(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064258
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】半導体レーザ装置
(51)【国際特許分類】
H01S 5/16 20060101AFI20240507BHJP
H01S 5/40 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
H01S5/16
H01S5/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022172711
(22)【出願日】2022-10-27
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100133215
【弁理士】
【氏名又は名称】真家 大樹
(72)【発明者】
【氏名】北村 政治
【テーマコード(参考)】
5F173
【Fターム(参考)】
5F173AB72
5F173AR61
5F173MB01
5F173MC18
5F173MD64
(57)【要約】
【課題】高温でのしきい値電流のばらつきを低減した半導体レーザ装置を提供する。
【解決手段】半導体レーザ装置100は、室温において相対的に発振波長が短い端面発光型の半導体レーザ素子200と、室温において相対的に発振波長が長い端面発光型の半導体レーザ素子200を有する。波長が短い半導体レーザ素子200と、波長が長い半導体レーザ素子200の室温における発振波長の差は20nm以下である。波長の短い半導体レーザ素子200と波長の長い半導体レーザ素子200の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっている。波長が短い半導体レーザ素子200の使用温度上限における出射端側反射率は、波長が長い半導体レーザ素子200の使用温度上限における出射端側反射率よりも高い。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
室温において相対的に発振波長が短い端面発光型の第1半導体レーザ素子と、
前記室温において相対的に発振波長が長い端面発光型の第2半導体レーザ素子と、
を備え、
前記第1半導体レーザ素子と前記第2半導体レーザ素子の、前記室温における発振波長の差は20nm以下であり、
前記第1半導体レーザ素子の出射端側の反射膜および前記第2半導体レーザ素子の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっており、
前記第1半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率は、前記第2半導体レーザ素子の前記使用温度上限における出射端側反射率よりも高いことを特徴とする半導体レーザ装置。
【請求項2】
3個以上の半導体レーザ素子を備え、
前記第1半導体レーザ素子は、前記3個以上の半導体レーザ素子のうち、室温における発振波長が最も短いひとつであり、
前記第2半導体レーザ素子は、前記3個以上の半導体レーザ素子のうち、室温における発振波長が最も長いひとつであることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ装置。
【請求項3】
前記発振波長は、600nm~700nmであることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ装置。
【請求項4】
前記第1半導体レーザ素子の前記出射端側反射率は、波長が長いほど高いことを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ装置。
【請求項5】
前記第1半導体レーザ素子の前記室温における前記出射端側反射率と前記第2半導体レーザ素子の前記室温における前記出射端側反射率の差は、前記第1半導体レーザ素子の前記使用温度上限における前記出射端側反射率と前記第2半導体レーザ素子の前記使用温度上限における前記出射端側反射率の差よりも小さいことを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ装置。
【請求項6】
横軸を発振波長、縦軸を出射端側反射率としてプロットしたグラフにおいて、前記第1半導体レーザ素子のグラフの傾きは、前記第2半導体レーザ素子のグラフの傾きよりも大きいことを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ装置。
【請求項7】
室温において発振波長が異なる複数の半導体レーザ素子を備え、
前記複数の半導体レーザ素子の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっており、
統計的にみたときに、前記室温において発振波長が短い半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率は、前記室温において発振波長が長い半導体レーザ素子の前記使用温度上限における出射端側反射率よりも高いことを特徴とする半導体レーザ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、半導体レーザ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体レーザを用いた装置において、広い温度範囲で安定して使えることが強く要求されている。一般的に、半導体レーザ素子は、動作温度が上昇するに伴ってしきい値電流が増加するという特性がある。しきい値電流の増加は、高エネルギー状態になった電子がクラッド層にあふれ出る現象(キャリアオーバーフロー)に起因する。(特許文献1)。
【0003】
しきい値電流の温度依存性は、特性温度T0を用いて以下の式で表される。
I=I0×exp(T/T0)
波長640nmの赤色レーザの特性温度T0は80K程度、波長780nmのレーザの特性温度は150K程度である。
【0004】
高温でのしきい値電流の増加は活性層とクラッド層のバンドギャップ差ΔEcにほぼ依存しており、特に640nmの赤色レーザにおいては、構成材料の制限からΔEcが小さく、温度上昇にともなうしきい値電流の増加が顕著となり、結果、動作電流の増大につながり、発熱の増加、残存寿命が短くなるという問題がある。
【0005】
また、しきい値電流の温度依存性は、複数の半導体レーザ素子が実装される装置において以下の問題をもたらす。このような装置では、複数の半導体レーザ素子の発振波長は個体ごとに製造ばらつきを持つところ、発振波長が短い個体は温度上昇にともなうしきい値電流の増加が大きく、発振波長が長い個体は短い個体よりも温度上昇にともなうしきい値電流の増加が小さい。このため、複数の個体を同じ電流量で駆動すると、個体ごとの光出力差が大きくなる。
【0006】
なお、高温時の動作電流は、室温、低温と比較して、しきい値電流に近い電流で動作させることが望ましい。これは、高温時は、動作電流を大きくしても光出力が飽和してしまい、動作電流の増大に従い残存寿命が短くなるからである。このためスロープ効率のばらつきの低減よりも、しきい値電流のばらつき低減の方が、光出力のばらつき低減に効果がある。
【0007】
高温動作時のしきい値電流を低減させる手法として、レーザ出射端面の反射率(出射端反射率という)を高くするものが知られている。この手法によれば、レーザ内部の光密度が上がり、高温時のしきい値電流を低くできる。一方でレーザ出射端反射率を高くすると、低温~室温付近の動作においては、高い光出力を求められるため、出射端面付近の光密度が高くなり、端面損傷(COD:Catastrophic Optical Damage)が起こりやすくなるという問題があった。
【0008】
この問題を解決するため、出射端反射率に波長依存性をもたせ、長波長なるに従い出射端反射率を高めるという手法が提案されている(特許文献2)。一般的に半導体レーザは、温度が上昇すると発振波長が長波長にシフトする特性がある。この特性を利用して、出射端反射率を、長波長(=高温動作時)になるに従い高くすることで、高温での光閉じ込めを大きくし、高温でのしきい値電流の増加を低減させることができる。
【0009】
一方、低温~室温付近の動作時の発振波長は高温動作時よりも短波長であるため、出射端反射率を抑え、高いCOD耐性を得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006-049420号公報
【特許文献2】特開平7-74427号公報
【特許文献3】特開2004-111622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、複数の半導体レーザ素子が実装される装置に、特許文献2に記載の技術を適用した場合に、以下の問題が生ずることを認識した。
【0012】
発振波長が短い個体と発振波長が長い個体を比べると、室温から高温動作時の発振波長の長波長シフト幅は平行移動するため、高温時のしきい値電流の増加率の差は小さくならず、結果光出力差の問題を解決することができない。
【0013】
本開示はかかる状況においてなされたものであり、その例示的な目的のひとつは、高温でのしきい値電流のばらつきを低減した半導体レーザ装置の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示のある態様の半導体レーザ装置は、室温において相対的に発振波長が短い端面発光型の第1半導体レーザ素子と、室温において相対的に発振波長が長い端面発光型の第2半導体レーザ素子と、を備える。第1半導体レーザ素子と第2半導体レーザ素子の、室温における発振波長の差は20nm以下であり、第1半導体レーザ素子の出射端側の反射膜および第2半導体レーザ素子の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっている。第1半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率は、第2半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率よりも高い。
【0015】
本開示の別の態様もまた、半導体レーザ装置である。この半導体レーザ装置は、室温において発振波長が異なる複数の半導体レーザ素子を備える。複数の半導体レーザ素子の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっている。統計的にみたときに、室温において発振波長が短い半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率は、室温において発振波長が長い半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率よりも高い。
【0016】
なお、以上の構成要素を任意に組み合わせたもの、構成要素や表現を、方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明あるいは本開示の態様として有効である。さらに、この項目(課題を解決するための手段)の記載は、本発明の欠くべからざるすべての特徴を説明するものではなく、したがって、記載されるこれらの特徴のサブコンビネーションも、本発明たり得る。
【発明の効果】
【0017】
本開示のある態様によれば、高温でのしきい値電流のばらつきを低減する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施形態1に係る半導体レーザ装置を示す図である。
【
図2】比較技術1に係る短波長素子および長波長素子の出射端側反射率Rの波長依存性を示す図である。
【
図3】
図2の反射率Rを有する半導体レーザ装置のI-L(電流-光出力)特性を示す図である。
【
図4】比較技術2に係る短波長素子および長波長素子の出射端側反射率Rの波長依存性を示す図である。
【
図5】
図4の反射率Rを有する半導体レーザ装置のI-L特性を示す図である。
【
図6】実施形態1に係る短波長素子の出射端反射率RSと長波長素子の出射端側反射率RLの波長依存性を示す図である。
【
図7】
図6の反射率特性を有する半導体レーザ素子のI-L特性を示す図である。
【
図9】実施形態2に係る短波長素子の出射端反射率RSと長波長素子の出射端側反射率RLの波長依存性を示す図である。
【
図10】変形例に係る半導体レーザ装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(実施形態の概要)
本開示のいくつかの例示的な実施形態の概要を説明する。この概要は、後述する詳細な説明の前置きとして、実施形態の基本的な理解を目的として、1つまたは複数の実施形態のいくつかの概念を簡略化して説明するものであり、発明あるいは開示の広さを限定するものではない。またこの概要は、考えられるすべての実施形態の包括的な概要ではなく、実施形態の欠くべからざる構成要素を限定するものではない。便宜上、「一実施形態」は、本明細書に開示するひとつの実施形態(実施例や変形例)または複数の実施形態(実施例や変形例)を指すものとして用いる場合がある。
【0020】
一実施形態に係る半導体レーザ装置は、室温において相対的に発振波長が短い端面発光型の第1半導体レーザ素子と、室温において相対的に発振波長が長い端面発光型の第2半導体レーザ素子と、を備える。第1半導体レーザ素子と第2半導体レーザ素子の、室温における発振波長の差は20nm以下である。第1半導体レーザ素子の出射端側の反射膜および第2半導体レーザ素子の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっており、第1半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率は、第2半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率よりも高い。
【0021】
この構成によれば、第1半導体レーザ素子と第2半導体レーザ素子の高温におけるしきい値電流の差を小さくできる。
【0022】
一実施形態において、複数の半導体レーザ素子は、同一ウェハから切り出されてもよい。この場合、複数の半導体レーザ素子は、プロセスばらつきによって、室温における発振波長がばらつきを持つ。複数の半導体レーザ素子の発振波長は、切り出す前のウェハ上の位置に応じており、したがって、発振波長が短くなる傾向を示すウェハ上の領域に位置する素子には、高温状態での出射端側反射率が相対的に高い反射膜を形成し、発振波長が長くなる傾向を示すウェハ上の領域に位置する素子には、高温状態での出射端側反射率が相対的に低い反射膜を形成すればよい。
【0023】
一実施形態に係る半導体レーザ装置は、3個以上の半導体レーザ素子を備えてもよい。第1半導体レーザ素子は、複数の半導体レーザ素子のうち、室温における発振波長が最も短いひとつであり、第2半導体レーザ素子は、複数の半導体レーザ素子のうち、室温における発振波長が最も長いひとつであってもよい。
【0024】
一実施形態において、発振波長は、600nm~700nmであってもよい。活性層が、AlGaInP系の材料で形成される半導体レーザ素子は、特に温度特性が悪い。したがって、この発振波長を持つ半導体レーザ素子に、本開示に係る技術を適用することにより、その効果が顕著となる。
【0025】
一実施形態において、第1半導体レーザ素子の出射端側反射率は、波長が長いほど高くてもよい。言い換えると、一実施形態において、第1半導体レーザ素子の、室温における出射端側反射率は、使用温度上限における出射端側反射率よりも低くてもよい。通常、光出力は室温の方が高いため、室温におけるCOD耐性が高いことが重要である。一方、高温状態では、光出力の低下を抑制するために、しきい値電流の低減の方が重要であるといえる。これらのバランスを考慮し、室温での出射端側反射率を下げ、高温での出射側反射率を高めることで、COD耐性を高めつつ、高温でのしきい値電流を下げることができる。
【0026】
一実施形態において、第1半導体レーザ素子の室温における出射端側反射率と第2半導体レーザ素子の室温における出射端側反射率の差は、第1半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率と第2半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率の差よりも小さくてもよい。室温での出射端側反射率の差は、COD耐性の差に影響するため、波長の短い個体と長い個体の、室温での出射端側反射率の差はなるべく小さい方が望ましい。また波長の短い個体と長い個体とを比べると、室温でのしきい値電流のばらつきは、高温でのしきい値電流のばらつきよりも小さいから、波長の短い個体と長い個体の、高温での出射端側反射率の差は大きくてよい。
【0027】
一実施形態において、横軸を発振波長、縦軸を出射端側反射率としてプロットしたグラフにおいて、第1半導体レーザ素子のグラフの傾きは、第2半導体レーザ素子のグラフの傾きよりも大きくてもよい。波長が短い個体は波長が長い個体に対して温度変化に対する波長の増加率が大きい。そこで、波長が長い個体の傾きを、波長が短い個体の傾きより大きくすることで、幅広い温度範囲において、波長が短い個体と波長が長い個体のしきい値電流のばらつきを低減することができる。
【0028】
一実施形態に係る半導体レーザ装置は、室温において発振波長が異なる複数の半導体レーザ素子を備える。複数の半導体レーザ素子の出射端側の反射膜は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっており、統計的にみたときに、室温において発振波長が短い半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率は、室温において発振波長が長い半導体レーザ素子の使用温度上限における出射端側反射率よりも高い。
【0029】
(実施形態)
以下、本開示を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、開示を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも開示の本質的なものであるとは限らない。
【0030】
図面に記載される各部材の寸法(厚み、長さ、幅など)は、理解の容易化のために適宜、拡大縮小されている場合がある。さらには複数の部材の寸法は、必ずしもそれらの大小関係を表しているとは限らず、図面上で、ある部材Aが、別の部材Bよりも厚く描かれていても、部材Aが部材Bよりも薄いこともあり得る。
【0031】
(実施形態1)
図1は、実施形態1に係る半導体レーザ装置100を示す図である。半導体レーザ装置100は、複数の半導体レーザ素子200_1~200_N、放熱板102、複数のサブマウント104_1~104_Nを備える。本実施形態では、N=3である。
【0032】
半導体レーザ素子200_1~200_Nは、端面発光型レーザであり、放熱板102上に、隣接して実装されている。半導体レーザ素子200の発光色は特に限定されないが、たとえば波長600nm~700nmの赤色レーザでありうる。
【0033】
半導体レーザ素子200はそれぞれ、サブマウント104に実装され、サブマウント104が放熱板102に実装されている。サブマウント104をインタポーザともいう。
【0034】
半導体レーザ素子200は、半導体基板に形成されたレーザ共振器を含む。レーザ共振器の種類、構造は特に限定されず、さまざまな公知技術、あるいは将来利用可能な構造をとることができる。
【0035】
半導体レーザ素子200_i(i=1~N)の出射端面には、共振器内から光を取り出すために、反射率が100%より低い反射膜(出射端側反射膜)202_iが形成される。
【0036】
複数の半導体レーザ素子200_1~200_Nは、同じ製造プロセスで製造される同色のレーザであるが、製造ばらつきによって、それらの発振波長λ1~λNは異なっている。製造ばらつきであるから、発振波長λ1~λ3の長さの順序はランダムに決まるといえる。
【0037】
いま、半導体レーザ素子200_1~200_Nの中から2つを選び、そのうちの室温における発振波長λが短い一方を短波長素子200S、室温における発振波長λが長い他方を長波長素子200Lと呼ぶこととする。
【0038】
N=3個以上の半導体レーザ素子を備える半導体レーザ装置100においては、たとえば、短波長素子200Sは、3個以上の半導体レーザ素子のうち、室温における発振波長が最も短いひとつであり、長波長素子200Lは、3個以上の半導体レーザ素子のうち、室温における発振波長が最も長いひとつであってもよい。
【0039】
上述のように、複数の半導体レーザ素子200_1~200_Nは同じ製造プロセスで作製されているため、それらの発振波長λのばらつきは20nm以内に収まっているといえる。したがって、半導体レーザ素子200_1~200_Nの中から選んだ短波長素子200Sと長波長素子200Lの、室温における発振波長λS,λLの差も20nm以下である。また製品の規格として、発振波長は±10nmで規定されることがある。なお、ここで同じ製造プロセスとは、同一ウェハのみを指すわけでなく、異なるウェハどうしであっても同様のレーザ素子であれば、同じ製造プロセスであるとする。統計的には、波長のウェハの面内ばらつきは10nm以下に収まることがほとんどである。
【0040】
短波長素子200Sの出射端側の反射膜202および長波長素子200Lの出射端側の反射膜202は、膜厚、屈折率、層数の少なくともひとつが異なっており、短波長素子200Sの出射端側の反射膜202の反射率(出射端反射率)RSと、長波長素子200Lの出射端側反射膜202の反射率RLは、異なる波長依存性を有する。
【0041】
半導体レーザ装置100のより具体的な特徴を説明する前に、いくつかの比較技術について説明する。
【0042】
(比較技術1)
図2は、比較技術1に係る短波長素子200Sおよび長波長素子200Lの出射端側反射率Rの波長依存性を示す図である。
【0043】
比較技術1では、短波長素子200Sの出射端側の反射膜202および長波長素子200Lの出射端側の反射膜202は、膜厚、屈折率、層数が同一であり、それらの反射率Rは、同じ波長依存性を有する。この例では、波長依存性が小さくなるように、反射膜が設計されている。
【0044】
反射膜の材質はZr、Si、Nb、Pb、Ti、Ce、Hf、Al、Bi、Cr、In、Nd、Sb、Ta、Y、V等の酸化物もしくは窒化物、その他にはAlF3、BaF2、CeF2、CaF2、MgF2、NdF3、PbF2、SrF2、ZnS、ZnSeなどを用いることができる。また反射膜は材質がSiO2、SiN、SiON、AlN、Al2O3、AlON、ZrO2、TiO2、Nb2O5、Ta2O5を用いてもよい。
【0045】
室温はたとえば25℃である。短波長素子200Sの室温での発振波長λS(25)は641nm、長波長素子200Lの室温(25℃)での発振波長λL(25)は643nmであるとする。
【0046】
高温は、半導体レーザ装置100の使用が想定される温度範囲の上限(使用温度上限)であり、たとえば85℃である。また短波長素子200Sの高温状態(85℃)での発振波長λS(85)は653nm、長波長素子200Lの高温状態(85℃)での発振波長λL(85)は655nmであるとする。なお通常の赤色レーザでは製品の設計により温度範囲の上限は、40℃~90℃が一般的である。この使用温度上限は、光出力と寿命の関係から決められるものであって、通常は製品の仕様書等に動作温度範囲として記載されている。また、明記されていない場合、本明細書では90℃で駆動した場合の出射端側の反射率として評価する。同温度は、通常はステム等のパッケージ側面で測定された温度であり、半導体レーサチップの近傍に配置された、サブマウントや放熱板、または、ステム等のパッケージ、の温度で代用される。
【0047】
図3は、
図2の反射率Rを有する半導体レーザ装置100のI-L(電流-光出力)特性を示す図である。比較技術1では、25℃において、短波長素子200Sと長波長素子200LのI-L特性は一致しており、短波長素子200Sのしきい値電流は55mA、長波長素子200Lのしきい値電流は56mAである。
【0048】
短波長素子200Sのしきい値電流は、高温状態(85℃)において、164mAまで増加する。長波長素子200Lのしきい値電流も、高温状態(85℃)において、143mAまで増加する。
【0049】
このように、発振波長が短い個体は、温度上昇に起因するしきい値電流の増加が大きく、発振波長が長い個体は短い個体よりもしきい値電流の増加が小さい。このため、高温状態では、2つのレーザ素子のしきい値電流の差が大きくなり(
図3の例では21mA)、複数の個体を同じ電流量で駆動すると、個体ごとの光出力差が大きくなる。
【0050】
(比較技術2)
図4は、比較技術2に係る短波長素子200Sおよび長波長素子200Lの出射端側反射率Rの波長依存性を示す図である。
【0051】
比較技術2では、比較技術1と同様に、短波長素子200Sと長波長素子200Lの反射率Rは、同じ波長依存性を有する。この例では、波長が長いほど、反射率が高くなるように反射膜が設計されている。
【0052】
図5は、
図4の反射率Rを有する半導体レーザ装置100のI-L特性を示す図である。
【0053】
比較技術2では、短波長素子200Sの高温状態でのしきい値電流は151mA、長波長素子200Lの高温状態でのしきい値電流は131mAとなっており、温度上昇にともなうしきい値電流の増加幅を、比較技術1に比べて小さくできる。しかしながら、85℃の短波長素子200Sと長波長素子200Lのしきい値電流を比較すると、それらの差は151mA-131mA=20mAであり、比較技術1の21mAとそれほど変わらない。したがって、比較技術2においても、高温状態で短波長素子200Sと長波長素子200Lを同量の電流で動作させると、個体ごとの光出力の差が大きい。
【0054】
実施形態に係る半導体レーザ装置100の利点は、比較技術1,2との対比によって明確となる。
【0055】
図6は、実施形態1に係る短波長素子200Sの出射端反射率RSと長波長素子200Lの出射端側反射率RLの波長依存性を示す図である。
【0056】
本実施形態において、短波長素子200Sの出射端反射率RSと長波長素子200Lの出射端側反射率RLはいくつかの特徴を有する。
【0057】
(第1の特徴)
本実施形態において、短波長素子200Sの使用温度上限(85℃)における出射端側反射率RS(85)は、長波長素子200Lの使用温度上限における出射端側反射率RL(85)よりも高くなるように、出射端側反射膜202が設計される。
【0058】
図7は、
図6の反射率特性を有する半導体レーザ素子200のI-L特性を示す図である。
【0059】
第1の特徴により、短波長素子200Sの高温(85℃)におけるしきい値電流と、長波長素子200Lの高温におけるしきい値電流の差を小さくできる。具体的には、短波長素子200Sの高温(85℃)におけるしきい値電流は151mAであり、長波長素子200Lの高温(85℃)におけるしきい値電流は143mAであり、それらのしきい値電流の差は8mAまで小さくなっている。これにより、短波長素子200Sと長波長素子200Lを同じ量の電流で動作させた場合に、光出力のばらつきを抑制できる。
【0060】
(第2の特徴)
図6を参照すると、長波長素子200Lの出射端側反射率RLは、波長依存性が小さいのに対して、短波長素子200Sの出射端側反射率RSは、波長が長いほど高くなっている。言い換えると、短波長素子200Sの室温における出射端側反射率RS
(25)は、使用温度上限における出射端側反射率RS
(85)よりも低くなっている。これが第2の特徴である。
【0061】
通常、光出力は、高温状態よりも室温の方が高いため、室温におけるCOD耐性が高いことが重要である。一方、高温状態では、光出力の低下を抑制するために、しきい値電流の低減の方が重要であるといえる。これらのバランスを考慮し、室温での出射端側反射率RS(25)を下げ、高温での出射端側反射率RS(85)を高めることで、COD耐性を高めつつ、高温でのしきい値電流を下げることができる。
【0062】
(第3の特徴)
図6を参照すると、短波長素子200Sの室温における出射端側反射率RS
(25)と長波長素子200Lの室温における出射端側反射率RL
(25)の差ΔR
(25)(=|RS
(25)-RL
(25)|)は、短波長素子200Sの使用温度上限における出射端側反射率RS
(85)と長波長素子200Lの使用温度上限における出射端側反射率RL
(85)の差ΔR
(85)(=|RS
(85)-RL
(85)|)よりも小さい。
ΔR
(25)<ΔR
(85)
【0063】
室温での出射端側反射率の差ΔR(25)は、COD耐性の差に影響するため、波長の短い個体と長い個体の、室温での出射端側反射率の差ΔR(25)はなるべく小さい方が望ましい。また、波長の長い個体のしきい値電流と波長の短い個体のしきい値電流の室温での差は、高温でのしきい値電流の差よりも小さい。このため、波長の短い個体と長い個体の、高温での出射端側反射率の差ΔR(85)は、ΔR(25)より大きくてよい。
【0064】
(第4の特徴)
図6を参照すると、短波長素子200Sのグラフの傾きは、長波長素子200Lのグラフの傾きよりも大きい。
【0065】
波長が短い個体は、波長が長い個体に対して温度変化に対する波長の増加率が大きい。そこで、波長が長い個体(長波長素子200L)の傾きを、波長が短い個体(短波長素子200S)の傾きより大きくすることで、幅広い温度範囲において、波長が短い個体と波長が長い個体のしきい値電流のばらつきを低減することができる。
【0066】
図8は、ウェハ300を示す図である。ウェハ300からは、多数の半導体レーザ素子200が切り出される。半導体レーザ素子200の発振波長は、切り出される前のウェハ300の面内位置に応じたばらつきを有しているとする。この例では、ウェハ300の中央に近い部分において波長が短く、外周に近い部分において、波長が長い傾向があるとする。その場合、発振波長の分布の傾向にもとづいて、ウェハ300を面内でいくつかの領域RGN1,RGN2…に分けることができる。
図8の例では、2個の領域RGN1,RNG2に分け、領域RGN1から切り出された半導体レーザ素子200には、短波長素子200S用の反射膜を形成し、領域RGN2から切り出された半導体レーザ素子200には、長波長素子200L用の反射膜を形成すればよい。
【0067】
ウェハ面内の領域RGN1、RGN2…での発振波長の分布やウェハ毎の発振波長はホトルミネッセンスと呼ばれる手法で端面の反射膜形成前に発振波長を予測することが可能であり、本開示においては、ウェハ内の領域や、ウェハ毎に予測される発振波長に対して短波長素子200S用の反射膜を形成するか、長波長素子200L用の反射膜を形成するかを適切に選択することが可能である。半導体レーザ装置100は半導体レーザ素子200を複数のウェハや異なるウェハから選択してもよい。
【0068】
上述の説明では、N=3個以上の半導体レーザ素子を備える半導体レーザ装置100においては、短波長素子200Sは、室温における発振波長が最も短いひとつであり、長波長素子200Lは、室温における発振波長が最も長いひとつであるとしたが、本発明はそれに限定されない。
【0069】
別の見方をすれば、半導体レーザ装置100は、複数の半導体レーザ素子200のうちのいずれか2個の半導体レーザ素子200の間に、上述した短波長素子200Sと長波長素子200Lの関係が成立していると言える。
【0070】
(実施形態2)
半導体レーザ装置100における短波長素子200Sおよび長波長素子200Lの反射率の波長依存性は、
図6に示したものに限定されない。
【0071】
図9は、実施形態2に係る短波長素子200Sの出射端反射率RSと長波長素子200Lの出射端側反射率RLの波長依存性を示す図である。実施形態2において、短波長素子200Sの出射端反射率RSと長波長素子200Lの出射端側反射率RLの波長依存性は、実施形態1で説明した第1の特徴~第3の特徴のうち、第1の特徴のみを満たしている。
RS
(85)>RL
(85)
【0072】
実施形態2によれば、第1の特徴による効果が得られる。すなわち、短波長素子200Sと長波長素子200Lの高温状態でのしきい値電流の差を小さくでき、同じ量の電流で動作させた場合に、光出力のばらつきを抑制できる。
【0073】
(変形例)
半導体レーザ装置100の構造やパッケージの形態は特に限定されない。
【0074】
図10は、変形例に係る半導体レーザ装置100Aを示す図である。半導体レーザ装置100Aは、放熱板102と、放熱板102に実装される複数の半導体レーザパッケージ400_1~400_Nを備える。
【0075】
図11は、半導体レーザパッケージ400の斜視図である。半導体レーザパッケージ400は、CANパッケージであり、半導体レーザ素子200を備える。半導体レーザ素子200の出射側端面には出射端側反射膜202が形成される。
【0076】
このような半導体レーザ装置100Aにおいても、本開示に係る技術は適用できる。
【0077】
実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【符号の説明】
【0078】
100 半導体レーザ装置
102 放熱板
104 サブマウント
200 半導体レーザ素子
200S 短波長素子
200L 長波長素子
202 出射端側反射膜
300 ウェハ
400 半導体レーザパッケージ
402 サブマウント