(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062095
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】建築物及び建築物の施工方法
(51)【国際特許分類】
E04B 1/94 20060101AFI20240430BHJP
E04B 1/24 20060101ALI20240430BHJP
【FI】
E04B1/94 Z
E04B1/24 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169873
(22)【出願日】2022-10-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】木村 慧
(72)【発明者】
【氏名】小野木 武司
(72)【発明者】
【氏名】中安 誠明
(72)【発明者】
【氏名】清水 信孝
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
【テーマコード(参考)】
2E001
【Fターム(参考)】
2E001DE01
2E001FA01
2E001GA52
2E001HA32
2E001HA33
2E001HB02
(57)【要約】
【課題】金属製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物を施工する建築物の施工方法を提供する。
【解決手段】建築物1は、金属製の部材16を備え、火災による加熱を受けた後で使用可能である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の部材を備え、
火災による加熱を受けた後で使用可能な、建築物。
【請求項2】
前記部材は、1回目の前記火災後の前記部材における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の前記火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して構成されている、請求項1に記載の建築物。
【請求項3】
前記部材は、複数回の前記火災により加熱を受けた後の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して構成されている、請求項1又は2に記載の建築物。
【請求項4】
前記金属は鋼である、請求項1又は2に記載の建築物。
【請求項5】
金属製の部材を備える建築物を施工する建築物の施工方法であって、
火災による加熱を受けた後で、前記建築物が使用可能になるように施工する、建築物の施工方法。
【請求項6】
1回目の前記火災後の前記部材における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の前記火災時の前記部材の受熱温度の少なくとも1つを考慮して、前記建築物を補修する、請求項5に記載の建築物の施工方法。
【請求項7】
複数回の前記火災により加熱を受けた前記部材の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して、前記建築物を施工する、請求項5又は6に記載の建築物の施工方法。
【請求項8】
前記金属は鋼である、請求項5又は6に記載の建築物の施工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物及び建築物の施工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、建築物には、H形鋼等の、金属製の部材が用いられている場合がある。そして、建築物は、火災により加熱されることがある。火災が建築物に与える影響が検討されていて、建築物に用いられるコンクリートの受熱温度の推定方法が知られている(例えば、特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-210258号公報
【特許文献2】特開2005-241260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、H形鋼を備える建築物に火災が発生した後に、例えばその建築物を補修等してでも、その建築物を使用し続けたいという要望がある。
しかしながら、火災後でも使用し続けられる建築物の構成、及びこの建築物の施工方法については、充分な検討がなされていない。
【0005】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、金属製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物、及びこの建築物を施工する建築物の施工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
(1)本発明の態様1は、金属製の部材を備え、火災による加熱を受けた後で使用可能な、建築物である。
ここで言う使用とは、建築物内で使用者が作業したり、建築物内に対して荷物を出し入れすること等を意味する。
この発明では、建築物は、金属製の部材を備えているが、火災による加熱を受けた後で使用可能である。従って、金属製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物にすることができる。
【0007】
(2)本発明の態様2は、前記部材は、1回目の前記火災後の前記部材における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の前記火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して構成されている、(1)に記載の建築物であってもよい。
この発明では、1回目の火災を受けると、部材における強度残存率、残留変形、残留応力が変化し、1回目の火災時の受熱温度により、部材の損傷が変化する。このため、1回目の火災による加熱を受けた部材における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して部材を構成することで、1回目の火災後における状態を考慮した建築物とすることができる。
【0008】
(3)本発明の態様3は、前記部材は、複数回の前記火災により加熱を受けた後の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して構成されている、(1)又は(2)に記載の建築物であってもよい。
この発明では、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方を用いて、複数回の火災により加熱を受けた後の部材の挙動をより正確に評価した仕様の建築物とすることができる。
【0009】
(4)本発明の態様4は、前記金属は鋼である、(1)から(3)のいずれか一に記載の建築物であってもよい。
この発明では、鋼製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物とすることができる。
【0010】
(5)本発明の態様5は、金属製の部材を備える建築物を施工する建築物の施工方法であって、火災による加熱を受けた後で、前記建築物が使用可能になるように施工する、建築物の施工方法である。
この発明では、建築物は、金属製の部材を備えているが、火災による加熱を受けた後で使用可能になるように施工されている。従って、金属製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物を施工することができる。
【0011】
(6)本発明の態様6は、1回目の前記火災後の前記部材における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の前記火災時の前記部材の受熱温度の少なくとも1つを考慮して、前記建築物を補修する、(5)に記載の建築物の施工方法であってもよい。
この発明では、1回目の火災による加熱を受けた部材における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して建築物を補修することで、1回目の火災後における部材の状態を考慮して、建築物を補修することができる。
【0012】
(7)本発明の態様7は、複数回の前記火災により加熱を受けた前記部材の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して、前記建築物を施工する、(5)又は(6)に記載の建築物の施工方法であってもよい。
この発明では、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方を用いて、複数回の火災により加熱を受けた後の部材の挙動をより正確に評価して、建築物を補修することができる。
【0013】
(8)本発明の態様8は、前記金属は鋼である、(5)から(7)のいずれか一に記載の建築物の施工方法であってもよい。
この発明では、鋼製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物を施工することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の建築物では、金属製の部材を備えつつ、火災後でも使用可能とすることができる。また、本発明の建築物の施工方法では、金属製の部材を備えつつ、火災後でも使用な建築物を施工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態の建築物を模式的に示す斜視図である。
【
図4】時間に対する火災室の温度変化を示す図である。
【
図5】受熱温度の推定方法を示すフローチャートである。
【
図6】標本50
1,1の組織観察結果の一例を示す図である。
【
図7】標本50
m,nの組織観察結果の一例を示す図である。
【
図8】標本被加熱温度による、標本被加熱時間に対するセメンタイトの平均粒子径の変化を表す図である。
【
図10】見本の組織観察結果の他の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る建築物及び建築物の施工方法(以下では、単に施工方法とも言う)の一実施形態を、
図1から
図10を参照しながら説明する。
【0017】
〔1.本実施形態の建築物〕
図1に示す本実施形態の建築物1は、複数回(本実施形態では2回)の火災による加熱を受けた後で使用可能となるように構成されている。建築物1は、複数の柱10と、複数の大梁15と、複数の小梁30と、床スラブ40と、を有する。なお、
図1では床スラブ40を二点鎖線で示している。
【0018】
例えば、柱10は、RC(Reinforced Concrete)造である。複数の柱10は、互いに間隔を空けて上下方向に沿って延びている。なお、柱10は、SRC(Steel Reinforced Concrete)造、S(Steel)造、CFT(Concrete Filled Steel Tube)造でもよい。いずれの場合においても、柱の表面に、後述する被覆部を設けてもよい。
大梁15は、水平面に沿って延び、一対の柱10の間に架け渡されている。
図1及び
図2に示すように、大梁15は、H形鋼(鋼製の部材)16と、耐火被覆17と、を有する。
図2に示すように、H形鋼16は、ウェブ21と、ウェブ21を上下方向に挟むように配置された上フランジ22及び下フランジ23と、を有する。上フランジ22は、下フランジ23よりも上方に配置されている。以下では、H形鋼16は、フェライト及びセメンタイトを含む組織で形成されているとして説明する。
【0019】
図3に示すように、ここで、H形鋼16の寸法を以下のように規定する。フランジ22,23それぞれの厚さを、t
fと規定する。フランジ22,23それぞれの幅を、Bと規定する。
【0020】
図2に示すように、耐火被覆17は、内側被覆部17aと、外側被覆部17bと、を有する。
被覆部17a,17bには、ロックウール、グラスウール等の断熱材が用いられる。この場合、被覆部17a,17bは、吹付け工法により、このH形鋼16に施されている。H形鋼16は内側被覆部17aにより覆われ、内側被覆部17aは外側被覆部17bにより覆われている。
なお、上フランジ22の上面には吹付け難いため、この例ではこの上面に被覆部17a,17bは設けられていない。被覆部17a,17bは、一体に構成されてもよい。
被覆部17a,17bそれぞれの厚さは、「吹付けロックウール被覆耐火構造 施工品質管理指針(ロックウール工業会 吹付け部会)」に準拠して設定される。大梁15に1時間耐火が要求される場合には、被覆部17a,17bそれぞれの厚さを25mmとする。同様に、大梁15に2時間耐火が要求される場合には、被覆部17a,17bそれぞれの厚さを45mmとする。大梁15に3時間耐火が要求される場合には、被覆部17a,17bそれぞれの厚さを60mmとする。
【0021】
外側被覆部17bは、1回目の火災用の被覆である。内側被覆部17aは、2回目の火災用の被覆である。すなわち、耐火被覆17は、2層の被覆部17a,17bにより構成されている。
なお、内側被覆部及び外側被覆部は、成形板工法、又は巻付け工法により施される耐火被覆でもよい。巻付け工法により施される耐火被覆には、巻付け型の耐熱ロックウールや、耐火シート等を用いることができる。
内側被覆部及び外側被覆部が、互いに異なる種類の耐火被覆でもよい。例えば、外側被覆部として巻付け工法により施される耐火被覆を用いることで、1回目の火災後に、内側被覆部から外側被覆部を容易に取り除くことができる。
耐火被覆は、3回以上の火災に耐えられるように構成されてもよい。この場合、例えば、耐火被覆を3層以上の被覆部により構成してもよい。
【0022】
大梁15には、頭付きスタッド25及びガセットプレート26が固定されている。
頭付きスタッド25は、H形鋼16における上フランジ22の上面に溶接等により固定されている。
ガセットプレート26は、H形鋼16のウェブ21及びフランジ22,23に溶接等により固定されている。ガセットプレート26は、H形鋼16からH形鋼16の幅方向に突出している。
【0023】
図1及び
図2に示すように、小梁30は、水平面に沿って延び、一対の大梁15の間に架け渡されている。
図2に示すように、小梁30は、H形鋼(鋼製の部材)31と、耐火被覆32と、を有する。
H形鋼31は、大梁15のH形鋼16と同様に構成されている。例えば、H形鋼31のせい、幅は、H形鋼16のせい、幅よりもそれぞれ短い。
耐火被覆32は、大梁15の耐火被覆17と同様に構成されている。
H形鋼31の上フランジには、頭付きスタッド34が固定されている。
H形鋼31は、ガセットプレート26を介して大梁15にピン接合されている。具体的には、H形鋼31のウェブは、高力ボルト35によりガセットプレート26に固定されている。
【0024】
床スラブ40は、いわゆる鉄筋トラス付デッキスラブである。床スラブ40は、デッキプレート41と、コンクリート42と、複数の鉄筋43と、を備えている。
例えば、デッキプレート41は、詳細には図示しないが、鋼板を曲げ加工して形成されている。
コンクリート42は、デッキプレート41上に配置されている。
複数の鉄筋43は、複数の第1鉄筋45と、複数の第2鉄筋46と、を有する。複数の第1鉄筋45及び複数の第2鉄筋46は、互いに交差するように延びている。複数の第1鉄筋45及び複数の第2鉄筋46は、コンクリート42中に設けられている。
【0025】
頭付きスタッド25,34は、床スラブ40のデッキプレート41を貫通し、コンクリート42内に埋め込まれている。
建築物1では、大梁15及び小梁30以外の床スラブ40でも、複数回の火災による加熱を受けた後で使用可能となるように構成されている。
一般的に、火災時に床スラブは下方から加熱される。このため、例えば、床スラブ40が複数回の火災による加熱を受けた後で使用可能となるには、鉄筋43の温度の上昇を抑えられるように、床スラブ40に耐火被覆を施工したり、床スラブ40の厚さを厚くする。
【0026】
以上のように構成された建築物1は、鋼製の部材であるH形鋼16,31を備える。
H形鋼16が耐火被覆17により覆われ、H形鋼31が耐火被覆32により覆われている。このため、建築物1は、複数回の火災による加熱を受けた後で使用可能である。
なお、建築物の構成は、鋼製の部材を備えていれば、これに限定されない。
次に、大梁15のH形鋼16及び小梁30のH形鋼31のうち、H形鋼16を温度、評価等の対象物として、本実施形態の施工方法を説明する。施工方法は、建築物1を施工する方法である。
しかし、H形鋼31もH形鋼16と同様に、温度、評価等の対象物となる。
【0027】
〔2.本実施形態における建築物の施工方法〕
図4に、時間に対する建築物1が収容される火災室の温度変化を示す。
図4において、横軸は、実験を開始してから経過した時間を表し、縦軸は火災室の温度を表す。建築物1は、火災室内で火災実験が行われる。H形鋼16の温度は火災室の温度未満になるが、火災室の温度がH形鋼16の温度に等しいとして説明する。この建築物1には、スプリンクラーが備えられているとする。
【0028】
例えば、時刻(時間)t1において、建築物1が着火して1回目の火災が発生すると、曲線L1で示すように、時間の経過とともにH形鋼16の温度が高くなる。時刻t1直後には、建築物1には、炎を生じないで煙の多い燃焼であるくん焼が生じている。H形鋼16は、火災により加熱を受けている。
時刻t1よりも後で、時刻t2においてフラッシュオーバーが発生し、曲線L1で示すように、H形鋼16の温度が急に高くなる。フラッシュオーバーは、建築物1の局所的な火災が、数秒~数十秒のごく短時間に建築物1全域に拡大する現象である。
フラッシュオーバーの後で、建築物1の火災が減衰し、時間の経過とともにH形鋼16の温度が低くなる。
【0029】
時刻t2よりも後で、時刻t3頃において、建築物1は、火災が盛る盛期火災となる。
時刻t2において、スプリンクラーが動作した場合には、曲線L2で示すように、時間の経過とともにH形鋼16の温度が高くなる。ただし、スプリンクラーが動作した場合に温度が高くなる程度は、曲線L1で示すスプリンクラーが動作しない場合よりも、低くなる。
【0030】
1回目の火災により、例えば曲線L1で示すように、H形鋼16が加熱される。H形鋼16は、1回目の火災後のH形鋼16における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して構成されていることが好ましい。受熱温度の推定方法の一例については、〔3.〕で後述する。
ここで言う強度残存率とは、加熱前の鋼材強度に対する加熱冷却後の鋼材強度の比率を意味する。残留変形とは、当初の位置に対して、火災によりH形鋼16(部材)がずれた量を意味する。残留応力とは、部材が外力の作用を受けたのち、外力を取り除いても部材内に残留する応力を意味する。H形鋼16(部材)の受熱温度とは、火災時にH形鋼16が到達した最高の温度を意味する。
強度残存率、残留変形、残留応力、及び受熱温度の少なくとも1つを考慮した仕様であるとは、1回目の火災で、残留変形、残留応力、及び受熱温度の少なくとも1つの劣化が生じたとしても、2回目の火災で要求耐火時間を満足する仕様であることを意味する。
施工方法では、前記強度残存率、残留変形、残留応力、及び受熱温度の少なくとも1つを考慮して、1回目の火災で、残留変形、残留応力、及び受熱温度の少なくとも1つの劣化が生じたとしても、1回目の火災の後での建築物1を補修により、2回目の火災で要求耐火時間を満足することが好ましい。
【0031】
受熱温度については、例えば、推定した受熱温度が、予め定められた温度閾値未満であれば、H形鋼16については補修することなく、再度建築物1を使用する。一方で、推定した受熱温度が、温度閾値以上であれば、大梁15を新しい大梁15に交換する等の補修をして、再度建築物1を使用する。
【0032】
1回目の火災の後で、曲線L4で示すように、建築物1が着火して2回目の火災が発生し、H形鋼16の温度が高くなる場合がある。この場合には、1回目の火災が発生したときと同様に、火災に対応する。
以上のように、H形鋼16は、複数回の火災により加熱を受ける場合がある。建築物1の施工当初から、H形鋼16は、複数回の火災により加熱を受けた後の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して構成されていることが好ましい。
ここで言う耐火実験とは、例えば、建築物1と同一の構成のサンプルを、数分の1スケールで作成し、このサンプルを炉の中で曲線L1,L4に基づいて加熱して行われる実験である。数値解析とは、例えば、建築物1と同一の構成の解析モデルを作成し、この解析モデルを曲線L1,L4に基づいて加熱して行われる解析である。
【0033】
施工方法では、複数回の火災により加熱を受けたH形鋼16の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して、1回目の火災で建築物の構成要素に劣化が生じたとしても、前記評価によりその構成要素を補修することで、2回目の火災でその構成要素が要求耐火時間を満足するように建築物を施工(修理)することが好ましい。
以上のように、施工方法では、複数回の火災による加熱を受けた後で、建築物1が使用可能になるように施工する。
なお、複数回の火災は、3回以上の火災でもよい。
【0034】
〔3.受熱温度の推定方法〕
図5に示すように、例えば、受熱温度の推定方法(以下では、単に推定方法とも言う)S1では、標本作成観察工程S5と、推定工程S7と、を行う。
なお、H形鋼16に対して、予め受熱温度の許容温度が定められている。
まず、標本作成観察工程S5では、
図6及び
図7に示す鋼製の複数の標本50
1,1,‥,50
1,n,‥,50
m,1,‥,50
m,nを用意する。ただし、m及びnは、それぞれ2以上の自然数である。ここで言う鋼製の標本50とは、H形鋼16が形成された鋼と同じ種類の鋼で、標本50が製造されていればよく、H形鋼16が形成された鋼と同じロットの鋼で、標本50が製造されている必要はないことを意味する。
以下では、標本50
1,1,‥,50
1,n,‥,50
1,n,‥,50
m,nを区別しないで呼ぶときには、標本50と呼ぶ。後述する結晶粒51
i,j、結晶粒界52
i,j、セメンタイト53
i,j等についても、同様である。
図6は標本50
1,1の組織観察結果の一例であり、
図7は標本50
m,nの組織観察結果の一例である。
【0035】
標本50の符号における1つ目の添え字は、標本50の被加熱温度である標本被加熱温度の温度識別番号である。標本被加熱温度は、標本50が加熱された最高の温度を意味する。
例えば、温度識別番号1は、500℃を表す。温度識別番号2は600℃を表し、温度識別番号3は700℃を表し、温度識別番号4(m)は800℃を表す。
標本50の符号における2つ目の添え字は、標本50の被加熱時間である標本被加熱時間の時間識別番号である。例えば、時間識別番号1は、20分を表す。時間識別番号2は40分を表し、時間識別番号3(n)は60分を表す。
【0036】
例えば、標本50i,j(i及びjは、それぞれ2以上の自然数)は、H形鋼16と同一の材料(フェライト及びセメンタイトを含む組織)で形成されたサンプルを、温度iに対応する標本被加熱温度で、時間識別番号jに対応する標本被加熱時間加熱して作成した標本50である。サンプルの加熱には、電気炉、誘導加熱、通電加熱、ガス炉、バーナー等を用いることができる。
このように、複数の標本50のうち、標本501,1の標本被加熱温度と、標本50m,nの標本被加熱温度とは、互いに異なる。複数の標本50のうち、標本501,1の標本被加熱時間と、標本50m,nの標本被加熱時間とは、互いに異なる。
【0037】
標本50を加熱して、標本50の表面が火災等により組織変化した場合には、後述する見本の場合を参考にして、組織変化した部分を避けて標本50を取得することが好ましい。
標本50に対して、機械的研磨及び化学的研磨の少なくとも一方を行い、標本50の表面を鏡面状に仕上げる。標本50の表面をナイタール(硝酸アルコール)にて腐食させ、この表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する。観察は、2000倍から5000倍で行う。
標本50を観察する観察方向は、問わない。
【0038】
図6に示すように、標本50
1,1における結晶粒51
1,1等を観察する観察面では、フェライトの結晶粒51
1,1は比較的小さく、フェライトの結晶粒界52
1,1において析出したセメンタイト(セメンタイト粒子)53
1,1の平均粒子径は比較的小さい。ここで言う平均粒子径とは、結晶粒界に存在する、無作為に選んだセメンタイト粒子100以上の円相当径の平均を意味する。円相当径とは、観察面における結晶粒の面積と同じ面積の円の直径を意味する。平均粒子径が0.1μm以下の場合には、平均粒子径を0.1μmとみなすとしてもよい。
なお、セメンタイト53
1,1は、結晶粒51
1,1内にも析出している。結晶粒51
1,1の形状は、球状(断面では円状)に限定されず、H形鋼16がマルテンサイト、ベイナイトで形成されている場合等には、板状(層状)、針状の場合もある。これらの場合においても、標本50
1,1の表面、特に結晶粒界52
1,1は走査型電子顕微鏡で観察される。一般的な標本50についても、標本50
1,1と同様である。
【0039】
一方で、
図7に示す標本50
m,nは、標本50
1,1よりも高い標本被加熱温度で、標本50
1,1よりも長い標本被加熱時間加熱された標本50である。標本50
m,nでは、フェライトの結晶粒51
m,nは比較的大きく、フェライトの結晶粒界52
m,nにおいて析出したセメンタイト53
m,nの平均粒子径は比較的大きい。なお、セメンタイト53
m,nは、結晶粒51
m,n内にも析出している。
【0040】
発明者等が鋭意検討した結果、
図8に示すように、例えば、標本被加熱時間tが一定の場合には、標本被加熱温度Tが高くなるほど、フェライトの結晶粒界52に析出したセメンタイト53の平均粒子径は大きくなることが分かった。標本被加熱温度Tが一定の場合には、標本被加熱時間tが長くなるほど、フェライトの結晶粒界52に析出したセメンタイト53の平均粒子径は大きくなることが分かった。
【0041】
そして、標本作成観察工程S5では、複数の標本50の組織観察結果である標本組織観察結果を取得する。
具体的には、複数の標本50を走査型電子顕微鏡で観察し、複数の標本50の結晶粒界52におけるセメンタイト53の平均粒子径である標本平均粒子径をそれぞれ算出する。これら複数の標本平均粒子径を、標本組織観察結果として取得する。
さらに、複数の標本50の標本平均粒子径及び標本被加熱時間に対する、標本被加熱温度の関係式を求める。例えば、この関係式は、標本平均粒子径及び標本被加熱時間を独立変数、標本被加熱温度を従属変数として、最小二乗法等により係数を最適化した、多項式の関数等でもよい。
【0042】
標本作成観察工程S5が終了すると、推定工程S7に移行する。
【0043】
次に、推定工程S7において、部材組織観察結果、及び部材被加熱時間に基づいて、H形鋼16の火災時の受熱温度を推定する。ここで言う部材組織観察結果は、火災により加熱を受けたH形鋼16の組織観察結果を意味する。部材被加熱時間は、H形鋼16が火災により加熱を受けた時間を意味する。
推定工程S7では、部材組織観察結果、部材被加熱時間、及び標本作成観察工程S5で得られた標本組織観察結果に基づいて、H形鋼16の受熱温度を推定する。具体的には、H形鋼16の一部として見本を採取する。
【0044】
図3に示すように、例えば、上フランジ22から見本を採取するには、上フランジ22の厚さ方向に関して、一方の外面から(1/8)t
f以上(3/8)t
f以下の範囲内から見本を採取することがこのましい。見本をこのように採取することにより、上フランジ22の製造時に上フランジ22の厚さの中心付近に生じる析出物等の影響、及び火災による上フランジ22の表面における火災等による組織変化の影響を抑制して、見本を採取することができる。
H形鋼16に作用する曲げモーメントを試算して、H形鋼16に作用する曲げモーメントの大きさが小さい部分から見本を採取すること等で、見本の採取によるH形鋼16の剛性の低下が小さくなる。このため、上フランジ22における幅方向の端部から見本を採取することが好ましい。この際に、例えば、上フランジ22の幅方向の端から、(1/8)t
f程度である距離L11離間した範囲内から見本を採取することが好ましい。
【0045】
見本を、標本50と同様に処理する。
図9に、見本60の組織観察結果の一例を示す。見本60では、複数のフェライトの結晶粒61の間の結晶粒界62、及び結晶粒61内に、セメンタイト63が析出している。
そして、見本60の組織観察結果を、部材組織観察結果とする。より具体的には、部材組織観察結果とは、見本60の結晶粒界62におけるセメンタイト63の平均粒子径である部材平均粒子径を算出することである。見本60のセメンタイト63の部材平均粒子径は、標本50のセメンタイト53の平均粒子径と同様に求められる。
前記関係式に、標本平均粒子径として部材平均粒子径を代入し、標本被加熱時間として部材被加熱時間を代入することで得られる標本被加熱温度として、受熱温度を推定する。
以上で、推定工程S7が終了し、推定方法S1の全工程が終了する。
【0046】
建築物1において、RC造の柱10及び床スラブ40のような、表面がコンクリートで覆われた構造物は、火災後に公知のコンクリートの評価方法により、火災後でも使用可能か否か評価してもよい。そして、必要であれば柱10及び床スラブ40を適宜補修して、建築物1を使用し続けてもよい。
【0047】
H形鋼16が、パーライトを有する組織である場合には、
図10に示すように、見本70では、フェライトの結晶粒71内に、板状のセメンタイト73が析出している。ここで、複数の結晶粒71に対する結晶粒界72に沿った各セメンタイト73の長さを、幅L13と規定する。この場合には、100以上の幅L13の平均(幅平均)を、平均粒子径に代えて用いる。そして、標本には、H形鋼16に含まれるパーライトと上記平均粒子径に替える幅平均が同一(同一には、幅平均の誤差が±50%以内である場合も含む)のパーライトを有するサンプルを用いる。
【0048】
〔4.本実施形態の効果〕
以上説明したように、本実施形態の建築物1では、建築物1は、H形鋼16を備えているが、火災による加熱を受けた後で使用可能である。従って、H形鋼16を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物1にすることができる。
H形鋼16は、1回目の火災後のH形鋼16における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の前記火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して構成されている場合がある。この場合には、1回目の火災を受けると、H形鋼16における強度残存率、残留変形、残留応力が変化し、1回目の火災時の受熱温度により、H形鋼16の損傷が変化する。このため、1回目の火災による加熱を受けたH形鋼16における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮してH形鋼16を構成することで、1回目の火災後における状態を考慮した建築物1とすることができる。
【0049】
H形鋼16は、複数回の火災により加熱を受けた後の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して構成されている場合がある。この場合には、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方を用いて、複数回の火災により加熱を受けた後のH形鋼16の挙動をより正確に評価した仕様の建築物1とすることができる。
H形鋼16が形成される金属は、鋼である。これにより、鋼製の部材であるH形鋼16を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物1とすることができる。
【0050】
また、本実施形態の建築物の施工方法では、建築物1は、H形鋼16を備えているが、火災による加熱を受けた後で使用可能になるように施工されている。従って、H形鋼16を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物1を施工することができる。
1回目の火災後のH形鋼16における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の火災時のH形鋼16の受熱温度の少なくとも1つを考慮して、建築物1を補修する場合がある。この場合には、1回目の火災による加熱を受けたH形鋼16における強度残存率、残留変形、残留応力、及び1回目の火災時の受熱温度の少なくとも1つを考慮して建築物1を補修することで、1回目の火災後におけるH形鋼16の状態を考慮して、建築物1を補修することができる。
【0051】
複数回の火災により加熱を受けたH形鋼16の挙動を、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方により評価して、建築物1を施工する場合がある。この場合には、耐火実験及び数値解析の少なくとも一方を用いて、複数回の火災により加熱を受けた後のH形鋼16の挙動をより正確に評価して、建築物1を補修することができる。
H形鋼16が形成される金属は、鋼である。これにより、鋼製の部材であるH形鋼16を備えつつ、火災後でも使用可能な建築物1を施工することができる。
【0052】
以上、本発明の一実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。
例えば、前記実施形態では、金属は鋼であるとしたが、金属はアルミニウム合金等でもよい。
【符号の説明】
【0053】
1 建築物
16,31 H形鋼(鋼製の部材)