(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060331
(43)【公開日】2024-05-02
(54)【発明の名称】埋もれアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/173 20060101AFI20240424BHJP
B23K 9/095 20060101ALI20240424BHJP
【FI】
B23K9/173 A
B23K9/095 501A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022167640
(22)【出願日】2022-10-19
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 友也
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001BB09
4E001CA01
4E001DD02
4E001DE04
4E001EA01
4E001EA04
4E001EA05
(57)【要約】
【課題】溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制することができる埋もれアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】マンガンを含有する溶接ワイヤを用いた消耗電極式の埋もれアーク溶接方法であって、アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて、母材を溶接する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンを含有する溶接ワイヤを用いた消耗電極式の埋もれアーク溶接方法であって、
アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて、前記母材を溶接する
埋もれアーク溶接方法。
【請求項2】
前記溶接ワイヤのマンガン含有量は、前記母材のマンガン含有量よりも低い
請求項1に記載の埋もれアーク溶接方法。
【請求項3】
前記溶接ワイヤのマンガン含有量は、1.4重量%未満である
請求項2に記載の埋もれアーク溶接方法。
【請求項4】
前記溶接ワイヤに平均電流300A以上、650A以下の溶接電流を供給し、25kJ/cm以上、65kJ/cm以下の溶接入熱で前記母材を溶接する
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の埋もれアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、埋もれアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚板の溶接には、高電流条件でのGMA(Gas Metal Arc)溶接が用いられており、消耗電極である溶接ワイヤは、溶接金属の強度及びじん性を向上させるマンガン(Mn)を含んでいる(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、高電流条件での溶接においては、溶接継手の機械的性能の低下が問題となる。その原因のひとつとして、溶接金属中のマンガン元素濃度の低下がある。
鉄鋼材料において、マンガンは引張強さを向上させる元素として知られており、例えばJIS G 3136におけるSN490B鋼には、最大1.65%のマンガンが添加される。
また、溶接において、マンガンには脱酸元素としての役割もある。溶接金属中に酸素が混入すると、機械的特性が悪化することが知られている。これに対し、マンガンが酸素と結合してスラグ又はヒュームとなり、溶接金属外部に排出されることで、溶接金属中の酸素量を低減させることができる。したがって、溶接ワイヤにおいては、脱酸材としてのマンガンの消費を考慮しつつ、溶接金属の引張強さを確保するために、母材よりもマンガン濃度が大きい場合が多い。
スラグ又はヒュームとしてのマンガンの排出は、溶接電流又は溶接入熱が大きくなるほど、多くなる。これは、溶融金属が高温で長期間保持され、酸化しやすくなることによる。したがって高電流溶接では、溶接金属中のマンガン濃度が低下しやすく、それに伴って引張強さが低下しやすい。加えて、近年、スラグ又はヒューム中のマンガンにより健康被害が生じる可能性が指摘され、規制が強化されており、スラグ又はヒューム中へのマンガンの排出はこの観点でも好ましくない。
以上より、溶接金属の引張強さの低下防止と、健康被害リスク低減の2つの観点から、溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制する必要がある。
【0005】
本開示の目的は、溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制することができる埋もれアーク溶接方法を提供することになる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係る埋もれアーク溶接方法は、マンガンを含有する溶接ワイヤを用いた消耗電極式の埋もれアーク溶接方法であって、アークによって母材に形成された凹状の溶融部分によって囲まれる空間に前記溶接ワイヤの先端部を進入させて、前記母材を溶接する。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本実施形態に係る消耗電極式のアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。
【
図2】埋もれアークの溶接条件を示す模式図である。
【
図3】本実施形態に係る埋もれアーク溶接と、一般的な直流溶接とを比較した、溶接金属中のマンガン濃度を示す棒グラフである。
【
図4】本実施形態に係る埋もれアーク溶接と、一般的な直流溶接とを比較した、溶接金属の引張強さを示す棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示の実施形態に係る埋もれアーク溶接方法を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本開示はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。また、以下に記載する実施形態の少なくとも一部を任意に組み合わせてもよい。
【0010】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて詳述する。本実施形態に係る溶接方法は、埋もれアーク溶接を用いて溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制するものである。
【0011】
<アーク溶接装置>
図1は、本実施形態に係る消耗電極式のアーク溶接装置の一構成を示す模式図である。本実施形態に係るアーク溶接装置は、GMA(Gas Metal Arc)を行う溶接機であり、溶接電源1、トーチ2及びワイヤ送給装置3を備える。
【0012】
トーチ2は、銅合金等の導電性材料からなり、母材4の被溶接部へ溶接ワイヤ5を案内するとともに、アークの発生に必要な溶接電流Iwを供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤ5に接触し、溶接電流Iwを溶接ワイヤ5に供給する。また、トーチ2は、コンタクトチップを囲繞する中空円筒形状をなし、被溶接部へシールドガスを噴射するノズルを有する。シールドガスは、例えば炭酸ガス、炭酸ガス及びアルゴンガスの混合ガス、アルゴン等の不活性ガス等である。
【0013】
溶接対象である母材4は、鉄鋼材料、例えば建築構造用の鉄鋼材料であり、引張強さを向上させるための元素として、マンガンを含有している。
【0014】
溶接ワイヤ5は、例えばソリッドワイヤであり、マンガンを含有する。溶接ワイヤ5のマンガン含有率は、母材4のマンガン含有量よりも低く、1.4重量%未満である。溶接ワイヤ5の直径は0.9mm以上1.6mm以下であり、消耗電極として機能する。溶接ワイヤ5は、例えば、螺旋状に巻かれた状態でペールパックに収容されたパックワイヤ、あるいはワイヤリールに巻回されたリールワイヤである。
【0015】
ワイヤ送給装置3は、溶接ワイヤ5をトーチ2へ送給する送給ローラと、当該送給ローラを回転させるモータとを有する。ワイヤ送給装置3は、送給ローラを回転させることによって、ワイヤリールから溶接ワイヤ5を引き出し、引き出された溶接ワイヤ5をトーチ2へ供給する。なお、かかる溶接ワイヤ5の送給方式は一例であり、特に限定されるものでは無い。
【0016】
溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ2のコンタクトチップ及び母材4に接続され、溶接電流Iwを供給する電源部11と、溶接ワイヤ5の送給速度を制御する送給速度制御部12とを備える。なお、電源部11及び送給速度制御部12を別体で構成しても良い。電源部11は、PWM制御された直流電流を出力する電源回路11a、制御回路11b、電圧検出部11c、電流検出部11dを備える。
【0017】
電圧検出部11cは、溶接電圧Vwを検出し、検出した電圧値を示す電圧値信号Vdを制御回路11bへ出力するセンサである。
【0018】
電流検出部11dは、例えば、溶接電源1からトーチ2を介して溶接ワイヤ5へ供給され、アークを流れる溶接電流Iwを検出し、検出した電流値を示す電流値信号Idを制御回路11bへ出力するセンサである。
【0019】
電源回路11aは、商用交流を交直変換するAC-DCコンバータ、交直変換された直流をスイッチングにより所要の交流に変換するインバータ回路、変換された交流を整流する整流回路等を備える。制御回路11bは、設定された溶接条件、検出された溶接電流Iw及び溶接電圧Vwに基づいて、電源回路11aのインバータ回路をPWM制御する。母材4及び溶接ワイヤ5間には、所用の溶接電圧Vwが印加され、溶接電流Iwが通電する。
【0020】
トーチ2側に設けられた手元操作スイッチが操作された場合、トーチ2は溶接電源1へ出力指示信号を出力する。出力指示信号は、図示しない制御通信線を介して溶接電源1に入力され、制御回路11bは、当該出力指示信号をトリガにして、電源回路11aに溶接電圧Vw及び溶接電流Iwの出力を開始させる。
【0021】
<溶接方法と溶接条件>
接金属外部へのマンガンの排出を抑制するための溶接方法として、本実施形態においては、埋もれアーク溶接を用いる。以下、接金属外部へのマンガンの排出を抑制する埋もれアーク溶接及び溶接条件について説明する。
【0022】
図2は、埋もれアークの溶接条件を示す模式図である。溶接ワイヤ5に大電流を供給すると、
図2に示すように、母材4に凹状の溶融部分4aが形成され、溶接ワイヤ5の先端部が溶融部分4aによって囲まれた空間に進入する。以下、凹状の溶融部分4aによって囲まれる空間を埋もれ空間と呼び、埋もれ空間に進入した溶接ワイヤ5と、母材4又は溶融部分4aとの間に発生するアークを、適宜、埋もれアークと呼ぶ。
【0023】
埋もれアーク溶接では、一般的な直流溶接と比較して、マンガンのヒュームの発生量が小さくなる。これは、
図2に示すように、埋もれアーク溶接においては、高温の溶滴及びアークの周囲の大部分が、溶融金属(凹状の溶融部分4a)によって覆われるためである。
【0024】
溶滴移行形態は、ドロップ移行を含むグロビュール移行、又は、振り子様の移行若しくはローテーティング移行を含むスプレー移行、又はそれらの複合した溶滴移行形態である。埋もれアーク溶接の溶接条件を満たせば、上記のような溶滴移行形態となる。
これらの以外の溶滴移行形態、例えば短絡移行においては、短絡後にアークが再点弧する際にヒュームが発生しやすく、かつその頻度が高いため、ヒューム量が多く、ヒュームへのマンガン排出量が多くなる。
【0025】
図2に示すグラフの横軸は溶接電流Iw、縦軸は溶接電圧Vwを示している。埋もれアーク溶接を実現する溶接条件は、溶接電流Iwの平均電流が300A以上、好ましくは300A以上650A以下である。溶接電流Iwが300A未満になると、アーク圧力が弱くなり、溶融金属を押し下げることができず、埋もれアーク溶接を維持することができなくなる。溶接電流Iwが650Aを超えると、入熱量の増大によってスラグ及びヒュームの発生量が多くなるため、埋もれアーク溶接であっても、スラグ又はヒューム中へのマンガンの排出を抑制する効果が小さくなる。
【0026】
より好ましくは、溶接電流Iwは300A以上であり、かつ電流振幅制御又は電流波形制御の適用が望ましい。300A以上の埋もれアーク溶接に、電流振幅制御又は電流波形制御を適用すると、外乱等の影響により意図せず生じる不規則な短絡が低減され、アーク再点弧時のヒューム発生を抑制できる。具体的には、平均溶接電流が300A以上、周波数が10Hz以上1000Hz以下、電流振幅が50A以上の条件で溶接電流Iwを周期的に変動させるとよい。なお、上記周波数は、好ましくは50Hz以上300Hz以下、より好ましくは80Hz以上200Hz以下である。また、上記電流振幅は、好ましくは、100A以上500A以下、より好ましくは200A以上400A以下である。
【0027】
溶接電圧Vw(アーク電圧)は、溶接条件等によって変化する上限電圧が存在する。上限電圧は、埋もれアークを維持できる上限の電圧であり、その電圧を超えると、埋もれアーク溶接でなく、通常の直流溶接となる臨界電圧である。上限電圧は、溶接電流Iwの増加関数であり、溶接電流Iwが大きくなる程、高くなる。この上限電圧よりも約4V低い電圧が下限電圧である。下限電圧より低い電圧では、溶接ワイヤ5の先端位置の下降に伴い、溶接ワイヤ5と溶融池との短絡が頻発し、アーク再点弧時のヒューム発生量が増加するとともに、溶接安定性も低下する。
【0028】
なお、上限電圧及び下限電圧は、溶接ワイヤ5の種類、ワイヤ径、溶接電流Iw、ワイヤ突出し長さ、開先形状、溶接速度、溶接電源二次側の負荷状態等の様々な影響を受けて変化するが、溶接電流Iwと溶接電圧Vwの関係は概ね
図2に示した通りである。
【0029】
溶接入熱は、25kJ/cm以上、65kJ/cm以下である。溶接入熱がこの範囲内になるように、溶接電流Iw又は溶接速度等を調整する。溶接入熱が25kJ/cmを下回ると、入熱が小さいために、通常の直流溶接でもマンガンの排出が少なく、問題にならない。溶接入熱が65kJ/cmを上回ると、上述の通り、入熱量の増大によってスラグ及びヒュームの発生量が多くなるため、埋もれアーク溶接であっても、スラグ又はヒューム中へのマンガンの排出を抑制する効果が小さくなる。また、溶接入熱の上限は、より好ましくは、40kJ/cmである。これはGMA溶接における一般的な入熱制限指標のひとつであり、溶接金属や熱影響部を含めた溶接継手のじん性を十分確保する観点から、溶接入熱を40kJ/cm以下にすることがより望ましい。
【0030】
以上の溶接条件を満たす埋もれアーク溶接によれば、スラグ又はヒュームへのマンガン排出を低減することができる。溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制する埋もれアーク溶接方法は、新しい知見である。
【0031】
(比較実施例)
溶接ワイヤ5としてワイヤ径1.4mmのソリッドワイヤ(YGW18)を用い、シールドガスとして炭酸ガスを用いて、溶接入熱は38kJ/cmの条件で、一般的な直流溶接(非埋もれアーク溶接)と埋もれアーク溶接でそれぞれ溶接を行う。溶接電流Iwは、一般的な直流溶接の場合は400Aであり、埋もれアーク溶接の場合は430Aである。アーク電圧は、一般的な直流溶接の場合は41Vであり、埋もれアーク溶接の場合は38Vである。溶接速度は、26cm/分とする。埋もれアーク溶接には、安定化のために、上記の電流振幅制御又は電流波形制御を適用する。母材4はSN490Bとし、板厚25mm、開先角度35°の突合せ溶接継手を溶接する。裏当ては板厚9mmのSN490Bとする。
【0032】
図3は、本実施形態に係る埋もれアーク溶接と、一般的な直流溶接とを比較した、溶接金属中のマンガン濃度を示す棒グラフである。一般的な直流溶接(非埋もれアーク溶接)では溶接金属中のマンガン濃度が約1.1%であるのに対して、本実施形態の埋もれアーク溶接では溶接金属中のマンガン濃度が約1.3%と大きい。つまり、本実施形態の埋もれアーク溶接においては、スラグ又はヒュームからのマンガンの排出が抑制されている。なお、0.1%オーダのマンガン濃度の差異は非常に大きなものである。
【0033】
図4は、本実施形態に係る埋もれアーク溶接と、一般的な直流溶接とを比較した、溶接金属の引張強さを示す棒グラフである。一般的な直流溶接(非埋もれアーク溶接)では引張強さが約525Mpa程度であるのに対して、本実施形態の埋もれアーク溶接では引張強さが約600Mpa弱と大きい。これは、溶接金属中のマンガン濃度が大きいためである。
【0034】
以上の通り、本実施形態に係る埋もれアーク溶接方法によれば、溶接金属外部へのマンガンの排出を抑制することができる。言い換えると、溶接金属中のマンガンの歩留まりを向上させることができる。これにより、溶接金属の引張強さの低下を抑制することができる。また同時に、スラグ及びヒューム中へのマンガンの排出が抑制され、溶接作業者の健康被害リスクを低減することができる。
【0035】
また、鉄鋼材料の母材4を溶接する際に使用する溶接ワイヤ5のマンガン濃度を母材4のマンガン濃度より低く抑えることができる。少なくとも溶接ワイヤ5のマンガン濃度を1.4重量%未満に抑えることができる。
マンガンの規制強化を受けて、今後は低マンガンワイヤの開発及び市場流通がいっそう活性化すると予想される。低マンガンワイヤでは溶接金属の引張強さが低下しやすいおそれがあるが、埋もれアーク溶接を組み合わせることで、引張強さの低下を抑制できる。
【符号の説明】
【0036】
1:溶接電源、2:トーチ、3:ワイヤ送給装置、4:母材、5:溶接ワイヤ、11:電源部、11a:電源回路、11b:制御回路、11c:電圧検出部、11d:電流検出部、12:送給速度制御部