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特開2024-63362磁性ビーズ、磁性ビーズ分散液及びそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024063362
(43)【公開日】2024-05-13
(54)【発明の名称】磁性ビーズ、磁性ビーズ分散液及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/20 20060101AFI20240502BHJP
   H01F 1/33 20060101ALI20240502BHJP
   B22F 1/05 20220101ALI20240502BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20240502BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240502BHJP
   G01N 33/543 20060101ALN20240502BHJP
   C12N 15/10 20060101ALN20240502BHJP
   B01J 20/10 20060101ALN20240502BHJP
【FI】
H01F1/20
H01F1/33 ZNM
B22F1/05
B22F1/16 100
B22F1/00 W
G01N33/543 541A
C12N15/10 114Z
B01J20/10 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022171238
(22)【出願日】2022-10-26
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】新井 聖
【テーマコード(参考)】
4G066
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4G066AA02C
4G066AA21B
4G066AA22B
4G066AA23B
4G066AA24B
4G066AA25B
4G066AA26B
4G066BA09
4G066BA20
4G066BA25
4G066BA38
4G066CA54
4G066DA07
4K018BA16
4K018BC28
4K018BD01
4K018FA08
4K018KA43
5E041AA04
5E041AA11
5E041BC01
5E041BD03
5E041CA10
5E041NN12
5E041NN15
(57)【要約】
【課題】検査対象物質の十分な抽出効率を確保するとともに、夾雑物混入による検査精度低下を抑制しうる磁性ビーズ、磁性ビーズ分散液及びそれらの製造方法を提供する。
【解決手段】磁性金属粉と、当該磁性金属粉の表面を被覆する被覆層と、を有する磁性ビーズであって、粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmであり、密度が5.0~7.5g/ccであり、保磁力が800A/m以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性金属粉と、当該磁性金属粉の表面を被覆する被覆層と、を有する磁性ビーズであって、
粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmであり、
密度が5.0~7.5g/ccであり、
保磁力が800A/m以下である
ことを特徴とする磁性ビーズ。
【請求項2】
前記磁性金属粉は、Feを主成分とする合金であることを特徴とする請求項1に記載の磁性ビーズ。
【請求項3】
飽和磁化が50emu/g以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の磁性ビーズ。
【請求項4】
前記磁性金属粉は、アトマイズ法により製作されたFe基金属合金粉末であることを特徴とする請求項1または2に記載の磁性ビーズ。
【請求項5】
前記被覆層は、酸化シリコン(シリカ)、またはSiと、Al、Ti、V、Nb、Cr、Mn、Sn及びZrからなる群から選ばれた1種の酸化物または2種以上との複合酸化物からなることを特徴とする請求項1または2に記載の磁性ビーズ。
【請求項6】
表面に被覆層を有する磁性金属粉で構成された磁性ビーズと、
当該磁性ビーズを含有する水溶液または有機溶媒である分散媒と、
を備え、
前記磁性ビーズの粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmであり、前記磁性ビーズの密度が5.0~7.5g/ccであり、前記磁性ビーズの保磁力が800A/m以下である
ことを特徴とする磁性ビーズ分散液。
【請求項7】
磁性金属粉を製造する磁性金属粉製造工程と、
前記磁性金属粉の表面に被覆層を形成する被覆工程と、
前記被覆工程の前又は後に行われ、前記磁性金属粉又は前記被覆層が形成された前記磁性金属粉を分級する分級工程と、
前記被覆工程の後に行われ、前記磁性金属粉を熱処理する熱処理工程と、
を有し、
前記被覆工程では、前記被覆層の厚さが3~50nmとなるように前記被覆層を形成し、
前記分級工程では、前記磁性ビーズの粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmとなるように分級を行う、
ことを特徴とする磁性ビーズの製造方法。
【請求項8】
磁性金属粉を製造し、前記磁性金属粉に被覆層を形成して、粒度分布における体積基準の50%粒子径が0.5~10μm、密度が5.0~7.5g/cc、保磁力が800A/m以下である磁性ビーズを製造し、
前記磁性ビーズを、水溶液または有機溶剤である分散媒中に混合・分散する
ことを特徴とする磁性ビーズ分散液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性ビーズ、磁性ビーズ分散液及びそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療分野における診断や生命科学の分野において、核酸、タンパク質、細胞、細菌、ウイルスなどの、いわゆる生体物質の検査需要が高まっている。こうした生体物質を検査する過程では、まず検体から検査対象の物質を抽出することが必要である。この生体物質の抽出過程においては、磁性ビーズを用いた磁気分離法が広く利用されている。磁気分離法は、抽出対象である生体物質を担持できる機能を有した磁性ビーズを利用し、磁界をかけることで生体物質を抽出する手法である。
【0003】
生体物質検査手法のうち、PCR(Polymetric Chain Reaction)法は、核酸(DNAやRNAなど)を抽出し、その核酸を特異的に増幅して検出する方法である。この検査対象である核酸の効率的な抽出のために、近年のPCR法では核酸を担持できる機能を有した磁性ビーズを利用した磁気分離法が用いられている。具体的には、その表面に検査対象物質の担持能を有した磁性ビーズを分散液中に装填し、当該分散液を磁気スタンドなどの磁界発生装置に装着して磁界印可のON/OFFを複数回繰り返すことで、核酸などの対象物質を抽出する。こうした磁気分離法は、磁力によってビーズを分離・回収する方法であるため、迅速な分離操作が可能である。
【0004】
また、PCR法における抽出に限らず、タンパク質の精製、エクソソーム、細胞の分離・抽出などの分野でも、同様の磁気分離法が利用されている。
【0005】
こうした生体物質の検査・抽出において採用される磁気分離法において使用される磁性ビーズとして、これまで種々の検討がなされている。
【0006】
例えば、特許文献1には、アモルファス金属の磁性粒子に酸化シリコン膜を施した核酸結合性固相担体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-176023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
昨今のPCR検査などの需要の高まりも相まって、医療分野における診断や各種検査においては、検査対象物質の抽出効率の向上、及び検査精度の向上が求められている。
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の磁性ビーズでは、以下のような課題を有していた。
即ち、検査対象である生体物質の抽出工程において、磁性ビーズの凝集あるいは沈降が発生して対象となる生体物質の抽出効率の低下を招き、結果として十分な生体物質の抽出量を確保できないという事態が生じていた。
【0010】
また、夾雑物(コンタミネーション)の混入により検査における信頼性が確保できない場合があった。
これら課題について以下に、より具体的に言及する。
【0011】
核酸などの検査対象物質を抽出する一連の工程は、溶解・抽出工程、磁気分離工程、洗浄工程、溶出工程の各工程からなるが、このうち対象物質を磁性ビーズ表面に吸着させる工程である溶解・抽出工程は、生体物質の抽出効率および抽出量を左右する観点で最も重要な工程である。
溶解・抽出工程において、磁性ビーズは溶解・抽出液中に分散して存在する形となっており、それら分散して存在する磁性ビーズ表面に、核酸などの検査対象となる生体物質が吸着されることで抽出が可能となる。換言すると、この溶解・抽出工程において、如何にビーズ表面に生体物質を効率よく吸着するかが重要となる。
【0012】
しかし、従来技術では、以下のような事態から引き起こされる課題を有していた。
先ず、磁性ビーズは、溶解・抽出液中に分散して存在するが、磁性ビーズの密度、及びその粒径が所定の範囲を超えて大きい値の場合、磁性ビーズが溶解・抽出液中で沈降を起こしてしまっていた。検査対象となる生体物質は十分小さいため液中に比較的ランダムに分散しているが、それに対して沈降してしまった磁性ビーズは、これらの液中に分散した生体物質を捕捉・吸着することができず、その結果、抽出量が低下してしまっていた。
【0013】
また、粒径が極端に小さい場合は、磁性ビーズ同士が分子間力、或いは、クーロン力等によって凝集して、比較的大きな集合粒子の塊となり、この場合も沈降が生じて上記と同様の課題が生じていた。更に、磁性ビーズの保磁力が所定の値より高い場合には、磁性ビーズの磁化によって磁性ビーズ同士が磁気的に結合し、この場合も大きな集合粒子の塊となって沈降が生じ、上記と同様の課題が生じていた。
【0014】
また、更に、磁性ビーズの飽和磁化が所定の値より小さい場合には、磁気分離工程において磁界による磁性ビーズの拘束が弱くなり、特に小粒径の磁性ビーズが液中に浮遊することで磁性ビーズ自体が夾雑物(コンタミネーション)となって、検査精度を低下させるという課題を有していた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するために、本発明の適用例に係る磁性ビーズは、磁性金属粉と、当該磁性金属粉の表面を被覆する被覆層と、を有する磁性ビーズであって、粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmであり、密度が5.0~7.5g/ccであり、保磁力が800A/m以下であることを特徴とする。
【0016】
本発明の磁性ビーズによれば、溶解・抽出工程における沈降を抑制することができ、結果として検査対象となる生体物質の抽出効率の低下を防ぎ、十分な抽出量を得ることが可能となる。
【0017】
また、本発明の磁性ビーズにおいて、前記磁性金属粉は、Feを主成分とする合金であることを特徴とする。
【0018】
更に、飽和磁化が50emu/g以上であることを特徴とする。
【0019】
これら本発明の磁性ビーズによれば、磁気分離工程における磁界による磁性ビーズの拘束が確保され、磁性ビーズ自体の液中での浮遊による夾雑物(コンタミネーション)の発生が抑制され、結果として検査精度の向上が可能となる。
【0020】
更に、本発明の磁性ビーズは、前記磁性金属粉が、アトマイズ法により製作されたFe基金属合金粉末であることを特徴とする。
【0021】
また、前記被覆層は、酸化シリコン(シリカ)、またはSiと、Al、Ti、V、Nb、Cr、Mn、Sn及びZrからなる群から選ばれた1種の酸化物または2種以上との複合酸化物からなることを特徴とする。
【0022】
本発明の適用例に関わる磁性ビーズ分散液は、表面に被覆層を有する磁性金属粉で構成された磁性ビーズと、当該磁性ビーズを含有する水溶液または有機溶媒である分散媒と、を備え、前記磁性ビーズの粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmであり、前記磁性ビーズの密度が5.0~7.5g/ccであり、前記磁性ビーズの保磁力が800A/m以下であることを特徴とする。
【0023】
本発明の適用に関わる磁性ビーズの製造方法は、磁性金属粉を製造する磁性金属粉製造工程と、前記磁性金属粉の表面に被覆層を形成する被覆工程と、前記被覆工程の前又は後に行われ、前記磁性金属粉又は前記被覆層が形成された前記磁性金属粉を分級する分級工程と、前記被覆工程の後に行われ、前記磁性金属粉を熱処理する熱処理工程と、を有し、前記被覆工程では、前記被覆層の厚さが3~50nmとなるように前記被覆層を形成し、前記分級工程では、前記磁性ビーズの粒度分布における体積基準の50%粒子径であるD50が0.5~10μmとなるように分級を行う、ことを特徴とする。
【0024】
本発明の適用に関わる磁性ビーズ分散液の製造方法は、磁性金属粉を製造し、前記磁性金属粉に被覆層を形成して、粒度分布における体積基準の50%粒子径が0.5~10μm、密度が5.0~7.5g/cc、保磁力が800A/m以下である磁性ビーズを製造し、前記磁性ビーズを、水溶液または有機溶剤である分散媒中に混合・分散することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本実施形態に係る磁性ビーズの構造を示す概略図。
図2】本実施形態に係る生体物質抽出プロセスの概略図。
図3】本実施形態に係る磁気スタンドの概略図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施形態に係る磁性ビーズ及びその製造方法について説明する。
【0027】
1.磁性ビーズ
本発明における磁性ビーズは、磁気を利用した分離プロセスを活用した生体物質、即ち、DNAやRNAなどの核酸や細胞、細菌、ウイルスなどを抽出するプロセスにおいて用いられるものであって、前記生体物質を吸着することが可能な粒子群であり、その構造はコアである「磁性金属粉」と、磁性金属粉の表面を被覆する「被覆層」を有する粉末形態を有する磁性ビーズである。
磁性ビーズの一つの粒子に関する磁性金属粉101と被覆層102の模式図を図1に示す。本発明における磁性ビーズは、こうした一つの粒子またはそれら粒子の集合体を指す。
【0028】
磁性ビーズは、その粒度分布における体積基準の50%粒子径(メディアン径)であるD50が0.5~10μmの範囲であることが好ましい。更には1~5μmであることが好ましい。D50が0.5μm未満であると、磁性ビーズ1粒子あたりの磁化の値が小さくなるとともにビーズ同士の凝集が顕著となり、後に詳述する溶解・抽出工程において液中で沈降が生じてしまい、結果として生体物質の抽出効率が低下する。したがって、磁性ビーズのD50は0.5μm以上とする。同様の理由から、D50は1μm以上であることがより好ましく、抽出効率を上げることができる。
【0029】
一方、磁性ビーズのD50が10μmを超えて粗大となると、磁性ビーズ1粒子あたりの重量が大きくなり、この場合も溶解・抽出液中での沈降が生じて、結果として生体物質の抽出効率の低下を招き、十分な抽出量を得ることが困難となる。したがって、磁性ビーズのD50は10μm以下とすることが好ましく、5μm以下とすることがより好ましい。
【0030】
磁性ビーズのD50は、例えば、レーザー回折・分散法により体積基準の粒度分布を測定し、この粒度分布から得られた積算分布曲線から求めることができる。具体的には、積算分布曲線において、小径側から積算値が50%における粒子径がD50(メディアン径)、である。レーザー回折・分散法により粒子径を測定する装置としてはマイクロトラック・ベル社製のMT3300シリーズなどが挙げられる。尚、レーザー回折・分散法に限らず、画像解析などの手法を用いても測定が可能である。なお、後述するD90についても同様の方法で測定することができる。
【0031】
また、本発明の磁性ビーズは、その密度が5.0~7.5g/ccであることが望ましい。密度が7.5g/ccを超える場合、磁性ビーズ粒子当たりの重量は重くなるため、溶解・吸着工程における液中でのビーズの沈降を生じ、結果として検査対象となる核酸などの生体物質の抽出量を十分確保できなくなる。一方で密度が5.0g/cc未満となる場合は、磁性金属粉中の磁性元素(主としてFe)の含有量が十分でないか、あるいは磁性ビーズの構成のうち、磁性金属粉に対する被覆層の割合が大きくなっているかのいずれかであり、このいずれにおいても磁性ビーズの飽和磁化が十分な値が得られなくなる。このため磁気分離工程における磁界による磁性ビーズの拘束力が弱くなり、結果として液中に浮遊する磁性ビーズが夾雑物(コンタミネーション)となることで検査精度の低下を生じる。
【0032】
本発明で定義する磁性ビーズの密度は、いわゆる真密度を指しており、ピクノメーター法で測定することができる。ピクノメーター法には一般的に水を使用する湿式法とガスを使用する乾式法があり、いずれの方法を使ってもよいが、本発明の磁性ビーズは微粉末であるため、乾式法を採るのが好ましい。乾式ピクノメーター法は、いわゆる定容積膨張法によって真密度を測定するものであり、その測定法についてはJIS-R-1620などに規定されている。乾式ピクノメーター法により密度を測定する測定装置としては、Micromeritics社製のアキュピック1330などが挙げられる。
【0033】
さらに本発明の磁性ビーズの保磁力Hcは、800A/m以下であることが好ましい。「保磁力Hc」とは、磁化された磁性体を、磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁界の値をいう。つまり、保磁力Hcは、外部磁界に対する抵抗力を意味する。磁性ビーズの保磁力Hcが小さいほど、磁界(磁界)が印加された状態から、印加されていない状態に切り替えても、磁性ビーズ同士が凝集しにくく、分散液中において磁性ビーズを均一に分散することができる。更に、磁界印加の切り替えを繰り返す場合でも、保磁力Hcが小さいほど磁性ビーズの再分散性は優れるため、磁性ビーズ同士の凝集をより抑制することができる。このような効果を得るためには、磁性ビーズの保磁力Hcは、800A/m以下であることが好ましく、より好ましくは、200A/m以下である。なお、磁性金属粉の保磁力Hcの下限は、特に限定されず、性能・コストのバランスに適する材料選択の容易性の観点から、5A/m以上としてよい。
【0034】
本実施形態における磁性ビーズの飽和磁化は、50emu/g以上であることが好ましく、100emu/g以上であることが更に好ましい。「飽和磁化」とは、外部から十分大きな磁界を印加した場合に磁性材料が示す磁化の値である。磁性ビーズの飽和磁化が大きいほど、磁性材料として機能を十分に発揮させることができる。具体的には、磁界中における抽出後の移動速度(回収速度)を向上させることができるため、検査時間の短縮化を実現できる。このような効果を得るためには、磁性ビーズの飽和磁化は、50emu/g以上であることが好ましく、より好ましくは、100emu/g以上である。なお、磁性ビーズの飽和磁化の上限は、特に限定されず、性能・コストのバランスに適する材料選択の容易性の観点から、220emu/g以下としてよい。
【0035】
磁性ビーズの保磁力および飽和磁化は、振動試料型磁力計(VSM:Vibrating Sample Magnetometer)等により測定することができる。振動試料型磁力計としては例えば株式会社玉川作製所製の「TM-VSM1230-MHHL」等により測定することができる。飽和磁化を測定する際の最大印加磁界は例えば0.5T以上の磁界をかけて測定する。また後述する比透磁率についても、同様の振動試料型磁力計にて測定することができる。
【0036】
また、被覆層の平均厚さ(t)と、粒度分布における前記磁性ビーズのD50との比、即ちt/D50が0.0001~0.05であることが好ましい。t/D50が0.0001未満の場合、磁性金属粉の大きさに対して被覆層の厚さの比率が小さすぎ、磁性ビーズ同士の衝突、或いは磁性ビーズと格納容器壁面などとの衝突が生じた際に被覆層が破壊或いは剥離してしまう。このため本来被覆層表面に吸着して抽出する検査対象の生体分子の抽出量を充分に得ることができず、抽出効率が低下してしまう。また、剥離した被覆層や磁性金属粉の破片が分散液中に存在することとなり、抽出対象となる生体物質を取り出す際に夾雑物(コンタミネーション)として同時に混入してしまい、検査精度を低下させてしまう。更に、被覆層が破壊・剥離することで基材である磁性金属粉が露出し、酸性溶液中などでは鉄イオンなどの溶出が起きて、結果として抽出効率を低下させてしまう。
【0037】
一方でt/D50が0.05を超える場合、磁性ビーズの体積全体に占める被覆層の体積比率が大きくなってしまい、磁性ビーズの有する体積あたりの磁化が低下する。こうした磁化の低下は磁気分離工程における磁性ビーズの磁界中移動時の移動速度が低下してしまって検査工程時間が長くなり、検査効率の低下を招く。
【0038】
また、本発明の磁性ビーズを構成する磁性金属粉のビッカース硬度は、100以上であることが好ましい。ビッカース硬度が100未満である場合、磁性ビーズが衝突した場合の衝撃により、磁性金属粉が塑性変形してしまう。塑性変形が生じた場合、被覆層は磁性金属粉に比較して変形能が小さいため、結果として被覆層の剥離や脱落が生じ、上述と同様に生体物質の抽出効率の低下や検査精度の低下を招く。同様の理由で、ビッカース硬度は300以上であることがより好ましく、800以上であることが更に好ましい。一方でビッカース硬度の上限は特に限定されるものではないが、性能・コストのバランスに適する材料選択の容易性の観点から3000以下としてよい。
【0039】
また、本発明の磁性ビーズは体積基準での90%粒子径:D90とD50の比であるD90/D50の値が3.00以下であることが好ましい。D90/D50が3.00よりも大きい場合、粗大な粒子が多量に存在している粒度分布となる。粗大な磁性ビーズ粒子は磁界中で高い磁性を有するので、多量に混在すると、周囲の比較的小さな粒子を引き寄せながら凝集してしまい、磁界をOFFにしても、分散性が損なわれ顕著な凝集を引き起こしてしまう。更に、磁性ビーズ粒子同士が凝集すると、自重によって分散液底部に沈降してしまい、抽出効率の低下、及びそれにともなう検査時間の長時間化を招くおそれがある。したがって、D90/D50は3.00以下とし、より好ましくは、2.00以下、更に好ましくは、1.75以下とする。
【0040】
本実施形態における磁性ビーズの形状は、特に限定されず、円形、楕円形または多角形の断面形状であってもよい。なお、磁性ビーズの凝集抑制と移動度向上の観点から、磁性ビーズのうち、円形度が0.60以下であるビーズ粒子の比率が3%以下であることが好ましい。円形度が0.60以下の粒子が3%を超えて存在すると、磁化された当該粒子では形状磁気異方性の寄与により、粒子が形成する磁力線の密度が均一でなくなり、結果として磁性ビーズの凝集が顕著となる。更にこのような凝集がおこるため、磁性ビーズの移動度が低下してしまう。
【0041】
円形度は以下の数式で定義される。
円形度=4πS/L2 (*分母はLの2乗)
ここでSは粒子の投影面積、Lは粒子の周長を表す。
【0042】
磁性ビーズ粒子の円形度の測定は画像処理により行うことができる。走査型顕微鏡(SEM)や光学顕微鏡などで撮影した複数の粉末粒子からなる画像を用いて、画像処理を行うことで個々の粉末粒子の面積、周長を計算することができる。更に、複数の粉末粒子のうち、特定の円形度を有する粉末粒子の存在比率も算出することができる。具体的には、例えば、アメリカ国立衛生研究所が開発したフリー画像処理システムであるImage-Jを活用することで投影面積、周長、存在比率を測定することができる。
【0043】
磁性ビーズは、その表面に抽出対象である生体物質を担持する役割を有する。そのため生体物質の抽出量及び抽出効率は、磁性ビーズの比表面積に大きく依存する。比表面積が大きいほど磁性ビーズ表面に担持できる抽出対象である生体物質の量は多くなり、抽出効率が向上し、結果として検査の効率化・迅速化が可能になる。磁性ビーズの比表面積は、いわゆるBET法で測定されるが、その測定は「JISK1150:シリカゲル試験方法」などに記載されている方法で可能である。磁性ビーズの比表面積は0.05~40m2/gの範囲であることが好ましい。比表面積が0.05m2/g未満の場合、抽出できる検査対象物質の量が少なくなってしまい、検査効率を大きく低下させる。一方で比表面積が30m2/gを超えると、抽出したい対象物質以外の夾雑物も担持しやすくなり、検査精度の低下を招く。更にこうした理由から、0.1~30m2/gの範囲が更に好ましい。
【0044】
本実施形態における磁性ビーズの比透磁率は、5以上であることが望ましい。上限は高いほど好ましいため特に限定しないが、磁性ビーズは粉末形態であることから、反磁界の影響により比透磁率は実質的には100以下の値をとることが多い。比透磁率が5未満であると、磁界の印加に伴う磁性ビーズの移動速度が落ち、高速処理に支障をきたす。
【0045】
本実施形態における磁性ビーズは、既述のように、磁性金属粉をコアとし、その上に被覆層を施した形態を有する。このため、磁性ビーズの構成元素及び組成は、後述する磁性金属粉と被覆層の構成元素、及び、それらの存在比としての組成として測定される。構成元素及び組成の測定は、例えば、JIS G 1258:2014に規定されたICP発光分析法、JIS G 1253:2002に規定されたスパーク発光分析法などにより特定することができる。分析装置としては、例えば、SPECTRO社製の固体発光分光分析装置(スパーク発光分析装置、モデル:SPECTROLAB、タイプ:LAVMB08A)や、株式会社リガク製のICP装置(CIROS120型)が挙げられる。なお、CやSの含有量の定量に際しては、特に、JIS G 1211:2018に規定された酸素気流燃焼(高周波誘導加熱炉燃焼)-赤外線吸収法を適用できる。炭素量の分析装置としては、LECO社製の炭素・硫黄分析装置(CS200型)が挙げられる。
【0046】
1.1 磁性金属粉
本実施形態の磁性ビーズは図1に示した通り、そのコアとして磁性金属粉を有する。磁性金属粉は磁性を有する粒子であり、構成元素としてFe、Co、Niのうち少なくとも一種を含むことが好ましい。特に、高い飽和磁化を得る観点から、磁性金属粉の組成において、Fe含有量を高めることが好ましく、Feを主成分とする組成とすることがより好ましい。具体的には、Feを原子比で50%以上とすることがより好ましく、更に好ましくは原子比で70%以上とする。また磁性金属粉の組成として、Feを主成分とする合金(Fe系合金)であってもよく、例えば、Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金、Fe-Co-Ni系合金、またはFe、Co、Niを含む化合物などが例示できる。
【0047】
Fe系合金としては、前述のような、Co、Niなどの単独で強磁性を示す元素のほかに、目標とする特性に応じて、Cr、Nb、Cu、Al、Mn、Mo、Si、Sn、B、C、P、Ti、またはZrからなる群から選ばれる1種もしくは2種以上を含むことができる。高磁化を得る観点から、磁性金属粉としては、Fe-Si系合金粉や、Fe-Si-Cr系合金粉、Fe-Si-B-Cr系合金粉などが好ましい。Siは合金粉では主要な構成元素であるが、アモルファス化を促進する効果を有する。なお、Fe系合金中には、本発明の効果を損なわない範囲で、不可避的不純物が含まれていてもよい。
【0048】
本実施形態における不可避的元素とは、磁性金属粉の原料や磁性ビーズの製造時に意図せずに混入する元素(不純物)である。不可避元素は、特に限定されないが、例えば、О、N、S、Na、Mg、K等が挙げられる。
【0049】
磁性金属粉の構成元素及び組成は、既述の磁性ビーズと同様に、JIS G 1258:2014に規定されたICP発光分析法、JIS G 1253:2002に規定されたスパーク発光分析法などにより特定することができ、被覆層を施す以前の状態の磁性金属粉、又は、磁性ビーズから化学的或いは物理的手法で被覆層を除去した状態の磁性粉のいずれかの状態で上記手法により測定することができる。また、磁性ビーズから被覆層を除去するのが難しい場合は、例えばビーズ断面を切断した上で、コアである磁性金属粉の部分をEPMA、EDXなどの分析装置にて分析することが可能である。この場合磁性金属粉を樹脂中に包埋した上で切断面を分析することでも測定可能である。
【0050】
磁性金属粉を構成する金属組織は、結晶組織、アモルファス組織、ナノ結晶組織などの種々の形態をとることができる。ここでアモルファス組織とは、結晶が存在しない非晶質組織であり、ナノ結晶とはその結晶粒径がおよそ100nmである微細結晶が存在する組織を指す。これらのうち、特にアモルファス組織又はナノ結晶組織とすることが本実施形態では好ましい。即ち、アモルファス組織またはナノ結晶組織とすることで高い硬さを得られやすい。また、アモルファス組織またはナノ結晶組織とすることで保磁力Hcが低い値となり、既述の通り磁性ビーズの分散性の向上に寄与する効果も有する。なお、磁性金属粉の金属組織は、上述の結晶組織、アモルファス組織、ナノ結晶組織がそれぞれ単独で存在する場合、或いは、これらのいずれかが混在した組織となっている場合のいずれの組織も取ることができる。
【0051】
磁性金属粉の金属組織は、磁性ビーズ或いは被覆層を形成する前の磁性金属粉に対してX線回折法による同定で行うことができる。更には、切り出したサンプルをTEMにより組織観察像或いは回折パターンを解析することにより特定できる。より具体的には、アモルファスの場合はX線回折法におけるピーク解析において、例えば、αFe相などの金属結晶に由来する回折ピークは見られない。また、TEMでの電子線回折パターンにおいていわゆるハローパターンを形成し、結晶によるスポットの形成が見られない。ナノ結晶組織は、およそ粒径が100nm以下の結晶組織からなるが、TEM観察像から確認することができる。より正確には、複数の結晶が存在する複数のTEM組織観察画像から画像処理などにより平均粒径を算出することができる。また、X線回折法による対象となる結晶相の回折ピークからSherer法により結晶粒径を推測することができる。更に、粒径の大きな結晶組織については、光学顕微鏡やSEMにより断面を観察する等の手法により結晶粒径などを観察・測定することができる。
【0052】
アモルファス組織及びナノ結晶組織を得るには、磁性金属粉の製造時における凝固時冷却速度を高くすることが有効である。また、アモルファス組織及びナノ結晶組織の形成のしやすさは、合金組成にも依存する。
【0053】
アモルファス組織又はナノ結晶組織を形成するために適した具体的な合金系としては、Feに、Cr、Si、B、C、P、Nb及びCuからなる群から選ばれる1種もしくは2種以上を含有した組成が好ましい。
【0054】
ナノ結晶組織或いは結晶組織の場合、本発明の実施形態においては主としてFeを主とする磁性相(例えば、αFe相)となり、その結晶粒径は1nm~3μmが好ましい。
【0055】
磁性金属粉の粉末粒径及び粒度分布、円形度については、その表面に被覆層を施して磁性ビーズとした場合に、当該磁性ビーズが既述の諸特性となるように選択されればよい。また、磁気特性についても同様に、最終的な磁性ビーズの磁気特性が既述の通りの特性及び範囲となるように選択されればよい。
【0056】
磁性金属粉の比表面積についても同様に、被覆層を施して磁性ビーズとした場合に、当該磁性ビーズの比表面積が既述の値となるように選択されればよい。
【0057】
1.2.被覆層
被覆層は図1に示した通り磁性金属粉の表面に形成され、磁性ビーズを構成する。被覆層は、磁性金属粉の表面の少なくとも一部に形成されていれば機能を発現できるが、表面の全面を覆うように形成されていることが好ましい。
【0058】
被覆層の主要な機能は、抽出対象である生体物質をその表面で捕捉することである。この観点から被覆層は、以下のような物質または化学構造を表面に有することが好ましい。
【0059】
被覆層を構成する好ましい物質の第一は、酸化シリコンなどの酸化膜である。
酸化シリコンは、DNAやRNAなどの核酸の抽出に特に適する物質であって、組成式では、例えば、SiOx(0<x≦2)が好ましく、具体的にはSiO2が好ましい。酸化シリコンは、カオトロピック物質が存在する水溶液において、核酸を特異的に吸着することで、核酸の抽出及び回収を可能にする。「カオトロピック物質」は、疎水性分子の水溶性を増加させる作用を有しており、核酸吸着に寄与する物質である。具体的なカオトロピック物質としては、グアニジン塩酸塩、ヨウ化ナトリウム、過塩素酸ナトリウム等が挙げられる。またシリコンと、Al、Ti、V、Nb、Cr、Mn、Sn及びZrからなる群から選ばれた1種の酸化物または2種以上との複合酸化物或いは複合物を含んでもよい。Al、Ti、V、Nb、Cr、Mn、Sn及びZrは、被覆対象である磁性金属粉からのイオン溶出を抑制するいわゆる耐溶出性に優れた元素である。そのため、被覆層として、これらの元素の酸化物或いは複合酸化物もしくは複合物を用いることで、耐溶出性を確保しながら、検査対象物質の抽出性能を向上させることができる。また、被覆層は、異なる元素の酸化物等で複数の層を形成してもよい。
【0060】
被覆層を構成する好ましい物質の第二は、抽出対象である生体物質との結合性を増すための官能基を被覆層表面に有する物質である。結合性を増す官能基としては、対象物質にもよるが、OH基、COOH基、NH2基、エポキシ基、トリメチルシリル基、NHS基などが挙げられる。
【0061】
被覆層を構成する好ましい物質としてはその他に、ストレプトアビジン、プロテインA,プロテインBなどのタンパク質や、更にはカーボンが挙げられる。また、核酸を抽出対象とする場合、対象となる核酸と相補的な性質を有する核酸、具体的にはオリゴ(dT)プライマーcDNAなども好ましい物質として挙げられる。
【0062】
被覆層は既述の通り、抽出対象の生体物質を補足することが主要機能であるが、一方で夾雑物などの抽出対象ではない物質は捕捉しないことが望ましい。抽出前の検体の状態や抽出対象である生体物質によっては不要な場合もあるが、夾雑物などの混入が懸念される場合には、被覆層表面にいわゆるブロッキング物質と呼ばれる物質を、捕捉を促進する既述の物質と共に配置することが好ましい。ブロッキング物質としては、例えば、ポリエチレングリコール、アルブミン、デキストリンなどが挙げられる。
【0063】
被覆層中には、本発明の効果を損なわない範囲内で、不可避不純物を含んでもよい。例えば、被覆層として酸化シリコンが用いられる場合、酸化シリコン中の不可避的な不純物としては、C、N、Pなどが挙げられる。
【0064】
被覆層を構成する物質や組成は、例えば、EDX分析、オージェ電子分光測定などにて確認できる。例えば、形成された被覆層のEDX分析により、粒子の径方向の組成分布の測定を行うことにより、被覆層の構成を確認できる。
【0065】
被覆層の構造は、磁性ビーズの深さ方向では、単一の物質からなる単一層、複数の物質や複合化物(複合酸化物など)或いは混合物からなる単一層、またそれらの物質からなる複数の層からなる構造のいずれでもよい。また、被覆層表面上においては、単一物質または複数の物質のいずれから形成されていてもよい。
【0066】
被覆層の平均厚み(t)は、上述の構造によらず3nm~100nmであるのが好ましい。被覆層の平均厚みが3nmに満たない場合、磁性金属粉表面に被覆できていない箇所が生じてしまい、抽出対象物質の担持量が低下してしまう。一方で、被覆層の平均厚みが100nmを超えると、検査対象物質の抽出性能は飽和するうえ、成膜時間が著しく増大する。更に、好ましくは、同様の理由より、5nm~50nmとすることがより好ましい。
【0067】
被覆層の厚さは、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)或いは走査型電子顕微鏡(SEM)等による磁性ビーズの断面観察像から測定することができ、厚さの平均値は、当該の観察像を複数取得し、画像処理などからの計測値を平均することで算出することができる。本実施形態においては、10個以上の粒子について各々の被覆層の厚さを測定し、その平均値を求めた。また、各々の粒子の被覆層の厚さは、1粒子に対して5箇所以上計測し、その平均値を求めた。
【0068】
また、ESCAなどにおいて、イオンエッチングを利用して深さ方向の組成分析を行うことでも被覆層の厚さを計測することができる。
【0069】
更に、被覆層を構成する物質によるが、走査電子顕微鏡(SEM-EDX)により得られる構成物質の特性X線強度比や、X線回折法により得られる構成物質の回折ピーク強度比と他の観察手段による実測値を比較した結果得られるいわゆる検量線を利用して、被覆層の厚さを測定することも可能である。例えば、酸化シリコンからなる被覆層がFeを主とする磁性金属粉の表面に形成されている場合、磁性金属粉と酸化シリコンのそれぞれに起因する回折ピークの強度比から算出することもできる。
【0070】
2.磁性ビーズ分散液
磁性ビーズは対象物質を抽出する工程においては、水溶液または有機溶媒などからなる分散媒に分散した状態で使用される。この磁性ビーズが分散媒中に分散した液体を、本発明の実施形態では磁性ビーズ分散液とする。
【0071】
分散媒としては、例えば、水、食塩水、アルコール類のような極性有機溶媒またはその水溶液等が挙げられる。
【0072】
水としては、例えば、滅菌水、純水等が挙げられる。アルコール類としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール等が挙げられる。
【0073】
磁性ビーズ分散液における磁性ビーズの濃度は30~80重量%である。濃度が30重量%未満であると溶解・吸着工程で対象となる生体物質(核酸など)の濃度が十分得られずに検査に支障をきたす。一方、80重量%を超えると、分散媒が少なくなりすぎ、均一性の確保が困難となる。
【0074】
また、分散液中での磁性ビーズの分散性を向上させる目的で界面活性剤を加えてもよい。界面活性剤としては、例えば、非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤等が挙げられる。
【0075】
非イオン性界面活性剤としては、例えば、Triton(登録商標)-Xのようなトリトン系界面活性剤、Tween(登録商標)20のようなツイーン系界面活性剤、アシルソルビタン等が挙げられる。陽イオン性界面活性剤としては、例えば、ドデシルトリメチルアンモニウムブロミド、ドデシルトリメチルアンモニウムクロリド、セチルトリメチルアンモニウムブロミド等が挙げられる。陰イオン性界面活性剤としては、例えば、ドデシル硫酸ナトリウム、N-ラウロイルサルコシンナトリウム(SDS)、コール酸ナトリウム、ラウリル硫酸ナトリウム、サルコシン等が挙げられる。両イオン性界面活性剤としては、例えば、ホスファチジルエタノールアミン等が挙げられる。これらの界面活性剤は、単独で、または2種以上組み合わせて用いられる。
【0076】
磁性ビーズ試薬における界面活性剤の含有量は、界面活性剤の臨界ミセル濃度以上であるのが好ましい。臨界ミセル濃度とは、cmc(critical micelle concentration)とも呼ばれ、液中に分散している界面活性剤の分子が集合してミセルを形成するときの濃度のことをいう。界面活性剤の含有量が臨界ミセル濃度以上であることにより、界面活性剤が磁性ビーズの周囲に層を形成しやすくなる。これにより、磁性ビーズの凝集を抑制するという効果を更に高めることができる。
【0077】
なお、界面活性剤の含有量は、臨界ミセル濃度以上に限定されるものではなく、臨界ミセル濃度未満であってもよい。例えば、磁性ビーズ試薬における界面活性剤の含有量は、臨界ミセル濃度を問わず、0.05質量%以上3.0質量%以下であるのが好ましい。
【0078】
更に、分散液の長期保存性、防腐効果を持たせるために、防腐剤を添加することが好ましい。防腐剤としては、アジ化ナトリウムなどが挙げられる。防腐剤の添加濃度は0.02重量%以上、0.1%未満が好ましい。0.02重量%未満では長期保存性及び防腐に十分な効果が得られず、0.1%以上では生体物質の抽出効率を低下させるなどの課題が生じる。
【0079】
また、pH調整を目的とした緩衝液を加えてもよい。緩衝液としてはトリスバッファなどが挙げられる。
【0080】
3.磁性ビーズの製造方法
次に、本発明の実施形態における磁性ビーズの製造方法について述べる。
磁性ビーズの製造方法は、磁性金属粉を製造する磁性金属粉製造工程と、当該磁性金属粉を所定の粒径及び粒径分布となるように分級する分級工程と、分級工程を経た磁性金属粉に被覆層を形成する工程からなる。以下それぞれの工程における製造方法について述べる。
【0081】
3.1.磁性金属粉の製造方法
磁性金属粉の製造方法は一般的な金属粉末の製造方法に準ずるものであり、大別すると、金属を溶解・凝固して粉末化する溶解プロセス、還元法やカルボニル法などにより粉末を製造する化学プロセス、インゴットなどのより大きな形状のものを機械的に粉砕して粉末を得る機械プロセスのいずれかで製造される。このうち最も本発明の実施形態における磁性金属粉の製造に適しているのは溶解プロセスによるものである。
【0082】
溶解プロセスによる製造方法のうち、代表的な製法としてアトマイズ(噴霧)法が挙げられる。これは溶解によって形成された所望の組成からなる金属溶湯を噴霧して粉末とするものである。
【0083】
溶解工程では、先ず、磁性金属粉の組成が所望の組成となるよう出発原料を所定量秤量する。出発原料は特に限定されるものではないが、例えば、Feの原料は純Fe、Siの原料はメタルシリコン或いはフェロシリコン合金、Crの原料はフェロクロム合金、などが使用される。秤量した原料を高周波誘導溶解炉などで融点以上に昇温して溶解し、金属溶湯を得る。
【0084】
アトマイズ法はこのようにして得られた金属溶湯を高速で噴射された流体(液体または気体)に衝突させることによって急冷凝固させて粉末化するものであり、冷却媒の種類や装置構成の違いによって、水アトマイズ法、高圧水アトマイズ法、高速回転水流アトマイズ法、ガスアトマイズ法等に区分けされる。金属粉末をこのようなアトマイズ法によって製造することにより、磁性金属粉を効率よく製造することができる。更に、高圧水アトマイズ法や高速回転水流水アトマイズ法、ガスアトマイズ法では金属粉末の粒子形状が表面張力の作用により球形状に近くなる。中でも高圧水アトマイズ法や高速回転水流水アトマイズ法では微細な溶湯液滴が形成され、更にその後、高速の水流で急冷凝固されることで、球形に近く粒径も微細な急冷粉末を得ることができる。これらの製法においては、溶湯を103~106℃/秒程度の極めて高い冷却速度で冷却することができるので、溶融金属における無秩序な原子配置が高度に維持された状態で固化に至らせることができる。そのため、非晶質即ちアモルファス組織からなる粉末を効率よく製造することができる。また、こうして得られたアモルファス粉末を適切に熱処理することによって、結晶粒径が略100nm以下のナノ結晶組織からなる粉末も得ることができる。
【0085】
このようなアモルファス組織やナノ結晶組織からなる磁性金属粉末は、結果として、保磁力Hcの小さな粉末となり、既述の通り分散性に優れる磁性ビーズを得ることができる。
【0086】
磁性金属粉製造工程後は、分級工程、もしくは被覆工程を実施する。即ち、本実施形態では、分級工程と被覆工程の順序は問わず、磁性金属粉製造工程後、分級工程を行ってから被覆工程を実施してもよいし、逆に、被覆工程を実施してから分級工程を実施してもよい。
【0087】
そのため、以下に分級方法及び被覆方法のそれぞれについてこの順に述べるが、必ずしも分級工程が被覆工程に先行して行われるものとは限らない。
【0088】
3.2.分級方法
磁性金属粉或いは被覆工程を経た磁性ビーズは、最終的に得られる磁性ビーズの粒径及び粒径分布が所望の値または範囲となるように分級を実施する。但し、分級は必ずしも必須の工程ではなく、分級を行わなくとも所望の粒径及び粒度分布を持つ磁性ビーズが最終的に得られる場合は分級を行わなくてもよい。
【0089】
分級方法としては、ふるい(篩)を用いる方法や、空気や水などの流体中で遠心力による移動距離の差を用いた方法、或いは、同じく流体中で重力を利用した沈降速度の差を利用した方法(重力分級)などが適用できる。
【0090】
流体中での分級は、空気などの気体中で分級する方法を一般に乾式分級(風力分級)、水などの液体中で行う分級を一般に湿式分級として大別される。
【0091】
遠心力による移動距離の差を用いた、いわゆるサイクロン方式もしくはローター方式等による分級は、乾式分級、湿式分級のいずれにおいても使用され、本発明の実施形態においてはいずれも適用可能であるが、金属粉又はビーズの流体中での分散性向上や粒子同士の凝集抑制の観点からは、液体中での分級がより好ましい。乾式分級装置としては、例えば、日新エンジニアリング(株)製のエアロファインクラシファイヤやターボファインクラシファイヤなどが挙げられ、湿式分級装置としては(株)ユーロテックのスラリースクリーナーなどが挙げられる。
【0092】
本発明の実施形態において重力分級を行う場合には、気体中では難しく、液体中で実施することが好ましい。重力分級は、分級に時間を要する一方で、沈降時間の差異により、より精密な分級を行うことができる。例えば、D90/D50が2以下の粒径分布のシャープな粉末或いはビーズを得ることができ、また、D50が数μm以下の微小なサイズでも精度良く分級することができる。装置としては、例えば、直立筒状湿式分級機などを用いることができ、予め粒子の大きさ(粒径)毎の沈降速度を求めておき、沈降時間に応じて分級機から粉末或いはビーズを採取することで、所望の粒径及び粒径分布を得ることができる。また、重力分級に先立って、粉末又はビーズを分散した分散液は予め攪拌機構によって攪拌を施して液中に均一に粉末又はビーズが分散した状態としてもよい。攪拌方式は、特に限定されないが、羽根形状などの攪拌機構を用いたり、超音波を印加したりしてよい。
【0093】
重力分級を含む湿式分級を実施する場合、その分散媒は、水又は水溶液、或いは有機溶媒系の溶液のいずれも適用可能である。また、分級時における金属粉又はビーズの分散性向上及び粒子同士の凝集抑制するために、ポリカルボン酸などの分散剤を用いてもよい。或いは同様の目的で界面活性剤を添加してもよい。但し、これらは金属粉或いはビーズの機能を妨げることのない程度の添加量に抑えるのが好ましい。
【0094】
湿式分級のうち、遠心力による移動距離の差を用いた分級方法においては、上述のような水系又は有機溶媒系の分散媒に粉末或いはビーズを投入し、いわゆるスラリー状態としてから分級機に投入する。この場合、分散媒中の粉末或いはビーズの濃度は、特に限定されるものではないが、5~30重量%とするのがよい。実際の分級工程においては、装置条件として単位時間当たりに分級装置に供給する分散スラリー流量及びその投入時の圧力を調整して所望の分級を実施する。また、ローターを用いた方式の場合、ローター回転数も調整しながら分級を実施する。
【0095】
3.3.被覆層形成方法
磁性ビーズは、磁性金属粉の表面に被覆層を形成して得られる。ここでは本発明の実施形態における被覆層の形成方法について述べる。
【0096】
被覆層形成方法は、既述した被覆層を形成する材料・構造及び平均厚さを実現する手段であれば、特に限定するものではない。例えば、ゾルゲル法などの湿式での形成方法、ALD(ATOMIC Layer Deposition)、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、イオンプレーティングなどの乾式形成方法が挙げられる。また、これらとシランカップリング処理や、既述のタンパク質などの物質或いは化学構造を形成するための種々の表面修飾処理も適用できる。
【0097】
これらのうち核酸抽出に適する酸化シリコン膜を被覆層とする場合は、これらの中でも、ゾルゲル法の一種であるストーバー法や、上述のALD法を、主として用いることができる。
【0098】
ストーバー法は、金属アルコキシドの加水分解により、単分散粒子を形成する手法である。被覆層を酸化シリコンにて形成する場合は、シリコンアルコキシドの加水分解反応によって被覆層を形成することができる。
【0099】
具体的には、先ず、磁性金属粉を、シリコンアルコキシドを含有するアルコール溶液に分散させる。アルコール溶液としては、エタノール、メタノールなどの低級アルコールが挙げられる。シリコンアルコキシドとアルコールの比率は、例えば、テトラエトキシシラン1重量部に対し、10~50重量部のアルコールを混合すればよい。また、磁性金属粉とシリコンアルコキシドの比率は、粒子表面への均一な被膜を実現するためには、磁性金属粉1重量部に対し、0.01~0.1重量部のシリコンアルコキシドを混合するとよい。また、シリコンアルコキシドとしては、TMOS(テトラメトキシシラン)やテトライソプロポキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラキス(トリメチルシリルオキシ)シラン、テトラブトキシシラン、テトラフェノキシシラン、テトラキス(2-エチルヘキシルオキシ)シランなどが挙げられる。シリコンアルコキシドとしては、TEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC254)などを用いることが好ましい。
【0100】
次に、反応を促進させるための触媒として、アンモニア水を供給して加水分解を起こさせる。これにより、加水分解物同士や、シリコンアルコキシドとの間で脱水縮含反応が生じ、-Si-O-Si-の結合が粒子表面上で形成さえることで、酸化シリコン膜が形成される。
【0101】
なお、アンモニア水を供給する前後それぞれに、超音波印加装置等を用いて、磁性金属粉とアルコール溶液を攪拌することが好ましい。このように各工程にて攪拌を実施することで、粒子の均一な分散を促すとともに、粒子表面に均一に酸化シリコン膜を形成することができる。攪拌は、シリコンアルコキシドの加水分解反応が十分に進行する時間以上行うことが好ましい。
【0102】
また、上記では磁性金属粉を、シリコンアルコキシドを含有するアルコール溶液に分散させたのちに、アンモニア水を供給する順序としたが、これに限定されない。例えば、磁性金属粉を分散させたアルコール溶液にアンモニア水を混合した後に、シリコンアルコキシドを含有するアルコール溶液を混合する順序でも構わない。このような場合、シリコンアルコキシドを含有するアルコール溶液を数回に分けて添加してよい。数回に分けて添加する場合は、添加するごとに前述の攪拌を実施してもよいし、攪拌中の溶液に対して添加してもよい。
【0103】
なお、上記アンモニア水と同様の効果を有する材料として、トリエチルアミン、トリエタノールアミンなどを使用してもよい。
【0104】
また、被覆層の厚さは、溶液中のシリコンアルコキシドの比率が影響する。即ち、溶液中のシリコンアルコキシドの比率を高めれば、被覆層の厚さは増加するが、当該比率を過剰に高めると、過剰な酸化シリコンが単独で形成させるおそれがある。そのため、溶液中のシリコンアルコキシドの比率は、所望の被膜層の厚さとなるように調整する。
【0105】
以上の工程によって、本実施形態の磁性ビーズを製造することができるが、得られた磁性ビーズに対し、さらなる性能向上のために、熱処理工程を付与してもよい。熱処理工程では、例えば、60~300℃で、10~300分の乾燥及び焼成を行うことで、ビーズに残留した水和物の除去や、ビーズの強度の向上を図ることができる。
【0106】
ALD法も酸化シリコンの被膜形成に適する方法である。ALD法による具体的な酸化シリコン被膜形成法としては、真空引き及び雰囲気制御が可能なチャンバー内に磁性金属粉を投入し、同時に該チャンバー内に酸化シリコン膜形成のプリカーサー(前駆体)と呼ばれる物質、具体的には、ジメチルアミン、メチルエチルアミン、ジエチルアミン、トリスジメチルアミノシラン、ビスジエチルアミノシラン、ビスターシャリブチルアミノシランなどを投入後熱分解させて磁性金属粉表面に酸化シリコンを形成するものである。ALD法によれば、原子層レベルでの堆積による被覆層形成ができるため、緻密な膜の形成に適している。
【0107】
また、プリカーサーを選択することにより、酸化シリコン以外の酸化物層、或いは、複合酸化物からなる被覆層も形成可能である。
【0108】
4.磁性ビーズ分散液の製造方法
磁性ビーズ分散液は、磁性ビーズ、分散媒、界面活性剤などの添加材を既述のような構成になるよう成分調整することで製造することができる。成分調整については、一般に広く行われている混合・分散工程で行えばよく特に限定はないが、抽出対象となる生体物質によっては、検出効率低下の原因となる異物の混入を防ぐ工夫が必要となる。例えば、RNAを抽出対象とした分散液では、RNaseの混入抑制を目的としたDEPC処理が行われる。また、その他の場合も含めて、不純物や異物混入抑制の観点から、分散液の製造は一定のクリーン度を保った環境で行うことや、必要に応じて滅菌処理を行うことが好ましい。
【0109】
5.生体物質抽出プロセス
磁性ビーズ分散液を用いた磁気分離法による生体物質の抽出プロセスについて説明する。ここで生体物質とは、既述の通り、DNA(デオキシリボ核酸)やRNAなどの核酸、タンパク質、がん細胞等の各種細胞、ペプチド、ウイルスなどの物質を指す。なお、核酸は、例えば、細胞や生体組織等の生体試料、ウイルス、細菌等に含まれた状態で存在していてもよい。
【0110】
磁気分離法による生体物質抽出プロセスの概略を図2に示す通りであり、抽出対象となる生体物質を混合、分離、洗浄、溶出の各工程を経て抽出するものである。尚、こうした抽出プロセスの手順は分散液、或いは対象となる生体物質ごとに通常定められており、提供者によって明示されているのが通常である。こうした手順は一般に「抽出プロトコル」とされている。
【0111】
以下では、DNAを抽出対象とした場合を例として、抽出プロセスの各工程について述べる。
【0112】
5.1.溶解・吸着工程
溶解・吸着工程では、DNAを含む検体試料(細胞、血液など)を容器に入れ、この容器に、磁性ビーズ分散液と溶解吸着液を混合する。DNAは通常、細胞膜や核に内包されるため、溶解吸着液の溶解作用により、まず細胞膜や核のいわゆる外殻を溶解除去してDNAが取り出され、同溶解吸着液の吸着作用により磁性ビーズにDNAが吸着される。
【0113】
ここで溶解吸着液としては、例えば、カオトロピック物質を含む液体が用いられる。カオトロピック物質は、水溶液中でカオトロピックイオンを生じ、水分子の相互作用を減少させ、それにより構造を不安定化させる作用を有し、核酸の磁性ビーズへの吸着に寄与する。溶液中でカオトロピックイオンとして存在するカオトロピック物質としては、例えば、グアニジンチオシアン酸塩、グアニジン塩酸塩、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、過塩素酸ナトリウム等が挙げられる。これらのうち、タンパク質変成作用の強いグアニジンチオシアン酸塩又はグアニジン塩酸塩が好ましく用いられる。
【0114】
溶解吸着液におけるカオトロピック物質の濃度は、カオトロピック物質によって異なるが、例えば、1.0M以上8.0M以下であるのが好ましい。また、特に、グアニジンチオシアン酸塩を使用する場合には、3.0M以上5.5M以下であるのが好ましい。更に、特にグアニジン塩酸塩を使用する場合には、4.0M以上7.5M以下であるのが好ましい。
【0115】
溶解吸着液は、界面活性剤を含んでいてもよい。界面活性剤は、細胞膜の破壊又は細胞中に含まれるタンパク質を変性させる目的で用いられる。界面活性剤としては、特に限定されないが、例えば、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、トリトン系界面活性剤やツイーン系界面活性剤といった非イオン性界面活性剤、N-ラウロイルサルコシンナトリウム等の陰イオン性界面活性剤が挙げられる。特にこれらのうち、非イオン性界面活性剤であるのが好ましい。これにより、抽出後の核酸を分析するとき、イオン性界面活性剤による影響が抑えられる。その結果、電気泳動法による分析が可能になり、分析手法の選択肢を広げることができる。
【0116】
溶解吸着液における界面活性剤の濃度は、特に限定されないが、0.1質量%以上2.0質量%以下であるのが好ましい。
【0117】
また溶解吸着液は、還元剤及びキレート剤の少なくとも一方を含んでいてもよい。還元剤としては、例えば、2-メルカプトエタノール、ジチオスレイトール等が挙げられる。キレート剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム二水和物(EDTA)等が挙げられる。
【0118】
溶解吸着液における還元剤の濃度は、特に限定されないが、0.2M以下であるのが好ましい。溶解吸着液におけるキレート剤の濃度は、特に限定されないが、0.2mM以下であるのが好ましい。
【0119】
溶解吸着液のpHは、特に限定されないが、6以上8以下の中性であるのが好ましい。また、pHを調整するためにバッファー液としてトリス(ヒドロキシ)アミノメタンやHClなどを加えてもよい。
【0120】
溶解・吸着工程では、必要に応じて、ボルテックスミキサー、手振り振とう等により、容器の収容物を撹拌する。撹拌する時間は、特に限定されないが、5秒以上40分以下であるのが好ましい。
【0121】
5.2.磁気分離法による分離工程(B/F分離)
磁気分離工程では、DNAが吸着した磁性ビーズに外部磁界を作用させ、磁気吸引する。これにより、磁性ビーズを容器の壁面に移動させ、固定する。その結果、固相である磁性ビーズと、液相と、を分離することができる。
【0122】
本分離工程は、全抽出プロセスのうち、溶解・吸着工程後、洗浄工程後、などにおいて必要に応じて行われる。
【0123】
既述の通り、本実施形態における磁性ビーズは、飽和磁化が高いため磁界による移動が速く、工程時間の短縮に効果を発揮する。具体的には、本発明の磁性ビーズに外部磁界を作用させるため、磁気スタンドに容器を設置してから移動が終了するまでの時間は15秒以下、更には、5秒以下とすることが可能である。また、その保磁力Hcが十分に小さい範囲であるため、外部磁界を除去した際に残留磁化により生じるビーズの凝集が起こりにくく、均一な分散を行うことができ、更に凝集ビーズ間における液体の残存を抑制して抽出効率を高めることができる。
【0124】
分離工程では、磁気分離に先立って必要に応じて、ボルテックスミキサー、手振り振とう等により、容器の収容物を撹拌する。これにより、磁性ビーズに核酸が吸着される確率が高くなる。
【0125】
なお、磁性ビーズを固定した後、必要に応じて、容器に加速度を与えるようにしてもよい。これにより、磁性ビーズに付着していた液体を振り落とすことができるので、固相と液相とをより精度よく分離することができる。加速度は、遠心加速度であってもよい。遠心加速度の付与には、遠心分離機を用いればよい。
【0126】
以上のようにして、磁性ビーズと液相とを分離した後、磁性ビーズを容器の壁面に固定した状態で、容器内の液相をピペット等により排出する。
【0127】
5.2.1.磁気スタンド
分離工程においては、外部磁界を発生させる磁界発生装置が使用される。磁界発生装置についての構成などは、特に制約されるものではないが、電磁石などの比較的大がかりな装置とは異なり、コンパクトな形で磁界を発生させ、かつ磁気分離工程を効率よく行う装置の一つとして、磁気スタンドを使用することができる。
【0128】
図3に磁気スタンドの一例の概略図を示す。磁気スタンドは、非磁性の材料からなるスタンド301に、磁界発生源である複数の永久磁石片を有するマグネットプレート302が設置された形となっている。磁気分離工程においては、スタンドに磁性ビーズ分散液や各種試薬を入れた容器を設置する構造となっており、隣接するマグネットプレートに設置された複数の永久磁石片によって発生される磁界によって磁性ビーズが吸引されて分離が行われる。
【0129】
本実施形態で使用される永久磁石としては、ネオジウム鉄ボロン磁石、サマリウムコバルト磁石、フェライト磁石、アルニコ磁石などが使用可能であるが、より小さな磁石片で十分な磁界を発生させられることから、ネオジウム鉄ボロン焼結磁石を使用することが好ましい。なお、ネオジウム鉄ボロン磁石は、耐食性など経時的な信頼性を確保する観点から、ニッケルメッキなどのコーティングを施して使用することが好ましい。
【0130】
永久磁石片から発生される表面磁束としては、その磁束密度が50mT以上であることが好ましく、更に好ましくは200mT以上であることが好ましい。表面磁束の測定方法としては、例えば、ホール素子を用いたガウスメーターで測定することができる。
【0131】
磁気スタンド本体の材質は、上述の通り非磁性であれば特に制約はなく、例えば、ABS、ポリプロピレン、ナイロンなどのプラスチックやアルミ合金などの金属などが用いられる。
【0132】
磁気スタンド及び永久磁石片の大きさは、磁気スタンドに設置する容器の大きさ等に応じて選択される。例えば、DNAなどの核酸抽出プロセスで使用される容器としては、いわゆるマイクロチューブと呼ばれる容器が一般的に使用され、その容量は、例えば、1.5ml程度のものが一般的である。一方で、タンパク質の抽出プロセスやいわゆるリキッドバイオプシーでの抽出プロセスなどでは、より大容量の容器が使用されることもあり、そのような用途に向けては大型の磁気スタンド及び永久磁石片が適用される。
【0133】
図3の磁気スタンドにおいては、板状の永久磁石片が使用され、その側面に容器が設置される形となっているが、永久磁石片の形状、容器と磁石との位置関係、などはこの図の態様に限定されるものではない。例えば、円環状の磁石の中央に容器を設置したり、磁石を容器側面ではなく容器底面側に設置したりするなど、用途に応じて選択することができる。
【0134】
5.3.洗浄工程
分離工程で磁性ビーズ以外の液相を除去したのちに、洗浄工程を経る。この工程では核酸が吸着した磁性ビーズの洗浄を行う。洗浄とは、磁性ビーズに吸着した夾雑物を除去するため、核酸が吸着している磁性ビーズを洗浄液と接触させた後、再び分離することによって、夾雑物を除去する操作である。
【0135】
具体的には、分離工程で述べたように、磁性ビーズを磁界発生装置による外部磁界により容器中に固定した状態で、先ずピペット等により、容器内に洗浄液を供給する。そして、磁性ビーズ及び洗浄液を撹拌する。これにより、洗浄液が磁性ビーズと接触し、核酸が吸着している磁性ビーズが洗浄される。このとき、一時的に外部磁界を除去するようにしてもよい。これにより、磁性ビーズが洗浄液に分散するため、洗浄効率をより高めることができる。
【0136】
次に、再び、磁性ビーズを外侮磁界により容器中で固定し、洗浄液を排出する。以上のような洗浄液の供給及び排出を1回以上繰り返すことにより、磁性ビーズを洗浄する、即ち抽出対象である核酸を除く夾雑物を除去することができる。
【0137】
洗浄液は、核酸の溶出を促進せず、且つ、夾雑物の磁性ビーズに対する結合を促進しない液体であれば、特に限定されないが、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン等の有機溶媒又はその水溶液、低塩濃度水溶液等が挙げられる。低塩濃度水溶液としては、例えば、緩衝液が挙げられる。低塩濃度水溶液の塩濃度は、0.1mM以上100mM以下が好ましく、1mM以上50mM以下がより好ましい。緩衝液にするための塩は、特に限定されないが、TRIS、HEPES、PIPES、リン酸等の塩が好ましく用いられる。
【0138】
洗浄液は、Triton(登録商標)、Tween(登録商標)、SDS等の界面活性剤を含有していてもよい。またグアニジン塩酸塩などのカオトロピック物質を含有していてもよい。
【0139】
洗浄液のpHは、特に限定されない。
洗浄工程Sでは、洗浄液を磁性ビーズに接触させた状態で、必要に応じて、ボルテックスミキサー、手振り振とう等により、容器の収容物を撹拌する。これにより、洗浄効率を高めることができる。
なお、洗浄工程は、必要に応じて行えばよく、洗浄が必要ない場合には、省略されていてもよい。
【0140】
5.4.溶出工程
溶出工程では、磁性ビーズから、担持状態にある核酸を溶出させる。溶出とは、核酸が吸着している磁性ビーズを溶出液と接触させた後、再び分離することによって、核酸を溶出液に移行させる操作である。
【0141】
具体的には、まず、ピペット等により、容器内に溶出液を供給する。そして、磁性ビーズ及び溶出液を撹拌する。これにより、溶出液が磁性ビーズと接触し、核酸を溶出させることができる。このとき、一時的に外部磁界を除去するようにしてもよい。これにより、磁性ビーズが溶出液に分散するため、溶出効率をより高めることができる。
【0142】
次に、再び、外部磁界により磁性ビーズを固定し、核酸が溶出した溶出液を排出する。これにより、核酸を回収することができる。
【0143】
溶出液は、核酸が吸着している磁性ビーズから核酸の溶出を促進する液体であれば、特に限定されないが、例えば、滅菌水や純水のような水の他、TE緩衝液、即ち、10mMトリス塩酸緩衝液及び1mMのEDTAを含み、pHが8の水溶液が好ましく用いられる。
【0144】
溶出液は、Triton(登録商標)、Tween(登録商標)、SDS等の界面活性剤を含有していてもよい。また、防腐剤としてアジ化ナトリウムを含有してもよい。
【0145】
溶出工程では、溶出液を核酸が吸着している磁性ビーズに接触させた状態で、必要に応じて、ボルテックスミキサー、手振り振とう等により、容器の収容物を撹拌する。これにより、溶出効率を高めることができる。
【0146】
また、溶出工程では、溶出液を加熱するようにしてもよい。これにより、核酸の溶出を促進することができる。溶出液の加熱温度は、特に限定されないが、70℃以上200℃以下であるのが好ましく、80℃以上150℃以下であるのがより好ましく、95℃以上125℃以下であるのが更に好ましい。
【0147】
加熱方法としては、例えば、予め加熱した溶出液を供給する方法、未加熱の溶出液を容器に供給した後に加熱する方法等が挙げられる。加熱時間は、特に限定されないが、30秒以上10分以下であるのが好ましい。
【0148】
なお、溶出工程は、必要に応じて行えばよく、例えば、分離工程における磁性ビーズと液相との分離のみが目的である場合には、省略されていてもよい。
【実施例0149】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0150】
《実施例1~5、比較例1~4》
種々の合金組成からなる磁性金属粉を、高圧水アトマイズ法によって作製した。作製にあたっては、アトマイズ時の製造条件、及び分級条件を変更して粒度分布の異なる磁性金属粉を複数得た。こうして得られた磁性金属粉を実施例1~5,および比較例1、2、4に供した。なお比較例3のみ、高圧水アトマイズ法では無く、カルボニル法により得られた磁性金属粉を使用した。
【0151】
その後、ストーバー法によって各磁性金属粉の表面に酸化シリコン(SiO2)を成膜し、磁性ビーズを得た。ストーバー法では、先ず各磁性金属粉の試料100gをエタノール950mLに分散させて混合し、この混合液を超音波印加装置によって20分間攪拌した。攪拌後、純水30mLとアンモニア水180mLの混合溶液を加えて、更に10分間攪拌した。その後、テトラエトキシシラン(以下、TEOS)とエタノール100mLの混合液を更に加えて攪拌し、TEOS添加量と攪拌時間を調整することで種々の膜厚からなる酸化シリコン膜を磁性金属粉表面に成膜して磁性ビーズを作製した。更に、得られた磁性ビーズを、エタノール及びアセトンでそれぞれ洗浄した。洗浄後、65℃で30分間乾燥させ、更に200℃で90分間焼成した。
【0152】
得られた各磁性ビーズについて、レーザー回折法による粒度分布測定からD50を測定した。また、ピクノメーターによる密度の測定、振動試料型磁力計(VSM)による保磁力及び飽和磁化の測定を行った。さらに断面観察による酸化シリコン膜厚(t)の測定を行った。
【0153】
各磁性ビーズについて、磁性金属粉の合金組成(組成式は原子%での表示。以下同様)、及び各種測定によって得られた結果を表1に示す。
【0154】
【表1】
【0155】
表1に示した各磁性ビーズを純水中に50重量%分散させ、磁性ビーズ分散液を得た。この各磁性ビーズ分散液を用いて、上述の発明を実施するための形態の記載した生体物質抽出プロセスに基づき、Hela細胞を検体としてDNAの抽出を実施した。抽出プロセスにおいては、先ず溶解・吸着工程において、各磁性ビーズ分散液にグアニジン塩酸塩を含む水溶液を溶解・吸着液を加えた状態で10分間保持した。この溶解・吸着工程においては、各磁性ビーズの沈降が起こったか否かを目視によって判断した。その後、図3に示した磁気スタンドにて磁気分離法による分離(B/F分離)を実施し、更に洗浄工程及び溶出工程を経て、溶出液中にDNAを抽出した。以下DNAが抽出された状態の溶出液を「DNA抽出液」とする。
【0156】
各磁性ビーズから得られたDNA抽出液を用い、リアルタイムPCR測定に供した。リアルタイムPCR測定は、ポリメラーゼ連鎖反応により検体中に存在するターゲット物質(ここではDNA)を検出する方法で、結果の評価に用いるCt(Cycle threshold)値は、ターゲット物質が検出可能な閾値に達するまでに何回増幅を行ったかを示す数値を表す。より具体的には、Ct値はPCRにおいて増幅産物がある一定量に達し、蛍光輝度が一定値以上に達した時のサイクル数である。つまり、Ct値が小さいほど、検査対象物質の抽出効率が高く、検査時間の短縮が実現できていることを示す。このためDNA抽出液中のDNAが多いほど、閾値に達するための増幅回数は少なくなり、Ct値も小さい値となる。
【0157】
表1に示した各磁性ビーズを使用して得られた各DNA抽出液に対して、Ct値を測定した結果を表2に示す。表2から、本発明の実施例ではCt値の低い値が得られ、DNAの効率の良い回収が可能となっていることがわかる。一方で比較例では蛍光輝度の向上が確認されなかったため、表2においての記載はNDとした。すなわち比較例の磁性ビーズでは沈降の発生によって、核酸の回収量は非常に低い値にとどまっていたことがわかる。
【0158】
【表2】
【符号の説明】
【0159】
101…磁性金属粉、102…被覆層、301…スタンド、302…マグネットプレート。
図1
図2
図3