(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061423
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】制御システムおよび制御方法
(51)【国際特許分類】
G05B 11/36 20060101AFI20240425BHJP
【FI】
G05B11/36 503A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169362
(22)【出願日】2022-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】皆木 亮
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 洋一
【テーマコード(参考)】
5H004
【Fターム(参考)】
5H004GA07
5H004GA10
5H004GB12
5H004GB15
5H004HA07
5H004HB07
5H004HB10
5H004JB23
5H004LA03
(57)【要約】
【課題】通信遅延および外乱が生じる場合にも安定な制御を実現する。
【解決手段】制御システムは、通信網を介して制御対象側へと制御指令値を送り、当該制御対象における制御結果が当該通信網経由で反映されてフィードバック制御を行う制御部と、上記通信網の上記制御部側に設けられ、上記通信網における通信遅延を補償するスミス予測器と、上記通信網の上記制御対象側に設けられ、当該制御対象に対する外乱と当該制御対象のパラメータ誤差とを補償する拡張カルマンフィルタと、を備える。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
通信網を介して制御対象側へと制御指令値を送り、当該制御対象における制御結果が当該通信網経由で反映されてフィードバック制御を行う第1制御部と、
前記通信網の前記制御部側に設けられ、前記通信網における通信遅延を補償するスミス予測器と、
前記通信網の前記制御対象側に設けられ、当該制御対象に対する外乱と当該制御対象のパラメータ誤差とを補償する拡張カルマンフィルタと、
を備える制御システム。
【請求項2】
前記第1制御部は、前記制御対象の制御目標に対する前記制御結果の偏差を減らすようにフィードバック制御を行う請求項1記載の制御システム。
【請求項3】
前記制御目標および前記制御結果として、位置、角度、力およびトルクの少なくとも1つが用いられる請求項2記載の制御システム。
【請求項4】
前記第1制御部は、前記制御指令値として、トルク、力、電流および電圧の少なくとも1つを示す指令値を前記制御対象に入力する請求項3記載の制御システム。
【請求項5】
前記通信網の前記制御対象側に設けられ、前記制御指令値に前記制御対象を追従させ、前記拡張カルマンフィルタによる補償が反映される第2制御部を備える請求項1記載の制御システム。
【請求項6】
通信網を介して制御対象側へと制御指令値を送り、当該制御対象における制御結果が当該通信網経由で反映されてフィードバック制御を行うステップと、
前記通信網における通信遅延を、前記通信網の前記制御部側に設けられたスミス予測器で補償するステップと、
前記制御対象に対する外乱と当該制御対象のパラメータ誤差とを前記通信網の当該制御対象側に設けられた拡張カルマンフィルタで補償するステップと、
を有する制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御システムおよび制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、種々の分野において、通信網などを介して遠隔の制御対象の動作を制御する制御システムが知られている。
例えば、超高齢化社会による労働者不足の解決策として、完全自動化や遠隔操作が提案されているが、全ての課題に対して完全自動化は難しく、自動化に不具合が生じた場合はバックアップとして遠隔操作が求められる。また、完全自動化は自動運転のように、センサ、コントローラ、アクチュエータ等を全て冗長化させないといけないので、高額になってしまう。このため、通信網などを介する動作制御が強く求められる。
通信網では通信遅延が生じるため、通信網などを介する動作制御においては、通信遅延に伴い制御が不安定化する虞がある。即ち、操作側における操作者やコントローラによる操作指令に対して遠隔側の装置などにおける動作が遅れるため、操作側で過剰な操作をしてしまうなど、意図した動作を得るための操作が困難となる。このため、通信遅延に対応する技術が求められる。
例えば特許文献1には、適応スミス予測器で通信遅延を補償する制御システムが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の技術では、通信遅延の正確な測定が必要であり、制御対象のモデルに実際の制御対象との誤差が生じたり、制御対象に外乱が加わったりした場合にも、制御が不安定化する虞がある。
そこで、本発明は、通信遅延および外乱が生じる場合にも安定な制御を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明に係る制御システムの一態様は、通信網を介して制御対象側へと制御指令値を送り、当該制御対象における制御結果が当該通信網経由で反映されてフィードバック制御を行う第1制御部と、上記通信網の上記制御部側に設けられ、上記通信網における通信遅延を補償するスミス予測器と、上記通信網の上記制御対象側に設けられ、当該制御対象に対する外乱と当該制御対象のパラメータ誤差とを補償する拡張カルマンフィルタと、を備える。
【0006】
このような制御システムによれば、スミス予測器による補償と拡張カルマンフィルタによる補償との協働により、通信遅延および外乱が生じる場合にも安定なフィードバック制御が実現される。さらに、制御対象のパラメータ誤差が生じた場合にも安定なフィードバック制御が実現される。
【0007】
上記制御システムにおいて、上記第1制御部は、上記制御対象の制御目標に対する上記制御結果の偏差を減らすようにフィードバック制御を行うことが好ましい。偏差を減らすフィードバック制御により、制御対象における動作などが制御目標に近づく。
また、上記制御システムは、上記制御目標および上記制御結果として、位置、角度、力およびトルクの少なくとも1つが用いられることが好ましい。位置、角度、力およびトルクは、制御対象の動作などで実用上求められる制御量であり、制御目標などに適している。
【0008】
また、上記制御システムにおいて、上記第1制御部は、上記制御指令値として、トルク、力、電流および電圧の少なくとも1つを示す指令値を上記制御対象に入力することが好ましい。トルク、力、電流および電圧は、位置、角度などの制御量を制御する場合も含めて制御の基本要素となるので制御指令値として適している。
【0009】
また、上記制御システムは、上記通信網の上記制御対象側に設けられ、上記制御指令値に上記制御対象を追従させ、上記拡張カルマンフィルタによる補償が反映される第2制御部を備えることが好ましい。通信網の制御対象側に第2制御部が備えられることで、拡張カルマンフィルタによる補償の反映が容易となる。
【0010】
上記課題を解決するために、本発明に係る制御方法の一態様は、通信網を介して制御対象側へと制御指令値を送り、当該制御対象における制御結果が当該通信網経由で反映されてフィードバック制御を行うステップと、上記通信網における通信遅延を、上記通信網の上記制御部側に設けられたスミス予測器で補償するステップと、上記制御対象に対する外乱と当該制御対象のパラメータ誤差とを上記通信網の当該制御対象側に設けられた拡張カルマンフィルタで補償するステップと、を有する。
【0011】
このような制御方法によれば、スミス予測器による補償と拡張カルマンフィルタによる補償との協働により、通信遅延および外乱が生じる場合にも安定なフィードバック制御が実現される。さらに、制御対象のパラメータ誤差が生じた場合にも安定なフィードバック制御が実現される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、通信遅延および外乱が生じる場合にも安定な制御を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の制御システムが適用される遠隔操作系を示す図である。
【
図2】遠隔操作系における制御系に対する比較例を示す図である。
【
図3】本実施形態の遠隔操作系における制御系を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。但し、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするため、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。また、先に説明した図に記載の要素については、後の図の説明において適宜に参照する場合がある。
【0015】
図1は、本発明の制御システムが適用される遠隔操作系を示す図である。
遠隔操作系1は、操作側装置10と、通信ネットワーク20と、遠隔側装置30とを備えている。
操作側装置10は、遠隔側装置30の動作などを制御するための制御指令値を出力する。操作側装置10には、例えば、プログラムなどに基づいて制御指令値を算出するコントローラ11や、操作者の操作を受けて、当該操作に応じた制御指令値を出力する操作デバイス12などが含まれる。操作デバイス12の具体的な形状としては、例えばジョイスティック12aやステアリング12bなどが有る。操作側装置10は、操作デバイス12とコントローラ11とが組み合わされた複合装置であってもよい。
【0016】
操作側装置10は、遠隔側装置30における位置、角度、力およびトルクの少なくとも1つについて制御目標が与えられ、当該制御目標を実現するために、力、トルク、電流および電圧の少なくとも1つの制御指令値を出力する。位置、角度、力およびトルクは遠隔側装置30の動作などで実用上求められる制御量であり、制御目標として適している。また、力、トルク、電流および電圧は、位置、角度などの制御量を制御する場合も含めて制御の基本要素となるので制御指令値として適している。なお、以下では、角度の制御目標とトルクの指令値が採用された例を代表として説明する。
【0017】
通信ネットワーク20は、例えば5GやLPWA(Low Power Wide Area)などのネットワークであり、操作側装置10が出力した制御指令値(トルク指令)を遠隔側装置30へと送る。
遠隔側装置30は、制御指令値によって遠隔操作される装置である。遠隔側装置30には、例えば、ラボ装置31や重機32などが含まれ、搬送ロボットや手術ロボットや工作機器やXYテーブルなども含まれる。遠隔側装置30は、例えばモータや油圧装置などのアクチュエータと、アクチュエータによって駆動される機構部分とを有する。遠隔側装置30のアクチュエータには、駆動トルクの指令値を受けて、指令値が示す駆動トルクをアクチュエータで発生させる駆動制御部が組み込まれている。
【0018】
遠隔側装置30は、アクチュエータによる駆動の結果として機構部分に生じる角度やトルクなどをセンサで検出し、あるいは角度やトルクなどを状態量として算出して、通信ネットワーク20を介して操作側装置10へとフィードバックする。
従って、遠隔操作系1における遠隔側装置30の操作においては、通信ネットワーク20の往復分の通信遅延が生じる。
【0019】
図2は、遠隔操作系1における制御系に対する比較例を示す図である。
比較例の制御系40はフィードバック制御を実行する。
比較例の制御系40は、操作側装置10が有する位置制御部15およびアクチュエータモデル16と、遠隔側装置30が有するアクチュエータ35および機構部分36と、通信ネットワーク20とを備えている。制御系40における制御対象は機構部分36であり、上述したように、一例として機構部分36の出力角度θが制御される。
【0020】
制御系40には、機構部分36に対する制御目標として例えば角度の目標値θ*が入力される。位置制御部15には、角度の目標値θ*と機構部分36における出力角度の計測値θとの差分が入力され、位置制御部15は、当該差分が減少するように電流指令値I*を算出する。
【0021】
電流指令値I*は、アクチュエータモデル16を経てトルク指令値T*に変換され、通信ネットワーク20を介してアクチュエータ35に入力される。トルク指令値T*には、通信ネットワーク20による通信に伴って往路の通信遅延21が生じる。
アクチュエータ35からはトルク指令値T*に等しいトルクが出力され、アクチュエータ35の出力トルクに対してトルク外乱Tが付加される。トルク外乱Tには、遠隔側装置30の外部から伝わる外力や、アクチュエータ35におけるトルク指令値T*との誤差などが含まれる。
【0022】
トルク外乱Tが付加されたアクチュエータ35のトルクで機構部分36が駆動され、機構部分36は角度θを出力する。機構部分36の出力角度θはセンサなどによって計測され、計測値が通信ネットワーク20を介して操作側にフィードバックされる。出力角度の計測値θには、通信ネットワーク20による通信に伴って復路の通信遅延22が生じる。
【0023】
上述したように、フィードバックされた出力角度の計測値θと角度の目標値θ*との差分が求められて位置制御部15に入力される。
なお、上記では一例として角度制御が示されているが、遠隔操作系1における制御は、角速度や角加速度の制御でもよいし、角度と角速度との2変数制御であってもよい。
【0024】
図2に示す比較例の制御系40における伝達関数G(s)は、以下に示す式(1)で表される。
【数1】
【0025】
但し、
s:ラプラス演算子
C(s):位置制御部15における制御モデル
P(s)=1/(Js2+Bs)
J:機構部分36の慣性
B:機構部分36の粘性摩擦
である。
【0026】
比較例の場合、伝達関数G(s)の分母多項式には通信遅延項e-Tsが含まれるため、通信遅延量が大きくなるほど、制御が不安定となる。また、遠隔側装置30のアクチュエータ35に作用するトルク外乱Tや、操作側における制御モデルC(s)に含まれ得るパラメータ誤差によって、応答性の悪化や定常偏差が生じる虞がある。
【0027】
そこで、本実施形態の遠隔操作系1では、以下説明する制御系が用いられる。
図3は、本実施形態の遠隔操作系1における制御系を示す図である。
本実施形態における制御系50は、操作側装置10が有する位置制御部15、アクチュエータモデル16およびスミス予測器51と、遠隔側装置30が有するアクチュエータ35、機構部分36および拡張カルマンフィルタ52と、通信ネットワーク20とを備えている。制御系50における制御対象はアクチュエータ35および機構部分36であり、上述したように、一例として機構部分36の出力角度θが制御される。
【0028】
比較例と同様に、本実施形態における制御系50には、機構部分36の例えば出力角度θに対する制御目標として角度の目標値θ*が入力される。位置制御部15には、角度の目標値θ*と機構部分36における出力角度の計測値θとの差分Es(s)が入力され、位置制御部15は、当該差分(即ち制御の偏差)を減らすように電流指令値I*を算出する。但し、後述するように本実施形態では、差分Es(s)に対してスミス予測器51からの出力値による修正が施される。
【0029】
位置制御部15から出力される電流指令値I*は、アクチュエータモデル16を経てトルク指令値に変換され、通信ネットワーク20を介して遠隔側装置30へと送信される。通信ネットワーク20による通信に際し、往路の通信遅延21が生じる。
位置制御部15は、言い換えると、通信ネットワーク20を介して遠隔側装置30側へと制御指令値(例えばトルク指令値)を送り、当該遠隔側装置30における制御結果(例えば出力角度θ)が通信ネットワーク20で反映されてフィードバック制御を行う。
【0030】
角度の目標値θ
*と出力角度θの計測値との差分Es(s)を修正するためのスミス予測器51の機能は、以下に示す式(2)で表される。
【数2】
【0031】
但し、
Tin:往路の通信遅延21のモデル
Ton:復路の通信遅延22のモデル
Pn(s):制御対象である機構部分36のモデル
である。
【0032】
スミス予測器51は遠隔側装置30における状態として、通信遅延が生じている間の変化分を予測することができるため、当該変化分が差分Es(s)から差し引かれることにより、位置制御部15に、遠隔側装置30の現在の出力角度θと目標値θ*との正確な差分が入力されることになる。つまりスミス予測器51は、通信ネットワーク20の操作側に設けられ、通信ネットワーク20における通信遅延を補償する。スミス予測器51による補償の結果、位置制御部15では、現状に適う電流指令値I*が算出されて制御の安定化が図られる。
【0033】
但し、位置制御部15およびスミス予測器51では、制御対象である機構部分36のモデルに基づいた処理が行われ、一般的には、事前に想定された遠隔側装置30のモデルで位置制御部15およびスミス予測器51の制御パラメータなどが設計される。このため、温度変化などが激しい劣悪な環境で遠隔側装置30が使用されると、想定されたモデルに対して実際の遠隔側装置30(特に機構部分36)における状態が乖離する。そして、モデルとの乖離の結果、過渡応答に乱れが生じたり、定常偏差が生じたりする。
具体的には、例えば粘性摩擦Bが環境温度などによって変化してモデルのパラメータ誤差(即ちモデル誤差)が生じ、その結果、制御の過渡応答に乱れが生じる虞がある。また、例えば遠隔側装置30でトルク外乱Tなどの外乱が生じ、その結果、スミス予測器51による予測にずれが生じて、制御系50による制御に、目標値に対する定常偏差が生じる虞がある。
【0034】
そこで、本実施形態における制御系50には、遠隔側装置30側に拡張カルマンフィルタ52が備えられ、外乱トルクTと粘性摩擦Bの推定が行われる。
拡張カルマンフィルタ52で推定された粘性摩擦Bは操作側にフィードバックされ、位置制御部15における制御モデルC(s)およびスミス予測器51における機構部分36のモデルPn(s)に反映される。この結果、モデル誤差による過渡応答の乱れが抑制される。なお、フィードバックされる粘性摩擦Bの推定値には、通信ネットワーク20による通信に伴って復路の通信遅延22が生じるが、粘性摩擦Bの変化は緩やかであるため問題はない。
【0035】
拡張カルマンフィルタ52で推定されたトルク外乱推定値T(^付)は、通信ネットワーク20を介して遠隔側装置30側に送られてきたトルク指令値の修正に用いられ、修正後のトルク指令値T*がアクチュエータ35に入力される。
アクチュエータ35からはトルク指令値T*に等しいトルクが出力され、アクチュエータ35の出力トルクに対してトルク外乱Tが付加される。アクチュエータ35に入力されたトルク指令値T*はトルク外乱推定値T(^付)で修正されているので、トルク外乱Tの付加分はキャンセルされる。従って、制御で必要とされる正確なトルクで機構部分36が駆動され、正確な出力角度θが得られる。
【0036】
つまり、拡張カルマンフィルタ52は、通信ネットワーク20の遠隔側装置30側に設けられ、遠隔側装置30に対する外乱と遠隔側装置30のパラメータ誤差とを補償する。上述したように、アクチュエータ35には、制御指令値(例えばトルク指令値)に遠隔側装置30を追従させる駆動制御部が組み込まれており、拡張カルマンフィルタ52による補償はアクチュエータ35の駆動制御部に反映される。
図3に示す制御系50における電流指令I
*から出力角度θまでの離散状態方程式は、通信遅延が無視されると以下の式(3)および式(4)で表される。
【数3】
【数4】
【0037】
但し、
k:離散化された時間ステップ
yk:出力角度θの計測値
vk:分散Qのシステムノイズ
wk:分散Rの観測ノイズ
dt:サンプリング周期
である。vkおよびwkは、いずれも平均値ゼロのガウス分布ノイズである。
【0038】
ここで、遠隔側装置30における環境温度変化によって値が常時変動する粘性摩擦Bと、遠隔側装置30に作用する外乱トルクTの2つが拡張カルマンフィルタ52で推定されるため、式(3)および式(4)の状態方程式は、以下の式(5)および式(6)に書き換えられる。
【数5】
【数6】
【0039】
しかしながら、式(5)は非線形方程式であるので、偏微分が用いられた式(7)および式(8)に変形されて拡張カルマンフィルタ52での計算に用いられる。
【数7】
【数8】
【0040】
状態変数xkは、式(5)および式(8)中に定義が示されているように、角度、角速度、粘性摩擦およびトルク外乱を行列にまとめたものである。ukには、式(5)に示されているように、アクチュエータ35に入力されるトルク指令値T*が代入される。
拡張カルマンフィルタ52における具体的な計算は、以下の各ステップで行われる。
【0041】
先ず予測ステップで以下の式(9)および式(10)により、状態変数x(^付)と誤差の共分散行列Pが、1ステップ前の計算値などに基づいて計算される。式(9)および式(10)における添え字k|k-1は、1ステップ前の計算値および代入値に基づいて計算された今ステップの予測値を意味し、添え字k-1|k-1は、1ステップ前の計算値などを意味する。
【0042】
予測ステップでは、1ステップ前のトルク指令値T
*であるu
k―1が用いられるが、今ステップのトルク指令値T
*は予測ステップでu
kに代入される。
【数9】
【数10】
【0043】
但し、ヤコビアン行列Adの定義は式(8)に示されており、Ad
TはAdの転置行列である。
次に、フィルタリングステップでカルマンゲインKkと観測信号yk(即ち出力角度θの計測値)が用いられて、以下の式(11)、式(12)および式(13)によって状態変数x(^付)と共分散行列Pが計算される。式(11)、式(12)および式(13)における添え字k|kは、今ステップの求めたい計算値を意味している。
【数11】
【数12】
【数13】
【0044】
但し、行列Cdの定義は式(6)に示されており、Cd
TはCdの転置行列である。
そして、ヤコビアン行列Adが、上述した定義に従った以下の式(14)により計算され、その後、予測ステップに戻って上記手順が繰り返される。
【数14】
【0045】
拡張カルマンフィルタ52では、上述した手順により状態変数xとして、角度、角速度、粘性摩擦およびトルク外乱の推定値が算出される。分散Qおよび分散Rが適切に設定されることで拡張カルマンフィルタ52は精度よく状態変数xを推定することができる。また、制御対象である遠隔側装置30の機構部分36は既知であり、事前の計測等に基づいて分散Qおよび分散Rを適切に設定する手法についても公知の任意な手法が利用できる。従って、本実施形態における制御系50では、拡張カルマンフィルタ52によって高い精度で状態変数xが推定される。そのため、トルク指令値T*および操作側のモデルC(s)、Pn(s)が精度よく修正され、通信遅延21、22の影響が排除されて、制御の精度が向上するとともに制御の安定が図られる。
【0046】
なお、上記では、スミス予測器51の機能と拡張カルマンフィルタ52の機能について個別に説明したが、制御系50における制御の精度向上と制御安定の効果はスミス予測器51および拡張カルマンフィルタ52の協働による相乗効果である。即ち、粘性摩擦Bのフィードバックによる直接的な協働だけでなく、操作側装置10へとフィードバックされる角度信号θのノイズが拡張カルマンフィルタ52によって低減されることによる間接的な協働によっても制御の精度向上と制御安定の相乗効果が得られる。
なお、拡張カルマンフィルタ52によって角速度の推定値が得られるため、位置制御部15における制御処理として、角度の差分Es(s)に加えて角速度も用いる制御処理が採用されてもよい。制御処理に角速度も用いられることで制御の精度が向上する。
【0047】
次に、制御系50の変形例について説明する。
図4は、変形例の制御系60を示す図である。
変形例の制御系60は、拡張カルマンフィルタ52で推定される粘性摩擦Bが操作側にフィードバックされずにトルク指令値T
*に反映される点を除いて、
図3に示す制御系50と同様である。
【0048】
トルク指令値T
*に反映される粘性摩擦Bの寄与分T
B(^付)は、以下の式(15)で算出される。
【数15】
【0049】
但し、
Bc:操作側のモデルC(s)、Pn(s)に設定された粘性摩擦
Bk:拡張カルマンフィルタ52で推定された粘性摩擦
ω :角速度(=角度θの一回微分)
である。
【0050】
トルク指令値T
*から粘性摩擦Bの寄与分T
B(^付)が減算されることにより、環境温度の変化に伴うモデル誤差が修正され、モデル誤差による過渡応答の乱れが抑制される。
変形例の制御系60においては、スミス予測器51と拡張カルマンフィルタ52とが操作側と遠隔側とに分かれて動作するが、
図3に示す制御系50と同様に、スミス予測器51の機能と拡張カルマンフィルタ52の機能とが相乗的に働いて、制御系60における制御の精度向上と制御安定の効果が得られる。即ち、少なくとも上述した間接的な協働による相乗効果が得られる。例えば、遠隔操作の実機性能(例えば操作者が感じる操作性)における効果は、
図2に示す比較例の制御系40に対するスミス予測器51の機能のみの効果を1とすれば、拡張カルマンフィルタ52の機能のみの効果は0.5程度である。これに対し、
図4に示す変形例の制御系60における効果は3~5程度となり、大きな相乗効果が得られる。
【符号の説明】
【0051】
1…遠隔操作系、10…操作側装置、11…コントローラ、12…操作デバイス、
15…位置制御部、16…アクチュエータモデル、20…通信ネットワーク、
21、22…通信遅延、30…遠隔側装置、31…ラボ装置、32…重機、
35…アクチュエータ、36…機構部分、50、60…制御系、51…スミス予測器、
52…拡張カルマンフィルタ