(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060180
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】細胞培養方法、細胞培養装置、及び培養容器
(51)【国際特許分類】
C12N 5/02 20060101AFI20240424BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
C12N5/02
C12M1/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167361
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154184
【弁理士】
【氏名又は名称】生富 成一
(74)【代理人】
【識別番号】100105795
【弁理士】
【氏名又は名称】名塚 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100187377
【弁理士】
【氏名又は名称】芳野 理之
(72)【発明者】
【氏名】西山 喬晴
(72)【発明者】
【氏名】田中 郷史
(72)【発明者】
【氏名】小関 修
(72)【発明者】
【氏名】戸谷 貴彦
(72)【発明者】
【氏名】和佐野 成亮
(72)【発明者】
【氏名】中園 一紀
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA27
4B029BB11
4B029CC01
4B029DC07
4B029DF05
4B029DF10
4B029DG06
4B029DG08
4B029GA02
4B029GA08
4B029GB10
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BC50
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】 培養容器を用いた細胞培養において、培地交換時の培養容器からスフェアの排出を防止可能とする細胞培養方法を提供する。
【解決手段】 細胞C1,C2と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器10を用いた細胞培養方法であって、培養容器10に培地排出に用いられる排出用ポート12が備えられおり、排出用ポート12を介して培養容器10から培地を排出する際に、培養容器10における排出用ポート12が備えられた端部の水平位置が、排出用ポート12が備えられた端部に対する培養容器10における反対側端部の水平位置よりも高くなるように培養容器10の培養面を傾斜させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器を用いた細胞培養方法であって、
前記培養容器に培地排出に用いられる排出用ポートが備えられており、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出する際に、前記培養容器における前記排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、前記排出用ポートが備えられた前記端部に対する前記培養容器における反対側端部の水平位置よりも高くなるように前記培養容器の培養面を傾斜させる
ことを特徴とする細胞培養方法。
【請求項2】
前記培養容器における前記反対側端部に培地供給に用いられる供給用ポートが備えられており、前記供給用ポートを介して前記培養容器に培地が供給される
ことを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項3】
前記細胞に、スフェアが含まれることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項4】
前記供給用ポートを介して前記培養容器に培地を供給すると共に、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出して、前記培養容器における培地量を一定に保ちつつ、前記培養容器内のスフェアが前記供給用ポート側に移動した状態で、培地の交換を行う
ことを特徴とする請求項3記載の細胞培養方法。
【請求項5】
前記供給用ポートを介して前記培養容器に培地を供給すると共に、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出して、前記培養容器内のスフェアが前記排出用ポート側に移動したときに前記培養容器からの培地の排出を停止し、前記培養容器内のスフェアが前記供給用ポート側に移動したときに前記培養容器からの培地の排出を作動させて、培地の交換を行う
ことを特徴とする請求項3記載の細胞培養方法。
【請求項6】
前記培養容器が、軟包材を用いて形成された培養バッグであることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項7】
前記培養容器の底面に、細胞低接着性ポリマーが塗工されていることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項8】
前記培養容器の培養面を傾斜させる傾斜角度が、0°より大きく35°以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項9】
細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器を備えた細胞培養装置であって、
前記培養容器に培地排出に用いられる排出用ポートが備えられおり、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出する際に、前記培養容器における前記排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、前記排出用ポートが備えられた前記端部に対する前記培養容器における反対側端部の水平位置よりも高くなるように前記培養容器の培養面を傾斜させる傾斜機構を備える
ことを特徴とする細胞培養装置。
【請求項10】
前記培養容器における前記反対側端部に培地供給に用いられる供給用ポートが備えられていることを特徴とする請求項9記載の細胞培養装置。
【請求項11】
前記供給用ポート及び前記排出用ポートにそれぞれ送液手段が備えられると共に、
前記培養容器に充填された前記細胞をモニタリングする観察装置が備えられ、
前記観察装置によりモニタリングされた前記細胞の状態にもとづいて、前記傾斜機構による前記培養容器の培養面の傾斜角度と、前記送液手段による前記培養容器に対する培地の送液速度とを制御する制御装置を備える
ことを特徴とする請求項9又は10記載の細胞培養装置。
【請求項12】
細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器であって、
培地排出に用いられる排出用ポートと培地供給に用いられる供給用ポートを備え、
前記排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、前記供給用ポートが備えられた端部の水平位置よりも高くなるように、培養面が傾斜している
ことを特徴とする培養容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養技術に関し、特に培養容器を用いてスフェアを培養する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、iPS細胞などを培養して分化誘導させ、目的とする細胞を作製するためには、複数且つ様々な種類の培養工程が必要であり、それぞれの工程に応じた各種の培養容器を用いることが必要であった。
例えば、iPS細胞を用いてT細胞を作成する場合、まずiPS細胞を接着細胞用の培養容器に播種して細胞培養が行われ、次いでスフェアを形成させるために、培養面に多数の凹部が形成されたウェルバッグなどを使用して、細胞培養が行われていた。
【0003】
次に、iPS細胞から造血前駆細胞への分化工程において、複数個の細胞からなるスフェアと、スフェアから単離してくる造血前駆細胞等のシングルセル(単個の細胞)とを同時に培養する必要がある。
そこで、スフェアから造血前駆細胞が単離してくるタイミングで、これらを開放系のディッシュに移して、スフェアとシングルセルの共培養が行われていた。
【0004】
この場合、培地交換時において、全細胞をコニカルチューブに回収した後に遠心分離を行って上澄みを排出した後、ディッシュに培地を充填して再度細胞の播種が行われ、細胞培養が繰り返される。そして、培養された造血前駆細胞を回収して、これらをT細胞に分化させるための表面処理がなされた培養容器に移すという操作が行われる。
しかし、このような開放系のディッシュを用いた細胞培養には、コンタミネーションのリスクがあり、また人の手技に依存するという問題があった。
【0005】
そこで、本発明者らは、スフェアとシングルセルの共培養を開放系のディッシュではなく、培養面に低接着処理を施した閉鎖系の培養容器に移して培養し、培地交換時において、培地の供給及び排出のための送液を、ポンプを用いて自動的に行うことによって、コンタミネーションのリスクと、人の手技に依存するという問題を解消しようと試みた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、このような閉鎖系の培養容器を用いてスフェアとシングルセルの共培養を行い、培地の送液を、ポンプを用いて自動的に行う場合には、培地交換時にスフェアが培養容器から容易に排出されてしまうため、造血前駆細胞の作製効率が低くなってしまうという問題があった。
具体的には、後述する実施例で説明するように、培地交換時に培養容器において培地の送液を実施したところ、シングルセルの培養容器内残留率が90%以上であったのに対して、スフェアの培養容器内残留率は70%であった。
【0008】
そこで、本発明者らは鋭意研究して、培養容器を用いた細胞培養において、培地交換時の培養容器からスフェアの排出を防止可能とする細胞培養方法を案出して、本発明を完成させた。
具体的には、培養容器に少なくとも排出用ポートを備えて、培地交換時に排出側のポートが備えられた端部側が高くなるように培養容器の培養面を傾斜させて培地の送液を行うことにより、スフェアの排出を防止しながら培地を交換することに成功した。
【0009】
ここで、特許文献1には、細胞培養用ジグと自動培地交換システムが開示されている。この文献には、細胞培養用ジグに傾斜機構を備え、傾斜機構の保持部を傾斜させることにより培養容器の排出側を下側にして培地を排出させる構成が記載されている。
しかしながら、このような構成によっては、スフェアの排出を防止しながら培地交換を行うことはできない。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、培養容器を用いた細胞培養において、培地交換時の培養容器からスフェアの排出を防止可能とする細胞培養方法、細胞培養装置、及び培養容器の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の細胞培養方法は、細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器を用いた細胞培養方法であって、前記培養容器に培地排出に用いられる排出用ポートが備えられており、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出する際に、前記培養容器における前記排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、前記排出用ポートが備えられた前記端部に対する前記培養容器における反対側端部の水平位置よりも高くなるように前記培養容器の培養面を傾斜させる方法としてある。
【0012】
また、本発明の細胞培養方法は、前記培養容器における前記反対側端部に培地供給に用いられる供給用ポートが備えられており、前記供給用ポートを介して前記培養容器に培地が供給される方法とすることが好ましい。
また、本発明の細胞培養方法は、前記細胞に、スフェアが含まれる方法とすることも好ましい。
【0013】
また、本発明の細胞培養方法は、前記供給用ポートを介して前記培養容器に培地を供給すると共に、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出して、前記培養容器における培地量を一定に保ちつつ、前記培養容器内のスフェアが前記供給用ポート側に移動した状態で、培地の交換を行う方法とすることも好ましい。
【0014】
また、本発明の細胞培養方法は、前記供給用ポートを介して前記培養容器に培地を供給すると共に、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出して、前記培養容器内のスフェアが前記排出用ポート側に移動したときに前記培養容器からの培地の排出を停止し、前記培養容器内のスフェアが前記供給用ポート側に移動したときに前記培養容器からの培地の排出を作動させて、培地の交換を行う方法とすることも好ましい。
【0015】
また、本発明の細胞培養方法は、前記培養容器が、軟包材を用いて形成された培養バッグである方法とすることも好ましい。
また、本発明の細胞培養方法は、前記培養容器の底面に、細胞低接着性ポリマーが塗工されていることも好ましい。
また、本発明の細胞培養方法は、前記培養容器の培養面を傾斜させる傾斜角度が、0°より大きく35°以下である方法とすることも好ましい。
さらに、本発明の細胞培養方法は、上記の細胞培養方法における各構成を様々に組み合わせたものとすることも好ましい。
【0016】
また、本発明の細胞培養装置は、細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器を備えた細胞培養装置であって、前記培養容器に培地排出に用いられる排出用ポートが備えられおり、前記排出用ポートを介して前記培養容器から培地を排出する際に、前記培養容器における前記排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、前記排出用ポートが備えられた前記端部に対する前記培養容器における反対側端部の水平位置よりも高くなるように前記培養容器の培養面を傾斜させる傾斜機構を備える構成とすることが好ましい。
【0017】
また、本発明の細胞培養装置は、前記培養容器における前記反対側端部に培地供給に用いられる供給用ポートが備えられている構成とすることも好ましい。
また、本発明の細胞培養装置は、前記供給用ポート及び前記排出用ポートにそれぞれ送液手段が備えられると共に、前記培養容器に充填された前記細胞をモニタリングする観察装置が備えられ、前記観察装置によりモニタリングされた前記細胞の状態にもとづいて、前記傾斜機構による前記培養容器の培養面の傾斜角度と、前記送液手段による前記培養容器に対する培地の送液速度とを制御する制御装置を備える構成とすることも好ましい。
【0018】
また、本発明の培養容器は、細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器であって、培地排出に用いられる排出用ポートと培地供給に用いられる供給用ポートを備え、前記排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、前記供給用ポートが備えられた端部の水平位置よりも高くなるように、培養面が傾斜している構成としてある。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、培養容器を用いた細胞培養において、培地交換時に培養容器からスフェアの排出を防止可能とする細胞培養方法、細胞培養装置、及び培養容器の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の実施形態に係る細胞培養方法を示す説明図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る細胞培養方法における送液制御の変形例を示す説明図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る細胞培養装置の構成を示す模式図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る細胞培養装置の変形例1の構成を示す模式図である。
【
図5】本発明の実施形態に係る細胞培養装置の変形例2の構成を示す模式図である。
【
図6】本発明の実施形態に係る細胞培養装置の変形例3の構成を示す模式図である。
【
図7】本発明の実施形態に係る細胞培養装置に備える観察装置の構成を示す模式図である。
【
図8】本発明の実施形態に係る細胞培養装置に制御装置を備えた構成を示す模式図である。
【
図9】本発明の実施形態に係る培養容器の構成を示す模式図である。
【
図11】従来の細胞培養方法による培地交換におけるシングルセルとスフェアの容器内残留率等を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の細胞培養方法、細胞培養装置、及び培養容器の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態の具体的な内容に限定されるものではない。
まず、本実施形態の細胞培養方法について、
図1及び
図2を参照して説明する。
図1は、本実施形態の細胞培養方法を示す説明図であり、
図2は、本実施形態の細胞培養方法における送液制御の変形例を示す説明図である。
【0022】
図1に示すように、本実施形態の細胞培養方法は、細胞(スフェアC1,シングルセルC2)と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器10を用いた細胞培養方法であって、培養容器10に培地排出に用いられる排出用ポート12が備えられており、排出用ポート12を介して培養容器10から培地を排出する際に、培養容器10における排出用ポート12が備えられた端部の水平位置が、排出用ポート12が備えられた端部に対する培養容器10における反対側端部の水平位置よりも高くなるように培養容器10の培養面を傾斜させることを特徴とする。
また、本実施形態の細胞培養方法は、培養容器10における上記の反対側端部に培地供給に用いられる供給用ポート11が備えられており、供給用ポート11を介して培養容器10に培地が供給される方法とすることが好ましい。
【0023】
このように、培養容器10内の培地を交換するにあたり、培養容器10の排出用ポート12側が、反対側端部(供給用ポート11側)よりも上側になるように培養容器10の培養面を傾斜させると、培養容器10内においてスフェアを反対側端部(供給用ポート11)側に移動させることができる。
このため、本実施形態の細胞培養方法によれば、スフェアが供給用ポート11から培地と共に排出されてしまうことを防止できる。
【0024】
次に、本実施形態の細胞培養方法における送液制御について説明する。
本実施形態の細胞培養方法は、供給用ポートを介して培養容器に培地を供給すると共に、排出用ポートを介して培養容器から培地を排出して、培養容器における培地量を一定に保ちつつ、培養容器内のスフェアが供給用ポート側に移動した状態で、培地の交換を行うことが好ましい。
【0025】
すなわち、
図1では図示していないが、本実施形態の細胞培養方法において使用する培養容器10の供給用ポート11に接続されるチューブには、供給用ポンプが配設され、培養容器10の排出用ポート12に接続されるチューブには、排出用ポンプが配設されている。
そして、供給用ポンプを作動させて、供給用ポート11を介して培養容器10に培地を供給すると共に、排出用ポンプを作動させて、排出用ポート12を介して培養容器10から培地を排出する。
また、細胞培養における培地交換時に、培養容器10の排出用ポート12側が供給用ポート11側よりも上側になるように、培養容器10の培養面を傾斜する。
【0026】
このとき、培養容器10への培地の供給速度と、培養容器10からの培地の排出速度を同一にすることによって、培養容器10内の培地量を一定に保ちつつ、培地の交換を行うことができる。また、培養容器10が培養バッグである場合は、培養容器10を押圧装置に設置して押圧することにより、培養容器10内の液厚を一定に保ちつつ、培地の交換を行うことができる。
【0027】
また、このように培地を送液している状態において、スフェアC1が、培養容器10の培養面を滑り落ちるように培養面の傾斜角度を設定すると共に、培地の送液速度を決定することが好ましい。
培養面の傾斜角度と培地の送液速度をこのように設定することにより、培養容器10に対して培地を一定の速度で送液した状態で、スフェアC1を供給用ポート11側に移動させることができるため、培地交換時において、スフェアC1が排出用ポート12から排出されることを好適に防止することが可能である。
【0028】
なお、
図1では、培養容器10に供給用ポート11と排出用ポート12の2つのポートが備えられているが、1つのポートのみを備える構成として、その1つのポートを培地の供給と排出を行うためのポートとして用いることもできる。また、例えば、さらにサンプル用ポートを用いるなど、培養容器10に3つ以上のポートを備えて、本実施形態の細胞培養方法を行ってもよい。
【0029】
次に、このような本実施形態の細胞培養方法における送液制御の変形例について、
図2を参照して説明する。
本実施形態の細胞培養方法は、供給用ポートを介して培養容器に培地を供給すると共に、排出用ポートを介して培養容器から培地を排出して、培養容器内のスフェアが排出用ポート側に移動したときに培養容器からの培地の排出を停止し、培養容器内のスフェアが供給用ポート側に移動したときに培養容器からの培地の排出を作動させて、培地の交換を行うことも好ましい。
【0030】
すなわち、この変形例では、培養面の傾斜角度と培地の送液速度が、排出用ポンプの作動時において、スフェアC1が排出用ポート12側に移動し、排出用ポンプの停止時において、スフェアC1が供給用ポート11側に移動するように設定されている。
本変形例において、まず供給用ポンプと排出用ポンプを同時に作動させて、供給用ポート11を介して培養容器10に培地を供給しつつ、排出用ポート12を介して培養容器10から培地を排出する。
【0031】
次に、スフェアC1が排出用ポート12側に移動すると、排出用ポンプを停止して、スフェアC1を供給用ポート11側に移動させる。さらに、スフェアC1が供給用ポート11側に移動すると、排出用ポンプを作動させて、スフェアC1を排出用ポート12側に移動させ、これらの動作を繰り返すように送液制御を行う。
培養面の傾斜角度と培地の送液速度をこのような送液制御を実行するように設定する場合でも、培地交換時において、排出用ポンプの作動と停止を繰り返し制御することにより、培養容器10からスフェアC1が排出されてしまうことを防止することが可能である。
【0032】
ここで、
図10に示すように、従来の細胞培養方法では、培養面が水平面に平行になる(傾斜角度が0°となる)ように培養容器10を配置して、培地交換時に、供給用ポート11側から培地を供給すると共に、排出用ポート12側から培地を排出していた。
この場合、スフェアC1の比較的大きな割合が、排出用ポート12から培地と共に排出されてしまうという問題があった。
【0033】
具体的には、後述する実施例の試験1において詳細に説明するように、iPS細胞のシングルセルを準備すると共に、iPS細胞のシングルセルを1日間培養してスフェアを形成させたものを準備した。そして、培地の供給と排出を同時に行って、培養容器内の培地量を一定に保ちつつ、培地の送液を行った。
その結果、シングルセルの容器内残留率が92.4%であったのに対し、スフェアの容器内残留率は70.0%であった。
【0034】
このように、従来の細胞培養方法によりスフェアとシングルセルの共培養を行うと、培地交換時に、多くのスフェアが失われてしまうため、細胞培養を効率的に行うことが難しいという問題がった。
これに対して、本実施形態の細胞培養方法によれば、上記のとおり、培地交換時において、スフェアが培養容器10から排出されることを防止できるため、細胞培養を効率的に行うことが可能となっている。
【0035】
本実施形態の細胞培養方法において、培養する細胞としては特に制限はないが、例えば、iPS細胞、神経幹細胞、胚性幹細胞などを好適に用いることができ、特にスフェアとシングルセルの共培養を行う必要がある細胞を用いることが好ましい。
なお、本実施形態の細胞培養方法は、スフェアが培養容器10から排出されることを防止可能な方法であればよく、培養容器10内にシングルセルが存在することは、必須ではない。
【0036】
シングルセルの直径は、通常6μm~15μm程度であり、10μm程度のものが多い。1個のスフェアは、約300個から数千個程度のシングルセルを凝集させることによって形成させることができる。このようにして形成されたスフェアの直径は、小さいもので50μm~100μm程度であり、大きいものでは200μm~300μm程度である。なお、後述する実施例の試験2,3では、1300μm以上の巨大なスフェアを作製した。
【0037】
本実施形態の細胞培養方法において、培養容器10の培養面を傾斜させる角度(傾斜角度)は、0°より大きく35°以下であることが好ましい。なお、培養容器の培養面を傾斜させる方法は特に限定はなく、後述の培養容器そのものを傾斜させる方法でも、予め培養面が傾斜するような培養容器を用いる方法でも良い。
すなわち、後述する実施例の試験2に示すように、培養容器10の培養面を僅かでも傾斜させることによって、スフェアが排出用ポート12から排出されることを抑制できることが分かった。
【0038】
また、培地を送液する際の流速を大きくする場合には、それに応じて培養容器10の培養面の傾斜を大きくすることによって、スフェアが排出用ポート12から排出されることを防止することができる。
したがって、培養容器10を傾斜させる傾斜角度の上限は特に限定はされないが、一般的な培地の送液速度であれば傾斜角度は35°以下でよく、上記の傾斜角度の範囲において、スフェアC1が排出用ポート12から排出されることを防止しつつ、培地交換を好適に行うことが可能である。
【0039】
本実施形態の細胞培養方法において、スフェアの排出を防止可能な方法であればよいという観点から、培養容器10の形態は特に限定されず、リジッドな閉鎖系の培養容器であってもよい。
一方、細胞を自動で大量培養する観点から、培養容器10は、軟包材を用いて形成された袋状の培養容器(培養バッグ)であることが好ましい。
【0040】
本実施形態の細胞培養方法において、培養容器10を培養バッグとする場合、その培養バッグは、上面フィルムと下面フィルムの周辺部をヒートシールなどにより貼り合わせることによって形成することができる。その培養バッグ内の底面が、培養面として用いられる。また、このとき上面フィルムと下面フィルムの間に供給用ポート11と排出用ポート12を挟み込んでヒートシールを行うことが好ましい。
【0041】
本実施形態の細胞培養方法において、培養容器10の材料としては、ポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン系樹脂を好適に用いることができる。その他用いることができる材料として、ポリメチルペンテン、環状オレフィンポリマー、環状オレフィンコポリマー、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、ポリメタクリル酸メチル、ポリエステル、ポリアミド、アイオノマー、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-ビニルアルコール共重合体、エチレン-アクリル酸共重合体、エチレン-メタクリル酸共重合体、エチレン-メタクリル酸メチル共重合体、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル、ポリジメチルシロキサン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、ポリブタジエン樹脂、塩化ポリエチレンなどが挙げられる。また、オレフィン系熱可塑性エラストマー、塩化ビニル系熱可塑性エラストマー、スチレン系熱可塑性エラストマー、ウレタン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、ナイロン系熱可塑性エラストマーなどの熱可塑性エラストマーも用いることができる。また、ウレタンゴム、シリコーンゴム、フッ素ゴムなどの熱硬化性エラストマーや、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ウレタン樹脂、熱硬化性ポリイミドなどの熱硬化性樹脂も用いることができる。
【0042】
培養容器10の供給用ポート11と排出用ポート12には、それぞれチューブが接続され、チューブに配設されたポンプなどの送液手段により、各ポートを介して培養容器10への培地の供給と培養容器10からの培地の排出などの培地の送液が行われる。
これらのポートの材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、塩化ビニル、ポリスチレン系エラストマー、FEP(パーフルオロエチレンプロペンコポリマー)などの熱可塑性樹脂を用いることができる。
【0043】
次に、本実施形態の細胞培養装置について、
図3~
図8を参照して説明する。
本実施形態の細胞培養装置は、細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器を備えた細胞培養装置であって、培養容器に培地排出に用いられる排出用ポートが備えられおり、排出用ポートを介して培養容器から培地を排出する際に、培養容器における排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、排出用ポートが備えられた端部に対する培養容器における反対側端部の水平位置よりも高くなるように培養容器の培養面を傾斜させる傾斜機構を備えることを特徴とする。
また、本実施形態の細胞培養装置は、培養容器における上記の反対側端部に培地供給に用いられる供給用ポートが備えられていることが好ましい。
【0044】
具体的には、
図3に示すように、培養容器10には培地(及び図示しないスフェアを含む細胞。以下の変形例において同様。)が充填されており、培養容器10は押圧装置30に設置されて液厚が一定になるように押圧されている。そして、培養容器10が設置された押圧装置30が傾斜機構20上に載置されている。
【0045】
傾斜機構20は、培養容器10の供給用ポート11を支持する支持台21と、培養容器10の排出用ポート12を支持する支持台22を有している。
そして、押圧装置30の底面板31が、傾斜機構20の支持台21と支持台22上に設置されている。
【0046】
この傾斜機構20は、支持台22を昇降させることによって、培養容器10の排出用ポート12側が供給用ポート11よりも上側になるように、培養容器10の培養面を傾斜させたり、あるいは培養容器10の培養面を水平に戻すことができる。
傾斜機構20における支持台22の昇降は、例えば自動ステージ、Zステージ、又はエアシリンダなどによって行うことができる。
【0047】
また、本実施形態の細胞培養装置を、
図4に示す変形例1により構成することも好ましい。
図4において、培養容器10には培地が充填されており、培養容器10は押圧装置30に設置されて液厚が一定になるように押圧されている。そして、培養容器10が設置された押圧装置30の底面板31上における培養容器10の排出用ポート12側の部分に傾斜機構20aが設置されている。
【0048】
この傾斜機構20aは巻き取り装置であり、糸又はフィルム21aが底面板31に固定され、これを巻き取ることによって、培養容器10の排出用ポート12側が供給用ポート11よりも上側になるように、培養容器10の培養面を傾斜させることができる。また、巻き取った糸又はフィルム21aを元に戻すことによって、培養容器10の培養面を水平に戻すことができる。
【0049】
さらに、本実施形態の細胞培養装置を、
図5に示す変形例2により構成することも好ましい。
図5において、培養容器10には培地が充填されており、培養容器10は押圧装置30に設置されて液厚が一定になるように押圧されている。そして、培養容器10が設置された押圧装置30の底面板31における培養容器10の供給用ポート11側の下面に傾斜機構20bの回転軸部21bが固定されている。また、押圧装置30の底面板31における培養容器10の排出用ポート12側の部分は、傾斜機構20bの支持台22b上に載置されている。
【0050】
この傾斜機構20bは回転装置であり、回転軸部21bの回転軸を中心に回転軸部21bを回転させることによって、培養容器10の排出用ポート12側が供給用ポート11よりも上側になるように、培養容器10の培養面を傾斜させることができ、また培養容器10の培養面を水平に戻すことができる。
【0051】
また、本実施形態の細胞培養装置を、
図6に示す変形例3により構成することも好ましい。
図6において、培養容器10には培地が充填されており、培養容器10は押圧装置30に設置されて液厚が一定になるように押圧されている。そして、培養容器10が設置された押圧装置30の底面板31における培養容器10の供給用ポート11と排出用ポート12の中央付近の下面に傾斜機構20cの回転軸部21cが固定されている。
【0052】
この傾斜機構20cも回転装置であり、回転軸部21cの回転軸を中心に回転軸部21cを回転させることによって、培養容器10の排出用ポート12側が供給用ポート11よりも上側になるように、培養容器10の培養面を傾斜させることができ、また培養容器10の培養面を水平に戻すことができる。
【0053】
また、本実施形態の細胞培養装置は、供給用ポート11及び排出用ポート12にそれぞれ送液手段が備えられると共に、培養容器10に充填された細胞をモニタリングする観察装置40が備えられ、観察装置40によりモニタリングされた細胞の状態にもとづいて、傾斜機構20による培養容器10の傾斜角度と、送液手段による培養容器10に対する培地の送液速度とを制御する制御装置を備えることが好ましい。
【0054】
具体的には、
図7に示すように、培養容器10の培養面を水平な状態から傾斜させた場合において、培養容器10の培養面と、観察装置40の光源41とレンズ42を結ぶ直線とが直行する位置関係を維持するように、観察装置40が、培養容器10が配置された押圧装置30に固定されている。そして、観察装置40のデジタルカメラ43により、培養容器10の培養面における細胞の状態をモニタリングすることが可能になっている。
【0055】
また、
図8に示すように、本実施形態の細胞培養装置において、供給用ポート11と培地供給容器50を連通するチューブに供給用ポンプが設置されると共に、排出用ポート12と廃液容器60を連通するチューブに排出用ポンプが設置されている。
さらに、培養容器10の培養面を傾斜させる傾斜機構20と、観察装置40のデジタルカメラ43と、供給用ポンプと、排出用ポンプとが、制御装置70にコードで接続されている。
【0056】
そして、デジタルカメラ43から制御装置70に入力された情報にもとづき培養容器10内のスフェアの状態を判定して、制御装置70によって供給ポンプと排出用ポンプの動作を制御することができ、また傾斜機構20による培養容器10の培養面の傾斜を制御することもできる。
【0057】
具体的には、例えば、スフェアC1が供給用ポート11側に存在している場合、供給用ポンプを作動させる信号を供給用ポンプへ送信して供給用ポンプを作動させると共に、排出用ポンプを作動させる信号を排出用ポンプへ送信して排出用ポンプを作動させ、これらの培地の送液速度を同一にすることによって、培養容器10内の培地量を一定にしつつ(あるいは培養バッグの液厚を一定にしつつ)、培地交換を行うことが可能である。
【0058】
また、例えば、スフェアが排出用ポート12側に移動している場合、排出用ポンプを停止させる信号を排出用ポンプへ送信し、排出用ポンプを停止させることができる。また、スフェアC1が培養面を滑り落ちて供給用ポート11側に移動している場合、排出用ポンプを作動させる信号を排出用ポンプへ送信し、排出用ポンプを作動させることができる。
これによって、培養容器10内においてスフェアC1が排出用ポート12側へ移動したり、供給用ポート11側へ滑り落ちたりすることを繰り返して、排出用ポート12から排出されることを防止することができる。
【0059】
また、制御装置70は、培地交換の開始時には、傾斜機構20に対して、所定の傾斜角度に傾斜させる信号を送信することにより、培養容器10の培養面を傾斜させることができる。また、培地交換の終了時には、傾斜機構20に対して、培養容器10の培養面を水平に戻す信号を送信することにより、培養容器10の培養面を水平に戻すことができる。
このような本実施形態の細胞培養装置によれば、培地交換時に、スフェアC1が培養容器10の排出用ポート12から排出されることを自動的に防止することができ、細胞の培養効率を向上させることが可能になっている。
【0060】
このような本実施形態の細胞培養装置における制御装置70は、情報処理装置を用いて構成することができる。この情報処理装置としては、例えばコンピュータやマイコン、PLC(programmable logic controller,プログラマブルロジックコントローラ)などを用いることができる。制御装置70は、傾斜機構20、観察装置40、供給用ポンプ、及び排出用ポンプを制御するための情報を所定のタイミングで送信することによりそれらの動作を制御することができる。
【0061】
また、本実施形態の培養容器は、細胞と培地が充填され細胞培養が行われる培養容器であって、培地排出に用いられる排出用ポートと培地供給に用いられる供給用ポートを備え、排出用ポートが備えられた端部の水平位置が、供給用ポートが備えられた端部の水平位置よりも高くなるように、培養面が傾斜していることを特徴とする。
具体的には、
図9に示すように、培養容器10’の培養面を傾斜した構成とし、培養面の排出用ポート12’側が供給用ポート11’側よりも上側に配置されたものとすることが好ましい。
【0062】
このような本実施形態の培養容器によれば、培地交換時において、培養容器からスフェアが排出されることを防止できるという本実施形態の細胞培養方法と同様の効果を得ることが可能である。
なお、本実施形態の培養容器は、上記のような傾斜した培養面が備えられていればよく、その他の部分の形状や、ポートの位置については特に限定されず、適宜設定することができる。
【0063】
以上説明したように、本実施形態の細胞培養方法、細胞培養装置、及び培養容器によれば、培養容器を用いた細胞培養において、培地交換時に培養容器からスフェアが排出されることを防止できる。
このため、例えばiPS細胞から各種細胞への分化誘導の工程などにおいて、スフェアとシングルセルを同時に好適に培養することができ、細胞の培養効率を向上させることが可能である。
【実施例0064】
以下、本発明の細胞培養方法、細胞培養装置、及び培養容器の効果等を確認するために行った試験について説明する。
【0065】
[試験1]
まず、従来の細胞培養方法によっては、培地交換時に、培養容器からスフェアの比較的多くの割合が排出されてしまう問題があることを確認するための試験を行った。
具体的には、接着細胞用の組織培養用マイクロプレート(イワキ株式会社)を用いて、iPS細胞の接着培養を7日間行った。
【0066】
次に、培養されたiPS細胞をTryPLE(Thermo Fisher Scientific社)の酵素処理によってマイクロプレートから剥離し、Y-27632(富士フイルム和光純薬株式会社)を終濃度10μMとなるように添加したStemFit培地(味の素株式会社)に懸濁することによって、iPS細胞のシングルセルを調製した。
調製されたシングルセルを細胞低接着処理がされたウェル付培養バッグ(東洋製罐グループホールディングス社作製)に播種して1日間培養を行うことにより、細胞を凝集させて、スフェアを作製した。
【0067】
また、培養容器として底面に細胞低接着処理がされたフラット培養バッグ(東洋製罐グループホールディング社作製)を準備し、この培養容器に上記のシングルセルとスフェアを充填した。このとき、シングルセルの個数は、902万cellsであり、スフェア数は、14,894個であった。
この培養容器を押圧装置に設置して押圧し、培養容器の供給用ポートと培地供給容器を連通するチューブに供給用ポンプを設置し、培養容器の排出用ポートと廃液容器を連通するチューブに排出用ポンプを設置した。
【0068】
そして、供給用ポンプと排出用ポンプを同時に作動させ、培養容器における培地の液厚を2mmに保った状態で、培養容器に培地を流速0.2mL/分の速度で90分間送液した。
その結果、
図11に示すように、90分間送液後における培養容器内のシングルセルの個数は、834万cellsであり、スフェア数は、10,428個であった。
【0069】
したがって、培養容器におけるシングルセルの残留率は、92.4%であり、スフェアの残留率は、70.0%であった。
このように、従来の細胞培養方法によれば、培地交換時において、比較的多くの割合のスフェアが培養容器から排出されてしまうことが確認された。
【0070】
[試験2]
次に、培養容器の培養面を傾斜させた場合に、スフェアが傾斜に沿って培養面を滑り落ちる(落下する)下限の傾斜角度を確認するための試験を行った。
具体的には、iPS細胞のシングルセルを試験1と同様にして調製した。
そして、このiPS細胞をマイクロウェル(PrimeSurface96U,住友ベークライト)に1ウェルあたり30万個(cells/well)となるように播種し、2日間培養してスフェアを作製した。これによって、比較的サイズの大きいスフェアを得た。得られたスフェアの直径は、1300μm~1380μmであった。
【0071】
作製したスフェアを底面に細胞低接着処理がされたフラット培養バッグ(東洋製罐グループホールディング社作製)に充填して、この培養容器を押圧装置に配置して押圧した。また、押圧装置に観察装置を固定した。
そして、培養容器の培養面の傾斜角度を0°、0.5°、2°として、培養容器の培養面を押圧装置ごと傾斜させて、スフェアが培養面の傾斜に沿って落下するかを観察装置によりモニタリングした。
【0072】
その結果、傾斜角度が0°の場合は、スフェアの落下は観察されなかった。一方、傾斜角度が0.5°と2°の場合は、スフェアの落下が観察された。
すなわち、傾斜角度が0.5°という非常に小さい傾斜角度でもスフェアの落下が観察されており、傾斜角度の下限は0.5°未満であることが分かった。
【0073】
[試験3]
次に、本実施形態の細胞培養装置を使用して、培養容器の培養面を傾斜させた状態で培地の送液を行い、培養容器の培養面の傾斜角度とスフェアが排出されない送液速度を確認するための試験を行った。
【0074】
具体的には、試験2と同様にして、スフェアを作製して底面に細胞低接着処理がされたフラット培養バッグ(東洋製罐グループホールディング社作製)に充填し、この培養容器を押圧装置に配置して押圧した。また、押圧装置を培養顕微鏡(CKX53,オリンパス株式会社)で観察できるように配置した。さらに、培養容器の供給用ポートと培地供給容器を連通するチューブに供給用ポンプを設置し、培養容器の排出用ポートと廃液容器を連通するチューブに排出用ポンプを設置した。
そして、供給用ポンプと排出用ポンプを同時に作動させ、培地の供給と排出を同じ流速で行うことによって、液厚を一定に維持しながら送液を行った。
【0075】
このとき、送液の開始から2~3分後にスフェアが排出用ポート側に移動していたら「スフェアが排出される(×)」、供給用ポート11側に移動していたら「スフェアが排出されない(○)」と判定した。
また、「スフェアが排出される(×)」と判定された場合は、流速を落として同様に試験を行い、「スフェアが排出されない(○)」と判定された場合は、流速を上げて同様に試験を行った。これによって、各傾斜角度について、「スフェアが排出される(×)」と判定される流速と、「スフェアが排出されない(○)」と判定される流速を決定した。その結果を表1に示す。
【0076】
【0077】
表1に示されるように、傾斜角度が大きくなるほど、「スフェアが排出されない(○)」と判定された流速が大きくなっている。本試験で使用した送液手段の最大流速は7.2mL/分であるところ、この流速で送液したときでも、傾斜角度を35°以上にすれば、培養容器からスフェアが排出されることなく、培地交換を行えることが明らかとなった。
したがって、培養容器の培養面の傾斜角度を0°より大きく、35°以下にすれば、培養容器からスフェアが排出されることなく培地交換を行えるように、培地の送液速度を容易に制御することができることが分かった。
【0078】
[試験4]
次に、比較的小さいサイズのスフェアを作製し、試験3と同様に、本実施形態の細胞培養装置を使用して、培養容器の培養面を傾斜させた状態で培地の送液を行い、培養容器の培養面の傾斜角度とスフェアが排出されない送液速度を確認するための試験を行った。
【0079】
具体的には、iPS細胞のシングルセルを試験1と同様にして調製した。
そして、このiPS細胞をウェル付培養バッグ(東洋製罐グループホールディングス社作製)に1ウェルあたり56個(cells/well)となるように播種し、2日間培養してスフェアを作製した。これによって、比較的サイズの小さいスフェアを得た。得られたスフェアの直径は、80μm~100μmであった。
【0080】
次に、得られたスフェアを底面に細胞低接着処理がされたフラット培養バッグ(東洋製罐グループホールディング社作製)に充填して、この培養容器を押圧装置に配置して押圧した。また、押圧装置に観察装置を固定した。さらに、培養容器の供給用ポートと培地供給容器を連通するチューブに供給用ポンプを設置し、培養容器の排出用ポートと廃液容器を連通するチューブに排出用ポンプを設置した。
そして、供給用ポンプと排出用ポンプを同時に作動させ、培地の供給と排出を同じ流速で行うことによって、液厚を一定に維持しながら送液を行った。
【0081】
このとき、試験3と同様に、送液の開始から2~3分後にスフェアが排出用ポート側に移動していたら「スフェアが排出される(×)」、供給用ポート11側に移動していたら「スフェアが排出されない(○)」と判定して試験を行い、各傾斜角度について、「スフェアが排出される(×)」と判定される流速と、「スフェアが排出されない(○)」と判定される流速を決定した。その結果を表2に示す。
【0082】
【0083】
表2に示されるように、本試験で使用した比較的小さいサイズのスフェアは、試験3で使用した比較的大きいサイズのスフェアよりも排出されやすく、同じ傾斜角度であっても、スフェアの排出防止に適切な流速が小さいことが分かった。
すなわち、培養容器の培養面の傾斜角度が、10°以下や0.5°といった小さい角度であっても、培地交換時における培地の流速を小さくすれば、培養容器からスフェアが排出さることを防止しつつ、培地交換を行えることが分かった。
【0084】
本発明は、以上の実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
例えば、本実施形態の細胞培養装置において、傾斜機構として実施形態で示したもの以外のその他の構成のものを用いるなど適宜変更することが可能である。