(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006223
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】フィラー充填高分子モデルの生成方法、システム、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G16C 20/00 20190101AFI20240110BHJP
【FI】
G16C20/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022106919
(22)【出願日】2022-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】唐津 秀一
(57)【要約】
【課題】ポリマーモデルの絡み合いを十分にしつつも、モデル生成に必要な時間を低減可能なフィラー充填高分子モデルの生成技術を提供する。
【解決手段】直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子が連なったポリマーモデルと、ポリマー粒子と同じサイズのフィラー粒子とを仮想空間に配置し、ポリマー粒子及びフィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータに第1値を設定して平衡化処理を実行し、フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを第1値よりも大きい第2値に設定して分子動力学計算を実行してフィラー粒子を所定サイズのフィラーモデルが収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行し、拡大したフィラー粒子を所定サイズのフィラーモデルに置換することと、置換後のフィラーモデルの非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを第1値に設定する。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は複数のプロセッサが実行する方法であり、直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子が連なったポリマーモデルと、前記ポリマー粒子よりも大きい所定サイズのフィラーモデルとを有するフィラー充填高分子モデルの生成方法であって、
前記ポリマーモデルと、前記ポリマー粒子と同じサイズのフィラー粒子とを仮想空間に配置し、前記ポリマー粒子及び前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータに第1値を設定し、平衡化処理を実行することと、
前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値よりも大きい第2値に設定して分子動力学計算を実行することにより、前記フィラー粒子を、前記所定サイズのフィラーモデルが収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行することと、
拡大した前記フィラー粒子を前記所定サイズのフィラーモデルに置換することと、
置換後の前記フィラーモデルの非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値に設定することと、
を含む、フィラー充填高分子モデルの生成方法。
【請求項2】
前記拡大処理において、前記フィラー粒子は他の粒子と結合していない状態である、請求項1に記載のフィラー充填高分子モデルの生成方法。
【請求項3】
前記ポリマーモデルと前記フィラー粒子と共に架橋剤粒子を前記仮想空間に配置し、
置換後の前記フィラーモデルの非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値に設定した後に、分子動力学計算を実行し、前記架橋剤粒子が前記ポリマー粒子に所定距離以内に近づいた場合に所定架橋確率で前記架橋剤粒子と前記ポリマー粒子とを結合させる架橋反応処理を実行する、請求項1に記載のフィラー充填高分子モデルの生成方法。
【請求項4】
前記フィラー粒子同士の間に作用する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータは、前記所定サイズのフィラーモデルの直径以上の距離となる値に設定し、
前記フィラー粒子と前記ポリマー粒子の間に作用する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータは、前記所定サイズのフィラーモデルの半径と前記ポリマー粒子の半径の合計値以上の距離となる値に設定する、請求項1~3のいずれかに記載のフィラー充填高分子モデルの生成方法。
【請求項5】
直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子が連なったポリマーモデルと、前記ポリマー粒子よりも大きい所定サイズのフィラーモデルとを有するフィラー充填高分子モデルを生成するシステムであって、
前記ポリマーモデルと、前記ポリマー粒子と同じサイズのフィラー粒子とを仮想空間に配置し、前記ポリマー粒子及び前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータに第1値を設定し、所定ステップの平衡化処理を実行する第1処理部と、
前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値よりも大きい第2値に設定して分子動力学計算を実行することにより、前記フィラー粒子を、前記所定サイズのフィラーモデルが収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行する拡大処理部と、
前記フィラー粒子を前記所定サイズのフィラーモデルに置換する置換処理部と、
置換後の前記フィラーモデルの非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値に設定する第2処理部と、
を備える、システム。
【請求項6】
直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子が連なったポリマーモデルと、前記ポリマー粒子よりも大きい所定サイズのフィラーモデルとを有するフィラー充填高分子モデルを生成するプログラムであって、
前記ポリマーモデルと、前記ポリマー粒子と同じサイズのフィラー粒子とを仮想空間に配置し、前記ポリマー粒子及び前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータに第1値を設定し、所定ステップの平衡化処理を実行することと、
前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値よりも大きい第2値に設定して分子動力学計算を実行することにより、前記フィラー粒子を、前記所定サイズのフィラーモデルが収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行することと、
前記フィラー粒子を前記所定サイズのフィラーモデルに置換することと、
置換後の前記フィラーモデルの非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値に設定することと、
を1又は複数のプロセッサに実行させる、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フィラー充填高分子モデルの生成方法、システム、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
分子動力学計算を用いた分子シミュレーションに用いるモデルの種々の生成方法が提案されている。例えば、特許文献1には、ポリマーとフィラーとを有するフィラー充填高分子モデルの生成方法の一例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、単一の粒子よりも大きい所定サイズのフィラーモデルと、複数粒子の結合鎖であるポリマーモデルとを仮想空間に配置して平衡化するにあたり、平衡化処理を実行する時間が不十分であれば、ポリマーモデルの絡み合いが十分ではなく、得られるモデル全体の挙動(例えば、SS曲線)が正しいとはいえない場合があることが判明した。かといって、平衡化処理の実行時間が長ければ、モデル生成に必要な時間も長くなり、迅速な開発の阻害となり得る。
【0005】
本開示は、ポリマーモデルの絡み合いを十分にしつつも、モデル生成に必要な時間を低減可能なフィラー充填高分子モデルの生成技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のフィラー充填高分子モデルの生成方法は、1又は複数のプロセッサが実行する方法であり、直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子が連なったポリマーモデルと、前記ポリマー粒子よりも大きい所定サイズのフィラーモデルとを有するフィラー充填高分子モデルの生成方法であって、前記ポリマーモデルと、前記ポリマー粒子と同じサイズのフィラー粒子とを仮想空間に配置し、前記ポリマー粒子及び前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータに第1値を設定し、平衡化処理を実行することと、前記フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値よりも大きい第2値に設定して分子動力学計算を実行することにより、前記フィラー粒子を、前記所定サイズのフィラーモデルが収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行することと、拡大した前記フィラー粒子を前記所定サイズのフィラーモデルに置換することと、置換後の前記フィラーモデルの非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを前記第1値に設定することと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】システムが実行する処理を示すフローチャート。
【
図3】本実施形態で生成したいフィラー充填高分子モデルを示す模式図。
【
図4】ポリマーモデルとフィラー粒子と架橋剤粒子とを仮想空間に配置した模式図。
【
図5】(a)単一の粒子同士の非結合ポテンシャルによる平衡粒子間距離を示す模式図。(b)フィラーモデル及びフィラーモデルを構成するフィラー粒子を示す模式図。
【
図6】(a)フィラー粒子とフィラー粒子以外の粒子との間の粒子間距離を示す模式図。(b)フィラー粒子同士の粒子間距離を示す模式図。
【
図7】フィラー粒子を拡大する拡大処理を示す模式図。
【
図8】拡大したフィラー粒子を所定サイズのフィラーモデルに置換する置換処理を示す模式図。
【
図10】比較例1で生成したフィラー充填高分子モデルの分子動力学計算の経過タイムステップ数と、慣性半径の二乗平均の値の関係を示すグラフ。
【
図11】実施例1で生成したフィラー充填高分子モデルの分子動力学計算の経過タイムステップ数と、慣性半径の二乗平均の値の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本開示の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0009】
[モデル生成システム]
本実施形態のシステム1(装置)は、フィラー充填高分子モデルを生成する。本実施形態において、分子動力学計算を実行する分子シミュレーションには、分子シミュレーションソフトウェア「LAMMPS」を用いている。
【0010】
図1に示すように、システム1は、モデル配置部10と、ポテンシャル設定部11と、平衡化処理実行部12と、第1処理部13と、拡大処理部14と、置換処理部15と、第2処理部16と、を有する。システム1は、架橋反応処理部17を更に有するとしてもよい。これら各部10~17は、プロセッサ1a、メモリ1b、各種インターフェイス等を備えたコンピュータにおいて予め記憶されている
図2に示す処理ルーチンをプロセッサ1aが実行することによりソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。本実施形態では、1つの装置におけるプロセッサ1aが各部を実現しているが、これに限定されない。例えば、ネットワークを用いて分散させ、複数のプロセッサが各部の処理を実行するように構成してもよい。すなわち、1又は複数のプロセッサが処理を実行する。
【0011】
メモリ1bは、フィラー充填高分子モデルを生成するためのポリマーモデル2、フィラーモデル3及び架橋剤粒子4に関するデータ(粒子の結合構造、粒子数、粒子に設定される結合ポテンシャルまたは非結合ポテンシャル)、生成したフィラー充填高分子モデルに関するデータ、分子動力学計算を実行するための解析条件(圧力温度一定条件、仮想空間に設定する周期境界条件、密度又はモデル体積など)を記憶する。生成するフィラー充填高分子モデルが架橋剤粒子を含まない場合には、架橋剤粒子4に関するデータを省略可能である。
【0012】
図3で模式的に示すように、生成したいフィラー充填高分子モデルは、複数のポリマーモデル2と、フィラーモデル3と、架橋剤粒子4とを含む。
図3では、各モデルが混ざり合っていない状態を示しているが、実際は混ざり合っている状態のモデルを生成する。ポリマーモデル2は、直鎖状または分岐状に連なる複数のポリマー粒子20を有する。フィラーモデル3の大きさは、ポリマー粒子20よりも大きい所定サイズD1である。ここで、フィラーモデル3の直径をD1と表記する。本実施形態のフィラーモデル3は、ポリマー粒子20と同じ大きさのフィラー粒子30が複数集まって1つのフィラーモデル3を構成している。架橋剤粒子4は、フィラー粒子30とポリマー粒子20と同じ大きさの単一粒子である。
【0013】
本実施形態のフィラー充填高分子モデルは、例えば未加硫ゴムモデル等の未架橋高分子モデルに留めてもよいし、未架橋高分子モデルに対して後述する架橋反応処理を更に実行し架橋剤粒子4とポリマー粒子20とを結合して、加硫済ゴムモデル等の架橋済高分子モデルとしてもよい。架橋済高分子モデルを生成する場合に、ポリマーモデルを構成する複数のポリマー粒子20は、架橋剤粒子4と結合可能に設定された架橋可能粒子と、架橋剤粒子4と結合不可能に設定された架橋不可能粒子と、を含むとしてもよい。架橋剤粒子4は、ポリマーモデル2を構成する複数のポリマー粒子20のうち架橋可能粒子と結合(架橋反応)する。
【0014】
図1に示すモデル配置部10は、
図4に示すように、ポリマーモデル2と、ポリマー粒子20と同じサイズのフィラー粒子30とを仮想空間Ar1に配置する。本実施形態では、モデル配置部10は、ポリマーモデル2とフィラー粒子30と共に架橋剤粒子4を仮想空間Ar1に配置する。フィラー粒子30は、ポリマー粒子20と同じサイズである。ここで、フィラーモデル3ではなく、フィラー粒子を配置するには、フィラーモデルは、単一の粒子(ポリマー粒子、フィラー粒子)よりも大きいため、分子動力学計算の実行によって分散しにくいためであり、単一粒子であるフィラー粒子をフィラーモデルの代わりに配置することで、分散しやすくするためである。
なお、LAMMPSにおいて、モデルの仮想空間Ar1への配置は、create_atomコマンドで実現可能であるが、LAMMPS以外の外部プログラムを実行することでも座標配置が可能である。
【0015】
図1に示すポテンシャル設定部11は、ポリマー粒子20及びフィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσに第1値を設定する。本実施形態では、架橋剤粒子4の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσも同値である第1値を設定する。非結合ポテンシャルは、全ての粒子に対して設定され、他の粒子との間に作用するポテンシャル(相互作用)であり、本実施形態では、LJポテンシャルを設定可能である。具体的には、式(1)に示すKremer-Grestモデルの非結合ポテンシャル[U
non-bond(r)]を設定可能である。ポリマーモデル2を構成する複数のポリマー粒子20は、結合ポテンシャルによって直鎖状又は分岐状に接続される。結合ポテンシャルは、結合相手(接続相手)との間に作用するポテンシャル(相互作用)であり、FENE+LJポテンシャルが設定可能である。結合ポテンシャルは、ポリマー粒子20同士の間に設定され、ポリマー粒子以外には設定されない。具体的には、式(2)に示すKremer-Grestモデルの結合ポテンシャル[U
bond(r)]を設定可能である。ポテンシャルのパラメータは、下記式(1)及び(2)における各種パラメータは、次の値に設定している。K=30.0、R
0=1.5、ε=1.0、σ=1.0
ここで、非結合ポテンシャル[U
non-bond(r)]の粒子間距離パラメータは、式(1)内のσであり、第1値としてσ=1.0が設定される。
なお、LAMMPSにおいて、結合ポテンシャルの設定は、bond_style feneコマンドで実現可能であり、非結合ポテンシャルの設定は、pair_style lj/cutコマンドで実現可能である。
【数1】
【0016】
図1に示す平衡化処理実行部12は、平衡状態になるまで分子動力学計算を実行する平衡化処理を実行する。具体的には、所定の解析条件(圧力温度一定または体積温度一定など)の下、平衡状態になるまで分子動力学計算を繰り返し実行する。例えば、圧力温度一定の条件で所定ステップ分子動力学計算を実行し、その後、体積温度一定の条件で所定ステップ、分子動力学計算を実行することが挙げられる。平衡状態とは、例えば、モデル全体のポテンシャルエネルギーの一定期間の変動が一定幅以内に収まる状態などが挙げられる。本実施形態では一例として、温度と圧力を1.0[LJ単位(レナードジョーンズ単位)]としているが、これは一例であり、種々の値に設定可能である。本実施形態において1ステップの時間は、0.005[LJ単位]である。
なお、LAMMPSにおいて、圧力と温度を一定にする指定は、fix nptコマンドで設定可能であり、体積と温度を一定にする指定は、fix nvtコマンドで実現可能である。
【0017】
図1に示す第1処理部13は、モデル配置部10によるポリマーモデル2及びフィラー粒子30の仮想空間への配置、ポテンシャル設定部11によるポリマー粒子及びフィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータの設定、及び、平衡化処理実行部12による平衡化処理の実行を制御する。
【0018】
図1に示す拡大処理部14は、フィラー粒子の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータを第1値(σ=1.0)よりも大きい第2値(σ=4.4又は7.9)に設定して分子動力学計算を実行することにより、フィラー粒子を、所定サイズD1のフィラーモデルが収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行する。
【0019】
ここで第2値の計算方法を説明する。長さの単位は、LJ単位(レナードジョーンズ単位)である。
図5(a)に示すように、単一の粒子同士の非結合ポテンシャルによる平衡粒子間距離D2は、式(1)より2(1/6)σ=1.122462である。
図5の上部では、フィラー粒子30とポリマー粒子20を例に挙げているが、他の単一粒子間も同じである。第1値がσ=1.0であるので、各粒子(ポリマー粒子20,フィラー粒子30,架橋剤粒子4)の半径D3が0.5となる。
【0020】
図5(b)は、フィラーモデル3及びフィラーモデル3を構成するフィラー粒子30を示す。同図に示すように、本実施形態のフィラーモデルは、フィラー粒子30を格子状に並べたもので、最大列数は9個である。結合関係にあるフィラー粒子30同士の平衡結合長さD4は、式(2)により0.97となる。フィラーモデル3の直径D1は、フィラー粒子30同士の平衡結合長さD4が8個分とフィラー粒子30の半径D3が2個分の合計長さとなり、0.97×8+0.5×2=8.76となる。
【0021】
次に、所定サイズD1のフィラーモデル3を配置するために必要な粒子間距離を算出する。モデルに必要な非結合ポテンシャルの種類は、次の5種類となる。<1>と<3>は通常の粒子間距離(1.12)であり、粒子間距離パラメータσは第1値(σ=1.0)である。
<1>ポリマー粒子と架橋剤粒子
<2>ポリマー粒子とフィラー粒子
<3>架橋剤粒子と架橋剤粒子
<4>架橋剤粒子とフィラー粒子
<5>フィラー粒子とフィラー粒子
【0022】
<2>及び<4>の場合、
図6(a)に示すように、粒子間距離は、D3+(D1/2)=0.5+4.38=4.88以上が必要となる。σ=4.4とすれば、2
(1/6)σ=4.94となり、条件を満たす。よって、第2値としてσ=4.4と算出できる。これにより、フィラー粒子30とポリマー粒子20の間に作用する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσは、所定サイズD1のフィラーモデル3の半径(D1/2)とポリマー粒子20の半径D3の合計値[D3+(D1/2)]以上の距離となる値(4.4)に設定することになる。
【0023】
<5>の場合、
図6(b)に示すように、粒子間距離は、(D1/2)×2=8.76以上が必要となる。σ=7.9とすれば、2
(1/6)σ=8.87となり、条件を満たす。よって、第2値としてσ=7.9と算出できる。これにより、フィラー粒子30同士の間に作用する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσは、所定サイズD1のフィラーモデル3の直径D1以上の距離となる値(7.9)に設定することになる。
ここで算出している粒子間距離は、フィラーモデル3を配置するために他の粒子と重ならない最低限の粒子間距離であり、平衡粒子間距離ではない。フィラーモデル3を他の粒子と重ならないように配置できれば、その後の分子動力学計算によって非結合ポテンシャルの影響で平衡粒子間距離へ収束するからである。
【0024】
図1に示す拡大処理部14は、フィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第2値に設定した状態で、平衡化処理実行部12に分子動力学計算を実行させることで、
図7に示すように、フィラー粒子30を、所定サイズD1のフィラーモデル3が収まることが可能なサイズ(D1以上)に拡大する。拡大処理において、フィラー粒子30は他の粒子と結合していない状態である。すなわち、フィラー粒子30に対して結合ポテンシャルが設定されていない状態であり、フィラー粒子30に対してポテンシャルとして非結合ポテンシャルのみが設定されている状態である。
【0025】
図1に示す置換処理部15は、
図8に示すように、拡大したフィラー粒子30を、所定サイズD1のフィラーモデル3に置換する。置換後のフィラーモデル3は、各々のフィラー粒子30が結合ポテンシャルで接続されている。
【0026】
図1に示す第2処理部16は、置換後のフィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(σ=1.0)に設定する(戻す)。具体的には、フィラーモデル3を構成する各々のフィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(σ=1.0)に設定する(戻す)。第2処理部16によって、フィラー充填高分子モデルが完成する。
【0027】
フィラー充填高分子モデルは、未加硫ゴムモデル等の未架橋高分子モデルと、未架橋高分子モデルに対して架橋反応処理を実行して加硫ゴムモデル等の架橋済高分子モデルとが含まれる。
図1に示す架橋反応処理部17は、架橋反応処理を実行して未架橋高分子モデルから架橋済高分子モデルを生成する。よって、未架橋高分子モデルを生成することが目的であれば、架橋反応処理部17を省略してもよい。
架橋反応処理部17は、ポリマーモデル2を構成する複数のポリマー粒子20のうち一部のポリマー粒子20に対して架橋確率(例えば20%)を設定する。
架橋反応処理部17は、架橋反応処理を実行する。架橋反応処理は、公知であるので、詳細な説明は省略するが、分子動力学計算を実行して、ポリマーモデル2の架橋可能粒子が架橋剤粒子4に所定距離以内に近づいた場合に架橋可能粒子に設定された架橋確率で架橋可能粒子と架橋剤粒子4とを結合させる処理である。本実施形態では、分子動力学計算を10計算ステップ実行するたびに、所定距離以内(本実施形態では、距離が1.0[LJ]以内)にある架橋可能粒子と架橋剤粒子4の組み合わせをすべて評価対象とし、評価対象の架橋可能粒子と架橋剤粒子4とを設定された架橋確率で結合させる。架橋反応処理は、全ての架橋剤粒子4が結合済みとなるまで、繰り返し実行される。全ての架橋剤粒子4が結合済みとなれば、架橋済高分子モデルが生成完了となる。必要に応じて架橋済高分子モデルに対して平衡化処理を実行してもよい。
なお、LAMMPSにおいて、架橋反応処理で架橋可能粒子と架橋剤粒子4とを結合する処理には、fix bond/createコマンドで実現可能である。
【0028】
[フィラー充填高分子モデルの生成方法]
上記システム1が実行する、フィラー充填高分子モデルの生成方法を、
図2を用いて説明する。メモリ1bには、分子動力学計算で用いる指定圧力、指定温度が予め設定され、記憶されている。また、メモリ1bには、ポリマーモデル2に関するデータ(鎖長粒子数、ポリマーの本数)、フィラーモデル3に関するデータ及び架橋剤粒子4に関するデータが予め設定され、記憶されている。
まず、ステップST1において、モデル配置部10は、ポリマーモデル2と、フィラー粒子30とを仮想空間Ar1に配置する。本実施形態では、架橋剤粒子4も仮想空間Ar1に配置する。
次のステップST2において、ポテンシャル設定部11は、ポリマー粒子20及びフィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσに第1値(1.0)を設定し、ポテンシャルを設定する。
次のステップST3において、平衡化処理実行部12は、平衡化処理を実行する。平衡状態になるか否かを、エネルギー変化量や慣性半径に基づき判断してもよいし、平衡状態にあるかの判断をせずに、平衡化処理を所定ステップ数実行すると定めておいてもよい。
次のステップST4において、拡大処理部14は、拡大処理を実行する。拡大処理は、フィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)よりも大きい第2値(4.4又は7.9)に設定して分子動力学計算を実行することにより、フィラー粒子30を、所定サイズD1のフィラーモデル3が収まることが可能なサイズに拡大する処理である。
次のステップST5において、置換処理部15は、拡大したフィラー粒子30を所定サイズD1のフィラーモデル3に置換する。
次のステップST6において、置換後のフィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)に設定する。
【0029】
<実施例1、及び比較例1>
本明細書に記載の手法で生成した実施例1と、それ以外の手法で生成した比較例1について説明する。評価指標として慣性半径を用いた。慣性半径はその値が大きい程、絡み合い度が大きく、より分散していると考えることができる。慣性半径の二乗平均は、次の式(3)で算出できる。式(3)の意味を
図9で模式的に示している。
図9において粒子を丸で示し、Nが粒子数を示し、r
iがi番目の粒子位置(座標)を意味する。r
cmが重心位置(座標)を示している。
【数2】
【0030】
比較例1は、ポリマー粒子20を200個接続したポリマーモデル2を200本、架橋剤粒子600個、30個のフィラーモデル3を仮想空間Ar1に配置した。1個のフィラーモデル3は、257個のフィラー粒子30で構成される。粒子数は、48310粒子である。
図10は、比較例1で生成したフィラー充填高分子モデルの分子動力学計算の進捗(経過タイムステップ数)と、慣性半径の二乗平均の値の関係を示すグラフである。
図10に示すように、おおよそであるが、1.2×10
8ステップで平衡状態になっていると理解できる。1.2×10
8ステップを計算するのに20時間要した。
図10によれば、初期の慣性半径は低い値であり、計算が進むにしたがって慣性半径の二乗平均が増加している。
【0031】
実施例1は、比較例1と同じモデルであるが、本明細書に記載の方法で生成している。
図11は、実施例1で生成したフィラー充填高分子モデルの分子動力学計算の進捗(経過タイムステップ数)と、慣性半径の二乗平均の値の関係を示すグラフである。フィラー粒子30に設定する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσ=1.0とした平衡化処理で1.0×10
7ステップ、フィラー粒子30の拡大処理で1.0×10
5ステップ、粒子の置換処理で1.0×10
7ステップ要した。平衡化処理、拡大処理及び置換処理の合計のステップを計算するのに3時間7分要した。比較例1に比べて約6分の1の時間に短縮してあり、且つ、慣性半径もほぼ同値であるため、ポリマーモデルの絡み合いを十分にしつつも、モデル生成に必要な時間を低減できていることが理解できる。
【0032】
[1]
以上のように、本実施形態のフィラー充填高分子モデルの生成方法は、1又は複数のプロセッサが実行する方法であり、直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子20が連なったポリマーモデル2と、ポリマー粒子20よりも大きい所定サイズD1のフィラーモデル3とを有するフィラー充填高分子モデルの生成方法であって、ポリマーモデル2と、ポリマー粒子20と同じサイズのフィラー粒子30とを仮想空間に配置し、ポリマー粒子20及びフィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσに第1値(1.0)を設定し、平衡化処理を実行することと、フィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)よりも大きい第2値(4.4又は7.9)に設定して分子動力学計算を実行することにより、フィラー粒子30を、所定サイズD1のフィラーモデル3が収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行することと、拡大したフィラー粒子30を所定サイズD1のフィラーモデル3に置換することと、置換後のフィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)に設定することと、を含む、としてもよい。
【0033】
このように、平衡化処理の際にポリマーモデル2と共に仮想空間Ar1に配置されるフィラーが単一のフィラー粒子30であるので、ポリマーモデル2とフィラー粒子30とが十分に分散され、絡み合いが相対的に十分となる(慣性半径が相対的に大きくなる)。そして、フィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第2値にして分子動力学計算を実行することで、モデル全体を安定させながらフィラー粒子30を所定サイズD1まで拡大できる。次にフィラー粒子30を所望のフィラーモデル3に置換し、フィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値に設定(戻す)ことで、他の粒子と同じ粒子間距離パラメータに設定し、置換後のフィラーモデル3がさらに拡大されることを避ける。よって、ポリマーモデルの絡み合いを十分にしつつも、平衡化に必要な時間を低減可能となる。
【0034】
[2]
上記[1]に記載のフィラー充填高分子モデルの生成方法において、拡大処理において、フィラー粒子30は他の粒子と結合していない状態である、としてもよい。
【0035】
[3]
上記[1]又は[2]に記載のフィラー充填高分子モデルの生成方法において、ポリマーモデル2とフィラー粒子30と共に架橋剤粒子4を仮想空間Ar1に配置し、置換後のフィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)に設定した後に、分子動力学計算を実行し、架橋剤粒子4がポリマー粒子20に所定距離以内に近づいた場合に所定架橋確率で架橋剤粒子4とポリマー粒子20とを結合させる架橋反応処理を実行する、としてもよい。
このようにすれば、未架橋のフィラー充填高分子モデルから、架橋済みのフィラー充填高分子モデルを生成可能となる。
【0036】
[4]
上記[1]~[3]のいずれかに記載のフィラー充填高分子モデルの生成方法において、フィラー粒子30同士の間に作用する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσは、所定サイズのフィラーモデル3の直径D1(D1=8.76)以上の距離(8.87)となる値(7.9)に設定し、フィラー粒子30とポリマー粒子20の間に作用する非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσは、所定サイズのフィラーモデル3の半径とポリマー粒子20の半径の合計値[D3+(D1/2)=4.88]以上の距離(4.94)となる値(4.4)に設定する、としてもよい。好ましい一例である。
【0037】
[5]
フィラー充填高分子モデルを生成するシステムは、直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子20が連なったポリマーモデル2と、ポリマー粒子20よりも大きい所定サイズD1のフィラーモデル3とを有するフィラー充填高分子モデルを生成するシステムであって、ポリマーモデル2と、ポリマー粒子20と同じサイズのフィラー粒子30とを仮想空間Ar1に配置し、ポリマー粒子20及びフィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσに第1値(1.0)を設定し、平衡化処理を実行する第1処理部13と、フィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)よりも大きい第2値(4.4又は7.9)に設定して分子動力学計算を実行することにより、フィラー粒子30を、所定サイズのフィラーモデル3が収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行する拡大処理部14と、フィラー粒子30を所定サイズD1のフィラーモデル3に置換する置換処理部15と、置換後のフィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)に設定する第2処理部16と、を備える、としてもよい。
【0038】
[6]
プログラムは、直鎖状又は分岐状に複数のポリマー粒子20が連なったポリマーモデル2と、ポリマー粒子20よりも大きい所定サイズD1のフィラーモデル3とを有するフィラー充填高分子モデルを生成するプログラムであって、ポリマーモデル2と、ポリマー粒子20と同じサイズのフィラー粒子30とを仮想空間に配置し、ポリマー粒子20及びフィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσに第1値(1.0)を設定し、平衡化処理を実行することと、フィラー粒子30の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)よりも大きい第2値(4.4又は7.9)に設定して分子動力学計算を実行することにより、フィラー粒子30を、所定サイズD1のフィラーモデル3が収まることが可能なサイズに拡大する拡大処理を実行することと、拡大したフィラー粒子30を所定サイズD1のフィラーモデル3に置換することと、置換後のフィラーモデル3の非結合ポテンシャルの粒子間距離パラメータσを第1値(1.0)に設定することと、を1又は複数のプロセッサに実行させる、としてもよい。
【0039】
以上、本開示の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0040】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0041】
(A)前記実施形態において、フィラー充填高分子モデルは、架橋剤粒子4を含むが、架橋剤粒子4を省略してもよい。
【0042】
(B)前記実施形態において、架橋可能粒子に設定したフィラー粒子30に対して全て同一の架橋確率(20%)を設定しているが、設定する架橋確率が粒子に応じて異なっていてもよい。また、設定する架橋確率は0%でなければ、適宜変更可能であり、例えば、100%に設定してもよい。
【0043】
(C)ポリマーモデル2を構成する複数のポリマー粒子20のうち、架橋可能粒子に設定する割合は、シミュレーションで実現したい物に応じて適宜変更可能である。よって、ポリマーモデル2の全てのポリマー粒子20を架橋可能粒子にしてもよいし、一部のポリマー粒子20を架橋可能粒子にしてもよい。
【0044】
(D)前記実施形態において、複数のフィラー粒子30を結合ポテンシャルで格子状に連結して1つのフィラーモデル3を構成しているが、これに限定されない。フィラーモデル3の形状や構成粒子数は適宜変更可能である。また、例えば、球殻を構成するように複数のフィラー粒子を配列して剛体設定を施したフィラーモデルであってもよい。
【0045】
例えば、特許請求の範囲、明細書、および図面中において示した装置、システム、プログラム、および方法における動作、手順、ステップ、および段階等の各処理の実行順序は、前の処理の出力を後の処理で用いるのでない限り、任意の順序で実現できる。特許請求の範囲、明細書、および図面中のフローに関して、便宜上「まず」、「次に」等を用いて説明したとしても、この順で実行することが必須であることを意味するものではない。
【0046】
図1に示す各部は、所定プログラムを1又は複数のプロセッサで実行することで実現しているが、各部を専用メモリや専用回路で構成してもよい。上記実施形態のシステム1は、一つのコンピュータのプロセッサ1aにおいて各部が実装されているが、各部を分散させて、複数のコンピュータやクラウドで実装してもよい。すなわち、上記方法を1又は複数のプロセッサで実行してもよい。
【0047】
システム1は、プロセッサ1aを含む。例えば、プロセッサ1aは、中央処理ユニット(CPU)、マイクロプロセッサ、またはコンピュータ実行可能命令の実行が可能なその他の処理ユニットとすることができる。また、システム1は、システム1のデータを格納するためのメモリ1bを含む。一例では、メモリ1bは、コンピュータ記憶媒体を含み、RAM、ROM、EEPROM、フラッシュメモリまたはその他のメモリ技術、CD-ROM、DVDまたはその他の光ディスクストレージ、磁気カセット、磁気テープ、磁気ディスクストレージまたはその他の磁気記憶デバイス、あるいは所望のデータを格納するために用いることができ、そしてシステム1がアクセスすることができる任意の他の媒体を含む。
【符号の説明】
【0048】
2…ポリマーモデル、20…ポリマー粒子、3…フィラーモデル、30…フィラー粒子、4…架橋剤粒子、13…第1処理部、14…拡大処理部、15…置換処理部、16…第2処理部、Ar1…仮想空間。