(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024063480
(43)【公開日】2024-05-13
(54)【発明の名称】水素捕集装置、それを用いた水素回収システム、および水素製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 15/00 20060101AFI20240502BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20240502BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240502BHJP
【FI】
C25B15/00 303
C25B1/04
C25B9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022171474
(22)【出願日】2022-10-26
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【弁理士】
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【弁理士】
【氏名又は名称】網屋 美湖
(72)【発明者】
【氏名】増原 真也
【テーマコード(参考)】
4K021
【Fターム(参考)】
4K021AA01
4K021BA02
4K021BB05
4K021BC03
4K021BC09
4K021CA09
4K021CA14
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】 水素を効率よく回収するための密閉槽を、陽極酸化処理を行う電解槽内に設ける必要がなく、且つ内燃機関用ピストンの陽極酸化処理で発生する水素を効率よく回収することができる水素捕集装置、それを用いた水素回収システム、および水素製造方法を提供する。
【解決手段】 水素捕集装置20は、電解液を貯留する貯留槽21と、貯留槽の電解液24を陽極酸化処理に供給する供給ライン31と、陽極酸化処理で使用された水素3を含む電解液を貯留槽に戻す戻しライン33と、貯留槽内の水素ガスを貯留槽から取り出すための、貯留槽の蓋部21aに位置する水素取出し口37aと、供給ライン33に切替バルブを介して設けられ、電解液の代わりにパージガスを供給ラインに供給するパージガス供給源とを備える。水素回収システムは、この水素捕集装置と陽極酸化処理装置とを備える。水素製造方法は、陽極酸化処理工程とパージ工程とを繰り返し行う。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関用ピストンの陽極酸化処理において発生する水素を回収する水素捕集装置であって、
電解液を貯留する貯留槽と、
前記貯留槽内の前記電解液を陽極酸化処理のために供給する供給ラインと、
前記陽極酸化処理で使用された電解液を前記貯留槽内に戻す戻しラインと、
前記貯留槽内の水素ガスを前記貯留槽から取り出すための、前記貯留槽の蓋部に位置する水素取出し口と、
前記供給ラインに切替バルブを介して設けられ、前記電解液の代わりにパージガスを前記供給ラインに供給するパージガス供給源と
を備える水素捕集装置。
【請求項2】
前記蓋部が、段階的に又は連続的に上方に突出した形状を有しており、前記水素取出し口が、前記上方に突出した形状の最も上方の位置に設けられている請求項1に記載の水素捕集装置。
【請求項3】
前記貯留槽が、前記供給ラインとつながる供給口と、前記戻しラインとつながる戻り管とを備え、前記供給口が、前記戻し管の出口孔よりも下方に位置している請求項1に記載の水素捕集装置。
【請求項4】
前記蓋部が、前記貯留槽の槽本体の開口端とシール部材を介して固定されている請求項1に記載の水素捕集装置。
【請求項5】
前記戻し管が、側部と、前記側部から屈曲した屈曲部とを備え、前記屈曲部に複数の出口孔を備える請求項1に記載の水素捕集装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の水素捕集装置と、内燃機関用ピストンを陽極酸化処理する陽極酸化処理装置とを備えた水素回収システム。
【請求項7】
電解液を貯留する貯留槽から前記電解液を供給して、内燃機関用ピストンを陽極酸化処理する工程と、
前記陽極酸化処理工程後、パージガス供給源からパージガスを供給して、前記陽極酸化処理で用いた電解液をパージする工程と
を含む水素製造方法であって、
前記陽極酸化処理工程が、陽極酸化処理で発生した水素を含む電解液を、前記貯留槽に貯留する前記電解液中に戻し、
前記貯留槽の気相空間に放出された水素ガスを、前記電解槽の蓋部に設けられた水素取出し口から捕集、回収することを含み、
前記パージ工程が、前記水素を含む電解液を前記パージガスと共に、前記貯留槽に貯留する前記電解液中に戻し、
前記貯留槽の気相空間に放出された水素ガスを、前記電解槽の蓋部に設けられた水素取出し口から捕集、回収することを含み、
前記陽極酸化処理工程と前記パージ工程とを繰り返し行うことで前記水素ガスを得る水素製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素捕集装置、それを用いた水素回収システム、および水素製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池車や水素エンジン搭載車など、近年、水素を活用したパワートレインへの注目度が高まっている。水素の製造方法としては、例えば工業的には、炭化水素の水蒸気改質や部分酸化によって大量に生産する方法があるが、副生成物として二酸化炭素が大気中に大量に放出されるため、近年のカーボンニュートラルには逆行している。このような副生成物として二酸化炭素を排出して製造される水素は、グレー水素と呼ばれる。一方、この副生成物としての二酸化炭素を回収して処理し、大気中に放出しないことで二酸化炭素排出を実質ゼロにして製造される水素は、ブルー水素と呼ばれる。しかしながら、二酸化炭素の回収および貯蔵のためには大規模な施設が必要であり、オンサイト型の水素ステーション毎に設置すると、コストが掛かりすぎてしまう問題点がある。こういった背景から、水素以外の製品を製造する際に副産物として生成されるホワイト水素に注目が集まっている。
【0003】
陽極酸化処理は、電解液中にアルミニウム等の金属部材を浸し、金属部材を陽極として通電すると、以下の反応式(1)に示すように、陽極側では金属部材の表面が酸化されて酸化アルミニウム等の陽極酸化皮膜が形成され、陰極側では水素が発生する。また、以下の反応式(2)に示すように、水の電気分解も起こり、陽極側で酸素ガスが発生し、陰極側では水素ガスが生成する。
2Al+3H2O→Al2O3+3H2 ・・・(1)
2H2O→O2+2H2 ・・・(2)
【0004】
このような陽極酸化処理で発生する水素ガスを回収する技術として、例えば、特許文献1には、酸化処理槽にアノード極を配置し、このアノード極に製品を吊り下げて電解液で酸化処理する陽極酸化処理設備と、この酸化処理槽内に、カソード極を包むように配置した密閉構造の隔膜体と、この隔膜体の上部に設けた、水素ガスを捕集するための水素回収口と、カソード極の隔膜体に、新たな電解液を循環供給する電解液循環供給槽とを備えたことを特徴とする水素の回収装置を備えた陽極酸化処理設備が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、被処理材を陽極として電解槽内の電解液に浸漬して皮膜形成を行う陽極酸化処理において陰極から発生する水素を回収する水素捕集装置において、陰極を収容し、電解液を貯留可能に構成され、電解槽の電解液に浸漬されて配置される筺体を備え、この筺体は、電解槽に対して開口形成された窓部と、この窓部を覆って電解槽と筺体内部とを隔離するように設けられるプロトン透過性を有するイオン交換膜と、発生した水素を筐体の内部から排出する水素排出手段と連通する水素取出口とを備えることが記載されている。
【0006】
一方、内燃機関用ピストンの表面に陽極酸化皮膜を形成する技術として、例えば、特許文献3には、外周面にトップリング溝を有する内燃機関用ピストンにおいて、このトップリング溝の内面のうち、少なくともセカンドリング溝側の内面であって、トップリングが接する領域の内面に、陽極酸化皮膜を備え、この陽極酸化皮膜のJIS B0671-2に準拠する表面粗さRpkを1.00μm以下とすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-248290号公報
【特許文献2】特開2018-154923号公報
【特許文献3】特開2020-204287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載されている陽極酸化処理設備では、水素を効率よく回収するための密閉槽である隔膜体内の電解液の水素イオン濃度が低下するため、新たな電解液を循環供給する装置が必要であり、よって、従来の陽極酸化処理設備に対して、大がかりな付帯設備が必要となるという問題がある。
【0009】
特許文献2には、特定のイオン交換膜(Nafion膜:フルオロカーボンを主鎖として、側鎖にスルホ基をもつパーフルオロ側鎖から構成されるパーフルオロカーボン材料)を用いることで、アルミニウムイオンの取り込みによるプロトン伝導を大きく損ねることなく、電解槽内の電解液と、水素を効率よく回収するための密閉槽である筐体内の電解液間でのプロトン伝導が可能であり、これによって、特許文献1の問題点である電解液を循環供給するための新たな付帯設備を設置する必要がなく、効率よく水素を発生させて回収することができる。しかしながら、特許文献2では、筐体から水素を回収するには、筐体内の水素の圧力が陽圧になるように圧力を調整する圧力調整手段が必要であり、新たな付帯設備がやはり必要である。また、イオン交換膜の定期的な交換は必要であり、この際、電解液は、強酸や強アルカリを用いる場合が多いため、交換作業が煩雑であり交換作業者への負担も大きい。さらに、プロトン伝導の変化によって、陽極酸化皮膜のばらつき、処理条件の調整が必要になるという懸念もある。
【0010】
また、特許文献1も特許文献2も、それら図面に示されている通り、陽極酸化処理の対象が平板形状のものを想定しており、内燃機関用ピストンといった円筒形状で厚みがあるものを対象とすると、陽極酸化処理槽内に設ける隔膜体や筐体などの水素を効率よく回収するための密閉槽を大きくする必要があり、水素回収の効率が低下してしまうとともに、設備全体が大きくなるという問題がある。また、特許文献3に記載されているような、内燃機関用ピストンの陽極酸化皮膜を形成したい一部の表面に電解液を供給するという方法では、水素を効率よく回収するための密閉槽を設けること自体が困難になってしまうという問題がある。
【0011】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、隔膜体や筐体などの水素を効率よく回収するための密閉槽を、陽極酸化処理を行う電解槽内に設ける必要がなく、且つ内燃機関用ピストンの陽極酸化処理で発生する水素を効率よく回収することができる、水素捕集装置、それを用いた水素回収システム、および水素製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンの陽極酸化処理において発生する水素を回収する水素捕集装置であって、電解液を貯留する貯留槽と、前記貯留槽内の前記電解液を陽極酸化処理のために供給する供給ラインと、前記陽極酸化処理で使用された電解液を前記貯留槽内に戻す戻しラインと、前記貯留槽内の水素ガスを前記貯留槽から取り出すための、前記貯留槽の蓋部に位置する水素取出し口と、前記供給ラインに切替バルブを介して設けられ、前記電解液の代わりにパージガスを前記供給ラインに供給するパージガス供給源とを備える。
【0013】
本発明は、別の態様として、水素回収システムであって、上記の水素捕集装置と、内燃機関用ピストンを陽極酸化処理する陽極酸化処理装置とを備える。
【0014】
本発明は、また別の態様として、水素製造方法であって、電解液を貯留する貯留槽から前記電解液を供給して、内燃機関用ピストンを陽極酸化処理する工程と、前記陽極酸化処理工程後、パージガス供給源からパージガスを供給して、前記陽極酸化処理で用いた電解液をパージする工程とを含み、前記陽極酸化処理工程は、陽極酸化処理で発生した水素を含む電解液を、前記貯留槽に貯留する前記電解液中に戻し、前記貯留槽の気相空間に放出された水素ガスを、前記電解槽の蓋部に設けられた水素取出し口から捕集、回収することを含み、前記パージ工程は、前記水素を含む電解液を前記パージガスと共に、前記貯留槽に貯留する前記電解液中に戻し、前記貯留槽の気相空間に放出された水素ガスを、前記電解槽の蓋部に設けられた水素取出し口から捕集、回収することを含み、前記陽極酸化処理工程と前記パージ工程とを繰り返し行うことで前記水素ガスを得る。
【発明の効果】
【0015】
このように本発明によれば、水素を捕集する構成は、陽極酸化処理を行う電解槽ではなく、陽極酸化処理のために電解液を貯留する貯留槽に設けることから、隔膜体や筐体などの水素を効率よく回収するための密閉槽を電解槽内に設ける必要がなく、内燃機関用ピストンの陽極酸化処理で発生する水素を効率よく回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係る水素回収システムの一実施の形態を示す模式図である。
【
図2】
図1に示す水素回収システムの中の貯留槽の一例を模式的に示す斜視図である。
【
図3】
図2に示す貯留槽の陽極酸化処理工程での作用を説明するための模式的な縦断面図である。
【
図4】
図2に示す貯留槽のパージ工程での作用を説明するための模式的な縦断面図である。
【
図5】
図2に示す貯留槽を模式的に示す横断面図である。
【
図6】
図1に示す水素回収システムの中の陽極酸化処理装置の一例を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る水素捕集装置、それを用いた水素回収システム、水素製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、本発明を容易に理解できるように模式的に描かれており、装置の構造を正確に描いたものではない。
【0018】
図1に示すように、本実施の形態の水素回収システム1は、内燃機関用のピストン4を陽極酸化処理する陽極酸化処理装置10と、陽極酸化処理装置10で発生した水素を捕集するための水素捕集装置20と、水素捕集装置20で捕集した水素ガスを回収する水素回収装置39とから主に構成されている。これら各装置について説明する。
【0019】
陽極酸化処理装置10は、陰極11と、陽極12と、これら陰極11及び陽極12につながれた整流器13を備えており、また、陽極12がピストン4に接触するように陽極12を移動させるエアシリンダ14を備えている。陽極酸化処理装置10は、陽極酸化処理に用いる電解液が流れる供給ライン31を介して、水素捕集装置20の貯留槽21と接続されている。供給ライン31には、電解液を陽極酸化処理装置10から貯留槽21に圧送するためのポンプP1が設けられている。また、陽極酸化処理装置10は、陽極酸化処理に用いた電解液が流れる戻しライン33を介して、貯留槽21と接続されている。すなわち、陽極酸化処理装置10は、貯留槽21から電解液が循環供給されて陽極酸化処理を行うように構成されている。
【0020】
水素捕集装置20は、陽極酸化処理装置10に供給する電解液24を収容する貯留槽21と、陽極酸化処理装置10にパージガスを供給するパージガス供給源27とを主に備える。電解液24としては、硫酸、シュウ酸、その他有機酸の他、水酸化ナトリウムなどのアルカリ浴を用いてもよい。貯留槽21は、戻しライン33につながれた戻し管22を備え、この戻し管22は、電解液24の液面よりも下の位置に、電解液の出口孔(図示省略)を有している。また、貯留槽21は、
図2に示すように、戻し管22は、戻しライン33と貯留槽21の蓋部21aの位置でつながれている。また、貯留槽21の槽本体21bの側面下部には、供給ライン31とつながる電解液の供給口31aが設けられている。
【0021】
供給ライン31には切替バルブV1が設けられており、供給ライン31は切替バルブV1を介してパージガス供給源27へと延びている。パージガス供給源27は、空気または不活性ガスなどのパージガスを圧縮して噴射する装置であれば、特に限定されるものではない。また、戻しライン33には、開閉バルブV2が設けられている。これら切替バルブV1および開閉バルブV2は、制御装置(図示省略)によって切替および開閉が制御されている。
【0022】
水素回収システム1は、貯留槽21内の電解液24の温度を一定に保つために、
図1に示すように、貯留槽21内の電解液と冷却装置36の冷媒とで熱交換を行う熱交換器35を備えてもよい。貯留槽21と熱交換器35は、電解液24が貯留槽21と熱交換器35との間で循環するように流れる冷却ライン34でつながれており、冷却ライン34には、上記のように電解液24を循環させるためのポンプP2が設けられている。貯留槽21の槽本体21bの側面下部には、冷却ライン34とそれぞれつながる電解液の冷却用出口34aと冷却用入口34が設けられている。貯留槽21内の電解液24の温度は、例えば、0~20℃の範囲内である一定の温度とすることが好ましく、ポンプP2はそのために起動と停止を適宜繰り返すように制御される。
【0023】
貯留槽21は、水素回収ライン37を介して、水素回収装置39と接続されている。貯留槽21の蓋部21aには、水素回収ライン37とつながる水素取出し口37aが設けられている。蓋部21aは、段階的に又は連続的に上方に突出した形状とすることが好ましく、例えば、
図2に示すように、凸状の形状にしてもよい。そして、水素取出し口37aは、この上方に突出した形状の最も上方の位置、凸状の形状であれば高い方の天井面に配置することが好ましい。水素回収ライン37には、水素ガス中の水素とそれ以外の成分とを分離するための水素分離装置38を設けてもよい。
【0024】
水素分離装置38としては、例えば、水素ガスに混入する電解液のミストを分離するため、ミストを捕集するデミスターや、ミストを吸着除去する特殊ファイバーフィルターなどが挙げられる。なお、電解液として硫酸を用いる場合、硫酸ミストを分離することとなるため、水素分離装置38には耐薬品性に優れた材質を用いることが好ましい。また、水素分離装置38は、水素ガスに含まれる空気を除去するため、例えば、化学吸着式分離法(PSA法)によるものや、水素を選択的に分離する水素分離膜によるものを用いることができる。水素分離膜としては、芳香族ポリイミドなどの高分子材料系の他、多孔質系、金属系などの水素を選択的に分離できるものであれば特に限定されるものではない。
【0025】
このような構成を有する本実施の形態の水素回収システム1を用いて、水素を製造する方法について説明する。この方法は、陽極酸化処理工程とパージ工程とを繰り返し行うものである。先ず、陽極酸化処理工程を行うため、切替バルブV1は陽極酸化処理装置10側と貯留槽21側を「開」とし、パージガス供給源27側を「閉」とする。開閉バルブV2は「開」とする。そして、ポンプP1を起動することで、あらかじめ水素捕集装置20の貯留槽21に収容されている電解液24を、供給ライン31を介して陽極酸化処理装置10へ供給する。電解液24は、その後、戻しライン33を介して貯留槽21内に再び収容される。
【0026】
陽極酸化処理装置10におけるピストン4の陽極酸化処理の具体的な説明は後述するが、陽極酸化処理部40では、エアシリンダ14により陽極12を下降させてピストン4に接触させ、これによってピストン4を陽極とする。また、ピストン4の陽極酸化皮膜を形成する被処理部に対向する位置に陰極11を配置する。そして、陽極酸化処理部40に電解液24を送り込みながら整流器13で陰極11と陽極のピストン4の間に電流を流す。これにより、ピストン4の被処理部の表面が酸化されて陽極酸化皮膜が形成される。
【0027】
陽極酸化処理部40では、陰極11側で水素が発生し、この水素は電解液24とともに戻しライン33を介して水素捕集装置20の貯留槽21へと送られる。
図3に示すように、貯留槽21では、戻しライン33につながれた戻し管22から、水素3を含む電解液24が貯留槽21内の電解液24中に導入される。そして、水素3は、貯留槽21の電解液24中を上方に移動し、液面上方の気相空間26へと放出される。水素は非常に軽いことから、貯留槽21の蓋部21aの上方に突出した形状部分に溜まり、よって、水素取出し口37aから効率的に水素ガスを捕集することができる。
【0028】
なお、貯留槽21の供給口31aは、戻し管22の出口孔22cよりも下方に位置していることが好ましい。これによって、戻し管22の出口孔22cから電解槽21内の電解液24に流入した水素が、供給口31から陽極酸化処理装置10へと送られることを抑制し、効率よく水素を回収することができる。
【0029】
また、貯留槽21の蓋部21aは、貯留槽21の槽本体21bの開口端とシール部材23を介して固定されている。これにより、貯留槽21の気相空間26へと放出された水素が、蓋部21aと槽本体21bとの接合箇所から漏洩することを防止することができる。なお、蓋部21aの一部が貯留槽21と一体に形成されていてもよい。
【0030】
捕集された水素ガスは、水素取出し口37aから水素回収ライン37を介して、先ず、水素分離装置38に送られる。水素分離装置38では、捕集された水素ガスに含まれる、電解液のミストや空気が除去される。そして、より濃度が高くなった水素ガスが水素回収装置39に送られる。
【0031】
なお、貯留槽21の戻し管22は、例えば、
図5に示すように、側部22aと、側部22aから屈曲した屈曲部22bとを備え、この屈曲部22bの外周面に複数の出口孔22cを有するものとする。側部22aは垂直方向に延び、屈曲部22bは水平方向に延びることが好ましい。これにより、戻し管22から貯留槽21内に電解液24を戻す際に、電解液24の飛散を防止することができる。よって、水素取出し口37aから回収される水素ガス中の電解液のミストの量を低減することができ、水素分離装置38でのミストの除去負荷を低減することができる。
【0032】
陽極酸化処理工程は、陽極酸化処理装置10において、ピストン4に所定の膜厚の陽極酸化皮膜が形成される時間にわたり行われる。陽極酸化皮膜の形成が完了したら、次に、パージガスによって陽極酸化処理工程で用いた電解液をパージするパージ工程を行う。
【0033】
パージ工程を行うため、ポンプP1を停止するとともに、切替バルブV1の陽極酸化処理装置10側とパージガス供給源27側を「開」とし、貯留槽21側を「閉」とする。開閉バルブV2は「開」のままとする。そして、パージガス供給源27から供給ライン31を介して、例えばパージガスとして空気を陽極酸化処理装置10に導入する。空気は、陽極酸化処理装置10内に残る電解液(水素を含む)をパージし、戻しライン33を介して貯留槽21へと送られる。
【0034】
貯留槽21では、
図4に示すように、戻しライン33につながれた戻し管22から、電解液24を含む空気5が電解液24中に導入される。そして、空気5は、水素と同様に、貯留槽21の電解液24中を上方に移動し、液面上方の気相空間26へと放出される。さらに空気は、パージガス供給源27の圧力によって、貯留槽21の蓋部21aの上方に溜まった水素や、電解液のミストとともに、水素取出し口37aから排出され、水素回収ライン37を介して水素分離装置38に導入される。空気およびミストは水素分離装置38で除去され、濃度が高くなった水素ガスが水素回収装置39に送られる。
【0035】
このように空気による陽極酸化処理装置10内の電解液のパージが終了したら、陽極酸化皮膜が形成されたピストン4を取出し、次の陽極酸化処理工程を行うために、新たなピストン4を陽極酸化処理装置10に設置する。なお、ピストン4は、陽極酸化処理の前に前洗浄を行っておくことが好ましく、また、陽極酸化処理の後には、後洗浄を行うことが好ましい。
【0036】
このように陽極酸化処理工程とパージ工程とを繰り返し行うため、貯留槽21には戻し管22を介して、水素を含む電解液、電解液を含む空気、水素を含む電解液、電解液を含む空気が順次導入されるというサイクルが繰り返される。そのため、水素回収装置39には、一定の量の水素ガスが連続して送られず、多量の水素ガス、少量の水素ガス、多量の水素ガス、少量の水素ガスが順次送られるというサイクルが繰り返されることから、脈動が発生する懸念がある。脈動が発生すると水素回収装置39での水素回収効率が低下することから、水素回収ライン37には水素分離装置38と水素回収装置39との間に、脈動を低減するためにアキュムレータなどの圧力調整装置(図示省略)を設けることが好ましい。
【0037】
本実施の形態によれば、電解液から水素を回収するための構成を、先行技術文献のような陽極酸化処理装置10ではなく、陽極酸化処理装置10に電解液を供給する貯留槽21などに設置していることから、隔膜体や筐体などの水素を効率よく回収するための密閉槽を陽極酸化処理部40内に設ける必要がない。よって、密閉槽内の水素の圧力が陽圧になるように圧力を調整する付帯設備といったものは必要ないし、イオン交換膜の交換などの煩雑な管理は必要ない。また、陽極酸化処理に用いる電解液の循環とは別に、新たな電解液を循環供給する付帯装置といったものも必要ない。さらに、本実施の形態における水素の回収は、陽極酸化反応に影響を与えないため、陽極酸化皮膜の品質劣化の懸念もない。
【0038】
陽極酸化処理装置10では、ピストン4の冠面やトップリング溝の内面など所望する部分に陽極酸化処理を行うことができる。例えば、ピストン4のトップリング溝の内面に陽極酸化処理を行う場合の陽極酸化処理部40の詳細について、
図6を参照して説明する。
【0039】
図6に示すように、先ず、ピストン4のトップリング溝43の外周側を囲むように治具50、51を配置する。治具50、51とピストン4は、冠面41側のトップランド42a及びセカンドリング溝44側のセカンドランド42bのそれぞれ略中央の位置に配置された密封リング52を介して密着させて密閉空間を形成する。
図1に示すエアシリンダ14により陽極12を下降させてピストン4と接触させることでピストン4を陽極とするとともに、エアシリンダ14により
図6の矢印の方向へ治具51を介して密封リング52を押しつぶすことで、密閉空間に流入する電解液24をシールする。そして、この密閉空間に電解液24を送り込みながら、ピストン4を陽極とし、陰極11との間で通電することで、電解液24が送り込まれた部分の表面に、すなわち、ピストン4のトップリング溝43の内部、並びにトップランド42a及びセカンドランド42bの密封リング52までの部分に、陽極酸化皮膜45を形成することができる。ピストンの素材は、アルミニウム合金に限られず、陽極酸化処理が可能であれば、マグネシウム、チタン、ジルコニウム、ハフニウムなどの合金でもよい。
【0040】
なお、陽極酸化処理部40は、陽極酸化処理工程を行う毎にピストン4に治具50を当てて電解液24が送り込まれる密閉空間を形成することから、治具50によってピストン4との間の空間が密閉されているかを確認する必要がある。そのため、陽極酸化処理装置10に新たなピストン4を設置する際には、切替バルブV1の陽極酸化処理装置10側とパージガス供給源27側を「開」とし、貯留槽21側を「閉」とし、開閉バルブV2を「閉」として、パージガス供給源27から空気を陽極酸化処理部40に送り、密閉空間が形成されているか確認する。空気の漏れがなく、密閉空間が形成されていることが確認されたら、切替バルブV1の陽極酸化処理装置10側と貯留槽21側を「開」とし、パージガス供給源27側を「閉」とするともに、開閉バルブV2を「開」として、ポンプP1を起動することで、電解液24を陽極酸化処理部40の密閉空間に送り込み、陽極酸化処理を行う。
【0041】
なお、陽極酸化処理における電解方法としては、直流電解法、交直重畳電解法、パルス電解法などのいずれの電解方法を用いてもよいが、交直重畳電解法は、電流密度高く、他の電解方法に比べて短時間で、比較的大量の水素を発生、回収することができるため、交直重畳電解法で処理することが好ましい。
【符号の説明】
【0042】
1 水素回収システム
3 水素
4 ピストン
5 空気
10 陽極酸化処理装置
11 陰極
12 陽極
13 整流器
20 水素捕集装置
21 貯留槽
22 戻し管
24 電解液
27 パージガス供給源
31 供給ライン
33 戻しライン
37 水素回収ライン
38 水素分離装置
39 水素回収装置
40 陽極酸化処理部
43 トップリング溝
45 陽極酸化皮膜
50、51 治具
52 密封リング