(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061100
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】皮膚幹細胞の増殖促進剤
(51)【国際特許分類】
C12N 5/074 20100101AFI20240425BHJP
【FI】
C12N5/074
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022168821
(22)【出願日】2022-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮地 克真
(72)【発明者】
【氏名】大形 悠一郎
(72)【発明者】
【氏名】山田 貴亮
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 靖司
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BB40
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】皮膚幹細胞に対して高い増殖促進活性を有する新たな物質を見出し、皮膚幹細胞増殖促進剤として提供すること。
【解決手段】パントテニールエチルエーテルを有効成分として含有する、皮膚幹細胞の増殖促進剤又はプロテインC受容体(PROCR)発現促進剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
パントテニールエチルエーテルを有効成分として含有する、皮膚幹細胞の増殖促進剤。
【請求項2】
パントテニールエチルエーテルを有効成分として含有する、プロテインC受容体(PROCR)発現促進剤。
【請求項3】
前記皮膚幹細胞が表皮幹細胞である、請求項1に記載の皮膚幹細胞の増殖促進剤。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の剤を含む、皮膚幹細胞の増殖促進用組成物。
【請求項5】
皮膚幹細胞を、パントテニールエチルエーテルを含有する培地で培養する工程を含む、皮膚幹細胞の培養方法。
【請求項6】
パントテニールエチルエーテルを含有することを特徴とする、皮膚幹細胞の増殖促進用培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚幹細胞の増殖促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は、大別すると表皮、真皮、皮下組織の3層構造をとっている。このうち、最外層に存在する表皮は、主に表皮角化細胞(ケラチノサイト)により構成される。表皮組織は、最下層から順に基底層、有棘層、顆粒層、角質層の4つの異なる細胞層からなり、表皮角化細胞は基底層で分裂し、上層に向かって移動するとともに、分裂能を失って分化していき、角質層に到達して角質細胞に分化する。角質層は表皮角化細胞の最終分化産物であり、外部からの様々な環境因子(紫外線や乾燥等)に対するバリア機能において重要な役割をした後、やがて皮膚より剥がれ落ちる。この表皮角化細胞の増殖と分化の過程はターンオーバーと呼ばれている。
【0003】
表皮細胞は、このターンオーバーにより、周期的に細胞が生まれ変わることで、表皮の恒常性が維持されているが、ターンオーバーの起点は基底層に存在する表皮幹細胞であり、ターンオーバーに重要な役割を果たしていると考えられている。表皮幹細胞は未分化状態のマーカー遺伝子としてITGA6やITGB1、CD271などを特異的に高く発現しているが、皮膚基底膜より離脱した細胞は上層に遊走し、分化マーカーであるKRT10やFLG、IVLを発現しながら角化細胞へと成熟していく。近年では、この表皮幹細胞は加齢の影響を受けて数が減少することや(非特許文献1)、INHBA/Activin-Aが表皮幹細胞の増殖を抑制する因子であることが報告されている(非特許文献2)。一方、真皮線維芽細胞は、シワやタルミのない若々しい皮膚を保つのに必須な細胞といえる。この真皮線維芽細胞を生み出す真皮幹細胞は真皮乳頭層直下に存在しており、必要に応じて増殖と分化を繰り返し、真皮層に新しい真皮線維芽細胞を常に供給し、その結果、皮膚は絶えず再生を繰り返している。皮膚の老化は、これらの皮膚幹細胞の再生能力が衰え、ターンオーバーが長くなることに起因する。よって、これらの皮膚幹細胞、特にターンオーバーの起点となる表皮幹細胞をターゲットに表皮の細胞の増殖を促すことができれば、より根本的で持続的な皮膚の抗老化や再生を促すことができると考えられる。また、表皮幹細胞の体外での培養によって、効率的に培養皮膚を獲得することが可能であると考えられ、火傷や創傷などに適用する移植医療や美容用途において非常に有益なものになると期待される。しかしながら、表皮角化細胞(ケラチノサイト)に対する細胞増殖促進方法は報告があるが(特許文献1)、表皮幹細胞特異的な増殖促進方法及びそのメカニズムについては一般化しておらず、実用化の目途は立っていないのが現状である。
【0004】
一方、パントテニールエチルエーテルは、毛の再生などの育毛効果があることが知られており、ミノキシジル等とともに育毛用組成物に配合されている(特許文献2)。しかしながら、パントテニールエチルエーテルの皮膚幹細胞の増殖促進効果については、これまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-214533号公報
【特許文献2】特開2021-134164号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Akamatsu H. et al., Journal of Dermatology. 2016;Vol.43,No.3,pp.311-313, Age-related decrease in CD271+ cells in human skin
【非特許文献2】Kawagishi-Hotta M. et al.,J Dermatol Sci. 2022; 106(3), pp.150-158, Increase in inhibin beta A/Activin-A expression in the human epidermis and the suppression of epidermal stem/progenitor cell proliferation with aging
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述した実情に鑑み、皮膚幹細胞に対して高い増殖促進活性を有する新たな物質を見出し、皮膚幹細胞増殖促進剤として提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、パントテニールエチルエーテルが、優れた皮膚幹細胞の増殖促進効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)パントテニールエチルエーテルを有効成分として含有する、皮膚幹細胞の増殖促進剤。
(2)パントテニールエチルエーテルを有効成分として含有する、プロテインC受容体(PROCR)発現促進剤。
(3)前記皮膚幹細胞が表皮幹細胞である、(1)に記載の皮膚幹細胞の増殖促進剤。
(4)(1)又は(2)に記載の剤を含む、皮膚幹細胞の増殖促進用組成物。
(5)皮膚幹細胞を、パントテニールエチルエーテルを含有する培地で培養する工程を含む、皮膚幹細胞の培養方法。
(6)パントテニールエチルエーテルを含有することを特徴とする、皮膚幹細胞の増殖促進用培地。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、表皮幹細胞及び真皮幹細胞を効率的に増殖させることができる皮膚幹細胞増殖促進剤が提供される。従って、本発明の皮膚幹細胞増殖促進剤は、乾燥や紫外線、加齢などによる皮膚の様々な症状(アトピー性皮膚炎や乾燥肌等の皮膚疾患、バリア機能やターンオーバーの低下、シミ、シワ、タルミ、ハリ・弾力の低下など)の治療、改善、及び予防に有効であり、再生医療、再生美容、抗加齢の分野において大きく貢献できるものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.皮膚幹細胞増殖促進剤
本発明に係る皮膚幹細胞増殖促進剤及びプロテインC受容体(PROCR)発現促進剤(以下、「本発明の剤」と記載する場合がある)は、パントテニールエチルエーテルを有効成分として含有する。
【0012】
本発明の皮膚幹細胞増殖促進剤に用いられるパントテニールエチルエーテル(Pantothenyl ethyl ether)は、ビタミンB群の1種で、下記式で表される(KEGGデータベース番号:D01694、分子式:C11H23NO4、分子量:233.3046)。
【0013】
【0014】
上記パントテニールエチルエーテルは、公知の化合物であり、市販品を用いてもよく、公知の方法に基づき製造することもできる。
【0015】
プロテインC受容体(PROCR)は、EPCR又はCD201とも呼ばれ、表皮幹細胞に特異的に発現し、当該幹細胞の制御に関与することが知られている。PROCR遺伝子及びタンパク質の配列情報は、例えばヒトの場合は、Genbank number:Nucleotide XM_047439830、Protein XP_047295786として登録されている。本発明における「PROCR発現促進」とは、生体レベル又は培養レベルでPROCRの発現を促進することをいう。また、本発明において「PROCR発現促進」とは、PROCRのmRNA発現及びタンパク質発現を促進することをいう。
【0016】
本発明において、「皮膚幹細胞」は、表皮、真皮、皮下の脂肪組織に存在する幹細胞であれば特に限定はされない。本発明において、「表皮幹細胞」とは、表皮角化細胞(ケラチノサイト)への分化が可能な細胞をいい、「真皮幹細胞」とは、真皮線維芽細胞への分化が可能な細胞をいう。また、「脂肪幹細胞」とは、脂肪細胞、軟骨細胞、骨芽細胞等への分化が可能な細胞をいう。皮膚幹細胞の由来は、限定されず、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の哺乳動物の皮膚幹細胞に対して効果を発揮することができる。
【0017】
パントテニールエチルエーテルは、生体レベル(生体内)でも又は培養レベル(生体外)でも皮膚幹細胞を増殖させる作用を有するので、本発明の剤は、ヒトを含む哺乳動物(サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等)に対して投与することによって皮膚幹細胞を増殖させるための薬剤として、医薬品、医薬部外品、化粧品等への配合や応用が可能である。また、本発明の剤は、皮膚幹細胞の増殖を促進し、皮膚幹細胞を製造するための培養用培地添加剤、研究用試薬、医療用試薬としても使用することができる。
【0018】
本発明の剤は、有効成分であるパントテニールエチルエーテルが、表皮幹細胞又は真皮幹細胞のいずれか又は両方の幹細胞の増殖促進作用を有するので、表皮幹細胞又は真皮幹細胞の増殖能低下又は不全により、正常に表皮角化細胞(ケラチノサイト)又は真皮線維芽細胞が形成されないことに起因する疾患又は病態を治療、改善、及び予防するのに有効である。表皮幹細胞の増殖能低下又は不全により、正常に表皮角化細胞(ケラチノサイト)が形成されないことに起因する疾患又は病態としては、例えば、アトピー性皮膚炎、乾癬(紅斑、鱗屑、落屑を伴う)、熱傷や創傷の治癒の遅れ、肌荒れ、乾燥肌、敏感肌、角質肥厚、肝斑、シミ、くすみ、毛穴のひらき等が挙げられる。また、真皮幹細胞の増殖能低下又は不全により、正常に真皮線維芽細胞が形成されないことに起因する疾患又は病態としては、例えば、シワ、タルミ、ほうれい線(鼻唇溝)、マリオネットライン、ハリや弾力の低下、潤いやツヤの不足、ごわつき、くすみ、日光弾性線維症、強皮症、線維肉腫、色素性乾皮症、皮膚組織球腫、線状皮膚萎縮症(皮膚線条)、創傷、熱傷、褥瘡、瘢痕、母斑等が挙げられる。
【0019】
本発明の剤におけるパントテニールエチルエーテルの配合量は、特に限定されないが、例えば、当該薬剤全量に対し、0.00001~10重量%であることが好ましく、0.0001~1重量%とすることがより好ましい。0.00001重量%未満であると効果が十分に発揮されにくい場合がある。
【0020】
本発明の剤を生体内に投与する場合は、そのまま投与することも可能であるが、本発明の効果を損なわない範囲で適当な添加物とともに化粧品、医薬部外品、医薬品等の各種組成物に配合して提供することができる。なお、本発明の医薬品には、動物に用いる薬剤、即ち獣医薬も包含されるものとする。
【0021】
本発明の剤を化粧品や医薬部外品に配合する場合は、その剤形は、水溶液系、可溶化系、乳化系、粉末系、粉末分散系、油液系、ゲル系、軟膏系、エアゾール系、水-油二層系、又は水-油-粉末三層系等のいずれでもよい。また、当該化粧品や医薬部外品は、本発明の剤とともに、皮膚外用組成物において通常使用されている各種成分、添加剤、基剤等をその種類に応じて選択し、適宜配合し、当分野で公知の手法に従って製造することができる。その形態は、液状、乳液状、クリーム状、ゲル状、ペースト状、スプレー状等のいずれであってもよい。皮膚外用組成物の配合成分としては、例えば、油脂類(オリーブ油、ヤシ油、月見草油、ホホバ油、ヒマシ油、硬化ヒマシ油等)、ロウ類(ラノリン、ミツロウ、カルナウバロウ等)、炭化水素類(流動パラフィン、スクワレン、スクワラン、ワセリン等)、脂肪酸類(ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘニン酸等)、高級アルコール類(ミリスチルアルコール、セタノール、セトステアリルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等)、エステル類(ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、オクタン酸セチル、トリオクタン酸グリセリン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ステアリン酸オクチル、ステアリン酸ステアリル等)、有機酸類(クエン酸、乳酸、α-ヒドロキシ酢酸、ピロリドンカルボン酸等)、糖類(マルチトール、ソルビトール、キシロビオース、N-アセチル-D-グルコサミン等)、蛋白質及び蛋白質の加水分解物、アミノ酸類及びその塩、ビタミン類、植物・動物抽出成分、種々の界面活性剤、保湿剤、紫外線吸収剤、抗酸化剤、安定化剤、防腐剤、殺菌剤、香料等が挙げられる。
【0022】
化粧品や医薬部外品の種類としては、例えば、化粧水、乳液、ジェル、美容液、一般クリーム、日焼け止めクリーム、パック、マスク、洗顔料、化粧石鹸、ファンデーション、おしろい、浴用剤、ボディローション、ボディシャンプー等が挙げられる。
【0023】
本発明の剤を医薬品に配合する場合は、薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、患部に適用するのに適した製剤形態の各種製剤に製剤化することができる。薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、その剤形、用途に応じて、適宜選択した製剤用基材や担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、安定化剤、保存剤、防腐剤、増量剤、分散剤、湿潤化剤、緩衝剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、噴射剤、着色剤、甘味剤、矯味剤、香料等を適宜添加し、公知の種々の方法にて経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる各種製剤形態に調製すればよい。本発明の医薬品を上記の各形態で提供する場合、通常当業者に用いられる製法、たとえば日本薬局方の製剤総則[2]製剤各条に示された製法等により製造することができる。
【0024】
本発明の医薬品の形態としては、特に制限されるものではないが、例えば錠剤、糖衣錠剤、カプセル剤、トローチ剤、顆粒剤、散剤、液剤、丸剤、乳剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤などの経口剤、注射剤(例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤)、点滴剤、座剤、軟膏剤、ローション剤、点眼剤、噴霧剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、貼付剤などの非経口剤などが挙げられる。また、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよく、注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。
【0025】
経口投与用製剤には、例えば、デンプン、ブドウ糖、ショ糖、果糖、乳糖、ソルビトール、マンニトール、結晶セルロース、炭酸マグネシウム、酸化マグネシウム、リン酸カルシウム、又はデキストリン等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、デンプン、又はヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤又は崩壊補助剤;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、アラビアゴム、又はゼラチン等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、又はタルク等の滑沢剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール、又は酸化チタン等のコーティング剤;ワセリン、流動パラフィン、ポリエチレングリコール、ゼラチン、カオリン、グリセリン、精製水、又はハードファット等の基剤などを用いることができるが、これらに限定はされない。
【0026】
非経口投与用製剤には、蒸留水、生理食塩水、エタノール、グリセリン、プロピレングリコール、マクロゴール、ミョウバン水、植物油等の溶剤;ブドウ糖、塩化ナトリウム、D-マンニトール等の等張化剤;無機酸、有機酸、無機塩基又は有機塩基等のpH調節剤などを用いることができるが、これらに限定はされない。
【0027】
本発明の剤を、前記皮膚関連の損傷や疾患を治療、改善、及び予防するための医薬品として用いる場合に適した形態は外用製剤であり、例えば、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、液剤、貼付剤(パップ剤、プラスター剤)、フォーム剤、スプレー剤、噴霧剤などが挙げられる。軟膏剤は、均質な半固形状の外用製剤をいい、油脂性軟膏、乳剤性軟膏、水溶性軟膏を含む。ゲル剤は、水不溶性成分の抱水化合物を水性液に懸濁した外用製剤をいう。液剤は、液状の外用製剤をいい、ローション剤、懸濁剤、乳剤、リニメント剤等を含む。
【0028】
本発明の医薬品は、上記疾患の発症を抑制する予防薬として、及び/又は、正常な状態に改善する治療薬として機能する。本発明の剤を前述の疾患の治療、改善、及び予防用医薬として用いる場合、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等の哺乳動物に対して広い範囲の投与量で経口的に又は非経口的に投与することができる。
【0029】
本発明の医薬品の投与量は、疾患の種類、投与対象の年齢、性別、体重、症状の程度などに応じて適宜決定することができる。例えば、成人に経口投与する場合には、一日の投与量は、化合物として0.1~1000mg、好ましくは1~500mg、より好ましくは5~300mgである。
【0030】
本発明の化粧品、医薬部外品、医薬品における本発明の剤の含有量は特に限定されないが、製剤(組成物)全重量に対して、上記化合物の含有量として0.001~30重量%が好ましく、0.01~10重量%がより好ましい。上記の量があくまで例示であって、組成物の種類や形態、一般的な使用量、効能・効果などを考慮して適宜設定・調整すればよい。また、製剤化における有効成分の添加法については、予め加えておいても、製造途中で添加してもよく、作業性を考えて適宜選択すればよい。
【0031】
2.皮膚幹細胞の培養方法
本発明はまた、皮膚幹細胞を、パントテニールエチルエーテルを含有する培地で培養する工程を含む、皮膚幹細胞の培養方法に関する。
【0032】
本発明の培養方法において、皮膚幹細胞を培養する培地、また同時に用いる添加剤としては、特に限定はされず、皮膚幹細胞(表皮幹細胞又は真皮幹細胞)の増殖のために一般的に使用されている培地及び添加剤を用いればよい。
【0033】
具体的には、皮膚幹細胞を培養する培地には、幹細胞の生存及び増殖に必要な成分(無機塩、炭水化物、ホルモン、必須アミノ酸、非必須アミノ酸、ビタミン、脂肪酸)を含む基本培地、例えば、Dulbecco' s Modified Eagle Medium(D-MEM)、Minimum Essential Medium(MEM)、RPMI 1640、Basal Medium Eagle(BME)、Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(D-MEM/F-12)、Glasgow Minimum Essential Medium(Glasgow MEM)、ハンクス液(Hank's balanced salt solution)等が用いられる。また、上記培地には、細胞の増殖速度を増大させるために、必要に応じて、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)等の増殖因子、腫瘍壊死因子(TNF)、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、ウシ血清アルブミン(BSA)、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント等を添加してもよく、また、抗生物質(ペニシリン、ストレプトマイシン等)等を添加してもよい。培地の各成分は、各々適する方法で滅菌して使用する。
【0034】
また、上記以外には、1~20%の含有率で血清(例えば、10%FBS)が含まれることが好ましい。しかし、血清はロットの違いにより成分が異なり、その効果にバラツキがあるため、ロットチェックを行った後に使用することが好ましい。
【0035】
皮膚幹細胞を培養する培地は、市販品を用いることもできる。市販品の培地としては、インビトロジェン製の間葉系幹細胞基礎培地や、三光純薬製の間葉系幹細胞基礎培地、TOYOBO社製のMF培地、Sigma社製のハンクス液(Hank’s balanced salt solution)等を用いることができる。
【0036】
上記の本発明の皮膚幹細胞増殖促進剤あるいは本発明の培養方法に準じて、パントテニールエチルエーテルを、単独で、あるいは培地と別々に又は培地と混合し、皮膚幹細胞の増殖促進のための試薬キットとして提供することもできる。当該キットは、必要に応じて取扱い説明書等を含むことができる。あるいは、上記のパントテニールエチルエーテルを培地と混合し、皮膚幹細胞の増殖促進用培地として提供することもできる。
【0037】
皮膚幹細胞の培養に用いる培養器は、幹細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、シャーレ、ディッシュ、プレート、チャンバースライド、チューブ、トレイ、培養バッグ、ローラーボトルなどが挙げられる。培養器は、細胞非接着性であっても接着性であってもよく、目的に応じて適宜選択される。細胞接着性の培養器は、細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス等による細胞支持用基質などで処理したものを用いてもよい。細胞支持用基質としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチンなどが挙げられる。
【0038】
皮膚幹細胞の培養に使用される培地に対するパントテニールエチルエーテルの添加濃度は、上述の本発明に係る皮膚幹細胞増殖促進剤におけるパントテニールエチルエーテルの含有量に準じて適宜決定することができるが、例えば1~1000μg/mL、好ましくは10~400μg/mLの濃度が挙げられる。また、幹細胞の培養期間中、パントテニールエチルエーテルを定期的に培地に添加してもよい。
【0039】
皮膚幹細胞の培養条件は、幹細胞の培養に用いられる通常の条件に従えばよく、特別な制御は必要ではない。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが約30~40℃、好ましくは約36~37℃である。CO2ガス濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約2~5%である。なお、培地の交換は2~3日に1回行うことが好ましく、毎日行うことがより好ましい。前記培養条件は、幹細胞が生存及び増殖可能な範囲で適宜変動させて設定することもできる。
【0040】
皮膚幹細胞の増殖促進は、例えば、本発明に係る皮膚幹細胞増殖促進剤の非存在下で培養した幹細胞と比較して、本発明に係る皮膚幹細胞増殖促進剤の存在下で培養した該幹細胞の細胞数が有意に増加されているか否かで評価することができる。細胞数の測定は、例えば、MTT法やWST法などにより、市販の細胞数測定キットを用いて行うことができる。測定の結果、培養開始時の皮膚幹細胞の細胞数と本発明の皮膚幹細胞増殖促進剤の存在下で所定時間培養後の幹細胞の細胞数との相対比が、本発明の皮膚幹細胞増殖促進剤の非存在下で培養した場合の同相対比(コントロール)よりも大きい場合に皮膚幹細胞の増殖を促進できたと判定することができる。
【0041】
本発明の培養方法により効率的に皮膚幹細胞を増殖させることができ、また、培養により製造された皮膚幹細胞は、一般的に体外で培養後、創傷部や組織を再生させたい部位に直接注射などで移植することが可能である。すなわち、本発明の培養方法にて製造された皮膚幹細胞は移植材料(細胞移植剤)として用いることができる。
【実施例0042】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)パントテニールエチルエーテルの表皮幹細胞増殖促進効果の評価
市販の正常ヒト成人表皮角化細胞(クラボウ社製)をHuMedia-KG2培地(クラボウ社製)で維持し、実験に使用した。細胞は10cmディッシュにて培養し、トリプシンEDTAにて回収後、抗CD29抗体(BioLegend社製,clone:TS2/16)及び抗CD49f抗体(BioLegend社製,clone:GoH3)にて免疫染色を行った。染色した細胞から、FACS Melody(日本ベクトン・ディッキンソン社製)を用いてCD29bright/CD49f陽性の細胞各分を表皮幹細胞、CD29dim/CD49f陰性の細胞各分を非表皮幹細胞として分離し、回収した。
【0044】
回収した表皮幹細胞と非表皮幹細胞をそれぞれ96wellプレート(FALCON社製)に3×104個/wellで播種した。翌日、下記表1に示す試料(パントテン酸:KEGGデータベース番号D07413、パンテノール:KEGGデータベース番号D00193、パントテニールエチルエーテル:KEGGデータベース番号D01694)それぞれ濃度が0、0.78、1.56、3.13、6.25、12.5、25、50μg/mLとなるように添加し、48時間培養した。
【0045】
【0046】
培養後の培地を発色試薬(CCK8:同仁堂社製)に置換し、吸光プレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用いて測定し、試料未添加の条件(コントロール)を100%とした場合の相対細胞数を算出することで、細胞増殖促進効果を評価した。これらの試験結果を以下の表2に示す。
【0047】
【0048】
表2に示されるように、パントテニールエチルエーテルは表皮幹細胞に対して特異的に増殖促進効果を有することが確認された。一方で非表皮幹細胞に対する増殖促進効果は確認されなかった。パントテン酸はどちらの細胞に対しても増殖促進効果はみられなかった。パンテノールは非表皮幹細胞において僅かに増殖促進効果があったものの、その効果は低く、表皮幹細胞に対しては効果を示さなかった。
【0049】
(実施例2)パントテニールエチルエーテルの表皮幹細胞におけるPROCR発現促進効果の評価
実施例1で回収した表皮幹細胞と非表皮幹細胞をそれぞれ12wellプレート(FALCON社製)に1×105個/wellで播種した。翌日、パントテン酸、パンテノールもしくは、パントテニールエチルエーテルを濃度が0、0.78、1.56、3.13、6.25、12.5、25、50μg/mLとなるように添加し、24時間培養した。培養後の細胞をPBS(-)にて2回洗浄した後、Trizol Reagent(Invitrogen社製)によって細胞からRNAを抽出した。2-STEPリアルタイムPCRキット(Applied Biosystems社製)を用いて、抽出したRNAをcDNAに逆転写した後、ABI7300(Applied Biosystems社製)により、下記のプライマーセットを用いてリアルタイムPCR(95℃:15秒間、60℃:30秒間、40cycles)を実施し、PROCRの発現を確認した。その他の操作は定められた方法に従って実施した。
【0050】
PROCRプライマーセット:
5’-GTCTTCTTCGAAGTGGCTGTG-3’(配列番号1)
5’-TTGTTTGGCTCCCTTTCGTG-3’(配列番号2)
18srRNA(内部標準)用プライマーセット:
5’-CCGAGCCGCCTGGATAC-3’(配列番号3)
5’-CAGTTCCGAAAACCAACAAAATAGA-3’(配列番号4)
【0051】
PROCRの発現は、試料を添加していない細胞におけるPROCRのmRNAの発現量を内部標準である18s ribosomal RNA(18srRNA)の発現量に対する割合として算出したPROCR遺伝子相対発現量(PROCR遺伝子発現量/18srRNA遺伝子発現量)の値を1とし、これに対し、試料を添加して培養した細胞のPROCRの遺伝子相対発現量の値を算出し、評価した。これらの試験結果を以下の表3に示す。
【0052】
【0053】
表3に示されるように、パントテニールエチルエーテルは表皮幹細胞に対して特異的にPROCRの遺伝子発現を促進する効果を有することが確認された。一方で非表皮幹細胞に対するPROCR遺伝子発現促進効果は確認されなかった。パントテン酸及びパンテノールは、表皮幹細胞と非表皮幹細胞のいずれに対しても効果はみられなかった。
本発明の皮膚幹細胞増殖促進剤は、生体内で又は生体外で、皮膚幹細胞の増殖を促進することができる。よって、本発明は、表皮幹細胞や真皮幹細胞の機能低下や不全に起因する皮膚疾患や病態を治療、改善、及び予防するための化粧品や医薬品の製造分野、再生医療や再生美容のための移植材料の製造分野において利用できる。