(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024062760
(43)【公開日】2024-05-10
(54)【発明の名称】水性インクジェットインク及び顔料複合体
(51)【国際特許分類】
C09D 11/322 20140101AFI20240501BHJP
C09C 3/10 20060101ALI20240501BHJP
B41M 5/00 20060101ALI20240501BHJP
【FI】
C09D11/322
C09C3/10
B41M5/00 120
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022170822
(22)【出願日】2022-10-25
(71)【出願人】
【識別番号】000250502
【氏名又は名称】理想科学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(72)【発明者】
【氏名】浜田 司
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 正規
【テーマコード(参考)】
2H186
4J037
4J039
【Fターム(参考)】
2H186BA08
2H186DA12
2H186FB11
2H186FB15
2H186FB16
2H186FB17
2H186FB22
2H186FB25
2H186FB29
2H186FB48
2H186FB54
2H186FB57
4J037CC16
4J037CC29
4J037EE28
4J039AD10
4J039BA04
4J039BC07
4J039BC18
4J039BC57
4J039BC61
4J039BE01
4J039BE22
4J039CA06
4J039EA41
4J039EA46
4J039GA24
(57)【要約】
【課題】低粘度であり、インクの貯蔵安定性に優れ、インクの吐出安定性に優れる水性インクジェットインクを提供する。
【解決手段】顔料、前記顔料を被覆する樹脂、水溶性有機溶剤、及び水を含み、顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む、水性インクジェットインクである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
顔料、前記顔料を被覆する樹脂、水溶性有機溶剤、及び水を含み、
前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む、水性インクジェットインク。
【請求項2】
前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基を有するモノマー(A)、カルボキシ基を有するモノマー及びスルホン酸基を有するモノマーのうち少なくとも一方のモノマー(B)、及びアルコキシシリル基を有するモノマー(C)を含むモノマー混合物を用いて得られる共重合体である、請求項1に記載の水性インクジェットインク。
【請求項3】
定着樹脂をさらに含む、請求項1又は2に記載の水性インクジェットインク。
【請求項4】
定着樹脂をさらに含み、前記定着樹脂はウレタン樹脂である、請求項1又は2に記載の水性インクジェットインク。
【請求項5】
顔料、及び前記顔料を被覆する樹脂を含み、前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む、顔料複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インクジェットインク及び顔料複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録システムは、流動性の高い液体インクを微細なノズルから噴射し、基材に付着させて印刷を行う印刷システムである。このシステムは、比較的安価な装置で、高解像度、高品位の画像を、高速かつ低騒音で印刷可能という特徴を有する。インクとしては、安価に高画質の印刷物が得られることから、水性タイプのインクが普及している。水性インクは、水分を含有することにより乾燥性を高めたインクであり、さらに環境性に優れるという利点もある。一方で、水性インクは、溶媒が水及び水溶性有機溶剤であるため、水性インク中に顔料を微細に分散させ、さらに顔料の分散安定性を確保することは難しく、技術開発が望まれる。
【0003】
このような観点から、顔料を樹脂でカプセル化して水系媒体に分散させることにより分散安定性を改善した水性顔料インクが提案されている(特許文献1(特開2003-313389号公報))。
【0004】
顔料を樹脂によって被覆することで顔料の分散安定性が改善される一方で、水性インク中に樹脂を顔料に被覆した状態で安定に保つことは難しい。例えば、水溶性有機溶剤の中には樹脂を溶解させやすいものがあり、顔料を被覆する樹脂が溶剤へ溶出し、顔料の分散安定性が損なわれる場合がある。
【0005】
特許文献2(特開2008-291112号公報)には、インクジェット用水系インクにおいて、顔料と、顔料を被覆する樹脂とを含み、顔料を被覆する樹脂に特定の官能基及び架橋構造を導入することで、樹脂の溶剤への溶出を低減する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-313389号公報
【特許文献2】特開2008-291112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水性インクジェットインクは、基材の材質にもよるが基材に濡れにくいため、基材表面に定着せず、さらに基材表面から弾かれる場合もある。例えば、各種基材に対応可能なように水性インクジェットインクには、基材への濡れ性を改善するために水溶性有機溶剤が適宜選択されて配合され、あるいは基材への定着性を改善するために水分散性樹脂及び水溶性樹脂が適宜選択されて配合される。上記説明した通り、水性インクジェットインクでは、樹脂で被覆された顔料を用いることで、顔料の分散安定性を得る技術がある。この技術において、顔料を被覆する樹脂が、水性インクに配合される水溶性有機溶剤及び定着樹脂等によってどのように影響を受けるかについてさらなる検討が必要である。特許文献2には、水溶性有機溶剤に対して樹脂の溶出を低減する技術が提案されているが、さらなる改善が望まれる。
【0008】
一方で、水性インクジェットインクは、インクジェットノズルからインク液滴が吐出されることで印刷される。このインクジェットノズルの吐出口にインク液滴が付着すると吐出不良が引き起こされることがある。この場合に、水性インクジェットインクに顔料を被覆する樹脂が含まれるとインク液滴が固着しやすくなるため、吐出不良の対策も望まれる。
【0009】
本発明の一目的としては、低粘度であり、インクの貯蔵安定性に優れ、インクの吐出安定性に優れる水性インクジェットインク及びこれに用いる顔料複合体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)顔料、前記顔料を被覆する樹脂、水溶性有機溶剤、及び水を含み、前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む、水性インクジェットインク。
【0011】
(2)前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基を有するモノマー(A)、カルボキシ基を有するモノマー及びスルホン酸基を有するモノマーのうち少なくとも一方のモノマー(B)、及びアルコキシシリル基を有するモノマー(C)を含むモノマー混合物を用いて得られる共重合体である、(1)に記載の水性インクジェットインク。
【0012】
(3)定着樹脂をさらに含む、(1)又は(2)に水性インクジェットインク。
(4)定着樹脂をさらに含み、前記定着樹脂はウレタン樹脂である、(1)又は(2)に記載の水性インクジェットインク。
【0013】
(5)顔料、及び前記顔料を被覆する樹脂を含み、前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む、顔料複合体。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一実施形態によれば、低粘度であり、インクの貯蔵安定性に優れ、インクの吐出安定性に優れる水性インクジェットインク及びこれに用いる顔料複合体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施形態を用いて説明する。本発明は以下の実施形態における例示によって限定されるものでははい。
【0016】
(水性インクジェットインク)
一実施形態による水性インクジェットインクは、顔料、前記顔料を被覆する樹脂、水溶性有機溶剤、及び水を含み、顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含むことを特徴とする。
【0017】
以下、水性インクジェットインクを単に「水性インク」又は「インク」と称することがある。また、顔料を被覆する樹脂を単に「顔料被覆樹脂」又は「樹脂」と称することがある。
【0018】
本明細書において、(メタ)アクリル酸はメタクリル酸、アクリル酸、又はこれらの組み合わせを総称して意味し、(メタ)アクリレートはメタクリレート、アクリレート、又はこれらの組み合わせを総称して意味する。
【0019】
水性インクは、顔料と、顔料を被覆する樹脂とを含む顔料複合体を含むものである。本明細書において、樹脂が顔料を被覆する状態は、顔料に樹脂が付着し、顔料が少なくとも部分的に樹脂によって被覆された状態を意味する。樹脂が顔料を被覆する状態において、顔料に樹脂が吸着又は結合されていてもよい。また、樹脂が顔料の表面を全て被覆した状態であってもよい。
【0020】
一実施形態による水性インクによれば、低粘度であり、インクの貯蔵安定性に優れ、インクの吐出安定性に優れる水性インクジェットインクを提供することができる。この理由について以下に説明するが、本発明は以下の理論に拘束されるものではない。
【0021】
一実施形態による水性インクでは、顔料被覆樹脂がβ-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含むものである。この顔料被覆樹脂は、様々な種類の水溶性有機溶剤に対して溶出しにくい安定な被膜を形成することができる。特に、低極性の水溶性有機溶剤に対しても顔料被覆樹脂が溶出しにくいという特徴がある。
【0022】
顔料被覆樹脂がβ-ジカルボニル基を有することで顔料表面に対して、互変異性体による相互作用、キレート効果、水素結合により顔料への吸着力の向上が期待される。また、顔料被覆樹脂においてβ-ジカルボニル基は顔料に吸着性を示し、初期の顔料分散性に寄与するため、水性インクの初期粘度の低下にも寄与することができる。
【0023】
さらに、顔料被覆樹脂がカルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を有することで、顔料へのキレート効果、水素結合により顔料への吸着がより促進される。配位形態の異なる官能基を顔料被覆樹脂が有することで、顔料複合体から顔料被覆樹脂が水溶性有機溶剤へ溶出することを抑制し、水性インクの貯蔵安定性を相乗的に向上させることができる。
【0024】
樹脂の顔料への吸着は水素結合、配位等が複数点で起きることで、樹脂の顔料からの脱着を抑制することができる。配位について、β-ジカルボニル基は2電子供与のC=O基と、エノールの1電子供与を併せ持った二点で配位する二座配位子である。また、カルボキシ基は同様に二座配位子である一方で、単座配位子でもある。これらの官能基を有する樹脂は、顔料表面の官能基、金属等と配位を行う際に、複数の配位形態が形成できることで、立体的に顔料に吸着し、顔料からの脱着を抑制することができ、水性インクの貯蔵安定性を改善すると考えられる。
【0025】
顔料被覆樹脂がシロキサン結合による架橋構造を有することで、顔料複合体において顔料被覆樹脂がより強固に顔料に吸着又は結合し、水性インクの貯蔵安定性をより改善することができる。特に、顔料被覆樹脂にβ-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方とを含むことで、顔料被覆樹脂の顔料への吸着性を高めることができるが、これらの官能基だけでは水性インク中で顔料被覆樹脂の水性有機溶剤への溶出を十分に抑制することができないことがある。この点において、シロキサン結合による架橋構造は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方との上記説明した作用を損なわずに、顔料被覆樹脂の溶剤への溶出を抑制することができる。
【0026】
顔料被覆樹脂がカルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を有することで、吐出安定性の向上も期待される。水性インクジェットインクをインクジェットノズルから吐出する印刷方法では、インクジェットノズルからインク液滴が連続して吐出される。この際に、インク液滴がインクジェットノズルのノズルプレート表面に付着し、付着したインクによってインクジェットノズルの吐出口が塞がれると、付着したインクがノズルプレート表面で固化する場合もあり、インクの吐出不良を引き起こすことがある。
【0027】
本発明では、ノズルプレート表面への水性インクの濡れ性に着目したところ、アニオン性の官能基を有する樹脂によって顔料が被覆された水性インクを用いると、樹脂とともに顔料がノズルプレート表面に付着しにくいことを見出した。より詳しくは、顔料を被覆する樹脂にカルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方が含まれる場合、カチオン性の官能基が含まれる場合と比べ、ノズルプレート表面への水性インクの付着が極めて抑制されることを見出した。
【0028】
水性インクは、顔料と、顔料を被覆する樹脂とを含むものである。水性インクにおいて、顔料と、顔料を被覆する樹脂とは顔料複合体として存在する。
【0029】
顔料としては、アゾ顔料、フタロシアニン顔料、多環式顔料、染付レーキ顔料等の有機顔料、及び、カーボンブラック、金属酸化物等の無機顔料を用いることができる。アゾ顔料としては、溶性アゾレーキ顔料、不溶性アゾ顔料及び縮合アゾ顔料等が挙げられる。フタロシアニン顔料としては、金属フタロシアニン顔料及び無金属フタロシアニン顔料等が挙げられる。多環式顔料としては、キナクリドン系顔料、ペリレン系顔料、ペリノン系顔料、イソインドリン系顔料、イソインドリノン系顔料、ジオキサジン系顔料、チオインジゴ系顔料、アンスラキノン系顔料、キノフタロン系顔料、金属錯体顔料及びジケトピロロピロール(DPP)等が挙げられる。カーボンブラックとしては、ファーネスカーボンブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック等が挙げられる。金属酸化物としては、酸化チタン、酸化亜鉛等が挙げられる。
【0030】
顔料の平均粒子径としては、吐出性と分散安定性の観点から、300nm以下であることが好ましく、より好ましくは200nm以下である。ここで、顔料の平均粒子径は、体積基準の平均粒子径であり、動的光散乱法によって測定した数値である。
【0031】
上記した顔料は単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。顔料の含有量は、特に限定されないが、水性インク全量に対し、1~20質量%が好ましく、3~15質量%がより好ましく、5~10質量%がさらに好ましい。
【0032】
顔料被覆樹脂としては、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む樹脂である。例えば、顔料被覆樹脂は、β-ジカルボニル基を有する単位と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を有する単位と、アルコキシシリル基を有する単位とを含む共重合体であって、アルコキシシリル基の少なくとも一部によってシロキサン結合が形成された樹脂である。
【0033】
顔料被覆樹脂は、β-ジカルボニル基を含むモノマー(A)、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を含むモノマー(B)、及びアルコキシシリル基を含むモノマー(C)を含むモノマー混合物を用いて得られる共重合体であることが好ましい。この共重合体は、アルコシキシリル基の少なくとも一部によってシロキサン結合が形成される。後述する通り、顔料複合体を製造する過程において、共重合体に含まれるアルコシキシリル基と水が作用し、アルコキシシリル基の少なくとも一部がシロキサン結合を形成する。
【0034】
以下、β-ジカルボニル基を含むモノマー(A)をモノマー(A)とも記し、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を含むモノマー(B)をモノマー(B)とも記し、及びアルコキシシリル基を含むモノマー(C)をモノマー(C)とも記す。
【0035】
β-ジカルボニル基としては、β-ジケトン基(-C(=O)-C-C(=O)-)、β-ケト酸エステル基(-C(=O)-C-C(=O)OR、Rは炭化水素基)、又はこれらの組み合わせを用いることができる。β-ジケトン基としては、アセトアセチル基、プロピオンアセチル基等が挙げられ、β-ケト酸エステル基としては、アセトアセトキシ基、プロピオンアセトキシ基等が挙げられる。顔料被覆樹脂は、1分子中に1種のβ-ジカルボニル基が含まれればよく、2種以上のβ-ジカルボニル基が含まれてもよい。
【0036】
β-ジカルボニル基を有するモノマー(A)としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミド、アリル化合物、エチレン又はこれらの誘導体に、β-ジカルボニル基が導入された化合物を用いることができる。なかでも、β-ジカルボニル基を有する(メタ)アクリレートが好ましい。これによって、主鎖が(メタ)アクリル骨格となる共重合体を提供することができる。主鎖が(メタ)アクリル骨格となる共重合体は、顔料を被覆する程度の硬さと柔軟性を備え、顔料被覆樹脂として好ましく用いることができる。
【0037】
モノマー(A)としては、例えば、アセトアセトキシエチル(メタ)アクリレート、アセトアセトキシプロピル(メタ)アクリレート、アセトアセトキシブチル(メタ)アクリレート等のアセトアセトキシアルキル(メタ)アクリレート;エチレングリコールモノアセトアセタートモノ(メタ)アクリレート、2,3-ジ(アセトアセトキシ)プロピル(メタ)アクリレート、2,4-ヘキサジオン(メタ)アクリレート;アセト酢酸アリル、アセト酢酸ビニル;アセトアセトキシエチル(メタ)アクリルアミド等のアセトアセトキシアルキル(メタ)アクリルアミド等が挙げられる。モノマー(A)は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
顔料被覆樹脂は、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を含む。顔料被覆樹脂は、カルボキシ基を有する単位及びスルホン酸基を有する単位のうち少なくとも一方を含む。顔料被覆樹脂は、カルボキシ基を有するモノマー及びスルホン酸基を有するモノマーのうち少なくとも一方のモノマー(B)を用いて得ることができる。
【0039】
顔料被覆樹脂にカルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方が含まれることで、顔料被覆樹脂がアニオン性を示す。インクジェットノズルからの水性インクの吐出において、アニオン性を示す顔料被覆樹脂はノズルプレート表面に付着しにくく、顔料被覆樹脂が顔料とともにノズルプレート表面に付着することを抑制することができる。
【0040】
また、一実施形態によれば、顔料被覆樹脂にカルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方が含まれることで、水性インクに定着樹脂等の水分散性樹脂及び水溶性樹脂が含まれる場合に、顔料被覆樹脂と定着樹脂等との相互作用が抑制され、水性インクの増粘及びゲル化をより抑制することができる。特に、定着樹脂としてウレタン樹脂を用いる場合は、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を備えアニオン性を示す顔料被覆樹脂は、水性インク中でウレタン樹脂との相互作用が弱いため、水性インクにウレタン樹脂が含まれる場合においても貯蔵安定性の低下を防止するという利点がある。
【0041】
カルボキシ基は、顔料被覆樹脂の主鎖が炭素鎖である場合に、主鎖の炭素鎖の炭素原子に直接結合していることが好ましい。このようなカルボキシ基を導入するためのモノマー(B)としては、メタクリル酸、アクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸等が挙げられる。なかでもアクリル酸、メタクリル酸、又はこれらの組み合わせが好ましい。
【0042】
カルボキシ基は、顔料被覆樹脂の主鎖に任意の官能基を介して導入されてもよい。このようなカルボキシ基を導入するためのモノマー(B)としては、β-カルボキシエチル(メタ)アクリレート、4-[2-(メタクリロイルオキシ)エトキシ]-4-オキソ-2-ブテン酸、2-アクリロイルオキシエチルコハク酸、2-アクリロイルオキシエチルヘキサヒドロフタル酸、2-アクリロイルオキシプロピルフタル酸、2-アクリロイルオキシプロピルヘキサヒドロフタル酸、メタクリロイルオキシメチルコハク酸、メタクリロイルオキシエチルコハク酸、メタクリロイルオキシエチルフタル酸、メタクリロイルオキシエチルヘキサヒドロフタル酸、メタクリロイルオキシプロピルフタル酸、メタクリロイルオキシプロピルヘキサヒドロフタル酸等が挙げられる。
【0043】
モノマー(B)としてスルホン酸基を導入するためのモノマーとしては、2-(メタ)アクリロイルオキシエタンスルホン酸、3-(メタ)アクリロイルオキシプロパンスルホン酸、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ビニルスルホン酸、4-ビニルベンゼンスルホン酸、アリルスルホン酸、2-メチルアリルスルホン酸等が挙げられる。スルホン酸基を有するモノマーは、ナトリウム塩、カリウム塩等として合成に供されてもよい。
【0044】
モノマー(B)は1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。モノマー(B)は、(メタ)アクリル酸、カルボキシ基又はスルホン酸基を有する(メタ)アクリレート、又はこれらの組み合わせを含むことが好ましい。これによって、主鎖が(メタ)アクリル骨格となる共重合体を提供することができる。
【0045】
モノマー(B)に由来するカルボキシ基及びスルホン酸基はそれぞれ、静電反発力向上の観点から、中和されていてもよい。中和剤として水溶性塩基化合物を用いてモノマー(B)由来のカルボキシ基及びスルホン酸基を中和することができる。カルボキシ基及びスルホン酸基を有する顔料被覆樹脂の安定性の観点から、水溶性塩基化合物としては1価のものが好ましい。1価の水溶性塩基化合物はカルボキシ基及びスルホン酸基を中和することで静電反発効果を発現し、顔料同士の凝集をより抑制することができる。
【0046】
水溶性塩基化合物としては、例えば、水酸化アンモニウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の無機塩基;アミノメチルプロパノール、アミノエチルプロパノール、ジメチルエタノールアミン、トリエチルアミン、ジエチルエタノールアミン、ジメチルアミノプロパノール、トリエタノールアミン等のアミン類等を挙げることができる。
【0047】
アルコキシシリル基としては、ケイ素原子に1個、2個、又は3個のアルコキシ基が結合した官能基を用いることができる。アルコキシ基としては、炭素数1~4であることが好ましく、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等が挙げられる。アルコキシシリル基が2個以上のアルコキシ基を有する場合は、2個以上のアルコキシ基はそれぞれ同じであっても異なってもよい。アルコキシシリル基の具体例としては、トリメトキシシリル基、トリエトキシシリル基、メチルジメトキシシリル基、メチルジエトキシシリル基等が挙げられる。アルコキシシリル基を有する単位が顔料被覆樹脂に含まれることで、水の作用によってシロキサン結合が形成され、樹脂の架橋が進行し、架橋構造を得ることができる。顔料被覆樹脂は、1分子中に1種のアルコキシシリル基が含まれればよく、2種以上のアルコキシシリル基が含まれてもよい。
【0048】
アルコキシシリル基を有するモノマー(C)は、アルコキシシリル基と、重合性官能基とを有するモノマーを用いることができる。重合性官能基としては、ビニル基、(メタ)アクリロイル基、スチリル基、エポキシ基、イソシアネート基、メルカプト基等が挙げられる。なかでも、アルコキシシリル基を有する(メタ)アクリレートが好ましい。これによって、主鎖が(メタ)アクリル骨格となる共重合体を提供することができる。
【0049】
アルコキシシリル基を有するモノマー(C)としては、3-(メタ)アクリロキシエチルトリメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリプロポキシシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルメチルジプロポキシシラン、3-(メタ)アクリロキシブチルフェニルジメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシブチルフェニルジエトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシブチルフェニルジプロポキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルジメチルメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルジメチルエトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルフェニルメチルメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルフェニルメチルエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、p-スチリルトリメトキシシラン、3-グリシドキシトリメトキシシラン、3-グリシドキシトリエトキシシラン、グリシジルトリメトキシシラン、グリシジルトリエトキシシラン、3-イソシアナートプロピルトリメトキシシラン、3-イソシアナートプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。モノマー(C)は1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0050】
顔料被覆樹脂は、上記したモノマーに加えて、その他のモノマーをさらに含むモノマー混合物を用いて得られるものであてもよい。以下、その他のモノマーを単にモノマー(D)とも記す。
【0051】
顔料被覆樹脂は、モノマー(D)に由来して、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、酢酸エステル基、ニトリル基等を有していてもよい。これらの官能基は、顔料被覆樹脂に1種単独で、又は2種以上組み合わせて含まれてもよい。
【0052】
モノマー(D)の具体例としては、(メタ)アクリレート;スチレン、α-メチルスチレン等のスチレン系モノマー;酢酸ビニル、安息香酸ビニル、ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル系ポリマー;マレイン酸エステル;フマル酸エステル;アクリロニトリル;メタクリロニトリル;α-オレフィン等が挙げられる。
【0053】
モノマー(A)、(B)及び(C)のうち少なくとも1つが(メタ)アクリレート系モノマーである場合は、モノマー(D)として(メタ)アクリレートを用いることが好ましい。
【0054】
モノマー(D)としての(メタ)アクリレートとしては、アルキル(メタ)アクリレート、シクロアルキル(メタ)アクリレート、アリール(メタ)アクリレート等が挙げられる。なかでも、炭素数が1~20、好ましくは1~8、より好ましくは1~4のアルキル(メタ)アクリレート、炭素数が6~20、好ましくは6~12のシクロアルキル(メタ)アクリレート、炭素数が6~20、好ましくは6~12のアリール(メタ)アクリレートが好ましい。
【0055】
モノマー(D)としての(メタ)アクリレートの具体例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n-プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、sec-ブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、n-ペンチル(メタ)アクリレート、イソペンチル(メタ)アクリレート)、ネオペンチル(メタ)アクリレート)、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、n-オクチル(メタ)アクリレート、イソオクチル(メタ)アクリレート、n-デシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、n-ドデシル(メタ)アクリレート、イソドデシル(メタ)アクリレート、n-ステアリル(メタ)アクリレート、イソステアリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。モノマー(D)は、1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0056】
顔料被覆樹脂は、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を含むことから、アニオン性を示すことで顔料分散性を発揮することができる。このような観点から、顔料被覆樹脂は、カチオン性官能基を含まないことが好ましい。
【0057】
顔料被覆樹脂の全量に対し、モノマー(A)は5~50質量%が好ましく、5~40質量%が好ましく、10~30質量%がより好ましく、10~20質量%がより好ましい。これらの範囲では、樹脂の親疎水のバランスがよくなり分散性をより改善し、貯蔵安定性をより良好にし、さらに粘度が低い水性インクを得ることができる。
【0058】
顔料被覆樹脂の全量に対し、モノマー(B)は5~40質量%が好ましく、5~30質量%が好ましく、10~25質量%がより好ましく、10~20質量%がより好ましい。これらの範囲では、粘度がより低い水性インクを得ることができ、静電反発による貯蔵安定性をより良好にすることができる。
【0059】
顔料被覆樹脂の全量に対し、モノマー(C)は0.1~10質量%が好ましく、1~5質量%がより好ましくい。これらの範囲では、架橋構造が適度な割合になって水性インクの過剰な粘度上昇をより抑制することができ、樹脂の顔料からの離脱をより抑制し、貯蔵安定性をより良好に維持することができる。
【0060】
顔料被覆樹脂の全量に対し、モノマー(A)、モノマー(B)、及びモノマー(C)の合計質量は、10質量%が好ましく、20質量%以上がより好ましい。顔料被覆樹脂にモノマー(D)が含まれる場合は、顔料被覆樹脂の全量に対し、モノマー(A)、モノマー(B)、及びモノマー(C)の合計質量は、80質量%以下が好ましく、60質量%以下がより好ましく、50質量%以下がさらに好ましい。
【0061】
顔料複合体の平均粒子径は、500nm以下であることが好ましく、200nm以下であることがより好ましく、150nm以下であることがさらに好ましい。一方、顔料複合体の平均粒子径は50nm以上であることが好ましい。ここで、顔料複合体の平均粒子径は、体積基準の平均粒子径であり、動的光散乱法によって測定した数値である。
【0062】
顔料複合体において、顔料と顔料被覆樹脂との割合は、質量比で顔料1に対し、顔料被覆樹脂が0.1~2であることが好ましく、0.2~1であることがより好ましく、0.5~1であることがさらに好ましい。水性インク中に遊離の樹脂量が過大にならないように、顔料複合体において、顔料被覆樹脂の質量は、顔料の質量と同じか、顔料の含有質量よりも少ないことが好ましい。
【0063】
顔料複合体は、水性インク全量に対し、1~30重量%であることが好ましく、5~25重量%であることがより好ましく、10~20重量%であることがさらに好ましい。
【0064】
以下、顔料と、顔料を被覆する樹脂とを含む顔料複合体の製造方法のいくつかの例について説明する。なお、一実施形態による顔料複合体は、以下の製造方法によって得られるものに限定されずに、上記した特徴を備える顔料複合体を用いることができる。
【0065】
顔料複合体の製造方法の第1の例は、モノマー混合物を共重合しプレポリマーを得ること、及び得られたプレポリマーと、顔料と、水とを混合することを含むものである。モノマー混合物は、上記したモノマー(A)、モノマー(B)、及びモノマー(C)を含むものである。得られるプレポリマーはβ-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、アルコキシシリル基を有するものである。得られるプレポリマーを顔料と水とともに混合することで、プレポリマーが顔料に吸着又は結合した状態で、プレポリマーのアルコキシシリル基が水によってシロキサン結合を生成し、架橋構造が形成される。これによって、顔料と、顔料被覆樹脂とを含む顔料複合体を得ることができる。
【0066】
プレポリマーは、上記したモノマー混合物を公知のラジカル重合等により共重合させて合成することができる。重合は、ランダム共重合、ブロック共重合、グラフト共重合のいずれであってもよい。プレポリマーは、ランダム共重合でよく、一部ブロック単位が含まれてもよく、特に規則性は必要とされない。重合は、溶液重合法、塊状重合法、懸濁重合法、乳化重合法等にしたがって行うことができ、好ましくは溶液重合法である。
【0067】
溶液重合において用いる重合溶媒としては、例えば、エタノール、プロパノール等の炭素数1~3の脂肪族アルコール;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸エチル等のエステル類等が挙げられる。重合溶媒は、モノマー成分を溶解可能であって、重合後に除去が可能であることが好ましいため、重合溶媒には、揮発性の高極性溶剤を用いることが好ましい。
【0068】
重合に際して、ラジカル重合開始剤、重合連鎖移動剤、RAFT剤等の各種添加剤を用いることができる。ラジカル重合開始剤としては、例えば、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)、ジメチル-2,2’-アゾビスブチレート、2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)、1,1’-アゾビス(1-シクロヘキサンカルボニトリル)等のアゾ化合物を好ましく用いることができる。また、ラジカル重合開始剤として、t-ブチルペルオキシオクトエート、ジ-t-ブチルペルオキシド、ジベンゾイルオキシド等の有機過酸化物を用いることができる。ラジカル重合開始剤の添加量は、モノマー100質量部に対し0.1~5質量部が好ましい。
【0069】
重合連鎖移動剤としては、例えば、オクチルメルカプタン、n-ドデシルメルカプタン、t-ドデシルメルカプタン、n-テトラデシルメルカプタン、2-メルカプトエタノール等のメルカプタン類;ジメチルキサントゲンジスルフィド、ジイソプロピルキサントゲンジスルフィド等のキサントゲンジスルフィド類;テトラメチルチウラムジスルフィド、テトラブチルチウラムジスルフィド等のチウラムジスルフィド類;四塩化炭素、臭化エチレン等のハロゲン化炭化水素類;ペンタフェニルエタン等の炭化水素類;アクロレイン、メタクロレイン、アリルアルコール、2-エチルヘキシルチオグリコレート、タービノーレン、α-テルピネン、γ-テルピネン、ジペンテン、α-メチルスチレンダイマー、9,10-ジヒドロアントラセン、1,4-ジヒドロナフタレン、インデン、1,4-シクロヘキサジエン等の不飽和環状炭化水素化合物;2,5-ジヒドロフラン等の不飽和ヘテロ環状化合物等が挙げられる。
【0070】
重合条件は、用いるモノマー、ラジカル重合開始剤等の添加剤、重合溶媒等に応じて適宜調節することができる。通常、重合温度は、好ましくは30~120℃、より好ましくは50~100℃である。重合時間は、好ましくは10分~20時間であり、より好ましくは1時間~10時間である。また、反応雰囲気は、非酸化性雰囲気が好ましく、不活性雰囲気がより好ましく、具体的には窒素雰囲気、アルゴン雰囲気等が好ましい。
【0071】
顔料被覆樹脂の重量平均分子量は特に限定されないが、顔料被覆樹脂の架橋反応前のプレポリマーの重量平均分子量(Mw)において、10,000~300,000であることが好ましく、20,000~200,000であることがより好ましく、50,000~100,000であることがさらに好ましい。架橋反応前の顔料被覆樹脂の重量平均分子量が10,000以上であることで、十分な粒子間反発の効果が得られ、貯蔵安定性をより良好に維持することができる。架橋反応前の顔料被覆樹脂の重量平均分子量が100,000以下であることで、インク粘度の上昇を抑制し吐出性をより改善することができる。ここで、架橋反応前の顔料被覆樹脂の重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法で標準ポリスチレン換算で求めた値である。
【0072】
プレポリマーによる顔料の被覆は、顔料とプレポリマーとを任意の溶媒中に分散させることにより行うことができる。分散溶媒としては、プレポリマーの重合に用いた溶媒をそのまま使用することができる。分散には、ロッキングミル、ビーズミル、ディスパーミキサー、ホモミキサー、コロイドミル、ボールミル、アトライター、サンドミル、高圧ホモジナイザー等の分散機を用いることができる。
【0073】
プレポリマーの架橋は水の存在下で、プレポリマーに含まれるアルコキシシリル基の少なくとも一部がシロキサン結合を生成し、架橋構造を形成することで行われる。例えば、プレポリマー及び溶媒を含むプレポリマー組成物と顔料と水とを混合し、分散する過程で架橋構造が形成される。他の例では、プレポリマー及び溶媒を含むプレポリマー組成物と顔料とを混合し、分散させ、得られるプレポリマー分散体に水を添加することで、架橋構造が形成される。
【0074】
一例では、顔料複合体は液中乾燥法を用いて製造することができる。例えば、上記して得られたプレポリマー及び溶媒を含むプレポリマー組成物と、顔料と、水とを任意の成分とともに分散処理することにより、水中にプレポリマー組成物が分散した水中油型エマルションが形成される。プレポリマーは顔料吸着性を備えることから、この水中油型エマルションにおいて顔料はプレポリマー組成物の液滴中に含まれる。そして、この水中油型エマルションからプレポリマー組成物の溶媒を除去することで、水中において、顔料と、顔料を被覆する樹脂を含む顔料複合体が分散している状態となる。この工程は水が介在して行われるため、水の作用によって、プレポリマーのアルコキシシリル基の少なくとも一部がシロキサン結合を生成するため、得られる顔料複合体において顔料被覆樹脂にはシロキサン結合による架橋構造が形成される。
【0075】
液中乾燥法の場合では、水中油型エマルションにおいてプレポリマー組成物の液滴の乳化安定性を得るため、さらに水中油型エマルションからプレポリマー組成物の溶媒を除去するために、プレポリマー組成物の溶媒は高極性及び高揮発性であることが好ましい。例えば、プレポリマー組成物の溶媒は上記した重合溶媒から適宜選択してよく、なかでもメチルエチルケトン等が好ましい。
【0076】
プレポリマー又は架橋したプレポリマーにさらに中和剤を添加し、カルボキシ基及びスルホン酸基の少なくとも一部を中和してもよい。また、中和剤を添加することで、水性インクにおいて、顔料を被覆せず、遊離した状態で樹脂が含まれる場合、遊離の樹脂に含まれるカルボキシ基及びスルホン酸基の少なくとも一部を中和することができる。中和剤としては上記モノマー(B)の中和で説明したものの中から適宜選択して用いることができ、好ましくは水酸化ナトリウムである。
【0077】
顔料複合体において、カルボキシ基及びスルホン酸基と中和剤のモル数の比は、カルボキシ基及びスルホン酸基の合計1に対し中和剤が0.8以上であることが好ましく、0.9以上であることがより好ましい。両者を1:1の等モル比で用いて、カルボキシ基及びスルホン酸基をほぼ100%で中和することが好ましい。
【0078】
中和剤は、プレポリマーの重合後にプレポリマーに添加してもよく、プレポリマーを重合後にさらに顔料に被覆させ架橋構造を形成し顔料複合体とした状態で添加してもよい。あるいは、モノマー(B)の状態で、カルボキシ基及びスルホン酸基をアニオン性塩とした後に、プレポリマーを重合してもよい。例えば、上記した液中乾燥法においては、プレポリマー組成物、顔料、及び水とともに中和剤を一括して混合してもよいし、水中油型エマルションを得てから中和剤を添加してもよい。
【0079】
顔料複合体の製造方法の第2の例は、モノマー(A)及びモノマー(B)を含むモノマー混合物(2)を共重合しプレポリマー(2)を得ること、得られたプレポリマー(2)と、顔料誘導体と、水とを混合させることを含み、顔料誘導体がアルコキシシリル基を有するモノマー(C)、及び顔料を含むものである。
【0080】
モノマー混合物(2)は、さらにモノマー(C)を含んでもよい。各モノマー及びモノマー混合物は、上記した通りである。得られるプレポリマー(2)は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方とを有するものであり、さらにアルコキシシリル基を有してもよい。
【0081】
第2の例では、顔料にモノマー(C)が吸着した状態で、モノマー(A)及びモノマー(B)から重合されたプレポリマー(2)が顔料表面でモノマー(C)と反応するため、強固に顔料に対し顔料被覆樹脂を吸着又は結合させることができる。プレポリマー(2)がモノマー(C)をさらに用いて重合される場合は、プレポリマー(2)と顔料誘導体をさらに強固に吸着又は結合させることができる。これによって、顔料複合体からの樹脂の遊離をより防止することができる。
【0082】
モノマー(C)は、アルコキシシリル基とともに、プレポリマー(2)と反応性を有する反応性官能基を有することが好ましい。このような反応性官能基としては、エポキシ基、イソシアネート基、チオール基、水酸基等が挙げられる。一方、プレポリマー(2)は、モノマー(C)の反応性官能基と反応させるために、例えば、エポキシ基、イソシアネート基、チオール基、カルボキシ基、水酸基等を有することが好ましい。プレポリマー(2)は、これらの官能基を備えるモノマーをモノマー(A)及びモノマー(B)に加えてさらに用いて重合されたものであってよい。顔料表面にモノマー(C)を吸着させる方法(前処理)は、特に限定されず、湿式法及び乾式法のいずれも適用可能である。連続的処理を行うという観点からは湿式法を使用することが好ましい。
【0083】
第2の例において、アルコキシシリル基を含有するモノマー(C)は、エポキシ基、イソシアネート基のいずれかを含むことがより好ましく、エポキシ基を含むことがさらに好ましい。
【0084】
水性インクは、水溶性有機溶剤及び水を含む。水としては、特に制限されないが、イオン成分をできる限り含まないものが好ましい。特に、インクの顔料分散安定性の観点から、カルシウム等の多価金属イオンの含有量が少ないことが好ましい。水としては、例えば、イオン交換水、蒸留水、超純水等を用いるとよい。
【0085】
水は、インク粘度の調節の観点から、インク全量に対して20~90質量%で含まれることが好ましく、30~80質量%で含まれることがより好ましく、40~70質量%がさらに好ましい。環境負荷の低減及び印刷物の乾燥性の観点から、水性インクに含まれる水溶性有機溶剤及び水の合計量に対し、水は40質量%以上、50質量%以上、又は60質量%以上であることが好ましい。
【0086】
水溶性有機溶剤は、水と相溶性を示すことが好ましい。水溶性有機溶剤としては、濡れ性及び保湿性の観点から、室温で液体であり、水に溶解又は混和可能な有機化合物を使用することができ、1気圧20℃において同容量の水と均一に混合する水溶性有機溶剤を用いることが好ましい。
【0087】
水溶性有機溶剤の沸点は170~250℃が好ましい。水溶性有機溶剤の沸点が170℃以上、より好ましくは200℃以上であることで、水性インクからの水溶性有機溶剤の蒸発を抑制して機上安定性をより改善することができる。水溶性有機溶剤の沸点が250℃以下であることで、印刷物の乾燥性をより高めることができる。
【0088】
水溶性有機溶剤としては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,2-ヘキサンジオール等のグリコール類;グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン、ポリグリセリン等のグリセリン類;モノアセチン、ジアセチン等のアセチン類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、エチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノプロピルエーテル、トリエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、テトラエチレングリコールモノメチルエーテル、テトラエチレングリコールモノエチルエーテル、テトラエチレングリコールジメチルエーテル、テトラエチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル等のグリコールエーテル類;1-メチル-2-ピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、β-チオジグリコール、スルホラン等を用いることができる。水溶性有機溶剤は1種単独で用いてもよく、単一相を形成する限り2種以上を混合して用いてもよい。
【0089】
水溶性有機溶剤は、濡れ性、保湿効果、インク粘度の調節等の観点から、インク全量に対して1~80質量%で含まれることが好ましく、10~50質量%がより好ましく、20~40質量%がさらに好ましい。
【0090】
水性インクは、基材の材質にもよるが基材に濡れにくいため、基材表面に十分に定着せず、さらに基材表面からはじかれる場合もある。例えば、プラスチック基材、金属基材等の非浸透性基材等が挙げられる。また、布基材の中でもポリエステル繊維のように繊維の浸透性が低い基材においても水性インクが定着又は浸透しにくい場合がある。このような基材へも印刷を可能とする観点から、水性インクに低極性の水溶性有機溶剤が含まれることが好ましい。一方で、低極性の水溶性有機溶剤に対し一部の樹脂は溶解性を示すことから、顔料の被覆に用いる樹脂が溶剤へ溶出するという問題がある。しかし、上記説明した通り、一実施形態による顔料被覆樹脂は、低極性の水溶性有機溶剤を含む溶剤全般に対して溶出しにくい設計になっていることから、各種の水溶性有機溶剤と併用することが可能となった。
【0091】
このような観点から、各種基材へ対応可能なように低極性の水溶性有機溶剤を用いることが可能である。低極性の水溶性有機溶剤は、多価アルコールの炭素数1~4の低級アルキルエーテルであることが好ましく、多価アルコールのn-ブチルエーテルであることが好ましい。例えば、水溶性有機溶剤は、エチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、トリエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル等が好ましい。多価アルコールの炭素数1~4の低級アルキルエーテルは1種単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。多価アルコールの炭素数1~4の低級アルキルエーテルは、インク全量に対して1~30質量%が好ましく、5~25質量%がより好ましく、10~20質量%がさらに好ましい。
【0092】
水性インクは、界面活性剤をさらに含んでもよい。界面活性剤は、基材へのインクの浸透性又は濡れ広がり性をより高め、インクの塗工性をより改善することができる。界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤、又はこれらの組み合わせを好ましく用いることができ、非イオン性界面活性剤を含むことがより好ましい。
【0093】
非イオン性界面活性剤としては、例えば、シリコーン系界面活性剤、アセチレングリコール系界面活性剤、フッ素系界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系界面活性剤、ポリオキシプロピレンアルキルエーテル系界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル系界面活性剤、ポリオキシプロピレンアルキルフェニルエーテル系界面活性剤、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル系界面活性剤、ポリオキシプロピレン脂肪酸エステル系界面活性剤、ソルビタン脂肪酸エステル系界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル系界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル系界面活性剤、グリセリン脂肪酸エステル系界面活性剤等を挙げることができる。非イオン性界面活性剤は、単独で、又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0094】
非イオン性界面活性剤は、シリコーン系界面活性剤、アセチレングリコール系界面活性剤、又はこれらの組み合わせを含むことが好ましい。シリコーン系界面活性剤の市販品として、例えば、「シルフェイスSAG014」、「シルフェイスSAG002」(商品名、日信化学工業株式会社製)等が挙げられる。アセチレングリコール系界面活性剤の市販品として、例えば、アセチレングリコールの「オルフィンE1010」、「オルフィンE1020」(いずれも商品名、日信化学工業株式会社製)等が挙げられる。
【0095】
界面活性剤は、有効成分量で、水性インク全量に対し、0.1~5質量%であることが好ましく、0.2~2質量%であることがより好ましい。
【0096】
水性インクは、定着樹脂をさらに含んでもよい。定着樹脂は、水分散性樹脂、水溶性樹脂、これらの組み合わせ等を挙げることができる。
【0097】
水分散性樹脂としては、例えば、スチレン-ブタジエン共重合体、メチルメタクリレート-ブタジエン共重合体等の共役ジエン系樹脂;アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、又はこれらの組み合わせの単独重合体又は共重合体、又はこれらとスチレン等との共重合体等のアクリル系樹脂;塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体等のビニル系樹脂;これらの各種樹脂のカルボキシ基等の官能基含有単量体による官能基変性樹脂;ウレタン樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、シリコーン樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、アルキッド樹脂等が挙げられる。これらの水分散性樹脂は、単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用することもできる。これら水分散性樹脂は、水性樹脂エマルション(O/W型エマルション)の形態のものであってもよい。水性樹脂エマルションは、上記樹脂単独の樹脂エマルションであってもよく、上記樹脂の2以上からなるハイブリッド型の樹脂エマルションでもよい。水分散性樹脂の平均粒子径は、0.01~0.50μmが好ましく、0.05~0.30μmがより好ましい。
【0098】
水溶性樹脂としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸中和物、アクリル酸/マレイン酸共重合体、アクリル酸/スルホン酸共重合体、スチレン/マレイン酸共重合体等が挙げられる。また、これらの樹脂にアニオン性の官能基を導入したアニオン性水溶性樹脂を用いることができる。
【0099】
定着樹脂は、インク定着性の観点から、ウレタン樹脂、ポリオレフィン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、又はこれらの組み合わせを含むことが好ましく、これらは水分散性樹脂であることがより好ましい。定着樹脂は、インク塗膜の摩擦堅牢度の観点から、ウレタン樹脂がより好ましく、水分散性ウレタン樹脂がさらに好ましい。
【0100】
水分散性ウレタン樹脂の具体例としては、ウレタン骨格を有するアニオン性樹脂が挙げられ、具体的には、第一工業製薬(株)製の「スーパーフレックス150、スーパーフレックス300、スーパーフレックス460、スーパーフレックス470、スーパーフレックス740、スーパーフレックス840」等、三井化学ポリウレタン(株)製の「タケラックWS-6021、タケラックW-512-A-6、タケラックW-6110」等、(株)アデカ製の「アデカボンタイターHUX-370、アデカボンタイターHUX-380」等、DSM社製の「NeoRez R-9660、NeoRez R-966、NeoRez R-967、NeoRez R-986、NeoRez R-2170」等が挙げられる(いずれも商品名)。
【0101】
定着樹脂は、1種で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。定着樹脂は、インク全量に対し、1~30質量%が好ましく、5~20質量%がより好ましい。
【0102】
水性インクには、上記した各成分に加え、任意的に、pH調整剤、消泡剤、湿潤剤(保湿剤)、表面張力調整剤(浸透剤)、防腐剤、定着剤、酸化防止剤等の各種添加剤を適宜配合してもよい。
【0103】
消泡剤、湿潤剤(保湿剤)、表面張力調整剤(浸透剤)等として界面活性剤を用いることができる。界面活性剤の詳細については上記した通りである。
【0104】
pH調整剤として、例えば、水酸化アンモニウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の無機塩基;硫酸、硝酸、酢酸等の酸;トリエタノールアミン、アミノメチルプロパノール、アミノエチルプロパノール、ジメチルエタノールアミン、トリエチルアミン、ジエチルエタノールアミン、ジメチルアミノプロパノール等のアミン類等を挙げることができる。pH調整剤は、水性インク全量に対し0.1~5質量%が好ましく、0.1~1質量%がより好ましい。
【0105】
水性インクの粘度は、インクジェット記録システムの吐出ヘッドのノズル径や吐出環境等によってその適性範囲は異なるが、一般に、23℃において1~12mPa・sであることが好ましく、5~10mPa・sであることがより好ましく、9~10mPa・sであることがより好ましい。水性インクの粘度は回転粘度計を用いて測定することができる。
【0106】
一実施形態による水性インクジェットインクは、未処理の基材に対して印刷を施してもよく、又は、前処理液によって処理された基材に対して印刷を施してもよい。例えば、布への印刷では、布表面において水性インクの滲みを防止すること、布への水性インクのなじみ性を改善することなどから、布を前処理することが好ましい。また、プラスチック基材、金属基材等の非浸透性基材も同様に、基材を前処理することが好ましい。
【0107】
前処理液は、例えば、水性溶媒とともに、界面活性剤、凝集剤、無機粒子等を1種単独で、又は2種以上を組み合わせて含むことが好ましい。より好ましくは、前処理液は、水性溶媒と、界面活性剤及び/又は凝集剤とを含む。また、前処理液は、凝集剤を基材に定着させるために定着樹脂を含んでもよい。
【0108】
基材に水性インクを印刷した後に、基材を後処理してオーバーコート層を形成する工程をさらに設けてもよい。基材を後処理する方法としては、基材に後処理液を付与して行うことができる。後処理液としては、例えば、皮膜を形成可能な樹脂と、水性溶媒又は油性溶媒とを含む後処理液を用いることができる。
【0109】
以下、印刷物の製造方法の一例について説明する。印刷物の製造方法の一例は、上記した一実施形態による水性インクジェットインクを用いて基材に画像を形成することを含む。また、水性インクジェットによる画像形成の前に、前処理液を用いて基材を処理することを含んでもよい。
【0110】
水性インクジェットインクを用いて基材に画像を形成する方法としては、インクジェット印刷方法を用いて行うことができる。インクジェット印刷方法は、基材に非接触で、オンデマンドで簡便かつ自在に画像形成をすることができる。インクジェット印刷方法は、特に限定されず、ピエゾ方式、静電方式、サーマル方式など、いずれの方式のものであってもよく、例えば、デジタル信号に基づいてインクジェットヘッドからインクを吐出させ、吐出されたインク液滴を基材に付着させるようにすることができる。
【0111】
水性インクは、浸透性基材及び非浸透性基材のいずれにも適用することができる。非浸透性基材は、基材内部に液体が染み込んでいかない基材であり、具体的には、水性インク中の液体の大部分が基材の表面上に留まる基材である。非浸透性基材としては、例えば、アルミニウム、鉄、銅、チタン、錫、クロム、カドミウム、合金(例えばステンレス、スチール等)等の金属板等の金属基材;ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、ソーダライムガラス等の板ガラス等のガラス基材;ポリエステルフィルム、ポリプロピレン(PP)フィルム、オーバーヘッド透明シート(OHTシート)、ポリエステルシート、ポリプロピレンシート等の樹脂製シート、アクリル板、ポリ塩化ビニル板等の樹脂基材;アルミナ、ジルコニア、ステアタイト、窒化ケイ素等の成形体等のセラミック基材等が挙げられる。これらの基材は、メッキ層、金属酸化物層、樹脂層等が形成されていてもよく、又はコロナ処理等を用いて表面処理されていてもよい。
【0112】
浸透性基材としては、例えば、普通紙、コート紙、特殊紙等の印刷用紙;織布、編物、不織布等の布;調湿用、吸音用、断熱用等の多孔質建材;木材、コンクリート、多孔質材等が挙げられる。ここで、普通紙は、通常の紙の上にインクの受容層やフィルム層等が形成されていない紙である。普通紙の一例としては、上質紙、中質紙、普通紙複写用紙(PPC用紙)、更紙、再生紙等を挙げることができる。また、コート紙としては、マット紙、光沢紙、半光沢紙等のインクジェット用コート紙や、いわゆる塗工印刷用紙を好ましく用いることができる。ここで、塗工印刷用紙とは、従来から凸版印刷、オフセット印刷、グラビア印刷等で使用されている印刷用紙であって、上質紙や中質紙の表面にクレーや炭酸カルシウム等の無機顔料と、澱粉等のバインダーを含む塗料により塗工層を設けた印刷用紙である。塗工印刷用紙は、塗料の塗工量や塗工方法により、微塗工紙、上質軽量コート紙、中質軽量コート紙、上質コート紙、中質コート紙、アート紙、キャストコート紙等に分類される。
【0113】
布を構成する繊維としては、例えば、金属繊維、ガラス繊維、岩石繊維および鉱サイ繊維等の無機繊維;セルロース系、たんぱく質系等の再生繊維;セルロース系等の半合成繊維;ポリアミド、ポリエステル、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリフッ化エチレン等の合成繊維;綿、麻、絹、毛等の天然繊維等の各種の繊維から選ばれた少なくとも1種が挙げられる。
【0114】
水性インクは顔料複合体を含むことから布への印刷に適し、捺染用水性インクジェットインク(以下、捺染インクとも称する。)として用いることができる。また、水性インクは顔料複合体から溶剤への顔料被覆樹脂の溶出が低減されることから、水性インクにさらに定着樹脂が含まれる場合であっても、顔料被覆樹脂と定着樹脂との相互作用が抑制され、インクの増粘及びゲル化を低減することができる。
【0115】
(他の実施形態)
他の実施形態によれば、顔料、及び前記顔料を被覆する樹脂を含み、前記顔料を被覆する樹脂は、β-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含む、顔料複合体を提供することができる。顔料及び顔料を被覆する樹脂の詳細は上記した通りである。
【0116】
さらに他の実施形態によれば、上記顔料複合体、及び水を含む顔料複合体の水分散体を提供することができる。この顔料複合体の水分散体に水溶性有機溶剤、界面活性剤等の成分を加えて、水性インクを提供することができる。
【0117】
さらに他の実施形態によれば、上記した水性インクジェットインクを捺染用水性インクジェットインクとして用いることができる。捺染用水性インクジェットインクは、顔料、顔料を被覆する樹脂、水溶性有機溶剤、及び水を含むものである。捺染用水性インクジェットインクは、定着樹脂を含むことが好ましく、定着樹脂がウレタン樹脂を含むことがより好ましい。各成分の詳細については上記した通りである。
【0118】
近年の捺染インクは、摩擦堅牢度及び洗濯堅牢度を向上させるために定着樹脂を用いることが多い。捺染インクにおいて、定着樹脂は顔料被覆樹脂とは異なる状態で配合され、例えば捺染インク中において樹脂粒子状に分散している状態、又は捺染インクの溶剤に溶解している状態である。しかし、顔料被覆樹脂の分子構造によっては、定着樹脂と相互作用し、捺染インクが増粘、又はゲル化することがある。
【0119】
顔料被覆樹脂は、β-ジカルボニル基、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とを含むことで、定着樹脂が含まれる場合でも、捺染インクの初期粘度を低くすることができる。また、捺染インクにおいて、顔料被覆樹脂の溶剤への溶出を抑制し、貯蔵安定性を改善することができる。さらに、本発明では、これらの官能基を有する顔料被覆樹脂は、捺染インク中で定着樹脂との相互作用が抑制されて、捺染インクの増粘及びゲル化が起こりにくいことが見出された。そのメカニズムに本発明が拘束されるわけではないが、定着樹脂はカチオン性の官能基に対して相互作用しやすいと考え、アニオン性の官能基の中から、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方を選択したところ、捺染インクの増粘及びゲル化を回避しながら定着樹脂との併用が可能であることがわかった。
【実施例0120】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。本発明は以下の実施例に限定されない。以下の説明において、特に説明のない箇所では、「%」は「質量%」を示し、「部」は「質量部」を示す。製造元について特に説明がない原材料は東京化成工業株式会社、富士フイルム和光純薬株式会社等から入手可能である。各表に示す含有量は、溶液又は分散体として配合される成分はその溶液又は分散体の全体量で示す。
【0121】
「実験例1」
(樹脂の合成方法)
樹脂合成用のモノマー混合物の組成を表1に示す。4つ口フラスコに、メチルエチルケトン(MEK)100部、及び重合開始剤(AIBN:アゾビスイソブチロニトリル)2部を入れた。室温で30分間窒素をバブリングし、液中の溶存酸素を窒素に置換した。続いて、系を75℃に加熱し、表1に示す樹脂のモノマー組成の合計100部のモノマー混合物を2時間かけて滴下し重合を行った。重合開始から6.5時間後に、未反応モノマーを減少させるため、重合開始剤(AIBN)を0.5部、およびMEKを10部添加した。重合開始から9時間後に冷却してMEKを55部添加し、重合反応を終了させて、固形分35%の樹脂-1の樹脂溶液を得た。
【0122】
また、樹脂の分子量は重合開始剤の量を変えることで調節できる。樹脂-2から樹脂-11は、表1に示すモノマー組成に変更し、重合開始剤の量を目的とする分子量に合わせて変更した以外は、樹脂-1と同じ手順で重合反応を行って樹脂溶液を得た。MEKの添加量を調節し各樹脂溶液を固形分35%とした。
【0123】
樹脂-12は、表1に示すモノマー組成に変更し、重合開始剤の量を目的とする分子量に合わせて変更した以外は、樹脂-1と同じ手順で重合反応を行った。さらに、樹脂-12の合成では、重合反応の終了後、反応系を70℃に保ちながら、4級化剤である硫酸ジメチル(DMS)とエタノール50部の混合液を、約30分かけて滴下し、滴下後1時間反応させて、得られた樹脂の3級アミノ基の4級アンモニウム化を行って、樹脂溶液を得た。モノマー混合物の中のアミンと4級化剤のモル比は約1:1とした。MEKの添加量を調節し樹脂溶液を固形分35%とした。
【0124】
用いた原料は以下の通りである。
モノマー(A) AAEM:アセトアセトキシエチルメタクリレート、日本合成化学工業株式会社。
モノマー(B) KBM-503:3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、信越化学工業株式会社。
モノマー(C) MAA:メタクリル酸。
モノマー(C) MOES:2-(メタ)アクリロイルオキシエタンスルホン酸。
モノマー(D) BnMA:ベンジルメタクリレート。
モノマー(D) MMA:メチルメタクリレート。
モノマー(D) DMAEMA:メタクリル酸ジメチルアミノエチル。
4級化剤 DMS:硫酸ジメチル。
特に表記のない原料は富士フイルム和光純薬株式会社より入手可能である。
【0125】
(顔料分散体の作製1)
顔料分散体の処方を表2に示す。上記して得られた樹脂溶液を用いて、液中乾燥法により顔料分散体を次のように作製した。ビーズミル機「DYNO-MILL KDL A型」(商品名、株式会社シンマルエンタープライゼズ)に、表2に示す処方で、樹脂(固形分35%)、顔料、MEK、エタノール、イオン交換水、中和剤として水酸化ナトリウム水溶液(固形分10%)を加え、滞留時間15分間の条件で、十分に顔料を分散した。次いで、エバポレータを用いて、加熱及び減圧をしながら分散体の有機溶剤の脱溶剤を行い、顔料を含む水分散体とした。このような手順で、顔料分散体-1から顔料分散体-10、顔料分散体-12から顔料分散体-14を得た。各顔料分散体は顔料分約20%であった。
【0126】
用いた原料は以下の通りである。
顔料「S160」(商品名):酸性カーボンブラック、オリオン・エンジニアドカーボンズ社。
顔料「FASTGEN Blue LA5380」(商品名):銅フタロシアニン、DIC株式会社。
顔料誘導体の分散体「KS-1」(顔料分40%)は後述する手順により作製したものである。
溶剤及び中和剤は富士フイルム和光純薬株式会社より入手可能である。
【0127】
(顔料分散体の作製2)
顔料分散体-11は、顔料誘導体の分散体「KS-1」を用いて次のように作製した。顔料誘導体の分散体「KS-1」の処方を以下に示す。
【0128】
酸性カーボンブラック「S-160」(商品名、オリオン・エンジニアドカーボンズ社):200部
3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン「KBE-403」(商品名、信越化学工業株式会社):10部
メチルエチルケトン:145部
エタノール:145部
合計:500部
【0129】
上記処方にしたがって顔料を前処理して顔料誘導体とし、顔料誘導体の分散体KS-1を作製した。詳しくは、顔料200部とエポキシ基を有するシランカップリング剤である「KBE-403」(商品名)10部とを、MEK145部及びエタノール145部に混合し、70℃で12時間反応させて、顔料を前処理し顔料誘導体とし、顔料誘導体の分散体KS-1を得た。顔料誘導体の分散体KS-1の顔料分は40%であった。
【0130】
得られた顔料誘導体の分散体KS-1と樹脂-11の樹脂溶液を混合し、70℃で4時間反応させた。続いて、MEK、エタノール、イオン交換水、中和剤として水酸化ナトリウム水溶液(固形分10%)を加え、上記顔料分散体の作製1と同じ手順でビーズミル機で分散し、脱溶剤を行って、顔料を含む水分散体とし、顔料分散体-11を得た。顔料分散体-11は顔料分約20%であった。
【0131】
(水性インクの作製)
水性インクの処方及び評価結果を表3に示す。上記して得られた顔料分散体を用いて、表3に示す処方にしたがって各成分を混合した。続いて、メンブレンフィルターを用いて混合物から粗大粒子を除去し、水性インクを得た。
【0132】
用いた原料のうち溶剤は富士フイルム和光純薬株式会社より入手可能である。用いた原料のうち界面活性剤「サーフィノール440」(商品名):アセチレングリコールエチレンオキサイドは日信化学工業株式会社より入手可能である。
【0133】
(評価方法)
(1)樹脂の分重量平均子量(Mw)
上記樹脂の合成方法において得られた樹脂の重量平均分子量の測定を、ゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)法により次のように行った。
【0134】
標準物質:ポリスチレン、溶媒:10mMのリチウムブロマイド及び50mMのリン酸含有N-メチルピロリドン、流速:0.7ml/分の条件で、検出器RID(示差屈折率検出器)を用い、GPCにより樹脂の重量平均分子量を測定した。測定器は株式会社島津製作所製を用い、カラムは昭和電工株式会社製のショウデックス(shodex)(商品名)GPC KF-804を使用した。
【0135】
(2)インク粘度(23℃/10Pa)
回転式のレオメーターである株式会社アントンパール・ジャパン製「レオメーターMCR302」を用いて、インク粘度を測定した。ここで、インク粘度の測定条件は、23℃において0.1Pa/sの速度で剪断応力を0Paから増加させたときの10Paにおける粘度値を求めたものである。
A:10mPa・s未満
B:10以上12mPa・s未満
C:12mPa・s以上
【0136】
(3)貯蔵安定性
密閉容器内でインクを70℃で1か月保管し、保管前後のインク粘度を測定し、下記式より粘度変化率を算出した。インク粘度は、上記(2)インク粘度(23℃/10Pa)と同じ手順で測定した。粘度変化率から以下の基準でインクの貯蔵安定性を評価した。
粘度変化率=100×(1か月保管後の粘度-初期粘度)/初期粘度
【0137】
S:粘度変化率 ±2%以内
A:粘度変化率 ±5%以内
B:粘度変化率 ±10%未満
C:粘度変化率 ±10%以上
D:インクのゲル化が観察された。
【0138】
(4)定着樹脂との混合安定性
ポリウレタン3種(三井化学ポリウレタン株式会社製の「タケラック W-5030,W6010,W6020」(いずれも商品名))をそれぞれ固形分10%になるようにインクに加え、よく攪拌し、3種の試料を用意した。その後、それぞれの試料を密閉容器内で60℃で1か月保管し、保管前後のインク粘度を測定し、下記式より粘度変化率を算出した。インク粘度は、上記(2)インク粘度(23℃/10Pa)と同じ手順で測定した。粘度変化率から以下の基準で定着樹脂との混合安定性を評価した。
粘度変化率=100×(1か月保管後の粘度-初期粘度)/初期粘度
【0139】
A:いずれも粘度変化率 ±5%以内
B:いずれも粘度変化率 ±10%未満
C:いずれか粘度変化率 ±10%以上
【0140】
(5)吐出安定性
ノズル口径が25μmで記録解像度が300dpiであるピエゾ型インクジェット記録ヘッドを使用し、連続印刷においてのインクの吐出安定性を評価した。印刷用紙にヘッドノズル全てを使用するチャート画像を、300枚連続して印刷した。得られた印刷用紙300枚についてチャート画像を目視で観察し、以下の基準でインクの吐出安定性を評価した。
【0141】
A:ノズル抜けによる白スジが観察された印刷用紙が300枚中0枚であった。
B:ノズル抜けによる白スジが観察された印刷用紙が300枚中1~3枚であった。
C:ノズル抜けによる白スジが観察された印刷用紙が300枚中4枚以上であった。
【0142】
【0143】
【0144】
【0145】
各表に示す通り、各実施例のインクは、インク粘度及びインク貯蔵安定性に優れ、定着樹脂との混合安定性にも優れ、吐出安定性にも優れた。全ての実施例は、顔料被覆樹脂にβ-ジカルボニル基と、カルボキシ基及びスルホン酸基のうち少なくとも一方と、シロキサン結合による架橋構造とが含まれるため、比較例に比べ良好な結果が得られた。
【0146】
比較例1では顔料被覆樹脂がβ-ジカルボニル基を有さず、インクの初期粘度が上昇し、インクの貯蔵安定性が低下した。比較例2では顔料被覆樹脂がシロキサン結合による架橋構造を有さず、インクの溶剤に樹脂が溶け出して、インクの貯蔵安定性および定着樹脂との混合安定性が低下した。比較例3では顔料被覆樹脂がカルボキシ基及びスルホン酸基のいずれも有さずインクの吐出安定性が低下した。また、比較例3のインクと定着樹脂とを混合すると混合安定性が低下したことから、比較例3の顔料被覆樹脂を含むインクにさらに定着樹脂を配合しにくいことがわかる。
【0147】
「実験例2」
上記実験例1で得られた顔料分散体-1~11を用いて、以下の処方にて捺染用水性インクジェットインクを作製した。具体的には、以下の成分を混合し、メンブレンフィルターで粗大粒子を除去し、捺染インクを得た。得られた捺染インクについて上記実験例1と同様に貯蔵安定性を評価したところ、貯蔵安定性が上記実験例1の評価基準でS又はAであり、貯蔵安定性が良好であった。
【0148】
顔料分散体:42.5部
グリセリン:10部
トリエチレングリコールモノブチルエーテル:10部
界面活性剤:2部
定着樹脂(固形分30%):33.3部
水:2.2部
合計:100部
【0149】
界面活性剤には日信化学工業株式会社製「サーフィノール440」(商品名):アセチレングリコールエチレンオキサイドを用いた。定着樹脂には三井化学株式会社製「タケラックW-6020」(商品名、固形分30%):ウレタン樹脂を用いた。