(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024063920
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】顕微鏡
(51)【国際特許分類】
G02B 21/06 20060101AFI20240507BHJP
G02B 5/124 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
G02B21/06
G02B5/124
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022172103
(22)【出願日】2022-10-27
(71)【出願人】
【識別番号】322004393
【氏名又は名称】株式会社エビデント
(74)【代理人】
【識別番号】110004185
【氏名又は名称】インフォート弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100121083
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 宏義
(74)【代理人】
【識別番号】100138391
【弁理士】
【氏名又は名称】天田 昌行
(74)【代理人】
【識別番号】100074099
【弁理士】
【氏名又は名称】大菅 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100182936
【弁理士】
【氏名又は名称】矢野 直樹
(72)【発明者】
【氏名】日下 健一
【テーマコード(参考)】
2H042
2H052
【Fターム(参考)】
2H042EA04
2H042EA15
2H052AA03
2H052AA06
2H052AC04
2H052AC05
2H052AC10
2H052AC17
2H052AC27
2H052AC31
2H052AC33
2H052AD03
2H052AD18
2H052AE13
2H052AF02
2H052AF14
(57)【要約】
【課題】標本と共に容器に収容される液体表面の状態によらず、標本を様々な倍率で手間を掛けずに観察する。
【解決手段】顕微鏡100は、切り替え可能に設けられた複数の対物レンズと、照明光学系と、検出光学系と、標本21を挟んで光路上に配置された対物レンズとは反対側に配置され、複数の微小なリフレクタを配列してなる再帰性シート9と、を備える。照明光学系は、光路上に配置された対物レンズを介して照明光を標本21に照射する照明光学系であって、第1リレー光学系と、照明光が通過する開口が形成された変調素子3を含む。検出光学系は、標本21を透過して光路上に配置された対物レンズにより集光された観察光を検出する検出光学系であって、開口に対応する位置に設けられた観察光を変調する変調素子13を含む。顕微鏡100では、第1リレー光学系が形成する開口の像の最大像高は、複数の対物レンズの瞳半径の最小値よりも小さい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
切り替え可能に設けられた複数の対物レンズと、
光路上に配置された対物レンズを介して照明光を標本に照射する照明光学系であって、第1リレー光学系と、前記照明光が通過する開口が形成された第1変調素子を含む、前記照明光学系と、
前記標本を透過して前記光路上に配置された前記対物レンズにより集光された観察光を検出する検出光学系であって、前記開口に対応する位置に設けられた前記観察光を変調する第2変調素子と、を含む、前記検出光学系と、
前記標本を挟んで前記光路上に配置された前記対物レンズとは反対側に配置され、複数の微小なリフレクタを配列してなる再帰性光学素子と、を備え、
前記第1リレー光学系が形成する前記開口の像の最大像高は、前記複数の対物レンズの瞳半径の最小値よりも小さい
ことを特徴とする顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の顕微鏡において、
以下の条件式
|tan-1(H/f)-θ| < 37.5 [°] ・・・(1)
を満たすことを特徴とする顕微鏡。
但し、Hは、前記開口の像の最大像高である。fは、前記複数の対物レンズの焦点距離の最小値である。θは、前記光路上に配置された対物レンズの光軸と前記照明光が入射する範囲内における前記再帰性光学素子の入射面の法線とが成す最大角度[°]である。
【請求項3】
請求項2に記載の顕微鏡において、
前記照明光が入射する範囲内における前記再帰性光学素子の入射面は、法線方向が異なる複数の領域を有し、
前記複数の領域の法線は、前記光路上に配置された対物レンズの光軸から離れた領域の法線ほど前記光軸に対して大きく傾斜している
ことを特徴とする顕微鏡。
【請求項4】
請求項2に記載の顕微鏡において、
前記照明光が入射する範囲内における前記再帰性光学素子の入射面は、前記光路上に配置された対物レンズに向けた凹面を有する
ことを特徴とする顕微鏡。
【請求項5】
請求項2に記載の顕微鏡において、
以下の条件式
D/cosθ≦11/M [mm] ・・・(2)
を満たすことを特徴とする顕微鏡。
但し、Dは、前記リフレクタの大きさ[mm]である。Mは、前記複数の対物レンズの倍率の最大値である。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の顕微鏡において、
前記第1変調素子に形成された前記開口は、リングスリットであり、
前記第2変調素子は、リング状の位相板であり、
前記検出光学系は、さらに、前記位相板の像を前記第1リレー光学系が形成する前記リングスリットの像上に形成する第2リレー光学系を含む
ことを特徴とする顕微鏡。
【請求項7】
請求項6に記載の顕微鏡において、
前記複数の対物レンズのうちのどの対物レンズが前記光路上に配置された場合でも以下の条件式
W>ML(RW+2×(D/cosθ×Xn/fn))[mm] ・・・(3)
を満たすことを特徴とする顕微鏡。
但し、Wは、前記位相板のリング幅[mm]である。MLは、前記第2リレー光学系の投影倍率である。RWは、前記リングスリットの像のスリット幅[mm]である。Dは、前記リフレクタの大きさ[mm]である。θは、前記光路上に配置された対物レンズの光軸と前記照明光が入射する範囲内における前記再帰性光学素子の入射面の法線とが成す最大角度[°]である。Xnは、前記リングスリットの像が形成される像位置から前記光路上に配置された前記対物レンズの瞳位置までの距離である。fnは、前記光路上に配置された前記対物レンズの焦点距離である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書の開示は、顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
培養細胞などの位相物体である標本を位相差観察法で観察する場合、容器中の培養液の液面が表面張力によって湾曲してレンズ効果を有することで、位相差コンデンサのリングスリットと位相差対物レンズの瞳位置に設けられたモジュレータとの光学的に共役な位置関係を乱してしまうことがある。表面張力による影響は、マルチウェルプレートなどの比較的小さなウェルを有する容器において特に顕著であり、コントラスト良く標本を観察することを困難にする。
【0003】
この技術的な課題に関連する技術は、例えば、特許文献1に記載されている。特許文献1には、入射光を入射方向と同一方向に反射する再帰性反射部材を用いることで、液面の湾曲状態によらず鮮明に標本を観察する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、位相差観察法では、対物レンズの倍率毎にリングスリットとモジュレータを交換するのが一般的である。これは、対物レンズの倍率によって瞳径が異なるからである。特に、特許文献1のように再帰性反射部材を用いる場合には、モジュレータを対物レンズ内に設けた位相差対物レンズを用いることができないため、対物レンズを切り替える毎に対物レンズとは別にリングスリットとモジュレータを交換しなければならない。このような作業は、利用者にとって手間がかかり、望ましくない。
【0006】
以上では、位相差観察法を例に説明したが、上記の課題は、位相差観察法に限らず、互いに光学的に共役な瞳位置又は瞳共役位置に光学素子をそれぞれ配置して光を変調する観察法、例えば、レリーフコントラスト観察法などの他の観察法においても同様である。
【0007】
以上のような実情を踏まえ、本発明の一側面に係る目的は、標本と共に容器に収容される液体表面の状態によらず、標本を様々な倍率で手間を掛けずに観察する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係る顕微鏡は、切り替え可能に設けられた複数の対物レンズと、光路上に配置された対物レンズを介して照明光を標本に照射する照明光学系であって、第1リレー光学系と、前記照明光が通過する開口が形成された第1変調素子を含む、前記照明光学系と、前記標本を透過して前記光路上に配置された前記対物レンズにより集光された観察光を検出する検出光学系であって、前記開口に対応する位置に設けられた前記観察光を変調する第2変調素子と、を含む、前記検出光学系と、前記標本を挟んで前記光路上に配置された前記対物レンズとは反対側に配置され、複数の微小なリフレクタを配列してなる再帰性光学素子と、を備え、前記第1リレー光学系が形成する前記開口の像の最大像高は、前記複数の対物レンズの瞳半径の最小値よりも小さい。
【発明の効果】
【0009】
上記の態様によれば、標本と共に容器に収容される液体表面の状態によらず、標本を様々な倍率で手間を掛けずに観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1の実施形態に係る顕微鏡の構成を示した図である。
【
図2】複数の対物レンズの瞳とリングスリット像の関係を示した図である。
【
図3】再帰性シートの構成を説明するための図である。
【
図4】再帰性シート内の微小リフレクタの構成を示した図である。
【
図5】微小リフレクタの大きさとシフト量の関係を説明するための図である。
【
図6】対物レンズ間の瞳位置の違いを説明するための図である。
【
図7】再帰性シートの変形例を示した図であり、低倍対物レンズ使用時の様子を示した図である。
【
図8】再帰性シートの変形例を示した図であり、高倍対物レンズ使用時の様子を示した図である。
【
図9】微小リフレクタの大きさとシフト量の関係を説明するための別の図である。
【
図10】再帰性シートの別の変形例を示した図である。
【
図11】第2の実施形態に係る顕微鏡の構成を示した図である。
【
図12】照明光路に配置される変調素子の構成を示した図である。
【
図13】観察光路に配置される変調素子の構成を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<第1の実施形態>
図1は、本実施形態に係る顕微鏡の構成を示した図である。
図2は、複数の対物レンズの瞳とリングスリット像の関係を示した図である。
図3は、再帰性シートの構成を説明するための図である。
図4は、再帰性シート内の微小リフレクタの構成を示した図である。
図5は、微小リフレクタの大きさとシフト量の関係を説明するための図である。
図6は、対物レンズ間の瞳位置の違いを説明するための図である。
【0012】
図1に示す顕微鏡100は、照明光学系と観察光学系のそれぞれに変調素子(変調素子3、変調素子13)を配置した位相差顕微鏡である。顕微鏡100は、複数の異なる倍率を有する対物レンズと、それらの対物レンズを切り替えて使用するための切り替え装置(スライダ7)を備えている。また、顕微鏡100は、位相差観察に対物レンズ経由で照明し同じ対物レンズ経由で観察を行う落射照明を採用するため、照明光学系と観察光学系のそれぞれに瞳リレー光学系を備えている。さらに、顕微鏡100は、標本21を挟んで対物レンズとは反対側に配置された再帰性シート9を備え、対物レンズから出射し標本21を透過した光が再帰性シート9経由で対物レンズに再入射するように構成されている。
【0013】
以下、
図1から
図6を参照しながら顕微鏡100について具体的に説明する。顕微鏡100は、
図1に示すように、標本21を鉛直下方から観察する倒立顕微鏡である。標本21は、例えば、細胞などの位相物体であり、培養液22とともに容器20に収容されている。容器20は、例えば、マルチウェルプレートであるが、これに限らない。容器20は、種々の培養容器であってもよく、ペトリディッシュ、フラスコ、培養バッグなどであってもよい。
【0014】
顕微鏡100は、複数の対物レンズ(対物レンズ8a、対物レンズ8b、対物レンズ8c、対物レンズ8d)と、複数の対物レンズを切り替える切り替え装置としてスライダ7と、を備えている。スライダ7は、顕微鏡100の利用者が手動でスライドさせるものであってもよい。また、スライダ7は、図示しない動力源からの動力によって電動でスライドするものであってもよい。顕微鏡100は、スライダ7の代わりにレボルバーを備えてもよく、回転動作により複数の対物レンズを切り替えてもよい。
【0015】
複数の対物レンズは、倍率の異なる2つ以上の無限遠補正型の対物レンズである。対物レンズ8a、対物レンズ8b、対物レンズ8c、対物レンズ8dがそれぞれ10倍、20倍、40倍、60倍の対物レンズである場合を例に説明するが、倍率の組み合わせはこの例に限らない。顕微鏡100は、4倍などより低倍の対物レンズを備えてもよく、100倍などより高倍の対物レンズを備えてもよい。
【0016】
顕微鏡100は、照明光を出射する光源1と、スライダ7によって光路上に配置された対物レンズ8aを介して照明光を標本21に照射する照明光学系と、標本21を透過して光路上に配置された対物レンズ8aにより集光された観察光を検出する検出光学系を備えている。顕微鏡100は、さらに、照明光学系と検出光学系の光路が交差する位置に配置されたスプリッタ6と、標本21の像を取得する撮像素子15と、標本21を挟んで対物レンズ8aとは反対側に配置された再帰性シート9を備えている。
【0017】
光源1は、例えば、LED光源、ハロゲンランプなどである。スプリッタ6は、例えば、ハーフミラーである。撮像素子15は、例えば、CCDイメージセンサやCMOSイメージセンサである。
【0018】
照明光学系は、レンズ2と、変調素子3と、レンズ4と、レンズ5と、を含んでいる。変調素子3は、リングスリットが形成された第1変調素子である。リングスリットは、レンズ2でコリメートされた照明光が通過する開口である。レンズ4とレンズ5は、変調素子3に形成されたリングスリットの像を対物レンズ8aの瞳Paの位置又はその近傍に形成するリレー光学系(第1リレー光学系)である。
【0019】
第1リレー光学系は、
図2に示すように、スライダ7によって光路上に配置される対物レンズがどの対物レンズに切り替えられても、光路上に配置された対物レンズの瞳(瞳Pa、瞳Pb、瞳Pc、瞳Pd)内に収まるようにリングスリットの像Rを形成する。即ち、顕微鏡100では、第1リレー光学系が形成するリングスリットの像Rの最大像高Hは、
図2に示すように、複数の対物レンズの瞳半径の最小値よりも小さい。なお、対物レンズやその他の光学系の公差などを考慮した上で確実に像Rを瞳に収めるためには、最大像高Hは瞳半径の最小値の9割以内に抑えることが望ましい。
【0020】
図2には、10倍の対物レンズ8aの瞳Pa、20倍の対物レンズ8bの瞳Pb、40倍の対物レンズ8cの瞳Pc、60倍の対物レンズ8dの瞳Pdが比較表示されている。
図2に示すように、対物レンズの瞳径は、一般に倍率が高いほど小さくなるため、顕微鏡100では、リングスリットの像Rの最大像高Hは、60倍の対物レンズ8dの瞳Pdの半径よりも小さければよく、瞳Pdの半径の9割以内であることが望ましい。このような状態は、変調素子3のリングスリットの最大径と第1リレー光学系の投影倍率を予め適切に設計することで実現可能である。
【0021】
検出光学系は、レンズ10と、ミラー11と、レンズ12と、変調素子13と、レンズ14を含んでいる。変調素子13は、リングスリットに対応する位置に設けられた、観察光を変調する第2変調素子である。変調素子13は、具体的には、リング状の位相板である。レンズ10とレンズ12は、位相板である変調素子13の像を、第1リレー光学系が形成するリングスリットの像上に形成するリレー光学系(第2リレー光学系)である。
【0022】
なお、変調素子13がリングスリットに対応する位置に設けられるとは、リングスリットの位置とリング状の位相板の位置が光軸方向と光軸と直交方向のそれぞれにおいて十分対応していることをいい、変調素子3と変調素子13が光学的に共役な位置に配置されていることを含んでいる。より具体的には、リングスリットの像が形成される面と位相板の像が形成される面が凡そ一致していて、さらに、その面内においてリングスリットの像が位相板の像に十分に重なっていることをいう。つまり、
図2に示すリングスリットの像Rと実質的に同じ位置に位相板の像が形成されることをいう。このような状態は、位相板の最小径(リングの内径)及び最大径(リングの外径)と第2リレー光学系の投影倍率を予め適切に設計することで実現可能である。
【0023】
再帰性シート9は、再帰性反射を利用して入射光と同じ方向へ反射光を戻す再帰性光学素子であり、複数の微小なリフレクタを配列してなる。再帰性シート9は、例えば、
図3に示すように、大きさDの微小リフレクタ9aが敷き詰められたシートである。微小リフレクタ9aは、例えば、
図4に示すように、入射面9cから入射した光を入射面9cに対して角度Φだけ傾斜した反射面9bで再帰性反射して入射方向へ戻すコーナーキューブリフレクタである。微小リフレクタ9aは、再帰性反射を行うリフレクタであればよく、再帰性反射を行う球状のガラスビーズなどであってもよい。
【0024】
なお、再帰性シート9では、反射光は、入射光と同じ方向に戻されるが、戻る位置は入射光に対してシフトする。
図5に示すように、再帰性シート9の入射面を光軸AXに対して垂直に配置した場合であれば、シフト量Sは、最大で微小リフレクタ9aの大きさD程度である。従って、微小リフレクタ9aの大きさDを十分に小さくすることで反射前後に生じる位置のシフトを小さく抑えることができる。
【0025】
以上のように構成された顕微鏡100を用いることで、標本21の位相差画像を取得することができる。詳細には、変調素子3に形成されたリングスリットを通過した照明光は、対物レンズを介して標本21に照射される。その後、標本21を透過した照明光は、再帰性シート9を介して再度標本21に照射される。標本21を直進した直接光と標本21で回折した回折光が対物レンズによって集光され、このうち直接光は変調素子13(位相板)によって位相差が与えられる。これにより、直接光と回折光に位相差が生じ、その結果、撮像素子15において、直接光と回折光の干渉により標本21をコントラスト良く撮像することができる。
【0026】
また、顕微鏡100では、再帰性シート9により入射光と同じ方向に反射光が戻される。これにより、培養液22の液面におけるレンズ効果がキャンセルされる。その結果、顕微鏡100では、対物レンズ側から標本21を照明したときと同じ照明角度で標本21を上方から照明することができる。従って、培養液22の液面の状態によらず、対物レンズ毎に一定の照明状態を実現することが可能であり、光学的に共役な位置関係となるように配置された変調素子3と変調素子13によって、安定して位相差観察を行うことができる。
【0027】
さらに、顕微鏡100では、予め複数の対物レンズを交換しながら観察が行われることを想定して、複数の対物レンズのどれを光路上に配置した場合でも変調素子3と変調素子13のそれぞれを他の変調素子と交換することなく、位相差観察が行えるように、設計上の工夫がされている。具体的には、顕微鏡100は、第1リレー光学系が形成するリングスリットの像の最大像高が複数の対物レンズの瞳半径の最小値よりも小さくなるように設計されている。これにより、どの対物レンズが使用された場合でも、リングスリットを通過した照明光が途中でケラレることなく位相板に入射するため、対物レンズの倍率によらず位相差観察を行うことができる。
【0028】
なお、一般的には、位相差顕微鏡では、リングスリットと位相板の対物レンズの瞳面内における位置は、解像度とコントラストのバランスを取るように決定されている。瞳の外側に位置するほど解像度が高くなる一方でコントラストが付きにくくなるため、瞳の外側と内側のどちらにもより過ぎない位置とするのが通常である。これに対して、顕微鏡100では、同じリングスリットと位相板の組み合わせを複数の対物レンズで交換することなく使用する。対物レンズ毎に瞳径は異なるため、どの対物レンズにおいても瞳の外側と内側のどちらにも寄り過ぎない位置にリングスリットと位相板を配置することは困難な場合がある。
【0029】
しかしながら、この点についても実用上大きな問題は生じない。なぜなら、細胞数や密度の測定などの用途では、細胞を認識できる程度のコントラストが得られれば良く、そのような用途においては対物レンズの瞳内にリングスリットの像と位相板の像が形成されれば十分だからである。また、顕微鏡100では、
図2に示すように、低倍対物レンズが使用される場合に、コントラスト優位な位置(つまり瞳の中心寄り)にリングスリットと位相板の像が形成され、高倍対物レンズが使用される場合に、解像度優位な位置(つまり瞳の周辺より)にリングスリットと位相板の像が形成される。このように、特に高い解像度が要求される高倍観察において解像度優位の設定が自動的に実現される点も望ましい。
【0030】
以下、顕微鏡100の望ましい構成について説明する。
顕微鏡100は、以下の条件式を満たすように構成されることが望ましい。
|tan-1(H/f)| < 37.5 [°] ・・・(1-1)
【0031】
ここで、Hは、第1リレー光学系が形成する開口(リングスリット)の像の最大像高である。fは、複数の対物レンズの焦点距離の最小値である。なお、顕微鏡100では、fは倍率60倍の対物レンズ8dの焦点距離である。
【0032】
条件式(1-1)の左辺は、再帰性シート9へ入射する光線の最大角度を表している。再帰性シート9は、入射角度が大きくなりすぎると角度Φだけ傾斜した反射面9b(
図4参照)へ浅く光線が入射してその結果光線が反射する割合が小さくなる。条件式(1-1)を満たすことで、入射角度が反射面9bの角度に対して大きくなりすぎず、高い反射率を維持することができる。従って、明るく高いコントラストの位相差画像を得ることができる。
【0033】
より詳細に説明すると以下のとおりである。再帰性シート9は、微小リフレクタ9aにコーナーキューブリフレクタを用いたものが特に高い反射率を有する。そのため、明るい画像を得るためには、コーナーキューブリフレクタを用いた再帰性シート9を採用することが望ましい。現在既存のコーナーキューブリフレクタの角度Φは37.8°程度であり、コーナーキューブリフレクタが有効に動作する入射角度も概ね37.8°程度以内である。条件式(1-1)を満たすことで、コーナーキューブリフレクタへの入射角度が37.5°以内(有効に動作する37.8°未満)となるため、顕微鏡100は、コーナーキューブリフレクタでの反射率が過度に低下することなく明るい画像を得ることができる。
【0034】
また、顕微鏡100は、以下の条件式を満たすように構成されることが望ましい。
D≦11/M [mm] ・・・(2-1)
【0035】
ここで、Dは、微小リフレクタ9aの大きさ[mm]である。Mは、複数の対物レンズの倍率の最大値である。
【0036】
条件式(2-1)の左辺は、微小リフレクタ9aの大きさDであり、
図5に示すように、微小リフレクタ9aの反射によって生じる標本面における最大シフト量を表している。条件式(2-1)の右辺は、顕微鏡100において許容されるシフト量を表している。具体的には、顕微鏡100の視野数が22の場合の実視野の半分(最大物体高)である。なお、視野数22は、位相差観察で一般的な視野数である。条件式(2-1)を満たすことで、どの対物レンズを用いた場合であっても光線のシフト量が実視野の半分以内に収まるため、顕微鏡100は、少なくとも視野の半分程度の範囲を良好に観察することができる。
【0037】
また、顕微鏡100は、顕微鏡100が有する複数の対物レンズのうちのどの対物レンズが光路上に配置された場合でも以下の条件式を満たすように構成されることが望ましい。
W>ML(RW+2×(D×Xn/fn))[mm] ・・・(3-1)
【0038】
ここで、Wは、位相板(変調素子13)のリング幅[mm]である。MLは、第2リレー光学系の投影倍率である。RWは、リングスリットの像のスリット幅[mm]である。Xnは、リングスリットの像が形成される像位置から光路上に配置された対物レンズの瞳位置までの距離である。fnは、光路上に配置された対物レンズの焦点距離である。
【0039】
上述したように、リングスリット経由で標本21に照射された光は、再帰性シート9を経由することで最大Dだけシフトして対物レンズに入射する。位相板とリングスリットが対物レンズの瞳と光学的に共役な位置に配置されている場合には、リングスリット経由で入射した光を用いて第1リレー光学系が形成するリングスリット像(1次像)と、再帰性シート9経由で入射した光を用いて対物レンズが形成するリングスリット像(2次像)は、光線のシフト量にかかわらず、対物レンズの瞳上の同じ位置に結像する。そのため、リングスリット経由で入射する光に位相板で位相差を与えるためには、位相板のリング幅Wは、リングスリット像(1次像)のリング幅RWを第2リレー光学系の投影倍率ML倍した幅以上であればよい。つまり、W>ML×RWを満たせばよい。
【0040】
ところで、対物レンズの胴付き面を基準とした瞳位置は対物レンズ毎に異なり得る。
図6に示す例では、対物レンズ8aの瞳Paが他の対物レンズの瞳(瞳Pb、Pc、Pd)とは異なる位置にある様子が示されている。このように、対物レンズ毎に瞳位置が異なると、位相板とリングスリットをすべての対物レンズの瞳と光学的に共役な位置に配置することはできない。例えば、位相板とリングスリットの像を対物レンズ8bから対物レンズ8dの瞳位置に合わせて配置した場合には、位相板とリングスリットの像は対物レンズ8aの瞳位置からはずれてしまう。瞳位置と像位置が一致しない場合には、リングスリット像(2次像)は、瞳位置からずれた位置に、リングスリット像(1次像)よりも多少大きく形成される。より詳細には、例えば、
図6に示すように、瞳Paから縦方向(光軸方向)にXnだけずれた位置に形成された1次像は、焦点距離fの対物レンズによってβ(=Xn/f)倍だけ拡大されて2次像となる。このため、最大Dだけシフトする光線の位置は、D×Xn/fだけ横方向にずれる可能があり、そのシフトは径方向の任意の方向に起こり得るため、最大で2×D×Xn/fだけスリット像がずれる可能性がある。この点を考慮すると、位相板のリング幅Wは、リングスリット像(1次像)のリング幅RWに最大ずれ量2×D×Xn/fだけ余裕を見た値を第2リレー光学系の投影倍率ML倍した幅以上であればよい。つまり、W>ML×(RW+2×D×Xn/f)、即ち、条件式(3-1)を満たせばよい。
【0041】
条件式(3-1)を満たすことで、複数の対物レンズの瞳位置が相互に一致していなくても、その瞳位置ずれに起因して生じる位相板への投影像位置ずれの問題に対処可能である。従って、顕微鏡100は、瞳位置が異なる複数の対物レンズを用いて位相差観察を行うことができる。
【0042】
図7は、再帰性シートの変形例を示した図であり、低倍対物レンズ使用時の様子を示した図である。
図8は、再帰性シートの変形例を示した図であり、高倍対物レンズ使用時の様子を示した図である。
図9は、微小リフレクタの大きさとシフト量の関係を説明するための別の図である。
【0043】
図7及び
図8に示すように、再帰性シート19は、対物レンズ経由で照明光が入射する範囲内における再帰性シート19の入射面が、法線方向が異なる複数の領域(領域19a、領域19b、領域19c)を有する点において、再帰性シート9とは異なっている。また、複数の領域の法線は、光路上に配置された対物レンズの光軸から離れた領域の法線ほど光軸に対して大きく傾斜している。別の言い方をすると、複数の領域の法線は、光路上に配置された対物レンズの光軸から離れた領域の法線ほど光軸に対して大きく角度を有している。
【0044】
顕微鏡100は、再帰性シート9の代わりに、
図7及び
図8に示す再帰性シート19を備えてもよい。再帰性シート19を用いることで、顕微鏡100は、比較的低い倍率(例えば、10倍)の対物レンズ8aを用いた場合には、
図7に示すように、法線方向が光軸AXと一致する領域19aに入射するのに対して、比較的高い倍率(例えば、40倍)の対物レンズ8cを用いた場合には、
図8に示すように、法線方向が光軸AXに対して傾斜した領域19cに入射する。これにより、比較的高い倍率の対物レンズを用いた場合であっても、再帰性シート19への入射角度が過度に大きくなることを避けることが可能であり、再帰性シート19での光量ロスを抑えて入射光を効率良く反射することができる。即ち、再帰性シート19を用いることで、再帰性シート9を用いた場合よりも広い倍率範囲で位相差観察に対応することができる。なお、
図7及び
図8では、法線方向が異なる3種類の領域を有する例を示したが、法線方向が異なる領域の種類は、この例に限らず、4種類以上の法線方向の異なる領域が含まれてもよい。
【0045】
再帰性シート9のように入射面の法線方向を光軸と平行に配置した場合に限らず、再帰性シート19のように入射面の法線方向を光軸に対して傾斜して配置した場合も考慮すると、上述した条件式(1-1)は、以下の条件式(1)のように一般化することができる。顕微鏡100は、条件式(1-1)と同様の理由により、条件式(1)を満たすことが望ましい。
|tan-1(H/f)-θ| < 37.5 [°] ・・・(1)
【0046】
ただし、θは、光路上に配置された対物レンズの光軸と照明光が入射する範囲内における再帰性シート9の入射面の法線とが成す最大角度[°]である。条件式(1-1)は、θ=0の場合に対応する。
【0047】
同様に、条件式(2-1)、(3-1)についても以下の条件式(2)、(3)のように一般化することができる。顕微鏡100は、以下の条件式(2)、(3)を満たすように構成されることが望ましい。
D/cosθ≦11/M [mm] ・・・(2)
W>ML(RW+2×(D/cosθ×Xn/fn))[mm] ・・・(3)
【0048】
条件式(2)と条件式(3)のD/cosθは、
図9に示すように、領域19cの入射面が光軸AXに対して角度θだけ傾斜している場合を考慮した標本面20aにおける最大シフト量Sを示している。条件式(2-1)、(3-1)は、θ=0の場合に対応する。
【0049】
図10は、再帰性シートの別の変形例を示した図である。
図10に示すように、再帰性シート29は、照明光が入射する範囲内における再帰性シート29の入射面が光路上に配置された対物レンズに向けた凹面を有する点において、再帰性シート9とは異なっている。また、再帰性シート29の入射面の法線は、光路上に配置された対物レンズの光軸から離れた位置における法線ほど光軸に対して大きく傾斜している。
【0050】
顕微鏡100は、再帰性シート9の代わりに、
図10に示す再帰性シート29を備えてもよい。再帰性シート29を用いることで、比較的高い倍率の対物レンズを用いた場合であっても、再帰性シート29への入射角度が過度に大きくなることを避けることが可能であり、再帰性シート29で入射光を効率良く反射することができる。従って、再帰性シート19を用いた場合と同様に、再帰性シート29を用いることで、再帰性シート9を用いた場合よりもより広い倍率範囲で位相差観察に対応することができる。
【0051】
<第2の実施形態>
図11は、本実施形態に係る顕微鏡の構成を示した図である。
図12は、照明光路に配置される変調素子の構成を示した図である。
図13は、観察光路に配置される変調素子の構成を示した図である。
【0052】
図11に示す顕微鏡200は、照明光学系と観察光学系のそれぞれに変調素子(変調素子3、変調素子13)を配置した顕微鏡であり、変調コントラスト法で標本21を観察する装置である。変調コントラスト法は、レリーフコントラスト法ともいう。なお、顕微鏡200は、変調素子3の代わりに
図12に示す変調素子16を備える点と、変調素子13の代わりに
図13に示す変調素子17を備える点を除き、顕微鏡100と同様である。
【0053】
変調素子16は、光軸から偏心した位置に矩形の開口16aが形成された遮光板16bである。変調素子17は、透過率の異なる3つの領域(透過率の高い透明な領域17a、透過率が中程度の半透明な領域17b、透過率が低く光を通さない領域17c)からなる素子である。
【0054】
顕微鏡200でも、変調素子16の開口16aに対応する位置に変調素子17を設け、開口16aの像を複数の対物レンズの内のどの対物レンズが使用された場合であっても瞳内に収まるように構成されることで、再帰性シート9によって培養液22のレンズ効果をキャンセルしながら、様々な倍率の対物レンズを用いて変調コントラスト法で標本21をコントラスト良く観察することができる。
【0055】
上述した実施形態は、発明の理解を容易にするために具体例を示したものであり、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。上述の実施形態を変形した変形形態および上述した実施形態に代替する代替形態が包含され得る。つまり、各実施形態は、その趣旨および範囲を逸脱しない範囲で構成要素を変形することが可能である。また、1つ以上の実施形態に開示されている複数の構成要素を適宜組み合わせることにより、新たな実施形態を実施することができる。また、各実施形態に示される構成要素からいくつかの構成要素を削除してもよく、または実施形態に示される構成要素にいくつかの構成要素を追加してもよい。さらに、各実施形態に示す処理手順は、矛盾しない限り順序を入れ替えて行われてもよい。即ち、本発明の顕微鏡は、特許請求の範囲の記載を逸脱しない範囲において、さまざまな変形、変更が可能である。
【符号の説明】
【0056】
2、4、5、10、12、14 :レンズ
3、13、16、17 :変調素子
7 :スライダ
8a~8d :対物レンズ
9、19、29 :再帰性シート
9a :微小リフレクタ
9b :反射面
9c :入射面
16a :開口
16b :遮光板
17a~17c、19a~19c :領域
20 :容器
20a :標本面
21 :標本
22 :培養液
100、200 :顕微鏡
AX :光軸
Pa、Pb、Pc、Pd :瞳