(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006294
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ポリエステルフィラメントを含む糸及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
D06M 10/02 20060101AFI20240110BHJP
D06M 15/643 20060101ALI20240110BHJP
A63B 51/02 20150101ALI20240110BHJP
A63B 102/04 20150101ALN20240110BHJP
A63B 102/02 20150101ALN20240110BHJP
A63B 102/06 20150101ALN20240110BHJP
【FI】
D06M10/02 C
D06M15/643
A63B51/02
A63B102:04
A63B102:02
A63B102:06
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107047
(22)【出願日】2022-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】591051966
【氏名又は名称】株式会社サンライン
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】弁理士法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水津 啓太
(72)【発明者】
【氏名】松尾 茉美
(72)【発明者】
【氏名】湯次 登美子
(72)【発明者】
【氏名】山下 洋平
【テーマコード(参考)】
4L031
4L033
【Fターム(参考)】
4L031AA18
4L031AB01
4L031AB21
4L031BA31
4L031CB05
4L031DA11
4L033CA59
4L033CA61
4L033CA63
4L033CA64
(57)【要約】 (修正有)
【課題】摩擦係数が小さく耐摩耗性に優れたポリエステル製フィラメントを提供するとともに、耐久性及び振動減衰性に優れて柔らかい打球感が得られるポリエステル製ストリングを提供する。
【解決手段】ポリエステルフィラメントの表面をプラズマ処理してから、該表面にシリコーンオイルを塗布することによって、該表面がシリコーンオイルで覆われてなるポリエステルフィラメントを含む糸を得る。このとき、前記プラズマ処理が大気圧低温プラズマ処理であることが好ましい。また、前記シリコーンオイルが、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基、カルボキシル基、カルボン酸無水物基、水酸基及び(メタ)アクリル基からなる群から選択される少なくとも1種である極性官能基を有することも好ましい。得られた糸は、テニスなどのラケットのストリングに適していて、ラケットに張設した場合に、耐久性に優れるとともに、振動減衰性に優れて柔らかい打球感が得られる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ処理された表面を有し、該表面がシリコーンオイルで覆われてなるポリエステルフィラメントを含む糸。
【請求項2】
前記シリコーンオイルが極性官能基を有する請求項1に記載の糸。
【請求項3】
前記極性官能基が、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基、カルボキシル基、カルボン酸無水物基、水酸基及び(メタ)アクリル基からなる群から選択される少なくとも1種である請求項1又は2に記載の糸。
【請求項4】
前記ポリエステルフィラメントがモノフィラメントである請求項1又は2に記載の糸。
【請求項5】
前記プラズマ処理が、大気圧低温プラズマ処理である請求項1又は2に記載の糸。
【請求項6】
ラケットのストリング用である請求項1又は2に記載の糸。
【請求項7】
ポリエステルフィラメントの表面をプラズマ処理してから、該表面にシリコーンオイルを塗布する、請求項1又は2に記載の糸の製造方法。
【請求項8】
シリコーンエマルジョンを塗布してから乾燥することによってシリコーンオイルを塗布する請求項7に記載の糸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステルフィラメントを含む糸、特にテニスなどのラケットのストリング用の糸に関する。また、当該糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テニス、バトミントン、スカッシュなどのラケットに用いられるストリング(ガット)の素材としては、古くから動物繊維からなるナチュラルストリングが用いられてきた。しかしながら、ナチュラルストリングは耐久性や価格の問題があって、近年では合成繊維製ストリングへの置き換えが進んでいる。
【0003】
合成繊維製ストリングの構造は、用途や要求性能に応じて多様であり、マルチフィラメント糸、モノフィラメント糸、組糸などからなるストリングが用いられていて、ナイロンやポリエステルなどの合成樹脂素材が採用されている。また、それらの糸を複合化させたり、相互に接着したり、樹脂でコーティングしたりする手法も知られている。そして、そのようなストリングをラケットに張設する際には、作業を円滑にするためにシリコーンオイルを塗布する場合がある(例えば特許文献1)。
【0004】
テニスラケット用のストリングを構成する合成繊維素材としては、ナイロンとポリエステルが代表的なものとして挙げられる。ナイロンストリングは、柔らかい打球感が得られることから、高齢者、子供、女性を含めて広く使用されている。一方、ポリエステルストリングは、ナイロンストリングやナチュラルストリングと比べて硬く、硬い打球感を有し、耐久性に優れている。そのため最近では、プロ選手や競技者層ではポリエステルストリングが主流になっている。
【0005】
しかしながら、ポリエステルは硬い素材であるため、打球感が硬く、手に伝わる衝撃や振動が大きすぎて、テニスエルボーのようなケガを引き起こしやすいという問題を有している。したがって、ポリエステルストリングのような耐久性を有しながら、ナイロンストリングのような柔らかい打球感を実現できるストリングが求められている。
【0006】
特許文献2には、シリコーンオイルを0.5~10重量%含有するポリエステル系樹脂組成物からなるモノフィラメントを用いたラケット用ガット(ストリング)が記載されていて、環境変化による特性変化を起こし難く、天然ガット並の制球性を有するポリエステル系樹脂組成物からなるラケット用ガットの特性を損なうことなく、繰り返し使用した場合においても、ラケット用ガットの初期特性の変化が極めて小さく、打球への回転のかけやすさと打球耐久性とを両立させたラケット用ガットが提供されると記載されている。ポリエステルモノフィラメントの表面にシリコーンオイルを塗布しただけでは、シリコーンオイルが脱落しやすいところ、モノフィラメント内部からブリードアウトさせることによって、長期間にわたって摩擦抵抗を低く維持することができるとされている。
【0007】
しかしながら、ポリエステルモノフィラメントの中にシリコーンオイルを含有させた場合には、モノフィラメントの引張強力の低下が避けられない。かといって、モノフィラメントの表面にシリコーンオイルを単に塗布するだけでは、長期間にわたって摩擦抵抗を低く維持することができない。
【0008】
一方、本発明者らは特許文献3において、長尺状の被処理物に対してプラズマを接触させることによりプラズマ処理を施すプラズマ処理方法について提案している。その実施例では、釣糸の撥水性を改善するために、ポリアミドモノフィラメントの表面に大気圧低温プラズマ処理を施してからシリコーンオイルを塗布することが記載されている。これはポリアミド製釣糸の表面を疎水性の化合物で覆うことによって撥水性を得ようとしたものであるから、元々疎水性の表面を有するポリエステル製モノフィラメントに適用する意味のない処理方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2020/031529A1
【特許文献2】特開2009-219518号公報
【特許文献3】WO2014/167626A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、摩擦係数が小さく耐摩耗性に優れたポリエステル製フィラメント及びその好適な製造方法を提供することを目的とするものである。特に、テニスラケットに張設した場合に、耐久性に優れるとともに、振動減衰性に優れて柔らかい打球感が得られるポリエステル製ストリングを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、プラズマ処理された表面を有し、該表面がシリコーンオイルで覆われてなるポリエステルフィラメントを含む糸を提供することによって解決される。このとき、前記シリコーンオイルが極性官能基を有することが好ましく、当該極性官能基が、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基、カルボキシル基、カルボン酸無水物基、水酸基及び(メタ)アクリル基からなる群から選択される少なくとも1種であることがより好ましい。前記ポリエステルフィラメントがモノフィラメントであることが好ましい。また、前記プラズマ処理が大気圧低温プラズマ処理であることも好ましい。
【0012】
前記糸の好適な実施態様は、当該糸からなるラケットのストリングである。また、前記糸の好適な製造方法は、ポリエステルフィラメントの表面をプラズマ処理してから、該表面にシリコーンオイルを塗布する方法である。このとき、シリコーンエマルジョンを塗布してから乾燥することによってシリコーンオイルを塗布することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の、ポリエステルフィラメントを含む糸は、摩擦係数が小さく耐摩耗性に優れている。特に、テニスラケットに張設した場合に、耐久性に優れるとともに、振動減衰性に優れて柔らかい打球感が得られる。また、本発明の糸の製造方法によれば、そのような糸を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例で用いたプラズマ処理装置を示す斜視図である。
【
図2】
図1に示す本発明のプラズマ処理装置の断面図で、(a)はフィラメントの進行方向における断面図、(b)はB-B断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、プラズマ処理された表面を有し、該表面がシリコーンオイルで覆われてなるポリエステルフィラメントを含む糸に関する。
【0016】
本発明の糸に含まれるポリエステルフィラメントを構成するポリエステルは、ジカルボン酸又はそのエステルとジオールとを縮重合してなるポリエステルであり、ジカルボン酸単位とジオール単位を含む。当該ジカルボン酸としては、テレフタル酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、イソフタル酸、1,4-シクロヘキサンジカルボン酸、アジピン酸、セバシン酸、ダイマー酸などが挙げられる。また、ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコール、1,4-シクロヘキサンジメタノール、ジエチレングリコールなどが挙げられる。これらのジカルボン酸及びジオールを適宜組み合わせて用いることができる。このとき、ペンタエリストール、トリメチロールプロパン、トリメリット酸、トリメシン酸などの多価モノマーを少量併用することもできる。
【0017】
これらの中でも、ジカルボン酸単位の90モル%以上がテレフタル酸単位からなり、ジオール単位の90モル%以上がエチレングリコールからなるポリエチレンテレフタレート(以下、PETということがある)が、得られるフィラメントの弾性率が高く、気温や湿度などの環境変化による物性変化を生じにくいので、本発明のポリエステルフィラメントとして好適に用いられる。ここで、テレフタル酸単位の含有量は95モル%以上であることがより好ましく、98モル%以上であることがさらに好ましい。また、エチレングリコール単位の含有量が95モル%以上であることがより好ましい。
【0018】
本発明で用いられるポリエステルフィラメントは、モノフィラメントであってもマルチフィラメントであっても構わないが、摩擦抵抗の小さい糸を得るという観点からはモノフィラメントであることが好ましい。また、同様の観点から、モノフィラメントを複数本用いるのではなく、1本のモノフィラメントだけで糸を構成することが好ましい。その断面形状は特に限定されないが、円形であることが好ましい。モノフィラメントの直径は、用途によって相違するが、通常、0.05~5mmである。好適には0.1mm以上であり、より好適には0.5mm以上である。一方好適には3mm以下である、より好適には2mm以下である。ラケット用のストリングとして用いる場合のモノフィラメントの直径は、通常0.5~2mmである。好適には0.8mm以上であり、より好適には1mm以上である。一方好適には1.7mm以下であり、より好適には1.5mm以下である。なお、ストリングとしてマルチフィラメントやモノフィラメントの製紐糸を用いる場合であっても、その好適な直径は上記モノフィラメントの場合の直径と同じであり、ストリングの形態にしてからプラズマ処理する。
【0019】
本発明で用いられるポリエステルフィラメントは、その表面がプラズマ処理される。本発明で用いられるプラズマ処理装置は、プラズマを発生することができ、当該プラズマにポリエステルフィラメントを接触させることができるものであれば特に限定されない。ポリエステルフィラメントに対して連続的にプラズマを接触させるためには、大気圧下のプラズマであることが好ましい。また、ポリエステル樹脂が溶融することがないように、低温のプラズマであることが好ましく、具体的には、ポリエチレンテレフタレートの融点である250℃未満の温度のプラズマであることが好ましい。したがって、本発明で好適に採用されるプラズマ処理は、大気圧低温プラズマ処理である。
【0020】
大気圧低温プラズマ処理装置は、対向する一対の電極を有し、それぞれの電極に交流電源を接続して電圧を印加することができる。こうすることによって、大気圧下で低温のプラズマを発生させる。このとき、電極の間に電気を流さない誘電体を配置することによって誘電体バリア放電を起こさせて、大気圧低温プラズマを容易に発生させることができる。プラズマを発生させるガスの種類は特に限定されないが、窒素ガスが好ましいものとして挙げられる。ポリエステルモノフィラメントが連続的に通過できるように開口を有することが好ましい。
【0021】
ポリエステルフィラメントをプラズマ処理することによって、フィラメントの表面に存在するポリマー鎖にラジカルが発生し、その後酸素や水と反応することなどによって、フィラメント表面に極性官能基が導入されているものと推定される。一般に、プラスチックの表面処理として広く用いられているコロナ放電処理では、放電によって当該プラスチックの表面が荒らされて微細な凹凸が形成される。そのため、フィラメントにコロナ処理を施した場合には、形成された凹凸に由来して引張強力が低下するおそれがある。その点、プラズマ処理の場合には、ほとんど凹凸を形成することなく、表面の化学構造を変化させることができるので、引張強力の低下がほとんど認められない。
【0022】
一般に、ポリエステル、特にPETは、反応性の官能基をほとんど有しておらず、他の材料との接着性が低いことが知られている。したがって、プラズマ処理することによって、表面を改質して他の材料との接着性を改善する意義が大きい。
【0023】
本発明の糸は、このようにしてプラズマ処理された表面を有し、該表面がシリコーンオイルで覆われてなるものである。このとき、プラズマ処理された直後のポリエステルの表面に対してシリコーンオイルを塗布することが好ましい。プラズマ処理で発生したラジカルが消失せずに生きている可能性があるし、空気中の水分や有機物によって表面が汚染されるのを防ぐことができる。
【0024】
ポリエステルフィラメントに塗布されるシリコーンオイルは、多数のジメチルシロキサン[-Si(CH3)2-O-]単位が連なったポリジメチルシロキサン構造を有する。一部のメチル基が、フェニル基、水素原子、その他の置換基で置き換えられていてもよい。本発明で用いられるシリコーンオイルは、「オイル」であり、流動性を有している。これによって、効果的に摩擦係数を低下させることができる。塗布した後に架橋するなどして硬化し、固体の皮膜を形成しているものでは、摩擦係数を十分に低下させることができない。
【0025】
本発明で用いられるシリコーンオイルは、ポリジメチルシロキサン構造の側鎖のメチル基や分子末端が官能基、特に極性官能基を含む置換基で置き換えられていることが好ましい。シリコーンオイルが極性官能基を有することによって、プラズマ処理によってフィラメントの表面に形成されているラジカルや極性官能基と反応して、共有結合を形成したり、水素結合で繋がったりすることができる。具体的には、アミノ基、エポキシ基、メルカプト基、カルボキシル基、カルボン酸無水物基、水酸基及び(メタ)アクリル基からなる群から選択される少なくとも1種である極性官能基を有することが好ましい。極性官能基を有することによって官能基を有さない場合と比べて摩擦係数を小さくすることができる。
【0026】
シリコーンオイルを塗布する方法は特に限定されない。水性エマルジョンを塗布してもよいし、有機溶剤に溶かした溶液を塗布してもよい。いずれも、均一に塗布できるように適宜希釈して塗布すればよい。環境への悪影響を避ける観点からは水性のシリコーンエマルジョンを塗布することが好ましい。塗布する方法は特に限定されず、コーティング液に浸漬してもよいし、ローラなどで塗布してもよい。塗布後には加熱するなどして乾燥させる。
【0027】
こうして得られたポリエステルフィラメントは、表面にシリコーンオイルが塗布されている。そのため、摩擦係数が小さく耐摩耗性に優れている。その用途は特に限定されるものではないが、好適な用途はラケットのストリングである。
【0028】
元々ポリエステルストリングはナイロンストリングと比べて、耐久性に優れていた。それに対し、本発明のようにプラズマ処理してからシリコーンオイルを塗布することによって、引張強力の低下を防止しながらも、摩擦低減によって耐摩耗性を向上させることができた。すなわち、ポリエステルストリングの強度を維持したまま耐久性をさらに向上させることができたのである。その一方で、摩擦低減によって接するストリング同士が相互に移動しやすくなることによって振動吸収性能が向上し、柔らかい打球感が実現された。すなわち、ナイロンストリングのような柔らかい打球感を実現しながらも、耐久性はポリエステルストリング以上とすることができた。このような打球感と耐久性の両立は、これまでのストリングでは達成できなかったものである。
【実施例0029】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。実施例中の分析方法及び評価方法は、以下の方法に従った。
【0030】
(1)摩擦係数測定
試験糸を10cm角アクリル板に両面テープで貼り付けて固定し、試料を作成した。次いで、カトーテック株式会社製「KES-SE摩擦感テスター」を用いて、10mm角ピアノワイヤセンサーを使用し、荷重50gで、試料の糸の長手方向に、試験長2cm、速度0.5mm/分でセンサーを走査し、試験糸表面の摩擦係数(MIU)の平均値と標準偏差を算出した(n=5)。
【0031】
(2)引張強力測定
JIS L1013(2010)の8.5項に記載された方法に従って、オリエンテック株式会社製テンシロン「ORIENTEC RTE-1210」を用いて、試験長25cm、引張速度30cm/分で試験糸を測定し(n=5)、その平均値から引張強力(kgf)を求めた。
【0032】
(3)耐摩耗性試験
JIS L0849の9.2項に記載された方法に従って、株式会社安田精機製作所製学振式摩擦試験機(摩擦試験機II形)を用いて、摩擦子の表面に研磨紙(1500番)を貼り付け、試験長20cmにカットした試験糸に、荷重300gで500回摩擦を加えた。次いで、摩擦を加えた試験糸を引張試験の試験方法に準じて引張強力(kgf)を測定し、摩擦を加える前の引張強力(kgf)で除してから100をかけて、耐摩耗性(%)を求めた。
【0033】
以下の実施例で用いたコーティング剤は、次のとおりである。
・アミノ変性シリコーンエマルジョン
松本油脂製薬株式会社製「松本シリコンソフナーN-800」
アミノ基を有する変性シリコーンの液状粒子が水に分散した水性エマルジョンである。
・未変性シリコーンエマルジョン
モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社製ジメチルシリコーンオイル「Element14 PDMS 10JC」
25℃での粘度が10mm2/sの無色透明のシリコーンオイル。ポリジメチルシロキサンの両末端がトリメチルシリル基であり、極性官能基を有さない。
・硬化型シリコーンエマルジョン
モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社製被膜形成シリコーンハイブリッドエマルジョン「XS53-C2459」
塗布後に乾燥することによって硬化被膜が形成される水性シリコーンエマルジョンである。
【0034】
実施例1
原糸として、断面形状が円形で、直径が1.3mmのポリエチレンテレフタレートからなるモノフィラメントを用いた。当該原糸をボビンに巻取り、クリールスタンドにセットして、プラズマ処理装置1を用いて、糸速50m/分で搬送しながら、窒素ガス3L/分のプラズマガス雰囲気中を通過させ、表面を改質した。
【0035】
ここで用いたプラズマ処理装置1の構造について、
図1及び
図2を用いて説明する。プラズマ処理装置1は、対向して配置され、それぞれ交流電源から電力を印加される平板状の上側電極10aおよび下側電極10bと、上側電極10aと下側電極10bとの間における、上側電極10aの下面に配置された絶縁板11と、ポリエステルモノフィラメント(図中の太線)の搬送方向と平行に配置され、絶縁板11と下側電極10bとの間に所定の間隙12aを形成した状態で下側電極10b上に絶縁板11を支持する一対のスペーサー12と、絶縁板11と下側電極10bによって形成される間隙12aの間において、被処理物であるポリエステルモノフィラメントをプラズマ密度が高い領域を進むようにガイドするガイド部15とを備える。
【0036】
図2に示されるように、上側電極10aには、プラズマ生成用ガスである窒素ガスを導入するためのプラズマ生成用ガス導入口13が形成され、絶縁板11には、上側電極10aに形成されたプラズマ生成用ガス導入口13から導入されたプラズマ生成用ガスを絶縁板11と下側電極10bとの間に形成された間隙12aに噴出させるための複数のプラズマ生成用ガス噴出口14が間隙12aの内面側に開口している。プラズマ処理装置1においては、プラズマ生成用ガスを導入した状態で、上側電極10a及び下側電極10bに対して交流電源から電力を印加することにより、誘導体バリア放電を生じさせて絶縁板11と下側電極10bとによって形成される間隙12a内にプラズマを生成するようにされている。プラズマ処理装置1においては、上側電極10aと下側電極10bとが重なり合う範囲の中心付近に位置する間隙12a内の密度が高く、当該中心から外周方向に向かって徐々に密度が低くなるようなプラズマが形成される。ガイド部15は、ポリエステルモノフィラメントの搬送経路を形成する複数の円環状の保持部15aと、各保持部15aを間隙12a内の所定位置に固定する脚部15bとを有するガイド部材15からなる。ポリエステルモノフィラメントを当該プラズマの密度が高い領域を通過させるように、上側電極10aと下側電極10bとが重なり合う範囲の略中心付近に配置されている。
【0037】
アミノ変性シリコーンエマルジョン「松本シリコンソフナーN-800」20質量部を水80質量部で希釈して、コーティング液を調製した。上記のようにしてプラズマ処理した直後のモノフィラメントに、オイリングローラーを用いて当該コーティング液を塗布した。引き続き、120℃の乾燥槽を通過させて、コート層中の水分を除去した。こうして得られたモノフィラメントの表面には、アミノ変性シリコーンオイルが薄く均一に付着しており、当該オイルは流動性を有していた。こうして得られたモノフィラメントについて、上記方法にしたがって、摩擦係数測定、引張強力測定及び耐摩耗性試験を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0038】
実施例2
ジメチルシリコーンオイル「Element14 PDMS 10JC」2質量部をイソプロピルアルコール98質量部で希釈して、コーティング液を調製した。このコーティング液を用いた以外は実施例1と同様にして、ジメチルシリコーンオイルが薄く均一に付着したモノフィラメントを得た。当該オイルは流動性を有していた。こうして得られたモノフィラメントについて、実施例1と同様に、摩擦係数測定、引張強力測定及び耐摩耗性試験を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0039】
比較例1
硬化型シリコーンエマルジョン「XS53-C2459」20質量部を水80質量部で希釈して、コーティング液を調製した。このコーティング液を用いた以外は実施例1と同様にして、シリコーン樹脂が薄く均一に付着したモノフィラメントを得た。当該シリコーン樹脂は硬化して皮膜を形成しており、流動性を有していなかった。こうして得られたモノフィラメントについて、実施例1と同様に、摩擦係数測定、引張強力測定及び耐摩耗性試験を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0040】
比較例2
原糸をプラズマ処理せずに、そのままコーティング液を塗布した以外は実施例1と同様にして、アミノ変性シリコーンオイルが薄く均一に付着したモノフィラメントを得た。当該オイルは流動性を有していた。こうして得られたモノフィラメントについて、実施例1と同様に、摩擦係数測定、引張強力測定及び耐摩耗性試験を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0041】
比較例3
原糸をプラズマ処理せずに、そのままコーティング液を塗布した以外は実施例2と同様にして、ジメチルシリコーンオイルが薄く均一に付着したモノフィラメントを得た。当該オイルは流動性を有していた。こうして得られたモノフィラメントについて、実施例1と同様に、摩擦係数測定、引張強力測定及び耐摩耗性試験を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0042】
比較例4
原糸をプラズマ処理せずに、そのままコーティング液を塗布した以外は比較例1と同様にして、シリコーン樹脂が薄く均一に付着したモノフィラメントを得た。当該シリコーン樹脂は硬化して皮膜を形成しており、流動性を有していなかった。こうして得られたモノフィラメントについて、実施例1と同様に、摩擦係数測定、引張強力測定及び耐摩耗性試験を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0043】
比較例5
原糸のモノフィラメントについてそのまま、実施例1と同様に、摩擦係数測定、引張強力測定を行った。その結果を表1にまとめて示す。
【0044】
【0045】
表1に示されるように、プラズマ処理をしてからシリコーンオイルを塗布した実施例1及び2では、摩擦係数が小さく、耐摩耗性に優れていた。アミノ変性シリコーンオイルを用いた実施例1では摩擦係数が特に小さくなった。一方、プラズマ処理をしなかった比較例2及び3や、硬化シリコーン樹脂を塗布した比較例1及び4では摩擦係数が大きくなった。
【0046】
実施例3
実施例1で得られたモノフィラメントを、Mizuno製テニスラケット「F series 300」に、張力50ポンドで張設した。こうして得られたラケットのハンドル部の端部から50mmの位置にPCB社製加速度計「352A21」を貼り付けて固定した。次いで、ハンドル端とラケット先端とをゴム紐で吊り下げた状態でラケットを空中に静止させた。この状態でラケット先端から80mmの位置のストリング面に対し、インパルスハンマを用いて手動で加振を行い、加速度計によって加速度応答を計測し、固有振動数とその減衰比を得た。その結果、振動数150Hzの曲げ1次振動が観察され、その減衰比は0.369であった。また、振動数439Hzの曲げ2次振動が観察され、その減衰比は0.323であった。さらに、振動数514Hzのストリング1次振動が観察され、その減衰比は0.083であった。これらの結果を表2にまとめて示す。
【0047】
比較例6
比較例2で得られたモノフィラメントを用いた以外は実施例3と同様にして、テニスラケットにストリングを張設した。こうして得られたラケットを用いて実施例3と同様にして加振試験を行った。その結果を表2にまとめて示す。
【0048】
【0049】
表2に示されるように、曲げ1次振動、曲げ2次振動、ストリング1次振動のいずれについても、原糸にプラズマ処理した実施例3のラケットの方が、原糸にプラズマ処理しなかった比較例6のラケットよりも減衰比が大きいことがわかった。このことは、実施例3においてボールを打った直後の振動の減衰が比較例6に比べて早いことを示しており、肘などへの負担を軽減できることを示している。また、実施例3のラケットと比較例6のラケットを用いて、テスターが試打を行ったところ、比較例6のラケットに比べて実施例3のラケットの方が、打球感が柔らかいと評価した。