農地より少なくなっている慣行農地土壌C~Gを用意した。
【0067】
実施例1と同様の方法で、各目的菌の菌叢改良剤(混合溶液濃度5~10mg/mL、(3)/(2)比=0.8~2.8、(4)/((2)+(3))比=1)を用意し、土壌C~Gを5kg入れた植木鉢に対応する目的菌の菌叢改良剤を施用し2週間静置後、資化物質と同じ材料を有機肥料として10gを施肥して1ヶ月静置し、小松菜を播種して約1.5カ月の栽培を行い、栽培後の小松菜の品質確認を行った。(比較用として、各土壌、菌叢改良剤を入れずに有機肥料を施肥したのみで栽培した小松菜も用意した。)
表9に、小松菜の品質確認結果を示す。これらの結果から、各土壌、菌叢改良剤の施用によって、小松菜の品質が向上することがわかった。
【表9】
【0068】
(実施例4)担体比較
実施例1と同様の方法で、慣行農地A用の農地菌叢改良剤として、担体を頁岩から、バイオ炭、バーミキュライト、ベントナイト、ゼオライト、泥岩に変更したものを用意した(混合溶液濃度5~15 mg/mL、(3)/(2)比=1、(4)/((2)+(3))比=0.5~6)。また、同様の方法で、小松菜の栽培と品質確認を行った。比較用として、菌叢改良剤を入れずに有機肥料(鶏糞と魚粉を1:1で混合して作製した発酵肥料)のみを施肥した土壌での栽培した小松菜も用意した。結果を表10に示す。これらの結果から、各担体の菌叢改良剤の施用によって、小松菜の品質が向上したことがわかった。
【表10】
【0069】
(実施例5)病害菌抑制
目的菌の中には、農作物に対する病害菌の防除・抗菌効果を併せ持つ菌も存在する。例えば、実施例1の目的菌であるLysobacter属細菌などがそれに相当する。本実施例では、それを用いて、ウリ科、ナス科、アブラナ科野菜の代表的な病害である青枯病の原因菌であるRalstonia属細菌の防除・抗菌効果を確認した例を示す。
【0070】
実施例1の慣行農地Aの周辺農地(慣行、有機問わず)と耕作放棄地の土壌サンプルを40か所分集め、その中から、上記青枯病菌を含む土壌サンプルを1か所選定した。植木鉢にその土壌サンプル5kgを入れ、実施例1で作製したLysobacter属細菌を含む土壌細菌菌叢改良剤NO.3を施用し、ハウス内(温度25℃)にて、水分管理、雑草管理を行いながら、2週間静置した。静置後、有機肥料として、鶏糞と魚粉を1:1で混合して作製した発酵肥料10g加えて混合し、さらに1ヶ月静置した。土壌サンプルの初期菌叢(植木鉢に入れた5kgの菌叢)と有機肥料を入れて1ヶ月静置した後の改良菌叢の比較を行った。表11に、原因菌が属するRalstonia属と菌叢改良剤に含まれる病害菌の防除・抗菌効果があるLysobacter属の菌叢中の含有率変化を示す。この結果から、Lysobacter属が定着するように土壌細菌菌叢を改良することによって、Ralstonia属が減じたことがわかった。
【表11】
【0071】
(応用)
これまで、農地の土壌菌叢を直接的に改良する有効な方法が無かったため、土作りは農家の経験や勘を頼りに、施肥などの施策と農作物生育に必要となる無機成分評価を繰り返す試行錯誤的なものになっていた。本発明は、土壌菌叢の制御と改良を可能にし、そのような状況を改善する。本発明では、慣行農地から有機農地への農地転換に応用した例を述べたが、それ以外の応用として、例えば、非農地や耕作放棄地などの土壌を対象とした土作りに応用することが考えられる。これは、将来的な世界人口増加に伴う食物危機に対応した農作物増産に資するものである。また、従来のぼかし肥の欠点である発酵肥料の分解に使用した細菌が施肥された土壌に定着しないという問題を解決した高機能ぼかし肥として提供することも可能となる。また、有機化学物質による土壌汚染対策として、バイオオーグメンテーションという微生物による分解・浄化技術が実用化されているが、土壌菌叢の改良目的をこれら有機化学物質の分解に変更すれば、これら技術への応用も可能となる。
図1