(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024064550
(43)【公開日】2024-05-14
(54)【発明の名称】揮発性有機化合物の回収装置および回収方法
(51)【国際特許分類】
B01D 53/04 20060101AFI20240507BHJP
B01J 20/20 20060101ALI20240507BHJP
C01B 32/182 20170101ALI20240507BHJP
【FI】
B01D53/04
B01J20/20 B
C01B32/182
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022173217
(22)【出願日】2022-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】曽根 和樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 仁
(72)【発明者】
【氏名】市川 靖
(72)【発明者】
【氏名】内村 允宣
(72)【発明者】
【氏名】西原 洋知
(72)【発明者】
【氏名】金丸 和也
【テーマコード(参考)】
4D012
4G066
4G146
【Fターム(参考)】
4D012BA03
4D012CA11
4D012CA20
4D012CB11
4D012CD10
4D012CE01
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4D012CG01
4D012CG02
4G066AA04B
4G066BA25
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4G066DA01
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4G146AA01
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4G146AC04A
4G146AC08A
4G146AC09A
4G146AC09B
4G146AC10A
4G146AC17A
4G146AC28B
4G146AD11
4G146AD32
(57)【要約】
【課題】エネルギーロスを低減しつつ小型化が可能な手法により、揮発性有機化合物を回収しうる手段を提供する。
【解決手段】応力を解放および印加することによって揮発性有機化合物の蒸気を吸着し前記蒸気またはその液化物を脱離する多孔質炭素材料に対して、前記揮発性有機化合物の蒸気を吸着させ、前記蒸気を吸着した前記多孔質炭素材料に対して応力を印加することにより、前記多孔質炭素材料から前記蒸気またはその液化物を脱離させ、前記多孔質炭素材料から脱離した前記蒸気またはその液化物を回収する。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
揮発性有機化合物の蒸気を吸着剤に吸着させた後に前記蒸気またはその液化物を脱離させて回収する揮発性有機化合物の回収装置であって、
応力を解放および印加することによって前記蒸気を吸着し前記蒸気またはその液化物を脱離する多孔質炭素材料を含む吸脱着部と、
前記多孔質炭素材料に対して、前記応力の解放および印加を行う応力印加部と、
前記多孔質炭素材料から脱離した前記蒸気またはその液化物を回収する回収部と、
を備える、揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項2】
前記吸脱着部は、密封可能なセルと、前記セルの内部に配置された前記多孔質炭素材料と、を含む、請求項1に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項3】
前記応力印加部は、前記セル内の空間に前記蒸気が存在しないときに、下記数式1:
【数1】
式中、Tは前記多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、P
eは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧であり、Vは前記セル内で前記蒸気が存在可能な空間の体積[m
3]であり、n
2は前記応力の印加により前記多孔質炭素材料から脱離する前記揮発性有機化合物の物質量[mol]である、
を満たす条件で前記多孔質炭素材料に対して応力を印加し、前記回収部は前記揮発性有機化合物の蒸気の少なくとも一部を前記液化物として回収する、請求項2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項4】
前記応力印加部は、前記セル内の空間に前記蒸気が前記多孔質炭素材料の温度における飽和蒸気量未満の量で存在するときに、下記数式2:
【数2】
式中、Tは前記多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、P
eは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧であり、Vは前記セル内で前記蒸気が存在可能な空間の体積[m
3]であり、n
2は前記応力の印加により前記多孔質炭素材料から脱離する前記揮発性有機化合物の物質量[mol]であり、n
1は前記応力の印加前に前記セル内の空間に存在する前記揮発性有機化合物の蒸気の物質量[mol]である、
を満たす条件で前記多孔質炭素材料に対して応力を印加し、前記回収部は前記揮発性有機化合物の蒸気の少なくとも一部を前記液化物として回収する、請求項2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項5】
前記応力印加部は、前記セル内の空間に前記蒸気が前記多孔質炭素材料の温度における飽和蒸気量で存在するときに、下記数式3:
【数3】
式中、Tは前記多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、P
eは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧であり、Vは前記セル内で前記蒸気が存在可能な空間の体積[m
3]であり、n
1は前記応力の印加前に前記セル内の空間に存在する前記揮発性有機化合物の蒸気の物質量[mol]である、
を満たす条件で前記多孔質炭素材料に対して応力を印加し、前記回収部は前記揮発性有機化合物の蒸気の少なくとも一部を前記液化物として回収する、請求項2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項6】
前記多孔質炭素材料についてのCu-Kα線を用いたX線回折スペクトルにおける炭素の(10)面に由来するピークの半値幅が1.2~3.2°の範囲内の値である、請求項1または2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項7】
前記多孔質炭素材料のBET比表面積が800~2600m2/gである、請求項1または2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項8】
前記多孔質炭素材料の細孔容積が2.0mL/g以上である、請求項1または2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項9】
前記多孔質炭素材料が、ゼオライトテンプレートカーボン(ZTC)、グラフェンメソスポンジ(GMS)または炭素メソスポンジ(CMS)を含む、請求項1または2に記載の揮発性有機化合物の回収装置。
【請求項10】
応力を解放および印加することによって揮発性有機化合物の蒸気を吸着し前記蒸気またはその液化物を脱離する多孔質炭素材料に対して、前記揮発性有機化合物の蒸気を吸着させることと、
前記蒸気を吸着した前記多孔質炭素材料に対して応力を印加することにより、前記多孔質炭素材料から前記蒸気またはその液化物を脱離させることと、
前記多孔質炭素材料から脱離した前記蒸気またはその液化物を回収することと、
を含む、揮発性有機化合物の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮発性有機化合物の回収装置および回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大気環境中に含まれる微小粒子状物質の規制は世界的規模でなされており、我が国は、大気汚染防止法その他の関係法令により、微小粒子状物質の大気中への放出を規制している。
【0003】
微小粒子状物質とは、大気中に浮遊する小さな粒子のうち、粒子径が2.5μm以下の粒子のことをいう。その成分には、炭素成分、硝酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩のほか、ケイ素、ナトリウム、アルミニウムなどの無機元素などが含まれる。さまざまな粒径のものが含まれており、地域や季節、気象条件などによって組成が変動する。この微小粒子状物質は、物の燃焼などによって直接排出されるもの(一次生成粒子)と、環境大気中での化学反応により生成されたもの(二次生成粒子)とに大別される。このうち二次生成粒子は、溶剤・塗料の使用時や石油取扱施設からの蒸発、森林などから排出される揮発性有機化合物(VOC)等のガス状物質が、大気中で光やオゾンと反応することにより生成される。特に、揮発性有機化合物の排出量は、発生源として塗料、洗浄剤、接着剤、インキからの排出が全体の約75%を占め、業種別に見ても、塗料等を多く扱う業種からの排出が大部分を占める現状にある。
【0004】
例えば、一般的な塗装工場は、建屋内にいくつかの塗装ブースと乾燥ライン、塗料の配合・供給場所、また被塗装材の搬入と塵埃除去、研磨装置等があり、排気は複数の排気口に設けたプレフィルタで大粒のミストや塵埃を除き、専用の排気ダクトを通って外部の活性炭やゼオライトなどを充填した回収システムで吸着処理してから大気中に放出する。また、揮発性有機化合物の処理手法としては、大別して、燃焼法、吸着法、その他の手法がある。このうち吸着法は、揮発性有機化合物を物理的・化学的に吸着して回収する手法であり、揮発性有機化合物の吸着と脱離を繰り返して、吸着剤を再生しながら行う手法である。
【0005】
従来、吸着法を用いて揮発性有機化合物を回収する手段として、特許文献1には、吸着剤を充填した吸着槽を備えた有機溶剤吸脱着装置に、有機溶剤を含有する被処理ガスを導入し、有機溶剤を当該吸着槽で吸着処理して有機溶剤濃度が減少した処理済みガスを排出し、当該吸着槽における吸着処理が完了した後に、前記有機溶剤吸脱着装置へスチームを導入して吸着剤から有機溶剤を脱離し、それによって吸着剤を再生する有機溶剤含有ガス処理システムが開示されている。そして、スチームの導入により有機溶剤を脱離可能な吸着剤としては、粒状活性炭や活性炭素繊維、ゼオライト、シリカゲルなどが挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1に開示されているような従来の有機溶剤含有ガス処理システムでは、揮発性有機化合物(有機溶剤)を吸着した吸着剤に対して加熱したガス(スチーム等)を供給することで溶剤蒸気を脱離させることから、エネルギーロスがあって低効率であり、配管も多く体積が大きいという問題があった。
【0008】
そこで本発明は、エネルギーロスを低減しつつ小型化が可能な手法により、揮発性有機化合物を回収しうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。その結果、応力を解放および印加することによって揮発性有機化合物の蒸気を吸着し前記蒸気またはその液化物を脱離する多孔質炭素材料に対して揮発性有機化合物の蒸気を吸着させ、当該蒸気を吸着した多孔質炭素材料に対して応力を印加して当該蒸気またはその液化物を脱離させ、多孔質炭素材料から脱離した当該蒸気またはその液化物を回収するという方法により上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち本発明の一形態は、揮発性有機化合物の蒸気を吸着剤に吸着させた後に前記蒸気またはその液化物を脱離させて回収する揮発性有機化合物の回収装置であって、応力を解放および印加することによって前記蒸気を吸着し前記蒸気またはその液化物を脱離する多孔質炭素材料を含む吸脱着部と、前記多孔質炭素材料に対して、前記応力の解放および印加を行う応力印加部と、前記多孔質炭素材料から脱離した前記蒸気またはその液化物を回収する回収部とを備える、揮発性有機化合物の回収装置である。
【0011】
また、本発明の他の形態は、応力を解放および印加することによって揮発性有機化合物の蒸気を吸着し前記蒸気またはその液化物を脱離する多孔質炭素材料に対して、前記揮発性有機化合物の蒸気を吸着させることと、前記蒸気を吸着した前記多孔質炭素材料に対して応力を印加することにより、前記多孔質炭素材料から前記蒸気またはその液化物を脱離させることと、前記多孔質炭素材料から脱離した前記蒸気またはその液化物を回収することとを含む、揮発性有機化合物の回収方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、エネルギーロスを低減しつつ小型化が可能な手法により、揮発性有機化合物を回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る揮発性有機化合物の回収システムの構成を示す概略断面図である。
【
図2】多孔質炭素材料に応力を印加して収縮させて揮発性有機化合物を脱離させる様子を示す図である。
【
図3】GMSおよびCMSのXRDスペクトルを表す図である。
【
図4】数式Aの意義をメタノールの飽和蒸気圧曲線を用いて説明する図である。
【
図5】吸着剤としてのGMSに対し、吸着質(揮発性有機化合物)としてメタノールを用い、GMSに対して応力を印加しない場合(応力無印加)と、100[MPa]の応力を印加した場合のそれぞれについて取得した吸着等温線である。
【
図6】吸着剤としてのGMSに対し、吸着質(揮発性有機化合物)としてジエチルエーテルを用い、GMSに対して応力を印加しない場合(応力無印加)と、100[MPa]の応力を印加した場合のそれぞれについて取得した吸着等温線である。
【
図7】吸着剤に吸着したメタノールを脱離させるのに必要とされるエネルギーを、従来技術の方法(活性炭からの加熱による脱離)と本発明の方法(GMSからの応力印加による脱離)とで比較するグラフである。
【
図8】GMS粉末にメタノールを吸着させた後、プレス機を用いてプレス処理を施す前後におけるプレス装置の様子を、サーモカメラを用いて撮影した結果を示す写真である。
【
図9】GMS粉末に空気の存在下でジエチルエーテルを吸着させた後、プレス機を用いてプレス処理を施す前後におけるプレス装置の様子を示す説明図および写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明するが、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであり、以下の形態のみに制限されない。なお、図面の寸法比率は、説明の都合上誇張されており、実際の比率とは異なる場合がある。
【0015】
<揮発性有機化合物の回収システム>
図1は、本発明の一実施形態に係る揮発性有機化合物の回収システム(以下、単に「VOC回収システム」とも称する)の構成を示す概略断面図である。
【0016】
VOC回収システム10は、揮発性有機化合物の回収装置(以下、単に「VOC回収装置」とも称する)100と、揮発性有機化合物の発生源である塗装ブース200と、システムの動作を制御する制御部150と、から構成されている。VOC回収システム10は、例えば、自動車等の産業製品の塗装プロセスなどから排出される揮発性有機化合物や、自動車等のエアコンの廃棄時に排出される代替フロン等の冷媒の回収に適用されうる。
【0017】
図1に示すように、VOC回収装置100は、揮発性有機化合物の蒸気を吸着可能なグラフェンメソスポンジ(GMS)112(多孔質炭素材料)が内部に配置された密封可能なセル114からなる吸脱着部110と、セル114内のグラフェンメソスポンジ(GMS)112に対して応力の解放および印加を行うピストン120と、グラフェンメソスポンジ(GMS)112から脱離した揮発性有機化合物の蒸気またはその液化物を回収する回収チャンバー130とを備えている。また、VOC回収装置100は、セル114と回収チャンバー130との間を揮発性有機化合物の蒸気またはその液化物が移動可能に連通する配管142と、配管142の連通状態と遮断状態とを切り替えるバルブ144とを有する。バルブ144を開くと配管142は連通状態となり、バルブ144を閉じると配管142は遮断状態となる。制御部150は、ピストン120が印加する応力の大きさを変化させ、また、バルブ144の開閉を切り替えることによってVOC回収装置100の動作を制御する。
【0018】
図1に示すように、VOC回収装置100のセル114は、配管212を介して塗装ブース200と接続されている。この配管212は、セル114と塗装ブース200との間を揮発性有機化合物の蒸気が移動可能に連通している。また、配管212には、上記と同様に配管212の連通状態と遮断状態とを切り替えるバルブ214が設置されている。VOC回収装置100の制御部150は、配管212に設置されたバルブ214の開閉を切り替えることによってVOC回収システム10の動作を制御する。以下、VOC回収システム10の各構成要素について、説明する。
【0019】
[吸脱着部]
図1に示すように、吸脱着部110は、揮発性有機化合物の蒸気を吸着可能なグラフェンメソスポンジ(GMS)112(多孔質炭素材料)が内部に配置された密封可能なセル114を有する。本形態において、GMS112は、多孔質炭素材料の一例として用いられている。
【0020】
(多孔質炭素材料)
多孔質炭素材料は、炭素を主成分として含有し、好ましくは炭素のみからなる多孔質の材料であり、弾性を有し、応力の印加により収縮して揮発性有機化合物を脱離可能で、かつ、応力の解放により膨張して揮発性有機化合物を吸着可能である。これにより、多孔質炭素材料は、応力印加部として機能するピストン120から応力を印加されて収縮して揮発性有機化合物を脱離し、応力を解放すると自由膨張して揮発性有機化合物を吸着する。
【0021】
なお、「弾性」とは、ピストン120(応力印加部)によって外部から応力を印加して収縮させても、応力を解放することによって、可逆的に大きく変形してほぼ元の形状に回復する性質を意味する。多孔質炭素材料の弾性限度は、揮発性有機化合物を脱離するために必要な応力印加よりも大きくなるように設計されることが好ましい。多孔質炭素材料の弾性限度は、VOC回収装置100の適用対象の規模等に応じて適宜設計することが好ましい。
【0022】
また、「多孔質」とは、複数の(好ましくはナノレベルの)細孔を有することを意味する。ナノレベルの細孔とは、好ましくは直径0.5~100nmであり、より好ましくは直径0.7~50nmであり、さらに好ましくは直径0.7~6nmのミクロ孔またはメソ孔である。なお、IUPAC(国際純正及び応用化学連合)では、直径2nm以下の細孔をミクロ孔(micropore)、直径2~50nmの細孔をメソ孔(mesopore)、直径50nm以上の細孔をマクロ孔(macropore)と定義している。
【0023】
一般的に、固体表面はファンデルワールス力によるポテンシャルエネルギーが高く、揮発性有機化合物の分子を凝縮させる作用がある。特に、本形態において、多孔質炭素材料に吸着された揮発性有機化合物は、ナノレベルの小さな細孔壁に囲まれているため、固体表面のファンデルワールス力(物理吸着力)によるポテンシャルエネルギーが著しく高い。このとき、気体状態の揮発性有機化合物は、多孔質炭素材料の細孔壁に液体の密度で吸着される。すなわち、多孔質炭素材料への吸着は気体から液体への相変化と同質の現象であり、吸着熱は凝縮潜熱にほぼ等しい。以下の説明において、揮発性有機化合物は、多孔質炭素材料に吸着すると気体から液体へ相変化し、脱離すると液体から気体へ相変化するものとする。また、吸着熱は、凝縮潜熱に等しいとする。
【0024】
多孔質炭素材料の細孔壁に吸着された細孔内部の液体密度の揮発性有機化合物は、飽和蒸気圧以下の圧力の蒸気と平衡状態となっている。すなわち、多孔質炭素材料の細孔壁に吸着された気体は、飽和蒸気圧以下の圧力で液体の状態となる。
【0025】
多孔質炭素材料に応力を印加すると、
図2の(A)応力印加前から(B)応力印加下のように多孔質炭素材料20の細孔が収縮し、細孔壁に吸着していた揮発性有機化合物30は脱離する。このとき、液体の密度で吸着された揮発性有機化合物30は、再び気体として多孔質炭素材料20の外部に放出される。VOC回収装置100は、このようにして脱離した揮発性有機化合物30を回収することによって、エネルギーロスを低減しつつ小型化が可能な手法により、揮発性有機化合物を回収することが可能である。
【0026】
一方、多孔質炭素材料20において、応力を解放すると、多孔質炭素材料20は自由膨張して細孔が元の大きさに戻り、揮発性有機化合物30を再び吸着させることができる。上述したように、揮発性有機化合物30は、多孔質炭素材料20の細孔壁に液体の密度で吸着される。すなわち、揮発性有機化合物30は、多孔質炭素材料20へ吸着される際に、気体から液体へ相変化して、凝縮潜熱を発生する。
【0027】
多孔質炭素材料の具体的な種類としては、弾性を有し、収縮して揮発性有機化合物30を脱離可能で、かつ、膨張して揮発性有機化合物30を吸着可能な材料であれば特に限定されない。
【0028】
多孔質炭素材料のBET比表面積は特に制限されないが、例えば、800~4200m2/gの範囲であり、好ましくは800~2600m2/gの範囲である。BET比表面積がこれらの範囲内の値のように大きい多孔質炭素材料を使用することによって吸着質の吸着量を増加させることができる。また、多孔質炭素材料の細孔容積も特に制限されないが、例えば、1.0~6.0mL/gであることが好ましく、1.8mL/g以上であることがより好ましく、2.0mL/g以上であることが特に好ましい。多孔質炭素材料の細孔容積が1.0mL/g以上であれば、比較的相対圧の高い蒸気圧領域であっても吸着、脱離する吸着質の量が少なくなりすぎないため好ましい。また、細孔容積が6.0mL/g以下であれば、細孔径が十分に小さくなり、吸着量が高くなるため好ましい。
【0029】
そのような材料としては、単層グラフェン骨格を含み、揮発性有機化合物30の脱離および吸着に必要な多孔性および弾性特性を有する炭素材料が挙げられる。このような炭素材料として、具体的には、ゼオライトテンプレートカーボン(ZTC;Zeorite Template Carbon)、グラフェンメソスポンジ(GMS;Graphene MesoSponge)、炭素メソスポンジ(CMS;Carbon MesoSponge)等が挙げられる。ゼオライトテンプレートカーボン(ZTC)、グラフェンメソスポンジ(GMS)、および炭素メソスポンジ(CMS)は、いずれも単層グラフェン骨格からなり、揮発性有機化合物30の脱離および吸着に必要な多孔性および弾性特性を有している。
【0030】
ZTCは、単層のグラフェンシートにより構成される。また、均一な細孔(直径約1.2nm)が三次元的に規則配列し、相互に連結しており、極めて高いBET比表面積と細孔容積を有する(最大でBET比表面積が4100m2/g、細孔容積が1.8mL/g)ことが知られている。なお、ZTCの規則構造は、X線回折装置(株式会社リガク製、MiniFlex600,CuK)を用いて分析した。また、ZTCのBET比表面積は、液体窒素吸着(77K)(Microtrac BEL,BELSORB-max)を用いて分析した。
【0031】
ZTCの製造方法については、Nishihara, H. et al., Chemistry-European Journal 15, 5355 (2009)等に記載されている。具体的には、まず、構造内部に空孔を有し、この空孔が網目状に連結した構造を有する多孔質材料(例えば、ゼオライト等)を鋳型として準備する。そして、この多孔質材料の表面および空孔の内部に加熱条件下で有機化合物(例えば、アセチレン、エチレン等)を導入し、加熱することによって当該有機化合物を炭化し、多孔質材料に炭素を堆積させる。ここで、有機化合物の炭化・炭素の堆積は、例えば化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)法により行うことができる。そして、鋳型である多孔質材料を除去する。この方法により、鋳型の三次元構造を反映した炭素材料(すなわち、ZTC)を容易に製造することができる。上記の方法により製造されたZTCは柔軟性および弾性に優れ、細孔の直径が約1.2nmから約0.7nmになるまで可逆的に変形することができる。
【0032】
GMSもまた、細孔壁の大部分が単層グラフェンから構成され、約6nm程度の微小な細孔を有するスポンジ状のメソ多孔体であり、ZTCと同様、活性炭に匹敵する極めて高いBET比表面積(約2000m2/g)を有している。その一方で、活性炭やカーボンブラックとは異なり腐食の原因となるグラフェンの端部をほとんど含んでいないことから、優れた耐食性(酸化耐性)も備えている。また、柔軟かつ強靭であるというグラフェンの性質に起因して、GMSは柔軟性および弾性に優れ、細孔の直径が約5.8nmから約0.7nmになるまで可逆的に弾性変形することができる。
【0033】
GMSの製造方法については、Nishihara, H. et al., Advanced Functional Materials, Vol. 26, 2016, 6418-6427.等に記載されている。具体的には、まず、ナノサイズの球状基材として、アルミナ等(例えば、SBa-200(商品名)等のγ-アルミナ)からなる金属酸化物ナノ粒子を準備する。この材料は後述するCVD法による炭素被覆に対する高い触媒活性と、優れた耐焼結耐性を有している。
【0034】
続いて、有機化合物を炭素源として用いたCVD法により、上記で準備した球状基材(金属酸化物ナノ粒子)の表面を炭素で被覆する。このCVD法を用いた炭素被覆によれば、球状基材(金属酸化物ナノ粒子)の全表面に均一な炭素層を形成することが可能である。なお、この際に用いられる有機化合物としては、メタン、アセチレン、エチレン、プロピレン、ベンゼン等が挙げられるが、なかでも特に欠陥の少ないグラフェンシートによる被覆が達成されうるという観点からは、メタンを炭素源として用いることが好ましい。なお、CVDプロセスにおいては、ガス流の流れを良くする目的で、石英砂(珪砂)などのスペーサーを球状基材(金属酸化物ナノ粒子)と混合した状態で有機化合物を導入してもよい。また、有機化合物の導入には窒素等の不活性ガスをキャリアガスとして用いてもよく、キャリアガスと炭素源(有機化合物)との混合ガスにおける炭素源の濃度は10~30体積%程度とすることが好ましい。
【0035】
CVDプロセスが進行すると試料の色は黒色に変化する一方で当該試料を内包する反応容器(例えば、石英管)は透明に維持されることから、炭素の堆積は球状基材(金属酸化物ナノ粒子)の表面上のみに生じていることが確認できる。ここで、CVDプロセスを経ても球状基材(金属酸化物ナノ粒子)は焼結していないため、炭素被覆された球状基材の形状は炭素被覆前からほとんど変化しない。このようにして球状基材(金属酸化物ナノ粒子)の表面に被覆された炭素層の(平均)積層数は、CVDプロセスにおいて投入した炭素源(有機化合物)の量のほか、CVDの際の処理温度および処理時間などに基づいて制御可能であり、最終的に得られるGMSにおけるグラフェン層の(平均)積層数に対応している。この(平均)積層数の値は特に制限されないが、揮発性有機化合物30に対して優れた脱離/吸着特性を示すという観点から、好ましくは0.90~3.0であり、より好ましくは0.95~2.0であり、さらに好ましくは0.98~1.5であり、特に好ましくは1.0~1.1である。なお、CVDプロセスにおける処理温度および処理時間についても特に制限はないが、処理温度は好ましくは800~1000℃であり、より好ましくは850~950℃である。また、処理時間は好ましくは1~10時間であり、より好ましくは2~6時間である。
【0036】
その後、鋳型として用いられた球状基材(金属酸化物ナノ粒子)を化学エッチングによって除去し、当該球状基材の表面に被覆された炭素層のみを残す。この際、化学エッチングには強酸または強塩基の水溶液を用いればよい。強酸としては、例えば、フッ酸(HF)が挙げられる(この場合には室温でのエッチングが可能である)。また、強塩基としては、例えば、水酸化ナトリウム(NaOH)が挙げられる(この場合には200~300℃程度に加熱することが好ましい)。化学エッチングによって球状基材(金属酸化物ナノ粒子)が除去されると、GMSの前駆体として、球状のメソ孔を有する炭素メソスポンジ(CMS;Carbon MesoSponge)が得られる。
【0037】
最後に、このようにして得られたCMSを必要に応じて水洗した後、減圧または常圧の条件下において、1500~2000℃(好ましくは1600~1800℃)程度の温度で、30分間~2時間程度の熱処理を施す。雰囲気は特に制限されないが、量産を考慮すると窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気を採用することが好ましい。これにより、炭素層のグラフェンへの結晶化が進行し、GMSが得られる。ここで、CMSの有する球状のメソ孔は上述した熱処理の際の高温に対しても非常に安定であることから、このようにして得られたGMSにおいてもCMSと同様のメソ孔が保持されている。GMSはこのようなメソ孔を有していることから、スポンジのように柔軟に弾性変形が可能である。このため、収縮して揮発性有機化合物30を脱離可能であると共に、膨張しては揮発性有機化合物30を吸着可能であり、VOC回収装置100における多孔質炭素材料20として好適に用いられうる。
【0038】
多孔質炭素材料についてのCu-Kα線を用いたX線回折スペクトルにおいては、2θ=44°付近に炭素の(10)面に由来するピークが観察されることが好ましく、その半値幅が1.2~3.2°であることが好ましい。このような多孔質炭素材料としては、GMSまたはCMSが挙げられる。なお、本発明者らがGMSおよびCMSについてのX線回折スペクトルを測定したところ、
図3に示すように、これらのX線回折スペクトルにおいて、2θ=44°付近に炭素の(10)面に由来するピークが観察され、その半値幅は2.2°であった。なお、X線回折測定は、シリコン無反射板にサンプルを載せ、株式会社島津製作所社製X線回折装置XRD-6100を用いて行った。線源はCu-Kα、電圧40kV、電流30mAで行った。
【0039】
なお、本形態に係る多孔質炭素材料は、バインダによって結着された成形体の形態で用いられてもよい。
【0040】
(セル)
図1に示す実施形態において、セル114は、吸脱着部110を構成する容器であり、GMS112(多孔質炭素材料)を内部に配置することができ密封可能なものであればその具体的な構成は特に制限されない。なお、セル114の壁の一部には、ピストン120(応力印加部)による多孔質炭素材料への応力の印加および解放が可能となるように、ピストン120(応力印加部)を通すための貫通孔が設けられている。また、セル114の内部は、真空または真空に近い低圧に保たれている。このため、セル114の内部に導入された揮発性有機化合物は比較的低い温度において液体から気体へ相変化することができる。
【0041】
[応力印加部]
図1に示す実施形態において、ピストン120は、吸脱着部110に含まれるGMS112(多孔質炭素材料)に対して、応力の解放および印加を行う応力印加部として機能する。より具体的に、ピストン120(応力印加部)は、多孔質炭素材料に応力を印加して収縮させ、印加した応力を解放して多孔質炭素材料を自由膨張させる。これにより、応力印加部は、多孔質炭素材料の細孔径を外部からの応力で制御することができる。
【0042】
応力印加部は、多孔質炭素材料に対して接近離反する方向に往復運動して多孔質炭素材料に応力を印加および解放することができる限り、その具体的な構成は特に限定されない。応力印加部としては、例えば、モーターの回転運動を利用した機械式プレス機や油圧等の流体圧を利用した液圧式プレス機などを使用することができる。
【0043】
[回収チャンバー130]
図1に示す実施形態において、回収チャンバー130は、応力を印加された多孔質炭素材料から脱離した揮発性有機化合物の蒸気またはその液化物を回収する回収部として機能する。上述したように、回収チャンバー130は、配管142を介してセル114と接続されている。セル114中の多孔質炭素材料に吸着された揮発性有機化合物の蒸気またはその液化物を回収チャンバー130へと回収する際には、多孔質炭素材料に対して応力を印加して多孔質炭素材料を収縮させた状態で配管142状のバルブ144を連通状態とする。なお、回収チャンバー130には、回収された揮発性有機化合物またはその液化物をVOC回収システム10の外部へとさらに回収する際に、回収チャンバーから上記化合物またはその液化物を排出させるための排出口(図示せず)がさらに設けられていてもよい。
【0044】
[制御部150]
制御部150は、例えば、図示しないCPU(中央演算装置)、RAM(Random Access Memory)、およびコンピュータ読み取り可能な記録媒体等から構成されている。
図1に示す実施形態において、制御部150は、ピストン120(応力印加部)および、配管142に設置されたバルブ144の動作を制御する。また、本実施形態において、制御部150は、後述する塗装ブース200とセル114とを連通する配管212に設置されたバルブ214の動作も制御する。具体的に、制御部150は、吸脱着部110における動作モードを、揮発性有機化合物30を多孔質炭素材料20から脱離させる脱離モードと、揮発性有機化合物30を多孔質炭素材料20に吸着させる吸着モードとの間で切り替える。
【0045】
[塗装ブース200]
本実施形態において、塗装ブース200は、VOC回収システム10における回収対象物である揮発性有機化合物のうち、有機溶剤の蒸気の発生源の一例として挙げられている。この塗装ブースは、揮発性有機化合物の蒸気を発生するのであれば、その具体的な構成は特に制限されず、従来公知の任意の塗装工程が実施される環境でありうる。塗装ブースの一例としては、例えば自動車の製造工程の一つである塗装工程が挙げられる。揮発性有機化合物としての有機溶剤としては、例えば、アセトン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコール、プロピレングリコールモノエチルエーテル、酢酸エチル、メチルエチルケトン、ベンゼン、トルエン、キシレン、N,N-ジメチルホルムアミドなどが挙げられる。また、ミネラルスピリットなどであってもよい。なお、これらの有機溶剤の発生源は、塗装ブースに特に制限されず、各種の洗浄工程、コーティング工程などの産業工程を発生源とするものであってももちろんよい。
【0046】
また、VOC回収システム10における回収対象物である揮発性有機化合物は、有機溶剤のほか、代替フロンなどの冷媒であってもよい。例えば、一般的な蒸気圧縮式の熱交換装置では、フルオロカーボン系の代替フロンであるHFC-134aが揮発性有機化合物(冷媒)として広く用いられている。本形態に係るVOC回収システム10は、空調や冷凍・冷蔵分野で用いられているこれらの代替フロン等の冷媒を回収対象物(揮発性有機化合物)としてもよい。
【0047】
<揮発性有機化合物の回収システムの動作>
続いて、本実施形態に係るVOC回収システム10(VOC回収装置100)の動作について説明する。
【0048】
本実施形態に係るVOC回収システム10(VOC回収装置100)は、揮発性有機化合物の蒸気を多孔質炭素材料からなる吸着剤に吸着させた後に、吸着剤(吸脱着部)に応力を印加することによって、前記蒸気またはその液化物を脱離させて回収するものである。
【0049】
[吸着モード]
吸着モードは、回収対象物である揮発性有機化合物(有機溶剤や冷媒など)を吸脱着部110が有する多孔質炭素材料112に吸着させるモードである。
【0050】
吸着モードにおいて、制御部150は、
図1の(A)に示すように、バルブ144を閉じるように制御するとともにバルブ214を開くように制御し、さらにピストン120を制御して多孔質炭素材料112に対して印加する応力を解放する。これにより、塗装ブース200において発生した揮発性有機化合物を吸脱着部110のセル114の内部に導入し、多孔質炭素材料112に吸着させる(
図1の(A)に示す矢印)。この際、塗装ブース200から排出される揮発性有機化合物は各種のフィルターや精製装置等を経て生成されたものであることが好ましい。また、必要に応じて、塗装ブース200からの揮発性有機化合物の導入を促進するためにポンプ(図示せず)等の装置を用いてもよい。吸着モードにおいて所望の量の揮発性有機化合物を多孔質炭素材料112に吸着させたら、制御部150は、バルブ214を閉じるように制御する。
【0051】
吸着モードにおいてセル114の内部に導入される揮発性有機化合物の量は特に制限されず、揮発性有機化合物の少なくとも一部が多孔質炭素材料112に吸着される量であればよい。ここで、上述したように揮発性有機化合物が多孔質炭素材料112に吸着される際には液体状態となるが、セル114内部において揮発性有機化合物が存在しうる空間Sに、揮発性有機化合物の蒸気は存在していてもよいし、していなくともよい。また、上記空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が存在する場合、飽和蒸気量未満の量で存在してもよいし、飽和蒸気量で存在してもよい(それ以上の量で導入された場合には吸着モードにおいても液体状態の揮発性有機化合物がセル114内部の空間Sに存在する)。吸着モードにおいて空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が存在するか否か、どの程度の蒸気が存在するかについては、多孔質炭素材料112への揮発性有機化合物の吸着平衡により定まる。したがって、VOC回収装置100に用いる多孔質炭素材料112および回収対象物である揮発性有機化合物を用いた予備実験により、吸着モードにおいて所望の量の揮発性有機化合物を多孔質炭素材料112に吸着させるための条件を予め求めておくことができる。吸着モードにおけるセル114内の蒸気圧Pは、特に制限されないが、後述する多孔質炭素材料の温度Tにおける揮発性有機化合物の飽和蒸気圧Pe以下(換言すれば、相対圧P/Pe=1以下)であることが好ましい。
【0052】
[脱離モード]
脱離モードは、吸着モードにおいて吸脱着部110が有する多孔質炭素材料112に吸着された揮発性有機化合物を脱離させるモードである。
【0053】
脱離モードにおいて、制御部150は、
図1の(B)に示すように、バルブ144を開くように制御するとともにピストン120(応力印加部)を制御して多孔質炭素材料112に対して応力を印加する。これにより、吸着モードにおいて多孔質炭素材料112に吸着された揮発性有機化合物の少なくとも一部が多孔質炭素材料112から気体状態または液体状態で脱離し、配管142を通じて回収チャンバー130に回収される。このようにして、塗装ブース200において発生した揮発性有機化合物の蒸気を、蒸気またはその液化物として回収することができる。
【0054】
ここで、従来、応力の印加・解放により、揮発性有機化合物はGMS等の多孔質炭素材料との間で、専ら気相状態で脱着すると考えられていた。言い換えれば、蒸気で吸着させて液体で回収することが可能な、高い応力印加条件が存在しうるという事実がまったく認識されていなかったのである。しかしながら、本発明は、揮発性有機化合物の少なくとも一部が液体として脱着する条件を新たに発見したことにより完成されたものである。したがって、既存の揮発性有機化合物の回収装置の吸着剤を、仮にGMS等の多孔質炭素材料に変更したとしても、従来の認識の枠内で採用可能と思われていた応力印加条件を採用する限り、脱着させた後に揮発性有機化合物蒸気を凝縮する工程が必要となることから、エネルギーが余分に必要とされる問題があった。これに対し、本発明では、液体として揮発性有機化合物が流出する条件を新たに見出したことで、脱着した蒸気の凝縮工程を必要とせず、応力印加によって揮発性有機化合物を液体として回収することが可能となり、高効率を実現するに至ったのである。
【0055】
脱離モードにおいて多孔質炭素材料112に印加する応力の大きさは特に制限されず、揮発性有機化合物の少なくとも一部が多孔質炭素材料112から気体状態または液体状態で脱離する量であればよい。この条件を満たす場合、印加する応力Pは、下記数式Aを満足する程度に大きいものである。なお、下記数式Aの右辺は、脱離モードにおけるセル内蒸気圧に相当する。
【0056】
【0057】
ここで、数式Aにおいて、Tは多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、P
eは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧である。また、Vは前記セル内で揮発性有機化合物の蒸気が存在可能な空間Sの体積[m
3]であり、セルの内容積から多孔質炭素材料の実体積(多孔質炭素材料の質量/真密度)を減算した値として求めることができる。さらに、n
2は前記応力の印加により前記多孔質炭素材料から脱離する前記揮発性有機化合物の物質量[mol]であり、回収対象物である揮発性有機化合物の吸着等温線(
図5を参照)におけるプレス前後における吸着量の差分から算出することができる(このため、印加する応力をパラメータとした系内圧力(揮発性有機化合物の蒸気の分圧)と吸着量との関係線図を予め求めておくことで、印加応力の値からn
2を算出可能である)。また、n
1は前記応力の印加前に前記セル内の空間Sに存在する前記揮発性有機化合物の蒸気の物質量[mol]であり、応力印加前のセル内の蒸気圧Pを用いてn
1=PV/RTとして算出することができる。
【0058】
上記数式Aは、
図4にメタノールの飽和蒸気圧曲線とともに示すように、揮発性有機化合物の物質量n
1と物質量n
2との和から算出される圧力が、当該温度における飽和蒸気圧を上回っていることを意味する。
【0059】
また、上述した脱離モードの好ましい一実施形態において、応力印加部は、セル114内の空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が存在しないときに、下記数式1:
【0060】
【0061】
式中、Tは前記多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、Peは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧であり、Vは前記チャンバー内で前記蒸気が存在可能な空間の体積[m3]であり、n2は前記応力の印加により前記多孔質炭素材料から脱離する前記揮発性有機化合物の物質量[mol]である、
を満たす条件で多孔質炭素材料に対して応力を印加することが好ましい。
【0062】
上記数式1は、応力印加部による応力印加の時点において空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が存在しない場合に、応力印加によって多孔質炭素材料112から脱離した揮発性有機化合物の蒸気の20%超が液化物として回収されることを意味する。ここで、後述する実施例に記載のように、脱離した揮発性有機化合物の約14%以上を液化物として回収することができれば、従来技術と比較して高いエネルギー効率が実現できているといえる。よってここでは、脱離した揮発性有機化合物の蒸気の20%超が液化物として回収されることを好ましい実施形態の指標としたものである。
【0063】
次に、上述した脱離モードの好ましい他の実施形態において、応力印加部は、セル114内の空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が多孔質炭素材料の温度における飽和蒸気量未満の量で存在するときに、下記数式2:
【0064】
【0065】
式中、Tは前記多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、Peは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧であり、Vは前記チャンバー内で前記蒸気が存在可能な空間の体積[m3]であり、n2は前記応力の印加により前記多孔質炭素材料から脱離する前記揮発性有機化合物の物質量[mol]であり、n1は前記応力の印加前に前記チャンバー内の空間に存在する前記揮発性有機化合物の蒸気の物質量[mol]である、
を満たす条件で前記多孔質炭素材料に対して応力を印加することが好ましい。
【0066】
上記数式2は、応力印加部による応力印加の時点において空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が飽和蒸気量未満の量(n1)で存在する場合に、応力印加によって多孔質炭素材料112から脱離した揮発性有機化合物の蒸気の20%超が液化物として回収されることを意味する。
【0067】
さらに、上述した脱離モードの好ましいさらに他の実施形態において、応力印加部は、セル114内の空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が多孔質炭素材料の温度における飽和蒸気量で存在するときに、下記数式3:
【0068】
【0069】
式中、Tは前記多孔質炭素材料の温度[K]であり、Rは気体定数(8.31[J/(K・mol)])であり、Peは前記温度T[K]における前記揮発性有機化合物の飽和蒸気圧であり、Vは前記チャンバー内で前記蒸気が存在可能な空間の体積[m3]であり、n1は前記応力の印加前に前記チャンバー内の空間に存在する前記揮発性有機化合物の蒸気の物質量[mol]である、
を満たす条件で前記多孔質炭素材料に対して応力を印加することが好ましい。
【0070】
上記数式3は、応力印加部による応力印加の時点において空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が飽和蒸気量(n1=ne)で存在する場合に、応力印加によって多孔質炭素材料112から脱離した揮発性有機化合物の蒸気の全量が液化物として回収されることを意味する。このように、本実施形態によれば、応力の印加によって脱離した揮発性有機化合物の全量が液化物として回収されることから、吸着モードにおいては空間Sに揮発性有機化合物の蒸気が飽和蒸気量(n1=ne)で存在するように揮発性有機化合物の蒸気を導入することが好ましいといえる。
【0071】
なお、以下の実施形態も本発明の範囲に含まれる:請求項2の特徴を有する請求項1に記載の回収装置;請求項3の特徴を有する請求項2に記載の回収装置;請求項4の特徴を有する請求項2に記載の回収装置;請求項5の特徴を有する請求項2に記載の回収装置;請求項6の特徴を有する請求項1~5のいずれかに記載の回収装置;請求項7の特徴を有する請求項1~6のいずれかに記載の回収装置;請求項8の特徴を有する請求項1~7のいずれかに記載の回収装置;請求項9の特徴を有する請求項1~8のいずれかに記載の回収装置。
【実施例0072】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0073】
[実験例1]
多孔質炭素材料として、GMS(SBa-200由来、BET比表面積1692m
2/g)を準備した。このGMSに対し、吸着質(揮発性有機化合物)としてメタノールを用い、飽和蒸気圧P
0=16.9[kPa]、温度T=25[℃]の下で吸着等温線を取得した。この際、GMSに対して応力を印加しない場合(応力無印加)と、100[MPa]の応力を印加した場合のそれぞれについて吸着等温線を取得した。結果を
図5に示す。
図5に示すように、メタノールの分圧が大きくなるほど、同一相対圧で比較した際の応力無印加と応力印加との間でのメタノール吸着量の差分が大きくなることがわかる。このことから、GMSと同様の吸着等温線を示す多孔質炭素材料は、本発明の一形態に係るVOC回収装置の吸脱着部の構成材料として好適であるといえる。
【0074】
また、揮発性有機化合物としてジエチルエーテルを用いて飽和蒸気圧P
0=71.6[kPa]、温度T=25[℃]の下で同様に吸着等温線を取得したところ、
図6に示すようにメタノールの場合と同様の挙動を示した。
【0075】
[実験例2]
従来技術のように、吸着剤としての活性炭に吸着質としてのメタノールを吸着させ、吸着させたメタノールを加熱することにより脱離させる場合に、吸着したメタノール量を1kgとし、メタノールを脱離させるのに必要とされるエネルギーを算出したところ、
図7の「活性炭使用時の動力」に示すように、脱離するメタノールの量に比例して増大する結果となった。これは、脱離させるメタノール量が多くなるほど熱容量が大きくなるためであると考えられる。これに対し、本発明の一形態に係るVOC回収装置のように、加熱によらず応力の印加によってメタノールを脱離させる場合には、メタノールの脱離量によらず約40kJであった。ここで、
図7に示すように、2つのグラフは脱離メタノール量が約14%のときに交わっている。このことから、吸着させたメタノールの約14%以上を脱離させるのであれば、加熱ではなく応力の印加によってメタノールを脱離させる方式のほうが、加熱方式と比較してエネルギー効率が高いことがわかる。なお、上記の「約14%」との値は、吸着質をエタノールやジエチルエーテルに変更してもほぼ同等の値であった。
【0076】
[実験例3]
GMS粉末を樹脂メッシュ性のパックに入れ、メタノールを吸着させた後、プレス機を用いてプレス処理を施した。このプレス処理の前後におけるプレス装置の様子を、サーモカメラを用いて撮影した結果を
図8に示す。
図8に示すように、プレス処理後には、液対状態のメタノールがパックから流れ出ていることがわかる。このことからも、GMS等の多孔質炭素材料は、本発明の一形態に係るVOC回収装置の吸脱着部の構成材料として好適であり、適切なプレス処理を施すことによって吸着質である揮発性有機化合物を脱離させることができることがわかる。
【0077】
[実験例4]
GMS粉末が配置され、大気を35.0[kPa]含んだセルに、ジエチルエーテルの蒸気を十分充填し、12時間静置することでジエチルエーテルをGMSに吸着させた。この際、セル内圧力は96.2[kPa][空気(air):35.0[kPa]、ジエチルエーテル(DEE):61.2[kPa]]で、セル周囲温度は24.2[℃](飽和蒸気圧:69.5[kPa])であった。
【0078】
この状態で、30秒間かけてGMSを100[MPa]の圧力でプレスしたところ、ジエチルエーテルが液体として流れ出る様子が観察された(
図9)。このことから、本発明に係る回収装置の動作時に、セル内の空間を真空状態に保つ必要はないことがわかる。
【0079】
以上のことから、本発明によれば、エネルギーロスを低減しつつ小型化が可能な手法により、揮発性有機化合物を回収することができることがわかる。