(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062036
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】接着剤選定方法
(51)【国際特許分類】
G01L 1/24 20060101AFI20240430BHJP
【FI】
G01L1/24 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169780
(22)【出願日】2022-10-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100122781
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 寛
(72)【発明者】
【氏名】玉野 慶吾
(72)【発明者】
【氏名】曽我部 直樹
(72)【発明者】
【氏名】平 陽兵
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 進太郎
(72)【発明者】
【氏名】十川 貴行
(57)【要約】
【課題】対象物にひずみ計測用の光ファイバケーブルを接着する接着構造において、大ひずみの計測に対応可能な接着剤の選定を可能にする接着剤選定方法を提供する。
【解決手段】鉄筋3にひずみ計測用の光ファイバケーブル5を接着する接着構造1における接着剤を選定する接着剤選定方法であって、光ファイバケーブル5により計測可能とされるべき最大のひずみが鉄筋3に発生したときに当該ひずみに対抗して硬化後の接着剤からなる接着層15に発生する復元力に比較して、鉄筋3に対する接着剤の接着力がより大きくなるような接着剤を選定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の対象物にひずみ計測用の光ファイバケーブルを接着する接着構造における接着剤を選定する接着剤選定方法であって、
前記光ファイバケーブルにより計測可能とされるべき最大のひずみが前記対象物に発生したときに当該ひずみに対抗して硬化後の前記接着剤に発生する復元力に比較して、前記対象物に対する前記接着剤の接着力がより大きくなるような前記接着剤を選定する、接着剤選定方法。
【請求項2】
前記対象物に対する前記接着剤のせん断接着強度をτgとし、
硬化後の前記接着剤の弾性係数をEgとし、
前記光ファイバケーブルの直径をφとし、
前記最大のひずみをε1とし、
前記ひずみε1が発生する領域の長さに関連する所定の長さをLとしたとき、
Eg/τg<L/(φ・ε1) …(1)
が成立するような前記接着剤を選定する、請求項1に記載の接着剤選定方法。
【請求項3】
前記接着構造では、
前記光ファイバケーブルが前記対象物上の計測対象領域に前記接着剤で接着され、
前記光ファイバケーブルの前記計測対象領域外の部分を中空部に挿通させて保護する保護管が、前記対象物上で前記接着剤の接着部分に連なる接着部分において第2接着剤で接着されており、
前記対象物に対する前記第2接着剤のせん断接着強度をτg2とし、
硬化後の前記第2接着剤の弾性係数をEg2とし、
前記保護管の外径をDとしたとき、
Eg2/τg2<L/(D・ε1) …(2)
が成立するような前記第2接着剤を選定する、請求項2に記載の接着剤選定方法。
【請求項4】
前記接着構造では、
前記光ファイバケーブルが前記対象物上の計測対象領域に前記接着剤で接着され、
前記光ファイバケーブルの前記計測対象領域外の部分を中空部に挿通させて保護する保護管が、前記対象物上に第2接着剤で接着されており、
前記接着剤の接着部分と前記第2接着剤の接着部分との間に、非接着部分が存在している、請求項2に記載の接着剤選定方法。
【請求項5】
前記対象物は鋼材であり、前記Lの値は、1mm<L<20mmの範囲内に設定される、請求項2~4の何れか1項に記載の接着剤選定方法。
【請求項6】
前記対象物は鋼材であり、前記ε1の値は1000μよりも大きい、請求項2~4の何れか1項に記載の接着剤選定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の対象物にひずみ計測用の光ファイバケーブルを接着する接着構造における接着剤を選定する接着剤選定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、対象物に光ファイバケーブルを設置し、この光ファイバケーブルにレーザーによるパルス光を入射して観測される散乱光を分析することで、光ファイバケーブルの全長に亘って対象物のひずみ分布や温度分布を計測する技術が知られている。このような計測は、分布型計測と呼ばれ、計測の対象物の例としては、例えばコンクリートや鋼材(鉄筋、鉄骨、鋼矢板等)が挙げられる。例えば下記特許文献1の技術では、鋼矢板に光ファイバケーブルが接着され鋼矢板のひずみ分布が計測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この種のひずみ計測においては、対象物の伸縮に追従して光ファイバケーブルの伸縮が生じるように、光ファイバケーブルが計測対象区間の全長に亘って確実に対象物に接着される。しかしながら、例えば対象物が不可逆的に破損するとき(例えば、鋼材の降伏以降)のような大ひずみ領域では、対象物と光ファイバケーブルとの間に作用するずれせん断力が極端に大きくなる。従って、このような大ひずみを計測するためには、上記のずれせん断力によって光ファイバケーブル及び接着層が対象物から剥離しないような接着剤が求められる。しかしながら、このような大ひずみの計測に対応可能な接着剤の特性については特許文献1においても明らかにされていない。
【0005】
本発明は、対象物にひずみ計測用の光ファイバケーブルを接着する接着構造において、大ひずみの計測に対応可能な接着剤の選定を可能にする接着剤選定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の要旨は次の通りである。
【0007】
〔1〕所定の対象物にひずみ計測用の光ファイバケーブルを接着する接着構造における接着剤を選定する接着剤選定方法であって、前記光ファイバケーブルにより計測可能とされるべき最大のひずみが前記対象物に発生したときに当該ひずみに対抗して硬化後の前記接着剤に発生する復元力に比較して、前記対象物に対する前記接着剤の接着力がより大きくなるような前記接着剤を選定する、接着剤選定方法。
【0008】
〔2〕前記対象物に対する前記接着剤のせん断接着強度をτgとし、硬化後の前記接着剤の弾性係数をEgとし、前記光ファイバケーブルの直径をφとし、前記最大のひずみをε1とし、前記ひずみε1が発生する領域の長さに関連する所定の長さをLとしたとき、
Eg/τg<L/(φ・ε1) …(1)
が成立するような前記接着剤を選定する、〔1〕に記載の接着剤選定方法。
【0009】
〔3〕前記接着構造では、前記光ファイバケーブルが前記対象物上の計測対象領域に前記接着剤で接着され、前記光ファイバケーブルの前記計測対象領域外の部分を中空部に挿通させて保護する保護管が、前記対象物上で前記接着剤の接着部分に連なる接着部分において第2接着剤で接着されており、前記対象物に対する前記第2接着剤のせん断接着強度をτg2とし、硬化後の前記第2接着剤の弾性係数をEg2とし、前記保護管の外径をDとしたとき、
Eg2/τg2<L/(D・ε1) …(2)
が成立するような前記第2接着剤を選定する、〔2〕に記載の接着剤選定方法。
【0010】
〔4〕前記接着構造では、前記光ファイバケーブルが前記対象物上の計測対象領域に前記接着剤で接着され、前記光ファイバケーブルの前記計測対象領域外の部分を中空部に挿通させて保護する保護管が、前記対象物上に第2接着剤で接着されており、前記接着剤の接着部分と前記第2接着剤の接着部分との間に、非接着部分が存在している、〔2〕又は〔3〕に記載の接着剤選定方法。
【0011】
〔5〕前記対象物は鋼材であり、前記Lの値は、1mm<L<20mmの範囲内に設定される、〔2〕~〔4〕の何れか1項に記載の接着剤選定方法。
【0012】
〔6〕前記対象物は鋼材であり、前記ε1の値は1000μよりも大きい、〔2〕~〔5〕の何れか1項に記載の接着剤選定方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、対象物にひずみ計測用の光ファイバケーブルを接着する接着構造において、大ひずみの計測に対応可能な接着剤の選定を可能にする接着剤選定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】(a)は、実施形態の接着構造を含むひずみ計測部及び鉄筋を示す断面図であり、(b)は、(a)におけるIb-Ib断面図である。
【
図2】(a)は、鉄筋の軸線に直交する断面におけるひずみ計測部をモデル化して示す断面図であり、(b)はその斜視図である。(c)は、ひずみ計測部の保護管の接着部分をモデル化して示す断面図である。
【
図3】変形例に係るひずみ計測部を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明に係る接着剤選定方法の実施形態について詳細に説明する。
【0016】
図1(a)は、本実施形態の接着構造1を含むひずみ計測部2及び鉄筋3を示す断面図であり、
図1(b)は、
図1(a)におけるIb-Ib断面図である。ひずみ計測部2は、ひずみ計測用の光ファイバケーブル5によって鉄筋3のひずみを計測するものである。鉄筋3は鉄筋コンクリート構造物(図示せず)においてコンクリートに埋設されるものである。ひずみ計測部2は、鉄筋3の表面に光ファイバケーブル5が接着構造1で接着されて構成される。
【0017】
鉄筋3の側面には、光ファイバケーブル5を設置するための平面をなすファイバ設置面7が設けられている。鉄筋3は、円形断面のうち一部に平坦部を有しており当該平坦部がファイバ設置面7である。このような鉄筋3としては市販品が用いられてもよい。ファイバ設置面7は鉄筋3の全長に亘って延在している。光ファイバケーブル5は、鉄筋3と平行に延在し、鉄筋3のひずみ計測の計測対象区間9(計測対象領域)の全長に亘ってファイバ設置面7上に接着されている。光ファイバケーブル5は、例えば、光ファイバ素線がノンハロゲン樹脂等で被覆されてなる直径0.9mmの光ファイバ心線である。なお、光ファイバ素線とは、主に石英ガラスからなる光ファイバを紫外線硬化型樹脂等の被膜で覆ったものである。このように、鉄筋3の表面に光ファイバケーブル5が接着剤で接着されてなるひずみ計測部2が形成されている。ひずみ計測部2には硬化した接着剤からなる接着層15が含まれている。
【0018】
鉄筋3に光ファイバケーブル5が接着される際には、鉄筋3の表面が研磨されてサビ、メッキ、黒皮等が除去される。その後、エタノールなどの溶剤を付けた工業用ティッシュペーパーを用いて接着位置(ファイバ設置面7)の脱脂、洗浄が行われる。また、ファイバ設置面7の表面が研磨されてサビ、メッキ、黒皮等が除去される。その後、ファイバ設置面7の表面がサンドペーパで方向性をもたないように多方向に磨かれ仕上げられてもよい。その後、光ファイバケーブル5がファイバ設置面7上に1m程度の間隔で瞬間接着剤やテープ等により仮止めされた後、計測対象区間9の全長に亘ってファイバ設置面7上に接着剤が塗布され、接着剤が硬化することで光ファイバケーブル5がファイバ設置面7上に固定される。接着剤の塗布厚は、光ファイバケーブル5の直径以下程度が好ましい。
【0019】
上記の接着剤としては、アクリル樹脂系接着剤やエポキシ樹脂系接着剤等が使用可能である。また接着剤は固化の仕方により乾燥固化型、化学反応型、熱溶融型、感圧型等に分類されるが、何れも使用可能である。耐久性を考慮してエポキシ樹脂系接着剤が上記接着剤に採用されることが好ましい。また、施工性を考慮して加熱硬化型のエポキシ樹脂系接着剤よりも、二液混合常温硬化型のエポキシ樹脂系接着剤が採用されることが好ましい。
【0020】
ひずみ計測部2の一端部において計測対象区間9の外側の位置では、ファイバ設置面7に保護管11が接着されている。保護管11は、例えばSUS管で構成され、保護管11の外径は例えば約2mmである。計測対象区間9の端部においては、ファイバ設置面7から光ファイバケーブル5が引き出され、引き出された部分が保護管11の中空部に挿通されている。そして、光ファイバケーブル5は、保護管11の中空部を通過して鉄筋コンクリート構造物の外部に引き出されている。この構造により、光ファイバケーブル5の実装時、配線時に光ファイバケーブル5に折れが発生する可能性が低減され、光ファイバケーブル5の断線が抑制される。また、保護管11の端部開口の近傍においては、当該端部開口の縁に光ファイバケーブル5が直接接触しないように、光ファイバケーブル5の周囲に熱収縮ゴムチューブ13が被覆されることで、光ファイバケーブル5の断線が抑制される。保護管11を鉄筋3に接着する接着剤を「第2接着剤」と呼ぶこととする。硬化した第2接着剤からなる第2接着層17は、接着層15に連なっている。
【0021】
鉄筋コンクリート構造物の外部に引き出された光ファイバケーブル5の端部は、ひずみ計測を実行する計測器(図示せず)に接続される。更にこの計測器にコンピュータ等の分析装置(図示せず)が接続される。計測器は、光ファイバケーブル5にパルス光を入射するとともに、当該光ファイバケーブル5の長手方向の各位置から戻ってくる各種散乱光を受光し、受光した散乱光の強度や波長等に関する情報を分析装置に送信する。上記の散乱光としては、レイリー散乱光、ブリルアン散乱光等がある。計測器の例として、例えばレイリー散乱光を利用するOTDR(Optical Time Domain Reflectometer)やブリルアン散乱光を利用するBOTDR(Brillouin Optical Time Domain Reflectometer)等を用いることができる。分析装置では、上記の散乱光の強度や波長が、光ファイバケーブル5に加わったひずみに依存するとの原理に基づき、光ファイバケーブル5の長手方向の各位置における散乱光の強度や波長が分析される。この分析により、分析装置では、光ファイバケーブル5の長手方向の各位置に生じているひずみが、例えば数cmのピッチで取得される。このようなひずみ計測の技術は、分布型計測と呼ばれる。
【0022】
ひずみ計測部2は、1000μ以上といったような鉄筋3の大ひずみの計測に対応可能なものである。例えば、ひずみ計測部2は、鉄筋3がSD345(降伏ひずみ1725μ)である場合に、鉄筋3の降伏以降のひずみ(例えば数万μ)の計測が可能である。このような大ひずみが計測可能であるので、ひずみ計測部2は、地震後における鉄筋コンクリート構造物の健全性評価などの目的で使用することができる。
【0023】
鉄筋3の降伏以降のような大ひずみが発生すると、鉄筋3と光ファイバケーブル5との間に作用するずれせん断力が極端に大きくなる。従って、このような大ひずみを計測するためには、上記のずれせん断力によって光ファイバケーブル5及び接着層15が鉄筋3から剥離しないような接着剤が求められる。以下では、ひずみ計測部2を上記のような大ひずみの計測に対応可能とするための接着剤の選定方法について説明する。
【0024】
〔接着剤選定方法〕
一般的に、鋼材の降伏以降は、1~20mm程度の狭い領域に局所的に数万μといったような大ひずみが発生し得る。すなわち、鉄筋3においては、降伏以降に、当該鉄筋3の長手方向の1~20mm程度の狭い領域に局所的に大ひずみが発生し得る。接着剤の選定においては、このような局所的な大ひずみが発生する狭い領域において、光ファイバケーブル5及び接着層15が鉄筋3から剥離しないような条件が満足されればよい。
【0025】
図2(a)は、鉄筋3の軸線に直交する断面におけるひずみ計測部2をモデル化して示す断面図である。図に示されるように、このモデルでは、接着層15は、光ファイバケーブル5の直径と同じ高さ、及び光ファイバケーブル5の直径よりも広い所定の幅bgをもち、光ファイバケーブル5の断面を包含する長方形断面でファイバ設置面7上に形成されるものとする。
【0026】
ここで、鉄筋3に対する接着剤のせん断接着強度をτgとし、硬化後の接着剤(接着層15)の弾性係数をEgとし、光ファイバケーブル5の直径をφとする。また、上記のような鉄筋3の局所的な大ひずみが発生する領域の長さをLとし、光ファイバケーブル5により計測可能とされるべき最大のひずみをε1とする。このひずみε1は、ひずみ計測部2に要求される性能(計測可能なひずみ範囲)に基づいて設定される。すなわち、このひずみ計測部2には、鉄筋3のひずみを最大ε1まで計測可能であることが要求されている。また、ここでは、
図2(b)に示されるように、鉄筋3の局所的な大ひずみが発生する領域に接着された接着層15側の部位Aを考える。部位Aは、光ファイバケーブル5及び当該光ファイバケーブル5を埋め込む接着層15で構成された、長さL、幅bg、高さφの直方体形状の部位である。
【0027】
鉄筋3の長さLの領域に局所的にひずみε1が発生したときには、この領域に接着された部位Aにもひずみε1が伝達される。このひずみε1に対抗して部位Aに発生する鉄筋3長手方向の復元力をF1とする。すなわち、上記ひずみε1が発生したときに部位Aに作用する鉄筋3長手方向の力がF1であり、力F1は下式(a)で表される。
F1=φ・bg・Eg・ε1 …(a)
また、鉄筋3に対する部位Aのせん断方向の接着力F2は下式(b)で表される。
F2=τg・bg・L …(b)
【0028】
部位Aが鉄筋3から剥離しないためには、
F1<F2 …(c)
であればよいので、式(a)~(c)より、
φ・bg・Eg・ε1<τg・bg・L …(d)
が満足されればよい。これを整理して、
Eg/τg<L/(φ・ε1) …(1)
が満足されればよい。従って、ひずみ計測部2の接着構造1の接着剤が上式(1)を満足するように選定されれば、鉄筋3にひずみε1が発生したときに、光ファイバケーブル5及び接着層15が鉄筋3から剥離しない。すなわち、上式(1)が満足されれば、ひずみ計測部2によってひずみε1が計測可能である。ここで、式(1)の左辺のEg及びτgは接着剤の特性値であるので、これらの特性値τg及びEgの比がL/(φ・ε1)未満になるような特性をもつ接着剤が選定されればよい。
【0029】
なお、式(1)のLは、鉄筋3の局所的な大ひずみが発生する領域の長さである。前述の通り、一般的に鋼材の降伏以降は、1~20mm程度の狭い領域に局所的な大ひずみが発生し得るので、Lの値としては、1mm<L<20mmの範囲内の値が採用されればよい。更には、妥当な接着剤の選定結果を得るために、1mm<L<5mmの範囲内の値が採用されることが好ましい。例えばここでは、L=2mmが採用されるものとする。
【0030】
例えば、鉄筋3の局所的な大ひずみが発生する領域の長さLを2mm、光ファイバケーブル5の直径φを0.9mm、光ファイバケーブル5により計測可能とされるべき最大のひずみε1を30000μとすれば、式(1)より、(Eg/τg)が74未満である接着剤が選定されればよい。また、同じ条件において、上記の最大のひずみε1を例えば20000μとする場合には、(Eg/τg)が111未満である接着剤が選定されればよく、上記の最大のひずみε1を例えば15000μとする場合には、(Eg/τg)が148未満である接着剤が選定されればよい。
【0031】
〔保護管11を接着する接着剤〕
また、前述のような鉄筋3の大ひずみの計測にひずみ計測部2を対応可能とするためには、第2接着剤についても考慮する必要がある。すなわち、第2接着層17が接着層15に連なっている場合において、鉄筋3の大ひずみに起因して保護管11が鉄筋3から剥離すれば、この剥離箇所を起点として計測対象区間9まで剥離部分が伸びていき、計測対象区間9の光ファイバケーブル5が鉄筋3から剥離する虞がある。従って、第2接着層17が接着層15に連なっている構造においては、鉄筋3の局所的な大ひずみε1が保護管11の設置区間で生じたとしても、保護管11が鉄筋3から剥離しないようにする必要がある。
【0032】
図2(c)に示されるように、第2接着層17は、保護管11の外径と同じ高さ、及び保護管11の外径よりも広い所定の幅bg2をもち、保護管11の断面を包含する長方形断面でファイバ設置面7上に形成されるものとする。そして、鉄筋3に対する第2接着剤のせん断接着強度をτg2とし、第2接着層17の弾性係数をEg2とし、保護管11の外径をDとしたとき、前述の式(1)に倣って、
Eg2/τg2<L/(D・ε1) …(2)
が満足されれば、鉄筋3の局所的なひずみε1が保護管11の設置区間で生じたとしても、保護管11が鉄筋3から剥離しない。よって、第2接着剤の特性値τg2及びEg2の比がL/(D・ε1)未満になるように選定されれば、保護管11及び第2接着層17が鉄筋3から剥離せず、ひずみ計測部2によってひずみε1がより好適に計測可能である。
【0033】
例えば、鉄筋3の局所的な大ひずみが発生する領域の長さLを2mm、保護管11の外径Dを2mm、光ファイバケーブル5により計測可能とされるべき最大のひずみε1を30000μとすれば、式(2)より、(Eg/τg)が33未満である第2接着剤が選定されればよい。なお、この第2接着剤と、接着層15を構成する接着剤と、が同じ接着剤であってもよい。
【0034】
一般的に接着剤の特性(せん断接着強度、硬化後の弾性係数等)は接着対象物の材質、養生条件、使用温度等に依存するので、一意的に示すことは困難である。本実施形態の接着剤選定方法においては、式(1),(2)における特性値Eg,τg,Eg2,τg2としては、例えば、接着剤のカタログ等に記載された標準的な使用環境を想定した値が採用されてもよい。また、カタログ等に記載された、ひずみ計測部2の使用環境に対応する特性値が採用されてもよい。
【0035】
本発明は、上述した実施形態を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した様々な形態で実施することができる。また、上述した実施形態に記載されている技術的事項を利用して、変形例を構成することも可能である。各実施形態等の構成を適宜組み合わせて使用してもよい。
【0036】
図3に示されるように、ファイバ設置面7上に非接着区間21(非接着部分)が設けられてもよい。非接着区間21は、計測対象区間9と、鉄筋3と保護管11との接着区間23(接着部分)と、の間の区間である。計測対象区間9は、鉄筋3と光ファイバケーブル5とが接着された接着区間(接着部分)である。非接着区間21においては、接着剤が存在せず、光ファイバケーブル5及び保護管11は鉄筋に接着されていない。このような非接着区間21が存在すれば、保護管11に発生するずれ力は、計測対象区間9に発生するずれ力とは独立して発生し、計測対象区間9にほとんど影響を及ぼさない。すなわち、非接着区間21が存在することにより、保護管11が鉄筋3から剥離した場合にも、この剥離箇所を起点として計測対象区間9の光ファイバケーブル5が鉄筋3から剥離するといった可能性が低減される。従って、非接着区間21が存在する場合、前述の式(2)を用いた第2接着剤の選定は省略してもよい。
【0037】
また、保護管11を鉄筋3に固定するために、保護管11をファイバ設置面7上に接着することは必須ではない。例えば、光ファイバケーブル5の実装・配線時に光ファイバケーブル5に折れが生じない程度の固定として、結束線やインシュロックを用いて保護管11を鉄筋3に縛り付けてもよい。また、計測対象区間9外において光ファイバケーブル5を保護管11で覆う構造は必須ではなく、計測対象区間9外においては、光ファイバケーブル5により太径の通信用光ファイバケーブルが接続されてもよい。通信用光ファイバを鉄筋3の計測対象区間9に隣接した位置に固定する場合、保護管11用の第2接着剤ではなく、第2接着剤より剛性の低い固定を行なうことが好ましい。例えば、剛性の低いアクリル樹脂系の接着剤が用いられてもよい。
【0038】
また、実施形態では鉄筋3をひずみ計測の対象物とする例を説明しているが、これには限定されず、鉄骨や鋼矢板など鋼材全般を対象物とすることができる。例えば、鋼材であるSS400材(降伏ひずみ1225μ)が対象物である場合にも、鉄筋3と同様に降伏以降のひずみの計測が可能である。また、対象物は鋼材にも限定されず、例えば、コンクリート部材であってもよい。また、実施形態では光ファイバケーブル5が直径0.9mmの光ファイバ心線である例を説明しているが、光ファイバケーブル5が直径0.25mm素線であってもよく、テープ心線等であってもよい。
【0039】
また、実施形態では、接着層15の断面形状(
図2(a))が高さφ、幅bgの長方形にモデル化されているが、これには限定されない。接着層15の断面形状は、現実の接着剤の塗布状況等に合わせて、例えば台形などの他の形状や寸法でモデル化されてもよい。そして、モデル化された接着層15の断面の形状及び寸法に基づいて、数式(1)に倣い、部位Aが鉄筋3から剥離しない条件で接着剤が選定されてもよい。第2接着層17の断面形状(
図2(b))及び第2接着剤の選定方法も同様である。
【符号の説明】
【0040】
1…接着構造、3…鉄筋(対象物)、5…光ファイバケーブル、9…計測対象区間(計測対象領域,接着部分)、17…第2接着層、21…非接着区間(非接着部分)、23…接着区間(接着部分)。