(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060849
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】トーショナルダンパ
(51)【国際特許分類】
F16F 15/12 20060101AFI20240425BHJP
F16H 55/36 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
F16F15/12 S
F16H55/36 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022168397
(22)【出願日】2022-10-20
(71)【出願人】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179970
【弁理士】
【氏名又は名称】桐山 大
(74)【代理人】
【識別番号】100071205
【弁理士】
【氏名又は名称】野本 陽一
(72)【発明者】
【氏名】成田 信彦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 崇史
【テーマコード(参考)】
3J031
【Fターム(参考)】
3J031AA04
3J031AC10
3J031BA01
3J031CA03
(57)【要約】
【課題】振動リングの共振による放射音の低減を図ること。
【解決手段】トーショナルダンパ101は、例えばエンジン11(機器)のクランクシャフト12などの回転軸に固定されるボス112を有し、ボス112と円環状のリム114とをステー113を介して一体に設けたハブ111を備え、リム114の外周面に弾性体121を介して円環状の振動リング131を連結している。振動リング131には、エンジン11と反対側の位置で軸方向に突出するように筒状体133が設けられている。筒状体133には、径を縮小する方向に延び、ハブ111を非接触状態で覆うフランジ132が設けられている。フランジ132は、その中心部分に開口部136を有している。振動リング131、筒状体133、及びフランジ132は一体に設けられ、クランクシャフト12の軸Xと同心に配置されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機器から延びる回転軸の端部に締結ボルトによって同軸上に固定されるボスを有し、前記ボスと円環状のリムとをステーを介して一体に設けたハブと、
前記リムの外周面に弾性体を介して連結される円環状の振動リングと、
前記機器と反対側で、前記振動リングから径を縮小する方向に延び、前記ハブを非接触状態で覆うフランジと、
前記フランジに設けられた開口部と、
を備えるトーショナルダンパ。
【請求項2】
エンジンのクランクシャフトの端部に締結ボルトによって同軸上に固定されるボスを有し、前記ボスと円環状のリムとをステーを介して一体に設けたハブと、
前記リムの外周面に弾性体を介して連結される円環状の振動リングと、
前記エンジンと反対側で、前記振動リングから径を縮小する方向に延び、前記ハブを非接触状態で覆うフランジと、
前記フランジに設けられた開口部と、
を備えるトーショナルダンパ。
【請求項3】
前記フランジは、前記振動リングの端面から軸方向に突出する筒状体に設けられている、
請求項1又は2に記載のトーショナルダンパ。
【請求項4】
前記振動リングと筒状体と前記フランジとは一体に設けられている、
請求項3に記載のトーショナルダンパ。
【請求項5】
前記開口部は、前記フランジの中心部分に設けられている、
請求項1又は2に記載のトーショナルダンパ。
【請求項6】
前記開口部の内径は、57mm以下である、
請求項5に記載のトーショナルダンパ。
【請求項7】
前記開口部の内径は、前記締結ボルトのボルトヘッドの直径よりも大きい、
請求項5に記載のトーショナルダンパ。
【請求項8】
前記振動リングの外周面には、動力伝達用のベルトを掛け渡す第1のベルト溝が設けられている、
請求項1又は2に記載のトーショナルダンパ。
【請求項9】
前記フランジは、前記振動リングの端面から軸方向に突出する筒状体に設けられ、
前記筒状体の外周面には、動力伝達用のベルトを掛け渡す第2のベルト溝が設けられている、
請求項7に記載のトーショナルダンパ。
【請求項10】
前記振動リングの外周面の方が前記筒状体の外周面よりも大径である、
請求項8に記載のトーショナルダンパ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、トーショナルダンパに関する。
【背景技術】
【0002】
トーショナルダンパは、例えば自動車のエンジンにおいて、補器類を駆動するクランクプーリとして用いられる。クランクプーリは、エンジンに設けられたクランクシャフトの端部に取り付けられ、ベルトを介して補器類を駆動する。
【0003】
クランクプーリとして用いられるトーショナルダンパは、クランクシャフトに固定されるハブを有し、ハブの外周面に弾性体を介して振動リングを連結した構造を有している。振動吸振器として見たとき、弾性体はバネをなし、振動リングはマス(質量体)をなす。クランクシャフトの回転に追従して回転する振動リングは、回転方向に共振してクランクシャフトの捩り共振を抑制し、軸方向にも共振して軸方向共振も抑制する。これがトーショナルダンパによる振動抑制の仕組みである。
【0004】
エンジンの構造上、回転するクランクシャフトには振動が発生する。クランクシャフトの振動はトーショナルダンパに伝わり、トーショナルダンパから放射されて放射音を発生する。放射音は騒音になるため、これを抑制するようにした技術が様々考えられている。
【0005】
例えば特許文献1には、トーショナルダンパのハブの前面側に防音カバーを取り付け、ハブから放射される放射音を抑えるようにした発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-008237号公報
【特許文献2】特開2020-041684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載されたトーショナルダンパは、ハブの共振によって発生する放射音を防音カバーによって抑制する。またハブからの放射音がエンジンに衝突して反射することによって発生する放射音の抑制も期待することができる。
【0008】
その一方で、トーショナルダンパはクランクシャフトとともに高速回転し、周辺の粘性流体である空気を連れ回すという現象を生じさせる。
【0009】
空気には質量が存在するため、連れ回された空気は遠心力によって外周方向に移動し、トーショナルダンパとエンジンとの間の隙間から外周方向に逃げ出し、トーショナルダンパの内側の空間を負圧にする。すると防音キャップはエンジン側に吸い寄せられ、クランクシャフトにトーショナルダンパを固定する締結ボルト(センターボルト)に接触することがある。防音キャップが締結ボルトに接触すると、クランクシャフトの軸方向振動が締結ボルトを介して防音キャップに伝達され、防音キャップを励振する。励振された防音キャップは放射音を発生し、騒音源になってしまう。
【0010】
この点特許文献2には、放射音を抑制する別の方式としては、ハブに空洞部を設けるようにしたトーショナルダンパを開示している。空洞部に導かれた放射音の一部はハブから発生する放射音と逆位相の音波に変換されるので、音波の干渉によって放射音を消音しようという試みである(文献2の段落[0030]参照)。
【0011】
ところが特許文献2に記載されたトーショナルダンパによれば、ボス部(102)はクランクシャフト(101)に直接固定されて接続されている。このためクランクシャフト(101)に生じた振動は、空洞部(105)を形成するための円板部(106)から円筒部(108)を通って表面側の中空円板部(107)に伝播し、この中空円板部(107)から外部に放射されてしまう。
【0012】
以上見てきたように、特許文献1、2に記載されたいずれのトーショナルダンパにおいても、放射音の抑制に一層の改善が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
トーショナルダンパの一態様は、機器から延びる回転軸の端部に締結ボルトによって同軸上に固定されるボスを有し、前記ボスと円環状のリムとをステーを介して一体に設けたハブと、前記リムの外周面に弾性体を介して連結される円環状の振動リングと、前記機器と反対側で、前記振動リングから径を縮小する方向に延び、前記ハブを非接触状態で覆うフランジと、前記フランジに設けられた開口部と、を備える。
【0014】
トーショナルダンパの一態様は、エンジンのクランクシャフトの端部に締結ボルトによって同軸上に固定されるボスを有し、前記ボスと円環状のリムとをステーを介して一体に設けたハブと、前記リムの外周面に弾性体を介して連結される円環状の振動リングと、前記エンジンと反対側で、前記振動リングから径を縮小する方向に延び、前記ハブを非接触状態で覆うフランジと、前記フランジに設けられた開口部と、を備える。
【発明の効果】
【0015】
放射音を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】4気筒エンジンのクランクシャフトに固定されてプーリとしても用いられるトーショナルダンパの模式図。
【
図2】本実施の形態のトーショナルダンパの正面図。
【
図3】
図4中のB-B線で断面にしたトーショナルダンパの正面図。
【
図5】中央位置で縦断面にして示すトーショナルダンパの斜視図。
【
図6】クランクシャフトの軸方向振動による加振周波数をトーショナルダンパの軸方向共振周波数で割った振動数比と振動伝達率との関係を示すグラフ。
【
図7】別の実施の形態のトーショナルダンパの縦断側面図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
実施の一形態を図面に基づいて説明する。本実施の形態は、直列4気筒の4ストロークエンジンに用いられるプーリへの適用例である。つぎの項目に沿って説明する。
1.構成
(1)エンジン
(2)トーショナルダンパの基本構成
(3)防音構造
2.作用効果
(1)基本的な作用効果
(2)騒音の発生原因
(3)騒音の抑制
(イ)振動数比と振動伝達率
(ロ)マス(質量体)としてのフランジの作用
(ハ)遮蔽物としてのフランジの作用
(ニ)振動伝達の遮断
(ホ)負圧化の防止
(4)作業性の向上
(5)別の実施の形態
3.変形例
【0018】
1.構成
(1)エンジン
図1に示すように、エンジン11(機器)にはクランクシャフト12(回転軸)が回転自在に設けられている。クランクシャフト12は水平に配置され、プーリ31として構成されたトーショナルダンパ101を一端側に固定している。
【0019】
クランクシャフト12は、気筒毎にカウンターバランス13を備え、ピン14にコンロッド15を介してピストン16を取り付けている。ピストン16は、シリンダ17にスライド自在に収納されている。ピストン16のスライド移動方向は、クランクシャフト12の軸と直交する垂直方向である。
【0020】
(2)トーショナルダンパの基本構成
図2ないし
図5に示すように、トーショナルダンパ101は、ハブ111に弾性体121を介して円環状の振動リング131を連結し、振動リング131にフランジ132を設けている。
【0021】
図2は、トーショナルダンパ101の正面図であり、
図3は、振動リング131に132を設けるための構造上、振動リング131に一体化して設けた筒状体133を垂直断面にして示すトーショナルダンパ101の正面図である。筒状体133を垂直断面にした部分は、
図4中のB-B線である。
【0022】
振動リング131は筒状体133よりも大径であり、外周面に第1のベルト溝141を設けている。振動リング131よりも小径の筒状体133の外周面には、第2のベルト溝142が設けられている。
【0023】
ハブ111は、回転軸であるエンジン11のクランクシャフト12に固定されるボス112を中心位置に備え、ボス112から径方向外方に向けて立ち上げられたステー113を介してリム114を設けている。
【0024】
ボス112は、円筒状をした部材であり、回転軸を嵌合させるための取付孔112aを中心に有している。ハブ111は、取付孔112aに嵌合させたクランクシャフト12の一端部を、センターボルトとも呼ばれている締結ボルト21で固定することで、クランクシャフト12に固定される。この状態でボス112は、その軸A(
図4参照)をクランクシャフト12の回転中心をなす軸Xに一致させ、クランクシャフト12の回転に伴い回転する。
【0025】
ステー113は、ボス112とリム114との間に介在し、ボス112とリム114とを連結する部材である。本実施の形態では、ステー113は四本設けられ、それぞれがボス112の軸Aと同心の円周上に等間隔に配列されている。これらのステー113は、ボス112とリム114とを連結する部分に設けられた四個の孔115によって形成されている。これらの孔115も、ボス112の軸Aと同心をなす円周上に等間隔で配列されている。
【0026】
リム114は、ステー113の端部からハブ111の軸方向に沿って延出する円環状の部材であり、ボス112の軸Aと同心上に配置されている。したがってリム114の外周面は、ボス112の軸Aと同心の円周上に位置づけられる。もっともリム114の外周面の直径は一定ではなく、軸方向のほぼ中央位置では、リム凸部116によって直径が長くなっている。リム凸部116は、振動リング131とともにコンボリューション部151を形成するためのもので、その詳細は後述する。
【0027】
ボス112とステー113とリム114とからなるハブ111は、例えば金属を材料として一体に形成されている。
【0028】
弾性体121は、直径が均一な円環状の部材であり、リム114と振動リング131との間に介在し、これらのリム114と振動リング131とを弾性的に連結している。このような弾性体121は、例えばゴムを材料として形成され、全周にわたって均一な肉厚を有している。
【0029】
振動リング131は、ボス112が有するリム114の外周面との間に、弾性体121を介在させる隙間Gを介して、内周面を対面させる円環状の部材である。このような振動リング131は、弾性体121を介して保持されるという構造上、固有の振動数を持つマス(質量体)として機能する。
【0030】
振動リング131の内周面には、リム114の外周面に形成されたリム凸部116と形状を合わせて、リング凹部134が形成されている。これらのリム凸部116とリング凹部134とは、リム114及び振動リング131の全周にわたりその周方向に沿って設けられており、コンボリューション部151を構成している。コンボリューション部151は、リム114と振動リング131との間における弾性体121の摺動抵抗を高め、弾性体121の位置ずれや抜け出しを抑制する。
【0031】
振動リング131は、弾性体121を介してリム114に取り付けられたとき、ボス112の軸Aと同軸上に位置付けられる。
【0032】
(3)防音構造
本実施の形態のトーショナルダンパ101は、防音構造として、振動リング131にフランジ132が設けられている。
【0033】
ここで振動リング131が有する二面の端面135のうち、エンジン11が位置するエンジン側Eを端面135Eと呼び、エンジン11とは反対側の前方側Fを端面135Fと呼ぶ(
図4参照)。
【0034】
振動リング131は、径を縮小する方向に前方側Fの端面135Fを延ばし、最も小径になった部分に筒状体133を設けている。このとき振動リング131は、リム114及び弾性体121に干渉しないように端面135Fを延ばしているので、リム114及び弾性体121には接触しない。弾性体121は、一つの態様として、リム114の端面から軸Aの方向に端面をはみ出させているが、振動リング131は、こうしてリム114の端面からはみ出した弾性体121にも接触しないように、形状を定めている。
【0035】
もっともリム114に接触しないのであれば、径を縮小して筒状体133に連絡する振動リング131の端面135Fは、弾性体121には接触するように構成されていてもよい。
【0036】
筒状体133は、振動リング131の端面135Fから軸Aに沿う方向に延びる円環形状の部材であり、先端部分にフランジ132を設けている。フランジ132は、筒状体133の先端部から径を縮小するように中心に向けて延びる板状の部材であり、中心部分に開口部136を備えている。
【0037】
本実施の形態では、振動リング131と筒状体133とフランジ132とは、例えば金属や樹脂などを材料として一体に成形されている。このとき筒状体133、フランジ132、及び開口部136は、振動リング131と同様に、弾性体121を介してリム114に振動リング131が取り付けられたときに、ボス112の軸Aと同軸上に位置付けられる。
【0038】
図4に示すように、ハブ111に設けられたリム114は、外径をD1、内径をD2としている。フランジ132が設けられた筒状体133の内径D3は、リム114の外径D1よりは小さく、内径D2より大きく設定されており、
D1>D3>D2 ・・・(1)
の関係にある。別の実施の形態においてこのような寸法の関係性を変更する場合、筒状体133の内径D3は、
D3≧D2 ・・・(2)
を満たすことが望ましい。その一方で筒状体133の内径D3は、
D3<D2 ・・・(3)
であってもよい。
【0039】
フランジ132に設けられた開口部136の内径D4は、クランクシャフト12にトーショナルダンパ101のボス112を固定するための締結ボルト21のボルトヘッド21H(
図5参照)の外径よりも大径に設定されている。
【0040】
前述したように、振動リング131は、その外周面に、複数条の第1のベルト溝141を周方向に沿って形成している。筒状体133は、その外周面に、複数条の第2のベルト溝142を周方向に沿って形成している。第1及び第2のベルト溝141、142は、断面V字形状をしており、クランクシャフト12の回転を取り出してエンジン11の補器類(図示せず)を駆動するために、動力伝達用のベルト32、33(
図4参照)を巻き掛ける構造物である。第1及び第2のベルト溝141、142を設けることによって、トーショナルダンパ101は、プーリ31としての役割を果たす。
【0041】
本実施の形態では、第1のベルト溝141を設けた振動リング131の外周面の方が、第2のベルト溝142を設けた筒状体133の外周面よりも大径である。したがって第1のベルト溝141に巻き掛けられたベルト32と、第2のベルト溝142に巻き掛けられたベルト33との間に、転動速度の差異が生ずる。第1のベルト溝141に巻き掛けられたベルト32の送り速度の方が、第2のベルト溝142に巻き掛けられたベルト33の送り速度よりも速くなる。
【0042】
2.作用効果
(1)基本的な作用効果
【0043】
このような構成において、エンジン11の始動によってクランクシャフト12が回転すると、トーショナルダンパ101も回転する。このときトーショナルダンパ101はプーリ31も構成しているので、補器類に対して動力が伝達される。
【0044】
トーショナルダンパ101は、振動リング131がマス(質量体)として機能することから、捻り方向(
図5中の矢印T参照)に固有振動数を持つ。このためクランクシャフト12が回転して捩り振動が発生する場合、トーショナルダンパ101の捻り方向の固有振動数をその捩り共振周波数に適合するようにチューニングしておけば、クランクシャフト12に発生する捩り振動及びを吸収して低減することができる。
【0045】
一般的に、クランクシャフト12に生ずる捩り共振周波数は300~600Hz程度になることが多い。そこでトーショナルダンパ101の捩り方向の固有振動数もクランクシャフト12に生ずる捩り共振周波数に合わせて300~600Hz程度にチューニングする。
【0046】
(2)騒音の発生原因
クランクシャフト12は、軸Xの方向にも振動する。このためトーショナルダンパ101も軸Xに一致する軸Aの方向(以下「軸方向」と略称する)に共振する。このとき振動リング131の軸方向の共振周波数は、捩り振動よりもやや高い500~900Hz程度になる。こうして振動リング131が共振すると、その端面135が周囲の空気を押し出し、圧力変動が生じて振動リング131から放射音が発生する。このとき発生する放射音が騒音となって伝搬されてしまうわけである。
【0047】
より詳しく見ていくと、振動リング131の前方側Fの端面135Fから発生する放射音はエンジンルーム内にそのまま放射され、例えばダッシュボードを隔てた車室内に高周波騒音を響かせたり、エンジンルーム内にこもり音を生じさせたり、あるいはフロントグリルや車体下から漏れ出す漏れ出し音になったりしてしまう。騒音の直接の原因となる放射音であるといえる。
【0048】
では振動リング131のエンジン側Eの端面135Eから発生する放射音はどうなのだろうか。エンジンルーム内のレイアウトにもよるが、エンジン側Eの端面135Eから発せられた放射音は、例えばチェーンやタイミングベルトを覆うケースなどの反響を生ずる部品に放射されることがあり、この場合には反響音を誘発してしまう。
【0049】
したがってクランクシャフト12の軸方向の振動に伴うトーショナルダンパ101の軸方向の共振によって、振動リング131の両方の端面135E、134Fから発生する放射音が看過できない騒音を引き起こす。
【0050】
(3)騒音の抑制
本実施の形態のトーショナルダンパ101は、フランジ132が振動リング131に付加されるマス(質量体)として機能し、上述したような振動リング131の端面135から発生する放射音を抑制する。ここではフランジ132による放射音の抑制原理について説明する。
【0051】
(イ)振動数比と振動伝達率
図6に示すグラフは、クランクシャフト12の軸Xの方向の振動によって発生する加振周波数を、トーショナルダンパ101の軸方向の共振周波数で割った振動数比という概念を基軸に据え、この振動数比と振動伝達率との関係を示している。横軸は振動数比、縦軸は振動伝達率である。
【0052】
振動リング131の前方側Fの端面135Fから発生する放射音は、振動伝達率が大きくなるほど増大する。振動伝達率は、振動数比が1のとき、つまり加振周波数と共振周波数とが1:1のときをピークとして増大し、その前後の領域に共振域を発生させる。共振域は放射音が大きくなり、抑制し得ない領域である。
【0053】
振動伝達率は、振動数比が大きくなるにつれて減少し、振動数比が1.5のあたりから急速に防振域に移行させる。そこで振動数比を大きくして防振域に移行するには、加振周波数を高くするか、トーショナルダンパ101の軸方向の共振周波数を低くすればよいことがわかる。ところが加振周波数は、クランクシャフト12の軸Xの方向の振動によって発生する周波数であるため、トーショナルダンパ101では制御し得ない。振動伝達率の低い防振域に移行するには、トーショナルダンパ101の軸方向の共振周波数を低くすることが決め手になる。
【0054】
(ロ)マス(質量体)としてのフランジの作用
前述したように、フランジ132は、振動リング131に付加されるマス(質量体)として機能し、振動リング131の軸方向共振を低周波に引き下げることを可能にする。このためフランジ132は、トーショナルダンパ101の軸方向の共振周波数を低くし、振動数比を大きくして振動伝達率を低下させることに貢献する。その結果クランクシャフト12の軸Xの方向の固有振動数に対して振動リング131の固有振動数は防振域となり、振動リング131から発生する放射音を低減することができる。
【0055】
フランジ132は、平板形状をした板状体であるので、その材料の選定や厚みの設定によってその質量を自由に変更することができる。例えば質量を増大させたい場合には、比重の大きな材料を用いたり、肉厚を厚くしたりすることによって、その実現を容易に図ることが可能である。
【0056】
フランジ132によって低減することができる振動リング131の軸方向共振周波数に関しては、200Hz程度にすることが望ましい。人間の可聴周波数特性は、低周波域で大幅に低下することから、振動リング131の軸方向共振周波数を200Hz程度にまで下げることで、放射音を認知しにくくすることができるからである。
【0057】
(ハ)遮蔽物としてのフランジの作用
フランジ132は、前方側Fに位置する振動リング131の端面135Fから放射される放射音を遮蔽する。このときマス(質量体)としてのフランジ132の作用によって、振動リング131の端面135Fからの放射音は弱められていることもあり、フランジ132は、放射音を遮蔽する遮蔽構造物としても良好に働き、放射音の低減に寄与する。
【0058】
このとき本実施の形態では、フランジ132に開口部136が設けられているため、開口部136からの放射音の音漏れが懸念されるかもしれない。この点については、開口部136の開口径を調節することで、遮音性の維持が可能である。
【0059】
一例として、フランジ132が設けられた筒状体133の内径D3を100mm、開口部136の内径D4を57mm以下、例えば40mmとする(
図4参照)。このとき筒状体133の内径D3は、フランジ132が設けられていないと仮定した場合の開口径として認識することができる。
【0060】
上記条件のもと、まず認識すべきなのは、開口径が異なれば、透過する放射音の周波数が異なることである。開口部から透過する放射音は、音速(約340m/s)を開口部の直径(m)で割った値である。そこで上記条件に当てはめると、フランジ132が設けられていないと仮定したときの透過音は、
340[m/s]/0.1[m]=3.4[kHz] ・・・(4)
以上になる。内径D4を40mmに設定された開口部136の透過音は、
340[m/s]/0.04[m]=8.5[kHz] ・・・(5)
以上である。
【0061】
一般的にハブ111自身の軸方向共振は2~6[kHz]であり、エンジン11の前面の共振は1~6[kHz]の領域である。そうすると、
340[m/s]/6[kHz]=0.57[m] ・・・(6)
として、開口部136の内径D4を57mm以下にすれば、一般的には、エンジン11の放射音を遮音し得ることがわかる。本実施の形態の開口部136は、内径D4を57mm以下、例えば40mmにしているので、放射音を音漏れすることなく遮音することが可能である。
【0062】
(ニ)振動伝達の遮断
振動リング131は、リム114及び弾性体121に干渉しないように端面135Fを延ばしているので、リム114及び弾性体121には接触しない。このため例えばクランクシャフト12の軸方向振動がハブ111に伝播しても、ハブ111からフランジ132への振動の伝達は弾性体121によって遮断される。
【0063】
したがってハブ111からフランジ132に振動が伝播された場合にフランジ132に生ずることのある放射音の発生を防止することができる。
【0064】
(ホ)負圧化の防止
前方側Fに位置するトーショナルダンパ101の前面を、例えば特許文献1に記載された防音キャップのような遮蔽構造物で完全に塞いでしまうと、トーショナルダンパ101の内側の空間が負圧になり、遮蔽構造物がエンジン11の側に吸い寄せられて締結ボルト21に接触してしまうことは、『発明が解決しようとする課題』の項目で説明した通りである。このような現象が発生すると、遮蔽構造物は放射音を発生し、騒音源になってしまう。
【0065】
本実施の形態のトーショナルダンパ101では、フランジ132に開口部136が設けられていることから、トーショナルダンパ101の内側の空間は負圧にならず、フランジ132が締結ボルト21に接触して騒音源となることを防止することができる。
【0066】
(4)作業性の向上
フランジ132に設けた開口部136の内径D4は、締結ボルト21のボルトヘッド21Hの直径よりも大きい。このためフランジ132の外側から、締結ボルト21を開口部136に通すことができ、締結ボルト21によってクランクシャフト12にボス112を固定して締め付ける作業をフランジ132の外側から行なうことができる。作業性の向上が図られる。
【0067】
(5)別の実施の形態
図7に示すように、
図1~
図6に基づいて説明した上記実施の形態のトーショナルダンパ101では、第1のベルト溝141を設けた振動リング131の外周面の方が、第2のベルト溝142を設けた筒状体133の外周面よりも大径にしている。これに対して本実施の形態は、フランジ132を設けた筒状体133の内径D3をリム114の外径D1よりも大径化するという上記(3)式の条件を満たし、かつ、振動リング131の外周面と筒状体133の外周面との外径を同一の径にしている。このため振動リング131の外周面に設けた第1のベルト溝141の外径と、筒状体133の外周面に設けた第2のベルト溝142の外径とは、互いに同一径に設定されている。
【0068】
したがって本実施の形態によれば、第1のベルト溝141に巻き掛けられたベルト32の送り速度と、第2のベルト溝142に巻き掛けられたベルト33の送り速度とを等速度にすることが可能である。
【0069】
3.変形例
実施に際しては、各種の変形や変更が許容される。
【0070】
例えば本実施の形態では、ハブ111に四本のステー113を設けた一例を示したが、ステー113は四本に限らず、三本以下であっても、五本以上であってもよい。
【0071】
本実施の形態では、振動リング131と筒状体133とフランジ132とが一体に成形された例を示したが、振動リング131と筒状体133とは別体のものを一体的に接合するようにしてもよく、筒状体133とフランジ132とは別体のものを一体的に接合するようにしてもよい。
【0072】
本実施の形態では、振動リング131の外周面に第1のベルト溝141を設け、筒状体133の外周面に第2のベルト溝142を設けた一例を示した。これらの第1及び第2のベルト溝141、142は、必ず設けなければならないというわけではなく、必要に応じて設ければよい。
【0073】
例えば振動リング131の外周面に第1のベルト溝141を設け、筒状体133の外周面には第2のベルト溝142を設けないようにしてもよく、反対に振動リング131の外周面には第1のベルト溝141を設けず、筒状体133の外周面に第2のベルト溝142を設けるようにしてもよい。あるいは第1及び第2のベルト溝141、142をいずれも設けないようにしてもよい。
【0074】
第1及び第2のベルト溝141、142の溝数も適宜設定することが可能である。
【0075】
その他、あらゆる変更や変形が許容される。
【符号の説明】
【0076】
11 エンジン(機器)
12 クランクシャフト(回転軸)
13 カウンターバランス
14 ピン
15 コンロッド
16 ピストン
17 シリンダ
21 締結ボルト
21H ボルトヘッド
31 プーリ
32、33 ベルト
101 トーショナルダンパ
111 ハブ
112 ボス
112a 取付孔
113 ステー
114 リム
115 孔
116 リム凸部
121 弾性体
131 振動リング
132 フランジ
133 筒状体
134 リング凹部
135 端面
135E 端面(エンジン側)
135F 端面(前方側)
136 開口部
141 第1のベルト溝
142 第2のベルト溝
151 コンボリューション部
A トーショナルダンパの軸
E エンジン側
F 前方側
G 隙間
X クランクシャフトの軸