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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060163
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】船舶推進システムおよび船舶
(51)【国際特許分類】
   B63H 21/21 20060101AFI20240424BHJP
   B63H 21/20 20060101ALI20240424BHJP
   B63H 21/17 20060101ALI20240424BHJP
   B63H 5/08 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
B63H21/21
B63H21/20
B63H21/17
B63H5/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167330
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池ヶ谷 祐次
(57)【要約】
【課題】横移動のためのキャリブレーションを容易にできる船舶推進システムを提供する。
【解決手段】船舶推進システム100は、2つの推進機OM,EM、ジョイスティックユニット18およびメインコントローラ101を含む。2つの推進機の配置は、船体の中心線に関して非対称である。メインコントローラは、ジョイスティックユニットが発生する右横移動指令/左横移動指令に応じて、2つの推進機の一方に後進推進力を発生させ、それらの他方に前進推進力を発生させる右横移動制御/左横移動制御を実行する。メインコントローラは、右横移動制御/左横移動制御における前進推進力と後進推進力との比を表す右横移動スラスト比/左横移動スラスト比を記憶するメモリ101Mを有する。メインコントローラは、キャリブレーションモードにおいて、右横移動スラスト比および左横移動スラスト比の一方が設定されると、その逆数をその他方の初期値として設定する。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体に取り付けられる第1推進機と、
前記船体の前後方向に沿う中心線に関して前記第1推進機と非対称な位置で前記船体に取り付けられる第2推進機と、
前記船体を右方向および左方向のうちの一方に横移動させる第1横移動指令、および前記船体を右方向および左方向のうちの他方に横移動させる第2横移動指令を発生する横移動指令発生器と、
前記第1横移動指令に応じて、前記第1推進機および前記第2推進機の一方に後進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に前進推進力を発生させる第1横移動制御を実行し、前記第2横移動指令に応じて前記第1推進機および前記第2推進機の一方に前進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に後進推進力を発生させる第2横移動制御を実行するコントローラと、を含み、
前記コントローラは、前記第1横移動制御における前進推進力と後進推進力との比を表す第1横移動スラスト比と、前記第2横移動制御における前進推進力と後進推進力との比を表す第2横移動スラスト比とを記憶するメモリを有し、前記メモリに記憶されている第1横移動スラスト比に従って前記第1横移動制御における前進推進力および後進推進力を設定し、前記メモリに記憶されている第2横移動スラスト比に従って前記第2横移動制御における前進推進力および後進推進力を設定し、
前記コントローラは、前記第1横移動スラスト比および前記第2横移動スラスト比を設定するキャリブレーションモードにおいて、前記第1横移動スラスト比および前記第2横移動スラスト比の一方が設定されると、その逆数を前記第1横移動スラスト比および前記第2横移動スラスト比の他方の初期値として設定する、船舶推進システム。
【請求項2】
前記第1推進機がエンジン推進機であり、前記第2推進機が電動推進機である、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項3】
前記第1推進機が前記中心線上に配置され、前記第2推進機が前記中心線からずれて配置される、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項4】
前記第1推進機および前記第2推進機が前記船体の船尾に取り付けられる、請求項3に記載の船舶推進システム。
【請求項5】
前記第1推進機は、前記船体のキールよりも下方にプロペラ回転軸線が配置され、
前記第2推進機は、前記船体のキールよりも上方にプロペラ回転軸線が配置される、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項6】
船体に取り付けられる第1推進機と、
前記船体の前後方向に沿う中心線に関して前記第1推進機と非対称な位置で前記船体に取り付けられる第2推進機と、
前記船体を右方向および左方向のうちの一方に横移動させる第1横移動指令、および前記船体を右方向および左方向のうちの他方に横移動させる第2横移動指令を発生する横移動指令発生器と、
前記第1横移動指令に応じて、前記第1推進機および前記第2推進機の一方に後進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に前進推進力を発生させる第1横移動制御を実行し、前記第2横移動指令に応じて前記第1推進機および前記第2推進機の一方に前進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に後進推進力を発生させる第2横移動制御を実行するコントローラと、を含み、
前記第1横移動制御における前記前進推進力および前記後進推進力の大小関係と、前記第2横移動制御における前記前進推進力および前記後進推進力の大小関係とが反転する、船舶推進システム。
【請求項7】
船体と、
前記船体に装備される、請求項1~6のいずれか一項に記載の船舶推進システムと、を含む、船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、船舶推進システムおよびそれを備える船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、左舷および右舷の前後進プロペラと、それらをそれぞれ駆動する2つのエンジンと、左舷および右舷の前後進プロペラの後方にそれぞれ配置された2つの舵と、船頭に配置されるサイドスラスタとを備えた船舶を開示している。特許文献1は、さらに、ジョイスティックレバーの操作に応じて前後進プロペラおよびサイドスラスタから推力を発生させて、船舶を移動および回頭させることが開示されている。そして、横移動についての校正、斜め移動についての校正、および回頭についての校正に言及されており、とくに回頭についての校正について詳しく説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-178290号公報(段落0027、0028)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、横移動についての校正に関しては、詳しい記述はない。
【0005】
船舶の旋回中心は、船体の構造、様々な艤装機器の配置、積載物等に依存するので、個々の船舶で位置が異なっている。また、同じ仕様の推進機であっても、同じ推進力指令に対して出力される推進力にはばらつきがあり、さらには船体に実際に作用する推進力が同じとも限らない。そのため、とりわけ、船体を横移動、すなわち、回頭することなく左右に平行移動させる船体挙動を実現するためには、個々の船舶において、事前にキャリブレーション(校正)を実行する必要がある。横移動は、2機以上の推進機が船体に備えられる場合に可能である。具体的には、2機の推進機が発生する推進力の合力ベクトルが、旋回中心を通って左右方向に延びる作用線上で作用することにより、横移動が達成される。旋回中心の位置は未知であるので、船体が実際に横移動するようにジョイスティック等の操作子を操作し、そのときの推進機の制御状態(運転状態)をメモリに記憶させることにより、キャリブレーションが達成される。右方向の横移動と左方向の横移動とでは、条件が異なるので、基本的には、横移動のキャリブレーションは、右方向および左方向に関してそれぞれ行う必要がある。
【0006】
この発明の一実施形態は、横移動のためのキャリブレーションを容易にすることができる船舶推進システムおよび船舶を提供する。
【0007】
また、この発明の一実施形態は、横移動の際に良好な船体挙動を得ることができる船舶推進システムおよび船舶を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明の一実施形態は、船体に取り付けられる第1推進機と、前記船体の前後方向に沿う中心線に関して前記第1推進機と非対称な位置で前記船体に取り付けられる第2推進機と、前記船体を右方向および左方向のうちの一方に横移動させる第1横移動指令、および前記船体を右方向および左方向のうちの他方に横移動させる第2横移動指令を発生する横移動指令発生器と、コントローラとを含む、船舶推進システムを提供する。前記コントローラは、前記第1横移動指令に応じて、前記第1推進機および前記第2推進機の一方に後進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に前進推進力を発生させる第1横移動制御を実行し、前記第2横移動指令に応じて前記第1推進機および前記第2推進機の一方に前進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に後進推進力を発生させる第2横移動制御を実行する。前記コントローラは、前記第1横移動制御における前進推進力と後進推進力との比を表す第1横移動スラスト比と、前記第2横移動制御における前進推進力と後進推進力との比を表す第2横移動スラスト比とを記憶するメモリを有し、前記メモリに記憶されている第1横移動スラスト比に従って前記第1横移動制御における前進推進力および後進推進力を設定し、前記メモリに記憶されている第2横移動スラスト比に従って前記第2横移動制御における前進推進力および後進推進力を設定する。前記コントローラは、前記第1横移動スラスト比および前記第2横移動スラスト比を設定するキャリブレーションモードにおいて、前記第1横移動スラスト比および前記第2横移動スラスト比の一方が設定されると、その逆数を前記第1横移動スラスト比および前記第2横移動スラスト比の他方の初期値として設定する。
【0009】
この構成によれば、キャリブレーションモードにおいて、一方向への横移動のための横移動スラスト比が設定されると、他方への横移動のための横移動スラスト比の初期値が適切に設定される。それにより、他方への横移動のためのキャリブレーションが容易になる。したがって、横移動のためのキャリブレーションが容易になる。
【0010】
第1推進機および第2推進機は、船体の中心線に関して非対称な配置で船体に取り付けられる。そのため、たとえば、第1推進機が発生する推進力が船体に有効に作用する割合と、第2推進機が発生する推進力が船体に有効に作用する割合とは、必ずしも等しくなく、とりわけ各推進機が発生する水流と船体との相互作用に依存する。具体的には、横移動に際して、第1推進機および第2推進機の一方の水流が船体へと向かうとき、その水流と船体との相互作用の大小によって、船体に有効に働く推進力が影響を受ける。この影響は、左右一方への横移動とその他方への横移動とでは、船体の中心線に対して、非対称に現れる。そこで、この実施形態では、キャリブレーションモードにおいて、第1横移動スラスト比および第2横移動スラスト比の一方が設定されると、その逆数を第1横移動スラスト比および第2横移動スラスト比の他方の初期値として設定する。それにより、第1推進機および第2推進機の非対称配置を考慮した適切な初期値を設定できるので、その後のキャリブレーションが容易になる。
【0011】
この発明の一実施形態では、前記第1推進機がエンジン推進機であり、前記第2推進機が電動推進機である。
【0012】
この発明の一実施形態では、前記第1推進機が前記中心線上に配置され、前記第2推進機が前記中心線からずれて配置される。この構成によれば、第1推進機および第2推進機は船体の中心線に対する位置関係が異なるので、第1推進機および第2推進機が発生する水流と船体との相互作用が船体の中心に対して非対称に現れる。
【0013】
この発明の一実施形態では、前記第1推進機および前記第2推進機が前記船体の船尾に取り付けられる。
【0014】
この発明の一実施形態では、前記第1推進機は、前記船体のキールよりも下方にプロペラ回転軸線が配置され、前記第2推進機は、前記船体のキールよりも上方にプロペラ回転軸線が配置される。この構成によれば、第1推進機のプロペラ回転軸線は船体のキールよりも下方に配置されるので、第1推進機が発生する水流と船体との相互作用は小さい。それに対して、第2推進機のプロペラ回転軸線は船体のキールよりも上方に配置されるので、第2推進機が発生する水流と船体との相互作用は大きい。それにより、第1推進機および第2推進機が発生する水流と船体との相互作用が船体の中心に対して非対称に現れる。
【0015】
この発明の一実施形態は、船体に取り付けられる第1推進機と、前記船体の前後方向に沿う中心線に関して前記第1推進機と非対称な位置で前記船体に取り付けられる第2推進機と、前記船体を右方向および左方向のうちの一方に横移動させる第1横移動指令、および前記船体を右方向および左方向のうちの他方に横移動させる第2横移動指令を発生する横移動指令発生器と、コントローラとを含む。前記コントローラは、前記第1横移動指令に応じて、前記第1推進機および前記第2推進機の一方に後進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に前進推進力を発生させる第1横移動制御を実行し、前記第2横移動指令に応じて前記第1推進機および前記第2推進機の一方に前進推進力を発生させ、かつ前記第1推進機および前記第2推進機の他方に後進推進力を発生させる第2横移動制御を実行する。前記第1横移動制御における前記前進推進力および前記後進推進力の大小関係と、前記第2横移動制御における前記前進推進力および前記後進推進力の大小関係とが反転する。
【0016】
この構成によれば、第1推進機および第2推進機は、船体の中心線に関して非対称な配置で船体に取り付けられる。そのため、たとえば、第1推進機が発生する推進力が船体に有効に作用する割合と、第2推進機が発生する推進力が船体に有効に作用する割合とは、必ずしも等しくなく、とりわけ各推進機が発生する水流と船体との相互作用に依存する。具体的には、横移動に際して、第1推進機および第2推進機の一方の水流が船体へと向かうとき、その水流と船体との相互作用の大小によって、船体に有効に働く推進力が影響を受ける。この影響は、左右一方への横移動とその他方への横移動とでは、船体の中心線に対して、非対称に現れる。そこで、この実施形態では、第1横移動の際の前進推進力および後進推進力の大小関係と、第2横移動の際の前進推進力および後進推進力の大小関係とが反転する。それにより、いずれの横移動についても良好な船体挙動を得ることができる。
【0017】
この発明の一実施形態は、船体と、前記船体に装備される、前述の特徴を有する船舶推進システムと、を含む、船舶を提供する。
【発明の効果】
【0018】
この発明によれば、横移動のためのキャリブレーションを容易にすることができる船舶推進システムおよび船舶を提供できる。
【0019】
また、この発明によれば、横移動の際に良好な船体挙動を得ることができる船舶推進システムおよび船舶を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、この発明の一実施形態に係る船舶推進システムが搭載された船舶の構成例を説明するための平面図である。
図2図2は、前記船舶の船首方向に向かって左側から見た側面図である。
図3図3は、エンジン船外機の構成例を説明するための側面図である。
図4図4は、電動船外機の構成例を説明するための側面図である。
図5図5は、船舶の後方から見た電動船外機の背面図である。
図6A-6B】図6Aは、船体の後方から見てエンジン船外機および電動船外機のプロペラの配置を図解的に示す図である。図6Bは、電動船外機のプロペラの近傍の水流に対する船体の影響を模式的に示す図である。
図7図7は、船舶推進システムの構成例を説明するためのブロック図である。
図8図8は、ジョイスティックユニットの構成例を説明するための斜視図である。
図9A-9B】図9Aおよび図9Bは、2機の推進機の両方の推進力を利用する第1ジョイスティックモードの動作例を説明するための図である。
図10図10は、1機の推進機のみの推進力を利用する第2ジョイスティックモードの動作例を説明するための図である。
図11A-11B】図11Aおよび図11Bは、真横への並進移動、すなわち横移動のための推進力の関係を説明するためのベクトル図である。
図12図12は、横移動のキャリブレーションに関連するメインコントローラの処理例を示すフローチャートである。
図13図13は、一方の横移動のキャリブレーションの後に行われる他方の横移動のキャリブレーションにおける横移動スラスト比の設定の一例(実施例)を説明するための図である。
図14図14は、一方の横移動のキャリブレーションの後に行われる他方の横移動のキャリブレーションにおける横移動スラスト比の設定の他の例(比較例)を説明するための図である。
図15図15は、電動船外機およびエンジン船外機の推進力の立ち上がり特性の一例を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0022】
図1は、この発明の一実施形態に係る船舶推進システム100が搭載された船舶1の構成例を説明するための平面図であり、図2は、船舶1の船首方向に向かって左側から見た側面図である。
【0023】
船舶1は、船体2と、船体2に取り付けられたエンジン船外機OMと、船体2に取り付けられた電動船外機EMとを含む。エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、いずれも推進機の例である。エンジン船外機OMは、主推進機の一例である。電動船外機EMは、主推進機よりも定格出力の小さい補助推進機の一例である。エンジン船外機OMは、エンジンを動力源とするエンジン推進機の一例であり、第1推進機に相当する。電動船外機EMは、電動モータを動力源とする電動推進機の一例であり、第2推進機に相当する。
【0024】
この実施形態では、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、いずれも船尾3に取り付けられている。より具体的には、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、船体2の左右方向に並んで船尾3に配置されている。エンジン船外機OMは、この例では、船体2の左右方向の中央に配置されており、電動船外機EMは、船体の左右方向の中央よりも外側(この例では左側)に配置されている。すなわち、エンジン船外機OMは、船体2の前後方向に沿う中心線2a上に配置されている。電動船外機EMは、中心線2aから左右方向にずれて配置されている。したがって、電動船外機EMは、中心線2aに関してエンジン船外機OMと非対称な位置で船体2に取り付けられている。
【0025】
エンジン船外機OMは、第1プロペラ回転軸線32aまわりに回転するプロペラ32を備えている。電動船外機EMは、第2プロペラ回転軸線60aまわりに回転するプロペラ60を備えている。第1プロペラ回転軸線32aおよび第2プロペラ回転軸線60aは、同一直線上にない、異なる軸線である。この実施形態では、第1プロペラ回転軸線32aおよび第2プロペラ回転軸線60aは、平面視において、船体2の左右方向に離れている。また、第1プロペラ回転軸線32aおよび第2プロペラ回転軸線60aは、異なる高さに位置している。第1プロペラ回転軸線32aの方向は、エンジン船外機OMの転舵角およびトリム角に従う。第2プロペラ回転軸線60aの方向は、電動船外機EMの転舵角およびトリム角に従う。したがって、第1プロペラ回転軸線32aおよび第2プロペラ回転軸線60aは、平行であるときもあり、非平行であるときもあり、それらの互いの関係は固定されていない。エンジン船外機OMのプロペラ32および電動船外機EMのプロペラ60がともに水中に配置されているとき、第1プロペラ回転軸線32aは、第2プロペラ回転軸線60aよりも下方に位置している。
【0026】
船体2の内部には、乗船者のための居住空間4が確保されている。この居住空間4内に操船席5が設けられている。操船席5には、ステアリングホイール6、リモコンレバー7、ジョイスティック8、ゲージ9(表示パネル)などが備えられている。ステアリングホイール6は、船舶1の針路を変更するために使用者によって操作される操作子である。リモコンレバー7は、エンジン船外機OMの推進力の大きさ(出力)およびその方向(前進または後進)を変更するために使用者によって操作される操作子であり、アクセル操作子に相当する。ジョイスティック8は、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7の代わりに、操船のために使用者によって操作される操作子である。
【0027】
図3は、エンジン船外機OMの構成例を説明するための側面図である。エンジン船外機OMは、推進ユニット20と、この推進ユニット20を船体2に取り付ける取り付け機構21とを有している。取り付け機構21は、船体2の船尾3に設けられる後尾板に着脱自在に固定されるクランプブラケット22と、このクランプブラケット22に水平回動軸としてのチルト軸23を中心に回動自在に結合されたスイベルブラケット24とを備えている。推進ユニット20は、スイベルブラケット24に対して、転舵軸25まわりに回動自在であるように取り付けられている。これにより、推進ユニット20を転舵軸25まわりに回動させることによって、転舵角(船体2の中心線に対して推進力の方向がなす方位角)を変化させることができる。また、スイベルブラケット24をチルト軸23まわりに回動させることによって、推進ユニット20のトリム角を変化させることができる。トリム角は、船体2に対するエンジン船外機OMの取り付け角である。
【0028】
推進ユニット20のハウジングは、エンジンカバー(トップカウリング)26とアッパケース27とロアケース28とで構成されている。エンジンカバー26内には、原動機としてのエンジン30がそのクランク軸の軸線が上下方向となるように設置されている。エンジン30のクランク軸下端に連結される動力伝達用のドライブシャフト31は、上下方向にアッパケース27内を通ってロアケース28内にまで延びている。
【0029】
ロアケース28の下部後側には、推進部材としてのプロペラ32が第1プロペラ回転軸線32aまわりに回転自在に装着されている。ロアケース28内には、プロペラ32の回転軸であるプロペラシャフト29が第1プロペラ回転軸線32aに沿って水平方向に通されている。プロペラシャフト29には、ドライブシャフト31の回転が、シフト機構33を介して伝達されるようになっている。
【0030】
シフト機構33は、前進位置、後進位置および中立位置を含む複数のシフト位置(シフト状態)を有している。中立位置は、ドライブシャフト31の回転をプロペラシャフト29に伝達しない遮断状態のシフト位置である。前進位置は、プロペラシャフト29が前進回転方向に回転するようにドライブシャフト31の回転をプロペラシャフト29に伝達する状態のシフト位置である。後進位置は、プロペラシャフト29が後進回転方向に回転するようにドライブシャフト31の回転をプロペラシャフト29に伝達する状態のシフト位置である。前進回転方向とは、船体2に対して前進方向の推進力を与えるプロペラ32の回転方向である。後進回転方向とは、船体2に対して後進方向の推進力を与えるプロペラ32の回転方向である。シフト機構33のシフト位置は、シフトロッド34によって切り換えられる。シフトロッド34は、ドライブシャフト31と平行に上下方向に延びており、その軸まわりの回動によって、シフト機構33を操作するように構成されている。
【0031】
エンジン30に関連して、このエンジン30を始動させるためのスタータモータ35と、始動後にエンジン30の動力によって発電する発電機38とが配置されている。スタータモータ35は、エンジンECU(電子制御ユニット)40によって制御される。発電機38が発生する電力は、エンジン船外機OMに備えられる電装品に供給されるほか、船体2(図1および図2)に収納されるバッテリ130,145(図7参照)を充電するために用いられる。また、エンジン30のスロットルバルブ36を作動させてスロットル開度を変化させ、エンジン30の吸入空気量を変化させるためのスロットルアクチュエータ37が備えられている。スロットルアクチュエータ37は、電動モータからなっていてもよい。スロットルアクチュエータ37の動作は、エンジンECU40によって制御される。
【0032】
また、シフトロッド34に関連して、シフト機構33のシフト位置を変化させるためのシフトアクチュエータ39が設けられている。シフトアクチュエータ39は、たとえば、電動モータからなり、エンジンECU40によって動作制御される。
【0033】
さらに、推進ユニット20に固定された操舵ロッド47には、ステアリングホイール6(図1参照)の操作に応じて駆動される転舵装置43が結合されている。転舵装置43によって、推進ユニット20が転舵軸25まわりに回動され、それによって舵取りを行うことができる。転舵装置43は、転舵アクチュエータ44を備えている。転舵アクチュエータ44は、ステアリングECU41によって制御される。ステアリングECU41は、推進ユニット20に備えられていてもよい。転舵アクチュエータ44は電動モータで構成されていてもよいし、油圧アクチュエータであってもよい。
【0034】
クランプブラケット22とスイベルブラケット24との間には、たとえば液圧シリンダを含み、エンジンECU40によって制御されるチルトトリムアクチュエータ46が設けられている。チルトトリムアクチュエータ46は、チルト軸23まわりにスイベルブラケット24を回動させることにより、推進ユニット20をチルト軸23まわりに回動させる。
【0035】
図4は、電動船外機EMの構成例を説明するための側面図であり、図5は船舶1の後方から見た電動船外機EMの背面図である。
【0036】
電動船外機EMは、船体2への取り付けのためのブラケット51と、推進機本体50とを含む。推進機本体50は、ブラケット51に支持されている。推進機本体50は、ブラケット51に支持されるベース55と、ベース55から下方に延びるアッパハウジング56と、アッパハウジング56の下方に配置された筒状(ダクト状)のロアハウジング57と、ロアハウジング57内に配置された駆動ユニット58とを含む。推進機本体50は、さらに、ベース55を下方から覆うカバー66と、ベース55を上方から覆うカウル67とを備えている。カバー66およびカウル67によって区画される空間には、チルトユニット69および転舵ユニット72が収容されている。この空間には、さらに、チルトユニット69が作動するときに音を発生するブザー75が収容されていてもよい。
【0037】
駆動ユニット58は、プロペラ60と、プロペラ60を回転させる電動モータ61とを含む。電動モータ61は、プロペラ60が径方向内側に固定された筒状のロータ62と、ロータ62を径方向外方から取り囲む筒状のステータ64とを含む。ステータ64はロアハウジング57に固定されており、ロータ62は、ロアハウジング57に対して回転可能に支持されている。ロータ62は、周方向に沿って配置された複数の永久磁石63を有している。ステータ64は、周方向に沿って配置された複数のコイル65を有している。この複数のコイル65に通電することによって、ロータ62を回転でき、それに応じてプロペラ60を第2プロペラ回転軸線60aまわりに回転させて、推進力を発生させることができる。
【0038】
チルトユニット69は、チルトアクチュエータとしてのチルトシリンダ70を含む。チルトシリンダ70は、電動ポンプによって作動油を流動させる電動ポンプ型油圧シリンダであってもよい。チルトシリンダ70の一端は、ブラケット51の下支持部52に結合されており、チルトシリンダ70の他端は、シリンダ連結ブラケット71を介してベース55に結合されている。ブラケット51の上支持部53にチルト軸68が支持されており、ベース55は、チルト軸68を介して、ブラケット51に対してチルト軸68まわりに回転可能に結合されている。チルト軸68は、船体2の左右方向に延びており、したがって、ベース55は、上下に回転可能である。それにより、推進機本体50は、チルト軸68まわりに回転して、上下動することができる。
【0039】
推進機本体50をチルト軸68まわりに回転して上昇させることをチルトアップといい、推進機本体50をチルト軸68まわりに回転して下降させることをチルトダウンという。チルトシリンダ70を駆動して伸縮させることにより、チルトアップおよびチルトダウンを行える。チルトアップによって、プロペラ60を上昇させて水面よりも上に配置して、推進機本体50をチルトアップ状態とすることができる。また、チルトダウンによって、プロペラ60を下降させて水中に配置して、推進機本体50をチルトダウン状態とすることができる。このように、チルトユニット69は、プロペラ60を上げ下げする昇降装置の一例である。
【0040】
推進機本体50のチルトアップ状態およびチルトダウン状態を検出するために、推進機本体50のブラケット51に対する角度、すなわち、チルト角を検出するチルト角センサ76が備えられている。チルト角センサ76は、チルトシリンダ70の作動ロッドの位置を検出する位置センサであってもよい。
【0041】
転舵ユニット72は、ロアハウジング57およびアッパハウジング56に結合されたステアリング軸73と、転舵モータ74とを含む。転舵モータ74は、ステアリング軸73をその軸線まわりに回転させるための駆動力を発生する転舵アクチュエータの一例である。転舵ユニット72は、さらに、転舵モータ74の回転を減速してステアリング軸73に伝達する減速ギヤを有していてもよい。したがって、転舵モータ74を駆動することにより、ロアハウジング57およびアッパハウジング56をステアリング軸73まわりに回転させ、駆動ユニット58が発生する推進力の方向を左右に変更することができる。アッパハウジング56は、転舵中立位置において船体2の前後方向に延びる板状を成しており、転舵ユニット72によって転舵される舵板としての機能を有している。
【0042】
図6Aは、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMのプロペラ32,60の配置を説明するための図であり、船体2の後方から見たプロペラ32,60の配置を図解的に示す。
【0043】
前述のとおり、エンジン船外機OMのプロペラ32および電動船外機EMのプロペラ60がともに水中に配置されているとき、第1プロペラ回転軸線32aは、第2プロペラ回転軸線60aよりも下方に位置している。より具体的には、第1プロペラ回転軸線32a(エンジン船外機OMのプロペラ回転軸線)は、船体2のキール2bよりも下方に位置している。また、第1プロペラ回転軸線32aは、船体2の左右方向の中央に配置されている。一方、第2プロペラ回転軸線60a(電動船外機EMのプロペラ回転軸線)は、船体2のキール2bよりも上方に配置されている。また、第2プロペラ回転軸線60aは、船体2の左右方向に関して、中央からずれて配置されている。
【0044】
第1プロペラ回転軸線32aがキール2bよりも下方に配置されていることにより、エンジン船外機OMのプロペラ32の近傍の水流は船体2からの影響をほとんど受けない。それに対して、第2プロペラ回転軸線60aはキール2bよりも上方に配置されているので、転舵角およびプロペラ回転方向によっては、電動船外機EMのプロペラ60の近傍の水流は船体2からの影響を受けやすくなる。具体的には、駆動ユニット58(図4を併せて参照)の後縁が船体2の中心線2aから離れ、その前縁が中心線に近づく内向き転舵状態のときに、船体2の影響を受けやすい。
【0045】
図6Bは、電動船外機EMのプロペラ60の近傍の水流に対する船体2の影響を模式的に示す図である。第2プロペラ回転軸線60aがキール2bよりも上方に位置するために、プロペラ60の近傍の水流が船体2と干渉する。図6Bは、プロペラ60が後進回転している状態を示しており、プロペラ60が船体2の後方から水を取り込んで、船体2に向かって水を排出している。その排出される水の流れが船体2と干渉して滞ることにより、推進力が減殺される。このように、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMのそれぞれのプロペラ32,60の配置が相違するために、エンジン船外機OMおよび電動船外機EM同じ大きさの推進力を発生しても、船体2に有効に作用する推進力が異なる場合がある。
【0046】
加えて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの一方が前進運転し、それらの他方が後進運転するときには、エンジン船外機OMが水中に放出する排気を電動船外機EMのプロペラ60が巻き込み易くなる。それによっても、電動船外機EMの推進力が減殺される場合がある。
【0047】
図7は、船舶1に備えられる船舶推進システム100の構成例を説明するためのブロック図である。船舶推進システム100は、主推進機としてのエンジン船外機OMおよび補助推進機としての電動船外機EMを含む。船舶推進システム100は、電動船外機EMのプロペラ60(図4および図5参照)を水中と水面との間で上げ下げする昇降装置を備えている。この実施形態では、電動船外機EMに組み込まれたチルトユニット69が昇降装置の一例である。チルトユニット69等の昇降装置は、電動船外機EMに組み込まれていてもよいし、電動船外機EMとは別に構成されていてもよい。
【0048】
船舶推進システム100は、メインコントローラ101を備えている。メインコントローラ101は、船体2内に構築された船内ネットワーク102(CAN:コントロールエリアネットワーク)に接続されている。船内ネットワーク102には、リモコンユニット17、リモコンECU90、ジョイスティックユニット18、GPS(Global Positioning System)受信機110、方位センサ111などが接続されている。リモコンECU90には、船外機制御ネットワーク105を介して、エンジンECU40およびステアリングECU41が接続されている。メインコントローラ101は、船内ネットワーク102に接続された様々なユニットと信号を授受し、それにより、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMを制御し、かつその他のユニットを制御する。メインコントローラ101は、複数の制御モードを有し、各制御モードに応じて予め定められた態様で各ユニットを制御する。
【0049】
船外機制御ネットワーク105には、ステアリングホイールユニット16が接続されている。ステアリングホイールユニット16は、ステアリングホイール6の操作角を表す操作角信号を船外機制御ネットワーク105に出力する。その操作角信号は、リモコンECU90およびステアリングECU41によって受信される。ステアリングECU41は、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号またはリモコンECU90が生成する転舵角指令に応答し、いずれかに応じて転舵アクチュエータ44を制御し、それによって、エンジン船外機OMの転舵角を制御する。
【0050】
リモコンユニット17は、リモコンレバー7の操作位置を表す操作位置信号を生成する。
【0051】
ジョイスティックユニット18は、ジョイスティック8の操作位置を表す操作位置信号を生成し、かつジョイスティックユニット18に備えられた操作ボタン180の操作信号を生成する。
【0052】
リモコンECU90は、船外機制御ネットワーク105を介して、エンジンECU40に対し、推進力指令を送出する。推進力指令は、シフト位置を指令するためのシフト指令と、エンジン出力(具体的にはエンジン回転速度)を指令するための出力指令とを含む。また、リモコンECU90は、船外機制御ネットワーク105を介して、ステアリングECU41に対して、転舵角指令を送出する。
【0053】
リモコンECU90は、メインコントローラ101の制御モードに応じて異なる制御動作を実行する。たとえば、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7による操船のための制御モードでは、リモコンECU90は、エンジンECU40に対して、リモコンユニット17が生成する操作位置信号に応じた推進力指令(シフト指令および出力指令)を与える。また、リモコンECU90は、ステアリングECU41に対して、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号に従うように指令する。一方、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7の操作によらない操船のための制御モードでは、リモコンECU90は、メインコントローラ101の指令に従う。すなわち、リモコンECU90は、メインコントローラ101が生成する推進力指令(シフト指令および出力指令)ならびに転舵角指令に従って、推進力指令(シフト指令および出力指令)をエンジンECU40に送出し、かつ転舵角指令をステアリングECU41に送出する。たとえば、ジョイスティック8による操船のための制御モードでは、メインコントローラ101は、ジョイスティックユニット18が生成する信号に応じて、推進力指令(シフト指令および出力指令)ならびに転舵角指令を生成する。それらに従って、エンジン船外機OMの推進力の大きさおよび方向(前進または後進)ならびに転舵角が制御される。
【0054】
エンジンECU40は、シフト指令に応じてシフトアクチュエータ39を駆動してシフト位置を制御し、出力指令に応じてスロットルアクチュエータ37を駆動してスロットル開度を制御する。ステアリングECU41は、転舵角指令に応じて転舵アクチュエータ44を制御し、エンジン船外機OMの転舵角を制御する。
【0055】
電動船外機EMのモータコントローラ80およびステアリングコントローラ81は、船内ネットワーク102に接続されており、メインコントローラ101からの指令に応答して電動船外機EMを作動させるように構成されている。メインコントローラ101は、電動船外機EMに対して、推進力指令および転舵角指令を与える。推進力指令は、シフト指令(回転方向指令)および出力指令を含む。シフト指令は、プロペラ60を停止、前進回転または後進回転させることを指令する回転方向指令である。出力指令は、発生すべき推進力、具体的には回転速度の目標値の指令である。転舵角指令は、転舵角の目標値の指令である。モータコントローラ80は、シフト指令(回転方向指令)および出力指令に応じて電動モータ61を制御する。また、ステアリングコントローラ81は、転舵角指令に応じて転舵モータ74を制御する。
【0056】
メインコントローラ101は、さらに、船内ネットワーク102を介してモータコントローラ80にチルト指令を与える。チルト指令は、電動船外機EMのチルト角の目標値の指令である。モータコントローラ80は、チルト指令に応じて、チルトシリンダ70を作動させて、目標のチルト角へと電動船外機EMをチルトアップまたはチルトダウンさせる。モータコントローラ80には、チルト角センサ76の検出信号が入力されている。それにより、モータコントローラ80は、推進機本体50のチルト角の情報を取得でき、そのチルト角の情報をメインコントローラ101に送信できる。
【0057】
GPS受信機110は、地球を周回する人工衛星からの電波を受信して船舶1の位置を特定し、船舶1の位置を表す位置データと、船舶1の移動速度を表す速度データとを出力する。これらのデータは、メインコントローラ101によって取得され、船舶1の位置および/または方位の表示や制御のために用いられる。
【0058】
方位センサ111は、船舶1の方位を検出して、方位データを生成する。その方位データはメインコントローラ101によって利用される。
【0059】
メインコントローラ101には、コントロールパネルネットワーク106を介して、ゲージ9が接続されている。ゲージ9は、操船のための各種情報を表示するための表示装置である。ゲージ9は、コントロールパネルネットワーク106を介してリモコンECU90、モータコントローラ80およびステアリングコントローラ81と接続されている。それにより、ゲージ9は、エンジン船外機OMの運転状態、電動船外機EMの運転状態、船舶1の位置および/または方位などの情報を表示することができる。ゲージ9には、タッチパネルやボタン等の入力装置10が備えられていてもよい。使用者が入力装置10を操作することにより、操作信号がコントロールパネルネットワーク106に送出され、様々な設定や指令が行えるようになっていてもよい。
【0060】
エンジン船外機OMの電源を投入し、さらにエンジン30を始動および停止させるためのパワースイッチユニット120がリモコンECU90に接続されている。パワースイッチユニット120は、エンジン船外機OMの電源を投入/遮断するためのパワースイッチ121と、エンジン30を始動するためのスタートスイッチ122と、エンジン30を停止するためのストップスイッチ123とを含む。
【0061】
パワースイッチ121のオン操作によって、リモコンECU90は、エンジン船外機OMへの電源供給のための制御を実行する。具体的には、バッテリ130(たとえば12V)とエンジン船外機OMとの間に介装された電源リレー(図示せず)をオンする。エンジン船外機OMに電源が投入されている状態で、スタートスイッチ122が操作されると、リモコンECU90は、エンジンECU40に対して始動指令を与える。それにより、エンジンECU40はスタータモータ35(図3参照)を作動させてエンジン30を始動する。エンジン30の運転中は、発電機38(図3参照)が発生する電力によってバッテリ130が充電される。エンジン運転中にストップスイッチ123が操作されると、リモコンECU90は、エンジンECU40に対してエンジン停止指令を与える。それに応答して、エンジンECU40は、エンジン30を停止するための制御を実行する。リモコンECU90は、エンジン船外機OMに電源が投入されているかどうか、およびエンジン30が運転中かどうかを表すエンジン船外機状態情報を、船内ネットワーク102を介してメインコントローラ101に与える。
【0062】
電動船外機EMの電源を投入/遮断するための別のパワースイッチユニット140が、電動船外機EMに接続されている。パワースイッチユニット140に備えられるパワースイッチ141のオン/オフ操作によって、電動船外機EMに電力を供給するバッテリ145(たとえば48V)と電動船外機EMとの間の回路が開閉され、電動船外機EMの電源を投入/遮断できる。モータコントローラ80は、電動船外機EMに電源が投入されているかどうか、すなわち電動船外機EMが駆動可能な状態かどうかを表す電動船外機状態情報を船内ネットワーク102を介してメインコントローラ101に与える。バッテリ145は、DC/DCコンバータ146(電圧変換器)を介して、エンジン船外機OMの発電機38(図3参照)が発生する電力を受けることができる。
【0063】
船内ネットワーク102には、さらにアプリケーションスイッチパネル150が接続されている。アプリケーションスイッチパネル150は、予め定義した機能の実行を指令するための複数のファンクションスイッチ151を含む。たとえば、ファンクションスイッチ151は、自動操船を指令するためのスイッチを含んでいてもよい。より具体的には、船舶1の方位を維持する自動操舵、船舶1の針路を維持する自動操舵、指定した複数の地点を順に通過させる自動操舵、所定の航走パターン(ジグザグパターン、スパイラルパターンなど)のための自動操舵などのためのスイッチが設けられていてもよい。また、電動船外機EMをチルトアップまたはチルトダウンさせるための機能がいずれかのファンクションスイッチ151に割り当てられてもよい。
【0064】
メインコントローラ101は、複数の制御モードでエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの制御を実行する。複数の制御モードは、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの状態によって定義される複数のモードを含む。具体的には、電動モード、エンジンモード、デュアルモードおよびエクステンダモードである。メインコントローラ101は、エンジン船外機状態情報および電動船外機状態情報に基づいて、それらのいずれかの制御モードに従って動作する。
【0065】
電動モードは、電動船外機EMの電源が投入されており、エンジン船外機OMの電源が遮断されている状態の制御モードである。すなわち、電動船外機EMのみに推進力を発生させる制御モードが電動モードである。エンジンモードは、エンジン船外機OMの電源が投入されてエンジン30が運転中であり、電動船外機EMの電源が遮断されている状態の制御モードである。すなわち、エンジン船外機OMのみに推進力を発生させる制御モードがエンジンモードである。デュアルモードおよびエクステンダモードは、電動船外機EMの電源が投入されており、かつエンジン船外機OMのエンジン30が運転中であるときの制御モードである。デュアルモードは、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの両方の推進力を利用する制御モードである。エクステンダモードは、電動船外機EMの推進力のみを利用する制御モードであり、エンジン30はバッテリ145を充電するための発電のために運転される。推進力発生の観点からは、電動モードとエクステンダモードとは同じである。デュアルモードおよびエクステンダモードのいずれかの選択は、使用者の設定または指令に委ねられてもよい。このような設定または指令は、たとえば、ゲージ9に備えられた入力装置10を操作することによって行える。
【0066】
図8は、ジョイスティックユニット18の構成例を説明するための斜視図である。ジョイスティックユニット18は、前後左右(すなわち、360度の全方位)に傾倒させることができ、かつ軸まわりに回す(ツイストする)ことができるジョイスティック8を備えている。ジョイスティックユニット18は、この例では、さらに、複数の操作ボタン180を備えている。複数の操作ボタン180は、ジョイスティックボタン181および保持モード設定ボタン182~184を含む。
【0067】
ジョイスティックボタン181は、ジョイスティック8を用いる制御モード(操船モード)、すなわち、ジョイスティックモードを選択するときに操船者によって操作される操作子である。
【0068】
保持モード設定ボタン182,183,184は、位置/方位保持系の制御モード(保持モードの例)を設定するために使用者によって操作される操作ボタンである。より具体的には、保持モード設定ボタン182は、船舶1の位置および船首方位(または船尾方位)を保持する定点保持モード(Stay Point)を設定するために操作される。保持モード設定ボタン183は、船舶1の位置を保持し船首方位(または船尾方位)は保持しない位置保持モード(Fish Point)を設定するために操作される。保持モード設定ボタン184は、船首方位(または船尾方位)を保持し位置の保持は行わない方位保持モード(Drift Point)を設定するために操作される。
【0069】
メインコントローラ101の制御モードは、操作系の観点からは、通常モード、ジョイスティックモードおよび保持モードに分類できる。
【0070】
通常モードは、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号に応じて転舵制御を行い、かつリモコンレバー7の操作信号(操作位置信号)に応じて推進力制御を行う制御モードである。この実施形態では、通常モードは、メインコントローラ101のデフォルト制御モードである。転舵制御とは、具体的には、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号またはリモコンECU90が生成する転舵角指令に応じて、ステアリングECU41が転舵アクチュエータ44を駆動させる制御動作をいう。これにより、エンジン船外機OMのボディが左右に転舵して、船体2に対する推進力の方向が左右に変化する。推進力制御とは、具体的には、リモコンECU90がエンジンECU40に与える推進力指令(シフト指令および出力指令)に応じて、エンジンECU40がシフトアクチュエータ39およびスロットルアクチュエータ37を駆動させる制御動作をいう。これにより、エンジン船外機OMのシフト位置が前進位置、後進位置またはニュートラル位置に設定され、かつエンジン出力(具体的にはエンジン回転速度)が変化する。
【0071】
ジョイスティックモードは、ジョイスティックユニット18のジョイスティック8の操作信号に応じて転舵制御および推進力制御を行う制御モードである。
【0072】
ジョイスティックモードでは、エンジン船外機OMが推進力を発生可能なモードにおいては、エンジン船外機OMに対する転舵制御および推進力制御が行われる。すなわち、メインコントローラ101がリモコンECU90に転舵角指令および推進力指令を与え、リモコンECU90がそれらをステアリングECU41およびエンジンECU40に与える。
【0073】
また、ジョイスティックモードでは、電動船外機EMが推進力を発生可能なモードにおいては、電動船外機EMに対する転舵制御および推進力制御が行われる。電動船外機EMに対する転舵制御とは、具体的には、メインコントローラ101が電動船外機のステアリングコントローラ81に与える転舵角指令に応じて、ステアリングコントローラ81が転舵ユニット72を駆動させる制御動作をいう。これにより、電動船外機EMの駆動ユニット58およびアッパハウジング56が左右に回動して、船体2に対する推進力の方向が左右に変化する。電動船外機EMに対する推進力制御とは、具体的には、メインコントローラ101が電動船外機EMのモータコントローラ80に与える推進力指令(シフト指令および出力指令)に応じて、モータコントローラ80が電動モータ61の回転方向および回転速度を制御する動作をいう。これにより、プロペラ60の回転方向が前進方向または後進方向に設定され、かつプロペラ60の回転速度が変化する。
【0074】
図9A図9Bおよび図10は、2種類のジョイスティックモードを説明するための図であり、ジョイスティック8の操作とそれに対応する船体2の挙動とを示す。より具体的には、図9Aおよび図9Bは、2機の推進機(この実施形態ではエンジン船外機OMおよび電動船外機EM)の両方の推進力を利用する第1ジョイスティックモードの動作例を示す。図10は、1機の推進機(この実施形態ではエンジン船外機OMおよび電動船外機EMのいずれか一方)のみの推進力を利用する第2ジョイスティックモードの動作例を示す。
【0075】
メインコントローラ101は、デュアルモード中にジョイスティックボタン181によってジョイスティックモードが指令されると、第1ジョイスティックモードに従って制御処理を実行する。また、メインコントローラ101は、デュアルモード以外(電動モード、エンジンモードおよびエクステンダモードのいずれか)のときに、ジョイスティックボタン181によってジョイスティックモードが指令されると、第2ジョイスティックモードに従って制御処理を実行する。
【0076】
図9Aおよび図9Bに示す第1ジョイスティックモードにおいては、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の傾倒方向を進行方向指令と解釈し、ジョイスティック8の傾倒量を当該方向への推進力の大きさの指令と解釈する。また、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の軸周りの回動方向(中立位置を基準とした回動方向)を回頭方向指令と解釈し、回動量(中立位置を基準とした回動量)を回頭速度指令と解釈する。そして、メインコントローラ101は、それらの指令を実現するための転舵角指令および推進力指令をリモコンECU90に入力し、かつ電動船外機EMのステアリングコントローラ81およびモータコントローラ80に入力する。リモコンECU90は、転舵角指令および推進力指令をエンジン船外機OMのステアリングECU41およびエンジンECU40にそれぞれ送信する。それにより、エンジン船外機OMは、指令された転舵角へと転舵され、かつ指令された推進力を発生するようにシフト位置およびエンジン回転速度を制御する。また、電動船外機EMは、指令された転舵角へと駆動ユニット58およびアッパハウジング56を転舵させ、かつ指令された推進力を発生するように電動モータ61の回転方向および回転速度を制御する。
【0077】
第1ジョイスティックモードにおいては、ジョイスティック8を回動させることなく傾倒させる操作を行うと、船体2は、回頭することなく、すなわち、方位を保持した状態で、ジョイスティック8の傾倒方向へと移動する。つまり、船体2が並進移動する船体挙動となる。この並進移動の例が、図9Aに表されている。並進移動は、典型的には、2機の推進機の推進力作用線(推進力の方向に沿って引いた直線)を船体2内で交差させ、一方の推進機を前進運転し、他方の推進機を後進運転することによって実現される。それにより、2機の船外機OM,EMが発生する推進力の合力方向へと船体2が並進する。ただし、図9Aの例では、船首方向への前進または船尾方向への後進に関しては、エンジン船外機OMの推進力のみを用いている。
【0078】
また、第1ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8を傾倒させることなく回動させる操作(ねじり操作)を行うと、船体2は位置をほとんど変えることなくジョイスティック8の回動方向へと回頭する。すなわち、船体2がその場回頭を行う船体挙動となる。その場回頭の例が図9Bに表されている。その場回頭は、この例では、電動船外機EMの推進力のみを利用している。
【0079】
第1ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8を傾倒させ、かつ回動する操作を行うと、船体2がジョイスティック8の傾倒方向に移動しながら、ジョイスティック8の回動方向に回頭する船体挙動が得られる。ただし、一般的には、ジョイスティック8を傾倒させて行う並進動作(図9A参照)によって船体2の位置を調節し、ジョイスティック8を回動させて行うその場回頭(図9B参照)によって船体2の方位を調節するように操船するのが容易である。
【0080】
図10に示す第2ジョイスティックモードにおいては、1機の推進機の推進力のみを用いるので、2機の推進機の推進力の合成を利用する並進移動(図9A参照)は不可能である。すなわち、第2ジョイスティックモードは、第1ジョイスティックモードにおいて提供される所定の船体挙動、具体的には並進移動を無効にする制御モードである。その場回頭に関しては、図9Bの例では、電動船外機EMの推進力のみを用いるので、デュアルモードのみならず、電動モードおよびエクステンダモードにおいても利用可能とされてもよい。
【0081】
第2ジョイスティックモードにおいては、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の前後方向への傾倒を推進力指令(シフト指令および出力指令)と解釈する。ジョイスティック8の左右方向への傾倒は無視される。つまり、ジョイスティック8の傾倒操作が行われたとき、ジョイスティック8の傾倒方向の前後方向成分のみが有効な入力となり、その前後方向成分が推進力指令と解釈される。より具体的には、前後方向成分が前方に傾倒されたときの値であれば前進シフト指令と解釈され、前後方向成分が後方に傾倒されたときの値であれば後進シフト指令と解釈される。そして、前後方向成分の大きさが推進力の大きさに関する指令(出力指令)であると解釈される。このように解釈された推進力指令がメインコントローラ101からリモコンECU90(エンジンモード中)またはモータコントローラ80(電動モードまたはエクステンダモード中)に入力される。一方、第2ジョイスティックモードにおいて、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の軸周りの回動を転舵角指令と解釈する。すなわち、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の軸周りの回動方向および回動量に応じた転舵角指令をリモコンECU90(エンジンモード中)またはステアリングコントローラ81(電動モードまたはエクステンダモード中)に入力する。
【0082】
エンジンモードのとき、リモコンECU90は、転舵角指令および推進力指令をエンジンECU40に送信する。それにより、エンジン船外機OMは、転舵角指令に応じた転舵角へと転舵され、かつ指令された推進力を発生するようにシフト位置およびエンジン回転速度が制御される。電動モードまたはエクステンダモードのときは、モータコントローラ80は、推進力指令に従って電動モータ61を駆動し、ステアリングコントローラ81は、転舵角指令に従って転舵モータ74を駆動する。
【0083】
保持モード設定ボタン182,183,184の操作によってそれぞれ設定される、前述の定点保持モード(Stay Point)、位置保持モード(Fish Point)、および方位保持モード(Drift Point)は、保持モードの例である。これらの保持モードにおいては、操船者の手動操作を伴うことなく、エンジン船外機OMおよび/または電動船外機EMの出力および転舵角が制御される。
【0084】
たとえば、定点保持モード(Stay Point)においては、メインコントローラ101は、GPS受信機110が生成する位置データおよび速度データと、方位センサ111が出力する方位データとに基づいて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの出力および転舵角を制御する。それにより、船体2の位置変動および方位変動が抑制される。定点保持モードは、デュアルモードにおいて利用可能な保持モードである。
【0085】
また、位置保持モード(Fish Point)においては、メインコントローラ101は、GPS受信機110が生成する位置データおよび速度データに基づいて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの少なくとも一方の出力および転舵角を制御する。それにより、船体2の位置変動が抑制される。
【0086】
さらに、方位保持モード(Drift Point)においては、メインコントローラ101は、方位センサ111が生成する方位データに基づいて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの少なくとも一方の出力および転舵角を制御する。それにより、船体2の方位変動が抑制される。
【0087】
位置保持モードおよび方位保持モードは、電動モード、エンジンモード、デュアルモードおよびエクステンダモードのいずれにおいても利用可能な保持モードである。
【0088】
図11Aおよび図11Bは、真横への並進移動、すなわち横移動のための推進力の関係を説明するためのベクトル図である。
【0089】
横移動は、第1ジョイスティックモードでの右方向への並進移動および左方向への並進移動である。使用者がジョイスティック8を右に倒すことにより、ジョイスティックユニット18は、右方向への横移動のための右横移動指令(第1横移動指令の例)を発生する。使用者がジョイスティック8を左に倒すことにより、ジョイスティックユニット18は、左方向への横移動のための左横移動指令(第2横移動指令の例)を発生する。したがって、ジョイスティックユニット18は、横移動指令を発生する横移動指令発生器の一例である。メインコントローラ101は、右横移動指令が入力されると、右横移動のためにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMを制御する右横移動制御(第1横移動制御の例)を実行する。メインコントローラ101は、左横移動指令が入力されると、左横移動のためにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMを制御する左横移動制御(第2横移動制御の例)を実行する。
【0090】
図11Aは、右横移動制御の例を示す。2機の推進機のうち相対的に右側にあるエンジン船外機OMは、シフト位置が後進位置とされ、後進推進力を発生するように制御される。2機の推進機のうち相対的に左側にある電動船外機EMは、前進回転し、前進推進力を発生するように制御される。一方、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、互いの後端同士が離れるように転舵される。それによって、それらが発生する推進力のベクトルOV,EVをそれぞれ通る直線によって定義される推進力作用線201,202が、平面視において、船体2内で交差するように、それぞれの転舵角が制御される。このとき、2つの推進機が発生する推進力の合力が、2つの推進力作用線201,202の交点において船体2に作用すると見なすことができる。その合力のベクトルRVに沿う直線によって定義される合力作用線203が船体2の旋回中心Gを通るとき、合力は船体2にモーメントを与えないので、船体2を並進移動させることができる。そして、旋回中心Gを通る合力作用線203が船体2の左右方向に平行であれば、船体2を右横移動させることができる。このような状態を実現するようにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの転舵角、前後進運転および出力を制御するのが右横移動制御である。図11A,11Bでは、船体2の前後方向に沿う中心線2a上に旋回中心Gが位置する例を示すが、旋回中心Gの位置は、一般には未知である。
【0091】
同様に、図11Bは、左横移動制御の例を示す。2機の推進機のうち相対的に左側にあるエンジン船外機OMは、シフト位置が前進位置とされ、前進推進力を発生するように制御される。2機の推進機のうち相対的に左側にある電動船外機EMは、後進回転し、後進推進力を発生するように制御される。一方、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、互いの後端同士が離れるように転舵され、それらが発生する推進力のベクトルOV,EVをそれぞれ通る直線によって定義される推進力作用線201,202が、平面視において、船体2内で交差するように、それぞれの転舵角が制御される。図11Aの場合と同様に、2つの推進機が発生する推進力の合力が、2つの推進力作用線201,202の交点において船体2に作用すると見なすことができる。その合力のベクトルRVに沿う直線によって定義される合力作用線203が船体2の旋回中心Gを通るとき、合力は船体2にモーメントを与えないので、船体2を並進移動させることができる。そして、旋回中心Gを通る合力作用線203が船体2の左右方向に平行であれば、船体2を左横移動させることができる。このような状態を実現するようにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの転舵角、前後進運転および出力を制御するのが左横移動制御である。
【0092】
前述のとおり、旋回中心Gは個々の船舶の構成によって異なるので、右横移動制御および左横移動制御のためのキャリブレーションを予め行うことによって、ジョイスティック8の操作に応じて使用者の意図する横移動が可能になる。
【0093】
キャリブレーションの具体的な手順およびメインコントローラ101の処理の具体例は、次に説明するとおりである。右横移動のキャリブレーションおよび左横移動のキャリブレーションは、いずれを先に行ってもよい。以下では、右横移動のキャリブレーションを先に行い、次に左横移動のキャリブレーションを行う場合の手順および処理について説明する。左横移動のキャリブレーションを先に行い、次に右横移動のキャリブレーションを行う場合の手順および処理の説明は、以下の説明において「右横移動」と「左横移動」とを置き換えることによって得られる。
【0094】
図12は、横移動のキャリブレーションに関連するメインコントローラ101の処理例を示すフローチャートである。
【0095】
右横移動のキャリブレーションは、使用者が、所定のキャリブレーション開始操作を行ってキャリブレーションモード指令をメインコントローラ101に与えることによって始めることができる。たとえば、キャリブレーション開始操作は、ジョイスティックボタン181の長押しであってもよい。キャリブレーション開始操作が行われると(ステップS1:YES)、メインコントローラ101の制御モードは、キャリブレーションモードへと遷移する(ステップS2)。キャリブレーションモードは、ジョイスティックユニット18に設けられたLEDランプ等のインジケータ(図示せず)によって使用者に通知されてもよい。
【0096】
キャリブレーションモードに遷移すると、メインコントローラ101は、メモリ101Mからキャリブレーション値を読み出し、使用者がジョイスティック8を操作すると、キャリブレーション値を適用して推進力指令および転舵角指令を生成する(ステップS3)。適用されるキャリブレーション値は、一度もキャリブレーションを行われていない状態であれば、予めメモリ101Mに書き込まれている既定値である。以前にキャリブレーションを行った場合には、そのキャリブレーションによって設定された設定値である。ただし、後述するリセット操作により、設定したキャリブレーション値を既定値に戻すこともできる。
【0097】
キャリブレーションモードにおいて、使用者は、右横移動のためのキャリブレーションのために、右横移動のための操作、すなわち、ジョイスティック8を右に倒す操作を行う。使用者は、船体2の挙動を観察し、船体2が右前方に進むならば、これを補正するために、ジョイスティック8の傾倒方向を右後方へと変更する。船体2が右後方に進むならば、これを補正するために、使用者はジョイスティック8の傾倒方向を右前方へと変更する。船体2が時計回りに回頭するならば、これを補正するために、使用者は、ジョイスティック8を反時計回り方向にねじる操作を行う。船体2が反時計回りに回頭するならば、これを補正するために、使用者は、ジョイスティック8を時計回り方向にねじる操作を行う。
【0098】
このようなジョイスティック8の操作に応じて、その操作信号が、ジョイスティックユニット18からメインコントローラ101に入力される。メインコントローラ101は、それに応じて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMに対する推進力指令および転舵角指令を変更する(ステップS4)。こうして、船体2が右横移動する挙動が達成される操作状態となると、使用者は、決定操作を行う(ステップS5:YES)。決定操作は、たとえばジョイスティックボタン181を押す操作であってもよい。
【0099】
決定操作に応答して、メインコントローラ101は、ジョイスティック8が中立位置かどうかを判断(ステップS6)、中立位置でなければ、右横移動キャリブレーション値をメモリ101Mに書き込んで設定する(ステップS7)。メモリ101Mに書き込まれたキャリブレーション値は、以後、ジョイスティック8を用いる操船の際に、ジョイスティック8の操作に応じてメインコントローラ101が推進力指令および転舵角指令を演算するときに用いられる。したがって、右横移動キャリブレーション値は、ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8に対して右横移動のための操作がされたときに、推進力指令および転舵角指令を演算するために用いられる。
【0100】
キャリブレーション値は、決定操作(ステップS5)がされたときのエンジン船外機OMの転舵角、決定操作がされたときの電動船外機EMの転舵角、および決定操作がされたときのスラスト比(以下「右横移動スラスト比」という。)を含む。スラスト比とは、2つの推進機のうち前進方向の推進力を発生している推進機の当該推進機の大きさ(前進スラスト)と、2つの推進機のうち後進方向の推進力を発生している推進機の当該推進力の大きさ(後進スラスト)との比である。すなわち、スラスト比=前進スラスト/後進スラストである。右横移動スラスト比は、キャリブレーションモードにおいて右横移動が達成されたとき(決定操作がされたとき)のスラスト比である。
【0101】
メインコントローラ101は、決定操作(ステップS5)がされたときの前進スラスト(出力指令値)および後進スラスト(出力指令値)から右横移動スラスト比を演算して、メモリ101Mに書き込む(ステップS7)。
【0102】
さらに、メインコントローラ101は、キャリブレーション状態値が「未了」を表す値かどうかを調べる(ステップS8)。メインコントローラ101は、キャリブレーションが実行されると、キャリブレーション状態値を「完了」を表す値に設定し、キャリブレーションが未了のときには、キャリブレーション状態値を「未了」を表す値に設定する。
【0103】
キャリブレーション状態値が「未了」であれば(ステップS8:YES)、メインコントローラ101は、右横移動スラスト比に基づいて左横移動スラスト比を演算して設定し、メモリ101Mの既定値をその演算値で上書きする(ステップS9)。具体的には、メインコントローラ101は、右横移動スラスト比の逆数を左横移動スラスト比として演算し、メモリ101Mに設定する。その後に左横移動キャリブレーションが行われるときには、設定された左横移動スラスト比が初期値として用いられる。左横移動スラスト比は、ジョイスティックモードでの左横移動の際に適用される前進スラストと後進スラストとの比である。
【0104】
そして、メインコントローラ101は、キャリブレーション状態値を「完了」に変更して(ステップS10)、制御モードをジョイスティックモードに移行する(ステップS11)。ステップS8で、キャリブレーション状態値が「未了」でない、すなわち「完了」であれば(ステップS8:NO)、ステップS9,S10の処理は省略され、制御モードはジョイスティックモードに遷移する(ステップS11)。
【0105】
決定操作(ステップS5)がされたときにジョイスティック8が中立位置であれば(ステップS6:YES)、メインコントローラ101は、キャリブレーション値を既定値にリセットするリセット操作が行われたと判断する。この場合、メインコントローラ101は、キャリブレーション値を既定値にリセットし(ステップS12)、キャリブレーション状態値を「未了」に設定する(ステップS13)。その後、制御モードはジョイスティックモードに遷移する(ステップS11)。
【0106】
左横移動のキャリブレーションは、使用者が、所定のキャリブレーション開始操作を行うことによって始めることができる。キャリブレーション開始操作が行われると(ステップS1:YES)、メインコントローラ101の制御モードは、キャリブレーションモードへと遷移する(ステップS2)。
【0107】
キャリブレーションモードに遷移すると、メインコントローラ101は、メモリ101Mからキャリブレーション値を読み出し、使用者がジョイスティック8を操作すると、キャリブレーション値を適用して推進力指令および転舵角指令を生成する(ステップS3)。右横移動のキャリブレーションが行われた後であれば、キャリブレーション値のうちの左横移動スラスト比には、右横移動スラスト比の逆数が設定されている(ステップS9参照)。この値が、左横移動のキャリブレーションにおける左横移動スラスト比の初期値として用いられる。
【0108】
使用者は、左横移動のためのキャリブレーションのために、左横移動のための操作、すなわち、ジョイスティック8を左に倒す操作を行う。使用者は、船体2の挙動を観察し、船体2が左前方に進むならば、これを補正するために、ジョイスティック8の傾倒方向を左後方へと変更する。船体2が左後方に進むならば、これを補正するために、使用者はジョイスティック8の傾倒方向を左前方へと変更する。船体2が時計回りに回頭するならば、これを補正するために、使用者は、ジョイスティック8を反時計回り方向にねじる操作を行う。船体2が反時計回りに回頭するならば、これを補正するために、使用者は、ジョイスティック8を時計回り方向にねじる操作を行う。
【0109】
このようなジョイスティック8の操作に応じて、その操作信号が、ジョイスティックユニット18からメインコントローラ101に入力される。メインコントローラ101は、それに応じて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMに対する推進力指令および転舵角指令を変更する(ステップS4)。こうして、船体2が左横移動する挙動が達成される操作状態となると、使用者は、決定操作を行う(ステップS5:YES)。
【0110】
この決定操作に応答して、メインコントローラ101は、ジョイスティック8が中立位置かどうかを判断(ステップS6)、中立位置でなければ、左横移動キャリブレーション値をメモリ101Mに書き込んで設定する(ステップS7)。左横移動キャリブレーション値は、以後、ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8に対して左横移動のための操作がされたときに、推進力指令および転舵角指令を演算するために用いられる。
【0111】
左横移動キャリブレーション値は、決定操作がされたときのエンジン船外機OMの転舵角、決定操作がされたときの電動船外機EMの転舵角、および決定操作がされたときのスラスト比(左横移動スラスト比)を含む。このときの左横移動スラスト比が、メモリ101Mに書き込まれる。
【0112】
左横移動スラスト比の初期値が真値(船体2が左横移動するときの真の値)に近ければ、使用者は船体挙動を補正するために多くの操作を要しないので、左横移動キャリブレーションは速やかに終了する。
【0113】
右横移動のキャリブレーションの後に左横移動のキャリブレーションを行う場合には、キャリブレーション状態値は「完了」となっているので(ステップS8:YES)、メインコントローラは、ステップS9,S10の処理を省いて、ジョイスティックモードに遷移する(ステップS11)。
【0114】
キャリブレーション値をリセットするリセット操作(ステップS6:YES)を行うことにより、キャリブレーションをやり直すことができる。
【0115】
図13は、一方の横移動のキャリブレーションの後に行われる他方の横移動のキャリブレーションにおける横移動スラスト比(前述の例では左横移動スラスト比)の設定の一例(実施例)を説明するための図である。
【0116】
右横移動のとき、電動船外機EMが前進スラストを発生し、エンジン船外機OMが後進スラストを発生する。この例では、前進スラストが3kNであり、後進スラストが1kNであるので、右横移動スラスト比は、3(=3kN/1kN)である。この状態で右横移動のキャリブレーション値が決定されると、左横移動スラスト比の初期値は、その逆数の0.33(=1/3)に設定される。左横移動のとき、電動船外機EMが後進スラストを発生し、エンジン船外機OMが前進スラストを発生する。したがって、左横移動のキャリブレーションを開始するとき、左横移動スラスト比の初期値に基づき、たとえば電動船外機EMが3kNの後進スラストを発生し、エンジン船外機OMが1kNの前進スラストを発生する。
【0117】
図14は、一方の横移動のキャリブレーションの後に行われる他方の横移動のキャリブレーションにおける横移動スラスト比(前述の例では左横移動スラスト比)の初期値設定の他の例(比較例)を説明するための図である。
【0118】
図13の例と同じく、右横移動のキャリブレーションにおいて、右横移動スラスト比のキャリブレーション値として、3(=3kN/1kN)が設定されたと想定する。図14の例では、左横移動スラスト比の初期値が、同じ値、すなわち、3に設定されている。左横移動のとき、電動船外機EMが後進スラストを発生し、エンジン船外機OMが前進スラストを発生するので、左横移動のキャリブレーションを開始するとき、たとえば電動船外機EMが1kNの後進スラストを発生し、エンジン船外機OMが3kNの前進スラストを発生する。すなわち、図14の初期値設定例は、右横移動のキャリブレーションの結果をミラーリングして左横移動キャリブレーションの初期値を設定している。
【0119】
図13の初期値設定例(実施例)と図14の初期値設定例(比較例)とを比較すると、図13の例では、左横移動キャリブレーションの開始時に、電動船外機EMが発生する後進スラストは、エンジン船外機OMが発生する前進スラストよりも大きい。図14の例では、左横移動キャリブレーションの開始時に、電動船外機EMが発生する後進スラストは、エンジン船外機OMが発生する前進スラストよりも小さい。
【0120】
前述のとおり、エンジン船外機OMと電動船外機EMとは、船体2の中心線2aに対して左右対称な配置ではなく、同じスラストを発生しても、船体2に有効に作用する推進力には差が生じる。とくに、電動船外機EMは、左横移動の際に、後方から前方へと水流を押し出す後進運転状態となり、その水流が船体2と干渉するので、推進力が減殺される。加えて、エンジン船外機OMは、プロペラシャフト29(図3参照)から後方に向けて水中にエンジン排ガスを排出するので、その排ガスを電動船外機EMのプロペラ60が巻き込むことになり、推進力が一層減殺される。
【0121】
これらのことから、図14の初期値設定例(比較例)よりも図13の初期値設定例(実施例)の方が、左横移動キャリブレーションの初期値を真値に近づけることができ、左横移動キャリブレーション中における使用者によるジョイスティック操作(補正操作)を少なくすることができる。
【0122】
適切にキャリブレーションが行われた状態の船舶1が横移動するときのエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの推進力の関係は、図14の例よりも図13の例に近くなる。つまり、右横移動において電動船外機EMおよびエンジン船外機OMがそれぞれ発生する前進推進力および後進推進力の大小関係と、左横移動においてエンジン船外機OMおよび電動船外機EMがそれぞれ発生する前進推進力および後進推進力の大小関係とが反転する。これにより、いずれの方向の横移動についても良好な船体挙動を得ることができる。
【0123】
図15は、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性の一例を示しており、推進力の発生が指令されてからの推進力の時間変化を示す。電動船外機EMの推進力は、曲線L1で示すように、指令が与えられると速やかに立ち上がる。それに対して、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がりは、曲線L2で示すように、比較的緩慢である。エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの両方を用いる制御モードでは、それらの推進力がいずれも飽和する時間領域200において安定した船体挙動を得ることができる。このことは、横移動にも当てはまる。
【0124】
しかし、使用者によっては、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの一方または両方の推進力が立ち上がり過程にある時間領域において、横移動等の操船を行う場合があり得る。このような場合、使用者は、そのような立ち上がり過程の時間領域でのキャリブレーションを行うことができる。すなわち、立ち上がり過程の時間領域で使用者が目的とする横移動挙動となるときの横移動スラスト比がキャリブレーション値としてメモリ101Mに書き込まれる。
【0125】
このように、使用者の操作方法に応じたキャリブレーションを行うこともできる。
【0126】
以上、この発明の一実施形態について説明してきたが、この発明は、さらに他の形態で実施することもできる。
【0127】
たとえば、主推進機はエンジンで駆動されるエンジン推進機である必要はなく、比較的出力の大きな電動推進機を主推進機としてもよい。同様に、補助推進機は電動推進機である必要はなく、比較的出力の小さなエンジン推進機を補助推進機としてもよい。
【0128】
また、2機以上の主推進機が備えられてもよく、同様に、2機以上の補助推進機が備えられてもよい。
【0129】
また、推進機の取り付け位置は、船尾3に限らず、たとえば、トローリングモータ等の補助推進機を船首等の船体の他の位置に取り付けてもよい。
【0130】
また、前述の実施形態では、船外機の形態の推進機について説明したが、推進機の形態は、船内機、船内外機(スターンドライブ)、ウォータジェット等の他の形態であってもよい。
【0131】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0132】
1:船舶、2:船体、2a:中心線、2b:キール、3:船尾、8:ジョイスティック、18:ジョイスティックユニット、29:プロペラシャフト、30:エンジン、32:プロペラ、32a:第1プロペラ回転軸線、58:駆動ユニット、60:プロペラ、60a:第2プロペラ回転軸線、61:電動モータ、100:船舶推進システム、101:メインコントローラ、101M:メモリ、181:ジョイスティックボタン、EM:電動船外機、G:旋回中心、OM:エンジン船外機
図1
図2
図3
図4
図5
図6A-6B】
図7
図8
図9A-9B】
図10
図11A-11B】
図12
図13
図14
図15