(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064401
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/06 20060101AFI20240507BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20240507BHJP
H01J 49/10 20060101ALI20240507BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20240507BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240507BHJP
【FI】
H01J49/06 300
H01J49/42 150
H01J49/10 500
H01J49/04 950
G01N27/62 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022172967
(22)【出願日】2022-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 知義
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA14
2G041GA03
2G041GA06
(57)【要約】
【課題】ガス無し分析からガス有り分析への切替え時における分析待ち時間を短縮し、分析効率を向上させる。
【解決手段】本発明に係る質量分析装置の一態様は、真空室と、該真空室の内部に配置され、試料由来のイオンを所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、ガス供給源から供給された所定のガスを、該所定のガスを前記セルへ供給する第1流路(22)と、該所定のガスを真空雰囲気中へ排出する第2流路(23)と、に択一的に流す三方バルブ(204)、を含むガス供給部(20)と、セルにおいてイオンを所定のガスに接触させない状態で分析を行う期間及び/又は分析を実施していない期間に、所定ガスを前記第2流路へ流し、セルにおいてイオンを所定のガスに接触させる状態で分析を行う期間には、該所定ガスを第1流路に流すように三方バルブの切替えを制御する制御部と、を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空室と、該真空室の内部に配置され、試料由来のイオンを所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
ガス供給源から供給された所定のガスを、該所定のガスを前記セルへ供給する第1流路と、該所定のガスを真空雰囲気中へ排出する第2流路と、に択一的に流す三方バルブ、を含むガス供給部と、
前記セルにおいてイオンを前記所定のガスに接触させない状態で分析を行う期間及び/又は分析を実施していない期間に、前記所定ガスを前記第2流路へ流し、前記セルにおいてイオンを前記所定のガスに接触させる状態で分析を行う期間には、該所定ガスを前記第1流路に流すように前記三方バルブの切替えを制御する制御部と、
【請求項2】
前記ガス供給部は、前記ガス供給源と前記三方バルブとの間の流路上に配置された流量調整部を含み、
前記制御部は、前記三方バルブにおいて所定のガスを前記第2流路へ流す状態から前記第1流路に流す状態に切り替える前後でガス流量を同一にするように前記流量調整部を制御する、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記第2流路の出口端は、前記真空室を真空排気する真空ポンプの吸気口側に接続されて成る、請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
誘導結合プラズマイオン源を備え、前記セルは妨害イオンを除去するためのコリジョンセルである、請求項1に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、更に詳しくは、試料成分由来のイオンに所定のガスを接触させるためのセルを備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma、以下「ICP」と称す)イオン源を用いたICP質量分析装置(以下「ICP-MS」と称す)は、試料液に含まれる複数の微量な金属を一斉に分析するような用途でしばしば用いられる。一般的なICP-MSでは、ICPイオン源において生成された試料成分由来のイオンは、イオン取込口であるサンプリングコーン等を通して、大気圧雰囲気中から、真空雰囲気に維持されるチャンバー内に取り込まれる。取り込まれたイオンは、直流電場によって加速されコリジョンセル内に導入される。チャンバー内には、観測目的である成分(元素)由来のイオンとともに、様々な要因によって発生する不所望の干渉イオン(妨害イオン)も導入される。干渉イオンには、ICPイオン源においてプラズマの生成に用いられるAr等のガスに起因するもの、試料液に含まれる夾雑物や試料液に添加される添加物(硝酸や塩酸など)に起因するもの、などがある。コリジョンセルは、こうした干渉イオンと目的イオンとを分離する機能を有する(特許文献1、2等)。
【0003】
例えば、コリジョンセル内にはHeガス(又は別の種類の不活性ガス)が供給される。コリジョンセル内に導入された各種イオンはHeガスと繰り返し接触し、その接触の度に、イオンが有する運動エネルギーは減少する。多くの場合、干渉イオンは多原子イオンであり、同程度の質量を有する目的イオンに比べて衝突断面積が大きい。そのため、干渉イオンは目的イオンに比べてHeガスとの接触回数が多く、運動エネルギーがより小さくなる。そこで、運動エネルギーが所定値以上であるイオンのみを通過させ、所定値未満であるイオンを遮断するような電位障壁をコリジョンセルの出口に形成しておくことで、干渉イオンを目的イオンと分離して除去することができる。こうしたイオンの分離及び除去の手法は、運動エネルギー弁別法(Kinetic Energy Discrimination=KED)と呼ばれる。
【0004】
また、KEDとは別に、目的イオンと、該イオンと質量が同じである干渉イオンとをコリジョンセルにおいて分離するために、電荷移動等の反応を利用する方法もある。その場合、不活性ガスではなく、水素やアンモニア等の活性であるリアクションガスがコリジョンセル内に供給される。コリジョンセル内に導入された特定の干渉イオンはリアクションガスと接触し、電子移動やプロトン移動などの反応を生じて、中性粒子になったり或いは質量電荷比(m/z)が相違する別のイオンに変化したりする。中性粒子は、コリジョンセル内に配置されたイオンガイドにより形成される高周波電場に捕捉されずに発散して除外される。また、m/zが変化した干渉イオンやこれに由来するイオンは、後段の四重極マスフィルター等の質量分離器において目的イオンと分離される。このようにして、干渉イオンを目的イオンと分離し除去することができる。
【0005】
なお、上述したようにリアクションガスが用いられる場合、コリジョンセルはリアクションセルと呼ばれることもあり、KEDとリアクションガスを用いた方法との両方が利用される場合には、コリジョンセルはコリジョンリアクションセルと呼ばれることもあるが、本明細書では、全てコリジョンセルと呼ぶこととする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2018/055707号
【特許文献2】特開2020-91988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したコリジョンセルでの干渉イオンの除去は効果的であるものの、ガスとの接触によって目的イオンの一部も失われる可能性があり、それによる目的イオンの測定感度の低下が問題となる場合がある。この問題は、目的イオンの質量が小さい場合に特に顕在化する。そのため、ICP-MSでは一般に、中~高質量の原子イオンの測定時や目的イオンの量が比較的多い場合には、コリジョンセルにガスを供給してKED等により干渉を除去するガス有り分析を行い、低質量の原子イオンの測定時や測定感度を重視する場合には、コリジョンセルにガスを供給せずに感度を優先させたガス無し分析を実施するように、ガスの有り/無しの切替えが行われる(特許文献1参照)。
【0008】
ガス無し分析時には、コリジョンセルへのガスの供給を停止するものの、単にガスの流通を停止しただけであると、配管の継ぎ目やバルブのシール部分などから配管内に空気が漏れ込むおそれがある。KEDを利用したICP-MSでは使用されるHeガスの純度が分析の精度に大きく影響するため、配管内でHeガスに空気が混じることは好ましくない。そこで、従来、コリジョンセルへガスを供給するためのガス供給流路に設けた開閉バルブの上流側に流路を分岐させたパージ流路を設け、ガス無し分析時には、ガス供給流路に設けた開閉バルブを閉鎖する一方、パージ流路に設けた開閉バルブを開放し、大気中にHeガスを流すことで配管内のHeガスの汚染(及び流路内壁の汚染)を軽減するようにした装置が知られている。パージ流路を通してHeガスを大気中に排出する際には、ガス流量をできるだけ大きく(通常は最大流量)することで、パージ流路を通した空気の漏れ込みをより確実に避けるようにしている。
【0009】
こうしたICP-MSにおいて、ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際には、パージ流路を介した汚染を回避するため、パージ流路上の開閉バルブを閉鎖するのに引き続いてガス供給流路上の開閉バルブを開放し、Heガスをコリジョンセルへ供給し始めるような制御が実施される。コリジョンセルへガス供給を開始するため開閉バルブを開放すると、その直前に流路内において加圧されたガスが急にコリジョンセル内つまりは真空チャンバー内に放出される。これによって、真空チャンバー内の真空度が一時的に低下する。真空チャンバー内に配置されている、四重極マスフィルター等のイオン光学素子やイオン検出器などには、分析時に高電圧が印加されているが、真空度が下がると、その高電圧によって放電が発生するおそれがある。また、真空度が急に低下すると、チャンバー内に設置されている真空度計測用のイオンゲージが焼損するおそれもある。
【0010】
こうしたことから、上記従来のICP-MSでは、ガス無し分析や分析停止(分析待機)状態からガス有り分析へ切り替える際に、一時的に、各種素子への高電圧の印加を停止したりイオンゲージの動作を停止したりしている。こうした制御を行うと、動作停止による分析待ち時間が生じるのみならず、高電圧の印加を再開したあとに電圧値が安定するまでの分析待ち時間も確保する必要があるため、分析に要する時間が長くなり、分析効率が低下するという問題がある。
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的の一つは、ガス無し分析や非分析の状態からガス有り分析への切替えに要する時間を短縮して分析効率を向上させることができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る質量分析装置の一態様は、真空室と、該真空室の内部に配置され、試料由来のイオンを所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
ガス供給源から供給された所定のガスを、該所定のガスを前記セルへ供給する第1流路と、該所定のガスを真空雰囲気中へ排出する第2流路と、に択一的に流す三方バルブ、を含むガス供給部と、
前記セルにおいてイオンを前記所定のガスに接触させない状態で分析を行う期間及び/又は分析を実施していない期間に、前記所定ガスを前記第2流路へ流し、前記セルにおいてイオンを前記所定のガスに接触させる状態で分析を行う期間には、該所定ガスを前記第1流路に流すように前記三方バルブの切替えを制御する制御部と、
を備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る質量分析装置の上記態様によれば、ガス無し分析からガス有り分析への切替えの際、及び/又は、非分析である状態からガス有り分析を開始する際に、多量のガスが一気にセルに流れ込んで、真空室内の真空度が急激に低下することを避けることができる。それにより、真空度の低下に伴う印加電圧の一時停止等の制御が不要になり、分析待ち時間を減らす又は殆ど無くすことができる。その結果、分析に要する時間を短縮して分析効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態であるICP-MSの概略構成図。
【
図2】本実施形態のICP-MSにおけるガス供給部の概略流路構成図。
【
図3】本実施形態のICP-MSにおいて、ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際の概略シーケンスを示す図。
【
図4】一般的なICP-MSにおけるガス供給部の一例の概略流路構成図。
【
図5】
図4に示したガス供給部を備えるICP-MSにおいて、ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際の概略シーケンスを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態であるICM-MSについて、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態のICP-MSの概略構成図である。
【0016】
このICP-MSは、略大気圧雰囲気であるイオン化室1と、該イオン化室1側から順に真空度が高くなる第1真空室2、第2真空室3、及び第3真空室4と、を備える。第1真空室2内はロータリーポンプ(RP)15により真空排気され、第2真空室3及び第3真空室4内はロータリーポンプ15及びターボ分子ポンプ(TMP)16により真空排気される。
【0017】
イオン化室1の内部には、ICPイオン源5が配設されている。ICPイオン源5は、ネブライズガスにより霧化した液体試料が流通する試料管、該試料管の外周に形成されたプラズマガス管、及び該プラズマガス管の外周に形成された冷却ガス管、を有するプラズマトーチ51を、含む。プラズマトーチ51の試料管の入口端には、液体試料をプラズマトーチ51に導入するオートサンプラー52が設けられている。そのほかに、図示しないものの、試料管にはネブライズガスを供給するネブライズガス供給源、プラズマガス管にはプラズマガス(例えばArガス)を供給するプラズマガス供給源、冷却ガス管には冷却ガスを供給する冷却ガス供給源、がそれぞれ接続されている。
【0018】
第1真空室2は、略円錐形状であるサンプリングコーン6と、同じく略円錐形状であるスキマー7との間に形成されている。サンプリングコーン6及びスキマー7は、いずれもその頂部にイオン通過口を有する。第1真空室2は、ICPイオン源5から供給されるイオンを後段へと送るとともに溶媒ガス等を排出するためのインターフェイスとして機能する。
【0019】
第2真空室3内には、スキマー7側からつまりはイオンが入射する側から順に、引込電極を含むイオンレンズ8、コリジョンセル9、及びエネルギー障壁形成用電極11、が配置されている。イオンレンズ8、エネルギー障壁形成用電極11はいずれも、イオンを通過させるための略円形状の開口が形成された円盤状の電極である。コリジョンセル9の内部には、イオン光軸14に平行に配置された複数本のロッド電極を含む、多重極型のイオンガイド10が配設されている。
【0020】
最終段の第3真空室4内には、プリロッド電極とメインロッド電極とを含む四重極マスフィルター12と、イオン検出器13と、が配置されている。
なお、このICP-MSでは第1真空室2から第3真空室4までイオン光軸14は直線状であるが、軸ずらしイオン光学系の構成としても構わない。
【0021】
ガス供給部20は、出口端がコリジョンセル9の内部に開放しているガス導入流路22を通して、コリジョンセル9の内部にコリジョンガス又はリアクションガスを供給する。コリジョンガスは例えばHeであり、リアクションガスは水素、アンモニア等の反応性ガスである。電圧発生部19は、四重極マスフィルター12やイオン検出器13などの各部に印加する電圧を発生するものである。制御部18は、電圧発生部19及びガス供給部20などの動作を制御するものである。なお、
図1では、イオン検出器13で得られた信号をデジタル化したうえでデータ処理するデータ処理部等の記載を省略している。
【0022】
本実施形態のICP-MSにおいて、KEDを利用したガス有り分析を行う際の動作を概略的に説明する。
ガス有り分析の場合、制御部18の制御に応じてガス供給部20は、ガス導入流路22を通して所定流量のHeガスをコリジョンセル9内へ供給する。また、電圧発生部19は、イオンレンズ8、イオンガイド10、エネルギー障壁形成用電極11、四重極マスフィルター12、イオン検出器13等の各素子にそれぞれ所定の電圧を印加する。
【0023】
制御部18の制御の下で、ICPイオン源5のプラズマトーチ51において形成されるプラズマ中にオートサンプラー52から液体試料が噴霧されると、該液体試料に含まれる元素はイオン化される。ICPイオン源5において生成された試料成分由来のイオンは、プラズマガス等に由来する不所望のイオンとともに、サンプリングコーン6及びスキマー7のイオン通過口を経て第2真空室3に導入される。これらイオンはイオンレンズ8で収束されてコリジョンセル9内に導入される。
【0024】
コリジョンセル9においてイオンはHeガスと繰り返し衝突し、イオンが有する運動エネルギーは減衰する。衝突断面積が大きなイオンほどコリジョンガスとの衝突の機会が多く、運動エネルギーの減衰が大きい。通常、プラズマガス等に由来するイオンの衝突断面積は試料成分由来のイオンの衝突断面積よりも大きいため、プラズマガス等に由来する不要なイオンのほうが試料成分由来のイオンに比べて運動エネルギーが大きく減少する。そのため、試料成分由来のイオンは、コリジョンセル9の出口外側にエネルギー障壁形成用電極11により形成されている電位障壁を容易に乗り越えるのに対し、不要なイオンは電位障壁を乗り越えにくい。これによって不要なイオンを除去し、主として試料成分由来のイオンを第3真空室4に送ることができる。
【0025】
第3真空室4に入射したイオンのうち、四重極マスフィルター12に印加されている電圧に応じた特定のm/zを有するイオンは四重極マスフィルター12を通過し、それ以外のイオンは途中で発散する。こうして四重極マスフィルター12を通過したイオンはイオン検出器13に到達し、イオン検出器13は入射したイオンの量に応じた検出信号を出力する。
【0026】
ガス無し分析の場合には、ガス供給部21からコリジョンセル9にHeガスが供給されず、エネルギー障壁形成用電極11による電位障壁も形成されない。そのため、コリジョンセル9に導入されたイオンは殆どそのまま第3真空室4に導入され、四重極マスフィルター12でのm/zに応じた選別の対象となる。従って、ガス無し分析の場合には、干渉イオンが除去されない代わりに、目的イオンの損失も殆どなく、目的イオンを高い感度で検出することが可能である。
【0027】
ここで、本実施形態のICP-MSにおけるガス供給部20の詳細な流路構成を説明する前に、一般的なICP-MSにおけるガス供給部の流路構成とその問題点につき説明する。
図4は、一般的なICP-MSのガス供給部20Aの流路構成図である。
このガス供給部20Aは、比例バルブ211、圧力センサ212、抵抗管213、2個の開閉バルブ214、215、を含む。比例バルブ211は、その開度がほぼ連続的に調整可能であるバルブであり、開閉バルブ214、215は単純なオン・オフバルブである。
【0028】
ガス供給流路21Aを通してガス供給源(図示せず)から供給されたHe等のガスの流量は比例バルブ211により調整され、抵抗管213を通して流れる。圧力センサ212はその流量調整後の管路内のガス圧を検知する。ガス有り分析時には、ガス導入流路22Aに設けられた第1開閉バルブ214が開放、パージ流路23Aに設けられた第2開閉バルブ215が閉鎖され、Heガスは第1開閉バルブ214及びガス導入流路22Aを経てコリジョンセルに供給される。一方、ガス無し分析時には、第2開閉バルブ215が開放、第1開閉バルブ214が閉鎖され、Heガスは第2開閉バルブ215及びパージ流路23Aを経て大気中に放出される。
【0029】
図5は、
図4に示したガス供給部20Aを備えるICP-MSにおいて、ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際の制御シーケンスを示す概略タイミング図である。
図5中の流量設定値は比例バルブ211の流量設定値であり、ガス無し分析時や非分析時には、比例バルブ211の開度を最大とした最大流量(この例では15sccm)に設定される。即ち、このときには最大流量のHeガスが第2開閉バルブ215及びパージ流路23Aを経て大気中に放出される。このようにHeガスの流量をできるだけ多くすることで、配管の継手やバルブのシール部分などから配管内への空気の漏れ込みを極力回避し、空気がコリジョンセルに侵入することを防止することができる。
【0030】
ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際には、まず第2開閉バルブ215を閉鎖し、それから少し遅延して第1開閉バルブ214を開放することによりガス流路を切り替える。遅延期間を設けるのは、両開閉バルブ214、215が同時に開放状態になることを確実に避けるためである。このようなガス流路の切替えの際に、ごく僅かではあるものの第1開閉バルブ214と第2開閉バルブ215とが同時に閉鎖している期間があるため、その期間に抵抗管213と第1開閉バルブ214との間の配管内のガス圧が上昇し、第1開閉バルブ214が開放された瞬間に大流量のHeガスがコリジョンセルに流れ込む。それによって、コリジョンセルの内部のみならず、チャンバーの内部全体の真空度が急に低下する。
【0031】
真空チャンバー内には、四重極マスフィルターやイオン検出器などが配置されており、これらには数kV程度以上の高電圧が印加されるため、真空度が低下すると放電が起こる可能性がある。また、チャンバー内の真空度を測定するために配置されているイオンゲージに過大な負荷が掛かり焼損するおそれもある。こうしたことから、ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際には、
図5に示すように、所定時間、四重極マスフィルター等への高電圧の印加を停止するとともにイオンゲージの動作を停止する(真空度安定待ち時間)。電圧印加停止の期間は、ガス流量の急増が収まって真空度が十分に下がるのに要する時間に応じて適宜に決められる。その期間が終了すると、四重極マスフィルター等への高電圧の印加が再開されるものの、再開後に電圧が安定するまでには或る程度の時間を要する。
【0032】
また、通常、ガス有り分析の際には、比例バルブ211の流量設定値は最大流量の1/3~1/2程度に下げられるため、切替え後のガス流量が設定値に静定するまでに時間が掛かる。ICP-MSでのガス有り分析の際には、Heガスの流量変動が分析精度低下の一因となる。そのため、真空度の低下の影響のみならず、ガス流量が安定するのに要する時間も考慮する必要がある。そこで、
図5に示すように、電圧印加再開時点から実際に分析を開始するまでにも、所定の待ち時間(電圧等安定待ち時間)が確保される。
【0033】
こうした理由のため、ガス有り分析を実施するためにガス流路を切り替えてから実際に分析が開始可能となるまでには、短くても1分程度以上の分析待ち時間が必要であり、その分だけ、分析の所要時間が長くなる。
【0034】
これに対し、本実施形態のICP-MSでは、ガス供給部20を中心とする流路構成をこれまでとは変更するとともに、ガス無し分析や非分析状態からガス有り分析への切替え時における制御シーケンスを変更している。
図2は、本実施形態のICP-MSにおけるガス供給部20の概略流路構成図である。また、
図3は、本実施形態のICP-MSにおいて、ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際の制御シーケンスを示すタイミング図である。
【0035】
図2に示すように、ガス供給部20は、比例バルブ201、圧力センサ202、抵抗管203、及び、共通ポート204a、第1ポート204b、第2ポート204cを有する三方バルブ204、を含む。また、三方バルブ204の第2ポート204cに接続されているパージ流路23の出口端は大気中に開放されているのではなく、ロータリーポンプ15の吸気側配管17に接続されている。吸気側配管17は、ロータリーポンプ15の吸気口と第1真空室2及びターボ分子ポンプ16の排気口とを接続するものであり、その配管内は真空雰囲気に維持される。
【0036】
図2中の比例バルブ201、圧力センサ202、及び抵抗管203は、
図4中の比例バルブ211、圧力センサ212、及び抵抗管213と実質的に同じである。ガス有り分析時に、制御部18は、三方バルブ204において共通ポート204aと第1ポート204bとが連通するように流路を切り替える。抵抗管203を通ったHeガスは三方バルブ204及びガス導入流路22を経てコリジョンセル9に供給される。一方、ガス無し分析時には、制御部18は、三方バルブ204において共通ポート204aと第2ポート204cとが連通するように流路を切り替える。抵抗管203を通ったHeガスは、三方バルブ204及びパージ流路23を経て吸気側配管17内に、つまりは真空雰囲気中に排出される。
【0037】
即ち、ガス供給部20が
図4に示したガス供給部20Aと異なる構造上の特徴は、2個の開閉バルブ214、215に代えて1個の三方バルブ204が設けられていること、及び、パージ流路23(23A)の末端つまりガス無し分析時のガスの排出先が大気中から真空雰囲気中に変更されていること、である。
【0038】
本実施形態のICP-MSにおいて、制御部18は、ガス無し分析時や非分析時に、比例バルブ201の流量設定値を最大流量ではなく、その後に実施されるガス有り分析時の流量値に設定する。例えば、ガス有り分析時のガス流量が7sccmに定められている場合には、ガス無し分析時のガス流量も7sccmに設定される。パージ流路23の出口端が大気圧雰囲気である場合、空気の漏れ込みを確実に防止するために、上述したようにできるだけ大流量でガスを流す必要がある。これに対し、本実施形態では、パージ流路23の出口端は真空雰囲気であるため、ガス流量を減らしても、空気の漏れ込みを確実に防止することができる。
【0039】
ガス無し分析からガス有り分析に切り替える際に、制御部18は、三方バルブ204の流路を第2ポート204c側から第1ポート204b側へ切り替える。三方バルブ204では実質的に流路が択一的に切り替わるため、両流路が同時に閉鎖している状態が生じず、その切替えはスムーズであってガス圧の上昇が殆どない。また、切替え前後の比例バルブ201におけるガス流量の設定値が同一であるため、流路の切替えに伴う実際のガス流量の変動も小さい或いは殆ど無い。こうしたことから、
図3に示すように、切替え時に四重極マスフィルター12等への高電圧の印加を連続的に行うことができ、真空度計測用のイオンゲージ(図示せず)の動作も連続的に行うことができる。
【0040】
従って、本実施形態のICP1-MSでは、ガス無し分析や非分析状態からガス有り分析に切り替えた後、実質的に分析待ち時間を殆ど確保することなく、速やかに分析を実行してデータを収集することができる。これにより、例えばガス無し分析とガス有り分析とを頻繁に切り替えながら実行するような場合であっても、無駄な分析待ち時間を殆ど必要とせず、分析所要時間を短縮することができる。
【0041】
また、分析所要時間を短縮することができるほか、バルブの個数を減らすことができるので、それによるコスト削減も可能である。さらにまた、ガス無し分析時及び非分析時にパージガスとして使用するガスの量を減らすことができるので、ユーザー側での分析のランニングコストの低減にも繋がる。
【0042】
図1に示したICP-MSは、コリジョンセル9に一系統のガスを供給する構成であるが、KEDによる干渉除去のほか、リアクションガスを用いた干渉除去も実施する場合には、使用する1又は複数種類のリアクションガス(例えば水素、アンモニア、酸素など)をコリジョンセル9に供給するガス供給部も必要である。即ち、
図1に示した、ガス供給部20、ガス供給流路21、ガス導入流路22、及びパージ流路23をそれぞれ使用するガス種類毎に設けるようにするとよい。このようにガス供給部を並列に設ける構成では、バルブ個数の削減によるコスト削減はより一層効果的である。
【0043】
また、上記実施形態は本発明をICP-MSに適用した一例であるが、本発明は、トリプル四重極型質量分析装置や四重極-飛行時間型質量分析装置など、コリジョンセルにコリジョンガスを供給してコリジョンセルにおいて衝突誘起解離を生じる質量分析装置にも適用可能である。より一般的に言えば、真空室内に配置されたコリジョンセル等のセル内にガスを供給し、そのセルにおいてイオンとガスを接触させて該イオンに対する何らかの操作を行う質量分析装置に、本発明を適用することが可能である。
【0044】
また、上記実施形態や変形例はいずれも本発明の一例であって、上記記載のもの以外に、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0045】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0046】
(第1項)本発明に係る質量分析装置の一態様は、真空室と、該真空室の内部に配置され、試料由来のイオンを所定のガスに接触させるセルと、該セルから排出されたイオン又はそれに由来するイオンを質量分析する質量分析部と、を具備する質量分析装置であって、
ガス供給源から供給された所定のガスを、該所定のガスを前記セルへ供給する第1流路と、該所定のガスを真空雰囲気中へ排出する第2流路と、に択一的に流す三方バルブ、を含むガス供給部と、
前記セルにおいてイオンを前記所定のガスに接触させない状態で分析を行う期間及び/又は分析を実施していない期間に、前記所定ガスを前記第2流路へ流し、前記セルにおいてイオンを前記所定のガスに接触させる状態で分析を行う期間には、該所定ガスを前記第1流路に流すように前記三方バルブの切替えを制御する制御部と、
を備える。
【0047】
第1項に記載の質量分析装置において、制御部は、セルにおいてイオンを所定のガスに接触させない分析(ガス無し分析)を行う際には、所定のガスを第2流路へ流すように三方バルブの状態を設定する。これにより、ガス供給源から供給された所定のガスは第2流路を経て真空雰囲気中に排出される。ガス無し分析から、セルにおいてイオンを所定のガスに接触させる分析(ガス有り分析)へ切り替えるとき、制御部は、所定のガスの流通先を第2流路から第1流路へと切り替えるように三方バルブの動作を制御する。この切替えに際して所定のガスの流れは堰き止められないため、三方バルブの上流側の流路に圧縮されたガスが溜まることはなく、流路の切替え直後のセルへの多量のガスの流入を回避することができる。
【0048】
また、第2流路を通したガスの排出先が大気雰囲気中ではなく真空雰囲気中であるため、第2流路へ流すガスの流量が少ない場合であっても該流路を介した空気による汚染のおそれが小さい。そのため、ガス有り分析時に第1流路を通してセルに流すガスの流量が少ない場合でも、ガス無し分析時に第2流路を通して排出するガスの流量をそれに合わせることが可能である。三方バルブを切り替える前後でのガス流量が同一である又はその差がごく小さければ、その切替え時にガス流量を目標値に静定させるのに要する時間をほぼゼロ又は極めて短くすることができる。
【0049】
第1項に記載の質量分析装置によれば ガス無し分析からガス有り分析への切替えの際、及び/又は、非分析状態からガス有り分析を開始する際に、真空室内へ高いガス圧のガスが突入することによる真空度の低下を防止することができる。それにより、真空度の低下による悪影響を避けるための、例えば質量分離部等に印加する高電圧を停止する等の特別な制御が不要になる。その結果として、分析が実質的に可能になるまでの待ち時間を減らす又は殆ど無くすことができ、分析に要する時間を短縮して分析効率を向上させることができる。
【0050】
(第2項)第1項に記載の質量分析装置において、前記ガス供給部は、前記ガス供給源と前記三方バルブとの間の流路上に配置された流量調整部を含み、
前記制御部は、前記三方バルブにおいて所定のガスを前記第2流路へ流す状態から前記第1流路に流す状態に切り替える前後でガス流量を同一にするように前記流量調整部を制御するものとすることができる。
【0051】
第2項に記載の質量分析装置によれば、ガス無し分析又は非分析状態からガス有り分析への切替え時に、セルへ供給する所定のガスの流量を速やかに安定させることができる。それにより、切替え後に速やかに実質的な分析、つまりは有効なデータの収集を実施することができる。
【0052】
(第3項)第1項又は第2項に記載の質量分析装置において、前記第2流路の出口端は、前記真空室を真空排気する真空ポンプの吸気口側に接続されて成るものとすることができる。
【0053】
第3項に記載の質量分析装置によれば、ガス無し分析時や非分析時における所定のガスの排出が真空室内の真空度に影響を与えることを回避することができる。
【0054】
(第4項)第1項~第3項のうちのいずれか1項に記載の質量分析装置は、誘導結合プラズマイオン源を備え、前記セルは干渉イオンを除去するためのコリジョンセルであるものとすることができる。
【0055】
第4項に記載の質量分析装置によれば、ガス無し分析とガス有り分析とを高い頻度で繰り返すような場合であっても、高い分析精度を確保しつつ、分析所要時間を短縮することができる。
【符号の説明】
【0056】
1…イオン化室
2…第1真空室
3…第2真空室
4…第3真空室
5…ICPイオン源
51…プラズマトーチ
52…オートサンプラー
6…サンプリングコーン
7…スキマー
8…イオンレンズ
9…コリジョンセル
10…イオンガイド
11…エネルギー障壁形成用電極
12…四重極マスフィルター
13…イオン検出器
14…イオン光軸
15…ロータリーポンプ
16…ターボ分子ポンプ
17…吸気側配管
18…制御部
19…電圧発生部
20…ガス供給部
201…比例バルブ
202…圧力センサ
203…抵抗管
204…三方バルブ
204a…共通ポート
204b…第1ポート
204c…第2ポート
21…ガス供給流路
22…ガス導入流路
23…パージ流路