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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060164
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】船舶推進システムおよび船舶
(51)【国際特許分類】
   B63H 21/20 20060101AFI20240424BHJP
   B63H 21/17 20060101ALI20240424BHJP
   B63H 5/08 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
B63H21/20
B63H21/17
B63H5/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167331
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池ヶ谷 祐次
(57)【要約】
【課題】複数の推進機の推進力を併用するときの船体挙動を改善できる船舶推進システムおよび船舶を提供する。
【解決手段】船舶推進システム100は、船体に取り付けられるエンジン船外機OMおよび電動船外機EMを備えている。エンジン船外機は、第1プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有する。電動船外機は、第1プロペラ軸線とは異なる第2プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有する。メインコントローラ101は、エンジン船外機および電動船外機を制御し、並進移動モードのとき、ジョイスティック8の操作信号が入力されると、エンジン船外機の推進力の立ち上がり特性に電動船外機の推進力の立ち上がり特性を整合させる推進力整合制御を実行する。推進力整合制御は、電動船外機の推進力の立ち上がりを遅延させる遅延制御を含んでいてもよい。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、船体に取り付けられるエンジン推進機と、
前記第1プロペラ軸線とは異なる第2プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、前記船体に取り付けられる電動推進機と、
前記エンジン推進機および前記電動推進機を制御し、前記エンジン推進機および前記電動推進機から同時に推進力を発生させるべき指令が入力されると、前記エンジン推進機の推進力の立ち上がり特性に前記電動推進機の推進力の立ち上がり特性を整合させる推進力整合制御を実行するコントローラと、を含む、船舶推進システム。
【請求項2】
前記推進力整合制御は、前記電動推進機の推進力の立ち上がりを遅延させる遅延制御を含む、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項3】
前記推進力整合制御は、前記電動推進機の推進力の立ち上がり特性を鈍化させるフィルタ処理を含む、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項4】
前記推進力整合制御は、前記電動推進機の駆動開始タイミングを遅延させる駆動開始遅延制御を含む、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項5】
前記推進力整合制御は、前記電動推進機の駆動開始タイミングを遅延させる駆動開始遅延制御と、前記電動推進機の駆動を開始した後、前記電動推進機の推進力の立ち上がり特性を鈍化させるフィルタ処理と、を含む、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項6】
前記推進力整合制御は、前記電動推進機の駆動開始からの所定時間、目標推進力よりも小さい一定の推進力に前記電動推進機の推進力を維持する制限制御を含む、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項7】
前記船体を並進させる並進指令を前記コントローラに入力する並進指令器をさらに含み、
前記コントローラは、前記並進指令器から前記並進指令が入力されると、前記推進力整合制御を実行する、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項8】
前記エンジン推進機および前記電動推進機が、前記船体の船尾に取り付けられる、請求項1に記載の船舶推進システム。
【請求項9】
第1プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、船体に取り付けられ、第1推進力立ち上がり特性を有する第1推進機と、
前記第1プロペラ軸線とは異なる第2プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、前記船体に取り付けられ、前記第1推進力立ち上がり特性とは異なる第2推進力立ち上がり特性を有する第2推進機と、
前記第1推進機および前記第2推進機の両方を駆動すべきときに、前記第1推進力立ち上がり特性と前記第2推進力立ち上がり特性とを整合させる推進力整合制御を実行するコントローラと、を含む、船舶推進システム。
【請求項10】
船体と、
前記船体に装備される、請求項1~9のいずれか一項に記載の船舶推進システムと、を含む、船舶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、船舶推進システムおよびそれを備える船舶に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、2つの推進電動機を備える2軸電気推進船を開示している。2軸電気推進船が旋回するとき、内側推進電動機の負荷は旋回に伴って外側推進電動機の負荷に比べて重くなる。内側推進電動機のトルクがトルク制限に達すると、内側推進電動機のトルクが制限(内側トルク制限)され、かつ外側推進電動機の目標回転数が下げられる。内側トルク制限が解除されると、外側推進電動機の目標回転数が元の値に戻される。このように、内側トルク制限に応じて外側推進電動機の目標回転数を下げることで、旋回終了時における内側推進電動機および外側推進電動機の回転数の差を少なくできる。
【0003】
特許文献2は、ディーゼルエンジン等の主機によって駆動される可変ピッチプロペラと、電動機によって駆動される推進用プロペラとを有し、それらのプロペラを同一直線上に接近配置して二重反転型プロペラを構成した船舶用ハイブリッド推進装置を開示している。主機の出力が馬力計によって検出され、馬力計が生成する馬力信号に応じて、関数回路が、電動機入力電力基準を出力する。その電動機入力電力基準に基づいて、電動機が駆動される。それにより、主機による推進力と電動機による推進力とが最適な分担比率に設定されるので、一つの推進レバーの操作によって、効率的な運転が可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-119786号公報
【特許文献2】特開2010-125987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、異なる(同一直線上にない)プロペラ軸線まわりに回転するプロペラをそれぞれ有する複数の推進機を船体に取り付ける船舶推進システムを研究してきた。とくに、複数の推進機を同時に駆動することで可能となる船体挙動を実現するための制御を研究している。一つの具体例は、船体を回頭させることなく平行移動させる並進動作である。複数の推進機の推進力が船体にそれぞれ与えるモーメントをつり合わせることで、船体を回頭させることなく、推進力の合力方向へ船体を平行移動させることができる。
【0006】
しかし、複数の推進機が推進力の発生を開始するときの立ち上がり特性は必ずしも等しくない。たとえば、エンジン推進機と電動推進機とを備える場合のように、異なる種類の推進機を備える場合には、有効な推進力が船体に作用するタイミングや、推進力の時間変化は必ずしも等しくない。したがって、推進力発生時に船体に生じる過渡的な応答、すなわち過渡的な船体挙動は、推進力が立ち上がって安定値に収束したときの船体挙動とは異なる。したがって、船体が動き出すときの挙動には改善の余地がある。
【0007】
特許文献1,2のいずれにもこのような課題は示されておらず、したがって、その解決手段に対する示唆もない。
【0008】
この発明の一実施形態は、複数の推進機の推進力を併用するときの船体挙動を改善できる船舶推進システムおよび船舶を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の一実施形態は、第1プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、船体に取り付けられるエンジン推進機と、前記第1プロペラ軸線とは異なる第2プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、前記船体に取り付けられる電動推進機と、前記エンジン推進機および前記電動推進機を制御し、前記エンジン推進機および前記電動推進機から同時に推進力を発生させるべき指令が入力されると、前記エンジン推進機の推進力の立ち上がり特性に前記電動推進機の推進力の立ち上がり特性を整合させる推進力整合制御を実行するコントローラと、を含む、船舶推進システムを提供する。
【0010】
この構成によれば、エンジン推進機および電動推進機から同時に推進力を発生させるべきときに、それらの推進力の立ち上がり特性が整合する。それにより、推進力が目標値に到達して安定するまでの過渡期においても、エンジン推進機および電動推進機の推進力が適切なバランス(具体的には比率)を有するので、適切な船体挙動が得られる。それにより、複数の推進機、具体的にはエンジン推進機および電動推進機の推進力を併用するときの船体挙動を改善できる。
【0011】
この発明の一実施形態では、前記推進力整合制御は、前記電動推進機の推進力の立ち上がりを遅延させる遅延制御を含む。これにより、エンジン推進機の推進力の立ち上がり特性に整合するように、電動推進機の推進力の立ち上がりを遅延させることで、エンジン推進機および電動推進機の推進力の立ち上がり特性を整合させることができる。
【0012】
この発明の一実施形態では、前記推進力整合制御は、前記電動推進機の推進力の立ち上がり特性を鈍化させるフィルタ処理を含む。
【0013】
この発明の一実施形態では、前記推進力整合制御は、前記電動推進機の駆動開始タイミングを遅延させる駆動開始遅延制御を含む。
【0014】
この発明の一実施形態では、前記推進力整合制御は、前記電動推進機の駆動開始タイミングを遅延させる駆動開始遅延制御と、前記電動推進機の駆動を開始した後、前記電動推進機の推進力の立ち上がり特性を鈍化させるフィルタ処理と、を含む。
【0015】
この発明の一実施形態では、前記推進力整合制御は、前記電動推進機の駆動開始からの所定時間、目標推進力よりも小さい一定の推進力に前記電動推進機の推進力を維持する制限制御を含む。
【0016】
この発明の一実施形態では、前記船舶推進システムは、前記船体を並進させる並進指令を前記コントローラに入力する並進指令器をさらに含む。前記コントローラは、前記並進指令器から前記並進指令が入力されると、前記推進力整合制御を実行する。
【0017】
船体の並進は、複数の推進機から同時に推進力を発生させ、複数の推進機が船体に与えるモーメントを打ち消しながら、複数の推進機が発生する推進力の合力の方向へと船体を移動させることによって達成される。並進指令が入力されると、推進力整合制御が実行されるので、複数の推進機、すなわち、エンジン推進機および電動推進機の推進力の立ち上がり特性が整合する。それにより、並進指令が与えられた直後から推進力が目標値まで立ち上がる過渡期においても、船体を適切に並進させることができる。
【0018】
この発明の一実施形態では、前記エンジン推進機および前記電動推進機が、前記船体の船尾に取り付けられる。
【0019】
この発明の一実施形態は、第1プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、船体に取り付けられ、第1推進力立ち上がり特性を有する第1推進機と、前記第1プロペラ軸線とは異なる第2プロペラ軸線まわりに回転するプロペラを有し、前記船体に取り付けられ、前記第1推進力立ち上がり特性とは異なる第2推進力立ち上がり特性を有する第2推進機と、前記第1推進機および前記第2推進機の両方を駆動すべきときに、前記第1推進力立ち上がり特性と前記第2推進力立ち上がり特性とを整合させる推進力整合制御を実行するコントローラと、を含む、船舶推進システムを提供する。
【0020】
この構成によれば、第1推進機および第2推進機から同時に推進力を発生させるべきときに、それらの推進力の立ち上がり特性が整合する。それにより、推進力が目標値に到達して安定するまでの過渡期においても、第1推進機および第2推進機の推進力が適切なバランス(具体的には比率)を有するので、適切な船体挙動が得られる。それにより、複数の推進機の推進力を併用するときの船体挙動を改善できる。
【0021】
この発明の一実施形態は、船体と、前記船体に装備される、前述のような特徴を有する船舶推進システムと、を含む、船舶を提供する。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、複数の推進機の推進力を併用するときの船体挙動を改善できる船舶推進システムおよび船舶を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、この発明の一実施形態に係る船舶推進システムが搭載された船舶の構成例を説明するための平面図である。
図2図2は、前記船舶の船首方向に向かって左側から見た側面図である。
図3図3は、エンジン船外機の構成例を説明するための側面図である。
図4図4は、電動船外機の構成例を説明するための側面図である。
図5図5は、船舶の後方から見た電動船外機の背面図である。
図6図6は、船舶推進システムの構成例を説明するためのブロック図である。
図7図7は、ジョイスティックユニットの構成例を説明するための斜視図である。
図8A-8B】図8Aおよび図8Bは、2機の推進機の両方の推進力を利用する第1ジョイスティックモードの動作例を説明するための図である。
図9図9は、1機の推進機のみの推進力を利用する第2ジョイスティックモードの動作例を説明するための図である。
図10A-10B】図10Aおよび図10Bは、真横への並進移動、すなわち横移動のための推進力の関係を説明するためのベクトル図である。
図11図11は、電動船外機およびエンジン船外機の推進力の立ち上がり特性の一例を示す特性図である。
図12図12は、推進力整合制御を行わない場合に、並進移動の初期に船体に働く推進力を説明するためのベクトル図である。
図13図13は、推進力整合制御を行わない場合の船体挙動の一例を示す図である。
図14図14は、並進移動のための操作初期の船体の回頭を抑制するために実行される処理の一例を説明するためのフローチャートである。
図15図15は、推進力整合制御の一例を示す特性図である。
図16図16は、推進力整合制御の他の例を示す特性図である。
図17図17は、推進力整合制御を行う場合の船体挙動の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
【0025】
図1は、この発明の一実施形態に係る船舶推進システム100が搭載された船舶1の構成例を説明するための平面図であり、図2は、船舶1の船首方向に向かって左側から見た側面図である。
【0026】
船舶1は、船体2と、船体2に取り付けられたエンジン船外機OMと、船体2に取り付けられた電動船外機EMとを含む。エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、いずれも推進機の例である。エンジン船外機OMは、主推進機の一例である。電動船外機EMは、主推進機よりも定格出力の小さい補助推進機の一例である。エンジン船外機OMは、エンジンを動力源とするエンジン推進機の一例であり、第1推進機に相当する。電動船外機EMは、電動モータを動力源とする電動推進機の一例であり第2推進機に相当する。
【0027】
この実施形態では、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、いずれも船尾3に取り付けられている。より具体的には、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、船体2の左右方向に並んで船尾3に配置されている。エンジン船外機OMは、この例では、船体2の左右方向の中央に配置されており、電動船外機EMは、船体の左右方向の中央よりも外側(この例では左側)に配置されている。
【0028】
エンジン船外機OMは、第1プロペラ軸線32aまわりに回転するプロペラ32を備えている。電動船外機EMは、第2プロペラ軸線60aまわりに回転するプロペラ60(図4および図5参照)を備えている。第1プロペラ軸線32aおよび第2プロペラ軸線60aは、同一直線上にない、異なる軸線である。この実施形態では、第1プロペラ軸線32aおよび第2プロペラ軸線60aは、平面視において、船体2の左右方向に離れている。また、第1プロペラ軸線32aおよび第2プロペラ軸線60aは、異なる高さに位置している。第1プロペラ軸線32aの方向は、エンジン船外機OMの転舵角およびトリム角に従う。第2プロペラ軸線60aの方向は、電動船外機EMの転舵角およびトリム角に従う。したがって、第1プロペラ軸線32aおよび第2プロペラ軸線60aは、平行であるときもあり、非平行であるときもあり、それらの互いの関係は固定されていない。
【0029】
船体2の内部には、乗船者のための居住空間4が確保されている。この居住空間4内に操船席5が設けられている。操船席5には、ステアリングホイール6、リモコンレバー7、ジョイスティック8、ゲージ9(表示パネル)などが備えられている。ステアリングホイール6は、船舶1の針路を変更するために使用者によって操作される操作子である。リモコンレバー7は、エンジン船外機OMの推進力の大きさ(出力)およびその方向(前進または後進)を変更するために使用者によって操作される操作子であり、アクセル操作子に相当する。ジョイスティック8は、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7の代わりに、操船のために使用者によって操作される操作子である。
【0030】
図3は、エンジン船外機OMの構成例を説明するための側面図である。エンジン船外機OMは、推進ユニット20と、この推進ユニット20を船体2に取り付ける取り付け機構21とを有している。取り付け機構21は、船体2の船尾3に設けられる後尾板に着脱自在に固定されるクランプブラケット22と、このクランプブラケット22に水平回動軸としてのチルト軸23を中心に回動自在に結合されたスイベルブラケット24とを備えている。推進ユニット20は、スイベルブラケット24に対して、転舵軸25まわりに回動自在であるように取り付けられている。これにより、推進ユニット20を転舵軸25まわりに回動させることによって、転舵角(船体2の中心線に対して推進力の方向がなす方位角)を変化させることができる。また、スイベルブラケット24をチルト軸23まわりに回動させることによって、推進ユニット20のトリム角を変化させることができる。トリム角は、船体2に対するエンジン船外機OMの取り付け角である。
【0031】
推進ユニット20のハウジングは、エンジンカバー(トップカウリング)26とアッパケース27とロアケース28とで構成されている。エンジンカバー26内には、原動機としてのエンジン30がそのクランク軸の軸線が上下方向となるように設置されている。エンジン30のクランク軸下端に連結される動力伝達用のドライブシャフト31は、上下方向にアッパケース27内を通ってロアケース28内にまで延びている。
【0032】
ロアケース28の下部後側には、推進部材としてのプロペラ32が第1プロペラ軸線32aまわりに回転自在に装着されている。ロアケース28内には、プロペラ32の回転軸であるプロペラシャフト29が第1プロペラ軸線32aに沿って水平方向に通されている。プロペラシャフト29には、ドライブシャフト31の回転が、シフト機構33を介して伝達されるようになっている。
【0033】
シフト機構33は、前進位置、後進位置および中立位置を含む複数のシフト位置(シフト状態)を有している。中立位置は、ドライブシャフト31の回転をプロペラシャフト29に伝達しない遮断状態のシフト位置である。前進位置は、プロペラシャフト29が前進回転方向に回転するようにドライブシャフト31の回転をプロペラシャフト29に伝達する状態のシフト位置である。後進位置は、プロペラシャフト29が後進回転方向に回転するようにドライブシャフト31の回転をプロペラシャフト29に伝達する状態のシフト位置である。前進回転方向とは、船体2に対して前進方向の推進力を与えるプロペラ32の回転方向である。後進回転方向とは、船体2に対して後進方向の推進力を与えるプロペラ32の回転方向である。シフト機構33のシフト位置は、シフトロッド34によって切り換えられる。シフトロッド34は、ドライブシャフト31と平行に上下方向に延びており、その軸まわりの回動によって、シフト機構33を操作するように構成されている。
【0034】
エンジン30に関連して、このエンジン30を始動させるためのスタータモータ35と、始動後にエンジン30の動力によって発電する発電機38とが配置されている。スタータモータ35は、エンジンECU(電子制御ユニット)40によって制御される。発電機38が発生する電力は、エンジン船外機OMに備えられる電装品に供給されるほか、船体2(図1および図2)に収納されるバッテリ130,145(図6参照)を充電するために用いられる。また、エンジン30のスロットルバルブ36を作動させてスロットル開度を変化させ、エンジン30の吸入空気量を変化させるためのスロットルアクチュエータ37が備えられている。スロットルアクチュエータ37は、電動モータからなっていてもよい。スロットルアクチュエータ37の動作は、エンジンECU40によって制御される。
【0035】
また、シフトロッド34に関連して、シフト機構33のシフト位置を変化させるためのシフトアクチュエータ39が設けられている。シフトアクチュエータ39は、たとえば、電動モータからなり、エンジンECU40によって動作制御される。
【0036】
さらに、推進ユニット20に固定された操舵ロッド47には、ステアリングホイール6(図1参照)の操作に応じて駆動される転舵装置43が結合されている。転舵装置43によって、推進ユニット20が転舵軸25まわりに回動され、それによって舵取りを行うことができる。転舵装置43は、転舵アクチュエータ44を備えている。転舵アクチュエータ44は、ステアリングECU41によって制御される。ステアリングECU41は、推進ユニット20に備えられていてもよい。転舵アクチュエータ44は電動モータで構成されていてもよいし、油圧アクチュエータであってもよい。
【0037】
クランプブラケット22とスイベルブラケット24との間には、たとえば液圧シリンダを含み、エンジンECU40によって制御されるチルトトリムアクチュエータ46が設けられている。チルトトリムアクチュエータ46は、チルト軸23まわりにスイベルブラケット24を回動させることにより、推進ユニット20をチルト軸23まわりに回動させる。
【0038】
図4は、電動船外機EMの構成例を説明するための側面図であり、図5は船舶1の後方から見た電動船外機EMの背面図である。
【0039】
電動船外機EMは、船体2への取り付けのためのブラケット51と、推進機本体50とを含む。推進機本体50は、ブラケット51に支持されている。推進機本体50は、ブラケット51に支持されるベース55と、ベース55から下方に延びるアッパハウジング56と、アッパハウジング56の下方に配置された筒状(ダクト状)のロアハウジング57と、ロアハウジング57内に配置された駆動ユニット58とを含む。推進機本体50は、さらに、ベース55を下方から覆うカバー66と、ベース55を上方から覆うカウル67とを備えている。カバー66およびカウル67によって区画される空間には、チルトユニット69および転舵ユニット72が収容されている。この空間には、さらに、チルトユニット69が作動するときに音を発生するブザー75が収容されていてもよい。
【0040】
駆動ユニット58は、プロペラ60と、プロペラ60を回転させる電動モータ61とを含む。電動モータ61は、プロペラ60が径方向内側に固定された筒状のロータ62と、ロータ62を径方向外方から取り囲む筒状のステータ64とを含む。ステータ64はロアハウジング57に固定されており、ロータ62は、ロアハウジング57に対して回転可能に支持されている。ロータ62は、周方向に沿って配置された複数の永久磁石63を有している。ステータ64は、周方向に沿って配置された複数のコイル65を有している。この複数のコイル65に通電することによって、ロータ62を回転でき、それに応じてプロペラ60を第2プロペラ軸線60aまわりに回転させて、推進力を発生させることができる。
【0041】
チルトユニット69は、チルトアクチュエータとしてのチルトシリンダ70を含む。チルトシリンダ70は、電動ポンプによって作動油を流動させる電動ポンプ型油圧シリンダであってもよい。チルトシリンダ70の一端は、ブラケット51の下支持部52に結合されており、チルトシリンダ70の他端は、シリンダ連結ブラケット71を介してベース55に結合されている。ブラケット51の上支持部53にチルト軸68が支持されており、ベース55は、チルト軸68を介して、ブラケット51に対してチルト軸68まわりに回転可能に結合されている。チルト軸68は、船体2の左右方向に延びており、したがって、ベース55は、上下に回転可能である。それにより、推進機本体50は、チルト軸68まわりに回転して、上下動することができる。
【0042】
推進機本体50をチルト軸68まわりに回転して上昇させることをチルトアップといい、推進機本体50をチルト軸68まわりに回転して下降させることをチルトダウンという。チルトシリンダ70を駆動して伸縮させることにより、チルトアップおよびチルトダウンを行える。チルトアップによって、プロペラ60を上昇させて水面よりも上に配置して、推進機本体50をチルトアップ状態とすることができる。また、チルトダウンによって、プロペラ60を下降させて水中に配置して、推進機本体50をチルトダウン状態とすることができる。このように、チルトユニット69は、プロペラ60を上げ下げする昇降装置の一例である。
【0043】
推進機本体50のチルトアップ状態およびチルトダウン状態を検出するために、推進機本体50のブラケット51に対する角度、すなわち、チルト角を検出するチルト角センサ76が備えられている。チルト角センサ76は、チルトシリンダ70の作動ロッドの位置を検出する位置センサであってもよい。
【0044】
転舵ユニット72は、ロアハウジング57およびアッパハウジング56に結合されたステアリング軸73と、転舵モータ74とを含む。転舵モータ74は、ステアリング軸73をその軸線まわりに回転させるための駆動力を発生する転舵アクチュエータの一例である。転舵ユニット72は、さらに、転舵モータ74の回転を減速してステアリング軸73に伝達する減速ギヤを有していてもよい。したがって、転舵モータ74を駆動することにより、ロアハウジング57およびアッパハウジング56をステアリング軸73まわりに回転させ、駆動ユニット58が発生する推進力の方向を左右に変更することができる。アッパハウジング56は、転舵中立位置において船体2の前後方向に延びる板状を成しており、転舵ユニット72によって転舵される舵板としての機能を有している。
【0045】
図6は、船舶1に備えられる船舶推進システム100の構成例を説明するためのブロック図である。船舶推進システム100は、主推進機としてのエンジン船外機OMおよび補助推進機としての電動船外機EMを含む。船舶推進システム100は、電動船外機EMのプロペラ60(図4および図5参照)を水中と水面との間で上げ下げする昇降装置を備えている。この実施形態では、電動船外機EMに組み込まれたチルトユニット69が昇降装置の一例である。チルトユニット69等の昇降装置は、電動船外機EMに組み込まれていてもよいし、電動船外機EMとは別に構成されていてもよい。
【0046】
船舶推進システム100は、メインコントローラ101を備えている。メインコントローラ101は、船体2内に構築された船内ネットワーク102(CAN:コントロールエリアネットワーク)に接続されている。船内ネットワーク102には、リモコンユニット17、リモコンECU90、ジョイスティックユニット18、GPS(Global Positioning System)受信機110、方位センサ111などが接続されている。リモコンECU90には、船外機制御ネットワーク105を介して、エンジンECU40およびステアリングECU41が接続されている。メインコントローラ101は、船内ネットワーク102に接続された様々なユニットと信号を授受し、それにより、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMを制御し、かつその他のユニットを制御する。メインコントローラ101は、複数の制御モードを有し、各制御モードに応じて予め定められた態様で各ユニットを制御する。
【0047】
船外機制御ネットワーク105には、ステアリングホイールユニット16が接続されている。ステアリングホイールユニット16は、ステアリングホイール6の操作角を表す操作角信号を船外機制御ネットワーク105に出力する。その操作角信号は、リモコンECU90およびステアリングECU41によって受信される。ステアリングECU41は、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号またはリモコンECU90が生成する転舵角指令に応答し、いずれかに応じて転舵アクチュエータ44を制御し、それによって、エンジン船外機OMの転舵角を制御する。
【0048】
リモコンユニット17は、リモコンレバー7の操作位置を表す操作位置信号を生成する。
【0049】
ジョイスティックユニット18は、ジョイスティック8の操作位置を表す操作位置信号を生成し、かつジョイスティックユニット18に備えられた操作ボタン180の操作信号を生成する。
【0050】
リモコンECU90は、船外機制御ネットワーク105を介して、エンジンECU40に対し、推進力指令を送出する。推進力指令は、シフト位置を指令するためのシフト指令と、エンジン出力(具体的にはエンジン回転速度)を指令するための出力指令とを含む。また、リモコンECU90は、船外機制御ネットワーク105を介して、ステアリングECU41に対して、転舵角指令を送出する。
【0051】
リモコンECU90は、メインコントローラ101の制御モードに応じて異なる制御動作を実行する。たとえば、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7による操船のための制御モードでは、リモコンECU90は、エンジンECU40に対して、リモコンユニット17が生成する操作位置信号に応じた推進力指令(シフト指令および出力指令)を与える。また、リモコンECU90は、ステアリングECU41に対して、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号に従うように指令する。一方、ステアリングホイール6およびリモコンレバー7の操作によらない操船のための制御モードでは、リモコンECU90は、メインコントローラ101の指令に従う。すなわち、リモコンECU90は、メインコントローラ101が生成する推進力指令(シフト指令および出力指令)ならびに転舵角指令に従って、推進力指令(シフト指令および出力指令)をエンジンECU40に送出し、かつ転舵角指令をステアリングECU41に送出する。たとえば、ジョイスティック8による操船のための制御モードでは、メインコントローラ101は、ジョイスティックユニット18が生成する信号に応じて、推進力指令(シフト指令および出力指令)ならびに転舵角指令を生成する。それらに従って、エンジン船外機OMの推進力の大きさおよび方向(前進または後進)ならびに転舵角が制御される。
【0052】
エンジンECU40は、シフト指令に応じてシフトアクチュエータ39を駆動してシフト位置を制御し、出力指令に応じてスロットルアクチュエータ37を駆動してスロットル開度を制御する。ステアリングECU41は、転舵角指令に応じて転舵アクチュエータ44を制御し、エンジン船外機OMの転舵角を制御する。
【0053】
電動船外機EMのモータコントローラ80およびステアリングコントローラ81は、船内ネットワーク102に接続されており、メインコントローラ101からの指令に応答して電動船外機EMを作動させるように構成されている。メインコントローラ101は、電動船外機EMに対して、推進力指令および転舵角指令を与える。推進力指令は、シフト指令(回転方向指令)および出力指令を含む。シフト指令は、プロペラ60を停止、前進回転または後進回転させることを指令する回転方向指令である。出力指令は、発生すべき推進力、具体的には回転速度の目標値の指令である。転舵角指令は、転舵角の目標値の指令である。モータコントローラ80は、シフト指令(回転方向指令)および出力指令に応じて電動モータ61を制御する。また、ステアリングコントローラ81は、転舵角指令に応じて転舵モータ74を制御する。
【0054】
メインコントローラ101は、さらに、船内ネットワーク102を介してモータコントローラ80にチルト指令を与える。チルト指令は、電動船外機EMのチルト角の目標値の指令である。モータコントローラ80は、チルト指令に応じて、チルトシリンダ70を作動させて、目標のチルト角へと電動船外機EMをチルトアップまたはチルトダウンさせる。モータコントローラ80には、チルト角センサ76の検出信号が入力されている。それにより、モータコントローラ80は、推進機本体50のチルト角の情報を取得でき、そのチルト角の情報をメインコントローラ101に送信できる。
【0055】
GPS受信機110は、地球を周回する人工衛星からの電波を受信して船舶1の位置を特定し、船舶1の位置を表す位置データと、船舶1の移動速度を表す速度データとを出力する。これらのデータは、メインコントローラ101によって取得され、船舶1の位置および/または方位の表示や制御のために用いられる。
【0056】
方位センサ111は、船舶1の方位を検出して、方位データを生成する。その方位データはメインコントローラ101によって利用される。
【0057】
メインコントローラ101には、コントロールパネルネットワーク106を介して、ゲージ9が接続されている。ゲージ9は、操船のための各種情報を表示するための表示装置である。ゲージ9は、コントロールパネルネットワーク106を介してリモコンECU90、モータコントローラ80およびステアリングコントローラ81と接続されている。それにより、ゲージ9は、エンジン船外機OMの運転状態、電動船外機EMの運転状態、船舶1の位置および/または方位などの情報を表示することができる。ゲージ9には、タッチパネルやボタン等の入力装置10が備えられていてもよい。使用者が入力装置10を操作することにより、操作信号がコントロールパネルネットワーク106に送出され、様々な設定や指令が行えるようになっていてもよい。
【0058】
エンジン船外機OMの電源を投入し、さらにエンジン30を始動および停止させるためのパワースイッチユニット120がリモコンECU90に接続されている。パワースイッチユニット120は、エンジン船外機OMの電源を投入/遮断するためのパワースイッチ121と、エンジン30を始動するためのスタートスイッチ122と、エンジン30を停止するためのストップスイッチ123とを含む。
【0059】
パワースイッチ121のオン操作によって、リモコンECU90は、エンジン船外機OMへの電源供給のための制御を実行する。具体的には、バッテリ130(たとえば12V)とエンジン船外機OMとの間に介装された電源リレー(図示せず)をオンする。エンジン船外機OMに電源が投入されている状態で、スタートスイッチ122が操作されると、リモコンECU90は、エンジンECU40に対して始動指令を与える。それにより、エンジンECU40はスタータモータ35(図3参照)を作動させてエンジン30を始動する。エンジン30の運転中は、発電機38(図3参照)が発生する電力によってバッテリ130が充電される。エンジン運転中にストップスイッチ123が操作されると、リモコンECU90は、エンジンECU40に対してエンジン停止指令を与える。それに応答して、エンジンECU40は、エンジン30を停止するための制御を実行する。リモコンECU90は、エンジン船外機OMに電源が投入されているかどうか、およびエンジン30が運転中かどうかを表すエンジン船外機状態情報を、船内ネットワーク102を介してメインコントローラ101に与える。
【0060】
電動船外機EMの電源を投入/遮断するための別のパワースイッチユニット140が、電動船外機EMに接続されている。パワースイッチユニット140に備えられるパワースイッチ141のオン/オフ操作によって、電動船外機EMに電力を供給するバッテリ145(たとえば48V)と電動船外機EMとの間の回路が開閉され、電動船外機EMの電源を投入/遮断できる。モータコントローラ80は、電動船外機EMに電源が投入されているかどうか、すなわち電動船外機EMが駆動可能な状態かどうかを表す電動船外機状態情報を船内ネットワーク102を介してメインコントローラ101に与える。バッテリ145は、DC/DCコンバータ146(電圧変換器)を介して、エンジン船外機OMの発電機38(図3参照)が発生する電力を受けることができる。
【0061】
船内ネットワーク102には、さらにアプリケーションスイッチパネル150が接続されている。アプリケーションスイッチパネル150は、予め定義した機能の実行を指令するための複数のファンクションスイッチ151を含む。たとえば、ファンクションスイッチ151は、自動操船を指令するためのスイッチを含んでいてもよい。より具体的には、船舶1の方位を維持する自動操舵、船舶1の針路を維持する自動操舵、指定した複数の地点を順に通過させる自動操舵、所定の航走パターン(ジグザグパターン、スパイラルパターンなど)のための自動操舵などのためのスイッチが設けられていてもよい。また、電動船外機EMをチルトアップまたはチルトダウンさせるための機能がいずれかのファンクションスイッチ151に割り当てられてもよい。
【0062】
メインコントローラ101は、複数の制御モードでエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの制御を実行する。複数の制御モードは、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの状態によって定義される複数のモードを含む。具体的には、電動モード、エンジンモード、デュアルモードおよびエクステンダモードである。メインコントローラ101は、エンジン船外機状態情報および電動船外機状態情報に基づいて、それらのいずれかの制御モードに従って動作する。
【0063】
電動モードは、電動船外機EMの電源が投入されており、エンジン船外機OMの電源が遮断されている状態の制御モードである。すなわち、電動船外機EMのみに推進力を発生させる制御モードが電動モードである。エンジンモードは、エンジン船外機OMの電源が投入されてエンジン30が運転中であり、電動船外機EMの電源が遮断されている状態の制御モードである。すなわち、エンジン船外機OMのみに推進力を発生させる制御モードがエンジンモードである。デュアルモードおよびエクステンダモードは、電動船外機EMの電源が投入されており、かつエンジン船外機OMのエンジン30が運転中であるときの制御モードである。デュアルモードは、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの両方の推進力を利用する制御モードである。エクステンダモードは、電動船外機EMの推進力のみを利用する制御モードであり、エンジン30はバッテリ145を充電するための発電のために運転される。推進力発生の観点からは、電動モードとエクステンダモードとは同じである。デュアルモードおよびエクステンダモードのいずれかの選択は、使用者の設定または指令に委ねられてもよい。このような設定または指令は、たとえば、ゲージ9に備えられた入力装置10を操作することによって行える。
【0064】
図7は、ジョイスティックユニット18の構成例を説明するための斜視図である。ジョイスティックユニット18は、前後左右(すなわち、360度の全方位)に傾倒させることができ、かつ軸まわりに回す(ツイストする)ことができるジョイスティック8を備えている。ジョイスティックユニット18は、この例では、さらに、複数の操作ボタン180を備えている。複数の操作ボタン180は、ジョイスティックボタン181および保持モード設定ボタン182~184を含む。
【0065】
ジョイスティックボタン181は、ジョイスティック8を用いる制御モード(操船モード)、すなわち、ジョイスティックモードを選択するときに操船者によって操作される操作子である。
【0066】
保持モード設定ボタン182,183,184は、位置/方位保持系の制御モード(保持モードの例)を設定するために使用者によって操作される操作ボタンである。より具体的には、保持モード設定ボタン182は、船舶1の位置および船首方位(または船尾方位)を保持する定点保持モード(Stay Point)を設定するために操作される。保持モード設定ボタン183は、船舶1の位置を保持し船首方位(または船尾方位)は保持しない位置保持モード(Fish Point)を設定するために操作される。保持モード設定ボタン184は、船首方位(または船尾方位)を保持し位置の保持は行わない方位保持モード(Drift Point)を設定するために操作される。
【0067】
メインコントローラ101の制御モードは、操作系の観点からは、通常モード、ジョイスティックモードおよび保持モードに分類できる。
【0068】
通常モードは、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号に応じて転舵制御を行い、かつリモコンレバー7の操作信号(操作位置信号)に応じて推進力制御を行う制御モードである。この実施形態では、通常モードは、メインコントローラ101のデフォルト制御モードである。転舵制御とは、具体的には、ステアリングホイールユニット16が生成する操作角信号またはリモコンECU90が生成する転舵角指令に応じて、ステアリングECU41が転舵アクチュエータ44を駆動させる制御動作をいう。これにより、エンジン船外機OMのボディが左右に転舵して、船体2に対する推進力の方向が左右に変化する。推進力制御とは、具体的には、リモコンECU90がエンジンECU40に与える推進力指令(シフト指令および出力指令)に応じて、エンジンECU40がシフトアクチュエータ39およびスロットルアクチュエータ37を駆動させる制御動作をいう。これにより、エンジン船外機OMのシフト位置が前進位置、後進位置またはニュートラル位置に設定され、かつエンジン出力(具体的にはエンジン回転速度)が変化する。
【0069】
ジョイスティックモードは、ジョイスティックユニット18のジョイスティック8の操作信号に応じて転舵制御および推進力制御を行う制御モードである。
【0070】
ジョイスティックモードでは、エンジン船外機OMが推進力を発生可能なモードにおいては、エンジン船外機OMに対する転舵制御および推進力制御が行われる。すなわち、メインコントローラ101がリモコンECU90に転舵角指令および推進力指令を与え、リモコンECU90がそれらをステアリングECU41およびエンジンECU40に与える。
【0071】
また、ジョイスティックモードでは、電動船外機EMが推進力を発生可能なモードにおいては、電動船外機EMに対する転舵制御および推進力制御が行われる。電動船外機EMに対する転舵制御とは、具体的には、メインコントローラ101が電動船外機のステアリングコントローラ81に与える転舵角指令に応じて、ステアリングコントローラ81が転舵ユニット72を駆動させる制御動作をいう。これにより、電動船外機EMの駆動ユニット58およびアッパハウジング56が左右に回動して、船体2に対する推進力の方向が左右に変化する。電動船外機EMに対する推進力制御とは、具体的には、メインコントローラ101が電動船外機EMのモータコントローラ80に与える推進力指令(シフト指令および出力指令)に応じて、モータコントローラ80が電動モータ61の回転方向および回転速度を制御する動作をいう。これにより、プロペラ60の回転方向が前進方向または後進方向に設定され、かつプロペラ60の回転速度が変化する。
【0072】
図8A図8Bおよび図9は、2種類のジョイスティックモードを説明するための図であり、ジョイスティック8の操作とそれに対応する船体2の挙動とを示す。より具体的には、図8Aおよび図8Bは、2機の推進機(この実施形態ではエンジン船外機OMおよび電動船外機EM)の両方の推進力を利用する第1ジョイスティックモードの動作例を示す。図9は、1機の推進機(この実施形態ではエンジン船外機OMおよび電動船外機EMのいずれか一方)のみの推進力を利用する第2ジョイスティックモードの動作例を示す。
【0073】
メインコントローラ101は、デュアルモード中にジョイスティックボタン181によってジョイスティックモードが指令されると、第1ジョイスティックモードに従って制御処理を実行する。また、メインコントローラ101は、デュアルモード以外(電動モード、エンジンモードおよびエクステンダモードのいずれか)のときに、ジョイスティックボタン181によってジョイスティックモードが指令されると、第2ジョイスティックモードに従って制御処理を実行する。
【0074】
図8Aおよび図8Bに示す第1ジョイスティックモードにおいては、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の傾倒方向を進行方向指令と解釈し、ジョイスティック8の傾倒量を当該方向への推進力の大きさの指令と解釈する。また、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の軸周りの回動方向(中立位置を基準とした回動方向)を回頭方向指令と解釈し、回動量(中立位置を基準とした回動量)を回頭速度指令と解釈する。そして、メインコントローラ101は、それらの指令を実現するための転舵角指令および推進力指令をリモコンECU90に入力し、かつ電動船外機EMのステアリングコントローラ81およびモータコントローラ80に入力する。リモコンECU90は、転舵角指令および推進力指令をエンジン船外機OMのステアリングECU41およびエンジンECU40にそれぞれ送信する。それにより、エンジン船外機OMは、指令された転舵角へと転舵され、かつ指令された推進力を発生するようにシフト位置およびエンジン回転速度を制御する。また、電動船外機EMは、指令された転舵角へと駆動ユニット58およびアッパハウジング56を転舵させ、かつ指令された推進力を発生するように電動モータ61の回転方向および回転速度を制御する。
【0075】
第1ジョイスティックモードにおいては、ジョイスティック8を回動させることなく傾倒させる操作を行うと、船体2は、回頭することなく、すなわち、方位を保持した状態で、ジョイスティック8の傾倒方向へと移動する。つまり、船体2が並進移動する船体挙動となる。この並進移動の例が、図8Aに表されている。並進移動は、典型的には、2機の推進機の推進力作用線(推進力の方向に沿って引いた直線)を船体2内で交差させ、一方の推進機を前進運転し、他方の推進機を後進運転することによって実現される。それにより、2機の船外機OM,EMが発生する推進力の合力方向へと船体2が並進する。たとえば、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの一方を前進運転し、かつ他方を後進運転する状態で、それらの推進力の大きさを等しくすると、船体2を真横に並進移動させることができる。ただし、図8Aの例では、船首方向への前進または船尾方向への後進に関しては、エンジン船外機OMの推進力のみを用いている。
【0076】
また、第1ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8を傾倒させることなく回動させる操作(ねじり操作)を行うと、船体2は位置をほとんど変えることなくジョイスティック8の回動方向へと回頭する。すなわち、船体2がその場回頭を行う船体挙動となる。その場回頭の例が図8Bに表されている。その場回頭は、この例では、電動船外機EMの推進力のみを利用している。
【0077】
第1ジョイスティックモードにおいて、ジョイスティック8を傾倒させ、かつ回動する操作を行うと、船体2がジョイスティック8の傾倒方向に移動しながら、ジョイスティック8の回動方向に回頭する船体挙動が得られる。ただし、一般的には、ジョイスティック8を傾倒させて行う並進動作(図8A参照)によって船体2の位置を調節し、ジョイスティック8を回動させて行うその場回頭(図8B参照)によって船体2の方位を調節するように操船するのが容易である。
【0078】
図9に示す第2ジョイスティックモードにおいては、1機の推進機の推進力のみを用いるので、2機の推進機の推進力の合成を利用する並進移動(図8A参照)は不可能である。すなわち、第2ジョイスティックモードは、第1ジョイスティックモードにおいて提供される所定の船体挙動、具体的には並進移動を無効にする制御モードである。その場回頭に関しては、図8Bの例では、電動船外機EMの推進力のみを用いるので、デュアルモードのみならず、電動モードおよびエクステンダモードにおいても利用可能とされてもよい。
【0079】
第2ジョイスティックモードにおいては、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の前後方向への傾倒を推進力指令(シフト指令および出力指令)と解釈する。ジョイスティック8の左右方向への傾倒は無視される。つまり、ジョイスティック8の傾倒操作が行われたとき、ジョイスティック8の傾倒方向の前後方向成分のみが有効な入力となり、その前後方向成分が推進力指令と解釈される。より具体的には、前後方向成分が前方に傾倒されたときの値であれば前進シフト指令と解釈され、前後方向成分が後方に傾倒されたときの値であれば後進シフト指令と解釈される。そして、前後方向成分の大きさが推進力の大きさに関する指令(出力指令)であると解釈される。このように解釈された推進力指令がメインコントローラ101からリモコンECU90(エンジンモード中)またはモータコントローラ80(電動モードまたはエクステンダモード中)に入力される。一方、第2ジョイスティックモードにおいて、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の軸周りの回動を転舵角指令と解釈する。すなわち、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の軸周りの回動方向および回動量に応じた転舵角指令をリモコンECU90(エンジンモード中)またはステアリングコントローラ81(電動モードまたはエクステンダモード中)に入力する。
【0080】
エンジンモードのとき、リモコンECU90は、転舵角指令および推進力指令をエンジンECU40に送信する。それにより、エンジン船外機OMは、転舵角指令に応じた転舵角へと転舵され、かつ指令された推進力を発生するようにシフト位置およびエンジン回転速度が制御される。電動モードまたはエクステンダモードのときは、モータコントローラ80は、推進力指令に従って電動モータ61を駆動し、ステアリングコントローラ81は、転舵角指令に従って転舵モータ74を駆動する。
【0081】
保持モード設定ボタン182,183,184の操作によってそれぞれ設定される、前述の定点保持モード(Stay Point)、位置保持モード(Fish Point)、および方位保持モード(Drift Point)は、保持モードの例である。これらの保持モードにおいては、操船者の手動操作を伴うことなく、エンジン船外機OMおよび/または電動船外機EMの出力および転舵角が制御される。
【0082】
たとえば、定点保持モード(Stay Point)においては、メインコントローラ101は、GPS受信機110が生成する位置データおよび速度データと、方位センサ111が出力する方位データとに基づいて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの出力および転舵角を制御する。それにより、船体2の位置変動および方位変動が抑制される。定点保持モードは、デュアルモードにおいて利用可能な保持モードである。
【0083】
また、位置保持モード(Fish Point)においては、メインコントローラ101は、GPS受信機110が生成する位置データおよび速度データに基づいて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの少なくとも一方の出力および転舵角を制御する。それにより、船体2の位置変動が抑制される。
【0084】
さらに、方位保持モード(Drift Point)においては、メインコントローラ101は、方位センサ111が生成する方位データに基づいて、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの少なくとも一方の出力および転舵角を制御する。それにより、船体2の方位変動が抑制される。
【0085】
位置保持モードおよび方位保持モードは、電動モード、エンジンモード、デュアルモードおよびエクステンダモードのいずれにおいても利用可能な保持モードである。
【0086】
図10Aおよび図10Bは、真横への並進移動、すなわち横移動のための推進力の関係を説明するためのベクトル図である。
【0087】
横移動は、第1ジョイスティックモードでの右方向への並進移動および左方向への並進移動である。使用者がジョイスティック8を右に倒すことにより、ジョイスティックユニット18は、右方向への横移動のための右横移動指令(第1横移動指令の例)を発生する。使用者がジョイスティック8を左に倒すことにより、ジョイスティックユニット18は、左方向への横移動のための左横移動指令(第2横移動指令の例)を発生する。メインコントローラ101は、右横移動指令が入力されると、右横移動のためにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMを制御する右横移動制御(第1横移動制御の例)を実行する。メインコントローラ101は、左横移動指令が入力されると、左横移動のためにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMを制御する左横移動制御(第2横移動制御の例)を実行する。
【0088】
図10Aは、右横移動制御の例を示す。2機の推進機のうち相対的に右側にあるエンジン船外機OMは、シフト位置が後進位置とされ、後進推進力を発生するように制御される。2機の推進機のうち相対的に左側にある電動船外機EMは、前進回転し、前進推進力を発生するように制御される。一方、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、互いの後端同士が離れるように転舵される。それによって、それらが発生する推進力のベクトルOV,EVをそれぞれ通る直線によって定義される推進力作用線201,202が、平面視において、船体2内で交差するように、それぞれの転舵角が制御される。このとき、2つの推進機が発生する推進力の合力が、2つの推進力作用線201,202の交点において船体2に作用すると見なすことができる。その合力のベクトルRVに沿う直線によって定義される合力作用線203が船体2の旋回中心Gを通るとき、合力は船体2にモーメントを与えないので、船体2を並進移動させることができる。そして、旋回中心Gを通る合力作用線203が船体2の左右方向に平行であれば、船体2を右横移動させることができる。このような状態を実現するようにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの転舵角、前後進運転および出力を制御するのが右横移動制御である。図10A,10Bでは、船体2の前後方向に沿う中心線2a上に旋回中心Gが位置する例を示すが、旋回中心Gの位置は、一般には未知である。
【0089】
同様に、図10Bは、左横移動制御の例を示す。2機の推進機のうち相対的に左側にあるエンジン船外機OMは、シフト位置が前進位置とされ、前進推進力を発生するように制御される。2機の推進機のうち相対的に左側にある電動船外機EMは、後進回転し、後進推進力を発生するように制御される。一方、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMは、互いの後端同士が離れるように転舵され、それらが発生する推進力のベクトルOV,EVをそれぞれ通る直線によって定義される推進力作用線201,202が、平面視において、船体2内で交差するように、それぞれの転舵角が制御される。図10Aの場合と同様に、2つの推進機が発生する推進力の合力が、2つの推進力作用線201,202の交点において船体2に作用すると見なすことができる。その合力のベクトルRVに沿う直線によって定義される合力作用線203が船体2の旋回中心Gを通るとき、合力は船体2にモーメントを与えないので、船体2を並進移動させることができる。そして、旋回中心Gを通る合力作用線203が船体2の左右方向に平行であれば、船体2を左横移動させることができる。このような状態を実現するようにエンジン船外機OMおよび電動船外機EMの転舵角、前後進運転および出力を制御するのが左横移動制御である。
【0090】
図11は、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性の一例を示しており、推進力の発生が指令されてからの推進力の大きさ(出力)の時間変化を示す。電動船外機EMが推進力指令に対して直ちに応答する場合、電動船外機EMの電動モータ61は直ちに回転を始め、その回転速度は速やかに立ち上がる。それに対して、エンジン船外機OMにおいては、推進力指令を受けてから、まず、シフト機構33が作動してシフトインするまでの遅れ時間TDが生じる。さらに、スロットルアクチュエータ37等が作動してエンジン回転速度が立ち上がる特性は、電動船外機EMの電動モータ61の回転速度の立ち上がりよりも緩慢である。よって、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMに対して等しい大きさの推進力の発生が同時に指令されても、それらの推進力がいずれも飽和するまでの立ち上がり期間TRにおいて、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMがそれぞれ発生する推進力の大きさ(出力)には差(出力ギャップ)Δが生じてしまう。したがって、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの両方を用いる制御モードでは、それらの推進力の大きさ(出力)がいずれも飽和する飽和領域PSにおいて安定した船体挙動を得ることができる。このことは、横移動を含む並進移動においても妥当する。
【0091】
横移動を含む並進移動においては、図10を参照して前述したとおり、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMからそれぞれ船体2に作用する推進力の合力のベクトルRVの作用線203が旋回中心Gを通ることが重要である。しかし、図11を参照して説明したとおり、エンジン船外機OMと電動船外機EMとでは、推進力の立ち上がり特性が異なるので、飽和領域PSに至る前の立ち上がり期間TR期間には、電動船外機EMの推進力が過剰(換言すれば、エンジン船外機OMの推進力が過小)であるため、合力のベクトルRVの作用線203は、図12に示すように、旋回中心Gを通らない。より具体的には、横移動の場合に、合力のベクトルRVの作用線203が船体2の左右方向に平行にならない。したがって、合力のベクトルRVは、船体2に対して、旋回中心Gまわりのモーメントを与え、それによって、船体2が回頭する。
【0092】
具体的には、ジョイスティック8を真横に倒して横移動(たとえば右横移動)のための操作を行うと、図13に示すように、その初期には、電動船外機EMの過剰な推進力のために船体2が斜め前方へ移動し、かつ回頭する。たとえば、図13の例では、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMに対する推進力指令は、推進力の大きさを指令する出力指令(出力目標値)がそれぞれ3kNに設定されている。ジョイスティック8の操作直後は、電動船外機EMの出力が速やかに3kNに達するのに対して、エンジン船外機OMの出力は、たとえば1kNであり、その後、徐々に増加していく。そして、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMの推進力の大きさがそれぞれの出力目標値(たとえば3kN)に達して飽和(収束)すると、合力のベクトルRVが船体2の左右方向と平行となり(図10参照)、船体2を真横に並進移動させることができる。しかし、初期に生じる斜め前方への移動および回頭のために、並進移動状態となったときの船体2の移動方向は、船体2の初期姿勢の左右方向に対して傾斜した方向となる。よって、操船者は、横移動操作を中止して、船体位置および方位を修正するためのジョイスティック操作を行う必要がある。
【0093】
図14は、横移動等の並進移動のための操作初期の船体2の回頭を抑制するためにメインコントローラ101が実行する処理の一例を説明するためのフローチャートである。メインコントローラ101は、ジョイスティックユニット18からジョイスティック8の操作信号が入力されると(ステップS1:YES)、制御モードが並進移動モードかどうかを判断する(ステップS2)。並進移動モードであれば(ステップS2:YES)、メインコントローラ101は、推進力整合制御(ステップS3)を実行し、推進力指令および転舵角指令を生成して(ステップS4)、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMに与える。並進移動モードでなければ(ステップS2:NO)、メインコントローラ101は、推進力整合制御(ステップS3)を実行せずに、推進力指令および転舵角指令を生成して(ステップS4)、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMに与える。推進力整合制御(ステップS3)とは、ジョイスティック8の操作信号に応答して、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に電動船外機EMの推進力の立ち上がり特性を整合させるための制御である。
【0094】
並進移動モードとは、ジョイスティック8の傾倒操作(並進移動のための操作)に応答して、ジョイスティック8の傾倒方向に船体2を並進移動させる制御モードであり、前述の横移動制御は、並進移動モードでの制御の一例である。また、ジョイスティックユニット18は、並進指令をメインコントローラ101に入力する並進指令器の一例である。並進移動モードによる制御は、真横への並進移動のための横移動制御だけでなく、斜め前方および斜め後方への並進移動のための制御を含む。いずれの場合も、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMがそれぞれ発生する推進力の合力のベクトルRVが旋回中心Gを通るように、転舵角制御および出力制御が行われる。したがって、並進移動モードでは、メインコントローラ101は、ジョイスティック8の傾倒操作を、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMから同時に推進力を発生させるべき指令と解釈して、推進力整合制御(ステップS3)を実行する。
【0095】
図15は、推進力整合制御の一例を示す。
【0096】
並進移動モードにおいて、時刻t1にジョイスティック8の操作信号が入力されると、メインコントローラ101は、即座に、エンジン船外機OMに推進力指令を与える。推進力指令は、前述のとおり、前進運転または後進運転を指令するシフト指令と、推進力の大きさを指令する出力指令とを含む。エンジン船外機OMは、シフトインに要する遅れ時間TD(図11を併せて参照)の後の時刻t2に推進力を発生し始め、エンジン回転速度の上昇に伴って、その推進力の大きさ(出力)が立ち上がり、時刻t3に出力指令によって指令された大きさの推進力(出力目標値)に到達する(曲線L1参照)。一方、メインコントローラ101が、時刻t1に電動船外機EMに対して推進力指令(シフト指令および出力指令)を与えると、電動船外機EMの推進力の大きさ(出力)は、速やかに立ち上がって曲線L0のような変化を示すので、エンジン船外機OMの推進力との間に出力ギャップΔが生じる。
【0097】
そこで、メインコントローラ101は、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に整合する特性曲線L2に従って電動船外機EMの推進力の立ち上がりを修正する推進力整合制御を実行する。この推進力整合制御は、電動船外機EMの推進力の立ち上がりを遅延させる遅延制御を含む。より具体的には、推進力整合制御は、時刻t1にジョイスティックの操作信号が入力されてから、一定時間T1(遅れ時間TDに実質的に等しい)だけ電動船外機EMへの出力指令を遅延させて、時刻t2に電動船外機に出力指令を与える駆動開始遅延制御(遅延制御の一例)を含む。さらに、推進力整合制御は、出力指令の立ち上がりを鈍らせるためのフィルタ処理(遅延制御の他の例)を含む。フィルタ処理は、推進力の大きさを指令する出力指令の立ち上がり特性を、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がりに整合するように漸増させる、すなわち、鈍らせる処理であり、目標推進力までの立ち上がり遅延させる遅延処理の一種である。
【0098】
これらの処理により、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMが同時に推進力を発生し始め、かつそれらの推進力も立ち上がりも同等になる。よって、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの推進力が出力目標値(目標推進力)到達する前の期間においても、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの推進力の比が保持される。
【0099】
なお、図15には、説明を分かりやすくするために、エンジン船外機OMの出力目標値(目標推進力)と電動船外機EMの出力目標値(目標推進力)とが等しい例を示してあるが、これらは必ずしも等しいわけではない。後述する図16の例でも同様である。
【0100】
フィルタ処理の一つの例は、メインコントローラ101の制御周期の間の出力指令値の変化を所定の変化リミット値に制限するステップフィルタである。ステップフィルタの具体例は次のとおりである。
【0101】
第1ステップ
出力目標値-出力指令値(前回値)≧変化リミット値 であれば、
出力指令値(今回値)=出力指令値(前回値)+変化リミット値 とする。
【0102】
第2ステップ
出力目標値-出力指令値(前回値)<変化リミット値 であれば、
出力指令値(今回値)=出力目標値 として、フィルタ処理を終了する。
【0103】
この処理によって、制御周期ごとの出力指令値の変化は変化リミット値に制限される。したがって、変化リミット値をエンジン船外機OMの推進力の立ち上がりに対応するように適切に設定することにより、電動船外機EMの推進力の立ち上がりをエンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に整合させることができる。
【0104】
フィルタ処理の他の例は、出力指令値の時間変化を鈍らせるローパスフィルタである。具体的には、メインコントローラ101は、次式で表されるローパスフィルタ処理を実行して出力指令値を求め、その出力指令値を含む推進力指令を電動船外機EMのモータコントローラ80に与える。サンプリングレートTsは、制御周期の長さに相当する。
【0105】
y(t)={Ts*x(t)+Tc*y(t-1)}/(Tc+Ts)
x(t):今制御周期tにおける出力目標値
y(t):今制御周期tにおける出力指令値
Ts:サンプリングレート[秒]
Tc:時定数
このローパスフィルタ処理によって、出力指令値の時間変化が鈍らせられる。時定数Tcをエンジン船外機OMの推進力の立ち上がりに対応するように適切に設定することにより、電動船外機EMの推進力の立ち上がりをエンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に整合させることができる。
【0106】
図16は、推進力整合制御の他の例を示す。
【0107】
並進移動モードにおいて、時刻t11にジョイスティックの操作信号が入力されると、メインコントローラ101は、即座に、エンジン船外機OMに推進力指令(シフト指令および出力指令)を与える。エンジン船外機OMは、シフトインに要する遅れ時間TDの後の時刻t12に推進力を発生し始め、エンジン回転速度の上昇に伴って、その推進力が立ち上がり、時刻t13に出力指令によって指令された出力目標値(目標推進力)に到達する(曲線L1参照)。曲線L0は、図15の場合と同じく、推進力整合制御を実行しない場合の電動船外機EMの出力立ち上がり特性である。
【0108】
メインコントローラ101は、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に整合する特性曲線L12に従うように電動船外機EMの推進力の立ち上がりを修正する推進力整合制御を実行する。この推進力整合制御は、時刻t11にジョイスティックの操作信号が入力されてから、一定時間T1(遅れ時間TDに実質的に等しい)だけ電動船外機EMへの出力指令を遅延させて、時刻t12に電動船外機EMに出力指令を与える駆動開始遅延制御(遅延制御の一例)を含む。また、推進力整合制御は、出力指令値を所定時間THだけ一定値に保持する出力保持制御(遅延制御の他の例)を含む。それにより、電動船外機EMが発生する推進力は、特性曲線L12に従う。
【0109】
出力保持制御は、シフトインによってエンジン船外機OMが発生する初期推進力と、出力目標値(目標推進力)との間で定められる中間推進力を所定時間THだけ保持するように出力指令を制限する制限制御である。時刻t14に出力保持制御を終了すると、メインコントローラ101は出力指令を制限することなくモータコントローラ80に与える。それにより、電動船外機EMの推進力が速やかに立ち上がり、時刻t13の近傍で出力目標値(目標推進力)に到達する。
【0110】
駆動開始遅延制御によって、電動船外機EMおよびエンジン船外機OMは実質的に同時に推進力の発生を開始する。その後の出力保持制御が行われる所定時間THの期間の前半は、電動船外機EMの推進力がエンジン船外機OMの推進力よりも大きく、その差が徐々に縮まって、当該期間の後半にはエンジン船外機OMの推進力が電動船外機EMの推進力よりも大きくなる。出力保持制御が終了すると、電動船外機EMの推進力が立ち上がり、それによって、エンジン船外機OMの推進力との大小関係が再び反転する。そして、電動船外機EMの推進力が出力目標値(目標推進力)へと収束していく。このように、出力保持制御を行うことにより、電動船外機EMの推進力の立ち上がり特性が、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に近づけられている。
【0111】
出力保持制御の期間に電動船外機EMが発生する一定の推進力は、予め定める一定値であってもよいし、出力目標値(目標推進力)に応じて定められる値であってもよい。また、出力保持制御によって電動船外機EMの推進力が一定に保持される所定時間THは、予め定める一定の時間であってもよいし、出力目標値(目標推進力)に応じて定められる長さの時間であってもよい。出力保持制御におけるこれらのパラメータは、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMが推進力の発生を開始してからその推進力が飽和する時刻T13までの推進力積分値が適値になるように定められることが好ましい。
【0112】
図16の例では、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの出力目標値(目標推進力)が等しいので、時刻T13までの推進力積分値がエンジン船外機OMと電動船外機EMとでほぼ等しくなるように、出力保持制御のパラメータが定められることが好ましい。エンジン船外機OMと電動船外機EMとの間で出力目標値(目標推進力)が異なる場合には、それらの出力目標値の比と、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの推進力積分値の比とがほぼ等しくなるように、出力保持制御のパラメータが定められることが好ましい。
【0113】
図17は、推進力整合制御による効果を説明するための図であり、横移動制御の際の船体挙動の一例を示す。使用者がジョイスティック8に対して横移動(たとえば右横移動)のための操作を行うと、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMはそれぞれ横移動のための転舵角へと転舵し、かつ横移動のための推進力を発生する。推進力整合制御によって、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMの推進力の立ち上がり特性が整合するので、推進力が立ち上がっていく期間において、エンジン船外機OMの推進力および電動船外機EMの推進力の合力のベクトルRV(図は、終始、左右方向に平行になる。たとえば、図17の例では、エンジン船外機OMおよび電動船外機EMに対する推進力指令は、推進力の大きさを指令する出力指令(出力目標値)がそれぞれ3kNに設定されている。ジョイスティック8の操作直後から、エンジン船外機OMおよび電動船外機の出力が同期して漸増し、実質的に同時に出力目標値の3kNに達する。それにより、合力のベクトルRVが船体2の左右方向と平行となり(図10A参照)、その作用線202が旋回中心Gを通るので、船体2を真横に並進移動させることができる。このように、エンジン船外機OMの推進力および電動船外機EMの推進力は、それらの立ち上がり期間においてもほぼ等しい値となり、ほぼ同じ時刻にそれぞれの目標推進力に到達する。それにより、横移動操作直後に推進力のアンバランスに起因する船体2の回頭が生じることを回避でき、目的とする方向に横移動する船体挙動を実現できる。
【0114】
以上、この発明の一実施形態について説明してきたが、この発明は、以下に例示的に列挙するとおり、さらに他の形態で実施することもできる。
【0115】
前述の実施形態では、メインコントローラ101が推進力整合制御を実行する例を示したが、電動船外機EMのモータコントローラ80に同様の推進力整合制御を行わせることもできる。この場合、メインコントローラ101は、図14の処理は実行せず、代わりに、モータコントローラ80に対して制御モードの情報を与える。モータコントローラ80は、メインコントローラ101の制御モードが並進移動モードかどうかを判断し、並進移動モードであれば、推進力整合制御を実行し、並進移動モードでなければ、推進力整合制御を実行しない。モータコントローラ80は、メインコントローラ101から与えられる推進力指令に応答して電動船外機EMを駆動するときに、エンジン船外機OMの推進力の立ち上がり特性に電動船外機EMの推進力の立ち上がり特性を整合させるように、電動モータ61の駆動信号を制御する。この例では、メインコントローラ101およびモータコントローラ80が、本発明のコントローラに相当する。
【0116】
図15の推進力整合制御では、駆動開始遅延制御およびフィルタ処理の両方を行っているが、これらの一方だけを推進力整合制御として実行してもよい。
【0117】
図16の推進力整合制御では、駆動開始タイミング制御および出力保持制御の両方を行っているが、これらの一方だけを推進力整合制御として実行してもよい。
【0118】
また、出力保持制御(図16参照)の後にフィルタ処理(図15参照)を実行してもよい。この場合に、出力保持制御の前に駆動開始遅延を実行してもよい。
【0119】
前述の実施形態では、エンジン船外機および電動船外機が備えられる船舶推進システムについて説明したが、出力の立ち上がり特性が異なる第1推進機および第2推進機を備える場合にもこの発明を適用できる。この場合、第1推進機および第2推進機の両方を駆動すべきときに、第1推進力立ち上がり特性と第2推進力立ち上がり特性とを整合させる推進力整合制御を実行することにより、前述の実施形態と同様の作用効果を実現できる。たとえば、第1推進機および第2推進機の両方が電動推進機であってもよいし、それらの両方がエンジン推進機であってもよい。また、3機以上の推進機が備えられてもよい。
【0120】
また、推進機の取り付け位置は、船尾3に限らず、たとえば、トローリングモータ等の補助推進機を船首等の船体の他の位置に取り付けてもよい。
【0121】
また、前述の実施形態では、船外機の形態の推進機について説明したが、推進機の形態は、船内機、船内外機(スターンドライブ)、ウォータジェット等の他の形態であってもよい。
【0122】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0123】
1:船舶、2:船体、3:船尾、8:ジョイスティック、18:ジョイスティックユニット、30:エンジン、32:プロペラ、32a:第1プロペラ軸線、60:プロペラ、60a:第2プロペラ軸線、61:電動モータ、80:モータコントローラ、100:船舶推進システム、101:メインコントローラ、102:船内ネットワーク、EM:電動船外機、OM:エンジン船外機
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8A-8B】
図9
図10A-10B】
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17