(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024006375
(43)【公開日】2024-01-17
(54)【発明の名称】ビオチン標識剤、ビオチン標識されたタンパク質及びビオチン標識剤を含む免疫検査試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 33/532 20060101AFI20240110BHJP
C07K 16/00 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
G01N33/532 A
C07K16/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022107195
(22)【出願日】2022-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000888
【氏名又は名称】弁理士法人山王坂特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 隆彦
(72)【発明者】
【氏名】松岡 浩司
(72)【発明者】
【氏名】幡野 健
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA11
4H045BA50
4H045CA40
4H045DA75
4H045EA50
4H045FA71
4H045GA26
(57)【要約】 (修正有)
【課題】タンパク質への標識位置が明確で、失活を招くことのない標識剤を提供する。
【解決手段】一端にビオチン構造(下記式(1))を有し、他端にジブロモ―ピリダジンジオン基(下記式(2))を有するビオチン標識剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端にビオチン構造(式(1))を有し、他端にジブロモ―ピリダジンジオン基(式(2))を有するビオチン標識剤。
式(1)
【化1】
式(2)
【化2】
【請求項2】
3つの末端を有する分枝構造を持ち、3つの末端のうち、二端にビオチン構造(式(1))を有し、他の一端にジブロモ―ピリダジンジオン基(式(2))を有するビオチン標識剤。
式(1)
【化1】
式(2)
【化2】
【請求項3】
請求項1に記載のビオチン標識剤であって、
前記ビオチン構造と前記ジブロモ―ピリダジンジオン基とは、連結鎖Aで連結されており、連結鎖Aは、要素として、C1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール((-CH2CH2O-)1~20)、あるいは、その組み合わせを含み、要素の数が1~6のいずれかである、ことを特徴とするビオチン標識剤。
【請求項4】
請求項2に記載のビオチン標識剤であって、
一端の前記ビオチン構造と一端の前記ジブロモ―ピリダジンジオン基とは、連結鎖Aで連結されており、連結鎖Aは、要素として、C1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール((-CH2CH2O-)1~20)、あるいは、その組み合わせを含み、要素の数が1~6のいずれかである、ことを特徴とするビオチン標識剤。
【請求項5】
請求項3又は4に記載のビオチン標識剤であって、
前記連結鎖Aは、要素の数が2~6のとき、各要素は直接結合されているか、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかを介して連結されていることを特徴とするビオチン標識剤。
【請求項6】
請求項4に記載のビオチン標識剤であって、
前記連結鎖Aは第2級アミンを含み、当該第2級アミンに結合した水素原子が、連結鎖Bの一端と置換されており、該連結鎖Bの他端は、該連結鎖Aとは連結されていない一端のビオチン構造と連結されており、
連結鎖Bは、要素として、C1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール、あるいは、その組み合わせを含み、要素の数は1~3のいずれかであることを特徴とするビオチン標識剤。
【請求項7】
請求項6に記載のビオチン標識剤であって、
前記連結鎖Bは、要素の数が2又は3のとき、各要素が直接結合されているか、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかを介して連結されていることを特徴とするビオチン標識剤。
【請求項8】
請求項1又は請求項2に記載のビオチン標識剤によりビオチン標識されたタンパク質。
【請求項9】
タンパク質が、IgA、IgE、IgG、IgM、ScFv-Fc、(Fab’)2、低分子抗体(Minibody)、Fab、二重特異性抗体(Diabody)、単鎖可変領域フラグメント(scFv)、及びVHHから選択される抗体または抗体フラグメントのいずれかであることを特徴とするビオチン標識されたタンパク質。
【請求項10】
請求項1又は請求項2に記載のビオチン標識剤を含む免疫検査試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体などの種々のタンパク質を標識するためのビオチン標識剤に関し、特に、ジスルフィド結合を有するタンパク質に適したビオチン標識剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ビオチンは、ストレプトアビジン等の特定のタンパク質と特異的に強く結合することが知られており、免疫染色やタンパク質の抽出精製などに利用されている。例えば、ビオチン標識した抗体に、色素や色素生成酵素を結合したストレプトアビジンを結合しておくことで、標的抗原分子を検出し、定量化することができる。またビオチン標識したタンパク質を、色素や色素生成酵素を結合したストレプトアビジンと反応させることで、ビオチンとストレプトアビジンとが結合し、標的であるタンパク質を可視的な方法で検出することを可能にする。また、ストレプトアビジンがもつ四つのビオチン結合ポケットを利用することで、
図3に示すように、Au等の金属基板にビオチン化試薬を固定した状態で、ストレプトアビジンを結合することにより、ビオチンと結合していないストレプトアビジンの部分に、ビオチン標識抗体を結合させて固定化することも可能である。なおビオチンと特異的に結合するタンパク質としては、ストレプトアビジン以外にも種々のものが知られており、同様に利用されている。
【0003】
従来、抗体などのタンパク質に対するビオチン標識試薬として、タンパク質やペプチドのリジン残基やシステイン残基を標的とした試薬などが知られている。リジン残基は、タンパク質表面に多く存在するため、リジン残基側鎖のアミノ基に対するビオチン標識はランダムとなり、定量的な把握が困難になる場合がある。一方、システイン残基は、存在比率が低いためにリジン残基よりも標識位置が限定されるが、ジスルフィド結合を切断して生じるスルフヒドリル基に対してビオチンが結合するので、標識後のタンパク構造が不安定化し、活性が低下したり、場合によっては失活したりするという課題がある。
【0004】
なおビオチン標識ではなく、ジスルフィド結合に蛍光色素等の種々の化合物を標識する化合物が非特許文献1に提案されている。この化合物は、末端にアルキン基を持つ鎖状化合物の他端末にジブロモ―ピリダジンジオン基を結合した構造を有し、ジブロモ―ピリダジンジオン基が、タンパク質のジスルフィド結合を切断して生じるスルフヒドリル末端に結合することで、元のジスルフィド結合に由来する2つの硫黄原子がピリダジンジオン基を介して連結(再架橋)する。一方、反応性の高いアルキン基により種々の化合物を結合することが可能であり、これによってタンパク質に種類の異なる標識を行うことができる。
【0005】
しかし、非特許文献1に開示された化合物は、製造の収率がよくない上に、そもそも、そのままビオチン標識に用いることはできない。即ち、ビオチン標識のためには、末端アルキンにビオチン構造を付加するための反応が必要となるが、非特許文献1には、それについての記載や示唆はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nanoscale, 2020, 12, 11647-11658
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、タンパク質への標識位置が明確であり、且つ、標識によってタンパク質本来の活性の低下や失活を招くことのないビオチン標識剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明のビオチン標識剤は、一端にビオチン構造(式(1))を有し、他端にジブロモ―ピリダジンジオン基(式(2))を有するビオチン標識剤(以下、モノビオチン標識剤という)、または、3つの末端を有する分枝構造を持ち、3つの末端のうち、二端にそれぞれビオチン構造(式(1))を有し、他の一端にジブロモ―ピリダジンジオン基(式(2))を有するビオチン標識剤(以下、ダブルビオチン標識剤という)である。
【0009】
【0010】
本発明のモノビオチン標識剤は一端にジブロモ―ピリダジンジオン基を持ち、他端にビオチン構造を持つ直鎖状化合物であり、またダブルビオチン標識剤は、分岐状であって2つの端部にジブロモ―ピリダジンジオン基を持ち、他端にビオチン構造を持つ分岐状化合物で、いずれも新規な化合物である。両者は、ともにストレプトアビジン等のビオチン結合性タンパクに特異的な親和性を持つビオチン構造の利用を意図して、ビオチン標識剤として用いられる。なお以下の説明において、モノビオチン標識剤、ダブルビオチン標識剤を区別しないときは、単にビオチン標識剤という。
【0011】
また本発明は上述したビオチン標識剤で標識されたタンパク質、及びビオチン標識剤を含む免疫検査試薬を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、タンパク質に含まれるジスルフィド基(S-S結合)に結合してタンパク質をビオチン標識する新規な化合物が提供される。この化合物は、上述したビオチン結合性タンパクに対し高い親和性を持ち、免疫染色、免疫検査試薬、タンパク質抽出・単離などに利用することができる。また本発明のビオチン標識剤はタンパク質のジスルフィド基に結合するので、標識部位が明確であり、例えば免疫検査試薬としたときの定量性が得られる。さらに本発明のビオチン標識剤は、切断したジスルフィド基の両端に結合するので、ジスルフィド基を再架橋し、標識対象であるタンパク質の構造の安定性を保つことができる。
【0013】
さらに本発明のビオチン標識剤は、非特許文献1などに開示されたジスルフィド基に結合する化合物と比べ高い収率で安定的に得られ、且つ末端にビオチン構造を有しているので、ビオチン結合性タンパクに結合するための別な化合物との反応が不要で、そのままビオチン標識剤として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】タンパク質のジスルフィド基と、ビオチン標識剤との結合を説明する図
【
図2】本発明のビオチン標識剤でビオチン標識した抗体の適用例を説明する図
【
図5】実験例1のウェスタンブロッティングの結果を示す図(左はストレプトアビジン結合活性、右は抗原結合活性)
【
図7】実験例2のウェスタンブロッティングの結果を示す図で、左はストレプトアビジン結合活性、右は抗原結合活性を示す。
【
図8】ビオチン標識するVHH抗体の構造を説明する図
【
図9】実験例3のSDS-PAGEの結果(左)とウェスタンブロッティング(右)の結果を示す図
【
図10】実験例3のSPR相互作用解析にてモノビオチン標識VHH抗体の固定化を示す図
【
図11】実験例3のSPR相互作用解析にてモノビオチン標識VHH抗体の抗原結合性を示す図
【
図12】実験例4のSPR法による原料Fabの抗原結合活性の評価を示す図
【
図13】実験例4のSPR法によるモノビオチン標識Fabの抗原結合活性の評価を示す図
【
図14】実験例4のSPR法によるダブルビオチン標識Fabの抗原結合活性の評価結果を示す図
【
図15】実験例4のSPR法によるモノビオチン標識Fabのストレプトアビジン結合活性評価の結果を示す図
【
図16】実験例4のSPR法によるダブルビオチン標識Fabのストレプトアビジン結合活性評価を示す図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のビオチン標識剤及びそれにより標識されたタンパク質の実施形態を説明する。
【0016】
本発明のビオチン標識剤は、上述したように、1個のビオチン構造(式(1))を持つモノビオチン化合物と、2個のビオチン構造を持つダブルビオチン化合物とを含むが、いずれも端部に式(2)で表されるジブロモ―ピリダジンジオン基を有している。このジブロモ―ピリダジンジオン基は、
図1に示すように、2つのBrとジスルフィド基の切断後のスルフヒドリル末端との置換反応によって、標識対象であるタンパク質のS-S基を、ピリダジンジオン基を介して再結合する。これにより、S-S基を切断後にビオチン標識しても、タンパク質の構造を安定に保つことができる。
【0017】
【0018】
もう一方の端部のビオチン構造は、下式(3)で示すビオチンと同様に、ストレプトアビジン等のビオチン結合性タンパクと高い親和性を示し、ストレプトアビジン等のビオチン結合性タンパクと結合した状態で、種々の免疫反応や抗体、抗原の検出、分離等に利用することができる。
【化5】
【0019】
本発明のビオチン標識剤において、ビオチン構造(2個ある場合はそのうちの一つ)とジブロモ―ピリダジンジオン基とは、例えば、連結鎖Aで連結されている。ここで、連結鎖Aは、要素として、C1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール((-CH2CH2O-)1~20)、あるいは、その組み合わせを含み、要素の数が1~6のいずれかである。
【0020】
ここで要素の数が2~6のとき、各要素は直接結合されていてもよいし、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかを介して連結されていてもよい。また全ての要素間の結合は、同じ結合様式でもよいし、異なるものであってもよい。
【0021】
またダブルビオチン標識剤は、連結鎖Aの要素と要素とを連結する連結部位のいずれかに第2級アミンを含み、当該第2級アミンに結合した水素原子が、連結鎖Bの一端と置換された構造を持ち、連結鎖Bの他端に、2つのビオチン構造の一方、即ち連結鎖Aとは連結されていない方のビオチン構造(式(2))が連結されている。連結鎖Bは、要素として、C1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール((-CH2CH2O-)1~20)、あるいは、その組み合わせを含み、要素の数は1~3のいずれかである。
【0022】
また連結鎖Bについても、各要素は直接結合されていてもよいし、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかを介して連結されていてもよい。また全ての要素間の結合は、同じ結合様式でもよいし、異なるものであってもよい。
【0023】
連結鎖A及び連結鎖Bの要素数が最大の場合(Aの要素数=6、Bの要素数=3)を一般式で示すと、モノビオチン標識剤及びダブルビオチン標識剤は、次の式(I)、(II)で表される。
【0024】
【化6】
式中、A
1~A
6は、それぞれ連結鎖Aの要素を示し、X
1~X
5は要素間の結合部位を示す。上述の通り、A
1~A
6は、C
1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール、あるいは、その組み合わせのいずれかであり、X
1~X
5は、直接結合(すなわち結合部位なし)、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかである。以下、同じ。
【化7】
式中、B
1~B
3は、それぞれ連結鎖Bの要素を示し、Y
1~Y
2は要素間の結合部位を示す。上述の通り、B
1~B
3は、C
1~5のアルキレン、繰り返し単位数が1~20のポリエチレングリコール、あるいは、その組み合わせのいずれかであり、Y
1及びY
2は、直接結合(すなわち結合部位なし)、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかである。
【0025】
なお式(II)では、連結鎖Bが、連結鎖Aの中央の連結部位X3に連結鎖Bが連結した場合を示したが、連結Bは、連結部位が第2級アミンであれば、式中矢印で示すように、X1~X5のいずれに連結していてもよい。
【0026】
本発明のモノビオチン標識剤及びダブルビオチン標識剤の代表的な例として、次の化学式(IA)及び(IIA)で表されるビオチン標識剤を例示する。
【0027】
【化8】
このモノビオチン標識剤IAは、Aの複数の要素のうちj個(j=1~5のいずれか)の要素と1個の要素(アルキレン)がアミド結合で連結された化合物である。
【0028】
【化9】
式中、k=1~3のいずれか、mは1又は2である。このダブルビオチン標識剤IIAは、式IIにおける連結部位X
3が第2級アミンで、連結部位X
2及びY
1がともにトリアゾール基という特徴的な構造を有している。
【0029】
本発明のビオチン標識剤は、ジブロモ―ピリダジンジオン基が、標識対象であるタンパク質のジスルフィド基に結合することでタンパク質を標識するので、リジン残基に結合する従来の標識剤のように、タンパクのどの位置がビオチン標識されているか把握できないという問題がなく、ビオチンの結合数がより明確になるため、定量的な分析に役立つ。また切断したジスルフィド基にビオチンを結合する従来のビオチン標識手法では、タンパクの構造が不安定となり活性が低下し、失活するおそれもあるが、本発明のビオチン標識剤は、切断後のジスルフィド結合がピリダジンジオン基を介して再結合(バイパス)されるので、タンパク質の構造が安定し、活性の低下や失活を防止することができる。
【0030】
<ビオチン標識タンパク質及び試薬>
本発明のビオチン標識タンパク質は、上述のモノビオチン標識剤或いはダブルビオチン標識剤で標識されたタンパク質、即ちタンパク質のS-S結合を再度連結するようにビオチン標識剤が結合したタンパク質である。
図1に示したように、ビオチン標識剤のジブロモ―ピリダジンジオン基の2つのBrが、標識対象であるタンパク質のジスルフィド基を切断した後のスルフヒドリル末端との置換反応することで、タンパク質に結合し、そのS-S基を再結合する。これにより、安定した構造のビオチン標識タンパク質が得られる。
【0031】
標識の対象となるタンパク質としては、分子内にS-S結合を有するものであれば、特に限定されず、種々の抗体(或いは抗原)などであり、例えば、IgA、IgE、IgG、IgM、ScFv-Fc、(Fab’)2、Minibody、Fab、Diabody、scFv、VHHなどが挙げられる。
【0032】
このような本発明のビオチン標識タンパク質は、ビオチン結合性タンパクを介して、蛍光色素、酵素或いはビーズを結合させることにより、免疫染色やタンパク質の抽出・精製等に適用することができる。
【0033】
ここで、「ビオチン結合性タンパク質」とは、ビオチンと特異的に結合するタンパク質のことで、例えば、アビジン、ストレプトアビジン、ニュートラアビジン、AVRタンパク質(Biochem.J.,2002,363, 609-617)、ブラダビジン(Bradavidin)(J.Biol.Chem.,2005,280, 13250-13255)、リザビジン(Rhizavidin)(Biochem.J., 2007,405, 397-405)、タマビジン(WO02/072817)およびこれらの変異体や修飾体、単量体や多量体(連結体)等を含む、ビオチンに高い親和性をもつタンパク質のことをいう。
【0034】
本実施形態にかかるビオチン結合性タンパク質は、ビオチンとの特異的な結合能を有する限り、そのアミノ酸配列中に1または複数(例えば、1~10、好ましくは、1~5、より好ましくは1~3)のアミノ酸の置換、挿入、欠失および/または付加を有していてもよく、いずれかのアミノ酸がグリコシル基などの糖鎖やその他の置換基で修飾されていてもよい。
【0035】
ビオチン結合性タンパクがストレプトアビジンの場合を例にすると、例えば、
図2に示すように、例えば抗体を本発明のビオチン標識剤でビオチン標識した後、蛍光色素を結合させたストレプトアビジンと反応させることにより、抗体を蛍光色素染色でき、免疫反応の可視化を図ることができる。逆に、ビオチン標識剤を、ストレプトアビジンを介して蛍光色素染色した後、抗体と反応させてもよい。酵素についても同様にしてストレプトアビジンを介して、ビオチン標識した抗体に結合することができ、免疫染色(色素増幅)やELISA、ウェスタンブロッディングに応用することができる。またビオチン標識したタンパクにビーズを結合させることで、ビーズの不溶性、あるいは磁性を付与している場合には磁性を利用して、所定のタンパク質を抽出し、精製することができる。
【0036】
本発明の免疫検査試薬は、上述した免疫染色(色素増幅)やELISA、ウェスタンブロッディングを含む検査等に用いる試薬であり、本発明のビオチン標識剤、ビオチン標識タンパク質又はビオチン標識剤のビオチン構造にビオチン結合性タンパク質が結合しているものを含む。また
図2では、ビオチン結合性タンパクがストレプトアビジンの場合を示しているが、前述したストレプトアビジン以外のビオチン結合性タンパクについても、同様の試薬とすることができ、そのような試薬も本願発明に包含される。
【0037】
さらに本発明のビオチン標識タンパク質は、基板上に抗体固定化した試薬として利用することも可能である。抗体固定化した試薬の一例を
図3に示す。この例では、Au基板を用意し、例えばチオール基とAuとの結合により、ビオチン標識アルキルチオールを基板に固定する。また自由端となっているビオチン標識剤のビオチン構造とストレプトアビジンとを結合し、ストレプトアビジンを固定化する。一方、本発明の標識剤でビオチン標識した抗体を用意し、これを四量体のストレプトアビジンのうちビオチン構造が結合していないストレプトアビジンに結合させる。これにより、抗体が基板に固定される。このような抗体固定化した基板は、免疫を利用した検査に用いられる。
【0038】
この例でも、ストレプトアビジン以外のビオチン結合性タンパク質でも、それを基板に固定することにより、本発明の標識剤でビオチン標識した抗体を基板に固定することが可能である。
【0039】
<ビオチン標識剤の製造方法>
以下、本発明のビオチン標識剤の製造方法の一例を説明する。
【0040】
本発明のビオチン標識剤は、ビオチンを出発原料とし、ビオチン標識剤の主構造となる化合物(IV)或いは化合物(V)を合成する。化合物(IV)(n=3のもの)はビオチンから90%以上の収率で合成することができ(Tantama et al., J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 15733-15787、Zong et al., J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 8450-8461)、化合物(V)(n=3のもの)は上記化合物(IV)から95%以上の収率で合成することができる(Wooyoung et al., Chem. & Biol., 2010, 17, 537-547、Peng-Yu et al., Chem. Asian. J., 2011, 6, 2762-2775)。
【0041】
【0042】
式(IV)、(V)において、Zは、要素として、-(CH2CH2O)1~20-、又は炭素数1~5のアルキレン基を含み、各要素間は、直接結合されているか、アミド結合、トリアゾール基、第2級アミンのいずれかで結合されている。すなわち、Zは要素の数nが6の場合、要素をZ1~Z6、結合部位をX1~X5で表すと、Z=-Z1-X1-Z2-X2-Z3-X3-Z4-X4-Z5-X5-Z6-で表される。nは、モノビオチン標識剤製造の出発原料の場合、n=1~6のいずれかである。また、ダブルビオチン標識剤製造の場合は、出発原料としてn=1~6の化合物と、n=1~3の化合物とを用意する。
【0043】
モノビオチン標識剤(化合物(I))は、上記化合物(V)とジブロモ―ピリダジンジオン基を持つ活性化化合物(VI)との縮合反応により製造することができる。
【0044】
【0045】
ダブルビオチン標識剤(式(II))は、3-アミノ-1-プロパノールのアミノ基にアルキン基を導入した化合物(式(VII))を用いて、ヒュスゲン環化付加反応により、アミンを中心として、ビオチン構造を含む出発化合物(式(IV))を直鎖状につなげた二量体を製造した後、中心のアミン窒素に連結した末端ヒドロキシ基をアミノ基に変換し、当該アミノ基にジブロモ―ピリダジンジオン基を含む化合物(式(VI))を縮合反応により結合することにより製造することができる。
【0046】
【0047】
なお上記製造方法は、一例であり、例えば上記ではダブルビオチン標識剤として単一の出発化合物(IV)を用いてホモ二量体とした場合を説明したが、連結鎖(Z)nの構成が異なる2種類の出発化合物(IV)を用いてヘテロ二量体としてもよく、その場合にも同様の反応により両者を直鎖状につなげることが可能である。
また、モノビオチン製造後に、その連結鎖Aに含まれる第2級アミンにアルキン基を導入し、ヒュスゲン環化付加反応によりビオチン構造を含む化合物(IV)を結合することも可能である。
【実施例0048】
以下、本発明のビオチン標識剤及びそれにより標識されたタンパク質の実施例を説明する。
【0049】
<実験例1>Fabのダブルビオチン標識
1.ダブルビオチン標識剤の合成
以下の反応式により、ダブルビオチン標識剤(II)を合成した。
【化14】
以下、合成手順を詳述する。
【0050】
<化合物(VIII)の合成>
文献記載の方法[Bioconjugate Chem. 2006, 17,52-57]に従って得られた化合物(IV)(24.4 g, 54.9 mmol)をDMF(220 mL)に溶解し、文献記載の方法[Angew. Chem. Int. Ed.2014,53, 5872 -5876.]に従って得られた化合物(VII)(4.15 g, 27.5 mmol)、L-アスコルビン酸ナトリウムの水溶液(5.99 g, 30.2 mmol, 20 mL)、硫酸銅(II)五水和物の水溶液(0.75 g, 3.02 mmol, 5 mL)を加えて、室温で42時間撹拌した。減圧下で溶媒を留去し、得られた残留物をシリカゲルクロマトグラフィー(溶離液:酢酸エチル:メタノール=1:0→1:2)で精製することにより、化合物(VIII)(16.5 g, 15.9 mmol)を収率58%で得た。Rf 0.30 [100%(v)メタノール];1H NMR(400 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):7.99 (s, 2H), 4.61-4.56(m, 4H), 4.49 (ddd, J = 7.8, 5.0, 0.9 Hz, 2H), 4.30 (dd, J = 7.9, 4.5 Hz, 2H), 3.94-3.88 (m, 4H), 3.61 (q, J = 1.3 Hz, 9H), 3.58(d, J = 4.6 Hz, 10H), 3.52 (t, J = 5.5 Hz, 4H), 3.34 (d, J = 1.7 Hz, 7H), 3.31 (s, 2H), 3.20 (ddd, J = 8.8, 5.8, 4.4 Hz, 2H), 2.92 (dd, J = 12.8, 5.0 Hz, 2H), 2.70 (d, J = 12.7 Hz, 2H), 2.57 (t, J = 7.1 Hz, 2H), 2.20 (t, J = 7.4 Hz, 4H), 1.82-1.53 (m, 11H), 1.43 (p, J = 7.4 Hz, 4H);13C NMR(100 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):176.1, 166.1, 145.2, 126.1, 71.6, 71.5, 71.5, 71.3, 70.6, 70.4, 63.4, 61.6, 61.6, 57.0, 51.4, 41.1, 40.3, 36.7, 30.8, 29.8, 29.5, 26.8;MALDI-TOFMS(m/z) [M+H]+計算値1040.54, 検出値1040.47、[M+Na]+計算値1062.52, 検出値1062.45。
【0051】
<化合物(IX)の合成>
化合物(VIII)(16.2 g, 15.6 mmol)、トリエチルアミン(1.74 g, 17.2 mmol)、塩化メタンスルホニル(1.97 g, 17.2 mmol)をDMF(234 mL)に溶解し、遮光条件下、室温で15時間撹拌した。その後、アジ化ナトリウム(5.17 g, 79.5 mmol)を加えて、室温で24時間撹拌した。減圧下で溶媒を留去し、得られた残留物をシリカゲルクロマトグラフィー(溶離液:酢酸エチル:メタノール=1:2)で精製することにより、化合物(IX)(7.87 g, 7.39 mmol)を収率47%で得た。Rf 0.20 [1:2(v/v) 酢酸エチル-メタノール];1H NMR(400 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):8.00 (s, 2H), 4.59 (t, J = 5.1 Hz, 4H), 4.51-4.46 (m, 2H), 4.30 (dd, J = 7.9, 4.5 Hz, 2H), 3.91 (t, J = 5.1, 4H), 3.79 (s, 4H), 3.64-3.55 (m, 18H), 3.52 (t, J = 5.5 Hz, 4H), 3.34 (d, J = 1.7 Hz, 9H), 3.20 (ddd, J = 8.9, 5.9, 4.4 Hz, 2H), 2.92 (dd, J = 12.8, 5.0, 2H), 2.70 (d, J = 12.7 Hz, 2H), 2.59 (t, J = 7.1, 2H), 2.20 (t, J = 7.4, 4H), 1.84-1.52 (m, 10H), 1.43 (p, J = 7.2 Hz, 4H);13C NMR(100 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):176.1, 166.1, 144.9, 126.2, 71.5, 71.5, 71.5, 71.3, 70.6, 70.4, 63.4, 61.6, 61.6, 57.0, 51.4, 41.1, 40.3, 36.7, 30.7, 29.8, 29.5, 26.8;MALDI-TOFMS(m/z) [M+Na]+計算値1087.53, 検出値1087.41、[M-N2+Na]+計算値1059.52, 検出値1059.34。
【0052】
<ダブルビオチン標識剤(II)の合成>
化合物(IX)(400 mg, 0.375 mmol)をメタノール(4 mL)に溶解し、20%水酸化パラジウム-活性炭素(500 mg)を加えて、水素雰囲気下、室温で20時間撹拌した。セライトろ過後、ろ液を減圧下で濃縮し、残留物(X)(291 mg, Rf 0.10 [100%(v)メタノール])を得た。文献記載の方法[Org.Biomol.Chem.2018,16,1359-1366.]に従って得られた化合物(VI)(127 mg, 0.28 mmol)と残留物(X)(291 mg, 0.28 mmol)をDMF(4 mL)に溶解し、室温で21時間撹拌した。減圧下で溶媒を留去し、得られた残留物をシリカゲルクロマトグラフィー(溶離液:酢酸エチル:メタノール=1:0→0:1)で精製することにより、ダブルビオチン標識剤(II)(134 mg, 0.097 mmol)を収率35%で得た。Rf 0.30 [100%(v) メタノール];1H NMR(400 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):7.98 (s, 2H), 4.59 (t, J = 5.1 Hz, 4H), 4.54-4.39 (m, 4H), 4.30 (dd, J = 7.9, 4.5 Hz, 2H) 3.91 (t, J = 5.4 Hz, 5H), 3.74 (s, 3H), 3.67 (s, 2H), 3.65-3.54 (m, 18H), 3.52 (t, J = 5.4 Hz, 5H), 3.31 (s, 1H)m 3.19 (ddt, J = 8.9, 6.7, 4.5 Hz, 2H), 2.92 (dd, J = 12.8, 5.0 Hz, 2H), 2.79 (d, J = 2.1 Hz, 1H), 2.70 (d, J = 12.7 Hz, 2H), 2.66-2.58 (m, 2H), 2.52-2.48 (m, 2H), 2.21 (t, J = .4 Hz, 4H), 1.65 (dddt, J = 38.7, 24.3, 13.9, 6.8 Hz, 8H), 1.43 (p, J = 7.3 Hz, 4H);13C NMR(100 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):176.1, 172.1, 166.1, 154.8, 154.5, 145.3, 136.7, 136.5, 126.1, 71.6, 71.5, 71.5, 71.3, 70.6, 70.4, 63.4, 61.6, 57.0, 51.9, 51.4, 49.9, 45.5, 41.1, 40.4, 38.9, 36.8, 35.7, 35.0, 29.8, 29.5, 27.3, 26.9, 26.3;MALDI-TOFMS(m/z) [M+H]+計算値1377.43, 検出値1377.43、[M+Na]+計算値1399.41, 検出値1399.41、[M+K]+計算値1415.38, 検出値1415.39。
【0053】
2.ダブルビオチン標識Fabの調製
上記の合成により得られたダブルビオチン標識剤(II)を用いてFabのダブルビオチン標識を行った。Fabは、抗マウスポリクローナル IgG(H+L)、ヤギ、アフィニティー精製Fab断片(Jackson Immuno Research Laboratories, Inc.)を用いた。
【0054】
まず、Fab断片のBBS溶液(26.0 μM, 1.3 mg/mL, 28.3 μL)に、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)のBBS溶液(26.1 mM, 21.8 μL)を加えて、37℃で1.5時間インキュベーションした。限外ろ過後、上記ダブルビオチン標識剤(IIA)のDMF溶液(6 mM, 4.90 μL)とBBS緩衝液(65.1 μL)を加え、21℃で21時間インキュベーションした。限外ろ過後、ダブルビオチン標識されたFabを得た。
【0055】
なお緩衝液には、BBS緩衝液(25 mMホウ酸、25 mM塩化ナトリウム、0.5 mMエチレンジアミン四酢酸, pH8.0)、PBS緩衝液(TaKaRa社製「Phosphate Buffer Saline (PBS) Tablets, pH7.4」を1000 mLの超純水に溶解して使用)、或いは、TBS-T緩衝液(TaKaRa社製「Tris Buffered Saline with Tween 20 (TBS-T) Tablets, pH7.6」を500 mLの超純水に溶解して使用)を用いた。
また限外ろ過は、メルク製アミコンウルトラ―0.5 mL遠心式フィルター(3000MWCO)を使用して、製品プロトコルに従って行った。
【0056】
ダブルビオチン標識Fabが生成したことを確認するために、ポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)を行った。PAGEは12%分離ゲル及び4%濃縮ゲルを用い、泳動後はバレットCBBステイン ワン(ナカライテスク)を用いてゲルを染色した。SDS-PAGEにおいて、分子量マーカーとしてプレシジョンPlusデュアルエクストラスタンダード(バイオ・ラッドラボラトリーズ)を使用した。ゲルイメージングには、Printgraph CMOS I(ATTO)を使用した。結果を
図4に示す。
【0057】
図4における各レーンは、左側から順に、分子量マーカー、原料Fab、TCEP反応(還元)後のFab、ダブルビオチン標識後のFabを示す。図示するように、原料Fab(約50kDa)に対し、還元反応後には分子量が半分(約25kDa)になっており、S-S結合が切断されて軽鎖と重鎖に分離したことがわかる。さらに、ダブルビオチン標識剤との反応後(最右レーン)では、多くが原料Fabと同じ分子量(約50kDa)にバンドが現れており、軽鎖と重鎖がダブルビオチン標識剤により再架橋されたことが確認できた。最右レーンで検出された二つのバンドの強度比(原料Fabと分子量が同程度のバンド/還元型Fabと分子量が同程度のバンド)から再架橋率を算出したところ、約79%の結果が得られた。すなわち上記反応により高い効率でダブルビオチン標識がなされていることを確認できた。
【0058】
3.活性試験
ダブルビオチン標識Fabの活性を確認するために、ウェスタンブロッティングを行った。ウェスタンブロッティングにおけるゲルの転写には、トランスブロットTurbo転写パック 0.2 μm PVDFを使用し、トランスブロット Turbo システムにて転写した。転写後のPVDF膜は、バレットブロッキングワン(ウェスタンブロッティング用)(ナカライテスク)に浸し(50 mL/ゲル)、室温で30分間浸透してブロッキングした。ストレプトアビジン結合活性及び抗原結合活性を蛍光検出するため、ストレプトアビジンと抗原(マウスIgG抗体)が予めCy3色素で標識された試薬をそれぞれ用いた。
【0059】
抗原結合活性評価には、蛍光ラベル化抗原としてCy
TM3-conjugeted ChromPure Mouse IgG, whole molecule(Jackson Immunoresearch Laboratories,Inc.)を、ストレプトアビジン結合活性評価には、Cy
TM3-conjugeted Streptavidin(Jackson Immunoresearch Laboratories,Inc.)を用い、これらをTBS-T緩衝液で希釈した (10 μL/gel)。この溶液にPVDF膜を浸し、室温で1時間振とうした。反応液を捨てて、TBS-T緩衝液を50 mL加えて5分間振とうした。この洗浄操作を3回繰り返した。得られたゲルは、Typhoon 9400(アマシャム・バイオサイエンス)を用いて蛍光ゲルイメージング(励起波長532 nm、蛍光波長670 nm)を行った。ウェスタンブロッティングの結果を
図5に示す。
【0060】
図5左側の蛍光ゲルイメージは、ストレプトアビジン結合活性試験の結果を示している。最右レーンでのみ蛍光バンドが検出されたことから、ダブルビオチン標識剤が還元後のFabに結合したことで、意図するストレプトアビジン結合活性を発現したことが示された。検出された蛍光バンドのうち、上側のバンド(50kDa付近)は、ダブルビオチン標識Fabのストレプトアビジン結合活性を、下側のバンド(25kDa付近)は、ダブルビオチン標識Fab軽鎖、或いは、ダブルビオチン標識Fab重鎖のストレプトアビジン結合活性を示している。この結果から、本発明のダブルビオチン標識剤で標識されたFabは、ストレプトアビジンに対する結合活性を十分に有することが認められた。
【0061】
図5右側の蛍光ゲルイメージは、抗原結合活性試験の結果を示している。蛍光バンドは50kDa付近に2つ検出されており、ひとつは原料Fabであり、もうひとつはダブルビオチン標識Fabであった。この結果から、ダブルビオチン標識によって、Fabの抗原結合性は損なわれることなく保たれていることが確認できた。
【0062】
<実験例2>Fabのモノビオチン標識
1.モノビオチン標識剤の合成
【0063】
以下の反応式により、モノビオチン標識剤(I)を合成した。
【化15】
【0064】
以下、合成手順の詳細を説明する。
文献記載の方法[Bioconjugate Chem. 2006, 17,52-57]に従って得られた化合物(IV)(1.02 g, 2.30 mmol)をメタノール(10 mL)に溶解し、20%水酸化パラジウム-活性炭素(1.25 g)を加えて、水素雰囲気下、室温で6時間撹拌した。セライトろ過後、ろ液を減圧下で濃縮し、残留物(V)(836 mg, Rf 0.10 [5:1(v/v)クロロホルム:メタノール])を得た。残留物(V)(778 mg)と化合物(VI)(719 mg, 1.59 mmol)をDMF(10 mL)に溶解し、室温で14時間撹拌した。減圧下で溶媒を留去し、得られた残留物をシリカゲルクロマトグラフィー(溶離液:クロロホルム:メタノール=6:1)で精製することにより、化合物(I)(292 mg, 0.39 mmol)を収率24%で得た。Rf 0.30 [4:1(v/v)クロロホルム-メタノール];1H NMR(400 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):4.57-4.41 (m, 3H), 4.31 (dd, J = 7.9, 4.4 Hz, 1H), 3.68 (s, 3H), 3.66-3.62 (m, 4H), 3.62-3.46 (m, 8H), 3.41-3.30 (m, 4H), 3.21 (ddd, J = 8.9, 5.9, 4.4 Hz, 1H), 2.93 (dd, J = 12.7, 5.0, 1H), 2.69 (dd, J = 12.7, 5.0 Hz, 1H), 2.60 (t, J = 6.8 Hz, 2H), 2.22 (t, J = 7.4 Hz, 2H), 1.81-1.53 (m, 4H), 1.51-1.38 (m, 2H);13C NMR(100 MHz, メタノール-d4)δ値(ppm):176.1, 166.1, 154.8, 154.5, 136.8, 136.5, 71.6, 71.2, 70.6, 70.4, 63.4, 61.6, 57.0, 45.5, 41.1, 40.5, 40.3, 36.8, 35.6, 34.7, 29.8, 29.5, 26.8, 26.3, 18.4;MALDI-TOFMS(m/z) [M+H]+計算値757.11, 検出値757.11、[M+Na]+計算値779.11, 検出値779.09、[M+K]+計算値795.06, 検出値765.09。
【0065】
2.モノビオチン標識Fabの調製
ダブルビオチン標識に用いたFabと同様のFab抗体を用い、実験例1と同様の手法でモノビオチン標識Fabを調製した。モノビオチン標識剤以外の試薬、溶媒、器具、機器類は、特に記載しない限り前述のダブルビオチン標識Fabと同じものを用いた。
【0066】
実験例1と同様に還元したFabのBBS溶液 (26.0 μM, 1.3 mg/mL, 28.3 μL)にTCEP(26.1 mM, 21.8 μL)を加えて、37℃で1.5時間インキュベーションした。限外ろ過後、上記モノビオチン標識剤(I)のDMF溶液(15 mM, 3.43 μL)とBBS緩衝液(66.6 μL)を加え、21℃で18時間インキュベーションした。限外ろ過後、モノビオチン標識されたFabを得た。
【0067】
モノビオチン標識Fabの生成と抗原結合活性を確認するために、ダブルビオチン標識Fabと同様の条件でSDS-PAGEを行った。結果を
図6に示す。
【0068】
図6における4つのレーンは、左側から順に、分子量マーカー、原料Fab、TCEP反応(還元)後のFab、モノビオチン標識後のFabを示す。最右レーンでは、原料Fab(約50kDa)と同じ位置にバンドが認められたことから、モノビオチン標識Fabが生成したことが示された。再架橋率は約78%と算出された。すなわち上記反応により、ダブルビオチン標識と同様に、高い効率でモノビオチン標識がなされていることを確認できた。
【0069】
3.活性試験
モノビオチン標識Fabの活性を確認するために、ダブルビオチン標識Fabと同様の条件でウェスタンブロッティングを行った。結果を
図7に示す。
【0070】
図7左側の蛍光ゲルイメージは、ストレプトアビジン結合活性試験の結果を示している。最右レーンでのみ蛍光バンドが検出されたことから、モノビオチン標識剤が還元後のFabに結合したことで、意図するストレプトアビジン結合活性を発現したことが示された。ダブルビオチン標識した場合と同様に、検出された蛍光バンドのうち、上側のバンド(50kDa付近)は、モノビオチン標識Fabのストレプトアビジン結合活性を、下側のバンド(25kDa付近)は、モノビオチン標識Fab軽鎖、或いは、モノビオチン標識Fab重鎖のストレプトアビジン結合活性を示している。この結果から、本発明のモノビオチン標識剤で標識されたFabは、ストレプトアビジンに対する結合活性を十分に有することが認められた。
【0071】
図7右側の蛍光ゲルイメージは、抗原結合活性試験の結果を示している。蛍光バンドは50kDa付近に2つ検出されており、ひとつは原料Fabであり、もうひとつはモノビオチン標識Fabであった。この結果から、ダブルビオチン標識と同様に、モノビオチン標識によっても、Fabの抗原結合性は損なわれることなく保たれていることが確認できた。
【0072】
<実験例3>VHH抗体のモノビオチン標識
実験例2で合成したモノビオチン標識剤(I)を用いて、VHH抗体のモノビオチン標識を行い、結合活性の確認と評価を行った。
【0073】
1.モノビオチン標識VHHの調製とストレプトアビジン結合活性の確認
VHH抗体は、ラクダ科動物由来の重鎖抗体における抗原結合ドメインを取り出したもので、分子量が小さい(15kDa)、熱に対する安定性が高い、大腸菌や酵母を利用した組み換え産生が可能である、タンパク質工学におけるハンドリング性がよい等の利点から、従来型の抗体の代替として期待される材料である。VHH抗体は、
図8に示すように、分子内にジスルフィド結合を有し、本実験ではこのジスルフィド結合をターゲットとして、モノビオチン標識を行った。
【0074】
VHH抗体は、文献記載の情報[Behar et al., Protein Eng. Des. Sel., 2008, 21, 1-10]に基づいてプロテイン・エクスプレスによって生産されたもの(anti-FcγRIII VHH抗体, C21)を使用した。VHH抗体以外の試薬、溶媒、器具、機器類は、特に記載しない限り前述のダブルビオチン標識Fabと同じものを用いた。
【0075】
VHH 抗体のPBS溶液 (147 μM, 2.2 mg/mL, 8.4 μL)にTCEPのBBS溶液 (15.0 mM, 8.2 μL)とBBS緩衝液(33.5 μL)を加えて、37℃で1.5時間インキュベーションした。限外ろ過後、モノビオチン標識剤(I)のDMF溶液(10 mM, 5.0 μL)とBBS緩衝液(65.0 μL)を加え、21℃で21時間インキュベーションした。限外ろ過後、モノビオチン標識されたVHH抗体を得た。
【0076】
VHH抗体の還元反応とモノビオチン標識の各工程をSDS-PAGE(15%分離ゲル、4%濃縮ゲル)で分析した。また、ウェスタンブロッティングを行い、Cy3標識ストレプトアビジンを用いて、ビオチン構造が含まれるバンドを蛍光検出した。SDS-PAGEとウェスタンブロッティングの結果を
図9に示す。
【0077】
図9の左はSDS-PAGE、右はウェスタンブロッティングの結果である。両図とも、4つのレーンは、左から順に、分子量マーカー、原料VHH、還元型VHH、モノビオチン標識VHHを示す。SDS-PAGEの結果では、いずれのVHHも分子量差は小さく、バンドの位置に顕著な差はみられない。しかし、
図9の右に示すウェスタンブロッティングの結果から、最右レーンに蛍光バンドが検出されており、ストレプトアビジンとの結合活性を示すことから、モノビオチン標識VHHの生成が認められた。
【0078】
2.モノビオチン標識VHHの抗原結合活性評価
上記モノビオチン標識VHHの抗原結合活性を定量的に評価するために、SPR法による相互作用解析実験を行った。測定装置はBiacore X100(GEヘルスケアライフサイエンス)を使用した。まず、ストレプトアビジンが予め固定されたSensor Chip SA (Cytiva)に上記モノビオチン標識VHH溶液を流し、基板上にモノビオチン標識VHH抗体を固定化した。結果を
図10に示す。
【0079】
図10に示すグラフおいて、縦軸はチップへの固定化量(RU)を示し、横軸は時間(流動実験開始からの経過時間)を示す。また黒丸は、濃度の異なるVHH混合体を投入した時点を示しており、時間間隔をおいて、9.2 ng/ml、92 ng/ml、0.92 μg/mlのVHH混合体を投入した。なおVHH混合体の濃度は、280 nmのUV吸光度から換算して求めた値である。0.92 μg/mlのVHH混合体を流した直後から固定化量が急峻に上昇(約700RU向上し)したことから、基板上のストレプトアビジンにモノビオチン標識VHHが固定化できたことが示された。
【0080】
SAチップにモノビオチン標識VHHを結合した後、抗原(CD16)濃度を次第に高めながら流動し、表面プラズモン共鳴により抗原とVHHとの結合親和性を計測した。結果を
図11に示す。
【0081】
図11に示すセンサーグラムの縦軸はレスポンス(RU)、横軸は時間(s)である。センサーグラムから抗原の結合量は濃度依存的に増加することが確認された。またセンサーグラムから解離定数(K
D値)を算出したところ、K
D値は1.1×10
-7 Mであった。このことからVHHのジスルフィド部位にビオチン標識しても抗原結合活性が維持されることが確認できた。
【0082】
<実験例4>モノビオチン標識剤とダブルビオチン標識剤の結合活性比較
【0083】
SPR法により、抗原との結合性及びストレプトアビジンとの結合性を評価した。
【0084】
まずリガンドとしてFab抗体の抗原を固定しセンサーチップCM5(Biacore
TH)を用い、アナライトとして、原料Fab、モノビオチン標識Fab、及びダブルビオチン標識Fabをそれぞれ流し、表面プラズモンにより解離定数を測定した。その結果を
図12(原料Fab)、
図13(モノビオチン標識Fab)及び
図14(ダブルビオチン標識Fab)に示す。
図12~
図14において、Fab濃度依存的なセンサーグラムの変化が確認された。センサーグラムからK
D値を算出したところ、原料FabのK
D値は7.0×10
-9 Mであるのに対し、モノビオチン標識FabのK
D値は9.9×10
-9 M、ダブルビオチン標識FabのK
D値は1.1×10
-8 Mで、活性はほぼ保たれていることが確認できた。
【0085】
また、センサーチップ上の固定化抗原に結合したモノビオチン標識Fab、及び、ダブルビオチン標識Fabに対して、四量体ストレプトアビジンを流し、ストレプトアビジンとの結合活性を測定した。その結果を
図15(モノビオチン標識Fab)及び
図16(ダブルビオチン標識Fab)に示す。
図15及び
図16において、ストレプトアビジン濃度依存的なセンサーグラムの変化が確認された。センサーグラムからK
D値を算出したところ、モノビオチン標識FabのK
D値は4.4×10
-13 M、ダブルビオチン標識FabのK
D値は4.4×10
-14 Mであった。即ち、ダブルビオチン標識Fabは、モノビオチン標識Fabよりも10倍強くストレプトアビジンと結合することが確認された。
【0086】
実験例1~4から、本発明のビオチン標識剤によりタンパクのジスルフィド部位にビオチン標識できること、チオールが再架橋されるのでタンパクの構造が安定し、活性が維持されること、また分子内にビオチン構造を2つ組み込むことにより、ストレプトアジピンに対する結合性が10倍強くなることが確認された。