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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024063379
(43)【公開日】2024-05-13
(54)【発明の名称】蒸気タービン
(51)【国際特許分類】
   F01D 25/32 20060101AFI20240502BHJP
   F01K 13/02 20060101ALI20240502BHJP
【FI】
F01D25/32 A
F01K13/02 Z
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022171274
(22)【出願日】2022-10-26
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-04-19
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】SSIP弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】笹尾 泰洋
(72)【発明者】
【氏名】木村 哲晃
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 清
(72)【発明者】
【氏名】工藤 健
(72)【発明者】
【氏名】田畑 創一朗
(57)【要約】
【課題】作動蒸気の熱損失を引き起こすことなく過冷却損失を抑制して運転効率を向上できる蒸気タービンを提供する。
【解決手段】蒸気タービンは、静翼と、動翼と、静翼および動翼を収容するタービン車室と、タービン車室に微粒化された水滴を含む蒸気を供給するナノ水滴供給装置であって、水滴の粒径の算術平均であるD10粒径が0.5μm以下であり、且つ、タービン車室に流入する主蒸気に対する質量比が0.01%以上0.5%以下となるナノ水滴を主蒸気に供給するためのナノ水滴供給装置と、を備える蒸気タービン。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
静翼と、
動翼と、
前記静翼および前記動翼を収容するタービン車室と、
前記タービン車室に微粒化された水滴を含む蒸気を供給するナノ水滴供給装置であって、前記水滴の粒径の算術平均であるD10粒径が0.5μm以下であり、且つ、前記タービン車室に流入する主蒸気に対する質量比が0.01%以上0.5%以下となるナノ水滴を前記主蒸気に供給するためのナノ水滴供給装置と、
を備える蒸気タービン。
【請求項2】
前記ナノ水滴供給装置は、
前記タービン車室内において生じる過飽和域よりも上流側で前記ナノ水滴を散布するように構成されるナノ水滴散布部を含む、
請求項1項に記載の蒸気タービン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は蒸気タービンに関する。
【背景技術】
【0002】
タービン車室内の蒸気が過冷却状態になると、体積流量が減少するため、翼列に流入する蒸気の流速が設計点から著しく低下し、性能の著しい低下が発生する。また、蒸気が過冷却状態から平衡状態に復帰することに伴って放出される潜熱が系外に排出されるため熱的損失も発生する。蒸気タービンにおけるこのような過冷却損失(過飽和損失)を抑制するために、特許文献1に開示される蒸気タービンは、蒸気の流れの過飽和域分布を算出し、算出した過飽和域分布に基づいて蒸気の流れの下流方向に湿り蒸気を噴射する。同文献では湿り蒸気に含まれる水滴の平均粒子径はメディアン径で1μm以下である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014-181670号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
蒸気タービンの効率的な運転が実現されるには、過冷却損失のさらなる抑制が求められる。
【0005】
本開示の目的は、作動蒸気の熱損失を引き起こすことなく過冷却損失を抑制して運転効率を向上できる蒸気タービンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の少なくとも一実施形態に係る蒸気タービンは、
静翼と、
動翼と、
前記静翼および前記動翼を収容するタービン車室と、
前記タービン車室に微粒化された水滴を含む蒸気を供給するナノ水滴供給装置であって、本願においては、前記水滴の粒径の算術平均であるD10粒径が0.5μm(500nm)以下であり、且つ、前記タービン車室に流入する主蒸気に対する質量比が0.01%以上0.5%以下となるナノ水滴を供給するためのナノ水滴供給装置と、
を備える。
ここでナノ水滴とは、本明細書においては、水滴の粒径が0.5μm以下である水滴を示す。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、作動蒸気の熱損失を引き起こすことなく過冷却損失を抑制して運転効率を向上できる蒸気タービンを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】一実施形態に係る蒸気タービンの断面を示す概略図である。
図2】一実施形態に係るナノ水滴供給装置によって供給される水滴と全湿り損失との関係をシミュレーションによって求めた結果を示す概略図である。
図3】一実施形態に係るナノ水滴供給装置によって供給される水滴と過冷却損失との関係をシミュレーションによって求めた結果を示す概略図である。
図4】一実施形態に係る蒸気タービンの運転条件と湿り損失との関係をシミュレーションによって求めた結果を示す概略的なグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して本開示の幾つかの実施形態について説明する。ただし、実施形態として記載されている又は図面に示されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、本開示の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
例えば、「ある方向に」、「ある方向に沿って」、「平行」、「直交」、「中心」、「同心」或いは「同軸」等の相対的或いは絶対的な配置を表す表現は、厳密にそのような配置を表すのみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の角度や距離をもって相対的に変位している状態も表すものとする。
例えば、「同一」、「等しい」及び「均質」等の物事が等しい状態であることを表す表現は、厳密に等しい状態を表すのみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の差が存在している状態も表すものとする。
例えば、四角形状や円筒形状等の形状を表す表現は、幾何学的に厳密な意味での四角形状や円筒形状等の形状を表すのみならず、同じ効果が得られる範囲で、凹凸部や面取り部等を含む形状も表すものとする。
一方、一の構成要素を「備える」、「含む」、又は、「有する」という表現は、他の構成要素の存在を除外する排他的な表現ではない。
なお、同様の構成については同じ符号を付し説明を省略することがある。
【0010】
<蒸気タービン1の概要>
図1は、本開示の一実施形態に係る蒸気タービン1の断面を示す概略図である。蒸気タービン1は、ロータ2と、ロータ2の外周面に固定された複数の動翼6と、ロータ2および複数の動翼6を収容する内側ケーシング3とを備える。内側ケーシング3の内周側には複数の静翼4が固定されるタービン車室11が形成される。タービン車室11は、ロータ2、複数の静翼4、および、複数の動翼6を収容する。そして、タービン車室11とロータ2の間には蒸気通路10が形成されている。
【0011】
本例では、ロータ2の外周面に周方向に並んだ複数の静翼4と、当該周方向に並んだ複数の静翼4とが、ロータ2の軸方向に沿って交互に配置されている。そして、軸方向において隣接し合う複数の静翼4と複数の動翼6はタービン段落18を構成する。タービン段落18を構成する複数の動翼6は、複数の静翼4に対して蒸気の流れ方向において下流側(図1の例では右側)に位置する。
【0012】
上記構成を有する蒸気タービン1において、車室入口(不図示)からタービン車室11に作動流体として導入された作動蒸気(主蒸気またはタービン蒸気ともいう)は蒸気通路10を流れる。そして、蒸気通路10において静翼4を通過する際に膨張して増速された蒸気流れが動翼6に対して仕事をする結果、ロータ2は回転駆動する。
【0013】
<一実施形態に係るナノ水滴供給装置20>
図1を参照し、本開示の一実施形態に係るナノ水滴供給装置20を説明する。本願においては粒径が0.5μmよりも小さな微細な水滴をナノ水滴と定義する。はじめに、ナノ水滴供給装置20の概要を説明する。車室入口からタービン車室11に流入する蒸気である主蒸気の少なくとも一部は、蒸気通路10を流れる過程で凝縮する。主蒸気はその膨張過程において、ある特定の過飽和度に到達するまでは凝縮が開始しない。凝縮が開始する時の蒸気の温度は、飽和温度よりも一時的に低くなることが知られており、これを過冷却現象と呼ぶ。発明者は、過冷却現象を抑制するためには、主蒸気を構成する水分子が成長して液滴になり易い環境をタービン車室11内に用意すればよいとの着想に至った。そして、過冷却現象を抑制できるタービン車室11の環境を意図的に生成するためのナノ水滴供給装置20を想到するに至った。
【0014】
ナノ水滴供給装置20の内部で形成された過飽和蒸気中で凝縮によって生成された水滴を同伴する流体、例えば主蒸気に比べてごく微量の水分子を含む同伴蒸気または同伴空気とともにタービン車室11に供給するように構成されたナノ水滴供給装置20の構成の一例を説明する。ナノ水滴供給装置20は、ナノ水滴供給源(図示外)と、ナノ水滴供給源に接続されるナノ水滴導管22と、ナノ水滴導管22によって導かれるナノ水滴をタービン車室11内に散布するためのナノ水滴散布部24とを備える。
【0015】
一例としてナノ水滴供給源は、純水を貯留するチャンバーと、貯留される純水に沈む振動子とを含み、振動子の振動により純水の水面からナノ水滴が生成されるように構成される。振動子の振動数および出力が調整されることで、ナノ水滴の粒径およびナノ水滴の流量は制御可能である。従って、ナノ水滴供給源は、微粒化された水滴を含む同伴流体(例えば水分子を含む同伴蒸気)を供給可能である。
【0016】
ナノ水滴導管22は、ナノ水滴供給源に接続される一端(図示外)と、内側ケーシング3を貫通する孔3Aの内側に配置される他端22Aとを含む。ナノ水滴散布部24は、ナノ水滴導管22の他端22Aに接続される配管であり、ロータ2の径方向に沿って延在する。ナノ水滴散布部24は、いずれかのタービン段落18の入口側(静翼4または動翼6の上流側)に配置される。また、ナノ水滴散布部24は、ナノ水滴導管22から導かれるナノ水滴を含む同伴流体を散布するための複数のノズル25を有し、複数のノズル25はロータ2の径方向に沿って間隔を空けて配置される。各々のノズル25は、蒸気通路10における下流側(図1の例では右側)に向かって開口している。
【0017】
上記構成を有するナノ水滴供給装置20において、ナノ水滴供給源からナノ水滴導管22を経由してナノ水滴散布部24に供給される微粒化された水滴を含む同伴流体は、複数のノズル25からタービン車室11内に散布され、主蒸気と混ざる。
【0018】
本開示のナノ水滴供給装置20は、供給される水滴のD10粒径が0.5μm以下であり、且つ、主蒸気に供給する水滴の質量比が0.01%以上0.5%以下となる蒸気を供給するように構成される。D10粒径は、水滴の粒径の算術平均に相当する水滴の粒径であり、D10粒径が0.5μm以下であるとは、水滴の粒径の算術平均が0.5μm以下であることを意味する。
ここで水滴の粒径について説明をしておく。蒸気タービン1の内部においては、熱力学的な作用によって、過冷却状態にある蒸気から均一核生成によって発生する水滴の粒径は、相対的に均一な粒径を有することが知られている。一方、スプレー噴霧において、運動力学的な作用によって発生する水滴は、幅広な水滴径分布を有しており、その平均水滴径の記述においては、ミディアン径を初め、様々な定義式が採用される。しかし、蒸気タービン1の内部の平均水滴径に限れば、ミディアン径で定義されることは学術的にも工学的にもまれであり、次の式(1)に示す、General mean diameterによって定義される平均水滴径を採用する方が一般的である。
【数1】
【0019】
ここで、p=1、q=0の時、上記の式(1)は算術平均粒径を意味する事は自明である。均一核生成で発生するナノサイズの超微細水滴は、蒸気条件に依存する水の表面張力とギブスの自由エネルギーによって臨界核半径が支配される為、その粒径は相対的に均一となる。よって、本願における、ナノ水滴の噴霧による過冷却損失の低減効果を議論する場合においては、D10粒径によって水滴を表現する方が、平均水滴径を理解する上で、より簡便で妥当であると判断できる。本願では、General mean diameterの定義に則り、特に断りのない限り、D10粒径を算術平均径とし、ミディアン径による表記は一切採用しない。
【0020】
上記構成によれば、車室入口からタービン車室11に流入した蒸気である主蒸気は、ナノ水滴供給装置20によって供給されるナノ水滴を核にして水滴に成長することができる。これにより、主蒸気が凝縮する過程において生じる過冷却現象が抑制され、結果として湿り損失を低減することができる。以上より、過冷却損失を抑制して運転効率を向上した蒸気タービン1が実現される。
【0021】
図1で例示されるタービン車室11においては過飽和域Sが形成される。過飽和域Sは、蒸気タービン1の運転中に主蒸気の少なくとも一部が過飽和状態になって凝縮を開始するタービン車室11内の領域(空間)である。過飽和域Sよりも上流側(図1の例ではSの領域よりも左側)で主蒸気は過熱状態から飽和状態に変化し、過飽和域S内で過冷却が進むことで過飽和度が増加し、凝縮核が発生し水滴へと成長する。つまり、主蒸気が過飽和域Sを通過する過程で主蒸気の過冷却現象が生じる。過飽和域Sが形成される場所は、運転中の蒸気タービン1の条件に応じて変化する。例えば、車室入口における主蒸気の温度が高いほど、過飽和域Sは下流側に形成される。
【0022】
本開示の一実施形態に係るナノ水滴供給装置20のナノ水滴散布部24は、運転中の蒸気タービン1の条件に関わらず、タービン車室11に形成される過飽和域Sよりも上流側に配置される。上記構成によれば、過冷却現象が起こる過飽和域Sに向けてナノ水滴供給装置20はナノ水滴を噴霧することができるので、過飽和域Sにおける主蒸気の凝縮を促し、潜熱を放出させることで過冷却損失を効果的に抑制できる。
【0023】
<ナノ水滴供給装置20によって供給されるナノ水滴と過冷却損失との関係>
図3は、ナノ水滴供給装置20によって供給される水滴と過冷却損失との関係をシミュレーションによって求めた概念図である。シミュレーションの条件は以下の通りである。入口圧力は3.0ata、入口温度は130℃から320℃とし、タービン入口が乾き蒸気となる条件から湿り蒸気条件となる広範な温度条件で、分析を行った。さらに、段落入口湿り度に対して、その段落における損失の内訳がどのように変化するかを調査する目的で、入口が飽和となる条件下では、タービン入口湿り度を0%から12%まで振った解析を実施した。さらに入口湿り条件では、水滴直径を0.1μmから100μmまで振った解析を実施し、入口水滴径と湿り度(主蒸気に供給する該水滴の質量比)の二つのパラメータが、湿り損失の内訳、とりわけ過冷却損失の発生量に対してどのような感度を有するか、詳細に分析した。
【0024】
図3のグラフの横軸は、ナノ水滴供給装置20によって供給される水滴のD10粒径であり、縦軸は、主蒸気に供給する該水滴の質量比を示す。グラフでは、ハッチングの密な領域が示す過冷却損失は、そうでない領域が示す過冷却損失よりも大きい。例えば、ハッチングHCで示す領域の過冷却損失は、ハッチングHBで示す領域の過冷却損失よりも大きい。また、符号HAで示す領域の過冷却損失は、ハッチングHBで示す領域の過冷却損失よりも小さい。
【0025】
図3から判る通り、D10粒径が小さいほど過冷却損失は低減する傾向にある。これは、供給した水滴の合計体積が一定(主蒸気に供給する該水滴の質量比が一定)である場合に、水滴の粒径が小さくなるほど、水滴の個数が増えて水滴の合計表面積が増大するからである。合計表面積が増大するほど、ナノ水滴散布部24によって供給されるナノ水滴と、主蒸気を構成する水分子との接触機会は増える。したがって、ナノ水滴が主蒸気と接触し、水蒸気を取り込み成長する過程で、潜熱が放出されることで、主蒸気の過冷却現象は抑制される。また、シミュレーションにおいて最も低い分類の過冷却損失(符号HAで示す領域)は、例えば主蒸気に供給する該水滴の質量比が1%の条件下で見ると、水滴のD10粒径が0.5μm(500nm)以下となるグラフ領域で確認された。そして、さらに上記グラフ領域の中でも、主蒸気に供給する該水滴の質量比が0.01%以上のグラフ領域において、符号HAで示す領域の占める割合が高いことが確認された。一方で、また、図3で示される通り、D10粒径が一定の条件下で、ナノ水滴供給装置20から供給されるナノ水滴の主蒸気に対する質量比が大きくなると、過冷却損失は小さくなることが判った。これは同じ粒径だとしても、主蒸気に供給するナノ水滴の質量比が高ければ水滴の全表面積(個々の水滴の表面積×水滴の個数)が増えるため、水分子が水滴にたどり着くまでの平均自由行程が減じて、凝縮による潜熱の放出が活発になり、過冷却損失が低下するためである。
【0026】
以上より、ナノ水滴供給装置20によって供給される水滴のD10粒径が0.5μm(500nm)以下であり、且つ、主蒸気に供給する該水滴の質量比が0.01%(即ち0.0001)以上であると、蒸気タービン1の過冷却損失が効果的に抑制されることが判った。
【0027】
ところで一般にBaumannルールに示されるように供給する水滴が多くなると、ナノ水滴増加による過冷却損失の低減効果よりも、ポンプ損失や制動損失や加速損失などの湿り損失が大きくなり、蒸気タービン1の湿り損失が増大してしまうため、全体としての湿り損失は増大し、性能向上は得られない。本願では、Baumannルールにしたがい、追加する水滴質量流量1%に対して、様々な湿り損失の増加により、タービン効率が1%減じることを前提とする。
【0028】
図2は、ナノ水滴供給装置20によって供給される水滴と、ポンプ損失や制動損失や加速損失などによる合計の湿り損失との関係をシミュレーションによって求めた概念図である。シミュレーションの条件は図3に示した過冷却損失のケースと同じである。グラフでは、ハッチングの密な領域が示す湿り損失は、そうでない領域が示す湿り損失よりも大きい。例えば、ハッチングHCで示す領域の湿り損失は、ハッチングHBで示す領域の湿り損失よりも大きい。また、符号HAで示す領域の全湿り損失は、ハッチングHBで示す領域の湿り損失よりも小さい。
【0029】
供給した水滴の合計体積が一定(主蒸気に供給する該水滴の質量比が一定)である場合に、粒径が小さいほど湿り損失が低減する傾向は図3に示した過冷却損失の場合と類似する。例えば、ナノ水滴供給装置20から供給される水滴の質量流量が、主蒸気質量流量に対して0.5%であるならば、D10粒径が小さい程、湿り損失の低減効果が期待できることが分かる。しかしながら、例えば粒径が0.5μm以下の範囲でみると、主蒸気に供給する該水滴の質量比が0.5%を超えると湿り損失はむしろ増加する傾向にある。すなわち追加する水滴が過剰である場合、過冷却損失の低減による利得より水滴追加による全体の湿り損失が上回る。水滴径が同じであれば、水滴質量流量が大きい程、過冷却損失低減効果が期待できるが、過冷却損失以外の湿り損失は水滴流量に比例して増加する。このため適当な水滴流量にて全体としての湿り損失が最小となる。つまり、作動蒸気(主蒸気)の熱損失を回避できる。
【0030】
従って、ナノ水滴供給装置20によって水滴を供給することにより過冷却損失を低減させつつ、供給される水滴による湿り損失増加を抑制するには、ナノ水滴の粒径を可能な限り小さくすればよく、0.5μm以下とすればよい、さらに供給するナノ水滴の質量比が0.01%以上0.5%以下とすれば過冷却損失以外も含めた全湿り損失を抑制できることが分かった。
【0031】
<過冷却損失と湿り損失との関係>
火力発電プラントに設置される低圧タービンに蒸気タービン1を適用した運転シミュレーションを発明者は行った。シミュレーションにおける運転条件は、蒸気タービン1に供給される蒸気流量が360ton/hであり、かつ、最下流に位置するタービン段落18の出口における湿り度が11%である。詳細な図示は省略するが、シミュレーションを行った結果、蒸気タービン1の湿り損失の約60%程度を過冷却損失が占めることが判った。この結果からも、過冷却損失が抑制されることによって蒸気タービン1の運転効率が向上することが確認できる。なお、湿り損失は、過冷却損失の他に、加速損失、捕獲損失、ポンプ損失、制動損失、および、凝縮損失などを含む。本シミュレーションでは各損失の割合も併せて特定されたがその詳説は割愛する。
【0032】
<運転条件と湿り損失との関係>
図4は、蒸気タービン1の運転条件による段落平均の状態量湿り度と湿り損失との関係をシミュレーションによって特定した結果を示す概略的なグラフである。状態量湿り度とは、飽和蒸気の圧力または温度の状態によって決定される静的な場の湿り度である。現実の蒸気タービンの内部においては、断熱膨張による過冷却や壁面による湿分の除去が生じるので、状態量湿り度と現実の湿り度が一致することは起こりえない。しかし現実の湿り度を算出するためには、数値流体力学に基づいた高度なシミュレーションが必要であり、設計における湿り損失の概算には現在は状態量湿り度が用いられる。例えば低圧蒸気タービンでは状態量湿り度で3%程度(同グラフの「J」に相当する値)に相当する蒸気圧力に到達しないと実際には凝縮が発生しないことが知られている。同グラフの横軸は、ナノ水滴散布部24よりも直ぐ下流にあるタービン段落18の入口と出口の状態量湿り度の平均値を示し、縦軸はタービン段落18で発生する湿り損失を示す。
【0033】
同グラフにおける「比較例1:Baumannルール」は、任意のタービン段落18の状態量湿り度の段落平均値が1%増大すると、タービン段落18の効率が1%低下する。この状態量湿り度の増加に伴って発生する段落効率の低下量が湿り損失と呼ばれている。ナノ水滴供給装置20が設けられない場合には、おおよそ比較例1で示す湿り損失が発生すると了解される。同グラフにおける「比較例2:乾燥蒸気」は、ナノ水滴散布部24から乾燥蒸気が供給される場合の状態量湿り度と湿り損失の関係を示す。「比較例3:水滴(3.0μm)」は、D10粒径が3.0μmであり、かつ、主蒸気に対する質量比が0.1%となる水滴を供給した場合の状態量湿り度と湿り損失の関係を示し、乾燥蒸気とほぼ同様のカーブが描かれる。一方、同グラフにおける「比較例4:水滴(2.0μm)」は、D10粒径が2.0μm、かつ、主蒸気に対する質量比が0.1%となる水滴を供給した場合の下流段の状態量湿り度と湿り損失との関係を示す。水滴が供給されるかされないかにかかわらず、主蒸気は自らの膨張過程において、相変化し湿り度が増加する。その過程において発生する過冷却損失の低減効果は2.0μm以上の水滴(即ち、比較例2,3)ではほとんど見受けられなかった。同グラフにおける「実施例1:ナノ水滴(0.5μm)」及び「実施例2:ナノ水滴(0.1μm)」はそれぞれ、D10粒径が0.5μm(500nm)となる水滴、D10粒径が0.1μm(100nm)となるナノ水滴を、主蒸気に対する質量比を0.1%として供給した場合の状態量湿り度と湿り損失の関係を示す。比較例1と実施例1,2とを比較して分かる通り、実施例1,2の条件でナノ水滴散布部24がナノ水滴を散布すれば、過冷却損失が抑制されることが理解される。
【0034】
また、「比較例1」、「比較例2」、「比較例3」、「比較例4」、「実施例1」および、「実施例2」を比較して分かるように、湿り度が0%よりも大きく5%以下(図示せず)となる範囲においては、「実施例1」および「実施例2」における湿り損失が相対的に低く、蒸気タービン1の運転効率が最も高まることが確認された。また、「比較例3」、「比較例4」によって示される通り、ナノ水滴散布部24から供給される水滴の粒径がD10粒径で2.0μm以上であると、状態量湿り度が5%以下の領域で発生する過冷却損失に対してほとんど低減効果を発揮しないことが確認された。これは、水滴が小さいほど過冷却損失の低減効果が高いことを意味し、水滴が大きいほど過冷却損失の低減効果が低いことを意味する。
【0035】
以上の結果から、ナノ水滴散布部24によって供給される水滴の粒径がD10粒径で0.5μm(500nm)以下であり、かつナノ水滴散布部24における主蒸気に対する該水滴の質量比が0.01%以上0.5%以下であると、過冷却損失が抑制されると共に蒸気タービン1の運転効率が向上することが了解される。
【0036】
<まとめ>
上述した幾つかの実施形態に記載の内容は、例えば以下のように把握される。
【0037】
1)本開示の少なくとも一実施形態に係る蒸気タービン(1)は、
静翼(4)と、
動翼(6)と、
前記静翼(4)および前記動翼(6)を収容するタービン車室(11)と、
前記タービン車室(11)に微粒化された水滴を含む蒸気を供給するナノ水滴供給装置(20)であって、前記水滴の粒径の算術平均であるD10粒径が0.5μm以下であり、且つ、前記タービン車室に流入する前記主蒸気に対する質量比が0.01%以上0.5%以下となる前記ナノ水滴を前記主蒸気に供給するためのナノ水滴供給装置(20)と、
を備える。
【0038】
上記1)の構成によれば、車室入口からタービン車室(11)に流入した蒸気である主蒸気(作動蒸気)は、ナノ水滴供給装置(20)によって供給されるナノ水滴を核にして相変化することができる。これにより、主蒸気の凝縮が遅れることに伴って生じる過冷却現象が抑制され、結果として湿り損失を低減することができる。以上より、作動蒸気の熱損失を引き起こすことなく過冷却損失を抑制して運転効率を向上した蒸気タービン(1)が実現される。なお水滴を供給する為の同伴蒸気質量流量は主蒸気質量流量と比べて無視し得る程小さい。
【0039】
2)幾つかの実施形態では、上記1)に記載の蒸気タービン(1)であって、
前記ナノ水滴供給装置(20)は、
前記タービン車室(11)内において生じる過飽和域(S)よりも上流側で前記蒸気を散布するように構成されるナノ水滴散布部(24)を含む。
【0040】
上記2)の構成によれば、過冷却現象が起こる過飽和域(S)に向けてナノ水滴散布部(24)はナノ水滴を噴霧することができるので、過飽和域(S)における主蒸気の相変化による潜熱の放出を促し、過冷却損失を効果的に抑制できる。
【符号の説明】
【0041】
1 :蒸気タービン
2 :ロータ
3 :内側ケーシング
3A :孔
4 :静翼
6 :動翼
10 :蒸気通路
11 :タービン車室
18 :タービン段落
20 :ナノ水滴供給装置
22 :ナノ水滴導管
22A :他端
24 :ナノ水滴散布部
25 :ノズル
HA、HB :ハッチング
R :二点鎖線
S :過飽和域

図1
図2
図3
図4