(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024060858
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】軽水吸着剤及び軽水の分離方法
(51)【国際特許分類】
B01D 59/26 20060101AFI20240425BHJP
B01J 20/06 20060101ALI20240425BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20240425BHJP
G21F 9/06 20060101ALI20240425BHJP
G21F 9/12 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
B01D59/26
B01J20/06 A
B01J20/28 Z
G21F9/06 591
G21F9/12 501D
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022168411
(22)【出願日】2022-10-20
(71)【出願人】
【識別番号】000206901
【氏名又は名称】大塚化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001232
【氏名又は名称】弁理士法人大阪フロント特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 宏仁
(72)【発明者】
【氏名】糸井 伸樹
(72)【発明者】
【氏名】後藤 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】熊田 伸弘
(72)【発明者】
【氏名】枝尾 祐希
(72)【発明者】
【氏名】岩井 保則
【テーマコード(参考)】
4G066
【Fターム(参考)】
4G066AA23B
4G066BA09
4G066BA20
4G066BA36
4G066BA38
4G066CA12
4G066CA43
4G066DA08
4G066FA37
(57)【要約】
【課題】軽水を選択的に吸着することができる、軽水吸着剤を提供する。
【解決手段】軽水を吸着する吸着剤1であって、吸着剤1が、チタン酸塩からなり、チタン酸塩は、チタン原子に酸素原子が6配位した八面体が稜共有で2次元方向に連鎖して形成されたホスト層2が複数積層されており、ホスト層2の層間にナトリウムイオン3が配置されている構造を有し、ホスト層2におけるチタンサイトの一部が、1価~3価の陽イオン(α)に置換されており、チタン酸塩を窒素気流下において昇温速度10℃/分で40℃から200℃まで加熱したときの120℃~200℃の温度範囲における加熱質量減少率が0.5質量%以下である、軽水吸着剤1。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽水を吸着する吸着剤であって、
前記吸着剤が、チタン酸塩からなり、
前記チタン酸塩は、チタン原子に酸素原子が6配位した八面体が稜共有で2次元方向に連鎖して形成されたホスト層が複数積層されており、該ホスト層の層間にナトリウムイオンが配置されている構造を有し、
前記ホスト層におけるチタンサイトの一部が、1価~3価の陽イオン(α)に置換されており、
前記チタン酸塩を窒素気流下において昇温速度10℃/分で40℃から200℃まで加熱したときの120℃~200℃の温度範囲における加熱質量減少率が0.5質量%以下である、軽水吸着剤。
【請求項2】
前記ホスト層の層間に存在するナトリウムイオンの含有量が、前記ホスト層の層間に存在するイオン100モル%に対し、50モル%以上、100モル%以下である、請求項1に記載の軽水吸着剤。
【請求項3】
前記陽イオン(α)が、リチウムイオン及びマグネシウムイオンのうち少なくとも一方である、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤。
【請求項4】
前記ホスト層のチタンサイトのうち、0モル%を超え、40モル%以下のチタンサイトが前記陽イオン(α)に置換されている、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤。
【請求項5】
前記チタン酸塩が実質的に結晶水を含有しない、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤。
【請求項6】
前記ホスト層の層間距離が、6Å以上、8Å以下である、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤。
【請求項7】
前記チタン酸塩が、NaxKyLi0.27Ti1.73O3.8~4(式中、xは0.4~0.8、yは0~0.4、x+yは0.4~0.8である)およびNaxKyMg0.4Ti1.6O3.8~4(式中、xは0.4~0.8、yは0~0.4、x+yは0.4~0.8である)からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤。
【請求項8】
前記チタン酸塩の平均粒子径が、0.1μm~100μmである、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤。
【請求項9】
軽水と重水とを含有する被処理液と、請求項1又は請求項2に記載の軽水吸着剤とを接触させることにより、前記軽水の少なくとも一部を前記軽水吸着剤に吸着させる工程を備える、軽水の分離方法。
【請求項10】
前記重水がトリチウムを含有する、請求項9に記載の軽水の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽水吸着剤及び該軽水吸着剤を用いた軽水の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1H2
16O(軽水とも称される)の水素又は酸素の同位体には、放射性を有するものがある。例えば、質量数が3の三重水素(トリチウム:T)は、自然界に存在する水素の同位体であって、半減期が約12.3年の放射性物質である。また、水分子を構成する水素原子がトリチウムに置き換えられたものはトリチウム水と呼ばれ、存在形態としてはHTO、DTO、及びT2Oが知られている。特に、トリチウム水は、主にHTOの形態として存在し、これを含む水としては原子力発電所の事故により発生した放射性汚染水等が挙げられる。
【0003】
放射性汚染水においては、多核種除去装置(ALPS)を用いて62種の放射性物質(トリチウムを除く)を除去することが可能であるものの、トリチウム水と軽水との分離が問題となっている。トリチウム水と軽水とを分離する方法としては、例えば、軽水中に微量のトリチウム水を含有する放射性汚染水において、軽水を電気分解しトリチウムを分離する方法が挙げられるが、この場合、莫大なエネルギーが必要となるという問題がある。また、トリチウム水と軽水とを分離する方法としては、温度差による蒸留、凍結により分離する方法も挙げられるが、この場合、凍結温度差等の課題があり実用的ではない。そこで、特許文献1では、層状構造を有し、かつ、水酸基を有する金属化合物を含有する、トリチウム分離固定化剤を用いて、トリチウムを含有する水溶液からトリチウムを分離し、固定化する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、トリチウム水等の重水は、軽水と似た性質を有することから、特許文献1等のように、多量の軽水中からトリチウム水を選択的に吸着させる方法では、十分な分離能を得ることが難しい。また、従来の技術では、軽水を選択的に吸着する吸着剤については、何ら知られていない。
【0006】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、軽水を選択的に吸着することができる、軽水吸着剤、及び軽水を容易に分離することができる、軽水の分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の軽水吸着剤及び軽水の分離方法を提供する。
【0008】
項1 軽水を吸着する吸着剤であって、前記吸着剤が、チタン酸塩からなり、前記チタン酸塩は、チタン原子に酸素原子が6配位した八面体が稜共有で2次元方向に連鎖して形成されたホスト層が複数積層されており、該ホスト層の層間にナトリウムイオンが配置されている構造を有し、前記ホスト層におけるチタンサイトの一部が、1価~3価の陽イオン(α)に置換されており、前記チタン酸塩を窒素気流下において昇温速度10℃/分で40℃から200℃まで加熱したときの120℃~200℃の温度範囲における加熱質量減少率が0.5質量%以下である、軽水吸着剤。
【0009】
項2 前記ホスト層の層間に存在するナトリウムイオンの含有量が、前記ホスト層の層間に存在するイオン100モル%に対し、50モル%以上、100モル%以下である、項1に記載の軽水吸着剤。
【0010】
項3 前記陽イオン(α)が、リチウムイオン及びマグネシウムイオンのうち少なくとも一方である、項1又は項2に記載の軽水吸着剤。
【0011】
項4 前記ホスト層のチタンサイトのうち、0モル%を超え、40モル%以下のチタンサイトが前記陽イオン(α)に置換されている、項1~項3のいずれか1項に記載の軽水吸着剤。
【0012】
項5 前記チタン酸塩が実質的に結晶水を含有しない、項1~項4のいずれか1項に記載の軽水吸着剤。
【0013】
項6 前記ホスト層の層間距離が、6Å以上、8Å以下である、項1~項5のいずれか1項に記載の軽水吸着剤。
【0014】
項7 前記チタン酸塩が、NaxKyLi0.27Ti1.73O3.8~4(式中、xは0.4~0.8、yは0~0.4、x+yは0.4~0.8である)およびNaxKyMg0.4Ti1.6O3.8~4(式中、xは0.4~0.8、yは0~0.4、x+yは0.4~0.8である)からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物である、項1~項6のいずれか1項に記載の軽水吸着剤。
【0015】
項8 前記チタン酸塩の平均粒子径が、0.1μm~100μmである、項1~項7のいずれか1項に記載の軽水吸着剤。
【0016】
項9 軽水と重水とを含有する被処理液と、項1~項8のいずれか1項に記載の軽水吸着剤とを接触させることにより、前記軽水の少なくとも一部を前記軽水吸着剤に吸着させる工程を備える、軽水の分離方法。
【0017】
項10 前記重水がトリチウムを含有する、項9に記載の軽水の分離方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、軽水を選択的に吸着することができる、軽水吸着剤、及び軽水を容易に分離することができる、軽水の分離方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る軽水吸着剤を示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施例及び比較例のトリチウム濃縮実験で用いた実験装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施した好ましい形態の一例について説明する。ただし、以下の実施形態は単なる例示である。本発明は、以下の実施形態に何ら限定されない。
【0021】
<軽水吸着剤>
本発明の軽水吸着剤は、軽水を吸着する吸着剤である。上記吸着剤は、チタン酸塩からなる。上記チタン酸塩は、チタン原子に酸素原子が6配位した八面体が稜共有で2次元方向に連鎖して形成されたホスト層が複数積層されており、該ホスト層の層間にナトリウムイオンが配置されている構造を有する。上記ホスト層におけるチタンサイトの一部は、1価~3価の陽イオン(α)に置換されている。また、上記チタン酸塩を窒素気流下において昇温速度10℃/分で40℃から200℃まで加熱したときの120℃~200℃の温度範囲における加熱質量減少率は、0.5質量%以下である。
【0022】
本発明の軽水吸着剤は、上記チタン酸塩の軽水に対する吸着能が、重水に対する吸着能より高いため、軽水を選択的に吸着することができる。このような効果が奏される理由は明らかではないが、通常、水分子は会合体を形成していることから、結晶水として取り込まれる際に会合を解く必要がある。この際、軽水と重水とでは、この会合を解く際のエネルギーに差があり、上記チタン酸塩が後述する結晶構造を有しており、層間に取り込まれている水分子が1分子未満である場合は、重水よりも軽水が吸着しやすいためであると考えられる。
【0023】
なお、水には、同位体を含まない水分子(1H2
16O、以下「軽水」という)と、16O以外の酸素同位体及び1H以外の水素同位体のうち少なくともいずれか一方を含む水分子(1H2
16Oよりも質量が大きい水分子)で構成された同位体水が含まれる。本発明では、同位体水のうち、1H(軽水素)以外の水素同位体を含む水分子を「重水」といい、「重水」のうちトリチウムを含む水分子(軽水素・トリチウム・酸素各1分子で構成される水分子(HTO)、重水素・トリチウム・酸素各1分子で構成される水分子(DTO)、及びトリチウム2分子・酸素1分子で構成される水分子(T2O))を「トリチウム水」という。
【0024】
本発明においては、上記チタン酸塩を窒素気流下において昇温速度10℃/分で40℃から200℃まで加熱したときの120℃~200℃の温度範囲における加熱質量減少率が、好ましくは0質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上であり、好ましくは0.4質量%以下、より好ましくは0.3質量%以下である。上記チタン酸塩の加熱質量減少率が上記範囲内にある場合、軽水をより一層選択的に吸着させることができる。なお、チタン酸塩の加熱質量減少率は、例えば、示差熱熱質量同時測定装置(日立ハイテクサイエンス社製、NEXTA STA300)を用いて測定することができる。窒素流量は、例えば、50ml/分~300ml/分とすることができる。
【0025】
本発明において、チタン酸塩のホスト層は、チタン原子に酸素原子が6配位した八面体が稜共有で2次元方向に連鎖して形成され、積み重なり(積層)の単位となる一枚の層をなしている。本来であれば個々のホスト層は電気的に中性であるが、4価のチタンサイトの一部が1価~3価の陽イオン(α)に置換されること又は空孔であることで負電荷を帯びている。このホスト層とホスト層の間(以下「層間」という)に存在するナトリウムイオン等の正電荷により補償されることで、この化合物の電気的な中性が保たれている。
【0026】
より具体的に、
図1は、本発明の一実施形態に係る軽水吸着剤を示す模式図である。
図1に示すように、軽水吸着剤1は、複数のホスト層2が積層されており、ホスト層2の層間にナトリウムイオン3が配置されている結晶構造を有する、チタン酸塩からなる。また、各ホスト層2は、チタン原子に酸素原子が6配位した八面体が稜共有で2次元方向に連鎖して形成されている。なお、
図1は一例としての模式図であり、本発明の軽水吸着剤は、
図1の模式図の構造に限定されるものではない。
【0027】
本発明においては、軽水の選択的な吸着性をより一層高める観点から、ホスト層のチタンサイトのうち、0モル%を超え、40モル%以下のチタンサイトが陽イオン(α)に置換されていることが好ましく、5モル%以上、30モル%以下のチタンサイトが陽イオン(α)に置換されていることがより好ましく、10モル%以上、20モル%以下のチタンサイトが陽イオン(α)に置換されていることがさらに好ましい。
【0028】
陽イオン(α)としては、水素イオン、オキソニウムイオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、亜鉛イオン、ニッケルイオン、銅イオン、鉄イオン、アルミニウムイオン、ガリウムイオン、マンガンイオン等が挙げられる。なかでも、陽イオン(α)としては、軽水の選択的な吸着性をより一層高める観点から、水素イオン、オキソニウムイオン、リチウムイオン及びマグネシウムイオンからなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、リチウムイオン及びマグネシウムイオンのうち少なくとも一方であることがより好ましい。
【0029】
ホスト層におけるチタンサイトの一部は、空孔であってもよい。空孔を有する場合は、軽水の選択的な吸着性をより一層高める観点から、ホスト層のチタンサイトのうち、0モル%を超え、20モル%以下の部分が空孔であることが好ましい。
【0030】
ホスト層の層間には、ナトリウムイオンのみが配置されていてもよいし、本発明の好ましい物性を損なわない範囲であれば、陽イオン(β)が配置されていてもよい。陽イオン(β)としては、水素イオン、オキソニウムイオン、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン等が挙げられる。なかでも、陽イオン(β)としては、アルカリ金属イオンであることが好ましく、カリウムイオンであることがより好ましい。
【0031】
ホスト層の層間に存在するナトリウムイオンの含有量は、軽水の選択的な吸着性をより一層高める観点から、ホスト層の層間に存在するイオン100モル%に対し、50モル%以上であることが好ましく、より好ましくは60モル%以上であり、好ましくは100モル%以下であり、より好ましくは80モル%以下である。ホスト層の層間に存在する陽イオン(β)とナトリウムイオンとの含有量比(陽イオン(β)/ナトリウムイオン)は、軽水の選択的な吸着性をより一層高める観点から、モル比で、5/95~50/50であることが好ましく、10/90~40/60であることがより好ましい。
【0032】
本発明において、上記チタン酸塩は、実質的に結晶水を含有しないことが好ましい。上記チタン酸塩が、結晶水を実質的に含有しない場合、軽水の選択的な吸着性をより一層高めることができる。なお、本発明において、「実質的に結晶水を含有しない」とは、チタン酸塩に含有される結晶水の含有量が、0.5質量%以下のことをいうものとする。
【0033】
本発明において、上記チタン酸塩のホスト層の層間距離は、6Å以上、8Å以下であることが好ましい。ホスト層の層間距離を上記範囲内とすることで、軽水の選択的な吸着性をより一層高めることができる。なお、ホスト層の層間距離は、X線回折測定により求めることができる。
【0034】
より具体的には、X線回折パターンにおいて、低角度領域(概ね2θ=20°以下)に等間隔に現れる数本のピークはチタン酸の層構造に由来し、その最も低角度側に現れる第一次ピークの回折角(2θ)から層間距離を算出することができる。具体的には、ブラッグの式「d=nλ/2sinθ」(dは層間距離(Å)、θは第一次ピークの回折角(2θ)を2で割った値、λはCuKα線の波長で1.5418Å、nは正の整数(第一次ピークの場合はn=1))を用いて算出することができる。
【0035】
本発明において、上記チタン酸塩は、球状(表面に若干の凹凸があるものや、断面が楕円状等の形状が略球状のものも含む)、柱状(棒状、円柱状、角柱状、短冊状、略円柱形状、略短冊形状等の全体として形状が略柱状のものも含む)、板状、ブロック状、複数の凸部を有する形状(アメーバ状、ブーメラン状、十字架状、金平糖状等)、不定形状等の粉末状の粒子である。上記チタン酸塩の粒子サイズは特に制限されないが、平均粒子径が0.1μm~100μmであることが好ましく、0.5μm~50μmであることがより好ましく、1μm~20μmであることがさらに好ましい。
【0036】
本発明において、「平均粒子径」とは、レーザー回折・散乱法によって求めた粒度分布における積算基準累積50%時の粒子径(体積基準累積50%粒子径)、すなわちD50(メジアン径)を意味する。この体積基準累積50%粒子径(D50)は、体積基準で粒度分布を求め、全体積を100%とした累積曲線において、粒子サイズの小さいものから粒子数をカウントしていき、累積値が50%となる点の粒子径である。これらの各種粒子形態及び粒子サイズは、後述する原料となるチタン酸塩の形状により任意に制御することができる。
【0037】
以上説明したチタン酸塩としては、NaxKyLi0.27Ti1.73O3.8~4(式中、xは0.4~0.8、yは0~0.4、x+yは0.4~0.8である)およびNaxKyMg0.4Ti1.6O3.8~4(式中、xは0.4~0.8、yは0~0.4、x+yは0.4~0.8である)からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物であることが好ましい。
【0038】
本発明の軽水吸着剤を構成するチタン酸塩は、軽水と重水とを含有する被処理液から軽水を分離し、重水を濃縮(減容化)することができる。そのため、本発明の軽水吸着剤は、例えば、原子力発電所の事故により発生したトリチウム水含有汚染水の濃縮(減容化)に用いられることが期待される。
【0039】
(軽水吸着剤の製造方法)
本発明の軽水吸着剤の製造方法は、上記組成及び構造を達成し得る限り特定の製造方法に限定されるものではない。本発明の軽水吸着剤は、例えば、層状結晶構造であるレピドクロサイト型のチタン酸塩(以下、原料チタン酸塩と称する)とナトリウム塩とを混合する工程(I)と、工程(I)で得られた化合物を熱処理する工程(II)とを備える製造方法により製造することができる。
【0040】
上記製造方法では、工程(I)において、原料チタン酸塩とナトリウム塩とを混合することにより、原料チタン酸塩の層間の陽イオンがナトリウムイオンとイオン交換反応する。また、工程(II)の熱処理において、原料チタン酸塩の層間の水分子を除去(脱水)することにより、得られるチタン酸塩の層間に軽水の吸着に適した空間群を得ることができる。
【0041】
原料チタン酸塩としては、AxMyTi(2-y)O4〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上、MはLi、Mg、Zn、Ga、Ni、Cu、Fe、Al、Mnより選ばれる1種又は2種以上、xは0.5~1.0、yは0.25~1.0〕、A0.1~0.8Li0.2~0.4Ti1.6~1.8O3.7~3.95〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上〕、A0.2~0.8Mg0.3~0.5Ti1.5~1.7O3.7~3.95〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上〕、A0.5~0.7Li(0.27-x)MyTi(1.73-z)O3.85~3.95〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上、MはMg、Zn、Ga、Ni、Cu、Fe、Al、Mnより選ばれる1種又は2種以上(但し、2種以上の場合は異なる価数のイオンの組み合わせは除く)、xとzは、Mが2価金属のとき、x=2y/3、z=y/3、Mが3価金属のとき、x=y/3、z=2y/3、yは0.004≦y≦0.4〕等を挙げることができる。なかでも、原料チタン酸塩としては、好ましくはA0.5~0.7Li0.27Ti1.73O3.85~3.95〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上〕及びA0.2~0.7Mg0.40Ti1.6O3.7~3.95〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上〕からなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0042】
ナトリウム塩としては、原料チタン酸塩の層間の陽イオンとイオン交換することが可能なものであれば特に限定されるものではなく、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム等を挙げることができる。なかでも、ナトリウム塩は、好ましくは塩化ナトリウムである。
【0043】
工程(I)は、湿式処理であることが好ましく、通常、ナトリウム塩を水性媒体に溶解した溶液に、原料チタン酸塩を直接、または原料チタン酸塩を水性媒体に分散した懸濁液を加えて撹拌することにより反応させて行うことができる。反応温度は5℃~80℃であることが好ましく、反応時間は24時間~100時間であることが好ましい。反応後は、吸引ろ過、遠心分離等により固形物を分離し、水性媒体で洗浄し、固形物を乾燥させる。
【0044】
なお、本発明において「水性媒体」とは、水、水と混和する有機溶媒、又はこれらの混合物が挙げられる。工程(I)における水性媒体としては、水を用いてもよく、水及び水と混和する有機溶媒との混合物を用いてもよく、水と混和する有機溶媒を用いてもよい。なかでも、水性溶媒としては、反応性をより一層高める観点から、水を用いることが好ましい。
【0045】
工程(I)におけるナトリウム塩の混合量としては、原料チタン酸塩の交換可能な陽イオン容量に対し、3当量~9当量とすることが好ましい。工程(I)におけるナトリウム塩の混合量が上記下限値より小さいと層間の陽イオンを十分にナトリウムイオンに置き換えることができない場合があり、軽水の吸着性が低くなる場合がある。工程(I)におけるナトリウム塩の混合量が上記上限値より大きいと、経済的に得策ではない場合がある。本明細書において「交換可能な陽イオン容量」とは、例えば、原料チタン酸塩が一般式AxMyTi(2-y)O4〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上、MはLi、Mg、Zn、Ga、Ni、Cu、Fe、Al、Mnより選ばれる1種又は2種以上、xは0.5~1.0、yは0.25~1.0〕で表される場合に、Mの価数をmとするときのx+myで表される値をいう。
【0046】
工程(II)において、工程(I)で得られた化合物(固形物)を熱処理することにより、目的とするチタン酸塩を得ることができる。熱処理は、加熱により脱離した水分が速やかに系外に排出されるように制御できれば、特に制限はない。熱処理の温度は、50℃~500℃であることが好ましく、100℃~300℃であることがより好ましく、150℃~250℃であることがさらに好ましい。熱処理の時間は、0.5時間~24時間であることが好ましく、1時間~12時間であることがより好ましく、1時間~4時間であることがさらに好ましい。
【0047】
<軽水の分離方法>
本発明の軽水の分離方法は、軽水と重水とを含有する被処理液と、上述の軽水吸着剤とを接触させることにより、被処理液中の軽水の少なくとも一部を軽水吸着剤に吸着させる工程を備える。上記重水は、1H(軽水素)以外の水素同位体を含む水分子であればよいが、好ましくはHTO、DTO、及びT2Oなどのトリチウムを含む水分子である。
【0048】
被処理液中のトリチウムの濃度は、1kBq/g~1000kBq/gであることが好ましい。
【0049】
被処理液と軽水吸着剤とを接触させる方法は、特に限定されず、例えば、被処理液中に軽水吸着剤を浸漬させる方法、軽水吸着剤に被処理液の蒸気を接触させる方法、軽水吸着剤を含むフィルターに被処理液を通液させる方法等が挙げられる。
【0050】
軽水吸着剤と接触させるときの被処理液の温度は、0℃~80℃であることが好ましい。
【0051】
軽水吸着剤を被処理液に接触させる時間としては、例えば、蒸気を接触させる方法においては30日~60日であることが好ましい。120日を超えると重水、例えばトリチウム水も吸着されるため好ましくない。
【実施例0052】
以下、本発明について、具体的な実施例に基づいて、さらに詳細に説明する。本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することができる。
【0053】
(実施例1)
塩化ナトリウム13.07gを脱イオン水500gに溶解させた水溶液を作製した。次に、作製した水溶液中に、チタンサイトの一部にLiを含む層状チタン酸リチウムカリウム(大塚化学社製、商品名「テラセスL-SS」)10gを投入し、室温で96時間撹拌した。撹拌後、濾過水洗し、200℃で1時間乾燥させ、チタン酸塩を得た。
【0054】
(実施例2)
塩化ナトリウム12.86gを脱イオン水500gに溶解させた水溶液を作製した。次に、作製した水溶液中に、チタンサイトの一部にMgを含む層状チタン酸マグネシウムカリウム(大塚化学社製、商品名「テラセスPS」)10gを投入し、室温で96時間撹拌した。撹拌後、濾過水洗し、200℃で1時間乾燥させ、チタン酸塩を得た。
【0055】
(比較例1)
モレキュラーシーブス3A(富士フィルム和光純薬社製、孔径3Å)を200℃で1時間乾燥させ、比較例1のサンプルとした。
【0056】
(比較例2)
無水塩化マグネシウム21.29gを脱イオン水500gに溶解させた水溶液を作製した。次に、作製した水溶液中に、チタンサイトの一部にLiを含む層状チタン酸リチウムカリウム(大塚化学社製、商品名「テラセスL-SS」)10gを投入し、室温で96時間撹拌させた。撹拌後、濾過水洗し、200℃で1時間乾燥させ、チタン酸塩を得た。
【0057】
(比較例3)
塩化ナトリウム13.07gを脱イオン水500gに溶解させた水溶液を作製した。次に、作製した水溶液中に、チタンサイトの一部にLiを含む層状チタン酸リチウムカリウム(大塚化学社製、商品名「テラセスL-SS」)10gを投入し、室温で96時間撹拌させた。撹拌後、濾過水洗し、100℃で1時間乾燥させ、チタン酸塩を得た。
【0058】
[評価]
実施例及び比較例で用意したサンプルについて以下の評価を行った。
【0059】
(平均粒子径)
チタン酸塩の平均粒子径は、レーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所社製、品番「SALD-2300」)により測定し、得られた粒度分布における体積基準累積50%時の粒子径を平均粒子径とした。
【0060】
(組成式)
チタン酸塩の組成式は、ICP-AES分析装置(アジレント・テクノロジー社製、Agilent 5110 VDV型)により確認した。
【0061】
(層間距離)
チタン酸塩のホスト層の層間距離は、X線回折測定装置(リガク社製、UltimaIV)を用いた分析により確認した。
【0062】
(加熱質量減少率)
チタン酸塩の加熱質量減少率は、以下のようにして求めた。チタン酸塩のサンプル10mgを示差熱熱質量同時測定装置(日立ハイテクサイエンス社製、「NEXTA STA300」)にて、窒素気流下(窒素流量200ml/分)、昇温速度10℃/分で40℃から200℃まで加熱した。そして、120℃から200℃まで昇温させて減少した質量(質量%)を加熱質量減少率とした。
【0063】
(トリチウム濃縮実験)
図2に示す装置を用意し、三角フラスコ11(100mL)の底に実施例及び比較例で得られた粉体サンプル13を5g平らに敷き詰めた。次に、380kBq/gの軽水(H
2O)とHTOとを含有する被処理液14を準備し、試験管12(11mL)にこの被処理液14を5g投入し、密閉した。この際、初期のトリチウム濃度をC
0(kBq/g)とした。次に、三角フラスコ11及び試験管12を恒温水槽15の中で30℃、60日間静置した。
【0064】
60日間静置後、試験管12中の被処理液14をマイクロピペットで1ml採取し、液体シンチレータ(PerkinElmer製、「Ultima Gold LLT」)と混ぜ合わせて測定試料を作製した。このHTOを含む測定試料の放射線量を液体シンチレーションカウンター(日立アロカメディカル社製、「LSC-6101」及び「LSC-7400」)により測定し、試験管12中のトリチウム濃度を測定した。測定した60日間静置後の試験管12中のトリチウム濃度を、C(kBq/g)とし、以下の式(1)から増減率を求めた。
【0065】
増減率(%)=((C/C0)×100-100)…式(1)
【0066】
式(1)における増減率がプラスになると、HTOは濃縮されていることを意味し、三角フラスコ11の中の粉体サンプル13が軽水を選択的に吸着していることを示す。一方、式(1)における増減率がマイナスなると、HTOは希釈されていることを意味し、三角フラスコ11の中の粉体サンプル13がHTOを選択的に吸着していることを示す。
【0067】
結果を下記の表1に示す。
【0068】
【0069】
表1から明らかなように、ホスト層の層間にナトリウムイオンが配置されている特定の構造を有し、加熱質量減少率が0.5質量%以下である、実施例1及び実施例2のチタン酸塩では、トリチウム濃縮実験における増減率がプラスになっており、軽水を選択的に吸着できていることから、チタン酸塩が軽水吸着剤として作用していることがわかる。他方、チタン酸塩を用いていない比較例1や、ホスト層の層間にマグネシウムイオンが配置されている比較例2、あるいはチタン酸塩の加熱質量減少率が0.5質量%より大きい比較例3のサンプルでは、トリチウム濃縮実験における増減率がマイナスになっており、軽水を選択的に吸着できていないことから、チタン酸塩が軽水吸着剤として作用してないことがわかる。