(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024061482
(43)【公開日】2024-05-07
(54)【発明の名称】音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 29/04 20060101AFI20240425BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20240425BHJP
G01N 29/48 20060101ALI20240425BHJP
G01N 29/11 20060101ALI20240425BHJP
【FI】
G01N29/04
G01H17/00 C
G01N29/48
G01N29/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169455
(22)【出願日】2022-10-21
(71)【出願人】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114258
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 武雄
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【弁理士】
【氏名又は名称】白川 洋一
(74)【代理人】
【識別番号】100208605
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 龍一
(72)【発明者】
【氏名】野中 潔
(72)【発明者】
【氏名】小池 耕太郎
(72)【発明者】
【氏名】住吉 裕次郎
【テーマコード(参考)】
2G047
2G064
【Fターム(参考)】
2G047AA09
2G047AA10
2G047BA04
2G047BC03
2G047BC07
2G047BC11
2G047CA03
2G047GD02
2G047GG06
2G047GG20
2G047GG24
2G047GG28
2G047GG33
2G064AB02
2G064AB16
2G064CC46
2G064DD23
(57)【要約】
【課題】騒音や雑音等の環境音を考慮した打音解析を行うこと。
【解決手段】構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置200であって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するデータ取得部201と、前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定する打音特定部203と、前記解析対象時間における前記打音の代表値を算出する代表値算出部207を備える。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置であって、
壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するデータ取得部と、
前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定する打音特定部と、
前記解析対象時間における前記打音の代表値を算出する代表値算出部を備えることを特徴とする音響解析装置。
【請求項2】
前記第1分割区間は、打音間隔の2倍以上4倍以下であることを特徴とする請求項1記載の音響解析装置。
【請求項3】
前記代表値算出部は、前記打音のうち所定範囲内の数値を用いて前記打音の代表値を算出することを特徴とする請求項1記載の音響解析装置。
【請求項4】
前記取得された音圧データのうち前記解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より小さい複数の第2分割区間に分割し、それぞれの第2分割区間の最大絶対値を環境音候補として特定する環境音特定部をさらに備え、
前記代表値算出部は、前記環境音候補に基づいて環境音の代表値を算出することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の音響解析装置。
【請求項5】
前記第2分割区間は、打音間隔の1/18倍以上1/6倍以下であることを特徴とする請求項4記載の音響解析装置。
【請求項6】
前記代表値算出部は、前記環境音候補のうち所定範囲内の数値を用いて前記環境音の代表値を算出することを特徴とする請求項4記載の音響解析装置。
【請求項7】
前記取得された音圧データは、前記壁面に密着するための排圧ファンを備える打診点検ロボを用いて収集された音圧データであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の音響解析装置。
【請求項8】
前記打音の代表値と前記環境音の代表とに基づいて打音指標値を算出し、前記打音指標値と閾値との比較結果に基づいて、前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴とする請求項4記載の音響解析装置。
【請求項9】
前記打音および前記環境音の代表値を用いて打音指標値を算出し、前記打音指標値と閾値との比較結果に基づいて、前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴とする請求項4記載の音響解析装置。
【請求項10】
前記壁面の健全時および不健全時の前記音圧データを教師データとして学習させた機械学習モデルを用い、前記音圧データを用いた機械学習により前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の音響解析装置。
【請求項11】
構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析方法であって、
壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するステップと、
前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定するステップと、を含むことを特徴とする音響解析方法。
【請求項12】
構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析プログラムであって、
壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する処理と、
前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴とする音響解析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラムに関する。
【0002】
従来、建造物の壁部に付着あるいは貼り付けたモルタルやタイル等に剥離、劣化、膨張、空気・異物混入等が生じると、剥離等を生じている部位が落下し、事故を引き起こす原因となることから、定期的に点検が行われている。点検の方法としては、ハンマー状の点検具(打撃棒)を用いて、建造物の壁部を叩打し、その反響音でモルタル等の剥離、劣化、膨張、空気・異物混入等の有無を判別している。かかる方法を一般に打診法と称している。
【0003】
点検箇所が高所である場合は、建造物屋上から昇降ゴンドラを吊り下げ、昇降ゴンドラに乗った作業員が点検用ハンマーを叩打し、点検を行うこともあるが、近年、モーターにより回転する打撃棒を持ち、排圧ファンにより壁面に密着しながらタイヤで壁面を移動する機構を内蔵したロボットが外壁タイルを打撃することで、人が直接打診するための足場などを使用せずに打診が可能な装置や、伸縮する棒にモーター回転する打撃棒を装着した装置等が開発されている。
【0004】
従来は、打診による健全性の判定については、人が打音を聞くことで経験的に健全性を判定する官能検査を行う場合が多かった。一方、この判定を別のアルゴリズムを用いて行うことで、判定者の熟練度に依存しない点検を実現することも検討されている。
【0005】
例えば、特許文献1では、コンクリート構造物の打診検査に関する技術であって、コンクリート構造物の表面に多角形のヘッドを当てながら移動させ、その際に生じる転打音の周波数に対する、転打音の強さの変化を解析し、転打音の強さに応じて壁面が健全か否かを判断する技術が開示されている。
【0006】
また、特許文献2では、コンクリート構造物の打診検査に関する技術であって、剥離部における転打音の減衰が小さくなることに着目し、マイクロホンにより検出される転打音の音圧が閾値を超えたタイミング、および閾値を超えたタイミングからの経過時間から、壁面が健全か否かを判断する技術が開示されている。
【0007】
また、特許文献3では、音圧波形の面積を複数の領域で計算し、特定の部位の波形面積を平均波形面積と比較することで、壁面が健全か否かを判断する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2013-253947号公報
【特許文献2】特開2007-132720号公報
【特許文献3】特開2016-080592号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1、2、3のいずれにおいても、騒音や雑音等の環境音の存在について考慮されていない。そのため、ロボット等の装置を用いて壁面の打診検査を行う場合、打音には機械音や騒音等、打音以外の音が含まれてしまうため、打音のみに基づく解析が困難となっている。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、騒音や雑音等の環境音を考慮した打音解析が可能な音響解析装置、音響解析方法、音響解析プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)上記の目的を達成するため、本発明は、以下の手段を講じた。すなわち、本発明の音響解析装置は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析装置であって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するデータ取得部と、前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定する打音特定部と、前記解析対象時間における前記打音の代表値を算出する代表値算出部を備えることを特徴としている。このように、打音間隔より大きい区間に分割し、最大絶対値を打音として特定することにより、転打子による打音を的確に抽出できる。
【0012】
(2)また、上記(1)記載の音響解析装置において、前記第1分割区間は、打音間隔の2倍以上4倍以下であることを特徴としている。このように、第1分割区間を特定することにより、打音の発生間隔が不規則であっても殆どの場合において打音を各第1分割区間中に含めることができる。
【0013】
(3)また、上記(1)または(2)記載の音響解析装置において、前記代表値算出部は、前記打音のうち所定範囲内の数値を用いて前記打音の代表値を算出することを特徴としている。このように、打音のうち所定範囲内の数値を用いて打音の代表値を算出することで、打音を含まない区間を解析対象から除外できる。
【0014】
(4)また、上記(1)から(3)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記取得された音圧データのうち前記解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より小さい複数の第2分割区間に分割し、それぞれの第2分割区間の最大絶対値を環境音候補として特定する環境音特定部をさらに備え、前記代表値算出部は、前記環境音候補に基づいて環境音の代表値を算出することを特徴としている。このように、打音間隔より小さい区間に分割し、最大絶対値を環境音候補として特定することにより、環境音を抽出できる。
【0015】
(5)また、上記(4)記載の音響解析装置において、前記第2分割区間は、打音間隔の1/18倍以上1/6倍以下であることを特徴としている。このように、第2分割区間を特定することにより、打音を含む短い区間をそれ以外の区間から区別することができる。
【0016】
(6)また、上記(4)または(5)記載の音響解析装置において、前記代表値算出部は、前記環境音候補のうち所定範囲内の数値を用いて前記環境音の代表値を算出することを特徴としている。これにより、打音の含まれる区間の音圧データを排除し、環境音のみが含まれる区間の音圧データを抽出できる。
【0017】
(7)また、上記(1)から(6)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記取得された音圧データは、前記壁面に密着するための排圧ファンを備える打診点検ロボを用いて収集された音圧データであることを特徴としている。これにより、点検箇所が高所であった場合でも、打音を取得でき、壁面の健全性評価ができる。
【0018】
(8)また、上記(1)から(7)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記打音の代表値と前記環境音の代表とに基づいて打音指標値を算出し、前記打音指標値と前記第1閾値との比較結果に基づいて、前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴としている。これにより、環境音を考慮した壁面の健全性評価ができる。
【0019】
(9)また、上記(1)から(7)のいずれかに記載の音響解析装置において、前記打音および前記環境音の代表値を用いて打音指標値を算出し、前記打音指標値と前記第2閾値との比較結果に基づいて、前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴としている。これにより、環境音を考慮した壁面の健全性評価ができる。
【0020】
(10)また、上記(1)から(9)のいずれかに記載の音響解析装置は、前記壁面の健全時および不健全時の前記音圧データを教師データとして学習させた機械学習モデルを用い、前記音圧データを用いた機械学習により前記壁面の健全性を評価する解析評価部、をさらに備えることを特徴としている。これにより、取得した音圧データや音圧データの波形から、容易に壁面の健全性を評価できる。
【0021】
(11)また、本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析方法であって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得するステップと、前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定するステップと、を含むことを特徴としている。このように、打音間隔より大きい区間に分割し、最大絶対値を打音として特定することにより、転打子による打音を的確に抽出できる。
【0022】
(12)また、本発明は、構造物の健全性評価のために解析対象音を抽出する音響解析プログラムであって、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する処理と、前記取得された音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し、それぞれの前記第1分割区間の最大絶対値を打音として特定する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴としている。このように、打音間隔より大きい区間に分割し、最大絶対値を打音として特定することにより、転打子による打音を的確に抽出できる。
【発明の効果】
【0023】
このように、本発明によれば、騒音や雑音等の環境音を考慮した打音解析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】(a)、(b)および(c)は、それぞれ点検装置の正面図、背面図および側面図である。
【
図3】点検装置を用いて構造物の壁面の打診点検の様子を示す図である。
【
図4】本実施形態に係る音響解析装置を示すブロック図である。
【
図5】(a)~(d)は、それぞれ打音および環境音の区間の分割および平均値の算出手順を示す図である。
【
図6】録音した音圧データの打音および環境音の平均値を示す図である。
【
図7】(a)、(b)は、それぞれ健全な壁面(健全部)および剥離が乗じている壁面(剥離部)の音圧比を示す図である。
【
図8】(a)、(b)は、それぞれ壁面の健全性の評価結果を示す図である。
【
図9】音響解析装置の動作を示すフローチャートである。
【
図10】(a)、(b)それぞれ壁面Aの健全部および剥離部の音圧データを示すグラフである。
【
図11】(a)、(b)それぞれ壁面Bの健全部および剥離部の音圧データを示すグラフである。
【
図12】(a)、(b)それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の打音の分割区間に対応する最大絶対値の除外率と、最大絶対値の標準偏差σ
1および音圧を示すグラフである。
【
図13】(a)、(b)それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の有効音圧範囲と除外率の関係を示すグラフである。
【
図14】(a)、(b)それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の打音の分割区間に対応する最大絶対値の除外率と、最大絶対値の標準偏差σ
2および音圧を示すグラフである。
【
図15】(a)、(b)それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の有効音圧範囲と除外率の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、図面を参照しながら、本発明の実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0026】
[点検装置]
図1(a)、(b)および(c)は、それぞれ点検装置の正面図、背面図および側面図である。
図2は、転打部の概略構成を示す図である。点検装置100は、複数の転打部101、駆動モーター(図示しない)、排圧ファン111、マイク113、タイヤ115を少なくとも備える。各転打部101は、支持軸103および転打子105を備えている。
【0027】
転打子105は、横断面形状が正六角形であり、縦断面形状が略円形または略楕円形を持つ多面体に形成されており、支持軸103の先端部に回動可能に支持されている。横断面とは、支持軸103に対し垂直方向の断面であり、縦断面とは、支持軸103に対し平行な方向の断面である。転打子105の外周面には6面の転打面105aおよび角部105bが形成されている。
【0028】
構造物の壁面(表面ともいう)を、転打部101を回転させながら転打子105を転動させ、転打子105の転打音により、当該点検箇所における剥離等の有無の点検を行うことができる。本実施形態では、一例として3つの転打部101を有しているが、これに限定されない。転打部101は1つでもよいし、2つ、4つ、それ以上有していてもよい。
【0029】
排圧ファン111は、駆動モーターにより回転し、構造物の壁面から排圧ファン111の外側へ空気の流れを形成することにより、点検装置が構造物の壁面から離れないよう維持する。タイヤ115が回転することにより、点検装置が構造物の壁面を移動する。このように、排圧ファン111とタイヤ115を有することで、点検装置100を構造物の壁面に安定して当接させながら移動させることができる。
【0030】
マイク113は、転打子105の転打音を取得する。本実施形態で用いるマイクは、モノラルマイクロホンであり、アクティブノイズキャンセリング機能は有していない。マイクの音を集音する集音部に、吸音材を装着し、音圧レベルの調整を行うことができる。これにより、取得した音圧データの音圧がマイクロホンで取得可能な音圧を上回ることで音割れが起きることを防ぐ。マイクには録音機能を有していてもよいし、マイクで取得した音圧データを遠隔地に転送する機能を有していてもよい。
【0031】
図3は、
図1に示す点検装置を用いて構造物の壁面の打診点検の様子を示す図である。本実施形態の点検装置100は、
図3に示すように、点検装置100を左右に振りながら、徐々に下から上へ移動させつつ打診点検を行うことができる。このように、構造物300の高さによって、点検箇所が手の届かない箇所であっても、構造物の屋上などから点検装置を吊り下げ、打診点検を行うことができる。点検装置は、吊り下げて用いる他、遠隔地からリモートコントローラーで制御し駆動させることも可能である。
【0032】
[音響解析装置]
図4は、本実施形態に係る音響解析装置を示すブロック図である。
図5(a)~(d)は、それぞれ打音および環境音の区間の分割および平均値の算出手順を示す図である。音響解析装置200は、データ取得部201、打音特定部203、環境音特定部205、代表値算出部207、解析評価部209を備えている。音響解析装置200は、例えばPCのような処理装置であり、処理を実行するプロセッサおよびプログラムやデータを記憶するメモリまたはハードディスク等により構成される。例えば、音響解析装置200は、キーボード、マウス等の入力装置からユーザの入力を受け、ディスプレイ等の出力装置へ処理結果を出力する。なお、音響解析装置200は、クラウド上に置かれたサーバ装置であってもよい。
【0033】
データ取得部201は、構造物の壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する。点検装置100と音響解析装置200とは有線または無線によるネットワークにより通信可能であり、相互にデータを送受信できる。また、それぞれがデータを出力または入力した記録媒体を介してデータを送受信することもできる。また、音響解析装置200が点検装置100内に取り込まれ、測定装置として一体化していてもよい。
【0034】
打音特定部203は、データ取得部201で取得した音圧データから、打音の特定を行う。
図5(a)に示すように、データ取得部201で取得した音圧データのうち、解析対象時間に含まれる音圧データを、転打子の打音間隔より大きい時間の間隔で、複数の区間(以下、第1分割区間ともいう)に分割する。そして、各第1分割区間における音圧の最大絶対値をとるピークを打音として特定する。壁面のタイル等の剥離の状態により、タイル等の高さが異なる、または転打子の空打ちが生じるなどの理由により、打音の発生や打音の大きさは非規則である。そのため、取得した音圧データを適切な区間で分割を行う必要がある。第1分割区間の長さ[s]は、転打子の打音間隔の2倍以上4倍以下であることが好ましく、3倍がより好ましい。これにより、第1分割区間を特定することにより、打音の発生間隔が不規則であっても殆どの場合において打音を各第1分割区間中に含めることができる。
【0035】
ここで、打音とは、転打子により壁面を打診したときに生じる音を指す。環境音は、排圧ファンの駆動音、タイヤの走行音、騒音等、打音以外の音を指す。また、解析対象時間とは、取得した音圧データから抽出した任意の時間区間である。また、
図5(a)、(b)に示す例では、解析対象時間として取得した音圧データのうち、1秒間の音圧データを示している。抽出した時間を1秒間としたのは、波形をわかりやすく示すためであり、実際の解析対象時間はこれに限らない。また、打音間隔とは、点検装置を用いて打診点検を行った時の転打子の平均打音間隔である。転打子で打診したときに発生する打音は、タイル等の高さが異なる、または転打子の空打ちが生じるなどの理由により、必ずしも一定間隔で生じる音ではない。そのため、転打子の平均打音間隔を用いることが好ましい。
【0036】
環境音特定部205は、データ取得部201で取得した音圧データから、環境音の特定を行う。
図5(c)に示すように、データ取得部201で取得した音圧データのうち、解析対象時間に含まれる音圧データを、転打子の打音間隔より小さい時間の間隔で、複数の区間(以下、第2分割区間ともいう)に分割する。そして、各第2分割区間における音圧の最大絶対値をとるピークを環境音候補として特定する。環境音ではなく、環境音候補としたのは、第2分割区間の最大絶対値が打音である可能性もあるためである(以下、単に環境音ともいう)。第2分割区間の長さ[s]は、転打子の打音間隔の1/18倍以上1/6倍以下であることが好ましく、1/12倍がより好ましい。これにより、第2分割区間には、極力打音を除外し、環境音のみの音圧データを抽出できる。
【0037】
打音特定部203の説明として記載した通り、解析対象時間とは、取得した音圧データから抽出した任意の時間区間である。また、
図5(c)、(d)に示す例では、解析対象時間として取得した音圧データのうち、0.1秒間の音圧データを示している。抽出した時間を0.1秒間としたのは、波形をわかりやすく示すためであり、実際の解析対象時間はこれに限らない。このように解析対象時間を分割することにより、打音を取り除き、的確に環境音の音圧データを抽出できる。
【0038】
代表値算出部207は、打音特定部203および環境音特定部205で特定した打音および環境音から、打音および環境音の代表値をそれぞれ算出する。打音の代表値とは、打音特定部203で打音として特定した各第1分割区間の打音から算出される値である。環境音の代表値とは、環境音特定部205で環境音候補として特定した各第2分割区間の環境音から算出される値である。代表値には、平均値、中央値が含まれる。
【0039】
打音の代表値の算出方法について説明する(
図5(b))。まず、各第1分割区間における音圧の最大絶対値の平均値(P
10)を求める。この各第1分割区間における音圧の最大絶対値の平均値(P
10)を、打音の代表値としてもよい。ただし、この音圧の最大絶対値の平均値(P
10)には、突発的な音・打撃部の滑りなどの打音が含まれる。そこで、より好ましくは、各第1分割区間において、音圧の最大絶対値が、所定範囲を外れた区間を除外し、残ったデータについて、改めて各第1分割区間における音圧の最大絶対値の平均値(P
11)を求め、この平均値(P
11)を打音の代表値としてもよい。所定範囲とは、平均値(P
10)±任意の倍率×σ
1(σ
1:標準偏差)で求められる範囲を指す。任意の倍率は、2.0~3.5が好ましく、2.5がより好ましい。これにより、音圧の低い打音を集計に含めることができ、かつ、打音を含まない区間を除外することができる。
【0040】
次に、環境音の代表値の算出方法について説明する(
図5(d))。まず、各第2分割区間における音圧の最大絶対値の平均値(P
20)を求める。この各第2分割区間における音圧の最大絶対値の平均値(P
20)を、環境音の代表値としてもよい。ただし、この音圧の最大絶対値の平均値(P
20)には、打音が含まれている。環境音の音圧を正確に特定するには、打音が含まない区間の音圧を元に算出することが好ましい。そこで、より好ましくは、各第2分割区間において、音圧の最大絶対値が、所定範囲を外れた区間を除外し、残ったデータについて、改めて各第2分割区間における音圧の最大絶対値の平均値(P
21)を求め、この平均値(P
21)を打音の代表値としてもよい。所定範囲とは、平均値(P
20)±任意の倍率×σ
2(σ
2:標準偏差)で求められる範囲を指す。任意の倍率は、0.6~2.0が好ましく、1.0がより好ましい。
【0041】
図6は、録音した音圧データの打音および環境音の平均値を示す図であり、上述した算出方法に基づいて求めた録音した音圧データの打音および環境音の平均値である。
【0042】
解析評価部209は、各解析対象時間で求めた平均値をはじめとする統計値に基づいて壁面の健全性を評価する。壁面の健全性の評価方法として、例えば、健全性評価用の閾値を設定し、打音の代表値と閾値との比較結果に基づいて評価する方法がある。健全性評価用の閾値は、壁面の一部において人が直接打診点検を行い、判定した結果を用いて、閾値を設定するのがより好ましい。
【0043】
また、解析評価部209では、同種の構造物や壁面の健全部、剥離部の音圧データや音圧データの波形、各解析対象時間で求めた平均値や閾値をはじめとする統計値、その他、今までに取得し又は判定したデータを予め記憶しておいてもよい。各種データを蓄積し、分析していくことにより、健全性評価用の閾値の設定も人の判定結果に頼ることなく、精度を高めることができ、かつ、壁面の健全性を様々な視点から検討し、構造物の健全性を評価できるようになる。
【0044】
図7(a)、(b)は、それぞれ健全な壁面(健全部)および剥離が乗じている壁面(剥離部)の音圧比を示す図である。
図8(a)、(b)は、それぞれ壁面の健全性の評価結果を示す図である。なお、剥離が乗じている壁面(剥離部)とは、不健全な壁面(不健全部)をさす。
【0045】
まず、健全部および剥離部において、解析対象時間ごとの音圧比を算出し、健全部の音圧比の平均値および剥離部の音圧比の平均値を算出する(
図7(a)、(b))。音圧比とは、代表値算出部で算出した各解析対象時間の打音の平均値と環境音の平均値との比(打音の平均値/環境音の平均値)である。このような音圧比は、閾値と比較し壁面の健全性を評価する際の打音指標値として用いられる。打音指標値としては、打音の代表値と環境音の代表値との音圧差を用いてもよい。また、音圧のピークごとに特定される打音と環境値の代表値とで算出される音圧比または音圧差を用いてもよい。
【0046】
次に、算出した健全部の音圧比の平均値と剥離部の音圧比の平均値との中間を閾値に設定し、各解析対象時間の音圧比と閾値との比較結果に基づいて、壁面の健全性を評価する。
図8(a)、(b)に示すように、算出した閾値に対する解析対象時間の音圧比の大小により、壁面の健全性を評価できる。つまり、解析対象時間の音圧比が閾値未満の場合は、壁面は健全であると判断でき、解析対象時間の音圧比が閾値以上の場合は、壁面に剥離が生じていると判断できる。
【0047】
音圧比の他、音圧差で閾値を設定することも可能である。音圧差とは、代表値算出部で算出した各解析対象時間の打音の平均値と環境音の平均値との差(打音の平均値-環境音の平均値)である。まず、健全部および剥離部において、解析対象時間ごとの音圧差を算出する。
【0048】
次に、算出した健全部の音圧差の平均値と剥離部の音圧差の平均値との中間を閾値に設定し、各解析対象時間の打音の平均値と閾値との比較結果に基づいて、壁面の健全性を評価する。算出した閾値に対する解析対象時間の音圧差の大小により、壁面の健全性を評価することもできる。つまり、解析対象時間の音圧差が閾値未満の場合は、壁面は健全であると判断でき、解析対象時間の音圧差が閾値以上の場合は、壁面に剥離が生じていると判断できる。
【0049】
さらに、音圧比および音圧差から算出される閾値は、上述した算術平均以外にも、0<a<1の係数aを用いて以下に示す式で算出してもよい。健全部の打音の音圧、環境音の音圧をそれぞれN
hit、N
back、剥離部の打音の音圧、環境音の音圧をそれぞれA
hit、A
back、ある壁面を打診した時に得られる打音の音圧S
hit、環境音の音圧S
backとした場合、音圧比によって算出される閾値T
1は、式(1)で表現され、閾値T
1に対する(S
hit/S
back)の値の大小により壁面の健全性を評価できる。
【数1】
【0050】
あるいは、音圧差によって算出される閾値T
2は、式(2)で表現され、閾値T
2に対する(S
hit-S
back)の値の大小により壁面の健全性を評価できる。なお、各式における音圧には代表値を用いることができる。
【数2】
【0051】
また、上述した各閾値と打音の音圧とを比較し、各閾値と打音音圧の値の大小により壁面の健全性を評価してもよい。
【0052】
解析評価部209は、さらに機械学習モデルに代表されるAI機能を有していてもよい。例えば、入力層、中間層および出力層からなるニューラルネットワークで構成される機械学習モデルを利用できる。壁面の健全時および不健全時打音の音圧データや音圧データの波形を教師データとして、機械学習モデルに学習させていくことにより、閾値を算出することなく、取得した音圧データや音圧データの波形から、壁面の健全性を評価できる。なお、取得した打音の音圧データや音圧データの波形から、各解析対象時間において算出された打音または打音の代表値や環境音の代表値を教師データとして利用してもよい。このように、取得した音圧データや音圧データの波形、そして、それらデータから算出される値を教師データとして蓄積していくことにより、壁面の健全性の評価の精度をより高めることができる。
【0053】
[壁面の健全性評価手順]
図9は、音響解析装置の動作を示すフローチャートである。
図9のフローチャートには、壁面の健全性評価手順として音響解析方法が示されている。
図9に示すように、まず、壁面の打診点検時に生じる音圧データを取得する(ステップS1)。音圧データには、打音の音圧データ以外に、騒音などの環境音の音圧データも含まれる。
【0054】
次に、取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より大きい複数の第1分割区間に分割し(ステップS2)、それぞれの第1分割区間の最大絶対値を打音として特定する(ステップS3)。解析対象時間における打音の代表値を算出する(ステップS4)。
【0055】
次に、取得した音圧データのうち解析対象時間に含まれる音圧データを、打音間隔より小さい複数の第2分割区間に分割し(ステップS5)、それぞれの第2分割区間の最大絶対値を環境音候補として特定する(ステップS6)。解析対象時間における環境音の代表値を算出する(ステップS7)。
【0056】
打音の代表値と環境音の代表値とに基づいて、打音指標値を算出し(ステップS8)、打音指標値と閾値とを比較する(ステップS9)。または、ステップS8で、それぞれ分割区間で特定された打音と環境音により打音指標値を算出し、閾値とを比較してもよい。
【0057】
このようにして打音指標値を閾値と比較した結果、打音指標値が閾値未満であった場合は、壁面は健全であると判定し、処理を終了する。一方、比較した結果、閾値以上であった場合は、壁面は不健全(剥離が生じている)と判定し、処理を終了する。以上のような手順は、コンピュータにプログラムを実行させることで可能となる。
【0058】
[実施例]
音響解析について、以下の通り検証した。まず、官能検査により健全部と判断された壁面、タイルが剥離していると判定された壁面それぞれに対し、
図1に示す点検装置を約10秒間駆動させ、その間の打診音を録音した。
【0059】
具体的には、2種類の壁面A、Bを準備した。壁面A、Bは、寸法が45mm×95mmの陶器製のタイルを圧着張りによって施工された壁面であり、いずれの壁面にも健全部と剥離部を有する。壁面A、Bのいずれに対しても排圧ファン、タイヤ、およびモーターを備えた点検装置を用いたため、点検装置の転打部を回転させるためのモーター音、壁面に点検装置を当接させるための排圧ファンの駆動音や壁面を移動するタイヤの走行音等が雑音として、集音した音圧データに含まれる。また、壁面Bには、周辺に空調設備があり、集音した音圧データに空調設備由来の雑音がさらに含まれる。壁面A、B上を、点検装置を約10秒間駆動させ、その間の打診音を録音した。
【0060】
図10(a)、(b)は、それぞれ壁面Aの健全部、剥離部の音圧データを示すグラフである。
図11(a)、(b)は、それぞれ壁面Bの健全部、剥離部の音圧データを示すグラフである。
図10(a)、(b)および
図11(a)、(b)に示すデータでは、録音した10秒間の音圧データのうち1秒間の音圧データのみが抽出されている。録音した音圧データの音圧は、マイクの集音可能な最大音圧が1となるよう正規化している。
【0061】
(打音の解析)
次に、抽出した音圧データを用いて、打音および環境音の解析を行った。まず、打音の解析を行った。録音した音圧データを転打子の平均打音間隔の数倍程度の長さに分割した。
【0062】
転打子の平均打音間隔は、
図1に示す点検装置を用いて、壁面を打診したときの打音を録音し、録音した打音の音圧データの波形から、1秒あたりに含まれる打音の平均数を算出し、算出した平均数の逆数をとる方法で算出した。その結果、点検装置の転打子の平均打音間隔は平均して0.06秒であったため、その3倍である0.18秒ごとに音圧データを分割し、区間毎に音圧の最大絶対値を求めた。本実施例では、分割幅を決めるにあたり、転打子の平均打音間隔を用いたが、これに限らない。例えば、壁面を打診する転打子の回転数を基準として決定してもよい。
【0063】
なお、転打子の平均打音間隔を算出するために打診した壁面は、一般的に壁面として用いられるセラミックスのタイルとした。また、打音の平均打音間隔は、主に転打子の材質(剛性)、回転速度、転打子の数、転打子の形状に依存し、モルタル等のセメント基材料や、陶器、セラミックス、硬質プラスチック等から形成されたタイルなど、壁面の材料による平均打音間隔の変化は小さいことから、打音の平均打音間隔を算出するにあたり、壁面の材料は考慮しない。
【0064】
その結果、各区間の最大絶対値の平均値および標準偏差は、表1に示す通りとなった。突発的に大きな音や、打撃部の滑りなどで打音が含まれなかった区間を除くため、各区間のうち、音圧の最大絶対値が音圧の平均値±2.5×標準偏差σ1の範囲を外れた区間を除外した範囲を有効音圧範囲とし、残った音圧データについて改めて平均値をとって打音音圧とした。
【0065】
【0066】
まず、妥当な分割区間の幅を検証した。
図12(a)、(b)は、それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の打音の分割幅を0.06秒、0.1秒、0.18秒、0.3秒、0.5秒と変えた時の最大絶対値の除外率(音圧の平均値±2.5σ
1の範囲に入らず、有効とみなされなかったデータの割合)と、最大絶対値の標準偏差σ
1および音圧を示すグラフである。検証を行うにあたり、打音データの例として、最も打音レベルの小さい壁面Aの健全部のデータと、最も打音レベルの大きい壁面Bの剥離部のデータを用いた。
【0067】
図12(a)、(b)に示す通り、分割幅が小さくなると、除外率および偏差が上昇する。これは、打音の発生が不規則であり、分割幅を小さくすると打音を含まない区間が多く発生するためである。本実施形態においては、打音の平均値を打音音圧とするため、打音を含まない区間が多く発生することは望ましくない。
【0068】
一方、分割幅を大きくすると、音圧が上昇し頭打ちになっているが、これは複数の打音が同一区間内に含まれる場合、同一区間内の最大音圧の打音のみが計算に使用されることになるためである。この場合、音圧の大きい打音だけが評価されることになり、打音の平均的な音圧を求める上では望ましくない。
【0069】
以上により、検討した範囲では、妥当な評価結果を得るためには、平均的な打音間隔の2~4倍程度の範囲が好ましく、さらに、打音間隔の3倍がより好ましいことがわかった。
【0070】
次に、妥当な有効音圧範囲について、検証した。
図13(a)、(b)は、それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の有効音圧範囲と除外率の関係を示すグラフであり、有効音圧範囲として標準偏差に対する倍率を1.5、2.0、2.5、3.0、3.5倍と変えた結果を示している。本検証においても、検証を行うにあたり、打音データの例として、最も打音レベルの小さい壁面Aの健全部のデータと、最も打音レベルの大きい壁面Bの剥離部のデータを用いた。
【0071】
図13に示すように、有効音圧範囲を小さくすると、打音の中でも音圧の低かった打音が集計から漏れてしまう。一方、有効音圧範囲を大きくしすぎると、仮に打音を含まない区間があった場合に、環境音の音圧を集計に加えてしまう。ただし、本実施例では、いずれの区間にも打音が含まれていたため、環境音の音圧を集計に加えてしまうことはなかった。
【0072】
以上により、妥当な評価結果を得るためには、有効音圧範囲として標準偏差の2.0~3.5倍程度の範囲が好ましく、さらに、標準偏差の2.5倍がより好ましいことがわかった。
【0073】
(環境音の解析)
次に、環境音の解析を行った。環境音の解析では、集音した音圧データを転打子の平均打音間隔よりも十分短い長さに分割した。本実施例で用いた点検装置の転打子の打音の間隔は平均して0.06秒であるため、その1/12である0.005秒ごとに音圧データを分割し、区間毎に音圧の最大絶対値を求めた。その結果、各区間の最大絶対値の平均値および標準偏差は、表2に示す通りとなった。環境音の音圧は、打音が含まれない区間の音圧を元に評価した。打音が含まれる区間を除くため、各区間のうち、音圧の最大絶対値が音圧の平均値±1.0×標準偏差σ2の範囲を外れた区間を除外した範囲を有効音圧範囲とし、残った音圧データについて改めて平均値をとって環境音音圧とした。
【0074】
【0075】
第2分割区間の分割幅について、検証した。
図14(a)、(b)は、それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の打音の分割区間を0.002秒、0.005秒、0.01秒、0.02秒と変えた時の最大絶対値の除外率(音圧の平均値±1.0σ
2の範囲に入らず、有効とみなされなかったデータの割合)と、最大絶対値の標準偏差σ
2および音圧を示すグラフである。
【0076】
図14(a)、(b)に示す通り、分割幅を大きくとると打音を含む区間の割合が増加し、最大絶対値もその区間の重みが大きくなるため、音圧が実際の環境音音圧よりも大きく評価されてしまう。一方、区間が小さすぎる場合、環境音の中でも音圧が小さい区間を評価してしまうことが多くなり、偏差が大きくなり、環境音音圧を過小に評価してしまう。
【0077】
以上により、検討した範囲では、妥当な評価結果を得るためには、平均的な打音間隔の1/18~1/6倍程度の範囲が好ましく、さらに、打音間隔の1/12倍がより好ましいことがわかった。
【0078】
次に、妥当な有効音圧範囲について、検証した。
図15(a)、(b)は、それぞれ壁面Aの健全部および壁面Bの剥離部の有効音圧範囲と除外率の関係を示すグラフであり、標準偏差に対する倍率を0.5、1.0、1.5、2.0、2.5倍と変えた結果を示している。
【0079】
図15に示すように、有効音圧範囲を小さくすると、打音のみならず、環境音の中の音圧が低かった区間も除外してしまうことになり、除外率が高くなる。一方、有効音圧範囲を大きくすると、打音も拾ってしまうことになる。壁面A、Bのいずれにおいても倍率を1.0とした時が、音圧が最小となっており、打音を除いた環境音の平均的な値を評価できていると考えられる。
【0080】
以上により、検討した範囲では、妥当な評価結果を得るためには、有効音圧範囲として標準偏差の0.6~2.0倍程度の範囲が好ましく、さらに、標準偏差の1.0倍がより好ましいことがわかった。
【0081】
このように求めた打音音圧および環境音音圧を用いて打音指標値や健全性判定の閾値を算出することができる。打音指標値としては、打音音圧と環境音音圧の比(音圧の比)をとる方法や、打音音圧と環境音音圧の差(音圧の差)をとる方法が考えられる。ここでは、音圧の比および音圧の差について、健全部の値と剥離部の値の算術平均をとったものを閾値(それぞれ「閾値(比)」「閾値(差)」と呼称する)として設定した。表3はこれらの値をまとめた表である。
【0082】
【0083】
壁面A、Bそれぞれについて、官能試験で健全と判定された箇所、剥離と判定された箇所をそれぞれ5か所選定し、各箇所で1秒間の録音を3セット行い、(健全部/剥離部×5ヶ所×3セットで30データを取得することとなる)、閾値(比)と閾値(差)を用いて官能試験と同じ判定を行うか確認した。表4は、判定結果を示す表である。
【0084】
【0085】
表4に示すように、全体的に正答率は高く、環境雑音のある壁面Bでも90%程度の正解率が得られた。本発明の、波形から打音音圧・雑音音圧を求め、それらを指標とした判定を行う方法は構造物の健全性評価に有用であることがわかった。
【0086】
上述した方法にて構造物に対し健全性評価を行った後、剥離部と判断した箇所の壁面については、壁面の交換を行うなどの対応を行う。また、壁面の交換を行う前に、剥離部と判断された箇所に対し、直接、人が転打子などの打診器具を用いて、再度、打診点検を行い、最終的に剥離部であると判断してもよい。このように、点検装置により点検を行うことにより、人が直接打診点検を行う箇所を限定し作業負担を軽減できる。
【0087】
今回の結果では、壁面Aは閾値(音圧の比)で判定する方が、壁面Bは閾値(音圧の差)で判定する方が高い正解率となった。今回は単に音圧の比や音圧の差を用いた単純な指標としたが、機械学習等を組み合わせることで更なる正答率の向上が期待される。
【0088】
本明細書では、構造物の壁面の健全性の判定方法について、剥離(剥離部)を一例として説明したが、これに限定されない。建造物の壁面に付着あるいは貼り付けたモルタルやタイル等の剥離の他、劣化、膨張、空気・異物混入等が生じた場合も、同様に適用できる。
【0089】
以上説明したように、本実施形態によれば、騒音や雑音等の環境音を考慮した打音解析が可能となる。
【符号の説明】
【0090】
100 点検装置
101 転打部
103 支持軸
105 転打子
105a 転打面
105b 角部
111 排圧ファン
113 マイク
115 タイヤ
200 音響解析装置
201 データ取得部
203 打音特定部
205 環境音特定部
207 代表値算出部
209 解析評価部
300 構造物