(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024063781
(43)【公開日】2024-05-13
(54)【発明の名称】土壌消毒剤および土壌消毒方法
(51)【国際特許分類】
A01N 37/02 20060101AFI20240502BHJP
A01N 63/30 20200101ALI20240502BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240502BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20240502BHJP
【FI】
A01N37/02 ZNA
A01N63/30
A01P3/00
C12N1/20 A
C12N1/20 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023184285
(22)【出願日】2023-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2022171835
(32)【優先日】2022-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(71)【出願人】
【識別番号】522042669
【氏名又は名称】公益財団法人園芸植物育種研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】天知 誠吾
(72)【発明者】
【氏名】門馬 法明
【テーマコード(参考)】
4B065
4H011
【Fターム(参考)】
4B065AA23X
4B065AB10
4B065AC14
4B065BA30
4B065BB40
4B065BC50
4B065CA08
4B065CA47
4B065CA54
4B065CA60
4H011AA01
4H011BB06
4H011BB21
(57)【要約】
【課題】土壌消毒に有用な新たな技術手的手段を提供すること
【解決手段】カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を含んでなる、土壌消毒剤。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を含んでなる、土壌消毒剤。
【請求項2】
カプロン酸またはその塩を含んでなる、請求項1に記載の土壌消毒剤。
【請求項3】
土壌還元消毒法に用いるための、請求項1または2に記載の土壌消毒剤。
【請求項4】
前記カプロン酸産生菌がクロストリジウム属菌を含んでなる、請求項1に記載土壌消毒剤。
【請求項5】
前記クロストリジウム属菌の16SrRNA遺伝子のヌクレオチド配列が配列番号1に示されるヌクレオチド配列と少なくとも95%の同一性を有する、請求項4に記載の土壌消毒剤。
【請求項6】
前記カプロン酸産生菌が受領番号NITE AP-03946の下で寄託されているClostridium sp.E801を含んでなる、請求項1に記載の土壌消毒剤。
【請求項7】
受領番号NITE AP-03946の下で寄託されているClostridium sp.E801。
【請求項8】
カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を土壌に施用する工程を含んでなる、土壌消毒方法。
【請求項9】
前記施用工程が、カプロン酸またはその塩を土壌に施用する工程である、請求項8に記載の土壌消毒方法。
【請求項10】
土壌還元消毒法である、請求項8または9に記載の土壌消毒方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な土壌消毒剤および土壌消毒方法に関する。より詳細には、本発明は、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を用いる、新規な土壌消毒剤および土壌消毒方法に関する。
【背景技術】
【0002】
連作によって引き起こされる土壌障害は、農作物の収量を大幅に減少させ、農業生産に大きな影響を及ぼす。土壌障害の中で最も被害が大きく、対応も困難であるのが、土壌病害である。土壌病原菌は土壌深層まで存在し、その多くが糸状菌であり厚膜胞子等の耐久器官を形成するため、土壌燻蒸剤が効きにくく、防除が困難となっている。日本のトマト産業においてもFusarium oxysporum f.sp.lycopersici(Fol)の引き起こす萎凋病により、一農家あたり、年間約250万円10a-1の被害が生じている。
【0003】
土壌病害を防ぐためには土壌の消毒が必要不可欠である。これまで、土壌の消毒には土壌燻蒸剤が広く利用されてきた。特に臭化メチルは、抗菌スペクトルが広く、殺菌能力も高いため、最も頻繁に使用されてきた。しかし、臭化メチルは、その強いオゾン層破壊能から、2005年より先進国での使用が全廃された。現在、臭化メチル代替剤として、クロロピクリンやD-D(1,3-ジクロロプロペン)等が利用されているが、依然として環境や人体への毒性が強く、欧州や米国では使用の禁止、または厳しい規制が設けられている。欧州では、クロロピクリンは水生生物、鳥類、哺乳類に対するリスクと分解産物のジクロロニトロメタンによる地下水汚染リスクから使用が禁止されており、D-Dは、製造時のポリ塩化不純物の環境への放出から緊急利用のみに制限されている。
【0004】
このような技術状況下で開発された新たな土壌消毒方法が、土壌還元消毒法(Anaerobic soil disinfestation(ASD))である(非特許文献1)。ASDは、土壌微生物の力を利用して土壌を消毒する方法である。ASDは、1)土壌への米糠や小麦ふすま等の大量の有機物の混和、2)土壌の潅水、2)プラスチックフィルムによる土壌の被覆の3ステップで構成される。ASDは人体や環境への有害性が無く、同時に潅水による除塩効果も期待できる。また、長期間の処理を必要とせず、大規模な施設を導入する必要もない。以上のメリットから、現在、日本、オランダ、アメリカをはじめとする国々でASDの利用が増加しつつある。
【0005】
ASDではまず混和された有機物の影響で好気性微生物が酸素を急速に消費することで土壌中の酸化還元電位が低下し、これに伴い活性化した嫌気性細菌の生成する揮発性脂肪酸やその他揮発性成分、金属イオン、細胞壁分解酵素等が複合的に作用することで、土壌病原微生物が消毒されると推測されている。しかしながら、これら成分の土壌中での作用の詳細については明らかになっておらず、主要な殺菌因子や詳細な殺菌メカニズムは未だ不明である。
【0006】
近年ASDの普及に伴い、添加する有機物として米糠や小麦ふすま等の固体の代わりに、1%程度の低濃度エタノールを用いる方法が報告されている(非特許文献2)。添加するエタノールは消毒用(70%)に比べ非常に低濃度であるため、エタノール自体に殺菌効果は無く、有機物として利用される。
【0007】
しかしながら、上述のような低濃度エタノールを使用する場合であっても、土ASDの殺菌効果が不安定である場合があり、さらなる普及を妨げる原因となっている。したがって、ASDをより効果的で安定で実施するための新たな技術的手段が依然として求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Y.Oka,Appl.Soil Ecol.,44,101-115(2010)
【非特許文献2】門馬法明,宇佐見俊行,雨宮良幹,宍戸雅宏,土と微生物,59,27-33(2005)
【発明の概要】
【0009】
本発明は、土壌消毒に有用な新たな技術手的手段を提供することを目的とする。
【0010】
本発明者らは、今般、鋭意検討した結果、カプロン酸が特定の菌株により産生され、顕著な土壌消毒作用を有することを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0011】
本発明の一実施態様によれば、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を含んでなる、土壌消毒剤が提供される。
【0012】
また、本発明の別の実施態様によれば、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を土壌に施用する工程を含んでなる、土壌消毒方法が提供される。
【0013】
本発明によれば、カプロン酸およびそれを産生する細菌を用いて、顕著な土壌消毒作用を奏することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】ASD再現試験中の土壌およびその各成分の経時的変化を示す。AはFol生菌数の経時変化を示す。Fol生菌数は常用対数で示している。Bは酸化還元電位の経時変化を示す。Cは土壌のpHの経時変化を示す。
【
図2】ASD再現試験中の土壌中の各種有機酸濃度の経時的変化を示す。Aは、エタノールありの場合を示す。Bは、エタノールなしの場合を示す。
【
図3】ASD前後における細菌群の門レベルでの相対存在量を示す。
【
図4】グラム染色にした
Clostridium sp.E801株を顕微鏡で形態観察した際の写真である。
【
図5】16S rRNA遺伝子配列に基づきNeighbor-Joining法により作成したクロストリジウム(
Clostridium)属細菌の系統樹である。bootstrap値は1,000として計算している。
【
図6】
Clostridium sp.E801株培養上清中の有機酸濃度の経時的変化を示すグラフである。
【
図7】MESバッファー中でカプロン酸添加時のFol生菌数の経時的変化を示すグラフである。AはMESバッファーpH5.0の場合を示す。Bは、MESバッファーpH5.5の場合を示す。
【
図8】ヤシ殻培地で有機酸添加時のFol生菌数の経時的変化を示すグラフである。
【
図9】カプロン酸がトマト青枯病菌(R.solanacearum)の生菌数に与える影響を示すグラフである。
【発明の具体的説明】
【0015】
本発明の一実施態様によれば、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を含んでなる、土壌消毒剤が提供される。カプロン酸およびそれを産生する細菌が、顕著な土壌消毒作用を奏することは意外な事実である。
【0016】
カプロン酸の塩としては、農園芸上許容可能な塩である限り特に限定されず、無機塩または有機塩のいずれであってもよいが、好適な例としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等のアルカリ金属塩が挙げられる。
【0017】
本発明の一実施態様によれば、カプロン酸産生菌は、カプロン酸産生機能を有するクロストリジウム属菌であり、好ましくはClostridium kluyveriと実質的に同等な菌株を含んでなる。Clostridium kluyveriと実質的に同等な菌株は一種類であっても複数の組み合わせであってもよい。
【0018】
上記実質的に同等の菌株がClostridium kluyveriと機能的に同等か否かは、後述する実施例の試験例4と同様の実験を行い統計的手法(対応のない群間比較検定、一元配置分散分析)により有意差がない範囲であるか否かにより判定することができる。
【0019】
本発明の一実施態様によれば、Clostridium kluyveriと実質的に同等の菌株は、クロストリジウム属菌であって、その16SrRNA遺伝子の塩基配列が、配列番号1で示されるClostridium kluyveriの16SrRNA遺伝子の塩基配列と少なくとも95%、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.9%以上の同一性を有する。
【0020】
本発明において、2つのヌクレオチド配列間の「同一性」同一性とは、比較される2つの配列間で、ベストアライメント(最適アライメント)の後に得られる同一のヌクレオチドのパーセントを意味し、このパーセントは単に統計学的なものであり、2つの配列間の違いはそれらの全長にわたりランダムに分布している。2つのヌクレオチド配列間の配列の比較は、通常、最適な方法でアライメントした後にこれらの配列を比較することによりなされるが、この場合、前記比較はセグメントごとに、または「比較ウィンドウ」ごとに行われてよい。比較のための配列の最適アライメントは、コンピューターソフトウエア(BLAST P比較ソフトウエア)によって行うことができる。
【0021】
また、本発明の一実施態様によれば、カプロン酸産生菌は、Clostridium sp.E801を含んでなる。Clostridium sp.E801は、2023年7月18日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、受領番号NITE AP-03946の下で寄託されている。さらに、Clostridium sp.E801をはじめとするカプロン酸産生菌は,2022年9月7日より、国立大学法人千葉大学 環境園芸学専攻 園芸化学コース 応用生命化学領域 微生物工学研究室(千葉県千葉市稲毛区弥生町1番33号)に分譲可能な状態で保管されている。
【0022】
カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を、土壌消毒剤の有効成分として用いる場合は、そのまま用いても良いが、通常は適当な固体担体、液体担体、ガス状担体、界面活性剤、分散剤その他の製剤用補助剤と混合して水和剤、顆粒水和剤、懸濁剤、フロアブル剤、粒剤、微粒剤F、粉剤、乳剤、EW剤、液剤、錠剤、油剤、エアゾール等の任意の剤型にして使用することができる。
【0023】
固体担体としては、例えばタルク、ベンナイト、クレー、カオリン、ケイソウ土、バーミキュライト、ゼオライト、ホワイトカーボン、炭酸カルシウム、酸性白土、軽石、アタパルジャイト、酸化チタン等があげられる。
【0024】
液体担体としては、例えばエタノール等のアルコール類、灯油等の脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ジエチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、酢酸エチル等のエステル類、アセトニトリル、イソブチロニトリル等のニトリル類、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等の酸アミド類、ダイズ油、綿実油等の植物油類、ジメチルスルホキシド、水等があげられる。
【0025】
また、ガス担体としてはLPG、空気、窒素、炭酸ガス、ジメチルエーテル等があげられる。
【0026】
乳化、分散、展着等のための界面活性剤、分散剤としては、例えばアルキル硫酸エステル類、アルキル(アリール)スルホン酸塩類、ポリオキシアルキレンアルキル(アリール)エーテル類、多価アルコールエステル類、ジオクチルスルホコハク酸Na、アルキルマレイン共重合物、アルキルナフタレンスルホン酸Na、β-ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のNa塩、リグニンスルホン酸塩、ポリオキシエチレントリスチリルフェニルエーテル硫酸塩または燐酸塩等が用いられる。
【0027】
更に、製剤の性状を改善するための補助剤としては、例えばα化デンプン、デキストリン、カルボキシメチルセルロース、アラビアガム、ポリエチレングリコール、ステアリン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン、アルギン酸ナトリウム、フェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤、エポキシ化植物油等が用いられる。
【0028】
上記の担体、界面活性剤、分散剤、および補助剤は、必要に応じて各々単独で、あるいは組み合わせて用いられる。
【0029】
これらの製剤中の有効成分の含有量は、通常1~75質量%、粉剤では通常0.3~25質量%、水和剤では通常1~90重量%、粒剤では通常0.5-10質量が適当であるが、特に限定されない。
【0030】
また、本発明の別の実施態様によれば、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を土壌に施用する工程を含んでなる、土壌消毒方法が提供される。
【0031】
本発明の一実施態様によれば、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を土壌に施用する工程においては、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌と、米糠や小麦ふすま等の有機資材とを混和して土壌に加えてもよく、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌と有機資材とを別々に土壌に施用してもよい。また、土壌消毒に使用される従来公知の還元剤を土壌にさらに加えてもよい。さらに、上記土壌への施用工程に加えて、土壌の潅水工程、プラスチックフィルムによる土壌の被覆工程を公知の手法に準じて実施することができる。本発明の土壌消毒方法は、簡易な工程で土壌の消毒を行うことができ、農作物の生育に適した土壌、栽培環境を安定して維持する上で有利に利用することができる。
【0032】
本発明の一実施態様によれば、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌の施用量は、土壌や病害生物の種類や性質に応じて適宜調整してよいが、例えば、土壌1反(約1,000mm2)当たり10~20kgの施用量としてもよい。
【0033】
本発明の一実施態様によれば、米糠や小麦ふすま等の有機資材の施用量は、土壌や病害生物の種類や性質に応じて適宜調整してよいが、例えば、土壌1反(約1,000mm2)当たり100~200kgとしてもよい。
【0034】
この他、本発明の実施形態では、通常、農作業で用いられる肥料(苦土石灰、貝化石、ケイ酸カルシウム、バークたい肥等)、土壌改良剤(ゼオライト、珪藻土、緑色凝灰岩、腐植酸資材、バーミキュライト、ピートモス等の土壌改良資材)を混用することで、土壌の消毒効果をより高めることができる。
【0035】
一実施態様によれば、本発明は、土壌に生息する病原体に起因する病害に対して効果的に適用することができると考えられる。土壌に生息する病原体に起因する病害としては、例えば、病原性のフザリウム属菌による病害(ウリ科作物(スイカ、メロン等)のつる割病、イチゴの萎黄病、トマトの萎凋病等)、各種作物の苗立枯病、コムギ条斑病、ナス科植物(トマト等)の青枯病、ムギ類萎縮病等が挙げられる。また、本発明が適用される病原体としては、病原性のフザリウム属菌(F.oxysporum f.sp.melonis、F.oxysporum f.sp.fragariae、F.oxysporum f.sp.lycopersici等のFusarium oxysporum等)をはじめとする糸状菌、ナス科青枯病菌をはじめとする細菌等の土壌伝染性病原体等が挙げられる。
【0036】
また、本発明の別の実施態様によれば、土壌消毒剤の製造における、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌の使用が提供される。また、本発明の別の実施態様によれば、土壌消毒剤としての、カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌の使用が提供される。
【0037】
また、本発明の別の実施態様によれば、以下が提供される。
[1]カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を含んでなる、土壌消毒剤。
[2]カプロン酸またはその塩を含んでなる、[1]に記載の土壌消毒剤。
[3]土壌還元消毒法に用いるための、[1]または[2]に記載の土壌消毒剤。
[4]上記カプロン酸産生菌がクロストリジウム属菌を含んでなる、[1]に記載土壌消毒剤。
[5]上記クロストリジウム属菌の16SrRNA遺伝子のヌクレオチド配列が配列番号1に示されるヌクレオチド配列と少なくとも95%の同一性を有する、[4]に記載の土壌消毒剤。
[6]上記カプロン酸産生菌が受領番号NITE AP-039460の下で寄託されているClostridium sp.E801を含んでなる、[1]に記載の土壌消毒剤。
[7]NITE AP-03946の下で寄託されているClostridium sp.E801。
[8]カプロン酸もしくはその塩またはカプロン酸産生菌を土壌に施用する工程を含んでなる、土壌消毒方法。
[9]上記工程が、カプロン酸またはその塩を土壌に施用する工程である、
[8]に記載の土壌消毒方法。
[10]土壌還元消毒法である、[8]または[9]に記載の土壌消毒方法。
【実施例0038】
以下の実施例に基づいて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
試験例1:土壌還元消毒法(ASD)の再現実験
Fe2+の殺菌への関与を調べるため、鉄をほとんど含まないヤシ殻培地(園芸植物育種研究所より譲渡)を用いてASDの再現実験を行った。
【0040】
50mL容バイアル瓶に5gのヤシ殻培地を量り入れた。滅菌水25mLと1%エタノール5mLを加え、窒素ガスで液相を4分間、気相を30秒間脱気後、ブチル栓とアルミシールで速やかに密栓した。また、密栓後に121℃、20分間のオートクレーブ滅菌を2回行ったものを滅菌コントロールとした。その後、Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici(Fol)分生子懸濁液を希釈し、106cellg-1となるように1mL添加した。バイアルは30℃、17日間インキュベートした。エタノールを加えていない対照試料も調製した。
【0041】
サンプリングは嫌気バック内で行った。嫌気バックの末端を閉じ、窒素ガスを注入した。1~2分後に末端を開放し、ガスを追い出した。再び末端を閉じ、窒素ガスを注入した。十分に窒素ガスが充填したところでガスの注入を止め、嫌気バック内でバイアルを開封した。サンプリングは0、3、6、8、10、14、17日目に行った。
【0042】
酸化還元電位、生菌数、pHの測定
得られたサンプルについて、Ehメーター(HORIBA)を用いて酸化還元電位を測定した。この操作は嫌気バック内で行った。先端を切ったチップを用いてサンプル1gを15mL容試験管に量り取り、9mLの滅菌水を加えて懸濁液を作製した。懸濁液を滅菌水で適当な倍率に希釈して西村培地(Fo-G1培地)(N.Nishimura,Selective media for Fusarium oxysporum,J.Gen.PlantPathol.,73,342-348(2007))に塗抹した。30℃で培養後、コロニー数を計数し、Fol生菌数とした。コンパクトpHメーター(HORIBA)を用いて、サンプルのpHを測定した。残りのサンプルを、先端を切ったチップを用いて15 mLファルコンチューブに移し、-30℃で保存した。
【0043】
Ferrozine法によるFe
2+
濃度の測定
また、得られたサンプルについて、Fe2+の酸化を防ぐため、嫌気バック内で先端を切ったチップを用いてサンプル500μLと2NHCl 500μLを混合し塩酸処理を行った。その後、Fe2+濃度測定まで-30℃で保存した。Ferrozine溶液(HEPES 11.9g L-1、Ferrozine(PDTS)1.0gL-1:NaOHを用いてpH7.0に調整)を調製した。塩酸処理サンプルを4℃、17,500gで3分間遠心し、上清を回収した。上清50μLとFerrozine溶液2.5mLを10mL容試験管に加え、ボルテックスミキサーで15秒間攪拌し、直ちに吸収波長562nmの吸光度を測定した。このとき、標準物質には硫酸第一鉄エチルジアミン四水和物(0、5、25、50、100mg-Fe L-1)を用いた。
【0044】
HPLCによる有機酸の測定
また、得られたサンプルについて、ASD中に生成された有機酸をHPLC(HITACHI、L-7000シリーズ)で測定した。検出器にはDiode Array Detector(DAD)を使用した。DADは紫外・可視域に吸収波長を持つ成分を検出でき、有機酸の測定に一般的に用いられる。サンプルの上清を径0.20μmのフィルターで濾過し、分析に供した。このとき、標準物質には、酢酸(0、1、5、20mM)、n-酪酸ナトリウム(0、1、5、20mM)、カプロン酸ナトリウム(0、1、5、20mM)を用いた。
【0045】
ASDの再現実験の結果
17日間のASD期間中のFol生菌数の推移を希釈平板培養によって求めた結果は、
図1Aに示される通りであった。0日目には6.0Log CFU g
-1のFolが存在していた。
【0046】
一方で、ASDの結果、ヤシ殻培地の滅菌と1%エタノールの有無によって殺菌効果が低下した。特にエタノールの有無によって消毒後期に殺菌効果の差が生じ、エタノール添加条件のみで十分な殺菌効果が得られた。生菌数はエタノールの有無により差がでたものの共に10日目までは減少を続けた。しかし、10日目以降エタノールありでは、生菌数が検出限界以下まで減少したのに対し、エタノールなしでは、1.5~1.8Log CFUg-1程度で生菌数が安定した。また、滅菌コントロールでは、17日間で生菌数が3.0Log CFUg-1までしか減少しなかった。
【0047】
また、酸化還元電位の結果は、
図1Bに示される通りであった。測定の結果、0日目の酸化還元電位は-242mVであった。エタノールありでは、酸化還元電位は3日目に-116mVまで上昇し、10日目に再び-196mVまで低下したが、その後再び上昇した。エタノールなしでは酸化還元電位は徐々に上昇し、17日目には-45mVとなった。
【0048】
土壌中のpHを経時的に測定した結果、
図1Cに示される通り、pHはエタノール添加の有無によって大きな差が見られた。測定の結果、0日目のpHは5.5であった。全サンプルにおいて、3日目まではpHが上昇していることが確認された。その後、エタノールありでは、pHは再び低下していき、17日目には5.2となった。エタノールなしでは、pHは上昇していき、17日目には6.3に達した。
【0049】
Fe2+濃度の測定の結果、0日目は0.10mMであった。その後、17日目には、エタノールありで0.23mM、エタノールなしで0.17mM、滅菌コントロールで0.19mMとなり、いずれの条件でも非常に低濃度であった。
【0050】
HPLCによる有機酸の測定結果は、
図2に示される通りであった。エタノールありでは、6日目まで酢酸の生成量が増加し最大2.8mM生成したがその後減少した。酪酸の生成は3日目から6日目の間で始まり、10日目には最大で3.8mMとなったがその後14日目までに2.2mMへと減少した。一方、カプロン酸の生成は8日目から10日目の間で始まり、14日目には、最大で3.1mMとなった(
図2A)。これに対し、エタノールなしでは10日目以降に酢酸の生成が始まり、17日目に最大で0.68mMとなった。エタノールありとは異なり酪酸、カプロン酸の生成は見られなかった(
図2B)。
【0051】
以上の結果からヤシ殻培地においてFe2+はASDの殺菌因子ではないことが示唆された。なお、本実験ではエタノール無添加条件と滅菌コントロールにおいてもFol生菌数がある程度減少したが、窒素ガスでの脱気により、0日目から酸化還元電位が非常に低かったためと推察された。
【0052】
ASD中のFe2+以外の成分を測定した結果、エタノール無添加条件では有機酸はほとんど見られなかったのに対し、エタノール添加条件では酢酸、酪酸、カプロン酸の生成が見られた。また、ASD中の有機酸の変化から初期に酢酸が生成され、中期に酢酸が酪酸へ、後期に酪酸がカプロン酸へ変換されたと考えられた。一方、エタノール無添加条件ではpHが上昇したのに対し、エタノール添加条件ではpHは逆に低下した。有機酸総量とpHの経時的変化から、エタノール添加条件では有機酸の蓄積によりpHが低下したと考えられた。
【0053】
試験例2:次世代シーケンサーによる細菌群集構造の網羅的解析
ASD前後の土壌中細菌群集構造の変化を網羅的に解析するため、以下の手順に従い、次世代シーケンサー(Next generation sequencer:NGS)解析を行った。-30℃で保存したサンプルからDNAを抽出し、解析に供した。
【0054】
試験例1で得たサンプルを500μL量りとり、Fast DNA SPIN kit for Soil(MP Biosystems)を用いてDNA抽出を行った。抽出方法は付属のプロトコルに従った。抽出したDNAは-30℃で保存した。
【0055】
サンプルを識別するインデックス配列をDNAに結合させるため16S rRNA遺伝子配列のV4領域をターゲットとしたプライマーを用いてタグ付けPCRを行った。PCR増幅時に正確性が高くエラーが起きにくいQ5ポリメラーゼ(New England Biolabs)を用いた。表1に記載のプライマーでPCR反応を行い、アガロースゲル電気泳動により目的配列の増幅を確認した。515fプライマーは全てのサンプルで共通であるが、806rプライマーはタグとして、サンプルごとに異なるインデックス配列をもつように設計されたものを用いた。これらのプライマーにはMiSeqのフローセル結合領域や、16S配列のユニバーサル領域、インデックス配列が含まれているため配列長が長く、サンプルごとにPCR効率が異なる。そのため、電気泳動時のバンドの濃さが同等になるようにサイクル数を17~30サイクルの間でサンプルごとに変更した。
【0056】
【0057】
得られたPCR反応産物に含まれるプライマーダイマー等の短鎖断片を除去するために、Agencourt AMPure XP(Beckman Coulter)を用いて精製を行った。操作は付属のプロトコルに従い、2回繰り返し行った。
【0058】
精製サンプルをアガロースゲル電気泳動し、目的配列長である400bp付近のバンドを切り出した。切り出したゲルからQIAquick gel extraction kit(Qiagen)を用いてDNAを回収した。操作は付属のプロトコルに従った。回収したサンプルのDNA濃度をQuant-iT PicoGreen dsDNA reagent kit(Life Technologies)によって測定した。すべてのサンプルの濃度を2nMに希釈し、混合したものをライブラリーとしてシーケンス解析に供した。
【0059】
MiSeq sequencer(Illumina)と300-cycle MiSeq reagent kit(Illumina)を用いてペアエンド法によりシーケンス解析を行った。その際にダミーDNA配列としてPhiX control V3を使用した。シーケンスにより得られた配列はMiSeqによるGreengenesデータベースとの相同性検索を行った。また、得られたシーケンスデータからPhiX配列を取り除き、fastq-join tool in the ea-utils software packageによりペアエンド配列を結合した後、QIIMEを用いてQualityが低い配列(Q<30)を取り除いた。Mothurにより得られた配列情報のアライメントを行い、ライブラリーからキメラ配列の決定および除去を行った。キメラ配列の取り除かれたライブラリーをQIIMEを用いて解析し、Operational taxonomic units(OTU)(カットオフ値:97%の配列相同性)を決定した。また、得られたOTUの配列を用いてNCBI Blastにより相同性検索を行い、近縁菌を選定した。
【0060】
細菌群集構造の網羅的解析の結果
ASDによる門レベルでの相対存在量の変化を
図3に示した。ASD処理前は、
Proteobacteria門(44%)、
Verrucomicrobia門(13%)、
Actinobacteria門(8.9%)、
Bacteroidetes門(8.2%)、
Firmicutes門(5.9%)、
Planctomycete門(5.2%)が優占していた。一方、ASDを行った後には
Firmicutes門(44%)と
Verrucomicrobia門(21%)は相対存在量が増加したのに対し、
Proteobacteria門(20%)、
Actinobacteria門(4.2%)、
Bacteroidetes門(3.4%)、
Planctomycete門(3.0%)は相対存在量が減少した。
【0061】
ASD後の相対存在量が多い順に4つのOTUを、ASD前後のOTU相対存在量と近縁種と共に表2に示した。
【0062】
【0063】
Firmicutes門細菌のOTU No.12701とOTU No.11422が1番目と3番目に優占し、それぞれClostridium kluyveriとClostridium swellfunianumに近縁であった。特にOTU No.12701は0日目には検出されなかったが、17日目には全体の22%まで増加した。Verrucomicrobia門細菌のOTU No.12498とOTU No.7769が2番目と4番目に優占し、それぞれEreboglobus luteusとOpitutus terraeに近縁であった。
【0064】
試験例3:ASD後土壌からの細菌の単離
NGSによる細菌群集構造の解析結果から、最優占していたOTU No.12701の単離を試みた。バイアル瓶に蒸留水19.8mLを入れ、窒素・二酸化炭素混合ガス(N2:CO2=80%:20%)で液相を3分間、気相を30秒間脱気後、ブチル栓とアルミシールで速やかに密栓し嫌気状態とした。その後121℃、20分間のオートクレーブ滅菌を行った。オートクレーブ後、ASDサンプルの液体成分を200μL加え、ウォーターバスで80℃、10分間のヒートショックを行なった。
ヒートショックした接種源1mLをエタノール・酢酸培地19mLに接種し、30℃で1週間培養した。培養液1mLを新たなエタノール・酢酸培地に接種し、再び30℃で1週間培養した。
【0065】
0.4%寒天を加えたエタノール・酢酸培地17mLを加圧培養試験管(三紳工業)に調製し、45℃のウォーターバスで保温して寒天が溶解した状態を保った。その後、希釈した集積培養液2mLを接種し、転倒混和後、30℃で培養した。培養液は段階希釈法によって単一コロニーが形成されるように希釈した。単一コロニーを滅菌パスツールピペットで吸い出し、エタノール・酢酸培地に接種後、30℃で培養した。この操作をもう一度行い、単離完了とした。以降、無機塩培地で1週間ごとに植え継ぎを行った。以上のとおり、酢酸ナトリウムとエタノールを炭素源とした培地を用いたアガーシェイク法により、細菌E801株を単離した。
【0066】
単離した細菌の形態観察をするため、グラム染色を行った。染色液にはNacalai tesque社の細菌染色用グラム染色液を用いた。培養液50μLをスライドグラスに乗せガスバーナーを用いて完全に乾燥させた後、スライドグラスをガスバーナーの炎に2回くぐらせ菌体を固定した。固定した菌体の上からグラム染色液をかけ1分間染色し、洗い流した。次にグラム染色液で1分間染色し、洗い流した。無水アルコール中でスライドグラスを30秒間静かに振り、洗い流した。グラム染色液をかけ30秒間染色し、洗い流した。乾燥後、顕微鏡観察に供した。
【0067】
次に、以下の手法に従い、E801株を16SrRNAシーケンス解析に供し系統樹を作成した。
まず、培養液1mLをエッペンチューブに移し、8,900g、4℃で1分間遠心し、菌体を沈殿させた。上清を捨てて滅菌水1mLに懸濁し、再び同条件で遠心した。再び上清を捨て、滅菌水40μLに懸濁した。懸濁液の凍結融解を2回繰り返した(凍結:-80℃で5分間、融解:100℃で2分間)。Proteinase K(1mg mL-1)30μLとBL buffer 50μLを加え、チューブを軽くたたいて攪拌した。60℃、30分間インキュベートした後、100℃、10分間インキュベートし、Protease Kを失活させた。17,500g、4℃で、5分間遠心し、新しいエッペンチューブに上清60μLを回収した。酢酸ナトリウム(pH5.2)6μLと100%エタノール150μLを添加し、-20℃で20分間静置した。17,500g、4℃で15分間遠心し、上清を捨てた。70%エタノール150μLを添加し17,500g、4℃で5分間遠心し、上清を捨てた。室温で10分間乾燥させ、滅菌水20μLを添加し、ゲノムDNAを溶解させた。
【0068】
抽出したDNAを25ngμL-1に希釈し、Template DNAとした。表3のプライマーでPCRを行った。その後、アガロースゲル電気泳動によって目的配列の増幅を確認した。
【0069】
【0070】
QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)を用いてPCR産物の精製を行った。操作は付属のプロトコルに従った。
【0071】
精製PCR産物を鋳型とし、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)を用いてシーケンス反応を行った。シーケンス反応は表4のプライマーで行った。エッペンチューブに100%エタノール60μLと125mM EDTA(pH8.0)6μLを加えよく混和させた。シーケンス反応物10μLと滅菌水10μLを混合し、ここに添加した。室温で15分間静置後、17,500g、4℃で15分間遠心した。上清を捨て、70%エタノール200μLを加え、17,500g、4℃で10分間遠心した。上清を捨て室温で乾燥させた。ホルムアミド15μLを添加し軽く攪拌し、95℃で3分間加熱した。その後、ABI PRISM3100(Applied Biosystems)を用いてシーケンス解析を行った。シーケンス解析で得られた配列を用いてNCBI Blastにより相同性検索を行った。
【0072】
【0073】
その結果、OTU No.12701の単離処理により得られた細菌はグラム陽性の桿菌であった(
図4)。
この細菌を16SrRNAシーケンス解析に供し系統樹を作成した結果、
Clostridium kluyveriに近縁で相同率(同一性)は98.1%であった(
図5)。この単離菌株を
Clostridium sp.E801とした。
【0074】
Clostridium kluyveriは発酵により、酢酸とエタノールから酪酸を、酪酸とエタノールからカプロン酸を生成することが知られている(J.Bacteriol.,55(2),223-230(1948),PNAS,105(6),2128-2133(2008),Bioresource Technol.,241,638-644(2017)等)。そこで、Clostridium sp.E801はASD中の酢酸から酪酸、酪酸からカプロン酸への変換に関与する可能性があると推察し、以下の実験をさらに行った。
【0075】
試験例4:E801株培養上清がFusarium oxysporum f. sp. lycopersici(Fol)の生育に与える影響の確認試験培養上清添加時のFol生菌数の変化
E801株を無機塩培地(NH4Cl0.535g L-1、KH2PO4 0.136g L-1、MgCl2・6H2O0.204g L-1、CaCl2・2H2O 0.147g L-1、微量ミネラル溶液1mL L-1、ビタミン溶液1mL L-1、セレネート/タングステート溶液mL L-1、NaHCO3 2.52 g L-1)で30℃、1週間培養した。培養液1mLをエッペンチューブにとり、8,900g、4℃で1分間遠心し上清を捨てた。滅菌水1mLを加え懸濁し、再度同じ条件で遠心し上清を捨てた。この操作をもう一度行い、洗浄菌体とした。洗浄菌体を滅菌水1mLに懸濁し、低炭素無機塩培地(無機塩培地においてエタノールと酢酸ナトリウム三水和物の終濃度をそれぞれ25mMと10mMに調整したもの)に接種した。30℃で2週間培養し、培養液を径0.2μmのフィルターで滅菌した。これをE801培養上清とした。また培養上清をウォーターバスで100℃、20分間加熱し、酵素を失活させたものを熱処理培養上清とした。
【0076】
E801株培養上清がFolの生育に与える影響を調べるため、低炭素無機塩培地、培養上清または熱処理培養上清を添加したGYP培地(D-グルコース20g L-1、酵母抽出液5g L-1、ペプトン10g L-1)でFolを3日間振とう培養し、培養液中のFol生菌数を測定した。具体的には、pH4.0、4.5、5.0、5.5に調整したGYP培地を18mL容試験管に4mLずつ分注した。Fol分生子懸濁液を希釈し、終濃度103cellmL-1となるように500μL添加した。その後、低炭素無機塩培地、E801株培養上清、熱処理培養上清のいずれかを500μL添加し、30℃、180rpmで3日間振とう培養した。各培養液を適当に希釈し、PDA(Potato Dextrose Agar)培地(PDA粉末39g L-1、10%酒石酸を用いてpH3.9~4.0に調整)に塗抹した。30℃で培養し、コロニー数を計数した。
【0077】
結果は表5に示される通りであった。
0日目のFol生菌数は2.9Log CFU mL-1であった。低炭素無機塩培地を添加した場合、Fol生菌数はpHに関わらず5.1~5.7Log CFU mL-1となり、Folの増殖が見られた。培養上清、熱処理培養上清を添加した場合は類似した挙動を示し、pH4.0と4.5ではFolは検出されなかったのに対し、pH5.0と5.5では4.5~5.7Log CFU mL-1となり、Folの増殖が見られた。
【0078】
【0079】
E801株培養上清中の有機酸の確認
上記実験において、pH依存的なFol殺菌能が観察されたため、E801株培養上清中に存在する何らかの有機酸が殺菌因子と考えられた。そこで、E801株を低炭素無機塩培地で30℃、2週間培養し、HPLCを用いてE801株培養上清中の有機酸濃度を経時的に測定した。また、E801株の生育を分光光度計を用いて600nmの光学密度(OD600)で測定した。
【0080】
結果は、
図6に示される通りであった。
E801株の生育は1週間で最大となりOD
600は0.244となった。E801株は酢酸を消費し、酪酸、カプロン酸を生産した。酪酸は3日目までに生産が始まり、4日目に最大で3.1mMとなり、その後は減少し2.1~3.0mMとなった。カプロン酸も3日目までに生産が始まり、6日目に最大で9.0mMに達した。
【0081】
以上の通り、E801株の培養上清中の有機酸をHPLCで測定した結果、酢酸を消費し、酪酸、カプロン酸を生産していた。酪酸は4日目まで増加し、以降減少したがカプロン酸は増加し続けた。これはE801株がC.kluyveriと同様の代謝を行い、エタノールと酢酸から、鎖長伸長反応で酪酸を経てカプロン酸を生成したためと考えられた。
【0082】
各種有機酸がFolの生菌数に与える影響の確認
F801株が生産するいずれの有機酸がFolの生育に影響を与えるか調べるため、酢酸、酪酸、カプロン酸を終濃度1mMで添加したGYP培地で3日間Folを振とう培養し、培養液中のFol生菌数を測定した。
【0083】
結果は、表6に示される通りであった。0日目のFol生菌数は3.1Log CFU mL-1であった。酢酸と酪酸を添加した場合は類似した挙動を示し、Fol生菌数はpHに関わらず5.0~6.2Log CFU mL-1となり、Folの増殖が見られた。これに対し、カプロン酸を添加した場合、pH4.0とpH4.5ではFolはほとんど検出されなかった。一方、pH5.0と5.5では2.4~3.4Log CFU mL-1となり、接種時のFol生菌数が維持されていた。
以上の結果から、カプロン酸は、酢酸や酪酸と比べ、顕著な殺菌効果を有することが示唆された。
【0084】
【0085】
試験例5:MESバッファー中のカプロン酸がFolの生菌数に与える影響の確認
ヤシ殻培地のpH範囲(pH5.0~5.5)におけるカプロン酸の殺菌能力を評価するため、MESバッファーを用いてFolの非増殖環境でカプロン酸を終濃度0、1、3、5mM添加し、Fol生菌数の推移を希釈平板培養によって求めた。
【0086】
結果は、
図7に示される通りであった。
pH5.0では、カプロン酸0mMでFol生菌数が常に2.9~3.7Log CFU mL
-1と維持された。これに対し、カプロン酸3mMと5mMではFolが3日目に検出されなくなった。また、カプロン酸1mMではFol生菌数は徐々に減少し、7日目には0.72 Log CFU mL
-1となった。一方、pH5.5でもカプロン酸0mMではFol生菌数が常に2.9~4.1 Log CFU mL
-1と維持されたのに対し、カプロン酸3mMと5mMではpH5.0と比べ緩やかだったもののFol生菌数が減少し、それぞれ5日目と7日目に検出されなくなった。また、カプロン酸1mMでは5日目まではFol生菌数はほとんど減少しなかったが、7日目には1.7Log CFU mL
-1へと減少した。
以上の結果から、カプロン酸は顕著な殺菌効果を有することが示唆された。
【0087】
試験例6:ヤシ殻培地中でカプロン酸がFolの生菌数に与える影響の確認
カプロン酸が実際にヤシ殻培地中で十分な殺菌効果を有するか調べるため、乾燥ヤシ殻培地に酢酸、酪酸、カプロン酸を終濃度3mMで添加し、Fol生菌数の推移を希釈平板培養によって求めた。
【0088】
結果は、
図8に示される通りであった。
0日目のFol生菌数は5.3Log CFU g
-1であった。有機酸なし、酢酸、酪酸では類似した挙動が見られ、Fol生菌数は減少したものの、6日間で3.2~3.3Log CFU g
-1まで減少するにとどまった。これに対し、カプロン酸を添加した場合、2日目から4日目の間にFol生菌数が急激に減少し始め、6日目には検出されなくなった。
以上の結果から、カプロン酸はヤシ殻培地中でも殺菌効果を持つことが示された。
【0089】
試験例7:カプロン酸がR.solanacearumの生菌数に与える影響の確認
カプロン酸がFol以外の植物病原菌にも殺菌効果を有するかを、トマト青枯病菌R.solanacearumを用いて調べた。具体的には、まず、pH5.0、5.5に調整した100mM MESバッファーを18mL容試験管に4mLずつ分注した。次に、10,000培希釈したR.solanacearumの菌体懸濁液を500μL添加した。その後、100mMカプロン酸溶液を滅菌水で希釈し、終濃度0、1、3、5mMとなるように500μL添加した。30℃で7日間静置した。サンプルを1.6%寒天CPG培地に塗抹した。30℃で培養し、コロニー数を計数した。また、カプロン酸と同様に酢酸および酪酸を添加した対照試料も調製した。
【0090】
結果は、
図9に示される通りであった。
pH5.0では酢酸、酪酸、カプロン酸すべてで類似した挙動を示し、0mMと1mMでは常に生菌数が3.2~4.7Log CFU mL
-1と維持されたのに対し、3mMと5mMでは酢酸と酪酸に比べカプロン酸が強い殺菌効果を示した。
pH5.5では酢酸と酪酸が類似した挙動を示し、いずれの濃度でも生菌数が3.0~4.6 Log CFU mL
-1と維持され、殺菌効果を失った。これに対し、カプロン酸3mMと5mMではpH5.0と比べ殺菌の速度が落ちたものの、十分な殺菌効果が見られた。
以上の結果から、カプロン酸はFol以外の植物病原菌にも殺菌効果を有することが示唆された。