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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062094
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】金属製部材の受熱温度の推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/204 20190101AFI20240430BHJP
【FI】
G01N33/204
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169872
(22)【出願日】2022-10-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】木村 慧
(72)【発明者】
【氏名】小野木 武司
(72)【発明者】
【氏名】中安 誠明
(72)【発明者】
【氏名】清水 信孝
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
【テーマコード(参考)】
2G055
【Fターム(参考)】
2G055AA03
2G055BA05
2G055EA07
2G055FA02
(57)【要約】
【課題】金属製の部材の受熱温度を推定する金属製部材の受熱温度の推定方法を提供する。
【解決手段】金属製部材の受熱温度の推定方法S1では、火災により加熱を受けた金属製の部材の組織観察結果である部材組織観察結果に基づいて、部材の火災時の受熱温度を推定する推定工程S7を行う。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
火災により加熱を受けた金属製の部材の組織観察結果である部材組織観察結果に基づいて、前記部材の前記火災時の受熱温度を推定する推定工程を行う、金属製部材の受熱温度の推定方法。
【請求項2】
前記推定工程では、前記部材組織観察結果、及び前記部材が前記火災により加熱を受けた時間である部材被加熱時間に基づいて、前記受熱温度を推定する、請求項1に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法。
【請求項3】
前記推定工程の前に、前記金属製の標本を複数用意し、前記複数の標本の組織観察結果である標本組織観察結果を取得する標本作成観察工程を行い、
前記複数の標本のうち、一の前記標本の被加熱温度である標本被加熱温度と、他の一の前記標本の前記標本被加熱温度とは、互いに異なり、
前記複数の標本のうち、一の前記標本の被加熱時間である標本被加熱時間と、他の一の前記標本の前記標本被加熱時間とは、互いに異なり、
前記推定工程では、前記部材組織観察結果、前記標本組織観察結果、及び前記部材被加熱時間に基づいて、前記受熱温度を推定する、請求項2に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法。
【請求項4】
前記標本作成観察工程では、
前記標本組織観察結果として、前記複数の標本の結晶粒界におけるセメンタイトの平均粒子径である標本平均粒子径をそれぞれ算出し、
前記複数の標本の前記標本平均粒子径及び前記標本被加熱時間に対する、前記標本被加熱温度の関係式を求め、
前記推定工程では、
前記部材組織観察結果として、前記部材の結晶粒界におけるセメンタイトの平均粒子径である部材平均粒子径を算出し、
前記関係式に、前記標本平均粒子径として前記部材平均粒子径を代入し、前記標本被加熱時間として前記部材被加熱時間を代入することで得られる前記標本被加熱温度として、前記受熱温度を推定する、請求項3に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法。
【請求項5】
前記推定工程では、前記部材の一部として見本を採取し、
前記見本の前記組織観察結果を前記部材組織観察結果とする、請求項1に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法。
【請求項6】
前記金属は鋼である、請求項1に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属製部材の受熱温度の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、火災により、建築物の各構成が加熱されることがある。建築物に用いられるコンクリートの受熱温度の推定方法が知られている(例えば、特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-210258号公報
【特許文献2】特開2005-241260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、建築物には、H形鋼等の金属製の部材も用いられる場合がある。金属製の部材については、受熱温度の推定方法が見出されていない。
【0005】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、金属製の部材の受熱温度を推定する金属製部材の受熱温度の推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
(1)本発明の態様1は、火災により加熱を受けた金属製の部材の組織観察結果である部材組織観察結果に基づいて、前記部材の前記火災時の受熱温度を推定する推定工程を行う、金属製部材の受熱温度の推定方法である。
この発明では、発明者等は鋭意検討の結果、火災により加熱を受けた金属製の部材では、例えば結晶粒界における組織の状態が変化することを見出した。このため、部材の組織観察結果である部材組織観察結果に基づいて、部材の火災時の受熱温度を推定する推定工程を行うことにより、金属製の部材の受熱温度を推定することができる。
【0007】
(2)本発明の態様2は、前記推定工程では、前記部材組織観察結果、及び前記部材が前記火災により加熱を受けた時間である部材被加熱時間に基づいて、前記受熱温度を推定する、(1)に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法であってもよい。
この発明では、推定工程において、部材組織観察結果だけでなく部材被加熱時間に基づいて、受熱温度をより正確に推定することができる。
【0008】
(3)本発明の態様3は、前記推定工程の前に、前記金属製の標本を複数用意し、前記複数の標本の組織観察結果である標本組織観察結果を取得する標本作成観察工程を行い、前記複数の標本のうち、一の前記標本の被加熱温度である標本被加熱温度と、他の一の前記標本の前記標本被加熱温度とは、互いに異なり、前記複数の標本のうち、一の前記標本の被加熱時間である標本被加熱時間と、他の一の前記標本の前記標本被加熱時間とは、互いに異なり、前記推定工程では、前記部材組織観察結果、前記標本組織観察結果、及び前記部材被加熱時間に基づいて、前記受熱温度を推定する、(1)又は(2)に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法であってもよい。
この発明では、標本作成観察工程を行うことで、互いの標本被加熱温度が異なる2以上の標本、及び互いの標本被加熱時間が異なる2以上の標本についての標本組織観察結果が取得される。そして、標本作成観察工程の後で行う推定工程において、部材組織観察結果、標本組織観察結果、及び部材被加熱時間に基づいて、受熱温度を推定することができる。
【0009】
(4)本発明の態様4は、前記標本作成観察工程では、前記標本組織観察結果として、前記複数の標本の結晶粒界におけるセメンタイトの平均粒子径である標本平均粒子径をそれぞれ算出し、前記複数の標本の前記標本平均粒子径及び前記標本被加熱時間に対する、前記標本被加熱温度の関係式を求め、前記推定工程では、前記部材組織観察結果として、前記部材の結晶粒界におけるセメンタイトの平均粒子径である部材平均粒子径を算出し、前記関係式に、前記標本平均粒子径として前記部材平均粒子径を代入し、前記標本被加熱時間として前記部材被加熱時間を代入することで得られる前記標本被加熱温度として、前記受熱温度を推定する、(3)に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法であってもよい。
この発明では、標本作成観察工程において、標本の標本平均粒子径及び標本被加熱時間に対する、標本被加熱温度の関係式を求めておく。そして、推定工程において、関係式に部材平均粒子径及び部材被加熱時間を代入することで得られる標本被加熱温度として、受熱温度を推定する。このように、関係式を用いて、受熱温度をさらに正確に推定することができる。
【0010】
(5)本発明の態様5は、前記推定工程では、前記部材の一部として見本を採取し、前記見本の前記組織観察結果を前記部材組織観察結果とする、(1)から(4)のいずれか一に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法であってもよい。
この発明では、見本の採取による部材の剛性の低下を抑えることができる。
【0011】
(6)本発明の態様6は、前記金属は鋼である、(1)から(5)のいずれか一に記載の金属製部材の受熱温度の推定方法であってもよい。
この発明では、鋼製の部材の受熱温度を推定することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の金属製部材の受熱温度の推定方法では、金属製の部材の受熱温度を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態の金属製部材の受熱温度の推定方法が適用される大梁等を備える建築物を模式的に示す斜視図である。
図2】同建築物の小梁の正面図である。
図3】時間に対する火災室の温度変化を示す図である。
図4】本実施形態の金属製部材の受熱温度の推定方法を示すフローチャートである。
図5】標本501,1の組織観察結果の一例を示す図である。
図6】標本50m,nの組織観察結果の一例を示す図である。
図7】標本被加熱温度による、標本被加熱時間に対するセメンタイトの平均粒子径の変化を表す図である。
図8】見本の組織観察結果の一例を示す図である。
図9】見本の組織観察結果の他の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る金属製部材の受熱温度の推定方法(以下では、単に推定方法とも言う)の一実施形態を、図1から図9を参照しながら説明する。
【0015】
〔1.推定方法が適用される小梁等を備える建築物〕
本実施形態の推定方法は、図1に示すように、建築物1に用いられる、後述する柱10、大梁11、及び小梁12の火災時の受熱温度を推定するために用いられる。鋼管10a、大梁11、及び小梁12は、それぞれ鋼製の部材である。ここで言う部材の受熱温度とは、火災時に部材が到達した最高の温度を意味する。
【0016】
例えば、建築物1は、複数の柱10と、複数の大梁11と、複数の小梁12と、床スラブ13と、を有する。なお、図1では床スラブ13を二点鎖線で示している。
例えば、柱10は、CFT(Concrete Filled steel Tube)造である。柱10では、鋼管10a内に、コンクリート(不図示)が充填されている。
大梁11及び小梁12は、H形鋼で形成されている。
以下では、鋼製の部材である鋼管10a、大梁11、及び小梁12のうち、小梁12を推定方法の対象として説明する。なお、鋼製の部材が用いられる建築物の構成は、これに限定されない。
【0017】
図2に示すように、小梁12は、ウェブ12aと、ウェブ12aを上下方向に挟むように配置された上フランジ12b及び下フランジ12cと、を有する。上フランジ12bは、下フランジ12cよりも上方に配置されている。
以下では、小梁12は、フェライト及びセメンタイトを含む組織で形成されているとして説明する。
ここで、小梁12の寸法を以下のように規定する。フランジ12b,12cそれぞれの厚さを、tと規定する。フランジ12b,12cそれぞれの幅を、Bと規定する。
【0018】
〔2.建築物の小梁の時間による温度変化〕
図3に、時間に対する、建築物1が収容される火災室の温度変化を示す。図3において、横軸は、実験を開始してから経過した時間を表し、縦軸は火災室の温度を表す。建築物1は、火災室内で火災実験が行われる。小梁12の温度は火災室の温度未満になるが、火災室の温度が小梁12の温度に等しいとして説明する。この建築物1には、スプリンクラーが備えられているとする。
【0019】
例えば、時刻(時間)t1において、建築物1が着火して1回目の火災が発生すると、曲線L1で示すように、時間の経過とともに小梁12の温度が高くなる。時刻t1直後には、建築物1には、炎を生じないで煙の多い燃焼であるくん焼が生じている。小梁12は、火災により加熱を受けている。
時刻t1よりも後で、時刻t2においてフラッシュオーバーが発生し、曲線L1で示すように、小梁12の温度が急に高くなる。フラッシュオーバーは、建築物1の局所的な火災が、数秒~数十秒のごく短時間に建築物1全域に拡大する現象である。
フラッシュオーバーの後で、建築物1の火災が減衰し、時間の経過とともに小梁12の温度が低くなる。
【0020】
時刻t2よりも後で、時刻t3頃において、建築物1は、火災が盛る盛期火災となる。
時刻t2において、スプリンクラーが動作した場合には、曲線L2で示すように、時間の経過とともに小梁12の温度が高くなる。ただし、スプリンクラーが動作した場合に温度が高くなる程度は、曲線L1で示すスプリンクラーが動作しない場合よりも、低くなる。
曲線L1で示す1回目の火災の後で、後述する本推定方法を行い、小梁12の受熱温度を推定してもよい。そして、例えば、推定した受熱温度が、予め定められた温度閾値未満であれば、小梁12については補修することなく、再度建築物1を使用する。一方で、推定した受熱温度が、温度閾値以上であれば、小梁12を新しい小梁12に交換する等の補修をして、再度建築物1を使用する。
【0021】
1回目の火災の後で、曲線L4で示すように、建築物1が着火して2回目の火災が発生し、小梁12の温度が高くなる場合がある。この場合には、1回目の火災が発生したときと同様に、火災に対応する。2回目の火災の後で、後述する本推定方法を行い、小梁12の受熱温度を推定してもよい。
【0022】
〔3.推定方法〕
図4に示すように、本実施形態の推定方法S1では、標本作成観察工程S5と、推定工程S7と、を行う。標本作成観察工程S5は、推定工程S7の前に行われる工程である。
なお、小梁12に対して、予め受熱温度の許容温度が定められている。
まず、標本作成観察工程S5では、図5及び図6に示す鋼製の複数の標本501,1,‥,501,n,‥,50m,1,‥,50m,nを用意する。ただし、m及びnは、それぞれ2以上の自然数である。ここで言う鋼製の標本50とは、小梁12が形成された鋼と同じ種類の鋼で、標本50が製造されていればよく、小梁12が形成された鋼と同じロットの鋼で、標本50が製造されている必要はないことを意味する。
以下では、標本501,1,‥,501,n,‥,501,n,‥,50m,nを区別しないで呼ぶときには、標本50と呼ぶ。後述する結晶粒51i,j、結晶粒界52i,j、セメンタイト53i,j等についても、同様である。
図5は標本501,1の組織観察結果の一例であり、図6は標本50m,nの組織観察結果の一例である。
【0023】
標本50の符号における1つ目の添え字は、標本50の被加熱温度である標本被加熱温度の温度識別番号である。標本被加熱温度は、標本50が加熱された最高の温度を意味する。
例えば、温度識別番号1は、500℃を表す。温度識別番号2は600℃を表し、温度識別番号3は700℃を表し、温度識別番号4(m)は800℃を表す。
標本50の符号における2つ目の添え字は、標本50の被加熱時間である標本被加熱時間の時間識別番号である。例えば、時間識別番号1は、20分を表す。時間識別番号2は40分を表し、時間識別番号3(n)は60分を表す。
【0024】
例えば、標本50i,j(i及びjは、それぞれ2以上の自然数)は、小梁12と同一の材料(フェライト及びセメンタイトを含む組織)で形成されたサンプルを、温度iに対応する標本被加熱温度で、時間識別番号jに対応する標本被加熱時間加熱して作成した標本50である。サンプルの加熱には、電気炉、誘導加熱、通電加熱、ガス炉、バーナー等を用いることができる。
このように、複数の標本50のうち、標本501,1(一の標本)の標本被加熱温度と、標本50m,n(他の一の標本)の標本被加熱温度とは、互いに異なる。複数の標本50のうち、標本501,1(一の標本)の標本被加熱時間と、標本50m,n(他の一の標本)の標本被加熱時間とは、互いに異なる。
【0025】
標本50を加熱して、標本50の表面が火災等により組織変化した場合には、後述する見本の場合を参考にして、組織変化した部分を避けて標本50を取得することが好ましい。
標本50に対して、機械的研磨及び化学的研磨の少なくとも一方を行い、標本50の表面を鏡面状に仕上げる。標本50の表面をナイタール(硝酸アルコール)にて腐食させ、この表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する。観察は、2000倍から5000倍で行う。
標本50を観察する観察方向は、問わない。
【0026】
図5に示すように、標本501,1における結晶粒511,1等を観察する観察面では、フェライトの結晶粒511,1は比較的小さく、フェライトの結晶粒界521,1において析出したセメンタイト(セメンタイト粒子)531,1の平均粒子径は比較的小さい。ここで言う平均粒子径とは、結晶粒界に存在する、無作為に選んだセメンタイト粒子100以上の円相当径の平均を意味する。円相当径とは、観察面における結晶粒の面積と同じ面積の円の直径を意味する。平均粒子径が0.1μm以下の場合には、平均粒子径を0.1μmとみなすとしてもよい。
なお、セメンタイト531,1は、結晶粒511,1内にも析出している。結晶粒511,1の形状は、球状(断面では円状)に限定されず、小梁12がマルテンサイト、ベイナイトで形成されている場合等には、板状(層状)、針状の場合もある。これらの場合においても、標本501,1の表面、特に結晶粒界521,1は走査型電子顕微鏡で観察される。一般的な標本50についても、標本501,1と同様である。
【0027】
一方で、図6に示す標本50m,nは、標本501,1よりも高い標本被加熱温度で、標本501,1よりも長い標本被加熱時間加熱された標本50である。標本50m,nでは、フェライトの結晶粒51m,nは比較的大きく、フェライトの結晶粒界52m,nにおいて析出したセメンタイト53m,nの平均粒子径は比較的大きい。なお、セメンタイト53m,nは、結晶粒51m,n内にも析出している。
【0028】
発明者等が鋭意検討した結果、図7に示すように、例えば、標本被加熱時間tが一定の場合には、標本被加熱温度Tが高くなるほど、フェライトの結晶粒界52に析出したセメンタイト53の平均粒子径は大きくなることが分かった。標本被加熱温度Tが一定の場合には、標本被加熱時間tが長くなるほど、フェライトの結晶粒界52に析出したセメンタイト53の平均粒子径は大きくなることが分かった。
【0029】
そして、標本作成観察工程S5では、複数の標本50の組織観察結果である標本組織観察結果を取得する。
具体的には、複数の標本50を走査型電子顕微鏡で観察し、複数の標本50の結晶粒界52におけるセメンタイト53の平均粒子径である標本平均粒子径をそれぞれ算出する。これら複数の標本平均粒子径を、標本組織観察結果として取得する。
さらに、複数の標本50の標本平均粒子径及び標本被加熱時間に対する、標本被加熱温度の関係式を求める。例えば、この関係式は、標本平均粒子径及び標本被加熱時間を独立変数、標本被加熱温度を従属変数として、最小二乗法等により係数を最適化した、多項式の関数等でもよい。
【0030】
なお、標本50として、予め加熱されない標準標本を用意してもよい。ここで言う加熱されないとは、例えば、標本が250℃以下に保たれていることを意味する。
標本作成観察工程S5が終了すると、推定工程S7に移行する。
【0031】
次に、推定工程S7において、部材組織観察結果、及び部材被加熱時間に基づいて、小梁12の火災時の受熱温度を推定する。ここで言う部材組織観察結果は、火災により加熱を受けた小梁12の組織観察結果を意味する。部材被加熱時間は、小梁12が火災により加熱を受けた時間を意味する。
推定工程S7では、部材組織観察結果、部材被加熱時間、及び標本作成観察工程S5で得られた標本組織観察結果に基づいて、小梁12の受熱温度を推定する。具体的には、小梁12の一部として見本を採取する。小梁12から見本を採取するには、採取時に、できるだけ小梁12に熱が入らないように採取する。例えば、金属用の鋸、極力低速で動作させたグラインダーを用いて、小梁12を切断して見本を採取することが好ましい。
【0032】
例えば、見本の体積は、1cm程度である。図2に示すように、例えば、上フランジ12bから見本を採取するには、上フランジ12bの厚さ方向に関して、一方の外面から(1/8)t以上(3/8)t以下の範囲内から見本を採取することがこのましい。見本をこのように採取することにより、上フランジ12bの製造時に上フランジ12bの厚さの中心付近に生じる析出物等の影響、及び火災による上フランジ12bの表面における火災等による組織変化の影響を抑制して、見本を採取することができる。
小梁12に作用する曲げモーメントを試算して、小梁12に作用する曲げモーメントの大きさが小さい部分から見本を採取すること等で、見本の採取による小梁12の剛性の低下が小さくなる。このため、上フランジ12bにおける幅方向の端部から見本を採取することが好ましい。この際に、例えば、上フランジ12bの幅方向の端から、(1/8)t程度である距離L11離間した範囲内から見本を採取することが好ましい。
【0033】
見本を、標本50と同様に処理する。図8に、見本60の組織観察結果の一例を示す。見本60では、複数のフェライトの結晶粒61の間の結晶粒界62、及び結晶粒61内に、セメンタイト63が析出している。
そして、見本60の組織観察結果を、部材組織観察結果とする。より具体的には、部材組織観察結果とは、見本60の結晶粒界62におけるセメンタイト63の平均粒子径である部材平均粒子径を算出することである。見本60のセメンタイト63の部材平均粒子径は、標本50のセメンタイト53の平均粒子径と同様に求められる。
前記関係式に、標本平均粒子径として部材平均粒子径を代入し、標本被加熱時間として部材被加熱時間を代入することで得られる標本被加熱温度として、受熱温度を推定する。
以上で、推定工程S7が終了し、推定方法S1の全工程が終了する。
【0034】
なお、例えば、推定した受熱温度が許容温度未満であれば、小梁12に対して補修等を行うことなく、小梁12を使用し続ける(再使用する)ことができると判断する。
一方で、受熱温度が許容温度以上であれば、小梁12を補修したり、新しい小梁12に交換する等する。
鋼管10a及び大梁11に対して、小梁12と同様の処理を行う。床スラブ13等の鋼製の部材以外に対して、特許文献1及び2等に基づいて、小梁12と同様の処理を行う。そして、建築物1全体を使用し続けられると判断した場合には、建築物1を使用し続ける。
この場合、図1に示したように、仮に建築物1に2回目の火災が発生しても、小梁12を始めとする建築物1の各構成は、この火災に一定程度耐えることができる。
【0035】
なお、推定工程S7において、見本60の組織観察結果と標準標本の組織観察結果とを比較してもよい。具体的には、見本60の部材平均粒子径と標準標本のセメンタイトの平均粒子径とを比較してもよい。そして、見本60の部材平均粒子径が標準標本のセメンタイトの平均粒子径以下であれば、小梁12に対して補修等を行うことなく、小梁12を使用し続けることができると判断する。
【0036】
小梁12が、パーライトを有する組織である場合には、図9に示すように、見本70では、フェライトの結晶粒71内に、板状のセメンタイト73が析出している。ここで、複数の結晶粒71に対する結晶粒界72に沿った各セメンタイト73の長さを、幅L13と規定する。この場合には、100以上の幅L13の平均(幅平均)を、平均粒子径に代えて用いる。そして、標本には、小梁12に含まれるパーライトと上記平均粒子径に替える幅平均が同一(同一には、幅平均の誤差が±50%以内である場合も含む)のパーライトを有するサンプルを用いる。
【0037】
〔4.本実施形態の効果〕
以上説明したように、本実施形態の推定方法S1では、発明者等は鋭意検討の結果、火災により加熱を受けた小梁12では、結晶粒界62における組織の状態が変化することを見出した。このため、小梁12の組織観察結果である部材組織観察結果に基づいて、小梁12の火災時の受熱温度を推定する推定工程S7を行うことにより、小梁12の受熱温度を推定することができる。
【0038】
推定工程S7では、部材組織観察結果及び部材被加熱時間に基づいて、受熱温度を推定する。このため、推定工程S7において、部材組織観察結果だけでなく部材被加熱時間に基づいて、受熱温度をより正確に推定することができる。
推定工程S7の前に標本作成観察工程S5を行い、推定工程S7では、部材組織観察結果、標本組織観察結果、及び部材被加熱時間に基づいて、受熱温度を推定する。標本作成観察工程S5を行うことで、互いの標本被加熱温度が異なる2以上の標本50、及び互いの標本被加熱時間が異なる2以上の標本50についての標本組織観察結果が取得される。そして、標本作成観察工程S5の後で行う推定工程S7において、部材組織観察結果、標本組織観察結果、及び部材被加熱時間に基づいて、受熱温度を推定することができる。
【0039】
推定工程S7では、前記関係式に、標本平均粒子径として部材平均粒子径を代入し、標本被加熱時間として部材被加熱時間を代入することで得られる標本被加熱温度として、受熱温度を推定する。標本作成観察工程S5において、標本50の標本平均粒子径及び標本被加熱時間に対する、標本被加熱温度の関係式を求めておく。そして、推定工程S7において、関係式に部材平均粒子径及び部材被加熱時間を代入することで得られる標本被加熱温度として、受熱温度を推定する。このように、関係式を用いて、受熱温度をさらに正確に推定することができる。
推定工程S7では、小梁12の一部として見本60を採取し、見本60の組織観察結果を部材組織観察結果とする。従って、見本60の採取による小梁12の剛性の低下を抑えることができる。
【0040】
小梁12を形成する金属は、鋼である。これにより、鋼製の小梁12の受熱温度を推定することができる。
【0041】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。
例えば、前記実施形態の推定方法では、標本作成観察工程S5は行わなくてもよい。この場合、推定工程では、部材組織観察結果に基づいて、小梁12の受熱温度を推定する。
推定方法における部材が小梁12であるとした。しかし、部材は小梁12に限定されず、鋼管10a、大梁11等でもよい。
鋼製の部材であれば、建築物に用いられない部材を、本推定方法の対象としてもよい。
金属は鋼であるとしたが、金属はアルミニウム合金等でもよい。
【符号の説明】
【0042】
10a 鋼管(部材)
11 大梁(鋼製の部材)
12 小梁(鋼製の部材)
50 標本
52,62,72 結晶粒界
53,63,73 セメンタイト
60,70 見本
S1 推定方法(金属製部材の受熱温度の推定方法)
S5 標本作成観察工程
S7 推定工程
図1
図2
図3
図4
図5
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図7
図8
図9