(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061436
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】反芻動物のメタン産生低減用組成物及びその利用
(51)【国際特許分類】
A23K 10/30 20160101AFI20240425BHJP
A23K 50/10 20160101ALI20240425BHJP
【FI】
A23K10/30
A23K50/10
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169381
(22)【出願日】2022-10-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年3月1日に、雪たねニュース、No.402・北海道版2022.03、p.6-7(雪印種苗株式会社発行)にて公開した。 令和4年3月1日に、雪印種苗株式会社のウェブサイト(https://www.snowseed.co.jp/wp/wp-content/uploads/seednews/402-04.pdf及びhttps://www.snowseed.co.jp/wp/wp-content/uploads/seednews/402-04-02.pdf)にて公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年9月7日に、2022年度(令和4年度)日本畜産学会大会第130回大会講演要旨集、講演番号[I-16-16](https://sstore-confit.atlas.jp/jsas/jsas130/pdf/proceedings/ja/jsas130_all_20220916.pdf?Policy=eyJTdGF0ZW1lbnQiOiBbeyJSZXNvdXJiZSI6Imh0dHBzOi8vc3N0b3JlLWNvbmZpdC5hdGxhcy5qcC9qc2FzL2pzYXMxMzAvcGRmL3Byb2NlZWRpbmdzL2phL2pzYXMxMzBfYWxsXzIwMjIwOTE2LnBkZiIsIkNvbmRpdGlvbiI6eyJEYXRlTGVzc1RoYW4iOnsiQVdTOkVwb2NoVGltZSI6MTY2NzI4MTI4Mn0sIklwQWRkcmVzcyI6eyJBV1M6U291cmNlSXAiOiIwLjAuMC4wLzAifX19XX0_&Signature=W8CwL3zJeaA-Lc8As04~WsFUK4U4qBAdCJYppHHkW7If35iF0OLJrwchKbgKHo7Ou~k5x8efWyAVnUh-20Zg~xKFGhoXuLLV8V3T~LSUPm2iAFfQyqjVsaFnzfWP-6i0BpcQM54Gcl6-~Jq-qxpcs0zvnARGzi1rBU-i5aCPFIQ6uUw48LVFLVdJdtxULEu3mzxdtc66Vu4H6dd1GQzQOkW-MZG5z9J38R0ugMt5h4RetElQWKQg8c2ELysOqgW5PAE26exjjQjxOYGyhDdwkRpOdPTt6ZqXqUHjfbeGFNezxwRswyXAJvX~jP-8~Pz5Ot098xwV~1pwPTjU6OK1Jw__&Key-Pair-Id=APKAIG732Q7COSRHPYNA)にて、公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年9月16日に、2022年度(令和4年度)日本畜産学会大会第130回大会(オンライン開催)、講演番号[I-16-16](https://zoom.us/j/94480320480?pwd=WVpyZTFqZHBtOHFRTHBtMDhDR2JjQT09)にて公開した。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業A-STEPトライアウトタイプ「肉用牛生産における死亡事故を未然に防ぐルーメン内細菌叢調整機能を有する国産木質飼料の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】594182775
【氏名又は名称】株式会社エース・クリーン
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】檜山 亮
(72)【発明者】
【氏名】関 一人
(72)【発明者】
【氏名】原田 陽
(72)【発明者】
【氏名】福間 直希
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 和顕
(72)【発明者】
【氏名】安達 一
(72)【発明者】
【氏名】矢野 琳太郎
【テーマコード(参考)】
2B005
2B150
【Fターム(参考)】
2B005BA01
2B005BA05
2B150AA02
2B150AB04
2B150AB20
2B150BD02
2B150BE02
(57)【要約】
【課題】
反芻動物のメタン産生を低減させる手段を提供する。
【解決手段】
本発明は、シラカンバの蒸煮物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物を提供する。本発明によれば、給餌により反芻動物に摂取させることでメタン産生を低減させることができる組成物が提供される。本発明の組成物は、メタン産生の低減に加えて、嗜好性にも優れた粗飼料として利用することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シラカンバの蒸煮物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物。
【請求項2】
蒸煮物が、シラカンバのチップ又はおが粉の蒸煮物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が60~80質量%、酢酸含量が0.5~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が0.5~5質量%であり、かつpH 3~4である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が65~75質量%、酢酸含量が1~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が1~4質量%であり、かつpH 3~4である、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が65~75質量%、酢酸含量が2~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が2~3質量%であり、かつpH 3~4である、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
反芻動物用の粗飼料又は飼料添加物として用いられる、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
反芻動物のルーメン細菌叢におけるSuccinivibrio属菌、Succiniclasticum属菌及びSelenomonas属菌の存在比率の合計を増加させる、請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
シラカンバの蒸煮物を反芻動物に摂取させることを含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シラカンバの蒸煮物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
メタンは、いわゆる温室効果ガスの一種である。メタンは、二酸化炭素の約20倍の熱吸収率を有し、温暖化に対する寄与率は二酸化炭素に次いで高い。大気中のメタンの量は二酸化炭素を上回る割合で年々増加しており、メタン量の低減、特にメタン発生の抑制は、世界的な課題とされている。
【0003】
メタン発生源の一つとして、反芻動物、特に家畜として大量に飼育されているウシやヒツジ等のルーメン発酵が挙げられる。牛1頭から1日あたり200~600 Lのメタンがげっぷとして放出され、その総量は全世界で年間約20億トン(CO2換算)と推定されており、これは全世界で発生している温室効果ガスの約4%(CO2換算)を占めるともいわれている。
【0004】
また、反芻動物のルーメン発酵によるメタン産生は、飼料から得られるエネルギーの浪費という側面も有する。反芻動物に与えられる植物性飼料は、ルーメンに生息する微生物により水素と二酸化炭素にまで分解される。水素は、反芻動物が栄養として使用する酢酸、酪酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸に変換されるが、ルーメン内のメタン生成菌によって水素がメタンに変換されると、その分、短鎖脂肪酸への変換量が減少してしまう。したがって、反芻動物のメタン産生の抑制は、温室効果ガス発生の抑制に加えて、飼料効率を向上させることにもつながり得る。
【0005】
反芻動物のメタン産生を抑制する方法として、脂肪酸カルシウムを家畜に摂取させる方法がある(特許文献1など)。しかし、脂肪酸カルシウムは家畜の嗜好性に課題がある。また、イオノフォアであるモネンシンを投与する方法も知られているが、モネンシンは抗生物質の一種であり、ヨーロッパを中心に家畜への使用が忌避される社会情勢がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、反芻動物のメタン産生を低減させる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、シラカンバの蒸煮物が、反芻動物ルーメン内のメタン産生を低減し得ることを見出した。
【0009】
本開示は、以下を提供する。
項1.シラカンバの蒸煮物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物。
項2.蒸煮物が、シラカンバのチップ又はおが粉の蒸煮物である、項1に記載の組成物。
項3.蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が60~80質量%、酢酸含量が0.5~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が0.5~5質量%であり、かつpH 3~4である、項1又は2に記載の組成物。
項4.蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が65~75質量%、酢酸含量が1~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が1~4質量%であり、かつpH 3~4である、項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
項5.蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が65~75質量%、酢酸含量が2~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が2~3質量%であり、かつpH 3~4である、項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
項6.蒸煮物が、温度150~210℃、圧力0.5~2.0 MPaで10~80分間、蒸煮することで得られる蒸煮物である、項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
項7.蒸煮物が、温度170~190℃、圧力0.8~1.7 MPaで12~40分間、蒸煮することで得られる蒸煮物である、項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
項8.蒸煮物が、温度150~170℃、圧力0.5~0.8 MPaで40~80分間、蒸煮することで得られる蒸煮物である、項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
項9.反芻動物用の粗飼料又は飼料添加物として用いられる、項1~8のいずれか一項に記載の組成物。
項10.反芻動物のルーメン細菌叢におけるSuccinivibrio属菌、Succiniclasticum属菌及びSelenomonas属菌の存在比率の合計を増加させる、項1~9のいずれか一項に記載の組成物。
項11.シラカンバの蒸煮物を反芻動物に摂取させることを含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための方法。
項12.蒸煮物が、シラカンバのチップ又はおが粉の蒸煮物である、項11に記載の方法。
項13.蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が60~80質量%、酢酸含量が0.5~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が0.5~5質量%であり、かつpH 3~4である、項11又は12に記載の方法。
項14.蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が65~75質量%、酢酸含量が1~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が1~4質量%であり、かつpH 3~4である、項11~13のいずれか一項に記載の方法。
項15.蒸煮物が、乾物中の中性デタージェント繊維含量が65~75質量%、酢酸含量が2~3質量%、及びキシロオリゴ糖含量が2~3質量%であり、かつpH 3~4である、項11~14のいずれか一項に記載の方法。
項16.蒸煮物が、温度150~210℃、圧力0.5~2.0 MPaで10~80分間、蒸煮することで得られる蒸煮物である、項11~15のいずれか一項に記載の方法。
項17.蒸煮物が、温度170~190℃、圧力0.8~1.7 MPaで12~40分間、蒸煮することで得られる蒸煮物である、項11~16のいずれか一項に記載の方法。
項18.蒸煮物が、温度150~170℃、圧力0.5~0.8 MPaで40~80分間、蒸煮することで得られる蒸煮物である、項11~16のいずれか一項に記載の方法。
項19.反芻動物のルーメン細菌叢におけるSuccinivibrio属菌、Succiniclasticum属菌及びSelenomonas属菌の存在比率の合計を増加させる、項11~18のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、反芻動物に摂取させることでメタン産生を低減させることができる組成物が提供される。本発明の組成物は、メタン産生の低減に加えて、嗜好性にも優れた粗飼料として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】in vitroルーメン培養試験での揮発性脂肪酸(VFA)の総濃度(左上図)と、総VFA中のプロピオン酸比率(右上図)、酢酸比率(左下図)及び酪酸比率(右下図)を示すグラフである。横軸は、混合飼料における稲わらのシラカンバ蒸煮物での置換割合である。
【
図2】in vitroルーメン培養試験でのメタン発生量を示すグラフである。横軸は、混合飼料における稲わらのシラカンバ蒸煮物での置換割合である。
【
図3】in vitroルーメン培養試験での細菌叢組成を示すグラフである。横軸は、混合飼料における稲わらのシラカンバ蒸煮物での置換割合である。
【
図4】in vitroルーメン培養試験での、最優占細菌であるPrevotelaa属菌以外の細菌叢組成を示すグラフである。横軸は、混合飼料における稲わらのシラカンバ蒸煮物での置換割合である。
【
図5】in vitroルーメン培養試験での、Succinivibrio属、Succiniclasticum属、及びSelenomonas属の存在比率の合計を示すグラフである。横軸は、混合飼料における稲わらのシラカンバ蒸煮物での置換割合である。
【
図6】in vitroルーメン培養試験での、Streptococcus属、Pseudobutyrivibrio属及びCoprococcus属の存在比率の合計を示すグラフである。横軸は、混合飼料における稲わらのシラカンバ蒸煮物での置換割合である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に示す本発明の説明は、代表的な実施形態又は具体例に基づくことがあるが、本発明はそのような実施形態又は具体例に限定されるものではない。本明細書において「~」又は「-」を用いて表される数値範囲は、特に断りがない場合、その両端の数値を上限値及び下限値として含む範囲を意味する。また、1つの対象に対して複数の数値範囲が示されている場合、ある数値範囲の上限値と別の数値範囲の下限値とを任意に組み合わせることができる。
【0013】
シラカンバ(シラカバ、白樺とも称される、学名Betula platyphylla)は、カバノキ科カバノキ属の広葉樹である。本発明では、シラカンバと称される任意の種、亜種又は変種の樹木を利用することができ、その例としては、狭義のシラカンバ(Betula platyphylla var. japonica Hara)、コウアンシラカンバ(Betula platyphylla var. platyphylla)、オウシュウシラカンバ(Betula pendula)等を挙げることが出来る。好ましいシラカンバは、Betula platyphylla var. japonica Haraである。本発明において、シラカンバは、一種類を単独で用いてもよく、また適宜異なる複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0014】
蒸煮に供される原料としては、シラカンバの根、幹、枝等の部位を適当な形状やサイズに加工したものを用いることができる。好ましい実施形態において、樹皮が付いたままのシラカンバの幹から木材チッパー等の破砕機を用いて作製したチップを原料として用いることができる。また、シラカンバを木材として利用するために切削する際に生じる端材、例えばおが粉やカンナ屑等を原料として用いてもよい。
【0015】
蒸煮は、高圧の飽和水蒸気を用いた加水分解処理である。本発明において、蒸煮は、温度150~210℃、圧力0.5~2.0 MPaで10~80分間行えばよい。蒸煮温度、圧力及び時間は、上述の範囲内で、原料となるシラカンバの形状やサイズ等の要因に応じて適宜調節することができる。原料を均一に処理するため、蒸煮は撹拌を伴ってもよい。
【0016】
好ましい実施形態において、蒸煮は、温度170~190℃、圧力0.8~1.7 MPaで12~40分間、例えば15~40分間行うことができる。より好ましい実施形態において、蒸煮は、温度175~185℃、圧力0.9~1.7 MPaで15~30分間行うことができる。さらに好ましい実施形態において、蒸煮は、温度175~185℃、圧力1.1~1.7 MPaで15~30分間、例えば15~25分間行うことができる。
【0017】
別の好ましい実施形態において、蒸煮は、温度150~170℃、圧力0.5~0.8 MPaで40~80分間行うことができる。より好ましい実施形態において、蒸煮は、温度150~165℃、圧力0.5~0.7 MPaで50~80分間、例えば55~75分間行うことができる。
【0018】
蒸煮は、上述の温度、圧力及び時間での蒸煮を行うことができる装置、例えば特開2021-040606に記載の家畜飼料の製造装置やオートクレーブ等を用いて行えばよい。蒸煮が終了したら、通常の手順に従って装置を徐々に減圧し、常圧に戻した後に内容物を取り出して常温まで冷却することで、蒸煮物を調製することができる。
【0019】
シラカンバの蒸煮物は、飼料として特徴的な成分プロファイルを示す。例えば、シラカンバの蒸煮物は、繊維分を多く含む。飼料分析において総繊維に相当する分析項目として知られている中性デタージェント繊維(NDF)及び総繊維(OCW)で表すと、シラカンバの蒸煮物は、その乾物中NDF含量が60~80質量%、好ましくは65~75質量%であり、また、その乾物中OCW含量が65~85質量%、好ましくは70~80質量%である。
【0020】
シラカンバの蒸煮物は、酢酸を多く含む。シラカンバの蒸煮物は、その乾物中に、0.5~3.5質量%、好ましくは1~3質量%、より好ましくは2~3質量%の酢酸を含む。
【0021】
シラカンバの蒸煮物は、酪酸、乳酸及びプロピオン酸を多く含まない。シラカンバの蒸煮物は、その乾物中に、それぞれ0~0.05質量%、好ましくは0~0.01質量%の酪酸及びプロピオン酸を含む。また、シラカンバの蒸煮物は、その乾物中に、0~1.0質量%、好ましくは0.1~0.5質量%の乳酸を含む。
【0022】
シラカンバの蒸煮物は、pHが3~4、好ましくは3~3.6である。
【0023】
シラカンバの蒸煮物は、キシロオリゴ糖を含む。ここでキシロオリゴ糖とは、キシロースから構成されるオリゴマーであり、その例としては、キシロビオース、キシロトリオース、キシロテトラオース、キシロペンタオースを挙げることができる。シラカンバの蒸煮物は、その乾物中に、0.5質量%以上、例えば1.0質量%以上、好ましくは1.5質量%以上、より好ましくは2.0質量%以上、さらに好ましくは2.5質量%以上のキシロオリゴ糖を含む。シラカンバの蒸煮物におけるキシロオリゴ糖含量は、上述の量以上であればよく、またその上限は、例えば5質量%以下、4.5質量%以下、4質量%以下、3.5質量%以下、3質量%以下であり得る。
【0024】
シラカンバの蒸煮物は、そのまま、あるいは適当なサイズに加工して、粗飼料又は飼料添加物として反芻動物に摂取させることができる。また、シラカンバの蒸煮物は、稲わら等の他の粗飼料、トウモロコシ等の濃厚飼料、ミネラル、ビタミンといった栄養分等と混合して調製される飼料の形態で、例えば反芻動物の養分要求量に適合するように調製されるTMR(total mixed rations; 完全混合飼料)の形態で、反芻動物に摂取させることもできる。シラカンバの蒸煮物を粗飼料として摂取させる場合、反芻動物に与える粗飼料の一部又は全部をシラカンバの蒸煮物と置き換えればよい。
【0025】
さらに、シラカンバの蒸煮物は、反芻動物用の飼料において利用可能な添加物、例えば分散剤、乳化剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を配合し、適当な形態、例えば粉末、顆粒、懸濁液その他の任意の形態の飼料添加物として、反芻動物に摂取させることもできる。
【0026】
シラカンバの蒸煮物を反芻動物に摂取させることで、一般的な粗飼料、例えば稲わら等を摂取させた場合と比較して、ルーメン内のメタン産生を低減させ、反芻動物からのメタン排出を低減させることができる。このように、シラカンバの蒸煮物は、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物として、及び反芻動物からのメタン排出を抑制するための組成物として利用することができる。本発明はまた、シラカンバの蒸煮物を反芻動物に摂取させることを含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための方法を提供する。
【0027】
反芻動物としては、例えばウシ、ヒツジ、ヤギ、シカ等を挙げることができ、好ましい反芻動物はウシである。
【0028】
シラカンバの蒸煮物は、一般的な粗飼料、例えば稲わら等を摂取させた場合と比較して、ルーメン発酵により生成する酢酸、プロピオン酸、酪酸等の揮発性脂肪酸(VFA; 短鎖脂肪酸とも呼ぶ)の総濃度(総VFA濃度)に占めるプロピオン酸の比率を増加させることができ、またルーメン内細菌叢におけるコハク酸経路に関連する細菌であるSuccinivibrio属菌、Succiniclasticum属菌及びSelenomonas属の存在比率の合計を増加させることができる。理論に拘束されるものではないが、シラカンバの蒸煮物は、ルーメン内細菌叢におけるコハク酸経路に関連する細菌の存在比率を増加させ、それによってルーメン発酵により生成される代謝性水素がメタン生成よりもピルビン酸からコハク酸を経てプロピオン酸に至るコハク酸経路において消費されるようになり、ルーメン発酵によるメタン産生の低減や反芻動物が栄養として利用するVFAの産生増強をもたらし得るものと推察される。このように、シラカンバの蒸煮物は、反芻動物のルーメン内細菌叢におけるコハク酸経路の活性化又は増強のための組成物としても利用可能である。
【0029】
また、シラカンバの蒸煮物による総VFA濃度に占めるプロピオン酸比率の増加及びコハク酸経路の活性化又は増強は、代謝性水素の利用に関して競合する関係にある乳酸経路が抑制されることを意味する。シラカンバの蒸煮物は、一般的な粗飼料、例えば稲わら等を摂取させた場合と比較して、ルーメン内細菌叢における乳酸経路に関連するStreptococcus属、Pseudobutyrivibrio属及びCoprococcus属の存在比率が減少させることができる。ルーメン内での乳酸の蓄積は、急性の消化器障害を主体としたルーメンアシドーシス又は血液のpHが低下するアシドーシスと呼ばれる疾病の原因ともなり得ることから、シラカンバの蒸煮物は、メタン産生の低減、コハク酸経路の活性化又は増強に加えて、ルーメンアシドーシスやアシドーシスのリスク低減のための組成物としても利用可能である。
【0030】
さらに、シラカンバの蒸煮物は栄養価が高く、またその酸味から反芻動物、特にウシに対して嗜好性に優れた粗飼料又は飼料添加物として利用することができる。
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0032】
(1)シラカンバ蒸煮物の調製
木材チッパーを用いて、樹皮が付いたままのシラカンバ間伐材から長さ20~40mm程度、幅20~40mm程度、厚さ1~5mm程度のシラカンバチップを作製した。このチップを高圧蒸煮装置(清本鉄工株式会社、10 m3クッカー白樺蒸煮缶、耐圧性能2.00MPa、内容積10.85 m3)に投入し、温度を180℃、圧力を1.23 MPaに設定して、常温常圧から加熱を開始した。加熱開始から18.5分後、設定温度・圧力に到達した。続けて、圧力1.23~1.6MPaで21分間蒸煮を行った。約25分間かけて常圧まで圧力を下げた後、内容物を取り出し、室温にて冷却、風乾したものをシラカンバ蒸煮物1として使用した。
【0033】
また、シラカンバチップを前記高圧蒸煮装置にて、温度を160℃、圧力を0.60 MPaに設定して、常温常圧から加熱を開始した。加熱開始から21分後、設定温度・圧力に到達した。続けて、圧力0.60~0.62MPaで65分間蒸煮を行った。25分間かけて常圧まで圧力を下げた後、内容物を取り出し、室温にて冷却、風乾したものをシラカンバ蒸煮物2として使用した。
【0034】
シラカンバ蒸煮物1の成分分析結果を表1に示す。キシロオリゴ糖以外の成分分析は、粗飼料分析において通常用いられる手法により実施した。
【表1】
【0035】
キシロオリゴ糖の分析は、以下の手法で実施した。
[試料調製] 約1gのシラカンバ蒸煮物に脱イオン水50mLを加え、100℃で1時間熱水抽出した。抽出放冷後に、上清を回収し、孔径0.25μmのフィルターでろ過し、その原液を水希釈し分析試料とした。
[分析] イオンクロマトグラフィーDX-500(日本ダイオネクス株式会社)を使用し、カラムCarbopac PA100(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を取り付けて0.1 mol/L水酸化ナトリウム水溶液を溶離液として0.85 mL/minの流速でキシロオリゴ糖を重合度別に分離し、パルスアンドメトリー検出器ED40により検出した。キシロオリゴ糖標品を用い既知濃度(0.01 mg/mL, 0.02 mg/mL, 0.05 mg/mL)の液により検量線を作成し、定量した。
【0036】
(2)in vitro培養試験
稲わらと濃厚飼料(雪印種苗(株)、ファームエイド18)とを質量比2:10で混合して調製される混合飼料(飼料1)と、飼料1の稲わらの50%をシラカンバ蒸煮物で置き換えた混合飼料(飼料2)、及び飼料1の稲わらの100%をシラカンバ蒸煮物で置き換えた混合飼料(飼料3)を調製した。飼料120 mgをそれぞれ試験管に分注し、人工唾液( McDougall, Biochem J., 1948, 43(1):99-109)6 mlと乾乳牛(帯広畜産大学フィールド科学センターで飼養)から採取したルーメン液3 mlを添加した。嫌気条件にするために試験管にCO2ガスを1分間吹き込んだ後に密栓し、37℃で18時間、嫌気培養を行った。培養後、総ガス発生量を測定し、ヘッドスペースからバキュテナーチューブ(BD Vacutainer(登録商標)、Becton Drive)にガス試料を採取した。その後、試験管のキャップを外し、培養液を採取し、遠心分離により上清と沈殿物をそれぞれ回収した。
【0037】
ガス試料中のメタン濃度を、高速液体クロマトグラフィー(GC-8A、島津製作所)を用いて測定した。分析条件は以下のとおりである。
キャリアガス:ヘリウム、注入口温度:70℃、カラム温度:150℃、検出器温度:150℃、注入ガス量:1 mL
【0038】
上清を蒸留水で3倍希釈した後、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所)を用いて揮発性脂肪酸(VFA)濃度を測定した。分析条件は以下のとおりである。VFA濃度の定量には外部標準定量法を用いた。
カラム:Shim-pak SCR-102H(7 mm、内径8.0 mm×300 mm、島津製作所)、移動相:5 mmol/L p-トルエンスルホン酸、流速:0.8 mL/min、カラム温度:40℃、検出器:電気伝導度検出器(CDD-10AVP、島津製作所)。
【0039】
沈殿物からゲノムDNAを調製し、次世代シーケンス解析用アダプター配列を付加した16S rRNA領域特異的プライマー(V3-V4領域)を用いたPCR反応を行って、アンプリコンライブラリーを調製した。次世代シークエンサーを用いた16S rRNAメタゲノム解析によって、培養後の試料中の細菌の塩基配列を網羅的に決定し、リードの配列情報とリード数に基づいて微生物解析ソフトウェアQIIME 2を用いた細菌叢解析を行った。
【0040】
統計解析は一元配置分散分析を用いて行い、データは平均値±標準誤差で表した。群間比較は一元配置分散分析及びその後のTukey検定により決定した。p<0.05を有意差とした。
【0041】
シラカンバ蒸煮物1を用いた結果を
図1~
図6に示す。総VFA濃度は、飼料1~3の試験区の間に有意な差は見られなかった(
図1左上)。一方、シラカンバ蒸煮物の混合割合が高くなるにつれ、総VFA中のプロピオン酸の比率が増加した(
図1右上)。また、シラカンバ蒸煮物の混合割合が高くなるにつれてメタン発生量は減少し(
図2)、稲わらをシラカンバ蒸煮物にすべて置き換えた飼料3試験区では、飼料1試験区と比較してメタン発生量が19%減少した。総VFA中のプロピオン酸の比率が増加することは、ルーメン発酵によって生じた代謝性水素が、メタンの生成よりもプロピオン酸の生成に利用されていることを示唆する。
【0042】
属レベルで細菌叢を解析した結果、飼料1~3いずれの試験区においてもPrevotella属が最も高い存在比率を示し、試験区間に有意な差は見られなかった(
図3)。また、Prevotella属以外に存在比率が高く、機能が明らかとなっている菌として、Succinivibrio属、Pseudobutyrivibrio属、Coprococcus属、Succiniclasticum属、Selenomonas属及びStreptococcus属の6属が検出された(
図4)。これら6属は全てプロピオン酸生成に関連する菌である。
【0043】
プロピオン酸生成経路は、乳酸経路(アクリル酸経路)とコハク酸経路(ランダム経路)の2つに分けられる。これらの2つの経路は代謝性水素の利用量は同じだが、中間代謝産物及び代謝に関与する菌が異なる。検出された6属を経路ごとに分けて解析を行ったところ、コハク酸経路に関連するSuccinivibrio属、Succiniclasticum属及びSelenomonas属の存在比率はシラカンバ蒸煮物の混合割合と正の相関を示したのに対し(
図5)、乳酸経路に関連するStreptococcus属、Pseudobutyrivibrio属及びCoprococcus属の存在比率はシラカンバ蒸煮物の混合割合と負の相関を示した(
図6)。
【0044】
以上から、シラカンバ蒸煮物は、ルーメン内のメタン生成を抑制することが確認された。また、そのメカニズムとしては、シラカンバ蒸煮物がルーメン内のSuccinivibrio属、Succiniclasticum属及びSelenomonas属の増殖を促進することでコハク酸経路が強化され、それに伴ってプロピオン酸生成も強化された結果、代謝性水素の競合が生じてメタン生成が抑制されるものと推測された。さらに、同時に乳酸経路が抑制されることで、ルーメン内での乳酸蓄積が抑制され、ルーメンアシドーシスのリスクを低減させるものと推測された。