(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064487
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】認知症の診断マーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240507BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240507BHJP
C07K 16/18 20060101ALI20240507BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/53 D
C07K16/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173105
(22)【出願日】2022-10-28
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(71)【出願人】
【識別番号】000131474
【氏名又は名称】株式会社シノテスト
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】岡澤 均
(72)【発明者】
【氏名】山田 晋吾
【テーマコード(参考)】
2G045
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CB30
2G045DA36
2G045FB03
4H045AA10
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA75
4H045DA76
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】認知症を、大型の専門機器を使用する必要がなく、かつ比較的簡便な方法で精度よく判定する方法や、その判定に用いるキット等の提供。
【解決手段】被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体を検出し、アミロイドβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、前記被験者が認知症に罹患しているか否かを判定する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)及び(b)を含む、認知症の判定方法。
(a)被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度を測定する工程;
(b)被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定する工程;
【請求項2】
工程(b)において、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定する、請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
生体試料が、血液試料又は脳脊髄液試料である、請求項1に記載の判定方法。
【請求項4】
工程(b)において、
被験者から採取された2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、さらに、
被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度とを比較し、
被験者から採取された2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度よりも高く、かつ、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定する、請求項1に記載の判定方法。
【請求項5】
認知症に罹患していない対照者が、健常者又は軽度認知障害患者である、請求項2又は4に記載の判定方法。
【請求項6】
認知症が、アルツハイマー型認知症である、請求項1~4のいずれかに記載の判定方法。
【請求項7】
ヒトアミロイドβに特異的に結合する抗体又はその標識物と、ヒトHMGB1に特異的に結合する抗体又はその標識物とを含む、アミロイドβ-HMGB1複合体を検出し、かつ、認知症を判定するためのキット。
【請求項8】
さらに、HMGB1を検出するための、請求項7に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミロイドβ-HMGB1複合体を指標として、被験者がアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)等の認知症に罹患しているか否かを判定する方法や、アミロイドβ-HMGB1複合体を検出し、かつ被験者が認知症に罹患しているか否かを判定するためのキット等に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(Alzheimer's disease;以下、「AD」ということがある)は、不可逆的な進行性中枢神経疾患の1つであり、記憶障害や思考障害を伴う認知機能障害(認知症)、行動障害、人格変化等の症状を呈することが知られている。アルツハイマー病は、認知症患者の中で最も多い疾患であり、認知症患者全体の約60~80%を占めている。アルツハイマー病は、一般に65歳以上の高齢者で発症するが、中には64歳以下でも発症し、その場合、若年性アルツハイマー病と呼ばれている。
【0003】
内閣府の発表によると、2012年の日本における認知症患者数は462万人であり、65歳以上の高齢者の7人に1人であったが、2025年には約700万人まで増加し、5人に1人になると見込まれている。AD等の認知症患者数が増加すると、医療費の増大や介護問題等で国や患者関係者達の経済的又は精神的負担が深刻化することが予想される。
【0004】
認知症の診断は、面接及び質問紙法が主体であり、客観的診断法は未だ確立されていないのが現状である。面接及び質問紙法は、診断者による差があり、定量性に欠けるという欠点がある。この問題を解決するため、客観的診断法の確立のため研究が行われている。例えば、ADにおいては、症状の進行に伴い大脳の萎縮が認められるため、磁気共鳴画像法(MRI)を用いた画像診断を行う方法が考案されている。また、過剰にリン酸化されたTau(以下、「タウ」ということがある)の細胞内凝集(神経原線維変化)が、アミロイドβ(以下、「Aβ」ということがある)の細胞外蓄積(老人斑)とともに、脳で顕著に観察される。そして、Aβが蓄積すると、神経細胞内の微小管が構造変化を起こして神経細胞が死んでいくことになり、当該神経細胞死が起こると共にタウも細胞の外に漏れ、脳脊髄液(Cerebrospinal Fluid;以下、「CSF」ということがある)試料中に蓄積すると考えられている。このことから、脳脊髄液試料中のタウをマーカーとして用いる診断法も考案されている。しかしながら、これら方法は大型の専門機器が必要となる等、利便性、経済性、汎用性などの面で十分とは言い難いものであった。
【0005】
赤血球に含有されるプラズマローゲンが、認知症の診断マーカーとして有用であることが報告されている(特許文献1)。また、本発明者は、HMGB1(high mobility group box 1)が、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;以下、「MCI」ということがある)の診断マーカーとして有用であることを報告している(特許文献2)。
【0006】
一方、アミロイドβとHMGB1が、インビトロにおいて複合体を形成し得ることは報告されている(非特許文献1)。しかしながら、アミロイドβ-HMGB1複合体が、認知症の診断マーカーとして有用であることはこれまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2012/090625号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2020/255938号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Biochem Biophys Res Commun . 2003 Feb 14;301(3):699-703.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、認知症を、大型の専門機器を使用する必要がなく、かつ比較的簡便な方法で精度よく判定する方法や、その判定に用いるキット等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を進める過程において、ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)を用いて、AD患者における生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度が上昇することを見いだすとともに、かかるAβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、AD等の認知症に罹患した者と、認知症に罹患していない者(MCI患者や脳機能障害と診断されていない健常者)とを判別できることを見いだした。さらに、1又は2の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、生体試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて解析することにより、認知症の判定精度が向上することも確認した。前述の特許文献2には、HMGB1濃度は、MCI患者においては健常者と比べ上昇するものの、AD患者においてはむしろ健常者のレベルまで低下することが報告されている。このため、Aβ-HMGB1複合体が、AD等の認知症の診断マーカーとして有用であることや、HMGB1との組合せにより、認知症の判定精度が向上することは驚きであった。本発明は、これらの知見に基づき、完成するに至ったものである。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕以下の工程(a)及び(b)を含む、認知症の判定方法。
(a)被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度を測定する工程;
(b)被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定する工程;
〔2〕工程(b)において、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定する、上記〔1〕に記載の判定方法。
〔3〕生体試料が、血液試料又は脳脊髄液試料である、上記〔1〕又は〔2〕に記載の判定方法。
〔4〕工程(b)において、
被験者から採取された2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、さらに、
被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度とを比較し、
被験者から採取された2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度よりも高く、かつ、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定する、上記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の判定方法。
〔5〕認知症に罹患していない対照者が、健常者又は軽度認知障害患者である、上記〔2〕~〔4〕のいずれかに記載の判定方法。
〔6〕認知症が、アルツハイマー型認知症である、上記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の判定方法。
〔7〕ヒトアミロイドβに特異的に結合する抗体又はその標識物と、ヒトHMGB1に特異的に結合する抗体又はその標識物とを含む、アミロイドβ-HMGB1複合体を検出し、かつ、認知症を判定するためのキット。
〔8〕さらに、HMGB1を検出するための、上記〔7〕に記載のキット。
【0012】
また本発明の実施の他の形態として、
上記工程(a)と、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定するためのデータを作成する工程(B)とを順次含む、認知症を判定するためのデータを作成する方法;や、
上記工程(a)及び(b)を含む、認知症の診断方法;や、
上記工程(a)及び(b)を含み、かつ、工程(b)において、認知症に罹患している可能性が高いと判定された被験者に対して、認知症を治療する処置又は認知症の悪化を予防する処置を施す(例えば、認知症治療薬を投与する)工程を含む、認知症の治療方法又は認知症悪化の予防方法;や、
1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度よりも高い認知症患者に対して、認知症を治療する処置又は認知症の悪化を予防する処置を施す(例えば、認知症治療薬を投与する)工程を含む、認知症の治療方法又は認知症悪化の予防方法;や、
アミロイドβ-HMGB1複合体の検出、及び、認知症の判定(診断)における使用のための、ヒトアミロイドβに特異的に結合する抗体、又はその標識物と、ヒトHMGB1に特異的に結合する抗体、又はその標識物;
を挙げることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、認知症を、大型の専門機器を使用する必要がなく、かつ比較的簡便な方法で精度よく判定できるため、より多くの認知症患者に対して、適切な治療を行うことにより、あるいは、認知症悪化の予防の適切な処置を行うことにより、認知症の治療、及び認知症の病期進行の予防に資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1a】2種類のAβ(Aβ1-40又はAβ1-42)と、dsHMGB1及びatHMGB1を含むヒトHMGB1を1:1のモル比で混合・インキュベートした後、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
【
図1b】
図1aの実験において、混合するAβ(Aβ1-40又はAβ1-42)及びHMGB1の濃度を、それぞれ2倍又は4倍にし、同様の解析を行った結果を示す図である。
【
図1c】Aβ(Aβ1-40)と2種類のHMGB1(dsHMGB1又はatHMGB1)を1:1のモル比で混合・インキュベートした後、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
【
図1d】2種類のADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の大脳皮質溶解液について、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
【
図1e】種類のADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の大脳皮質溶解液について、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いた免疫沈降を行い、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
【
図2a-c】
図2aは、3種類の群(AD群[AD患者、n=70]、MCI群[MCI患者、n=23]、及びcontrol群[健常者、n=48])における脳脊髄液(CSF)試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を測定した結果を示す図である。図中の「**」は、統計学的に有意差がある(p<0.01)ことを示す(以下同じ)。
図2bは、3種類の群(AD群[AD患者、n=31]、MCI群[MCI患者、n=3]、及びcontrol群[健常者、n=30])における血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を測定した結果を示す図である。
図2cは、AD群(AD患者、n=70)におけるCSF試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度及びHMGB1の濃度を測定し、両者の関係を示す図である。
【
図2d-g】
図2dは、
図2aの結果を基に、AD群及びcontrol群間のROC(Receiver Operating Characteristic)分析を行った結果を示す図である。
図2eは、
図2aの結果を基に、MCI群及びcontrol群間のROC分析を行った結果を示す図である。
図2fは、
図2bの結果を基に、AD群及びcontrol群間のROC分析を行った結果を示す図である。
図2gは、
図2bの結果を基に、MCI群及びcontrol群間のROC分析を行った結果を示す図である。
【
図2h-i】
図2hは、AD群及びcontrol群における血漿中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、ADAS-cog値との関係を示す図である。
図2iは、AD群及びcontrol群における血漿中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、MMSE値との関係を示す図である。
【
図2j-k】
図2jは、AD群における血漿中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、ADAS-cog値の年変化との関係を示す図である。
図2kは、AD群における血漿中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、MMSE値の年変化との関係を示す図である。
【
図3】2種類のADモデルマウス(5×FADマウス[
図3a]及びAPP-KIマウス[
図3b])由来の脳の矢状切片を、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体を用いた免疫組織化学染色法により解析した結果を示す図である。図中の「***」は、統計学的に有意差がある(p<0.001)ことを示す(以下同じ)。
【
図4】プレセニリン-1(PS1)遺伝子にM146L変異(PS1-M146L)を有する家族性AD患者由来の脳の矢状切片を、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体を用いた免疫組織化学染色法により解析した結果を示す図である。
【
図5】2種類のADモデルマウス(5×FADマウス[
図5a]及びAPP-KIマウス[
図5b])由来の脳の矢状切片と、PS1-M146Lを有する家族性AD患者(
図5c)由来の脳の矢状切片を、抗Aβ抗体、抗HMGB1抗体、及び抗MAP2抗体を用いた免疫組織化学染色法により解析した結果を示す図である。
【
図6a-b】初代神経細胞を8種類の被験物質(dsHMGB1、atHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-42、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、Aβ1-40-atHMGB1複合体、Aβ1-42-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-atHMGB1複合体)の存在下でインキュベートした後、3種類の抗体(抗pSer46-MARCKS抗体[
図6a]、抗リン酸化タウ抗体[
図6b]、及び抗β-アクチン抗体[
図6a及び6b])を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。図中の「##」は、「no treatment」に対して統計学的に有意差がある(p<0.01)ことを示す。
【
図6c-d】
図6cは、初代神経細胞を4種類の被験物質(dsHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でかつ、モノクローナル抗体#129の存在下又は非存在下でインキュベートした後、3種類の抗体(抗pSer46-MARCKS抗体、抗リン酸化タウ抗体、及び抗β-アクチン抗体)を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。
図6dは、TLR4をノックダウンした初代神経細胞(図中の「TLR4-siRNA(+)」)と、TLR4をノックダウンしない初代神経細胞(図中の「TLR4-siRNA(-)」)とを、それぞれ4種類の被験物質(dsHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートした後、4種類の抗体(抗TLR4抗体、抗pSer46-MARCKS抗体、抗リン酸化タウ抗体、及び抗β-アクチン抗体)を用いたウェスタンブロッティングを行った結果を示す図である。図中の「##」は、統計学的に有意差がある(p<0.01)ことを示す(以下同じ)。
【
図6e-f】
図6eは、初代神経細胞を8種類の被験物質(dsHMGB1、atHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-42、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、Aβ1-40-atHMGB1複合体、Aβ1-42-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-atHMGB1複合体)の存在下でインキュベートした後、バルーニングした小胞体(ER)を有する細胞数を測定した結果を示す図である。
図6fは、初代神経細胞を4種類の被験物質(dsHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でかつ、モノクローナル抗体#129の存在下又は非存在下でインキュベートした後、バルーニングしたERを有する細胞数を測定した結果を示す図である。
【
図7】
図7aは、AD群(n=31)及びMCI群(n=23)におけるCSF試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を測定し、両群間のROC分析を行った結果を示す図である。
図7bは、AD群(n=30)及びMCI群(n=6)における血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を測定し、両群間のROC分析を行った結果を示す図である。
図7cは、
図7aにおける、CSF試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、両群におけるCSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて、両群間のROC分析を行った結果を示す図である。
図7dは、
図7bにおける、血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、両群におけるCSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて、両群間のROC分析を行った結果を示す図である。
図7eは、
図7aにおける、CSF試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、
図7bにおける、血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、
図7c又は7dにおける、CSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて、両群間のROC分析を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の判定方法としては、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体(すなわち、AβとHMGB1との複合体)の濃度を測定(必要に応じてさらに定量)する工程(a);及び被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、被験者が認知症に罹患しているか否か(認知症を発症しているか否か)を判定する工程(b);を順次含む、認知症を判定する方法(以下、「本件判定方法」ということがある)であれば特に制限されず、本件判定方法は、医師による認知症の有無の診断を補助する方法であって、医師による診断行為を含まない。
【0016】
本発明のキットとしては、「アミロイドβ-HMGB1複合体を検出するため」という用途と、「認知症を判定するため」という用途に特定された、ヒトAβに特異的に結合する抗体(すなわち、抗ヒトAβ抗体)又は抗ヒトAβ抗体の標識物と、ヒトHMGB1に特異的に結合する抗体(すなわち、抗ヒトHMGB1抗体)又は抗ヒトHMGB1抗体の標識物とを含むキット(以下、「本件キット」ということがある)であれば特に制限されず、本件キットは、認知症を判定するためのキットや、認知症の診断を補助するためのキットに関する用途発明であり、これらキットには、一般にこの種のキットに用いられる成分、例えば担体、pH緩衝剤、安定剤の他、取扱説明書、認知症を判定するための説明書等の添付文書が通常含まれる。
【0017】
本発明において、「認知症」とは、認知機能(例えば、記憶機能、遂行機能、注意機能、視空間認知機能、言語理解機能)の低下が認められ、認知症の診断基準を満たし、かつ、基本的な日常生活や社会生活には支障がある状態を意味する。すなわち、「認知症」には、認知機能の低下は認められるものの、認知症の診断基準は満たさず、かつ、基本的な日常生活や社会生活には支障がない状態(すなわち、軽度認知障害)は含まれない。ここで「認知症の診断基準を満たす」とは、例えば、ミニメンタルステート検査(MMSE;Mini Mental State Examination)の点数が20点以下(例えば、19点以下、18点以下、17点以下、16点以下、15点以下、14点以下、13点以下、12点以下、11点以下等)であること;ADAS-cog(Alzheimer's Disease Assessment Scale-cognitive subscale)の点数が10点以上(例えば、11点以上、12点以上、13点以上、14点以上、15点以上、16点以上、17点以上、18点以上、19点以上、20点以上、21点以上、22点以上等)であること;及び、臨床的認知症尺度(CDR;Clinical Dementia Rating)の点数が1点以上(例えば、1.1点以上、1.2点以上、1.3点以上、1.4点以上等)であること;から選択される1又は2以上を意味する。
【0018】
本明細書において、認知症としては、例えば、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)、パーキンソン病で発症する認知症、Lewy小体型認知症、前頭側頭型認知症、進行性非流暢性失語で発症する認知症、意味性認知症、大脳皮質基底核変性症で発症する認知症等を挙げることができ、後述する本実施例でその効果が実証されているため、アルツハイマー型認知症を好適に例示することができる。
【0019】
本発明において、「生体試料」としては、被験者(生体)由来の試料であればよく、例えば、血液試料、脳脊髄液(CSF)試料、尿試料を挙げることができ、後述する本実施例において、その効果が実証されているため、血液試料やCSF試料を好適に例示することができる。
【0020】
上記工程(a)において、生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を測定・定量する方法としては、生体試料中のAβ-HMGB1複合体タンパク質を特異的に検出できる方法であればよく、例えば、生体試料又はその処理物(例えば、血液試料の場合、血清試料や血漿試料;脳脊髄液試料の場合、遠心処理により夾雑物を除いた脳脊髄液;尿試料の場合、遠心処理により夾雑物を除いた尿)を用いて、Aβ-HMGB1複合体を特異的に認識する抗体を用いた免疫学的測定法を挙げることができる。
【0021】
上記免疫学的測定法としては、例えば、抗ヒトAβ抗体又はその標識物と、抗ヒトHMGB1抗体又はその標識物とを用いた免疫組織化学染色法、サンドイッチELISA、サンドイッチEIA、サンドイッチRIA、ウェスタンブロッティング、免疫沈降法とウェスタンブロッティングとの組合せ等を挙げることができる。
【0022】
本発明において、Aβ-HMGB1複合体濃度の値は、絶対値であっても、相対値であってもよい。Aβ-HMGB1複合体濃度の絶対値は、例えば、既知の濃度のAβ及び/又はHMGB1を用いて、Aβ-HMGB1複合体由来のシグナル量(例えば、蛍光量、色素量)と、Aβ-HMGB1複合体濃度との関係を示す検量線を作成し、かかる検量線を基に算出することができる。また、Aβ-HMGB1複合体濃度の相対値は、例えば、認知症に罹患していない対照者由来のAβ-HMGB1複合体由来のシグナル量(例えば、蛍光量、色素量)を基準にして算出することができる。
【0023】
上記工程(b)において、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定する方法や、上記工程(B)において、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定するためのデータを作成する方法としては、例えば、ある閾値(カットオフ値)よりも高いことを基準にして、判定する方法を挙げることができ、かかるカットオフ値としては、例えば、認知症に罹患していない対照者における生体試料中のAβ-HMGB1複合体濃度の平均値;当該平均値+標準偏差(SD);当該平均値+2SD;当該平均値+3SD;認知症に罹患していない対照者における生体試料中のAβ-HMGB1複合体濃度の中央値;当該Aβ-HMGB1複合体濃度の第三四分位数;当該Aβ-HMGB1複合体濃度の最大値;等を挙げることができる。また、カットオフ値は、感度(認知症に罹患している者を、正しく陽性と判定できる割合)及び特異度(認知症に罹患していない者を、正しく陰性と判定できる割合)が高くなるように、認知症患者における生体試料中のAβ-HMGB1複合体濃度のデータと、認知症に罹患していない対照者における生体試料中のAβ-HMGB1複合体濃度のデータを基に、統計解析ソフトウェアを用いたROC曲線を用いて算出することもできる。
【0024】
上記工程(b)において、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定する方法としては、具体的には、
被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定する方法;や、
被験者から採取された2以上の生体試料(好ましくは、血液試料及び脳脊髄液試料)中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の2以上の生体試料(好ましくは、血液試料及び脳脊髄液試料)中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、さらに、
被験者から採取された1又は2以上の生体試料(好ましくは、脳脊髄液試料)中のHMGB1の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料(好ましくは、脳脊髄液試料)中のHMGB1の濃度とを比較し、
被験者から採取された2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の2以上の生体試料中のアミロイドβ-HMGB1複合体の濃度よりも高く、かつ、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のHMGB1の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定する方法;
等を好適に例示することができる。
【0025】
また、上記工程(B)において、被験者が認知症に罹患しているか否かを判定するためのデータを作成する方法としては、具体的には、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度とを比較し、被験者から採取された1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度が、認知症に罹患していない対照者由来の1又は2以上の生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度よりも高い場合、被験者は認知症に罹患している可能性が高いと判定するためのデータを作成する方法等を好適に例示することができる。
【0026】
本明細書において、「認知症に罹患していない対照者」としては、認知症に罹患していない者(被験者のコントロール)、すなわち、1)認知機能の低下は認められない;2)認知症の診断基準を満たさない;及び3)基本的な日常生活や社会生活には支障がない;の1)~3)の基準のうち、少なくとも1つの基準を満たす者であればよく、具体的には、健常者、軽度認知障害に罹患している患者を挙げることができ、健常者や軽度認知障害患者を好適に例示することができる。
【0027】
本発明において、認知症の判定の指標であるAβ-HMGB1複合体におけるAβは、ヒト由来のAβ(Amyloid beta)タンパク質又はそれを構成するペプチドであり、Aβを構成するペプチドは、具体的には、以下の[B群ペプチド]から選択される1又は2種以上のペプチドを挙げることができる。
[B群ペプチド]
(1)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド(Aβ1-40)、或いは、配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、認知症患者における発現量が、認知症に罹患していない対照者と比べ高いAβ-HMGB1複合体におけるペプチド;
(2)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド(Aβ1-42)、或いは、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、認知症患者における発現量が、認知症に罹患していない対照者と比べ高いAβ-HMGB1複合体におけるペプチド;
【0028】
本発明において、認知症の判定の指標であるAβ-HMGB1複合体におけるHMGB1は、ヒト由来のHMGB1(high mobility group box 1)タンパク質又はそれを構成するペプチドであり、ヒト由来のHMGB1タンパク質は、具体的には、以下の[A群タンパク質]から選択される1又は2種以上のタンパク質を挙げることができる。
[A群タンパク質]
(1)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質(HMGB1のアイソフォーム1[NCBIReference Sequence:NP_001300821])、或いは、配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、認知症患者における発現量が、認知症に罹患していない対照者と比べ高いAβ-HMGB1複合体におけるタンパク質;
(2)配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質(HMGB1のアイソフォーム4[NCBIReference Sequence:NP_001350590])、或いは、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、認知症患者における発現量が、認知症に罹患していない対照者と比べ高いAβ-HMGB1複合体におけるタンパク質;
【0029】
上記「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列」とは、通常1~10個の範囲内、好ましくは1~7個の範囲内、より好ましくは1~6個の範囲内、さらに好ましくは1~5個の範囲内、さらにより好ましくは1~4個の範囲内、特に好ましくは1~3個の範囲内、特により好ましくは1~2個の範囲内、最も好ましくは1個の数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を意味する。
【0030】
本件キットにおける抗ヒトAβ抗体や抗ヒトHMGB1抗体は、前述した免疫学的測定法等の方法を用いて、アミロイドβ-HMGB1複合体を検出するために使用するものである。本件キットとしては、さらに、「HMGB1を検出するため」という用途に特定されたものが好ましく、HMGB1の検出は、本件キットにおける抗ヒトHMGB1抗体を用いて、前述した免疫学的測定法等の方法により行うことができる。
【0031】
本件キットにおける抗ヒトAβ抗体や抗ヒトHMGB1抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、ヒト抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体などの抗体であってもよく、また、この中には、F(ab’)2、Fab、diabody、Fv、ScFv、Sc(Fv)2などの抗体の一部からなる抗体断片も含まれる。
【0032】
本件キットにおいて、抗ヒトAβ抗体や抗ヒトHMGB1抗体の標識物における標識物質としては、例えば、ペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase等)、アルカリフォスファターゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコ-ス-6-ホスフェートデヒドロゲナーゼ、アルコール脱水素酵素、リンゴ酸脱水素酵素、ペニシリナーゼ、カタラーゼ、アポグルコースオキシダーゼ、ウレアーゼ、ルシフェラーゼ、アセチルコリンエステラーゼ等の酵素;FITC、Cy3、Cy5、ローダミン、Alexa Fluor(登録商標)等の蛍光物質;緑色蛍光タンパク質(GreenFluorescence Protein;GFP)、シアン蛍光タンパク質(Cyan Fluorescence Protein;CFP)、青色蛍光タンパク質(Blue Fluorescence Protein;BFP)、黄色蛍光タンパク質(YellowFluorescence Protein;YFP)、赤色蛍光タンパク質(Red FluorescenceProtein;RFP)、ルシフェラーゼ(luciferase)等の蛍光タンパク質;3H、14C、125I若しくは131I等の放射性同位体;ビオチン;アビジン;などを挙げることができる。
【0033】
本件キットにおいて、抗ヒトAβ抗体や抗ヒトHMGB1抗体は、公知の手法を用いて作製することができる。例えば、抗ヒトAβポリクローナル抗体や抗ヒトHMGB1ポリクローナル抗体は、非ヒト哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ)に、ヒトAβを構成するペプチド(好ましくは、Aβ1-40やAβ1-42)やヒトHMGB1を構成するペプチドを感作抗原として免疫し、抗血清を回収し、精製する、通常の方法により製造することができる。精製は、一般的な生化学的方法、例えば塩析、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを適宜組み合わせることにより行うことができる。
【0034】
また、抗ヒトAβモノクローナル抗体や抗ヒトHMGB1モノクローナル抗体は、例えば、公知のハイブリドーマ法により作製することができる。まず、抗体産生ハイブリドーマを作製する。ヒトAβを構成するペプチド(好ましくは、Aβ1-40やAβ1-42)やヒトHMGB1を構成するペプチドを感作抗原として使用して、これを通常の免疫方法に従って哺乳動物に免疫し、得られる免疫細胞を通常の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させ、通常のスクリーニング法により、モノクローナル抗体産生細胞をクローニングする。感作抗原で免疫される哺乳動物としては、特に限定はされないが、細胞融合に使用する親細胞(ミエローマ細胞)との適合性を考慮して選択するのが好ましく、一般的にはげっ歯類の動物、例えば、マウス、ラット、ハムスターなどが使用されることが多い。感作抗原で哺乳動物を免疫する方法としては、公知の方法を用いることができる。上記免疫細胞と融合されるミエローマ細胞としては、公知の種々の細胞株が使用可能である。免疫細胞とミエローマ細胞の細胞融合は公知の方法、例えば、ミルスタインらの方法(Methods Enzymol. 73: 3-46 (1981))などに準じて行うことができる。得られた融合細胞は、通常の選択培地、例えば、HAT培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、及びチミジンを含む培養液)で培養することにより選択することができる。このHAT培地での培養は、目的とするハイブリドーマ以外の細胞(非融合細胞)が死滅するまで、通常数日から数週間継続される。次に、通常の限界希釈法を実施し、ヒトAβに結合する抗体を産生するハイブリドーマや、ヒトHMGB1に結合する抗体を産生するハイブリドーマのスクリーニング及びクローニングが行われる。このようにして得られたハイブリドーマの培養上清を精製することによって、ヒトAβに結合するモノクローナル抗体や、ヒトHMGB1に結合するモノクローナル抗体を取得することができる。精製は、一般的な生化学的方法、例えば塩析、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを適宜組み合わせることにより行うことができる。
【0035】
抗ヒトAβモノクローナル抗体や抗ヒトHMGB1モノクローナル抗体はまた、遺伝子工学的手法により抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した宿主により産生することもできる。ヒトAβを構成するペプチド(好ましくは、Aβ1-40やAβ1-42)やヒトHMGB1を構成するペプチドを感作抗原として免疫した哺乳動物の脾細胞;リンパ球;又は、モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマからmRNAを取得し、これを鋳型としてcDNAライブラリーを作製することができる。感作抗原と反応する抗体を産生しているクローンをスクリーニングし、得られたクローンを培養し、培養上清から一般的な生化学的方法、例えば塩析、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを適宜組み合わせることにより目的とするモノクローナル抗体を精製することができる。また、キメラ抗体、CDR移植抗体、ヒト化抗体、一本鎖抗体、又はそれらの抗原結合性断片は、例えば、上記モノクローナル抗体の可変領域や超可変領域を用いて遺伝子工学的手法により作製することができる(例えば、Method in Enzymology 203: 99-121(1991))。
【0036】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0037】
1.方法
[サンドイッチELISAを用いたAβ-HMGB1複合体の解析]
96ウェルプレートを、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で希釈した抗HMGB1モノクローナル抗体(1mg/L、clone2D4、シノテスト社製)でコートし、4℃で一晩インキュベートした。0.05%のTween 20を含むPBS(洗浄液)でウェルを洗浄した後、1%のBSAを含むPBSを、各ウェル当たり400μL添加し、37℃で2時間インキュベートすることによりブロッキング処理を行った。ウェルを上記洗浄液で洗浄した後、ヒトCSF試料、ヒト血漿試料、又は希釈キャリブレーター(0、175、350、700、1400pg/mLのAβ-HMGB1複合体含有液)を、それぞれ1%のBSA含有PBSで1/4濃度に希釈し、各100μLをウェルに添加し、37℃で20~24時間インキュベートした。ウェルを上記洗浄液で洗浄した後、ペルオキシダーゼ標識抗Aβ抗体(クローン6E10抗体[Biolegend社製]及びクローン82E1抗体[#10323、IBL社製]の混合物)を添加し、室温で2時間インキュベートすることにより抗原-抗体反応を行った。ペルオキシダーゼの基質であるTMB(3,3',5,5'-tetra-methylbenzidine)(同仁堂研究所社製)を各ウェルに添加し、0.35mol/Lの硫酸ナトリウムで反応を停止させ、マイクロプレートリーダー(モデル680、Bio-Rad社製)を用いて450nmの吸光度を測定した。検出可能なAβ-HMGB1複合体の濃度範囲は、30~2000pg/mLであることを確認した。なお、上記抗HMGB1モノクローナル抗体(clone2D4)は、dsHMGB1及びatHMGB1の両方を検出する抗体である。また、上記抗Aβ抗体(クローン6E10抗体及びクローン82E1抗体)は、2種類のAβ(Aβ1-40又はAβ1-42)を検出する抗体である。
【0038】
[ADモデルマウス]
5×FADトランスジェニックB6/SJLマウス(以下、「5×FADマウス」という)、すなわち、ヒト変異APP(KM670/671NLスウェーデン型変異、I716Vフロリダ型変異、及びV717Iロンドン型変異)と、ヒト変異PS1(M146L変異及びL285V変異)とを過剰発現するADモデルマウス(文献「J Neurosci26, 10129-10140 (2006)」参照)は、Jackson Laboratory(BarHarbor, Maine, USA)から購入した。また、APP-KIマウス、すなわち、ヒト変異APP(KM670/671NLスェーデン型変異、E693G北極圏型変異、I716FBeyreuther/Iberian変異)を有するADモデルマウス(文献「Nat Neurosci17, 661-663 (2014)」参照)は、理研バイオリソース研究センターより入手した。5×FADマウス及びAPP-KIマウスから、定法に従って脳組織試料を調製し、凍結保存した。
【0039】
[ヒト脳組織試料]
PS1-M146Lを有する家族性のAD患者及び非認知症の対照者(非神経疾患対照者)から、定法に従って脳組織試料を調製し、凍結保存した。ヒト脳組織試料の使用については、東京医科歯科大学の倫理委員会の承認を得た上で、インフォームドコンセントを得た。
【0040】
[ADモデルマウスの脳組織試料を用いた免疫組織化学染色法]
上記ADモデルマウスの脳組織試料を、4%のPFA(パラホルムアルデヒド)溶液で固定処理を行った後、ミクロトーム(大和光機工業社製)を用いて5μm厚の脳の矢状切片を作製した。キシレン及びエタノールによる脱パラフィン処理後、10mMのクエン酸溶液中で15分間煮沸し、抗原賦活化処理を行った。その後、脳の矢状切片を、10%のFBSを含むPBS中で60分間インキュベートし、5種類の1次抗体(マウス抗Aβ抗体[#10323、IBL社製、希釈倍率1:1000]、ラビット抗HMGB1抗体[ab18256、Abcam社製、希釈倍率1:2000]、Cy3がコンジュゲートしたマウス抗GFAP抗体[c9205、sigma-Aldrich社製、希釈倍率1:5000]、ラビット抗MAP2抗体[ab32454、abcam社製、希釈倍率1:1000]、及びヤギ抗Iba1抗体[011-27991、富士フイルム和光純薬社製、希釈倍率1:500])の存在下で、4℃で12時間インキュベートした。その後、脳の矢状切片を、PBSで洗浄した後、2種類の2次抗体(Alexa Fluor 488でコンジュゲートしたDonkey抗マウスIgG[A21202、Thermo Fisher Scientific社製、希釈倍率1:1000]及びCy3でコンジュゲートしたDonkey抗ラビットIgG[711-165-152、JacksonLaboratory社製、希釈倍率1:1000])の存在下で、室温で1時間インキュベートした。その後、脳の矢状切片を、PBSで洗浄した後、0.2μg/mLのDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)を含むPBS中で、細胞核を染色し、共焦点レーザー走査型顕微鏡(FV1200IX83、オリンパス社製)を用い、各種1次抗体由来の蛍光シグナルを検出した画像と、細胞核由来のDAPI蛍光シグナルを検出した画像(DAPI画像)と、これらの画像を重ね合わせた画像(Merge画像)を取得した。
【0041】
[ヒト脳組織試料を用いた免疫組織化学染色法]
上記ヒト脳組織試料について、抗Aβ抗体、抗HMGB1抗体、及び抗MAP2抗体を用いた免疫組織化学染色法は、上記[ADモデルマウスの脳組織試料を用いた免疫組織化学染色法]の項目に記載の方法に従って行った。
【0042】
[CSF試料及び血漿試料の調製]
空腹時の3種類の被験者(AD患者71名、MCI患者26名、及び、脳機能障害と診断されていない健常者48名)(表1参照)から腰椎穿刺によりCSFを採取した後、夾雑物を除くために、遠心処理(1000×g、10分間、4℃)し、上清をCSF試料として-80℃で保存した。また、上記3種類の被験者の肘静脈から採血し、抗凝固剤(EDTA-2K)入りチューブに入れた後、遠心処理(1500×g、10分間、室温)し、上清を血漿試料として、-80℃で保存した。
【0043】
【0044】
[神経心理学的スコア]
主治医により、MMSE(日本語版)と、ADAS-cogが実施された。
【0045】
[CSF試料におけるAβ及びタウの検出]
CSF試料におけるAβ1-40及びAβ1-42は、ヒトAβ(1-40)ELISAキット(292-62301、富士フイルム和光純薬社製)及びヒトAβ(1-42)ELISAキット(298-62401、富士フイルム和光純薬社製)を用いて検出した。また、CSF試料におけるリン酸化タウ(p-Tau)は、INNOTEST Phospho-tau(181P)(Innogenetics社製)を用いて検出した。
【0046】
[Aβ-HMGB1複合体の調製]
2種類のAβペプチド粉末(Aβ1-40[Amyloidβ-Protein〔Human、1-40〕、4307-v、ペプチド研究所社製];及びAβ1-42[Amyoid β-Protein〔Human、1-42〕、4349-v、ペプチド研究所社製])を、DMSO中に1mMの濃度で溶解し、Aβ1-40含有液及びAβ1-42含有液を調製した。また、ジスルフィド型ヒトHMGB1(dsHMGB1)(HM-120、HMGBiotech社製)を、PBS中に140μMの濃度で溶解し、dsHMGB1含有液を調製した。また、100μMのdsHMGB1を20mMのDTTとともに37℃で24時間インキュベートした後、PBSを用いて4℃で3時間透析し、完全還元型HMGB1(atHMGB1)含有液を調製した。dsHMGB1含有液又はatHMGB1含有液と、Aβ含有液とを、それぞれPBSで60μMに希釈した後、等モル比で混合し、加熱蓋付きのPCRサーマルサイクラーで37℃、48時間インキュベートし、4種類のAβ-HMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体、Aβ1-40-atHMGB1複合体、Aβ1-42-dsHMGB1複合体、又はAβ1-42-atHMGB1複合体)含有液を調製し-80℃で保存した。実験に使用する場合、Aβ-HMGB1複合体含有液を氷上で溶解し、使用濃度となるようにPBSで希釈した。
【0047】
[Tricin-SDS-PAGE及びウェスタンブロッティング]
Aβ-HMGB1複合体を検出するために、文献「Nat. Protoc.1, 16-22 (2006)」に記載の方法に従って、Tricin-SDS-PAGEを行った。まず、電気泳動の6時間前に、ゲル(上ゲル:4%、スペーサーゲル:10%、下ゲル:16%)をキャストした。次に、等量のサンプルバッファー(1%のSDS、3%のメルカプトエタノール、15%のグリセロール、65mMのTris/HCl[pH7.0]、及び0.05%のBPB[ブロモフェノールブルー]を含む液)を、サンプル(上記Aβ-HMGB1複合体含有液、又はADモデルマウスから定法に従って調製した大脳皮質溶解液)に加え、37℃で15分間インキュベートし、電気泳動用バッファー(Anode buffer[100mMのTris、22.5mMのHCl〔pH8.9〕]、Cathodebuffer[100mMのTris、100mMのTricin、0.1%のSDS〔pH8.25以下〕])の存在下で、30V、30分間電気泳動を行った。その後、電気泳動を150Vに切り替え、サンプルが流れ終わる前に停止した。ゲルを、電極バッファー(300mMのTris、100mMの酢酸[pH8.6])の存在下で、0.4mA/cm2で24時間、セミドライ法により、イモビロン(登録商標)-Pポリフッ化ビニリデンのメンブレン(Millipore社製)へ転写させた。その後、メンブレンを、5%のスキムミルクを含むTBST溶液(10mMのTris-HCl[pH8.0]、150mMの塩化ナトリウム、0.05%のTween-20)中で1時間ブロッキング処理を行った後、3種類の1次抗体(ラビット抗HMGB1抗体[ab18256、Abcam社製、希釈倍率1:2000]、ラビット抗Aβ抗体[#2454S、CellSignaling Technology社製、希釈倍率1:1000]、及びマウス抗Aβ抗体[#10323、IBL社製、希釈倍率1:200])と、2種類の2次抗体(HRP標識抗ラビットIgG[NA934、GE Healthcare社製、希釈倍率1:3000]及びHRP標識抗マウスIgG[NA931、GE Healthcare社製、希釈倍率1:3000])を用いたウェスタンブロッティングを、定法に従って行った。各種1次抗体が結合するタンパク質の検出には、ECL Select Western Blotting Detection Reagent(RPN2235、GE Healthcare社製)と、発光画像解析装置(ImageQuant LAS500、GE Healthcare社製)を用いた。
【0048】
[初代神経細胞の培養]
E15のマウス胚から4~6個の大脳皮質を解剖し、0.05%のトリプシンを含むPBS(#25200056、Thermo Fisher Scientific社製)4mL中に、37℃で15分間インキュベートした後、ピペッティングにより大脳皮質由来細胞を解離させた。細胞を70μmセルストレーナー(#22-363-548、Thermo Fisher Scientific社製)に通し、遠心分離で回収し、2%のB27、0.5mMのL-グルタミン、1%のペニシリン/ストレプトマイシン、及び0.5μMのAra-C(arabinofuranosyl cytosine)を含むneurobasal medium(Thermo FisherScientific社製)で培養することにより、マウス初代大脳皮質ニューロンを得た。培養開始7日後、0.56nMの8種類の被験物質(dsHMGB1、atHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-42、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、Aβ1-40-atHMGB1複合体、Aβ1-42-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-atHMGB1複合体)含有液を添加し、室温で3時間インキュベートした。なお、当該被験物質の濃度は、MCI/AD患者由来CSFにおけるHMGB1濃度(文献「Nat. Commun.11, 1-22 (2020).」参照)を参考にして決定した。また、ヒト抗HMGB1抗体による効果を確認するため、当該被験物質とともに、0.56nMのヒト抗HMGB1抗体も添加し、同様にインキュベートした実験も行った。その後、以下の[ウェスタンブロッティング]の項目に記載の方法に従って、神経突起変性を解析した。また、ERのバルーニング(ballooning)を、BZ-X700(キーエンス社製)を用いた生細胞のタイムラプス撮影により解析した。また、TLR4のノックダウンは、lipofectamineRNAiMAX reagent(#13778030、Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、TLR4 siRNA(Santa Cruz Biotechnology社製)を細胞にトランスフェクションすることにより実施した。細胞は、被験物質の添加の前に、TLR4のノックダウン後36時間培養した。
【0049】
[ウェスタンブロッティング]
インキュベートした細胞を、PBSで掻き取り、回収した。遠心処理(10000×g、1分間、4℃)し、細胞ペレットを、抽出バッファー(2%のSDS、1mMのDTT、及び10mMのTris-HCl[pH7.5]を含む液)で溶解した。100℃で加熱した後、細胞溶解液を遠心処理(16000g×10分間、4℃)し、上清を等量のサンプルバッファー(125mMのTris-HCl[pH6.8]、4%のSDS、20%のグリセロール、12%のメルカプトエタノール、及び0.05%のBPBを含む液)に添加し、サンプルを調製した。サンプルを定法に従ってSDS-PAGEで分離し、セミドライ法にて、イモビロン-Pポリフッ化ビニリデンのメンブレン(Millipore社製)へ転写させた。その後、メンブレンを、5%のスキムミルクを含むTBST溶液(10mMのTris-HCl[pH8.0]、150mMの塩化ナトリウム、0.05%のTween-20)中で1時間ブロッキング処理を行った後、4種類の1次抗体(ラビット抗pSer46-MARCKS抗体[GL Biochem社製、希釈倍率1:10,000、反応条件;室温で1時間]、マウス抗リン酸化タウ抗体[AT-8][#90206、Innogenetics社製、希釈倍率1:2000、反応条件;室温で3時間]、マウス抗β-アクチン抗体[#sc-47778、Santa Cruz Biotechnology社製、希釈倍率1:1000、反応条件;4℃で12時間]、及びマウス抗TLR4抗体[#NB100-56566、Novus社製、希釈倍率1:5000、反応条件;室温で3時間]を含むCan GetSignal Solution(東洋紡社製)と、2種類の2次抗体(HRP標識抗ラビットIgG[NA934、GEHealthcare社製、希釈倍率1:3000]及びHRP標識抗マウスIgG[NA931、GEHealthcare社製、希釈倍率1:3000])を含むCan Get Signal Solution(東洋紡社製)とを用いたウェスタンブロッティングを、定法に従って行った。各種1次抗体が結合するタンパク質の検出には、ECL Select Western Blotting Detection Reagent(RPN2235、GE Healthcare社製)と、発光画像解析装置(ImageQuant LAS500、GE Healthcare社製)を用いた。
【0050】
[Aβ-HMGB1複合体とTLR4との親和性に関するELISA]
1nMの2種類のAβ-HMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)を含むPBS100μLと、ヒト抗dsHMGB1抗体(モノクローナル抗体#129)(国際公開第2020/059847号パンフレット)とを室温で30分間インキュベート(プレインキュベート)した後、ヒト抗dsHMGB1抗体(HMGB1 ELISA kit Exp、326078738、シノテスト社製)をプレコートした96ウェルプレートに、プレインキュベートしたサンプルと、1nMの4種類のHMGB1(atHMGB1、dsHMGB1、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)を含むPBS100μLとをそれぞれ添加し、37℃で24時間インキュベートした。各ウェルを、洗浄液(HMGB1 ELISA KIT Exp、326078738、シノテスト社製)で3回洗浄した後、各種濃度(0、0.25、0.5、1、2、又は4nM)のペルオキシダーゼ標識(Peroxidase Labeling Kit-NH2、LK11、同仁化学研究所社製)ヒトTLR4(1478-TR-050、R&D社製)100μLを各ウェルに添加し、25℃で24時間インキュベートした。各ウェルを上記洗浄液で洗浄した後、100μLの蛍光試薬(HMGB1 ELISA KIT Exp、326078738、シノテスト社製)を添加し、25℃で30分間インキュベートした。100μLの停止液(HMGB1 ELISA KIT Exp、326078738、シノテスト社製)で反応を停止させ、プレートリーダー(SPARK 10M、TECAN社製)を用いて450nmの吸光度を測定した。
【0051】
[統計解析]
統計解析は、R version 3.6.2を使用して行った。ボックスプロットを使用して、データ分布を描写した。ボックスプロットは、中央値、四分位、及びひげを示し、25~75%範囲外のデータを示す。p値は、Wilcoxonの順位和検定と事後Bonferroni補正を使用して算出した。他の群間比較には、Student’s t testを使用した。多群間比較には、Tukey’s HSD testを使用した。相関分析は、Microsoft Excel for Microsoft 365で行い、Pearsonの相関係数のp値はRで算出した。ROC(Receiver Operating Characteristic)分析は、ROCRパッケージで行った。
【0052】
2.結果
[Aβ-HMGB1複合体は、インビトロで形成され、ADモデルマウスの脳(インビボ)にも存在する]
まず、2種類のAβ(Aβ1-40又はAβ1-42)と、dsHMGB1及びatHMGB1を含むヒトHMGB1(1690-HMB-050、R&D社製)とを1:1のモル比で混合・インキュベートし、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った結果、いずれの抗体を用いた場合にも、Aβ(Aβ1-40又はAβ1-42)とHMGB1の1:1複合体の予測分子量である約35kDaの位置に、バンドが検出された(
図1a、矢印参照)。
【0053】
また、Aβ(Aβ1-40又はAβ1-42)単独では、Aβのモノマーに相当するバンドに加えて、Aβのオリゴマーに相当するバンドが検出されたのに対して、ヒトHMGB1を添加することにより、Aβのオリゴマーに相当するバンドが検出されなくなった(
図1a、矢頭参照)。
【0054】
また、混合するAβ(Aβ1-40又はAβ1-42)とヒトHMGB1の濃度を上げると、より高分子量のAβ-HMGB1複合体由来のバンドが検出された(
図1b参照)。例えば、分子量65kDaの位置に、Aβ:HMGB1が2:1の複合体由来のバンドが検出され(
図1b、矢印参照)、分子量100kDaの位置に、Aβ:HMGB1が2:3の複合体由来のバンドが検出された(
図1b、矢印参照)。
【0055】
また、Aβ(Aβ1-40)とdsHMGB1を混合・インキュベートした方が、Aβ(Aβ1-40)とatHMGB1を混合・インキュベートするよりも、Aβ-HMGB1複合体由来のバンドがより強く検出された(
図1c参照)。
【0056】
以上の結果から、AβとHMGB1の複合体が、インビトロで形成されることが確認された。
【0057】
次に、ADモデルマウスの脳内にAβ-HMGB1複合体が存在するかどうかを解析した(
図1d、e参照)。2種類のADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)と対照マウス(B6/SJLマウス)から定法に従って調製した大脳皮質溶解液について、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った結果、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体により検出された分子量45kDa、50kDa、及び75kDaのバンドは、対照マウスの大脳皮質溶解液よりも、ADモデルマウスの大脳皮質溶解液の方がより強く検出された(
図1d参照)。また、ADモデルマウスの大脳皮質溶解液を、抗Aβ抗体又は抗HMGB1抗体を用いて定法により免疫沈降させると、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体で検出されたそれぞれのバンドは、抗HMGB1抗体及び抗Aβ抗体でも検出されることが示された(
図1e参照)。
【0058】
これらの結果は、ADモデルマウスの脳内において、Aβ-HMGB1複合体が存在していることを示すとともに、正常マウスと比べ、ADモデルマウスの方がAβ-HMGB1複合体の量が増加することを示している。HMGB1は、アセチル化(文献「EMBO J. 22,5551-5560 (2003)」)、リン酸化(文献「J Immunol. 182, 5800 (2009)」、文献「Lab. Invest. 89, 948-959 (2009)」)、メチル化(文献「J Biol. Chem.282, 16336-16344 (2007)」)等の複数の修飾を受けることが報告されている。興味深いことに、胸腺から精製したHMGB1の2次元電気泳動解析では、分子量30kDa、35kDa、及び60kDaのHMGB1タンパク質スポットが検出されていることから(文献「EMBO J. 22,5551-5560 (2003)」)、本実施例において、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体により検出された分子量45kDa、50kDa、及び75kDaのバンドは、これら修飾HMGB1タンパク質と、Aβとの複合体由来のバンドであることが示唆された。
【0059】
[AD患者における生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度は上昇する]
図1d及びeの結果から、ADのバイオマーカーとしてのAβ-HMGB1複合体の有用性が示唆された。そこで、Aβ-HMGB1複合体を指標として、ADを判定できるかどうかを解析するために、3種類の群(AD群[AD患者]、MCI群[MCI患者]、及びcontrol群[健常者])におけるCSF試料及び血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を、ELISAを用いて測定した。その結果、多くのAD群において、CSF試料及び血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度が上昇した(
図2a及び2b参照)。一方、MCI群においては、かかる上昇は認められず、また、control群においては、一部(CSF試料では、3例[NC11、NC15、及びW232];血漿試料では、2例[NC05及びNC17])が上昇するにとどまった(
図2a及び2b参照)。このうち、1例(W232)は、MMSE値が正常以下(24.0)でp-Tauレベルが高いこと(181pg/mL)が判明し、再度通院し、4年以内に早期ADと診断された。
【0060】
この結果は、生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度が上昇することを指標として、AD等で発症する認知症に罹患した患者と、認知症に罹患していない者(軽度認知障害患者や脳機能障害と診断されていない健常者)とを判別できる可能性を示唆している。
【0061】
図2aの結果、すなわち、Aβ-HMGB1複合体の濃度が、AD群におけるCSF試料中において上昇したのに対して、MCI群におけるCSF試料中では上昇しなかったことを示す結果とは対照的に、我々は以前に、HMGB1の発現レベルが、AD患者のCSF試料よりもMCI患者のCSF試料の方が上昇することを報告している(文献「Nat. Commun.11, 1-22 (2020)」参照)。そこで、同じAD患者から同じ時期に採取したCSF試料中のHMGB1の濃度と、Aβ-HMGB1複合体の濃度とを比較した。その結果、興味深いことに、CSF試料中のHMGB1の濃度と、Aβ-HMGB1複合体の濃度とは、負の相関関係を示した(
図2c参照)。この負の相関関係は、CSF試料中のHMGB1の濃度と、Aβ-HMGB1複合体の濃度の両方を測定することにより、MCIとADを識別し、患者の認知機能の低下レベルを評価できることを示している。
【0062】
また、
図2a及び2bの結果を基に、AD群及びcontrol群間のROC分析を行った結果、AUC(Area Under the Curve)値はそれぞれ0.5314及び0.7742であり、共に0.5を超えていた(
図2d及び2f参照)。一方、AD群(n=8)及びcontrol群(n=6)におけるCSF試料中のAβ(Aβ1-40)の濃度を測定した結果を基に、AD群及びcontrol群間のROC分析を行った結果、AUC値は0.333であり、0.5以下であった。
【0063】
これらの結果は、(Aβではなく)Aβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、AD等で発症する認知症に罹患した患者と、認知症に罹患していない者とを判別できることを示している。なお、
図2a及び2bの結果を基に、MCI群及びcontrol群間のROC分析を行った結果、AUC値はそれぞれ0.4688及び0.4667と、共に0.5以下であることから、Aβ-HMGB1複合体の濃度は、軽度認知障害に罹患した患者と、軽度認知障害に罹患していない者との判別に使用できないことが確認された(
図2e及び2g参照)。
【0064】
また、AD群及びcontrol群におけるAβ-HMGB1複合体の濃度と、2種類の認知機能スコア値(ADAS-cog値及びMMSE値)との関係性を解析したところ、AD群においては、Aβ-HMGB1複合体の濃度と、ADAS-cog値との間に正の相関関係が認められたのに対して、control群ではかかる相関関係を認められなかった(
図2h参照)。また、AD群においては、Aβ-HMGB1複合体の濃度と、MMSE値との間に負の相関関係が認められたのに対して、control群ではかかる相関関係を認められなかった(
図2i参照)。
この結果は、Aβ-HMGB1複合体の濃度の上昇と、認知機能の低下との間に、正の相関関係があることを示している。
【0065】
さらに、AD群におけるAβ-HMGB1複合体の濃度と、2種類の認知機能スコア値(ADAS-cog値及びMMSE値)の年変化との関係性を解析したところ、Aβ-HMGB1複合体の濃度と、ADAS-cog値の年変化との間に正の相関関係が認められ(
図2j参照)、また、Aβ-HMGB1複合体の濃度と、MMSE値との間に負の相関関係が認められた(
図2k参照)。
この結果は、Aβ-HMGB1複合体の濃度と、認知機能の低下との間に、正の相関関係があることを示している。
【0066】
[Aβ-HMGB1複合体はAβプラーク周辺の神経細胞に存在する]
我々は以前、細胞死病理学の表現型を3つのパターン(活性ネクローシス[Active Necrosis]、二次ネクローシス[Secondary Necrosis]、及び細胞死のゴースト[Ghost of Cell Death])に分類した(文献「Nat. Commun.11, 1-22 (2020)」参照)。Aβ-HMGB1複合体の濃度上昇の病理学的意義を調べるため、2種類のADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の脳の矢状切片を、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体を用いた免疫組織化学染色法により解析した。その結果、細胞外Aβ凝集体(Aβプラーク)の周辺部で二次ネクローシスが生じた細胞において、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルとが共局在しており(
図3a及びbにおける顕微鏡画像参照)、Aβ-HMGB1複合体はAβプラーク周辺の細胞に存在することが示された。また、これら重なったシグナルは、弱いDAPIシグナルとともに、死滅しつつある細胞の細胞質に存在したことから、Aβ-HMGB1複合体は、老人斑形成周辺の二次障害を受けた神経細胞で形成されていることが示唆された。さらに、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルとが共局在する領域を定量した結果、かかる領域は、正常マウスと比べ、ADモデルマウスの方が有意に増加することが確認された(
図3a及びbにおけるグラフ参照)。
【0067】
さらに,PS1-M146Lを有する家族性のAD患者由来の脳の矢状切片を、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体を用いた免疫組織化学染色法により解析した。その結果、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルは、細胞外Aβ凝集体(老人斑)を取り囲む細胞の細胞質内に、弱いDAPIシグナルとともに共局在していた(
図4参照)。また、HMGB1由来のシグナルは、細胞内Aβのない正常細胞では核内に検出されたのに対して(
図4の矢印参照)、異常細胞では核内に加えて、細胞質内でも検出され、Aβ由来のシグナルと共局在していた(
図4の四角で囲った部分参照)。かかる異常なニューロンの形態学的な変化は、HD及びAD病態で同定された正常な機能の損なわれたYAP機能と関連するTRIAD(Transcriptional Repression-Induced Atypical cell Death)ネクローシスの典型的な特徴と一致する(文献「Nat.Commun. 11, 1-22 (2020)」、「J Cell Biol. 172, 589-604 (2006)」、「Hum. Mol.Genet. 25, 4749-4770 (2016)」、及び「Acta Neuropathol. Commun. 5, 19 (2017)」参照)。さらに、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルとが共局在する領域を定量した結果、かかる領域は、非神経疾患対照者と比べ、PS1-M146Lを有する家族性のAD患者の方が有意に増加することが確認された(
図4におけるグラフ参照)。
【0068】
[Aβ-HMGB1複合体は、死滅しつつある神経細胞で生成され、ミクログリアによって除去される]
Aβ-HMGB1複合体の生成に関与する細胞種を確認するため、2種類のADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の脳の矢状切片と、PS1-M146Lを有する家族性AD患者由来の脳の矢状切片を、抗Aβ抗体及び抗HMGB1抗体と、抗MAP2抗体、抗Iba1抗体、又は抗GFAP抗体とを用いた免疫組織化学染色法により解析した。まず、抗MAP2抗体、すなわち、神経細胞特異的マーカーであるMAP2に対する抗体を用いた解析の結果、ADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の脳組織において、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルは、Aβプラークを取り囲む、死滅しつつある神経細胞に共局在することが確認された(
図5a及び5b参照)。また、PS1-M146Lを有する家族性AD患者由来の脳組織においては、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルが、細胞内Aβを有する死滅しつつある神経細胞(一次ネクローシス[文献「Nat. Commun. 11, 1-22 (2020)」参照])、及び、老人斑の周辺又は近くの死滅しつつある神経細胞(二次ネクローシス[文献「Commun. Biol.4, 1175 (2021)」及び文献「Nat. Commun.11, 1-22 (2020)」参照])において、それぞれ共局在することが確認された(
図5c参照)。
これらの結果は、Aβ-HMGB1複合体は、死滅しつつある神経細胞で生成されたことを示している。
【0069】
また、抗Iba1抗体、すなわち、ミクログリア特異的マーカーであるIba1に対する抗体を用いた解析の結果、ADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の脳組織、及びPS1-M146Lを有する家族性AD患者由来の脳組織において、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルが、細胞外Aβ凝集体の境界に共局在することが確認された。しかしながら、ミクログリア自体はAPP(Aβ前駆体)の切断によりAβを生成しないこと、及び、ミクログリアが食細胞として機能していることを考慮すると、これらのミクログリアは、後にAβプラークを形成するネクローシスした神経細胞のクラスターから生成されたAβ-HMGB1複合体を、食作用により分解したと考えるのが妥当である(文献「Commun. Biol. 4, 1175 (2021)」及び「Nat. Commun.11, 1-22 (2020)」参照)。
【0070】
また、抗GFAP抗体、すなわち、アストロサイト特異的マーカーであるGFAPに対する抗体を用いた解析の結果、ADモデルマウス(5×FADマウス及びAPP-KIマウス)由来の脳組織、及びPS1-M146Lを有する家族性AD患者由来の脳組織において、Aβ由来のシグナルと、HMGB1由来のシグナルの明確な共局在は認められなかった。
【0071】
以上の結果を総合すると、HMGB1-TLR4-PKC-Ku70経路によって誘導される細胞内アミロイドβが蓄積し、TRIADネクローシスのプロセスを経る神経細胞の細胞質内でAβ-HMGB1複合体が生成されることを示している(文献「Commun. Biol. 4, 1175 (2021)」及び文献「Nat. Commun.11, 1-22 (2020)」参照)。TRIADネクローシスに陥った神経細胞は、AD病態の進行に伴い、「ネクローシスからネクローシスへの増幅」というメカニズムで指数関数的に増加する(文献「Commun. Biol.4, 1175 (2021)」及び文献「Nat.Commun. 11, 1-22 (2020)」参照)。AD病態の進行に伴い、Aβの負荷も増加するため、Aβ-HMGB1複合体の生成は、AD後期で増加すると考えられ、生成部位である二次TRIAD神経細胞にAβ-HMGB1複合体が局在することが、MCI期ではAβ-HMGB1複合体の発現レベルが低く、AD進行期では、Aβ-HMGB1複合体の発現レベルが高いことを説明できる。
【0072】
[Aβ-dsHMGB1複合体は神経突起変性を誘導する]
Aβ-HMGB1複合体が、HMGB1と同様に、神経突起変性を誘導するかどうかを調べるために、初代神経細胞を8種類の被験物質(dsHMGB1、atHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-42、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、Aβ1-40-atHMGB1複合体、Aβ1-42-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-atHMGB1複合体)の存在下でインキュベートした後、神経突起/シナプス変性のマーカーであるMARCKSにおけるSer46のリン酸化を検出する抗体(抗pSer46-MARCKS抗体)と、シナプス変性のマーカーとして確立されているタウにおけるSer202及びThr205のリン酸化を検出する抗体(抗リン酸化タウ抗体)とを用いたウェスタンブロッティングを行った。その結果、初代神経細胞をatHMGB1の存在下でインキュベートしても、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment」)と比べ、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルは変わらなかったのに対して、dsHMGB1の存在下でインキュベートすると、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルが増加した(
図6a及び6b参照)。一方、初代神経細胞をアミロイドβ(Aβ1-40及びAβ1-42)の存在下でインキュベートしても、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment」)と比べ、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルは変わらなかった(
図6a及び6b参照)。また、初代神経細胞を、Aβ-atHMGB1複合体(Aβ1-40-atHMGB1複合体及びAβ1-42-atHMGB1複合体)の存在下でインキュベートしても、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment」)と比べ、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルは変わらなかったのに対して、Aβ-dsHMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートすると、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルが増加した(
図6a及び6b参照)。
【0073】
これらの結果は、(Aβ-atHMGB1複合体ではなく)Aβ-dsHMGB1複合体が、神経突起変性作用を有することを示している。
【0074】
次に、ヒト抗dsHMGB1抗体(モノクローナル抗体#129)が、Aβ-dsHMGB1複合体による神経突起変性作用に影響を与えるかどうかを調べるために、初代神経細胞を4種類の被験物質(dsHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でかつ、モノクローナル抗体#129の存在下又は非存在下でインキュベートした後、抗pSer46-MARCKS抗体及び抗リン酸化タウ抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った。その結果、初代神経細胞を、Aβ-dsHMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートすると、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment」)と比べ、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルは増加したのに対して、かかるAβ-dsHMGB1複合体とともにモノクローナル抗体#129の存在下でインキュベートすると、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルの増加が抑制された(
図6c参照)。
【0075】
また、TLR4がAβ-dsHMGB1複合体による神経突起変性作用に影響を与えるかどうかを調べるために、TLR4をノックダウンした初代神経細胞と、TLR4をノックダウンしない初代神経細胞とを、それぞれ4種類の被験物質(dsHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートした後、抗TLR4抗体、抗pSer46-MARCKS抗体、及び抗リン酸化タウ抗体を用いたウェスタンブロッティングを行った。その結果、TLR4をノックダウンしない初代神経細胞を、dsHMGB1やAβ-dsHMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートすると、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment TLR4-siRNA(-)」)と比べ、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルは増加したのに対して、TLR4をノックダウンした初代神経細胞を、dsHMGB1やAβ-dsHMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートすると、pSer46-MARCKS及びリン酸化タウのレベルの増加が抑制された(
図6d参照)。
さらに、Aβ-HMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)とTLR4との親和性に関するELISAを行った結果、Aβ-dsHMGB1複合体が、dsHMGB1と同様に、TLR4に対して高い結合親和性を有することも確認した。
【0076】
以上の結果は、Aβ-dsHMGB1複合体がTLR4へ結合し、神経突起変性を誘導することを示しているとともに、Aβ-dsHMGB1複合体における当該結合ドメイン(表面)は、dsHMGB1の外側領域に存在し、Aβ(Aβ1-40及びAβ1-42)が当該結合ドメインの形を安定化していることが示唆された。
【0077】
[Aβ-dsHMGB1複合体は神経細胞死を誘導する]
次に、神経突起変性作用を有するAβ-dsHMGB1複合体が、細胞死を誘導するかどうかを調べるため、初代神経細胞を8種類の被験物質(dsHMGB1、atHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-42、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、Aβ1-40-atHMGB1複合体、Aβ1-42-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-atHMGB1複合体)の存在下でインキュベートした後、細胞死の形態の1つであるバルーニングしたERを有する細胞数を測定した。その結果、初代神経細胞をatHMGB1やアミロイドβ(Aβ1-40及びAβ1-42)、又はAβ-atHMGB1複合体(Aβ1-40-atHMGB1複合体及びAβ1-40-atHMGB1複合体)の存在下でインキュベートしても、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment」)と比べ、バルーニングしたERを有する細胞数はほとんど変わらなかったのに対して、dsHMGB1やAβ-dsHMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートすると、バルーニングしたERを有する細胞数が増加した(
図6e参照)。
この結果は、Aβ-dsHMGB1複合体が細胞死を誘導する作用を有することを示している。
【0078】
また、初代神経細胞を4種類の被験物質(dsHMGB1、Aβ1-40、Aβ1-40-dsHMGB1複合体、及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でかつ、モノクローナル抗体#129の存在下又は非存在下でインキュベートした後、バルーニングしたERを有する細胞数を測定した結果、初代神経細胞を、Aβ-dsHMGB1複合体(Aβ1-40-dsHMGB1複合体及びAβ1-42-dsHMGB1複合体)の存在下でインキュベートすると、被験物質の非存在下でインキュベートした場合(図中の「no treatment」)と比べ、バルーニングしたERを有する細胞数は増加したのに対して、かかるAβ-dsHMGB1複合体とともにモノクローナル抗体#129の存在下でインキュベートすると、バルーニングしたERを有する細胞数の増加が抑制された(
図6f参照)。
この結果から、モノクローナル抗体#129が、Aβ-dsHMGB1複合体による細胞死を抑制することが確認された。
【0079】
以上の結果から、二次ネクローシスの過程で死滅しつつある神経細胞において、dsHMGB1とAβがAβ-dsHMGB1複合体を形成することが示された。AD病態の後期において、このような神経細胞内でのAβ-dsHMGB1複合体形成によるHMGB1放出の抑制や、ミクログリアでの細胞外HMGB1取り込み後のAβ-dsHMGB1複合体へのHMGB1の固定化により、細胞外のHMGB1量が減少すると考えられる。一方、細胞外のAβ-dsHMGB1複合体は、ネクローシスした神経細胞からの放出により、増加する。Aβ-dsHMGB1複合体はHMGB1と同様、シナプス損傷や二次ネクローシスを誘導することが明らかとなった。AD後期の細胞外Aβ-dsHMGB1複合体の量が増加すると、AD病態が進行することが予想される。
【0080】
[Aβ-HMGB1複合体と、HMGB1等との組合せ解析により、認知症の判定精度が向上する]
図2d及び2fに示す結果は、AD群及びcontrol群における生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、認知症を判定できることを示している。次に、生体試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度以外の要素を組み合わせることにより、認知症の判定精度が向上するかどうかを検討した。
【0081】
まず、AD群及びMCI群におけるCSF試料及び血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度を測定し、両群間のROC分析を行った結果、AD群及びcontrol群間と同様に、AUC値はそれぞれ0.600及び0.725と、共に0.5を超えていた(
図7a及び7b参照)。一方、AD群(n=8)及びMCI群(n=2)におけるCSF試料中のAβ(Aβ1-40)の濃度を測定した結果を基に、AD群及びcontrol群間のROC分析を行った結果、AUC値は0.438であり、0.5以下であった。
【0082】
これらの結果から、(Aβではなく)Aβ-HMGB1複合体の濃度を指標として、AD等で発症する認知症に罹患した患者と、軽度認知症に罹患した患者(すなわち、認知症に罹患していない者)とを判別できることが確認された。
【0083】
次に、かかるCSF試料又は血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、CSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて、両群間のROC分析を行った結果、AUC値はそれぞれ0.644及び0.758と向上した(
図7c及び7d参照)。さらに、かかるCSF試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、かかる血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、かかるCSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて、両群間のROC分析を行った結果、AUC値は0.817とさらに向上した(
図7e参照)。
【0084】
これらの結果は、CSF試料又は血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、CSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて解析するか、あるいは、CSF試料及び血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度と、CSF試料中のHMGB1の濃度とを組み合わせて解析することにより、CSF試料又は血漿試料中のAβ-HMGB1複合体の濃度単独で解析した場合と比べ、認知症の判定精度が向上することを示している。