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特開2024-62156塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法
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  • 特開-塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法 図1
  • 特開-塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法 図2
  • 特開-塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062156
(43)【公開日】2024-05-09
(54)【発明の名称】塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 1/06 20060101AFI20240430BHJP
   A01H 6/00 20180101ALI20240430BHJP
   A01H 6/14 20180101ALI20240430BHJP
   A01H 6/38 20180101ALI20240430BHJP
【FI】
A01H1/06
A01H6/00
A01H6/14
A01H6/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022169984
(22)【出願日】2022-10-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1-A.研究集会名:宮崎大学 令和3年度 農工定期セミナー「第14回英語による農工大学院生研究発表会」 開催日:令和3年(2021年)11月2日 1-B.刊行物名:宮崎大学 令和3年度 農工定期セミナー「第14回英語による農工大学院生研究発表会」ABSTRACT BOOKLET 発行日:令和3年(2021年)11月2日 2.研究集会名:宮崎大学 令和3年度 農工定期セミナー「第14回英語による農工大学院生研究発表会」 開催日:令和3年(2021年)11月2日 3-A.研究集会名:JKTC Extra Edition 2021 International Student Online Seminar 開催日:令和3年(2021年)11月22日(WEB開催) 3-B.刊行物名:JKTC Extra Edition 2021 International Student Online Seminarのプログラム及び要旨集、第3頁 発行日:令和3年(2021年)11月16日 4-A.研究集会名:一般社団法人日本育種学会第141回講演会 開催日:令和4年(2022年)3月21日(WEB開催) 4-B.掲載アドレス:https://141st.jsb-orsam-portals.jp/(ORSAM PortalのURL) 掲載日:令和4年(2022年)3月18日 4-C.掲載アドレス:https://jsbreeding.jp/documents/meeting/141program.pdf 掲載日:令和4年(2022年)3月1日 5.掲載アドレス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/plantbiotechnology/39/3/39_22.0725a/_article https://www.jstage.jst.go.jp/article/plantbiotechnology/advpub/0/advpub_22.0725a/_pdf 掲載日:令和4年(2022年)9月16日
(71)【出願人】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】514231125
【氏名又は名称】株式会社くしまアオイファーム
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平野 智也
(72)【発明者】
【氏名】國武 久登
(72)【発明者】
【氏名】パーク ヒュンジュン
(72)【発明者】
【氏名】阿部 知子
(72)【発明者】
【氏名】奈良迫 洋介
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AB04
2B030AD07
2B030CA04
2B030CA10
2B030CB02
(57)【要約】
【課題】塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法の提供。
【解決手段】塊根植物に重イオンビームを照射する工程、及び前記工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程を含む、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塊根植物に重イオンビームを照射する工程、及び前記工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程を含む、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法。
【請求項2】
重イオンビームが、100~200 keV/μmの線エネルギー付与(LET)を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
重イオンビームがアルゴンイオンビームである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
塊根植物がサツマイモである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法によって塊根の収量が増大した塊根植物を製造する工程を含む、塊根植物の育種方法。
【請求項6】
重イオンビームが、100~200 keV/μmの線エネルギー付与(LET)を有する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
重イオンビームがアルゴンイオンビームである、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
塊根植物がサツマイモである、請求項5又は6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法に関する。具体的には、本発明は、塊根植物に重イオンビームを照射する工程、及び前記工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程を含む、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の根の一部が肥大して塊状となったものである塊根を形成する植物(塊根植物)にはサツマイモ、キャッサバ、ヤマノイモ、及びヤーコン等の種々の作物が含まれる。これらのうち特にサツマイモは世界的に重要な作物であり、国内においては青果用、加工用、食品用の需要が安定的に高く、また海外においても需要が伸びている。
【0003】
今後世界人口が増加し、食料需要が急拡大すると見込まれることからも、サツマイモをはじめとする塊根植物の高収量・高付加価値化が求められている。
【0004】
現在、植物の育種は典型的には交配育種によって行われる。しかし、交配育種では、サツマイモのような倍数性が高くヘテロ性が強い植物の場合、計画的な育種が難しく、育種年限が長くなることが多い。そのため、育種年限を短縮し、画期的な新品種を早期に作出する方法が求められている。
【0005】
植物の育種はまた、X線、γ線又は重イオンビームの照射や化学物質での処理により植物に突然変異を導入し、目的形質を有する植物を選抜する方法によっても行われる(突然変異育種)。しかし、X線、γ線、又は化学物質を用いた突然変異育種では、目的形質以外の有用形質が損なわれてしまうことが多く、損なわれた有用形質を元に戻すためにさらに戻し交配を行う必要があるため、育種年限の短縮にはつながらない。一方、重イオンビームは、X線やγ線に比べ、局所的に与えるエネルギーの大きさを示す線エネルギー付与(LET;keV/μm)の値が高く、細胞に照射した場合、DNAに対してより局所的に損傷を与えることができ、それにより効率的に突然変異を導入することができる。したがって、重イオンビームは、低線量の照射でも高い効率で突然変異を導入することができる。重イオンビームを低線量で照射する場合には、ゲノム中で傷つける遺伝子数が低減され、元の品種がもっていた有用形質の損失が抑えられるため、育種年限の短縮に結び付く。
【0006】
重イオンビームを用いた突然変異育種は、これまでに花き植物、イネ、コムギ等の様々な植物の品種改良に用いられてきた(特許文献1、非特許文献1)。しかしながら、重イオンビームを用いた塊根植物の育種例は少なく、塊根植物に重イオンビームを照射した場合にどのような形質の変化がもたらされるかについては、未だ十分に解明されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-126339号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】平野智也、市田裕之、阿部知子、「重イオンビームで広がる花きの新品種作出」、化学と生物、2017、Vol. 55、No. 11、p. 775-782
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、重イオンビームを塊根植物に照射することによって塊根の収量が増大した変異体を生成できること、特に100~200 keV/μmのLETを有する重イオンビームを塊根植物に照射することによって塊根の収量が大幅に増大した変異体を生成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 塊根植物に重イオンビームを照射する工程、及び前記工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程を含む、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法。
[2] 重イオンビームが、100~200 keV/μmの線エネルギー付与(LET)を有する、[1]に記載の方法。
[3] 重イオンビームがアルゴンイオンビームである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 塊根植物がサツマイモである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] [1]に記載の方法によって塊根の収量が増大した塊根植物を製造する工程を含む、塊根植物の育種方法。
[6] 重イオンビームが、100~200 keV/μmの線エネルギー付与(LET)を有する、[5]に記載の方法。
[7] 重イオンビームがアルゴンイオンビームである、[5]又は[6]に記載の方法。
[8] 塊根植物がサツマイモである、[5]~[7]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、塊根の収量が増大した塊根植物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、炭素イオンビーム又はアルゴンイオンビームを照射した組織片のシュート形成率を示す図である。
図2図2は、各照射系統の塊根の相対総重量(%)及び相対形成数(%)を示す散布図である。図中、180%以上の相対総重量を示す系統を実線で囲っている。また、未照射対照を点線で囲っている。
図3図3は、代表的な照射系統の塊根を示す写真である。(A)重イオンビームを照射していない未照射対照。(B)高収量の照射系統。(C)塊根形成が阻害されている照射系統。図3B中、Ar1-2-1及びAr1-13-2は、アルゴンイオンビームを1 Gyの吸収線量にて照射した組織片に由来する照射系統であり、Ar2.5-2-3及びAr2.5-5-2は、アルゴンイオンビームを2.5 Gyの吸収線量にて照射した組織片に由来する照射系統である。図3C中、C20-8-1は、炭素イオンビームを20 Gyの吸収線量にて照射した組織片に由来する照射系統である。白線(スケールバー)は、10 cmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、塊根植物に重イオンビームを照射する工程(以下、「照射工程」と称する場合がある。)を含む、塊根の収量が増大した塊根植物の製造方法(以下、「本発明の製造方法」と称する場合がある。)に関する。
【0015】
本明細書において「塊根」とは、養分(例えばデンプン等の糖質)を蓄えて肥大し、塊状になった根を意味する。本明細書において「植物」は、文脈上、異なる意味を有する場合を除き、植物体の全体又はその一部、種子等を包含する。植物体の一部としては、例えば、葉、茎、根、茎頂、腋芽、子房、胚、花粉、葯、これらを含む組織片、培養細胞(例えば、カルス)等が挙げられる。本明細書において、「塊根植物」とは、塊根を有する植物、又は成長により塊根を形成する植物を意味する。塊根植物としては、例えば、サツマイモ(Ipomoea batatas)、キャッサバ(Manihot esculenta)、ナガイモ(Dioscorea polystachya)、ヤマノイモ(Dioscorea japonica)、及びヤーコン(Smallanthus sonchifolius)等が挙げられるが、好ましくはサツマイモである。サツマイモの品種としては、限定されないが、例えば、べにはるか、ベニアズマ、ベニコマチ、ベニオトメ、ベニサツマ、べにまさり、ムラサキマサリ、アヤムラサキ、鳴門金時、高系14号、安納芋、安納こがね、シルクスイート、ダイチノユメ、コナホマレ、コガネセンガン、シロユタカ、農林1号、農林2号等が挙げられる。
【0016】
本発明の製造方法の照射工程では、塊根植物に重イオンビームを照射する。本明細書において、「重イオンビーム」とは、原子番号が2より重い原子のイオンのビームを意味する。本発明の製造方法において重イオンビームの照射に使用し得る重イオンとしては、原子番号が3以上、例えば6以上92以下又は6以上38以下の原子のイオンが挙げられるが、好ましくは炭素イオン、窒素イオン、ネオンイオン、アルゴンイオン、鉄イオン、又はクリプトンイオン、より好ましくは炭素イオン、窒素イオン、ネオンイオン、又はアルゴンイオン、最も好ましくはアルゴンイオンである。重イオンの価数は特に限定されないが、炭素イオンの場合は例えば6価の陽イオン(12C6+イオン)、アルゴンイオンの場合は17価の陽イオン(40Ar17+イオン)であり得る。
【0017】
本発明の製造方法の照射工程では、複数の塊根植物に重イオンビームを照射してもよい。本発明の製造方法の照射工程において、重イオンビームを照射する塊根植物の数は、例えば、20個以上、25個以上、30個以上、40個以上、50個以上、又は100個以上であり得る。
【0018】
本発明の製造方法において、重イオンビームが有する線エネルギー付与(LET)の範囲は、被照射体の少なくとも一部が生育可能であり、変異を誘発できる範囲内であれば特に限定されないが、例えば、10 keV/μm以上、15 keV/μm以上、20 keV/μm以上、25 keV/μm以上、30 keV/μm以上、50 keV/μm以上、75 keV/μm以上、100 keV/μm以上、125 keV/μm以上、150 keV/μm以上、175 keV/μm以上、又は180 keV/μm以上であり、及び/又は、184 keV/μm以下、185 keV/μm以下、190 keV/μm以下、200 keV/μm以下、225 keV/μm以下、250 keV/μm以下、275 keV/μm以下、300 keV/μm以下、500 keV/μm以下、又は1000 keV/μm以下である。重イオンビームが有するLETの範囲は、例えば、10~1000 keV/μmであり、好ましくは、25~275 keV/μm、25~250 keV/μm、25~225 keV/μm、25~200 keV/μm、25~190 keV/μm、又は30~184 keV/μm、より好ましくは、50~250 keV/μm、75~225 keV/μm、100~200 keV/μm、125~200 keV/μm、150~200 keV/μm、175~200 keV/μm、180~190 keV/μm、最も好ましくは184 keV/μmである。
【0019】
本発明の製造方法において、重イオンビームの線量の範囲は、被照射体の少なくとも一部が生育可能であり、変異を誘発できる範囲内であれば特に限定されないが、「肩」の線量とすることが好ましい。「肩」の線量とは、重イオンビームが照射された植物の生存率又は再生率を線量に対しプロットした曲線における、生存率又は再生率の低下が始まる線量であり、「肩」の線量では変異頻度が高いことが知られている。重イオンビームの具体的な線量は、重イオンビームの種類等に応じて決めればよいが、通常は1~20 Gy程度の吸収線量が好ましい。例えば、炭素イオンビームを照射する場合には、5~20 Gy、例えば5~15Gy、5~12.5 Gy又は5~10 Gyの吸収線量が好ましい。また、アルゴンイオンビームを照射する場合には、1~5 Gy、例えば、1~4 Gy、1~3 Gy又は1~2.5 Gyの吸収線量が好ましい。
【0020】
本発明において、重イオンビームを照射する対象は、塊根植物の器官又は組織であり得る。重イオンビームを照射する塊根植物の器官又は組織は、植物体と一体になっている状態であってもよく、植物体から単離された状態であってもよい。重イオンビームを照射する塊根植物の器官又は組織としては、茎頂、腋芽、受粉後の子房、花粉、これらを含む組織片、種子、又は培養細胞(例えば、カルス)などが挙げられるが、好ましくは、腋芽を含む組織片である。
【0021】
本発明の製造方法は、上記の照射工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程(以下、「選抜工程」と称する場合もある。)をさらに含んでもよい。
【0022】
本明細書において、照射工程により得られた植物の「子孫植物」とは、照射工程により得られた植物を祖先に含む植物を意味し、照射工程により得られた植物を用いた種子繁殖又は栄養繁殖により生じた植物を包含する。
【0023】
本明細書において、「塊根の収量」とは、植物1個体当たりの収穫される塊根の総重量を意味する。本明細書において、「塊根の収量が増大した」とは、未照射対照の塊根の収量に対し、塊根の収量が10%以上増大していることを意味する。本明細書において、未照射対照は、照射工程において重イオンビームを照射する前の塊根植物と遺伝学的に同一の塊根植物であって、重イオンビームを照射していない植物である。
【0024】
被験植物(例えば、照射工程により得られた植物又はその子孫植物)の塊根の収量が増大しているか否かは、被験植物と未照射対照とを同一の条件下で所定の期間栽培した後塊根を収穫し、塊根の収量(植物1個体当たりの収穫される塊根の総重量)を測定し、被験植物及び未照射対照の塊根の収量を比較することによって判定することができる。被験植物及び未照射対照の塊根の収量を比較した結果、被験植物の塊根の収量が未照射対照に比べて上記のように増大している場合には、被験植物の塊根の収量が増大していると判定できる。塊根の収量の測定は、収穫した塊根のうち所定の重量以上(サツマイモの場合は例えば50g以上)の塊根について行ってもよい。
【0025】
したがって、一実施形態では、本発明の製造方法の選抜工程は、照射工程により得られた植物又はその子孫植物を栽培し、栽培した各植物について塊根の収量を測定し、測定した塊根の収量に基づいて、照射工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜することによって行うことができる。栽培は、種子から塊根が形成されるまで行ってもよいし、塊根植物の植物体の一部(例えば腋芽)から植物体が再生し、塊根が形成されるまで行ってもよい。
【0026】
本発明の製造方法の選抜工程では、未照射対照の塊根の収量に対し、塊根の収量が10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は100%以上増大した塊根植物を選抜してもよい。
【0027】
本発明の製造方法の選抜工程では、塊根の収量(植物1個体当たりの収穫される塊根の総重量)が増大しており、かつ植物1個体当たりの塊根の形成数が維持されている又は減少している塊根植物を選抜してもよい。このような塊根植物を選抜することによって、より大きな塊根を形成する塊根植物を得ることができる。本明細書において、「植物1個体当たりの塊根の形成数が維持されている」とは、未照射対照の植物1個体当たりの塊根の形成数に対し、植物1個体当たりの塊根の形成数が10%未満しか増加又は減少していないことを意味する。本明細書において、「植物1個体当たりの塊根の形成数が減少している」とは、未照射対照の植物1個体当たりの塊根の形成数に対し、植物1個体当たりの塊根の形成数が10%以上減少していることを意味する。
【0028】
本発明の製造方法の選抜工程では、塊根の収量(植物1個体当たりの収穫される塊根の総重量)が増大しており、かつ植物1個体当たりの塊根の形成数が増加している塊根植物を選抜してもよい。本明細書において、「植物1個体当たりの塊根の形成数が増加している」とは、未照射対照の植物1個体当たりの塊根の形成数に対し、植物1個体当たりの塊根の形成数が10%以上増加していることを意味する。
【0029】
被験植物(例えば、照射工程により得られた植物又はその子孫植物)の植物1個体当たりの塊根の形成数が維持されている、減少している、又は増加しているか否かは、被験植物と未照射対照とを同一の条件下で所定の期間栽培した後塊根を収穫し、植物1個体当たりの塊根の形成数を測定し、被験植物及び未照射対照の植物1個体当たりの塊根の形成数を比較することによって判定することができる。被験植物及び未照射対照の植物1個体当たりの塊根の形成数を比較した結果、被験植物の植物1個体当たりの塊根の形成数が未照射対照に比べて上記のように維持されている、減少している、又は増加している場合には、それぞれ、被験植物の植物1個体当たりの塊根の形成数が維持されている、減少している、増加していると判定することができる。塊根の形成数の測定は、収穫した塊根のうち所定の重量以上(サツマイモの場合は例えば50g以上)の塊根について行ってもよい。塊根の形成数の測定はまた、塊根の収量の測定と同時に行ってもよい。
【0030】
本願実施例2及び3に示すように、重イオンビームを照射することにより核1つ当たりに含まれるDNA量(核DNA量)が低下した塊根植物は、塊根の収量が少なくなる傾向がある。したがって、上記の本発明の製造方法の選抜工程では、照射工程により得られた植物又はその子孫植物の核DNA量を測定し、核DNA量が低下している塊根植物を、選抜する塊根植物の候補から排除してもよい。本明細書において、「核DNA量が低下している」とは、核DNA量が、未照射対照の核DNA量に対し1%以上低下していることを意味する。核DNA量の測定は、例えば、照射工程により得られた植物又はその子孫植物及び未照射対照それぞれから核を単離し、DAPI染色液により核を染色した後、フローサイトメトリーで核の蛍光強度を測定することにより行うことができる。このとき、内部標準としてサツマイモに近縁なイポメア・トリフィダ(Ipomoea trifida)四倍体系統(K233-1)を用い、内部標準の核の蛍光強度に対する各系統の核の蛍光強度を核DNA量の指標として算出してもよい。
【0031】
本発明の製造方法は、上記の照射工程の前に、上記の照射工程において用いる重イオンビームの線量を決定する工程(以下、「線量決定工程」とも称し得る。)をさらに含んでもよい。線量決定工程では、重イオンビームの線量に関する説明において述べた通りに線量を決定することができる。例えば、線量決定工程では、塊根植物に対し重イオンビームを3種以上の線量にて照射し、当該照射後の塊根植物の生存率又は再生率を決定し、生存率又は再生率が一定の値以上(例えば10%以上、15%以上、20%以上、又は25%以上)である線量、好ましくは生存率又は再生率の低下が始まる線量を、上記の照射工程において用いる重イオンビームの線量として決定することができる。本明細書において、「線量」には照射線量及び吸収線量が包含されるが、好ましくは吸収線量である。本明細書において、「生存率」とは、ある線量の重イオンビームを照射した塊根植物の総数に対する、当該照射後に生存した塊根植物の数の割合を意味し、「再生率」とは、ある線量の重イオンビームを照射した塊根植物(例えば腋芽)の総数に対する、当該照射後に植物体が再生した塊根植物の数の割合を意味する。「生存率又は再生率の低下が始まる線量」とは、その線量以下の線量では生存率又は再生率が低下していないが、その線量を超える線量では生存率又は再生率が低下している線量を意味する。本明細書において、「生存率又は再生率が低下している」とは、重イオンビームを照射していない場合の生存率又は再生率に比べて生存率又は再生率が15%以上低下していることを意味する。
【0032】
本発明はまた、塊根植物に重イオンビームを照射する工程(照射工程)を含む、塊根植物の収量を増大させる方法(以下、「本発明の収量増大方法」と称する場合がある。)も提供する。本発明の収量増大方法は、上記の照射工程により得られた植物又はその子孫植物の中から塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程(選抜工程)をさらに含んでもよい。
【0033】
本発明の収量増大方法において、照射工程及び選抜工程は、本発明の製造方法に関して記載した通りである。
【0034】
本発明はまた、塊根植物に重イオンビームを照射する工程(照射工程)を含む、塊根の収量が増大した塊根植物の生成を促進する方法(以下、「本発明の生成促進方法」と称する場合がある。)も提供する。本発明の生成促進方法は、上記の照射工程により得られた植物又はその子孫植物を生育させて塊根を形成させる工程をさらに含んでもよい。本発明の生成促進方法はまた、塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程(選抜工程)をさらに含んでもよい。
【0035】
本発明の生成促進方法において、照射工程及び選抜工程は、本発明の製造方法に関して記載した通りである。
【0036】
本発明はまた、本発明の製造方法又は本発明の収量増大方法によって塊根の収量が増大した塊根植物を製造する工程を含むか、又は、本発明の生成促進方法を用いて塊根の収量が増大した塊根植物の生成を促進する工程を含む、塊根植物の育種方法(以下、「本発明の育種方法」と称する場合がある。)も提供する。本発明の育種方法は、塊根植物に重イオンビームを照射することにより、塊根の収量が増大した塊根植物の生成を促進する工程を含む、塊根植物の育種方法であり得る。本発明の育種方法は、塊根の収量が増大した塊根植物を得るための育種方法であり得る。本発明の育種方法では、本発明の製造方法に関して記載した上記の照射工程に従って塊根植物に重イオンビームを照射することができる。本発明の育種方法は、重イオンビームの照射により得られた植物又はその子孫植物を生育させて塊根を形成させる工程をさらに含んでもよい。本発明の育種方法は、塊根の収量が増大した塊根植物を選抜する工程を含んでもよい。本発明の育種方法は、得られた、塊根の収量が増大した塊根植物を、自家交配するか、又は、別の塊根植物(典型的には、同じ植物種の塊根植物)と交配する工程をさらに含んでもよい。本発明の育種方法は、塊根の収量の増大に加えて、他の形質について塊根植物を選抜する工程をさらに含んでもよい。
【0037】
本明細書において、「塊根の収量が増大した塊根植物の生成を促進する」とは、塊根の収量が顕著に(例えば、50%以上)増大した塊根植物の生成をもたらすか、又は、塊根の収量が増大した塊根植物の生成率を増大させることを意味する。本明細書において、「塊根の収量が増大した塊根植物の生成率」とは、照射工程により得られた植物又はその子孫植物のうち、塊根の収量が増大した塊根植物の割合を意味し、塊根の収量が増大した塊根植物の生成率を「増大させる」とは、塊根の収量が増大した塊根植物の生成率を1%以上まで増大させることを意味する。
【0038】
塊根の収量が増大した塊根植物の生成率は、照射工程により得られた植物又はその子孫植物の全部又は一部を同一の条件下で所定の期間栽培した後塊根を収穫し、上述のように塊根の収量を測定することによって評価できる。
【0039】
本発明の生成促進は、未照射対照の塊根の収量に対し、塊根の収量が50%以上、75%以上、又は100%以上増大した塊根植物の生成を促進するものであり得る。
【0040】
本発明の生成促進はまた、未照射対照の塊根の収量に対し、塊根の収量が50%以上、75%以上、又は100%以上増大した塊根植物の生成率を0.5%以上、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、又は5%以上まで増大させるものであり得る。
【0041】
一実施形態では、本発明の製造方法収量増大方法、又は生成促進方法により、塊根植物の塊根の収量を未照射対照に比べ50%以上、75%以上、又は100%以上増大させることができる。
【実施例0042】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0043】
<実施例1:重イオンビーム照射による照射系統の構築>
サツマイモ(Ipomoea batatas)品種「べにはるか」に重イオンビームを照射して照射系統を構築した。
【0044】
具体的には、無菌培養により栽培したサツマイモ品種「べにはるか」のシュートを、腋芽を1つずつ含むように分割し、得られた組織片を9 cmシャーレ中の1/2 MS (Murashige and Skoog)固化培地上に置床した。1シャーレあたり30個の組織片を置床した。置床した組織片に対して、炭素イオンビーム(12C6+イオン、線エネルギー付与(LET): 30 keV/μm)又はアルゴンイオンビーム(40Ar17+イオン、LET: 184 keV/μm)を照射した(理化学研究所仁科加速器研究センター、RI-beam factory E5ビームライン)。炭素イオンビームは5 Gy、10 Gy、又は20 Gyの吸収線量にて、アルゴンイオンビームは1 Gy、2.5 Gy、又は5 Gyの吸収線量にて照射した(それぞれ、5 Gy、10 Gy、20 Gy炭素イオンビーム照射群、1 Gy、2.5 Gy、5 Gyアルゴンイオンビーム照射群)。
【0045】
重イオンビーム照射した各組織片を、試験管内の1/2 MS培地及び3%スクロース含有0.4% ゲランガムに移して培養(栽培)した。培養は、栽培チャンバー(TOMY Cultivation Chamber CFH-405; Tomy Digital Biology Co. Ltd.)中で、25℃、長日条件(16時間明、8時間暗)にて行った。
【0046】
培養開始から1か月後に、各照射群についてシュート形成率を調査した。組織片からシュートが再生し3枚以上葉をつけた場合にシュートが形成されたと判定し、組織片の総数に対するシュートを形成した組織片の数の割合をシュート形成率として算出した。
【0047】
培養開始から3か月後に、再生したシュートを分割し、腋芽を1つずつ含む組織片を取得した。再生したシュートの基部から3節目以降に形成された腋芽を含む組織片を1つの照射系統として、各再生シュートから3つの照射系統を得た。得られた照射系統をそれぞれ組織培養により生育させた。
【0048】
未照射対照として、重イオンビームを照射せずに同様の操作を行い、未照射の「べにはるか」系統を構築した。
【0049】
シュート形成率の測定結果を図1に示す。炭素イオンビームでは、シュート形成率は0~10 Gyの吸収線量では83~87%であったが、20 Gyの吸収線量では50%まで低下した。一方、アルゴンイオンビームでは、シュート形成率は0~2.5 Gyの吸収線量では70%~80%であったが、5 Gyの吸収線量では33%まで低下した。したがって、シュート形成率(再生率)の曲線における「肩」の線量(シュート形成率の低下が始まる線量)は、炭素イオンビームでは10 Gy、アルゴンイオンビームでは2.5 Gyであった。
【0050】
重イオンビームを植物に照射する場合、生存曲線又は再生曲線における「肩」の線量(生存率や再生率の低下が始まる線量)では変異頻度が高いことが知られている。したがって、上記の結果から、サツマイモにおいて変異を誘導するのに適切な重イオンビームの吸収線量は、炭素イオンビームでは10 Gy、アルゴンイオンビームでは2.5 Gyであると考えられた。
【0051】
また、本実施例において得られた照射系統の数を以下の表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1に示されるように、本実施例では炭素イオンビームを照射した組織片から231系統、アルゴンイオンビームを照射した組織片から104系統の計335個の照射系統が得られた。
【0054】
なお、照射系統の名称は、(照射した重イオンビームの核種)-(照射した重イオンビームの吸収線量)-(識別番号)とした。したがって、例えば、Ar-1-2-1は、アルゴンイオンビームを1 Gyの吸収線量にて照射した組織片に由来する照射系統を意味する。
【0055】
<実施例2:核DNA量の測定>
実施例1で得られた照射系統のゲノムDNAの損傷度を推定するため、フローサイトメトリー分析により核DNA量の測定を行った。
【0056】
具体的には、実施例1で得られた照射系統及び未照射対照、サツマイモに近縁なイポメア・トリフィダ(Ipomoea trifida)四倍体系統(K233-1)(内部標準)の葉を1 cm角に切り取った。切り取った各照射系統又は未照射対照の葉を、内部標準の葉と共に200 μlのOtto I緩衝液(Crissman HA and Darzynkiewicz Z (eds), Methods in Cell Biology., Academic Press, New York., vol. 33, p. 105-110内の、Friedrich Otto, DAPI staining of fixed cells for high-resolution flow cytometry of nuclear DNA.)に入れて剃刀で刻んだ。それにより得られた核懸濁液を30 μmメッシュに通した後、濾液に800 μlのDAPI染色液(Mishiba KI et al., Ann Bot, 2000, vol. 85, issue 5, p. 665-673)を加え、暗所で2分間染色を行った。その後、得られた反応液をフローサイトメーター(CyFlow Ploidy Analyzer; Sysmex Corporation)にかけて核の蛍光強度を測定し、内部標準の核の蛍光強度に対する照射系統又は未照射対照の核の蛍光強度を核DNA量の指標として算出した。未照射対照の核DNA量の平均値を100としたときの各系統の核DNA量を相対核DNA量(%)として算出した。この実験を3回繰り返した。
【0057】
その結果、20 Gyの吸収線量にて炭素イオンビームを照射した同一の組織片に由来する2つの照射系統C20-8-1及びC-20-8-3において、未照射対照と比較した相対核DNA量の減少が見られた(表2)。
【0058】
【表2】
【0059】
このような相対核DNA量の低下は、染色体領域の欠失や染色体分離の異常によるものと考えられる。
【0060】
一方、上記の2つの系統以外の炭素イオンビーム照射系統(炭素イオンビームを照射した組織片に由来する照射系統)及びアルゴンイオンビーム照射系統(アルゴンイオンビームを照射した組織片に由来する照射系統)では、未照射対照と比べた相対核DNA量の変化は検出されなかった。このことから、サツマイモでは染色体の安定性が高く、炭素イオンビームやアルゴンイオンビームなどの高LETの重イオンビームを照射しても染色体領域の大きな重複又は欠失や染色体分離の異常などが起こりにくいことが示された。
【0061】
<実施例3:変異体選抜>
実施例1において得られた照射系統及び未照射対照を栽培し、塊根の表現型を調べた。
【0062】
具体的には、実施例1において得られた照射系統及び未照射対照の個体を、培養土を満たした黒ポットに移植し、温室で馴化を行った。生存した個体を2か月間温室で栽培した後に圃場に定植した。未照射対照は6個体、照射系統は1個体ずつ、黒色のポリエチレンフィルムでマルチした畝に定植した(畝幅54cm、畝間30cm、株間35cm)。定植後、約4か月半栽培した後に塊根を収穫した。50g未満の塊根は破棄し、50g以上の塊根について、1個体当たりの塊根の総重量及び形成数を測定した。未照射対照の1個体当たりの塊根の総重量の平均値を100としたときの、各系統の1個体あたりの塊根の総重量の値を相対総重量(%)として算出し、未照射対照の1個体当たりの塊根の形成数の平均値を100としたときの、各系統の1個体あたりの塊根の形成数の値を相対形成数(%)として算出した。また、塊根の皮の色を調査した。
【0063】
塊根の相対総重量(%)及び相対形成数(%)の測定結果を図2に示す。また、代表的な照射系統の塊根を示す写真を図3に示す。
【0064】
炭素イオンビーム照射系統については、試験した系統のうち9個(4.0%)が150%以上の塊根の相対総重量を示したが、175%以上の塊根の相対総重量を示すものは存在しなかった。一方、アルゴンイオンビーム照射系統については、試験した系統のうち6個(6.0%)が150%以上の塊根の相対総重量を示し、4個(4.0%)が175%以上の塊根の相対総重量を示し、1個(1.0%)が200%以上もの塊根の相対総重量を示した。
【0065】
これらの結果は、サツマイモ等の塊根植物に重イオンビーム、特に184 keV/μmのLETを有する重イオンビームを照射することによって塊根の収量が増大した塊根植物の生成が促進されることを示す。
【0066】
また、一部の炭素イオンビーム照射系統及びアルゴンイオンビーム照射系統は、未照射対照に比べ低い塊根の総重量を示したが、この中には実施例2で核DNA量が低下していた照射系統C20-8-1及びC20-8-3が含まれていた(図3C)。この結果は、核DNA量の低下を伴う遺伝子欠失が塊根形成の阻害をもたらすことを示している。
【0067】
一方、炭素イオンビーム照射系統とアルゴンイオンビーム照射系統いずれにおいても、塊根の皮の色に変化は見られなかった。
図1
図2
図3