(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060213
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/50 20060101AFI20240424BHJP
B01J 20/281 20060101ALI20240424BHJP
B01J 20/29 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
G01N30/50
B01J20/281 X
B01J20/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167434
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】福田 大祐
(72)【発明者】
【氏名】大西 崇文
(72)【発明者】
【氏名】大西 敦
(57)【要約】
【課題】セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)を不斉識別剤として含むカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を改善する方法を提供する。
【解決手段】カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を改善する方法であって、担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含み、前記処理が、下記(A)又は下記(B)である、カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
(A)前記固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。
(B)前記固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を改善する方法であって、
担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含み、
前記処理が、下記(A)又は下記(B)である、カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
(A)前記固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。
(B)前記固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
【請求項2】
前記(A)が、前記固定相が充填されたカラムに前記ジアルキルエーテルを通液させる処理である、請求項1に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項3】
前記ジアルキルエーテルが、メチル-tert-ブチルエーテルである、請求項1又は2に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項4】
前記(B)が、前記固定相が充填されたカラムに前記第1のアルコールを通液した後、カラムを封止した状態で前記カラムを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で加熱する処理である、請求項1に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項5】
前記第1のアルコールが、メタノール、エタノール、及びn-ブタノールからなる群より選択される1種以上である、請求項1又は4に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項6】
前記分離性能改善工程における前記処理が、前記(B)である、請求項1に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項7】
前記分離性能改善工程の後に、前記固定相と炭素数1以上4以下の第3のアルコールとを接触させる後処理工程をさらに含む、請求項1~6のいずれか1項に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項8】
前記後処理工程における前記固定相と前記第3のアルコールとの接触が、前記固定相が充填されたカラムに前記第3のアルコールを通液させることにより行われる、請求項7に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項9】
前記通液における第3のアルコールの流速(線速度)が、0.01mm/sec以上10.0mm/sec以下である、請求項8に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項10】
前記第3のアルコールが、メタノール、エタノール、及びイソプロパノールからなる群から選択される1種以上のアルコールである、請求項7~9のいずれか1項に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項11】
前記分離性能改善工程の前に、前記固定相と炭素数1以上4以下の第2のアルコールとを接触させる前処理工程をさらに含む、請求項1~10のいずれか1項に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項12】
前記前処理工程における前記固定相と前記第2のアルコールとの接触が、前記固定相が
充填されたカラムに前記第2のアルコールを通液させることにより行われる、請求項11に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
【請求項13】
カラムクロマトグラフィー用固定相の製造方法であって、
担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる被処理固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含み、
前記処理が、下記(A)又は下記(B)であり、
下記(a)~(c)を満たす、カラムクロマトグラフィー用固定相の製造方法。
(A)前記被処理固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。
(B)前記被処理固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
(a)前記分離性能改善工程により分離性能の改善した固定相の分離係数(α)が、前記被処理固定相の分離係数よりも高い。
(b)前記分離性能改善工程により分離性能の改善した固定相のカラム理論段数(N)が、前記被処理固定相のカラム理論段数よりも高い。
(c)前記分離性能改善工程により分離性能の改善した固定相の分離度(R)が、前記被処理固定相の分離度よりも高い。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの化学物質、特に有機化合物には物理的性質又は化学的性質(例えば、沸点、融点、及び溶解度等)が完全に同一であるが、生体に及ぼす影響、すなわち生理活性の異なる化合物が存在する。その代表例として光学異性体がある。生理活性の相違において、特に医薬品分野においては、この光学異性体間での薬効、毒性、代謝、及び分布の差異が顕著にみられる場合がある。そのため、医薬品の安全性を確保すべく、厚生省では1985年度版の医薬品製造指針において光学異性体は生体内では全く別種の化合物として考えるべき、との考えを打ち出している。これを受け、医薬品分野では、光学異性体を分離及び分析する必要性が強く求められていた。
【0003】
しかしながら、上述したように、物理的性質又は化学的性質が全く同一である場合には、化合物を認識又は分離するための古典的な手法、例えば、沸点差を利用する蒸留、溶解度差を利用する再結晶、分配係数差を利用する液液抽出、及び固液抽出等の手法で光学異性体分離を行うことは不可能である。
【0004】
そこで、分離が極めて困難な光学異性体の分離達成のため、分離対象とは異なる光学活性体をキラルセレクター(不斉識別剤)として光学異性体に作用させ、光学活性体と光学異性体との相互作用の差によって各異性体を認識及び分離する方法が開発されてきた(特許文献1、非特許文献1)。
【0005】
そのために、数多くのキラルセレクターが検討されてきた。現在、世界で最も広く使用され、最も高い分離成功率を達成できるキラルセレクターは、高分子材料である多糖誘導体とされている(特許文献2~5、非特許文献2)。近年、この不斉識別剤を充填した分析用カラムを用い、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)モード、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)法クロマトグラフィーモード等で、光学異性体分離を実施する手法が分析分野において多用されている。また、分析用カラムを大型化した分取用カラムによって実際の医薬品が製造されている。
【0006】
分析用カラムは、光学異性体の光学純度、すなわち、分析試料に含まれる各光学異性体の比率及び組成を特定することを目的とするものである。分析カラムは、数多く(通例、数百~数千)のサンプルを分析するうちに性能が劣化するところ、従来は、一定の性能の低下又は変化が生じた時点で寿命として破棄されることが一般的であった。カラムの寿命は、使用条件によっても変動し、想定よりも早く寿命が尽きる場合も多い。そのため、カラムの寿命を延ばす方法の開発が望まれている。
【0007】
最近では、性能が劣化したカラムに特定の溶剤を通液することで、カラム性能を改善させる手法も試みられている。例えば、特許文献6には、シリカゲルにセルロース(4-メチルベンゾエート)が担持されてなる固定相が充填されたカラムにジクロロメタンを通液する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭63-056208号公報
【特許文献2】特公平04-029649号公報
【特許文献3】特公平04-030376号公報
【特許文献4】特公昭63-012850号公報
【特許文献5】特公平05-004377号公報
【特許文献6】国際公開第2021/210661号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】PHARM TECH JAPAN, 11, 1311 (1955)
【非特許文献2】Chem. Rev. 2016, 116, 3, 1094
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献6に記載の方法によれば、セルロース(4-メチルベンゾエート)を含む固定相の分離性能を改善することが可能である。しかしながら、分離性能を改善させることのできる溶剤と不斉識別剤との組み合わせを選定することは、容易ではない。例えば、構造が酷似する複数種の不斉識別剤において、一の分離性能を改善し得る溶剤が、他の分離性能の改善には有効でないケースも多い。さらには、溶剤の流速又は通液量によって、分離性能の改善効果に影響を与える場合もある。そのため、不斉識別剤と、それに適した分離性能改善の条件との関係については、未だ明らかとなっていない。
【0011】
本開示は、セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)を不斉識別剤として含むカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を改善する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明者等は鋭意検討を重ねた。その結果、不斉識別剤としてセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)を用いた固定相においては、固定相を特定条件で処理することにより、固定相の分離性能が改善し、上記課題を解決できることを見出した。すなわち、本開示の要旨は、以下のとおりである。
【0013】
〔1〕
カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を改善する方法であって、
担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含み、
前記処理が、下記(A)又は下記(B)である、カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
(A)前記固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。
(B)前記固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
〔2〕
前記(A)が、前記固定相が充填されたカラムに前記ジアルキルエーテルを通液させる処理である、〔1〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔3〕
前記ジアルキルエーテルが、メチル-tert-ブチルエーテルである、〔1〕又は〔2〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔4〕
前記(B)が、前記固定相が充填されたカラムに前記第1のアルコールを通液した後、カラムを封止した状態で前記カラムを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で加熱する処理である、〔1〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔5〕
前記第1のアルコールが、メタノール、エタノール、及びn-ブタノールからなる群より選択される1種以上である、〔1〕又は〔4〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔6〕
前記分離性能改善工程における前記処理が、前記(B)である、〔1〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔7〕
前記分離性能改善工程の後に、前記固定相と炭素数1以上4以下の第3のアルコールとを接触させる後処理工程をさらに含む、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔8〕
前記後処理工程における前記固定相と前記第3のアルコールとの接触が、前記固定相が充填されたカラムに前記第3のアルコールを通液させることにより行われる、〔7〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔9〕
前記通液における第3のアルコールの流速(線速度)が、0.01mm/sec以上10.0mm/sec以下である、〔8〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔10〕
前記第3のアルコールが、メタノール、エタノール、及びイソプロパノールからなる群から選択される1種以上のアルコールである、〔7〕~〔9〕のいずれかに記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔11〕
前記分離性能改善工程の前に、前記固定相と炭素数1以上4以下の第2のアルコールとを接触させる前処理工程をさらに含む、〔1〕~〔10〕のいずれかに記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔12〕
前記前処理工程における前記固定相と前記第2のアルコールとの接触が、前記固定相が充填されたカラムに前記第2のアルコールを通液させることにより行われる、〔11〕に記載のカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法。
〔13〕
カラムクロマトグラフィー用固定相の製造方法であって、
担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる被処理固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含み、
前記処理が、下記(A)又は下記(B)であり、
下記(a)~(c)を満たす、カラムクロマトグラフィー用固定相の製造方法。
(A)前記被処理固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。
(B)前記被処理固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上前記第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
(a)前記分離性能改善工程により分離性能の改善した固定相の分離係数(α)が、前記被処理固定相の分離係数よりも高い。
(b)前記分離性能改善工程により分離性能の改善した固定相のカラム理論段数(N)が、前記被処理固定相のカラム理論段数よりも高い。
(c)前記分離性能改善工程により分離性能の改善した固定相の分離度(R)が、前記被処理固定相の分離度よりも高い。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)を不斉識別剤として含むカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を改善する方法を提供す
ることができる。
そして本開示の課題及び効果は、具体的に上記に記載したものに限らず、明細書全体より当業者に明らかにされるものを含む。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】ピーク対称性の算出に係る要素を説明するためのピークの模式図である。
【
図2】分離度の算出に係る要素を説明するためのピークの模式図である。
【
図3】実施例1における、固定相の初期分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図4】実施例1における、劣化試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図5】実施例1における、分離性能改善試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図6】実施例2における、固定相の初期分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図7】実施例2における、劣化試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図8】実施例2における、分離性能改善試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図9】比較例1における、固定相の初期分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図10】比較例1における、劣化試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図11】比較例1における、分離性能改善試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図12】比較例2における、固定相の初期分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図13】比較例2における、劣化試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【
図14】比較例2における、分離性能改善試験後の固定相の分離性能を示すクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本開示について具体的な実施形態を挙げて説明するが、各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は、一例であって、本開示の主旨から逸脱しない範囲内で、適宜、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。本開示は、実施形態によって限定されるものではない。
また、本明細書に開示される各々の態様は、本明細書に開示される他のいかなる特徴とも組み合わせることができる。
【0017】
1 カラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法
本開示の一実施形態であるカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能改善方法は、担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含む。
【0018】
本実施形態において、分離性能を改善する固定相は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)、及びイオン交換クロマトグラフィー(IEC)等の各種カラムクロマトグラフィーに用いられるものである。
【0019】
1.1 分離性能改善工程
本実施形態において、分離性能改善工程は、担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を有機溶剤で処理する工程である。ここでいう処理とは、下記(A)又は下記(B)(以下、それぞれ、「処理(A)」又は「処理(B)」と称することがある。)であり、好ましくは下記(B)である。
(A)固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。
(B)固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
【0020】
1.1.1 固定相
本実施形態における固定相は、不斉識別剤としてセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)を有し、前記不斉識別剤が担体に担持されてなるものである。
【0021】
担体としては、多孔質有機担体、多孔質無機担体、多孔質有機無機複合担体、表面多孔質有機担体、表面多孔質無機担体、及び表面多孔質有機無機ハイブリッド担体等が挙げられる。これらのうち、担体は、多孔質無機担体又は表面多孔質無機担体であることが好ましい。なお、多孔質担体とは、担体全体にわたって細孔が形成されている担体を意味し、表面多孔質担体とは、無孔質の核が多孔質層に覆われた構造を有する所謂コアシェル担体を意味する。
【0022】
多孔質有機担体としては、ポリスチレン、ポリ(メタ)アクリルアミド、及びポリ(メタ)アクリル酸エステル等が挙げられる。また、多孔質無機担体としては、シリカ、アルミナ、マグネシア、ガラス、カオリン、酸化チタン、酸化ジルコニウム、ケイ酸塩、及びヒドロキシアパタイト等が挙げられ、好ましくはシリカゲルである。多孔質有機無機複合担体としては、アルコキシシランとアルキル置換又はアレキレン置換アルコキシシラン化合物とのゾルゲル反応によって形成される有機無機複合担体が挙げられる。
【0023】
不斉識別剤であるセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)は、セルロースの水酸基の一部又は全部が3-クロロ-4-メチルフェニルカルバモイル基により修飾されたものであれば、特に限定されないが、好ましくはセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)である。
【0024】
セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)は、架橋物の態様で使用してもよい。セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)の架橋物とは、セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)同士が架橋により高分子化及び不溶化したものである。当該架橋は、架橋剤、架橋触媒、又はこれら両方による架橋であってよい。
【0025】
セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)の架橋物は、セルロースの水酸基の全部が3-クロロ-4-メチルフェニルカルバモイル基により修飾された化合物(すなわち、セルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート))の架橋物であってもよく、セルロースの水酸基の一部が3-クロロ-4-メチルフェニルカルバモイル基により修飾され、かつ、セルロースの水酸基の一部に架橋性基が導入された化合物の架橋物であってもよい。
【0026】
セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)(架橋物においては、架橋前のもの)のセルロース部の数平均重合度(1分子中に含まれるピラノース環の平均数)は、好ましくは5以上、より好ましくは10以上であり、また、特に上限はないが、取り扱い性の観点から、好ましくは1,000以下である。すなわち、セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)のセルロース部の数平均重合度の好ましい範囲としては、5以上1,000以下、及び10以上1,000以下の範囲が挙げられる。
【0027】
セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)は、担体を被覆するように形成されている。また、セルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)は、担体表面の官能基又は表面処理により担体表面に導入された官能基を介して担体に連
結されていてもよい。また、前記連結は、例えば連結剤及び架橋剤等を介して行われたものであってもよい。
【0028】
1.1.2 処理(A)
処理(A)は、炭素数4以上10以下のジアルキルエーテル(以下、単に「ジアルキルエーテル」と称することがある。)を有機溶剤として用いた固定相の処理に関する。より具体的には、処理(A)は、固定相とジアルキルエーテルとを接触させる処理である。
【0029】
ジアルキルエーテルとしては、ジエチルエーテル、メチルイソブチルエーテル、メチルtert-ブチルエーテル、エチルプロピルエーテル、エチルイソプロピルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、エチルtert-ブチルエーテル、プロピルtert-ブチルエーテル、ジ-n-ブチルエーテル、ジイソブチルエーテル、ジ-n-ペンチルエーテル、及びtert-ブチルヘキシルエーテル等が挙げられる。これらのうち、ジアルキルエーテルは、高い分離性能改善効果が得られる点で、メチルtert-ブチルエーテルであることが好ましい。
【0030】
固定相とジアルキルエーテルとを接触させる方法は、特に限定されず、例えば固定相が充填されたカラムにジアルキルエーテルを通液させる方法を好適に採用することができる。
【0031】
ジアルキルエーテルの通液は、連続的に行ってもよく、断続的に行ってもよいが、連続的に行うことが好ましい。ジアルキルエーテルの断続的な通液とは、ジアルキルエーテルの通液において、通液を一時的に停止することによりカラム内で固定相をジアルキルエーテルに浸漬させ、この浸漬状態を一定時間保持した後に通液を再開する操作が1回以上行われるものを意味する。
【0032】
ジアルキルエーテルの流速(線速度)は、カラム圧力を、試料の分析において許容されるカラム圧力範囲と同等の範囲内に維持することができる限り特に制限されない。例えば、試料分析の際に、カラムが許容される圧力が50MPa(500kg/cm2)以下の場合は、カラム圧力が50MPa以下となるように流速の上限を調整すればよい。カラム内の圧力は、固定相の粒子サイズ、ジアルキルエーテルの粘度等に左右されるため、これらの要素を考慮しながらジアルキルエーテルの流速の上限を適宜決定すればよい。一方、ジアルキルエーテルの流速の下限は特に限定されず、通常0mm/sec超である。
【0033】
ジアルキルエーテルの通液量は、カラム容積に対して、好ましくは1倍以上であり、高い分離性能改善効果が得られる点で、より好ましくは2倍以上、5倍以上、又は10倍以上である。また、ジアルキルエーテルの通液量に上限はないが、実用上の観点から、カラム容積に対して、好ましくは1,000倍以下、より好ましくは500倍以下、100倍以下、又は50倍以下である。すなわち、ジアルキルエーテルの通液量の好ましい範囲としては、例えばカラム容積に対して1倍以上1,000倍以下、2倍以上500倍以下、5倍以上100倍、及び10倍以上50倍以下の範囲が挙げられる。
【0034】
ジアルキルエーテルの通液時間は、ジアルキルエーテルの流速及び通液量に応じて適宜選択すればよい。ただし、カラムにジアルキルエーテルを断続的に通液する場合は、ジアルキルエーテルの通液時間は、高い分離性能改善効果が得られる点で、好ましくは15分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは60分以上であり、また、好ましくは300分以下、より好ましくは180分以下である。すなわち、カラムにジアルキルエーテルを断続的に通液する時間の好ましい範囲としては、例えば15分以上300分以下、30分以上300分以下、及び60分以上180分以下の範囲が挙げられる。
【0035】
固定相とジアルキルエーテルとを接触させる際の温度は、ジアルキルエーテルが液体として存在する限り特に制限されず、好ましくは0℃以上、より好ましくは室温である。
なお、本明細書において、室温とは、15℃以上35℃以下の温度範囲を意味する。また、カラムオーブンを具備するカラムクロマトグラフ装置においては、カラムオーブンの設定温度を、固定相とジアルキルエーテルとを接触させる際の温度とする。
【0036】
1.1.3 処理(B)
処理(B)は、炭素数1以上4以下の第1のアルコール(以下、単に「第1のアルコール」と称することがある。)を有機溶剤として用いた固定相の処理に関する。より具体的には、処理(B)は、固定相と第1のアルコールとを40℃以上第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理である。
【0037】
第1のアルコールとしては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、及びイソブタノール等が挙げられる。これらのうち、第1のアルコールは、高い分離性能改善効果が得られる点で、メタノール、エタノール、及びn-ブタノールからなる群より選択される1種以上であることが好ましく、メタノールであることがより好ましい。
【0038】
固定相と第1のアルコールとを40℃以上第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる方法は、特に限定されず、例えば固定相が充填されたカラムに第1のアルコールを通液した後、カラムを封止した状態でカラムを所定温度に加熱する方法(方法I);固定相が充填されたカラムに第1のアルコールを通液しながら、カラムを所定温度に加熱する方法(方法II);及び所定温度に加熱した第1のアルコールを固定相が充填されたカラムに通液させる方法(方法III);等を好適に採用することができる。これらのうち、高い分離性能改善効果が得られる点及び第1のアルコールの使用量を抑制できる点で、方法Iがより好ましい。
【0039】
方法I及び方法IIにおいて、カラムを加熱する方法は、温度コントロールが容易である点で、カラムクロマトグラフ装置に備え付けられたカラムオーブンを用いて加熱する方法であることが好ましい。なお、カラムオーブンによりカラムを加熱する場合は、カラムオーブンの設定温度を、固定相と第1のアルコールとを接触させる際の温度とする。
【0040】
方法I~方法IIIにおいて、固定相と第1のアルコールとを接触させる際の温度は、通常40℃以上であり、高い分離性能改善効果が得られる点で、好ましくは45℃以上、より好ましくは50℃以上である。また、固定相と第1のアルコールとを接触させる際の温度は、第1のアルコールの沸点以下であり、好ましくは第1のアルコールの沸点よりも3℃以上低い温度以下である。すなわち、固定相と第1のアルコールとを接触させる際の温度の好ましい範囲としては、例えば40℃以上第1のアルコールの沸点よりも3℃以上低い温度以下、45℃以上第1のアルコールの沸点以下、及び50℃以上第1のアルコールの沸点以下の範囲が挙げられる。具体例を示すと、第1のアルコールとしてメタノール(沸点64.7℃)を使用する場合の好適な温度範囲としては、例えば40℃以上64.7℃以下、45℃以上61.7℃以下、及び50℃以上60℃以下の範囲が挙げられる。
なお、本明細書において、第1のアルコールの沸点とは、大気圧における沸点を意味する。また、カラムオーブンを具備するカラムクロマトグラフ装置においては、カラムオーブンの設定温度を、固定相と第1のアルコールとを接触させる際の温度とする。
【0041】
方法I~方法IIIにおいて、第1のアルコールの通液は、連続的に行ってもよく、断続的に行ってもよいが、連続的に行うことが好ましい。第1のアルコールの断続的な通液とは、第1のアルコールの通液において、通液を一時的に停止することによりカラム内で固定相を第1のアルコールに浸漬させ、この浸漬状態を一定時間保持した後に通液を再開
する操作が1回以上行われるものを意味する。
【0042】
方法I~方法IIIにおいて、第1のアルコールの流速(線速度)は、カラム圧力を、試料の分析において許容されるカラム圧力範囲と同等の範囲内に維持することができる限り特に制限されない。例えば、試料分析の際に、カラムが許容される圧力が50MPa(500kg/cm2)以下の場合は、カラム圧力が50MPa以下となるように流速の上限を調整すればよい。カラム内の圧力は、固定相の粒子サイズ、第1のアルコールの粘度等に左右されるため、これらの要素を考慮しながら第1のアルコールの流速の上限を適宜決定すればよい。一方、第1のアルコールの流速の下限は特に限定されず、通常0mm/sec超である。
【0043】
方法I~方法IIIにおいて、第1のアルコールの通液量は、カラム容積に対して、好ましくは1倍以上であり、十分な分離性能改善効果を得る観点から、より好ましくは2倍以上、5倍以上、又は10倍以上である。また、第1のアルコールの通液量に上限はないが、実用上の観点から、カラム容積に対して、好ましくは1,000倍以下、より好ましくは500倍以下、100倍以下、又は50倍以下である。すなわち、第1のアルコールの通液量の好ましい範囲としては、例えばカラム容積に対して1倍以上1,000倍以下、2倍以上500倍以下、5倍以上100倍、及び10倍以上50倍以下の範囲が挙げられる。
【0044】
方法Iにおいて、第1のアルコールの通液時間は、第1のアルコールの流速及び通液量に応じて適宜選択すればよい。ただし、カラムに第1のアルコールを断続的に通液する場合は、第1のアルコールの通液時間は、高い分離性能改善効果が得られる点で、好ましくは15分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは60分以上であり、また、好ましくは300分以下、より好ましくは180分以下である。すなわち、カラムに第1のアルコールを断続的に通液する時間の好ましい範囲としては、例えば15分以上300分以下、30分以上300分以下、及び60分以上180分以下の範囲が挙げられる。
【0045】
また、方法Iにおいて、カラムを封止した状態でカラムを所定温度に加熱する際の加熱時間は、高い分離性能改善効果が得られる点で、好ましくは12時間以上、より好ましくは18時間以上、さらに好ましくは24時間以上である。加熱時間の上限は、特に限定されないが、実用上の観点から、好ましくは240時間以下、より好ましくは216時間以下、さらに好ましくは192時間以下、特に好ましくは120時間以下である。すなわち、カラムを封止した状態でのカラムの加熱時間の好ましい範囲としては、例えば12時間以上240時間以下、12時間以上216時間以下、18時間以上192時間以下、及び24時間以上120時間以下の範囲が挙げられる。
【0046】
方法II及び方法IIIにおいて、第1のアルコールの通液時間は、固定相と第1のアルコールとが所定温度で接触している時間である。したがって、第1のアルコールの通液時間としては、方法Iにおけるカラムを封止した状態でカラムを所定温度に加熱する際の加熱時間と同様の時間を採用することができる。
【0047】
1.1.4 分離性能の評価方法
固定相の分離性能を評価するための指標としては、保持係数(k’)、分離係数(α)、カラム理論段数(N)、ピーク対称性(Ps)、及び分離度(R)を用いることができる。各指標は、以下のように定義される。
【0048】
・保持係数k1’=(t1-t0)/t0
・保持係数k2’=(t2-t0)/t0
t0:デッドタイム(固定相と相互作用しない物質をカラムに導入してから溶出され
るまでの時間である。便宜上、トリ-tert-ブチルベンゼンの溶出時間をデッドタイムとする。)
t1:より弱く保持される成分の溶出時間
t2:より強く保持される成分の溶出時間
【0049】
・分離係数α=k2’/k1’(すなわち、(より強く保持される成分の保持係数)/(より弱く保持される成分の保持係数))
【0050】
・カラム理論段数(N)=5.54×(tr/W0.5)
2
tr:保持時間
W:ピーク高さ1/2となる位置でのピーク幅(半値幅)
・ピーク対称性(Ps)=W(5%)/2a
W(5%):ピーク高さの5%の高さにおけるピーク幅(
図1参照)
a:ピークトップから垂線をおろしてピークを二分したときの、ピーク高さの5%の高さにけるピークの立ち上がり側の幅(
図1参照)
【0051】
【0052】
t
R1,t
R2:保持時間(t
R1≦t
R2)(
図2参照)
W
1,W
2:ピーク幅(
図2参照)
W
0.5h1,W
0.5h2:ピーク高さ1/2となる位置でのピーク幅(半値幅;
図2参照)
【0053】
本明細書においては、保持係数、分離係数、カラム理論段数、及び分離度のうち1つ以上の指標の値が増加しており、かつ、これらのうち値が低下した指標がないことを以って分離性能が改善したものと評価する。本実施形態においては、分離係数、カラム理論段数、及び分離度のうち1つ以上の指標の値が増加していることが好ましく、分離係数、カラム理論段数、及び分離度のうち2つ以上の値が増加していることが好ましく、分離係数、カラム理論段数、及び分離度の全ての指標において値が増加していることが好ましい。また、本実施形態に係る分離性能改善方法は、カラム理論段数及び分離度を改善する効果が特に高いため、カラム理論段数及び分離度の値が増加していることも特に好ましい。
【0054】
1.2 後処理工程
本実施形態においては、分離性能改善工程の後に、固定相と炭素数1以上4以下の第3のアルコール(以下、単に「第3のアルコール」と称することがある。)とを接触させる後処理工程を行うことが好ましい。かかる後処理工程を行うことにより、分離性能を安定的に改善することが可能となる。
【0055】
1.2.1 第3のアルコール
炭素数1以上4以下の第3のアルコールとしては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、及びイソブタノール等が挙げられる。これらのうち、第3のアルコールは、メタノール、エタノール、及びイソプロパノールからなる群より選択される1種以上であることが好ましく、エタノールであることがより好ましい。また、分離性能をより安定的に改善する観点から、後処理工程で用いる第3のアルコールは、処理(B)で用いられる第1のアルコールよりも炭素数の大きいアルコールであることも好ましい。炭素数1以上4以下の第3のアルコールは、1種単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で用いてもよい。
【0056】
分離性能改善工程で処理(B)を行う場合、後処理工程で用いる第3のアルコールは、処理(B)で用いられる第1のアルコールと同一のアルコールであってもよく、異なるアルコールであってもよい。
【0057】
1.2.2 接触条件
固定相と第3のアルコールとを接触させる方法は、特に限定されず、例えば固定相が充填されたカラムに第3のアルコールを通液させる方法を好適に採用し得る。第3のアルコールの通液は、連続的に行ってもよく、断続的に行ってもよいが、連続的に行うことが好ましい。なお、第3のアルコールの断続的な通液とは、分離性能改善工程の処理(A)におけるジアルキルエーテルの断続的な通液と同義である。
【0058】
第3のアルコールの流速(線速度)は、好ましくは0.01mm/sec以上、より好ましくは0.05mm/sec以上、さらに好ましくは0.1mm/sec以上、特に好ましくは0.3mm/sec以上であり、また、好ましくは10.0mm/sec以下、より好ましくは8.0mm/sec以下、さらに好ましくは6.0mm/sec以下、特に好ましくは4.0mm/sec以下である。すなわち、第3のアルコールの流速の好ましい範囲としては、0.01mm/sec以上10.0mm/sec以下、0.05mm/sec以上8.0mm/sec以下、0.1mm/sec以上6.0mm/sec以下、及び0.3mm/sec以上4.0mm/sec以下の範囲が挙げられる。
【0059】
第3のアルコールの通液量は、カラム容積に対して、好ましくは1倍以上であり、分離性能改善効果をより高める観点から、より好ましくは2倍以上又は3倍以上である。また、第3のアルコールの通液量に上限はないが、実用上の観点から、カラム容積に対して好ましくは1,000倍以下、より好ましくは500倍以下、100倍又は10倍以下である。すなわち、第3のアルコールの通液量の好ましい範囲としては、例えばカラム容積に対して1倍以上1,000倍以下、1倍以上500倍以下、2倍以上100倍、及び3倍以上10倍以下の範囲が挙げられる。
【0060】
第3のアルコールの通液時間は、第3のアルコールの流速及び通液量に応じて適宜選択すればよい。ただし、カラムに第3のアルコールを断続的に通液する場合、第3のアルコールの通液時間は、好ましくは15分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは60分以上であり、また、好ましくは300分以下、より好ましくは180分以下である。すなわち、カラムに第3のアルコールを断続的に通液する時間の好ましい範囲としては、例えば15分以上300分以下、30分以上300分以下、及び60分以上180分以下の範囲が挙げられる。
【0061】
後処理工程においては、アルコールを意図的に加熱しない条件で行うことが好ましい。したがって、第3のアルコール通液の際の第3のアルコールの温度は、好ましくは0℃以上室温以下、より好ましくは室温である。
【0062】
1.3 前処理工程
本実施形態においては、分離性能改善工程の前に、固定相と炭素数1~3の第2のアルコール(以下、単に「第2のアルコール」と称することがある。)とを接触させる前処理工程を行うことが好ましい。これは、分離性能改善工程において、カラム内の溶剤(移動相)との相溶性の低い有機溶剤を用いる場合は、移動相及び有機溶剤が互いに分離して分
離性能改善効果を十分に得られない虞があるところ、分離性能改善工程に先立って移動相及び有機溶剤の双方と相溶可能なアルコールをカラムに通液することで、このような事態を回避し得るからであると考えられる。また、分離性能改善工程において、分離性能改善効果を十分に発揮するためには、固定相に残存する分析試料及び不純物等を取り除いておくことが好ましく、したがって、分離性能改善工程に先立って移動相及び有機溶剤の双方と相溶可能なアルコールにより固定相を洗浄しておくことが望ましいからであると考えられる。
【0063】
1.3.1 第2のアルコール
前処理工程に用いられる第2のアルコールとしては、後処理工程に用いられる第3のアルコールとして挙げた化合物と同様のものが挙げられ、好ましい態様も同様である。また、前処理工程及び後処理工程の両方を行う場合、前処理工程に用いる第2のアルコールと後処理工程に用いる第3のアルコールとは、同一であってもよく、異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。すなわち、前処理工程及び後処理工程の両方において、固定相とエタノールとを接触させることが特に好ましい。
【0064】
1.3.2 接触条件
固定相と第2のアルコールとを接触させる方法の説明としては、後処理工程の「1.2.2 接触条件」の項目における説明を援用する。ただし、第2のアルコールの流速(線速度)は、後処理工程における第3のアルコールの流速を採用することができるが、カラム圧力を、試料の分析において許容されるカラム圧力範囲と同等の範囲内に維持することができる限り、特に限定されない。
【0065】
本実施形態に係る分離性能改善方法によれば、使用に伴い低下したカラムクロマトグラフィー用固定相の分離性能を、使用前(出荷時)と同程度又は同程度以上の分離性能にまで回復させることができる。このように、本実施形態に係る分離性能改善方法により、従来は廃棄対象となっていた固定相であっても、高い分離性能を有する固定相に再生することができるため、固定相の寿命を延ばすことができる。
【0066】
加えて、製造直後のカラムクロマトグラフィー用固定相であって、分離性能が基準値未満である固定相に対して本実施形態に係る分離性能改善方法を使用すれば、当該固定相を、製品として必要な水準の分離性能を有する固定相に変換することができる。したがって、本実施形態に係る分離性能改善方法は、カラムクロマトグラフィー用固定相の製造において、歩留まりを向上させるためにも有効である。
【0067】
2 カラムクロマトグラフィー用固定相の製造方法
本開示の他の実施形態は、上述の分離性能改善方法により、当該分離性能改善方法を実施する前よりも分離性能が改善されたカラムクロマトグラフィー用固定相を製造する方法である。換言すると、本開示の他の実施形態は、担体にセルロース(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる被処理固定相を有機溶剤で処理する分離性能改善工程を含み、前記処理が下記(A)又は下記(B)である、カラムクロマトグラフィー用固定相の製造方法である(本明細書においては、分離性能改善工程を行う前の固定相を「被処理固定相」、分離性能改善工程を行った後の固定相を「分離性能の改善した固定相」と称することがある。)。
(A)被処理固定相と炭素数4以上10以下のジアルキルエーテルとを接触させる処理。(B)被処理固定相と炭素数1以上4以下の第1のアルコールとを40℃以上第1のアルコールの沸点以下の温度で接触させる処理。
【0068】
すなわち、本実施形態における分離性能改善工程は、上述の分離性能改善方法における分離性能改善工程と同義である。
【0069】
本実施形態において、被処理固定相とは、分離性能が低く、分離性能改善の対象となる固定相である。具体的には、試料分析の繰り返しにより分離性能が低下した固定相、及び製造プロセス中の不具合により製造された時点で十分な分離性能が得られなかった固定相等を被処理固定相として採用し得る。
【0070】
本実施形態においては、分離係数(α)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)が改善したことを以って固定相の分離性能が改善したと判断するものとする。すなわち、本実施形態に係る製造方法は、下記(a)~(c)を満たす。
(a)分離性能の改善した固定相の分離係数(α)が、被処理固定相の分離係数よりも高い。
(b)分離性能の改善した固定相のカラム理論段数(N)が、被処理固定相のカラム理論段数よりも高い。
(c)分離性能の改善した固定相の分離度(R)が、前記被処理固定相の分離度よりも高い。
【0071】
また、本実施形態に係る製造方法においても、分離性能がより改善されたカラムクロマトグラフィー用固定相を製造する観点から、分離性能改善工程の前後に、それぞれに、上述の分離性能改善方法における前処理工程及び後処理工程を含んでいてもよい。
【実施例0072】
以下、本開示を実施例によりさらに具体的に説明するが、本開示はその要旨を逸脱しない限り、下記の実施例に限定されるものではない。
【0073】
〔実施例1〕
シリカゲルにセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相が充填されたカラムとして、CHIRALPAK(登録商標)IMカラム(0.46cmφ×25cm;株式会社ダイセル製)を用い、固定相の初期(出荷時)分離性能、劣化試験により経時劣化した状態を模擬的に再現した固定相の分離性能、及び分離性能改善方法を実施した後の固定相の分離性能をそれぞれ評価した。
【0074】
[初期分離性能の評価]
使用前のCHIRALPAK(登録商標)IMカラムを液体クロマトグラフ装置(Nexera(登録商標)シリーズ;株式会社島津製作所製)に接続した。この液体クロマトグラフ装置記分析条件でtrans-スチルベンオキシドのラセミ体の光学分割を行い、固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表1に、クロマトグラムを
図3に示す。
【0075】
(分析条件)
移動相:ヘキサン/2-プロパノール=90/10(v/v)
流速:1.0mL/min
温度:25℃
検出:UV254nm
コンディショニング時間:60分
【0076】
[劣化試験後の分離性能の評価]
初期分離性能評価後、下記条件で劣化試験を行い、固定相を模擬的に劣化させた。
その後、初期分離性能の評価と同様の分析条件でtrans-スチルベンオキシドのラセミ体の光学分割を行い、固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表1に、クロマトグラムを図
4に示す。
【0077】
(劣化試験条件)
移動相:酢酸エチル
流速:0.5mL/min
温度:25℃
通液時間:60分
【0078】
[分離性能改善試験後の分離性能の評価]
劣化試験後の分離性能の評価後、下記条件で分離性能改善工程及び後処理工程を行い、固定相の分離性能を改善させた。
その後、初期分離性能の評価と同様の分析条件でtrans-スチルベンオキシドのラセミ体の光学分割を行い、固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表1に、クロマトグラムを
図5に示す。
【0079】
(分離性能改善工程の条件)
移動相:メチルtert-ブチルエーテル
流速:1.0mL/min
温度:25℃
通液時間:60分
【0080】
(後処理工程の条件)
移動相:エタノール
流速:0.5mL/min
温度:25℃
通液時間:50分
【0081】
【0082】
表1より、担体にセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を含むカラムに、メチルtert-ブチルエーテル及びエタノールを順次通液することで、分離係数及びカラム理論段数が改善することがわかる。より詳細には、固定相の分離係数が、使用前の固定相とほぼ同程度にまで改善することが確認された。さらに、劣化試験により初期段階の約35%まで低下したカラム理論段数が、上記分離性能改善試験により、初期カラム理論段数を10%以上上回るほどまでに改善することが確認された。これらのことから、本開示に係る方法は、優れた分離性能改善効果を奏
することがわかる。
【0083】
〔実施例2〕
シリカゲルにセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相が充填されたカラムとして、CHIRALPAK(登録商標)IMカラム(0.46cmφ×25cm;株式会社ダイセル製)を用い、固定相の初期(出荷時)分離性能、劣化試験により経時劣化した状態を模擬的に再現した固定相の分離性能、及び分離性能改善方法を実施した後の固定相の分離性能をそれぞれ評価した。
【0084】
[初期分離性能の評価]
実施例1と同様にして固定相の初期分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表2に、クロマトグラムを
図6に示す。
【0085】
[劣化試験後の分離性能の評価]
実施例1と同様にして劣化試験後の固定相の分離性能の評価を行った。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表2に、クロマトグラムを
図7に示す。
【0086】
[分離性能改善試験後の分離性能の評価]
分離性能改善工程及び後処理工程の条件を下記に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして分離性能改善試験後の固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表2に、クロマトグラムを
図8に示す。
【0087】
(分離性能改善工程の条件)
移動相:メタノール
流速:1.0mL/min
温度:25℃
通液時間:60分
カラム封止後の加熱温度:60℃
カラム封止時間:24時間
【0088】
(後処理工程の条件)
移動相:エタノール
流速:0.5mL/min
温度:25℃
通液時間:20分
【0089】
【0090】
表2より、担体にセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相とメタノールとが接触した状態で加熱を行い、さらにエタノールの通液を行うことで、固定相の分離係数及びカラム理論段数が改善することがわかる。特に、劣化試験により初期段階の約85%まで低下したカラム理論段数が、上記分離性能改善試験により、初期カラム理論段数を6%以上上回るほどまでに改善することが確認された。これらのことから、本開示に係る方法は、優れた分離性能改善効果を奏することがわかる。
【0091】
〔比較例1〕
シリカゲルにセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相が充填されたカラムとして、CHIRALPAK(登録商標)IMカラム(0.46cmφ×25cm;株式会社ダイセル製)を用い、固定相の初期(出荷時)分離性能、劣化試験により経時劣化した状態を模擬的に再現した固定相の分離性能、及び分離性能改善方法を実施した後の固定相の分離性能をそれぞれ評価した。
【0092】
[初期分離性能の評価]
実施例1と同様にして固定相の初期分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表3に、クロマトグラムを
図9に示す。
【0093】
[劣化試験後の分離性能の評価]
劣化試験条件を下記に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして、劣化試験後の固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表3に、クロマトグラムを
図10に示す。
【0094】
(劣化試験条件)
移動相:テトラヒドロフラン
流速:0.5mL/min
温度:25℃
通液時間:60分
【0095】
[分離性能改善試験後の分離性能の評価]
分離性能改善工程の条件を下記に示す通りに変更した以外は、実施例1と同様にして分離性能改善試験後の固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表3に、クロマトグラムを
図11に示す。
【0096】
(分離性能改善工程の条件)
移動相:ジクロロメタン
流速:0.3mL/min
温度:25℃
通液時間:180分
【0097】
【0098】
表3より、担体にセルローストリス(3-クロロ-4-メチルフェニルカルバメート)が担持されてなる固定相を含むカラムに、ジクロロメタン及びエタノールを順次通液しても、カラム理論段数の値が増加しないことがわかる。また、分離係数及び分離度は、上記分離性能改善試験により値が増加するものの、分離性能改善の程度が十分でないことがわかる。
【0099】
〔比較例2〕
シリカゲルにセルローストリス(4-メチルベンゾエート)が担持されてなる固定相が充填されたカラムとして、CHIRALPAK(登録商標)IJカラム(0.46cmφ×25cm;株式会社ダイセル製)を用い、固定相の初期(出荷時)分離性能、劣化試験により経時劣化した状態を模擬的に再現した固定相の分離性能、及び分離性能改善方法を実施した後の固定相の分離性能をそれぞれ評価した。
【0100】
[初期分離性能の評価]
使用前のCHIRALPAK(登録商標)IJカラムを液体クロマトグラフ装置(Nexera(登録商標)シリーズ;株式会社島津製作所製)に接続した。この液体クロマトグラフ装置記分析条件でtrans-スチルベンオキシドのラセミ体の光学分割を行い、固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表4に、クロマトグラムを
図12に示す。
【0101】
(分析条件)
移動相:ヘキサン/2-プロパノール=90/10(v/v)
流速:1.0mL/min
温度:25℃
検出:UV254nm
コンディショニング時間:60分
【0102】
[劣化試験後の分離性能の評価]
初期分離性能評価後、下記条件で劣化試験を行い、固定相を模擬的に劣化させた。
その後、初期分離性能の評価と同様の分析条件でtrans-スチルベンオキシドのラセミ体の光学分割を行い、固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表4に、クロマトグラムを
図13に示す。
【0103】
(劣化試験条件)
移動相:N,N-ジメチルホルムアミド
流速:0.5mL/min
温度:25℃
通液時間:60分
【0104】
[分離性能改善試験後の分離性能の評価]
劣化試験後の分離性能の評価後、下記条件で分離性能改善工程及び後処理工程を行い、固定相の分離性能を改善させた。
その後、初期分離性能の評価と同様の分析条件でtrans-スチルベンオキシドのラセミ体の光学分割を行い、固定相の分離性能を評価した。固定相の分離係数(α)、保持係数(k’)、カラム理論段数(N)、及び分離度(R)を表4に、クロマトグラムを
図14に示す。
【0105】
(分離性能改善工程の条件)
移動相:メチルtert-ブチルエーテル
流速:1.0mL/min
温度:25℃
通液時間:60分
【0106】
(後処理工程の条件)
移動相:エタノール
流速:0.5mL/min
温度:25℃
通液時間:50分
【0107】
【0108】
表2より、担体にセルローストリス(4-メチルベンゾエート)が担持されてなる固定相を含むカラムに、メチルtert-ブチルエーテル及びエタノールを順次通液した場合
、保持係数、分離係数、カラム理論段数、及び分離度の全ての指標の値が増加するものの、いずれも初期分離性能と同程度までは増加しておらず、分離性能改善の程度が十分でないことがわかる。
【0109】
以上より、本開示に係る方法によれば、使用により分離性能が劣化した固定相の分離性能を、使用前と同等又は同等以上にまで改善することができる。したがって、固定相の分離性能が経時的に劣化した場合であっても、本開示に係る方法を用いることで、固定相の分離性能が改善するため、固定相の寿命を延ばすことができる。